【俺ガイルSS】奉仕部の三人は居場所について考える【前編】

1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:38:16.07
※注意点

・原作から少し選択を変えたif的な話です
・モノローグ多い上にたぶん結構長いです
・想像と自己解釈で書いてる部分が多いので、他の人と解釈が違う部分もあるかと思います
・視点はコロコロ変わります


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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:42:25.99
お互い話を切り出すタイミングを窺いながら淡い陽光の中を歩いていると、不意に由比ヶ浜が口を開いた。

「ゆきのんさ、出るんだね。選挙」

「ああ」

「……あたしも。あたしもやってみようと思うの」

その言葉の正確な意味を頭で理解するよりも先に、胸の内に不快感と焦燥感が訪れた。

雪ノ下が立候補すると言った生徒会長選挙に、由比ヶ浜も出ると言っている。

雪ノ下の話を聞いたときもそうだった。

頭での理解よりも先に拒絶反応があった。そうさせてはならない、と。

だが俺に感情の押し付けなどできない。まずそう考えた。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:43:57.39
だから、それに肉付けをするように理屈を、論理を、合理性を重ねて取り繕い、俺の意思とする。さっきそうして雪ノ下に反対をしたばかりだ。

いや、明確な反対の意思は伝えていないに等しい。なんとかして対案を挙げようとしていただけだ。

先ほどの俺は否定できるだけの十分な理由を自分の中に見つけられなかった。だから俺が最初に抱えた、自分でも言葉にし難い拒絶反応は何も伝えられていない。

雪ノ下の場合は、そこに本音があるのではないかという考えが頭をよぎったから、というのもあるが。

由比ヶ浜に関しても、同様に認めることなどできない。そうさせたくないと俺の中のなにかが求めている。

だが、雪ノ下も由比ヶ浜も俺の許可など必要としていないし、理屈の上では彼女たちのほうがよほど合理的な判断をしている。だから、そんな無機質なもので覆われた言葉では彼女たちに届かないのだろう。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:45:34.71
ならば、頭での理解より先に訪れたものが、俺のどこから来たものなのか考えねばならない。

それはきっと、感情というものだ。そのぐらいはいくらなんでも、俺にでもわかる。

ここで考えなければならないのはそれよりも前。その感情が、俺のどういった思いから発せられたのかだ。

今、由比ヶ浜と話しながらでも考えなければ手遅れになりそうな気がした。

「は?お前、なんで……」

「あたしさ、なんもないから。あの部活でできることも、やれることもなーんもないんだなって。だから、逆にそういうのもありかなーとか」

そんなこと、あるわけがない。

俺が、雪ノ下が、由比ヶ浜の存在に、言葉に、優しさにどれだけ助けられて、救われてきたのか。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:46:51.67
こいつがこんな風に思うのは、きっと俺たちが悪いのだ。

不器用だから。照れ臭いから。恥ずかしいから。すべて自分可愛さの、偏狭な自己愛の成れ果ての言い訳。そんなくだらないことで、由比ヶ浜にきちんとした言葉を伝えていないからだ。

俺は否定しなければならない。事実、そんなことはないのだから。

「んなことねぇだろ。お前、よく考えたのか」

「考えたよ。考えて……あたしが好きな奉仕部を守るには、これしかないって思ったの。三人の中で、いなくても奉仕部が成り立つとしたらあたしだけだから」

「それは違う」

由比ヶ浜が自分をそんな評価しかしていないということが、俺の胸に締めつけるような痛みを与える。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:48:34.28
「違わないよ。あたし、あの部活でなにもできてないもん。だから……」

弱々しく話す由比ヶ浜の目尻には涙が浮かんでいた。

否定しないと。俺の知っている、俺の期待している、俺の居心地のいい奉仕部の光景には由比ヶ浜が必ずいる。

それだけはなんとしても伝えないと。

「違う。絶対に違う。あの部活は三人じゃないと、もう成り立たないんだ。お前がいなくなったらもう奉仕部じゃない。形の上では残ったとしても、それは別のなにかだ」

「ありがと、ヒッキー。そう言ってもらえて嬉しいよ。けど、もう決めたんだ」

今さら取り繕ったような言葉を重ねる俺なんかに向かって感謝の気持ちを述べる由比ヶ浜の言葉は優しくて、力強かった。そして、瞳には決意の色が見てとれた。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:50:12.12
俺の言葉は、願望はまだ、届いていない。そして由比ヶ浜は理解した上で言っている。生徒会長になれば自分が奉仕部に行けなくなる可能性を。

考えろ。俺が今そこにいる由比ヶ浜に、生徒会長になってほしくない理由を。

「…………俺は今までお前らのことも、自分のこともよく考えずに勝手にやってきたから、また勝手に言わせてもらう。それはやめてくれ由比ヶ浜。お願いだ」

こんなのはただの願望の押し付けでしかない。まだ明確に思考になっていない、言葉にできていないものがある。探せ。言葉にするんだ。

「やめてよヒッキー……。せっかく決意したのに、ヒッキーにお願いとか言われたら、揺らいじゃうじゃん……」

「俺が今までさんざんおかしなことやってきたのはわかってる。けど俺は……お前や雪ノ下が犠牲になって守られる奉仕部なんかいらない」
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:51:23.62
自分の言葉にハッとなる。

そうだ。俺は彼女たちの犠牲が、悲しむ姿が見たくないのだ。たったそれだけの話なんだ。

きっと由比ヶ浜は選挙に当選すれば立派な生徒会長になる。由比ヶ浜は誰よりも素敵な女の子だ。みんなにも慕われる。

最初はうまく奉仕部との掛け持ちができても、生徒会の連中も無碍にできなくなる。そしていずれ限界が訪れるだろう。

そうなると奉仕部は失われる。今の俺と雪ノ下だけでは維持はできない気がするから。

由比ヶ浜は自分が行けなくなることも覚悟して大事な奉仕部を守り、その結果守ろうとしたもの、そのものを失う。そんなの自己犠牲にもなっていない。ただの悲劇だ。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:52:29.32
こんなにも素敵な女の子に、そんな思いをさせることをわかっていてじっとできるほど、俺は無関心じゃないし鈍感でもない。

由比ヶ浜がこう決意せざるを得ないほどに追い込まれているのは俺のせいだ。今回の依頼に対して、俺にできることがあまりにもないのだ。

雪ノ下にも言われたが、応援演説で一色を不信任にすることがどれだけ非現実的なのかは自分でも理解している。

俺にできることは本当にもうないのか?

雪ノ下が、由比ヶ浜が生徒会長になれば、奉仕部は終わってしまうのか?

奉仕部がなくなると、俺たち三人が自然に居られる場所はなくなってしまうのか?

三人の居場所。

そうだ。居場所、それは必ずしも奉仕部である必要はないんじゃないのか。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:53:56.28
雪ノ下が生徒会長になり、生徒会から奉仕部に来れなくなるのであれば。

俺たちもそこに行くことができるなら、それは三人の居場所に成り得るのではないか。

「でも、今回は……なにも失わずに守るのは無理だよ……」

由比ヶ浜は困惑しきったような表情を浮かべ、力なく項垂れた。そんな顔、しないでくれ。

「いや、無理じゃないかもしれない。お前が生徒会長に立候補しようとしてる理由はなんだ?」

順番に考えるんだ。そうすることで見えてくるものがあるはずだ。

「それは、あたしが……好きだから。あの部活が」

「そうじゃないだろ。よく考えろ」

「なんでそんなこと言うの……。ほんとに好き、大好きなの、あたし」
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:55:27.73
「あ、いや、えっと。その……」

自分のことを言われているわけがないのに、こんなときにまでその言葉に反応してしどろもどろになってしまった。慌てて話を続ける。

「好きなのは、その、なんとなくわかってる。けどそれは奉仕部ってわけじゃないだろ。例えば、仮に雪ノ下と俺がいなくてもお前は奉仕部を守るのか」

「それは、違うかな……。あたしが好きなのは、ゆきのんとヒッキーのいる奉仕部だから」

「だろ。なら奉仕部にこだわらなくてもいいんじゃないのか」

「どういうこと?」

由比ヶ浜は首を傾げながら怪訝な表情をこちらに向ける。

「俺たち三人は奉仕部がなくなったらおしまい、関係はそこで切れてそれまでだって、お前はそう思ってるのか」
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:57:26.67
俺はそう望んでいない。由比ヶ浜もそうであってほしい、そうであってくれとささやかな祈りを込めて話す。

「ううん、そんなことない。そんなの、やだし。先のことなんてわかんないけど、卒業してもずっと一緒がいい……」

「それならなおさら、奉仕部にこだわることなんかねぇだろ。守るべきなのはあの場所じゃない、この繋がりだ」

自分の言っていることはまちがっていないか。もう一度心に問いかける。

……まちがってはいないはずだ。彼女の願いを、俺の思いを順番に考えていくとこうなる。奉仕部自体はただのラベルで、ただの部屋だ。

一緒のメンバーで同じことをやり続けたい、このままでいたい。それがお互いの求めるものであれば、きっとまちがいではない。そのはずだ。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 21:58:48.38
「ヒッキー……そんな風に思ってくれてるんだ、嬉しいな……。けど、どうするの?部活とかなんか理由がないとヒッキーは帰っちゃうし、ゆきのんは生徒会にかかりきりになるじゃん……」

「あの部活がなくなったとしても別の形で、同じようにいられる手段ってあるんじゃねぇか。例えば……生徒会とか」

「……えっと、三人で生徒会に入るってこと?」

「そう、要は奉仕部の場所を生徒会に移すだけだ。もともと依頼にしてもほとんど平塚先生とか生徒会絡みなんだから、今までとそんな変わんねぇだろ」

「そっか……。それならゆきのんが生徒会長になっても、今まで通りみたいにやれるかも……」

「生徒会のことは当然生徒会全員でやる。けど個別の依頼は生徒会とは無関係なんだから、これまで通り三人でやればいい。……どうだ、無理な話か?」
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:00:47.31
「む、無理じゃないかも……。じゃあ、ゆきのんはもう引き留めないんだね?」

「ああ。雪ノ下が自分で決めたことだから、もうそれは止めない、止めちゃいけない気がする……。だから生徒会長になってもらう」

雪ノ下が生徒会長をやるのを私の意思と言ったことが、やってもいいと言ったことが本音なら。

過去に俺がやった、欺瞞を認めるような解決策を、それはまちがっていると教えようとしてくれているなら。

それは否定すべきじゃない。俺にそんな資格はないから。

その考えはきっと、最初から頭の片隅にあった。

だが今こうして立ち止まって、雪ノ下が生徒会長でもという前提で考え直したから、それに気付くことができた。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:02:02.53
きっと俺のやり方を押し付けたままでは、彼女たちの選択を単純に否定したままでは素通りしていたのではないかという気がした。

「あ、あたしはどうすればいいのかな?副会長、とか?立候補?」

「そうだな。なんかの役職に立候補すればいいんじゃねぇか。副会長か……お前に向いてそうなのは会計かなと思うけど。なんか主婦みたいな謎の会計能力持ってるし……」

「それ文化祭のときのこと言ってる?なんで覚えてるのそんなの……。うーん、何にするかはまた考えてみる。それでヒッキーはどうするの?」

由比ヶ浜は話の続きを促してくる。未だ戸惑いつつではあるが、表情にいつもの柔らかさが戻ってきているように見えた。

俺の言葉が届いたのかと思い、少しだけ安堵する。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:03:28.14
「……俺はなにに立候補しても当選なんかしねぇからな、役付きは無理だ。庶務ってとこだな」

情けない話だが、たぶん信任投票でも不信任になる。あの悪評がどこまで広まっているのか定かではないが、相手がいなくても厳しい戦いになることは間違いない。

やはり今の俺を苦しめるのは過去の俺だ。ならば、未来の俺を苦しめるのは今の俺なんだろう。

今の俺の行動は、未来の俺を苦しめることになるだろうか。いつも後悔はしないよう選択しているつもりだが、後悔は必ず後にしかできないから、今を常に迷っている。

「そっか……。あの場所じゃなくても三人で自然にいられる方法とか、考えたことなかった……」

「俺もだ……。それに、あのな。勘違いかもしれねぇけど……。雪ノ下が生徒会長やってもいいって言ったのは、本音かもしれんと思ってな」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:04:46.52
「そう、なのかな……。でも確かにああいうのやってる時のゆきのんって、イキイキしてて楽しそうだよね」

「あいつは俺と同じで理由がないと、建前がないと自分で動けないんだよ、たぶん。一色の依頼で生徒会長をやってもいいって理由が与えられたんじゃねぇか」

雪ノ下と俺が似ているとはもう思っていないが、ある意味では同種の人間なのかもしれない。

それはあまりよくないことなのかもしれないが、感情の押し付けを醜いものと考え、良しとしないという気持ちは俺にもよくわかる。

そして、理由がなければ、建前がなければ動くことができないというのは俺も同じだ。

だが今の俺は、己の感情に端を発するものから考えて、納得のいく結論を出すことができたと思っている。

雪ノ下のやり方を否定せず、何も壊さないようにと願った結果だ。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:06:42.10
最終的には、俺個人の願望と呼んでも差し支えはないものではあるが。

「ゆきのんてさ、なんでそういうの言ってくれないのかな……。ちゃんと言ってくれたらわかるのに……」

由比ヶ浜は唇を尖らせて足元の小石を蹴る仕草をする。なんだそのいじらしい仕草は……。由比ヶ浜らしいな。可愛い……かもしれない。

「それが言えたら雪ノ下じゃないな。あってるかどうかもわかんねぇから、雪ノ下ともう一度話してみないか?」

「うん、話してみようよ。話さないといけないんだと思う。あたしたち今ビミョーじゃん……。ゆきのんも、ヒッキーも、あたしも。ちゃんと思ってること伝えないと……」

「……そうだな。俺のせいなんだけどな。迷惑かける」

事の発端は一色の依頼ではない。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:08:41.06
なんでもないはずの依頼がここまで気まずくなるほどこじれたのは、修学旅行の俺の行動のせいだ。俺のついた嘘のせいだ。

俺はかつて誰かと共有していたと思っていたあの信念を、取り戻せているだろうか。

「ううん。ヒッキーに任せっきりだったあたしたちも悪いから……」

由比ヶ浜は申し訳なさそうに、控えめな優しい笑顔を向けてくれた。

先程まで見せていた悲壮で物憂げな表情からすれば格段の変化だ。その顔を見て、ぞわぞわとした焦燥感が薄れていくのが自覚できた。

だから、いつものように戻った由比ヶ浜ともう少しだけ一緒にいて、安心したいと思った。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:09:53.29
「じゃあ、もうちょっと、一緒に帰るか」

「え?あ、うん……。ね、ヒッキー」

「なんだ」

「あたしたちのこと考えてくれて、ありがと」

「よせ、そういうのは。俺はそんな感謝されるようなことはしてねぇ。今回は本当に、できることがないんだ」

いつもの問題を先送りにして、最終的に台無しにするような手すら使えなかった。出せるのは現実味のない、誰も特をしないし解決もできなそうな愚策だけだった。

「なんでそんな風にしか言えないかな……。まぁいいや。あたしが勝手に言うだけだから。それならいいでしょ?」

由比ヶ浜は引かなかった。それでも俺に感謝を伝えたいと。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:11:14.19
「……好きにしろ」

顔を背けながら無愛想な言葉を返す。

俺がそれを望まないからと、願望を押し付けただけではあるが、それがお互いの望みと重なるのであれば。

その感謝の言葉は、ありがたい。また俺は救われたのかもしれない。

「うん、好きにする。ね、いつからあんなこと考えてたの?」

「そうだな、雪ノ下が立候補するって言ってから考え初めて……最初はそんなの認められないって思ってたんだけどな」

「だよね。ヒッキーも反対してたし」

「雪ノ下のやっても構わない、って言葉が引っ掛かってたのと、あとは……具体的に思い付いたのはついさっきだよ。お前が立候補するって言い出してからだ」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:14:16.64
「そうなの?」

「ああ。お前らに俺の感傷を押し付けるなんてしたくねぇって思ってたけど……。それでも俺は、お前が守ろうとして何かを失うのは見たくない。そう思って順番に考えたらさっきの結論になった」

半歩後ろを歩く由比ヶ浜の足音が聞こえなくなったので、何事かと振り返って顔を見る。

潤んだ表情で俺を見つめていたので、思わず狼狽えそうになる。

「…………抱きついて、いい?」

さらに重ねられる突然の言葉に、思わずあとずさってしまった。何を言い出すんですかこの子は……。

「ばっ、なんでだよ。こんなとこで駄目に決まってんだろ」

いかん、余計な言葉をつけてしまった。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:15:17.74
「そう。じゃあまた今度、別のとこならいい?」

やっぱり!由比ヶ浜はその言葉を逃してくれなかった。違うんですよ……そうじゃなくてですね……。

「いや、今度もねぇから……」

「……ないの?」

首をかしげ、キョトンとした表情を浮かべる。その頬は紅潮しているように見えた。この赤さは夕焼けのせいではないはずだ。

いや、可愛いけど……恥ずかしいなら言うなっての……。

「聞くな、そんなの……」

「そっか、わかった。明日ちゃんとゆきのんに話さないとね」

「そうだな。ていうかな、俺は平塚先生の命令があるからあの活動から抜けることなんかできねぇんだよ。奉仕部がなくなりました、それではなんて通用しないから仕方なくだな……」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:16:47.22
聞かれてもないのに唐突に、何に対してか、誰に対してかもわからない言い訳を吐き始める。

やだ……八幡くん気持ち悪い……。

「……わかったよ、そういうことにしとくよ」

由比ヶ浜は照れ臭そうに笑って、「言わなくてもわかってるよ」と伝えてくれた。

助かる……けど俺のほうが恥ずかしいな。間違いなく。

「そうしといてくれ」

「うん。ちゃんと伝わったから……。もう、大丈夫」

「……そうか」

本当に、俺の言葉で思いは伝わったのだろうか。由比ヶ浜の言葉にどんな裏があるのだろうか。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:18:04.87
またそんな風にして、どこまでも優しい由比ヶ浜の言葉すら疑ってしまう。

無条件に信じることのできる他人は、今のところ俺には誰もいない。

そんなことを考えずに済む、わかっていると言えるような他人は、俺の人生に登場するのだろうか。

そんな人がいてくれたら。そんな人間関係があるなら。

───三人がそうなれたら。

俺はそれが欲しいのかもしれない。

由比ヶ浜と別れて家路についてからもそればかり考えていた。

そのうっすら見えたものは、強い光を直接見たあと目を閉じても残るおぼろげな像のように、目の奥に焼き付いて離れることはなかった。


一一一
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:19:02.26


由比ヶ浜と話をした翌日に、二人を部室に呼び出した。

俺と由比ヶ浜の方針は決まった。三人の話なのだから、雪ノ下に話すのは早いほうがいい。

扉を開けると二人は既にいつもの席に座っていたが、会話はなかった。うす、と短い声をかけていつもの席につく。

雪ノ下の表情は堅い。閉じていた目を開き、席についた俺を見ながら口を開く。

「わざわざ呼び出すなんて珍しい真似をするのね」

口調も表情と同様、堅くて厳しいものだった。

「ああ。俺たちの結論を出そうと思ってな」
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:21:06.96
「私たちの、結論?」

「そうだ。お前の意思は変わらないか?」

「変わらないわ。これが最善手よ」

俺を真っ直ぐ見据えながら、迷うことなく芯の通った声で俺を突き刺す。

だが俺はたじろがない。想定していた答え通りで、むしろ安堵さえ覚える。

「部活は、どうするの?」

由比ヶ浜が遠慮がちに尋ねる。わかってはいたことだが、雪ノ下がこの部活をどうしようとしているのかは気になるのだろう。

「前も言ったでしょう。ここに影響するようなことにはならないって」

「そんなわけ、ないよ……。でも、それなら。ヒッキー」
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:22:32.16
由比ヶ浜は俺と視線を交わし、合図を寄越す。わかってるよ、ここまではちゃんと考えてたことだから。

意を決して、前もって用意していた答えを伝える。

「おお。わかったよ雪ノ下。お前は生徒会長になれ。それで、奉仕部はもう終わりだ」

「なんで……何故、そうなるの?」

雪ノ下に明らかな動揺が見てとれた。さっきまで揺らぐことのなかった力強い目が、今は伏目がちになっている。

そうだよな。いきなり終わりだとか言われると戸惑うよな。

「無理だよ、お前が生徒会長とここの兼任なんて。だからもう奉仕部はおしまいだ」

雪ノ下がなんと言おうと、これは由比ヶ浜も俺も同じ考えだ。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:24:55.72
雪ノ下にそんなキャパシティはないし、要領よくやれるほどの器用さがないことも知っている。

だから奉仕部は形を変える必要があるのだ。

「……そう。わかったわ。でも奉仕部がなくなっても、私は……」

雪ノ下は諦観するように俺の言葉を受け入れた。その後にも何か言葉を続けようとしていたが、口から吐き出されるのは空気のみで部室に静寂が訪れる。

奉仕部がなくなっても、雪ノ下は。ここに続く言葉はなんだろうか。

俺の、由比ヶ浜の願うものと同じかもしれないと思うのは、都合がよすぎることだろうか。

静寂を打ち破ったのは由比ヶ浜の声だった。

「ゆきのん。あたし、会長以外の役職に立候補するよ」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:26:01.02
生徒会長に立候補すると俺に伝えた声とは違い、透き通ったような、優しさに溢れた話し方だった。

「え?由比ヶ浜さん、どういう……」

意味がわからないといった様子でわかりやすく狼狽える。そこへさらに俺が言葉を追加して畳み掛けた。

「俺は庶務だな。立候補者のいない書記で信任投票になっても落ちそうだし」

「あなたたち……」

雪ノ下は呆然とした表情で力なく、意味があるのか判然としない言葉を呟いて、俺と由比ヶ浜の間で視線を動かしていた。

「ゆきのんと、離れたりはしないよ」

「ま、そういうアレだ。奉仕部は生徒会に移ることになるな。仕切り直しだ」
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:27:50.47
雪ノ下は俺たちの言っている意味を理解すると、顎に手をあててなにかを思案し始めた。数秒の間考え、ゆっくりと口を開く。

「……どっちから言い出したことなの?」

「ヒッキーだよ。あたしは生徒会長に立候補しようとしてたから……」

由比ヶ浜は辛そうに目を伏せて消え入りそうな声で話した。雪ノ下と争うという決断には痛みが伴ったせいだろうか。

「そう、比企谷君が……。これが、あなたの望む解決なの?」

「そうだ。お前の意思を汲んだ上で、お互いの望みを叶えるにはこれしかないと思った。…………不満か?」

「い、いえ。私は…………悪くない気分よ」

俺はこれまでに雪ノ下のいろんな笑顔を見てきた。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:29:11.14
けど、あどけない少女のような微笑をたたえる雪ノ下の姿を見たのは始めてだった。

思わず見とれてしまっていたが、由比ヶ浜が視線を向けたことに気がついたので一瞬で我に返り、慌てて言葉を繋ぐ。

「そ、そうか。最後にもう一度、繰り返しになるが確認させてくれ。お前は生徒会長になっても、それが負担になることはないんだな?」

「ええ。やっても構わない、と思っているわ」

構わない、という言葉を強調したように聞こえた。

ああ、こいつはこういう言い方しかできないんだ。やりたいなんてことは言えないんだ、きっと。

……昨日気がついてよかった。違和感というものは馬鹿にならないものだ。
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:30:25.70
俺は俺の直感とか、そういうものをもう少し信じてやってもいいのかもしれない。

「ならいい。今度はまちがってないってことでいいのか」

「そうね……。こういうのも、ありなんじゃないかしら……」

「そうだな。ありだよな。もうお前だけには背負わせねぇよ。文化祭の二の舞はごめんだ」

素直な言葉だった。文化祭の失敗を繰り返したくない。なにより、由比ヶ浜にしろ雪ノ下にしろ、負担を他人に押し付けるというのは酷く居心地が悪い。

かといって俺が生徒会長などやれるわけがない。だったら補佐できる場所に俺もいる必要がある。

この思いを別の見方から言うと、他人に任せることができないということになる。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:32:07.36
俺は結局、この二人を信頼していないことに他ならないのかもしれない。

「比企谷君…………」

名前を呼ばれて顔を上げる。気がつくと雪ノ下が頬を染めながら、すがるような瞳でこちらを見つめていた。

ちょっと、そういうのは動揺するんでやめてもらえますか……。

「なんだその目は。あんま睨まないでくれるか」

「に、睨んでなんかないわよ、失礼ね」

雪ノ下は恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。睨んでいるのではないことは当然わかっていた。

こっ恥ずかしいからやめてくれという意味で言ってみたが、どうやら目論見はうまくいったようだ。

「……言わなくてもわかることって、あるんだね」
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:33:57.48
「由比ヶ浜さん?」

由比ヶ浜がぽしょっと呟いた。雪ノ下ははっきり聞こえなかったようだが、俺にはわかった。昨日の会話でも似たようなことがあったから。

「ううん。なんでもない。ゆきのん、あたし選挙勝たないといけないから、助けてよ!」

「あなたなら何もしなくても勝てるんじゃないかしら」

「そうだな。応援は三浦とかにすんだろ?お前なら勝てるよ」

「そうなのかな……。でも、落ちるわけにはいかないからやれるだけやるよ。あ、その前に何に立候補するか決めないと」

「んだな。あー、俺一色に話してくるわ。問題は解決するって」

言いながら席を立ち、返事を待たずに足早に部屋を出ようとする。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:34:48.81
これ以上ここにいて、また妙な雰囲気になっても困るのでしばらく時間を空けようという思いがあった。

扉まで歩いたところで雪ノ下の声が背後から聞こえた。

「そうね。私は平塚先生に奉仕部の活動の場が生徒会に移っても構わないか話してくるわ。おそらくそれに関して問題はないと思うのだけれど……」

「けど、なんだよ」

「あなたも……来る?」

だから、そんなに恥ずかしそうに言わないでくれますか……。ていうか別に一緒じゃなくてもよくないですか。

「なんでだ、お前だけでいいだろ。平塚先生が俺をここから解放してくれるわけないし。誰か欲しいなら由比ヶ浜と行けば?」

「そ、そうね。由比ヶ浜さん、行きましょうか」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:35:47.34
「……うん、わかったー」

由比ヶ浜の返事に少しだけ間があったことが気になったが、今はここから早く離れたかった。なんか恥ずかしいんですよ!

「じゃあまた後でな」

「ええ。また、あとでね。比企谷君」

「ヒッキー、またね」

挨拶もそこそこに扉を閉めて一色を探しに向かう。思ったよりスムーズに話がまとまったので気分は楽で、足取りは軽かった。

奉仕部は形を変えることになりそうだ。それに伴って俺たちの居場所も変わる。

なんとなしに振り返って部室の扉を眺めてみる。

そうか、もうすぐこの部屋に来ることはなくなるのか。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:37:47.24
ただの学校の一室ではあるが、三人でいろいろな時間を過ごし、記憶を共有してきた場所だ。

俺の中では間違いなく、高校生活で一番思い入れのある場所だろう。

他の場所には思い出がないわけではない。たぶん。……いや、あるよね?

ともあれ、場所は変われど雰囲気も新たに奉仕部としての活動は継続されるのだ。悲観することなどない。

楽しい時間は、なくしたくないものはいつかは失われる。今回はなくしたくないものを失わなかっただけ良しとせねば。

俺の望むものに、居場所がどこかはさほど問題ではないのだから。


一一一


部活か、一年の教室か、どちらを探しに行くか迷った末、先に教室を見ておくことにした。外はちょっと寒いし。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:38:57.57
落ち着かない気持ちで一年の教室を見て回る。放課後なので人はまばらなのが救いだ。

そもそもあいつクラスどこなんだよ、聞いときゃよかった。

たまに一年生から向けられる訝しげな視線にそわそわしていると、何個目かの教室で男子二人を相手に談笑する一色の姿を見つけることができた。

なんで部活に行ってないんですかね……。

都合よく同じ教室から出てきた別の男子に声をかける。

「すまん、一色さん呼んでもらえる?」

「はぁ、いいすけど」

呼んでもらう間に少しだけ移動して教室から離れてしばし。一色が教室から出てきた。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:39:55.70
「葉山せ…………なんだ、先輩ですか」

俺を見つけるなり表情も声もがらっと変わる。ほんとこいつは……。

「悪かったな俺で。露骨に声のトーン変えやがって……。話があるからちょっと時間くれ」

「な、なんですか意味深な。告白とかやめてくださいよ、無理ですから」

なんなのその発想は。告白され慣れてるのか、もしかして。……うわぁ、すげぇされてそう。そして振るのにも慣れてそう。

「しねぇよバカ。いいから来い」

軽くあしらいながら人気のない階段まで歩く。

「ひっどーい!こんなに可愛い後輩のことバカって言いましたね!」

「あざといつーか嘘臭くて可愛くねぇんだよ、お前」
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:41:15.40
「なんですかそれ……。そんなこと言われたの初めてです……」

意外にも一色はしょげてしまった。それが作った可愛さであることはこいつ自身もわかってるだろうに。

…………でも、言い過ぎたかな。そんなしょげられると……困るじゃないか。俺にそんな趣味はねぇし、まだあざといほうが気が楽だ。

「ああ、いや悪い。顔は、その、可愛い部類だ。たぶん」

予想した通り、曖昧でへどもどした喋り方しかできなかった。フォローとか人を褒めたりとかは苦手です。どうも比企谷八幡です。

でも顔が可愛いってのはお世辞とかじゃなく、その通りなんだよなぁ……。

「それフォローになってるか微妙です……。でもまあ?一応?あ、ありがとうございます……」
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:42:15.39
よせよそんな照れた顔すんなよ。言った俺がもっと恥ずかしいだろ。

無理矢理話をぶったぎって本題に入ることにした。

「……で、話なんだが。お前の依頼は解決できそうだ。生徒会長にならなくて済むぞ」

「はー。それは当然なんですけど。どうするつもりなんですか?」

あれ?その反応お願いしてきた人の態度とちがくない?

「当然てお前な……。まあいいや。雪ノ下が生徒会長になる。あいつに負けるんならお前も周りも仕方ないって思えるだろ」

「結局そうなったんですかー。でもいいんですか?なんか先輩反対してたじゃないですか」

「あー、いいんだそれは。それのお陰で俺の問題も少し解決したし……」
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:43:34.22
修学旅行の一件からおかしくなった部活の雰囲気を変えられる、その結論に辿り着けたのはこの依頼があったからと言えなくもない。

依頼自体がなければ別の選択は当然あっただろう。

だが変えるために何をするにしても、別のきっかけが必要になったに違いない。

だからとりあえずまぁ、心の中でほんのちょっとだけ一色にも感謝しておくことにしよう。

「はい?」

首を捻る一色の顔の下に、何わけわかんないこと言ってるんですか先輩?という字幕が見えた。

なんだその顔、ムカつくな。あと口を閉じろ。

「ああ、いや独り言だ。とにかく解決するから。お前はもう何もしなくていいぞ。じゃあな」
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:44:58.72
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、先輩」

詳しい話をするつもりもないので適当に話を切って去ろうと振り向くと、ブレザーの袖口を掴まれた。

その際に一色の手が俺の手に触れ、女の子特有の冷たくて柔らかい感触が伝わる。

やめてください一色さん。可愛い子のボディタッチにはすこぶる弱い。どうも比企谷八幡です。

「なな、なんだよ」

「意識しないでくださいそんなつもりはないので。その、それって確実なんですか?わたし間違って勝っちゃったりしませんか?」

「あ?お前が雪ノ下に勝てるわけねぇだろ。あいつ自身も凄いけどな、さらに応援は葉山がするって話だぞ」
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:46:30.27
この組み合わせに勝つにはそれこそ、交遊関係も広そうな由比ヶ浜ぐらいしか思い付かない。由比ヶ浜ってファン多いらしいし……。

そんなことを考えていると、得体の知れない不快感が頭をもたげてきたので思考を中断することにした。

「それはまぁ、確かにそうなんですけどねー……。でも雪ノ下先輩と葉山先輩ってクラス違いますよね?なんで応援頼めるんですかね?」

「俺もよく知らんが、あいつら幼なじみらしい」

「へー……は?幼なじみ?」

甘ったるいトーンの下が今俺と話していた声で、そのさらに下のトーンの声が聞こえた。

一色さん、その声怖いんですが。いくつ使い分けてる声があるんですかね……。
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:47:38.49
「……雪ノ下先輩と葉山先輩って、その……。幼なじみ以上とか、そんなことってあるんでしょうか」

「知らねぇよ。俺はそうは思えないけど」

実際にあの避けようは、そんなことがあるようには思えない。葉山は誰に対してもそう変わらないので知らないが、雪ノ下の態度は忌避しているという類いのものにすら見える。

「むー……近づく必要がありますかねー?」

不適な笑みを浮かべ、不穏に聞こえなくもない言葉を静かに呟く。……何する気だ。

どうやら一色は一色なりに葉山をかなり気にかけているようだ。ほーん。でも人の恋路に首を挟むのもなんだな。ほっとこう。

そしてもう一つ、伝えておこうとしていたことを思い出す。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:48:38.69
「好きにしたら?あ、あともうひとつ。雪ノ下が生徒会長になった時点でお前が相談に来たあの部活、たぶんなくなるから」

「え、ちょっと。それってどういう……わたしのせい、ですか?」

「お前のせいじゃないから気にすんな、ほんと。まだ確定じゃないけどな。実際のとこなくなるつーか生徒会に場所を移すだけだ」

「はー。ってことは先輩も生徒会に入るんです?」

一色は興味なさそうな声で聞いてきた。興味ないなら聞かんでもいいだろうに。

そう思いながらも律儀に返答をする。

「ま、そうなる。俺は選挙でも信任投票でも落選しそうだから役職はねぇだろうけどな」
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:49:33.31
同じようなことを言うのはこれで三度目だ。さすがの俺でも少し悲しくなってきた。

よくわかってるから現実はあまり見せつけないでもらえますか。

「信任投票でも落選するって、先輩どれだけ嫌われてるんですか……」

やめて!そんなドン引きですみたいな顔はしないで!

それにしてもあれだな。一色がその手の噂に疎いのかどうかは知らんが、一色に届いてないんだな。

やはり雪ノ下の言っていた通り、自意識過剰にも程があるな。でも。

「少なくともお前以上には嫌われてるな。いろいろ悪評があんだよ」

「先輩って、そういうの否定しないんですね」

「事実だからな。友達もいないぼっちだし、否定なんかしたくてもできねぇよ」
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:50:29.36
「その割には葉山先輩と一緒に出掛けるぐらい、仲良さそうじゃないですかー」

一色は少しだけ拗ねるような口調になった。いや、葉山を取るとかそんな海老名さん的展開はないから。

それにこの前のダブルデート(笑)は丸っきり楽しいことなどなかった。むしろ苦痛ですらあった。

楽しそうとか、葉山と友達だとか思われると迷惑だ。俺も、勝手に断定するが葉山も。

「葉山なんか別に仲良くない。あれは、そう。成り行きだ」

「あのあと、葉山先輩と先輩って一緒に遊ぶぐらい仲良かったんですねーって聞いたら同じこと言ってました。なんなんですか?」

「なんでもないとしか言えねぇな。ただ同じクラスってだけだ」
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:51:22.25
それ以外に言いようがないな。もともと住んでいる世界が違うと思ってるし。

「それだけで遊びに行ったりしますかね……。なんか不思議な関係ですね。それに、先輩は結衣先輩や雪ノ下先輩とも……。やっぱり、そんなに嫌われてるとは思えませんよ」

「それはまぁ……なんつーの?俺が最悪だってわかって付き合ってくれてる酔狂な奴もいるんだよ」

きっと奉仕部のあの二人は酔狂な物好きだ。というか変なのは俺だけじゃなくてあいつらもだし、お互い様かな。

「へー……。そうですか、わかりました。ではまた」

ぺこりと形だけの会釈をして一色は去ろうとしたが、最後の挨拶は間違っているので否定しておくことにする。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 22:52:27.45
「いや、またはないだろ。俺と話すことはもうないと思うぞ。接点がねぇだろ」

「そうですね。接点がなければ話すことはなさそうですね。じゃあまたでーす」

わかったとか言いながら最後の挨拶は変わらない。ほんとにわかってんのか?

「だから……まあいいや。じゃあな一色」

同じやり取りをもう一度繰り返すのも面倒なので、俺は正しい別れの挨拶をして立ち去ることにした。

一色か。人のこと言えないけど、変な奴だったな。でもまあ、これであいつと話すことはもうないだろう、また依頼でもしに来ない限りは。

……ありそうな気がしてきたな。

あいつはあいつで人間関係の問題があるから、あの依頼に繋がったわけだし。奉仕部が生徒会に移ることも言っちゃったし……。

どこに行けば依頼できるのかわかってしまった一色が、また面倒なことを持ってこないよう祈りながら部室へ戻った。



☆☆☆
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/29(月) 23:15:35.63

おもろい期待
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/01(水) 12:24:31.30
おー新作きてた いつも楽しみにしてます 乙です
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:06:38.74


わたしが生徒会長にならなくて済むと聞いて、最初に訪れたのは安堵の気持ちだった。

あの先輩たちはきっと解決してくれる。そう根拠もなく勝手に信じていだけど、それでもホッとしたのが正直な感想。

もともとやらされそうになってただけだし、そう感じるのは当たり前だと思う。

でも続けてその解決策を聞いたとき、少しだけの罪悪感が芽生えた。

本来であれば雪ノ下先輩だって無関係なのに、わたしが相談に行ったから巻き込んでしまった。どうしても他に解決策がなくて、仕方なく生徒会長をやることにしたのかもしれない。

そういうことをする部活動だとは聞いていたけど、ここまでさせても、やってもらってもいいんだろうか。
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:07:35.50
わたしだって被害者なんだけど、わたしに向けられた悪意を他人に押し付けて安穏としていられるなら、今度はわたしが加害者のようなものだ。

だからといって生徒会長など絶対にやりたくないわたしは、雪ノ下先輩にお礼を言いに行くこともなく中途半端な思いのまま数日を過ごした。

ちゃんとお礼に行かないとな。でも雪ノ下先輩や結衣先輩に嫌な顔されたらやだな。

そんな気持ちもあったから、おそらく一年生のほぼ全員が興味を持っていないだろうと思われる、最終的な生徒会役員候補者の掲示を一人で見に行く気になった。

先輩はわたしのせいじゃないって言ってくれたけど、先輩たちの居場所が変わることになるとしたら、それはどう考えてもわたしのせいだ。なら、わたしは事の顛末を見届けないといけない。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:08:15.82
そう思って見に行ったものの、予想外の場所に予想外の、よく知っている大切な名前を見つけて衝撃を受けることになった。

生徒会長候補者:一色いろは、雪ノ下雪乃

これは問題ない。先輩から聞いていた通りだから。問題はその下だ。

副会長候補者:本牧牧人、葉山隼人

な、なんで葉山先輩が立候補してるのー!?

そんなの一言も言ってくれなかったのに……。ちょっとこれは部活のときに問い詰める必要がありますね……。

きっと、まともに答えてはくれないだろうけど。

サッカー部のマネージャーになってもう半年以上になる。葉山先輩に半ば強引につきまとい、たくさん話もしてきた。その結果、葉山先輩についてわかったのは、何もわからないということだけだ。
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:09:13.20
葉山先輩は表面上のことは話してくれるが、本質的なことは、特に自分のことは話したがらない。

ちょっとだけ勇気を出して込み入ったことを聞いたときも、曖昧で答えになってるんだか、なってないんだかわからない言葉に終始する。これまでずっとそうだった。

そんなミステリアスなところも魅力だと思う。けど、正直言ってつまらなくもある。

いつかは届くものだと自分を鼓舞するべく信じてはいるものの、いくら叩いても響かないことに、たまに虚しさを感じる。

それに引き換え、ちょっとからかったときの先輩の顔と慌てようったら……あ、いや。葉山先輩と先輩を比較するなんて失礼ですね。

それにしても、以前わたしが、葉山先輩が生徒会長やってくださいよーって軽く言ったときには、立候補なんてしないよって言ってたのに。これは、やっぱりあれですか。
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:10:03.00
…………雪ノ下先輩ですか。そうですか、そうなんですか。

生徒会長の幼馴染みを補佐するイケメン副会長。なんですかそれ。それはちょっと……そんな憧れるシチュエーションは……間に入りたくなりますよね。

いや、邪魔しようとかは思ってないですよ?部活でも生徒会でも一緒とか、いい感じじゃないですか?

もう既に頭にはあったことだけど……よし、決めた。

邪と言われても仕方ない決意を胸に秘め、他の役職に目を移す。

会計候補者:稲村純、由比ヶ浜結衣

あー、知らない人だけど稲村さん残念です。結衣先輩には勝てないでしょーねー。

一年生の間でも結衣先輩は人気がある。イケイケの見た目に反してとても優しくて明るい、癒し系。
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:11:02.51
それと、あの……その、胸?そんなのどうでもいいですけど?それがいいと噂している男子を何人も見たことがある。いや、どうでもいいんですけど?

書記は……あれ、誰もいないんだ。書記だけ七日以内の延期期間の後、再選挙かー。へー。

先輩の名前はどこにもなかった。何に立候補しても落ちるという言葉が正しいなら、それはそうか。だから庶務。庶務って何するんですかね……雑用?

役付きの人から見たら先輩は平社員みたいなもんかな?わたしが役付きになればこき使える?

ほほー……。さっそく城廻先輩に聞いてこよっと。城廻先輩は少し……いや実は超苦手だけど、我慢我慢。


一一一
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:11:58.25


全員が生徒会室に入り席につくと、待っていた城廻先輩が楽しそうに口を開いた。

「ようこそー、生徒会へー。じゃあちょっと、自己紹介を兼ねて軽く挨拶しとこうか。雪ノ下さんから」

全ての選挙が終わると、城廻先輩から新生徒会のメンバーが集められた。今日のところは正式な引き継ぎとかじゃなくて、顔合わせということらしい。

顔合わせ……要りますかね?全員知ってる人なんですが……。

「はい。この度生徒会長に就任することになりました雪ノ下雪乃です」

雪ノ下先輩はハキハキと澱みなく、落ち着いたよく通る声で挨拶を始めた。既に生徒会長です!という貫禄を感じる。うわー、似合うなー……。
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:12:50.23
雪ノ下先輩は無事?わたしを圧倒的大差で(票数は知らないけど雰囲気的に)下して、生徒会長に就任が決まった。

この挨拶と、演説の姿を見ればわたしが負けるのも当然で、致し方ないと思える。これならわたしのブランドも損なわれることはないだろう。

雪ノ下先輩の応援は葉山先輩ではなかった。葉山先輩は副会長に立候補してたから当たり前なんだけど。

雪ノ下先輩はどうやら同じ国際教養科の同級生に頼んだようで、女の子だったんだけど、それはそれでまぁ凄かった。

読んだことはありますけど、あれですよ、あれ。雪乃様がみてる、の世界。崇拝しているかの如く雪ノ下先輩を称え崇める応援演説は、それはもう聴衆の耳に残ったことだろう。

その後の雪ノ下先輩自身の演説が少し恥ずかしそうだったのも男子的にポイント高かった。くっ、やはり強敵……。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:13:44.15
国際教養科って女子がほとんどだとは聞いてましたけど、みんなあんな感じの世界なんですかね……。

わたし、普通科でよかったー。あんな世界、わたしじゃ絶対村八分にされますよ……。普通科でも嫌がらせ受けるぐらいなのに。

あ、わたしの演説と応援は適当な人に頼んで適当に終わらせました、まる。

その演説の話を聞いておこうと思って、雪ノ下先輩に恨まれていやしないかとドキドキしながら奉仕部を訪ねてみた時はこんな会話を交わした。



「恨むなんて、そんなことあるわけないでしょう。あなたは無責任な悪意に晒されただけなのだし、気に病む必要はないわ。私たちは自分達にできることをやるだけよ。それに……」

「?」
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:14:31.71
「いろいろと、あなたのお陰でもあるわ。ありがとう」

「いや、意味わかんないんですけど……」

「ふふっ、ごめんなさい。そうよね。でもいいのよ、わかる人にだけわかってもらえたら」

「はー……ますます意味わかんないです」

あんな顔で笑う雪ノ下先輩を見たのは初めてだった。その時はそこに先輩がいなかったからだろうか。

その雪ノ下先輩のあどげない笑顔は、わたしより年下なんじゃないかとすら思わせるほど幼いものに見えた。



「まだ至らぬ点も多々あるとは思いますが、誠心誠意努力しますので皆さんもご協力ください。これからよろしくお願いします」
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:15:17.52
考え事をしていると雪ノ下新生徒会長の挨拶が終わるところだった。ただの顔合わせの挨拶なので、時間にすると一分も立っていない程度だろう。

城廻先輩が控えめな拍手をして、残りの人もそれに続いてまばらな拍手の音が部屋に響く。

「どうしよヒッキー……あんな挨拶できないよ……」

「お前はお前の言葉でしゃべりゃいいんだよ」

「わ、わかった……」

わたしは結衣先輩と先輩を挟む位置に座っていたから、ボソボソと先輩と内緒話をしている声がちゃんと聞こえた。うーん、やっぱり仲良さそうに見えるなぁ。

城廻先輩は嬉しそうな顔で頷いて次の人に進めた。
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:16:34.01
「じゃあ次、葉山くん」

「副会長になった葉山隼人です。まぁ挨拶と言っても、みんな知ってる奴なんで手短に……。知っての通り俺はサッカー部もあるから、出られなくて負担をかけることもあると思うけど、みんなよろしく」

わたしと城廻先輩、結衣先輩が小さく拍手をした。雪ノ下先輩は目を伏せたまま動かず、先輩は訝しげな視線を送っている。

「はーい、葉山くんもよろしくねー。いやー、今度の生徒会は凄いメンバーだね!」

これが素なんだよね、凄いなぁとか思いながら興奮している城廻先輩を眺めていると、先輩がぼそっと呟いた。

「何故こうなってるんだ……いいのかよ、お前」

「まぁ、いろいろあってね」
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:17:15.76
葉山先輩は先輩の視線を受けて、力のない笑顔を返す。

え、何見つめ合っちゃってるんですか?もしかして二人は爛れた関係……なわけないですね。

でも、やっぱり不思議な関係だ。二人とも仲が悪いとか言いながらも、目だけで会話をしているように見える。

「葉山君、しっかり雪ノ下さんを支えてあげてね。じゃあ次は由比ヶ浜さん」

「は、はいっ。えーと、会計になりました由比ヶ浜です。ぶっちゃけ生徒会の活動とかよくわかんないんですけど……」

結衣先輩は辿々しい言葉で挨拶を始めた。にしても結衣先輩が会計か……。なんかイメージ湧かないなー。

「ゆきの……雪ノ下会長の足を引っ張らないように、バリバリ電卓叩きます!よろしくお願いします」
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:18:49.77
結衣先輩は先輩に目をやり恥ずかしそうに笑顔を浮かべると、先輩も満足そうに一度だけ頷いた。そしてその光景を雪ノ下先輩が静かに見つめる。んー…………?

「うんうん。由比ヶ浜さんもよろしくね。じゃあ書記さん」

わたしの番だ。まぁみんな言ってる通り、知り合いばっかりだし適当でもいいですかねー。

「書記になった一色でーす。城廻先輩から書記がどうしても見つからないからって頼まれましてー。先輩がた、よろしくお願いしますねー」

ほんとはわたしから相談したんだけど、なんか落選しておいてまたというのも少し恥ずかしいのでそういうことにしてある。城廻先輩も了承済みだ。

そういうことをしても大丈夫なのかと確認もしてみたが、落選者が別役職に再度立候補することについての選挙規定は特になかったらしい。
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:19:36.71
この学校の選挙規定抜け道多すぎじゃないですかね……。

でもまぁ、もともと誰もやろうとしなかったポジションに収まっただけだし、深く気にする人がいないのも確かだった。信任投票についても問題はなく、城廻先輩も歓迎してくれた。

問題はそこの平社員の人が不満そうなことぐらい、ですかね。

「はぁ……」

「ちょっと先輩、今溜め息つきませんでした?」

「気のせいだ」

「いや、思いっきりしてましたよね……」

まったく失礼な人だ。今のやり取りをみて結衣先輩と葉山先輩は苦笑いし、雪ノ下先輩は頭を抱える素振りを見せている。城廻先輩だけは最初から一貫してニコニコしたままだ。
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:20:20.12
「まぁまぁ一色さん。じゃあ最後比企谷君も。一応」

挨拶の最後は平社員先輩だった。

「一応ってなんですか……。つーかみんな知り合いなんで、もういいんじゃないすかね」

「みんなやったのだから、あなたもやりなさい」

今やわたしの中で命令口調が似合う女ナンバー2の座についた雪ノ下先輩が続きを促す。ていうか強制する。ちなみにナンバー1は平塚先生です。

先輩は生徒会長の命令だからか、雪ノ下先輩の強制だからか、渋々ながら挨拶を続けた。

「あ、比企谷す。役職はないんで、庶務、ですかね。なぁ雪ノ下、庶務って何すんだ?」

「そうね、各役職に割り振られた仕事以外全部、かしら。馬車馬の如く働いてくれるのを期待してるわよ、比企の庶務谷君」
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:21:02.48
「人の名前を勝手に融合させるな、意味わかんねぇよ……。それだと俺が一番過酷な気がしてならないんだが。人権はどこ行った」

「あら、あったわよ。昨日までは」

「まさかの過去形ですか……。ていうかただの雑用ってことだろそれ。そんなんに過度の期待されても困る」

「……あなただから、期待をしてしまうのよ」

雪ノ下先輩は慈しむような目で先輩を見ながら呟いた。

なんでしょうね、このやり取り。間に入れる気がしないというか……。夫婦漫才的なものを感じる。なんかちょっとムカつく。不思議。

「ヒッキー、いろいろよろしくね」

「比企谷、よろしくな」
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:21:47.53
結衣先輩と葉山先輩は二人のやり取りを気にせず話す。わたしも乗っておこう。

「先輩、よろしくお願いしますねー。なんなら書記の仕事やってもいいですよ」

「いやそれは駄目だろ」

「比企谷君、期待してるよ」

城廻先輩はこれまでと少し違う、キラキラした瞳を先輩に向けていた。あれ、なにげに先輩って城廻先輩からも高評価なの?

一方の先輩は辟易するような表情で戸惑っている。

「なんですかもう、めぐり先輩まで……」

「今日はただの顔見せだからもう終わろっか。引き継ぎなんかはまた後日、わたしたちも全員集めてちゃんとやるから」
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:22:34.15
城廻先輩は雪ノ下先輩に目だけで締めの挨拶を振り、雪ノ下先輩はそれに頷きをもって返した。

「そうですね。じゃあ今日はここで解散です、お疲れさまでした。あ、由比ヶ浜さんと比企谷君は残っておいて、話があるから」

「うん」

「了解」

「わたしは先生のとこ行ってくるね。雪ノ下さん、もう言ったけど鍵はよろしくお願いね。じゃあまたねー」

「じゃあ俺は部活行くよ。またな」

静かに解散が告げられ、城廻先輩と葉山先輩は部屋を後にする。わたしは……どうしようかなー……。

早く行ってもあんまりやることないし(ダルいし)、もうちょっとここにいようかなぁ。
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:23:50.01
「はーい。葉山先輩、わたしももうちょっとしたら行きますねー」

「……わかった。いろは、ちゃんと来てくれよ」

うっ。釘を刺されてしまった……。でもこれは葉山先輩はわたしを求めているということ……!

じゃないんだよね、たぶん。だったらなんなのかな……。

「……なぁ、なんで生徒会にいんの、お前」

思案していると先輩が近づいてきて小さい声でわたしだけに話しかけてきた。なんですか、わたしとヒソヒソ話とか平社員の癖に生意気ですよ。

「もう言ったじゃないですかー。城廻先輩に書記が見つからないからどうしてもって頼まれたって」

先輩につられてわたしも小さな囁き声で答える。
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:24:37.86
「生徒会長あんなに嫌がってたじゃねぇか」

「そりゃ最高責任者なんてイヤに決まってます。でも書記なら大した責任も仕事もないですし、それで一年生なのに生徒会の一員って評価されるんですから、割とおいしいポジションじゃないですかー」

「うわぁー超打算的ー。お前いい性格してんな、ほんと……」

そんなに褒められると照れるじゃないですかー。いや違うか。なんですかその呆れた顔は。

「それにあれですよ、ほら……。葉山先輩がいるのに、わたしが入らない理由がないですよ。マネージャーだけじゃなくて、そっちからのアプローチもできますし」

ほんとは先輩たちが生徒会に入るつもりだと聞いたときから、わたしも生徒会に入るという選択が頭にあった。
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:25:35.59
三人はもともと葉山先輩と繋がりがあるから。ただ、このときは入るにしても先輩と同じ庶務かなと思っていた。

それともう一つ。わたしが先輩に、先輩たちに興味を持ったからというのも大きな理由。

これは先輩への好意とかそういうものじゃなくて、純粋な興味。

どう考えても社交的とは言えないし、学校で目立つようなタイプじゃない。

それなのに、葉山先輩、雪ノ下先輩、結衣先輩と学校でも指折りの目立つ人たちと交流がある。それどころか、一目置かれているようにすら感じる。

それならきっと、先輩は他の人たちは知らない、テキトーに過ごしていては見えないなにかを持っているということなのかもしれない。そう思った。
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:26:18.44
だから、近くにいて見られるのなら、それを見てみたい。先輩たちの関係性を知りたい。そういう興味。

「ほーん……なるほどな。あ、お前さ、葉山から立候補の理由ってなんか聞いたか?」

「あー、聞いてはみたんですが……はぐらかされました。なんかちょっと頼まれてとか言ってましたけど、誰からかは教えてくれませんでしたね」

といっても、応援演説を頼んでたぐらいだし雪ノ下先輩から頼まれたと考えるのが自然、というか普通だと思うんですが。

でも、なら葉山先輩はなんでそれを隠す必要があるのかがわからない。雪ノ下先輩が助けを求めたことを知られたくないから?

うーん、なんかしっくりこないなー……。
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:26:58.69
「…………そういうことか。なんとなくわかった」

先輩はわたしの話を聞いて少し考えると、納得したように呟いた。でも、嫌なことを思い出したような苦い顔に見えた。

「え、先輩わかったんですか?教えてくださいよー。やっぱり頼んだのって雪ノ下先輩なんですか?」

「それはねぇだろ。あと、俺の思ってることは違うかもしれんし、正解だったとしても葉山が言わないことを俺が言うわけにはいかんだろ」

それは確かに正論だ。葉山先輩が教えたがらないということは、知られたくないということだから。

「はー、律儀ですねー先輩は。やっぱり葉山先輩のことちゃんとわかってるんじゃないですか? 」

「だからそんなんじゃねえって……」
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:27:53.32
「んっ、んんっ。ちょっとそこの二人。もういいかしら」

わざとらしい咳払いが聞こえたと思ったら、それは雪ノ下先輩のものだった。

先輩とのヒソヒソ話に夢中でお互い気付いていなかったが、どうやら結衣先輩と雪ノ下先輩にじっと見られていたらしい。

「い、いつまで二人でヒソヒソ話してんの……ヒッキー」

結衣先輩から向けられるじとっとした視線に若干の後ろめたさを感じる。

先輩はわたしよりも慌てて、取り繕うようにわたしから距離を取った。

「お、おう、すまん。話があるんだったな」

「一色さん?もう帰っていいわよ」
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:28:38.03
暗に……というか割と露骨に邪魔だから帰れと言われている気がするけど、わたしも一応生徒会の一員なんだしもうちょっとだけ……。粘れるところまで粘ってみよう。三人の会話を聞くだけ。

「えー、いいじゃないですかー、聞くぐらい。奉仕部の話ですよね?」

「そうだけれども……。比企谷君、話したの?」

「あー、なんかまずかったか?」

「いえ。別にまずくはないわ。じゃあ……んんっ」

雪ノ下先輩は再度咳払いをして、声の調子を整えてから話し始めた。

「平塚先生に一部始終を説明して、奉仕部の活動拠点が生徒会に移ることに関しては了承をもらえたわ。むしろやれる権限と範囲が増えるからそっちのほうがよいだろう、とも」
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:29:20.52
「ま、そうだろうな。どうせ依頼がきてなんとかしないといけないなら、権限が大きいほうが都合いいし」

「依頼、増えるのかな?」

「それはどうでしょうね。これまでと同じでこういうことをやっていますと喧伝して回るわけではないのだし、あまり変わらないんじゃないかしら」

「てゆーか、生徒会の活動がそのまんま依頼解決の仕事みたいになるんじゃないですか?城廻先輩から聞きましたけど、体育祭とか文化祭の手伝いしてたんですよね?」

あ、おもわず口を挟んじゃった。でも不自然じゃない……はず。

「そうかもな。でもそれに平塚先生を訪れた迷える子羊の個人依頼も加わるんだろ?うぁー、すげぇ面倒だな」

「あたしは、楽しみだな。ヒッキーとゆきのんがいれば、きっと解決できるよ。もちろんあたしも頑張るけど」
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:30:06.21
「……そうね。比企谷君ももう、ああいうのはやらないようにしてくれるみたいだしね」

「……それ以外なかったらまたやるぞ俺は、たぶん」

「しないわよ。わかってるわ、もう」

「そだね。あたしもそんな気がする」

「そんなこと言われてもな……」

二人から見つめられ、先輩は顔を背けてわかりやすく照れている。とても優しい、いたわるような目だ。

なんのことを言っているのかわたしにはわからない部分も多いけど、三人の間に信頼のようなものを感じる。

「あのー、先輩がた……。なんですか、このふわふわした空気。もしかしてわたし邪魔ですか?」

「い、いえそんなことは……。生徒会絡みのことなら一色さんにも働いてもらうわ」
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:30:49.89
「そ、そうそう。いろはちゃんも一緒に頑張ろうよ」

二人は慌ててわたしのフォローをしてくれた。あ、あんまり嬉しくない……。

「うわ……わたし超気使われてますね……。逆に傷付きます……」

見せつけるように、がっくりと落ち込んだポーズをしてみる。すると先輩からまた、フォローにもなってない台詞を言われた。

「俺は気使ってねぇぞ」

知ってます、そんなの。

「先輩はもっと気を使ってください」

「なんでだよ。超理不尽なんだけど」

「先輩は可愛い後輩にもっと優しくするべきです」

「優しいだろうが十分……」
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:31:54.83
どこがですか、どこが!という怒りを込めて憤慨してみたものの、先輩にはどうも届いていないようだ。

「可愛い、という部分の否定はしないのね……。まあいいわ。というわけだから、由比ヶ浜さん、比企谷君。これからも、よろしく……。あと一色さんも」

「うわ、やっぱり超ついで!」

「仕方ねぇだろ……今は奉仕部の話してんだから。お前部員じゃねぇもん」

「あ、あはは……。ゆきのん、ヒッキー、これからよろしくね」

「んだな。生徒会とか俺全然似合わねぇけど、まぁぼちほちやるわ」

「わたしもいますからねー。よろしくお願いしますねー」

三人とも、やはりわたしをお客さんとしてしか扱ってくれない。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:33:10.66
まぁ、まだ会って時間も経ってないしそんなもんですかねー。

…………違う、かな。わたしはこれまであまり自分から他人に踏み込もうとしてこなかった。だから、表層だけではない付き合いというものをよく知らない。

だから、踏み込み方がわからない。わかるのは、表面だけの付き合いをするときの距離感だけだ。

今は、先輩たちと葉山先輩のいる場所にわたしから近づこうとしている。これまでテキトーに生きてきたわたしが初めて、他人に踏み込みたいと思った。

でもそこにあったのは、見えない壁。

葉山先輩も、結衣先輩も、雪ノ下先輩も、先輩も。誰もがわたしには近づけない、見えない壁を持っているように感じる。そして先輩たちはたまに、その向こう側で話をしている。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/02(木) 23:34:37.85
これが一年という時間の差なのだろうか。あと一年経てば、わたしもその壁の向こう側に居られるのだろうか。

わたしは総武高校の一年生。わたしはサッカー部のマネージャー。わたしは生徒会の書記。わたしの教室、サッカー部のグラウンド、生徒会室。

どこもわたしの居場所に違いない。けれど、わたしの立ち位置は不安定なままで、今もぼやけたままだ。

生徒会室はわたしの大事な場所に成り得るのだろうか。

わたしと先輩たちとを隔てている見えない壁は、いつかなくなるのだろうか。

わたしには似合わないセンチメンタルな気分になったことを自覚する。でもたまにこんなこともあるから、どうすればいいかはわかっている。

こんなときはどうするか。

わたしは葉山先輩のいるサッカー部に向かい、みんなとバカみたいな話をして全てを誤魔化すことに決めた。


☆☆☆
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/03(金) 00:15:53.46
乙乙
葉山も絡むとは予想外だったわ。これからどう展開していくか楽しみですな
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/03(金) 08:32:54.65

いいね、とてもいい
キャラがそれぞれちゃんと思惑があって動いてるように思える
葉山についても語られるんじゃないの
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 21:52:28.55


「ヒッキー、放課後部活……生徒会?一緒に行こうね」

教室で頬杖をついて暇そうにしている彼に後ろから近づき、耳元に顔を寄せてそっと囁いた。

ヒッキーは大袈裟に振り向くと、頬を染めながらもごもごと了承の言葉を呟く。そんな慌てなくても……ち、近かったかな?

たったそれだけの短いやり取りも、一緒に行けることも嬉しくて、おもわずあたしも照れ笑いを浮かべてしまう。

「約束、だよ?」

「お、おお……」

放課後に行く場所は奉仕部の部室から生徒会室に変わった。けどそこには、ゆきのんがいて、ヒッキーがいて、あたしがいる。一番大切なものは、彼の提案によって守られた。
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 21:53:21.14

ゆきのんが生徒会長に立候補すると聞いて、一瞬目の前が真っ暗になった。そんなの、ダメだよ。奉仕部がなくなっちゃう。

あたしが今一番大切にしたいもの。それはゆきのんであり、ヒッキーであり、つまり、奉仕部という三人の時間と居場所。

それだけは何を犠牲にしてでも守らなきゃと思った。だから、ゆきのんと争うつもりで、本気で勝つつもりで立候補する決意をした。

ゆきのんはあたしになんの相談もせずに決めていた。だからあたしも勝手に決めたんだけど、ゆきのんと対立することを考えると気が重くなって、苦しくて、逃げ出したくもなった。

そうしてあたしはヒッキーに自分の意思を、決意を打ち明けることにした。

聞いてもらうという行為には、自分の逃げ道を塞ぐという意味と、あたしがあの場所をどれだけ大事に思ってるかを伝えたいという思いがあった。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 21:54:25.30
そこでヒッキーは、あたしには思い付かない提案をしてくれた。ゆきのんの意思に反発することなく、あたしの大事なものを守ろうとしてくれた。

誰も傷つかずに、失わずに済むかもしれない。暗くなった目の前が明るくなった気がして嬉しくなった。

けどそれより何より、ヒッキーがあたしのことをちゃんと考えてくれたということと、ヒッキーも同じように三人の関係を大事に思ってくれているということが嬉しかった。

あのまま抱きついて顔を埋めて泣こうかとも思ったけど、それは我慢した。

ちゃんと想いを伝えてからにしないといけないと思ったから。あとはちょっと恥ずかしくて……勇気が足りなかった、かな。


でも、想いを伝えるのはまだ先になると思う。

バレバレな態度をとっていることはわかってるけど、それでも言葉にして失ってしまうのが怖いから。
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 21:55:22.37
あたしは振られるのが怖いんじゃない。振られるかもしれないってことは、考えたくないけど頭にはある。

もし振られたとしても、受け入れられたとしても、どっちになっても失うかもしれないという事実が怖いから、あたしは動けない。

あたしは失いたくない。

何を?

今を。


一一一


帰りのSHRが終わると教室が途端に騒がしくなった。

あたしは優美子たち、いつものメンバーと少しだけ話してから生徒会室に向かうことにする。

「じゃあそろそろ行くか、戸部」
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 21:56:12.09
「おー、隼人くん。行くべー」

「またな、優美子、姫菜、結衣」

男子はあたしたちに別れを告げて颯爽と部活に向かった。残された優美子がぽつりと呟く。

「あーあ。只でさえ隼人忙しそうなのに、生徒会にも入っちゃうしなー。結衣ー、生徒会ってどうなん?」

「あー、今は引き継ぎ終わったとこでイベント何もないからやることないよー。あたしは部活もあるから生徒会室行くだけだし」

「そっか。生徒会っていってもずっとなんかやってるわけでもないってことね」

「うん、なにもなかったら隼人くんもそんなに変わんないと思うよ」

「それにしても、なんで急に入る気になったんだろ、隼人」
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 21:57:33.88
自慢の髪を触りながら話す優美子の顔は、ちょっとだけ拗ねているように見えた。

「どうしたんだろね隼人くん。いつもならそういうの進んでやったりはしないのに」

確かにその通りだけど、姫菜は深く考えているのかいないのか、首を傾げてなんでもないことのように話す。

「うーん……なんでだろうね?」

「結衣は隼人からなんか聞いてない?」

「うん。なにも」

あたしにも詳しいことはわからない。けどなんとなく、もしかしたらそうなのかな、というのはあたしだけじゃなくて優美子もあるはず。言葉にはしないだけ。
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 21:58:28.84
生徒会の挨拶のとき、隼人くんはヒッキーにいろいろあって、と言っていたけど、そのいろいろの中にゆきのんの存在があることはほぼ間違いないと思ってる。

断片的な話しか聞いてないから具体的にはわからないけど、ゆきのんと隼人くんの間には何かがある。いや、あったと言うべきかもしれない。

ゆきのんと隼人くんの態度を見る限り、二人はこれまで敢えて接触をしないようにしてきたように思える。

それなのに今回は、自らの意思かどうかはわからないけど、隼人くんから近づいてきた。

その理由は、きっと考えてもあたしにはわからないと思う。

それにこれはまだあたしたちの問題じゃない。ゆきのんと隼人くんだけの問題だ。なのに、自分の問題みたいに落ち着かない気分になった。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 21:59:21.98
「あ、優美子。あたしそろそろ部活行くね。また明日ー」

「うん、またね結衣」

「じゃーね。海老名ー、あーしらも帰ろっかー」

漠然とした不安が大きくなる前に考えるのをやめ、優美子と姫菜に別れを告げて部活に行くことにした。

振り返ってヒッキーの席を見ると、ついさっきまでいたのにいつの間にかもぬけの殻になっていた。

あ、あれ!?もしかして先に行っちゃった!?

一緒に行くって約束したのに……もー!

慌てて追いかけるべく、鞄を掴んで教室を飛び出す。廊下を曲がったところで壁に寄りかかって立っていたヒッキーにぶつかりそうになった。
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:00:05.35
「うあわわっ」

「っとぉ!」

走っていたその勢いが止まりきらず、ぶつかる寸前でヒッキーに肩を押さえつけられるようにしてようやく止まった。

「あー、すげぇビビった……」

「あ、ありがと……危なかったー」

ぶつかりそうになった驚きと、今ヒッキーに体を触られているドキドキで鼓動が異常に大きい。あう……なんか、近いし……。

「な、なんでそんな慌ててんだよ」

「なんでって……一緒に行こうって言ったのに、ヒッキーが先に行っちゃうからじゃん」

さっきまでちょっと怒ってたからもっと強く言おうと思ってたのに、なんか顔が熱いしドキドキするし近いし、そんな気分はどこかへ行ってしまっていた。
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:01:07.99
ていうか、あの、いつまで肩掴んでるの……。

「行ってないだろ、ちゃんと待ってる」

「あ、いや、うん……。わかったから、手……」

彼の顔を見上げながら両手を胸の前でそろっと突きだして距離を取ろうとすると、肩からぱっと手が離れた。

ヒッキーはものすごくキョドって、しどろもどろになりながら言葉を連ねる。

「えと、あの、いや……ぶつかりそうになったし、仕方ないんだ、これは。えー……あー、すまん……」

最終的にヒッキーはなにも悪くないのに謝った。別に謝らなくてもいいのに……。
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:02:20.65
「ううん、いいよ。止めてくれてありがと。でもさー、ヒッキー教室で待ってくれてると思ったんだよー」

「それはその、なんだ……。俺なんかと一緒に出るの見られると、お前に迷惑かなと」

ヒッキーは本当に申し訳なさそうに話している。

昔そんな風に思っていたのは知ってたけど、それが未だに変わっていないことを知って胸に小さな痛みを感じた。

「まだ、そんな風に思ってるんだ……。前も言ったけど、迷惑なんてそんなことあるわけないよ……。それに修学旅行とかでも一緒に行動してるのみんな知ってるし、今さらじゃん」

「……そうか。それもそうだな。あ、でも、一緒に出るの見られて噂されると恥ずかしいし?」

なんで疑問系……。納得しかけていたのに、また何か理由を見つけたようだ。
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:03:13.46
しかも恥ずかしいとか、なにそれ。少しだけ頬を膨らませて愚痴っぽく話すことにした。

「ふーん?あたしといるの見られるのが恥ずかしいんだ……。あたしは別に、恥ずかしくないんだけどな……」

「いやちが、その…………悪い。なんでもない。忘れてくれ……」

ヒッキーは何かを言いかけて途中で諦めたようだった。イマイチわからないけど、強引に作り出したらしい言い訳は引っ込んでしまったみたいだ。

「結衣?あんた何してんの?」

振り返ると、帰ろうとしている優美子と姫菜が怪しげな目でこちらを見つめていた。

それから優美子の視線はあたしの傍に立つヒッキーに向かい、目付きが険しいものに変わる。

「あ、いや、なんでもないよ!走ってたらヒッキーにぶつかりそうになっただけだから!」
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:04:13.54
両方の掌を優美子に向けてぶんぶん振りながらこの場を言い繕う。なんでこんなに必死なんだろう、あたしは。

「ふーん……。そう。ヒキオ、ちょっと」

優美子は顎でヒッキーを呼びつけ、二人だけでヒソヒソと話を始めた。

けど二人の話はすぐに終わったようで、優美子はヒッキーを置いて昇降口の方向へ歩き出す。

「じゃーねー結衣。海老名、行くよー」

「ほーい。バイバイ結衣、ヒキタニくん」

優美子は後ろ向きのまま右手を挙げ、ひらひらと手を振った。見えていないことを知りつつあたしも手を振り返す。

「うんー、またねー」

「おお……。またな」
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:05:25.49
残されたヒッキーも力のない別れの挨拶を呟いて、あたしの傍にやってくる。

「じゃ行くか」

「あ、うん」

二人で生徒会室へ向かっていると、さっきの優美子とのやり取りが妙に気になってきた。なんの話だったんだろう。

「ね、ヒッキー。優美子と何話してたの?」

「あー……。別にたいしたことじゃない」

「そっか」

今の質問でちゃんと答えないということは、あたしには言えないか言いたくないということだ。

だから、それ以上深く追求はしなかった。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:06:28.73
このまま会話がないのも寂しいので、別の話をすることにした。

「なんか、部室じゃなくて生徒会室に行くのってまだ慣れないね」

「確かにそうだな。つっても場所が変わっただけでやってることはあんま変わんねぇからな。すぐにまた慣れるだろ」

「そだね。また慣れるぐらい、続くといいなぁ」

「お前…………」

「?」

ヒッキーが何かを言いかけて足を止めたので、下から顔を覗き込んでみる。けどなんの表情も読み取れなかった。強いていえば、呆然としている、かな。

んー、あたしなんか変なこと言ったっけ?……言ってない、気がするなぁ。

「どしたの?」

「…………あ、いや。なんでもない」
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:09:37.65
「変なの」

おもわずクスッとした笑いが漏れると、ヒッキーは安心したように、いつもの表情に戻った。なんだったんだろ。


また二人で並んで歩き始める。もうすぐ生徒会室だ。ヒッキーとあたしだけの時間はもうすぐおしまい。

でもいいんだ、これで。今のあたしは三人の時間のほうが大事、だから。

「こうしてまた一緒に行けて、今は、それで楽しいよ」

並んで歩くヒッキーより二歩分ほど前に出て、振り返りながら笑いかけてみた。彼はふっと、呆れたような微かな笑みを浮かべて返してくれた。

「そか」

そう。今は、これでも十分幸せ。
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:12:06.57
「やっはろー!ゆきのーん」

「うーす」

「こんにちは、ちょうどよかったわ」

生徒会室に入るとふわりと紅茶の香りが漂う。ゆきのんはティーポットを手に紅茶を淹れているところだった。

「紅茶を淹れているのだけれど、飲む?」

「おおー。ありがとー、飲む飲む」

「んじゃ俺も頼むわ」

二人が飲むことを告げると、ゆきのんはそのままあたしのマグカップと紙コップに紅茶を淹れてくれた。

お湯を継ぎ足すことがなかったということは、初めから三人分を見越してたということで、さりげない気遣いに自然と笑顔がこぼれた。

「はー、だいぶ寒くなってきたねぇ」
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:12:51.93
「そうね、もうすぐ12月になるものね」

「今年も終わりか。早かったな、あけおめ」

「それ早すぎない!?」

「つっても12月なんかもうイベントねぇだろ。あとは年越しを残すのみだ」

「いや、あるじゃん大きいのが。クリスマス知らないの?ヒッキー」

「彼がそんな友人がいないと盛り上がれないイベントを認識しているわけはないでしょう?由比ヶ浜さん、もう少し気を使ってあげないと」

「そうだな、気を使えよ。お前が」

いつかも見たことがあるような会話が繰り広げられる。いいなぁやっぱり、この空気。

133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:14:03.54


新生徒会になってからしばらくの時間が経った。

生徒会の仕事がなにもなくて三人だけだと、前の奉仕部にいたときのような時間を過ごすことができている。

別に目に見えるような喧嘩をしてたわけでもないけど、殺伐としていたあの空気はもうここにはない。

ゆきのん以外は正式な引き継ぎも終わった。けど生徒会長だけはまだ細々としたことが残ってるみたいで、城廻先輩だけはたまに部屋を訪れている。

奉仕部とは机の形も席の配置も変わっちゃったけど、この部屋でも既に指定席が決まっていた。

ゆきのんが生徒会長だし一番奥に、そこに一番近い場所にあたし。一番離れたところがヒッキーで、今はいないけど隼人くんといろはちゃんが間に入るような席順が自然と出来上がった。
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:15:05.88
変わったのは部屋と、席の位置と、ゆきのんが読んでいるものぐらい。

ゆきのんは引き継ぎが終わってから、文庫本じゃなくて生徒会の過去資料に目を通すようになった。

ゆきのん曰く、今後ありそうなイベントや事例について一応把握しておこうと思っているだけ、とのこと。

それを聞いたときは、ほぇーとした間の抜けた感嘆の声が漏れた。

あたしが生徒会長にならなくてよかったと心から思った。あたしじゃ絶対テキトーだよそんなの……。

会計の引き継ぎも半分以上よくわかんないまま終わったし。え、あたし大丈夫?

まぁそんな感じで、今日も今日とて居場所は変われど、平穏で大好きな時間を過ごせることに幸せを感じるわけです。
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:16:36.04
ヒッキーはそんなのいらないって言うだろうけど、今度ちゃんとお礼しときたいな。

本当に感謝してるし、嬉しかったし……今度はあたしが何かしてあげたい。

あ、そうそう。変わったと思ってることがもうひとつある。それは……。

「由比ヶ浜さん、比企谷君、ちょっといいかしら?」

資料に目を通していたゆきのんが顔をあげ、あたしとヒッキーに話しかけてきた。

「ん?なになに?」

「その……紅茶、なのだけれど、残りがほとんどなくなってしまって……」

ゆきのんは少し気恥ずかしそうに、伏せ気味の瞳をちらちらとヒッキーとあたしに向けながら話した。
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:17:24.51
「あー、買いに行くの?いいよー、行こっか」

「それ、俺いるか?」

「ええ。あの、リーフティーだけではなくて……。比企谷君の、ティーカップなんかを買おうと……」

ゆきのんが恥ずかしそうにしてるのはこれかぁ。あたしもヒッキーに何かお礼をしたいって思ってたとこだから、ちょうどいいかな。ゆきのんも同じように思っていたのかもしれない。

「あ、いいねそれ」

「紙コップで十分だけどな、俺」

「いいじゃん。ヒッキー持つとき熱そうにしてるし、買おうよ」

「あなただけ紙コップというのは、その、不経済でしょう。ランニングコストを考えたらこのあたりで投資したほうがいいわ」
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:18:19.82
ゆきのんは言い訳をするように早口で話した。ランニング……?走るの?

よくわからないけどとりあえず、買いにいこうとヒッキーを説得しようとしているのはわかった。

「いや、紙コップんな高くねぇだろ……。イニシャルコスト越えるほどランニングコスト高くならんと思うが」

また知らない単語が出た!あたしのわからない会話はやめてー!

「そんなに高いのを選ぶつもりはないわ。…………もしかして、こういうの迷惑かしら」

ゆきのんは悲しそうな表情を浮かべ、言葉は終わりに向かうにつれてだんだん小さくなっていった。

その顔を見てヒッキーが慌てて口を開く。

「いや迷惑とか、そんなことは……。あの、誰が買うんだ?」
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:19:18.34
「経費で、と言いたいところだけど、私物だから……私が出すわよ」

「それはなんか申し訳ねぇよ」

「じゃああたしも半分出すよ。ゆきのんと半分こにする。いいでしょ?ゆきのん」

ヒッキーへ感謝してるのはゆきのんも同じかもしれないし、二人からのお礼ということにできないかなと思った。

いったい何を、とでも言いたそうなゆきのんに顔を近づけて、ヒッキーに聞こえないようこそっと耳打ちをする。

「ヒッキーへのお礼とかプレゼントってことなら、あたしも出すよ。感謝してるから、あたしも」

ゆきのんは驚いた顔であたしに目を向け、少しの間を置いて柔らかく微笑んだ。

そのあと、わかったわと声を出さずに口の動きだけであたしに伝えた。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:20:10.79
「では部活が終わったら買いに行きましょうか。いいわね比企谷君」

「なんか、あれか。断る権利はない的なやつ?」

「そういうことよ」

「わかったよ、付き合えばいいんだろ……。でも金は俺も出すからな」

「いいのよ。経費で落とすから。由比ヶ浜さんにがんばってもらうわ」

えー!?ゆきのんなにさらっと嘘ついてんの!?

でもこれはきっと、ヒッキーを納得させるための方便というやつだ。気を使わせない、借りだと思わせない優しい嘘というものだ。

ていうか会計ってそういうのやる仕事なんだよね……。今回はともかく、必要になったときちゃんとできるのか心配だ、あたしは。
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:21:15.85
「いやお前さっき経費は無理つってたろ」

ヒッキーはなおも食い下がる。そんなに気にしないでいいのに……律儀だなぁ。

「いーの、あたしがなんとかするから!ね、ゆきのんどこ買いに行く?」

「そうね。手頃な値段のものとなると、どこがいいのかしら」

「俺は無視ですか、そうですか。…………わかったよ、頼むぞ由比ヶ浜」

「うん、任せてよ!」

お互いが嘘とわかった上でのやり取り。でもこれはお互いの気遣いから行われているもので、嫌な感じはしない。むしろちょっと嬉しくもある。

ヒッキーもゆきのんとあたしの嘘をわかった上で受け入れてくれた。
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:22:16.70
たとえ簡単に見破られるものだとしても、世の中には優しい嘘だって、望まれてる嘘だってきっとある。

三人の仲がもっと深まって、甘えたりなんでも言い合ったりできるようになれば、そんな嘘は必要なくなるんだろうな。

けど今はまだ、あたしたちにはたまに必要なんだと思う。

「こんにちはでーす」

不意に生徒会室の扉が開き、いろはちゃんがやってきた。

「こんにちは」

「やっはろー、いろはちゃん」

「うす。なにしに来たんだお前。生徒会の仕事はまだねぇぞ」

うわ、ヒッキーいきなり文句言ってる……。いろはちゃんには妙に厳しいなぁ。
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:23:24.40
「いや、ここ生徒会室なんで、わたし来てもいいじゃないですか……。先輩つーめーたーいー」

いろはちゃんは当然のようにぶーぶーと甘えた声で文句を言う。

「そもそも甘やかす理由がねぇな」

「はぁ……もういいです。サッカー部行くまでちょっと暖まりに来たんですよー」

「あー、もう外は寒いもんねぇ」

「そーなんですよー。この寒いのに外で仕事なんかできるわけないじゃないですかー」

いろはちゃんはうんざりですみたいな顔をしてとんでもないことを言いのける。

う、うわぁ。思ってても堂々とそれを言えるってある意味すごいよね……。

「いや、お前マネージャーだろが……。やることいろいろあんだろ」
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:24:21.43
「やー、それは他のマネにお任せで……。わたしは葉山先輩にタオル渡す仕事なんで」

「隼人くん限定なんだ……」

横を見るとゆきのんはこめかみを押さえて俯きながら溜め息をついていた。その気持ち、ちょっとわかるよ、うん。

「はぁ……。一色さん、紅茶でも飲む?」

「え、あ、いいんですか?是非是非、いただきますー」

ゆきのんはお湯と茶葉を新たに追加し、ティーポットに注ぐ。

その動きは手慣れたもので、ゆきのんに似合う繊細な優雅さを感じる。あたしはたぶんこうはなれないんだろうな……。

「これで最後ね、買いに行かないと。あなたたちもおかわりはいかが?」
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:26:07.99
「ありがと、もらうよー」

「ん。頼む」

あたしとヒッキーがそれぞれ入れ物を差し出して紅茶を注いでもらう。

ゆきのんがあたしのマグカップに注ぎ終わり、紙コップのほうに注ぎ始めたところで、いろはちゃんが不思議そうな顔でヒッキーを眺めているのに気が付いた。

「どしたの?」

「え、いや……。先輩の返事があまりにも……その、どこの亭主ですかと思って」

「なな、なっ」

「ぅあっぢぃ!!!」

紙コップに注いでいたティーポットが動き、紅茶がヒッキーの手に少しかかったようだった。
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:27:17.49
幸い紙コップは倒れていないが、ヒッキーは手を離して紅茶のかかった場所にふーふーと息を吹き掛けている。

「ああっ、ごめんなさい比企谷君。火傷していないかしら。どこにかかったの?冷やさないと……」

ゆきのんはヒッキーの手を取って自分の目の前にやり、心配そうな瞳でおろおろと何をすべきか迷っている。

「あわわ……ごめんなさい先輩。わたしが変なこと言っちゃったせいですね……」

「い、いえ。一色さんのせいではないわ。わたしの不注意よ。あぁ、赤くなってるじゃない……」

ゆきのんはまだ彼の手を掴んだままだ。突然の出来事に同じように戸惑っていたヒッキーがおずおずと口を開く。
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:28:03.37
「う、いや、そんな酷くないから大丈夫。心配いらん。それよりちょっと、もう離して……」

「え?あっ。ご、ごめんなさい。つい慌ててしまって……」

ゆきのんはパッと手を離すと、頬を赤く染めて俯いてしまった。

ヒッキーはヒッキーで、紅潮させた顔を逸らして手を眺めている。

「ヒッキーほんとに大丈夫?あたしハンカチ濡らしてくるよ」

「や、大したことないからそんなの別にいいぞ」

「ううん、冷やしたほうがいいだろうから。行ってくる」

あたしはそう言って席を立ち、生徒会室を出た。

少しだけ時間を空けたかった。自分の嫌な感情がはっきりとした像を結ぶ前に、あの場から離れたかった。
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 22:29:18.53
やっぱりそうだ。きっと前みたいな勘違いじゃない。

もうひとつ、あたしが変わったと思ってること。

それは、ゆきのんのヒッキーへの態度。そして、彼を見つめるその目。

あれ以降、明らかに変わった。

そしてそれは、あたしの黒い感情を呼び起こし、不安を煽る。

この関係は長くは続かないのではないかという不安を。

ダメだ。こんなことばかり考えてたら。ヒッキーが守ってくれたお陰で続けられている、幸せな時間なんだから、大事にしなきゃ。

あたしはハンカチを濡らすついでに冷たい水で顔を洗って、頭をリセットしてから生徒会室に戻ることにした。

けれど、リセットできるのはあたしの思考だけで、動き始めた、変わり始めた関係がリセットされることはないということを、あたしの本当の心は知っていた。


☆☆☆
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/06(月) 23:54:56.62
乙乙
モヤモヤするのう
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:17:54.23


まだ手に自分のものではない温もりが残っている。

先ほどの自分の行動を思い出すと鼓動が高鳴り、顔に熱がこもるのがはっきりとわかった。

さっきは慌てていてあまり意識していなかったが、思い返してみると私よりも大きく厚く、堅さを感じる手は異性を意識させるには十分なものだった。

一色さんの言葉に異常なほど動揺してしまい、軽度とはいえ彼に火傷を負わせる失態を犯してしまったことに対し慙愧に堪えない。

なぜ私はあんな言葉に、あれほど動揺してしまったのだろう。

自問してみたが、問うまでもなく答えは最初からわかっていた。

私が彼を一人の男性として意識しているからだ。
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:18:58.10
「雪ノ下先輩でも動揺することってあるんですね」

考え事をしながらこぼしてしまった紅茶を拭いて後片付けをしていると、一色さんが意外そうに呟いた。

「私だって動揺することぐらいあるわよ、人だもの。一色さんの言葉が、その……あまりにも荒唐無稽だったから。比企谷君は養われる側なのだから、そんなに偉そうな態度の亭主になれるわけがないじゃない」

先ほどの動揺の原因をうまく取り繕えているだろうか。

これも、嘘になるのだろうか。

私は決して嘘はつかない。そう自分に課してきたはずだったのに。

「え、先輩ヒモになるんですか?」

「ヒモとか言うな。専業主夫と言え。俺の進路は今のところそうなってるんだ。あ、人の夢を馬鹿にするなよ」
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:20:01.30
「うわー……。ごめんなさい先輩、その夢は捨ててもらっていいですか。ちゃんと稼げるようになってください。あとさっきの亭主関白みたいな態度もノーセンキューです」

「なんでお前基準で俺が夢を変えにゃならんのだ。ほっといてくれ」

私の言葉を受けて二人の会話が続いた。私のぎこちない動きと態度をさほど気にされてはいないようで、ほっと胸を撫で下ろす。

いつから、だろうか。彼のことを意識し始めたのは。



私は色恋沙汰とは無縁の生活を長く送ってきてはいたが、決してそういったものに鈍感なわけでも、まったくの無頓着というわけでもない。

これまではただ、そのほとんどが好意を向けられる側だったというだけ。
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:21:16.20
私が認めたくない、見下していると言ってもいいのは、私のことをよく知りもしない、話したこともろくにないのに外見だけを見て、私に好きだとか言ってくる輩の言うところの好意だ。

そんなものにはなんの価値も興味もないが、ちゃんと相手と話し、その人となりを知り、時間をかけて育んだ上での好意というものは私にだって理解できる。そうでないものは認めないし、認めたくない。

だから、ある過去の経験から人との対話を半ば拒絶してきたに等しい私はそういうものを受け入れることはなく、そして他人に向けるということもなかった。

けれど私は二年生になってから奉仕部として彼と、彼女と、それなりに長い時間を共に過ごし、多くの記憶や経験を共有してきた。

決していいことばかりではなかったが、それも含め私にとって貴重な財産とも呼べる、大事にしたい宝物のような記憶だ。
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:22:51.41
彼と過ごす時間が長くなるにつれ私の信念や思い、心は無自覚に彼に引かれ、惹かれていった。

それがいつからかと聞かれれば、最初からと答えるほかない。私は彼と出会ってから、そこから全てが始まったのだから。

彼との出会いが私に変化をもたらした。いや、回帰と呼ぶべきかもしれない。

異性としての感情を朧気ながらも自覚したのは、おそらく修学旅行が初めてだったのではないかと思う。

夜の京都を宿泊先まで二人で歩いて帰ったあのとき、私は確かに、彼にどこまでもついていきたくなるような、決して置いていかれたくないような、そういう感覚があった。

知らない街で知らない道を歩いていた。私は特別方向音痴というわけではないが、夜道に限らず未知のものに対してはまず戸惑いが先行する。標がなければ一歩を踏み出すのに躊躇する。
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:24:14.83
そうして迷い戸惑う私を先導するように歩く彼の姿は頼もしく、私が追うべき新たな光のようにも感じた。

だからこそ、そのあとの出来事に、彼のやったことに私の心は千々に乱れた。

彼と私が共有していると考えていた唯一のもの、それは共有などできていなかったと。

ただその考えは後になってから明確になったことで、あの出来事を目の当たりにしたときは得体の知れない不快感でしかなく、言葉にはできなかった。

その感情の本質は、本物ではないとはいえ、彼が他人に告白をするという行為に耐えがたい嫌悪感を抱いたということだったのだろう。

修学旅行から戻って部活を再開し、そこで願いを、祈りを込めてから彼に再度問いかけた。あなたの答えは、やり方はそれでいいのかと。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:25:37.76
彼の答えは変わらないというものだった。そのとき、深い失望が私を襲った。

だが、他人に勝手に期待して、勝手に裏切られたと感じた、その醜悪で手前勝手な私の思いが一番おぞましいものだとも思った。

そんな中、一色さんからの依頼が舞い込んだ。



「はー、それにしても雪ノ下先輩と結衣先輩がカップで、わたしと先輩が紙コップというのは気に入りませんね」

その一色さんが不満を漏らす声で思考の渦から現実に引き戻された。

「先輩はヒラだからそれでいいにしても……。わたしもティーカップ買ってこようかなー」

「おい、役付きと庶務を差別すんなよ。つーか紙コップ安いしいいだろうが」
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:27:54.37
「えー、これ耐熱でもないから、熱くて持ちにくいし不便ですよぅ」

「一色さんも持ってきて構わないわよ。このあと比企谷君のも買いにいくことだし」

「え、そうなんですか?誰とです?雪ノ下先輩と二人で?」

「あたしも行くよー」

由比ヶ浜さんが濡れたハンカチを手に部屋に戻り、すぐさま会話に参加する。

「三人で行くってことですか?」

「そうそう。ヒッキーだけ紙コップだとウォーキングコスト?がよくないんだよ」

一色さんが呆けた顔で首を捻る。というか由比ヶ浜さん自身も首を捻りながら話している。ニュアンスは伝わるかもしれないけれど、そんな言葉は存在しないわよ。
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:29:56.77
「歩くなよ、走れ走れ。ランニングコストな。まあ走るって意味でもねぇけど」

「んん?じゃあパパがYシャツの中に着てるやつ?ほらヒッキー、冷やすから手貸して」

「ん、あ?おお?」

比企谷君は由比ヶ浜さんに手を取られ、患部をまじまじと眺められている。

「ここ?痛い?」

「す、少しだけ」

ちょっと比企谷君、なんでそんなにどぎまぎしているのかしら。

「先輩も紙コップじゃなくなるんですかー……ほほー……。雪ノ下先輩、わたしも一緒に買いに行っていいですか?」

手を取り合って赤くなっている二人に視線を送っていると、一色さんに話しかけられ目をどちらに向けるべきか迷ってしまった。
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:33:45.88
「え、ええ。別に構わないわよ」

ここまで話して一色さんだけ除け者というのも可哀想だ。彼女からそう言っているのに、断るわけにもいかないだろう。

「よかったー、ありがとうございます。じゃあ部活終わったらまた生徒会室来ますねー。あ、紅茶ご馳走さまでした」

「わかったわ」

一色さんは最後にそう言うと、まだ手を取り合ってごそごそやっている二人を尻目にぺこりと頭を下げ生徒会室から出ていった。

「よっし、できたー」

「いや、大袈裟だし恥ずかしいわこんなの……。すぐ乾いちゃうしこれ」

「いいじゃん、可愛いし。乾いたらまた濡らせばいいだけ!うっわ超便利ー」
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:35:15.51
比企谷君の手を見ると、火傷をした指に由比ヶ浜さんのハンカチが巻かれていた。

女物のハンカチというのが不釣り合いではあるが、遠目に見れば包帯に見えなくもない。

「えー、そんな発明みたいに言われてもな。これいつ返せばいいんだ」

「ほ、欲しかったらあげる……よ?」

「いや、なんでだよ、返すから……。じゃあ明日返す、洗って」

「あ、そう。洗うんだ……」

「そりゃ洗うだろ。そのぐらいの常識はあるぞ」

微笑ましい…………そう、微笑ましい光景だ、と思う。私の心はこれまでと変わらず乱れたりはしない。
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:39:39.33
なぜなら、彼と私は理解し合えているから。



一色さんの依頼はきっかけになると思った。

私はまだ自身の仄かな恋心もあり、諦めたくはなかった。

彼のやり方はまちがっていると、彼が曲げてしまった信念を私はまだ持っているのだと示し、何度でも問い直そうと思った。

ほとんど意地と呼んで差し支えないものでもあったが、彼のやり方を否定することから始めて、お互いで別の手段を取ることにした。

そして私なりの解決策を探ったものの、いい案は特に思い付かなかった。

その結果、したくはなかったが仕方なしに葉山君に生徒会長の打診をすることに決めた。

葉山君からその話をしようと呼ばれた場所で姉に会い、そこで言われた言葉。
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:40:58.62
てっきり生徒会長をやるものと思ったけど、結局人に押し付けるんだ。あなたはなにもやらなくていい、人が全てやってくれるもんね。

その言葉が挑発の類いのものであることは明白で、そのまま乗るのは癪ではあったが、それからもう一度よく考えることにした。

私が欲しいもの。目指すもの。姉が持っていないもの。彼も持っていないもの。

私が救いたいもの。

そのために私がすべきことはなにか。それがあれば私も自分に自信が持てるようになるだろうか。

そうして、私は生徒会長になる決意をした。

一色さんからの依頼を最も合理的に解決でき、私の意思を彼らに示すこともできる。
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:42:29.96
私はこういった理由で生徒会長をやりたいのだとは言わず、やっても構わないと彼らに言った。

これで二人には伝わるはずだ。全てを言わなくても私たちは理解し合えるはずだ。

だが、比企谷君と由比ヶ浜さんは反対の意向を見せた。由比ヶ浜さんは奉仕部がなくなるのではないかと、そういった危惧をしているようだった。

だが私は奉仕部がすぐになくなることになるとは思わなかったし、もし仮に奉仕部がなくなったとしても、奉仕部という居場所がなかったとしても、一緒に居られる建前や理由がなくても、まだ繋がっていられると考えていた。

奉仕部がなくなった時点で関係が終わってしまうのであれば、私たちはそれだけのものでしかなかったということだ。私の定めた信念はそう言っている。
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:44:06.02
翌日、彼の口から告げられた提案に、私は安堵と驚嘆と愉悦がない交ぜになったような、言葉にし難い感情を覚えた。

そんな考えは私の頭になかった。だが、彼は私の考えを理解してくれたのだと思った。

彼は私が自分の意思で生徒会長になろうとしていたことをわかってくれた。

そしてその上で、私だけに負担を負わせたくないと、傍にいたいと三人での居場所を作ろうとしてくれた。

奉仕部の活動という建前がなくても、居場所がなかったとしてもと私は思っていたが、彼とまた時間を過ごせることを考えると、その甘美にも思える提案が嬉しくないはずがなかった。

その歓びの前では、この居場所を求める行為は欺瞞ではないかという疑念は覆い隠されて、押し潰されてもう見えなかった。
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:46:07.85
そうして今に至るわけだがその渦中、私がまったく予想していなかった行動に出た人間が他にも二人いた。

葉山君と一色さんだ。二人とも生徒会に入るとは思いもしなかった。

一色さんについては空きとなっていた書記に城廻先輩が引き入れたらしいので、それは気にしていない。

ただ、私の応援演説をすることを一度は受けていた葉山君が、それを翻してまで生徒会に入ろうとしたのは不可解で理由がわからない。

彼が応援演説をやめ立候補すると私に伝える前にした、最後の会話を思い返す。

「生徒会選挙のことだけれど、予定通りよ。応援演説、宜しく頼むわね」

「わかったよ。本気なんだな」

「ええ。私は生徒会長になるわ。由比ヶ浜さんと比企谷君も生徒会に入るつもりだそうよ」
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:47:13.25
「…………そう、なのか」

「ええ。今やっている奉仕部の活動が生徒会と兼任になるというところかしら」

「誰からの提案なんだ?」

「……比企谷君よ。彼は私の意思を汲んだ上でそうしようと考えてくれたの」

「君の意思、か。なるほど。また連絡するかもしれない」

翌日、葉山君は私の応援演説をやめ、生徒会長以外の役職に立候補すると伝えてきた。

当然、何故そうするのかと問うてはみたが、自分にできることをやるだけだよと、真意かどうかすらわからない答えしか返ってこなかった。

迷惑ならやめるとも言われたが、彼が自らそうしようとしているものを私にどうこう言える権利があるはずはなく、そうして彼は副会長の座についた。
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:50:05.37
やりにくいというのはなくはないが、私はどうせほとんど誰でもやりにくいと感じそうだしそこは問題ない。

加えて実務能力の高さは言うまでもないが、やはり運動部の部長ということだけが唯一の懸念だった。

けれど副会長となれば生徒会長ほどの責任はないし、生徒会長である私さえしっかりすれば彼の負担は減らすことができる。

ただ、彼は責任感もあるから私に任せて丸投げということはしないだろう。それに彼は私と違って器用だし、人も使える。私の懸念など歯牙にもかけずうまくこなすに違いない。

葉山君との会話の中で、彼がその決断をしたきっかけとなるものを探すなら───やはり、比企谷君だろうか。少なくとも私ではない。そう言い切れる。

彼と私は、既に昔に終わっているからだ。
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:51:08.65
彼は自らの在り様をはっきりと決めているし、私も深く関わる気はもうない。ただ家の付き合いがあるから、関係が切れるということもないが。

なんにせよ、彼の口から真実を語るまで正しいと思える答えなど出ない。そして彼が私に真意を言うこともないだろうから、私にはきっとわからないままだろう。

ならば考えるだけ無駄だ。彼のことは一人の生徒会役員として、これまで通り特別なことは何もなく、自然に振る舞えば問題ない。



一色さんがいなくなってからはいつもの奉仕部のような時間に戻った。

静かに穏やかに時間が流れ、そろそろ終わりにしようと口を開きかけたところで生徒会室の扉が開いた。

「やあ」

「あれ?隼人君どしたの?」
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:52:46.49
「うす。なんの用だよ」

「はは……一応俺も生徒会のメンバーなんだけどな。というか、いろはから聞いてないか?」

「一色さんから?」

彼女とは確かに一緒に買い物に行くと話したが、葉山君のことは何も言っていなかったような気がする。

「俺はいろはから生徒会で買い物に行くって聞いてきたんだけどな……。いろはもすぐ来るよ」

「はぁ……そういうことね。わかったわ」

内心渋々ながらも了承の意思を伝える。こういう状況になって今さら葉山君とは行かないなんて言い出せるはずがない。

一色さんは私たちを葉山君と出掛けたいがためのダシに使ったということだが、怒る気にはなれなかった。
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:53:46.59
葉山君も比企谷君と同じように、こういった建前のようなものを用意しないとなかなかに誘い辛い人間だということを私は知っているから。

「え、なになに?いろはちゃんと隼人くんも行くってこと?」

「そうなるわね」

「そうなのか、聞いてねぇぞ俺」

「葉山君に関しては私も初耳よ。一色さんが行くというのはさっきここに来たときに言っていたじゃない」

「聞いてなかった……」

それに由比ヶ浜さんがあたしも、と同意した。そうでしょうね、二人で集中していたから聞こえなかったのでしょうね。少しだけ拗ねたい気持ちになったが、すぐに意識して抑えつける。

「また大所帯だな……。俺帰っていい?」
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:54:41.15
心底うんざりした顔で比企谷君は話す。

「ダメに決まってるじゃん。もともとヒッキーのを買いに行こうとしてたんだよ?」

「そうよ。あまり考慮する気はないけれど一応あなたの意見も聞かないと」

「じゃあ聞く意味ねぇじゃねえか……」

「先輩がた、お待たせでーす。では行きましょうかー」

遅れてやってきた一色さんが音頭を取り、各々が帰り支度を始める。私は生徒会室の鍵を返却すると、五人で学校を後にした。


葉山君も含めて、こうやって一緒の目的地に向かって歩くのはどれぐらいぶりだろうか。昔はそういったこともあったが、今となっては遠い過去の出来事だ。
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:56:14.02
「ところで、何を買いにどこに行ってるんだ?」

私と由比ヶ浜さんの前を歩く葉山君が、後ろに向かって尋ねた。横には一色さんがくっつくように並んで歩いている。

「んーとねー、生徒会室でよくゆきのんが紅茶淹れてくれるんだけどね、ヒッキーはずっと紙コップだったからそろそろティーカップとか買おうと思って」

「そういうことです。先輩がちゃんとしたやつで飲むのに、わたしと葉山先輩が紙コップなんて許されませんよね」

「あ、俺のも買うつもりなのか?」

「そうですよー。そう思って来てもらったんですから」

「なるほどね。それにしても雪乃ちゃんの淹れる紅茶とか、久しく飲んでないなぁ」
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:57:27.93
あまりに自然だったので私は一瞬気付くのが遅れた。由比ヶ浜さんは私に驚いた視線を送り、一色さんははわわっと変な声を漏らして戸惑っている。

最後尾で自転車を押している比企谷君は、葉山君を無言で見つめていた。

「っと、比企谷はどんなの買うつもりなんだ?」

葉山君は咄嗟に話題を変えようとした。おそらくこの場ではこれが最善だ。無言になるのも不自然だし、慌てて取り繕うのはもっとおかしい。

説明したところで納得するかは聞き手次第だから、なかったことにして時間が記憶を薄れさせるのを待つのが賢明だろう。そもそも自分が思うほど気にされていない可能性もある。

「……あー。俺のなんだけどな、俺の意向はあんま考慮されんらしい。その二人にお任せだ」
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:58:28.96
「……ま、任せてよ!いいの選んだげるから」

「なんだよその謎の自信は。……不安しかねぇな」

「ヒッキー、失礼だよ!もう超可愛いの選んでやるんだから」

「あ、葉山先輩のはわたしが選んであげましょうか?」

「そうだな。いろは、頼むよ」

皆が口々に話し始め、不穏なものになりかけた空気を一掃する。私にも追求の言葉が及ばないのは助かった。

それにしても、雪乃ちゃんなんて家族で会うときだけで、それ以外では一貫して名字呼びだったのに、葉山君はどうしたんだろう。

「ね、ゆきのん」

由比ヶ浜さんがこそっと話しかけてきたので、考えるのをやめて意識を彼女に向ける。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 17:59:43.31
「どうしたの?」

「ヒッキーのだけどさ、お金も半分こだから選ぶのも半分こにしない?」

「どういうことかしら」

「たとえばさ、形はあたしが選んで柄はゆきのんが選ぶとか」

公平かと言われると首を傾げたくなるが、こんなことで揉めたりしたくないという由比ヶ浜さんらしい気遣いを感じた。

「…………そうね、そうしましょうか。多少いびつでも比企谷君はそんなに拘りはなさそうだしね」

「よかった。ありがとね、ゆきのん」

「別にお礼を言われるようなことではないわ」

そう。こんなことはお礼を言われるようなことではない。
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:01:30.43
むしろ私が由比ヶ浜さんにいろいろとお礼を言わないといけないのに、これまで素直になれずなかなか伝えられていない。

由比ヶ浜さんは私にはできない気遣いができる。私が今こうしていられるのは彼女の尽力によるところも大きい。

私が他人と比較してわかるのは、自分が如何に欠落した人間であるかということだけだ。

ここにいる誰もが、私にはないものを持っている。

そして私は自分に失望する。

だから、私はここにいる誰しもに嫉妬にも似た羨望を抱く。

私は彼らが、彼女らが持ち得ないものをひとつでも持っているのだろうか。生徒会長になれた私は、何かを得られるのだろうか。
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:02:31.12
それはまだ、今はわからないことだった。



そのまま五人でとりとめのない会話をしながら、学校から歩いていける距離の、駅近くにある複合商業施設へ向かった。

ここなら生活雑貨のお店もいくつかあるので、手頃な値段のものも見つかるだろうと一色さんと由比ヶ浜さんが言っていた。

目当ての店があるフロアに辿り着くと、みんなが散り散りに別行動を始める。協調性があるんだかないんだかよくわからない。

私も含め各人は一部ずつ重なりあう部分を持ってはいるが、その中心までは重なりあわない程度にバラバラの個性を持っているということなんだろうか。

葉山君は一色さんに付き添うように、比企谷君は由比ヶ浜さんに引っ張られるようにしてそれぞれ別の店に入っていった。
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:04:15.75
私は取り残された形だ。このまま立っていても始まらないので、私も由比ヶ浜さんの入った店へ行くことにした。

一緒に選ぶと言っていたのだからそのほうが良いだろうと思ってのことだ。

彼女たちは店に入って右奥から見ているようだったので、私は左奥から見ていくことにした。そうすればいずれ中央付近でぶつかるだろう。

ティーカップやマグカップを探すついでに、いろんな雑貨を眺めたりしていると由比ヶ浜さんの声が聞こえてきた。私はあまり進んでいないから、二人がどんどんこちらに向かって来ているということだ。

商品棚を挟んで向こうの通路に居るようだが、棚と商品に遮られていて姿までは見えない。

「あ、ヒッキーこれなんかどう?」

「湯呑みで紅茶飲むのかよ。さすがのセンスだな」
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:06:02.52
「でしょー?えへへ」

「いや、全然褒めてねぇから……」

「え、そうなの?でもさー、ヒッキーにティーカップって全然イメージないんだよね。ぶっちゃけ似合わないというか」

「まぁそれは確かに。つーか紅茶があんまり似合わん気がするな。俺はせいぜいマグカップにコーヒーだし」

「じゃあ湯呑みでもいいじゃん」

「じゃあ、の意味がわからんが、まぁ別に……。湯呑みつっても結構いろんな柄あるな、どれにすんの?」

「それはゆきのんと相談して決めるよ。ゆきのん探してこないと。どこかな、隼人くんと一緒かな?」

聞くつもりはなかったけれどはっきりと聞いてしまった。聞いて問題のある会話だとは思わないが、ここにいたと知られたら若干気まずいかもしれない。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:07:18.31
そう思って離れようとしたけれど、また声が聞こえてきたので、私の足はピタリと止まってしまった。

「あ、由比ヶ浜」

「ん?」

「あー、そのうち暇な日って、あるか?」

「え?あ、う、ん。大体暇、かな。…………どしたの?」

「クリスマス、近いだろ。あの、あれだ……小町へのプレゼント的なやつ、選ぶの付き合ってくれるか」

「…………あたしだけで、いいの?」

「ああ。これは……それでいいんだ」

「そっか……。わかった。どこいくの?」

「ま、まだ決めてない。また伝える」
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:09:07.85
「……うん。待ってる、ね」

「……おお」

最後まで聞いてしまった後で、静かにその場から離れた。

姿は見えなかったので声だけだが、見なくても二人の姿が想像できた。

頭の中でその想像の姿と先ほどの二人の声が重なると、私の胸に締め付けるような痛みと焦燥感が沸き起こる。

私は彼とようやく一部でも理解し合えたと思っていた。だが、私がそれを由比ヶ浜さんに話していないように、彼女も比企谷君と二人だけで積み上げてきたものがある。

そんな当たり前のことにようやく気がついた。いや、そうではない。

ずっとわかっていたことなのに、私が自分の恋心を自覚してからは考えないように、見ないようにしてきただけだ。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:10:41.66
私はこの感情の処理の仕方を知らない。他の人はどうしているのだろう。

どうしたらいいかわからないので、離れた場所で偶然見つけたティーカップを手に取り眺めていると、由比ヶ浜さんが私を探しにやってきた。

「いたー、ゆきのーん。お、ティーカップだ。それゆきのんのオススメ?」

「あ、いえ、そういうわけでは……。たまたま見つけたから手に取っただけよ」

先ほどの会話を私に聞かれていたことには気がついていないようで、少しだけ安堵する。

「あ、そうなんだ。じゃあこっち来てよ。良さげなのあったからゆきのんに柄を選んでもらおうと思って」

由比ヶ浜さんに引っ張られて比企谷君の待つ、二人が話していた場所に連れて行かれた。会話から知ってはいたが、そこで見せられたのは湯呑みだった。
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:12:11.39
「ゆきのんどう?これ」

自信満々の顔で紹介しているが、どこからその自信が湧いてくるのか私にはわからない。

「……湯呑みね」

「……湯呑みだよな」

「比企谷君はこれでもいいの?」

「ああ、俺なら別に構わんぞ。重さもあるし紙コップよりはいいんじゃねぇの」

「……どうしようかしら。飲むのは紅茶なわけだし……」

「ゆきのんいいじゃーん、これにしようよー。ヒッキーにティーカップなんか似合わないって。湯呑みで啜ってるほうが似合ってるよヒッキーには」

「そ、そう、それもそうね。これにしましょうか。柄は……いろいろあるわね」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:14:52.13
たくさんある湯呑みを見比べていると視線を感じた。横を向くと、比企谷君が呆けたような顔で私に目線を送っている。

「……なにかしら?」

「あ、いや。なんでもない」

「ゆきのん、こっちにパンさんみたいなのあるよ?」

「なんですって?」

ディスティニィーの公式ストアでもないのに、こんなところにそんな商品があるわけがない。そう思って見に行くと、やはり似ても似つかないような偽物だった。

「由比ヶ浜さん」

「なに?」

「あなたにはこれがパンさんに見えるのかしら?海賊版とかですらない、ただのデフォルメされたパンダじゃない」
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:15:52.38
少しの怒気を込めてとつとつと話す。目付きの悪いパンダの絵を全部パンさんと同じにされるのはパンさんフリークとしては見過ごせない。

いや、パンさんの目付きは悪くないし、私は言うほどフリークでもない。…………たぶん。

「ご、ごめんゆきのん。そんな怒るとは思わなかったよ……。でもさ、これはこれでなんか可愛くない?パンさんとは違うけど」

「……そうね、この目付きの悪さは誰かさんにどこか似ていて、愛嬌があるわね」

ちらと比企谷君に横目を向ける。

「人の顔見ながら目付き悪いとかやめてくれる?」

「あら。それは気のせいよ。本当にこれにしようかしら、どう?」

「いいんじゃないかなっ」
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:16:45.74
「俺はお前らに任せるつもりだし、それでいいよ」

「じゃあこれにするわ。由比ヶ浜さん」

二人でレジに行ってお金を支払い、比企谷君に湯呑みを渡す。

「はい、あなたのよ」

「そんな高いものじゃないけど、大事にしてね」

「おお……。ありがとな、二人とも。なんかお返し考えとくわ……」

顔を赤くしながら受け取り、手元の贈り物を眺める彼の姿がふと、いとおしく見えた。

「いいのよ。そんなことは気にしないでも。ちゃんとしたものでもないのだし」

今回は私と由比ヶ浜さんからの、二人の贈り物だから、これで。
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:17:32.63
いつか、私と彼でディスティニィーに行ったときには、正規品のパンさん湯呑みを買ってプレゼントしようと、そう思った。

そんな日がくるなんて、自分は想像できないけど。

それでも、いつか。


買い物を終えて店を出ると、葉山君と一色さんが談笑しながら待っていた。二人とも目的のものはもう買い終えたようだ。

「ごめーん、二人とも待たせちゃった?」

「いえー、そんなに待ってないですよ。わたしたちも買い物ちょうど終わったとこです」

「そっか。ねぇ、みんなついでにご飯食べて帰らない?まだ生徒会全員でそういうのやったことないしさ」
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:18:39.77
由比ヶ浜さんが皆を窺うように上目づかいで控えめに話す。

確かに、このメンバーは全員顔見知りで繋がりはあるが、特別仲良しという感じではない。半分は比企谷君と私のせいという気もするけれど。

「確かにそうだな。俺は別に構わないけど、みんなはどう?」

葉山君が由比ヶ浜さんの提案に乗り、各自に促す。

「わたしもオーケーですよー」

「私も問題ないわ」

四人の視線が比企谷君に向かうと、彼は若干たじろいで口を開いた。

「……わかったよ、行くよ。全員で俺を見るなよ……」

「そうか、じゃあどこに行く?比企谷?」
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:19:47.17
葉山君が比企谷君に尋ねることに疑問を覚えた。彼がこういうことを得意でないことは知っているだろうに。

「…………俺に聞くな。お前が決めろよ」

「そうだな。じゃあ…………サイゼでいいか?みんな」

葉山君はなにかを含んだように、少しの笑みを浮かべて提案した。比企谷君は苦虫を噛み潰したような表情をしている。

「うん、いいよー」

「なんか葉山先輩らしくないですね……。でも、わたしは先輩たちが行くならどこでもいいですよ」

「私も構わないわよ」

皆が了承の意思を伝える。

「じゃあ、行こうか」
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:20:54.42
葉山君はにっと笑って比企谷君に顔を向ける。比企谷君はそれを見て、ふっと諦めたように薄い笑顔を作って歩き始めた。

二人だけがわかっているようだが、先ほどのやり取りのどこに可笑しいところがあったのだろうか。

きっと、彼は彼で、私の知らないところで、いろんな人と記憶を共有しているというだけのことだ。

比企谷君の知らない部分を知る度に増すのは、私だけが置いていかれるのではないかという不安。

彼を好きになればなるほど、それを自覚すればするほど、私がなろうとする私から離れていく。

そんな不安が押し寄せてしまったから、五人で食事をしている間も私だけが会話に乗りきれないような気がして、少し申し訳ない気持ちになった。

せめて生徒会長としては迷惑をかけないよう、きちんとこなさなければ。私が自分の意思でそうしたのだから。

そして翌週、新生徒会として初めての仕事を平塚先生から告げられることになるのだった。


☆☆☆
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/12(日) 18:40:10.92
面白い
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/13(月) 12:52:26.97
こんなに素晴らしいのにこんだけしかレスつかんのか
みんな台本しか読んでねーのかな
雪乃の内面にここまで踏み込んで描写してるの初めて見たよ
更新楽しみにしてます
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 11:55:54.07


生徒会メンバーでの食事を終えて家に帰ると、もう割と遅い時間になっていた。

夜空は冷たく澄みわたり、突き刺すような乾いた空気は本格的な冬の到来を俺に告げている。

手袋なしで自転車を漕いでいたので手がかじかむ。けれど火傷をした指だけはハンカチが包帯のように巻かれたままなので冷たくはなかった。

「たでーま」

「おきゃーり」

リビングに入ると炬燵で寝転がっている小町から返事が返ってきた。小町は勉強する素振りを見せて参考書を広げてはいるが、寝そべっている状態でまともに頭に入る訳がない。

しばらく前までは挨拶すら返ってこない日々が続いていた。目どころか顔もろくに合わせることはなく、家がまるで針のむしろのようだった。
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 11:57:10.90
こうして小町からおかえりと言われるだけなのに、なんという安心感。

やはり違和感なくそこにいられて心の安らぐ場所でなければ、自分の居場所とは呼べないのではないだろうか。



修学旅行から戻ってきたあと、自らへの苛立ちから八つ当たりにも等しい態度で小町と接して衝突し、久しぶりに本気で怒らせたのは記憶に新しい。

それから生徒会選挙を巡るゴタゴタもあったもんだから考えることが多すぎて、というか自分のことばかり考えていて小町と仲直りするどころではなくなってしまった。

しばらく小町と冷えきった夫婦(想像)のような関係になり、我が家での居心地がとても悪いものになったことは心底堪えた。

小町の優しさはいつも当たり前のようにそこにあったから、だからこそ、なくしてからその大切さが身に染みた。
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 11:59:01.97
八幡殺すにゃ刃物はいらぬ、小町の冷遇あればいい。いや刃物でも余裕で死ぬけど、ほんと死ぬほど気まずかった。家は俺の安息の地じゃなくなったのかと思った。

だから由比ヶ浜と雪ノ下と、生徒会選挙の話をつけたその日の夜に、額を床に擦り付けても構わないぐらいの気持ちで小町に謝ることにした。

実際にそんなことはしていないけど、そのぐらいの気持ちで。

謝る俺を見る小町の視線は冷たかった。それでも自分が蒔いた種だと、その視線を意地でも逸らさずにいると、小町はゆっくりと口を開いて一言だけ告げた。

「……じゃあ、ちゃんと話して」

進んで言いたいことではなかったが、諦めて全てを話すことにした。修学旅行で俺のやったことから始まり、一色の依頼、雪ノ下と由比ヶ浜の決意、俺の提案。
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:00:10.23
全ての出来事は俺の目を通した上での印象しか語れないのだが、小町はそれでも由比ヶ浜や雪ノ下のことを慮って気持ちを読み取ろうとしていたようだ。

修学旅行に関してはやはり俺が悪いと。そして最初に俺が考えた一色の依頼の解決方法もまちがっていたと。

だが、雪ノ下と由比ヶ浜の決意を受けてから俺のとった行動はまちがっていたとも正しかったとも言われず、小町は少しだけ寂しそうに呟いた。

「そっか、奉仕部は生徒会と一緒になっちゃうんだ……」

「そうなるな」

「それがいいのか悪いのかはわかんない、かな。でもね、お兄ちゃんがちゃんと結衣さんと雪乃さんのことを考えて動いたことは、まちがいじゃないよ、きっと」
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:02:53.30
俺は返事ができなかった。そもそもの発端は俺が認めたくないという、ただの子供の我儘のような思いだったから。

あいつらのことを考えたかと言われると、考えていなかったわけではないが、どこまで考えていたのか今となってはあまり定かではない。

それに、この選択はまちがっていないかと何度も内に問い掛けた結果ではあったが、まちがっていないというだけで正しいとは自信を持って思えなかったから。

だが打ち明けたことで小町と仲直りはでき、挨拶が返ってくる平穏な我が家を取り戻すことができたのだった。



「はー、さぶいさぶい」

冷えてしまった足を炬燵に入れながら手を擦り合わせて暖めていると、小町がむくりと起き上がる。
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:04:10.91
「あれ、お兄ちゃん何その指。怪我したの?」

おおう、さすがにめざといですな小町さん。というか、俺もこんなものいつまでつけっぱなしにしてるんだ。大した怪我でもねぇのに。

「あ、これか……。いや、ほんと大したことないんだけどな。ちょっと火傷した」

「火傷って、何したの。火遊びはやめなさいっていつも言ってるでしょう」

「言ってねぇだろがそんなこと。それに火遊びじゃねぇ。雪ノ下に紅茶かけられたんだよ」

「…………雪乃さんに何したの、お兄ちゃん。怒らないから言ってごらん?」

小町は心配そうにしながら俺を諭すように話している。いや、攻撃されたみたいに考えてるんだろうけど、そんなことないからね?
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:06:50.23
「なんなの、今日はお母さんキャラなの?つーかただの事故だ事故。変なことはなんもねぇよ」

「なんだ。失礼なこととか卑猥なことして報復されたのかと思っちゃった」

やっぱりか。なんだ卑猥なことって。そんなことしたら軽度の火傷ぐらいじゃすまねぇよ。

肉体的にはともかく、主に精神に深い傷を負うことになるのは間違いない。あと社会的なダメージがひどいことになる。

「……雪ノ下はそんなことしねぇだろ。あとお兄ちゃんのイメージ低下するようなこと言うのはやめてね小町ちゃん。あ、これ洗っといてくれよ」

律儀につけっぱなしにはしてはいたが、冷やすという当初の目的はとうに果たせなくなっているハンカチをほどく。少しだけ名残惜しいような何かを感じたのは気のせいだ。
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:08:15.79
「ん、んん?それ包帯じゃないじゃん。ハンカチ?」

「そうだな」

「……誰の」

「…………由比ヶ浜の」

「はぁー、ふぅーん、へぇー」

小町はテーブルに置かれたハンカチと俺の顔を、にやついた目で見比べながらうんうんと頷いている。

「なに、その顔は。ちょっとムカつくんですが」

「いやいや、これは喜んでるんだよ。なるほどねー、生徒会でもよろしくやってるんだねー」

感心したように話してるけどなんなんだよ、よろしくって。ブラックジャックに?やだ俺もしかして病気なの?たぶん病気だろうな、頭の。
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:11:09.89
「まぁ、ボチボチはやってる。まだ生徒会としては何もしてないから部活と変わらんな」

「そっかー、ちゃんと部活動もやれてるんだね。まあお兄ちゃんたちが楽しそうなら小町はそれでいいや。…………このままいけばそのうち進展もありそうだしっ」

ぽしょっと付け足すように呟いた最後のほうの言葉は聞こえなかった。耳に入ってはいたが意識が聴覚に向かっておらず、ちゃんと言葉として認識できなかった。

その前の言葉に引っ掛かりを覚えたから。

俺は今の学校が、あの生徒会が楽しい。そのはずだ。俺が望んで、三人の居場所を作るよう持ちかけて、それが実現したのだから。

それなのに、そのはずなのに、手放しで喜んではいない俺がいる。そのことを頭のどこかでわかってはいたが、自覚して理解してしまうのが恐ろしいことのように思えた。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:13:27.93
「じゃあこれ洗っとくね」

「おう、頼む」

機械的な返答をしてから風呂に向かい湯船につかって考えてはみたが、結局自分でもその理由はよくわからなかった。

火傷をした指をお湯につけると、少しだけしみるような痛みがあった。


一一一


「他校と合同でクリスマスイベント、ですか」

貴重な昼休みに平塚先生によって生徒会室へ集められ、何の話があるのかと思えば新生徒会としての初仕事のことだった。

できれば仕事などないままずっと静かに過ごせればと思っていたが、やはりそうもいかないらしい。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:15:15.71
もう仕事という言葉というか、字面に悪意とか邪気とかそういったものを感じる。仕事ってこの世の災厄なんじゃないですかねこれは。

「そうだ。露骨に嫌そうな顔をするんじゃない比企谷。と、一色」

平塚先生に言われて一色のほうを見てみると、そんなの聞いてないんですけどー?とでも言いたそうに不満をあらわにしている。態度悪いなー。人のこと言えないけど。

「えー、だってクリスマスですよ?わたし予定入るに決まってるじゃないですかー?」

未来形かよ。ってことはまだ予定はないってことか。それでも入るって断定するあたり、こいつクリスマスは毎年誰かと過ごしてるのか?けっ、ゆるほわビッチめ。

「知らねぇよ、お前の予定なんて」
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:17:34.41
「先輩だって不満そうじゃないですかー。え……もしかして先輩、クリスマス予定ありですか?」

もしかしてってなんだよ。クリスマスなんか毎年予定あるよ、超ある。小町とチキン食べたりとか。でもそんな幸せをわざわざ教えてやらなくてもいいだろう。悔しくなんかないし。

「俺はクリスマスに限らず今も昔も未来も常に仕事したくねぇんだよ」

「うわぁ、ダメ人間だ」

「うるせぇよ」

「実際にあたしたちは何をするんですか?」

俺と一色の短い言葉のキャッチボールもといぶつけ合いが終わるのを見計らって由比ヶ浜が尋ねた。

「それはまだ決まっていない。まずは先方と話し合って何をするか決めるところからだな」
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:19:36.57
えー、丸投げ?漠然としすぎじゃないですかね……。

「そんなの高校生に任せて放置でいいんですか?」

「教師として最低限の監督は行うが……基本は任せることになる。両校で交流して親睦を深める、というのが目的でもあるからな」

相手の海浜総合高校は確かどっかとどっかが合併した結果、やたらでかくてハイテクな進学校になったはずだ。

偏差値的にはうちのほうが高いはずだが、どんな校風なんだろうか。

「地域のお年寄りと子供相手のイベントね……。何ができるのかしら」

雪ノ下は顎に手をやりながら考えている。

雪ノ下にとっては生徒会長として初の仕事だから、俺なんかよりもずっと成功させたいと思っていることだろう。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:21:01.79
だが俺が他人との調整事で役に立てるとはあまり思えないから、あまり力にはなれないかもしれない。

人がたくさんいると空気になるし、知らない人が多いとそれはさらに顕著になる。

「当然ある程度の予算は出るが、日程的にも人員的にも猶予はあまりない。それほど大それたものはできないだろうが、話し合ってうまくやってくれたまえ」

うまくやれ、ね。前も言われたことがある。何も決まっていないのであれば、平塚先生もこれ以上言いようがないということだろう。でもなぁ……。

「合同ってのがまためんどくせぇな。せめてフィーリングの合うやつらだと楽なんだけどな」

「心配いらないわよ。あなたと合う人間なんてそういるわけがないのだし」
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:22:54.24
雪ノ下は皮肉っぽく微笑んで俺に目線を向ける。いや、お前も人のこと言えねぇだろ。

「何がどう心配いらないんだそれは。というかだな、生徒会長さんも結構合う人少ないと思うんですがね」

「…………否定はしないわ」

「いや!そこは否定してよゆきのん!?」

今のやり取りを見て葉山と一色は苦笑いを浮かべていた。平塚先生の表情は変わっていない。

「大丈夫よ、由比ヶ浜さん。生徒会としての初仕事なのだし、しっかりやらないとね」

「う、うん。あたしも頑張るよっ。会計は何するのかわかんないけど……」

おいおいガハマさん、予算管理はあなたの仕事ですよたぶん。
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:25:47.48
まぁ由比ヶ浜は雪ノ下の相談相手になれるだろうし、この生徒会においての重要度はおそらく生徒会長の次に高いと俺は思っている。

「そうだねー、初めは大変だろうけどしっかりね、雪ノ下さん。いいなーみんな楽しそうで、わたしもまだ生徒会にいたかったなぁ」

めぐり先輩がほわっとした発言をして場をさらに和やかなものに変える。さすがめぐりんパワー。果てしないリラクゼーション効果である。

いやいや、なんでここにいるの?

「誰も突っ込まないから俺が言うけども……なんでめぐり先輩がいるんですかね……」

「やっほー比企谷くん」

にぱっと笑って俺にひらひらと手を振る。ああ、癒される……じゃなくて。
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:27:08.44
「わたしはちょっと私物を取りに来ただけだよー。そしたら話してたからこそっと聞いてたの」

「はぁ、なるほど。こそっととか言いながら堂々としてますけどね」

実はめぐり先輩は最初から席に普通に座って、ふんふんと頷きながら話を聞いていた。傍から見ればどう考えても生徒会メンバーである。

「それで海浜総合高校との会合なんだが、コミュニティセンターはわかるか?」

平塚先生が脱線しかけた話を戻す。脱線させている主な要因は俺な気もする。これはやはり話し合いに向いていなそうですね。

「ヒッキー知ってる?」

「マリンピアのとこですよね。この前みんなで買い物行ったとこの近くだよ」
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:29:13.72
「そう、そこだ。今日の夕方六時から最初の打ち合わせだそうだから生徒会全員で参加してきたまえ」

「は?今日?」

先生相手なのについタメ口のような生意気な口調になってしまった。いやでも、いきなりすぎじゃないですかね……。

「それはまた……えらい急ですねー」

「…………すまん。実は先週言うのを忘れていたんだ……。いやね、先生も忙しくてね?」

目を逸らしながら言い訳をする平塚先生に向け、数人からじとっとした視線が送られる。

「う、そんな目をするな君たち。もし何かどうにもならない問題があれば遠慮なく私に言いたまえ。では健闘を祈る」
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:31:23.08
自分に非があることはわかっているのだろう、先生は話を早々に切り上げ立ち去ろうとする。

しかし二歩ほど歩いたところで何かを思い出したかのように立ち止まると、こちらに振り返った。

「あ、比企谷」

「なんですか」

「この後でも放課後でもいいから、私のところへ来てくれ。少し話がある」

俺なんかやったっけな……。とりあえず自分が怒りを買っていないかと、その可能性から考える。完全に調教されてますねこれは。

だが思い当たることは特にない。現国のことやクラスでのことに思索を巡らせてもそれは同じだった。よし、怒られることではないな、たぶん。

「……わかりました」
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:32:42.02
怒られないにしても褒められることもないだろうから、渋々ながら了承の意思を伝える。

よく考えたらいくら悩んだところでわかりました以外の答えなど最初からなかった。長いものには最終的に巻かれるタイプ、どうも比企谷八幡です。

「ん。ではな」

平塚先生が部屋を去り、さてどうしたものかと思っていると雪ノ下が皆に問いかけた。

「はぁ……どうりで急すぎると思ったわ。でも今さら言っても仕方ないわね。今日はみんな参加できる?」

「今日か、ちょっとまずいな……。今日は部活どうしても抜けられないんだ。俺は遅れて行くことにするよ」

葉山が申し訳なさそうに雪ノ下に告げた。まぁ葉山も今日すぐにといきなり言われても困るだろう。サッカー部の部長も兼任しているのだから仕方ないと言えば仕方ない。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:33:44.75
「わかったわ」

「すまない。いろははこっちを優先してくれるか?俺から他の奴等に言っておくから」

「そうですか、わかりましたー」

にしても、いやにあっさり不参加が認められたものだ。もしかしたら俺もこの流れに乗れば逃げられるかもしれない。乗るしかない、このビッグウェーブに。

「あ、俺も今日は部活抜けられねぇから帰るわ」

「……あなたは家で部活動をやっているのかしら?それとも奉仕部の部室は比企谷家に変わったの?」

駄目だった。雪ノ下の笑顔なのに対象を射抜くかのような冷たい視線が俺の豆腐メンタルに突き刺さる。
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:34:58.33
「いやすみませんほんと。怖いその顔怖い。…………あ、今日は夕方のアニメ見ないといけないからかえ」

「小学生かっ!ゆきのん、放課後ヒッキーが逃げ出さないよう見張っとくね。引っ張ってくるよ」

まだ最後まで言ってないのに今度は由比ヶ浜にダメ出しされた。しかも放課後の監視付きらしい。

「よろしくお願いね、由比ヶ浜さん。最優先事項よ」

「らじゃ!」

「俺はそんな重要人物でもないと思うんですがね……」

「あ、先輩。そうでもないかもですよ」

何を思い付いたのか、一色は頬杖をついたままで話す。

「なんでだよ。俺は仕事しねぇぞ」
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:36:19.03
「いや、ヒモ宣言はどうでもよくて。先輩いないと女子三人になっちゃいますもん」

「あー、それはそうだねー。向こうが何人いるのか知らないけど、みんな女子ってことはないだろうし」

「そういうことよ。合同なら関係としては対等なものでしょうし、それなら男子もいたほうがいいわ」

女子同士で次々に同意する。なるほど、それなら俺もわからなくはない。

女子というだけで見下すような、時代錯誤の頭の悪い男が一定の割合で常に存在することは知っている。

「たとえその男子が比企谷君でも。一応」

「なんで最後にそういう余計なのつけちゃうの、お前は……」

相手方も生徒会メンバーなんだし、さすがにそういった輩が混ざっているとは思わないが、それでも無意識のうちに女子を下に見てしまうというのは男なら少しはあるかもしれない。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:40:51.78
俺は専業主夫志望ということもあるし、男がいくら束になっても敵わないほど優秀な女子のサンプルが身近にあることもあってそういった思いはないが、女子には簡単に負けたくないというその一点においてのみ理解できる。

つまるところ、男子は女子にかっこ悪いところを見せたくないし、格好をつけたいのだ。それは俺もよくわかる。

だから、女子だけだと向こうにそういった男子がいた場合、面倒事を押し付けようとしてくる可能性がなきにしもあらずということだ。

そんな無意味なことに労力も時間も使わないで済むのなら、それに越したことはない。

「でもそういうことなら、役に立つかは知らんが行くしかねぇな」

何もしなくても、ただいるというだけでも問題はなさそうだが、今日に限っては思ったりも俺の存在は重要かもしれない。
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:42:16.30
葉山がいれば事足りる、というか十二分にその役目を果たしてくれるのだろうが。

「はー、めんどくさいですね先輩は……。黙ってやるって言えばいいのに」

「いろはちゃん、これがヒッキーなんだよ……。でもね、いつもなんだかんだ文句言いながらちゃんとやってくれるの」

「そうね、比企谷君が素直に従うと逆に気味が悪いわ」

ちょっと、気味が悪いはひどくないですか。抗議の目線を送ってはみたが丸っきり無視された。

どうやら今の言葉は雪ノ下にとって罵倒のものですらないらしい。

「じゃあそろそろ戻るよ。みんな、俺は今日の会合出られないけどよろしくな」
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:44:09.63
「ええ。急だったし仕方がないわ。気にしないで」

「そうか、助かるよ。比企谷、任せたからな」

「ん?あ……おう」

葉山は最後に俺だけに向けて話しかけてきたが、いきなりだったので中途半端な返答しかできなかった。

なんで俺だけに……あ、あれか。男子は俺だけだからか。

俺にはお前の代役なんかとても務まらんが、とりあえず逃げずにはいてやるよ。生徒会として当たり前のことなのに、俺超偉そう。

「さーて、じゃあわたしも戻るかなー。みんな頑張ってね。よっ、ほっ」

部屋を出た葉山に続いてめぐり先輩が立ち上がり、重そうな段ボールを抱えて部屋を出ていこうとする。
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:45:18.92
段ボールはめぐり先輩の目の高さまであり、足取りも覚束なくて危なっかしいったらありゃしない。自然と俺も体が動き、立ち上がっていた。

「めぐり先輩、持ちますよ」

「あ、比企谷くん。えへへ、ありがとねぇ」

「いえ」

めぐり先輩から段ボールを受けとるとずしりとした重さが腕にのし掛かり、危うく落とすところだった。なにこれ……ダンベルでも入ってるの?

「ね、ついでで悪いけど、今からちょっとだけいいかな?伝えたいことがあるの……」

めぐり先輩は背伸びをして、俺が抱えている段ボール越しに、はにかむような笑顔で顔を見つめながら話す。

うおお……すげぇ威力だ。あどげない先輩の年下のような笑顔。いやもう年上とか年下とかなんでもいい。めぐりんという概念が凄い。
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:46:36.22
「は、はぁ。今からですか?ここじゃ……」

「うん、恥ずかしいから、ここだとちょっと……」

えぇー。そのあれは、その、あれですか?もう何がなんだかわからない。

いやきっと違うから、絶対。だってフラグ何もねぇし。フラグとか万が一仮に立っても無意識にへし折ることしかできないし。

「……わかりました。ついてけばいいですか?」

「あ、うん。ついてきて」

生徒会室を出る前に、部屋に残っている三人に別れを告げることにした。たぶんもう昼休みの間には戻ってこないだろうから。

「じゃ俺行くわ、飯食わねぇと。また放課後」
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:48:14.38
部屋を出てめぐり先輩に扉を閉めてもらう直前に、ぎゃあぎゃあと一色が騒いでいるのが聞こえたが気にしないことにした。

小さな歩幅で歩くめぐり先輩についていく。どこに行くのかだけを聞くと、三年の教室のほうまでお願いと言われたので頷く。

「……にしても重いですねこれ。何が入ってるんですか?」

「女の子の私物がそんなに気になる?」

「あ、いえ、そういうわけじゃ……」

嘘です超気になります。別に下着が入ってるとかは思わないけど、なんか女子のプライベートアイテム(私物)って言われたらそりゃ気になりますよね。なるよね?

「あはは、別に特別なものは入ってないよ。入ってるのは、そうだなー。生徒会での思い出、かな」
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:49:57.63
いつもおっとりしていてゆっくり話すめぐり先輩にしては珍しく、最後のほうは控えめで切なさを感じる口調に聞こえた。

「ほんとはもっと早く持って帰ろうとしてたんだけどね、これがなくなったらわたしが入れる部屋じゃなくなる気がして……」

そうか。あそこは一年間はめぐり先輩の部屋だったんだよな。

自分とその仲間の居場所が、今では別の人間のものになっている。めぐり先輩が感じるその喪失感はどれほどのものなんだろうか。

俺も、かつての奉仕部の部室にしろ、今いる生徒会の部屋にしろ、何もしなくてもそこにいられなくなる日は確実にやってくる。なくしたくないものはいずれ失う、それだけのことだ。

「でもさっき、新しい生徒会のみんなのこと見てて思ったの。わたしの部屋じゃなくなっても、わたしはまた来れそうだなって。だからもう、これは持ち出すことにしたの」
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:50:53.09
「そうですか……。めぐり先輩の思い出とか、そりゃ重いわけですよ。俺なんかには特に」

「比企谷くんもこれから自分の箱に増やしていくんだよ?」

「スカスカじゃないといいですけどね」

「大丈夫だよ、きっと。みんないい子だから。あ、こっち」

入ったのはめぐり先輩の教室ではなく、誰もいない資料室のような部屋だった。指示されるまま段ボールを棚の上に置いて一息つく。

汗ばんできた顔を拭おうとポケットに手をやると、借りていた由比ヶ浜のハンカチが出てきて少し狼狽えてしまった。

無言の時間が僅かに続いたが、めぐり先輩が先に口を開いた。

「あのね、わたしが比企谷くんに言いたかったのはね……」
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:53:18.52
手を後ろで組んで俯き加減にしている仕草のまま放たれる台詞に、心臓が一度だけ強く跳ねる。

「……な、なんですか」

「ありがとう」

俯いていた顔を上げたそこにあったのは、めぐり先輩らしい穏やかでほんわかとした満面の笑みだった。

心を奪われかけたが、その感謝の言葉の意味がよくわからない。

「はい?あ、荷物運びですか?」

「ううん、これはそうじゃないよ。雪ノ下さんにも由比ヶ浜さんにも言ったんだけど、それなら比企谷くんに言ってあげてって言われたから」

「すみません、ついていけてないんですが……。なんの話ですか?」

「雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが生徒会に入るよう後押ししてくれたのは比企谷くんなんでしょ?」
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:54:40.24
「俺はそんな……。決めたのはあいつらですよ」

入ると決意をしたのはあの二人だ。その理由はそれぞれ違っていたかもしれないが、彼女たちは確かな意思と目的を持ってそう決めたはずだ。

俺はそこに自身の願望を無理矢理重ね、強引に居場所を作ろうとしたに過ぎない。

「二人がそう言ってるんだから、そうなんだよ。だからありがとう」

「いや、それでもなんでめぐり先輩がお礼言うのかがわかりません」

「あ、そうだよね。それ言ってなかったね」

てへっ☆と言う感じで首を傾げ、ぺろっ☆と舌を出す。

なんだそれあざと……くない!きっとこれはめぐりんパワーのなせる技。一色が同じことやったらイラッ☆ってなるな絶対。
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:55:46.43
「実はね、期待してたんだ、こういうの。雪ノ下さんが生徒会長でさ、由比ヶ浜さんもいて……。それで、比企谷くんが庶務でっ」

「めぐり先輩の期待でも俺は庶務なんですね……。間違いじゃないんですけど」

可笑しそうに笑ってからめぐり先輩は続けた。

「それでさ、卒業したわたしがたまに生徒会室に行って、体育祭とか文化祭楽しかったねって、みんなで思い出に浸るの。そういうの、憧れてたの」

「そう、ですか」

「だからね、二人の背中を押してくれてありがとう。わたしの憧れを形にしてくれて、ありがとう」

俺の行動次第では、雪ノ下も由比ヶ浜も俺も、全員が生徒会に入ることなく奉仕部が存続し、一色が生徒会長になっているような未来も有り得たのだろうか。
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:57:10.23
もしそうなっていたら俺は、俺たちは新たな関係を築くことができていただろうかと考えかけたが、首を振って打ち切る。

やめよう。そんな仮定に意味はない。俺はもう選んでしまったのだから。そしてこれはやり直しすら認められないものだ。

めぐり先輩を正面から見据えて話す。

「そんなのたまたまです。俺は俺がやりたいようにやっただけで……」

事実、俺はだいたい自分のことばかりで人の気持ちを推し量るということをしていない。

めぐり先輩の気持ちなど知る由もないのに、お礼を言われるなんて納得がいかない。

「比企谷くんのやりたいことがわたしの憧れと重なったんだから、それでいいじゃない。比企谷くんは難しく考えすぎだよ」
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:58:25.22
意図せず結果的に人を助けることになった行為、人のためになった行為に対し、感謝をされるというのは落ち着かない気分になる。事故のときの由比ヶ浜に関してもそうだった。

だが結果的に助けられることになった側からみれば、そこに助ける意図や意思があろうとなかろうと、そんなことはどうだっていいのだとめぐり先輩は言っている。

人の気持ちにはいろいろあるが、純粋なそれはもっと単純で簡単なものだと。

「そう、なんですかね。それでも感謝されるのは違うって気がするんですが、それなら、その……よかったです」

「うんうん。わたしがそうしたいんだから素直に受け取っておいてよ、わたしのために」

めぐり先輩のために受け入れる。そうか。自分が納得しなければ受け取らないなんて、傲慢でしかないということか。
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/18(土) 12:59:15.14
難しく考えずにぐっと飲み込んで、相手の思いを受け入れる。

……それが簡単にできてたら、こんなに捻くれてもねぇし、拗れてもねぇな。

でも今だけは、飲み込んでおこう。去り行くめぐり先輩のために。

「……はい」

「じゃあね。比企谷くん。生徒会のことよろしくね」

「はい。お疲れさまでした、めぐり先輩」

「比企谷くんも、お疲れさまでしたっ」

めぐり先輩は元気よく頭を下げてからすぐに元の姿勢に戻る。その際、ゆらりと揺れる編み込まれたお下げ髪から目が離せなくなった。

「また、生徒会行くからね。絶対」

柔らかく微笑む年下の少女のような年上の先輩は、俺の返事を待つことなく去り、俺の脳裏には揺れるお下げ髪の残像だけが残った。


一一一
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/19(日) 03:55:28.70
乙乙
丁寧に描写してあってじんわりくるね
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:34:32.45


昼休みも半分程過ぎてしまったが平塚先生に呼ばれていたことを思い出し、購買に行く途中に職員室に寄ることにした。

なんの話だかわからないが、面倒なことはできるだけ後に回したくない。

それに昼飯のことを考慮してくれれば話が手短に済むかもしれないという浅はかな打算もあった。

「平塚先生、来ましたけど」

職員室にいる平塚先生の元へ向かい声をかけると、先生はぎっと音を鳴らしながら椅子を回転させてこちらへ振り向いた。

「おお、比企谷か。すまないな、奥を使おう」

艶やかで長い黒髪を揺らしながら立ち上がる平塚先生を追い、職員室室奥の応接スペースへ移動する。少し前にもここへ通されたので、革張りのソファの座り心地も覚えている。
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:35:06.64
平塚先生は俺の斜め向かいに座り、煙草に火をつけて美味そうに煙を吐き出した。俺はそれをじっくり待ってから口を開く。

「話ってなんですか」

「なに、別に大したことではないんだがね」

「じゃあ帰っていいですか」

「まあそう言うな、待ちたまえ。少し君と話をしたくなったんだ」

真剣な目でこちらを見ているが、そこに怒りや厳しさは感じられない。どちらかというと見守るような優しさを帯びた類いのものに感じられる。

「はぁ。俺は別に面白い話題なんかないですよ」

「相変わらず可愛げはないな。どうだ比企谷、生徒会は」
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:35:42.27
平塚先生は相変わらず具体性のない問いかけをしてくる。俺のどんな言葉に期待をして、俺と話したいと言っているのだろうか。

「どうだ、と言われても……。仕事するのは今日これからが初めてですよ。生徒会に入ってのこれまでは奉仕部と同じように、何もせず過ごしてただけです」

「そうか。奉仕部と同じようにやれているか」

「まぁ、そうですかね。何もしてないってことと同義ですけど」

「依頼ならまたじきにくるだろう。その時は生徒会ではなく、奉仕部の三人で解決を目指したまえ」

またじきにくるという、その予言めいた言葉に引っ掛かりを覚えた。平塚先生は依頼をしそうな人物に心当たりがあるのだろうか。

「誰か平塚先生のところに来たんですか?悩み相談みたいなのが」
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:36:09.93
「いや、来ていないよ。なぁ、比企谷」

平塚先生はそこで話を区切り、煙草を吸って紫煙を吐くと火を灰皿で揉み消しながら続きを話した。

「以前、ここで雪ノ下が生徒会長になるつもりだと話したとき、君はどうしようと思った?」

あのときの俺の答えは考えるまでもなく、考えるよりも先に───認められない。そういうものだった。

雪ノ下がまた一人で背負い込むというのなら、それはまちがっている。否定すべきものだと思った。

「……止めようと思ってました」

「それはなぜだ?」

「あいつだけに押し付けて背負わせるなんておかしいからです」
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:36:49.62
そんなあとからついてきた理屈なんかよりも先にあった拒否反応については口に出さなかった。

「そうか。だが今は、雪ノ下は生徒会長になり、由比ヶ浜も、比企谷も生徒会に入っているな」

「何か問題がありますかね」

「いや、そうじゃない。比企谷がどう考えてそうしたのかが聞きたいだけだ」

「…………。俺は、もしかしたら雪ノ下は生徒会長になりたいんじゃないかと……」

他にも由比ヶ浜の思いや俺の望み、様々なことを考えての結果なのだが、そのうちの一つだけを端的に話した。

今は雪ノ下の話から繋がっているのだから、これで十分なはずだ。

「そうか、それならいい」
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:37:24.84
そう言うと平塚先生は俺に満足げな笑顔を向け、二本目の煙草に火をつけた。俺の返答は正解だったのだろうか。

「まさか比企谷が生徒会に入るなんて思いもしなかったよ」

「似合わないとは思ってますよ、自分でも」

「そんなことはないさ。君はそれなりに優秀だからな」

平塚先生は煙を吐き出しながら続きを話す。

「私は別に、奉仕部でなくとも構わないんだ。君たちが共に何かをやれるのであればな」

「やっぱり、俺があのまま奉仕部も生徒会も行かずにフェードアウトするってのは認められなかったんですね」

「当然だろう。まだ何も果たしていないからな」
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:38:03.04
最初は無理矢理奉仕部に入れられたのだから、平塚先生にはなんらかの思惑があったんだろう。

そしてそれは未だ果たされていないと、目の前の先生は言っている。

「私が君を奉仕部に連れていった理由は覚えているか?」

「俺の更正のため、でしたっけ」

「そうだ。そこには君より先に誰がいた?」

その言葉を聞いただけで、懐かしいとも呼べる記憶が鮮明に甦る。脳裏に浮かぶのは、たった独りで斜陽の中に佇む、まっすぐな少女の姿。

そんなことを俺が思い出せないはずがない。それは平塚先生もわかっている。

けれど、平塚先生のことだからこの問いかけにもきっと意味があるのだろう。
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:38:32.32
「雪ノ下です」

「そうだ。つまり、雪ノ下は雪ノ下で更正すべき問題を抱えているということだ」

「はぁ」

覚えていないというわけではないが、あの出会いから、意識してそんなことを考えたことはほぼなかった。

雪ノ下はあの頃から見ると、やはり少し変わってしまったと思う。その変化は俺や由比ヶ浜のものよりもわかりやすいもののように感じる。

あの頃の刺々しさや、本気の人格否定の罵詈雑言はもうない。暴言や失言はあるけれど。

少しだけ変化した雪ノ下を取り巻くこの世界は、彼女にとって未だ生きにくいものなんだろうか。

「そこに比企谷を入れたのは君だけを考えてのことじゃない。雪ノ下のためでもあった。これがどういう意味かわかるか?」
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:39:14.57
「……雪ノ下の問題を解決するために、俺にやれることがあるってことですか?」

「察しがよくて助かるよ。やはり賢いな君は。だがそれは比企谷だけではなく、由比ヶ浜も、雪ノ下も同じだ。要するに、君たち三人はお互いの問題解決のために、お互いが必要な三人になっていると私は思っている」

お互いが抱えた問題。正すべき個人の性質。そんな重大なものに、俺なんかが踏み込んでもよいのだろうかという疑問が頭の中を巡る。

だが確かなことがある。認めてもよいことがある。

それは、お互い決定的な一歩は踏み込んでいないものの、俺たち三人の距離は昔に比べて確実に縮まったこと。そして、その影響かどうかはわからないが、三人とも変化しているということ。

人の性根など簡単には変わらない。それが俺の持論だ。
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:39:54.03
そしてそれはまちがってなどいない。なぜなら俺の変化は未だ表面的なものであり、本質的な部分は変わっていないからだ。

ならば変わったと感じる雪ノ下も由比ヶ浜も、表層的なものでしかないということだろうか。他人のことだから俺には判断がつかないが。

先生は以前、俺のやり方では本当に救いたい人は救えないと言った。

本当に救いたい人が現れたとき、今の俺に、本質的には変わらないでいるそのときの俺に何ができるのだろうか。

考え込む俺をよそに平塚先生はさらに話を続ける。

「君たちは成長している。少しずつではあるが、前に向かって歩んでいる。私はそう感じているよ」

「そう、なんですかね。堂々巡りしてる気が……。自分じゃわかんないっす」
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:40:35.55
「そういうのは自分ではわからないものだ。わかるのはもっと進んで振り返ってからだな。では今日からのイベント準備、雪ノ下を支えてやってくれ」

雪ノ下を支えるか。今の俺にできることがそう多くあるとは思えないが、言われるまでもなくできるだけのことはやるつもりだ。

彼女の生徒会長としての初仕事を失敗させたくないから。雪ノ下にだけ負担を押し付けるなんてことは、もうしたくないから。

「……はい。では失礼します」

「うむ」

ソファから立ち上がり一礼すると、平塚先生は片手で煙草を揉み消しながらもう片方の手を上げて返す。俺はそのまま職員室を足早に出た。


思ったより時間を取られてしまった。
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:41:20.26
平塚先生、ぜんぜん昼飯の時間の考慮してくれねぇし!俺が何も言わなかったから食べたと思ってんだろうなぁ。

残り少ない時間でもパンぐらいならかじれるだろうと購買に向かったが、見事なほどに何も残っていなかった。

なんでこんな時に限って完売とかするかね……。間の悪い自分を呪いたくなる。

仕方ない、会合の合間にでもコンビニでなんか買って食べるか……。ううっ、ひもじいよぅ。

午後からの授業に備え水分だけでも摂っておこうと、マッ缶を自販機で買い一気に飲み干す。有り余るほどの糖分を摂取して満腹中枢を誤魔化そうという試みだ。

だがその作戦は失敗に終わり、空腹のせいで午後からの授業にはまったく集中できなかった。

260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:42:10.48

帰りのSHRが終わると、ぐったりとして机に突っ伏した。やっと終わった、長かった。

これから仕事に行くのかー。こんな状態で仕事のことなんか考えられるわけねぇだろ、くそっくそっ。空腹だとこんな風にイライラしますよね。

栄ばあちゃんもいちばんいけないことはおなかがすいていることと、独りでいることだからって言ってたし。

あ、でも俺ぼっちだった。ごめん栄ばあちゃん。俺には守れなかったよ。

くだらないことに思考を割いて空腹を忘れようとしていると後ろから肩をつつかれる。

机に突っ伏したまま緩慢とした動きで顔だけを向けると、由比ヶ浜が呆れたような顔で俺を見下ろしていた。

「えぇー……。ヒッキー、そんなんなるぐらい行きたくないの……?」
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:42:46.76
どうやら俺が生徒会に行きたくなくてぐだっていると思われているようだ。

確かに面倒ではあるが、行かねばならないと思っているのにそう受け取られるのはアレなので否定しておく。

「これは違う……」

「えー、超嫌そうなんだけど」

「そうじゃなくて、腹が減った……。昼飯食えなかったんだよ」

「そうなの?生徒会室出たときはまだ時間あったじゃん」

「なんだけどな。そのあと平塚先生のとこ行って購買行ったら何も残ってなかった」

「そうなんだ。んー、なんかあったかな……」

由比ヶ浜は自分の鞄をゴソゴソと漁り始めた。
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:43:37.07
「あ、ポッキーならあるよ。食べる?」

「くれんの、マジで?食う食う、超食う。今ならお前のクッキーでも喜んで食うわ」

「どういう意味だっ!もー、ヒッキーのバカっ」

肩のあたりをバシバシというかポカポカと殴られる。ええいやめろ近いウザい痛くない可愛いうっとうしい。

「んじゃ生徒会室行くか。教室で食うのもアレだし」

なんかもう思考が適当になって言葉もあまり出てこなくなっている気がする。アレとか代名詞が増えたような。

「そだね、行こっか」

言うや否や、由比ヶ浜は俺の腕を両手で抱き抱えるように取って教室を出ようとする。

やめろなんか柔らかいし。何がなんでどうして柔らかいんですかね……。
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:44:13.26
「ちょっ、おい、離せっ。なんで引っ張るんだ」

「だって逃げるかもしんないし」

あー、そうか。由比ヶ浜は俺の監視と連行という任務を与えられてるんだったな。ちゃんと脱走の意思がないことを示さないといけないということか。

「逃げねぇよもう。ちゃんと行くから……」

「そっか。じゃあ、離さないとね……」

俺の腕を掴んでいた手から力が抜け、ようやく由比ヶ浜の体から離れる。由比ヶ浜の顔を見ると火照っているかのように頬を赤く染めていた。

恥ずかしいならやんなよ……俺も恥ずかしいんだよ。

そう思ったが口には出さず、掴まれていた場所を痛くもないのに擦りながら無言で歩き始めた。
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:44:48.36
しばらく並んで歩いてからふとポケットに手を突っ込むと、いつもはそこにないものが手に触れ、言わなければならないことを思い出す。

「あ、これ返す。ありがとな」

借りていた由比ヶ浜のハンカチを取り出して手渡す。

「ん?あ、昨日の。そいえば火傷大丈夫なの?」

「おお。全然大したことねぇよ。大袈裟なんだって」

「どれどれ、見してみ?」

由比ヶ浜はまたも俺の手を取って自分の眼前に近づけた。さっきと違って腕ではなく掌なので、柔らかくてすべすべした女の子の手の感触が肌に伝わる。

なんか最近接触多くないですか!俺はこんなの慣れてない。たぶん慣れる日なんかこないんじゃないかと思えるほどにどぎまぎしてしまう。
265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:45:25.73
「ほんとだ。ちょっと赤いかな?ぐらいだね」

「も、もういいだろ」

「う、うん」

ようやく俺の手が自由になった。なんか手と胸の奥のあたりがムズムズする。なんだこの感覚は……。

由比ヶ浜は俯いていたかと思うと、突然ぱっと閃いたかのように顔を上げ、控えめに俺に提案する。

「ね、あのさ。ちょっと早目に出て軽くなんか食べてく?ポッキーだけじゃまだお腹空くでしょ?」

そういえば今から生徒会室行っても会合まで随分時間があるな。それならそういうのもありか。

何時までやんのか知らねぇけど晩飯も遅くなりそうだし、もうちょい腹に入れといたほうがいいかもしれない。
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:46:13.00
「あー、それも悪くねぇな、開始はなんか半端な時間だし。雪ノ下に聞いてみるか」

「あ、うん。そうだね、ゆきのんにも聞かないとね」

「一応許可取らないとな」

勝手に先に出たら何を言われるかわからない。反論しようにもあいつは俺の人権をどっかに落としちゃったみたいだし。勝手に捨てないでくれませんかね。

生徒会室に辿り着き扉を開く。

「うーす」

挨拶をしたものの部屋に人の気配はない。珍しいな、雪ノ下がいないとか。といってもそんなことぐらいあるのが普通で、いつ来てもあいつが部屋にいたこれまでがおかしいだけだ。

「やっはろー!ってあれ?誰もいない。ゆきのんは?」
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:46:52.41
「まぁ席はずすことぐらいあんだろ。トイレとか平塚先生のとこじゃねぇの?」

「そだね。あ、ヒッキー、ほい」

由比ヶ浜が鞄からポッキーの箱を取り出し、俺に投げて寄越した。

「おお、さんきゅ」

バリバリー!とマジックテープのように勢いよく箱を開けて中から小袋を取り出すと、そのまま袋を開けてポリポリとかじり始める。

「うめぇ、ポッキーうめぇよ」

ポッキーなんか自分で買おうと思ったことなど一度もなかったが、今は異様に旨く感じる。やっぱり由比ヶ浜のクッキーも空腹ならいけ……いけるかなぁ……。

「あたしも食べるー。このあとなんか食べに行くし、別にいいよね?」
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:47:27.16
「そうだな。元々お前のなんだし遠慮なく取ってくれよ」

「んじゃあ……」

座っていた由比ヶ浜は中腰になって椅子を後ろ手に持つと、俺の席の横まで椅子ごと移動してきた。

奉仕部やこの部屋でこんな配置になったことはないので、慣れなくて変に意識してしまう。

俺は意識していることを悟られないよう、無心でポッキーをかじり続けた。味がよくわかんねぇんだけど……。訴訟。

「もーらいっと」

そう言って由比ヶ浜は机に置かれた袋から一本抜き取ると、ぱくっとくわえて手を使わないままがじがじと噛んでいく。

ピンク色のぷるんとした艶かしい唇に目を奪われていることに気がつき、おもわず顔を背けて軽口を叩いてしまう。
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:48:11.02
「リスかお前は……」

「なっ、食べてるとこじろじろ見ないでよ。恥ずかしいじゃん……」

「ばっ、じろじろとは見てねぇよ」

「ふーん……。まあいいけど……」

次の一本を取ろうと袋に手を伸ばすと、由比ヶ浜も同時に取ろうとしたせいで互いの指先が触れ合ってしまった。

すると次の瞬間、二人が同時にビクッと反応して手を凄い速さで引っ込めた。

「っ!さ、先どうぞ」

「いや、元々お前のだし……お前が取れよ」

「いや、もうヒッキーにあげたから……」

「じゃ、じゃあ」
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:48:46.94
盛大にどもりながら手を伸ばして一本つまみ取る。はぁはぁ、なんでポッキー取る程度でこんなに疲れねばならんのだ。

由比ヶ浜は迷っていたようだが、無言で次の一本を取るために恐る恐る手を伸ばした。

それと同時に、ガララッという音とともに生徒会室の扉が開き、由比ヶ浜の肩が大きく震える。

俺はどっちかというとその反応の方にびっくりして挙動不審になってしまった。

「こんにちはー」

「やや、やっはろー、いろはちゃん」

由比ヶ浜は声も震えたようになっている。あんまり人のことは言えないが、何をそんなに動揺してるんだよ……。
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:49:18.11
俺も落ち着け、こんなときは完全数を数えて落ち着くんだ。…………駄目だ、6しか知らねぇ。

「……うす」

「おりょ、隣り合って何してるんですか、珍しい」

「昼飯食ってんだよ」

「え、んー?ポッキーですか?昼御飯?」

一色は不思議そうな顔で首を傾げる。まぁわけわかんねえよな。

「昼飯食いそびれたんでな、少しでも足しにしようかと」

「あー……そういや先輩、城廻先輩に……。まぁこれは後で聞きます。一本もらいますねー」

そう言うと一色は背後から俺の左肩に片手を乗せ、右肩越しにもう片方の手を伸ばしてポッキーをさらっていく。なんという自然な流れでのボディタッチ。
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:50:03.62
意識してやってるのか素なのかは知らんが、どっちにしろやっぱ一色怖い。昔の俺ならもう5回ぐらいうっかり惚れてるまである。

んまぁ、とか言いながらご満悦の様子だが、それは俺のおポッキーさんだ。いや恵んでもらったものだけど。

「俺の貴重な食料が……。それ元は由比ヶ浜のだからな」

「え、そうなんですか?早く言ってくださいよー、知ってたら取らなかったのに。結衣先輩ごめんなさい、もらっちゃいました」

一色は申し訳なさそうに由比ヶ浜に謝っている。けどおかしいよね、それは。

なんで俺のなら取ってもいいって思ってるの?え、もしかしなくても俺ってこの生徒会ヒエラルキーの最下層になってる?
273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:50:36.15
そりゃまあ俺はここで唯一の役職なしだけども。でも唯一って言い換えたらオンリーワンだよ?だからなんなの?

うん、最下層でも仕方ないか。だったら責任は何もないし仕事はしなくても問題ないな。いや重労働を課せられる未来しか見えねぇなこれ。

「ううん、いろはちゃん気にしないでいいよー。どうせこのあと軽くなんか食べてから会合いくつもりだし」

「あー、そうなんですか。どこいくんです?わたしはカフェとかでもいいですよ」

「え、お前も来んの?」

「置いていこうとする先輩に驚きですよ……。なんですか、そんなに結衣先輩と二人がいいんですか」

なな何を言うんだこいつは。由比ヶ浜と二人でとか……いや別に二人だからって気にすることはないけど。ていうかそんなこと思ってないし。
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:51:10.34
「ちっ、ちげぇよ。雪ノ下にも声かけようと……」

「じゃあもっとよくないですよ!なんでわたしだけ置いてくんですかー!」

一色はうがーとばかりに憤慨しながら俺の肩をバシバシと叩く。ええいやめろ近いウザい痛いあざと可愛いうっとうしい。

「そ、そうだよ、みんなで行こうよ、ヒッキー」

「だな。葉山がいねぇの忘れてたわ……」

「はー……。ほんと酷いです先輩、傷つきました。罰として奢ってください」

一色はくすん泣く振りをしながら肩を落とし、俺に理不尽な要求もとい強要をしてくる。

だからあざといんだっての……と思いながらも少し胸が痛むのは何故なんでしょうか。
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:51:42.95
小町の調教の成果はこんなところにまで及んでいるのかと、自分の従順さと素直さに少し驚く。ピュアな八幡きっとかわいい。いや可愛くない。

「えー。なんでそんなことしなきゃ……」

一応抵抗はする。だって俺貧しいし。最下層だし。

「き、ず、つ、き、ました。わたしはー、先輩にー、傷物にされましたー」

「おいその言い方は違うだろ。あんま人聞きの悪いこと……」

荒ぶる一色を静めようと体のいい言い訳を考えていると、ゆっくりと扉が開いて雪ノ下が入ってきた。顔を見ると眉間に皺が寄っている。

「比企谷君……あなた一色さんに何をしたの……?」

一色の最後の言葉だけ聞こえていたようだ。なんでそんなに都合よく面倒な時に帰ってくるんだよぅ!
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:52:20.16
由比ヶ浜は呑気にいつもの部族の挨拶を雪ノ下に向けているが、俺はそれどころではない。

「お、俺は何もして……」

「ないことないですよねー?」

「やはりあなた、まさか……」

まさか、なんだよ。雪ノ下さんはどんな想像してるんですかね……。

もう説明すんのもめんどくせぇ、とりあえず要求に応じてこの場を納めよう。

「や、悪かったよ……。奢ってやるよ、奢ればいいんだろ」

「やったー。先輩頼りになるぅー」

今までのしおらしげな表情はどこへやら、一転してぱぁっとした明るい笑顔になる。こいつほんっといい性格してるな……俺の謝罪を返してくれ。
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:53:08.43
自分の顔の良さと後輩女子という立場を理解して、最大限利用している。どう育ったらこんな性格になるんだか。

でもその全てが効果的に作用する俺も大概な性格してんな。

「……どういうこと?由比ヶ浜さん」

「あ、あはは。これはね……」

由比ヶ浜が一連の流れを辿々しく雪ノ下に説明する。雪ノ下はその話を聞いて、ほっと息を吐いてから納得したように口を開いた。

「なるほど。とりあえず比企谷君が性犯罪者にならなくてほっとしたわ。生徒会から逮捕者が出ると私の責任問題も問われるかもしれないし」

「真顔でなんてことを言うんだお前は……」

「あはっ。雪ノ下先輩、わたしと先輩がそんなことになるわけないですってば。先輩にそんな度胸はなさそうですしー?」
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:53:47.00
一色はやだなーとばかりに不遜な笑みを浮かべて俺を見る。

ほーん?俺をチキンだと思っているな?そうですけど?チキン八幡ですけど?自分がちょっと悲しい生き物な気がしてきた。

ていうかその度胸があってもお前には手出さねぇよたぶん。なんというか、後が怖い。慰謝料とか請求されるかもしんないし。

「一色さん。確かに彼は度胸もなければ小賢しいし小癪だし生意気だけれども……。一応性別上は男なのだから、ね?」

雪ノ下は慈しむような表情で、子供を諭すかのように首を傾けて一色に念を押す。

「い、いや、わたしそこまで言ってませんけど……まぁ、はい……」

「ね?じゃねぇよ。お前の中で俺の評価どうなってんだ」
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:54:40.58
「あら、とても頼りにしているわよ」

よくもまぁこいつもぬけぬけと……。さっきのは雪ノ下的には誉め言葉なの?お前はマイナスイメージの言葉しか知らんのか。

「とてもそうは思えん言葉が並んでた気がするが」

「それは言葉のあやというものよ」

雪ノ下は穏やかな微笑をたたえ、何かを伝えるかのように俺と視線を交わす。

本音ではなくああいう言い方しかできないのよ、わかっているでしょう、ということか?

えー、本当に?雪ノ下が俺をどう評価してるかなんてよくわかんねぇよ。

ただまぁ、言うほど低評価でないとは思っているが……イマイチ自信はない。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:55:24.26
「では少し早目に出ることにしましょうか。比企谷君が餓死する前に」

「しねぇよ」

いちいち突っ込みが必要な会話をしないといけないルールでもあるんですかね……。

でもまぁ、なんだな。こういう軽妙な掛け合いみたいなのができる空気はこの生徒会になるまでしばらく鳴りを潜めてたから、そうだな。楽しいと言ってもいいよな、うん。

「あははっ。りょうかーい、どこ行く?」

「軽いものならコミュニティセンター近くのカフェでいいんじゃないですかねー?」

由比ヶ浜と一色があーだこーだと駄弁り始める。俺は軽い腹ごしらえができればどこでもいいのでついていくだけだ。
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 13:56:13.19
そのあともポッキーを三人でつついていると、由比ヶ浜が雪ノ下とポッキーゲームしようとか言い始めて、百合ヶ浜さんとゆりのんに期待したが雪ノ下が固辞したので結局実現はされなかった。

困るよゆりのん。そこはくんずほぐれつやってもらっても私は一向に構わんッ!

それから一色が、先輩わたしとやりますか?とか言ってきたので大いに焦っていると、雪ノ下と由比ヶ浜から冷たい視線を感じて変な汗が出たりした。

なんで俺が睨まれるのかはよくわからない。理不尽極まりないと思うんです。

一色は絶対俺のことをおちょくってる。だがそんなことで俺が勘違いするとか思うなよ?訓練されたぼっちはそんなことでは揺るがないんだよ。挙動不審にはなるけど。

そんな感じで少しだけ腹を満たし時間を潰すと、雪ノ下の合図で出発することにした。結局会合場所近くのカフェに決まったらしい。

四人でグラウンドを横切る途中、一色が葉山を見つけて声をかける。

葉山はこちらに向けて手を上げると、あいつらしい優等生然とした爽やかな笑顔を見せてから練習に戻っていった。


一一一
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/23(木) 19:53:20.48
乙乙
この空気いいのう
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【俺ガイルSS】奉仕部の三人は居場所について考える【中編】



このシリーズSS:

【俺ガイルSS】奉仕部の三人は居場所について考える【前編】


【俺ガイルSS】奉仕部の三人は居場所について考える【中編】


【俺ガイルSS】奉仕部の三人は居場所について考える【後編】


【俺ガイルSS】奉仕部の三人は居場所について考える 続きと終わり



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とあるSSの訪問者

これは、名作だから最後まで見ることをおすすめするぜ


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