俺ガイルSS 『そして彼と彼女は別々に歩み始める』

119 :1 :2016/03/29(火) 23:01:11.36
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俺ガイルSS 『そして彼と彼女は別々に歩み始める』

ガガガ文庫 渡航 著 「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」SS

6.5巻のクリパ直後の話です。

円盤の特典書き下ろし小説は未読なので、齟齬が生じてたら、そこはスルーで。

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120 :1 :2016/03/29(火) 23:03:04.81

「あっれぇー!比企谷じゃーん?」


赤と緑の補色鮮やかな飾り付けが溢れ返り、そこそかしこから定番クリスマスソングが聞こえてくる聖なる夜の街角。

背後の雑踏の中からかけられた声に驚いて俺の足が止まる。

俺が驚いた理由とは総じてみっつ。

ひとつ目は自他共に認めるぼっちであるところの俺は他人から名前を呼ばれることが滅多にない。

大抵は、“おい”とか“あの”とか、せいぜいいいところで“ねぇ”である。

ふたつ目は仮に呼ばれたとしても、まず“ヒキガヤ”ではなく“ヒキタニくん”だ。名前間違えられてる上に微妙な“くん”付けが疎外感をマジパなく加速(ブースト)している。

それでもごく希に、ごくごく親しい間柄であるクラスメートの戸塚や、全然親しくねぇしできたら金輪際したいとも思わねぇ材木座からは“八幡”とファーストネームで呼ばれることもあるのだが、それはまず例外中の例外といっていいだろう。

そして俺が驚いたみっつ目にして最大の理由、それはかけられた声が明らかに女の子のものであり、かつ、聞き覚えがあったからだ ――― それも、ごく最近。

聞き覚えのある女の子の声で、しかも俺のことを親しげに“比企谷”と呼ぶ?
その一見ありがちで実は決してありえない複数の条件を満たす相手といえば消去法を用いるまでもなく俺の知る限りただのひとりしか存在しない。

まぁ、厳密に言えば俺が半ば強制的に入部させられた奉仕部の顧問である平塚先生も俺のことを“比企谷”と呼びはする。
だが、とうにとうのたったアラサー女教師をして“女の子”と呼ぶにはさすがに抵抗…というか、それ以前に世間一般の通念に照らし合わせても少しばかり、いや、かなり無理があるというものだろう。

それはさておき…


「――― ちょっと比企谷、なにシカトしてんの?超ウケるんだけど」 


ヒキガヤ?誰ですかそれ、知らない子ですね。俺、ヒキタニくんだし。
今更のように他人の空似をキメこんでバックれようとする俺の背に、再び声の追い打ちがかかる。どうやらこのまま見過ごしてくれるつもりはないらしい。

…ちっ。小さく舌打ちをひとつ、俺は渋々ながら再び足を止めると、ゆっくりと肩越しに背後を振り返った。

眼の覚めるような黄色のPコートから伸びる黒タイツにファーのついた踝丈のティンバーランドブーツ、くしゅりとパーマのかかったショートボブ、小ぶりな顔に猫を思わせるやや釣り気味の大きな目。

俺の予想…というか、むしろ嫌な予感のとおり、そこには中学時代の同級生にして俺史上最凶最悪のトラウマ・メイカー、折本かおりがまるで屈託のない笑顔で立っていた。
121 :1 :2016/03/29(火) 23:03:53.21

折本「よっ!メリークリスマス?」

しゅたっと無駄に勢いよく手を挙げ、ごく当然のようにあいさつする。

八幡「…って、なにそれ欧米かよ」

初っ端からまたリア充(笑)らしい軽快なジャブをかましてやがったなーこいつ。っていうか、突然背後から声かけるって、なんかそれ違うメリーさんだろ。

折本「アハハ、なにその超嫌そうな顔、マジウケる」

無意識に顰めてしまったらしい俺の顔を見て、なぜか嬉しそうにバシバシと肩を叩く。

八幡「…なんでウケるんだよ。つか、痛ぇよ」

いきなり肩なんか叩きやがって、お前どこの会社の人事部よ?会社辞めますか、それとも人間扱いやめますか?
122 :1 :2016/03/29(火) 23:04:51.32

今更言うまでもないことなのだが、中学時代、俺は同じクラスだったこの折本かおりに告白し、そしてにべもなくフラれている。

しかもあろうことかそれを周囲に言いふらされ、華やかなバラ色になるはずだった俺の残りの中学校生活は瞬く間にくすんだ灰色に染め上げられてしまったのである。
今思い返してもあんなグレイなのといえば函館出身のロックバンドかせいぜいエリア51ぐらいのものだろう。

何の因果かここ暫く立て続けに顔を合わすことになったとはいえ、深層意識の更に奥底にまで刻み込まれたコイツに対する俺の苦手意識は未だ完全に払拭された訳ではない。
顔を合わせた途端、知らず頬の筋肉が引き攣ってしまったのも、何も師走の街を吹き抜けるこの風の冷たさのせいばかりではあるまい。
123 :1 :2016/03/29(火) 23:05:45.66

折本「今日はひとりなの?」

キョロキョロと辺りを見回しながら折本が俺に訊ねてきた。その意外そうな顔についイラっとしてしまう。

八幡「あ?何か?クリスマスの夜はひとりでいちゃいけねぇっつー、キマリでもあんのかよ?」

つか、そもそも俺がひとりなのは何もクリスマス限定じゃねぇけどな。

折本「なにそれウケる。で、比企谷はこんな時間にひとりで何してるわけ?」

八幡「何って…そりゃ…あー…そういうお前こそ、こんなとこで何してんだよ」

大抵の状況において質問に質問で返すのは都合が悪い時と相場が決まっている。ソースはまさに今の俺。
実はつい先ほどまでカラオケボックスで雪ノ下や由比ヶ浜たちと合同イベントの打ち上げを兼ねたクリパをしていて、今はまさにその帰り道なのだが、まさかこいつにそこまで教える義理はあるまい。


折本「あたし?あたしは…」


言いながら、チラリと背後を振り返った。
124 :1 :2016/03/29(火) 23:06:42.01

「うっわっ、もしかしてかおりの彼氏ぃー?!」「うっそ、マジで?紹介しなよっ!」「ひゅーひゅー」


その途端、不意に複数の黄色い声が弾けた。

驚いてそちらに目をやると、やや遠巻きにしながらこちらを見てはしゃぐ数人の女の子の姿。
ざっと見、年の頃は俺達と同じようだが覚えのない顔ばかり、ということは恐らく折本の高校の友達なのだろう。

声に悪意がないのはわかったが、過去に似たようなシチュで幾度となく嫌な経験しているこの俺としては、自然に、トラウマ・スイッチがオンになってしまう。
後頭部の毛ががぞわり逆立ち、胃のあたりがぎゅっと縮む、お馴染みの、だが、ここ暫くはなかった嫌な感覚に襲われ、寒いはずなのに額に汗がじんわりと滲んできた。

今、もしここで折本に「ちょっとマジやめてくんない?」とか冷めた目と声で言われた日には、既に角の所がちょっぴり欠けている今の俺の繊細な心なぞ、今度こそ間違いなく真ん中からポッキリと折れてしまうに違いない。

俺は死刑宣告を言い渡される直前の被告人のような面持ちで次に繰り出されるであろう折本の辛辣な言葉を待ち受けた。
125 :1 :2016/03/29(火) 23:07:40.15

折本「――― そんなんじゃないってば」


苦笑まじりとはいえ折本の返すその声に迷惑そうな色がないのが意外でもあり、また、同時に救われた心持ちになる。

折本「見ての通り、さっきまであの子たちと一緒にカラオケボックスでクリパしてたんだけど…」

八幡「…お、おお、そ、そうなのか」

その言葉を聞いて安堵のあまり口から半分出かかっていた魂が瞬時にして凍り付いた。

…っべー。それって、もしかしてどこかでニアミスしてたかもしんないってことじゃね?

恐らくこいつのことだ。俺が誰といようとお構いなしに、今みたくまるで友達みたいな顔をして声をかけてきたに違いない。いや友達いない俺にはそれがどんな顔かよくわからんけど。

いずれにせよ、もしそんなところを雪ノ下達に見られでもしていたら、ひたすら問い詰め…いや追い詰められて、とてもではないがクリパどころの騒ぎではなくなっていたことだろう。
126 :1 :2016/03/29(火) 23:09:04.15

折本「じゃ、あたしこれでね!」

俺の耳元で声高に叫ばれた折本の声で我に返る。

って、声でけぇよ。目の前にいんだからそんな大声出さなくても聞こえんだろ。ったく、人の話を聞かないヤツに限って声だけはやたらとデカいのな。

八幡「…お、おお、そうか、じゃあな」

目を泳がせながらも、何とか平静を取り繕って返事を返す。
既に先程までの浮かれた気分は跡形もなく消し飛んでいた。今日はもう速攻でこのまま家に帰ってさっさと布団かぶって朝まで寝てしまおう。固く心にそう誓う。

だが、ふと見ると折本はごく当たり前のような顔をして俺の傍らに留まり、笑顔で友達に向けて手を振っている。

「じゃねー」「ばいばーい」「後でLINEするねー」女の子達もきゃっきゃ言いながら当然のように去ってゆく。

暫くその背中を見送っていた折本は、くるりとこちらに向き直ったかと思うと、当惑する俺に向かってさらりととんでもないセリフを口にした。


折本「じゃ、どこ行こっか?」


133 :1 :2016/03/30(水) 23:06:23.11

八幡「………は?」


折本「いやぁ~、実はうっかり家の鍵持ってくるの忘れちゃってさ~」

言いながら早くも俺のコートの袖をひっつかみ、まるであさっての方向に向かってずんずん歩き始めていた。

折本「今日は親の帰りも遅いから、どこかでぶらぶらして時間でもつぶそうかなって思ってたとこなんだ~」

八幡「や、ちょ、待て、んなもんさっきの友達と行けばいいだろ」

ずるずると引きずられながら、散歩途中にいやいやする犬のように抵抗を試みる。

折本「え?だって、夜遅くまでつきあわせて迷惑かけたら悪いじゃん?」

八幡「…いやその理屈だと俺には夜遅くまでつきあわせて迷惑かけても悪くないってことにならねぇか?」

折本「それにこの時間帯、女がひとりでうろうろしてるとナンパとかウザくってさー。わかるでしょ?」

八幡「わかんねぇよ!俺なんか一晩中ひとりでうろついてたって、お巡りさん以外誰も声なんかかけてこねぇぞ」
134 :1 :2016/03/30(水) 23:07:39.15

急に折本が立ち止まり、まじまじと俺の顔を覗き込む。

折本「もしかして比企谷、これから誰かと会う約束でもあったの?」

八幡「…や、俺は今から家に帰るところだけど」///

つか、顔近ぇよ。

折本「そう。だったらいいじゃん。家に帰るってことはどうせヒマなんでしょ?」 

八幡「なんで家に帰るイコール、ヒマってことになるんだよっ?!」

年柄年中ありえないノルマに追われてるブラック企業の社畜営業だって終電には家くらい帰んだろ。或いは会社近くのネットカフェとか。なにそれリアルすぎてなんか悲しい。

そうでなくとも俺くらいになると理由なんぞなくとも基本家に帰る。というか最初から家を出ない。謂わば究極のインドア派。
どうでもいいけど、なんか“印度亜派”って漢字で書くとアジアンティストでエスニックな響きがあるよな。いやホントどうでもいいなそれ。
135 :1 :2016/03/30(水) 23:08:41.85

八幡「…とにかく、まぁ、そういうことだから」

いったい何がそういうことなのか自分でもよくわからないが、できるだけさり気ない風を装って、そろりとその場を立ち去ろうとすると

折本「ちょっと待ちなよ!」

今度はコートの襟をギュっと掴んで阻まれてしまった。

八幡「イヤだ待てんっ!つか、俺は一分一秒でも早く家に帰りてぇんだよっ!妹がひとりで俺の帰り待ってるしっ!」

嘘ではない。先にひとりで帰ったはずの小町も、そろそろ家に着いてておかしくない頃合いだ。
俺の帰りが遅いのを心配してひとり家でそわそわしてるんじゃないかと考えただけで逆に俺の方までそわそわしちゃうまである。
136 :1 :2016/03/30(水) 23:09:41.18

折本「あー!そう言えば比企谷、妹いたんだっけ?オオマチ…じゃなくてナカマチ…ちゃん、だっけ?元気?」

いきなり襟から手を離されて、思わず前につんのめりそうになった。

八幡「小町だよ、小町ッ!仲町はこないだ連れてたお前の友達だろッ?!」

折本「あ、そうそう、小町ちゃん、小町ちゃん。確か、同中の2コ下だっけ?」

八幡「…まぁな。そういや、お前、今日は仲町とは一緒じゃなかったのかよ」 

確か先ほどの顔ぶれの中にはその姿が見えなかったはずだ。

折本「え? あー…」

珍しく少し困ったような顔をする。

折本「やー、実はあれ以来、ちょっと気まずくなっちゃってさー…」

八幡「………そう……なのか」

折本の言う“あれ”とは、恐らく葉山を交えたダブルデート…じゃねぇな…どう見ても俺、いらない子だったし…のことだろう。
137 :1 :2016/03/30(水) 23:10:49.31

八幡「そりゃ…その…悪かったな」

どちらかというとムリヤリ付き合わされた上に引き立て役までさせられた俺の方がむしろ被害者だとさえ思えるのだが、最後の最後で葉山が変な気を回したお陰で後味が悪いのは確かだった。

折本「別に比企谷が謝ることでもないじゃん」 

知らず口を衝いて出た俺の言葉に、折本が苦笑で返す。

八幡「まぁ、それはそうなんだが、その、なんつーか、お前にもイヤな思いさせちまったわけだし…」

折本「アハハ、そんなの全然気にしてないって」

そう言って快活に笑ってみせた。
全然湿ってないのはさすが自称姉御肌のサバサバ系。そんなところは以前と少しも変わらないようだった。

折本「――― それに、あたしも比企谷に会うのって超久し振りだったから、ついテンション上がっちゃって調子のってたし?」

八幡「なっ?!」/// 

…おいおい、それだとまるで久しぶりに俺に会えてうれしかったみたいに聞こえちゃうだろ。

お前のそういうところがただでさえ自意識過剰な思春期男子(つまり俺)を勘違いさせて自爆テロに追い込んだんだってことにいい加減気がつけよ。
ったく、こういうヤツが大学行ってからサークラ女子になったり、就職してから自サバ女になって職場の雰囲気を悪化させたりするんだよな。
138 :1 :2016/03/30(水) 23:11:32.10

ンヴヴヴ…ヴヴヴ…


八幡「…っと」

そんな事を言ってる傍からタイミングよく俺のコートのポケットでスマホが着信を告げた。

八幡「ほれみれ。俺は妹からだけは愛されてるし、それ以上に妹を愛しているんだよっ」

千葉的には全然セーフなのだが、世間一般では完全にアウトであろうセリフを発しつつ、俺はスマホを取り出してメールアプリを起動する。ポチッとな。
139 :1 :2016/03/30(水) 23:12:06.13
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差出人:小町

件 名:お兄ちゃんへ

本 文:

今日は帰るのが遅くなっても全然OK。というかお泊り推奨?

高校生として節度のある範囲内でプライスレスな想い出を作ってね。きゃっ!(≧▽≦)

(あ、これ小町的にポイント高いかも!)

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140 :1 :2016/03/30(水) 23:12:38.46


画面をスクロールさせると更に下にも何やら書いてある。


141 :1 :2016/03/30(水) 23:14:08.23
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P.S.サンタさんへ

白物家電がムリならプレゼントは現金で。


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142 :1 :2016/03/30(水) 23:15:03.86

…いやそれだとヨドバシ的にポイント低いだろ。


折本「なになに?妹さんからカエレコール?」

八幡「…なんで妹からブーイング浴びなきゃならねーんだよ」

それを言うならカエルコールだろ。いやそれもちょっと違うか。ケロケロ。

折本「うわっ、待ち受け画面、妹さんなんだ」

八幡「なっ、ちょっ、おまっ、勝手に人のスマホ覗き込むんじゃねーよ!これは妹が勝手に設定したんだよっ!」/// 撮ったのは俺だけど。
143 :1 :2016/03/30(水) 23:16:32.35

折本「それじゃ、さ、この間のお詫びってことならどう?」

八幡「や、別に詫びられるってほどのことでも…」

折本「比企谷が」

八幡「って、俺かよっ?!俺、何もしてねーだろっ!」

折本「実はさ、バイト先でもらったケーキセットのクーポン券あるんだ。ちょっとだけ付き合わない?」

そう言ってポーチから券を取り出して見せたのは、ここからさほど離れていないホテルの一階にある喫茶店のものだ。
時節柄、カップルをあてこんだものか、クリスマス期間限定でケーキとドリンクのセットが半額ということらしい。

そうまで言われると無碍に断るのもなんだか忍びないような気がしてきた。仲町のことを聞いてしまった後だけに尚更だ。
それに、たかが中学時代の知り合いとたまたま会ったついでに、ちょっとお茶を飲むだけだ。別にやましいことは何もあるまい…って、うわ何こいつ超面倒臭ぇ。俺のことだけど。
144 :1 :2016/03/30(水) 23:17:57.17

折本「はは~ん。もしかして比企谷、意識しちゃってる、とか?」

不意に折本が悪戯っぽく目を細めた。

八幡「ばっかお前何言っちゃってんだよ、そんなのぞんぜんしてねぇーし」///

そうはいいつつも内心“付き合う”という言葉に過剰に反応してしまったのは彼女いない歴イコール年齢のはい俺ですね。

折本「あ、でも、ここには比企谷の好きなMAXコーヒーは置いてないと思うよ?」

八幡「…知ってるっつの」

こいつ俺のこと何だと思ってるわけ?千葉県民?いや、まぁ確かにそうなんですけどね。


八幡「つか、お前こそコーヒー飲めるようになったのかよ?」

何気なく皮肉を返したつもりだったのだが、折本が急にポカンとした顔になる。
そしてややあって、くすりと小さく笑った。


折本「…まだ覚えてたんだ、それ」


その照れたような笑顔に不意を打たれ、心ならずもドキリとしてしまった。

そういや中学時代、どういう経緯だったか忘れたが、こいつが缶コーヒーが飲めないと言うんで、俺の持っていた午後茶と取り替えてやったことがあったっけか。
あの時の折本の笑顔と、缶を交換するときに触れた指の感触だけは未だに鮮明に覚えている。


八幡「た、たまたまだ。たまたま」/// 


共有する記憶で急速に縮まる距離感がなんとなくむず痒い。
気が付くと俺たちは何の違和感もなく肩を並べて同じ方向に歩き始めていた。
152 :1 :2016/04/01(金) 01:14:29.43

ふたり連れ立って店の戸を潜ると、ドアベルがからりんと古風な音を奏でた。

店内はオサレで落ち着いた感じのロココ調の内装で、時間が時間だけに客の影もごくまばらだ。
俺たちはそのまま通りに面した窓際の小さな四人掛け席まで案内された。
傍らではやや小ぶりなクリスマスツリーの飾りがチカチカと明滅を繰り返している。

数少ないぼっちの利点のひとつに、こういう時に知り合いに出くわす可能性が低いということがあるが、俺くらいになると例え出くわしても相手が気が付かないまである。

店内は暖房がよく効いていおり、逆に少し暑いくらいなので俺はコートと一緒に首に巻いたマフラーを外して隣の椅子に置く。
折本も上着を脱ごうとして、なぜか一瞬だけ躊躇うかのような素振りを見せたが、やはり俺と同じようにマフラーと一緒にまとめて隣の椅子に置いた。

厚手の外套の下は体にぴっちりとしたセーターとタイトなミニスカートで、その落差のせいもあってか、否が応でも年相応に成長した体の線が俺の目に飛び込んでくる。
153 :1 :2016/04/01(金) 01:15:55.64

折本「そういえば、久しぶりに再会したのに、ふたりでゆっくりと昔の話とかしてなかったよね」 

正面の椅子にかけながら折本が改まったように俺に話かけてきたのだが、

八幡「ないだろ…別にお前と話す事なんて」

何か見てはいけないものを見てしまったような気恥ずかしさのせいで、俺の方は知らず返す声が不躾になる。

考えてみれば中学時代だって特別親しくしていたわけではない。共通の話題だって無きに等しい。
単に俺がこいつに自分の理想を勝手に押し付けて一喜一憂していただけだ。
他人との間に壁を設けないという、折本のデリカシーに欠ける態度を親しみと錯覚し、あまつさえ自分への好意と取り違えていたのだから俺も相当おめでたいものである。

そんな考えが言葉の端に顕れでもしたものか、折本がほんの僅かだが、むっとしたかのような表情を見せる。

折本「…卒業まであたしのことずっと避けてたの比企谷の方じゃん」 怒ったようにそう呟いた。

折本「学校だって、勝手にひとりで総武高なんか受けてさ」

小さく付け加えられたその言葉は、少しだけ拗ねているかのようにも聞こえたのだが、多分それは俺の思い過ごしなのだろう。
154 :1 :2016/04/01(金) 01:17:02.70

折本「………どうしてなの?」

やや間を置いて放たれた今更のような問いかけに、俺は少々面食らってしまう。何が“どうして”なのか、質問の意図からしてよくわからない。

八幡「どうしてって、そりゃ…」

普通に考えて、フラれた相手に対して今まで通り何事もなかったように接するなんて、そんなことできるわけがない。もしそれができるとすればそれこそ欺瞞というものだろう。

だいたい女の子にコクった後で「お友達のままでいましょうね」って言われて本当に友達のままいられたことなんてないし、それ以前によく考えてみたら俺の場合最初から友達ですらなかったりする。

少し気まずいに雰囲気になりかけたちょうどその時に、ウェイトレスさんがメニューを届けに来てくれたので、そこでその話は中途半端なまま立ち消えになった。
155 :1 :2016/04/01(金) 01:19:30.67

折本「そう言えば、さ、こないだ葉山くん紹介してくれたキレイ系のお姉さん、比企谷とどういう関係?」

メニューを眺めながら、折本がごくさりげない口調で訪ねてきた。
すぐにそれが陽乃さんのことだと気が付く。傍目にも全然釣り合うはずのない取り合わせだ。別にこいつでなくとも疑問に思うのは当然だろう。

その類稀なる容姿と、感じの良い人当たり、猫の目のようにくるくるとよく変わる豊かな表情。
滲み出る聡明さといい、人当たりの良さといい、傍から見れば陽乃さんは男女を問わず、まさに理想的な女性、そういっても過言ではないかもしれない。

だがその実“面白そうだから”というだけの理由で他人をトラブルに巻き込んだ上に自分はちゃっかり安全圏から高見の見物を洒落込むという、超のつくハタ迷惑な存在だ。
俺にとっての折本をトラウマメーカーとするならば、さしずめ陽乃さんはトラブルメーカーといっていいだろう。それもごくごく極め付けの。


八幡「…ありゃ雪ノ下の姉ちゃんだ。ほら、俺と一緒に途中から合同会議に出てた」

興味を惹かれたのか、折本がメニュー越しにチラリと目線を俺に向けて寄越す。

折本「雪ノ下さんって…会議の時に玉縄くんをやり込めてた、あの黒髪のちょっとキッツイ子?」


八幡「…おい」


雪ノ下のことをよく知りもしないヤツにそんな風に言われたせいか、無意識にだが、つい咎めるような口調になってしまったようだ。


折本「…あ、ごめんごめん」


俺の声の変化を察した折本が慌てたように小さく首を竦める。ここはやはり今後の為にもキチンと言っておいた方がいいだろう。


八幡「…“ちょっと”どころじゃねぇ“かなり”だ」

折本「って、そっち?!」
156 :1 :2016/04/01(金) 01:22:06.92

折本「その雪ノ下さんのお姉さん?なんか葉山くんとも随分親しかったみたいだけど?」

八幡「…ああ、俺も良くは知らんが、雪ノ下と葉山の家は家族ぐるみのつきあいで、あの三人は小さい頃から姉弟みたく育ったらしいぞ」

自分で言っておいてなんだが、その割には葉山と雪ノ下の関係は今ひとつギスギスしているし、葉山の陽乃さんに対する態度も何かしらよそよそしいものを感じる。姉妹間の関係に至っては言うに及ばず、だ。
あの三人の間には陽乃さんを頂点としながらも何かしら歪な力関係が働いているようにしか思えない。

八幡「そんなことよりお前、何頼むのかもう決まったのか?」

それ以上他人の家の事情に踏み込むのもなんかアレなので、俺はわざと話題を変えることにした。

折本「比企谷は決めたの?」

八幡「俺はガトーショコラとブレンドのセットで」

折本「あたしは何にしよっかなー。ねぇ、何がいいと思う?」

八幡「…いや何がいいっていきなり言われてもな。あー…レアチーズケーキとかどうだ?なかなか美味しそうだぞ?なんかレアみたいだし」

我ながら超いい加減な返事をすると、

折本「えー…、それはないかなー」 あっさり流された。

八幡「んじゃ、モンブラン…とか…?」

折本「んー…、それもないなー…あたし、栗キライだし」

八幡「…それはないこれもないって、だったらお前、最初から自分で選べばいいだろ」ヒクッ

あれな、女の子って「何がいい?」とか聞いておきながら、いざこっちが提案すると、なんだかんだ言って必ず却下するのな。

折本「わかってないなー。こういうのって選ぶ過程が楽しいんじゃん?」

八幡「いや、もし仮に俺に彼女がいたとしてもデート中にそんなこと言い出したら多分その場でブチ切れて別れ話切り出す自信があるぞ、相手が」

折本「………相手なんだ」
157 :1 :2016/04/01(金) 01:25:11.58

折本「…彼女って言えばさ、比企谷ってやっぱこないだ会議に連れてきた子たち、どっちかとつきあってんの?」

さして待たされることもなくテーブルに並んだケーキを前に、いきなり折本が斬り込むように訊いてきた。
さすが遠慮というものを知らないサバサバ系。こんなサバサバしているのなんて人間以外では恐らくスズキ目の回遊魚ぐらいだろう。

八幡「や、だからあれはそんなんじゃねーって」///

では何なのかと改めて聞かれるとそれはそれで返答に困るのだが。

折本「だよねー♪」

異様に早いレスポンスがほぼタイムラグなしで返ってきやがった。

八幡「…だったら聞くんじゃんねぇよ」 社交辞令にもほどがあんだろ。

折本「でもふたりとも超可愛くなかった?」 

八幡「…まぁ、そうだな」

確かにあのふたりの見てくれに関してはかなりレベルが高いことは否定しないが、なにしろ由比ヶ浜の方は頭がちょっとアレだし、雪ノ下に至っては性格がかなりアレだからな。

折本「同じ部活なんだっけ?えっと…ちょっと変わった名前の…確か、そう、帰宅部!」

八幡「いやそれ部活じゃねぇだろ。奉仕部だよ、奉仕部!“部”しかあってねぇじゃねぇか」

折本「そう、それ!でも、それってボランティアとかしてる部活なの?比企谷がボランティアって想像しただけでなんか超ウケるんだけど」

八幡「…それもしかして俺はボランティアされる方が似合ってるとか言いたいわけ?」

俺、いったいどんだけ周りから同情されてんだよ。
158 :1 :2016/04/01(金) 01:27:38.42

折本「あ、でも比企谷って、部活やってなかった割になんか運動神経とかけっこう良くなかった?ほら、サッカーの授業の時もずっとリフティングとかしてたし?」

八幡「チームに入れてもらえなかったんで校庭の隅でひとりで遊んでたら自然とうまくなっただけだけどな」

折本「でも、ゲームでシュート決めてたでしょ?」

八幡「あれはたまたまこぼれ球拾っただけだ。敵のゴールキーパーですら俺がすぐ傍に立ってたことに全く気がついてなかったんでな」

折本「あー…そういや、比企谷って、あんまり仲のいい友達とかいなかったんだっけ?」

八幡「いや仲の悪い友達もいなかったけどな………って、お前、よく見てんのな?」

俺が素で驚いて見せると、折本の顔が急に赤く染まる。

折本「別にずっと比企谷のこと見てたってわけじゃ…」///

そう言って、ついと窓の外に視線を逃がした。

八幡「…わーってるよ。別にそう言う意味でいったわけじゃねぇから」///

やっぱこの店暖房、ちょっと効きすぎじゃね?何だかやたらと顔が火照るんですけど。
159 :1 :2016/04/01(金) 01:29:05.67

折本「そう言えば、一色ちゃんとはどうなの?」

いきなり変化球が来た。変化球というよりむしろビーン・ボール。しかも顔面スレスレのかなりキワどいヤツ。

八幡「…なんだそりゃ」

返す声もさすがにげんなりした調子になる。

八幡「いいか?確かに俺は年下の女の子が好きだし、この際だからその事を認めること自体は決してやぶさかでもないが、それはあくまでも血縁者限定だ」

俺は自分がロリコンではないことも、そしてそれ以上にシスコンであることも大いに自覚している。

八幡「それに俺は例え小町が年上だとしても妹として愛せる自信がある」

折本「…それもう妹じゃないし」
160 :1 :2016/04/01(金) 01:32:03.54

折本「でも、随分と慕われてる様子だったじゃない?一色ちゃんも比企谷のこといい人だって言ってたよ?」

八幡「ありゃどう見たって慕ってるというより、むしろ都合よく利用してるってだけだろ」

しかも大抵の場合において女の子の言う“いい人”というのは、自分にとって“都合のいい人”か、そうでもなければ“どうでもいい人”のことなので勘違いしてはいけない。
ちなみに女の子が言う“可愛い”は“可愛いと言っている自分可愛い”のことであり、それを同性に対して用いた場合は“私ほどじゃないけど”という但し書きがつく。


八幡「…それに一色は他に好きなヤツがいるみたいだぜ」

さすがにここで葉山の名前を出すわけにはいくまい。どちらも面識のある共通の知人となれば尚更だ。俺にだってそれくらいのモラルは…


折本「あー、それって葉山くんのことでしょ?」

八幡「………そうそう。って、何でお前がそんなことまで知ってんのっ?!」

なにその女子の情報網っ?怖すぎだろっ!?

折本「あー…、えっと、ほら、こないだ比企谷のいないところで、一色ちゃんに昔のこと根掘り葉堀り聞かれて?その会話の流れで、色々と、ね」

八幡「…何やってんだよ、いろはす」

つか、色々ってなんだよ、色々って。

俺の葬り去ったはずの黒歴史ピンポイントで掘り起して何がそんなに楽しいの?考古学者にでもなるつもり?一色いろは、やはり性格はかなりアレ。
161 :1 :2016/04/01(金) 01:33:46.38

折本「でも一色ちゃん、葉山くんにはフラれちゃったみたいだから今がチャンスなんじゃない?脈あるかもよ」

八幡「ねえよっ!ねえねえっ!」

折本「そんな全力で否定しなくてもいいじゃん」 折本が苦笑する。

八幡「それにあいつはあんな風に見えて意外としたたかなヤツだからな。葉山のこともまだ諦めてないみたいだぜ?」

折本「ふーん。そうなんだ」

八幡「…まぁ、葉山の方はどう思ってるか知らんが」

普通に考えたら関係の再構築はかなり難しいだろう。振ったり振られたりした相手との距離はどうしても測り兼ねるものがある。いやふられたことしかない俺にはよくわからんけど。

それでも何事もなかったような態度で一色と接している葉山の姿を見ると、それが果たして正しいことなのかと疑問に思うことはある。
恐らくは今までの経験からそうした時の振る舞いを自然と身につけているのだろう。
だが、それは決して誠意のある態度であるとはとても思えない。うまく言えないが、それはむしろもっと酷い、別の何かのような気さえする。
162 :1 :2016/04/01(金) 01:35:01.36


折本「でも、それってさ…」



八幡「あん?」

知らず思いに耽ってしまっていたらしい俺の意識を、いつにない折本の声の調子が現実へと引き戻した。


折本「…コクられて初めて相手のことを意識しちゃう…ってこともあるんじゃないの…かな…」


窓の外に目を遣りながら、殊更素っ気なく口にされたその言葉には、さすがに俺も何思わぬところがなかったわけではない。

だが、俺の経験上、下手に言葉の裏を読もうとすれば、必ずといっていいほどドツボに嵌る。

返事をする代わりに手にしたグラスの水をそっと口に含むと、まるでその言葉の余韻のように、せめぎ合った氷の塊が器にぶつかる音が小さく響いた。
172 :1 :2016/04/02(土) 00:05:44.94


“こんこん”


その時、外から遠慮がちに窓ガラスを叩く音が聞こえてきた。

そはなんぞとそちらに目を向けると、まるでショーウィンドウのトランペットを眺める黒人少年もかくやと窓ガラスにへばり付く見るからに怪しい人影。


『あんれー、やっぱ、ヒキタニくんじゃね?』


ガラス越しに聴こえる妙にくぐもった声によくよく眼を凝らせば、最新モデルのスマホよりも薄くて軽いことで定評のある俺と同じクラスの戸部である。

…つか、お前、なんでサンタ帽被ったままなんだよ。
もしかしてそのカッコでバイト先からここまで歩いてきたの?いくらクリスマスだからってチャレンジャーすぎだろ。スペースシャトルかよ。


折本「ヒキタニっ?なに、比企谷、友達からヒキタニって呼ばれてんの?ねぇ、超ウケるんだけど」

折本が俺を指してケラケラと笑う。

八幡「…だからウケねーっつの」 それに俺、友達いねーし。

戸部は招かれもしないのに、っべーっべー、さみぃーさみぃーとかなんとか言いながら、ぐるりと回って店内に入ってくる。

入口のカウンターで「あ、すぐに出ますんで」と、慣れた調子で断り真っ直ぐこちらに向かって近づいてきた。

そこにきて初めて同席している折本の存在に気がついたらしく、はたと足を止め、へーんとかほーんとか言いながら、まるで何かを期待するかのような目で俺を見る。

…なにそれもしかして紹介しろってか?

でも正直な話、俺、紹介できるほどお前の事よく知らないんだよな。好きか嫌いかの二択で聞かれても“どうでもいい”と即答しちゃうレベルだし。
173 :1 :2016/04/02(土) 00:07:37.48

八幡「あー…、こいつは俺と同じクラスの戸部な。ものすごくウザくてありえないほどアホだが、とりあえずそんなに悪いヤツじゃない」 多分、だけど。

戸部「おほっ?それってもしかして褒めてる系?俺って、意外とヒキタニくんから評価高い系だったりして?」

たはっと照れたように長く伸ばした髪の襟足をかき上げるその仕草が激ウザい。

八幡「…いったい何をどう聞いたらそうなんだよ」

一ミリだって褒めてねぇし。つか、高いのはむしろお前のテンションだろ。もしくは常にお前が周りの人間に与えている不快指数だ。


折本「へぇ、戸部くんって言うんだ?あたし、海総高の折本かおりー。比企谷とは中学時代の同級生。よろしくー。イェーイ!メリクリー!」(ハイタッチ)

戸部「ウェーイ!メリクリー!」(ハイタッチ)


戸部「ありゃん?もしかして前にどっかで会ったっけか?」

折本「あー!あたしも今、そう思ってたとこー」
 

そして、なぜかふたり揃って俺の方をもの問いた気に見た。


八幡「…前に一度顔会わせてるだろ。ほら、葉山と一緒だった時に、千葉パルコで」 仕方なく助け舟を出す。


戸部「おー!?」(折本を指さす)

折本「あー!?」(戸部を指さす)



戸部「………そうだっけ?」(頭を掻く)

折本「………ごめん、全然覚えてないかも」(頭を掻く)


八幡「…ああ、そうかよ」


思わずズルズルと椅子の背もたれからずり落ちそうになってしまった。何なのこの超疲れる会話。
174 :1 :2016/04/02(土) 00:09:31.14

八幡「んで、わざわざ声かけてきたってことは、俺になんか用でもあんのか?」

俺の方はお前に用なんか全然ないんだけど。

戸部「や、バイト終わって外歩いてたら偶然ヒキタニくんの姿が見えたんで…さっきのお礼言おうかと思って?」

“さっき”とは戸部のバイト先でケーキの売り上げに貢献したことだろう。でも、あれはどちらかというと戸塚サンタのコスプレ効果だ。
俺も思わず有り金叩いてケーキ買い占めちゃうところだったし、握手券とか入ってたらまず間違いなく箱買いしている。まぁ、基本、クリスマスケーキは箱売りなんですけどね。


八幡「礼ならさっき十分過ぎるくらい貰っただろ」

戸部「…や、それもあんだけどさ」

それもある、とうことは、つまりそれだけではない、という意味なのだろう。お調子者の戸部にしては、まるで何か奥歯にものの挟まったような言い方だった。

八幡「とりあえず、掛けたらどうなんだ?」

戸部「や、ホント、すぐ帰るから」 

俺が椅子を勧めると、両手と一緒に振られた頭に合わせてサンタ帽の房飾りがポンポンと揺れる。


戸部「…さっきはみんないたからちょっと聞けなかったんだけどさ」

そう言いながら、少しだけ気まずそうにチラリと折本を見た。


折本「あ、ダイジョブ、ダイジョブ!あたし、こう見えて超口固いから!全前気にしなくていいよ?」

八幡「………お前、いったいどの口がそれ言ってんだよ」
175 :1 :2016/04/02(土) 00:11:08.65

折本「じゃあ、あたしちょっとお花摘みにでも行ってこよっかな」

珍しく空気読んで気でも利かせたものか、折本が席を立つ。
でも、いつも思うんだけど女子トイレってもしかたらお花畑にでもなってるのかしらん?アサガオなら男子トイレにもあるけど。


八幡「…んで、俺に聞きたいことって?」

折本の背をぼんやりと見送った後、改めて戸部に水を向ける。


戸部「あー…いや、その…」

戸部は暫く言いあぐねいたように言葉を濁し、窓ガラスを鏡代わりにしてサンタ帽の位置を直していたが、やがて覚悟を決めたように切り出した。



戸部「…ヒキタニくんってば、もしかして海老名さんのこと、もう諦めたん?」

176 :1 :2016/04/02(土) 00:14:23.29

昨年の修学旅行の3日目、京都の嵐山で俺は戸部の目の前で戸部の想い人である海老名さんに告白している。

無論、本気ではない。戸部が海老名さんにフラれないように、告白自体を未然に防ぐためだ。

正直なところ、別に戸部が海老名さんにフラれようがフラレまいが、それは俺にとってはまるで無関係なはずだった。

だが、例えそれが嘘や欺瞞であると知りつつも、変わらない人間関係の継続を願う葉山や三浦、そして海老名さん自身の気持ちに、らしくもなくつい共感するものを覚えてしまったのである。

結局のところはいつもの通り、――― つまり、あまり褒められたものではないやり方で、俺はどうにか彼らの要望に応えることができたのだと思う。

しかし、その代償として危うく俺にとって一番大切なもの、かけがえのないものを失いかけることになってしまった。
177 :1 :2016/04/02(土) 00:15:57.57

そういや、あれからもう二ヶ月…か。

主観的な時の流れは常に一定ではない。それがついこの間のことのようでもあり、随分と昔のようにも感じられた。

戸部「まぁ、俺としてはライバルがいなければ、ありがたいっちゃ、ありがたいんだけど…」 

暫し感慨に耽る俺の耳に、戸部が独り言のように呟くのが聞こえてくる。だが、そうは言いつつも、言葉とは裏腹にやはり釈然としない様子が覗えた。

確かに自分をさしおいて海老名さんに告白しておきながら、今の俺のこの態度は戸部からすれば随分と不誠実に映っていることだろう。
こいつは一見ちゃらんぽらんでいい加減なようでいながら、殊、海老名さんの事に限っては案外一途で真面目なところがあるからな。

…いや考えてみたら、俺、こいつのこと語れるほどよく知らないんですけどね。
178 :1 :2016/04/02(土) 00:18:08.91

八幡「…ん。俺は彼女の…海老名さんの気持ちを尊重したいと思ってる」


戸部に対する答えは敢えて考えるまでもなく自然に口を衝いて出た。嘘をついたわけではない。単に真実の部分を口にしなかっただけだ。

だが、時に真実というものがあまりに厳しすぎるように、優しさに塗れた嘘もあっていいのではないだろうか。不思議と今はそう考えられるようになった自分がいる。


戸部「…そっか」


完全に納得したわけではないのだろうが、戸部はそれ以上突っ込んだ話は諦めたようだ。そして、

戸部「…わりかったな、文化祭の後、なんか俺、チョーシ乗っててヒキタニくんのことよく知りもしないで悪く言ったりしてさ」

ふと思い出したかのように付け加えながら、サンタ帽を脱いだ。こいつなりの礼儀なのだろう。

八幡「…お前がチョーシ乗ってんのはいつもだろ。だから全然気になんかしてなんかねぇよ」

それに実のところ俺も未だにお前のことよく知らないし。

戸部「うっわっ、ヒキタニくんてば、それって、ヒドくね?ヒドくね?それもうヒキタニくんじゃなくて、ヒドタニくんだわっ!」

聞きたいことが聞けて少しだけ心のモヤが晴れたのか、大袈裟におどけて見せる。

戸部「いやー、海老名さん、アレ以来なんかヒキタニくんのこと超意識してるみたいで?実はちょっとだけ気になっててさー」

おちゃらけては見せているが、その言葉には少なからず不安からくる本音も含まれているのだろう。
それが杞憂に過ぎないことは俺も海老名さんも知っているのだが、ここでそれを戸部に告げる必要はあるまい。

戸部「休み時間なんか、時々ヒキタニくんの方じっと見て、“ハヤハチ、ヤバイ”とか言ってるし?」

八幡「………いや、それは多分、お前が考えてるのとはかなり違うと思うぞ?」
179 :1 :2016/04/02(土) 00:19:03.09

そうこうしているうちに折本がお花畑から帰ってきた。

折本「ただいまー!イェーイ!」(ハイタッチ)

戸部「おかえりー!ウェーイ!」(ハイタッチ)


八幡「…お前ら顔も覚えてない割にはやたらノリいいのな」 


戸部「や、トモダチのトモダチはトモダチって言うべ?」 戸部がしたり顔で言い、

折本「うん、それある!」 すかさず折本がサムズアップで同意を示す。


八幡「…いや、言わねーし」


お前ら、タモさんなの?いいとも終わったのご存じない?
っていうか、いつからお前ら俺のトモダチになったんだよ。だいたい“友達の友達”なんてどう考えたって赤の他人か、そうでなければ都市伝説ぐらいのもんだろ。
180 :1 :2016/04/02(土) 00:23:30.83

戸部「んじゃ、ヒキタニくん、また学校でー。おっじゃまっむし~」

別れの挨拶らしきものを告げ、戸部は再び夜の街に姿を消していった。


折本「何の話だったの?」

八幡「…まぁ、色々と、な」

折本「…ふーん?」

折本の問いかけに言葉を濁して答えながらも、なぜかその顔をまともに見ることができないでいた。

それは、もしかしたら折本が戻る前に、戸部と交わした最後の会話のせいだったのかも知れない。



*******************



戸部「でもさ…やっぱ、なに?その…」

ふと照れたように目を逸らしながら戸部が改めて言葉を継いだ。


戸部「コクられてから、初めて相手のことを意識しちゃう…ってこともあるじゃん?」


八幡「…………んなわけねーだろ。考えすぎだ」


あの時、即答できたはずなのに僅かに返事が遅れてしまったのは、そのセリフを聞くのが二度目だと気がついてしまったからだけなのだろうか。
184 :1 :2016/04/03(日) 00:39:07.49

「どこ行くんだよ」「もうすぐ」

“ちょっと行きたいところがあるからもう少しだけ付き合え”と言われ、店を出てからずっとこの調子だ。

クリスマスとはいえ、さすがにケーキの喰い過ぎで少しばかり胸やけがする。それに寒いし疲れたし、俺、いい加減おうちに帰りたいんですけど。

先程から首周りがやけにスースーと思ったら、どうやら店にマフラーを忘れて来てしまったらしい。

ここからだと駅の方が近いので、わざわざ取りに戻るのも面倒臭い。
だが考えてみればそれを口実に、この“昔コクってフラレた女の子とクリスマスの夜に並んでそぞろ歩く”という罰ゲームのような状況から離脱する手もないことはない。

折本「どうかしたの?」 

どうしたものか決めかねてそわそわしている俺に気がついた折本が声をかけてきた。

八幡「…ああ。さっきの店にマフラー置いてきちまったみたいでな」

わざとらしく振り返って、目いっぱい戻りたいアッピールを試みる。

折本「どうする?一度店に戻るんなら、つきあうけど?」

八幡「…いや、このままここで別れてそのまま帰るという選択肢はないのかよ」

言った途端に盛大なくしゃみがでた。

折本「ほらほら寒空の下でマフラーもしないでいるから」

折本がくすくすと笑う。

八幡「…その寒空の下、俺を無理やり引っ張り回してるのはいったいどこの誰なんですかね?」
185 :1 :2016/04/03(日) 00:40:34.29

仕方なく、そのまま大通りに沿って広い歩道を真っ直ぐ進むと、やがてよく知った公園が見えてきた。

毎年この時期になると周辺の街路樹が色とりどりのクリスマスのイルミネーションで飾り立てられ、夜には定番のデートスポットにもなる。
実際、今もそこかしこに寄り添いながら語らう男女の姿が見え隠れしていた。

俺は深々とひとつため息を吐くと、自分でもそれとわかるほどの真剣な面持ちで頭上に広がる星空を仰ぐ。


――― 隕石でも落ちてきて今すぐここにいる奴らみんな死なねぇかな。
186 :1 :2016/04/03(日) 00:43:38.99

公園に近づくに従って何組かのカップルとすれ違ったが、この寒さのせいもあってか皆一様に、手を繋いだり腕を組んだりしている。

もしかして、傍から見れば俺たちも恋人同士に見えたりしているのだろうか。ふとそんな頭の悪い考えが脳裏を過ぎったが、軽く首を振って追い払った。

それでも隣を歩く折本の存在を意識しまいと意識するあまりに余計意識してしまっている自意識高い系(笑)の俺がいたりする。

俺ひとりだったら絶対にこんなリア充ワールドには近づかないし、むしろ方違えしてでも避けるべき鬼門だとさえ言える。
いったいこいつはどういうつもりなのだろうと目を遣ると、やはり丁度こちらを見ていたらしい折本と偶然目が合った。

折本「なに?もしかして、比企谷も、あたしと手ぇ、繋ぎたいとか?」

まるでからかうかのようにひらひらと手を差し出す。

八幡「…なんでそうなるんだよっ」///

折本「ったく、相変わらずノリ悪いなー比企谷は。いいじゃん、別に手くらい。減るもんじゃないし」

八幡「ノリで女の子と手とか繋げるわきゃねーだろ」

折本「ははーん、さては比企谷、まだ女の子と手を繋いだことない、とか?」

そう言って、今度は意地悪そうに俺を見た。

八幡「…や、俺だってそれくらいあるし」

折本「へぇ、そうなの?あ、言っとくけど妹さんはナシだよ?」

八幡「………ぐっ。い、いや、ほら、その、体育の授業ん時に、フォークダンス…とか?」 半強制的に、だけど。

どうでもいですけど「フリだけでいいよね?」とか「なんか手、汗ばんでない?」とかいうのやめてくれませんかね。あれ、マジ凹むから。
187 :1 :2016/04/03(日) 00:45:53.88

折本はそのまま俺を先導するように公園の真ん中を突っ切って進み、中央にある噴水のオブジェの前でぴたりと足を止めた。


折本「――― やっぱちょっと変わったよね」


八幡「そうか?」


言われて辺りを見回す。このあたりはしょっちゅう通ってはいるがそう言われても何が変わったのかよくわからない。
確かにいくつかの店舗は入れ替わってはいるのだろう。しかしさほど大きな変化はないように思えた。

折本「…比企谷のことだよ」

八幡「あん?」

折本「あたしと話とかしてても、全然キョドんなくなったし」

八幡「…その言い方だと、まるでお前と話す時はキョドるのが俺のデフォみたいに聞こえちゃうんですけどね」

折本「この間の会議の時だって、昔は人前であんな風にハッキリと自分の意見とか言うようなタイプじゃなかったじゃない?正直ちょっとビックリしたって言うか…」

八幡「そうだったか?」

確かに中学時代の俺は人前で自分の意見を言わせてもらえるような境遇ではなかったが、だからといって別に驚く程のことでもないだろうに。


折本「それまでみんなでわりかし和気藹々とやってたのに、比企谷がいきなりわけわかんないこと言い出して…」 

あの時のことを思い出したのか、くすりと笑う。


八幡「いや、どっちかっつーと、最初から最後までわけわかんない事言ってたのはお前んとこの生徒会長の方だろ」

意識高すぎて高山病おこしそうなレベルだったし、しかも、しょっちゅうエア轆轤(ろくろ)とか回してて、お前いったいどこの人間国宝だよって感じだったし。


折本「最後は険悪なムードになっちゃてさ、もう少しで会議どころかイベントだって台無しにするところだったじゃん?あれはないよね。うん、マジ、ウケる」


八幡「…それくらいでダメになるんだったら、所詮それまでのもんだろ」


こんなところまで来て、いったいこいつは急に何を言い出すのだろう、と俺がそう思い始めた頃、


折本「…だったら」


不意に折本の声の質が硬くなった気がした。


折本「だったら、一回フラれたくらいで諦めちゃうなら、最初からそれくらいの気持ちだったってこと?」
188 :1 :2016/04/03(日) 00:57:39.45

彼女が言わんとしていことを察して、俺は返す言葉に窮する。

中学時代、誰もいない放課後の教室で俺が折本に告白した時、彼女はただひと言、“どうしてなの?”とシンプルに問うてきた。

その時の俺は、それを“どうして私が比企谷なんかとつきあわなきゃいけないの?”という意味に受け取った。

だが、今になって思えば、それは“どうして私の事が好きなの?”という意味だったのかもしれないと気がついていた。

確かに俺にとっての折本は、明るくて、可愛くて、しかも俺みたいなぼっちに対しても分け隔てなく接してくれる、親しみやすい女の子だった。
だからこそ、俺は安心して自分の理想を彼女に投影し、憧れを勝手に押し付けることができたのだと思う。

しかしそれは、絶対に手の届かない場所にある、酸いか甘いかわからないような蒲萄に手を伸ばす代わりに、俺自身の妥協が生んだ感情ではなかったと、そうはっきり言い切れるだろうか。
189 :1 :2016/04/03(日) 00:59:03.13

折本「それに…変わったといえば…」

くるりとこちらを振り向いた折本の表情は、いつもと変わりなく、逆に不自然に感じるほど落ち着き払って見えた。

そして、何を思ったのか自らの首に巻いたマフラーをしゅるしゅると解き、「んっ」とひとつ背伸びしたかと思うと


折本「…あの頃より少し、背も伸びた」


そう言いながら、俺の首にふわりとそれを巻きつけた。
190 :1 :2016/04/03(日) 01:00:40.80

思いがけず折本の顔が近づいて、自然、目と目が合ってしまう。

仄かに漂う香水の香り、うっすらと化粧したことで俺の記憶にあるよりも少しだけ大人びた顔。
こんなに間近で顔を付き合わせるなんて、中学時代にもなかったことである。

噴水から吹上げる水をイルミネーションの灯りが鮮やかに染め上げ、既に終わり向けて時を刻む聖夜の公園を幻想的に彩る。
流れ落ちた水に照らされる折本の瞳が潤み、微かに頬が赤く染まって見えるのははたして光の悪戯なのだろうか。


折本「あのさ…」


折本がおずおずと口を開く。薄桃色をした唇からこればかりは記憶と変わらない白い歯が覗いた。


八幡「お、おう」/// 


折本「あたし、今、一応、フリー…なんだけど」


八幡「…そ、そうなのか」/// 


折本「…中学時代のリベンジ、してみる気とか、ある?」


言葉尻にかけて次第に消え入りそうなほど小さくなったそれは、俺が初めて聞く甘い声音だった。
191 :1 :2016/04/03(日) 01:06:28.23


「あ、はーちゃんだっ!」


192 :1 :2016/04/03(日) 01:08:22.42
ふひっ

その瞬間、思わず素で鼻が鳴ってしまう。

咄嗟に声のした方へと顔を向けると、そこにはもこもこと厚着をしてはいるものの、確かにどこかで見覚えのある幼女の姿。

そしてその繋がれた手の先をゆっくり辿って行くと ―――

ファーのついた革のダウンジャケット、ミニスカートに膝丈のブーツ。青みがかった長い黒髪を凝ったお手製のシュシュでポニーテールに束ね、少しタレ気味の大きな目の下に特徴的な泣きボクロ。

名前は確か、陸…海…空…いやそれ自衛隊だし。山といえば川…は合言葉か。なら、富士…鷹…茄子?いやいや縁起のいい初夢かっつーの。なんかどんどんかけ離れてねぇか?

とにかく妹の小町の同級生で一万円札の肖像画みたいな名前のヤツの姉であると同時に、俺のクラスメートでもあるところの…そう、川…川なんとかさん…だと思う…いや多分。自信ないけど。

その川なんとかさんは、常にも増してやたらと不機嫌そうな顔で無言のまま、じっと俺のことを見つめている。
193 :1 :2016/04/03(日) 01:09:21.41

「はーちゃん、めりーくりすます、おめでとー!」

仏頂面の川なんとかさんとは対照的に、幼女の方は屈託なく俺に話しかけてくる。どうやらいつの間にか懐かれてしまったようだ。

八幡「お、おう、おめっとさんな」

寒さでりんごのように赤くなった頬っぺに、にっこにこ天使のような笑顔を浮かべて手を振ってくる幼女に俺も反射的に小さく手を振り返す。

そして恐る恐る超不機嫌そうな川なんとかさんへと目を戻すと、今度はなぜかぷいっとそっぽまで向かれてしまった。
194 :1 :2016/04/03(日) 01:10:48.08

川○「けーちゃ…京華がどうしてもクリスマスのイルミネーション見たいって言うから連れてきたとこ」

こちらに見向きもせずに、川なんとかさんがぽしょりと呟く。

八幡「お、おう、そうか。大変だな、寒いのに」

そうだ、思い出した!けーちゃんだ、けーちゃん…んで、肝心のこいつの方はなんだっけか?

川○「で、あんたは?」キッ

いきなり刺すような声と視線が同時に俺に向けられる。そのまま由緒正しい寺にある土蔵の地下に500年くらい繋ぎ留められちゃいそうな勢い。

八幡「え?俺はその…アレだよ。ホラ、アレがアレしてナニだから」

名前を思い出せない後ろめたさもあってか、浮気のバレた亭主みたく目が泳いでしまうのは、やはりうちのクソ親父のDNAの為せる業なのだろう。
優生遺伝のはずなのに、なぜかそこはかとなく漂う劣性臭。
195 :1 :2016/04/03(日) 01:12:30.93

そんな俺と俺の傍らに居る折本を不思議そうに見ながら、京華がミトンの手袋をした手で川なんとかさんの手をくいくいと小さく引く。

京華「さーちゃん、さーちゃん」

幼いなりに気を使ってか、口許に手をあて小声で内緒話をしているつもりなのだろうが、残念ながらここまで丸聞こえだ。

川○「ん?なに?今ちょっと忙し…」


京華「さーちゃんは、はーちゃんのおヨメさんになるんじゃないの?」


八幡&川○「えっ?!」///


川○「ばばばばばば、ばっかじゃないの、けけけけ、けーちゃん、ああああああんた、いいいいったい、なななな何言ってんのよっ!」

よほど怒っているのか、夜目にも耳まで真っ赤に染まっているのが見えた。


京華「はーちゃん、はーちゃん、さーちゃんがけーかのこと、ばかって言った~」

ぷくっと膨れて今度は俺に訴える。やだ何この子、超可愛い。家に持って帰りたいくらい。いやさすがに時事的にそのネタはヤバいか。

でもそんなこと言われても、俺の方がどんな反応していいか困っちゃうでしょ。
196 :1 :2016/04/03(日) 01:14:12.47

八幡「よしよし、ホント酷いヤツだな、さーちゃんは」

とりあえず俺はしゃがみこんで目の高さを京華に合わせ、頭を優しくなでくりなでくりしてやると嬉しそうにふにゃりとした顔になった。

ふっ、どうだ。お兄ちゃん歴15年のキャリアは伊達じゃないんだぜ?ドヤ顔で川なんとかさんを見上げると、

川○「あ、あんたが気安く、さーちゃん言うなっ!」/// 

今度は真っ赤な顔でがーっとがなりたてられてしまった。いや、仕方ねーだろ、お前の名前思い出せねーんだから。

八幡「あー…、だったら…サキサキ?」

確か海老名さんがそう呼んでいたような?

川○「そ、それもだめっ!!」///

八幡「…んだよ、アレはダメこれはダメって、お前、俺のかーちゃんかよ?」

川○「だ、だだだだだ、誰があんたのかかかかか、かーちゃんよっ?」///

八幡「…は?何怒ってんの、おま…」
197 :1 :2016/04/03(日) 01:14:58.71

京華「…かーちゃん?」(川崎を見る)

川○「だ、だから違うって!」///


京華「…とーちゃん?」(八幡を見る)


…いやいやいいやいやいやいやいやいいやいやいや、なんでそーなるんだよ。


折本「ちょ、比企谷、いつの間にそんな手が早くなったのっ?しかもこんな大きな子どもまでいたなんてっ?!」

八幡「アホかっ!んなわけーねーだろッ!!」

折本「…だ、だって、この人、なんとなくヤンママっぽいし」

川崎「だ、誰がヤンママよ、誰が!?」///

うん、まぁ確かに見た目ヤンキーっぽいし、ちょっと所帯じみたとこありますけどね?たまにネギ挿した買い物袋持ってたりとかするし。
206 :1 :2016/04/03(日) 23:44:00.85

折本「あたし海総高校の折本かおり。比企谷とは中学ン時の同級生。確か合同イベントの時一緒だったよね?」

さすがに他人との間に壁を設けないサバサバ系を自負するだけあって、まるで物怖じすることなく慣れた調子で自己紹介をする。

川崎「…川崎沙希。そいつとは“今の”同級生」

いつもように気だるけに答えつつも、なぜか心持ち“今の”を強調しているように聞こえるのは気のせいか。

折本「川崎さんって言うんだ」

確認するかのように折本が俺を見る。

八幡「お、おう」 

そうですね、実はこいつが川崎だってこと、俺も今知りましたけどそれが何か?
207 :1 :2016/04/03(日) 23:45:02.66

川崎「…で、あんたそいつとは、その、どんな関係なの?別に興味とかないんだけど、一応?」ゴニョゴニョ 

折本「比企谷とは、それほど親しかったってわけでもないんだけど…あ、そうそう、昔、いきなりコクられたこととかあって?」

さらっと、とんでもない爆弾を落としやがった。

川崎「えっ?!」

驚いたような顔つきで川崎が俺を見る。


八幡「だからなんでお前はそういうこと言うんだよっ!?」

それもうサバサバ系ってレベルじゃねーぞ。なんか雰囲気どんどんサツバツしてるしっ!おだやかじゃないわねっ!


川崎「…ふ、ふーん、あ、そ」

だが、川崎の反応は思いのほか大人しい。ま、そういや別に興味ないって言ってたしな。つか興味ないなら最初から聞くなよ。


川崎「…む、昔の話でしょ。あたしなんか、その、ついこないだ、文化祭の時に…んッんッ」/// 

文化祭の時?なんかありましたっけ?パンツ見ちゃったのはもっと前だし。


折本「へー、そうなんだー、ふーん」 

今度は折本が意味あり気にチラリと俺を見る。


八幡「…ちょっと待て、お前今いったいどんな解釈の仕方したんだよ?」

気がつくといつの間にか二人の視線が揃って俺に注がれていた。

まるで質量でも伴っているかのような圧に気圧されるようにして、俺は無意識のうちに二、三歩後退り、


どんっ


その拍子に通行人のひとりに軽くぶつかってしまった。
208 :1 :2016/04/03(日) 23:45:37.43


「…ったー。あ、ごめんなさいっ…って、あれ? もしかして、先…輩…じゃないですか?」

209 :1 :2016/04/03(日) 23:47:46.73

亜麻色をしたセミロングの髪。やや大きめのダッフルコートの下から伸びた細く華奢な脚。
余った袖口からわずかに覗く白い指先が庇護欲をくすぐるが、明らかに計算されているであろうそのあどけなさい仕草が逆に狙いすぎててなんかあざとい。

―――― よくよく見れば、それは俺の後輩で一年生にして総武高校の生徒会長でもある一色いろはだった。


折本「一色ちゃん?!」

一色「あ、折本さんも!先日はどうもでした」

折本の姿を認めた一色が礼儀正しくぺこりと頭を下げる。


折本「こんなところで会うなんて奇遇だねー。もしかして家、この近くなの?」

一色「あー、いえいえ。実は知り合いがバイトしてるケーキ屋さんに寄って、余り物をガメて…じゃなかった、タダでわけてもらって来たところなんですー」

きゃぴるんとばかりに笑顔で答える。

ちょっとちょっと、いろはす?お前のその手にしてる箱、どこかで見覚えがあるんですけど?それってもしかして、戸部のバイト先のじゃね?しかも何げに一番高いヤツだろ?

一色「ほら、私も女の子ですから、やっぱり甘いものとかに目がないじゃないですか、ね、先輩?」

八幡「…いや、じゃないですかとか言われても、俺、お前の好みとか知らねぇし、それ以前に興味もねいし」

だいいち、お前、甘いもの好きどころか普段から俺や雪ノ下に超甘え過ぎだし、世間舐め過ぎだろ。
210 :1 :2016/04/03(日) 23:49:41.81

俺の味も素っ気ない返事に、一色が「むぅ」とか言いつつ可愛らしくムクれてみせるが、残念ながらその手には乗らない。
ちょっと甘やかすと絶対につけあがるのは目に見えているし、それ以前に妹の小町で何度も経験している。


一色「えっと…ところで、先輩達はこんなとこでいったい何をしてるんですか?」

俺を見て、折本を見て、川崎を見てから、最後にもう一度俺に目を向けた。

顔にはニコニコと愛想のよい笑顔を浮かべてはいるものの、よく見るとその目はまるで笑っていない。それどころか刃物にも似た物騒な光が宿っているようにさえ見えた。

“あたしがフられて落ち込んでるってのにテメェは女の子ふたりもつれてクリスマスエンジョイしてるとはいいご身分だな?この後どうなるのかわかってんのかよ、あぁん?”

高性能自動翻訳装置でもついているんじゃないかと思えるくらいもんのすごく流暢に剣呑な思考が伝わってくる。


川崎「あたしもそれ聞きたいんだけど…。けーちゃんも聞きたいよね?」

京華「うん!ききたいっ!」


元気よく手を挙げるが、多分何もわかってない。無垢な子どもをダシに使うのはいけないと思いますぅ。
211 :1 :2016/04/03(日) 23:52:00.33

これは何を言ってもドツボに嵌る、お決まりのフル(ボッコ)コースのパターンだ。

思わず燦然と光輝く不可避の巨大死亡フラグが頭上に屹立するのを幻視してしまう。やはりここはちゃんと事情を説明して、あらぬ誤解を解くのが先決だろう。

素早く俺が目で促すと、折本も心得たとばかりに小さくコクコクと頷いた。


折本「や、実はさー、ついさっきまで、比企谷とホテルでお互いに温め合ってたとこなんだ」 照れたように頭を掻く。


川崎&一色「はぁ?!」「な、なんですとっ?!」


八幡「ちょっ、おまっ、いきなり何言っちゃってるわけっ!?」

折本「えっ?何って…旧交を温めてたって言っただけじゃん?」

八幡「お前、それ、ぜってーわざとやってるだろっ?!」

温まるどころか今のひと言で俺の心臓が凍りついちまったじゃねぇか。


そんな俺たちを不思議そう見ながら、京華が川崎の袖をくいくいと引く。

京華「さーちゃん、さーちゃん?」

川崎「ん?何?」

京華「…はーれむ?」


…いや、けーちゃん、どこでそんな言葉覚えたか知らんが、それは違うぞ。どちらかというと修羅場だからな、これ。
212 :1 :2016/04/03(日) 23:54:27.43


一色「はぁ…まったく何やってんだか」

ひと通り俺の釈明を聞いた一色の、呆れたような、何か色々と諦められたかのような溜息にムカついたが、さすがに今のこの状況では何も言い返せない。

一色「…私はてっきり、松ボックリに火でもついちゃったのかと」 ぽしょりと呟く。

八幡「…いや松ボックリに火が付いたら、それもう山火事だろ」 正しくは焼けぼっくいな?


だが、ないすだいろはす。丁度いいところに通りかかってくれたぜ。

八幡「あー…と、とにかく俺も、もう帰ろうと思ってたとこなんだけど、なんだったら途中まで送ってくか?物騒だし」

特に今この場所が、俺にとって。

ついでに先程から手にしている重そうなケーキの箱も持ってやろうかと、すっと手を差し出す。
後輩女子を思い遣る、俺なりの優しい心遣いのつもり…というか、一色に対しては既にパブロフの犬なみの条件反射だったのだが、


一色「え?いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて…」


まるで遠慮することなく当たり前のように応じる。

うわー、やっぱこいつ、慣れるの早いなー等と考えていると、



きゅっ



――― 一色はなぜか当たり前のような顔をして、空いている方の手で俺の手を握った。
213 :1 :2016/04/03(日) 23:56:24.11

八幡「え…?」

一色「…は?」


俺の驚いた顔に、一色がキョトンとした様子を見せる。


八幡「…あ、いや、ケーキ」 


我ながら間抜けなセリフを口にすると、一色は大きな瞳をパチパチと瞬き、繋いだままの手と俺の顔を交互に見る。


一色「はわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわッ」/// 

一色「ななな、なんですかそれもしかしてクリスマスだからって私のこと口説いてます?!でもハーレム系ラノベヒロインとかやっぱりちょっと無理なんでごめんなさい!」

真っ赤な顔でまくしたて、勢いそのままぴょこんと頭を下げた。

八幡「…いや、そういうのいいから」


つか、いい加減、手ェ離せよ。


京華「さーちゃん、さーちゃん?」

再度、京華が川崎の袖をくいくいと引くのが見えた。


川崎「ん?こ、今度はなに?おしっこ?」

京華「んーん、けーか、眠くなったからおうち帰りたい」



………子供ってホント自由でいいよな。
214 :1 :2016/04/03(日) 23:59:10.41

川崎「じゃ、あたし、そろそろ帰るから」

ぐずつき始めた京華を背負った川崎が、何か言いたげに俺を見て、だが、仕方なくといった感じで寒さで白く靄(もや)る溜息をひとつ残しその場を立ち去ると、

一色「あ、えっと、わ、私もお邪魔みたいだから、もう帰りますね?」///

一色の方も目を泳がせながら、川崎のそれに倣うようかのように暇(いとま)を告げた。


八幡「…おう、そうか…そりゃ残念だな」


それからチラリと折本の方を見遣り、少しだけ複雑な表情を浮かべて、ぺこりと頭を下げる。

一色「あ、そだそだ。先輩?」

去り際に一色が思い出したかのように振り返って、俺に声をかけてきた。


八幡「ん?」


一色「メリー・クリスマス♪」

そう言いながら、片手の人差指を立て、俺に向かって可愛らしく片目をつむって見せる。

八幡「…お、おお。メリークリスマスな」///

こいつの場合、あざといとわかっていながらも、決してそれが可愛くないとは思えないから逆に困るんだよな。
恐らく、もしこれが一年前の俺だったら、間違いなく即オチしていたことだろう。

一色いろは、なかなかやる。
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/04/04(月) 00:36:09.85
おつ
いろはすマジいろはす
224 :1 :2016/04/05(火) 00:19:44.30

公園の時計塔の文字盤を見上げると、すでに結構な時刻を廻っていた。

八幡「…さて、俺もそろそろ帰って寝るとするかな」

そうはいいつつも、中学時代の学区が同じだけあって、俺と折本の家は近い。近所といっていいくらいだ。
だから本来は帰る方向について自然と同じ、という事になってしまう。

わざとらしく独り言ちて、いかにもごくさり気なく歩き出そうとした俺のコートの袖が、くいっと小さく引っ張られた。またかよ。


折本「…返事、まだ聞いてないんだけど」


…あ、やっぱり。ですよねー。


敢えて確認するまでもなく、折本が指先でちんまりと俺の袖を掴んでいるのが気配で伝わってきた。



八幡「………………すまん。悪いけど」


その言葉は自分自身でも意外に思うほどすんなりと口から滑り出ていた。



折本「…そか」


折本は、まるであらかじめ俺の答えを予期していたかのように、そう短く返事をすると、そっと手を離し背を向ける。
225 :1 :2016/04/05(火) 00:21:55.82

そして暫く立ちすくんだままの姿勢で押し黙り、胸の潰れてしまいそうな息苦しい沈黙が続いた後、肩を小刻みに震えさせ始めた。

断続的に小さく鼻をすする、すんすんという音、嗚咽を押しころす呻きにも似た意味を為さない声。

今の俺に彼女にかける言葉はない。それは十分過ぎるくらいわかっていた。逆の立場だったら、やはり俺もそっとして置いて欲しいと願うだろう。

優しい言葉が逆に人の心を深く傷つけてしまうことだってある。同情や憐憫が相手を余計に惨めにさせるだけだということも十分に知っているはずだ。

だが、それでもなお、俺はその小さく丸められた背に向けて声をかけられずにはいられなかった。


八幡「折も…


振り向き様に折本が俺の胸にぶつかるようにして飛び込んできた。
咄嗟にその身体を受け止めた俺は、どうしていいかわからず、ただただ黙って立ち尽くす。

その背中に回す腕も、その髪を優しく撫でる手も、その耳元に囁くべき慰めの言葉も、俺は持っていな…
226 :1 :2016/04/05(火) 00:22:52.77



折本「ぶ、ぶはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」



227 :1 :2016/04/05(火) 00:24:00.91

……………ちょっと待て、なんでいきなりここで大爆笑なんだよ?何か違くね?


折本「…ひっ…ひーっ、やだなぁ、冗談だよ、冗談! 比企谷と付き合うとか、マジありえないから」


折本が笑いながらひょいと顔を上げる。

呆然とする俺の顔がよほど間抜けに見えたのだろう、俺から離れ、なおも腹を抱えながら心底おかしそうに笑い続ける。つか、俺のモノローグいったいどうしてくれるわけ?

だが、からかわれたという悔しさよりも、なぜか安堵の気持ちの方が遥かに勝っていたのだろう、


八幡「…ああ、そうだろうよ」


自分の顔にも思わず苦笑が浮かんでしまうのがわかった。
228 :1 :2016/04/05(火) 00:27:26.22

ひとしきり、それこそ腹筋が攣りそうな勢いで笑っていた折本だが、やがて少し落ち着いたのか、ひくひくとしゃくりながら、指先で目尻に溜まった涙を拭う。


折本「……さて、丁度いい具合に時間も潰せたし、比企谷からかって気も晴れたから、あたしそろそろ帰るわ」

八幡「…って、おい、お前さすがにそれは自由過ぎだろ」 ヒクッ


折本「あっと、そだ。比企谷、ケータイのメルアド変えたでしょ?」

八幡「…ん?ああ。迷惑メールが増えてきたら定期的に変えることにしてるからな」

俺のメルアドは家族以外数人しか知らないので急に変えても特に困ることはない。材木座は常に非通知に設定してあるし。
ちなみに戸塚のケーバンとメルアドは丸暗記している。


折本「……… 私のアドレス、変わってないから」 

ごく何気ないように言い添える。それはつまり気が向いたらメールでもしろ、という意味なのだろうか。

中学時代、苦労の末に教えてもらったはずの折本のメールアドレスも、とうの昔に削除してあるということは敢えて口にはしない。
例え消してなかったにせよ、今となってはもうメールすることもないだろう、とも。


八幡「…ん。わかった。そのうちまた、てきとーにな」


その言葉は自分のものとも思えないほど空虚に響いた。それは多分、折本にも伝わってしまったのだろう、彼女は曖昧な笑を浮かべて見せたが、やがて


折本「そか。じゃあね。つきあってくれてありがと。今日はホントに楽しかったよ」

少しだけ寂しそうに、ぽしょりとそう告げた。


八幡「楽しんでいただけたようで幸いだよ」

折本「なにそれ、超ウケる」

229 :1 :2016/04/05(火) 00:28:37.03

八幡「あ、おい!折本!待てよ!マフラー」


既に背を向けて歩き始めていた折本に声をかける。

折本「…あげる。あたしからのクリスマスプレゼント。どうせもう捨てようかと思ってたとこだし」

寒さのせいかコートのフードで顔を隠し、振り返りもせずにそう告げた声に風の音が混じり、いやに滲んで聞こた。

そのまま暫く雑踏の中に消えてゆく折本の背を黙って見送っていたが、やがて俺も踵を返し、少し回り道をして帰るためわざと反対方向へと足を向ける。

「寒っ」首をすくめるようにして首元のマフラーに顔を埋めると、なんとなく懐かしい香りに包まれたような気がした。
230 :1 :2016/04/05(火) 00:30:34.95

小町「あーあ、帰ってきちゃったんだー。そっかー。帰ってきちゃったかー」

びろーんと縦に伸びたカマクラの上半身を抱いたまま、パジャマ姿で俺を出迎えた小町の第一声がそれである。他に掛ける言葉の選択肢はないのかよ?

八幡「なにその残念な兄を見るような目?」

小町「ゴミィちゃんこそホントにわかってる?クリスマスは一年に一度しかないんだよ?」

やれやれといった感じで首を振ると、それにあわせてカマクラのしっぽがぷらぷらと揺れた。なんかムカつく。

八幡「…そりゃクリスマスは本来キリストの誕生日なんだから、一年に一度だけなのは当たり前だろ…つか、ゴミィちゃん言うな」

誕生日が一年に何度も訪れたら、それこそ平塚先生が可哀想すぎんだろ。誰か、誰か先生のカウトダウンを今すぐ止めてあげてっ!


小町「あれ、お兄ちゃん、それ、どしたの?」 目ざとく俺の首に巻かれたマフラーに目を止める。

八幡「ん?これか?………………もらった」

小町「もらったって、あ、もしかして親切なお爺さんが憐れんで笠の代わりに恵んでくれたの?大変!恩返ししなきゃっ!」

八幡「…俺はどこの笠地蔵だよ。それにあれはクリスマスじゃなくて確か大晦日の話だろ?」

小町「ふーん。でもそれって手編みでしょ?なになに?雪乃さん?結衣さん?あ、でもどちらかというとやっぱり結衣さんっぽいかな?」

によによとした顔で俺を見る。

八幡「勝手にきめつけんじゃねーよ。どっちもハズレだ」

確かに明るいところで見るとところどころ目も粗いし、ほころびもある。それにとても昨日今日編み上がった代物とも思えない。

なるほど、捨てるというのも満更嘘でもないらしい。捨てるようなシロモノを他人にくれてやるという行為自体、それはそれでどうかとも思うが。
231 :1 :2016/04/05(火) 00:33:20.75

そういや、中学3年の時、クリスマス前に教室で一生懸命何か編んでて冷やかされてる折本の姿を見たような気がする。
間に合わせるために連日夜遅くまで編んでいたのだろう、授業中に居眠りこいてて先生に注意されてたりとかしてたっけか。

もっとも、その頃にはさほど親しくもなかった俺たちの仲も、かなり疎遠になっていたわけだが。

だが、それが未だに手元にあるということは、結局誰だか知らんがその相手には渡せず終いだったってことなのだろう。


小町「その模様、イニシャル?」

八幡「あん?」


言われてみれば、フリンジのすぐ上にある模様が2文字のローマ字に見えないこともないこともない。どっちなんだよ。


小町「それって…」 もの問いたげな目でじっと俺を見る。


――― ほーん。なるほど、そういうこと、ね。


八幡「――― 葉山隼人、か」


恐らく、折本は中学時代から葉山のことが好きだったのだろう。

先ほどの会話の中で、葉山と陽乃さんの関係を聞いてきたり、やたらと俺に一色の話しをしていたのもそれで頷ける。
あれだけの人気を誇る葉山のことだ、当時から近隣の学校にその名が知れ渡っていたとしても不思議はないし、付き合いの広い折本がどこかで葉山を見かける機会があったのかも知れない。

そう考えると、仲町との仲違いも、案外そのあたりがホントの原因だったのかもな。


マフラーを見ながら無意識にボソリとつぶやいてしまった俺の言葉が聞こえたのか、小町がキョトンとした顔になる。
次いでゆっくりと、まるで呆れたかのように小さく首を振りながらため息をついた。

八幡「…んだよ?」

小町「んーん。べっつにー。お兄ちゃんがそれでいいなら小町は別にいいや。さて、寝よ寝よ」

八幡「………いや、おまえ一応受験生なんだから、もうちょっと頑張って勉強したらどうなんだよ」

小町「大丈夫、明日から頑張るもん!小町、やればできる子だもん!まだ本気出してないだけだもん!」

八幡「……お前、それ完全に死亡フラグだろ」


自分の部屋へと向かいながら小町が更になにやらブツクサ呟いていたようだが、その声は俺の耳にまでは届かなかった。
232 :1 :2016/04/05(火) 00:33:55.81


「 ――― しっかし、なんでそうやって無自覚に自分からフラグ折るかなぁ…」


233 :1 :2016/04/05(火) 00:35:31.99

部屋に戻ってから何気にラジオを点けると、どうやら関東の一部では初雪が観測されたらしい。道理で寒いわけだ。

小町の笠地蔵ではないが雪と言えば、疲れた旅の僧侶をもてなすために地主の畑から野菜を盗んだ婆さんの足跡を雪が隠す、なんて昔話もあったっけか。

――― やれやれ、いつかは俺の黒歴史やトラウマを優しく覆ってくれるような、そんな白い雪でも降ってくれんもんかね。

239 :1 :2016/04/05(火) 23:23:20.98

******当然、彼女たちが登場しないわけがない******


冬休みも明けたある日の放課後、総武高校の特別棟にある、いつもの奉仕部の部室でのことだ。

さすがに年明け早々依頼に訪れる生徒などいようはずもなく、俺たちはそれぞれが思い思いに過ごしていた。

不意に俺の反対側、窓際の席に座る黒髪の美少女 ――― 奉仕部の部長である雪ノ下がそれまで読んでいた文庫本をパタリと閉じる音がした。

俺がスマホの画面から目を上げると、こちらを見ていた彼女と目が合う。偶然、という訳でもないらしい。

「何かいいたいことでもあんのか?」と、目で促すと、雪ノ下が「んっ、んっ」と小さく咳払いをしてから、おもむろに切り出した。


雪乃「そういえば…クリスマスの合同イベントで一緒だった海浜総合高校の折本さん、比企谷くんの中学時代の同級生だったらしいわね」

結衣「へー、そうなんだ…」

いつものようにピンクがかった茶髪をお団子に結った由比ヶ浜が、フジツボのようにデッコデコに飾られたスマホの画面を見たままわざとらしく相槌をうつ。

雪乃「ええ。なんでも聞くところによると、随分と仲が良かった、みたいな話なのだけれど」 チラッ

結衣「そんな話、ヒッキー全っ然してなかったよねー」 チラッ

雪乃「この間の生徒会選挙の時も、葉山くん達と一緒だったようだし?」 チラッ

結衣「なんか随分と楽しそうだったよね?」 チラッ


…え?何?何なの、そのわざとらしいまでのサルの小芝居?
240 :1 :2016/04/05(火) 23:26:29.84

八幡「や、ちょっと待て。たまたま海総高に中学時代の友達がいたとしても、それは別に不思議でもなんでもないだろ?」

雪乃「あなたに友達がいた、というもうそれだけで十分過ぎるくらいに不思議なのだけれど?」

八幡「…ぐっ。だ、誰も俺の友達とはいってねぇだろ。ほ、ほら、俺の同級生の友達ってことだよ」

雪乃「…………それなら普通に“中学時代の同級生”でいいのではないのかしら」


結衣「でも、どっちにしてもそれって、別にあたしたちに隠す理由にならないよね?」 

由比ヶ浜がいつにない鋭さで斬り込んできた。お前もしかして刀剣女子に目覚めたの?


八幡「…いや別に隠してたって訳じゃねぇだろ」

嘘はついていない。ただ単に黙っていたたけだ。
それに聞かれもしないのに自分からわざわざ弁解するだなんて、それこそまるで自意識過剰みたいで、そんな恥ずかしい真似、俺にできる訳がない。


八幡「…つか、なんでその事で俺がお前らに怒られたり責められたりしなきゃならねぇんだよ」


結衣「…別に怒ってなんかないし」 フスッ

雪乃「…それに、責めてるわけでもないのよ?」 フスッ


…いやそれ完全にダウトだろ。女の子が“怒ってない”とか“責めてない”っていってる時は間違いなく怒ってるし、責めてるよね?



雪乃「コホン、比企谷くん?あなたもしかして、ああいった髪型の女性が好みなのかしら?いえこれはあくまで参考までに聞いているだけなのだけれど」///

言いながらも、多分無意識にだろう、雪ノ下がその長く美しい黒髪を形の整った指の先に絡め、クルクルと巻く。

俺がその仕草に目を止めると、慌てて髪から指を離し、まるで悪戯が見つかった子供のように両手を揃えて膝の上に乗せ、軽く咳払いしながら居住まいを正した。

由比ヶ浜も由比ヶ浜で、「むぅ」と難しい顔をしつつ、やはり片手で髪をしくしくと弄りながら、チラチラと俺に意味ありげな視線を送って寄越す。


………何故かアウェイにいるみたいでやたらと居心地悪いんですけど?
241 :1 :2016/04/05(火) 23:28:39.47

八幡「…うぉっほん。いったい何の参考なんだよ、それ?」


雪乃「え?そ、それは、その、まぁ、色々と…?」///

結衣「そ、そうそう、やっぱさ、色々とあるよね。ほら、人生色々とか言うし?」///

八幡「…なんで島○千代子なんだよ」 お前、女子高生のくせにチョイス渋すぎだろ。


結衣「で、どうなの?」

八幡「…どうって、だから何がだよ」

雪乃「だから折本さんとはつまりどういう関係だったのかしら?」

八幡「って、ど真ん中ストレートだなおいっ?!」 

お前らもう取り繕うつもりとか全然ねぇだろ。
だが、考えてみれば雪ノ下は小手先の技を弄するようなタイプではない。真正面から堂々とブチ当って砕けるタイプなのだ。当然、この場合砕けるのは相手の心の方なのだが。

雪乃「…あらそう。でも昔のことだもの、あなたがどうしても答えたくないというのなら、それはそれで全然構わないのよ…………直接身体に訊いても?」 ニコッ

八幡「おい雪ノ下その笑顔やめろマジで怖いから」

242 :1 :2016/04/05(火) 23:30:05.15

雪乃「…あなたらしいわね」


俺が恥ずかしい自分語りを終えた後、雪ノ下がごく簡潔に感想を述べ、由比ヶ浜も複雑な表情を浮かべて俺を見る。

八幡「…それって俺が女子にコクって速攻でフラれたってことがですか?」 ヒクッ

雪乃「あら、ごめんなさい。私の場合、フったことはあるけれどフラれたことはないものだから」

八幡「なにそれ自慢かよ?つか、お前今まで何人の男子振ったことがあるわけ?」

雪乃「さぁ?100人から先は数えていないわね」

うわっ、何こいつ? 今、超可愛らしく小首を傾げてみせやがった?!


八幡「…お前、いったいどこの羅将さんだよっ?!」ヒクッ

雪乃「それともあなたは今まで食べたパンの枚数を覚えているとでも言うのかしら?」

八幡「…俺はパンよりお米派なんだよ」

もしかしてこいつがいつも部室で読んでるのって、ジャ○プ・コミックだったの?
243 :1 :2016/04/05(火) 23:32:38.73

八幡「ま、その事に関して言わせてもらえば、俺にとって良くも悪くも単に過ぎ去りし日々の想い出ってヤツだな」

記憶という名の倉庫の、既に収まるべきところにきちんと収まった過去の断片。
眠れぬ夜や、その面影を宿す人影とすれ違った時、何かの拍子にふと思い出すことはあっても、今となってはそれ以上でもなければそれ以下でもない、単なる過ぎ去った日々の残像。


結衣「…でも、ヒッキーはそれでいいの?」

由比ヶ浜がおずおずと問うてくる。

八幡「いいも何も、もう済んだことだし、だいたいからして俺は過去は振り返らない主義なんだよ」

そう嘯(うそぶ)いてはみたが、それでもまだ納得のいかないような顔をしているふたりに向けて、

八幡「…まぁ、要するに、だ。あそこでみっともなく追いすがらなかったってことは、それはやっぱり俺が本当に求めていた“ホンモノ”ってヤツじゃなかったってことなんじゃねぇの?」

まるで他人事のように付け加えた。

――― それに俺は、やはり例えそれがどんなに酸っぱくとも不味くても、いつかは本物の葡萄を手にしてみたい。

それが何かとは口にこそ出さなかったが、ふたりが浮かべた柔らかな笑みを見れば、俺のその思いが十分すぎるほど伝わっていることがよくわかった。

244 :1 :2016/04/05(火) 23:34:57.29

八幡「それに、俺にとって想い出なんてもんは大抵はロクなもんじゃ…」


雪乃「…馬鹿ね」

俺の言葉を遮るようにして雪ノ下がぽしょりと呟く。

八幡「…あ?何がだよ」

お前、馬鹿って言う方が馬鹿だって先生に言われなかった?


雪ノ下は机の上に置かれた読みさしの文庫本を再び手に取り、栞を挟んでいたページをパラリと開く。そして耳元の後れ毛をそっと指先で梳いた。


雪乃「想い出なんて、これからいくらでも作れるじゃない…その…私たち…と…?」///


次第にその語尾が聞き取れないほど小さくなり、窓から差し込む午後の光の加減なのか、彼女の白い頬に赤味がさして見える。

結衣「そうそう、いい想い出も、そうでない想い出も、これからみんなでたっくさん作ろうよ」

由比ヶ浜が、そう言いながら、にぱっと太陽のように明るい笑みを浮かべた。


八幡「…………いや、そうでない方は十分過ぎるくらいだから。もう間に合ってるから」


だが、確かにふたりの言う通りなのだろう。

卒業するまでの短い間とはいえ、これからもこうして、この部室でこいつらと満ち足りた時間が過ごせるというのならば ―――

そして、今のこの関係が、トラウマだらけの俺の過去の延長線上にあるとするならば ―――


もしかしたら、俺の間違いだらけの青春ラブコメも、それほど悪いものではないのかも知れない。





俺ガイルSS 『そして彼と彼女は別々に歩み始める』了


245 :1 :2016/04/05(火) 23:35:49.19

無事、完結しました。みなさん、さんすこです。ノシ
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/04/05(火) 23:43:07.55
お疲れ様でした!
次回も期待しています
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/04/06(水) 00:37:18.36
お疲れ様でした
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/05/10(火) 12:30:13.78
隠れた名作
関連スレ:

俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』



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