雪乃「LINE?」結衣「そう!みんなでやろうよ!」【前編】

1: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/03(日) 22:18:48.46 ID:PBXTznL70
過去作

小町「は、八幡!」


相模「それでは文化祭の定例ミーティングを始めます」


八幡「よう雪乃」雪乃「こんにちは、八幡」結衣「えっ」




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8: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/03(日) 23:00:26.21 ID:PBXTznL70
人との繋がりとは空虚なものである。

本音を隠して言葉を交わし、表情を隠してLINEを使う。

本当の気持ちだけを言い続ければ人との関係などすぐに壊れてしまうだろう。だが、それを乗り越えてこその友情ではないのだろうか。

俺の周りの会話は一切の本音が感じられないものばかりだ。本音を語っているものなどほんの一握りすらいない。

それでも人は繋がりを求める。たとえ空虚なものだとしても、人と繋がることで自分が世界に参加しているのだと、必要とされているのだと思いこんで自分の存在を認めるために。

だから自宅で、駅のホームで、そして学校でLINEの通知が来るのを今か今かと待ちわびるのだ。

ならば、LINEなどせず学校でもおしゃべりなんてしないぼっこそが、自らの力だけで自己を確立できる強者ではないだろうか。

結論を言おう。

学校でくらいLINEの通知切りやがれ。うるせえんだよ。
9: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/03(日) 23:04:27.03 ID:PBXTznL70
いつもの通り暇な奉仕部。

ただでさえやることのない部活動にも関わらず、依頼者の来るわけもない冬休みにまで真面目に活動をしているのだから恐れ入る。

それにちゃんと出席する俺も大概だがな。

俺はこの暇な時間を有効活用して、冬休みの国語の課題である作文を書いている。

俺の作文の題名は『最近の携帯電話の利用状況について』だ。

ホントなんなの、あのLINEの通知。授業の度に一々切るなら最初から切っとけばいいのに。ピコンピコン鳴らしてウルトラマンかよ。

と、そんな風にLINEについて思考を巡らせていたまさにその時に、由比ヶ浜がLINEの話題を持ち出してきた。

俺は驚きのあまり、視線を雪ノ下と由比ヶ浜に向けてしまう。

由比ヶ浜は俺が視線を向けたのを会話に興味を持ったとでも勘違いしたのか、声をさきほどよりも大きくしながら俺たちに話しかけてきた。

結衣「ヒッキーもゆきのんもやろうよ!メールよりも手軽だし、楽しいよ!」

八幡「……けどLINEってあれだろ?個人情報だったり電話帳に登録してる番号立だったりが流出するんだろ?」

結衣「そ、それは前の話だし!ちゃんと何かをオフにすれば大丈夫ってネットで見たもん!」

雪乃「あなたは流出して困るほど電話番号を登録していないでしょう。なにせ登録させてくれる相手がいないのだから」

由比ヶ浜の安心できない説明のフォローかは分からないが、雪ノ下がさも俺の携帯電話が誰の電話番号も入っていないかのような口調で毒舌を浴びせてくる。

ばっかお前、この中にはあの小町と戸塚の電話番号が入ってるんだぞ!それだけでもう国宝級だろうが!

そんな思いを視線に込めてぶつけてみるが、雪ノ下はもはやこちらを見てすらいなかった。

由比ヶ浜の話を吟味しているのか白く細い指を顎に当て何かを考えている。

すげえな、こんなよくあるポーズでさえ雪ノ下がすると絵画みたいになるのか……。
10: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/03(日) 23:05:59.37 ID:PBXTznL70
雪乃「比企谷君、その気持ちの悪い視線を私に向けるのはやめてくれないかしら。セクハラよ」

八幡「見てるだけでセクハラとか自意識過剰すぎんだろ」

結衣「見てたことは否定しないんだ……」

由比ヶ浜が俺の言葉の揚げ足を取りに来る。なんだよお前、そんな頭の良いことできるのか。びっくりだよ。

雪乃「……その男の処遇についてはこの後話し合うとして」

八幡「ねえ、なんで見てただけで刑に処されなきゃならないの?この部室じゃお前が法律なの?」

雪乃「LINEを始めるというのはいいかもしれないわね」

八幡「俺の言葉は無視か……って、は?お前今LINEやるって言った?」

雪乃「正確には始めるのはいいかもしれない、よ。やるとは一言も言っていないわ。あなたは国語が唯一の取り柄なのだから、ちゃんとセリフから正しい意味を読み取りなさい」

八幡「国語だけが取り柄とか悲しすぎんだろ」

俺にだって他にもいいとこあるよ?例えばプリキュア全員言えるとか。あれ、これいいとこなの?
12: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/03(日) 23:16:42.61 ID:PBXTznL70
結衣「どうせならやろうよ!ゆきのん!」

雪ノ下がLINEを始めることに対して前向きな態度を見せたことで、由比ヶ浜がこれでもかというほど雪ノ下に迫っている。

物理的にも精神的にも圧され始めた雪ノ下を見かねて、俺は軽く助け船を出すことにした。

八幡「お前がLINEをやってみたがるなんて意外だな。なんか理由でもあるのか?」

雪乃「別に大した理由ではないわ。業務連絡をするのが簡単になるからというだけよ」

ああ……こいつなら考えそうなことだ。

俺は雪ノ下の電話番号とメアドを知らない。同じように雪ノ下も俺の電話番号とメアドを知らない。

必然的に俺が部活を私用で休んだり、逆に部活が中止になった時なんかは由比ヶ浜との連絡が命綱だ。だからここが上手くいかないと面倒なことになる。

休むことを伝えるタイミングを逃し雪ノ下にボロクソに言われたり、中止になったことを知らず部活があると思い込んで部室前で待ちぼうけをくらったりしてしまうのだ。

待ちぼうけは辛かった……。辛すぎて帰りに平塚先生をラーメンに誘っちゃったレベル。

誘われて喜んでる平塚先生可愛かったけどね。
19: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/04(月) 21:13:08.27 ID:0m+TA8nn0
八幡「なるほどな……確かに業務連絡としてならいいかもしれん」

俺の言葉を聞いていよいよ由比ヶ浜のテンションがMAXを迎える。

ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ由比ヶ浜。そんな彼女のとある部位に目が吸い込まれてしまい気付いたら俺の心もぴょんぴょんしている。

雪乃「…………」

あ、やばい。ゴミを見るような目で見られてる。

俺は咳払いをしてから、ケータイを取り出して早速アプリをインストールする。

どうやら俺の心がぴょんぴょんしていたことを由比ヶ浜は気付いていなかったらしい。LINEを始めようとしている俺を見て純粋に喜んでいた。

なんだろうこの罪悪感……。
20: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/04(月) 21:35:39.23 ID:0m+TA8nn0
八幡「インストール終わったぞ。これからなにすんの?アンインストール?」

結衣「早いよ!えっと……あ、あたしガラケーだからよく分かんない……」

えー、なにこのグダグダ感。出だしから躓くとかもう不安しかないんだけど。アンインストールしちゃだめなの?

八幡「ま、聞かなくても大体分かるけどな」

結衣「ならなんで聞いたし!ヒッキーキモい!」

八幡「キモくはないだろ……」

キモくないよね?あんまりキモいキモい言われると本気で不安になってくるだが……俺はイケメンなはず。よし。

心のバランスを取りながら適当に登録を終わらせていく。登録が終わって『ホーム画面』とやらにくると熊みたいな生き物が一人で座り込んでいた。

友だちがまだいないことを表すためにこのイラストを使用してるのは分かるが、まるで将来の自分を見ているようで複雑な気持ちになる。
21: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/04(月) 21:40:52.22 ID:0m+TA8nn0
結衣「ゆきのんはどんな感じ?」

由比ヶ浜が視線を向けると、雪ノ下はすでにケータイをしまうところだった。

雪乃「終わったわ」

結衣「早っ!」

なんで登録ですらそんな高速でできるんだよ。お前だけ常時精神と時の部屋状態なの?クロックアップしてるの?

俺も少し急いで、『知り合いかも?』の欄から由比ヶ浜のアカウントを探す。

探すまでもなく、星やら丸やらで名前を装飾している由比ヶ浜のアカウントを見つけた。一瞬の躊躇ののち、俺は友だちに追加する。

ふう、任務終了だ。これで業務連絡も楽になる。

八幡「友だち申請しといたぞ。あとはお前のケータイでやるんだろ?」

結衣「うん!ゆきのんもあたしに申請してくれた?」

雪乃「してあるわよ」

結衣「やったー!じゃあ早速……?」

あれ、ケータイの画面を見た途端フリーズしちゃったけど大丈夫なのこの人。

彼女が何を考え込んでいるのかさっぱり分からないため、雪ノ下に視線を送る。が、こちらを一度見ただけで何のリアクションも起こさずまた由比ヶ浜へと視線を戻した。

あいつが何も言わないってことは、心当たりがないか俺と目を合わせたくないかのどちらかだな。ちなみに確率としては後者の方が圧倒的に高い。
23: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/04(月) 21:45:24.90 ID:0m+TA8nn0
結衣「あのさ……この『HH』と『YY』っていうのがヒッキーとゆきのん?」

八幡「ああ」

雪乃「そうよ」

結衣「なんでイニシャルなの!?名前入れようよ!」

八幡「ネットに本名入れるとかあり得ないだろ」

今やどこから個人情報が漏れるか分からない時代なのだ。ならばどこにも個人情報など入れないのがもっとも手っ取り早い対策だろう。

雪ノ下も似たような理由でイニシャルにしたのだろうが、俺と同じことをしてしまったのがよほど悔しかったのか、先ほどからこちらをチラチラと睨みつけている。

まあ女の子にチラチラ見られて恐怖するのは慣れている。見られる度に俺のことを笑っているんじゃないかとよく恐怖したものだ。今でもするけど。

結衣「本名じゃなくていいからさ、せめて友達が見てすぐ分かるような名前にしようよ!」

八幡「俺友達いないから無理だわ」

雪乃「わ、私は……いないことはないけれど、その、と……友達は私のことだと分かってくれているから問題ないわ」

結衣「ゆきのん……」

はい、始まりました。奉仕部恒例ガチユリ。こうなるともう俺は背景に徹するしかない。

おい誰だ、お前はいつでも背景だろって言ったのは。あんまり本当のこと言うなよ。

結衣「って、そうじゃない!」

俺が背景と心を一つにしようとした瞬間、ガチユリからギリギリのところで逃げ出した由比ヶ浜が再び抗議の声を上げた。

結衣「ゆきのんが可愛くて忘れそうになったけど、そうじゃないよ!名前もっとまともなのにしようよ!」
24: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/04(月) 21:58:42.44 ID:0m+TA8nn0
雪乃「そう言われても……」

結衣「あ、じゃあ『ヒッキー』と『ゆきのん』で登録しよう!」

八幡「仕方ない、本名で入れるか……」

雪乃「そうするしかないわね」

結衣「あ、あれ?」

困惑する由比ヶ浜を放置して、設定画面に移る。名前の変え方を教わったわけではないが、適当にポチポチしていくだけでなんとか変えることができた。

『HH』結構気に入ってたんだけどな……。ジャンプで長期間休載してそうな名前じゃん?

八幡「ほら。これでもういいだろ」

由比ヶ浜はケータイを見ながら満足げに頷き、幸せそうな笑顔を浮かべていた。

どうしてこいつはこんな小さなことでここまで笑顔になれるのだろうか。

彼女の純粋さをこうやって近くで見ると、自分が何者よりも汚れているのではないかという焦りに襲われる。

ケータイを乱暴にカバンに突っ込むことで気持ちを紛らわせる。どうやら二人とも俺の異変には気づいていないようだ。なんせいつも変だからな。

八幡「よし、これで部活も休みやすくなったな。帰るか」

結衣「まだ帰らないし!LINEって面白いゲームとかあったりするし、もっといろいろ教えたいの!」

八幡「……お前ガラケーだろうが」

結衣「うっ……」

痛いところを突かれてなにも言葉が出なくなっている由比ヶ浜を見てため息をつきながら、雪ノ下がゆっくりと口を開く。
25: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/04(月) 22:01:11.01 ID:0m+TA8nn0
雪乃「比企谷君の思い通りになってしまうのはとても癪ではあるけれど、もういい時間になっているし、今日はここで終わりにしましょうか」

外を見れば朱色の光が空を彩っている。日没の早い時期とはいえ冬休みの活動ということを鑑みればちょうどいいはずだ。

八幡「なんでそんなことで癪に思っちゃうんだよ……まあ終わりなら先行くわ」

結衣「バイバーイ!帰ったらLINE見てね!」

雪乃「また明日」

二人からの別れの挨拶を背中で受けながらゆっくりとドアを閉めた。

廊下を歩き校舎を出る。季節は完全に冬。鮮やかな色に染め上げられた空を見ながら、白い息を吐き出してみる。

今まで誰とも関わらなかった俺が、奉仕部に入ってから随分と変わったと思う。今日LINEなんてものを始めたのがいい例だ。

昔の俺ならたとえ業務連絡のためだろうとこんなものを使うことを認めなかっただろう。理由なんてない、生理的に無理だと感じたはずだ。

けれど俺は今回それを許容した。これはいい変化なんだろうか。

きっとそれが分かるのはもっと色んなものを失って、色んなものを手に入れてからだと思う。

それならば、答えの出ない問題に頭を悩ますのはやめよう。

せめて今だけはこの時を。
38: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/05(火) 22:34:16.01 ID:C89s8Gfo0
翌朝。

凍てつくような寒さが俺とあいつとの絆を強くする。

オフにし忘れた目覚まし時計が俺からあいつを引きはがそうとするが、俺の強靭な意志の前では鳴り響く騒音ですらひれ伏すしかない。

俺とお前はずっと一緒だ……。

絶対に離さないぜ……布団。

小町「お兄ちゃん目覚まし時計早く止めて!うるさい!」

八幡「……はい」

相思相愛な俺と布団の絆は妹によっていともたやすく引き裂かれてしまった。

まあ俺は布団より小町を愛してるから特に問題はないんだが。

八幡「さみぃ……」

部活は午後からだから別に寝ててもいいのだが、俺は布団を少し押しのけなんとなくケータイへと手を伸ばした。
40: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/05(火) 22:51:38.88 ID:C89s8Gfo0
俺の初LINE、つまり戸塚とのLINEは戸塚が早く寝るタイプだったため十時前には終わってしまった。

一瞬、寝たふりされてメールを返してもらえなかったトラウマが脳裏をよぎったりもしたが、戸塚が早く寝るのはテニスの練習のためらしい。あまり遅くまで起きていると翌日の練習が辛いんだとか。

戸塚とのLINEが終わったのをきっかけに寝てしまったので、今日は睡眠時間がかなり長い。毎日悩まされている眠気も今日は影を見せない。

いつもより冴えた頭で戸塚がテニスをしている妄想をしようと思ったが、その前にケータイの画面に視線を写す。ロック画面にはLINEの通知が来ていた。

そこに表記されているのは由比ヶ浜のアカウント名。

おおー、これアイコンをスライドさせると直接アプリに行くのか。便利だな。

to:由比ヶ浜

由比ヶ浜【やっはろー!】

由比ヶ浜【LINEどう?楽しい?(≧∇≦)b】

由比ヶ浜【あれ?もしかして寝ちゃってる?(゜ロ゜;ノ)ノ】

由比ヶ浜【ヒッキー?】

由比ヶ浜【ホントは起きてるんでしょ?】

由比ヶ浜【ねえ】

由比ヶ浜【返してよ】

八幡「おおう……」

こえぇよ。あと怖い。
41: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/05(火) 23:04:12.08 ID:C89s8Gfo0
あいつ、なんでLINEだとこんなにヤンデレっぽくなってるの?

送られてきた時刻は大体10時半頃。こんなのリアルタイムで見てたら寝れなくなるわ!

まあこんなにヤンデレっぽくなったのは、あいつが絵文字を使ってないからだろう。

メールの時に俺が絵文字について文句ばっかり言ってたから、LINEじゃ自重したんだと思われる。

……それが原因だよね?素とかじゃないよね?

とりあえず【悪い、寝てた】とだけ返しておき、ケータイをベッドに置いた。

そのまま重い体を無理矢理動かして一階へと進んでゆく。ヤンデレヶ浜のせいで二度寝する気にもなれない。

長い一日になりそうだ……。
49: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/06(水) 20:58:44.04 ID:41CZZVtm0
結衣「…………おはよ」

八幡「おう……」

学校に着くやいなや、下駄箱で急にローテンションな挨拶をされた。誰かと思い振り向けば、そこにいたのはヤンデレヶ浜こと由比ヶ浜結衣だった。

どんだけテンション低いんだよ。俺かよ。

ここで『どうした?』とでも聞けば由比ヶ浜が俺に不満をぶつけるのは確実だ。ならば平和的に済ませる方法は一つ。話をずらすことだけ。

八幡「そういえば──」

結衣「昨日!なんで返してくれなかったのさ!」

俺の華麗なる争い回避術はいともたやすく破られてしまう。

そうやって避けられる争いにぶつかっていくから戦争はなくならないんだよ。ちゃんと逃げようぜ、争いからも現実からも。

八幡「だから寝てたって返しただろ」

結衣「あのヒッキーがあんなに早く寝るはずないし!」

八幡「俺は意外と早寝するタイプなんだぞ」

俺のカミングアウトにポカンとした表情をする由比ヶ浜。そこまで驚くほどでもないだろ。

結衣「早く寝てるのにそんなに目が腐ってるの……?」

八幡「お前本当は俺のこと嫌いだろ……」

確かにこの腐った目は寝不足だと説明するのが一番しっくりくるとは思うが、だからってそこまで驚くなよ。傷ついちゃうだろうが。

結衣「べ、別に嫌いじゃないし……うー」

八幡「なに唸ってんだよ。でもまあ、昨日は確かにいつもよりは寝る時間が早かったな」

結衣「じゃ、じゃあ今日は……してくれる?」

……一瞬脳内がピンク色になりました。

こいつなんなの?上目遣いしながら男にそんなこと言うとかビッチなの?うっかり好きになっちゃったらどうするんだよ。
52: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/06(水) 21:32:06.98 ID:41CZZVtm0
八幡「ね、寝てなかったらな」

なんとか動揺を隠して答える。目が泳いでしまっているが、割といつものことなので不審がられたりはしないだろう。

結衣「ちゃんと起きててね!……でもなんで昨日は早く寝ちゃったの?」

八幡「LINEしてたら向こうが寝たから俺も寝たんだよ。やっぱ慣れないことすると疲れるな」

昨日戸塚とずっとしてたおかげでだいぶ慣れることはできた。多分今日由比ヶ浜からLINEが来ても疲れることなくできるだろう。

え?相手が戸塚なのに疲れるなんて俺らしくない?

ばっかお前、文字だけで意志疎通しようとすると誤解されたり嫌な気持ちにさせることが多いんだ。ソースは俺。

だからこそ戸塚みたいな天使とLINEをするときは、『本当にこの言葉を使っていいのか』とか『変な誤解されて嫌われないか』って不安を抱えながらやるからかなり疲れるんだよ!

相手が戸塚だからこそ疲れる……それがLINEの運命。
56: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/06(水) 22:11:03.54 ID:41CZZVtm0
……あれ、俺今けっこう長い間考え事してたぞ?なのになんで由比ヶ浜に声をかけられたりしないんだ?

疑問に思い意識を思考から現実へと引き戻す。

目の前にいる由比ヶ浜は、戸惑いとショックの入り混じったような目で俺のことを見ていた。

八幡「ど、どうした?」

思わず心配してしまった。それほどまでに由比ヶ浜の表情はいつもと違うものへとなっていたのだ。

俺の言葉を聞くやいなや、由比ヶ浜は俺から視線を逸らした。

結衣「あー、その……あ、あはは。ちょっと意外だったから」

八幡「? 何がだ?」

結衣「二人がそんなすぐにLINEし始めるなんて……」

八幡「別にそこまでじゃないと思うが」

戸塚と俺がLINEするのはそんなに変だろうか?しっくりくるとまではいかないが、さっきみたいな目をするほど意外とは思えない。

ん?俺こいつにLINEの相手が戸塚だって言ったっけ?

八幡「由比ヶ浜、お前もしかして──」

結衣「べ、別に気にしたりしてないから!二人が仲良くしてくれるのはあたしも嬉しいし?」

なんで疑問系なんだよ。つーか目を見て話せ。

なにか勘違いをされている気がしてならなったが、俺から逃げるように由比ヶ浜が部室へ行ってしまったためそれを確認することはできなかった。

また面倒なことになってる気が……。
81: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/09(土) 20:47:10.97 ID:a4vWzAoY0
鼻腔をくすぐる紅茶の香りを楽しみながら、いつも通り各々がやりたいことをやっていた。

俺と雪ノ下は読書。由比ヶ浜はケータイをポチポチとしながら俺や雪ノ下をチラチラ見てくる。

だから人のことをチラチラ見るなよ。過去のトラウマが蘇っちゃうだろ。

八幡「はあ……どうした由比ヶ浜」

視線が気になって話しかけたのであって、別に不安そうにしてる由比ヶ浜が気になっちゃったからとかじゃないから。本当だから。

結衣「べ、別になんでもないし……」

八幡「…………」

問い詰めるべきか引くべきか。

俺と由比ヶ浜の距離感を掴めていないため、どちらを選択するべきか分からない。

適当に納得したようなことを言って引いてしまおうと決意したその矢先、雪ノ下が口を開いた。

雪乃「なにか言いたいことがあるのなら言いなさい。でないとその男はセクハラをやめないわよ」

八幡「なんで俺がセクハラしてるの前提なんだよ」

雪乃「いつも由比ヶ浜さんのことをジロジロ見ているじゃない」

結衣「ヒッキーマジきもい!」

なんで由比ヶ浜に質問しただけでここまで言われなきゃならないんだ。口開いただけで罵倒されるとかもはや人権侵害だろ。

八幡「俺の話は置いておくとして、今は由比ヶ浜の視線がうざったいって話だろ」

雪乃「うざったいとまでは言っていないけれど……」

雪ノ下の遠慮がちなフォローは逆効果だったのだろう。由比ヶ浜は髪をわしゃわしゃとさせて悩んでいた。
85: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/09(土) 21:40:15.37 ID:+LqTPPeL0
しばらくそのままで放置しておくと、覚悟を決めたように大きく深呼吸をしてから小さい声で言った。

結衣「だってさ……あたしとのLINEには二人とも全然返してくれないのに……二人は仲良くLINEしてるんだもん。それがなんか……」

八幡「気に入らないのか?」

結衣「気に入らないっていうか……寂しい?みたいな」

つまり仲間外れにしないで、ってことか。気持ちは分かる。数年前までは俺もよく同じことを考えていた。

一人ぼっちは寂しいもんな……。

事態が飲み込めず困惑してる雪ノ下に代わり、俺が由比ヶ浜にフォローを入れる。

いやフォローっつうか、この早とちりさんの勘違いを解くだけなんだが。

八幡「由比ヶ浜、言っとくが俺は雪ノ下とLINEなんてしてないぞ」

結衣「……へ?」

八幡「俺がLINEしてたの戸塚だ。そもそも雪ノ下は友だちの中にすらいねえよ」

結衣「え……えぇ!?」

突然の大声に俺と雪ノ下の肩がびくりと震える。俺にその場面を見られたのが恥ずかしいのか、咳払いをしてから雪ノ下が由比ヶ浜に向けて話し始める。

雪乃「なぜ私がこの男とLINEなんてしなければならないのよ。どうしたらそんな勘違いをするのかしら」

結衣「だ、だってヒッキーの友だちってあたしとゆきのんだけだと思ってたから……それよりまだ友だちじゃないってどういうこと!?昨日申請したんじゃないの!?」

無事誤解は解けたが由比ヶ浜はまた違うところに食いついてきた。

少し顔が赤いところを見ると、もしかしたら自分が変な妄想をしてしまっていたことを誤魔化すために話題をすり替えたのかもしれない。

俺が言葉足らずだったのがこの状況を作り上げた一因であるっぽいし……俺もその話題に乗ってやるか。
87: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/09(土) 22:20:53.20 ID:+LqTPPeL0
八幡「よく考えろ由比ヶ浜。LINEで友だちの欄に表示されるのはどんなやつだ?」

結衣「えーっと……電話番号を知ってる人?」

八幡「そうだ。ならお互いの電話番号を知らない俺達が友だちになってるわけないだろ」

俺達が電話番号を交換していないというのは全員が知っていることだと思っていたが、どうやら由比ヶ浜にとってこの常識は常識ではなかったらしい。呆然とした表情をしてからまた大声を出した。

結衣「ちょ、ちょっと!それLINE始めた意味ないじゃん!」

雪乃「それはそうなのだけれど……」

珍しく雪ノ下の歯切れが悪い。いつもは必要以上にスパッと言い切ってしまうというのに。むしろ俺に関しては言い斬られてるまである。
88: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/09(土) 22:23:25.02 ID:+LqTPPeL0
結衣「電話番号交換とまでは言わないけど……せめてLINEくらいはちゃんとしようよー」

ただでさえ劣勢っぽかった雪ノ下に追い討ちをかけるかのように由比ヶ浜が抱きつき攻撃を開始する。

もうこうなれば雪ノ下に勝ち目はない。

雪乃「分かったわ。分かったから抱きつかないでちょうだい」

結衣「やったー!」

喜びを体全体で表現する由比ヶ浜に対し、雪ノ下は背筋の凍るような視線を俺に向けていた。

八幡「な、なんだよ……」

雪乃「……なんでもないわ。ほら、早くケータイを出しなさい」

命令口調で指示を出されるとやる気なくなるよね。だからもうケータイ出さなくていいんじゃね。

と思ったりもしたが、雪ノ下の放つ冬の北海道以上の冷気がそれを許さない。北海道行ったことないけど。

八幡「はあ……分かったよ」

カバンからケータイを取り出す。アプリを起動してなんかそれっぽいことを適当にやっているとQRコードを取る画面まで来た。

そこからまた適当に操作していくこと数分。慣れないことをしたせいで予想よりも時間をくったが、無事俺は雪ノ下と友だちになった。

雪ノ下と友だち……か。変な感じだな。

雪乃「これでいいかしら?」

結衣「うん!これで三人とも友だちだね!」

八幡「そうだな」

俺の友だちは雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚、小町……あ、あと平塚先生の五人だ。多分現実の友達より多い気がする。

由比ヶ浜は俺とは比べものにならないほど多いのだろう。

そして雪ノ下はおそらく俺と由比ヶ浜の二人だけ。

だがしかし友だちの数が一体なんだというのだろう。

LINEでの繋がりなどただの偽りだ。そんなものの数で何が分かる。例えLINEでの友だちが100人を超えていたとしても、それが本物だとは──

おっと、これ以上考えるのはよそう。俺の黒歴史を掘り返してしまいそうだ。

今の俺にとって『本物』というのはNGワードだ。その単語を聞く度にあのシーンを思い出してしまい、無性に叫びたくなってしまう。

俺の思考が黒歴史の渦に飲み込まれるその直前、由比ヶ浜の元気すぎる声が響いた。

結衣「これでみんなでおしゃべりできるね!」

八幡「業務連絡で使うんだろ」

結衣「す、少しくらいならいいじゃん!」

八幡「……まあ、少しだけならな」

こうして俺たちは三人ともにLINEの友だちになった。

正直、どうせすぐ飽きてアプリを開くことすらしなくなるのだろうと思っていた。

けれどケータイの画面を見る雪ノ下の表情は、あまりにも儚げで。

それだけが俺の心に漠然とした予感を残していた。
92: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/09(土) 23:05:21.04 ID:+LqTPPeL0
八幡「んー……」

翌日の夜。俺は真っ暗なケータイの画面を見ながら一人でうなっていた。

俺は明日、部活を休まなければならない。

一応言っておくがサボタージュではなくちゃんとした用事である。具体的には冬期講習に行くためだ。

さて、たかだか冬休みの部活を休むだけでなぜこんなに悩んでいるのかといえば……それはずばり誰に業務連絡をすればいいか分からないからだ。

普通なら由比ヶ浜にすればいいのだが、俺の中に微かに眠っていた好奇心という名の悪魔がひそひそと囁きかけてくる。

もう一人の方にしろ、と。

どちらにしたところで結果は大して変わりはしない。結果が変わらないのならどちらでもいいが……うーむ。

こんな時奉仕部のグループでもあれば楽なんだろうが、雪ノ下も由比ヶ浜も忘れているようだし俺から言うのはなんとなく嫌だ。

八幡「……よし」

悩んでも答えが出ないなら運に任せればいい。

部屋の片隅に投げ捨てられていた通学用のカバンから財布を見つけ、その中にあるピカピカの十円玉を取り出す。

ポケモンで言っていた。迷ったときにはコイントスだと。
93: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/09(土) 23:10:44.64 ID:+LqTPPeL0
表が出たら雪ノ下、裏なら由比ヶ浜。

ちなみに知ってるやつも多いと思うが、十円玉の表は平等院鳳凰堂がある方だ。10の字がある方ではない。

八幡「よっと」

某超電磁砲を意識しながら親指で十円玉を弾く。くるくると回転しながら落ちてくる十円玉に向かって右手を出した。

ガッ。

八幡「痛っ」

タイミングが少し早かったせいで人差し指の付け根の骨にぶつかってから十円玉はあっけなく床に落下してしまった。

痛いよう……地味に痛い……あとダサい……。

憎しみを込めて十円玉を睨みつける。床に落ちている十円玉が出した結果は……。

八幡「表……」

つまり雪ノ下だ。

もう一回やり直そうかとも思ったが、それをするといよいよ答えを出せなくなる気がする。

俺はもはや半ばヤケになりながらアプリを呼び出し、雪ノ下とのトーク画面に移動した。

つい先日友だち登録したばかりのあいつとは、もちろん一度もLINEを使った会話などしていない。今もトーク画面には空の背景しか映し出されていない。

空って言っても敗北の二文字が存在しない方じゃなくてスカイの方な。

今からその空の背景に会話を打ち込んでいかなきゃならんわけだが……。

なんて打てばいい?

あえてフレンドリーに『よう雪乃』とでも打つか?いやそんなことしたら別の物語が始まってしまいそうだ。

なら『やっはろー』か?いやそれもない。それを使ったら負けだ。何と勝負してるのかは知らん。

……普通にいくか。
96: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/10(日) 08:47:16.52 ID:qV20A/sP0
to:雪ノ下

八幡【よう】 既読10:40

雪乃【なにかしら】 10:41

思ってたより返信早いな……。どうせ由比ヶ浜とLINEしてたからケータイが手元にあっただけなんだろうが。

それでもこいつのことだし、既読スルーとか普通にしてくると思ってたわ。

なんにせよ、早く反応してくれる分には文句はない。俺はできるだけ簡潔に明日部活を休む旨を書き込んだ。

雪乃【そう】

雪乃【分かったわ】

八幡【やけにあっさり了承してくれるんだな】

八幡【少し意外だ】

雪乃【引き留めてもらいたかったのかしら、ナル谷君】

八幡【お前のことだから文句の一つでも言うんじゃないかと思っただけだ】

八幡【あとナル谷はやめろ】

八幡【トラウマが蘇る】

返事を打ち込んでから気づく。あれ、話ずれてきてないか?

俺としては休むことを伝えたら即寝る予定だったため、普通に会話している自分に少し驚いてしまう。

上手く会話を終わらせる方法を模索しようとするが、ちょうどそのタイミングで雪ノ下から返答が来てしまった。
99: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/10(日) 09:16:57.42 ID:qV20A/sP0
雪乃【安心なさい】

雪乃【文句なら明後日言うわ】

雪乃【それとあなたの数え切れないトラウマなんて一々気にして会話なんてしていたら】

雪乃【何も言えなくなってしまうわよ】

八幡【なんで明後日言っちゃうんだよ】

八幡【そのまま忘れて言わないままでいいだろ】

八幡【あと俺のトラウマは会話を禁止しなきゃいけないほど大量には無い】

八幡【無いよな?】

……あー、やばい。これやばいフラグだ。

由比ヶ浜とメールをしている時にたまにある現象が今も起きている。

それは会話の分裂だ。
101: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/10(日) 09:19:19.26 ID:qV20A/sP0
一つの話題が二つに、二つの話題が三つへと増えていく。その結果、どれか一つの会話を終わらせても他の会話が残っているせいで、会話そのものを終わらせることができなくなってしまう。

最悪、残った会話がまた分裂し始めるしな。

終わりの見えない会話は『ちょっと親に呼ばれたわー』とか『もう寝るー』とか適当な理由をつけて強制終了してしまうのが得策だ。

しかしそれは逆に言えば、理由を見つけなければ終わらせられないということになる。

俺の場合はメールを無視して返信しないという、リア充どもには真似できない方法で終わらしているわけだが。

次の日由比ヶ浜が凄く不機嫌になるからあんまり乱用はできないけどな。

雪乃【あなたに言いたいことなんて忘れてもまた出てきてしまうのよ】

雪乃【そんなものを我慢していたら体に悪影響を及ぼしてしまうわ】

雪乃【あなたのトラウマの数なんて知らないわ】

……この会話終わらせられるのか……?

不安で目が覚めてしまった俺は、そのままもう少しだけ雪ノ下との会話を続けることにした。

もう少し、あとちょっとだけ、キリのいいところまで。

やめようと思えばいつでもやめられたと思う。だが俺は様々な理由を見つけて誤魔化し、気づけば時間を忘れてLINEに没頭してしまっていた。
102: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/10(日) 09:23:13.89 ID:qV20A/sP0
八幡「ふああ……今何時だ……」

誰に話しかけているわけでもないのに、つい思考がそのまま口から出てしまう。この癖そろそろどうにかしなければなるまい。

俺は時間を確認するために雪ノ下からの返答に目を向ける。

雪乃【そうね、あなたと同等に扱うなんてマントヒヒに失礼だったわ】3:56

……我ながらなんの話をしてるんだとは思う。だがそれ以上に気にしなければならないことを発見した。

3時?いやあと少ししたら4時じゃねえか。通りで眠いわけだ。

八幡【おい雪ノ下】

八幡【時間見てみろ】

今までポンポンとリズム良く来ていた返答が少しの間来なくなる。

いつもより数テンポ遅れて来た返答はとてもシンプルでかつ分かりやすいものだった。

雪乃【おやすみなさい】

それを合図に雪ノ下とのLINE、別名未知との遭遇は終わりを告げた。

計約五時間。お互いにその間一度も時間を見ずに没頭してしまっていた。

すごいな、まるでラブラブのカップルみたいだ。

八幡「……はっ」

自分の考えをつい鼻で笑ってしまう。こんなことを考えてしまうあたり、よっぽど眠いんだろうな俺。

寝るか。

電気を消してベッドの上に横になる。途端にすさまじい眠気に襲われるが、その前に一つやるべきことを忘れていた。

八幡【おやすみ】

既読がつかないことを確認してから、俺は睡魔に従って深い眠りに落ちていった。
127: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/19(火) 21:19:13.50 ID:3G3RJw1f0
小町「あ、お兄ちゃんおはよー。昼食はテーブルに置いてあるよー」

目が覚めたときにはすでに正午を過ぎていた。小町の用意してくれた昼食を少し急いで胃に入れていく。ゆっくり食べてると予備校に遅刻してしまいそうだ。

受験生である小町に料理させて俺は昼まで寝てるとか、そろそろ救いようがない気もする。

今日の夜ご飯は俺が作らないとな。

八幡「ふああ……」

小町「お兄ちゃん、冬休みだからって夜更かしするのは健康によくないよ。目も腐るし」

八幡「それ長期休暇の度に言われるんだが……」

今年の夏休みにも全く同じことを何度も言われた記憶がある。そして必ず目のことを言及される。

だから睡眠不足と目の腐敗は関係ないんだよ。多分。

小町「それだけお兄ちゃんの生活リズムがボロボロなの。そんな生活して体調壊してほしくないんだよ。あ、今の小町的にポイント高いっ!」

八幡「はいはい」

最後のだけなかったら本当に可愛いんだが……。まああっても可愛いがな!
128: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/19(火) 21:22:07.69 ID:3G3RJw1f0
小町「それで昨日はなにして夜更かししてたの?読書?ゲーム?本棚の後ろにある壁の中に上手く隠されたDVDの鑑賞?」

八幡「……おい、ちょっと待て」

小町「ん?」

怖いよこの子!なんで当たり前みたいに俺のプライバシー知り尽くしてるの?ストーカーなの?

八幡「な、なんでもない。それのどれでもねえよ。っていうかDVDとか知らねえし」

小町「ふーん……まあいいけど。どれでもないなら……あ!LINEとか!」

八幡「…………」

いきなり図星を言い当てられて思わず黙ってしまう。その反応から何かを察したのか、小町の目がキュピーン!と光った。

小町「ほうほう……お兄ちゃんがLINEで夜更かし……」

八幡「何を勘ぐってんだか知らないが、相手は戸塚だからな」

最もあり得る答えを提示してこの話題を終わらせようとしたのだが、なぜか小町の瞳に宿る光がさらに強くなったように見えた。

小町「……本当に戸塚さん?」

八幡「ああ、他に誰がいるんだよ」

小町「ふーん、へえー、ほおー」

八幡「うぜえ……」

小町はニヤニヤとした表情をしながら、しかし何かを言うでもなくずっと俺のことを生暖かい目で見ている。

だがそのことについて聞く時間は俺にはなさそうだ。時計を見れば意外と時間が過ぎている。急いで予備校に行く準備をしなければならない。

皿に乗っていた食べ物を大急ぎで口の中にかきこみ、そのままコーヒーで押し流す。ごちそうさまと小町に言ってから部屋に戻り、俺は支度をものの一分程度で終わらせた。

このまま自転車で飛ばせば間に合うな。

……寒い。家から出たくないな……はあ……。
129: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/19(火) 21:26:24.85 ID:3G3RJw1f0
八幡「じゃあ行ってくる……」

部屋から玄関までの短い距離を、足を引きずりながら歩き靴を履く。

ドアに手をかけようとしたその時、いつもはリビングから手を振るくらいしかしない小町がわざわざ玄関まで見送りに来てくれた。

なんだ、デレ期か?

不思議に思わなくもなかったが、別に悪い気はしないしむしろ嬉しい。

少し上機嫌で扉を開ける俺に、さらに上機嫌な小町の声が届いた。

小町「戸塚さんは部活がある日もない日も早寝するタイプだから、夜遅くまでLINEなんてしないんだよー。それじゃあ行ってらっしゃい!」

俺の心臓が一際大きく脈打つのと、扉の閉まる音が聞こえたのはほぼ同時だった。

八幡「お、俺の妹がこんなに怖いわけがない……」

意識したわけでもなく口からそんな言葉がでてきてしまう。すれ違った主婦に気持ち悪そうに見られたが、もはやそんなことはどうでもいい。

きっと今頃小町は俺のLINEの相手を楽しそうに探しているのだろう。あいつのことだし、相手が雪ノ下だなんてすぐに分かってしまうはずだ。

そして帰ってから質問責めにあい、明日は奉仕部で雪ノ下に散々に言われる、と。

こんな嫌な未来を正確に予知できる能力なんていらねえ……。どうせなら宝くじの当選番号予知してくれよ。

そんな気持ちを振り切るために俺は自転車を漕ぎ始めた。
130: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/19(火) 21:39:25.71 ID:3G3RJw1f0
風に立ち向かいながら自転車を漕ぐこと十数分。なんとか時間までに予備校に着くことができた。

こういう建物に入るとき、つい学校の癖で下駄箱探しちゃうんだよな……。

周りを見渡せば俺と同じような行動を取っているような人間がもう一人いた。

ポニーテールを揺らしながら周囲を見回し、何かに気づいたように動きを止める。

まさに俺と同じ動きだ。案外あいつとは気が合うのかもな。いやないか。

俺と気が合うということは、逆に言えば世界と合わないということだ。そんな奴は間違いなくぼっちである。

……そういえば、あの後ろ姿どっかで見たことあるな……。

誰だっけ……か、川……川越……?

八幡「あ、川崎か」

川崎「ふぇっ!?」

目の前で俺と同じ動きをしていた女子がこちらを勢いよく振り向いた。

誰かと思ったら川崎本人じゃねえか。

……え?じゃあ今の『ふぇっ!?』ってこいつが言ったの?なにそれ可愛い。
131: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/19(火) 21:57:17.54 ID:3G3RJw1f0
川崎「な、なんであんたがここに……!」

八幡「こんなとこに勉強以外でなんの用があるんだよ」

俺の冷静な返しを受けて川崎もいつもの調子に戻る。若干の気まずさを残したままつかず離れずの微妙な距離感を保って、同じ部屋に向かって歩いていった。

八幡「……そういや、生徒会選挙の時ありがとな」

言いそびれていた礼を言っておいた。ただそれだけだというのに、川崎は頬を赤く染めて視線を逸らしてしまう。

そういう反応やめてくれない?勘違いしそうになるだろ。

川崎「別にあんたのためにやったわけじゃないし……」

典型的なツンデレセリフもこいつが言うと、すんなりと本心だと思えてしまう。

ならなんで手伝ってくれたのかとは思うが、そこまでぐいぐい聞くのは失礼だよな。

だから失礼じゃない礼をしよう。

八幡「それでも本当に助かった。この礼は今度何かで返す」

川崎「何かって?」

八幡「……決めてない」

女子への礼をそんなにすぐ思いつけるほど俺の男子力は高くないんだよ。

いや男子力ってなんだ。

川崎「……その礼って、あたしが決めてもいいの?」

八幡「ああ、むしろそっちの方が俺としてはありがたい……あ、痛みを伴うのはやめてくれよ?」

川崎「あんたはあたしをどう見てるのさ……」
132: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/19(火) 22:22:40.67 ID:3G3RJw1f0
不良もどきですけど?とは口が裂けても言えない。その瞬間俺の体まで裂けてしまいそうだ。

だとすると不良もどき以外でのこいつへの印象……。

八幡「ブラコンだな」

川崎「あ?」

八幡「あ、いえなんでもないです」

何今の声!どこから声出したらそうなるの!?

ドスの利いた声を出した川崎だったが、なぜかその直後に視線を泳がせてしまう。

その行動の意味が分からず首を傾げていると、川崎はいつもより小さめな声で言った。

川崎「あたしへの礼はいいからさ……大志の勉強見てやって欲しいんだ」

明後日の方向を向きながら言われた言葉は実にブラコンチックなお願いだった。

……そら目を逸らすわな。ブラコンって言われたすぐ後に弟のこと話し出すんだから。

重症すぎるだろ、俺ですらそこまでじゃ……ないはず。

八幡「そんくらいなら別に構わんが、それじゃあお前への礼は……」

川崎「あたしはいいよ。スカラシップの時のでおあいこでしょ」

八幡「ま、まあそうだが……」

川崎「……あんたって意外と律儀だよね」

やっと視線を戻した川崎は優しい笑顔を浮かべている。

その表情は、俺の視線を釘付けにするには充分すぎるほど魅力的だった。
133: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/19(火) 22:29:46.24 ID:3G3RJw1f0
川崎「……なに?」

八幡「……へ?あ、ああ、なんでもない。そうだぞ、俺はこう見えて律儀なんだ。借りはだいたい返すし貸しは絶対返してもらう」

川崎「それ律儀って言わないから」

その表情からはすでにさきほどの笑顔消えており、代わりに呆れた表情をされていた。

まさかさっきの笑顔をもう一度見せてくれなどと言えるはずもなく、少し残念に思いながらも俺は会話を続ける。

八幡「俺が教えるのはいいんだが……言っとくが国語以外は人に教えられるほどできないぞ?数学なんてむしろ教えてほしいレベル」

川崎「そういうのは期待してないよ。ただほら、この前みたいにモチベーションを上げてほしいっていうか……」

八幡「ああ……いやそれでも俺でいいのか?俺よりそういうのが得意なやつなんていくらでも……」

そこまで言って気づく。そうだ、この子も俺と同じぼっちだった。

俺に頼りたいのではなく、俺くらいしか頼れるやつがいない。

俺を選んだのではなく、俺しか選択肢が与えられていないのだ。

ぼっちは人間関係が狭い。むしろ人間関係なんてものが存在してないことすらある。だからこそ、選べる選択肢は限られている。

俺のように。

そう俺は予測し、こいつからの要望を飲もうとしたのだが、俺の考えは少し違っていたようだ。

川崎「あたしは他のやつよりあんたがいいと思ったから頼んでるだけ。大志はあんたのこと凄く気に入ってるし、あたしも……あんたになら大志のこと任せられると思ってる。……少し不安だけど」

八幡「任せられても困るんだが……まあその、そこまで言ってもらって断ることはできないな」

川崎「じゃあ頼める?」

八幡「ああ、引き受けた」
134: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/19(火) 22:46:33.31 ID:3G3RJw1f0
そこでちょうど俺たちの行くべき教室が見えてきた。一人で行くのに比べ随分と時間がかかったのは、それだけ会話に集中してしまっていたからだろう。

川崎「あ、そうだ。これLINEのID」

八幡「は?」

そう言って彼女が差し出したのは、英数字の書かれたメモ紙だった。

川崎「あんたも始めたんでしょ?ならこれの方が簡単に連絡できるし」

八幡「え、お、おう……」

女の子からLINEのIDもらった!八幡はリア充度が2上がった!

おっと、いかん。あまりの驚きで脳内がポケットなモンスターのようになってしまった。

ニヤニヤしそうになる顔を全力で引き締め、メモに手を伸ばす。だがその手はプルプルと震えていて我ながら無様だった。

川崎「あっ……」

受け取った時、俺と川崎の手が触れてしまった。俺が紙を掴んだと見るやいなや、ものすごい勢いで手を引いてしまう。

女の子から気持ち悪がられた!八幡はリア充度が5下がった!

八幡「わ、悪い」

何が悪いのかよく分からないまま謝ってしまう。だって川崎の顔真っ赤なんだもの、すごく申し訳ないんだもの。

川崎「いやっ、べ、別に……」

川崎は裏返った声でそういうと、スタスタと教室の中に進んでしまった。

残された俺は少しだけメモ帳を見つめてから、ゆっくりと教室の中へと入っていった。
145: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/23(土) 23:24:37.61 ID:MxoZufLw0
八幡「たでーまー」

小町「おっかえりー!」

予備校から帰ってきた俺を、リビングから聞こえる小町の声と暖気が迎えてくれた。

寒かった……こんな時期に家から進んで出ようとするとか理解できない……。

小町「お兄ちゃーん、朝のことゆっくりお話しよー」

八幡「うわあ……」

家から進んで出ようとするやつの気持ち理解できちゃった。

家に居場所がないのか……。

八幡「はあ……」

小町に聞こえるようわざと大きいため息を吐いてから、リビングへのドアを開ける。

ソファーにぐてーとしながらも満面の笑みでこちらを見る小町の姿は、なんかこう……将来が不安だ。

小町「ふっふっふ……お兄ちゃん、謎は全て解けたよ!」

八幡「その謎解いたとこでどうすんだよ」

小町「えー、そりゃ……ふふふ」

俺の質問を怪しい笑い方で誤魔化す。その笑いにはどんな意味が含まれているのか聞きたいような聞きたくないような……。
146: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/23(土) 23:28:25.13 ID:MxoZufLw0
小町「しかし雪乃さんと夜遅くまでLINEとはねえ……小町嬉しいよ」

八幡「なんで嬉しいんだよ……つうかLINEしてたとは言うが、正確には二人ともがLINEに不慣れなせいで、やめ方が分からなかっただけだ。最後の方マントヒヒの話してたからな」

小町「マントヒヒ……」

さすがにそれには引いたようで、小町は額に手を当てる。

小町「あと少しでお姉ちゃんが出来ると思うんだけどな……なにが足りないんだろ」

八幡「俺のやる気だろ」

小町「もう!お兄ちゃんは彼女欲しいとか思わないの?」

彼女……ねえ。

ぶっちゃければ欲しい。喉から手が出るほど欲しい。だが俺の性格から考えて一人の女性と長期間……あるいは一生を共にするというのは難しい。 

一応専業主夫を目指している身としてはこんなとこで諦めるわけにはいかないが、それは大学で頑張るから。

大学行ったら本気出すから。
147: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/23(土) 23:48:54.85 ID:MxoZufLw0
八幡「今は欲しいとは思わねえな。それに俺には小町がいてくれるし」

なんだかんだといって俺の世話を焼いてくれる可愛い妹がいてくれるだけでも、俺はかなり幸せだ。

そう思い、なんとなく小町の頭によって手を乗せ優しく撫でる。

小町「うぅ、これだからごみいちゃんは……ずるい」

八幡「ずるいって……頭を撫でるって反則行為だったりすんの?俺退場でもさせられんの?」

小町「ある意味超反則行為だね」

八幡「そうだったのか……」

小町の頭からパッと手を離す。俺の手を小町が名残惜しそうに見ていたのはきっと勘違いだろう。

八幡「じゃあ俺部屋行くから」

小町「んー」

勉強頑張れよ、とでも言ってやりたいがそれが逆効果なのはよく知っている。

ならせめて、こんな時くらいは兄らしく見守ってやろうじゃないか。
148: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/24(日) 00:17:52.08 ID:ZvW6dg1z0
八幡「あ、そうだ」

本当なら小町にLINEのことを尋問される前にとっとと立ち去って誤魔化したかったのだが、一つ聞き忘れたことがあった。

八幡「なあ小町、俺がLINE始めたこと誰かに言ったか?」

俺がLINE始めたこと。それを川崎が知っていた理由があるとすればこいつが誰かに言ったから以外には考えられない。

一応小町は常識を備えている……と信じているが、念のために誰に言ったのか確認しておいても損ではないはずだ。

小町「言ったよー。たった二人だけどね。お兄ちゃんの知り合いで小町の知ってる人そんなに多くないし、そもそもお兄ちゃんの知り合い多くないし」

八幡「最後の一文いらないよね?改めて現実突きつけるのやめてくれない?」

小町「はいはい。それで教えたのは大志君と……」

大志……なるほど、川崎は大志経由で知ったのか。それなら納得……?

え?なんであいつら姉弟間で俺の話してんの?怖いんだけど。

川崎家の会話に俺の中で警鐘が鳴り始めている。だがそんなものは次の小町の発言で消し飛んでしまった。

小町「あと陽乃さん」

八幡「え?」
150: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/24(日) 00:20:20.47 ID:ZvW6dg1z0
小町「だから陽乃さんだって。雪乃さんのお姉さんの」

今なんかとんでもない魔王の名前が聞こえた気がするんですけど……嘘だよね?嘘だって言ってよ!

小町「さっきコンビニに行ったら偶然会ったから言っちゃった。そういえば陽乃さんってなんでこっち居たんだろ?」

言っちゃったじゃねえよ!この子常識全くなかった!あと陽乃さんと会ったの多分偶然じゃなくて必然だ!

八幡「まじか……陽乃さんに言っちゃったか……」

小町「うん!頑張ってね!」

頑張っている人間に頑張れと言ってはいけない。

それは受験生にも魔王に目を付けられた哀れな村人Aにも同じことが言える。

陽乃さんのことを何も知らないのか知った上でなのかは分からないが、小町は妙な笑顔を浮かべている。

それに見送られながら、村人Aは静かに自室へ引きこもりに行った。
157: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/24(日) 08:54:54.31 ID:ZvW6dg1z0
八幡「あー……晩飯作らねえと……」

引きこもるとは言ったものの、俺は自分と小町の晩飯を作るために部屋から出なければならない。

やっぱり働くとか俺の肌に合わないな。養ってもらおう。

パパっと着替えてから冷蔵庫にある食材で作れる料理を作り、小町と一緒に食べる。

すっかり慣れてしまった二人だけの食事風景。いつもならマイラブリーシスター小町とのきゃっきゃうふふなディナータイムなのだが……。

小町「それでそれで?雪乃さんと結衣さんとのLINEは楽しい?」

ふぇぇ……妹がうざいよぉ……。
158: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/24(日) 09:04:52.02 ID:ZvW6dg1z0
八幡「そんなに会話してるわけじゃねえよ。由比ヶ浜とは適当なとこで会話終わらせるし、雪ノ下とは昨日の一回だけだ。もしかするとあれが最初で最後かもな」

小町「いやいやそんなこと言ってー……あ、でもお兄ちゃんならあり得る……」

八幡「だろ?現実ですらそこまで話すわけでもないのに、画面越しとか余計話さねえよ」

実際あいつとは業務連絡以外でLINEすることはないだろうし、その業務連絡だって由比ヶ浜としたところで問題はない。

だから本当にあれが最後かもしれない。まあマントヒヒの話しかしないLINEなんて別にしなくてもいい気がするが。

マントヒヒ愛好家のみんな、ごめんね。
159: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/24(日) 09:07:01.51 ID:ZvW6dg1z0
小町「もったいないなー。今がお兄ちゃんのピークなのに」

八幡「これから俺の人生下がるだけかよ」

小町「……本当にそうかもよ?」

笑っているはずの小町はしかし全く笑ってなどいなかった。急な雰囲気の変化で戸惑う俺を小町の視線は逃さない。

小町「決めるのはお兄ちゃんだけど、捻くれすぎて女の子泣かしたりしたらダメだからね」

八幡「分かってるよ」

本当は分かってなどいない。けれど今の小町にそれを言えるはずもない。

だからせめて、お返しに俺らしく皮肉と嫌みで返してやる。

八幡「人の心配してる暇があったら自分の心配しとけよ受験生」

小町「あー!小町に言っちゃいけない言葉ランキングトップ10の言葉言った!」

八幡「意外と低いんだな」

てっきりトップ3くらいには入ってると思ってた。これでトップ10なら一位はなんなのか気になる。

小町「ふん!明日の朝ご飯お兄ちゃんの嫌いなトマトだけで料理作っちゃうもん!」

八幡「おいおい俺を殺す気かよ。冬休みなのに朝ご飯の時間に起こすとか酷すぎるだろ」

小町「そっちなんだ……」

小町が俺を残念な子でも見るような目で見てくる。辛いです。
160: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/24(日) 09:12:04.30 ID:ZvW6dg1z0
八幡「まあそういうわけだから、お姉ちゃんとか期待すんのはやめろ」

小町「うん……お姉ちゃんが無理ならいっそお兄ちゃんができることに賭けるよ」

八幡「もっとやめろ」

最近海老名さんの視線が妙に気になるのだ。俺と葉山の一挙手一投足を見逃さないようにしているそれは、まさに野獣の目。超怖い。

晩飯の最後の一口を、鼻血を出して倒れる海老名さんのことを思い出しながら食べる。なぜか食事を汚された気分になったが、お茶を一気飲みして気を紛らわせた。

八幡「じゃ、今度こそ引きこもるかから。……なんか分からないとこあったら聞きに来い。ただし」

小町「数学以外でしょ?頼りにしてるからね、お兄ちゃん」

八幡「ん」

理由の分からない気恥ずかしさを感じながら自室へ向かう。

今は無性にベッドが恋しかった。
163: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/24(日) 10:24:23.47 ID:ZvW6dg1z0
八幡「むむっ……」

ベッドに寝転んで、某楽天カードマンの真似をしてみる。だがそんなことをしたところでID検索をする勇気は出てこない。

何で俺、検索するだけでこんなに緊張してるんだ……?

あ、そうか。さっきから検索したら友だち申請しなきゃいけない、とか思っていたから検索できなかったんだ。

検索したって嫌なら申請しなけりゃいい。それだけの話じゃないか。

よし、オーケーオーケー。それなら大丈夫。

さあ、検索を始めよう。

八幡「えーと……K……A」

ローマ字のみの入力は、パソコンでもiPhoneでも慣れない。しかもこいつの妙に長ったらしいから余計面倒だ。

イライラしながらもなんとか入力を終える。そして震える指で検索ボタンを押した。

友だち申請をするかどうかは別にするとして、考えてみたら俺が自分から友だち探しをしに行くって初めてじゃないか?

うわ、そう思ったら緊張してきた。そうか、俺の初めては川崎か……。

ともかく長かった苦悩もこれでようやく終わりに──

【川崎大志】

八幡「お前かよっ!!!」
164: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/08/24(日) 10:32:45.02 ID:ZvW6dg1z0
俺の苦悩なんだったんだよ!確かにこれなら連絡簡単だけれども!!

八幡「ふぅ……ふぅ……!」

溢れ出る怒りの矛先が見つからずムシャクシャする。大志に八つ当たりしようにもこいつ悪くねえしな……。

つうか悪いの早とちりした俺だし……。自分が加害者であり被害者ってのが辛い。誰を責めればいいのか分からなくなる。

後が怖いので大志を友だちに登録しておいたが、だからといって気が晴れるわけでもない。

こういう時は本でも読んで落ち着こう。

そう思い、手近なところにあった本に手を伸ばそうとした瞬間だった。

ピコン、とケータイから音が鳴る。この音はLINEの通知音だ。一体誰から?

自動で明るくなったケータイ画面を見る。もちろん表示されている通知はLINEのものだ。しっかりとアカウント名もある。

その名前は、もう二度とLINEをすることはないだろうと考えていた彼女の名前だった。
177: ◆itPh.0zEvU 2014/09/03(水) 22:12:41.44 ID:62xgjjK10
【雪ノ下雪乃】

そう表示された画面を何度も見てしまう。

あいつから俺に何の用だ……?今日の部活で何かあったのだろうか。

そんな自信のない予想をしてからLINEのアプリを開く。

八幡「ああ……」

そこにあったのは俺に対する不満。主に小町にLINEのことを言ってしまったことについてだ。

確かにこれならあいつからLINEを送ってきたことも納得できる。

小町ェ……。

八幡「ふむ……返さなくてもいいか?いやそれは怖いな……」

独り言は頭を整理するのにぴったりだ。話しているわけではないから気を使う必要もない。会話するよりずっと楽である。

独り言ホント万能。文科省は会話の大切さより独り言の利便さをもっと広めていくべきだ。

そして、そんな独り言が出した結論は。

八幡「適当なとこで切り上げて寝よう」

しっかりと昨日の反省を生かす。ちゃんと時間を見ながらやれば問題はないはずだ。

じゃあ既読もつけちまったし、とっとと返すか。
179: ◆itPh.0zEvU 2014/09/03(水) 22:26:12.98 ID:62xgjjK10
to:雪ノ下雪乃

八幡【悪いな】

八幡【小町ってこういうことには異常に敏感だから】

雪乃【あなたが鈍感なだけでしょう】

八幡【何を言う、俺は肌が荒れるレベルで敏感だ】

雪乃【あなたの肌なんてどうでもいわよ】

雪乃【それより、今後は小町さんに気づかれないようにしなさい】

八幡【俺の肌どうでもよくないから】

八幡【男だって少しは気にしてるんだぞ】

八幡【なんで小町に隠すんだ?】

雪乃【あなたの肌を見てくれる人なんていないでしょう?】

雪乃【男だって、とは言うけれど女の私は大して気にしたことはないのだけれど?】

雪乃【小町さんに隠すのは今日みたいな事がないようにするためよ】

八幡【いるから、戸塚とか超見てくれてるはずだから】

八幡【そうなの?女子って全員肌のことばっかり考えてると思ってたんだけど】

八幡【小町そんなにしつこく聞いてきたのか?】

と、ここまで打って気付く。

話題がすでに三つに分かれてる……!

前回の反省どこに活きてるんだよ。むしろ悪化してるじゃねえか。これ終わるの?俺はちゃんと寝れるの?
180: ◆itPh.0zEvU 2014/09/03(水) 22:41:10.94 ID:62xgjjK10
そんなことを考えている間にも雪ノ下からのLINEは来てしまう。

雪乃【本当に手遅れね。そろそろ戸塚君にも愛想を尽かされるんじゃないかしら】

雪乃【何も考えていないわけではないけれど、あなたが思うほど真剣に考えたことはあまりないわ】

雪乃【私の場合、特になにもしなくても問題ないもの】

雪乃【小町さんの質問はそれほどしつこくなかったのだけれど……】

雪乃【明日部活に来れば分かるわ】

八幡【戸塚に愛想尽かされるとかもう生きてる理由ないんだけど】

八幡【お前、それ由比ヶ浜に言ったら多分キレられるぞ】

八幡【部活で思い出したけど、年末年始も部活やんの?】

俺たちはクリスマスパーティーの翌日から毎日部活をしている。

そのせいで『明日も部活があって当たり前』という考えが生まれ始めていた。

俺は年末年始だろうといつだろうと、暇を持て余すという予定しか入っていないから問題はない。本を家で読むか学校で読むかの違いだ。

だが、家族でいろいろとしてそうな雪ノ下や友達と遊んでそうな由比ヶ浜は年末年始まで部活に出ているわけにはいかないだろう。
181: ◆itPh.0zEvU 2014/09/03(水) 22:44:07.22 ID:5DD/4rkD0
雪乃【明後日から五日まで部活は休みよ】

俺の疑問に雪ノ下は妥当な答えを出してくる。どうやら明日が今年最後の奉仕部らしい。

できればもうちょっと早く教えて欲しかったなーとか思わなくもないが、そんなことは言葉にしないし文字にもしない。

八幡【思ってたより休みあるんだな】

八幡【お前のことだし毎日やるとか言い出すかと思ってた】

雪乃【そんなわけないでしょう】

雪乃【そんなことより】

八幡【なんだ?】

雪乃【由比ヶ浜さんがキレるという件についてだけれど】

雪乃【もしかして私は知らないうちに酷いことをしてしまったのかしら?】

……由比ヶ浜のこと好きすぎるだろ。こんな不安げに他人の好感度気にするとか、いつものお前のキャラどこ行ったんだよ。
183: ◆itPh.0zEvU 2014/09/03(水) 23:00:07.07 ID:7qTOHM1Y0
八幡【そういうわけじゃねえよ】

八幡【あいつも化粧やらなんやら気を使ってそうだし、何もしてないのにそんなに可愛いって知ったら怒るんじゃねえの?って意味だ】

あ、やば。会話の流れで可愛いとか言っちゃった。

死すら覚悟した俺だったが、あいつはそのことについてなにか反応するわけでもなく普通に返してきた。

雪乃【そういうことね】

雪乃【彼女がそんなことで怒るわけないじゃない】

八幡【ま、そうかもな】

もちろん俺だって本気であいつがキレるとは思っていない。ただの冗談……ん?

気づいたら会話が一つだけに戻ってるぞ?

そうか、雪ノ下が由比ヶ浜を好き過ぎて他の話題を全てぶったぎったからか。

ならあとはこの会話さえ終わらせてしまえば、前回のようなことにはならずに済むはず!

今日は早く寝れる!
188: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/04(木) 20:57:34.51 ID:7SAshPR00
そして時は経ち。

【別にホラー映画は苦手ではないわ、好かないだけよ】5:37

……あれれー、おかしいなー?これ時計壊れてるんじゃないの?

いやいやそうじゃない。現実逃避してる場合じゃねえよ。

どうしてこうなった……。まあ原因は、また時間を忘れて没頭してしまったからなのだが。

いやうん、正直さっきからまぶたが重いとは感じてたよ?けどほら、会話を一つに出来たこととか、マントヒヒみたいな訳の分からん会話をしなかったことで油断してしまった……!

一回でも時間を見ていればこんな事態には陥らなかったというのに、なぜこうも会話に集中してしまったのか。自分を小一時間ほど問いつめたい衝動に駆られるが、それよりもまずしなければならないことがある。

八幡【おい雪ノ下】

八幡【時間見てみろ】

前回と同じように雪ノ下にそれとなく終わりを促す。これでまた雪ノ下が会話をぶったぎってくれれば何の問題もない。

だが、雪ノ下の反応は予想と違っていた。
189: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/04(木) 21:09:12.18 ID:7SAshPR00
雪乃【あなたと話していると時間が早く過ぎてしまうわ】

雪乃【どうしてかしら】

八幡【俺に聞かれても困る】

八幡【俺も同じ事で悩んでるからな】

雪乃【どういう意味かしら?】

もやのかかった頭でそれに答えを返そうとして……すんでのところで思いとどまった。

眠気とはかくも恐ろしいものだ。いつもの俺なら絶対に言わないことを簡単に言おうとしてしまう。

顔を合わせず文字だけでやりとりするせいで、言おうと思ってなかったことまで言ってしまいそうになるLINEとは最高の相性だ。

俺の目線から見れば最悪の組み合わせだがな。

この組み合わせは隠している本心をあっさりと見せようとしてしまう。本心などたとえ相手が小町であっても絶対に見せるわけにはいかないというのに。

八幡【なんでもねえよ】

八幡【さすがに寝るぞ】

八幡【おやすみ】

雪ノ下が会話を切ってくれないのなら俺が切るだけのこと。

電池がだいぶ減ったケータイの電源を切ってベッドの上の方に置いておく。

ピコン、と一度だけ音がする。その音になぜか苦笑しながら、俺はベッドに倒れ込んだ。
217: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/21(日) 22:18:59.07 ID:ZZs1TTFy0
翌日の部活。俺が部室に入って最初に目にしたものはムッスーとした由比ヶ浜の顔だった。

結衣「むー!」

俺の顔を見るなり唸り声を出された。なんだ、サブレの物まねか?似てるじゃねえか。

八幡「よう」

そんな由比ヶ浜はひとまずスルーし、普通に挨拶をしてから席につく。そしてカバンから読みかけだったラノベを取り出した。

さて、読むか。

結衣「ちょっとヒッキー!ここまでアピールして無視!?」

本を開こうとしたとたん由比ヶ浜がサブレの物まねをやめて何かを叫んできた。
218: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/21(日) 22:21:59.63 ID:ZZs1TTFy0
八幡「急になんだよ、サブレの物まねスルーされたのがそんなにいやだったか?ちゃんと似てたぞ」

結衣「サブレの真似なんかしてないし!っていうか似てるって言われても嬉しくないから!」

八幡「じゃあなんの物まねしてたんだ?」

結衣「物まねじゃないし!本当は分かってるでしょ!」

由比ヶ浜は俺が何も知らないフリをしていると思い込み憤慨している。だが先ほどの由比ヶ浜の奇行の理由に心当たりなどない。

結衣「……え?本当に分からないの?」

八幡「ああ」

俺の困惑から由比ヶ浜も俺が何も分かっていないことを察したらしい。落ち着いた声でこう言ってきた。
219: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/21(日) 22:34:32.02 ID:ZZs1TTFy0
結衣「……LINE」

八幡「?」

結衣「一昨日、ゆきのんと夜遅くまでLINEしたんでしょ?あたしの勘違いとかじゃなくて」

八幡「……確かにしたな」

夜遅くまでつっーか若干朝みたいなもんだったが。あれ夏だったら太陽見えてたかもしれないぞ。

結衣「……それに昨日も寝る前までしてたってゆきのん言ってた」

八幡「まあそうだが……それでどうしたんだ?また寂しいのか?」

こいつが前回挙動不審だった理由は寂しいというのがあったからだ。なら今度もそうなのではと思うが……俺の第六感はどうやら絶不調らしい。予想はまたも外れてしまった。

結衣「あたしも昨日LINE送ったのに……」

いやまさかそんな、と思いながらポケットに突っ込んであったケータイを取り出し確認する。

そこには確かに、由比ヶ浜からのLINEが。

八幡「お前……30回も送って来たのかよ……」

結衣「だってヒッキーが返してくれないんだもん……でもちょっと送りすぎかなとは思った」

八幡「自覚してるならいいけどよ……」

前々から思ってたが、こいつってもしかしてヤンデレ化するんじゃないの?今のうちに距離取っておこうかな。
221: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/21(日) 22:41:31.37 ID:ZZs1TTFy0
八幡「まあ気付かなかったのは俺だからな、悪かったよ。今日またLINEするっていうなら面倒だけどちゃんと返すから」

結衣「面倒とか言わないの!でも、うん……分かった」

そう言った由比ヶ浜は、しかし唇をとがらせて、プイッと視線を逸らしてしまう。

おいなんだよその仕草、明らかに納得してない上にちょっとキュンとしちゃっただろ。どう責任取ってくれる。

八幡「はあ……まだ何かあんのかよ」

結衣「も、もうないし!」

八幡「そう言うならもうちょっと表情なんとかしろよ」

結衣「え……顔に出てた?」

八幡「隠せてると思ってたのかよ……」

どれだけアホの子なんだこいつは。アホの神にでも愛されてるんじゃねえの?

結衣「と、とにかく!あたしのことはいいから昨日送ったのちゃんと読んでね!」

八幡「昨日?今日送るやつじゃなくて? 」

結衣「それもだけど昨日のも読んで!」

意味が分からず首を傾げてしまう。なんで昨日のに限定するんだ?

まあここで聞いたらまた話がこんがらがりそうだし、一応納得してるフリをしておくか。

八幡「分かったよ。昨日の読んで、ちゃんと返せばいいんだろ?」

結衣「うん!」

由比ヶ浜からはさっきまでの不満げな表情は消え、いつものように無駄に明るい笑顔が戻ってきた。

やっぱこいつには笑顔が似合う。
222: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/21(日) 22:49:00.91 ID:ZZs1TTFy0
そういえば今年はこれで二人の顔も見納めだな。

二人の顔を見るため、バレないように視線を巡らす。

俺たちの会話に一切入らず真剣な表情で本を読んでいた雪ノ下。

俺の顔を不思議そうな表情で見つめ返す由比ヶ浜。

二人を見ていると色々なことを思い出してしまう。

今年はいろいろなことがあった。ありすぎた。奉仕部に入ってからが大変すぎてその前のことなんか忘れてきてるレベル。

だが俺が困ったとき、この二人はいつもそばにいた。

……困った原因って意味も含まれてるんだけどね?むしろこいつらいなけりゃ何も困らなかったかもしれない。

それでもいなければ良かったとは思えないあたり、俺はこのたった三人しかいない奉仕部という空間を意外と大切に思っているのかもしれないな。

雪乃「……私たちの顔を見ながら気持ち悪い笑顔を浮かべないでもらえるかしら」

結衣「あたしたちのこと見てにやけてたの!?ヒッキーマジキモい!」

……前言撤回。

やっぱり俺は一人でいる方が好きだ。
230: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/23(火) 18:44:01.59 ID:cF/lJU570
『冬の怪談スペシャル、〈リング〉今夜9時放送!』

夜、ソファーに寝転がってだらだらといじっていたケータイから視線を外し、季節はずれのCMに注目する。

ほう、この冬真っ只中にリングか。世界に逆らうその感じ、嫌いじゃないわ!

八幡「つってもなあ……」

リングは確かに面白いし、なにより怖かった。初めて見たときは俺も小町も完全にビビって、数日間一緒に寝ていたほどだ。

今にして思えば親父に殺されたかもしれないのによくそんなことが出来たと思う。貞子よりそっちの方がよっぽど恐怖だろ。

そんなリングはホラー映画の中ではかなりメジャーなこともあって、もう何回も放送されている。

そのせいで最初に感じたあの恐怖感、ドキドキ感を味わうことはなくなってしまった。それに貞子はネタにされてる感じがして恐怖の対象でなくなってしまっているように思える。
231: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/23(火) 18:45:51.55 ID:cF/lJU570
だから今日のリングは──

ピコン。

to:戸塚彩加

戸塚【今日リングやるね!(*´∀`*)】

戸塚【八幡はリング好き?】

八幡【大好きだ】

八幡【もちろん今日のも見る】

戸塚【やったー!】

戸塚【見終わったらリングの感想話し合おうね!】

八幡【ああ】

だから今日のリングは──見る。見る以外に選択肢などない。

戸塚が見るなら俺も見なければいけない。これ自然の摂理なり。

それにほら……何時間話しても飽きない奴がいるように、何回見たって飽きないお気に入りの映画っていうのもあるからな。

ちなみに何時間話しても飽きないのが誰か、なんてのは言うまでもないだろうが戸塚だ。

会話とLINEを同じにしてはいけない。だからあいつは含まれないはず。

そのはず、なんだ。
232: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/23(火) 19:55:59.58 ID:XjUHlQFL0
ピコンと再び通知音が鳴る。戸塚かと思い光速でケータイ画面を見るが、LINEは由比ヶ浜からだった。

LINE……由比ヶ浜……。

あっ、昨日のLINE見てねえ。

若干の焦りを感じながらLINEを開く。今来たLINEは、昨日のを見たかどうかの確認だった。

画面をスクロールさせ、急いで昨日のLINEを確認する。

to:由比ヶ浜結衣

結衣【ヒッキー】

結衣【明後日って空いてる?】

結衣【二人で買い物に行きたいんだけど……】

結衣【だめかな?】

結衣【前に言ってたゆきのんの誕生日プレゼントとか、色々買いたいの】

結衣【ヒッキー?】

結衣【見てる?】

結衣【またゆきのんとLINEしてるの?】

結衣【(`Д´)】

……と、こんな感じだった。

多分これ、かなり勇気出して打ったのだろう。そりゃ機嫌悪くなるわな……。
233: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/23(火) 20:01:34.27 ID:enPnw3rf0
いっそのこと逃げてしまいたいような気になるが、そうすればさらに厄介なことになるのは目に見えている。

仕方ないか……。

八幡【明日なら空いてるぞ】

結衣【じゃあ明日行ってくれるの!?】

八幡【ああ】

結衣【やったー!】

結衣【でもヒッキーがこんなにあっさり行ってくれるなんて意外かも】

俺もまさか女子からの誘いをこんな簡単に受ける日が来るとは思っていなかった。

一応、ちゃんとした理由はあるけどな。

八幡【プレゼント買いに行くって約束したからな】

結衣【(*´▽`*)】

八幡【おやすみ】

結衣【このタイミングで寝ちゃうの!?】

由比ヶ浜からのブーイングにしかたなく返事をしてやる。

まったく、人が話を切ろうとしてるのにどんどん会話を続けていくとか中学時代の俺かよ。

八幡【いや寝ないけど】

八幡【戸塚と語るためにリング見なきゃいけないから】

結衣【彩ちゃん好きすぎるでしょ!】

結衣【ホントにここで終わり?】

八幡【明日会うだろ】

結衣【そうだけど……】

…………はあ。

八幡【リング始まるまでな】

結衣【うん!】
234: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/23(火) 20:05:49.96 ID:enPnw3rf0
雪ノ下との長すぎるLINEは、時間を気にするという癖を俺につけてくれたらしい。

時計を見ればリングの始まる時間まであと5分を切っていた。

八幡【リング始まるからそろそろ切るぞ】

結衣【うー】

八幡【また明日な】

結衣【あ】

八幡【あ?】

結衣【明日の待ち合わせとか何も決めてなかった!!!】

……そういやそうだ。待ち合わせどころかどこ行くのかすら決めてねえじゃん。

八幡【場所とか時間とか好きに決めて良いから、あとでまとめてメールくれ】

結衣【メール!】

八幡【どうした】

結衣【LINE使い始めてからメール全然使ってなかったからさ】

結衣【なんだか懐かしくて(*^^*)】

八幡【そうだな】

LINEを使うとメールを使う意味はほとんどなくなる。

別に意志疎通をするだけならメールでもLINEでも構わない。ただメールにしかない緊張感というものもある。

俺の場合は緊張感より恐怖心の方が強かったし、中学卒業のあたりにはもう諦めに変わっていたが。

八幡【じゃあメールでよろしく】

結衣【うん!(・∀・)】

八幡【今度こそおやすみ】

結衣【おやすみ!】

結衣【またあとで!】

矛盾のある挨拶をしてからLINEを閉じる。ちょうどケータイを閉じたところで小町がリビングに入ってきた。
235: ◆0NaiNtVZPPaZ 2014/09/23(火) 20:06:56.45 ID:enPnw3rf0
どうでもいいことだけど、ガラケー使ってた時の名残でケータイの画面を消灯することを『ケータイを閉じる』って言っちゃうんだが、スマホだとなんていうのが正解なんだろうか。

小町「お兄ちゃんがこの時間にリビングにいるなんて珍しいね。リング見るの?」

八幡「ああ、久々に見たくなってな。お前も?」

小町「うん、勉強の息抜きにね。もう何時間も勉強してたから」

八幡「ご苦労さん。コーヒーでも飲むか?」

小町「もちろん!お兄ちゃんの入れてくれるコーヒーは美味しいからね!あ、今の小町的にポイント高い!」

八幡「はいはい」

適当に受け流しながら来たる受験に向け努力している愛すべき妹のため、労いのコーヒーを入れる。ついでに自分のも入れておく。

テレビではすでにリングが始まっていた。まあ最初の数分を見逃したところで問題はないし、俺もコーヒー飲みながら見たい。

小町のには少し、俺のにはたっぷりと砂糖を入れてコーヒーは完成した。本当は千葉ッシュしたいがさすがにそこまでこだわっている時間はなさそうだ。

小町「もう始まっちゃってるよー」

八幡「今行く」

コーヒーを机の上に置き小町の横に座る。

久々に見るせいで少しだけ新鮮さを感じられるリングと、その中で活躍する貞子に期待しながら俺はようやく視聴を始める事ができたのだった。
279: ◆itPh.0zEvU 2014/10/12(日) 20:20:19.63 ID:JbwuP5iC0
八幡「ひさびさだと怖えな……」

小町「う、うん……」

リングを見終わって最初に発した言葉はこれだった。

テレビでは来週の映画のCMが流れているが、俺たちは来週の映画より今やっていた映画についてしか頭が回らない。

リングなめてた、超怖い。

最初こそ俺も小町も談笑混じりに見ていたが、徐々にその余裕はなくなっていった。最後にはお互いの手を思いっきり握っていた。

というか今も握ってる。小町の手は汗ばんで湿っぽい。おそらく俺の手はもっとひどいことになっているだろう。
280: ◆itPh.0zEvU 2014/10/12(日) 20:24:16.10 ID:JbwuP5iC0
八幡「……お前これ見た後に、一人で勉強とかできんの?」

小町「今日はもう寝るつもりだったからいいけど……」

八幡「明日になれば恐怖は和らいでるだろ、きっと」

正直今の精神状態のまま一人になれとか言われたらそれこそ寝るしかできない。

小さな物音でも反応しちゃうし、視界の端にあるものが人に見えてびくついてしまう。

笑い声が聞こえると自分のことを笑われているように思うし、自分への視線が気になってしまう……あ、途中からぼっちの習性になってる。
281: ◆itPh.0zEvU 2014/10/12(日) 20:25:28.03 ID:JbwuP5iC0
小町「もし明日もまだ怖がってたら一緒にいてね!あ、今の小町的にポイント高い!」

八幡「すまん、明日は無理だ」

小町「え?」

八幡「実は由比ヶ浜と──」

小町「デート!?」

俺の言葉を遮って勝手に結論を出されてしまった。

違うからね?断じてデートではないからね?

小町「まだかまだかと思ってたけど……ようやくこの日が来たんだね……」

八幡「喜んでるとこ悪いが違うぞ」

小町「やっぱり?」

『知ってましたけど?』みたいな顔を小町がしていてイラッとする。でもそんな顔も可愛いなちくしょう。
282: ◆itPh.0zEvU 2014/10/12(日) 20:26:43.29 ID:JbwuP5iC0
小町「雪乃さんの誕生日プレゼント買いに行くんでしょ。さっき結衣さんからLINEで教えてもらったよ」

八幡「知ってんなら先に言ってくれ……まあいいや、その方が話早いし」

小町「?」

きょとんとしながら首を傾げる小町。一色あたりが同じ動作をしたらあざといだけなのだろうが、小町がやると可愛い。さすが俺の妹。

八幡「雪ノ下の誕生日プレゼントなんて何買えばいいか分からないし、明日の買い物に小町もついてきてくれないか?」

小町「はぁぁぁぁぁぁ…………」

小町わざわざ息を思いっきり吸い込んでから、肺の中の空気を全て吐き出す勢いでため息をついた。

なんでため息にそこまで全力だしちゃうんだよ。ちょっと疲れてるじゃんお前。

小町「お兄ちゃん」

八幡「なんだ?」

小町「……小町の言いたいこと、分かるよね?」

トーンが明らかに下がっている。超不機嫌。

たとえその声を聞いていなかったとしても小町から発せられるオーラを見ただけでその不機嫌度合いは分かってしまう。

どんだけオーラ出してんだよ。なに、そのままゴンさんにでもなっちゃうの?髪の毛超伸びちゃうの?

小町「今関係ないこと考えてるよね」

八幡「ソンナコトナイヨ」

なんで俺がゴンさんについて真剣に考えようとしたことがバレたんだ……!
283: ◆itPh.0zEvU 2014/10/12(日) 20:28:17.86 ID:JbwuP5iC0
小町「……で、どうなの」

八幡「……まあお前の言いたいことは分かる」

小町「分かってるならいいけど。それじゃあ小町の答えも分かるよね?」

ニコッと笑顔を向けてくる小町。その笑顔は天使のようにも見えるが実際は悪魔の微笑みだ。

悪魔は悪魔でも小悪魔だけどな。

八幡「でも来てくれよ。女子と二人で買い物とかアレだし」

小町「なんでこういう時だけヘタレちゃうかな……」

それは自分でも思う。それだけ今までのトラウマが心に深く刻まれているということなのだろう。なんせ俺が一番共感できるキャラってドロロ君だからね。

小町「こういう時に緊張しちゃうのってさ、何かを期待してるからじゃない?」

八幡「期待?はっ、このフられ選手権優勝者の俺が女子にそんなことを期待するわけないだろ」

小町「今すごく悲しいこと言われた気がするけど……」

これは悲しいことなんかじゃない。ただの事実だ。まあ高校に入ってからはそもそも告白もしなくなったから選手権引退……いや修学旅行でフられてたな俺。なんだよまだまだ現役じゃねえか。まったく嬉しくない。

小町「とにかく小町は行けないよ。結衣さんの邪魔したくないし、勉強もしなきゃいけないし」

八幡「それ言われたら何も言えねえな……」

忘れていたが小町は受験生だった。その小町に勉強のためと言われてしまえばもう何も頼めない。むしろ頼みごとされまくるまである。プリン買ってきてねみたいな感じで。

八幡「はあ……分かった、一人で行ってくる」

小町「なんでそんなにテンション低いかなぁ。心の底から嫌なわけでもないでしょ?」

八幡「いやまあ……嫌ってわけじゃねえよ」

小町「なら楽しんできちゃいなよ。お兄ちゃんが女の子と遊ぶことを素直に楽しめるようになれば小町は嬉しいんだから。あ、今の小町的にポイント高い!」

その言葉をきっかけにしたように小町は立ち上がった。会話はもう終わりということだろう。

小町「じゃあもう寝るね。明日遅れたりしたらだめだよ!遅れたら一週間口きいてあげないからね!」

八幡「分かった、神に誓って遅刻しない」

小町「よろしい!おやすみー」

八幡「ああ、おやすみ」
285: ◆itPh.0zEvU 2014/10/12(日) 21:32:32.21 ID:JbwuP5iC0
俺も寝よう。このままここにいても怖いだけだ。

通る道の電気を片っ端からつけて部屋へと帰還する。無駄に研ぎ澄まされた五感のせいで視界の端の物やちょっとした音に異常に反応してしまう。

懐かしいな、この感覚。もう二度と味わいたくねえ……。

八幡「やっと着いた……」

リビングからここまで、急いで歩けば十秒とかからない。だが今日はその十秒がとても長く感じる。

部屋の扉を開けようとした時、ポケットに入れていたケータイから変な歌が流れてくる。何事かと思ったがなんのことはない、ただメールが届いただけだった。

差出人など見なくても分かる。このタイミングで送ってきたということはあいつもリングを見ていたのかもしれない。

送り返す文面は「了解」の二文字でいいだろうか。

どんな返信なら久しぶりのメールで緊張していることを隠せるかを真剣に検討しながらドアノブを捻る。

ピコンと音がしたのは、ちょうどその時だった。
286: ◆itPh.0zEvU 2014/10/12(日) 21:39:40.21 ID:JbwuP5iC0
八幡「……まさか」

扉を開けて即座に電気をつける。そのままベッドに腰掛け、ケータイの画面を見る。

【雪ノ下雪乃】

頭の中が疑問で覆われる。イメージとしては俺の頭の上にいくつも?マークが出ている感じだ。

今日はなんだ?小町か?小町が理由なのか?

由比ヶ浜からのメール確認だけ先に済ましてからLINEを開く。返信は結局『了解』だけで終わらせた。

to:雪ノ下雪乃

雪乃【比企谷君】

雪乃【起きているかしら?】

八幡【ああ】

八幡【まだギリギリ起きてる】

八幡【どうかしたか?】

雪乃【特に何かあったわけではないわ】

何かあったわけでもないのに雪ノ下が俺にLINE?なにそれ超怖い。

簡単に訳せば「あなたの声が聞きたくて電話したの」的なやつだろ。そんなもの雪ノ下がやっても違和感と恐怖心しか生まれない。

戸塚にやってもらえれば……いや、それも充分怖いな。俺が戸塚のご両親にご挨拶をしに行ってしまいそうで怖い。
287: ◆itPh.0zEvU 2014/10/12(日) 21:40:55.54 ID:JbwuP5iC0
八幡【用もないのにLINEしてくるとか俺のこと好きなの?】

雪乃【気持ち悪い】

八幡【一言で終わらせるな】

八幡【冗談に決まってるだろ】

あらゆる言葉を使い尽くして表現した言葉よりも、気持ちを込めたありきたりな一言の方が相手によく伝わることがある。

まさに今みたいにな。だいぶ心削られたわ。

八幡【じゃあなんでLINEしてきたんだよ】

雪乃【あなたがきちんとした生活を送っているか心配してLINEしてあげたのよ】

……不気味だ。雪ノ下らしくない。

確かに以前、周りの人間に幻想を押し付けるのはやめようと決めた。ただそれにだって流石に限度はある。

例えるなら仮面ライダーがプリキュアに変身するような感覚。違和感がすごすぎて不気味に感じる。でもBlu-ray買っちゃいそう。
288: ◆itPh.0zEvU 2014/10/12(日) 21:42:12.28 ID:JbwuP5iC0
ふと、俺の中で一つの仮説が出来上がる。雪ノ下と以前話したことと今の謎のLINEを照らし合わせれば、自ずと導き出される答えだ。可能性は低くない。

八幡【なあ】

雪乃【なにかしら】

八幡【もしかしてリングが怖くて寝れないのか?】

一分二分と間を空け、雪ノ下からの返答がきた。

雪乃【根拠のない妄言はやめてくれないかしら確かにリングは有名なだけあってそこそこのスリル感は得られたけれどそれによってなぜ私が寝られなくなるほど怖がったという結論に至るのかしらあまり適当なことを言っていると名誉毀損とセクハラで檻の中に入れられるわよ】

八幡【分かったから句読点くらい付けろ】

絶対怖かったんだな……。仕方ない、今回はあえて言及せず、少しくらいなら会話にも付き合ってやろう。

……べ、別に今のまま寝たら悪夢見そうで怖いとかじゃねえし。お、怯えてなんかねえし!
289: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/12(日) 23:08:42.48 ID:hFGmWaCDO
ゆきのん可愛い
318: ◆itPh.0zEvU 2014/11/02(日) 20:49:36.61 ID:ExE2Y0YK0
八幡【で?】

雪乃【で?とはどういう意味かしら】

雪乃【主語どころか述語すらないなんてさすがは万年国語三位ね】

八幡【お前俺より国語の成績下の奴全員敵に回したぞ】

雪乃【特に問題はないわ】

雪乃【勝とうとするならともかく、私のことを引きずりおろすことでしか勝負しようと思えない人間なんて恐れるに足らないもの】

八幡【言い切ったな】

八幡【別に相手を引きずりおろすなんて普通だろ】

八幡【世の中の大半のやつは足を引っ張りあいながら生きてんだから】

雪乃【その点あなたはいいわね】

雪乃【大半の中から当たり前のように省かれているもの】

八幡【ああ全くだ】

八幡【つまり誰にも足を引っ張られることなく我が道を行けるぼっちこそもっとも優れているということだ】
319: ◆itPh.0zEvU 2014/11/02(日) 21:54:42.67 ID:ExE2Y0YK0
雪乃【なぜ間違いだらけの理論をそこまで堂々と展開できるのかしら……】

八幡【俺はこの理論を正しいと思ってるからな】

八幡【っていうかお前だって似たようなもんだろ】

雪乃【私は普通にしているだけで周りが敵になっていくのよ】

八幡【だろうな】

八幡【俺達最初は何の話してたっけ?】

本当は最初に何の話をしてたかなんてすぐに分かる。会話を遡ればいいだけだ。

だが脱線しながら進み続ける暴走列車のような会話を終わらせるために、わざと雪ノ下に問いかける。

俺の意図を汲み取ったのか、雪ノ下はもう脱線するようなことはなく、ちゃんと話を最初に戻した。
320: ◆itPh.0zEvU 2014/11/02(日) 22:08:29.69 ID:ExE2Y0YK0
雪乃【あなたが私に主語述語の抜けた質問をしてきたのでしょう?】

八幡【そっから脱線させたのお前だろ】

八幡【まあいいや、また脱線しちまう】

八幡【で?の意味はお前が俺の生活を心配したのは分かったけどそれで何話すんだ?を略してで?ってことだ】

雪乃【それはもう略したとは言わないでしょう】

雪乃【何を話すかについてだけれど】

雪乃【その】

雪乃【最近由比ヶ浜さんとはどうなのかしら】

八幡【は?】

雪乃【やっぱり今の質問はなかったことにしてもらえるかしら】

雪乃【違う会話をしましょう】
321: ◆itPh.0zEvU 2014/11/02(日) 22:09:44.27 ID:ExE2Y0YK0
八幡【別にいいけどよ……】

雪乃【けどなにかしら】

八幡【なんでもない】

八幡【それで、他に何の話するんだ?】

当たり前のように会話の続きを求める自分に少し驚く。まあリングが怖くて寝たくないだけなんだけど……お、俺じゃなくて雪ノ下がな!

それでも、映画が怖かったからなんて理由で人と会話を続けようだなんて俺も随分変わった気がする。

まあいい。俺が今頭を使うべきは俺の変化についてじゃない。

雪乃【あなたのトイザらスへのこだわりはどうでもいいのよ】

雪乃【ところで小町さんの勉強はどんな具合なのかしら?】

……また会話が分裂し始めたLINEをどう終わらせるかが、俺が悩まなければならない最優先事項だ。

これ絶対また終わらねえよ……。
323: ◆itPh.0zEvU 2014/11/03(月) 00:04:58.59 ID:Pm09dw8n0
『へいジョニー、今何時だい?』

『おいおいマイケル、そこに時計があるじゃないか。どうしてわざわざ僕に聞くんだい?』

『本当の時間を知りたくないからに決まってるじゃないか』

『なるほどな』

『ハッハッハ!!』


……俺の頭の中で第四の人格マイケルと第五の人格ジョニーが現実から目を背けるためにアメリカンジョークもどきを繰り広げている。二人ともセンスねえな。

え?第二、第三の人格?あいつらなら中学校卒業と一緒に心の檻に閉じ込めた。

八幡「今は……四時か」

今、『え、まだ四時?』って思った自分がいるのが怖い。

今までと比べればそんなに突出して遅いわけでもないが、実は今日が一番やばかったりする。

俺の場合、明日由比ヶ浜と約束があるからという意味でやばいのもある。だがもっとやばいのは眠気だ。

俺も雪ノ下もここ最近ずっと夜遅く……というかほぼ朝まで起きている。そんな生活が数日続けば眠気はひどくなっていく一方だ。そのせいで俺も雪ノ下も誤字が多くなってきているし。

仕方ない。人との繋がりを切ることにおいては他の追随を許さない俺が、いつもの通りスパッとLINEを終わらせてやろう。超眠いし。

八幡【雪ノ下、時間見てみろ】

華麗な話術で会話をぶった斬る。トイザらスの話を終えてしまうのは惜しいが、どうせこいつとトイザらスのことで盛り上がるとは思えない。

もうここで終わると思うと途端に今まで以上に眠気が襲ってくる。

まぶたが重い……気を抜いたら寝そう……。
324: ◆itPh.0zEvU 2014/11/03(月) 00:07:47.20 ID:Pm09dw8n0
雪乃【前にも言ったけれど】

雪乃【あなたと話していると本当に時間が早く過ぎるわね】

八幡【確かに前にも言ってたな】

雪乃【なぜなのかしら】

八幡【知らん】

雪ノ下への返事も若干適当になってきている。それほどまでに眠い。

雪乃【推測だけれど】

なんか……また返事来てる……。眠いけど返すか……。

雪乃【あなたが今まで話してきた男子とは違って自然体で話してくれるからでしょうね】

既読スルー……してもいいよな……いや……一応返しとくか……。

雪乃【私に話しかけてくる男の人は、私のことを好きだったり特別視していたから】

雪乃【普通に接してくれるあなたとの会話は新鮮で楽しく感じるのよ】

雪乃【眠気で変なことを言ってしまったわ】

雪乃【今のは忘れてもらえるかしら】

雪乃【おやすみなさい】

雪ノ下からの連続投稿に対して、俺はスルーをして寝てしまえば良かったと思う。

だが眠気が限界を越えると体どころか頭まで思った通りに動いてくれなくなるらしい。

俺は返さなくてもいいLINEにほぼ無意識のまま返事をしてしまった。

残念なことにどんな文面を送ったかは……覚えていない。
327: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/11/03(月) 00:39:12.68 ID:9w5nWyNDO

ゆきのん可愛い

そしてガハマさんとの約束はどうなる事やらww
329: ◆itPh.0zEvU 2014/11/03(月) 22:07:09.86 ID:iB6ldOOb0
小町「お兄ちゃん起きて」

小町が俺を呼ぶ声がする。俺の意識がまだ夢の中にあるせいかその声はとても遠く感じる。

小町「お兄ちゃん!起きて!」

小町の声が大きくなった。いつもならこの段階で渋々起きるところだが、今日はまだ布団から出たくない。もう少しこの微睡みの天国を……。

小町「起きなさいお兄ちゃん!!」

八幡「がはっ!?」

腹部に突然の衝撃!いてぇ!

八幡「げほっ……こ、小町……?」

どうやら今の衝撃は小町の拳が俺の腹にジャストミートしたのが原因のようだ。鳩尾に入らなくてよかった。

しかし珍しい。小町はどんなにキレても直接暴力に訴えかけたりはしないのに……そこまでして俺を起こさなきゃいけなかったのか?

小町「……お兄ちゃん、小町昨日言ったよね?遅れたらダメだよって」

小町からまた不機嫌オーラが見える。だがそれはもう昨日の比ではなく、小町ポイントがどんどん下がっていくのが手に取るように分かってしまう。

……いや待て。小町のことも大切だが今は……というか今日はそれよりも大切な事があったはずだ。

八幡「……今何時だ?」

小町は顎をくいっとして、ベッド脇に置いてある時計を俺自身で見るよう促した。

時計を見ると時間は遅刻するかしないかの瀬戸際。まだ遅刻と決まったわけではないが……それでもかなり危うい。
330: ◆itPh.0zEvU 2014/11/03(月) 22:08:18.22 ID:iB6ldOOb0
八幡「小町、謝罪とか土下座は帰ってきてからお前の気の済むまでするから、とりあえず今は俺の着替えを用意してくれ」

小町が服の用意、その間に俺が歯を磨いたり顔を洗ったりする。そうすれば俺が一人でやるよりは数分か時間を短縮できるだろう。

小町もそれは分かったらしく、俺の服を引っ張り出しながら組み合わせを色々と考えてくれ始めた。

返事すらなく、終始無言でだがな。

……口すら聞きたくないってことか、マジでキレてるな。生徒会選挙の時よりもかなりひどいキレ方な気がする。

だが、言い方は悪くなるが『由比ヶ浜との待ち合わせに寝坊した』程度でキレるか?

もちろんこの件に関しては怒って当然なのは分かる。俺が全面的に悪いのだから、さっき殴られたことだってどうこう言うつもりはない。

それでも小町がここまでキレるには理由が少し小さい気もする。

つまり、今回の由比ヶ浜との買い物には何か他にあるのか……?

いや今はそんなことを考えている場合じゃなかった。とっとと身なりを整えないと。
331: ◆itPh.0zEvU 2014/11/03(月) 22:15:38.73 ID:iB6ldOOb0
小町の助けもあり、驚くべき速さで身支度を終えた俺は当然朝飯など食べさせてもらえる訳もなくせっせと靴を履いていた。

小町「ねえお兄ちゃん」

小町がやっと口を開いてくれた。嬉しさのあまり靴を放り投げそうになったが、声からして機嫌が良くなったわけでもなさそうなので自重しておく。

小町「昨日、雪乃さんに何かした?」

八幡「雪ノ下に?別に何も……あっ」

一つだけ心当たりがあった。昨日……まあほとんど今日みたいなもんだが、その時にしたLINEで俺は最後何かを返したはずだ。

さっきケータイを確認したが、画面を付けっぱなしで寝落ちしたため電池は0になっていて内容を確認することは出来なかった。

八幡「昨日LINEで寝ぼけて訳の分からない返信をした可能性がなくもない」

小町「訳の分からない……?まあ酷いこと言ったとかじゃないなら別にどうでもいいけど」

言葉の節々からトゲを感じる……。やっぱりまだまだ機嫌は良くなりそうにない。

八幡「酷いこととかねぇ……寝ぼけて思ったままのことを返したと思うし、もしかしたら……」

小町「…………」

八幡「い、いや冗談だ。どうしても気になるなら雪ノ下に聞いといてくれ」

小町「うん」

小町のぶっきらぼうな返事は、俺のHPゲージをどんどん削っていくぜ……。こりゃ、絶対に由比ヶ浜との約束に遅れるわけにはいかないな。

八幡「行ってきます」

小町「……行ってらっしゃい。間に合わなかったら本当に口利かないからね」

八幡「安心しろ。死んでも間に合わせる」

かっこよく決めながら扉を開ける。顔に吹き付ける風がかなり辛いが今はそんなこと言っていられない。

マフラーを口元まで引き上げ足を一歩踏み出す。

そのまま駅に向かって全力で走る。いつもより体が軽く感じるのは、由比ヶ浜との買い物を楽しみにしている自分がいるからかもしれない。

──たまにはこういうラブコメみたいなことがあってもいいかもしれない。

そんな想いが心のどこかで生まれていた。

俺にラブコメなど似合わないというのに。

俺の青春ラブコメが間違っていないなど……有り得ないというのに。
500: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 14:13:19.38 ID:u8DZgtzl0
家から待ち合わせしている駅への持久走を始めてから何分ほど経っただろうか。

遠い視界の先。待ち合わせをしている場所で暖かそうなコートに身を包んだ由比ヶ浜らしき人物が、不安げに腕時計を見ているのを発見できた。

俺も時間を確認しようと思ったが今はその時間すら惜しい。っていうかそんな暇ない。なんせ待ち合わせ時間ギリギリで全力疾走してるんだから!

輪郭のぼやけていた姿がハッキリと見えてくる。人ごみの中を走っている俺がよほど目立っていたからなのか、由比ヶ浜もこちらを見つけ出した。

結衣「やっは……」

俺を見つけたその一瞬だけは笑顔になった由比ヶ浜も、あまりに必死な俺の顔を見て言葉に詰まる。動きは固まって手は中途半端に上げた状態のまま停止していた。

そんな由比ヶ浜の下へラストスパートを駆けようやく……到着!
501: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 14:15:32.58 ID:u8DZgtzl0
八幡「ぜえ……はあ……よ、よお由比ヶ浜……待たせたな……けほっけほっ」

結衣「ヒッキー!?」

色々とひどいことになっている俺を見て、由比ヶ浜が悲鳴に似た声をあげる。周囲の人々は何事かと視線をこちらに向けていた。

だが俺にとってそんなことはどうでもういい。腕時計で確認したら今は待ち合わせのちょうど一分前だったことが、俺にとっては一番大事だ。

結衣「ちょ、ヒ、ヒッキー大丈夫?っていうかどうしたの?」

八幡「別に……なんでも……ねえよ……ちょっと全力少年してただけだ」

結衣「意味が分からないんだけど……」

俺もよく分からない。脳に酸素が行っていないのだろうか。

自分の言っていることがイミワカンナイ!

八幡「よし、じゃあ行くか」

結衣「説明なし!?」

八幡「……寝坊、ダッシュ。これで察してくれ」

結衣「あ、うん」

説明を聞くと、由比ヶ浜は俺から視線を逸らした。その顔はなんとなく赤い。

怒ったのだろうか?小町もかなりキレてたし充分に有り得るが……。

結衣「走ってきてくれたんだ……」

ボソッと呟かれたその一言が、俺の体温を上げる。きっと俺の顔は走ったこともあるし、真っ赤になっていることだろう。

今が冬で良かった。夏だったら熱中症で倒れていたかもしれない。

凍てつく風に体を冷やしてもらいながら今日の買い物場所を目指す。
502: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 15:24:17.79 ID:u8DZgtzl0
八幡「すう……はあ……。で?目的地はどこだ?ららぽ?サイゼ?家?」

深呼吸をして息を整える。口から入った大量の冷気のおかげで体温もちょうどよくなった。嘘です寒いです。

結衣「ららぽじゃないよ。サイゼはもちろん違うし……その、家はまた今度ね?」

八幡「そういう意味での家って選択肢じゃないんだけど……」

っていうか家ってどっちの家だよ。由比ヶ浜の家に行くとか絶対嫌だぞ。どんな黒歴史作るか分かったもんじゃない。
503: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 15:29:59.02 ID:u8DZgtzl0
結衣「今日行くのはイオンモールだよ。新都心の」

八幡「あそこか」

幕張新都心のイオンモールはいい。広くて大体のものは揃ってるしフードコートもある。その上、東映ヒーローワールドまであるのだから文句のつけようもない。

あれだけのものを作れるのだからやっぱり我が千葉の科学は世界一ィィィ!!この調子なら千葉のガンダム略してチバンダムが開発されるのも遠い話じゃない。

あそこ建てた会社、確か千葉じゃねぇけど。

八幡「……寒いし早く行くか」

結衣「うん!」
505: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 16:35:55.90 ID:u8DZgtzl0
駅へ向けて歩き出すと、てててっと由比ヶ浜が俺の横に駆け寄ってくる。俺の顔を覗き込みながら笑顔を見せてくる彼女から視線を外し、頬をかく。

全力疾走の疲れはやっと落ち着いたというのに、心臓の鼓動は今もまだ早鐘を打ち続けている。

心拍数が落ち着くにはまだまだ時間がかかりそうだった。
506: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 16:37:33.22 ID:u8DZgtzl0
八幡「人多い……」

電車に揺られて数分、イオンモールに到着した俺の第一声は絶望に満ちていた。

年末年始の連休だ。もちろんある程度の混雑は予想していた。そして結論から言えばその予想を越えているわけではない。

だが、予想の範疇だからといって絶望しないわけではない。

八幡「こりゃ東映ヒーローワールドは諦めるしかないか……」

結衣「もとから行く気ないし!」

八幡「ま、冗談はともかくとして。俺はあっちで探すけどお前はどこ見るんだ?」

結衣「一緒に探さないの!?」

愕然とした表情の由比ヶ浜。どうして一緒に回ること前提なのだろうか。一緒に探すとか恥ずかしいじゃん。

八幡「二人で来たんだから二手に分かれた方が効率的だろ」

結衣「ゆきのんとは二人で探してたのに……」

由比ヶ浜が言っているのは6月の事だろう。俺と雪ノ下が由比ヶ浜の誕生日プレゼントを選んでいる時に由比ヶ浜と出会ってしまったあの事件。

そういや陽乃さんとのファーストコンタクトもあの時だったな……。思い出したくないことまで思い出しちまったぜ。
507: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 16:41:13.03 ID:u8DZgtzl0
八幡「あの時は元々小町もいたんだよ。だから三人でそれぞれ買い物しよとしたんだが……小町がな」

結衣「ああ……」

八幡「まあそういうわけだから」

出来るだけいい顔でサムズアップし、そこらへんの店に入ろうとする。だが、それは由比ヶ浜が俺の腕に抱きついてきたことにより阻止される。

近い近い柔らかい近い柔らかい柔近い!

結衣「いいじゃん一緒に探そうよー!」

八幡「子供かよ……。あーもー分かった!分かったから一旦離れろ!」

結衣「やったー!」

嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる由比ヶ浜のある一部分が、俺の心をぴょんぴょんさせ……前にもやったなこの流れ。どれだけ単純なんだよ俺の思考。

まあ男の子だし仕方ないよね!
508: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 17:18:43.64 ID:u8DZgtzl0
八幡「で、どこ探すんだ?ここ滅多に来ないからよく分からないんだが」

結衣「……え、あたしもなんだけど……」

八幡「なんでここ選んだんだよ……」

俺は小町との買い物は基本ららぽだ。あっちの方が行き慣れてるから、他の所には行こうと思わないんだよな。

結衣「そっか……千葉のことでもヒッキーが知らないことあるんだ……」

八幡「その言い方はイラッとするな」

結衣「だって知らないんでしょ」

由比ヶ浜の言い方はなぜか偉そうだ。俺に知らないことがあったところでお前が賢くなった訳じゃないからな。

だが実際俺はここのことをほとんど知らない。俺の知識を頼りに来たのであろう由比ヶ浜に案内を任せるのも不安だ。

仕方ない、ここはぼっちの嗅覚を活かしてぶらぶら歩くか。
509: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 17:31:51.44 ID:u8DZgtzl0
結衣「フードコートじゃん!ここフードコートじゃん!!」

八幡「二回言わなくても伝わってるから」

エリートぼっちである俺が嗅覚を最大限活用して辿り着いた場所は腹の虫を活発にさせる香り漂うフードコートだった。

ホントのところは腹減ってただけだがな。

八幡「腹が減っては戦も出来ないって言うし、とりあえず腹ごしらえしとこうぜ、な?」

結衣「お腹減ってるだけでしょ!先にゆきのんの──」

グゥ────……。

謎の音が発生したことで由比ヶ浜のセリフが途切れた。なんだ今の音。

今の音はそう……まるでお腹がすいた時になる音だ。

八幡「今のなんだろうな。結構大きい音だったけど」

結衣「……うぅ」

八幡「ところでさっきからお腹抑えてどうしたんだ?顔も真っ赤だが体調悪いのか?」

結衣「うぅ!」

恥ずかしがる由比ヶ浜が可愛……面白くていじってしまったがそろそろ可哀想なのでやめてやろう。周りの視線が痛い気がするし。

客観的に見れば腐った目をした男が女の子辱めてるようにしか見えないよな。なにそれ薄い本待ったなしじゃねえか。
513: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/14(日) 21:13:55.79 ID:6nQq2y+DO
おつおつ
ガハマさん可愛いww
516: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 22:35:03.43 ID:UETlfNEd0
八幡「んで、食べるのか?後回しにしたいっていうなら任せるが」

結衣「た、食べる……」

八幡「じゃ、席取りに行くか」

結衣「……ヒッキーのドS」

失礼な。人を傷つけないために誰とも関わりを持とうとしない俺のどこがSなんだ。

むしろ優しすぎてMまである……いやない。間違えた、俺はMじゃない。

八幡「それで何食べんの?スイーツ(笑)でも食べるか?」

結衣「なんか言い方がむかつくんだけど。でも甘いものよりハンバーガーとか食べたい気分」

八幡「へー、意外とがっつり行くんだな」

確かにスイーツ(笑)は馬鹿にしたのもあったが、こいつのことだし本当に甘いもの系に行くと思ってたんだがな。パンとパフェみたいな組み合わせで。

結衣「んー、前から思ってたけどヒッキーってさ、まだ女子に理想みたいの持ってるよね。なんていうんだっけ……色目使ってる?」

八幡「色眼鏡な。俺が女子に色目なんか使ったらお巡りさんの仕事が増えちゃうだろ」

自分で言ってて悲しくなる。だがむしろ女子に色目を使って許される男子なんているのだろうか。

あ、葉山がいたな。あいつならむしろ喜ばれそう。

結衣「色目を使うって皆言ってるけど、具体的にはどうやるんだろうね?」

八幡「上目遣いとかじゃないのか?」

結衣「それヒッキーの趣味でしょ」

八幡「ちちちげーし!」

いかん!思いっきり正解を言われたせいで否定の仕方が中学生みたいになってる!

現役中学生の時ですらここまで慌てた事はないのに……。まあなにせいじってくる奴いなかったからな。
517: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 22:41:01.22 ID:UETlfNEd0
結衣「あ、そうだヒッキー!あたしに色目使ってみてよ!」

八幡「……はあ?」

思わず腹式呼吸を使って腹から声を出してしまった。なんだよ俺の腹、やれば出来るじゃねえか。

八幡「なんで俺が色目使わなきゃならないんだよ。しかも上目遣い」

結衣「えー、じゃあやってくれたら……」

八幡「たら?」

結衣「ゆきのんとのLINEに夢中になりすぎて遅刻しかけたこと、なかったことにしてあげる」

……由比ヶ浜さん、目が笑ってないんですけど。

確かに口角は上がっている。しかしいつもより少しだけ大きく開かれた目には光が無く、その瞳は反論を許さない威圧感を出していた。

っていうか誰だ、俺がLINEのせいで遅刻しかけたこと言ったの。いやまあ小町なんだろうけど。

そういや小町はどうして雪ノ下の様子がおかしいなんて知ってたんだ?俺が寝てる間にLINEやってたのか?

だとしたら由比ヶ浜とも同時進行でLINEしてて、その時に伝えた可能性が高いな。小町ったら本当に俺の情報なんでも流しちゃうんだから☆

帰ったらお仕置きだな。
518: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 22:49:58.58 ID:UETlfNEd0
八幡「はあ……分かったよ、やればいいんだろやれば。その代わり文句とか言うなよ」

結衣「もちろん」

遅刻してないのだから罪悪感を感じる必要は無い。分かってはいるがしかしそう簡単に割り切れるほど俺の心は素直ではなかった。

快活に答えた由比ヶ浜の返答を信じ、俺は出来る限りの色目を使ってみた。色目ってこんなに疲弊しながら使うもんじゃないだろ。

八幡「……こんなもんか」

膝や腰を曲げて顔の位置を下げてから由比ヶ浜の顔を見上げる。こいつの顔を下から見ることなんてそうそう無いからちょっと新鮮な視界だ。

結衣「なんていうか……因縁つけてるヤンキーみたい」

八幡「感想が辛辣すぎんだろ」

まさかこんなところで黒歴史を増やすことになるとは思いもしなかった。

今まで色目を使うやつはただのビッチばかりだと思っていたが……あいつらはこの技術を手に入れるためにきっと数え切れない失敗と努力を積み重ねてきたのだろう。ビッチすげえ。
519: ◆itPh.0zEvU 2014/12/14(日) 22:58:26.25 ID:UETlfNEd0
結衣「色目がどんなのかはよく分からないけど、ヒッキーの言う上目遣いって……」

由比ヶ浜が俺との距離を少し縮めてきた。思わず半歩下がる俺の胸に由比ヶ浜がそっと手をあてる。

結衣「こういう感じ?」

俺と由比ヶ浜の体の距離はほぼ0だ。そのタイミングで顔を下から覗き込まれ、俺の中で雄としての本能がざわつき始める。

そんなことを僅かにも気づいていないであろう由比ヶ浜は顔を赤くする俺に優しい微笑みを向けていた。

八幡「……そ、う、だな。こんな感じ……だと思う」

自分の耳に届く声はひどく小さく、聞くだけで恥ずかしい。

俺は自分が何をすればいいのかも分からず、由比ヶ浜の瞳を見つめ続けることしかできなかった。

あれ俺今呼吸してるっけ?今息吸った?吐いた?あ、間違えて二酸化炭素吸っちまった!

いやいや落ち着け俺。クールに行こう。具体的には東京あたり。ってそれグールやないかーい。

結衣「ヒッキー?」

八幡「……なんだ?」

今度は半歩ではなくしっかり一歩下がる。由比ヶ浜は若干距離を詰めてくるが、さっきより少しは二人の間が広くなった。

ドキドキで壊れそう1000%ラブだったゼロ距離という空間から解放されたおかげで思考はやっとクールダウンを始めた。

八幡「そ、そろそろ離れた方がいいんじゃないのか。周り見てみろよ」

結衣「周り?」

ぐるっと辺りを見渡した由比ヶ浜は、周りの視線がだいぶ痛いものになっていることに気づいた。

顔を真っ赤にした由比ヶ浜俺からようやく離れてくれる。

別に残念とか思ってないから。柔らかいとか考えてないから。
571: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 11:40:19.96 ID:rfZOCrcq0
結衣「……席取ろっか」

さすがはコミュニケーション力の高い由比ヶ浜といったところか。自然に会話の種を見つけて話題を逸らしてくれる。

当然俺は拒否する気などなく、二人で席を確保しに行く。

俺はこういう場所では端っこの席が落ち着くのだが、由比ヶ浜は真ん中の方が楽しくていいらしい。ただの席取りに時間を喰うのも嫌だったので今回は由比ヶ浜の意見を尊重した。

実際は今朝の遅刻未遂とさっきの色々があったせいで強く出られないからだったが、ここは譲ったと言った方が格好良いはずだ。

情けないとか言うな。

八幡「…………」

結衣「…………」

さて、どうするか。

まあフードコートで席についたら先に女子に食べ物を選びに行かせてやるのが紳士だろう。レディーファーストは大事なことだ。

八幡「お前先に──」
結衣「ヒッキー、一緒に──」

重なる言葉。重ならない意見。

数秒の沈黙の末に折れたのは結局俺だった。
572: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 11:41:57.58 ID:rfZOCrcq0
八幡「はあ……。貴重品は持っとけよ」

結衣「ふふ……なんだか先生みたい」

八幡「お前みたいな問題児相手じゃだれでもこうなるんだよ」

結衣「ひどっ!」

そうそう、この感じ。今日は朝から調子が狂っていたが、ギアが噛み合ってきた。

俺の脳細胞がニュートラルだぜ!……ただの凡人だな。

結衣「ヒッキーは何食べるの?」

由比ヶ浜はしきりに周りを見回している。無理もない、このフードコートはかなり大きく店の種類も豊富だ。

ラーメン、カレー、ハンバーガー、刺身etc……といった具合に悩むには充分すぎる品揃えとなっている。

八幡「俺はラーメンだな。お前は?ハンバーガーならそこにあるぞ」

くいっと顎で店の方を示す。だが由比ヶ浜は腕を組んで未だ悩み中だ。

結衣「どうせここまで来たんだし、もっと見てから決めようよ」

八幡「まあ見るだけなら」

席の位置を忘れないようにしっかりと覚えてから、由比ヶ浜の隣に立つ。ここかなり広いから、多分由比ヶ浜の記憶力じゃ席に戻ってこれないだろうし……。

なんか俺、先生っつうか保護者みたいになってんだけど。アホの子を持つと親は苦労するんだな。ぼっちの子を持った親はもっと苦労するんだろうが。

子供を持つことになったら、由比ヶ浜みたいなそこそこ明るい子に育てよう。

頭の良さ的には俺くらいがいい。さすがに雪ノ下レベルを求めるのは高望みしすぎってもんだ。
575: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 13:11:23.39 ID:E6I5sff+0
席を離れて一軒一軒店を見て回る。珍しいメニューを見つける度に由比ヶ浜は子供のようにはしゃいでいた。

俺はそれに対し完璧な相槌をうつ。

結衣「ヒッキー!凄いよお刺身だよ!」

八幡「おう、そうだな」

結衣「あ、ハンバーガーすごい豪華!うーんやっぱりハンバーガーにしようかな……」

八幡「おう、そうだな」

結衣「でもお肉か……最近ちょっと食べ過ぎたかも……」

八幡「おう、そうだ──」

結衣「ヒッキー適当すぎ!!!」

約束通り食べ物を見て回り返事までしているというのに、由比ヶ浜はひどく不機嫌だった。なぜだ、ここまで完璧な返答をしているというのに。

結衣「さっきから『おう、そうだな』しか言ってないじゃん!返事が適当にも程があるよ!」

八幡「いやいや、『おう、そうだな』もちゃんと抑揚変えたりしてバリエーション豊かにしてただろ。俺が関係ないこと考えてるのバレないように」

結衣「違うこと考えてるんじゃん!」

あっ、口が滑った。

ぼっちはリア充よりも一人での思考に費やせる時間が多い。そのせいで何かを考え始めると人との会話よりも考えることに夢中になってしまい、結果さらにぼっちを加速させる。

こんなところでもぼっちの癖が出てしまうのだから自分のぼっちの才能が怖い。……ホント怖い、色んな意味で。
576: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 13:13:03.53 ID:E6I5sff+0
八幡「安心しろ。別にお前の話がつまらないわけでもないし、語彙が貧困すぎて伝えたいことが伝わってこないわけでもない。ましてや早くラーメンが食べたい訳でもないから」

結衣「絶対退屈してたよね!?」

八幡「退屈していたわけじゃない、ただラーメンが食べたいだけだ」

理想的なジト目で俺を見てくる由比ヶ浜から思わず視線を逸らしてしまう。

八幡「……ぼっちの習性なんだよ。人と話してる時に違うこと考えて会話に集中できなくなるのは。今も真面目に将来のこととか考えてたし」

結衣「ふーん……例えば?」

俺の言葉を訝しむ由比ヶ浜が具体例を聞いてくる。一応本当に将来のことは考えていたんだけどな。

同じくらい戸塚のことも考えてたが。

八幡「例えば……そうだな、子供は俺とお前の良いところを持った感じに育てていきたいとか」

結衣「………………ふぇ?」

目を点にして、さらに口をだらしなく空けたまま首を傾げられた。つうか『ふぇ?』とかあざとすぎんだろ、一色の真似かよ。

八幡「なに、どうした?お前に一色の真似は似合わないぞ」

結衣「う、うんそうだね……」

なにか一つくらい反論かツッコミかをしてくると思ったが……なにもしてこない。

え?本当に一色の真似だったの?
577: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 13:14:41.79 ID:E6I5sff+0
結衣「そ、その……ヒッキーはさ、専業主夫って夢が叶ったらこ、こづ……子作り、したいとか思うの……?」

八幡「……………………ふぇ?」

驚きのあまり変な声出た。一色の真似をしたみたいで恥ずかしい。そしてこいつは何言ってんだ。

八幡「どうした由比ヶ浜、熱でもあんのか?お前今とんでもないこと言ってんぞ」

結衣「言いだしたのはヒッキーじゃん……」

八幡「は?俺が?」

そんな記憶はない。だが由比ヶ浜には心当たりがありまくるらしく、視線を逸らし唇を少し尖らせながら呟いた。

結衣「あ、あたしとの子供が……みたいな」

一瞬脳内が真っ白になる。が、やはり俺にそんな記憶はない。この黒歴史マスターたる俺が女子と子供を産んだ時の話なんぞする訳もないだろうに。

……子供を産んだ時?あれ、なんか直接ではないにしろそんな感じのことは確かに言った。子供は俺と由比ヶ浜の良いところを持った子にしたいとかそんなのを……!?

八幡「ばっ!……おま、ちげえよ!そ、そういうい、意味で言ったんじゃなくて……ただ普通に子供にはそんな風に育ってほしいってだけで……」

結衣「……じゃあお嫁さんは誰でもいいの?」

八幡「そういうわけじゃないが……ああもう!この話はやめだ、やめ!」

話の流れを無理矢理変えるために他の店へと歩き出す。後ろからは由比ヶ浜の足音と……微かな溜め息が聞こえてきたような気がした。
578: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 13:25:01.87 ID:E6I5sff+0
八幡「ハンバーガーはやめたんだな」

気まずい空気を嫌というほど味わい、俺たちはようやく昼飯にありつけた。

俺は当初の予定と変わらずラーメンだったが、由比ヶ浜はハンバーガーからカレーへと予定変更したようだ。

結衣「すっごくいい匂いだったんだもん」

八幡「まあな」

その気持ちはよく分かる。俺も心が揺らいだし。

由比ヶ浜は熱いカレーにふーふーと息を吹きかけながら美味しそうに食べている。

結衣「えっと……欲しいの?」

八幡「え、あ、いや……」

カレーへの視線に気づいたらしい由比ヶ浜が気を使って聞いてきた。もちろん丁重にお断りはするが本当は食べたい。

誰だよラーメン食おうとか言ったやつ。まあラーメンはラーメンで美味しいけども。

八幡「別に大丈──」

断りの言葉を言おうとする俺の前にカレーの乗ったスプーンが差し出された。それを持っている由比ヶ浜とスプーンを思わず交互に見てしまう。

え、なにこれ?こいつは俺に何をさせようとしてるの?

結衣「はい、あーん」

八幡「……いやいやいや」
579: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 13:28:04.03 ID:E6I5sff+0
驚きのあまり変なリアクションをとってしまった。この言葉だけで今の感情が伝えられるとも思わなかったのでついでにアイコンタクトもしておこう。

「こいつなにしてんの?」みたいな目をされたが、数秒もすると自分が何をしでかしたか理解できたらしい。彼女は顔を赤くしてあたふたとした結果、だらしなく開けていた俺の口にスプーンを突っ込んできた。

……いやいやいや!!

八幡「あっふ!あっふ!」

結衣「わわわっ!ごめん!」

由比ヶ浜は大慌てでコップを俺に提供してくれる。水を一息で飲み干してから、荒い息のまま未だ顔の赤い彼女を睨みつけた。

八幡「お、お前……俺に何か恨みでもあんのか……」

結衣「な、ないない!ちょっと気がどう……ど、どーてい?してただけ!」

八幡「とんでもない言い間違えすんな。正しくは動転な」

大きくため息をついてから、とりあえずラーメンをすする。口の中に広がる麺とスープの旨味が少しだけ落ち着きを取り戻させてくれた。

由比ヶ浜は再びカレーを食べている。彼女も少しは落ち着いたようだ。

あれ、そのスプーン……いや、言わないでおこう。それ俺の口の中に突っ込んだスプーンじゃね?とか言ったところで誰も救われないんだし。

結衣「ふー、辛いー」

顔をパタパタしながら由比ヶ浜は自分のコップに口を付ける。しかしどれだけコップを傾けたところで口へ水が流れることはない。

当然だ。なぜならそのコップの中身は、先ほど由比ヶ浜が俺に飲ませたのだから。

それに気づいたからだろうか、由比ヶ浜の肩がびくっと動いた。コップのふち、さっき使ったスプーン、そして俺の顔をゆっくり見る。そして顔を真っ赤にして俯いてしまった。

八幡「自爆しすぎだろ……」

自分だけでなく周りの人も巻き込むから自爆は本当にやっかいだ。

頼むから大爆発は覚えないでくれよ。
585: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 18:58:28.03 ID:VEqqoO+M0
ラーメンを食べ終えラブコメっぽい空気を飲み下し、さあいざプレゼントを買いにゆかんとしたところで俺は早くも躓いていた。

何を買えばいいか全く分からない。

女子に誕生日のプレゼントを贈るなんて経験、小町以外にしたことがない。あ、由比ヶ浜にも送ったか。

……まあ中学時代にも贈ったことはあるが、あれはカウントしたくない。物を受け取った女子の第一声が『え……なんで誕生日知ってるの……?』だもん。

違うよストーカーじゃないよ。クラスで話してるのを盗み聞きしただけだよ。

こんな感じで女子への贈り物の経験が俺にはない。あるのはストーカーの才能くらいだ。

こんなことなら雪ノ下のことをもっとストーキングしとけばよかった。いやいやそうじゃない。

八幡「お前は何買うか決めてあるのか?」

由比ヶ浜からなんとか候補だけでも聞き出そうとする。だが……。

結衣「う、うん……まあ一応……多分?」

彼女は俺から視線を逸らして返答を誤魔化すだけだった。いや誤魔化せてねえよ。絶対決めてないだろ。
586: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 18:59:42.37 ID:VEqqoO+M0
八幡「色々見て回るしかないか……」

結衣「そ、そだね」

どうもさっきの昼食から由比ヶ浜の様子がおかしい。顔は赤いし挙動不審。おかしいというか変だ。

理由は……分かっているつもりではある。だがそれを明確にする気はない。それに明確にしたところでラブコメ経験値0の俺には解決策など微塵も分からない。

ならやることは一つ。

さっきの出来事を、言葉の中に混ぜ空気に溶かし過去の中へと散らしていく。そうやって無かったことにする。これが得策だろう。

幸いにも『雪ノ下のプレゼント探し』という名目があるのだから、そちらに意識を向けてしまえばなんの問題もない。

……二人そろってプレゼント候補すら決まっていないからピンチなのではあるが。
587: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 19:06:52.02 ID:VEqqoO+M0
とりあえずは行動を起こそうということで適当に近くの店に入る。

ぼっちというのは意外と行動力に溢れていたりする。リア充どもがあっち行こうこっち行こうとダラダラ話している間も、俺たちぼっちはパパッと移動を開始しているのだ。

だから店主が強面そうなラーメン屋にもお洒落なカフェにも俺は踏み込む事ができる。踏み込めないのは人間関係くらいだ。いや他にもいっぱいあるけど。

結衣「あ、ヒッキー!このヘアピン可愛い!」

八幡「お、おう……」

なんで女子ってこのくらいのことでテンション上げられるの?お兄ちゃんちょっと怖いよ。

まあ色んな雑貨を手に取っては「わー」だの「きゃー」だの「あれ?優美子?」だの言っているということはさっきのゴタゴタは無事になかったことになったのだろう。単純で良かった。

……待て、優美子?

確かその名は炎の女王ミウラの真名……材木座みたいだな、やめよう。

とにかく三浦いんの?最悪じゃん。まああいつなら以前の花火大会での相模みたいな反応はしないと思うが……。

そう思いながら由比ヶ浜の見ている方向へ視線を移す。そこには金髪ドリルの女王と……爽やかオーラをまき散らしてる葉山の姿があった。

八幡「……お前も居たのか」

葉山「やあ、奇遇だね」

奇遇だホント奇遇。奇遇すぎて神様呪うレベル。

俺が心の中で神様へ罵詈雑言を浴びせているとも知らず、楽しそうに由比ヶ浜と会話を始める葉山と三浦。

超居づらいんですけど……。

こうやってトップカースト同士が話していると、俺と由比ヶ浜が一緒に買い物をしているということが滑稽にすら思えてくる。

住む世界が違うというなら、やはり住み分けは完璧にしていなければならない。平和に過ごすためにはそれが最良のはずだ。
588: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 19:12:52.18 ID:VEqqoO+M0
三浦「こんなとこで何してたん?……あ、デート?」

三浦はニヤニヤとした笑顔を浮かべて由比ヶ浜に近づいていく。それは、例えるなら獲物を見つけたヘビのようだった。

こんな獰猛な笑みを見ればかつての相模が見せた冷笑など可愛く思える。さがみん超かわいー。

結衣「デートとかそんなんじゃ!……そ、そんなんじゃなくて、二人でゆきのんの誕生日プレゼントを……ね?」

八幡「あ、え、おう」

急に俺を会話に混ぜるなよ。驚いてかなりどもっちゃったじゃねえか。

由比ヶ浜の口から雪ノ下の名前が出たからか、はたまた俺が会話に参加したからかは分からないが三浦と葉山の動きが少し止まる。

八幡「じゃあ、俺はあっち見てるから」

会話にできた僅かな隙を狙って俺は口を開く。俺の言葉は狙い通りすんなりと通り、その場を離れることに成功した。

完璧だ。パーフェクトだ。

出来るだけ自然に、かつ迅速に。俺と由比ヶ浜との距離を開けていく。まさかあそこで葉山と三浦の二人から由比ヶ浜を離すわけにもいかない。

あいつが一緒にいるべきなのは、俺じゃないはずだ。

3人の話し声が少しずつ遠くなっていく。あと数歩離れればもう声が聞こえなくなるというところで、最後に俺の元へ届いた声は。

結衣「あたしもそろそろ行くねー。また今度あそぼー」

八幡「……は?」

思わず振り返ってしまった。そうすれば当然こちらに向かう由比ヶ浜と目が合ってしまう。すると何故か由比ヶ浜は嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。

結衣「よし、じゃあ行こー!」

八幡「おう……ま、待て待て。お前こっちに来て良かったのか?」

完璧なタイミングを狙って自然に抜け出た俺に対し、由比ヶ浜は会話をぶった切ってこちらへ来たような気がする。

あの三浦に対してそんなことをして大丈夫か、と不安に思う俺を由比ヶ浜は不思議そうに見つめていた。

結衣「大丈夫って、何が?」

八幡「せっかくトップカースト連中と会ったってのに、俺の方に来て大丈夫なのかってことだ。三浦とかお前と一緒に買い物したそうだったと思うんだが」

結衣「優美子は隼人君と二人きりの方が嬉しいと思うけど」

そう言われれば確かにそうだ。三浦は葉山の事が好きなんだから、二人きりを邪魔されたくはないか。

さすがは由比ヶ浜。場の空気を読み切ってるぜ。

結衣「それにあたしはヒッキーとの方がいいし」

八幡「……そうですか」

それわざわざ言う必要あったんですかね……。これから数分はお前の方に顔向けられなくなっちゃったんですけど。
591: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 20:43:56.56 ID:VEqqoO+M0
気を取り直しプレゼント選び再開。

八幡「きっと漠然と物を選ぼうとするから何も決まらないんだ。あいつが欲しいと思いそうなものをまず選ぼう」

結衣「ヒ、ヒッキーがプレゼント選び慣れてるみたいに見える……」

八幡「……慣れてねえよ」

そう、俺が中学時代に一人でウキウキしながら渡したあれもそれもプレゼントじゃない。あんなのは誰も喜ばない自己満足でしかないのだ。だから俺はプレゼントを選ぶことは、慣れてない。

そんな事情があったせいで由比ヶ浜へプレゼントを渡す時、実は心臓バックバクだった。本人には絶対言わないけどな。

結衣「んー、ゆきのんが欲しいと思いそうなもの……本とか?」

八幡「んなの自分で買うだろ」

結衣「そうだね……でもそうしたら、他のも全部そうなっちゃうんじゃない?ゆきのんって本当に欲しいと思ったものは絶対手に入れるって性格だし」

八幡「まあ、そうだな」

いともたやすく前途多難。全然候補が見つからない。

結衣「あ、あたしの時はさ……どうやって選んだの?」

俺から若干視線を外しながら由比ヶ浜が聞いてくる。半年近く前のことなので記憶が曖昧になっている箇所も多々あるが、なんとか思い出すことができた。

八幡「俺は最初から大体こんなの買おうって決めてたな。雪ノ下は……弱点をつこうとしてた」

結衣「弱点つかれてたんだ……」

半年越しに知った事実に由比ヶ浜は軽くショックを受けていた。

いや別にそんな悪い意味での弱点って意味じゃないと思うがな……。

八幡「今回もそれで探してみるか。ヒントくらいは見つかるかもしれない」

結衣「ゆきのんの弱点……あ!ゆきのんってね、背中をつーってされるの弱いんだよ!」

八幡「それ俺に言ってどうすんだよ」

やれっていうの?無理無理死ぬ死ぬ。あらゆる意味で殺される。

結衣「う、うーん、あとは……眠気に少し弱い……かも?」

八幡「眠気、ねえ……」

だとしたらコーヒーだろうか。いや紅茶の方がカフェイン豊富と聞くし……。

ここはやっぱり、無難にMAXコーヒーか?
592: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 20:46:33.25 ID:VEqqoO+M0
結衣「そうだ!」

八幡「おわっ、なんだよ急に大声出すなよ……」

結衣「ふふん、発想の逆転だよヒッキー。眠気に弱いなら……寝る!」

八幡「…………」

結衣「その目やめろし!」

俺の視線を体いっぱいに浴びた由比ヶ浜は、わたわたと慌てた様子で説明を付け足してきた。

結衣「睡眠は質と量って言うでしょ?だから眠気に弱いなら眠気が来ないように……例えば今よりもっとぐっすり寝れるように出来れば良いなーって」

八幡「お前にしちゃ良い考えだな」

由比ヶ浜はどうやら今の閃きをとても気に入ったらしく、いつもなら怒るような俺のセリフもドヤ顔で流していた。

八幡「……じゃあ睡眠グッズ系統でも買うのか?」

結衣「うん、プレゼントは枕にする」

ようやく物が決まった由比ヶ浜は、まるで憑き物が落ちたように笑ってさっそく地図を見に行っていた。

ここに枕が売ってるかは知らんが、まあプレゼントさえ決まったのなら後はどうとでもなるだろう。

結衣「ヒッキー、上の階行くよー」

エスカレーターの前で俺に手を振っている彼女の元へ、少し足早に歩いていく。

……で。俺は何を買えばいいの?
593: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 20:50:17.01 ID:tpxxwL3Y0
八幡「良かったな、すぐにいいのが見つかって」

結衣「うん!」

丁寧に梱包され、袋へ入れられた枕を由比ヶ浜は大事そうに抱きかかえている。

雪ノ下が『私いつも使ってる枕じゃないと寝れないのー』とか言い出すタイプの輩だったらどうしようという不安はあった。

だが修学旅行でそんな話が出なかったあたり、そこらへんは大丈夫なんだろう。多分。

結衣「ヒッキーは買うもの決まった?選ぶの手伝ってもらったし、あたしもプレゼント選び手伝うよ?」

八幡「一応買う物は決めた。ただ自分のセンスに自信がないから、そこらへんは……頼む」

結衣「まっかせて!」

由比ヶ浜の言葉を信じ、俺は本屋へと足を向ける。目当てはブックカバーだ。

枕に比べると安さが目立つが、まあ何種類か買う予定だから大丈夫だろ。
594: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 22:30:27.32 ID:F9KzkwyM0
由比ヶ浜のアドバイスのおかげでブックカバー選びは意外と早く終わらせることができた。

しかしまさか、パンさんのブックカバーに出会えるとは……驚きのあまり二人して大声を出してしまったぜ。店員さんごめんなさい。

結衣「よーし、ヒッキーも買えたね。これで目的達成!」

八幡「んじゃ、帰るか」

結衣「えー、遊ぼうよー」

俺の言葉を予想していたかのように、由比ヶ浜は被せ気味に不満を口に出した。

だが甘い。俺もその不満を言われることをすでに読んでいた。由比ヶ浜が言葉を言い始めるころにはもうすっげえ嫌そうな顔をしてある。

結衣「よ、夜まで!外がもっと暗くなるまで遊ぼ!」

その顔を真正面から見たというのに由比ヶ浜はなかなか引き下がろうとはしない。自分で言うのもなんだが結構気持ち悪い顔だと思うんだがな。

てか、夜になんかあるのかよ。

まあいい。もう心のシャッターは下ろしてある。例え由比ヶ浜が雪ノ下のような理論武装をしてきたとしても、俺はそれを否定して家に帰る。家が俺を呼んでるんだ。

それにほら、女子とあんまり長い時間一緒にいるってアレじゃないですか。だから帰る。
597: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 22:32:33.95 ID:F9KzkwyM0
こんな俺に対し、由比ヶ浜の起こしたアクションはひどくシンプルだった。

結衣「ヒッキー……」

艶めかしい声で俺を呼び。

俺の服の裾を掴み。

潤んだ瞳で上目遣いに見つめながら。

ただ小さくぼそっと呟いた。

結衣「…………だめ?」

八幡「す、少しだけ……なら」

どうやら俺の心のシャッターは、発泡スチロール並みに脆いようだ。

もう少しは頑張れよ、俺。
599: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 22:43:39.51 ID:F9KzkwyM0
イオンモール幕張新都心には4つのモールがある。それぞれが家族向けだったり、犬や猫などのペットを飼っている人向けだったりしている。

もちろんそれ以外の人が楽しめないわけではなく、4つのモール全てが誰でも楽しめるようになっていて……まあつまり俺なんかでも時間を忘れて遊んでしまうわけだ。

結衣「いやー、遊んだね!」

イオンモール前のバス停。駅へ向かうバスを待ちながら、真っ暗な空を背景に由比ヶ浜は俺へ笑顔を向けてきた。その顔は一日中遊んで興奮したからなのか、心なしか赤く見える。

八幡「そうだな、さすが千葉だ」

結衣「誉めるとこそこなんだ……」

当たり前だ。千葉の素晴らしさはもっと口に出していかないと伝わらない。

いつか俺の努力が功を成して千葉が日本の首都になることを今も夢見てる。

結衣「……えーと、あー、その」

八幡「なんだよ。まだ買ってないものでもあるのか?」

イオンの出口あたりから由比ヶ浜の動きに落ち着きがなくなっている。そわそわと周りを見たり、何かを言いかけてやめたりとまさしく挙動不審だ。

結衣「あのさっ!……あ、えと……アレ……見たいな、って」

由比ヶ浜が小さく指差した先にあったのは光の集まり。いわゆるイルミネーションだ。

八幡「イルミネーションか……」

そう答えた俺はさぞや渋い顔をしていたことだろう。

だってほら、イルミネーション見てわーきゃー騒いでるやつら見ると電球ぶつけたくなるじゃん?それがカップルだとなおさら憎悪は濃くなる。
600: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 22:48:01.70 ID:F9KzkwyM0
結衣「い、嫌ならいいんだけど」

八幡「別に嫌ってわけじゃないが……珍しいな、お前が最初からこんなに弱腰で俺を誘うなんて」

結衣「め、珍しい?」

八幡「いつもならまず、行こう行こう騒いで俺のこと誘うだろ?それで俺が嫌だって断っても粘りに粘って、その最後の最後に今のセリフが出てくると思ったんだが」

結衣「あたしそんなに押し強くないよ!?」

八幡「いやかなり強いぞ。押しの強さだけなら横綱にも引けを取らない」

本当に強い。強すぎてあの雪ノ下が調教されるくらいだ。引けを取らないよりもむしろどん引くレベル。

結衣「と、とにかくっ!嫌じゃないんだよね?」

八幡「あ、ああ」

結衣「じゃあ行こっ!」

八幡「え、ちょっ」

さっきまで弱腰だったと思いきや急に俺の手を引っ張って歩き出す由比ヶ浜。やっぱり押し強すぎるんですけど。
601: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 22:51:31.94 ID:F9KzkwyM0
先ほどのイルミネーションは光の迷路、と言うらしい。

六角形の迷路になっており、外側の入り口から入って真ん中にあるツリーがゴールだ。逆に帰りはツリーがスタート地点で外側の入り口がゴールに変わる。

八幡「迷路って言う割にはすぐ抜けられたな……」

結衣「そうだね……」

迷路自体は簡単なものだ。だからこの迷路の実際の魅力はやはりイルミネーションにあるのだろう。

壁にくくりつけられたいくつもの豆電球が作りだす『光の迷路』も当然綺麗だが、俺が一番心を奪われたのは……。

結衣「すごい!このツリーすごいよヒッキー!」

出口に設置された5メートルを超える巨大なツリー。それに心を奪われたのは俺だけではなく由比ヶ浜もだった。

ツリー近くに置かれたボタンを押すと、数種類用意された光り方がランダムで選ばれツリーを眩く彩る。それが楽しくて二人して何度もボタンを押していた。

運良く周りに人がいないのでこの景色を独り占めできている。あ、由比ヶ浜もいるから二人占めか。

八幡「人気ありそうな場所なのに俺たちしかいないな」

結衣「ほ、ほんとだ……あ、あ、あた、あたし達だけだねっ!」

八幡「大丈夫かお前、寒すぎて滑舌かなり酷くなってるぞ」

結衣「だ、だいじょびゅ」

八幡「全然大丈夫にみえないんだが……」

さっきも様子がおかしかったが、ここに来てさらにおかしくなったよう
に思う。今かなり寒いし、無理してるのだろうか。
602: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 22:52:54.25 ID:F9KzkwyM0
幡「そろそろ帰るか?寒いだろ」

結衣「えっと……」

八幡「なんだ写真でも撮りたいのか?」

結衣「そ、そうじゃなくてさ……あの……」

由比ヶ浜は手を目一杯握り締めて言葉を紡ごうとしている。言い出すまで待とうと思い俺は口を閉じた。

だが、なんだろうこの既視感は。かつてこんな風にしている人間を見たことがある。

いや、挙動に見覚えがあるんじゃない。この動きか醸し出す独特な雰囲気、それを感じたことがあるんだ。

そう、それは二人きりの教室で勇気を出して死地へ飛び込んで行った、昔の俺のようで──

結衣「ヒッキーと会ってから……もう結構経つよね」

八幡「おう、そうだな」

気付いてしまう。闇が広がる夜に、光に包まれたこんな場所へ顔を赤くしながら連れてきた理由を。

由比ヶ浜の言葉を止めなければ……そんな選択肢が出てくるが、俺はそれを選べない。止めるということは、由比ヶ浜が俺へどんな想いを抱いているのか、気づいたことになってしまう。

結衣「ヒッキーのおかげで、あたし変われたんだ。あ、もちろんゆきのんのおかげでもあるけど」

八幡「おう、そうだな」

結衣「だから……伝えたいって思った、あたしの気持ち。じゃないと、ずっと逃げちゃいそうだったんだ」

由比ヶ浜の気持ちを聞いた上で否定する事はできる。立場やこれからの人生を考えた上で最も傷の少ない回答を答えることだって簡単だ。

だが……それで本物は手に入るのか?いや、俺や彼女たちが欲した本物はそんな逃げ腰で掴めるものではないだろう。

八幡「……伝えたくなっちゃったか」

結衣「うん。なっちゃった」

軽口を叩く彼女の体は震えている。手はスカートを強く掴んでおり、顔は耳まで真っ赤だ。

そんな彼女の瞳が俺を捉えた。その瞳にはもう迷いはない。

結衣「好きです。あたしと……付き合って下さい!」
603: ◆itPh.0zEvU 2015/02/15(日) 22:55:48.33 ID:F9KzkwyM0
俺は鈍感系主人公じゃない。敏感を超えて過敏ですらある。

だから由比ヶ浜の気持ちには気づいてた。これが嘘ではないことも知っている。

ああ……やばい、泣きそうだ。人から好意を伝えられるのがこれほどまでに幸せなことだとは思わなかった。

……彼女に対して俺はどう返せばいいのだろうか。

カーストの差を考えれば断らなくてはならない。それにこいつが俺に好意を持ってくれたのは、きっと入学式の日のアレが原因だろう。

なら、そんな勘違いで幸せを手放してはいけない。たとえ彼女が今傷つくことになっても、俺はその先の未来のために正しい返事をするべきだ。

だというのに……彼女の瞳はそれを許してはくれなかった。

八幡「……由比ヶ浜」

慎重に言葉を選ぶ。

でもそれじゃダメなんだ。心に任せて気持ちを伝えるべきだ。そうしなければ……俺は由比ヶ浜の前に立つ資格をなくしてしまう。

きっと怖かっただろう。辛かっただろう。それを乗り越えて彼女は伝えてくれた。

今にも逃げ出したいはずなのに俺の答えを聞くため俺から視線を外さない。

なら……せめて伝えよう。俺の気持ちをそのままに。

八幡「俺は……」

言うことなんてまとまらない。何を言いたいのかすら分からない。ただ思うままに伝える。

カーストとか未来とかそんなものは後回しだ。由比ヶ浜の勇気に応えるために、俺は大きく息を吸う。

そして……短い言葉に乗せて、気持ちを吐き出した。

八幡「悪い、お前とは……付き合えない」
646: ◆itPh.0zEvU 2015/04/08(水) 20:37:43.20 ID:nNO2Vz4U0
あれから家にどう帰ったのかよく覚えていない。ただうっすらと、小町が優しい顔をしていたこと……そして由比ヶ浜の泣き顔だけは覚えている。

きっと小町は今日何があるか知っていたのだろう。だから朝俺に対してあそこまで怒り、そしてそんな俺に優しく接してくれた。

本当に誇りたくなるような妹だ。

それに引き換え俺は……。

八幡「あー……はあ」

もう寝よう。寝ればこの沈んでいく思考も少しはマシになるだろ。

そう思い布団にくるまろうとした時、さっき充電を始めたスマホが目に入った。

……そういえば、雪ノ下とのLINEになんて返したか確認してなかった。布団から出るのは億劫だがそれだけ確認して寝ておこう。というかなんでもいいから他のことに頭を使いたい。

かなり俊敏な動きでケータイを充電器から取り外し、また布団に潜り込む。

電源が入ったことを確認してそのままLINEを開いた。

雪乃【私に話しかけてくる男の人は、私のことを好きだったり特別視していたから】

雪乃【普通に接してくれるあなたとの会話は新鮮で楽しく感じるのよ】

雪乃【眠気で変なことを言ってしまったわ】

雪乃【今のは忘れてもらえるかしら】

雪乃【おやすみなさい】

そうそう、こんな会話をしてる時にちょうど俺の眠気が来たんだった。

さて俺はなんと返したのだろう。
647: ◆itPh.0zEvU 2015/04/08(水) 20:46:41.12 ID:nNO2Vz4U0
八幡【俺だってお前のこと好きだけど】

八幡【おやさめ】

八幡「…………」

ははははは、おやさめってなんだよおやさめって。眠すぎてかなりひどい誤字してるんじゃねえかよはっはっは。もう全く俺ってやつはほんと……。

八幡「おやさめえええええ!!」

ケータイをなんの加減もせずに布団に叩きつける!なにしてんだ!なにしてんだよ俺!

俺が文字通り頭を抱えていると、遠慮がちにドアが開かれる。そこからひょこっと小町が顔を出していた。

小町「お兄ちゃん大丈夫?コ、コーヒー入れようか……?」

八幡「大丈夫だ……大丈夫大丈夫……大丈夫だから」

小町「大丈夫そうに見えないんだけど」

珍しく小町が不安そうな顔をしている。今日の由比ヶ浜のことで頭をおかしくしたとでも思っているのだろうか。半分正解だ。

八幡「……なあ小町、由比ヶ浜と雪ノ下の今の様子分かるか」

小町「え……二人は朝から連絡とれてないから分からないけど……」

八幡「連絡とれてないって、由比ヶ浜はまあ……ともかく雪ノ下も?」

小町「うん、朝のお兄ちゃんとの会話を伝えたら返事返ってこなくなった」

いつもなら俺が返した雪ノ下へのLINEについて尋問が始まるところだが、さすがの小町も今ばかりは自粛してくれた。

つーか朝?小町と何話したかな……。

八幡「……ちなみに聞くが、なんて送った?」

小町「だから、朝に話してたことそのまんまだって。『お兄ちゃんは寝ぼけて思った通りのことを送ったらしいです』って」

八幡「そうか……それで返事が返ってこなっちゃったか……」

小町「うん。……っていうかお兄ちゃん、この状況で結衣さんより雪乃さんを気にかけるって小町的にポイントかなり低いよ?」

八幡「雪ノ下のことを気にしてるわけじゃねえよ。ただちょっとそこの窓から飛び降りたいだけだ」

俺の言葉に小町を少しだけ顔をひきつらせた。俺があまり言わない冗談を言ったもんだから反応に困っているんだろう。

まあ全部冗談ってわけでもないけどな。

八幡「とりあえず俺はもう寝る。お前もあんま俺のことばっか心配してないで勉強に集中した方がいいぞ」

小町「え?別にお兄ちゃんのことなんて心配してないよ?」

可愛く首を傾げる小町を見て本当に窓から飛び降りてやろうかとも思うが、さすがに本当にやるわけにもいかない。痛そうだし。

痛いのは心だけで充分だ。

小町「明日はなにもないんだから、ゆっくり寝てね」

八幡「ん、おやすみ」

小町「おやすみー」

小町がドアをきちんと閉めたのを見て、ベッドに再び横になる。

今日は疲れた。これ以上起きていると自分のことを嫌いになりそうで怖い。

どうか夢くらいは幸せでありますように。
649: ◆itPh.0zEvU 2015/04/08(水) 20:59:51.12 ID:o9vKUz600
夢を見た。

とても大切な人達が俺のせいで離れ離れになっていく。

そして最後はひとりぼっち。

俺の周りには誰もいない。見渡しても何も見つからない。声を出しても返事は来ない。手を伸ばしても何も触れない。

俺だけがいるひとりぼっち。俺だけしかいないひとりぼっち。

今までと同じはずなのに全く違う。

本当のひとりぼっち。
650: ◆itPh.0zEvU 2015/04/08(水) 21:00:47.08 ID:o9vKUz600
あれから数日。夜寝る時も昼寝をする時も二度寝でさえ悪夢ばかりだ。

俺が悪いのだから文句を言うつもりはないが、今日くらいは良い夢を見させて欲しい。

なんたって今日は。

小町「あけましておめでとー!うぇーい!」

八幡「……今年もよろしく」

ついに新年。テンションの高すぎる小町にテキトーな挨拶を返しながら窓の外を見やる。

カタカタと窓を揺らす風は明らかに冷たそうで、とても家から出たくない。ってかコタツから出たくない。

小町「それじゃあ初詣にレッツゴー!」

八幡「狙ってんのかお前は……」

こんなドンピシャのタイミングで出発発言されると凄い悪意を感じるんですけど。

いや行きますけどね、小町の合格祈願もしたいし。
651: ◆itPh.0zEvU 2015/04/08(水) 21:02:26.00 ID:o9vKUz600
気持ちは乗らないが家を出る。自転車でぱーっと行きたかったが、元日で人の賑わう道を小町を乗せて進める気もしないで渋々徒歩になった。

人、人、人!

小町「お、お兄ちゃん?なんか顔色悪いよ?」

八幡「……人に酔ってるだけだ。気にすんな」

小町「人に……?」

俺の言ってることが分からず小町は首を傾げていた。その仕草が可愛くてちょっとだけ元気になる。

小町のおかげで俺はなんとか毎日を生きていけてるようなものだ。二年生になってから戸塚にも元気を分けてもらってはいるが、やはり家で長時間をともにするというアドバンテージは大きい。

小町ちゃんマジ天使。小町に近づくやつは俺と親父が許さない。むしろ親父が俺を許してないまである。

八幡「なあ小町、どこ行くんだ?確か逆方面に勉学に御利益があるとかクラスのやつが言ってた神社があったはずだが」

小町「ああ、だってそっち知り合いに会いそうなんだもん。みんな受験だからそっち行ってるだろうし」

八幡「……俺が一緒にいるとこ見られるのが嫌なら、一旦分かれて後で合流でいいんじゃないか?」

小町「元日にまでクラスメイトと一緒なんて嫌なだけだから気にしないでいいよ。まあ確かにお兄ちゃんと一緒のとこ見られるのも嫌だけど」

八幡「さいですか」

最後の一文省いても良かったと思うよ。むしろ省くべき。

それにしても、似てない似てないと言われるがこうしてみるとやはり俺の妹だと感じる。一人でいるのが好きというのはよく分かる。

それでも人と上手くやっていけるのだから流石は次世代型ハイブリッドぼっち。お兄ちゃんの代わりに人の輪の中でたくましく生きて下さい。
652: ◆itPh.0zEvU 2015/04/08(水) 22:01:40.17 ID:nNO2Vz4U0
ようやく目的の神社だか寺だかに到着したが、やはりここもここで人が多かった。

八幡「こっちに来ても誰かしらに会いそうだな」

小町「そだね、意外とこっちも人気だったんだ」

ステルスヒッキーを全開にしながら人混みを歩く。小町は普通に俺に着いてきていた。比企谷家の人間は全員ステルスヒッキー使えんのかな……。

それはさておき、どうやらこの大勢の人の大半は賽銭ではなく屋台巡りが目的のようで、俺たちの賽銭は割と早く終わった。

賽銭の列から抜けさえすれば人混みは一気に減る。

人がだいぶ減った解放感から少し浮かれ気味に歩く。小町も人ごみにはげんなりしていたようで俺と一緒に少し楽しそうに歩いている。

賽銭箱から離れる度に人は減っていく。そうなれば当然周りの人間一人一人の判別もしやすくなる。

……まあこんな風には言っても、例えさっき以上の人ごみだったとしても俺はあいつを見つけていたかもしれない。

流れるような黒髪と無駄のないスリムな体型が、シンプルなデザインの和服によってより美しく彩られる。

見た者に視線を外させることすら許さない鮮烈な美は、俺の歩みを止めるには充分すぎた。

本来なら見つけた瞬間に逃げるべきだった。だがそんな思考さえ完全に停止している。

だからこそ、向こうも俺に気付いてしまった。

雪乃「……比企谷君?」

そこにいたのは。

つい先日俺が爆弾を投下してしまって以来、画面越しですら会話をしていなかった……和服姿の雪ノ下雪乃だった。
653: ◆itPh.0zEvU 2015/04/08(水) 22:04:07.90 ID:nNO2Vz4U0
ザ・ワールド!

と、叫んだところで周りの時は止まらない。突然の事態に動きの止まった俺たちを置いて、世界の時は進む。

例えば、俺の後ろにいるラブリーシスターのように。

小町「あ!明けましておめでとうございます雪乃さん!やー、和服姿も超似合ってますね、ね?お兄ちゃん!……お兄ちゃん?」

小町のフリに何も返事をせず口をパクパクさせるだけの俺を不思議に思ったのか、小町が俺の顔を覗き込む。

小町の顔を見たおかげか、俺の脳がようやっと活動を再開し始めた。

八幡「あ、ああ。そうだな。お前の和服姿、俺は好きだぞ」

あ、やばい。あのトラウマのことばかり考えていたせいで、また似たようなことを口走ってしまった。

再び俺と雪ノ下の時間が止まる。なんなら今回は小町も止まっていた。

ここで止まってはダメだ、なにか言わねば……と思っていても上手く酸素を脳へ供給できずにいる。

くそっ、重加速がこんなところで……頑張れ俺!スタート・ユア・エンジン!

雪乃「あ、ありがとう……」

いち早く復活したのは雪ノ下だった。さすが雪ノ下さん!そこに痺れる憧れる! 

俺もこんな冗談を言えるくらいには落ち着きを取り戻せていた。

八幡「き、奇遇だな。こんなところで……一人か?」

顔を真っ赤に染めた雪ノ下を視界に入れてしまわぬよう、明後日の方向を見ながら聞く。わー、鳥居も真っ赤。

雪乃「ええ。由比ヶ浜さんも来たがっていたけれど、初詣は毎年家族と来ているそうだから」

小町「確かに結衣さんらしいですね!」

三度目の思考停止を陥りかけた俺を気遣ってなのか、小町はやけにハイテンションで雪ノ下に応えた。今の俺にとって、由比ヶ浜の名前は聞くだけでも辛いものがある。

当然、由比ヶ浜本人にとっては辛いなんてものではないはずだが。

八幡「あー、そうだ」

この前のLINE、さっきの失言、そして由比ヶ浜とのことを全て胸中に押しとどめながらなんとか声を出す。

雪乃「なにかしら?」

八幡「あ、明後日空いてるか?」

一月一日の明後日はもちろん一月三日だ。つまり雪ノ下の誕生日。

雪ノ下自身もその日に俺たちが何をしようとしているか予想はできるだろう。サプライズ精神がなくてごめんね!

雪乃「そうね……午後は家の予定が入っているけれど、午前中だけなら大丈夫よ」

八幡「そうか、じゃあその、なんだ……ゆ、由比ヶ浜やら戸塚やら……戸塚も呼んで、やるか」

雪乃「戸塚君のこと、好きすぎでしょう……けれど、そうね。ありがとう」

主語を含まずの会話だったが、伝えたいことは伝えられたようだ。

当日、由比ヶ浜と会って普通を演じきれるかは分からない。だがそれでも、あれは俺と由比ヶ浜の問題であってこいつには関係のないことだ。

なら、雪ノ下にはしっかりと楽しんでもらわねばならない。

八幡「場所とか時間とかはまた後で連絡する」

雪乃「……ええ、分かったわ」

八幡「それじゃ、また明後日な」

返事を聞き、俺は手を軽く振りながらその場を離れた。いつもなら一緒に行動させようとする小町も、さすがに気を使ってくれたのか大人しくついてきた。
654: ◆itPh.0zEvU 2015/04/08(水) 22:05:36.35 ID:nNO2Vz4U0
八幡「……はあ」

小町「雪乃さんとも何かあったでしょ?」

八幡「まあな……。けど今の感じじゃ気にする必要はなさそうだ」

あとは俺がふとした瞬間にくる恥ずかしさやもどかしさに慣れてしまえば雪ノ下とのことは流せるだろう。

多分後五回くらい布団の中で叫べば余裕。いやこれ全然余裕じゃねえな。

八幡「……疲れたしまっすぐ帰ろうぜ」

小町「仕方ないなー、まあ今日だけはお兄ちゃんのために特別だよ。あ、今の小町的にポイント高い」

八幡「はいはい」

ほんとそれさえなきゃポイント高いんだがな……。

こんな感じに小町といつもの会話をしながら、足早に家を目指す。

進む速度が早いのは、もちろん家に早く着くようにだ。

けれどなぜだろう。

まるで、少しでも早く雪ノ下から逃げるために思えてしまうのは。
673: ◆itPh.0zEvU 2015/05/16(土) 23:11:23.45 ID:3atBpdsV0
時は巡り一月三日。

結衣「ハッピーバースデーゆきのん!」

八幡「おめっとさん」

平塚先生に許可をもらって俺たちは奉仕部の部室に来ていた。

それにしても「時は巡り」と「めぐめぐめぐりん」の語感の似てる感じは異常。暇なときはずっとめぐめぐめぐりんって脳内リピートしてるせいで、めぐり先輩がよくゲシュタルト崩壊してる。

俺意外とめぐり先輩好きすぎだろ。小町と戸塚に追いつくレベルだぞ。

雪乃「あ、ありがとう……」

今日のことを予想できていたであろうに、それでもこうして祝われると嬉しいのか頬を少し赤く染めながら雪ノ下は俺たちに礼を言ってきた。

結衣「はいこれ!」

由比ヶ浜は可愛らしくラッピングされた大きめの袋を雪ノ下に差し出した。雪ノ下はそれがなんなのか分からず少し首を捻っていたが、自分へのプレゼントだと理解すると少し緊張しながらそれを受け取った。

俺はといえば、由比ヶ浜のように明るく渡すことなどできるはずもないのでちょっとぶっきらぼうに渡してしまった。

かっこつけてるとか思われてたらどうしよう……。
674: ◆itPh.0zEvU 2015/05/16(土) 23:12:43.43 ID:3atBpdsV0
八幡「さて、プレゼント交換も終わったし……帰るか」

結衣「帰らないし!」

いつものように由比ヶ浜が俺にツッコミを入れる。その時に由比ヶ浜と目が合うが、視線が交錯するのは一瞬だけ。どちらともなく違うところに視線を移動させていた。

八幡「まあ帰るのは冗談として……なにすんの?午前だけだからつってもまだ結構時間残ってるぞ」

雪乃「そうね……自分の誕生日パーティーだなんて社交的なものしかしたことがないから……。由比ヶ浜さん、こういうときは何をするのかしら」

さらっと社交的とか出てきたんだけど……そういやこの子の家金持ちでしたね、忘れてました。

結衣「え、何って言われても……食べて飲んで騒ぐ感じ?」

八幡「全然分からねえ……」

今度は由比ヶ浜の方を向かないよう、視線は下に固定したままで声を出す。

下を向いているせいか、声はいつもより少し低い。

結衣「まあとにかく、こう……ぱんぱかぱーん!って感じで楽しく話すの!いい!?」

八幡「お、おう……いや聞くべき相手は俺じゃなくて今日の主役だろ」

結衣「あ、うん……ゆきのんはそんな感じでも大丈夫?それか……あっカラオ──」

雪乃「いえここにいましょうそれがいいわ比企谷君もそう思うわよね」

八幡「だから俺に聞くなって」

雪ノ下にとっちゃ体力を使わされるカラオケよりこっちのがいいだろう。今ノータイムで拒否してたからな。
675: ◆itPh.0zEvU 2015/05/16(土) 23:13:47.14 ID:3atBpdsV0
雪ノ下の意見もあり、俺たちは結局いつもように奉仕部でだらだらとしていた。

さすがに誕生日パーティーってことで俺も雪ノ下も本を読むようなことはせず、会話に意識を向けるようにした。

そのおかげでようやく俺は気づけた。あの時感じた違和感に。

なぜ雪ノ下から逃げようと思ったのか。あれはそもそも雪ノ下から逃げたわけじゃなかった。

偶然にも由比ヶ浜が来て奉仕部が揃うという……確率的にはとても低く、けれど0%ではない可能性から逃げていたのだ。

だがこうして考えると逃げる必要などなかった。いや正確に言えば逃げても意味がなかった。奉仕部が揃う状況なんていくらでもあるのだから。

結衣「……ヒッキー、どうかした?」

由比ヶ浜が不安そうに俺を見る。俺はまるでそれから逃れるように時計へ視線を移した。

八幡「いや……なあ、そろそろ時間やばいんじゃないか?」

雪乃「え?……そうね、いい時間かもしれないわ」

結衣「あ、そっか。午後は予定があるんだもんね」

雪乃「そんなに落ち込まなくたってもう少ししたらまた奉仕部の活動は再開するのだから」

由比ヶ浜の肩がピクッと動いた。その挙動を悟られないようにいつもよりも明るい声で由比ヶ浜は答える。

結衣「そ、そだね!また再開したらたくさんお喋りしよ!」

一瞬だけ、雪ノ下が不思議そうな顔をしていた……気がする。気のせいだったかもしれないがそれが妙に嫌な予感をさせる。

雪乃「……ええ、それでは私は鍵を返してくるから」

八幡「今日くらい俺がやる。ほれ」

鍵を渡せ、という意味で雪ノ下へ手のひらを向ける。これまた不思議そうな顔をした雪ノ下だったが、今回はすぐに意味が分かったらしく少しだけ微笑んでから鍵を渡してきた。

雪乃「それでは、今日は任せてもいいかしら」

八幡「おう。そんじゃまた」

雪乃「ええ、また6日に」

結衣「またねー」

振り返らず後ろ手に扉を閉めた。その瞬間に思わずため息をついてしまう。

あの日俺が逃げた理由。

今日由比ヶ浜が怯えていたもの。

その二つはきっと同じものだ。

紅茶の香りのしなくなったあの部室での、嘘と欺瞞に満ち溢れた会話。

俺と由比ヶ浜は……告白されたのを、あるいしてしまったのを気にして、またあの日のような関係に戻ってしまうのではないかと危惧していたのだ。

結果はご覧の通り。

俺たちはまた間違えたようだ。
676: ◆itPh.0zEvU 2015/05/16(土) 23:29:57.29 ID:Iy0w5U7H0
平塚「君が鍵を返しに来るとは……随分と気が利くじゃないか」

八幡「そういうのじゃないですよ」

職員室で天丼を食べている平塚先生に鍵を渡しに来たところ、第一声がこれだった。

油がつかないようになのか髪をポニーテールにしており、印象が全然違っていたせいで声をかける時に少し躊躇ってしまったのはここだけの秘密だ。この人たまにギャップでドキッとさせてくるから怖いんだよ……。

平塚「私はてっきり今日の主役を気遣っての行動だと思ったが」

八幡「違いますって。アレですよアレ……ひさしぶりに先生に会いたくなって」

すぐにバレるとは思いつつ、なんとなく適当な嘘をついてしまう。一体どんな風に呆れられるのだろうか。

平塚「そ、そうか……ありがとう」

八幡「え、いや……どういたしまして……」

え、なにこの雰囲気。なんで顔赤らめてるんですか先生。近くの先生が居づらそうにしてるじゃないですか、っていうか俺が一番居づらいんですけど!

嘘でしたと言うタイミングを完全に逃してしまい、どうしようかと視線を巡らす。このまま帰ってもいいが、それだと平塚先生ルートの可能性が高まる気がして怖い。

平塚「ま、まあそれはともかくだ。どうだ最近は。クリスマスパーティーをしたあとから随分と雰囲気は良くなったように思うが」

八幡「……まあ、そうっすね」

平塚「……ふむ、君はあれだな。適当な嘘は上手いのに、本当に大事な嘘は全然つけないタイプだな」

たったこれだけの会話で嘘を見抜かれただと……!俺はその動揺からかつい視線を逸らしてしまう。

八幡「そんなことないと思いますけど」

平塚「そうだな、適当な嘘も上手くない」

八幡「いやさっき先生に会いたかったっていう嘘に思いっきり騙されてたじゃないですか」

平塚「う、嘘だったのか……」

売り言葉に買い言葉、という感じでついネタばらしをしてしまった。そんな本気で落ち込まなくても……早く誰かもらってあげて!じゃないと本当に俺がもらっちゃうよ!
677: ◆itPh.0zEvU 2015/05/16(土) 23:31:28.63 ID:Iy0w5U7H0
八幡「とりあえず先生が心配するようなことは何もないですよ」

平塚「……そうか。まあ私も話す気のない者から無理矢理悩みを聞き出そうとは思わんよ」

八幡「……どうも」

軽く頭を下げて、バッグを背負い直す。

ちょうどよく会話も途切れたしこのまま帰るか。

平塚「比企谷」

180度くらいターンしてしまってところで声を掛けられる。失礼だとは思いながらもまた体の向きを変える気になれず、肩越しに平塚先生を見た。

平塚「私でなくてもいい。ただ、君の悩みを誰かに話してみたまえ。きっと相談されたものは喜ぶだろう」

八幡「家族ならともかく、それ以外の誰かをすぐ頼りにするのは嫌なんですよ」

平塚「だが、一人ではいずれ進めなくなるさ」

半身だけ先生に体を向ける。目はいつもよりも腐っている気がした。

平塚「君が今まで誰を頼るでもなくいられたのは、君が一人だったからだ。だが、今の君はもう一人ではないだろう?」

その言葉が俺の心に重い鉛を打ち込んだ。

確かに最近の俺はぼっちとは言い難い生活を送っていたように思う。

学校で話す相手がいる。部活に参加してそこそこ楽しい時間を過ごしている。そしてなにより戸塚がいる。

八幡「……そうですね。戸塚がいますし」

平塚「あ、ああ……まあその解釈で構わない」

構わないって言ってる割に笑顔が引きつってるのはなんでですかね。俺にどん引きしてるからですか。
678: ◆itPh.0zEvU 2015/05/16(土) 23:32:56.89 ID:Iy0w5U7H0
平塚「戸塚や雪ノ下や由比ヶ浜。君の周りには君と繋がりを持った人間がたくさん……とは言えないが少なからず増えた。君のことだ、またその慣れない人間関係で悩んでいるだろう」

八幡「戸塚と繋がってるとか照れるんでやめてもらっていいですか」

平塚「真面目に聞く気ないだろう」

深く深くため息をつかれてしまった。そんなため息ついたら幸せ逃げますよ。婚期も遠のきますよ。

だがまあ真面目に聞いていなかったのも事実だ。だから俺は真面目に返すことにする。

八幡「一人じゃなくなったせいで一人で解決できない悩みが出来たっていうなら、俺みたいな人間はずっと一人でいるべきじゃないですかね」

平塚「それもまた一つの選択肢だろうな。君が一人でいても構わないなら」

八幡「俺が実は寂しがりやみたいな設定つけようとしないでください」

平塚「確かに、それを決めるのは君だからな。……まあだが」

一呼吸の間。俺が続きを待っていると、先生はにやりと笑って言った。

平塚「君の周りにいる人間は、そう簡単に君を離さないぞ?」



次スレ:

雪乃「LINE?」結衣「そう!みんなでやろうよ!」【後編】




この書き手のSS:

小町「は、八幡!」


相模「それでは文化祭の定例ミーティングを始めます」


相模「それでは文化祭の定例ミーティングを始めます」【後日談】


雪乃「LINE?」結衣「そう!みんなでやろうよ!」【前編】


雪乃「LINE?」結衣「そう!みんなでやろうよ!」【後編】


八幡「よう雪乃」雪乃「こんにちは、八幡」結衣「えっ」


きっと彼の青春ラブコメは間違っている


陽乃「比企谷くん……」


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