俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』

1 :1 :2016/03/12(土) 00:33:45.09
ガガガ文庫 渡 航 著 「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」SS

10巻、冬休み明け間もない頃の話という設定です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1457710424
2 :1 :2016/03/12(土) 00:35:26.71


「――― 壁ドン?」


一色「そう!何と言ってもやっぱり壁ドンです!」

冬休みも明けて間もないある日の放課後、奉仕部の部室としてあてがわれている総武高校、特別棟の一室。

亜麻色をしたセミロングの髪、まだあどけなさの残る顔立ち、華奢な細い線にやや着崩した制服 ――― 俺たちの後輩、一年生にして生徒会長でもある一色いろはが、きゃぴるんとばかりにその大きな瞳をきらきらと輝かせた。

一色「素敵な男子に壁ドンされるなんて、女の子にとってはもう最っ高の萌えシチュじゃないですか!ね、先輩?」


八幡「…いや、ね?とか言われても俺知らんし」

唐突に話を振られた俺はスマホの画面から顔を上げ、一部では稲毛海岸に流れ着いた死んだ魚に勝るとも劣らぬと定評のある目を更に腐らせて一色を見た。

どうでもいいけど、ぼっちってひとりで時間潰す事が多いからスマホのバッテリー無くなるのやたら早いんだよな。その分電話帳のバックアップとかは要らないんだけど。


雪乃「一色さん、比企谷くんに同意を求めても、それは無駄というものよ」

俺の戸惑いを察したものか、いつもの定位置、つまり俺の反対側にある窓際の席に座る黒髪にして白皙の美少女 ――― 雪ノ下雪乃が手にした文庫本に目を落としたまま静かに諭すかのように、だがきっぱりと断言した。

八幡「…まぁ、そうだな」渋々ながら俺も彼女に同意する。

雪ノ下のその言い方もどうかとは思うのだが、確かに男である俺にそんな事訊かれたって答えようがないだろ…その言い方もどうかとは思うが。大事なことなんでとりあえず二回言ってみました。


雪乃「――― だって、もし仮にそんな経験があったとしたら、今頃は間違いなく刑務所の中にいるはずだもの」

結衣「って、捕まっちゃうんだ?!」

俺と同じクラスでやはり奉仕部に所属している由比ヶ浜結衣が驚きの声をあげ、その拍子にピンクがかった茶髪のお団子髪がぴょこりと揺れた。

八幡「…ちょっと待て雪ノ下、さすがにそれは言い過ぎだろ」

雪ノ下の毒舌はいつものこととはいえ、やはり後輩もいる手前、今日こそはひとつビシッと言っておいた方がいいだろう。

八幡「――― 初犯なんだから多分、情状酌量で執行猶予くらいはつくはずだ」


一色「………逮捕されること自体は認めちゃってるんですね」
3 :1 :2016/03/12(土) 00:36:42.25

結衣「でも壁ドン…かぁ…」由比ヶ浜が片手でぽわぽわとお団子髪を弄びながらそれとなく横目で俺を見た。

なんぞと返した俺と目が合った途端、慌てて横を向いてしまったが、その仄かに赤くなった耳を見ればさすがに鈍い俺といえどもピンとくる。

八幡「………や、アレだぞ由比ヶ浜」

結衣「…え?なっ、何?」/// ドキッ

八幡「一応断っておくが、ドンがつくからと言っても、別に天丼やカツ丼みたく食い物の事じゃないからな?」

もちろん深夜営業のディスカウントショップや辛口のファッションチェックともまるで関係がない。

結衣「あ、あたしだって、そ、それくらい知ってるしっ!」/// 

せっかく教えてやったというのに逆に何やら機嫌を損ねてしまったらしくプンプン怒り出す。でもコイツ、確かついこの間まで人間ドックのこと人面犬と勘違いしてなかったっけ?

八幡「そうなのか?そりゃ悪かったな。じゃあ、お前、壁ドンがどんなもんか説明してみろよ」

結衣「…………へ? えっと、ほら、アレでしょ?なに?なんかこう、壁にドーンって…」

言いながら右手を突き出して見せるその仕草はどちらかというと、いや、むしろ限りなくガチョーンのそれに近い。昭和かよ。

八幡「…壁にドーンって、お前それ、まんまじゃねぇか」もしかして説明の意味から先に説明しなくちゃいけないの?

一色「あー…、でも、それって、いかにも結衣先輩って感じですよね」

結衣「うわっ!なんかいろはちゃんにまで残念な目で見られたっ?!」
4 :1 :2016/03/12(土) 00:37:47.07

雪乃「由比ヶ浜さんの説明が拙いのはいつものことだから仕方ないとして ――― そもそもどうしてそんな話になったのかしら?」解せないわ、とばかりに雪ノ下が小首を傾げる。

どうやら由比ヶ浜をフォローしたつもりらしいが、残念ながらまるでフォローになっていない。むしろ追い討ちに等しい。こいつってば相変わらず他人のこと慰めるのとか超下手なのな。

「仕方ないんだ…」さりげなく切り捨てられた由比ヶ浜の顔がリアルでショボーンみたくなっているがそこは敢えてスルーで。

だが、そう言われて見ればいつの間にそんな話になったのか始めから聞いていたはずの俺にもイマイチよくわかっていない。

確かこいつらさっきまで「寒いからシチューが美味しい季節になったね」とか「余ったシチューは焼きシチューにするといいらしいですよ」なんて言いながら料理の話で盛り上がってなかったっけ?

おいおい、もしかして焼きシチューが萌えシチュになって壁ドンって、いくらなんでも自由すぎだろ。

あれな、女子の会話って脈絡もなく話題がポンポン変わるから、ホント話の展開についていけないんだよな。まぁ俺の場合、最初から話の輪に加えてもらえないから特に問題ないんですけどね。
5 :1 :2016/03/12(土) 00:39:24.13

一色「と・に・か・く、葉山先輩なんかに壁ドンなんかされちゃったら、もう、どんな女の子だって即オチですよ、即オチ」

俺や由比ヶ浜と同じクラス、つまり2年F組のリア充グループのリーダー、葉山隼人は一色が生徒会と掛け持ちでマネージャーを務めるサッカー部のキャプテンでもある。

爽やかなイケメンで成績も学年トップクラス、父親は弁護士で家はお金持ちという、三拍子どころか三三七拍子くらい揃ったリア充の中のリア充だ。
そのリア充度たるや、俺と並んで立たせるだけでもう格差社会の縮図と言っていいレベル。

だが、その葉山と言えば ――― 俺はそっと一色の顔色を窺う。こいつ、自ら特大の地雷を踏みにくるとは大したハートロッカーだな。


雪乃「そう言えば一色さん、あなた部活に出なくて構わないのかしら?もう練習は始まっているのでしょう?」

雪ノ下の指摘に、一色の薄い肩が一目でそれとわかるほどギクリと強張る。


一色「…だって外、寒いじゃないですか」来客用に出された紙コップの紅茶をすすりながらおずおずと答えた。

八幡「…そりゃ寒くて当然だろ、冬なんだし」

千葉は一年を通して比較的気候が温暖な地域なのだが、だからといって冬が寒くないというわけでは決してない。
逆になまじ暖かいからこそ千葉県民の寒さに対する耐性は全国一低いといって過言ではないだろう。
加えてここのところこの部屋で唯一の暖房器具であるヒーターの調子が今一つ良くないせいもあってか、今日は殊更寒く感じられる。
部屋の中でさえこれなのだから、海からの風が容赦なく吹き付ける屋外はもっと寒いに違いない。

一色「あ、それにマネージャーは他にもいますし、葉山先輩には生徒会の仕事で休みますって伝えてもらってありますから」明らかにとってつけたような言い訳を口にする。

八幡「いや誰がどう見てたってお前、仕事なんて一ミリだってしてねぇだろ」ダベってお茶飲んでるだけで仕事してますとか、なんだよその夢ジョブ。今時、丸の内あたりの腰掛けOLだってもっとちゃんと仕事してんぞ?

一色「失礼な!仕事ならちゃんとやってますよ!副会長くんと書記ちゃんがっ!」

雪乃「…あなたじゃないのね」
6 :1 :2016/03/12(土) 00:40:27.08

一色「…でもあのふたり、最近仲が良すぎちゃって、正直ちょっと生徒会室にいづらいってのもあるんですよね」

もの憂げな感じで小さく呟く一色に、俺たちはそろって顔を見合わせる。

なるほど、確かにさして広くない部屋の一方で、イチャコラキャッキャウフフとかしてるのを見せつけられたりしたら、色々とやりづらい面もあって当然だろう。
それに実のところ、一色は昨年のクリスマスシーズンに東京ディスティニーランドで葉山にコクってフラれたばかりなのである。
冬休みというインターバルがあったにせよ、やはりそうそう気持ちの切り替えができるというものでもあるまい。

こいつがこうやって意味もなく奉仕部に入り浸ってるのも案外そのあたりが本音なのかも知れない ――― そう考えると、無碍に追いやるのも少し可哀想な気がしてきた。

雪ノ下にしてもそれは同じだったのだろう、それ以上は何も言わず、ティーポットを片手に静かに立ち上がると、手ずから一色の紙コップにそっと温かい紅茶を注ぎ足した。

「スミマセン。アリガトゴザイマス」神妙な顔でぺこりと頭を下げる一色に対し「いいのよ」と言いながら柔らかな笑みを浮かべる雪ノ下。そんなふたりを由比ヶ浜が優しい目で見ている。

俺の視線に気がついた雪ノ下がポットを小さく掲げ「あなたもどう?」と目で問うてきたが、猫舌の俺は軽く首を振ってそれに答える。

こうやって見ると雪ノ下も初めて会った頃に比べて随分物腰が柔らかくなったものである。それはやはり由比ヶ浜の影響が大きいのだろう ――― ふとそんな事を思った。
7 :1 :2016/03/12(土) 00:41:48.68

八幡「ま、アレだ。壁ドンだの顎クイッとか言ってもだな、好きでもなんでもない男がやったら、それこそただのパワハラやセクハラ扱いされるだけなんじゃねぇの?」

だいたいなんだよ萌えシチュって。シチュー焼いたらそれもうフツウにグラタンだろ。

雪乃「あら、執行猶予期間中のあなたが言うとさすがに説得力が違うわね」雪ノ下がクスリと小さく笑う。

八幡「ばっかお前、何言っちゃんてんだよ。壁ドンはともかく、こう見えて壁打ちとか壁パスなら超得意なんだぜ?なんせ体育の授業中は誰もペア組んでくれなかったからいつもずっとひとりでやってたし」

結衣「なんか理由が悲しすぎるっ?!」


一色「先輩って、お友達もいなかったんですね」少し俯き加減だった一色もようやく顔を上げ、小さく笑みを浮かべて会話に加わる。

八幡「“も”ってなんだよ“も”って。ボールが友達だったんだよっ!」どこぞのキャプテンだって言ってるだろ。正直、友達を足蹴にするのはどうかと思うが。それってイジメじゃね?

雪乃「そうね。それにあなたの場合、暗い部屋の中で毎晩話しかけているくらい壁とも仲良しですものね」

八幡「いやそれは女子にキモいとか言われて落ち込んだ時だけ…って、なんでお前そんなことまで知ってんだよっ!」

結衣&一色「…うわぁ」おいよせお前ら憐みの目でこっち見んじゃねぇよ。

せっかく湿った空気変えようとしただけなのに、いつの間にか俺の方がよっぽど可哀想なヤツ扱いされてんじゃねぇか。
8 :1 :2016/03/12(土) 00:42:53.42

一色「でも、壁ドンに関して言えば、確かに先輩の意見にも一理あるかも知れませんね」一色が何事か考えるかのように人差し指を頬に当てる。

ダブらせたカーディガンの袖口から覗く、その白くて華奢な指先が狙い過ぎててなんかあざとい。お前それわざとワンサイズ上の服選んで着てんだろ?

八幡「一理どころか人間の心理なんて大抵そんなもんだろ?“何をしたか”よりも“誰がしたか”によって判断が全然変わったりするからな」

“人は見かけじゃないから”なんて言葉からして既に上から目線の発言だし、そうでなければ単なる負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
何をどう言ったところで、所詮、人は見かけだけでほぼ8割方決まってしまうものなのだ。

雪乃「なるほど。つまり比企谷くんの場合、裁判員制度は圧倒的に不利ということね?」雪ノ下が納得したかのようにふむふむと頷く。

八幡「…いったい何をどうやったらそういう結論になるんだよ」
9 :1 :2016/03/12(土) 00:44:16.23

一色「あ、そうだ!だったらいっそのこと、実際に試してみませんか?」


八幡「あん?」

結衣&雪乃「…試すって?」「…何を試すのかしら?」

にこぱぁっと、今日、部室に来てから一番の笑顔を見せる一色とは対照的に、由比ヶ浜と雪ノ下が揃って訝しげな顔をする。俺に至ってはまるっきり嫌な予感しかしてこない。

俺たちの当惑を他所に一色は何を思ったのかいきなり椅子から立ち上がると、そのままとことこと部屋の端まで歩いて行き、短く詰めたスカートの裾をふわりと翻し壁を背にして立つ。

…って、なに?お前もしかしてゴルゴなの?




一色「…という訳で先輩、ヘイヘイ、カマンカマン。レッツ・トライです」
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/12(土) 04:50:26.58
さすがいろはす
余計なことを次々と思いついちゃう
15 :1 :2016/03/13(日) 00:04:36.61

八幡「…なんだそりゃ」ヒクッ


…いきなりレッツとかトライとかって、家庭教師でも派遣するつもりかよ。

だが、両手で小さくおいでおいでとしてるところを見ると、どうやら俺にそれをやれ、ということらしい。

一色「実はちょうど私もいつ葉山先輩から壁ドンされても舞い上がらないように、少し慣れておいた方がいいかなって考えていたところなんです」

ぬけぬけと言ってのけるその心臓には呆れるのを通り越して感心してもいいくらいなのだが、やはりどう考えても呆れる以外の選択肢が思い浮かばない。


八幡「おう、そうか。なんか知らんがとりあえず頑張れよ」言いながら再びスマホの画面に目を落とす。

一色「ちょ、なんですか、その反応?!いいじゃないですか、どうせヒマなんだしっ!」

八幡「一緒んすんじゃねぇよ。こちとらお前の相手してるほどヒマじゃねぇーんだよ」

一色「ハイそこっ!とかなんとか言いつつ、なにカバンからマンガ本取り出してるんですかっ!?」

八幡「…ちっ、うるせーな。そんなにヒマなら部活出りゃいいだろ、部活」

一色「それができるんだったら、こんなとこいるわきゃないじゃないですかっ!」

完全に逆ギレとしか思えない一色の暴言に、由比ヶ浜も苦笑いを浮かべ、雪ノ下でさえ呆れ顔である。

雪乃「いくら比企谷くんがいるからって、こんなところって…。この子ったら、自分がとても失礼なこと言ってることに全然気がついていないのかしら?」

八幡「いや、それを言うならお前も俺に対しては大概だけどな」

雪乃「あなたこそ失礼ね。私はちゃんと気がついた上で言ってるわよ?」

八幡「…なお悪いだろ」
16 :1 :2016/03/13(日) 00:06:38.41

一色「んもぅ、せんぱぁーい、立ってると寒いんだから早くしてくだーさーいー」両手で肩を抱いた一色がぴょんぴょん跳ねながら鼻にかかった甘え声を出す。

八幡「…だから誰もやるだなんて、ひとっ言も言ってねぇだろ」お前人の話をちゃんと聞きなさいって学校で習わなかったのかよ。

一色「あ、そんなこと言うんだったら私、奉仕部に依頼しちゃいますよ?!それなら文句…じゃなかった、問題ありませんよね?!」

むんっとばかりに得意げに胸を張って見せるのだが、残念ながら目視では顕著な変化は観測できない。せいぜいミリ単位、誤差の範囲内だ。

八幡「…アホかお前。問題ありまくりだっつーの」

一色「え?でも奉仕部って、生徒が抱える悩みや問題をなんでも解決してくれるところじゃありませんでしたっけ?」

雪乃「――― なんでも、という訳ではないわ。それに正確には解決するのではなく、解決するための手助けをするところ、ね」一色の率直な問いに雪ノ下が部長として答える。

一色「それって、何が違うんですか?」顔中にハテナマークを浮かべて俺を見た。

八幡「ああ、つまり、俺たちはあくまでも依頼人に力を貸すだけであって、問題を解決できるかどうかは本人次第ってことだ」

一色「…ふーん」

わかったようなわからないような顔をしているが、大抵そういうヤツに限って実はよくわかっていない。(俺調べ)
17 :1 :2016/03/13(日) 00:08:04.83

一色「でも、こんな可愛い後輩女子に壁ドンできる機会なんて、先輩のセミのように短い一生の中で滅多にないことなんですよ?!しかも今なら無料(ただ)ですよっ、無料っ!」

八幡「…この際だからお前が可愛かどうかはともかくとしてだな、それ以前に何で俺の一生が短いことが確定事項みたくなってんだよ」


雪乃「――― 一色さん?先程から聞いているとあなたどうやら何か思い違いをしているようだけど」

一色の暴走を見かねた雪ノ下が手にしていた文庫本をぱたりと音を立てて閉じ、淡々と説教モードで割って入る。

ほれみたことか。こってり絞られて海よりも深く反省しろ。

雪乃「――― セミの幼虫は暗い土の中で約七年間過ごすのよ。だから昆虫の中ではむしろ長生きと言えるわね」

結衣「って、そっちなんだ?!」

八幡「…出たなユキペディアさん」なんでそんな無駄に広い知識披露すんだよ。しかも今このタイミングで。

雪乃「でも、孤独で暗い十七年間を過ごしてきたという点では、比企谷くんはまさに十七年ゼミね。なるほど、ある意味、的を得ているといってもいいわ」ふむふむと一人頷く。

八幡「何気に酷いこといってんじゃねーよ。とりあえずお前は今すぐ全力で謝れっ!」

雪乃「あら、ごめんなさい。さすがに今の発言はちょっと失礼だったかもしれないわね、セミに対して」

八幡「…俺は虫ケラ以下の存在なのかよ」
18 :1 :2016/03/13(日) 00:09:20.32

八幡「ま、とにかく、そういう事だ、一色。どうしてもやりたんだったら、他当たれ、他」

一色「えー、そんな事言われても私、先輩の他にこんなこと頼めそうなキモい男子に心当たりないですし…」

八幡「ちょっと待て、お前、今、俺のことつかまえてさらりとキモいとか言わなかった?」

一色「あ、ごめんなさい。ほら、私って嘘つけない性格なんで」

八幡「それ、明らかに謝るとこ違うよね?」

一色「それにこの場合、壁ドンという行為そのものに効果があるかどうかの検証なんですから、イケメン相手じゃ意味がないじゃありませんか」


八幡「…………こほんっ。いいか一色?葉山ほどではないにせよ、目が腐っていることと働いたら負けだと考えていること以外、基本俺はハイスペックなんだぞ?」

顔立ちもそれなりに整っている方だし、現国は常に学年三位をキープしている。運動神経だって決して悪くはない。それになんといっても小町という超可愛い妹がいるというだけでもう間違いなく圧倒的な勝ち組。


雪乃「…その前提条件からして既に全てを台無しにして余りあるわね」

結衣「…しかも、自分からハイスペックとか言っちゃってるし」


八幡「うるせーよ。俺の場合、誰も言ってくんねぇから自分で言うしかねーんだよっ!」
19 :1 :2016/03/13(日) 00:10:42.02

結衣「…えっと、いろはちゃん、それって同じクラスの男子とかじゃダメなの?」由比ヶ浜が遠慮がちに口を挟む。

八幡「お、それだ!由比ヶ浜が珍しくいいこと言った!」お父さん思わず感動しちゃったよ。

結衣「ちょっ!珍しくとか超余計だしっ!」

確かに一色のような男好きのしそうなゆるぽわビッチであれば、喜んで協力してくれそうな男なんぞ、それこそいくらでもいるだろう…その分、女子からは嫌われてそうだけど。

雪乃「そうね、この時間ならまだ知り合いが学校に残っているんじゃないかしら?」


一色「え? えっと、あー…、そうですねー…」なぜか取り乱す一色。お前、今、目がカジキマグロ並みの勢いで泳いでんぞ。



一色「 ――― あ、でも、やっぱり私、先輩のことが好きみたいなんです!」



雪乃&結衣「えっ?!」ふたり揃って俺を見る。

八幡「って、だからそうじゃねぇだろ。お前らなに勘違いしてんだよ。少し落ち着けっつの」

自慢ではないが過去に同じような勘違いを幾度となく繰り返してきこの俺が、今さら後輩女子、それも一色ごとき相手に“好き”とか言われたくらいで取り乱すはずもない。

…しかし、こいつってば何で俺のことは“先輩”としか呼ばないんだろうね。もしかしてまだ名前覚えてないのかしらん?

そんな事を考えつつ、俺はそろそろ冷めたであろう頃合いを見計らって手元の湯飲みをそっと口に運んだ。


結衣「ヒッキー、それシュガーポットだし!」

八幡「んぶっ?!」

雪乃「…あなたこそ少し落ち着いた方がいいみたいね」
20 :1 :2016/03/13(日) 00:11:50.72

雪乃「一色さん、それはつまり、“年上の男性が好き”ってことでいいのかしら?」

一色「あ、そうですそうです!そんな感じです!」


雪乃「…あらそう」ホッ

結衣「…なーんだ」ホッ


八幡「いや、そんな感じって、お前、いくらなんでもそれアバウトすぎだろ」そんなふわっとしてるの、どこぞの政党の掲げた民意かタンポポの綿毛くらいしか知らねぇぞ?


雪乃「ちなみに年上なら誰でもいいのかしら?もちろん、これはあくまでもちなみに、なのだけれど…」

一色「え、やだなー、そんなわけないじゃないですかー。私にだって選ぶ権利くらいありますよー」チラッ(八幡を見る)

結衣「あはは、だよねー」チラッ(八幡を見る)

雪乃「うふふ、そうよね」チラッ(八幡を見る)

八幡「…うんうん、お前らそうやってさりげなく笑顔で俺をディスるのやめような?」うっかり自殺しちゃったりしたらどうすんだよ。


結衣「でも、どうして年上がいいの?」

一色「え?だって年上の方が何かと頼れるしー…それに」

結衣「ふんふん、それに…?」

一色「デートの時とかもワリカンじゃなくって全部奢ってもらえそうじゃないですかぁー」ニヤァっと、それこそ腹の底まで透けて見えそうなほど真っ黒な笑みを浮かべて見せた。



…うわー、その話、聞きたくなかったわー…。
21 :1 :2016/03/13(日) 00:12:42.64

八幡「だったら俺じゃなくて戸部にでも頼んだらどうなんだ?あいつなら同じサッカー部だし」

結衣「あ、それいいかも!いろはちゃん、とべっちなんてどう?」

由比ヶ浜が“いいね!”ボタンを一秒間に16連打しそうな勢いで賛成する。
22 :1 :2016/03/13(日) 00:13:45.31



「…それじゃ意味がないじゃないですか」ボソッ


23 :1 :2016/03/13(日) 00:14:54.17

八幡「あん?」

一色「あ、いえいえ、さすがにそれはありえないっていうかー…あ、それにほら、戸部先輩、今部活中じゃないですか。邪魔しちゃ悪いですし」

ないない、とばかりに手を振る。でも前半のそれ、いらなくね?

八幡「なら、材木座のヤツ召喚…じゃなかった…紹介やろうか?あいつなら四六時中ヒマしてるから呼べばすぐに来ると思うぜ?」


一色「は?ざい…?なんですかそれ、産廃?」材木座と聞いて、面識のない一色が戸惑いの表情を浮かべる。


八幡「…いや産廃じゃねぃだろ。まぁ、邪魔だし、重いし、かさばるし、処分に困るという点では確かにいい勝負かもしんねーけど」

雪乃「あら、でも彼なら面倒臭いし、鬱陶しいし、気持ち悪いし、何といっても傍にいるだけで十分過ぎるくらい暑苦しいから、この場合適任かも知れないわよ?」

結衣「…ふたりとも、ちょっとひど過ぎだし」
24 :1 :2016/03/13(日) 00:16:06.15

一色「ふーんー…で、どんな方なんですか、その…ざ、ざ、ざ?」

八幡「…どんなって、お前今までの俺たちの話全然聞いてなかったのかよ」

雪乃「アレを言葉だけで的確に表現するにはなかなか難しいものがあるわね…。でも敢えてひと言で言えば…言うとするならば…」

首をほぼ直角に曲げるようにして散々考えあぐねいた挙句、俺を見てふと何か思いついたらしく胸の前で手をポンと打った。


雪乃「“比企谷くんのお友達”…かしら?」

一色「えっ、先輩のお友達っ?いたんですかっ?!」


八幡「…うんうん、お前ら、つくづく失礼だよな、特に俺に対して」
35 :1 :2016/03/14(月) 00:19:24.29

八幡「…ちっ、ダメだ。出やしねぇ」

とりあえず材木座に連絡してはみたのだが、今日に限ってなぜか繋がらない。
普段はワンコールで出やがるくせに、アイツってばホンっト肝心な時に全っ然役に立たねぇし使えねーのな。まぁ、知ってたけど。

一色「ふーん、それは残念ですねー…」

スマホのミラーアプリを使って前髪をいじくりながら一色が応じる。
って、お前いくらなんでも棒読み上手すぎだろ。パソコンのビープ音だってさすがにもうちょっと心こもってんぜ?

一色「じゃあ、やっぱり先輩が…」

八幡「 ――― それはなしだ。さっきも言っただろ?俺たちはあくまでも力を貸すだけだからな」

俺のその言葉に、一色ばかりか、雪ノ下と由比ヶ浜も少しばかり意外そうな顔をする。

確かに今までのように効率のみを重視するだけだったら、俺がやった方が遥かに手っ取り早いしやりやすい。

だが、昨年の修学旅行の嵐山の一件の事もある。

たとえ依頼を解決する為の手段だとはいえ、あれがもし逆の立場だったら、もし彼女たちのどちらかが俺と同じ行動をとろうとしていたならば、俺は何だかんだ理由をつけて間違いなく止めていただろう。

そう考えると、やはり俺がふたりにして欲しくないような事は ――― 少なくとも彼女達が見ている前では、俺もすべきではない。何とはなくだが、そう思った。


雪乃「そうね。私も比企谷くんで試すのは、その…どうかと思うのだけれど…」

結衣「う、うん。あたしもそう思う!」


肯うふたりの口許が心なし綻んでいるところを見ると、どうやら俺の判断は間違っていないようだった。
36 :1 :2016/03/14(月) 00:23:07.41

一色「はぁー…そうですか…」一色が溜息をつく。


その口振りからすると、どうやらやっと諦めて…


一色「…せっかく先輩方も一緒にどうかなって思ってたんですけど」



雪乃&結衣「……………え?」



一色の言葉に雪ノ下と由比ヶ浜が同時にピクリと反応を示した。シンクロ率で言えば120パーセントくらい。お前らいったい何チルドレンなんだよ。


結衣「…えっと、そ、それって、もしかしてあたし達もヒッキーに壁ドンされる…ってこと?」由比ヶ浜が少し食い気味に訊ねる。


一色「え? あ、はい。どうせなら私だけじゃなくって、他の方の意見も参考に聞いてみたいし?」一色はそこで一端言葉を切り、


一色「…でも、当の先輩がノリ気じゃないんだったら仕方ありませんよね…」

さも残念そうな様子を装いながら、チラリと俺に向けて意味あり気な視線を送って寄越した。



結衣「ひ、ヒッキーやってあげようよっ!」///

八幡「ちょっと待てッ!なんでいきなりそうなるんだよっ?!」



雪乃「……ば、ばかばかしい」

その一方でいつもと同じように毅然とした態度を崩すことなく雪ノ下がきっぱりと言い放った。

おお、さすがはクール・ビューティー雪ノ下さん!そこにシビれる憧れるぅ!

雪乃「…………でも、奉仕部に対する依頼、ということであれば致し方ないわね。その…今日は他に依頼人も来ないみたいだし」///

八幡「って、引き受けんのかよっ?!」雪ノ下、お前もかっ?

結衣「う、うんうん、仕方ないよね、なんたって他でもない、いろはちゃんの依頼だしっ!」


一色「うわー!ありがとうございますぅー」

二人に向けて可愛らしく手を合わせる一方で、ふたりの視線が自分からそれた途端、してやったり、と、まるで勝ち誇ったようなドヤ顔で俺を見る。


八幡「や、ちょ、お前ら、嫌なら別に無理して引き受けなくたって…」


結衣「あ、ほらほらっ!ヒッキー、早くするしっ!さっきからいろはちゃんがずっと待ってるんだから!」

雪乃「比企谷くん、さっさとなさい。まったくあなたときたら本当にクズのうえにグズなんだから」


…え?なに?なんかお前ら、急にノリノリになってねぇか?って言うか今の今まで反対してなかった?手のひら返すの早すぎだろ。阿波踊りかよ。
37 :1 :2016/03/14(月) 00:23:48.04

* * * * * * * * * * * * * *
38 :1 :2016/03/14(月) 00:25:05.02

差し込む陽の光が金色に輝く放課後の部室。

俺は壁を背にした後輩と向かい合って立つ。ふとした拍子に会話が途切れ、二人の間に少し居心地の悪い、それでいて胸の切なくなるような、そんな不思議な沈黙を落とす。

「…あの…せん…ぱい…?」

着崩した制服の襟許から覗く薄く静脈の浮いた瑞々しい白い肌と小さな鎖骨の窪みが、やけに眩しい。

「お、おう?」ゴクッ

俯き加減だった後輩が不意にその顔を上げ、潤んだ大きな瞳でじっと俺を見つめる。その差し迫ったような表情と微かに漏れる苦し気な息遣いに不覚にも鼓動が早くなる。

彼女は、すっと視線だけを斜めに落とし、自らの手でしゅるりとリボンタイの結び目を解くと、小さく震える声でそっと囁く。



「…私…初めてなんで…優しく…お願い…します…」

39 :1 :2016/03/14(月) 00:26:13.60

――― 遡る事、数分前。



八幡「…じゃあ、いいか一色?」

とにもかくにもこの茶番を早く終わらせたい一心で覚悟を決め一色の前に立つ俺 ――― の姿を雪ノ下と由比ヶ浜が興味深げにじっと見ている。

…なんなのこの羞恥プレイ。

一色「はいっ。あ、でもちょっと待ってください」 一色が掌を俺に向けてストップをかける。

八幡「って、今度は何なんだよ」

一色「女の子には女の子の準備ってもんがあるんです」

ぶつぶつ言いながら一色はさらさらと前髪を直し、スカートの裾を引っ張って整える。

そして「んっんっ」と喉の調子を整えるように軽く咳払いすると、おもむろに胸元で拳をきゅっと握りしめ、顔を俯けて湿った吐息をひとつ。




一色「…あの…せん…ぱい…?」

40 :1 :2016/03/14(月) 00:27:50.88


雪乃&結衣「えっ?!」///



八幡「 ――― って、だからなんでお前はわざわざ誤解を招くような言い方すんだよっ!!!」///



バンッ


一色「ひゃうっ」

ツッコミと同時に突き出された掌が部室の壁に当たると、静まり返っていた室内に思いのほか大きく響いた。

壁と俺の間に挟まれる形で身体を縮めた一色は、ただでさえ細くて小柄な体が常より更にか弱く小さく見え、俺を見る目が不安に揺らいでいる。


一色「…え、あ、ご、ごめんなさひ…」


先程までの先輩を先輩とも思わぬような不遜な態度はどこへやら、消え入るようなか細い声は次第に尻すぼみとなり、


一色「…ひぐっ、ひぐっ、先輩怖いですぅ~」


遂にはしゃくりを上げてマジで泣き始めてしまった。


結衣「あーっ!ヒッキーがいろはちゃん泣かせたー!さいてー」

雪乃「まったく、かよわい後輩女子を脅して泣かせるなんて、男として本当に最低最悪のクズね」


八幡「…ちょっと待てお前ら、なんでそうなるん…





「―――― 君たちはいったい何をしているのかね?」





いきなり背後から掛けられた声に驚いた俺は、反射的に首を振り向かせる。

黒く長い髪、ややキツめではあるがスッキリと整った目鼻立ち、黒のパンツスーツに白衣の上からでもわかるメリハリの効いたシルエット。

いつの間にか部室の戸口には、奉仕部の顧問である平塚静先生がこちらを見ながら呆然と立ち尽くしていた。

そしてその視線の先には、半ばシャツの胸元のはだけた涙目の女子生徒と、その彼女を壁際に追い詰めたであろう腐った目の男子生徒。


―――― そう、それは紛れもなく、俺自身の姿であった。

41 :1 :2016/03/14(月) 00:33:17.28

平塚「―――― なるほど。事情は大体わかった」


スラリと伸びた長い脚を組んで椅子に座し、ひと通り俺の釈明を聞いた平塚先生がふむふむと頷く。

平塚「要するに、壁ドンとやらをすれば異性のハートを仕留める…いや、射止めることができる ―――― つまりはそう言うことだな?」 その目の奥がキラリと怪しく輝いた。

って、この先生、いったい何をどう理解したんだよ。つか、その前に何で俺、床に正座させられてるわけ?

俺は助けを求めて、ここ何度目かの、すがるような視線を再び雪ノ下と由比ヶ浜に向けて送ったのだが、



雪乃&結衣「つーん」



……… やはりなぜか二人揃って無視されてしまった。
42 :1 :2016/03/14(月) 00:35:10.85

平塚「よし、そうと分かれば話は早い。ものは試しというヤツだ。比企谷?」 言いながら平塚先生が顎で壁を指す。

八幡「…へいへい」 多分、そうくると思ったぜ。

既にいろいろと諦めてしまっていた俺は、まるでマハトマ・ガンジーもかくやという無抵抗主義の境地に浸りながら、言われるがままにノロノロと立ち上がった。


平塚「…いや、キミはそこに立ってこちらを向きたまえ。そう、そこだ」そういって空いた壁の一角を指さす。


八幡「や、壁ドンってのはフツウ、女子の方が壁に立つ…」



ブンッ



皆まで言い終えるよりも早く、突然耳元で風を切る音が聞こえ、



バゴンッ



一泊おいて、いきなりものすごい音と衝撃が教室全体をビリビリと揺るがす。

咄嗟に働いた生存本能のお陰で何とかかわしはしたものの、側頭部の髪の毛が数本もっていかれ、足元にはパラパラと塗料の破片が舞い落ちた。
43 :1 :2016/03/14(月) 00:36:35.38

平塚「…………チッ。外したか」

舌打ちしながら睨みつけるその目が完全に据わっている。明らかにやる気…いや、[ピーーー]気満々だ。全身から噴き出す殺気のオーラが俺の肌にビシバシ伝わってきた。


平塚「…キサマ、なぜ逃げる?」

八幡「いや、逃げるだろフツウ!つか、何すんですか、いきなりっ?!」

平塚「…何、とは異なことを…壁ドンにきまっておるだろう」

…違うし。それ俺の知るどんな種類の壁ドンとも全然違うし。なんなら壁ドンですらないし。


雪乃「平塚先生、先生のそれは“壁ドン”ではなくていわゆる“壁パン”ではないかと思います」

はいっとお行儀よく挙手をしてから、雪ノ下が冷静なツッコミを入れた。

平塚塚「…むっ?違うのかね?」

困惑の表情も顕に投げかけられたその問いに、彼女はいつもの如く静謐な空気を纏ったまま暫し瞑目黙考する ―――― そして、ややあってキッパリと告げた。






雪乃「―――― だいたいあってます」






八幡「あってねぇよっ!!!」

44 :1 :2016/03/14(月) 00:38:51.57

一色「でもすごい威力ですね。あちゃー…、なんか壁の表面にヒビ入ってますよ?」

平塚先生が殴った壁面をしげしげと眺めながら一色が嘆息を漏らす。どうやらとうに涙は引っ込んだらしい。

うん、八幡知ってる!女の子の涙なんてだいたいそんなもんだよね!だって小さい頃から散々小町に騙されてきたもん。嘘泣きは女の子のはじまりだよっ!みんなも気をつけてねっ!


平塚「ふっ。どうだ、比企谷。見眼麗しい年上女性に壁ドンをされたのだ、少なからず胸がときめいたのではないか?ん?」

満面の笑みを浮かべたそのドヤ顔が少しばかり、いや、はっきり言ってかなりウザい。

八幡「…確かに俺の心臓はまだバクバクしてますけど、多分それ、違う理由からだと思います」 率直な感想を述べた。

つか、そんなの食らったら恋に落ちる前に地獄に落ちるっつーの。相手のハート射止めるどころか心肺停止させてどうすんだよ。

平塚「なに、心配はいらん。何のためにAEDがあると思っているのだね?」

八幡「…少なくともこの時のためじゃないことは確かだと思います」

その言葉のどこをどう探しても、とにかく安心とか安全とか明るい安村という要素が全くといっていいほど見当たらない。明るい安村関係ねぃか。


平塚「…それにしても、思いのほか壁ドンというものは難しいものなのだな」

握り締めた拳をしげしげと見つめながら、何が違うのだろう、といった感じで溜息を吐く。

俺に言わせてもらえば一から十まで違うところだらけで、それこそ掠りもしていないのだが、敢えてそれは口にはしない。だってこの人、面倒臭いし。


平塚「…はっ!?そうか、角度かっ?!角度だなっ?!もっと、こう、脇を締めて内側から抉り込むように、打つべしッ、打つべしッ!」ビュン ビュン

…うん、やっぱダメだわこのひと。教師云々以前に人間として問題ありすぎだろ。戦闘力上げる前に女子力上げようよ。
50 :1 :2016/03/14(月) 13:10:00.12

一色「えっと、ちょっとイレギュラーな事態が発生しちゃいましたけど…次、結衣先輩いかがですか?」

結衣「え?あ、あたし?」///


“イチから修行をやり直してきます。探さないでください”

俺たちが少し目を離した隙にわけのわからぬ書き置きを黒板に残して平塚先生が立ち去った後、改めて一色が検証実験の再開を宣言する。

八幡「…アレをあくまでも“ちょっとしたイレギュラー”と言い張るつもりか、お前…」ヒクッ

しかし大丈夫なのかよ、あの先生…。もしかして今頃、片っ端から通行人捕まえて無差別にさっきみたいな壁パンひたすら繰り返してんじゃねぇだろーな。それってもう立派な犯罪行為だろ。テロだろ、テロ。
明日の千葉○報の朝刊とかに載ってたらどうしよう。校門の前で取材されたら「いつかやると思ってました」としか答えようがねぇだろ。


八幡「…つか、まだやんのかよ。もういいんじゃね?」

正直、俺、早くおうち帰りたいんですけど。何で壁ドンで命の危険に晒されなきゃならねぇんだよ。

一色「まぁまぁ。やっぱりこういった事は、できるだけサンプル数があった方が参考になりますし?」


結衣「えっと、ヒッキーはイヤ…なの…?」由比ヶ浜がおずおずと問うてくる。

八幡「や、別にそういうわけじゃないんだが…」

実のところ、昨年来、修学旅行から生徒会長選挙にかけて二人との間で色々とあったせいで、今だ互いの距離感をつかみかねるものがある。
だからという訳でもないのだろうが、こうして改まって正面から、それも間近で顔をつき合わせるとなると何かしら面映ゆいのもまた確かだった。

…って、何意識しちゃったりしてるんだ俺は。キモチ悪い。それこそ自意識過剰ってもんだろ。
51 :1 :2016/03/14(月) 13:12:07.28

八幡「…おし、んじゃ、ちゃっちゃと終わらせるぞ」

そんな思いなどおくびにも出さぬよう、努めて軽いノリを装って由比ヶ浜に声をかける。

結衣「う、うん。そ、そうだね」

応えながらも由比ヶ浜がなぜか遠慮がちにそっと雪ノ下の横顔を窺うのが見えた。

もしかしたらこいつも、俺と同じような思いをずっと抱えていたのかも知れない。
だとすれば、やはりこれが何かの契機となり、以前のようにごく普通に接することができるようになれば、それに越したことはないのだろう。
別に開き直った、というわけでもないのだが、俺は今のこの状況をできるだけ前向きに捉えることにした。

雪乃「由比ヶ浜さん、どうかしたのかしら?」 由比ヶ浜の視線に気が付いた雪ノ下が優しく声をかける。

結衣「ん、うううん。な、なんでもないの」

雪乃「胸ヤケの薬なら常備しているから遠慮しないで。気持ちが悪くなったらすぐに言うのよ?」

結衣「あ、うん、平気、平気、大丈夫だから。気を遣ってくれてありがとう、ゆきのん」


八幡「……いや、お前ら少しは俺に遠慮するなり気を遣うなりしたらどうなんだよ」
52 :1 :2016/03/14(月) 13:13:01.05

由比ヶ浜は意を決したかのように席から立ち上がり、そのまま俺の前を横切って戸口近くの壁際のスペースへと向かう。
そして一色と同じように壁を背にして立ち深々と深呼吸をすると、まるで気合を入れるかのように自分の頬を両手でペチペチと叩いた。


結衣「よ、よぉし、こいっ!」///

八幡「お、おぅ…」


…いや、壁ドンにその掛け声もどうかと思うんだが。つか、そもそも掛け声とかいんのかよ。
53 :1 :2016/03/14(月) 13:15:19.10

「じゃ、いくぞ」「う、うん」

先程の一色のこともあるので、今度は少しばかり手心を加えて、できるだけゆっくりと手を前に突き出…


結衣「 ――― や、やっぱダメッ!!!!」///


…そうとしたところで、いきなり由比ヶ浜の伸ばした両手でもって俺の目が塞がれてしまった。


八幡「おわっ?!」


その拍子に壁に向けて伸ばしたはずの手がまるっきりあさっての方向に突き出され、


…むにゅ


何やら弾力のある物体に触れて止まる。


「え?」「お?」


なにこれ?なんか超やわらかいんですけど?……………もみもみ。って、つい反射的に揉んじゃダメだろ、俺の手っ?!


結衣「ひゃっ?」///


素っ頓狂な声をあげて由比ヶ浜が手を引っ込め、急に開けた俺の視界に飛び込んできた光景は ――――












―――― 材木座の胸を揉みしだいている俺の右手だった。
57 :1 :2016/03/14(月) 20:46:40.95

材木座「…は、八幡よ、た、例え我とお主の仲といえど、こ、こういう事はやはりそれなりの段階を踏んでもらってからでないと…ほげらっ!」

無意識のうちに一発、材木座の頬桁を思い切りブン殴っていた。

だが、これで済むはずもないし、俺もこのまま終わらせるつもりはない。


八幡「材木座…」


ゆらぁり…


材木座「…は、はぽん?」

八幡「…キサマ、北斗七星の脇に輝く蒼星を見たことがあるか?」ゴゴゴゴゴゴ…

材木座「あばばばばばば?」

材木座の顔色が、まるでネズミに耳をかじられた猫型ロボットのように青くなり、その表面からは滝のような汗がダラダラと流れ落ちる。


八幡「これはラブコメの王道を築いてきた作家先生方の分ッ!」


ど が っ!


材木座「ひでぶっ!」


八幡「…そしてこれはラッキースケベを期待した俺の分ッ!!」


ど が が っ!


材木座「たわばっ!!」


八幡「…最後にこれは、これは、これは……最低最悪の形で期待と予想を裏切られた、このスレを見ている皆さんの怒りだあああああああああああっ!!!!!」


ど が が が が が が が が が っ!


材木座「あべしっ!!!」
58 :1 :2016/03/14(月) 20:48:21.81

八幡「てめぇっ、いったいどこから涌いて出やがった?!」

やり場のない衝動的な怒りに突き動かされ、俺は材木座に激しく詰め寄る。

材木座「…い、いや、たまたまこの近くを通りかかったら、お主からの着信に気が付いたもので…」

八幡「言い訳すんじゃねぇっ!」ゲシゲシッ

材木座「ひぃっ!な、なんと無体な仕打ちっ?!」


一色「あのー…先輩、お取込み中スミマセン…それ、もしかして…?」一色が恐る恐る俺に声をかけて来た。


材木座「…むっ?」

いきなり下級生女子に“それ”扱いされた材木座が、床に這いつくばり俺に足蹴にされた姿のまま固まる。


八幡「…ん?ああ、コレか?コレがさっき俺が話した…うぉっ?!」


いきなり材木座がむっくりと起きあがったかと思うと、そのまま何食わぬ顔でぱたぱたと衣服に付いた埃を払い、襟を正す。

そして、おもむろにバババッとコートの裾を翻し、指抜きグローブの中指でメガネのブリッジをくいっと持ち上げた。


材木座「左用!天知る地知る人が知る!隠れもなき我こそは、その名も高き剣豪将軍、材木座義輝その人であ~るっ!愚民共よ、我を崇めよっ!」シュバババババッ

八幡「………って、お前、どこ向いて言ってんだよ。そっち黒板だろ」

どうやら直前までの醜態は材木座の中で“なかったこと”にしたらしい。
59 :1 :2016/03/14(月) 20:50:28.33

八幡「あー…、んで、こっちが生徒会長の一色な。材木座、お前も一応、ゴミカスワナビとはいえこのガッコの生徒の端くれなんだから名前くらい知ってんだろ?」

雪乃「…比企谷くん、この際ワナビはあまり関係ないと思うのだけれど」

結衣「ゴミカスはそのままでいいんだっ?!」


材木座「なぬぅっ?!生徒会長…だと…」俺の言葉を聞いたゴミカス…いや、材木座の顔色が瞬時にして変わった。


一色「へっ?な、なんですかっ?」一色が慌てて俺の背後に逃げ込む。


だが材木座はその口許をキツく引き結んだまま、鼻息も荒くずずずいっと進み出た。近ぇよ。それに暑苦しい。


一色「や、ちょっ、け、ケーサツ呼びますよっ?!私見かけと違ってあんまり美味しくないですよっ?!ってか先輩、早くそれ駆逐しちゃってくーだーさーいー!!!!」


叫びながらぐいぐいと俺の背中を前へ前へと押し出そうとする………って、お前ね…。

60 :1 :2016/03/14(月) 20:52:50.80

材木座「…これはこれは生徒会長殿とは露知らず、大変な失礼をば」コロッ


だが、何を思ったのか、いきなり材木座は一色の前で揉み手をしながらへこへこと頭を下げ始めた。


一色「……へ?」

八幡「…お前、今、選挙前後の政治家みたいに態度豹変してんぞ?」


こいつってば権力とか権威って言葉にやたらと弱いのな。
強いものに弱く、弱いものにも弱い。それがブレることなき安定した材木座クオリティ。
なんか俺、いつ間にかこいつのオーソリティみたくなってねぇか?


結衣「…中二、カッコ悪るぅ」

雪乃「…ある意味、清々しいほどのクズッぷりね」

由比ヶ浜と雪ノ下もほとほと呆れ果てた顔で後輩女子にへりくだる材木座の姿を見ている。

一色はというと、俺の背後から肩ごしに材木座の姿を頭の天辺から爪先に至るまで値踏みするかのような目でひとしきり、じっと眺めていたかと思うと、やがてひと言、



一色「…チェンジ」ボソッ 



いきなりばっさりと切って捨てやがった。

いや、いきなりチェンジって、おまえどこの大統領だよ。もしかして次は“イエス・ウィ・キャン!”とか言い出したりするの?


65 :1 :2016/03/16(水) 00:48:10.31

一色「じゃ、最後は雪乃先輩、お願いします」

せっかく呼んだ材木座も即座にお払い箱となり、しかも“邪魔だから”という訳のわからない理由でさっさと部室から締め出されてしまった。
もっとも、材木座じゃ壁ドンというよりも、相撲部屋の鉄砲の稽古みたくなっちゃいそうだから仕方ねぇか。

材木座「では八幡よっ、しゅらばだっ!」 

…いや、お前には幼馴染も許嫁も元カノもフェイクな彼女もいねぇだろ。


一色の指名を受けた雪ノ下が、大仰に溜息をつきながら席から立ち上がる。 

雪乃「…やれやれ、全く仕方ないわね」 

とかなんとか言いつつも、長い髪の先にくるくると指先を巻きつけ、随分とノリノリのご様子なのだが、それは多分俺の気のせい………ですよねー、雪ノ下さん?

66 :1 :2016/03/16(水) 00:50:27.93

俺の体型はごく標準で、腕のリーチも長くはない。だから壁に手が届く距離で相対するとなれば、自然、雪ノ下とかなり近づいてしまうことになる。

陽の光を浴びて輝く漆黒の黒髪とその髪と同じくらい深く濃い色を湛えた美しい瞳、瞬く長い睫毛。対照的に白い磨きぬかれた大理石のような肌、通った鼻筋、薄桃色の唇。

性格はともかく、見てくれだけは学年一、いや全学年を通じてトップクラスと呼び声が高い美少女が相手だ。緊張するなという方が無理というものだろう。

普段は努めて意識しないようにしてはいるが、それでもやはり ――― その美しさはまぎれもない“本物”だった。


――― それでも、俺は、俺は本物が欲しい。



…やべっ、こんな時に。

いきなり昨年の恥ずかしい記憶がフラッシュバックする。なにこれもしかして走馬灯?俺もしかして壁ドンで雪ノ下にカウンター喰らって死んじゃうの?


雪乃「比企谷くん、どうかしたの?いつも以上に挙動不審で、無様なのを通り越して正直、気持ち悪いくらいなのだけれど」 雪ノ下が俺を見る目がマジで引いている。

八幡「…や、俺は別に…お前が…ホンモノとか…」/// 動揺のあまり、つい思わず訳の分からぬ言い訳を口走ってしまう。

だが、聡い雪ノ下はそれだけで何かを察っしたらしく、不意にその形のよい唇を小さく「あ」の字に形作ると、白い頬を瞬く間に赤く染めた。


……………………… どうやらお互い共有する記憶がリンクしてしまったようですね。

67 :1 :2016/03/16(水) 00:51:16.98

一色「あ、先輩、そこは…」

一色が何か言いかけたようだが、羞恥のあまり取り乱した俺は、その言葉を無視して心持ち、いや、明らかに力を込めて壁面に掌を叩き付けた。

まさに壁ドン。違う意味で。
68 :1 :2016/03/16(水) 00:52:17.44

バキッ 


その瞬間、まるで予期せぬ奇妙な音が聞こえたかと思うと、当然あるはずの抵抗を感じることなく勢いよく前へとつんのめった。


「え?」「や?」「あ?」「お?」


たたらを踏みつつも、なんとか雪ノ下にまともにぶつからないようはにしたものの、彼女の方は壁を背にしてるため逃げることも叶わず

――― 結局そのまま、俺が雪の下を抱き竦めるような形になって止まった。

細いが暖かく、そして柔らかな感触。俺の首筋にかかる湿った吐息。ベルベットのような髪の質感、ふわりと漂うサボンの香り。
思い出したように、もぞり、と、俺の身体の下で小さく雪ノ下が動いたせいでより一層密着感が増す。


…って、

近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近っ!

いや、近いってもんじゃねぇだろ、これっ?!
69 :1 :2016/03/16(水) 00:54:42.03

一色「…だから、そこはさっき平塚先生が殴ったところですよって、言おうとしたのに」 今更のように一色が付け加えた。

八幡「す、すまん」

俺がもごもごと謝りながらぽっかり空いてしまった壁の穴から腕を引き抜き、身体を離そうとする ――― と


「痛っ」 雪ノ下の口から小さな悲鳴があがった。


見るとその艶やかな黒髪が一筋、俺のブレザーのボタンに引っかかっている。

八幡「 ――― や、ちょ、ちょっと待て、今解くから」

そうは言ったものの、どうやら思いのほか複雑な絡まり方をしてしまったらしく、しかもすぐ近くからかかる雪ノ下の息遣いにテンパってしまって、うまく解けない。

雪乃「…ふぅ。仕方ないわね。由比ケ浜さん、私のカバンに裁縫セットがあるから、ハサミをとってもらえるかしら?」

俺がもたもたしているのを見かねた雪ノ下が、そのままの姿勢、つまり俺の胸にもたれかかった状態のまま、自分の肩越しに由比ヶ浜に声をかけた。


一色「…裁縫道具いつも持ち歩いてるなんて、雪ノ下先輩って女子力高いんですね」 一色がまるで場違いな感想をぽしょりと漏らす。


――― だが、肝心の由比ヶ浜からの返事はない。


雪乃「…由比ヶ浜さん?」

再度、雪ノ下が声をかける。今のこの体勢からでは由比ヶ浜の姿が見えないせいもあってか、その声にはいくらか怪訝そうな響きが含まれた。
70 :1 :2016/03/16(水) 00:56:44.03

一色「…結衣先輩」チョイチョイ

結衣「…え?」


一色が小さく袖を引っ張ると、やっと由比ヶ浜が再起動したようだった。

結衣「…あ、ごめん。うん、ちょっと待ってて」

由比ヶ浜は慌てて雪ノ下のカバンからパンダのパンさんの絵柄のついた裁縫セットを探し出し、中にあった小さなハサミをそっと差し出す。

不本意ながらも重なり合ったままの俺達に向けたその目が微かに揺れ動いているのが見えたが、髪に気をとられている雪ノ下の方はその表情の変化にまるで気がついていない。


雪乃「 ――― この体勢じゃ、私にはちょっと無理みたいね。比企谷くん、代わりにお願いできるかしら?」

八幡「…あ、ああ」

俺は由比ヶ浜の表情に何か引っかかるものを感じながらも、とりあえず今は目の前の出来事へと意識を戻した。



一色「あ、先輩、痛くしないでくださいね? 先っぽだけですよ?」 

八幡「…お前、それ絶対わかっててわざと言ってんだろ」
71 :1 :2016/03/16(水) 00:58:41.57


カツン


俺がハサミを入れると、乾いた硬質の音を立ててボタンがひとつ床に落ちた。

雪乃「 ――― え?」

ようやく戒めを解かれた雪ノ下が、ゆっくりと俺から身体を離す。だが、その瞳は驚いたかのように大きく見開かれている。

八幡「ん?どうかしたのか?」 

雪乃「どうかしたって…あなた、私の髪じゃなくて、ボタンの紐の方を切ってしまったの?」

八幡「…当たり前だろ。他にどうしろっつーんだよ?」

別にただの紐だからといって蔑ろにしたわけではない。例のひもとか超人気だし、色々な意味で俺も将来ヒモになりたいくらいだし。

ふと目を遣ると、由比ヶ浜と一色もぽうっとした表情で俺を見ている。
72 :1 :2016/03/16(水) 00:59:20.32

「…ちょ、ちょっと、キュンッってしちゃった…かも…」ボソッ

「…先輩のああいうとこ、ホンッとズルいですよねー…」ボソッ
73 :1 :2016/03/16(水) 00:59:58.65

雪乃「…どうして?」

本人も意識せずに口を衝いて出たであろう真摯な問いに、俺は知らず答えに窮してしまう。

八幡「や、どうしてって、そりゃ…」
74 :1 :2016/03/16(水) 01:00:52.19



「 ――― お前のその美しい髪を切るだなんて、そんな罪深いこと俺にできるわけがないじゃないか」ボソッ


75 :1 :2016/03/16(水) 01:01:23.24



雪乃&結衣「えっ?!」///


76 :1 :2016/03/16(水) 01:03:22.23

八幡「って、ちょっ、一色っ!おまっ、なに勝手に俺のセリフ、アフレコしてやがんだよっ!!!!!」///

一色「…ちっ、バレちゃいましたか」 さして悪びれた風もなく一色がチロリと小さく舌を出した。

八幡「バレるわっ!全っ然っ似てねーしっ!」 だいたい俺がそんな恥ずかしいセリフ、絶対口にするわきゃねーだろ。

一色「…でも、そう思ってましたよね?だって顔にそう書いてありましたよ?」

八幡「なっ?!」///

思わず自分の顔に手をやってしまうという失態を演じた丁度そのタイミングで、先ほどからずっとこちらを見つめていた雪ノ下と目が合ってしまう。

八幡「や、違っ、こ、これはだな…」/// 

一色「…ほら、やっぱり」 一色がまるで見透かしたようにダメ押しをする。


そんな俺見て雪ノ下は何か言いかけたようだが、結局何も言わずに床に転がった俺のボタンをそっと拾い上げた。
77 :1 :2016/03/16(水) 01:05:33.22

雪乃「…制服、かしなさい。ボタン、つけなおすから」 雪ノ下が憮然とした表情で俺に告げる。

八幡「や、それくらいなら家に帰ってから自分でできるし…」

自慢ではないが小さい頃から両親が共働きで帰りも毎晩遅かったせいか、大抵のことならひとりでできる。逆にひとりでできないことはまるでできないまである。

雪乃「いいからかしなさい」 少し怒ったような声で雪ノ下がもう一度繰り返した。

八幡「あ、いや、この寒さで上着脱いだら、さすがにそれは ――― 」 寒いだろ、と言いかけると

雪乃「すぐに終わるから、それまでこれで我慢なさい」 そう言って、いつも膝掛け代わりに使っているストールを差し出した。

八幡「…お、そ、そうか、スマン」

よく考えてみればコートを上に着ればそれで済むことだったのだが、雪ノ下の圧に押し切られるような形でそれを受け取ると、暫し躊躇った後、結局そのまま肩に羽織ることにした。

ふわり、と、さきほどの雪ノ下と同じ香りが漂う。まるで彼女自身に優しく包み込まれたれたような気がして、何だか妙にこそばゆくて気恥ずかしい。

雪ノ下は由比ヶ浜から先ほどの裁縫セットを受け取り ――― なぜか俺のすぐ隣にストンと腰を下ろすと、そのまま何食わぬ顔でチクチクと裁縫をはじめた。


………えっと、あの、雪ノ下さん?気のせいか少し近くありません?
78 :1 :2016/03/16(水) 01:07:42.28

気がつくと、いつの間にか室内をなにやらぎこちない空気が漂いはじめていた。

誰も何も言葉を発しない部室では、時折咳き込むような音を立てるヒーターと、吹きつける風で揺れる窓のカタカタという音ですら妙に大きく響いて聞こえる。

由比ヶ浜は先程からそわそわと身じろぎしながら、雪ノ下を見、その目を今度は俺へと移し、そして膝の上に揃えて置いた自分の手にと落とすという仕草を繰り返している。


一色「あー…えっと…そだ、あの、どうでした、壁ドン?」

沈黙に堪えかねたかのように一色がおずおずと口を開くと、雪ノ下の手がぴたりと止まった。


雪乃「別に…今までと何ら変わりはないわね」 素っ気なく答え、また作業へと戻る。

一色「あ、ですよねー♪」 

八幡「……お前、今、平然と俺の努力を完全否定しなかったか?」

一色「ソンナコトナイデスヨ」 しらっと恍けて見せやがった。
79 :1 :2016/03/16(水) 01:10:23.16

八幡「…ったく、だから最初っから言ってるじゃねぇか。萌えシチュだか焼きカレーだか知らんが、好きでもなんでもな…」

雪乃「…変わらないっていったのよ」 雪ノ下が被せるように小さく呟く。


八幡「…あん?それって…ぶっ」

雪乃「…できたわよ」///


不意に雪ノ下が俺の顔に制服を乱暴に押し付けたせいで、その問いは答えを得ずに宙にぶらさがり、そのまま自然に消えてしまった。

八幡「…お、おう、そうか…その、さんきゅーな」

雪ノ下の態度に釈然としないものを感じながらも、一応、礼を言ってから、仄かに彼女の移り香のするブレザーに袖を通す。

雪乃「…どういたしまして」

雪ノ下はこちらを見ることもなくそう返事を残すと、そそくさと俺から離れカバンに裁縫セットを仕舞う。

そして、窓の外を見ながら ―――



雪乃「…少し冷えてきたみたいね」



誰にともなく、まるで言い訳のように呟きながら、俺の返したストールを自らの身体にそっと巻き付けるように羽織った。


99 :1 :2016/03/17(木) 00:08:39.11

部室の戸締りは部長である雪ノ下の役目なのだが今日は二人を先に返し、俺が施錠して職員室まで鍵を届けることにした。

たまにはそんな日があってもいいだろう。ぼっちであることを寂しいと思った事など久しくないが、今だけはなぜかひとりでいられる事が無性にありがたく感じられた。

放課後の特別棟はひたすらガランとしていて、人の気配はまるでなく、そのせいかただでさえ冷えた冬の空気で余計に寒々しく感じられる。

「寒ぶっ」ぶるりと身震いをひとつ。慣れない手つきで、古くなったせいか少し強情になった鍵に暫く手こずりながらも、ようやく鍵を掛け終える。


「 ――― ずっとこのままでいいんですか?」


不意に背後からかけられた声が誰のものなのかは、振り返るまでもなくすぐに分かった。

八幡「…このままって、何がだよ?」

問いに問いで返しながら、俺は声をかけてきた相手 ――― 一色いろはへとゆっくり向き直る。

“生徒会室に寄る用事があるから”確かそう言ってひと足先に帰ったはずだが、どうやら俺を待っていたらしい。

一色「ホントはわかってるくせに」

後ろ手のまま壁に寄りかかり、光の加減なのか妙に大人びた表情を浮かべて俺を見ている。

その時の俺は多分、後輩女子の戯言に付き合う気が失せるほど疲れ切っていたのだろう。床に置いたカバンを左手で肩に背負うと、そのまま無言で一色の脇を通り過ぎようとした。
100 :1 :2016/03/17(木) 00:09:31.87


一色「 ――― もしかして卒業までおふたりともキープして置くつもりなんですか? 都合よく?」

101 :1 :2016/03/17(木) 00:10:39.58

すれ違いざまに浴びせかけられた嘲るような声に、まるでいきなり頬を張られたような衝撃を受け、一瞬、怒りのあまり目の前が真っ暗に反転する。


バンッ


気がつくと向き直り様、一色を挟み込むかのようにして、右の掌を壁に思い切り叩きつけていた。じわりと鈍い痛みが掌から手首へと伝わってくる。

湿った吐息がお互いの顔にかかるほど近い。だが一色は、先ほどのように怯えて見せることもなく、ただただ俺の目をじっと見つめ返してきた。

そのあまりに真っ直ぐな視線に耐え切れず、いつの間にか俺は自分の方から目を逸していた。
102 :1 :2016/03/17(木) 00:12:16.10

一色「…今日の、アレで、少しは何か進展しました?」挑発的だが、僅な語尾の震えがそれを虚勢であることを明瞭に物語っている。

八幡「…お前、もしかして」 一度逸らした目を再び後輩へと向ける。

一色「…私って、他人がいいなって思う相手には、とりあえず手を出したくなるタイプなんですよね」

変に隠さず、はっきりと告げるその顔に小悪魔めいた笑みが浮かぶ。

八幡「…生憎と、俺たちはそういうんじゃねーんだよ」

搾り出す声が自分でもそれとわかるほど掠れた。
では、何なのか、と問われたら返しようがない。
自分自身にさえ、その答えが未だ何なのかわかっていないのだから。答えを出すことを先送りにしているのだから。


だが、一色はそれ以上追求はしてこず、その代わりに突き出された俺の手に、冷たくなった自分の手を添え、そっと柔らかな頬をすり寄せた。

一色「…だったら」言いかけた言葉を故意に途中で途切れさせる。

そしてゆっくりと伸び上がるようにしながら顔を上向け ――― そのままそっと両の瞼を閉じた。
103 :1 :2016/03/17(木) 00:13:23.03

微かに震える睫毛を見つめながら、永遠とも思える数瞬が流れた。俺は自らの意思の力を総動員して視線を引き剥がす。

八幡「…バカなこと言ってねぇで、お前も早く帰れ」

頭に掌を乗せ、くしゅりとひとつ優しく撫でると、まるで何かの魔法でも解けたかのように一色がぴくりと反応した。

一色はゆっくりと目を開き、小さく溜息をつくと、するりと俺の脇を抜けて少し離れた位置に立つ。そして


一色「さっさと決めちゃえばいいのに」


つまらなそうにそう口にして、そのまま俺に背を向けた。
104 :1 :2016/03/17(木) 00:14:07.15

つかみかねる距離感。ぎこちない空気。それもこれも慣れない人間関係と、ちょっとした言葉や気持ちのすれ違いから生じるものだとばかり思っていた。そう思い込もうとしていた。

だが、他人に言われるまでもなく、俺たち三人の関係は以前とは確実に少しづつ変化しつつある。そうとは気がつかないうちに。いや、気がつかないふりをしているうちに。

不意に、深く重いため息が口を衝いて出た。だが、吐き出しても吐き出しても胸の奥底に沈むわだかまりは一向に消えることなく、逆に少しづつその質量を増して行く。
105 :1 :2016/03/17(木) 00:14:39.53


「…でないと、私がどうしたらいいかわかんないじゃないですか」

106 :1 :2016/03/17(木) 00:15:24.17

独り言に似た小さな呟きが俺の耳に届いたような気がしたが、敢えてその考えを振り払った。

窓から差し込む斜陽で薄く長く引き伸ばされた自分自身の影を引きずるようにして俺は寒々した廊下を通り抜け職員室へと脚を向ける。

束の間、背後に残してきた空気が僅かに滲んだような気がしたが振り向きはしなかった。



俺ガイルSS『思いのほか壁ドンは難しい』了
107 :1 :2016/03/17(木) 00:16:22.20

おしまいです。ノシ
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/17(木) 00:23:00.74
乙乙
思いの外ビターエンドだったけど楽しませて貰ったよ
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/17(木) 00:35:12.63
いろんな意味で原作すぎる

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とあるSSの訪問者

ギャグ系というか、軽い雰囲気で気軽に読めるssかと思ったら最後に原作みたいな重い雰囲気出されたでござる...

とあるSSの訪問者

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