星奈「あたしたちはまだ友達が少ない」

4 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:04:13.97
第一話「明日次郎降臨!」


今年最後の授業を終えた放課後、夜空と並んで部室に向かう。

この学園は二期制なので、終業式は無い。冬休みにどこかに行く計画を相談する友達がいない俺たちは、早々に教室から退散した。

「全く……リア充共め……。スノボだの初詣だの、わざわざ教室で話さなくてもワックとかで話せばいいだろうに……。あれは私達への当てつけなのか?」

「それは考えすぎだろ」

「しかも居座るからってHRのときから教室の暖房を強くしすぎだ。暑くてかなわん」

そう言ってタイを緩める。

「それは確かにそうだったな」

「そう言うわりに平気そうじゃないか」

「俺はカーディガン着てないからな。似合わないし」

「そうか、では私も脱ぐとするか」

そんな益体もない事を話していると、いつの間にか部室の前に着いていた。
6 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:06:25.02
ドアを開けると、馬がいた。

思わず横を確認する。

「……なんだ?」

ちゃんと横にいた夜空が睨んでくる。

「いや、馬を見ると、つい」

「それではまるで私がいつもあんな馬鹿げた格好をしているみたいではないか。心外だ」

「最初にあれを被ったのは夜空だからな……正直、今でもテレビとかで馬が出てきたら自動的に夜空が思い浮かぶぐらい衝撃的だったぞ」

「……むぅ、ここは怒るべきなのだろうが……」

顔を赤らめながら俯いてボソリと呟く。

「そういえば、馬の頭とかメイド服とか執事服とか、夜空って結構色んなコスプレグッズもってるよな。yafオクで落としたとか言ってたけど」

「だっ、だからあれはいざという時のためにっ!」

「だからどんな状況のためにだよ……」

「それを私に言わせる気か!? 言えるか! そんな事!」

なぜか怒る夜空。

「そんな事と言われてもな……。ところで、部室に着いた後で今更なんだけど、今日は帰らなくていいのか? 最近なんか忙しいみたいだけど」

「まるで帰って欲しそうな言いぐさだな」

口を尖らせ、さらに不機嫌そうな表情になって言い捨てる。

「いや、来てくれて嬉しいよ。夜空がいないとなんか空気が違うというか、変な感じがするからな」

「なっ!? 恥ずかしい台詞をいきなり言うな!」

今度は急にまた赤くなった。忙しい奴だ。

「そうか? まぁ星奈も夜空がいない時は毎回気にしてたぞ」

「……今は肉の事はどうでも良いだろ」

「そんな事言うなって。心配してくれてたんだからさ」

「む……ふん」

顔を背けて不機嫌そうにしていても、どこか嬉しそうな夜空がちょっと可愛かった。

最近こんな表情するようになったよなぁ、こいつ。前は不機嫌顔の能面みたいだったのに。
7 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:08:40.60
「ちょっとちょっと、先輩方!? 理科はいつまで放置されていればいいんですか!? 少し濡れてきちゃったじゃないですか!」

「ちっ……、おい小鷹、後は任せた」

そう言って夜空は、馬の頭をかぶった理科をスルーしてソファに座り本を広げた。

任せたと言われてもな……。仕方ない、とりあえず適当に構ってやるか。

「で、理科、なんだそれは」

「仕方ないとりあえず適当に構ってやるかの部分は心の中だけにしておいて下さい……。地味に傷つきます……。でもやっぱり感じちゃう」

「そうか、頑張ったな」

俺も本の続きを読もうと、ソファへ向かった。
9 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:12:31.28
「ちょっと待てよぉぉぉっ! 何で本を広げてんだよぉぉぉっ!」

「え? とりあえず適当に、って言っただろ」

「その台詞って意図的に口に出してたんですか!? 冷たい! なんか最近小鷹先輩が冷たい!」

手足をバタつかせて抗議してくる。馬の頭をかぶっているので非常に気味が悪い。

しかも目が動くようになっていたり、舌が追加されたり所々無駄にリアルに改造してあるのでなおさらだった。

「おつとめごくろうさまです、あにき」

「おう、幸村」

幸村さえ理科の奇行をスルーして挨拶してくる。

さすがに理科をこのままにしておくのは少しだけ可哀想な気がしたので、どう反応してやろうかと考えながらぼんやり眺める。

暴れまくってついに眼球が真後ろを向いたあたりで星奈がやってきた。
10 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:14:40.05
「うわっ! 夜空!? ……って白衣着てるから中身は理科か」

「どいつもこいつも……」

「そ、それで理科、どうしたのよそれは」

夜空に睨まれた星奈は慌てて理科に話題を振る。

「星奈先輩……! ちゃんとリアクションとってくれたのは星奈先輩だけです!」

理科がむせび泣く。

「あんたら……一体何をしたのよ」

「何もしていないだけだが」

「あぁ、そういうことね……気持ちはわかるわ」

「まぁこれ以上騒がれてもいい加減迷惑だからな。ほら、理科、言ってみろ」

夜空が促す。

「で、では。……コホン」

理科は居住まいを正して、つまり馬の眼球や舌を元に戻し、一度咳払いをして、言う。

「オレサマ、ヒメゴト、オミトオシ」

「「「「…………」」」」

止まった。

時が止まった。

…………。

……。
11 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:18:37.42
「わ、私もあんなに痛々しかったのか……?」

夜空が顔を真っ赤にして聞いてくる。

「いや……、あの時は初見だったし、何よりリアクションをとってくれる小鳩とマリアがいたからな……。こんな空気じゃなかったはずだ」

「りかどの。うちじにかくごの生き様、ごりっぱでした」

「どうしよう……。 あたし何かしてあげられる事ないかしら……」

感じ入ったような幸村の隣では星奈が泣いていた。

「泣きたいのはこっちですよ!!」

ごもっともで。

「もういいです。みなさんがそういう事するなら理科にも考えがあります」

そう言って理科は馬の頭をかぶったまま部室を飛び出して行ってしまった。
12 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:22:40.20
しばらく無言だったが、ためらいがちに星奈が口を開く。

「さすがにちょっと悪いことしちゃったわね」

「むぅ……確かにやり過ぎた感があるな」

「あぁ、俺もやり過ぎた。後でみんなでちゃんと謝ろうな」

「はい、あにき」

理科が帰ってこないかと部室のドアを開けてみる。

もちろん理科はいなかった。……探しに行くか。

「俺、ちょっと探して

バリバリバリバリバリバリッ!

電流が全身を駆け巡る。

「っっっっっっ!」

倒れそうになったところをドアの陰に潜んでいた理科が支える。

「もう先輩ったら実はやっぱり優しいんだからぁ。でも許しませんけど」

理科がかぶった馬の鼻からスタンガンが覗いていた。
13 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:27:15.57
「っ、……り、か」

「大丈夫です。先輩は立っているだけでいいんですよ。全部理科に委ねて下さい」

とても優しげな、そしてそれ以上に狂気じみた声音で言いながら俺の体を部室の方に向ける。

「小鷹? そんなところで何をしている?」

夜空が問いかけてくる。どうやら中からは理科の姿が見えないようだ。と、そこで俺の声が後ろから聞こえてきた。

「ゲァハハァ、おい夜空、お前今何色のパンツはいてンだァ? どうせ可愛いパンツはいてンだろ? 見せてみろよォ」

「なっ!?」

夜空が一瞬で耳まで赤くした。そして小刻みに震え出す。

「どうしたンだよ? そンな照れちまって、可愛い奴だな。なら俺が脱がしてやンよ」

「……小鷹、死ぬ覚悟はできているな?」

「最っ低ね。早めに死んでくんない?」

「あにき……」

夜空の底冷えするような声も死ぬほど怖かったが、星奈と幸村の氷点下の視線も死ぬほど痛かった。
14 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:30:42.94
「ち……がう……おれじゃな

バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!

弁解は電流で阻止された。

そして再び理科が俺の声で言葉を発する。

「星奈ァ、前から思ってたけどよ、お前本当にいい乳してンよな。何カップあるンだァ? ハァハァ」

「え……そう? あ、ありがとう……Hカップだけど……って何言わせんのよ!?」

「くっ、Hだと!? 私より6つも上じゃないか……」

「ふぁっく」

「ちっ、無駄に一部だけブクブク太りやがって」

言わせた理科さえ毒づいていた。ってかHカップって本当に存在したのか……。
15 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:34:44.22
理不尽に攻められ涙目になる星奈。

「小鷹あんたどういうつもりよ!? この変態!」

「まぁ、どういうつもりかは知らんがとりあえず死んでおけ」

「わたくしがかいしゃくをつとめさせていてだきます」

三者三様の事を言いながら身近にあった物を手に取り、殺意のこもった眼差しを向けてくる。

一瞬の間の後、同時に俺に向かって駆けだした。

「「「死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!」」」

見事な三連コンボを食らった俺は3回転しながら軽く5メートルは吹っ飛び、そのまま気を失った。
16 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:39:44.44
目を覚ますと部室のソファの上に寝かされていて、皆が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

と言う訳もなく、廊下に倒れたままだった。

体のあちこちが軋むが、なんとか起き上がって部室に戻る。

「ちっ、まだ生きていたのか」

「今度こそ確実に殺らなきゃいけないわね」

「……あにき、潔く果てることこそもののふの最期のつとめ」

入った瞬間に殺意を向けられる。……ちょっと泣きそうだ。
17 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:48:31.14
「あ、先輩、遅いですよ」

なんとそこには理科もいた。既に馬の頭は外してあり、横に置いてあった。

「理科! お前!」

俺は理科に詰め寄る。

「やだなーもう、先輩ったらそんなヤクザみたいな顔してー。理科がMじゃなかったら泣いちゃってますよ?
ちなみに理科の『自主規制』は既にちょっと泣いちゃってますけど」

「後輩にまで手を出そうというのかこの鬼畜は!」

声の方を振り向いた瞬間、夜空がモップの柄の方で喉を突こうとしてきた。

「ちょっ、それはマジで死ぬぞ!?」

とっさに膝を抜いて転がって避けたが、その先には花瓶(陶器製の結構重いやつ)を持った星奈が全く笑っていない笑顔で立っていた。

「小鷹……大丈夫よ……あたしが救ってあげるわ……安心して……二人だけの所に行くの」

そう言って慈愛に満ちた目をしながら花瓶を愛おしそうにさする。

「お前はなんかいろいろマズイ! 頼むから話を聞いてくれ!」

とりあえず距離を取ろうとするが、後ろから幸村に体を掴まれた。首筋にはフォークが添えられている。

「おいきなさい」

待て! 待て待て! こんな終わり方はいくら何でも哀しすぎるだろ! と思いつつも気の早い脳みそは走馬燈を見始めていた。

夜空が柄を突き出し、星奈が花瓶を振りかぶり、幸村が腕に力を込め、なぜか理科までスタンガン×4を向けてきた瞬間、

俺は思わず目をつぶって叫んでいた。

「やめろぉーーっ! 夜空っ!」
18 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 21:57:03.97
………………。

あれ?

恐る恐る目を開けてみると、そこにはとても不機嫌そうな夜空と、勝ち誇った顔の星奈がいた。

「ホラ、あたしの勝ちじゃない! やっぱ小鷹に一番恐れられてたのは夜空ね!」

「……っ! うぅ~」

低く唸りながらこっちを睨む夜空。怖い。

「あにき、たばかったこと、申し開きもありません」

俺を解放した幸村が深々と頭を下げる。

「え?」

理解が追いつかない。

「先輩、実はもう、さっきのはそこの明日次郎の機能だったということは説明してあるんですよ」

明日次郎? あぁ、明日太郎を改造したからか。ってそんなことより

「じゃ、じゃあ俺はなんでこんな命の危険に晒されたんだ?」

「明日次郎の開発コンセプトは、『ヒメゴト、オミトオシ』ですから」

「全く説明になってねえ……」
19 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:00:28.16
「ふふん、それはね小鷹。理科があたし達にさっきの件を説明した後、せっかくの機会だしあんたの本心を暴いてやろうって話になったのよ」

超ゴキゲンな星奈が言う。

「命の危険を感じたときが一番本性を現わしやすい、って昨日やった明け方の護衛って大人向け美少女ゲームでも言ってたしね!
で、誰が一番あんたに怖がられてるか、つまり距離があるかってのを明らかにしようとしたのよ」

「そんなことで俺は走馬燈まで見てしまったのか……」

「へぇ、どんな走馬燈でした?」

興味津々と言った感じで理科が聞いてくる。

「いや、死の間際に見るような思い出が大してないから直ぐに終わった」

「……ごめんなさい」

……謝るなよ。
20 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:02:28.84
「まぁ、なんにしても遊びで良かったよ……」

「ふっ、そうだな、こんなことは所詮遊びに過ぎない。気にすることはないぞ、小鷹」

ソファのはじっこでずっとしょげていた夜空が言う。

「あっれぇ~? 怖い怖い夜空ちゃんが何か言ってますよぉ~? きゃぁ~怖いわぁ~」

「くっ、腐肉め……」

ここぞとばかりに甘ったるい声でおちょくる星奈に、夜空がガチな憎悪の眼差しを向ける。

「ひっ、よ、夜空あんたそれマジで怖いからやめてよ」

「あ゛あ゛!?」

「やめてってばぁ!」

涙目で懇願する星奈。

よかった、いつもの光景だ。やっと戻ってきた日常にとても安堵する俺だった。

……あっさりと許されていた理科のことは、この際気にしないことにしよう。
21 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:06:39.21
「ところで、理科。あんなもんいつの間に作ったんだ?」

「それはですね先輩、以前先輩を見返すために作ったタイムマシンもどきは失敗作だったので、
そのリベンジとして極秘裏に作っていたのですよ」

「俺の声真似めちゃくちゃ上手かったけど、あんなこともできんのか。すごいな」

「やだもう、理科照れちゃいます……」

「この前は発明が地味なものばっかりなんて言って悪かったな。もしかして他の人のも出来るのか?」

「それはもう! プログラムは組んであるので、音声データさえ入れてしまえば隅田川ドイルの蝶ネクタイ並に再現できますよ!」

「すごいな! 他にも何か機能はあるのか?」

「よくぞ聞いてくれました、先輩! その言葉を待っていたんですよ!」
22 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:08:34.49
嬉しそうにいそいそと明日次郎を持ってくる理科。

「自分で言うのも何ですが、まさにこれはロマンの結晶! そう、『男』のロマンの結晶なのですよ!!」

そう言ってスポッとかぶる。

「そうか! どんな機能なんだ!? まさか、タケコプ

「それは無理です!」

「違うのか? じゃあ、タイムふろし

「少し不思議から離れて下さい!」

「そ、そうか……。じゃあ光を当てると物が大きくなったりするのも違うのか……」

「あー、それはある意味正解です」

「マジで!!!???」

「マジです」
23 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:12:51.86
「貴様らさっきから騒々しいぞ。小鷹はなにをそんなにテンションを上げているのだ? 少し落ち着け。キモいぞ」

星奈で憂さ晴らしをしていた夜空が話に割り込んできた。

「いやこれが落ち着いていられるかよ! 今俺たちは世紀の大発明を目の当たりにしているんだぞ!?」

「はぁ? 一体なんなんだ?」

怪訝な表情をする夜空。そんな顔をしていられるのも今のうちだ!

「アレだよ! 光を当てると物が大きくなったりするビックリライトだよ!」

「何っ!? それは本当なのか理科!」

「はい、本当です。ある意味では」

「よくやった理科!!!」

夜空のテンションが急激に跳ね上がった。そうだろうそうだろう。

「ふふふ……これで肉にでかい顔をされることはもうない……。ついに私の時代が来たのだ! ふふ、ふはは、ふははははははははははっっ!!」

夜空が壊れた。
24 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:14:11.11
「っとにかく、まずは私に使ってみてくれ」

正気に戻った夜空が言い、理科に近づいてなにか耳元で呟いた。

「胸で頼む」

「わかりました。胸ですね」

理科もニヤリと笑い何かを呟き返していた。

「では夜空先輩、少し離れて下さい」

「ああ」

素直に従う夜空。星奈と幸村も何事かと近づいてきた。

「では行きますよ!」

理科が宣言する。
25 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:14:52.85
一瞬の間をおいて、目がグルグルと好き勝手な方向に回り始め、徐々に夜空に照準を合わせていくッ!

そしてッ!そしてついにィッ! 焦点が合うと眼球全体が赤く輝いたァァッ!

「明日次郎ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィムッ!」

………………。

…………。

……。

? 何も起こらない?

恥ずかしくなってきたのか、夜空が頬を少し染めてもじもじし始める。
26 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:17:14.64
「やっぱり可視光線にした方がよかったですかね?」

「それもそうだが、それ以前に何も起ってない気がするんだが……」

「甘いですよ小鷹先輩。効果は徐々に現れるのですよ。でも理科だと効果は薄いようです。
ここはやっぱり小鷹先輩でなければいけないみたいですね。星奈先輩でも大丈夫そうですけど」

「こ、小鷹で頼む!」

「いいんですね? 夜空先輩」

「ああ!」

「では先輩、照準はセットしてあるので後はかぶって理科の指示に従ってスイッチを押すだけでいいです。理科が遠隔でサポートしますから」

ニヤリ笑いを浮かべながら理科が明日次郎を手渡してくる。

「わかった。……な、なんか緊張するな」

「よろしく頼むぞ、小鷹」
27 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:18:50.28
明日次郎装着。中にはモニターがついていた。ロマンシング佐賀の時よりもさらに臨場感に溢れる感じだ。

画面の端には様々な文字や数値が表示されていて、中央に恥ずかしげにしている夜空が見える。

「キモ」

「あにき……」

星奈の軽蔑した感じの声と幸村の不満げな声が聞こえた。しかし俺は負けない。今まさに人類の飛躍を体験しようとしているのだからッ!

「まずはアゴのスイッチを押して、視界左下のメーターがMAXになったらもう一度押して下さい」

「わかった。……行くぞ! 夜空!」

「来い! 小鷹!」

アゴのスイッチを押すとターゲットサイトが現れッ! 夜空のちょうど心臓のあたりに回転しながら照準を合わせていくッ!

メーターがMAXを示したときッ! 理科の声が聞こえたァァァァッ!!

「先輩! 今です!」 

「「明日次郎ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィムッ!」」

理科と俺の絶叫が重なる。

…………。

やっぱ何も起こらない?

そう思った刹那、夜空のブラウスが透けて消えていった。

「なっんだ、これはっ!?」
28 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:21:12.34
俺の眼に飛び込んできたのは、決して派手ではなく、しかし惹きつけられた眼をそこから逸らすことは決して許さないような、上品な下着だった。
断じて扇情的ではないし、際どい形をしているわけでもなく、布面積としては平均よりも大きい方だろう。
しかし、決して地味ではない。
カップ部には、白地に仄かな薄桃色の糸で刺繍が施されていた。花をあしらっているのかと思ったが、よく見ると連なったハート型の模様だった。
左右対称のその模様は、下着全体のバランスを絶妙に彩っている。カップの縁の部分には刺繍よりも少しだけ濃い桃色で留められた、純白のフリルが付いている。
そしてカップ同士を繋いでいる中央の部分には小さなリボンが飾られていた。
そのリボンで、全体の印象がぐっと可愛らしくなる。
それはまるで夜空が時折見せる、トモちゃんと話していたときの笑顔のようなリボンだった。
もしもそのリボンが無ければ、とても無味乾燥な下着になっていただろう。
肩紐はカップの縁と同じようなフリルで仕上げられてる。更に肩紐の付近にはほっそりとした綺麗な鎖骨が見えていた。
視点引いてみると、細い首に肩、大きすぎず小さすぎない、可愛らしい下着に包まれた胸、肋骨から腰にかけてのなめらかなくびれ。
夜空のスタイルの良さを改めて実感する。この距離からでも分かるほど、夜空の肌はきめ細やかで思わず触ってみたくなるほどに魅力的だった。
白を基調とした下着と、その下着と競うかのような色の白さを誇る夜空の肌は、彼女の後ろにある黒色の液晶テレビが背景となることにより、
コントラストが強調されてしっかりと際立つ。もはやこの世の全てが夜空とその下着の為にあるような錯覚さえ覚えた。
29 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:24:02.47
「どうしたのだ!? 小鷹!?」

一瞬の間に観察と描写を終えた俺に、下着姿の夜空が不安げに近寄ろうとする。

やめろ! 近づくんじゃない!

「どうです先輩? 光を当てるとモノが大きくなる、男のロマンの結晶でしょう?」

「そういうことかよ畜生ォォォォォォォォォォォォ!」

俺は明日次郎を脱ぎ床に叩き付ける。

いや確かにロマンだけども! 男なら誰もが一度は妄想する夢グッズだけども! 

「全裸にしないで一枚だけ残すってのがミソですよね。いやーなかなか苦労しましたよ、実際。色彩の保持と透過範囲の
設定なんて芸当、空港のエロスキャンでも出来ませんから」

耳打ちしてくる理科。

「そんな無駄な苦労話なんて聞きたくねえよ!」

それに同級生の女の子の下着姿なんて見ちゃってこれからどう接すればいいんだよ!? しかも夜空!!

小鳩はブラしてないから何気に見るの初めてだし!

「忘れろ! 俺! 忘れるんだ!」

壁にガンガンと頭をぶつける俺。

「まぁまぁ、これは理科と先輩だけの秘密ってことで」

狂った発明家の、悪魔の囁きが聞こえた。
30 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:25:57.95
「くそう、俺は一体どうすれば!」

「一体小鷹は何をそんなに取り乱してるのよ」

といって明日次郎をかぶる星奈。の目の前には夜空。

「「あ」」

「えっ!?」

驚愕の声を上げる星奈。

「よ、夜空……あんた本当に可愛い下着付けてんのね……じゅるっ……うぇへへ」

「なっ、なんだと!?」

夜空はその言葉と俺の奇行で全てを悟ったのか、両腕で胸を隠しながらソファの裏に隠れこむ。

「こ、小鷹! 今回は許してやるから忘れろっ! 理科と肉は死ね!」

「さ、さすがにあたしもこれは引くわね」

未だに明日次郎をかぶったままの星奈が取り繕ったように言う。

「いや、星奈は明らかに喜んでたろ……。とりあえず、そんな危険物はさっさと壊そう」

「させません!」

理科が星奈から明日次郎をパッと奪い取り、かぶりながら俺たちから距離を取る。
31 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:27:46.41
「これは理科の最高傑作なんです! 壊すなんて考えられません!」

「でもそれ普通に犯罪だぞ」

「犯罪じゃありません! これは芸術です! 可愛い先輩方を剥いてキャプチャしてエログという美術館に展示するのです!」

「より凶悪感が増したわ!」

「ちゃんと目線は入れますから大丈夫です!
それに小鷹先輩、これさえあれば人生ピンクの薔薇色ですよ? どんな人もボタン一つで剥き放題ですよ!?」

「そんなもんいらねぇよ! いろんな意味で人生終わるわ!」

「じゃあこれならどうです!? 隣人部の皆さんのエロボイスが聞けちゃいますよ! 
小鷹先輩お気に入りの、東のヘヴンのデータは既に入力済みですから!」

「えっ!? 理科が持ち出してたの!? どうりでいくら探しても出てこないわけね」

星奈が納得、と言ったふうに頷いた。

「……何故なくなっていた事を肉が知っているんだ?」

ジト目の夜空が言う。
32 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:29:11.23
「はっ!? そ、それは……も、もちろんアレよ! そう! 小鷹がこっそり持ち出してたらいけないと思って!」

「俺に振るなよ! ってか今はそれどころじゃないだろ!?」

「そ、そうよね! ホラ、夜空もくだらないこと言ってないで理科を止めなさいよ!」

「……まぁいい。確かに、今は奴の息の根を止めるのが先だな!」

言うやいなや、夜空はハエ叩きを片手に理科に向かって突進する。

直後、明日次郎の口が開き何かが発射された。

「きゃっ」

突如目の前に現れた網に絡め取られた夜空が派手に転ぶ。

「夜空! 大丈夫か!?」

「大丈夫ですよ、小鷹先輩。 ふわふわのクッション付きの捕縛網ですから」

確かによく見れば、とてつもなくふわふわしていた。ふわふわしすぎて網と言うよりは、もはやただの毛玉だった。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2011/08/15(月) 22:30:07.00
やばい面白いぞ
35 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:30:36.25
「その網に掛かった者は、じゅうおん!にハマった人のようにひたすらふわふわした時間を過ごすことになるのです!
名付けて、ふわふわ捕縛時間! シールド×ギぃ太&アンプの薄い本が出るまで、これでアンチどもを残らずふわふわさせてやりますよ!」

「はた迷惑な憂さ晴らしだな……」

「まぁ、ホントは国の狗どもに追われたときのことを考えて装備しておいたんですけど」

「しっかり犯罪性認識してんじゃねえか!」

「ふっ、科学の発展にモラルなんていりません。 必要なのは、そう、エロです!
高度な印刷技術だってインターネットだって、より早く、より多く、より良質なエロを求めた紳士達が発展させてきたのです!
ちょっと前に爆発的に流行った終音クミだって、開発者は絶対エロいこと言わせる為に作ったに違いありません!
事実、理科はその用途でしか使ったことありませんし」

「開発者に謝れ! というか誰かその変態を黙らせろ!」

夜空がもがきながら叫ぶ。

「ここは、わたくしにおまかせくだ

幸村は台詞を言い終わる前に捕縛された。

「むねん……」

「ったく、あんたらホント役立たずね。まぁあたしに任せときなさい!」

確かにあとはもう星奈しか残っていなかった。ちなみに俺は夜空とほぼ同時に捕まっている。
36 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:32:22.23
「覚悟しなさい! 理科!」

「やらせはせん! やらせはせんぞ!」

鬼のようなオーラを背後に纏った理科が次々と発射する網を危なげなく回避しつつ、徐々に理科に迫っていく星奈。

そういえば星奈は運動神経が良いんだった。普段の残念さで忘れがちだが。

「弾切れ!? くぅっ! 理科は[ネ申]と同じ道を歩むというのですか!? こうなったら星奈先輩も芸術にして差し上げましょう!」

「やっ、やめなさいよ!」

星奈が慌てて胸を隠す。
37 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:34:24.65
「ふっ、今度はパンツですよ。どれどれ……おや、ヒモパンですか! さすが星奈先輩、需要をわかってますね!
キャラ別にニーズに応える、やっぱエロは助け合いですよね!」

意味の分からないことを言い始める理科。それは今に始まった事じゃないが。

星奈は少し恥ずかしがるそぶりを見せていたものの、それでも理科に迫りながら言った。

「はぁ? ニーズとか何言ってんのよ? ヒモパンなんて普通じゃない」

「……え?」

「……肉?」

理科と夜空が不思議そうな声を出す。

「な、なによ? みんな普通はヒモパンはいてんじゃないの? っていうかパンツに種類とかあんの?」

……緊迫感が一気になくなった。捕まっていた俺と夜空と幸村がのそのそと網から這い出る。
38 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:35:25.18
「なんて残念な肉なんだ……」

「星奈先輩……理科的にはアリだと思いますよ?」

「えっ!? あたし何かおかしかった!?」

全員が顔を背けて、星奈と目を合わせようとしなかった。というか、俺に関しては聞いた事自体無かったことにしたい。

「なんとか言ってよ! ねぇ!」

「さ、さぁて、お次は幸村くんに行きましょうかねー(棒)」

理科があからさまに話題を逸らしにかかった。

「幸村くんは……………………えっ……………………」

理科の動きが止まる。幸村は微動だにしない。
39 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:36:39.95
「しんのおとこをめざしてるゆえ」

「ブラをしていないのは今更だとしても……意味わかんないです。……というかそれは着替えの時とかマズイんじゃ……」

「しんのおとこたるものつねにこころに鎧をまとっているためなんじゃくなぬのなど不要」

無表情で淡々と告げる幸村。

状況はほとんど正確に理解できるが、そうしたくない自分がいる。

「きっとしんのおとこであるあにきも、のーぱんですごしておられるはずです」

「すごしておられねえよ! っていうか『も』って!!」

強制的に理解させられた……。
40 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:38:13.57
「小鷹先輩は何の変哲もないエニクロのボクサーパンツ(黒)ですよ」

「既にチェック済みかよ!」

「だって先輩ったら、部室に入るなり理科を無視して夜空先輩とイチャコラしてたので、つい」

「つい、で人のパンツチェックしてんじゃねえよ!」

「もちろん中身もバッチリ拝ましてもらいましたよ」

………………………………え?

「り、理科さん? な、中身とは?」

思わず敬語になってしまう。

「小鷹先輩の一番男らしい部分に決まってるじゃないですか」

「「「このド変態!!」」」

夜空と星奈と共に即座に理科を取り押さえる。

「ふふふ、理科にとっては最高の褒め言葉です。しかも三人から攻められるなんて……。
これから理科は先輩方に変わるがわる陵辱の限りを尽くされるのですね。
想像するだけでいろんなところがビクンビクンってなっちゃいます。あ、ペニバンなら理科室にありますよ」

「黙れ」

夜空が明日次郎を奪い、目にモップを突き立て破壊した。これで一安心、か? とにかくさっきの台詞は忘れよう……。
41 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:39:04.60
「で、どうだったのよ、実際」

ボソリと星奈が呟いた。蒸し返すなよ!

「だって、気になるじゃない」

「そんなもん気にしなくていい!」

「少しは自重しろこの淫乱腐肉め!」

「なによ! 夜空だってホントは気になってるくせに!」

「き、気になどなっていない! 私はそんなの関係ないからな!」

こんな状況でもいつものように口げんかを始める二人。

「うわ、夜空先輩大胆ですね」

……確かに大胆だな。本人を目の前にして『私には関係ない』なんて、つまり眼中に無いって事か。

何気にちょっと傷つくな……。……まぁいいか。
42 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:39:48.98
「それより、理科、さすがに冗談だろ? いくらどうしようもない変態のお前でもそこまではしないよな」

「ばれましたか。やっぱり小鷹先輩は理科のことわかってくれてるんですね」

そう言ってはにかむ姿はとても可愛かった。……あぁ、なんでこいつが理科なんだろう……もったいない。

「理科も一応女の子なので、生で見るのはやめてシルエットで我慢しておきました」

理科はどこまでも理科だった。
43 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:41:01.71
「ちなみに私見でよろしければ大きさ的には、『並』だと思います」

『並』。

誰かと比べた事なんてないし、これからもその機会はないだろうに、『並』と。

この言葉、もの凄い破壊力だ……。

「へぇ、『並』ね」

「な、『並』なのか……」

「『並』ですか」

「はい、『並』でした」

全員の視線が俺に、いや、俺の一部に集まる。

「うぅ……バーカバーカ!! アホー!!!」

視線と言葉の重みに耐えきれず、いつもの星奈のように部室から泣きながら逃げ出すしかなかった。

「先輩大丈夫です! 大事なのは硬さだって言いますから!」

遠くから理科の声が聞こえた気がした。
44 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:41:57.40
気まずい。

思わず飛び出してきてしまったが、落ち着きを取り戻してみると、とても気まずい。

鞄はもちろん部室に置いてきたままなので、取りに行かなければならない。

一体どんな顔して戻ればいいのか……。星奈の気持ちが少し分かった気がした。

部室のドアの前に立ち、恐る恐る開けてみる。

中には夜空だけがいた。

「お、おかえり」

「……ただいま」

「他の連中なら帰ったぞ。い、今は私一人だけだ」

「そっか」

「きょ、今日の事はお互い忘れようじゃないか」

微妙に顔と視線を逸らし続けたまま、夜空が言う。
45 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:43:57.73
「……そうしよう、それがいい。今日は何もなかった。夜空の下着は見てないし、俺は『並』じゃない」

「いちいち言わなくていい!」

顔を赤くして怒る夜空。

「ふぅ……まぁ、帰るか」

「そうだな」

夜空が横にあった俺の鞄を取り、渡してくる。

「サンキュ。ところで、待っててくれたのか?」

「あ、ああ、今の事を確認しておきたかったし……。それに……」

「それに?」

「それに……わからない?」

軽く頬を染め、少し潤んだ目で上目遣いに見つめてくる。

「? あぁ、鞄を見ていてくれたのか。談話室の鍵を取りに行くのは大変だもんな。
ありがとな、夜空」

「小鷹……お前という奴は……」

がっくりと項垂れた夜空が盛大に溜息をつく。

「ふん、まぁいい。小鷹、こっちを向け」

「?」

俺を正面から見据える夜空。

「いずれ、わからせてやる」





つづく
46 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/15(月) 22:47:46.10
第一話終了です。
お読み頂いた方、ありがとうございました。

全部で四話か五話になる予定です。

続きは一週間以内には投下できると思います。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2011/08/15(月) 23:00:06.77
おもしろかったよー
期待してる
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) :2011/08/15(月) 23:31:19.84
途中只の原作を読んでいる気になってしまった
なんというか、平坂乙
54 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 00:37:06.91
第二話「初詣」
※この回からキャラに関するオリジナルの設定がちょいちょい入ります。


行く年、来る年。年が変わったところで友達ができる訳でもないが、それでもやっぱり心機一転、という気持ちにはなる。

今年こそ、友達を作りたいと思う。

……毎年毎年同じ事を思っているような気がするのは気のせいだと信じたい。

今日は元日。あいにく父さんは仕事で戻れなかったが、羽瀬川家でも大晦日から元旦にかけての一連のイベントは普通に行われる。

悪夢のような明日次郎騒動の後、隣人部で初詣に行くのはどうかという旨のメールを送ってみたが、

人混みが極端に苦手な夜空や理科には断られ、星奈はよく分からない反応をして幸村は家庭の事情で無理らしい。

マリアとケイトは仕事だ。まぁ、無理に集まる必要もないので、いつも通り小鳩と過ごすことにした。
55 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 00:40:32.94
冬休みに入って今日まで何をしていてかと言えば、特に何もしていなかった。

彼女はおろか、友達さえいない人にとっては、長い休みは授業が無い分余計に暇だ。

最近はとある事情でバイト先を探していたのでまだましだったが。

短期も日雇いもことごとく断られたのは言うまでもない。

そんなこんなで気がつけば年が暮れていた。
56 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 00:45:21.84
昨日、つまり大晦日は朝から小鳩のゲームに付き合っていて、年越しとんこつラーメンを食べてまた二人でゲームに耽っていたら、

いつのまにか年が明けているという残念な年越しだった。

それでもまだゲームを続けようとする小鳩を寝かしつけた頃にはもう朝だった。

そのまま俺も昼くらいまで寝ようかと思ったが、もし、万が一、何かの間違いでクラスの誰かから年賀状が届いているといけないので、

郵便受けを確認しようと思い玄関のドアを開けた。

そこには、天馬さんが立っていた。
58 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 00:50:15.96
「……あ、あけましておめでとうございます」

「あぁ、あけましておめでとう。今年も(星奈を)よろしく頼む」

「い、いえ、こちらこそよろしくお願いします」

驚きながらもとりあえず無難な対応をしてみる。相変わらず行動が全く予測できない人だ……。

「ふむ、突然の訪問にも第一声で挨拶ができるとは、君はやはり礼儀正しいな。(星奈の婿に選んだ)私の目に狂いはなかった」

「は、はぁ。 ……ところで、何かご用ですか?」

「なに、昨日隼人からいきなり電話があってな、これを君たちに渡してやって欲しいと言うのだ」

そういって天馬さんはうちの郵便受けを開け、桐箱を取り出した。

今出てこなかったらそんなところに置いてくつもりだったのか……。
59 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 00:55:43.58
まぁなんにせよ、父さんの(たぶん無茶な)頼みを聞いてくれたようなので、礼を言っておいた方が良いだろう。

「わざわざすみません。でもちょうどいいタイミングで出てきて良かったです。新年の挨拶もできましたし」

「か、勘違いするなよ。べっ、別に置いていくつもりだったが年賀状を取りに出て来るかも知れないと思って待っていた訳じゃないんだからな!」

「はい?」

「ではな!」

言うが早いか天馬さんは桐箱を俺に押し付けると、もの凄い早さで家の前に駐めてあった車に乗り込んだ。
61 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 01:01:35.77
そこで初めて車にステラさんが乗っているのに気付いた。

「あけましておめでとうございます、小鷹様。お気づきかと思いますが旦那様は二時間程前かr

「余計なことはいいから早く出せ!」

「かしこまりました。それでは、小鷹様。失礼致します」

ステラさんは車を発進させたが、少し進んでは「おっと、エンジンが」と言って止まり、

また少し進んでは「おっと、クラッチが」などと言って止まるということを繰り返すので、

その度に天馬さんが「待っていた訳じゃないんだからな!」と言う類の捨て台詞(?)を言うハメになっていた。

わざわざ何度も言わなくても……というかステラさん絶対わざとだろ……。

結局十五回ほど繰り返して去っていった。

……何と言うか、星奈の身内なんだな、と改めて実感した。

家に入った俺は、桐箱をリビングのソファに置いた。後で小鳩と一緒に開けよう。眠いし。

自分の部屋に行きベッドに入ると、直ぐに眠りに落ちた。

ちなみに、年賀状はもちろん誰からも届いてなかった。
62 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 01:09:17.31
「あんちゃぁぁぁぁぁん!だいすきぃぃぃぃぃ!」

「うおっ!」

小鳩が俺のベッドに頭から飛び込んできた。

「あんちゃんいつのまにこんなもん買ってくれたんやうちぜんぜんきづかんかったわー!」

「ま、待て、落ち着け小鳩」

びっくりして一瞬で目が覚めた。まだ俺の胸にぐりぐり頭を押し付けてくる小鳩を引き剥がし、ベッドから降りる。

小鳩を見ると、着物を持っている。おそらく桐箱の中身だろう。

「それは俺からのプレゼントじゃなくて、天馬さん、理事長からのプレゼントだ」

「そんなんどっちでもええわ! うちはあんちゃんが大好きやもん!」

「どっちでもよくないだろ。ちゃんとお礼の電話かけるんだぞ」

「あんちゃん、きせて?」

「ああ、電話の後でな」

頭を小突きながら言う。

「うん、わかった!……ククク……我をここまで動揺させるとは……昼の眷属ながらやりおるわ……」

ようやく落ち着いてきてレイシス状態を思い出した小鳩は電話に小走りで向かって行った。
63 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 01:14:17.97
小鳩に着せるとは言ったものの、着物の着付けなんて出来るはずもない。

どうしたものかと考えながらリビングに行くと、ソファに『本格着付け教室』という本が置いてあった。

着物と同梱されていたのだろう。真新しい感じがしたので、天馬さんかステラさんが気を利かせてくれたのだろう。父さんには無い発想だ。

パラパラとめくってみたが、恐ろしく難解そうだ。
64 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 01:23:08.11
とりあえず着物一式を出してみる。……名称が分かるのは足袋くらいしかなかった。帯やら紐やら細長い何かとかいっぱいあるし。

げんなりして箱の方を見てみると、箱の底が微妙に斜めになっているのに気付いた。

気になったのでよく見てみると、底の一辺に指を引っかけられそうな僅かな窪みがある。

そこになんとか指をかけて引いてみると、底が開きもう一つ底が現れた。二重底になっていたようだ。

中には一枚のメモ書きとその下に一冊の本が入っている。

メモ書きには、印刷したかのようなキレイな文字でこう書いてあった。

「これを見つけるとは流石です、小鷹様。オスの嗅覚がそうさせるのでしょうか。
旦那様がお入れになった本ではわかりにくいと思いましたので、僭越ながらよりわかりやすいものを同梱しました。
これでもわからないようであれば、私をお呼び頂ければ着付けに参ります。ですが面倒なので頑張って下さい」   毎夜のお供、ステラより

本のタイトルは『ヤったあとにやる事Vol2-和服攻略編- 成人式や初詣、浴衣デートもこれで安心!』。

………………。

悔しい事に、超わかりやすかった。
65 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 01:31:53.20
ステラさんの本を頼りに(もちろんカバーは『本格着付け教室』と差し替えた)、なんなく小鳩の着付けを終えた。

全く必要のない技能を会得してしまった……。

「ククク……我が眷属よ、闇の世界より顕現せりし我が真の姿を目の当たりにした感想を述べることを許そう……」

着物を着た小鳩がもじもじしながら聞いてくる。いや着せたの俺なんだけど……。

眼の色と同じ蒼い色の地にごく薄い紫で線画の花が描かれ、それが全体的に配置されている。分類的には小紋というらしい。

金髪の小鳩にも似合うように割と派手目な柄になっている。正直、我が妹ながら恐ろしいほど似合っていた。

「似合ってるぞ、小鳩」

頭を撫でながら言うと、嬉しそうに首をすくめて満面の笑みを浮かべた。

「それじゃあ、そろそろ行くか」

「うん! あんちゃん!……あ、我が半身よ、共に闇の力で世を席巻しようぞ……えへへ」

可愛い着物を着ているせいか、小鳩の機嫌がやたら良い。歩く度になにかファンシーな効果音がしそうな程だ。

星奈にだけは遭遇してはいけない。

レイシス状態の安定度が低いので、いっそこのままもとに戻ってくれるとありがたいと思った。
67 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 01:40:19.11
行き先は、遠夜市内でもそこそこ大きな神社だ。学園の割と近くにあったはずなので、何となく場所に見当はつく。

近年のパワースポットブームの影響で、参拝客が増えたとか。なんでも恋愛成就の御利益があるらしい。

どこかに友達ができるパワースポットはないものか……。

いつもの駅から学園方面に向かう。さすがに元日だけあって、電車内はかなり混んでいた。ちらほらと同じクラスの奴も見かけた。

モン狩りのスイーオスドの頭を回復薬と交換してくれた奴もいる。目があったが、逸らされてしまった……。
68 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 01:45:48.20
電車が進むごとに車内はますます混んできて、学園の最寄り駅までたどり着いた頃にはよれよれになってしまっていた。

せっかく着付けた小鳩の着物も少し乱れてしまってる。

その場でさっと直していると、友達と連れだって歩くスイーオスドの頭くんが横を通り過ぎる。

俺もいつかあそこに加われたらなぁ、と羨望のまなざしを向けていると、

スイーオスドの頭くんたちは「ヒッ!」「ご、ごめんなさい!」「何も見てませんっ」と言いつつ早歩きで行ってしまった。

これは余談だが、年明けの最初の登校日『羽瀬川小鷹が公共の場で金髪幼女をむいていた』だとか

『羽瀬川小鷹が着衣の乱れた美少女を拉致っていた』という噂が学園中を駆け巡った。もういいさ……。
69 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 01:51:10.58
「あんちゃぁん、疲れた……」

「俺も疲れた……神社とそんなに離れてないと思うし、少し部室で休んでいくか」

「……うん」

部室のある礼拝堂は一般公開されているので、年中入れるようになっている。

礼拝堂への道のりもいつもより人が多かったが、電車にくらべればかなりましだった。

よく考えたら、神社に行く前に礼拝堂ってなんか節操ないな。
70 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 01:56:18.69
部室に入ると、

「きゃっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんっ! 天 ☆ 使 ★ 降 ☆ 臨 ★! 天使だわ!! 礼拝堂に天使が舞い降りたわ!! あはぁぁんっ!」

びくんびくんと悶える気持ち悪い生き物がいた。

「ひぅぅ……」

小鳩が一瞬で怯えきってしまった。俺の後ろに隠れる事も出来ず、その場でぶるぶると震えている。

「ハァハァ……可愛すぎてどうにかなっちゃいそう! むしろどうにかしたいわ!!
あぁん、ヤバイわ……何あの生き物、あたしを殺す気ね。可愛さで悶絶死させる気なのね。小鳩ちゃん、恐ろしい子!!」

「恐ろしいのはお前だ! 新年早々人の妹を怯えさせるな」

このままだと本当に小鳩の身が危なそうなので、軽く額にチョップして止める。
71 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 02:00:07.20
「あたっ。……ああ、いたのね、小鷹」

「完全に視界には入っていただろ」

「べっ、別にいいじゃない、そんなの」

小鳩を見て興奮していたせいか、顔が赤い。ようやく俺の後ろに避難できた小鳩の方を、まだチラチラと窺っている。

「やっぱその着物にして正解だったわぁ。さすがあたしね、間違いとは無縁の存在だわ」

「ん? もしかしてあの着物選んだのは星奈だったのか? てっきりステラさんだと思ってたけど」

「違うわよ! あたしが選んだのよ! 前に理科から『女子力たった5のゴミ』って言われてから色々とやってるのよ!」

「あー、今思えば割と相当な暴言だよな、それ」

確かに隣人部では理科が一番、女子力とやらがあるのかも知れない。ただし変態だが。

「でしょ!? だからあたしだってやればできるってのを証明したくて……。それに小鷹に女子力が無いゴミだって思われたくなかったし……」

「別に俺はそんなふうに思ってないぞ」

「え……、ホントに?」

俯いていた星奈の表情がぱぁっと明るくなる。

「ああ」

問題はもっと別の所にあるからな。

「そ、そっか。なら、いいケド」

なぜか照れた感じでそっぽを向く星奈だった。
72 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 02:01:00.42
そこで、ずっと震えていた小鳩が俺の服の裾を引っ張って言う。

「あんちゃぁん、うちここ嫌ぁ」

まあそうだろうなぁ。最近の星奈の異常な絡みっぷりは、小鳩にとって外敵を通り越してもはや天敵レベルだろうからな。

「なら行くか。もう歩けない、って程でもないしな」

「そうする……」

頷いたものの、星奈に遭遇してさらに疲れた様子だ。まあ最悪負ぶってけばいいか。

「なになに? この後どっか行くの? もしかして初詣? だったらお姉ちゃんといっsy

「行かへん」

キラキラした目で聞いてきた星奈に対し、即座に小鳩が拒絶した。

「もぉう、そんなこと言わずにいこうよ~。何でも買ってあげるわよぉ~」

「行かへん!」

「あ、疲れてるの? そしたらお姉ちゃんが飲み物取ってきてあげる! 疲れとれたら行けるよね!」

うきうきした様子の星奈がコップを片手に冷蔵庫に向かう。

「行かへんゆーとるやろ……」

小鳩がボソリと抗議の言葉を呟いたが、とりあえず星奈が離れて明らかに安堵していた。
73 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 02:01:51.17
するとそこに、マリアがやってきた。

「あーーーっ! お兄ちゃんがいるのだ! お兄ちゃん!」

駆け寄ってきたその勢いのまま俺にしがみついてくる。

「お兄ちゃんだ! お兄ちゃんなのだ! おけましておめでとうなのだ! あははー!」

「お、おめでとう、マリア、しがみつくのはいいがもう少し速度を落としてくれ……身長差的に頭が鳩尾に直撃する……」

「お兄ちゃんはバカのお兄ちゃんじゃないから気にするななのだ!」

「……ククク……現れたな、神の手先よ……」

「むむむっ!? その声は吸血鬼だな!?」

声をかけた小鳩のほうを向くマリア。
74 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 02:02:21.01
「おぉーーー! どうしたのだ吸血鬼! めちゃくちゃ可愛いのだ!」

着物姿の小鳩を見て驚いている。後ろの方では星奈が手を小鳩に向けてわきわきしていたが、俺の視線に気づいて引っ込めた。

「……ククク……神の手先と言えども我の魅了の魔力には抗えぬか……」

尊大な事を言いつつも、口元をもにゅもにゅさせながら嬉しそうにしている小鳩だった。

「うらやましいのだ! ワタシも可愛いカッコしたいのだ! でも他のシスターが許してくれないのだ……。
珍しくババアは許してくれたのに……」

まあケイト的には良くても、宗教的には無理なんだろうな。ケイトも可愛いマリアを見たいだけだろうし。
75 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 02:03:03.21
「そうだ! ババアで思い出したのだ……。 ミサが終わったからこの後他のシスター達とお出かけするのだ……。
でもあんなうんこどもと行っても楽しくないからお兄ちゃんたちも来てほしいのだ!」

「いいのか? まあ俺は構わないけど、小鳩次第だな」

「……ククク……昼の眷属と戯れるのもまた一興ぞ……」

「いいらしいぞ、マリア」

「やたー! 今日はいい日なのだ!」

うわーい、と小躍りするマリアを、小鳩がやれやれと言った感じで微笑みながら見ている。
76 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 02:05:35.96
「なんか、最近お姉ちゃんって感じがしてきたな、小鳩」

「あ、あんちゃんっ!?」

取り乱す小鳩をよそに、

「吸血鬼はワタシのお姉ちゃんなのか!? それもいいのだ! ババアよりいいのだ! ババアなんてうんこなのだ!」

「へえ、わたしが何だって?」

「ぎょぼーーー!?」

一瞬で俺の後ろに隠れるマリア。

「ああ、ケイトか。あけましておめでとう」

部室の入り口にはケイトが立っていた。

「ん、あけおめー、お兄ちゃん。ところでマリア、誘うのはいいけどお前バスの定員わかってるのか?」

「定員……? えっとバスに乗れるのは確か十人で、シスターがワタシを入れて十人。ってもう無理なのだ!!」

「だろう? あんまり無計画に人を振り回すもんじゃないぞ」

「じゃあじゃあ、お兄ちゃんや吸血鬼とお出かけできないのか!? それは嫌なのだ! だったらワタシは行かないのだ!」

まさにこれがだだっ子、というような様子で手足をバタバタさせるマリア。
77 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 02:06:15.21
「はあ、仕方がないな。ならわたしはスクーターで行くから、一人分は席を空けられるぞ」

「ホントか!? 嬉しいのだ! えっと確かこんなときは……」

一旦言葉を切って改めてケイトを見上げるマリア。そして少し恥ずかしそうにしながらも笑みを浮かべて、言う。

「ありがとぅ、お姉ちゃん」

「なんのなんの、いいってことよぉぅひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっぉおぉぉぉぉぉっ」

いきなりテンションのメーターが振り切れたケイトは、ダッシュでどこかに走り去ってしまった。

「あれ? ああすればいいことが起きるって前に夜空が言っていたのに……何も起こらなかったのだ」

「安心しろ、いいことは確実に起きるから」

ケイトを落とすには十分すぎる破壊力だったからな。
78 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 02:07:27.42
「まぁ小鳩。一人分空いたらしいし、せっかくだから行ってきたらどうだ」

「でも、あんちゃんは……」

ちらちらとマリアの方を見ながら小鳩が尋ねてくる。

「俺のことは気にするな。それに、マリアと遊びたいだろ?」

「う……。……ククク……たまには眷属の提案を受けてやるのも真祖の役目か……。いいだろう、神の手先よ。我と行動を共にすることを認めよう」

「いいのか!? でもお兄ちゃんとも遊びたいのだ!」

「それは今度な」

「うー、わかったのだ! お兄ちゃんとは今度遊ぶのだ! 今日は吸血鬼と遊んでくるのだ!」

小鳩もマリアも嬉しそうで何よりだった。

ただ一人、星奈を除いて。
79 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 02:08:18.33
「えっ!? 小鳩ちゃんどっか行っちゃうの!? お姉ちゃんと初詣行く約束は……?」

ようやくジュースを持ってきた星奈が、この世の終わりのような声で言った。

「約束なんてしてないだろ……」

俺の言葉は当然のように無視される。

「待って小鳩ちゃん! あたしの何がいけないの!? 小鳩ちゃんの言うことは何でも聞いてあげるのに!」

「なんでも?」

「もちろん! なんでもよ!」

「ならばレイシス・ヴィ・フェリシティ・煌が命じる! 全力で見逃せ!」

「あぁん! 見逃すわ! ブリキ野郎も11も小鳩ちゃんを止める奴は誰だろうとあたしがブチ殺すわ!」

叫びながら暴れるのでせっかく持ってきたジュースが零れまくっていた。

「おい星奈、オレンジジュースが零れてるぞ」

「オレンジじゃないわよ!」

なんて言っている間に、小鳩とマリアは走り去っていた。
80 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/18(木) 02:11:31.02
「あぁ……せっかく小鳩ちゃんとデートできると思ったのに……初詣なんて好感度アップ間違いなしのイベントじゃない……。
攻略間近のイベントなのに……好感度がまだ足りないっていうの? もう絶望公園に通うのは嫌ぁ……」

到底正気の人間の言う言葉ではないが、正気に戻ったらしい星奈。

「それもこれも、あんたのせいよ! 小鷹!」

「なんでだよ……」

「だってあんたがマリアと一緒に行けば自動的にあたしが小鳩ちゃんとデートすることになったじゃない!」

そんな状況になったら間違いなく小鳩は帰るな。そもそも、この状態の星奈と二人っきりなんて小鳩の身が心配すぎてできる訳がない。

「だから、あんた罰として今日一日あたしのお供になりなさい」

「はぁ?」

「反論はいらないわ。とりあえず、初詣行くわよ」

「まぁ、そんくらいなら元々行くつもりだったからいいけどよ」

「そ、そう。元々、ね。いい心がけじゃない」

いい心がけと言われてもな。とにかく、つーんとした感じの星奈の雰囲気が少し和らいだのはいいことだ。

「ま、さっそく行きましょ」

俺の腕を掴んで意気揚々と歩き出す星奈だった。



後半につづく
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) :2011/08/18(木) 02:13:12.67
小鳩が愛くるしいな
あと理科かわいい
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/20(土) 03:37:47.40
キャラ再現度も良いし話も面白い…
続き楽しみだぜ
95 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:19:24.50
第二話「初詣」後半



学園を出て、神社へと向かう。

休むために部室に行ったのだが、結果的には全く休めなかった。

まあ、休みがっていた小鳩は意外と元気だったし、マリアとも会えて嬉しそうだったからよしとするか。

「ちょっと小鷹、歩くの早い」

「ああ、悪い」

「下駄なんて履き慣れてないんだから気ぃつかいなさいよね」

出会い頭の奇行のせいでよく見ていなかったが、星奈も着物を着ている。

眼の色と同じ蒼い色の地にごく薄い紫で線画の花が描かれ、それが全体的に配置されている。分類的には小紋、だ。

金髪の星奈にも似合うように割と派手目な柄になっている。正直、恐ろしいほど似合っていた。

何より恐ろしいのは、明らかに小鳩の着物と同じ柄だったことだ。
96 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:21:10.32
「そういえば、小鳩ちゃんって人見知りだけど行かせて大丈夫だったの?」

「まあ、マリアがいるから大丈夫だろ」

「なんかいつの間にか仲良くなってたわね、あの二人」

「前の誕生日会の後にマリアとケイトがうちに来て祝ってくれたんだよ。んでそれからちょくちょく来るようになってさ。
冬休みもなんだかんだで遊んでたみたいだぞ」

「ふぅん……」

探るような、悪戯っぽい感じで見つめてくる星奈。

「ちょっと、寂しいね」

「……そりゃ少しはそう思わなくもないけど、やっぱ嬉しい気持ちの方が大きいかな。気が合う人はいるにこしたことはないだろうし」

あらゆる意味で10歳と同じ目線ってのは心配でもあるが。

「それに、いつまでも人見知りのままでいるわけにもいかないだろ。少しずつでも慣れさせていかないと」

「へぇ、相変わらずちゃんと保護者やってんのね」

「……まぁな」

あいつが俺に依存する原因は、たぶん俺にあるんだろうし。
97 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:22:02.08
「にしても、混んできたわね」

「そうだな」

隣を歩く星奈と肩が触れ合うくらいの混雑具合だ。

神社に近づくにつれ、更に人の数が増えてきている。例によって参道の両側は屋台で埋め尽くされているので、それが混雑に拍車を掛けている。

ただ、人混みがそこまで得意でない俺でも、祭りなどの人混みはなんとなく許せてしまうから不思議だ。

そこかしこから聞こえてくる、人々の楽しそうな声に影響されたのか、

「ねぇねぇ、ちょっとあっち見てみない?」

と、星奈もどこか浮かれた様子で袖を引っ張ってくる。

かくいう俺もなんかちょっと楽しくなってきた。せっかくだし今日は楽しむとするか。
98 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:22:59.17
そこで、携帯が震えだした。

取り出してみると、知らない番号から電話がかってきていた。

万が一、俺と友達になるために誰かから番号を聞いた人からの電話だといけないので出ることにする。

「星奈、ちょっと悪い」

星奈に断って少し離れたところで電話に出る。もしもし。

『もしもし、小鷹様。ステラでございます』

「あっ、はい」

意外な人物からの電話だった。
99 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:24:17.68
『お嬢様とデート中に申し訳ございません』

「いっ、いやデートじゃないですよ!?」

『誰がどう見てもデートです本当に』

「というかなんで番号知ってるんですか!?」

『番号はもちろん、お嬢様の携帯電話を盗み見たからでございます。他にも色々盗み見てます』

ステラさんならなんとなく本当にやってそうなので、これ以上この話題には触れないことにした。
100 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:27:50.27
『冗談です。それはそうと、一つお伝えしたいことがございまして』

「な、なんですか」

『端的に言うと、旦那様がお二人の後を付けています』

「はい!?」

『しかも酔っぱらった状態で』

ますます謎な状況に思わず絶句する。

『どう致しましょうか。私のほうで回収致しましょうか』

回収て。

まぁ、正直悪い予感しかしないので頼むことにした。

『かしこまりました。それと、もしこの後お嬢様としっぽりイく場合は避妊具の用意が

ピッ。

ステラさんは会話する度に変態度が増している気がする……。

遠くから、別に心配だった訳じゃにゃいんだからにぇっ、という聞き覚えのあるおっさんの声が聞こえた時点で、柏崎家は残念という認識を新にした。
101 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:32:49.74
携帯をしまって星奈のところへ戻ろうとすると、なんだかいつか見たような状況になっていた。

星奈に群がる男三人。

少し目を離した隙にこの状況なのだから、星奈も結構大変なんだな……。

とにかく、面倒なことになる前に行くとするか。

しかし混んでいてなかなか進めない。邪魔だな……。やっぱり人混みは苦手だ。

少し苛ついていると、なんだか急に周りが空き始めた。

割れていく海を目の当たりにしたモーゼの気持ち。……あのとき彼は結構寂しかったのかも知れない。
102 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:34:24.93
ようやく星奈のもとに辿り着く。

「じゃ、連れが来たから」

俺に気付くと、星奈はそう言って俺の方に近づこうとする。

「あ、ちょっと待てよ」

男の一人、チャラそうなメガネをしたチャラメガネが星奈の肩を掴む。が、俺と目が合うと他の二人を連れてどこかへ去って行った。

「ふふっ、あんたあたしのボディガードにならない?」

ニヤニヤしながら聞いてくる。

「断る」

「あたしも小鷹がボディガードなんてお断りよ」

あはっ、と楽しそうに笑う星奈。

くそう、可愛いじゃねえか。
103 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:35:35.61
モーゼ状態は絶賛継続中だったので、すぐに拝殿に着いた。

「小鷹、五円玉持ってる?」

「ああ、あるぞ」

財布から取り出して星奈に渡してやる。

「なんかちょっと馬鹿馬鹿しい気もするけど、せっかくだしね」

「まぁ、せっかくだしな」

自分が入れる用にもう一枚取り出す。

ご縁がありますように。

そう呟いて五円玉を賽銭箱に放り込む。

「五円玉でご縁、か。いいセンスしてるよな」

……星奈の溜息なんて聞こえて無いんだからねっ!
104 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:37:07.42
適当に願い事を心の中で呟いて拝殿を後にして、ごみごみとした雑踏の中に戻る。

「にしても、星奈。なんか変わったよな」

なにが? と小首を傾げる。

「さっきナンパされてただろ? またプールのときみたく面倒なことになるのかと思ったけど、意外とそんなことなかったな」

「適当にスルーしろって言ったのはあんたでしょ」

半眼で睨んでくる星奈。

「ま、まぁそうだったな」

少し怒らせてしまったようだ。言葉には気をつけよう。

「それに、……せっかくのデートを潰したくないし……」

「ん?」

周りの音がうるさくて後半の方は聞き取れなかった。

「なんでもないわよ! ったく、わざとやってんのかしら……?」

なぜかまた怒らせてしまった。
105 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:39:47.86
しばらくお互いに無言で辺りをうろつく。

少し日が落ちてきたせいか、陽の光に若干色がつく。辺りにはいろいろな食べ物の匂いがする。

「あっ、ほら星奈、たこ焼き売ってるぞ。好きだったろ?」

取り繕うように話題を振ってみる。

「うん、好き、だけど」

「じゃあ食うか? これくらいなら俺がおごるし」

「え? いいわよ、べつに」

「遠慮すんなって。小鳩の着物のお礼もしたいし。もちろんこれでチャラ、なんて考えてないから安心しろ」

「だから気にしなくっていいってば」

そう言われても、お礼はちゃんとしなきゃいけないしなぁ。

どうしたものかと考えているうちに、星奈の方から提案してきた。
106 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:41:30.68
「じゃあ、お返しとしてお守りでも買ってよ。それだけでいいから」

「お守り? そんなんでいいのか? 着物ってとんでもなく高いだろ」

「いいのよ。好意でやってる事なんだし」

そっぽを向いて言う星奈。

「そうか、じゃ買ってくるからちょっと待ってろ」

「うん。あ、白地に赤い文字のやつがいい」

「わかった」

返事をしつつ、御守りを売っている社務所に向かう。

えっと……、白地に赤い文字だったよな。あ、これか。

「って恋愛成就!?」

意外だ。星奈もそういうことに興味があったのか……。まぁ、確かに見た目だけでいえば彼氏がいないのがおかしいくらいだもんな。

そういえば隣人部は俺を除いて基本的に外見は完璧だからな……。他の皆も興味あったりするんだろうか。

とにかく、星奈の恋愛対象が次元を超えていないことを願いつつ買うことにした。
107 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:44:17.76
「ほら、買ってきたぞ」

と言いながら手渡す。

「ん、ありがと」

大事そうに受け取ると、巾着からいそいそと携帯電話を取り出す。

「もしかして、携帯のストラップにするつもりか?」

「なによ? 文句でもあんの?」

少し顔を赤くして睨んでくる。

「そういうわけじゃねえけど……。落とすなよ」
108 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:45:32.31
最近キモ可愛いと持て囃されている、こ人シリーズのカクレズモモジリが道路に落ちているのよく見かける。

雨に濡れ、砂埃で汚れていても薄ら笑いを浮かべている彼は、既に一種のホラーですらあると思う。

それと一緒にするわけではないが、わざわざ買ったにもかかわらず忘れ去られているのを見る度憂鬱になる。

そんなに大切じゃないなら買うなよ、期待させんなよ。と、見た目が残念なモノ同士のシンパシーを勝手に感じてしまうからだ。

「どうしたの? 怖い顔して。落としたりしないから安心しなさい」

既に携帯に付け終わっていた星奈が、ぶんぶんと振る。

「あ」

落ちた。
109 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:46:21.56
「……縁起悪」

思わず口に出る。

「っさいわね! 縁起悪くなんかないわよ! あたしのためのお守りなんだから御利益あるに決まってるでしょ!」

そう言う星奈はちょっと涙目だった。

「ったく、しょうがねえな。ちょっとかしてみろ」

「絶対落ちないように固く結んで」

「任せろ」

ステラさんから貰った着物の本に載っていた、特殊な紐の結び方。

正しいほどき方を知らない限り、絶対にほどけないらしい。最悪切るしかないというほどだ。
110 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:47:25.71
「できたぞ」

嬉しそうに受け取って微笑む星奈。

「ありがと。なんだか本当に御利益ある気がするわ」

相変わらず根拠のない自信に満ちていた。

「にしても、星奈も恋愛に興味あったんだな」

「っ!?」

「なんつーか、意外だよ。好きな人とかいんのか?」

「あ、あったり前でしょ!? すすす好きな人の一人や二人どころか九人だって十人だっているわよ!」

「ずいぶん気が多いんだな」

「はっ!? ちち違くて、今のはなんと言うか言葉のあやで」

「はは、わかってるって。星奈は見栄っ張りだもんな」

「……ま、まぁ、そっちのほうがまだましね」

顔を真っ赤にしながら俯いて言う。
111 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:48:26.23
「むー。小鷹のくせに生意気」

「いやなんか、つい」

「そう言う小鷹はどうなのよ? 興味くらいあんでしょ?」

「あーどうだろうな。まぁ俺は前にも言ったとおり、今は恋人よりも友達が欲しいな。順番的にもそうだろ?」

「……まあ、そうくるわよね」

嘆息した星奈が続けて言う。

「あたしは、別に順番とか無いと思うけど」

「ん?」

「友達がいなくたって、恋人がいてもいいと思うってこと!」

そういうもんなのかな。……よくわかんね。
112 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:48:55.19
「ね、ねぇ小鷹。今、好きな人とかっているの?」

「ど、どうしたんだいきなり!?」

「なんか、気になって」

「好きな人か……」

ど、どうだろな……。誰が好きなのだろうかと考えると、顔が熱くなるのがわかる。ってなんで俺はこんなに動揺してんだ!?

とりあえずなんか言おうと口を開きかけたとき、

「やっぱいい! こんなの、なんか違うわ!」

と、星奈に遮られた。なんだったんだ……。

「じゃ、じゃあこっちの質問にするわ。今まで誰かと付き合ったこと……ある?」

思わず凍り付いてしまった。

……。
113 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:50:39.73
「ど、どうしたの? 小鷹」

俯いた俺の顔を星奈が心配そうに覗き込んでくる。

この話題は嫌だ。話したくない。

「いた」

星奈が息を呑むのが分かる。

「けど、そう思っていたのは俺だけだった」

話したくないはずなのに、なぜか俺の口から出てきたのはそんな言葉だった。

「え? どういうこと?」

「中学生の頃、俺は好きな人がいたんだ。その人は、中途半端な時期に転校してきて訳ありっぽいうえにこの見た目の俺にも、
怖がらずに普通に接してくれたんだ。席も近かったし、割と普通に話せていたと思う」

意志に反して、ぽつぽつと話続ける俺。

「そ、そう」

「ここに引っ越してくるまでは、ずっと転校続きでな。ひとつの学校に数ヶ月しかいないなんて時期もあった。
そのせいか、誰かに恋愛感情をもつことなんてなかったのに、なぜかその人は別だったんだ」
114 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:51:24.62
「じゃあ、そいつが小鷹の初恋の人?」

どうだろうな。初めて家族以外で人を好きになったのは十年前の夜空、ソラだったけど、あの時は男だと思っていたし恋愛の好きとは違うかな。

「たぶん、そうなるかな。とにかく、俺はその人に告白した。ベタだけど、体育館裏で。それがいけなかった」

「え? 振られたの? 付き合ってたんでしょ?」

「ああ、断られなかった。そりゃもう嬉しくてな、一緒に帰るだけでもドキドキしたし、一晩中デートコースを考えたこともあった。
で、最初のデートの帰りになって、本当の事を打ち明けられたんだ」

「な、なんて?」

「怖かったんだってさ、ずっと」

「教室で愛想良くしてたのも怖かったから。告白されて断らなかったのも、断ったら何かされそうで怖かったから。
今日だって怖かった。この事も誰か他に人がいないと怖くて言い出せなかった、っていうのをわざわざ小鳩の前で言われた。
家族の前ならまだ安全そうだから、ってな」

「最っ低ね、そいつ」

本気で怒った様子で星奈が呟く。

「その日以来、その人は学校に来なくなった」

少なくとも、俺が転校するまでは。
115 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:51:53.22
「まぁ、勘違いしてた俺も悪かったと思う」

「なんでよ!? 小鷹は全然悪くなんてないじゃない!」

「だって、誰かが俺を好きになるなんて、ほとんどあり得ないからな」

「っ!!」

小さい頃からわかっていたけど、そのことを忘れていた罰なんだと思う。

「……だから、あんたはそんなに好意に鈍いのね……」

「って悪いな。こんな話しちまって」

もしかしたら、誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。
116 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:52:38.66
「あ、あたしこそ、ごめんなさい……。トラウマをほじくりかえしちゃって……」

「気にすんな。誰かに話せる程度には克服できてたみたいだし」

「ごめん……。でも、これだけは言わせて」

きっ、と強い眼差しをして強い口調で言う。

「誰も自分を好きにならないなんて、もう二度と言わないで! あんたの事が好きな人に失礼じゃない!」

「せ、星奈?」

「そんなこと言われた人の気持ちを考えてみなさいよ! あんたは小鳩ちゃんもあんたの事が好きじゃないなんて言うの!?」

「それとこれとは違うだろ」

「違わないわよ! ……よくわかんないけど、違わないの!」

「無茶苦茶だな……」

けどまあ、言いたいことは何となく伝わってきた。
117 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:53:42.11
「……わかった。もう言わない」

「ふんっ、わかればいいのよ」

感情が昂ぶったのか若干涙目になっていた星奈は、そっぽを向きながらも鷹揚に頷いた。

ちょっと気まずい空気も流れていたが、適当に屋台を見て回っていたらいつの間にか普段通りの感じになっていた。

前の夏祭りの金魚救いで救った、デメキンのカンダタの近況を聞いたり、猿回しを見物した後は、射的屋で星奈が相変わらずのスペックの高さを披露し、

俺も負けじと輪投げで対抗したりしているうちに、いつの間にか陽が暮れかかっていた。
118 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 13:55:10.17
例によって景品を取りすぎて持ちきれなくなったので、星奈はステラさんを呼ぶ。

ステラさんを待っている間に、ふと思い出したことがあった。

「そういえば、今更だけど、新年の挨拶まだしてなかったな」

「本当に今更ね」

二人して両手に抱えた景品の山を見て、苦笑しながらお互いの顔を見合う。

「まあ、あけましておめでとう」

「うん、おめでとう。今年もよろしくね」

普段の言動からはしとやかさや慎ましさなどを、少しもどころか微塵も感じられない星奈が、楚々とした感じで返事をしてくる。

ふんわりとした微笑みまで浮かべてやがる。

「あ、あぁ、よろしく」

普段の残念すぎる様子とのギャップが、なんとういか、いつにも増してものすごく魅力的だった。





つづく
119 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/20(土) 14:00:34.99
第二話はここまで。


121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/20(土) 17:03:39.19
なにこの再現率の高さ。星奈かわいいな
てか、小鷹の過去が悲惨すぎるw
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) :2011/08/20(土) 18:05:20.30
星奈とちゅっちゅしたいでござる
148 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/24(水) 00:27:37.25
第二・二五話「柏崎家の事情」



冬休み最終日の夜、自室のベッドで横になり真っ白な天井を見るともなく見ていた。

「小鷹に、あんな過去があったなんて……」

あたしは思わず独りごちた。

「ハーレム系ギャルゲーの主人公は大体辛い過去を持っているけど、それに匹敵するんじゃないかしら」

あの出来事は小鷹が人の好意に鈍くなった原因。それにきっと、小鳩ちゃんが重度のブラコンになった原因でもあるだろう。

小鷹が男友達しか欲しがらないのも、それが関係しているかもしれない。
149 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/24(水) 00:28:28.29
「むかつくわね……」

それさえなければ、小鷹があたしの気持ちに気付いてさえくれれば、もう今頃は小鷹と付き合えていたかもしれない。

でも、過去を否定することはその人自体を否定すること。今までの積み重ねがあって、今の小鷹がある。

否定なんてできない。

だって、あたしは今の小鷹が好きなんだから。

「……あぁもうあたしってば何こんな小っ恥ずかしいこと考えてんのかしら!」

思わず枕に顔をうずめてバタバタと暴れてしまう。
150 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/24(水) 00:29:30.97
ひとしきり暴れた後、いつの間にかステラが隣に立っていて、じっとこちらを見つめているのに気がついた。

「す、ステラ!? あんたいつからいたのよ!?」

「十分程前からでございます」

「十分!?」

ってことはあたしは十分以上前から暴れていたって事!? どうりで疲れている訳だ……。

「って、何で勝手に入ってきてんのよ!」

「ノックをしてもお声をかけても返事がないどころか、なにやらフガフガと珍獣のような怪しげな声が聞こえたもので」

珍獣って……。
151 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/24(水) 00:30:22.70
まあいいわ。

「それで、なに?」

「お風呂の準備が整いましたので、そのご報告に参りました」

「そう、わかったわ」

「それとお嬢様。お昼の掃除の時に、ゴミ箱にお嬢様が大切にしておられた『盗撮拡大写真』と『ゆきあつの真似事』が捨てられていたのですが、よいのですか?」

「そこは気を遣ってポスターとカツラでいいじゃない!」

哀しいことに間違いじゃないけども!
152 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/24(水) 00:32:08.38
……話がそれた。気をとり直して、ステラに言う。

「捨てちゃっていいわ。もうそれは必要ないから」

それは夜空に固執して、夜空を追いまわしていたときのもの。

あたしに面と向かって刃向かう身の程知らずのくせに、口だけは達者ないけすかない女。しかもやたらと小鷹に絡む邪魔者。

前まではそう思っていた。

今は、違う。

いつの間にか、本音でやりあえる対等なライバルになっていた。

もしかしたら、友達ってこんな関係なんじゃないかと思うようになっていた。

夜空も少しはそう思ってくれているといいな。
153 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/24(水) 00:35:26.94
「かしこまりました。私が責任を持って処分させて頂きます」

ステラがほんの少しだけ優しい口調で言ってくる。

「うん。……ありがとね、ステラ」

「!!」

珍しいことに、本当に珍しいことに、ステラが驚いている。

「……お嬢様。お変わりになられましたね。それも、とても良い方向に」

「な、なによ?」

「お嬢様からお礼の言葉を言われたのは、今のが初めてでございます」

「うそっ!? 普通にいつも感謝してるんだけど」

「そ、それはとても嬉しゅうございます。私も旦那様やお嬢様にお仕えできることに感謝しております。
正直、昔は他人への気遣いが皆無なヒネたクソガキだと思っていましたが」

「あんたそれはぶっちゃけすぎよ!?」
154 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/24(水) 00:36:51.22
まあ、最後のは照れ隠しだとわかる。

だって顔が真っ赤だし。

それに、誤解するほど浅い付き合いでもない。

「冗談です。では、湯船が冷めないうちにどうぞ」

ステラもあたしがちゃんとわかっていることをわかってくれている。

この感覚は、とても心地がいい。
155 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/24(水) 00:38:07.47
ステラに勧められるままお風呂に入る。

明日から学校。

いつもより入念に、隅々まで体を洗った。

明日は、小鷹に会える。

小鷹と行った初詣はギャルゲーで言えば重要イベントだ。小鷹のトラウマを聞いて、それに対応した行動を取る。

ここで選択肢を間違えなければ攻略成功。晴れて小鷹エンドを迎えることができる。

でも、現実はゲームとは違う。

選択肢も無ければ、セーブやロードも無い。

よく考えて、慎重に動かなければならない。

失敗なんて許されないのだから。





つづく
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/24(水) 01:06:14.66
星奈ルート確定だな!
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) :2011/08/24(水) 01:08:31.31
いやいや、ここから夜空の大逆転が・・・
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/24(水) 02:14:30.23
あえて幸村ルートに突入というのも…
170 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/25(木) 00:15:54.59
第二・五話「三日月夜空の事情」



薄暗い古本屋の奥、来ない客の為に一人小説を片手に椅子に座っている。

明日からまた学校が始まる。いや、学校はどうでもいい。小鷹に会える。

楽しみだ。

思えば、この冬休みは殆どここにいた気がする。

クリスマスは店番。大晦日と三が日は書庫整理。世のリア充達が跳梁跋扈するイベントとは無縁だった。

今まで縁があった事なんて無いのでどうでもいいが。

小鷹は、一体どう過ごしていたのだろうか。あいつも、私と同じに寂しい冬休みを過ごしたのだろうか。

寂しい?

ああ、やっぱり私は寂しかったのか。

十年間も引きずり続けたくせに、たった二週間がこんなに長く感じるなんて思わなかった。
171 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/25(木) 00:17:12.26
短いようで長い冬休み、私はあえて隣人部と距離を置いた。

……違う。

小鷹と距離を置いたのだ。心の中でさえ取り繕ってどうする。……悪い癖はなかなか直らない。

小鷹が送ってきてくれるメールにも、わざと素っ気なく返事をした。

本当は、思わず身悶えしてしまう程嬉しかったのに。どう返そうかと一時間くらい悩んでしまう程嬉しかったのに。

どうせ他の奴らにも送っていたのだろうが、初詣のお誘いメールが来たときはつい保護機能を使ってしまったくらいだ。

しかし、それにもすげない返事をした。自分の気持ちを確かめるためだ。

そして私は確信した。

私は、小鷹が好きだ。私は、小鷹に恋をしている。
172 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/25(木) 00:18:43.11
十年前のあの日、タカが私の前から姿を消したあの日。私は怖くてタカの前に姿を現わすことができなかった。

その時から、逃げ続ける日々が始まったのだ。

いなくなってしまったタカを恨み憎むことであの日の自分の弱さから逃げ、

コスプレやネットラジオなど痛々しいことをしてみてはあの日の痛みから目を逸らし続けていた。

始めから逃げ切れるなど思っていない。

案の定、何をしても無駄だった。

だから私は諦めた。

全てを、諦めた。

タカと過ごした輝かしい日々を想い続け、それを打ち砕いた自分の愚かさを呪い続ける事だけが私の全てになった。

……我ながらなんと哀れで情けなく、惨めな存在だったのだろうか。

そう、惨めな存在『だった』。

小鷹と、出会うまでは。
173 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/25(木) 00:19:22.22
転校初日から、あの夕暮れの教室での出来事を経て隣人部を作るまで、どうすればソラとタカの関係に戻れるかを考えていた。

隣人部を作ってからもそれは変わらなかった。それだけを考えていた。

でも、モン狩や演劇、リレー小説にカラオケ、合宿をしたり夏祭りに行ったり、隣人部での様々な活動をしているうちに、気付いてしまった。

私はもう、ソラとタカの関係では満足できないと。
174 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/25(木) 00:20:34.24
決定的だったのは、夏祭りの時だった。

肉や理科達が浴衣姿を見た小鷹が、奴らに見とれていたのが羨ましかった。

私にも見とれて欲しい。

そう思っている自分に気がついたのだ。

だけど、せっかく肉が私にも浴衣を勧めてくれたのに、過去にコスプレでやらかしたことのある私は怖くて、恥ずかしくて着ることができなかった。

小鷹への気持ちに気付いても過去の記憶に怯えて身動きがとれず、相変わらず臆病で逃げ腰な自分に、心底嫌気がさした。

だから、髪を切った。
175 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/25(木) 00:21:14.06
十年間伸ばし続けていた髪を、十年ぶりに美容院に行って切る。

たったそれだけのことだが、私にとっては大きな意味を持っていた。

十年分の髪を切って、あの時の髪の長さから。

やり直すのではなく、新たに始める関係。

そうして初めて三日月夜空は羽瀬川小鷹に出会うことができた。

あの時から少しずつ、時には大胆に小鷹にアプローチを仕掛けてきたが、あの鈍感プリンはほとんど気付く様子がない。

トラウマでもあるんじゃないかと思うほどだ。それでも、最近はメールの量も増えてきていたし、無意識レベルでは変化があるのかも知れない。

……そう思わないとやってられない。
176 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/25(木) 00:22:25.21
今までスルーされたあれこれを考えるとだんだん苛ついてきた。

くそっ、小鷹め……。

でも、小鷹の事を考えると胸の奥が温かくなって、胸のもっと奥がきゅんとなってしまう。

……ずるいぞ。

前は苛ついたりしたときはどうしていたっけ。……ああ、トモちゃんだ。

そう言えば、最後にトモちゃんと話したのはいつだったろうか。
177 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/25(木) 00:22:54.34
そんなことを考えていると、閉店の時間が来た。

いつの間にか外は真っ暗だ。

レジを閉めて電気を落とし、出入口の鍵を閉めながらガラスに映った自分を見る。

セミショートだった髪が、肩にかかるくらいまで伸びている。

髪の毛はこれからも少しずつ伸びるだろう。

私たちの関係も、私自身も、少しずつ変わればいいのだ。

私は、もう逃げない。





つづく
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福島県) :2011/08/25(木) 00:38:00.26
えらい差を付けたというか、星奈の外堀の方が勝手に埋まりつつあるような…
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/25(木) 01:02:03.81
夜空ならなんとかしてくれるはず!…多分
196 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/27(土) 00:38:03.49
第二・七五話「羽瀬川家の事情」



部屋に籠もりタウソワークをめくる。

結局冬休み中にはバイト先を決める事は出来なかった。

今日で冬休みは終わってしまう。そろそろ本気でマズイかもしれない。

少し焦りながらもまだ連絡をとっていないところを探す。

この雑誌の9割以上は既に断られてしまっている。

半分以上は条件が合わなくて断られたが、あとは面接をしたうえで断られた。

よくテレビで何社断られたというのを自慢げに話す大学生をみかけるが、一冊の雑誌のほとんど(しかもバイト)に断られたのは俺くらいだろう。

全く自慢にならないが。
197 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/27(土) 00:39:31.70
さすがにここまでくると、見た目だけが問題なんじゃないことはわかる。きっと面接の受け答えに問題があるのだろう。

イメトレではちゃんと話せるのに、いざ本番になるとどうしても緊張してなぜか無駄に威圧的な声が出てしまう。

だからせめてこれだけはと、『よろしくお願いします』はちゃんと言えるように練習した。

部屋で立ち鏡に向かって何度も何度も練習した。たまに小鳩が心配そうな、というか泣きそうな眼で見ていたが気にしてはいけない。
198 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/27(土) 00:40:14.28
残りの候補を探していると、下から小鳩の声が聞こえた。

「あんちゃーん! ごはん!」

「おう。今行くー」

口ではそう言っても未練がましくタウソワークにしがみついていると、ドタドタと階段を駆け上る音が聞こえ、部屋のドアが荒っぽく開かれた。

「あんちゃん! 何しとっと!? ごはんできちょるばい!」 

「あ、あぁ、悪い」

腰に手を当てながら頬を膨らませてぷりぷり怒る小鳩。右手にはおたま。

全く怖くない。むしろ微笑ましい。

料理を覚え始めた妹というのは、とても心温まる存在だった。
199 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/27(土) 00:40:59.73
二月の末に父さんの誕生日がある。

小鳩が料理をし始めたのはそれが理由だ。その日までに一品でも料理を覚えて、手料理で祝うというのが小鳩からのプレゼントだ。

父さんが喜ぶのは間違いない。そんなことをしたら小鳩の手料理を食べ続けるために仕事を辞めかねない程喜ぶだろう。

誕生日の費用は全て俺が持つことになっている。父さんから預かっている金ではなく、俺が俺自身の手で稼いだ金で。

もともと物よりもそういった行為の方を喜ぶ人だ。そのためにも、早くバイト先を見つけなければならない。
200 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/27(土) 00:41:48.26
「ん、これなかなかうまいな」

小鳩が作った煮っ転がしを食べて思わず驚いてしまう。そんな俺の様子を窺っていた小鳩はふにゃふにゃした笑顔を浮かべている。

少し前までは、初心者にありがちな自分だけのアレンジをしたがり『甘いだけでなくすっぱくもあるつまり過ぎ去りし青春のようなジャム』を何にでも入れていた。

あの頃と比べると断然良くなっている。一度、『世界一有名なニートが食べているはちみつ』で魚を煮て食材を駄目にしたとき本気で叱った。それ以来変な物は入れなくなっている。

「この調子なら、結構難しいやつもできそうだな」

「うん! がんばる!」

屈託のない笑顔で素直に答える小鳩だった。
201 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/27(土) 00:45:13.06
小鳩が風呂からあがるのを待っている間に洗い物をする。

そういえば小鳩の中二病は快癒したな。

初詣の日、小鳩はマリアとケイトのところに泊まってきた。

そのとき吸血鬼設定のせいで何かとんでもなく恐ろしい目にあったらしい。

元日から二、三日は絶対に明るいうちにしか風呂に入らなかったし、一人で寝ることを頑なに拒否したくらいだ。

まあなんにせよ、中二病が治ったのはいいことだ。

洗い物を終えた後はリビングのソファに座って一休み。

何となく手持ちぶさたで携帯をいじる。

……なんだろう、この脱力感というか虚無感は……。なんか調子でねえな……。
202 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/27(土) 00:46:51.14
小鳩と入れ違いに風呂に入る。

ゆったり浸かってから出ると、リビングのソファで小鳩が丸くなって寝ていた。

「小鳩、起きろ。こんなところで寝ると風邪引くぞ」

「んふにゅ」

声をかけてももぞもぞするだけで起きる気配が無い。

しょうがねえな。部屋までつれてってやるか。まだ慣れない料理をして疲れているんだろうし。

小鳩を両腕で抱えながら、いつまでも子供で困る、と思ってしまう。

背だって伸びてないし……って、あれ? なんかちょっと持ちにくい。

バランスが崩れたのか、小鳩がぎゅっとしがみついてくる。

最近まではすっぽりと腕に収まっていたのに。

もしかして、背、伸びたか?
203 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/27(土) 00:48:30.63
今ので起きたのか、ぼんやりと目を開けてこちらを見ていたが、再びしがみついてくる。

階段の下に来た辺りで、その体勢のまま言う。

「あんちゃん……好きなひと、できたと?」

「……どうしたんだ? 急に」

質問に答えることなく小鳩は続ける。

「……あんちゃん。あんちゃんはもうだいじょぶたい。もうあんな事になることはなか」

今まで聞いたこともないような、とても優しげな声。

「あんちゃんの気持ちは、うちにはわかっとーとよ。あんちゃんの一番そばは、もううちの場所じゃなか」

するりと俺の腕の中から抜けると自分で歩き、階段を二、三段上ってから振り返る。

「うちは、あんちゃんの妹じゃもん」

そう言いながら俺の頭を撫でて小鳩は微笑む。

それは、物心つく前の記憶の中にある母さんの微笑みを彷彿とさせるようだった。
204 : ◆OFPPQdZV86 :2011/08/27(土) 00:52:08.62
自室に戻って大変なことに気付く。

「やっちまった……」

洗濯物を干しっ放しだった。この季節はいつも食事を作る前に取り込むのだが、小鳩が作ってくれるので洗濯物の存在自体を忘れていた。確かめるまでもなく湿気っているだろう。

とりあえず取り込みながらも、つい独り言を言ってしまう。

「あんな事、か……」

小鳩が俺に依存するようになってしまった原因。

……そりゃ誰だって身内があんな残念な振られ方たしたら心配にもなるよな。

あの時小鳩に『あんちゃんにはうちがついとる! ずっとずっとそばにおる!』と言われた。

その小鳩が、もう大丈夫と。

何とはなしに空を見上げる。満月が煌々と輝き世界を染め上げ、空を蒼く浮き立たせている。

……依存してたのは俺の方かもな。

小鳩は変わった。成長した。

俺も変わらなければならない。成長しなければならない。

俺は、小鳩の兄なのだから。





つづく
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/27(土) 02:12:06.31
なんだこの妹、良い子すぎるだろ
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) :2011/08/27(土) 22:44:11.25
廚二が無くなった小鳩なんて・・・
とても可愛い妹じゃないか!!!
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/28(日) 10:09:57.71
こんなの小鳩ちゃんじゃない…でも可愛い…
225 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:26:12.57
第三話「料理大会」前編



年が明けて最初の登校日の朝。

教室に入ると、冬休みに何をしたとかどこに行ったとかを報告し合う生徒で賑わっていた。

俺が入ってきたことに気付くと明らかに声のトーンが落ち、ヒソヒソとあらぬ噂を話し合う。

……ここまで来ると割と慣れたもので、落ち込むなんてまねはしない。

全然落ち込んでないぞ。

しばらくぼーっとしていると、後ろのドアから夜空が入ってきた。

目があったので小さく手を挙げて挨拶をすると、夜空は軽く会釈をして応える。冬休みは一度も会わなかったので結構久しぶりだ。

ほどなくして教師が入ってきて授業が始まった。あまり頭の良くない俺は授業をしっかり聞いておかないとついて行けなくなる。それは友達のいない人間にとって致命傷だ。
226 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:27:45.59
集中していると授業は驚くほど早く終わる。

さて、学校で一番の難関とも言える時間がやってきた。昼休み、つまり、友達と楽しく談笑しながら昼食をとる時間。

今日はどこで食べようか。文化祭の残念な事件(7巻に期待)のせいでさらに教室に居づらくなってしまっているので、あれ以来落ち着いて食事ができる場所を探して学園中を彷徨っている。

もしかしたら一緒に食べようと誘ってくれる奴がいるかもしれないのでとりあえず教室を見回す。……いつも通り全員目を合わせないようにしていた。

だから全然落ち込んでないって。
227 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:30:35.34
ふと夜空の方を見てみると、鞄を開けて「しまった」という顔をしていた。その後そのまま鞄を置いて教室から出て行ってしまった。

……まさかあいつ。

とりあえず弁当を持って追いかける。廊下に出ると遠くに夜空の背中が見えた。歩くの早えな。

見失わないように小走りで追いかける。どんどん人気のない方に行き、辿り着いたのは屋上への出入り口前の踊り場だった。

夜空は避難誘導灯のパネルを外そうとしていた。

「……何してんだ?」

声をかけると、夜空はビクッとして慌てて振り返った。

「……なんだ小鷹か。驚かせるな」

「なんだとはなんだよ。悪かったな俺で」

少しむっとして言い返す。すると夜空はクスリと笑った。

「そういう意味ではない。教師ではなくて良かったということだ。見つかると少々面倒だからな」

そう言ってパネルを外すと中から鍵を取りだした。再び振り返り俺に見せつけるように鍵を揺らす。

「……もしかして屋上の鍵か?」

「正解」

夜空は答えると同時に出入り口の鍵を開けて屋上に出る。俺も夜空に続く。
228 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:31:31.29
「へぇ、意外といい場所なんだな」

今日は晴れている上に風もないので、一月にしては暖かくとても過ごしやすい。

俺がそう言うと夜空は楽しげに答える。

「だろう? 景色もいいし、誰もいないから気まずい思いもすることはない」

確かに他に誰もいなければ周囲から浮くこともない。というか、やっぱ同じこと考えてたんだな。

「ここなら昼休みという学生生活最大の難関を容易く乗り越える事が出来る。ついに見つけた桃源郷だ」

桃源郷とまで言うか。
229 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:33:23.29
「そうだ、桃源郷だ。居心地の良い場所を求め学園中を徘徊し続け、それでも見つからなくて諦めかけていたとき、偶然屋上というタグの付いた鍵を拾ったのだ。求める限り決して見つからない。意味合い的にもあながち間違いではないだろう?」

「それでそのまま拝借したのか……」

咎めるような目で見ながら言う。

「失礼なことを言うな。鍵が無くなっていることに気づいたら直ぐにここを使っていることがバレるだろう。人のことを考えなしみたいに言うな」

気に食わないのはそっちなんだ……。

「じゃあそれはどうしたんだ?」

「ふっ、鍵を拾ったあと即座に早退して合い鍵を作りに行ったまでだ。そしてその日の内に本物の鍵を元の場所に落としておいた。抜かりはない」

胸を張って自慢げに説明する夜空。なんだか悪戯が成功した子供みたいで微笑ましかった。
230 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:35:19.10
「だからあの日はいなくなってたのか。相変わらず物凄い行動力だな」

自慢げな表情が驚きに変わる。

「……覚えているのか?」

「そりゃ教師にも誰にも何も言わないでいきなりいなくなったら心配するだろ。メール送っても返事なかったし」

「そ、そうか。心配だったのか。……あの日は携帯の電池が切れていることに気づかなかっただけだ」

嬉しそうな、戸惑っているような器用な顔をする夜空。それからいつもの不機嫌顔に戻って言う。

「で、私を付け回して一体何の用があるんだ?」

嫌な言い方するなよ……。

「昼飯忘れただろ。だからどうすんのか気になってさ」

「なんでそれを……それでわざわざ笑いに来たのか?」

憎まれ口を叩いたあとで、はっとする夜空。気まずそうに俯いてしまう。
231 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:36:28.66
なんとなく夜空のそんな表情を見たくなくて、努めて明るい声を出す。

「なわけねえだろ。俺の弁当分けて食うか?」

「えっ!? いいのか!?」

おぉ……予想以上の反応だ……。まあ、食えないより食えた方がいいもんな。

「いいぞ。久々に弁当作ったら分量狂ってな。ちょっと多すぎるぐらいだ」

冬休み中はずっと小鳩が料理していたし、ああ見えてかなりの大食らいだ。しかもその上をいくマリアの分も作るとあって、気合いを入れすぎた結果だ。
232 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:38:03.24
「そ、そうか。では遠慮なく頂こう」

「おう。じゃ、どっか座るか。どこがいいんだ?」

「どこでもいい。いつもは私だけだから気にしたことがない」

「んじゃここでいいか。最近雨も降ってないしそんな汚くないだろうしな」

と言ってその場に座って弁当を広げ始める。すると夜空は俺のすぐ横に座ってきた。

「って横!?」

思わず突っ込むと夜空は顔を真っ赤にして言う。

「し、仕方ないだろう! 私はスカートなのだから正面に座ったらその……し、下着が見えてしまうだろう! 少しは気を遣え! そんなに私の下着が見たいのかこの変態め!」

「ちげえよ!」

「なら文句を言うな変態!」

「変態言うな!」

確かに気遣いが足らなかったかもしれないが、ひどい言われようだった。
233 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:40:44.66
それにしてもちょっと近過ぎないか? と思うほどの距離。

スカートをはいている夜空はあぐらをかけないので、俺の反対側に足を揃えて横座りしている。

つまりただでさえ近いのに俺の方に体を傾けているから正面を向いていても視界の右下に夜空がいてしかもなんかすげえいい匂いがしてドキドキするって言うかお前こそもうちょっと距離感に気を遣えというかこの距離で見ると髪が想像以上にさらさらだなとか結構髪伸びたなだとか恥ずかしいような嬉しいような困ったような複雑な感情というか何分の一かの純情な感情というかなんというかああもうわからん!

「どうしたのだ?」

どうしたのだ、じゃねえよ!

……ふぅ……まぁ……あれだ。とりあえず落ち着こう。

極力なんでもないふうを装って、

「なんでもない」

と言う。

どことなく不満そうな顔をした夜空は少しだけ離れた。
234 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:42:30.67
風に乗って流れてくる夜空の匂いを意識から排除しつつ、俺は弁当のフタを開ける。

スペースの半分が醤油に軽く浸した海苔を間に挟んだ米。もう半分に卵焼きと野菜炒めと作り置きのタネを焼いただけのハンバーグ。

ザ・弁当とも言うべき代物。どこに出しても恥ずかしくない程に弁当らしい弁当だ。

「まさに弁当、といった感じだな」

夜空もそんなことを言う。

「うん、うまそうだぞ、小鷹」

料理を褒められるのは素直に嬉しい。
235 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:45:35.00
「じゃあ、ほら、箸。好きなだけ食えよ」

夜空に箸を渡してやる。

「遠慮はしないぞ」

いただきます、と言って夜空は真っ先にハンバーグに箸をのばし、半分に割ってから口に運ぶ。おお、確かに遠慮なしだ。

半分に割ったとはいえ基が結構大きいので噛むのに苦労していた。リスみたいに頬を膨らませながらなんとか噛み終え、ごくりと飲み込む。

「うむ、うまいぞ。そんじょそこらのファミレスより断然うまい。(一人)ファミレスの常連の私が言うのだから間違いない。冷たい弁当なのになんでこんなにうまいんだ?」

なんか夜空にべた褒めされると逆に不安になるな……。まあ素直に受け止めておくか。

「そのハンバーグは豚肉ベースで作ってるからな。牛の脂よりも豚の脂の方が口の中で溶けやすくて旨みを感じやすいから豚肉の方が弁当向きなんだ」

「ふうん、よく知ってるなそんなこと」

感心したふうに夜空が見つめてくる。

「まあ、長年料理作ってりゃ自然と耳に入るようになるからな。スーパーなんかでもたまにその手の小技を活かした実演販売とかもやってるし」

「……そうか。長年、か」

どこか遠い目をして夜空が呟く。
236 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:47:23.72
「夜空はいつも昼飯どうしてたんだ? 購買は混むから行ってないだろうし」

なんとなく気になったので聞いてみる。

「私はいつも登校途中にコンビニでパンチラックを買っている。今まで百種類以上は食べたな。時折現れる謎のお餅みたいな何かが入ったもの以外はなかなかいい味出しているぞ」

「百種類以上はすごいな。他には?」

「それだけだ。私はもともと小食なのだ。買いすぎてもお金がかかるしな」

「金か……。そういや結構ファミレスとかカラオケとか(一人で)行ってるみたいだけど、バイトとかしてんのか?」

それまでずっとこっちを見ていた夜空は、急に顔を伏せてしまう。

「……してる。親戚の古本屋で。最近部活に行かなかったのは、そのバイトの量を増やしたからだ」

「そうだったのか。どんくらいもらってんのか知らないけど、小遣いじゃ足らなそうだもんな。値上げ交渉とかしないのか?」

「……そんな事したことなど一度もない。そもそも小遣いというか、家に帰ったらたまに学費や生活費がテーブルに置いてあるだけだ」

顔を伏せたまま抑揚のない平坦な声音で言う。……家庭環境には触れて欲しくなさそうだな。
237 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:49:11.67
気まずい雰囲気が流れたので慌てて話題を変える。

「バイト増やしたって事はなんか欲しいものでもあるのか?」

今度は急に顔をあげて恥ずかしそうな表情をする夜空。

「いっ、いろいろと入り用なのだ! 前にボーイッシュ=男っぽいではないと気付かされてから服の路線を変えなきゃいけなくなったし……」

「あぁ、あれは残念な勘違いだったな」

「残念とか言うな!」

「で、どんな感じのを買ったんだ?」

夜空が服の路線を変更。結構気になるぞ。

「思い切って、わ、ワンピースとか買ってみたのだ。通販のカタログで私に似た感じの人が着ていたし。……どう思う?」

「どう思うと言われてもな……」

正直、夜空にワンピースは未知数すぎる。

「見てみないことにはわからねえな」

「……見てみたい?」

恥ずかしそうに上目遣いで聞いてくる。

「あ、ああ。そりゃ、まあな」

「そ、そうか。見てみたいか。……なら今度見せてやろう。楽しみにしていろ」

「わかった」

……確かに楽しみの一つになりそうだった。
238 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:51:12.94
「にしても、バイトか……。いいなぁ」

「なんだ、小鷹もバイトしたいのか?」

「ああ、ちょっと事情があってな」

少し言うのを躊躇ったが、父さんの誕生日を祝う為の云々を説明する。

「で、タウソワーク丸々一冊分断られたという訳か。なかなかの残念っぷりだな」

「改めて言われるとすげえ辛いな……」

「ふむ……そういうことなら、力になれるかもしれない」

「マジで!?」

「ああ。私のバイト先の店長、叔母なのだがとてつもなく顔が広いからもしかしたらそのツテでどこか働き口が見つかるかもしれない。昔、人脈を活かしてそういう仕事をしていたらしいし」

「ぜひ頼む! 俺を紹介してくれ!」

「……その言い方は別の意味にも聞こえるな。……まぁいい。とりあえず聞いてみる。来週ぐらいにはどうなるかわかるから、一応他の所を探しながら待っていてくれ」

「おう! ありがとな、夜空」

お礼を言うと夜空は照れた様子でそっぽを向く。

「私はただの仲介でしかないのだから気にするな」

「それだけでも十分ありがたいぞ。お礼と言っちゃなんだけど、俺に出来ることがあったら何でも言ってくれ」

「なんでも、か……」

夜空はそう呟いて考え込む。
239 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:53:35.56
しばらくうんうん唸ってようやく答えを出した。

「………………なら、私に料理を教えてくれないか?」

「料理?」

「やはり女たるもの料理の一つや二つ出来てしかるべきだと思ってな」

「まあ出来るにこしたことはないな」

最近はもう料理に男とか女とか関係ねえと思うけど、夜空みたいに外食ばっかだと偏るからな。

「そ、それで、ある程度上達して……小鷹さえ良ければ……食べてくれないか?」

なぜか控えめに聞いてくる。

「もちろんいいぞ。誰かに食べて貰う方が早く上手くなるし、モチベーションも上がるからな」

「そうか! 小鷹に食べて貰えるのなら直ぐに覚えられそうだ!」

「ところで、何か作りたいものあるか?」

「ハンバーグ!」

元気よく答える夜空は、やる気満々な様子だった。
240 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:54:53.76
「で、いつやるかだけど今週の日曜日とかどうだ?」

「問題ないぞ。バイトの量も減らしたしな」

「場所は……俺の家だな。道具も揃ってるし」

夜空の家はたぶん嫌がるだろうからな。

「小鷹の家!?」

急に焦り出す夜空。どうしたんだこいつ?

「何か問題あるか? 今は小鳩も料理の練習中だし、ちょうどいいかなって思ったんだけど」

「小鷹の妹……こっ、小鳩がいるなら問題ないか……」

小さく呟いて一人納得する夜空だった。
242 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/05(月) 02:58:14.46
ってそうだ。

「そういや、今週は小鳩いないんだった」

「は!?」

「いや、あいつまた宿題やってなかったみたいでな。マリアんとこに泊まり込みで手伝ってもらいに行くらしい」

「じゃ、じゃあその日は家には小鷹一人しかいないのか?」

「そうなるな」

「だめだそんなのだめだ若い男女が家で二人きりなどはしたない破廉恥だ肉とかも呼ぶからないいかわかったな!!」

真っ赤になって手を前でぶんぶんと振り回しながら一気にまくし立てる夜空。気にしすぎだと思うんだけどな。

「なら放課後に話してみるか」

明らかにほっとしている夜空を見てなんだか複雑な気持ちになった。

「とにかく、時間もなくなってきたし弁当食っちまうか」

「そうだな」

その後はぽつりぽつりと会話しつつ、ぼんやりと景色を見ながら交互に箸を使って弁当を食べ昼休みを終えた。




中編につづく
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/05(月) 04:01:06.95
乙!
テンパって二人きりのチャンスを潰してしまうとはww
248 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:00:24.23
第三話「料理大会」中編



放課後。

部室に入ると、既に高等部の連中は全員集まっていた。先に行っていた夜空はいつも通りソファで本を広げている。

俺が来たことに気がつくと、幸村がすっと近づいてきて挨拶する。

「おひさしぶりです、あにき。おつとめごくろうさまです」

「おう、幸村。久しぶりだな。元気だったか?」

冬休み中に会ったのは隣人部では星奈だけだったので二週間ぶりになる。

「はい。おかげさまでなにごともなくすごせることができました」

……何事もなく、か。いや人のことは言えねえんだけどもさ。
249 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:02:39.76
続いて理科がとてとてと近づいてくる。

「先輩先輩、ただでさえ寂しく過ごしてたのに理科に会えなくてもっと寂しかったですか?」

「寂しく過ごしたのは前提なんだな……」

否定できないのが困ったところだ。

「まあ理科に会っても寂しさは紛れても哀しくはなっただろうけどな」

「はうっ! ……複雑! ………………大丈夫です……去年の理科とは違うんです。もうそういうのでもちゃんとイけるようになりましたから……ハァハァ」

息を荒げてくねくねしながらにじり寄ってくる理科。なんて残念な変態なんだ……。しかしこの変態さがちょっと懐かしく思えてしまう。それは自分でも意外な感情だった。

「隣人部は俺の中で結構大切な存在になってるのかもな……」

「せ、先輩!?」

「? そんな驚くような事言ってないだろ」

「いや驚きますよ!? ……だめっ動いちゃう! 理科の心や『聞かせられないよ!』が濡れ動いちゃう!」
250 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:03:58.77
「こ、小鷹、久しぶりね」

濡れ動こうとしているらしい理科を無視して星奈が話しかけてくる。

「ん? 星奈とはそんな久しぶりでもないだろ。初詣以来だから一週間ぶりくらいだし」

「「「!?」」」

夜空達が驚いた様子で一斉にこちらを向く。

「ばっ、バカ小鷹! それは秘密って言ったじゃない!」

「言われてねえけど!?」

「……言ってなかったっけ? ていうか言われなくてもわかりなさいよ! で、デートの事なんて言いふらさないでよ!」

「「「「デート!?」」」」

今度は俺も驚いた。
251 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:04:40.98
「いやあれはデートって言うよりも成り行きでそうなっただけだろ!?」

しかも原因の九割は星奈にある。

「……二人だけで行ったんですか?」

理科が聞いてきた。幸村も不満げな目でこっちを見ている。

「ああ、隣人部の全員に断られたから小鳩と二人で行こうと思ってたら……」

俺は事のあらましを説明する。

その間、夜空はずっと無表情だった。
252 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:07:08.97
「なるほど、よくわかりました。星奈先輩は実は狡猾な策士だったのですね」

「人聞きの悪い言い方すんじゃないわよ! 小鳩ちゃんたちに会ったのはあくまでも偶然なんだから!」

「偶然? 話を聞く限りでは待ち構えてた感があるんですけど」

「そりゃちょっとは期待してたけど……部室にいたのは年末に出たばっかのグリザイアの果物って美少女ゲームの田美子ルートがどうしても気になって最後までやろうと思ってただけだからね!」

「新年早々やることがエロゲーかよ……。ってか家でやれよ……」

思わず突っ込んでしまう。わざわざ部室に来る必要もないだろうに……。

「しかたないじゃない! パパの挨拶回りについて行かなきゃいけなかったんだから!」

「挨拶回りですかそうですか。そう言えば星奈先輩はお嬢様でしたもんね。別にお嬢様が学園に居たっておかしくないですもんね」

なんかさっきから理科の言葉が刺々しいな。

「理科、そのくらいにしておけ」

そんな理科を夜空が止めた。

意外だ。

「夜空先輩!? いいんですか!?」

「いいもなにも、私たちが誘いを断らずに初詣に行けば良かっただけだ。理科にも小鷹からのメールは届いていただろう?」

「それはそうですが……。……わかりました。夜空先輩がそう言うなら理科も我慢します。……夜空先輩、なんだか変わりましたね」

確かにな。夜空が止め役になるなんて前じゃほとんど考えられなかったのに。
253 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:08:50.94
夜空の擁護を受け、涙目だった星奈がいつもの調子に戻って言う。

「別に、ちょっとそこの神社行ってお守り買ってもらったくらいだから心配しなくてもいいわよ」

「お守りをかっていただいたのですか?」

ずっと黙っていた幸村がなぜかそこに食いついた。

「そうよ。これ」

鞄をあさって携帯を取り出す星奈。どことなく浮かれた様子で自慢するかのように携帯に付いたお守りをゆらゆらさせる。

「…………れんあいじょうじゅのお守り、ですか」

幸村が小首を傾げて不思議そうにする。

「……小鷹に恋愛成就のお守りを買ってもらった……? それは……羨ましい、のか?」

「微妙です……理科もわかんないです……。ていうか、むしろなんか駄目な気がします……」

「あれ? 羨ましがると思ったのに……。あたしなんかおかしかったの……?」

その質問に答える者は誰もいなかった。
254 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:09:59.24
「うぅ……でも、楽しかったわよね!? 『二人で行った』初詣」

またしても涙目になった星奈が俺の方を向いて言う。

「まあそれはそうだな。屋台やらなんやらで年甲斐もなくはしゃいだしな」

俺が同意すると星奈はパッと明るい顔をする。

「うん! そうよね! 初詣であんなに景品取った『二人』ってあたしたちだけよね! でもおかげで帰るとき景品の山を持った『二人組』としてちょっと浮いちゃったけど。でもあたしたち『二人』が楽しかったんだから別にどうでもいいわよね」

やたら二人というところを強調していた気がするが、スルーしておこう。
255 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:12:44.11
が、スルーしなかった人物が約三人。

「…………理科、私が間違っていた。やはりこの腐肉は廃棄処理しなければならないようだ」

「夜空先輩がわかってくださって理科嬉しいです。こっちのプリンはどうしますか?」

「りかどの、そちらはわたくしにおまかせを」

「!?」

なにやら不穏な気配を感じ取った俺は、慌てて別の話題を振る。

「よ、夜空! そういえば弁当食ってるときに話してた料理大会(?)の話はしなくていいのか?」

「「「………………」」」

あれ!? さっきより悪寒が強くなっている!?
256 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:14:57.50
「……一緒にお弁当食べたんですか?」

聞こえてきたのは理科の全く感情のない声。

「あんただからさっきあたしを庇ったのね……」

「そうだその話を忘れていた。貴様ら、今週の日曜に予定のある者はいないな?」

夜空はジト目の理科や星奈を華麗にスルーしながら話を進める。もちろん、誰一人として友達がいない高等部の連中に予定のある奴などいなかった。

「よし、全員参加だな。今回の目的は、リア充になって手料理パーティに誘われたときに困らないように小鷹に料理を教えてもらうだけなんだが、
普通にやってもつまらないから教わりながら一人につき何品かずつ作り、どれが一番旨いか小鷹に判定してもらうという勝負形式にするぞ」

「「「お弁当……一緒に……」」」

夜空の説明を聞いているのかいないのか、星奈達は虚ろな目をしてぶつぶつと呟いている。

……やはり昼休みの過ごし方は隣人部にとっては触れてはいけないことらしい。
257 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:16:45.05
構わず夜空は説明を続ける。

「ちなみに、会場は小鷹の家だ」

「「「!!??」」」

なぜか瞬時に星奈達が正気に戻った。

「この話が実現したのは、ひとえに私のおかげだ。私が小鷹と一緒に弁当を食べたからこの話が生まれたのだ。感謝するがいい」

そんな三人に夜空が恩着せがましく言う。

「ふ、ふんっ、感謝してあげてもいいわよ」

「夜空先輩っ! 理科の後ろの処女くらいはあげちゃってもいい気分です!」

「よぞらのあねご、まじぱないです」

三者三様に感謝(?)の言葉を言う星奈達。なんでこんなことになっているのかはわからなかったが、とにかく理科の台詞は今までで最も下品かつ最低だった。
259 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:18:45.82
まあ、詳細を決めるか。

「それで、みんなはどの程度できるんだ?」

「私は何も出来ない。調理器具の名称くらいは知っているが」

と言う夜空。

「あたしも料理はまだ、何も」

女子力アップを目指している星奈も、料理にはまだ手を出していないようだった。

「理科は、料理と実験は同じだと思っています」

「同じじゃねえよ!」

意識改革からなのか!?

「いぜんつくったところ、たべたひとが『コスモが見える』と言い遺してうごかなくなりました。じしんさくだったのですが……」

台詞から察するに、幸村は経験だけはあるようだった。しかしある意味幸村が一番心配だ!

……うん、つまり全員が初心者なのか。
261 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:22:14.55
「で、何か作りたいものとかあるか? 食材買っとかなきゃだし、あらかじめ決めておいた方がなにかといい」

「先輩との子どもを作りたいです」

「あたしはまだわかんない。これから考えるわ」

星奈が答える。

「んじゃ星奈、作りたいもの決まったら教えてくれ」

「うん」

「幸村はどうだ?」

「わたくしは、わしょくをかんがえております」

「和食、か。わかった。まあこれも詳細が決まったら教えてくれ」

「はい、あにき」

「先輩!? 理科のこと忘れてませんか!? 一番最初に答えましたよ!?」

「お前のは俺が考えておく。会話自体が無駄だ」

「はうぅうぅっ」

気持ち良さそうな理科を無視して、夜空の方を向く。

「私は肉さえあればいい」

夜空はハンバーグ作りたいって言っていたからな。
262 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:25:50.69
そこでいきなり顔を赤くした星奈がもじもじしながら言う。

「えっ!? ちょ、そんな、……夜空急にどうしたの? 嬉しいけどさ……」

「「「「…………」」」」

圧倒的な沈黙が部室を埋め尽くした…………。

誰もへたに動けない中、夜空がコーヒーを淹れて星奈に差し出す。

「やめて! 無言でコーヒーを勧めるのはやめて!」

どうやらようやく間違いに気付いたらしい星奈が叫ぶ。耳まで真っ赤だ。

夜空はいつもの仏頂面だったが、よく見ると何となく照れているように見える。

なんだかんだで夜空も星奈の反応を喜んでいるのかもしれない。

「ああもう! いっ、今のは忘れて! それと小鷹、食材ならあたしが用意するわ! ステラに頼めば準備してくれるだろうし」

「それは助かるな」

「いいのよ! 花嫁修業とでも言っておけばきっと奮発してくれるわよ!」

「そっか。じゃ厚意に甘えさせてもらおうかな」

「まっかせなさい!」

恥ずかしがった勢いのまま、満足げな星奈が胸をはって答える。

「修業……はなよめ、修業? あにきの、はんりょ……?」

そのとき幸村が何かを呟いていた。
263 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:28:01.09
「でも大丈夫なんですか? こんなに大勢に教えるなんて。しかもこのメンバーになんて確実にカオスになりますよ?」

心配そうに尋ねる理科に俺は自信満々に答える。

「それは確かに主にお前が心配だが、まあどんなことになっても対処できるさ。キッチンでは負けたことがないんだ」

「頼もしいです! では理科は小鳩さんを人質に取って戦いたいと思いまぶるぁっ!」

「あたしの小鳩ちゃんに酷いことしたらブチ殺すわよ!!」

星奈が投げてきたコースターが理科の後頭部に直撃する。

「だから小鳩はお前……ふぅ」

もうこのネタに突っ込むのはやめよう。

「途中でめんどくさくなってやめないでよ! するなら最後までしてよ!」

「最後まで、ですか……。ゲヘヘ、理科特製のキモチヨクなるお薬でお手伝いしましょうかぁ?」

ばちこん。

「あんっ、夜空先輩、もっとぉ!」

「「「………………………………はぁ………………………………」」」

俺たちは深々と溜息をつくしかなかった。
265 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/06(火) 01:32:10.20
とりあえず今日決めることは決めたので、あとはいつも通りの風景に戻る。

俺と夜空は並んで本を読み、星奈と理科がエロゲー談義に花を咲かせ、幸村はいつにもましてぼーっとしていた。

日が暮れてきた頃、そろそろ帰ろうかと思い皆に挨拶して部室を出る。

昇降口で靴を履き替えているとき、後ろから声をかけられた。

振り返ると、そこには幸村が立っていた。

「どうした?」

と、問いかけてもなかなか返事が返ってこない。

しばらく待ってようやく口を開いた。

「……あにき、しゃていとはんりょはりょうりつできないのでしょうか?」

舎弟と伴侶? また凄い組み合わせだな……。

けどまあ、

「そりゃ無理だろ」

どちらかであった時点でもう片方は明らかに別の意味になってしまうからな。

「ですが、おーぷんのヤスオはしゃていでありながらも秋道のはんりょともよべるそんざいかと」

いつもぼーっとしている幸村が、今はこころなしか少し必死な感じがする。

「いや呼べないだろ。ヤスオは舎弟の中の舎弟だ。まあ……そうだな、他の言い方で言えば戦友とか、この学園的に言えば良き隣人って感じだろうな」

「しゃていをやめるか、よきりんじん、ですか……」

幸村は何かを反芻するようにつぶやいている。

「わかりました、あにき。よくかんがえてみます」

「あ、ああ、そうか」

幸村が一体何をわかったのか俺にはわからなかった。





後編につづく
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/06(火) 01:37:23.05
まさかの幸村のターンまであるのか
期待そして乙
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/07(水) 04:59:01.77
理科の存在感はんぱねぇww
修羅場は楽しいのう
274 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 01:56:23.57
第三話「料理大会」後編・上



放課後の話し合いから既に数日。

今日は日曜日。料理大会(料理教室?)当日だ。

俺は隣人部を迎え入れる準備をしていた。

準備と言っても、部屋は元々きれいに掃除しているし、米は少なめに集合時間の少し後に炊きあがるようにセットしてある。

食材はステラさんが持ってきてくれる手筈になっているので特にすることはない。

することはないが、誰かを家に招き入れるなんてマリアとケイトを除けば初めてなので動いていないと落ち着かない。

集合まではまだ時間があるので、朝起きてからもう五回は繰り返しているフローリングの目地の掃除をし始めた。
275 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 01:57:28.56
七周目の途中で携帯が鳴る。星奈からメールだ。

件名『いま車で向ってる』で、本文は『あと十五分くらいで着く。理科と幸村も一緒。夜空は知らない』という内容だった。

本文に、『わかった』とだけ入力して返信する。

夜空はどうしたんだろうなと考えていると、ぴんぽーん、とインターホンが鳴った。

玄関に向かいドアを開けると、そこには夜空が立っていた。
276 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 01:58:22.50
「おじゃまします!」

と言って夜空が玄関に入る。そしておもむろにコートを脱ぐと、

「どうだ!?」

と息巻いた様子で聞いてくる。

「どうしたいきなり!?」

「どうしたじゃない! ホラ、私をよく見ろ!」

と言われたのでよく見てみる。

つやつやの黒い髪に涼しげな目、中性的な整った顔の造り。少し鼻が赤くなっている。うん、少し寒そうなところ以外はいつもの夜空だ。

「ばっ、バカ、顔じゃない! 服だ服!」

ああ、そうか! 前に話していた、新しく買った服の件か!
277 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:01:12.36
改めて服を見てみる。

ウールっぽいふんわりとした素材の薄い水色のワンピースを着ていた。おそらくセットで売っていたであろう、同じ素材、同じ色の細いマフラーをしている。

そのマフラーの下に見える、胸元から肩にかけては一定のパターンの控えめな模様が帯状に施されている。袖口にも同様の模様が細く入っていた。

腰の両側には大き目のポケットが付いていて、それがゆるゆるした感じの雰囲気を醸し出している。

丈の長さは夜空の太もものちょうど半分くらいまでで、その下からは狭い間隔でゆるいプリーツの入った、裾が少し絞られたキュロット(というのか?)が少しだけ見えていた。

目線をさらに落とすと、黒いタイツに覆われたほっそりとした太ももと膝が見え、その膝のすぐ下までの長さのブーツを履いている。
278 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:01:41.99
「に、似合うか?」

確かに今までの夜空っぽくないこの格好は、意外な程可愛らしくて似合っている。

が、それ以上に、後ろ手に組んで頬を染めつつもじもじしながら上目遣いでそう聞いてくる仕草自体が可愛かった。

「お、おう。すっげえ可愛い。似合ってるぞ」

なんとなく照れくさくて自分でも顔が赤くなるのがわかる。

「そうか! よかった……可愛いか……」

夜空はほっとした様子で胸を撫で下ろした。
279 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:03:26.00
いつまでも玄関に立っていても仕方ないので、リビングに向かう。

「ソファにでも座っててくれ」

「ん」

お茶を淹れながら、やたらとキョロキョロしている夜空に問いかける。

「夜空が一番早く来たけど、どうやって来たんだ?」

「ああ、昨日住所を教えてもらった時に気付いたんだが、私の家とそんなに離れていなかったようだ。だから歩いて来た」

「そうだったのか?」

「そうだ。実際、今日は二十分程で来れたぞ」

「へぇ、意外に近かったんだな」

まあよく考えたら十年前は放課後に公園で遊んでたんだから近くてもおかしくないか。小学生の行動範囲なんてたかがしれているしな。
280 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:03:54.88
「にしても、結構早く来たな。まだ集合時間まで三十分もあるぞ」

「どのくらい時間かかるかわからなかったから早めに出たのだ」

「そりゃそうか」

「それに……小鷹に一番に見せたかったからな」

「そっ、そうか」

夜空が可愛い格好をして可愛い台詞を言う。

な、なんか、調子狂うな。
281 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:04:30.18
しばらくして、星奈から『着いた。食材運ぶの手伝って』というメールが届いた。

「星奈たちが着いたみたいだ。ちょっと行ってくる」

「わかった」

再度玄関に向かい、ドアを開ける。

隣人部の三人と、大きなダンボールを抱えたステラさんがいた。

星奈たちを先に家に上げ、ステラさんからダンボールを受け取る。

重っ!
282 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:06:41.84
「すみません、こんなに沢山」

「いえ、お嬢様方の花嫁修業とあっては、協力しない訳には参りません」

星奈は本当にそう説明したのか……。

「どうですか、小鷹様。将来の自分の嫁を自分の手で鍛え込むお気持ちは。光源氏計画ですか?」

「そんなんじゃないです!」

「冗談です」

と、相変わらずの無表情で言う。突っ込んだ俺をよそに、ステラさんは言葉を続ける。

「この食材は私どもの感謝の気持ちの一部です。これは冗談ではありませんが、私どもは感謝しているのです。小鷹様のお陰でお嬢様は大きくお変りになられました」

「そ、そんな、俺はなにもしてないですよ! 星奈が変わったのなら、それはあいつ自身の力だと思います」

実際、俺は何もしてない。

そんな俺を見てステラさんはふっと微笑む。……この人、こんな表情もできるのか。

「小鷹様は、もっとご自分の言動を自覚なさるべきです。さらに言えば、ご自分のお気持ちを自覚なさって下さい」

「自分の気持ち、ですか」

「さようでございます。小鷹様は、それに素直に従って行動すれば宜しいと思います。お嬢様や他の方々の為にも、そうなさって下さい」

と言うとステラさんは、それではお嬢様を宜しくお願いします、と言い残し、深々とお辞儀すると車に乗り込み、去って行った。

……自分の気持ちに素直に、か。
283 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:07:29.99
ステラさんを見送り家に戻る。

とりあえずキッチンに直行して食材の確認がてら冷蔵庫に詰め込む。

スーパーで見かけるような普通の野菜から、ネットで取り寄せないと手に入らないような物まであった。

うわ、こんな高いものまで買ってくれたのか。

食材を詰め込み終えてリビングに行くと、顔を真っ赤にした夜空と星奈が片手に手箒(掃除機とは別にあるとなにかと便利)を持って理科に襲いかかっていた。

どういう状況だよ……。
284 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:07:59.04
「「死ね変態!」」

二人同時に理科に飛びかかる。

それを難なくかわす理科。

「ふっ、理科は負けません!」

とか言っているが、明らかに夜空たちの動きがおかしい。手箒を持っていない方の腕で胸元を抑えている。

「なんだこの状況は?」

「あ、小鷹先輩。夜空先輩方があんまり可愛い格好してるので、つい下着チェックしたくなりまして」

「は!?」

状況の説明を受けたはずなのに謎が深まった!?
285 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:08:56.68
「……まあ、どうせろくでもないことしたんだろ?」

「そんな大したことしてないですよ。ちょっと胸元をびろーんとしてブラを確認した後、ついでにホックを外しておいたまでです」

「なぜホックを外す必要がある!?」

変態だ! 変態がいる!

「その前に下着を見る必要がないことに突っ込めバカ小鷹!」

「そうよ! この変態!」

しまった! 理科に毒され過ぎてそこは不思議に思わなかった!

「ふふふ、小鷹先輩。だんだん理科の言動が癖になってきたんじゃないですか?」

「そんなバカな!?」

そんなことはない! 絶対ない! ……はずだ!

なんてバカなやりとりをしているうちに、夜空たちは理科を捕えた。

「なんてこと!? 先輩方の殺しが感じられなかった……。荒須透! 理科を導いて!」

俺に向かって誰かの名前を叫ぶ理科。

「ふっ、覚悟しろ……理科」

「あんたも同じ目に、ううん、もっとひどい目に合わせてあげるわ」

ギラリ、と二人の目が鈍く光った気がした。

「小鷹は部屋から出ていろ」

怖かったので素直に従うことにした。
286 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:09:45.30
リビングから出ると、幸村がついてきた。

「あにき、わたくしのこーでぃねいとはいかがでしょうか」

両手を広げてくるりと回って見せる幸村。

仕草だけで言えばとても可愛らしいのだが、いかんせん格好が格好だ。

「割烹着、か……」

給食のおばちゃんとかが着ていそうな、真っ白の割烹着。

「……料理はしやすそうだな。やる気の表れか……偉いぞ……」

どうにか別の角度から褒めてみる。

「はいっ、あにき! せいいっぱいがんばらせていただきます!」

と言って、先にリビングに戻って行った。
287 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:10:24.48
「小鷹、もういいぞ……」

しばらくすると、ぐったりとした感じの夜空が呼びに来た。

リビングに入ると、同じくぐったりした星奈とつやつやした感じの理科がいた。

「疲れた……」

星奈が呟く。

「一体何があったんだ?」

「理科が先輩方の愛を全身で感じて感じてました」

「小鷹、こいつは想像以上の変態だった……」

……なにがあったのかは知らない方がよさそうだ。
288 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:11:11.94
「ところで夜空、今日の目的忘れてないか?」

「そうだったな……。では順番を決めるか」

四人がじゃんけんを始める。

じゃんけんの結果、星奈、夜空、理科、幸村の順番になった。

一人何品か作る決まりだから一気に作ると多くなってしまうので、星奈と夜空が昼食、理科と幸村が夕食を作ることになる。

「じゃ、早速作るか」

「うん、いきましょ」

「皆は適当にくつろいでてくれ」

星奈と共にキッチンに行く。ダイニングテーブルではこの人数だと手狭になってしまうので、他の連中は応接間である和室に移動した。
289 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:12:28.84
「そういや、結局何作るのかの連絡来なかったけど、決まってないのか?」

「一応サラダっぽいものとメインっぽいものってのだけ決めた。あとは小鷹が考えて」

「それは決めたって言わねえよ。そうだな、何がいいか……」

苦笑しながら考える。

「あー、じゃあ昼飯だし、生春巻きサラダと鶏肉の炒め物にでもするか」

「うん! じゃあそれにする!」

「おっけ」

必要な食材を取り出す。本当は作りながら出していった方がいいんだが、初心者にはこの方がいいだろう。

「あ、基本的な道具の使い方は昨日氷川に聞いておいたわ」

「そうか。わかった」

なんでもそつなくこなす星奈の事だ、ある程度はもう普通に使えるだろう。
290 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:13:14.32
「じゃあ、まずはライスペーパーを水に浸しといて、人参の皮を剥くか」

さすがに慣れないうちは包丁だと危ないし、時間掛かるからピーラーを使った方がいいな。

星奈に渡そうとピーラーが入っている引き出しを開けたが、そこには無かった。小鳩がどっかやったのかな。

「星奈、ちょっと待っててくれ……って桂剥きだと!?」

柏崎家の一人娘は化物か!?

「え? 皮を剥けばいいんでしょ? 」

「ああ……間違いじゃない……間違いじゃないんだが……」

危なげなく包丁を動かし、するすると剥いていく。円柱にしないで錐のままなのがさらに恐ろしい。

俺がアレを出来るまで何年かかったことか……。今まで積み重ねてきた自信を打ち砕かれる思いだった。

こうして天才の陰で凡人は朽ちていくのか……。
291 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:13:49.75
星奈は俺が呆然としている間に一本分丸々薄くしていた。

「これってどこまでが皮だったの? 全部薄くなっちゃったけど」

「なぜ氷川さんは桂剥きを教えてもっと常識的な事を教えないんだ!?」

会った事はないがやはり柏崎家関連の人だから変人なのか!?

「ちょっと小鷹、自分の常識が皆の常識だなんて思ってんじゃないわよ」

「それは全くその通りだよちくしょう!」

くそう、自分の事を神だとか言ってた星奈に諭されるなんて……!
292 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:14:32.59
とにかく薄くなってしまった人参をどうにかしなけりゃな……。

「大根なら春巻きの皮にするのは聞いたことあるけど……人参はどうだろうな……。こうなったらもう、ツマにするしかねえかな……」

「えっ、そんな急に!? あたし今プロポーズされたの!?」」

「なんでそうなる!?」

「だ、だって小鷹、妻にするしかねえって……」

「ちげえよ! そっちの妻じゃねえよ!」

なんというベタな勘違い! わざとやってんのか!?

「あ、なんだ……違うんだ……。もう! 紛らわしいこと言うんじゃないわよ!」

「俺が悪いのか……」

わざとやってないあたりが凄く残念だった。
293 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:15:09.99
とりあえず薄くなった人参のことは保留しておいて、生春巻きの具を作る。

星奈は言われたことは直ぐに理解し、また手先も器用なのでなんなく作り終えることが出来た。

というか氷川さんの教え方が上手い。料理するにあたって最低限必要なポイントを的確に仕込んでおいてくれた。

「さすがに料理を生業とする人はひと味違う。料理だけにな」

ぷくく……。咄嗟にこんなに面白いことを思いつく俺は、やっぱりお笑いのセンスがあるのかもしれない。

「小鷹……あんたってホント凄いわね……」

引きつった笑顔を浮かべる星奈の眼からは光彩が喪われていた。なぜこんな表情になる!?

とにもかくにも、鶏肉の炒め物の方も星奈は普通に作れていた。

この分なら後は経験を積んで自分なりにやりやすい方法を覚えるだけだろう。家庭料理ならそのレベルで十分だ。

試しに薄い人参を皮の代用にしてみたら意外とうまかったのでそのまま採用することにした。

こうして、星奈の二品は完成した。
294 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:15:43.51
一旦片付けをして調理器具を元に戻していると、星奈と入れ替わりで夜空がやってきた。手には真新しいメモ帳を持っている。やる気満々だな。

「夜空はハンバーグだったな。他には何か考えてあるか?」

「ああ。よくハンバーグの隣に控えている、ポテトサラダがいい」

「そうか。ならまずはハンバーグのタネから作るか。こねたあと少し冷蔵庫に入れておくとふんわり仕上がるからな」

「そ、そうなのか。まずは手順を教えてくれ」

俺がとりあえずざっくりと説明すると、夜空は早速メモ帳に書き込み始めた。

書き終わるのを見計らって声をかける。

「じゃ、タマネギのみじん切りからだな」

包丁の持ち方を教えてやってからタマネギを渡す。夜空は恐るおそるといった感じでぎこちなく切り始めた。

たどたどしくも一生懸命に切っている夜空の姿はとても可愛らしい。

うんうん、やっぱ最初はこうじゃなきゃなぁ。星奈のオーバースペックで受けた傷がちょっと癒えた。
295 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:16:23.03
「できたぞ」

タマネギの成分にやられた夜空が涙目になりながら見せつけるようにして言う。

目の痛みに耐えながらどうにかこうにか切ったという感じだったが、

「おお、いい感じだ」

と言っておく。

すると夜空は案の定得意げになる。

「私にかかればこんなことくらいなんてことない」

「そりゃよかった。じゃあもう一個な」

「えっ」

意外と扱いやすい奴だ。
296 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:16:51.77
もう一つもなんとか切り終えた夜空はぼろぼろと涙をこぼしていた。

さすがにこれ以上タマネギを切らすのは可哀想だったので変わることにした。もう一個はサラダ用だ。

「サラダにするなら繊維を横方向に切るといいぞ。口当たりが良くなるからな」

俺が言う豆知識を律儀に逐一メモる夜空。……教えがいがあるなぁ。

他の材料も手間取りながらも無事切る事が出来た。

夜空も星奈程ではないが飲み込みが早いので、あと何回か教えれば普通に料理できるようになりそうだ。
297 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:17:45.22
切った材料を十分炒めたあと調味料その他もろもろとも挽肉に入れてぬっちょぬっちょと混ぜこねる。

「夜空は濃い味と薄味、どっちがいい?」

「薄味がいい」

「そうか、じゃここで酢を入れるぞ。肉が柔らかくなる。濃い味にしたい場合はマヨネーズを入れるといいからな」

「小鷹、今のメモしてくれ。手が肉まみれだ」

夜空は腰をひねってメモ帳が入ったポケットを向けてくる。

「おう。肉まみれだもんな」

手を伸ばしたところで、

「えっ、呼んだ?」

と肉、いや星奈が急に顔を出す。

……。
298 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:18:29.08
「もうお前は完全に肉なんだな……」

「う、うるさいわね! ってかなんで小鷹は夜空の腰に手を回してんのよ!」

「「は?」」

俺と逆側のポケットにあるメモ帳を取るために手を伸ばしている状態……まあそう見えなくもない、か? 

「あー、これは

説明しようとしたところに夜空が割り込んでくる。

「別に私は構わないぞ。料理が上達するのに必要ならな」

と言って背中から俺に寄りかかり身を預けてくる。

「なっ!?」

肩をすぼめているのですっぽりと腕に収まり、腰に手を回すと言うよりは俺が後ろから抱きしめているような形になる。

「お、おい!?」

「ちょっと夜空!! そんなんで料理が上手くなる訳無いでしょ!! むしろ余計に教えにくいわよ!!」

「ふむ、そうか」

すっと離れる夜空。

「ふざけてないでさっさと作りなさいよ! 皆待ってんだから! バカ夜空!!」

猛烈に怒りながら星奈はキッチンをあとにした。

なんだったんだ……。ヤバイ、まだドキドキがとまらねえ。
299 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:19:21.33
「小鷹、これはどのくらい続ければよいのだ」

ドギマギしている俺をよそに、夜空が問いかけてくる。こいつ、なんともないのか!? まさか本当に料理が上達すると思ってたわけじゃねえだろうな……。

……まあ落ち着こう。前にもこんな事があったような気がするし。

「あー、そんなもんでいいかな」

ラップに包んで冷蔵庫にしまうように指示する。

冷やして寝かせている間にポテトサラダを作ってしまおう。

丁寧に教えていたせいか結構時間がかかってしまっていたので、ここからは俺も手伝う。
300 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:20:19.71
切る、茹でるを同時に行い電子レンジを駆使しての時間短縮。

あっという間に、あとはぐにぐに混ぜるだけ。

「す、凄い要領の良さだな……。三つも四つも同時進行してて全然何してるかわからなかったぞ」

「そのへんはもう慣れだからな。続けていれば夜空もすぐ出来るようになる」

冷蔵庫からタネを取り出し、夜空に渡す。

「じゃ、俺はポテトサラダを仕上げるから、夜空はさっき野菜炒めたフライパンでハンバーグを焼いてくれ。取り出すタイミングは好みがあるから自己判断で良い。今回は牛肉だし多少生でも大丈夫だからな」

「わ、わかった」

焼いている間中、夜空はチラチラとこちらを窺いながらもフライパンの前から動こうとしなかった。
301 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:21:17.76
にも拘わらず。

「焦げてしまった……小鷹ぁ……」

泣きそうな顔をしている夜空。見ることに集中しすぎて取り出すのを忘れたというのだから何と言って良いのかわからない。

「ま、まあベリ-ウェルダンだと思えばいいんじゃないか?」

挽肉でベリ-ウェルダンはただの炭だが。

「うぅ……どうせ小鷹もただの炭だとか思っているのだろう?」

鋭い。

「もういい……。所詮、私なんかに料理など無理なのだ……」

夜空はそのあとの盛りつけの時も機械的に動くだけで、ずっとしょんぼりしていた。
302 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:22:29.97
そして実食。

食卓にはとても気まずい雰囲気が流れている。もちろん原因はかつてハンバーグだったモノの黒い塊だ。

激怒していたはずの星奈ですら気遣わしげな目でチラチラと夜空の方を見ている。

当の夜空と言えば、星奈の料理だけを食べ無表情ながらも悔しそうにしている。

星奈の料理は初心者とは思えないほどうまかった。

「せっ、先輩! このポテトサラダ凄くおいしいです!」

健気にも理科が言う。

「……それを作ったのはほぼ小鷹だ。私はハムを切っただけだ」

「あぅ」

……偉いぞ、理科。
303 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/08(木) 02:31:06.72
目を離していた責任があるし、ここは俺が逝くしかないか。

意を決して炭にナイフを入れる。

ゴリッ、と食べ物が立ててはいけない音を立てる。しかし意外にも肉汁がじゅわっと染み出てくる。

あれ? これってもしかして……。外殻とも呼べる炭化した肉を剥がすと、形は崩れているが蒸し焼きにしたようなふんわりとしたハンバーグが出てきた。

「夜空! これ見ろ!」

うろんげに見てきた夜空だったが、じきにその目を大きく見開いた。

「ん、普通においしいわね」

俺の行動を見て同じく外殻を剥がし、中身を食べた星奈が言う。理科も幸村も口々に褒める。

「そ、そうか……うまいか」

夜空も恐るおそる中身を口に運ぶが、すぐに表情がほころぶ。そして顔を真っ赤にして俯きながら、

「ありがとう」

と呟く。

とたんに場の雰囲気が明るくなり、和気藹々とした感じになった。

おお、なんだこの一体感は。同じ釜の飯を、ってやつか。

勝負は文句なしで星奈の勝ちだったが、星奈も夜空も気にしている様子はなかった。


しかし、この後俺たちは想像だにしない体験をすることになる。





後編・下につづく
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/08(木) 02:43:17.51
相変わらずの小鷹のギャグセンスに安心した。
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/10(土) 19:34:25.61
夜空が可愛い…だと!?
316 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:41:01.36
第三話「料理大会」後編・下



実食後は、俺と夜空と星奈とで片付けをした。

その後夕食の時間になるまで、というより皆の腹が減るまでの間は、部室の風景と何ら変わることはなかった。

いつもどおり夜空はソファで読書をしていて、俺はその隣でモン狩りをする。星奈はリビングにおいてあった小鳩がいつもやっているゲームに夢中だ。

理科はやたらと薄い本を見てニヤニヤ気持ち悪い笑みを浮かべ、幸村はぼーっとこっちをみていた。

途中、俺の部屋のベッドの下を漁っていた理科を捕獲し、小鳩の部屋の前で中に入ろうかどうか悩んでいた星奈を確保し、

またしても俺の部屋に侵入しベッドでハフハフしていた理科を捕縛した以外はいつも通りだった。
317 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:41:35.86
時間は瞬く間に過ぎて、無情にも理科の順番が来る。

「ふっふっふっ。ついにこの時が来てしまいましたね」

「ああ、ついに来ちまったな……」

本当に来てほしくなかった……。とばせねえかなぁ。

「理科の天才的なアレンジで皆さんを痺れさせてあげましょう……」

紫色の謎の錠剤をじゃらじゃらとさせながら妖しく笑う理科。

「神経毒的な痺れ方しそうだからやめろ」

没収ート。
318 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:42:42.00
「ところで先輩、今は理科と二人きりなんですけど?」

「ああ、そうだな」

「誰も見ていないんですから、ほら、いきなり優しく抱きしめて愛の言葉を囁いたりそっとお尻にブツを擦りつけたりしてもいいんですよ」

「その二つを同列で並べるような変態の提案は受けられないな」

理科の方を見もせずに答える。

「冗談ですよ。擦りつけられるのはさすがにちょっと恥ずかしいので、お尻を直に撫でるぐらいにしておいて下さい」

無視。

「さて、魚料理にするか」

「……先輩、アメとムチ作戦でしたら最近アメが足りてませんよー」

理科はなんともないふうを装っているが、その実とても哀しげに見える。

ちょっと可哀想だったかな。

なんてことを思った瞬間、理科がにへらと笑う。

「小鷹先輩こういうのが好みなんですね。理科わかっちゃいました」

……気遣いはいらないみたいだな。
319 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:44:25.66
「理科は何を作ればいいんですか? オムライスとか興味あるのですが」

「オムライスか……。鯛の下ごしらえしちまったからなぁ」

ステラさんから貰った食材の中に赤甘鯛があったので、せっかくだから理科の時に使おうと空き時間の時に鱗や腸はとっておいていた。

鯛が合うのかはわからないが、シーフードオムライスってのもあるし、まあやってみるか。

「けどなんでオムライスなんだ?」

「こまった理科さんは、おいしいオムライスをつくらないと家から出られないのです」

「それだと意味合い的に困っているのは本人より周囲の人間だな」

実際家に居座られると本当に困るので止めてほしい。

「まあ本当は、いろいろ内部に仕込みやすそうかと思いまして。玉子の中からチャーハンが出てきたら面白いですよね」

「だから実験感覚でやるなよ!」

不覚にもちょっとうまそうだと思ってしまったのは秘密だ。
320 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:46:18.01
まあなんにせよ、とりあえず作るか。

「空き時間で下準備はある程度しておいたからお前は米洗え」

「はい! わかりました!」

楽しそう、かつ素直なのはいいんだけどなぁ。

必要な食材を出していると、理科が声をかけてくる。

「先輩! 漂白剤がありません! お米洗えないじゃないですか!」

「米を研ぐのに漂白剤はいらねえよ! 前時代的な間違いすんな! お前と違って精米は初めから真っ白だ!」

「先輩! 『カリ』フラワーはありませんか?」

「確かに今が旬だがお前それ言いたいだけだろ!?」

「先輩先輩! このキュウリ……すごく、立派ですっ……!」

「いいから早く洗え!」

「先輩大変! 箱の中にツンのコケラが!」

「それは鰹節だ!」

「あっ、先輩! このカステルフランコ、とってもいやらしいカタチしてます!」

「高級チコリーを知っててなんで鰹節を知らねえんだよ!」

……理科に料理を教えるのは不可能なのかもしれない。

もう少し頑張ってみようと思ったが、ポケットから紫色の謎の粉末を取り出した時点で無理だと悟った。
321 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:49:32.67
理科をキッチンから追い出し、幸村を呼んでこさせる。

「わたくしのでばんでしょうか」

「ああ、理科は放っとけ」

その方が人類のためになる。

「ところで幸村、悪いけどひとつは魚料理にしてくれないか?」

理科が想像以上にアレだったので、赤甘鯛がそのままになってしまっている。

「ぎょい。あにきのみこころのままに」

返事をすると迷い無く調理を始める幸村。行動に一切の迷いもなければ無駄もない、非常に洗練された動き。

てきぱきと魚を捌いていく傍ら、薬味類を刻んでいる。

「なんか幸村には教えることなさそうだな。というか、俺より技術高いし」

千切りにした野菜を垂直に積み上げることすら可能なほどに精密に、素早く切っていた。

「あにきのおてを煩わすなど、しゃていとしてごんごどうだん」

この前言っていたことは気になるが、この分なら大丈夫そうだな。

「じゃ俺は和室に戻ってるわ。道具の場所とかわかんねえことあったら呼んでくれ」
322 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:50:31.72
俺が応接間に戻ろうとすると、幸村はピタリと動きを止める。

「あにき……すこしよろしいでしょうか」

「どうした?」

幸村は聞き返す俺の手を取るとコブシの形にして幸村の心臓のあたりに当て、そして反対の手で俺の胸にコブシを当てる。

「?」

ああ……これは、あれか。

いつも幸村が買ってくるヤンキー漫画に載っていた、ケンカ仲間の二人が他校の生徒50人に襲撃されて辛くも撃退した後、

満身創痍になりながらも夕焼けの廃ビルをバックにして、お互いへ信頼を言葉少なに語った胸が熱くなるシーンと同じポーズ。

「わたくしは、あにきのちゅうじつなしゃていとしておつかえし、これからはよきりんじんとしてもおつきあいさせていただきます。
これが、よくかんがえたけっかの、わたくしのきもちです」

「お、おう」

いきなりの行動で驚いたが幸村はそれで満足したようで、顔をほころばせる。

「あにきも、あにきのおきもちを大事になさってください」

笑顔のまま言う幸村に、なぜか俺は何も言うことが出来なかった。

「それではあにきは座敷のほうでくつろいでいてください。ここは、わたくしにおまかせを」
323 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:52:41.67
和室に戻ってからしばらくすると、幸村が料理を運んできた。

捌きたての赤甘鯛の刺身と、同じく鯛の赤だし。漬け物に柚子味噌大根と豚肉の煮物。

料亭で出てきてもおかしくない、純然たる和風料理だ。

「う、うまそうだな……」

幸村は、鯛のアラから取った出汁をベースに作った刺身用の温かいタレを注いで回る。匂いだけで旨みが凝縮されているのがわかる。

あらかじめ散りばめられていた金箔が漆黒のタレの中でくるくると踊り回る。まるで星々が煌めく宇宙を覗き込んでいるような錯覚さえした。

俺にはわかる。俺にはわかるぞ! こいつはとんでもなく旨いはずだ! 星奈も目が釘付けになっている。

「「いただきます!」」

幸村が席に着くと、待ちきれない俺と星奈が同時に言う。

早速刺身に箸をのばす。

それを口に入れた途端、俺の魂は解放された。
324 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:53:24.51
視点が地上からぐんぐんと離れ、街を見下ろし山を見下ろし、やがて日本列島を見下ろし大陸さえも眼下に収める。

地球を球体と認識できるころになると、ついに重力から解放され速度が格段に上がった。 直ぐに地球は見えなくなり、太陽ですら既に掴めそうなほどの大きさしかない。

速度は更に増し星々が後ろに流れていく。赤色巨星、白色矮星に黒色矮星。超新星爆発を起こした直後の星の名残。その近くには禍々しく口を開けたブラックホールが見える。

あの光一つひとつがそれぞれの歴史を持っていて、そのうちのどれかは地球のような生命の惑星を持っているのだろう。無限の可能性を求めて俺は星から星へと飛行する。キラッ☆

大宇宙。それは人類が未だまみえぬフロンティア。

小さくなっていく天の川銀河を尻目に、俺は宙へと還っていく……。
325 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:54:09.53
「いい加減戻ってこい」

夜空に頭をはたかれて地球に舞い戻る。

「はっ!? ここは!? ……地球か……何もかも懐かしい……」

「長い旅だったな……」

「夜空は大丈夫なのか?」

「ああ、問題ない。ところで小鷹、私はついさっきモノリスを発見したのだが……」

大丈夫じゃなかった。

箸置きに向かって本当に発見したかのようにその時の状況を事細かに説明する夜空の横では、理科がぶるぶる震えながらぶつぶつ呟き、星奈は「空が落ちてくる」と言って泣いていた。

「一体何をしたらこうなるんだよ……」

こんな幻覚を見せるなんて……恐ろしい奴だ。

しかし旨いのは本当なので俺も再びイスカンダノレに向けて旅立つ。
326 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:54:41.60
マゼラン星雲あたりでスターバーストを見学していると、幸村が新たな皿を持ってくる。

「せいしんせいい、こころをこめてつくられていただきました」

ステラさんが持ってきた高級な肉をふんだんに使った、見るからに力の出そうな一品だ!

匂いに気付いた他の面々も正気に戻る。いや、目が血走っているから正気では無いか……。

俺はそんなことはない。俺は冷静だ。
327 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:55:34.97
「いただきます!」

幸村が皿をテーブルに置くと同時に真っ先に箸を突っ込んだのはもちろん俺だ。

「うっ、うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

食べた瞬間、突如生まれた内なる激動に耐えられず、俺は思わずカウトラマンに出てくる怪獣のように巨大化する。

心の根っこの部分から沸き上がる衝動と力を抑えられず、たまたま近くにあった名古屋城を破壊した。

しかしそれでも飽き足らず、さらに巨大化して琵琶湖にダイブを決め水を枯れさせても未だ止まることを知らない。

大きくなりすぎて力のやり場を失い、ついに俺は紀伊半島を投げ始めた。

狙いは佐賀だ。

力の制御を知らない俺は一向に紀伊半島を的(佐賀)に当てることができない。

「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! なぜだっ!? なぜ佐賀を落とせないっ!」
328 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:56:24.37
「いい加減にしなさい小鷹」

今度は星奈に頭をはたかれた。かなり強めに。

「あんたと佐賀との間に一体何があったのよ」

「……ワラスボの不遇な環境を思い出してな。地元の人でもあまり知らないんだぞ。あんなに旨いのに……」

「そう、そうだったのね。あんなエイリアンのために怒れる小鷹は良い子ね」

よしよし、と頭を撫でてくる。かなり強めに。

「どうしたんだ!?」

「だってあたしたちって従姉弟じゃない。お姉さんのあたしが小鷹を可愛がって何が悪いのよ」

「その妄想は微妙にリアルだからやめろ! 正気に戻れ!」

突っ込みつつも箸は止まらない。

俺たちの暴走が終わったのはそれから四時間後だった。
329 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:57:05.64
「あんたなんでこんなに料理がうまいのよ……」

疲弊しきった星奈が言う。幸村以外は全員ぐったりしている。

「旨将軍との決戦にそなえなければならないので」

幸村はミス旨っ子だったのか……。

「とにかく、もうこんな時間だ。そろそろ解散するか」

「そうね、あんま遅くなってもステラが心配するし」

「別に遅くなろうが関係ない。私はいわゆる鍵っ子だからな。家に帰ったところでどうせ一人きりだ」

名残惜しそうにしている夜空。今日は楽しかったのだろう。

理科も、もう終わり? みたいな顔をしている。

「まあ長居しても迷惑だしな。片付けるか」

夜空が片付け始めると、皆もそれに続く。
330 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:57:46.73
全員で片付けたのですぐに終わる。

「あんたたち帰りはどうすんの? ステラが迎えに来るけど、乗ってく?」

「おねがいします」

「あ、理科もお願いします」

「私はいい。そんなに遠くないから歩いて帰る」

「わかったわ」

しばらくして、ステラさんが到着した。

皆でぞろぞろと玄関に向かう。

「んじゃ小鷹、夜空、また明日ね」

「ああ」

星奈たちは車に乗り込み、去っていった。
331 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:58:38.13
「それでは私も帰る」

「ああ、なら送ってくよ。時間も遅いしな」

この辺りは治安はいいが、気をつけるにこしたことはない。ってなんか言い訳っぽいな。

「そ、そうか。では頼もうかな」

「気にするな。昼来た道はわかるな?」

「……当然だ」

少し何かを考えた様子ではあったが、きっぱりと答える夜空。

「じゃ行くか」

二人並んで歩く。

しばらく特に会話もしないで歩いていたが、夜空はチラチラとこちらを見ていた。

通っていた小学校を通り過ぎ、公園の横を通ったときにふと思い出す。

「あ、ここって」

「そ、そういえばここは私たちが昔遊んでいた公園だな! いや偶然だな!」

なんかやたら説明くさいが、まあ気にしないでおこう。

つい懐かしくなって昔話で盛り上がる。
332 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 11:59:24.10
楽しそうに話す夜空の見てふと考え込んでしまう。

あの頃の俺たちは、何も隠さず本心で語り合えていた。

信頼できる本当の友達。心の底からそう思えていた。

今はどうなんだろうか。

いや、どうなりたいんだろうか。

ステラさんと幸村に言われた言葉が頭をよぎる。

自分の気持ちに素直に、か。

……確かに俺がどう思おうが俺の勝手なんだよな。

たとえそれが報われなくても、想うぶんには自由だ。

「どうした?」

夜空が俺を見つめている。

「いや、何でもない」

「そうか。そう言えば学校のことなんだが……」

俺は歩いている間中、次々と話題を変えて楽しそうに話す夜空をずっと見ていた。
333 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 12:00:26.64
「む、もうこんな場所か。そろそろ着いてしまう……」

「話してると短く感じるよな」

途端に夜空の足取りが重くなる。

「まあ、話の続きはまた明日にしよう」

「そうだな……。なら、ここまでいい」

送ってくれてありがとう、と言い夜空は俺に背中を向ける。

その背中は、とても寂しげに見えた。
334 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/11(日) 12:01:54.77
そうだ、これは言っておかなきゃな。

「夜空」

なんだ? と振り返る。

「いつでもうちに来いよ。一人で食べるよりもその方がうまいからな」

「っ小鷹!!」

目を見開いて何かをこらえるかのように拳を握る夜空。

それから一度目を瞑り、小さく呟く。

「……ありがとう」

そして、いきなり近づいてきて俺の手を取ると、小さく震えながら今にも泣きそうな顔をする。

「……私は、小鷹のそういうところが……」

「ど、どうした?」

驚いている俺をよそに、夜空は言いかけていた言葉をそこで止め、頭を振るとにかっと笑い駆けて行ってしまった。





つづく
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) :2011/09/11(日) 15:30:46.16
幸村√までもが潰えたか……
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2011/09/11(日) 21:04:21.76
これは星奈√夜空√しかないのか…?
幸村は…
354 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:03:21.31
第四話「バイト」



料理大会の翌朝、電車の中で寝ぼけながらも考え込む。

昨日の帰り際、夜空が言いかけたことが気になって眠れなかった。

『私は、小鷹のそういうところが……』この言葉とあの時の夜空の表情が、絶え間なく再生され続けている。

俺が……なんなんだろうな……。 ま、まさか、す、好きだとか!? 

いやいやいやいやいやいやいやいや!

それはない! 俺に限ってそれはない! 俺が誰かに好かれるなんてありえない!

しかも相手はあの夜空だぞ!

…………っと、そうだ。誰にも好かれないなんて考えないことにしたんだった。そう決めたんだった。

星奈は『誰からも好かれないなんて二度と言うな』と言ってくれた。今になって思えば、俺は誰かにそう言ってほしかったのかもしれない。幻想をぶち壊してほしかったのかもしれない。

同じ部活ってだけであんなに親身に俺のことを考えてくれるなんてな……。けど、それだけじゃないような気もする。

……隣人部は良い奴ばかりだな。夜空だってバイトの相談にのってくれたし。まるで友達じゃないか。



友達?
355 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:04:13.60
俺はあいつらと友達なのか?

……今まで友達がいた事がないからよくわからないが、きっと、もう友達なのだろう。

………………それで、いいのか?

何か引っかかる。

確かに友達は欲しい。喉から手が出るほど欲しい。隣人部の連中が友達だっていうのなら、それはすごく嬉しいことだ。

だけど、なんなんだ、この胸につっかえるような感覚は……。

小鳩は俺が誰かを好きになったと言っていた。たぶんそうなのだろう。……でも、それが誰かはわからない。

何かきっかけさえあれば、疑うこともなく、迷うこともない明確な答えを出せる気がする。

ステラさんや幸村が言っていた『自分の気持ちを大切にする』という言葉は、それをちゃんと考えろという意味なんだと思う。

……ちゃんと考えよう。二人の口ぶりからすると、たぶん俺だけの問題じゃないんだろうし。

とは言っても、考えはまとまらねえんだよなぁ……。
356 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:04:50.51
…………………………………………………………。

やっちまった。

寝過ごした。

一度終点で折り返したらしく、家から学校に向かう方向とは逆方向に離れて行っている。

この分だと着くのは昼くらいになりそうだ。

今まで誤解されるような行動はなるべく慎んできたのに……。

とりあえず次の駅で降りよう。
357 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:06:33.46
学校に着いたのは昼休みの少し前くらいだった。

遅刻した旨を伝えにいくために職員室に向かう。

ノックしてから職員室のドアを開けるが、ぱっと見誰もいない。と思ったら打ち合わせスペースで教師数人と偉そうにふんぞり返り神経質そうにメガネをいじっている(恐らく外部の)人が話し合っていた。

立て込んでそうだし後でいいか、と思ってドアを閉めようとしたが、メガネの外部の人に呼び止められる。

嫌な予感しかしないが、一応返事をした。

名前とクラスを聞かれ、なぜこんな時間にこんな所にいるのかを聞かれそれに対してごく普通に受け答えする。

そしてやっぱり髪の毛のことを聞かれたというか咎められた。ハーフだということを説明してももちろん聞く耳を持たない。

毎度の事とは言え、めんどくせえな。

生活態度の乱れが及ぼす悪影響について遠回しにチクチク言われ、最近市内で多発している傷害事件についても遠回しに疑われる。

疑われるのには慣れているので聞き流していたが、教師陣が誰も止めないどころか、明らかに関わりを持ちたくなさそうな様子をしているのを見てつい苛々が顔に出てしまった。

俺の表情を見た外メガネは明らかに狼狽し、すごすごと席に戻って行ったが、その様子にさらに苛立ちが募る。

これ以上ここにいる理由はないようなので早く出よう。

苛々を引きずったまま廊下を歩いていると、体育の授業を終え更衣室に向かう生徒とすれ違い全員に避けられる。

……今度は悲しくなってきた。やっぱ誰も俺と関わりたくねえんだな……決心を鈍らせてくれるぜ……。
358 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:07:42.21
自分の教室の前に着くと同時に授業終了のチャイムが鳴った。

教室のドアを開けようとしたが急に開く。

「「うわっ」」

夜空が飛び出してきてぶつかってしまう。バランスを崩して倒れそうになったところを手を伸ばした夜空に支えられた。

「大丈夫か?」

「ああ。悪い」

「どうしたのだ小鷹? 小鷹が遅刻なんて珍しい。熱でもあるのか?」

心配そうに俺の顔を覗き込んで見つめてくる夜空。

「い、いや、別にそんなことない」

今朝まで考えていたことをつい思い出してしまい、夜空の顔をまともに見られない。

「でも顔が赤いぞ。……まさか昨日寒かったのに私が遅くまで連れ回したせいか?」

「それは関係ない。なんともねえから心配すんな。ありがとな」

「そ、そうか……。元気ならいいんだ」

そこでクラスの連中が俺達を物珍しそうに見ているのに気がついた。夜空も気付いたようでみるみる顔が赤くなる。

「じゃ、じゃあ小鷹! 今日も行くぞ!」

「あ、ああ」

夜空はがっちりと掴んだ俺の手を引っ張って走り出す。俺達はそのまま駆けて行った。
359 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:08:12.79
屋上の出入口まで着くと、今日も今日とて誰もいなかった。

割と早めに走ったので少し息が上がっている。

夜空も俺の手を離すと息を整えようと胸に手を当てて深呼吸をし始めた。

「すぅ…………はぁ…………」

夜空は深呼吸をしている。

「すぅ…………はぁ…………」

夜空は深呼吸をしている。

「すぅ…………はぁ…………」

夜空は深呼吸をしている。

「すぅ…………はぁ…………」

夜空は深呼吸をしている。
360 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:08:51.21
「すぅ…………はぁ…………」

夜空は深呼吸をしている。

「すぅ…………はぁ…………」

夜空は深呼吸をしている。

「すぅ…………はぁ…………」

夜空は深呼吸をしている。

「すぅ…………はぁ…………」

夜空は深呼吸をしている。
361 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:10:14.96
「いやさすがにしすぎだろ!」

「し、仕方ないだろう! まだ胸がどきどきしてるのだ! 黙って見てないでさっさと鍵を開けたらどうだ!?」

む、それはそうだな。素直に従い避難誘導灯のパネルを外して鍵を取り出す。

「ふうん、そんなところに隠してたのね」

「「!!」」

ヤバイ! 教師に見つかったか!?

と思ったら階段下からひょっこりと顔を出したのは星奈だった。

「……なぜ肉がここにいる」

夜空が脅すように唸る。

「小鷹を探してたら、騒々しく走ってるあんたたちを見つけたから追いかけてきたのよ」

「そうか、見つかって良かったな。よし、帰れ」

「なんでそうなるのよ!?」

「見つけて満足しただろう? これ以上何を望むというのだ、強欲なお肉様だな」

「別に見つけること自体が目的じゃないわよ!」

いつも通りのやりとりをし始める二人。

うんうん、一見いがみ合っているようでもよく見ればただじゃれ合ってるだけなんだよな。

夜空は憎々しげに(親しげに)星奈のことを見て、星奈は涙目で(照れ笑いして)夜空を睨み付けている。

……。

ごめんなさい嘘つきました。
362 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:11:26.26
このまま放っておくと星奈が逃げ出すのは目に見えているので、やりとりに割り込む。

「で、星奈、俺に何か用か?」

話を振ると星奈はぱぁっと表情を輝かせ、夜空は反対に不機嫌な顔になると俺から鞄を奪って扉を開け放ち先に屋上に出て行ってしまった。

「えっとね、小鷹。よかったら……お昼、一緒に食べない?」

まごまごしながら言いにくそうに聞いてくる。そんな言いにくいことでもないだろうに。

「おう、俺はいいぞ」

「いいの!? やったぁ!」

大げさだな。

「あ、でも先に夜空に誘われてたから夜空も一緒だぞ?」

「別にあたしはいいケド……」

……確かに夜空はなんて言うかな。と思って夜空の方を向くと、

「何をしている。話が終わったのなら二人とも早く来い」

弁当を広げながら聞き耳を立てていたのか、目線を投げただけで即座に返事が来る。

「ああ言ってることだし、さっさと行くか」

「うん!」

星奈は小走りで屋上の夜空のところに向かった。
363 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:12:17.86
「で、夜空はなんで俺の弁当を広げてるんだよ」

「お前のものは私のものだ」

平然と言ってのける夜空。うわあ、ジャイアニズムだ……。

「だが、私の弁当は小鷹のものだぞ」

「へ? なんで?」

「なんでじゃない! 味見してくれると言っていただろう!?」

「ああ、そういうことか。じゃこれは夜空の手作り弁当なのか」

「は、恥ずかしい言い方をするな! あ、愛妻弁当だなんて……!!」

「いや言ってねえよ!?」

まあ……なんだ……悪い気はしねえけどさ。
364 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:13:36.24
「むぐぐ……」

そこで星奈がとても不満げな声を出す。

「ん? どうした、星奈」

「こ、これっ!」

星奈は持っていた弁当を突きだす。

「……えーと、もしかして星奈も作ってきたのか?」

「小鷹に食べて貰おうと思って……」

「そ、そっか。けどこれ一つか? 自分の分はどうするんだ?」

「え? 小鷹のを食べるに決まってんじゃない。あんたのものはあたしのものよ」

「お前もかよ!」

こいつら平然と言いすぎだろ!

「で、どっちを食べるのだ?」

「当然あたしのよね?」

ギロリ、と睨んでくる二人。怖ぇ……。
365 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:14:35.04
「み、みんなで分けて食べればいいんじゃないか……?」

どっちを選んでも酷い目に遭いそうだったのでどっちも選ばないことにした。

「むぅ……まぁ、今はそれでいいだろう」

「そうね……今はそれでいいわ」

諦めたふうに嘆息する二人。

「じゃあ、早速食べようぜ」

「ああ」

「うん」

どうにか納得してくれたようだ。

よかった……。こんな事で選べねえからな……。

……え?
366 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:15:49.17
その後つつがなく食べ終えることが出来た。二人の弁当は普通にうまかった。

「それで、小鷹。バイトの件なんだが、どうやらうまくいきそうだぞ。雇ってくれるところがあるようだ」

「マジで!?」

「ああ。渋るところに無理矢理ねじ込んだらしいが」

「そ、そうか。お前の叔母さんすげえな」

「当然だ。叔母は唯一私が頼ることの出来る大人だからな」

……唯一、か。

「ありがとな、夜空」

「き、気にするな」

お礼を言われる度に照れる夜空はやっぱり可愛らしい。
367 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:16:34.64
「何? あんたお金に困ってるの?」

「いや、そうじゃなくてな……」

夜空にしたのと同じ説明をする。

「ふうん。そういうことならパパに言ってあげたのに」

「いや理事長に言うと酔っぱらって口滑らせそうだからな……」

「あぁー……うん、まぁ……そうね」

星奈もこれには同意せざるをえないようだった。

「というわけでだ、今日は部活に行かずに一緒に帰るぞ。叔母に会ってもらう」

「わかった」

とにかく働き口が見つかったのは本当に良かった。
368 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:18:20.63
「あ、履歴書はいらないみたいだぞ」

鞄をガサゴソと漁りだした俺を見て夜空が言う。どうやらさっき弁当を取り出したときに見つけたらしい。

「そうか、よかった。顔写真切らしてたからな」

「顔写真?」

星奈が聞き返す。

「ああ。バイトの履歴書でも貼らなきゃいけないところが多くてな。あれは何枚撮っても上手く撮れねえんだよなぁ」

「そうなの?」

じゃあ、と言って星奈はいきなり携帯のカメラ機能を使って俺を撮り始めた。

「いきなりなんだ?」

「上手く撮れないなら練習すればいいじゃない。あたしが手伝ってあげるわ」

「い、いや、だから必要ないと今……」

慌てた様子の夜空が口を挟む。

「いいから!」

そんな夜空の台詞を星奈は遮る。なんでそんな必死なんだよ……。

そのとき、夜空の目がギラリと光ったような気がした。

「ほら、小鷹、表情が硬いわよ。もっと愛想良くしなさい」

星奈は若干ニヤつきながら撮り続ける。愛想良くと言われてもな……。とりあえず笑顔を作ってみる。

「「こわっ!!」」

……横で見ていた夜空まで引いていた。
369 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:19:06.50
「よし、私も協力してやろう」

唐突に夜空がそんなことを言う。

夜空は俺の横に並ぶと、腕を伸ばして自分を取り始めた。

「そ の 手 が あ っ た か !!!」

突如星奈が叫ぶ。

「比較対象があった方がわかりやすいだろう?」

そんな星奈を夜空はニヤリと一瞥し、携帯の画面をこちらに向ける。そこには無表情ながらもどことなく照れた様子の夜空と驚いている俺が写っている。

「そういうもんかなのか?」

「そういうものだ」

きっぱりと言い放つ夜空。証明写真は一人で撮るものだと思うんだが……。
370 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 05:22:43.69
「小鷹、携帯を出せ」

「あ、ああ」

鞄の奥底から取り出す。

「小鷹のでも撮ってやろう」

そう言って夜空は俺から携帯をもぎ取ると再び横に並んでカシャリと撮る。

「どうだ、少しは私を見習え」

画面を確認した夜空が自慢げに見せつけてくる。

「うわ」

画面に写った夜空は、なんと、優しく微笑んでいた。

こっ、この破壊力はヤバイな……。やっぱ笑ってるのが一番いいな。

「待受けにしてもいいぞ」

「しっ、しないわよっ!」

なぜか後ろから覗き込んでいた星奈が返事をした。そしてとても恐ろしい口調で俺に耳打ちする。

「小鷹、あとでそれあたしに送んなさいよね……じゅるっ」

そういう星奈は若干よだれを垂らしていた。

……あらゆる意味で怖いのでここは言うことを聞いておこう。

その後は夜空と星奈がお互い邪魔し合って収拾がつかなくなったので結局練習どころの話ではなかった。そもそも、効果があるのかは甚だ疑問だ。

しかも二人が騒いでいるのが聞こえたのか、教師に見つかってしまった。

夜空の「たまたま開いていたので出た」という言い訳が功を奏しお咎めなしで解放されたが、今後はもう使えなくなってしまった。

また安息の地を求める日が続くのか……。




後編につづく
375 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:41:37.93
第四話「バイト」後編



放課後。

夜空のバイト先である古本屋に向かう。

道中、夜空は叔母がどんなに型破りでどんなに凄いのかをずっと話していた。

古本屋に着くと、叔母さんに挨拶して働く場所を教えてもらう。

勤め先は近所の工場で、俺の家と夜空の家があるあたりのちょうど中間ぐらいの位置だった。学園からも割と近く、バスを使えば問題なく通えそうだ。

夜空は店番をするために着替えに行っている。

今のうちに、夜空が唯一頼れる大人だという叔母さんにあいつの家庭環境を聞こうとも思ったが、やっぱりやめといた。

それは本人から聞くべきなのだと思う。

その逡巡を読み取ったのか、叔母さんは「もし君が今の君じゃなかったら私が言っていただろうね」と言っていた。

さすがに人脈だけで大企業の幹部まで上り詰め(夜空談)政治家や官僚に舎弟が何人もいる(夜空談)だけのことはあるな……。

例の黒いジャージに着替えてきた夜空と叔母さんにお礼を言って、古本屋を後にした。
376 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:42:56.04
バイトは明日からだが、とりあえず挨拶だけでもしておこうと下見を兼ねて行くことにした。

夜空の叔母さん曰く、従業員の待遇が厚いことで有名らしく近所の評判も良いようだ。ちなみに「オーナーは私の舎弟」とも言っていた。

ほどなくして着いた工場は、住宅街の外れにあり、結構大規模だが周囲から浮かないようにおとなしめな外観をしていた。

近所に住宅街があるため建物の防音は完璧なようで外からは何の音も聞こえない。

ここは24時間稼働しているらしく、夜中でも常に人がいて機械も一日中動いているようだ。

「あれ? お兄ちゃん? こんなところでなにしてるんだい?」

工場の敷地内からケイトが出てきた。片手にはペプツを持っている。

「いやケイトこそなにしてるんだ?」

「わたしはここでバイトしているんだよ」

シスターがバイト? ……それはいいのか?

「ああ、違った。奉仕活動だよホーシカツドー」

「やっぱ駄目なのかよ!」

高山姉妹はことごとくシスターのイメージを破壊してくれるぜ……。

「細かいことは気にし、げっぷ、ちゃいけないよん、お兄ちゃん」

「そうだな……もう手遅れだしな……」

尻をかきながらペプツをあおるケイトを横目に、色々悟りそうになる俺だった。
377 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:44:21.27
「ところで、お兄ちゃんもここでバイトするのかい?」

「ああ、明日からな」

「ってことは天馬さんからの紹介かな? ここのオーナーは天馬さんの部下だったらしいからいろいろ融通が利くからねえ」

「いや違うけど……知り合いの紹介でな」

世間は意外と狭いんだな。

「へー。したらお兄ちゃんはわたしの後輩になるってことだね」

「まあそうだな」

「おう、なら先輩であるわたしに奉仕してもらおうかね、チミィ」

ケイトはそこで急に横柄な態度になる。若干イラッとしたがとりあえず言うことを聞いておく。

「……なにをすればいいんでしょうか?」

「そうさね、じゃあ靴を……いや歯を磨いてもらおうか」

「そこは靴で良いだろ!?」

全力でつっこんだ俺を見てケイトは知らないの?という目をする。

「歯を磨き合うのは阿々良木さん家界隈では有名な兄妹のスキンシップなんだよ」

「そんなローカルルールは知らん!」

「でも、これは素直になれない妹がお兄ちゃんと打ち解けるための重要な儀式で誰もが一度は通る道さね」

「その道は阿々良木さん兄妹専用でいい! そもそもお前は必要以上に素直だ!」

つ、疲れる奴だ……。

「いやあ素直で良い子だなんて照れるなあ」

「良い子とは言ってねえよ!」

あっはっはと笑いばふっと屁をこくケイト。

……。

やっぱりケイトの変人オーラは隣人部並み、いやそれ以上だな……。

結局その日はケイトの立ち話に付き合わされ、挨拶しにいくのは断念せざるをえなかった。
378 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:45:23.86

次の日。

授業を終えた俺は、部活に出ないことを夜空に伝えると足早にバイト先へ向かう。

最寄りのバス停で降りると、ちょうどそこにスクーターに乗ったケイトが通りすがった。

「ん? お兄ちゃんじゃないか。きぐうげふっだねぇ」

ぐびぐびとうまそうにペプツを飲んで言う。器用に片手に持って運転していたようだ。

「喋りながらげっぷに関してはもう今更だからいいけど、片手運転は危ねえからやめろ」

「いやーさすがに運転も慣れたし学園からはほとんどまっすぐだしだいじょーぶだいじょーぶ」

ケイトはひらひらと手をふってカルい感じで答える。

「そういうのが一番危ねえんだって。いいからもうすんなよ。次見かけたら本気で怒るからな」

事故で親を亡くした身としては見過ごすことは出来ない。

「むうー……わかったよ。お兄ちゃんは心配性だなぁ。おっさんくさいぞー」

「妹が心配で十五分おきに電話をかけてきたり人前で屁をこくお前にだけは言われたくねえよ!」

「そりゃああんなに可愛い妹をもったら心配にもなるさね。お兄ちゃんだって可愛い小鳩ちゃんのことは心配っしょ?」

平然と言い放つケイト。こいつシスコンであることを隠さなくなったな……。
379 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:46:38.09
「まあ心配と言えば心配だけど、最近はあんまり手が掛からなくなってきてるからな」

「そういや中二病も治ったしねえ。ますます可愛くなってるよねえ」

「ああ、言われてみればそうだな」

これで一般受けが良くなって友達でもできてればいいのだが。

「まあ、うちのマリアの方が可愛いんだけどね!」

「……は?」

「なんだい? その反抗的な目は? なにか文句でもあるのかい?」

いや急にどうしたんだこいつという目なんだけど……。

「そんなに不満ならわたしのマリアとお兄ちゃんの小鳩ちゃん、どっちが世界一可愛い妹なのか決闘だ!」

「なんでそうなる……。そもそもそんな勝負どうやって決着つけんだよ」

「お互いの妹の最高に可愛い写真を見せ合って相手に認めさせた方が勝ちだ! さあ、写真をドローするんだお兄ちゃん!」

服のそこかしこからマリアの写真を取り出すケイト。

「妹の写真なんて普通持ち歩かねえよ!」

「じゃあ携帯で『どっちの妹が世界一可愛いか勝負してるから可愛い写真をソッコーで送ってくれ』ってメールを送るといいさね!」

「いや送らねえよ!?」

「そんな!? この流れだとわたしはほっぺにチューされるのに!!」

「その妹は間違いなくどこかおかしいぞ!?」

「うちの妹は全てにおいて正しい!」

「もう会話が成立してねえよ!」

バカなやりとりをしているうちに工場に着いた。

「じゃあお兄ちゃん、お互い仕事がんばろうさね」

「そうだな……お前のおかげで既に疲労困憊だけどな」

「気にしちゃだめよん」

そう言い残しケイトは飄々と去っていった。
380 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:47:15.67
ケイトと別れた俺は事務所に向かう。そこで人事部の人の居場所を聞き、そこに行く。

一通り挨拶と自己紹介を終えると、人事部の人の目線が俺の頭に留まる。

「あの、この髪の毛は染めたんじゃなくて……」

「それはいいから。姐さんの紹介らしいからね。オーナーから聞いてるよ」

どうやらこの辺り一帯では夜空の叔母さんは『姐さん』と呼ばれているらしい。結局人事部の人はそれ以上追求するようなまねはしなかった。いい人だ……。

「まあ頑張ってね」

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

その後、俺は基本的な仕事について指示を受けた。

俺の仕事は食堂での料理作りと昼間の人の作業着や仮眠室のシーツを洗ったりすることらしく、家事の延長のようなもので難なくこなせそうだった。
381 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:48:03.76
最初は食堂での仕事だ。着替えて厨房に入る。

俺を見ると中にいたパートのおばちゃん×3はギョッとしていたが、その後の仕事ぶりを見て警戒レベルを下げてくれたようだ。

真面目にやっていれば信用してくれる。おばちゃん達の様子はそんな思いを再確認させてくれた。

ひっきりなしにやってくるおっさん達(ケイト含む)の怒濤の注文をこなしているうちに、いつの間にか時間が過ぎていた。充実してるなぁ。

夜十時くらいになると、食堂もう閉めるので洗濯をするように、との指示が来た。

まずは集積所に行ってかき集めよう。

集積所にはボックスが二つあってその奥には四畳半程の和室っぽいスペースがあり、誰かが座って読書をしている。取り出そうと篭の前に立つと、とても綺麗な声が聞こえてきた。

「お疲れ様です。帽子は向かって右の篭、作業着は向かって左の篭に入れて下さい」

声の主は正面の和室にいる女性だった。その女性はとても可愛らしい顔をしていた。肌はつやつやで見るからに弾力がありそうだ。

髪は丁寧に手入れしているようで、キラキラのサラサラだ。襟の付いた上品な服をきており、整えられ乱れは全くない。まるで高貴な生まれの女性のようだ。

しかし、彼女は微動だにしない。本に目を落としたまま機械的にさっきの言葉を繰り返すばかりだ。

きっとあの本はファンシーなポエムか、高尚な誌のどちらかだろう。彼女の頭の中は美しいものだけで頭がいっぱいなのだろう。

読書に夢中になる女性というのはやはりとても魅力的なものだった。
382 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:48:38.07
しばらく呆然としていた俺だったが、バイト中だったことを思い出し慌てて仕事に戻る。

洗濯を終えたころには午前零時近くになっていた。

食堂は既に閉まっているのでこのまま帰って良いらしい。平日は今日と同じことをすればいいようだ。

一ヶ月間の短期のバイトとは言え、可能な限りとお願いしていたので月曜以外は全て入っている。

働いている人も人事部の人を筆頭にいい人そうだし、これなら頑張れそうだ。あんなに綺麗な人もいるし……。

家に着いた俺は風呂に入るとすぐにベッドに飛び込み眠りについた。
383 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:49:21.05
朝が来た。

授業は瞬く間に終わり、バイトの時間が来る。

今日も元気に働こう!

途中ケイトが食堂に顔を出したので、例の美人のことを聞いてみる。

「ああ、あの人は香織さんっていうんだ。この工場のアイドルってとこかな」

「そうか……香織さんか……なんて可憐な名前なんだ……」

「お、お兄ちゃん?」
384 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:50:03.57
次の日も俺は一生懸命働いた。

誰かのために食事を用意し、服を洗い、そして香織さんにお疲れ様と言ってもらう。

これが労働の喜びか!!
385 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:50:30.25
次の日も次の日もその次の日もというかずっと俺はバイトに精を出した。

いつの間にかもう二週間経っている。

残り半分とはいえ頑張ろう。こんな俺にも他の人と分け隔て無くお疲れ様と言ってくれる香織さんのために。
386 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:52:35.34


「もー! またダメなの!? なんでよもう!」

あたしはコントローラーを放り出す。

最近はゲームの中の可愛い女の子達と話をしててもいまいち気分が乗らない。

小鷹がバイトを始めて二週間ぐらい経つ。あいつはバイトばっかりしていてなかなか部活に顔を出さない。

何度か休み時間に小鷹のクラスに行ってみたけど、バイトで疲れているのかいつも寝ていた。

屋上を追われて一緒にお昼を過ごせなくなった今、あたしと小鷹が顔を合わすことはほとんど無いってのに……。夜空は同じクラスだから毎日会話してるみたいだけど。

思えば夜空がすっごい積極的になってるわよね。小鷹に抱きつかせたり一緒に写メ撮ったり……。

あたしも負けてらんないわ!

でも、どうしよう……もっと積極的に行った方が良いんだろうけど……もしそれが小鷹を傷つけることになっちゃったら……。

小鷹のトラウマはきっと根深いから迂闊なことはできない。

ああーもう! どうすればいいのよ!

……とにもかくにも、小鷹の近況を聞いてみようかしら。
387 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:54:08.07
「小鷹は香織さんを蝶よ花よと慈しんでいるらしい。最近話していてもあいつがするのは香織さんの話ばかりだ」

夜空に聞いてみると知らない女の名前が出てきた。

「誰よその香織って奴!」

っていうかなんなのよこの夜空の余裕っぷりは! あんた平気なの!?

「安心しろ、話を聞く限り香織さんは人ではない。ら、らぶどーると言うやつだ」

「は? らぶどーるってなによ?」

「そ、それはだな…………その…………」

顔を赤くしてもごもごと何事か呟いて俯いてしまう夜空。

「では理科が説明しましょう。ラブドールとはいわゆるダッチワイフで、金はあるけど女はいない高レベルの紳士達の必須アイテムです」

「だっちわいふ?」

「簡単に言うと、男性用オナニーグッズです」

「はぁ!?」

「いやー小鷹先輩はついに現実から逃避してしまったのですね。いくら理科でもラブドールで遊ぶ小鷹先輩には引きます」

実際理科はドン引いた表情をしている。
388 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:55:22.88
そんな理科を見た夜空がフォローする。

「いや、なんでもその工場では香織さんはマスコット的存在で恭しく飾られているらしい。それにどうせ小鷹の事だから機械音声なのに自分へ話しかけているのだと勘違いしているだけだろう」

「いくら残念な小鷹でもそんな勘違いは……」

……するか。東のヘヴンの前例があるし。

「でもそうだとしたら正気に戻してあげないといけませんね。前は放っておいたら悪化してしまいましたし」

「そうね。今度来たら説明してあげないとね」

「ああ、そうだな。しっかり現実もしくは地獄を見せてやらないとな」

満場一致で小鷹への処置が決定された。やっぱり夜空も快くは思ってなかったらしい。

部室にいるあたしたち三人は今完全にシンクロしていた。ちなみに幸村は旨将軍との決戦とやらで欠席している。
389 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:57:26.31
「ところで星奈先輩。そのゲームってもしかしてDevil Beats!ですか?」

「え? うん、そうだけど?」

「それって確か『二人でやるギャルゲー』という斬新なコンセプトを採用してるゲームですよね。一人だと絶対に攻略できないルートがあるとか」

「そうなのよ! 選択肢を選ぶ時間がめっちゃ短いうえにランダムでしかも連続で出てくるものを二つ同時になんてできっこないわよ!」

「では夜空先輩と一緒にやってみてはどうですか?」

そこで理科はチラリと夜空を見る。

「……それはどんな作品なんだ?」

「はい先輩、生前のトラウマを抱えて死んでも死にきれなかった高校生達が集うもうひとつの世界の学校が舞台で、その学校生活で報われた者や満足した者は卒業していくという設定です。
二人の主人公が皆と同じく学校生活をしながら仲間を卒業させていくというのがこの作品の主軸です。元はここ数年で一番尺の足りなさに泣かされたアニメで、
レギュラーキャラの半数以上が謎の卒業を遂げてしまうほど尺に困っていたようですが、ゲーム版でついにその謎が明らかになるということでとても注目度が高いようです。
唯一のネックはメーカーが大量の儲を抱え持つカギなので正確な評価は全くの未知数ということですかね。ここはエロゲーメーカーですが、この作品はエロくないので安心して下さい」

「そうなのか……よくわからんがいかがわしい内容ではないみたいだな。……よし、やるぞ肉。他にすることもないしな」

「わかったわ。じゃああんたはこっちの音有結弦ってのを操作しなさい。あたしはもう一人のヒュウガを担当するから」

「うむ、わかった」

「ちなみにヒュウガは小鷹先輩と声が激似です」

ギロリと睨んでくる夜空。

「そっ、そうなんだー。知らなかったなーあははー」

ごまかせごまかせ!

「……ふん、さっさと始めるぞ」

あれ、なんか拍子抜け。まあいっか。
390 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:58:11.95
カチカチとボタンを押してテキストを読み進めること数時間。
391 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 10:58:59.92
「「「ユウにゃん消えたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」

夜空はもとより、この展開を知っていたはずのあたしと理科まで絶叫していた。

画面には一人佇むヒュウガが映っている。今の今まですぐそこにユウにゃんがいたのに……。ぐすっ。

夜空は涙を滝のように流しながら口をぱくぱくさせている。

「なんだこれ…………なんで、なんで消えるのがわかっているのにヒュウガは結婚してやんよなんて言ったのだ……?」

「きっとあの二人はあの瞬間、確かに想いを伝えあって幸せだったのです……。たとえこの世界での幸せはその瞬間にしかなくても、そうすることを選んだのです」

「そんな……そんなのって……」

あたしたちはしばらく呆然としていた。
392 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 11:00:12.92
「想いを伝える、って大切ですよね」

夜空がようやく泣き止んだところで理科がポツリと呟く。

「そうだな……」

「いつまでも茶番を続ける訳にもいきませんしね……」

「……ああ」

「……わかってるわよ、そんなこと」

そう、友達が欲しいなんてのは理由にならない。すくなくともここにいる三人はもう友達作りが目的じゃない。

だってあたしたちはとっくに……。
393 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 11:00:55.11

日曜日。

意気揚々と工場に向かう。さあ、今日も一日楽しい労働の時間だ!

着替えを済ませ、厨房に入る。

「おはようございます!」

いつものように元気よくパートのおばちゃん×3に挨拶をする。

「はん、よくものこのこ顔を出せたモンだね」

しかし、返ってきたのは怯えるような視線と軽蔑するような台詞だった。

「ど、どうしたんですか?」

俺の問いには答えず、とりつく島もないふうに厨房から追い出されてしまう。
394 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 11:03:02.34
未だなにが起こっているのか頭が追いつかない。そこで少し遠くに人事部の人が見えた。とりあえずあの人に聞いてみよう。

俺が近づいてきたことに気がつくと、人事部の人はチッと舌打ちをして俺に言う。

「だから嫌だったんだよ、君みたいのを雇うのは。姐さんの頼みらしいからしょうがなく受け入れたけどさ」

「えっ!?」

「え、じゃないよ全く。他の従業員を殴ったあげく金まで脅し取ろうとするなんて、恩知らずもいいところだよ」

何を言っているんだこの人は?

「そんな! 俺じゃないです!」

「犯人は皆同じ事言うよ。現に被害者も目撃者もいるしさ」

人事部の人は、後ろを歩いていた眼帯をして顔中に包帯を巻いた真面目そうな高校生ぐらいの男と同じく真面目そうな高校生っぽい男を指さす。

その二人は俺の髪の毛を見ると、「確かにあんな髪の毛でした。背格好も似てるし」と言う。犯行時刻も俺が退勤した時間とかぶるらしい。

「ほらね。君達、もう行って良いよ」

二人の高校生はすごすごと去っていく。

「こんなのっておかしいです! 俺がやったって言うのはあの二人だけなんだし、証拠だって無いじゃないですか!」

そこで人事部の人は冷たい目をして、ふぅと溜息をつく。

「証拠なんてね、必要ないんだよ」

「!!」

「君がそんな見た目をしているって時点で疑われてもしかたがないんだ。悪ぶりたくてそんな頭にしてんだろ? だったらそういうことも受け入れなきゃ」

甘えんなよ、と言い捨てる。

「だから俺はハーフで

「はいはい、もういいから。正直君みたいに人生舐めてる奴とは会話もしたくないんだよ。今日までの給料は出してやるから、二度とここに近づかないでね」

ばしっと茶色い封筒を投げつけられる。そして人事部の人は振り返らずに去っていった。
395 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 11:05:08.89
工場を追い出された俺はあてもなく街を彷徨い、気付いたら昔夜空と遊んでいた公園に行き着いていた。いつのまにか陽が落ちかけている。

こんな理不尽な話ってあるかよ……。

ブランコでゆらゆら揺れながら思う。身が切れるような寒さだったが、そんなことももうどうでもいい。

せめて食堂のおばちゃん達には信じて欲しかった。だけど弁明の余地すらなかった。

俺が、こんな見た目だから。

……もう怒る気力もない。

俺は母さんとの絆である髪の毛を染める気はない。

だから、もう期待しない。もう勘違いしない。それだけで全て解決する。

おばちゃん達と仲良くなったのも人事部の人に気に入られていたのも、結局は幻想で、勘違いだった。

香織さんだってただの人形と機械音声だって事もわかってる。

誰も、俺の事なんて好きにならない。俺の想いはいつだって報われない。

それでもいい。そんなの、わかっているから。

俺はどこを見るともなくただただブランコに揺られていた。

ああ、夜空に会いてえな……。
396 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 11:07:11.45
「小鷹!」

ふと今一番聞きたい声が聞こえた気がした。ぼんやりと辺りを見回す。陽は既に完全に落ちていて、真っ暗だ。

ついに幻聴まで聞き始めたか。

いよいよ俺もどうしようもねえな、と思ったところで頬をはたかれる。

「小鷹!!」

急に焦点が会い、目の前に夜空が現れた。

「夜空か……。どうしたんだ?」

「どうしたんだ、じゃないバカ小鷹! こんなところにいたら風邪引くぞ!」

夜空は自分がしていた手袋やマフラーを俺に着ける。

「ああ、そうだな。でもいいんだ。もうバイトはクビになったし」

「そういうことを言っているんじゃない!」

もう一度頬をはたかれる。そして夜空はいきなり俺を抱きしめる。

「よ、夜空?」

「なにが起きたかは知っている。叔母が激怒していたから何事かと思って聞いてみたのだ……。どう考えても小鷹は全く悪くない。犯人だって直ぐに見つけ出すと叔母が言っていた」

「そっか」

「だからな、小鷹。そんなに落ち込むことはないんだ。悪いのはみんなあいつらなんだから」

「いや、俺にも非はある。性懲りもなくまた勘違いしてたんだからな。誰からも好かれることのない俺が、気に入られてるだなんて」

「!!」
397 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 11:07:56.20
夜空は俺から離れると、思いっきりグーで殴りつけ、

「このバカ小鷹!」

そう叫ぶと、再び俺を強く抱きしめる。

「だったら私のこの気持ちは一体なんだというのだ!? こんなにも……こんなにも小鷹の事が好きなのに!」

「はっ!?」

夜空の予想外の行動の連続に理解が追いつかない。

「……信じられないのか? だったら、全部説明してやる。 全部、最初からな!」
398 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 11:09:40.80
一度深呼吸し、夜空は俺にしがみついたまま、自分を落ち着けるようにゆったりとした口調で話し始めた。

「小鷹が転校してきてから私はずっと、どうすればソラとタカの関係に戻れるかを考えていた。タカさえいれば良かった。タカをひとりじめしたかった。
だから隣人部なんて得体の知れない部活を作って、二人きりの時間を作ろうとした。わざと部員が集まらないようなポスターも作った」

その声は、いつも喋っているときのようなどこか陰鬱な声ではなかった。

「でも予想外に部員がだんだん増えてきて、小鷹が他の誰かと仲良くなるのを見ているのは辛かった。嫌だった。……でも、あるとき気がついたのだ。
私は、私の他に小鷹に仲の良い誰かができるのが嫌だったんじゃなくて、他の女と仲良くしているのが嫌だったんだ。
そして、十年前のあの日、私が女だって言うことを明かそうとしたのは、友情としての好きよりも愛情としての好きの方が大きくなっていたからだって事にも気がついた」

とても澄んだ声で発される言葉一つひとつが、胸に染みこんでくる。

染みこんだ言葉が、心臓の鼓動を早くする。それはとても苦しくて、けれどそれ以上に何かが満たされていくような感覚。

「つまり、私は十年前からずっとタカのことが、小鷹の事が好きだった!」

俺の胸の高鳴りに合わせるように、夜空の声にも熱がこもる。
399 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 11:11:22.48
「夏休み明けの日、小鷹は私のことをなんて呼べばいいのかと聞いたな。『これまでどおり夜空』と答えたのは、私たちはもうソラとタカに戻れないんじゃなくて、
私はもうソラとタカの関係なんて嫌だったんだ! だって、小鷹が好きだから! 親友としてのソラとタカの関係に戻るんじゃなくて、恋人としての夜空と小鷹の関係になりたかったから!」

「夜空……」

「私は、小鷹が好きだ! どんなときも! 誰よりも!! もし私が十年前小鷹と出会っていなかったとしても、
もし私が小鷹以外の男の知り合いがいないコミュ障のぼっちじゃなかったとしても、必ず好きになっていたと思えるほどに好きだ!
信じないというなら、信じるまで何度だって言ってやるからな!」

高揚した様子で一息に想いをぶつけてくる夜空。その眼には、今にも零れそうなほど涙が溜まっていた。

……何で俺は夜空にこんな顔をさせてんだ?

夜空の笑顔を見たくて、夜空に笑顔でいて欲しいと思っていたはずなのに。
400 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 11:12:23.29
「悪かった、夜空。夜空の気持ちはわかった。すげえ、伝わってきた」

これ以上ないほどに、伝わってきた。

「そうか。……よかった」

眼に溜まっていた涙を袖で拭い、にっと笑う。その笑顔を見て、肋骨を折りそうなくらいに鼓動が強くなった。

覚悟を決める。

もう、疑う必要も、迷う必要もない。

「夜空」

言わなきゃ、いけないことがある。
401 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 11:13:53.53
「俺は

「ちょっ、ちょっと待て小鷹!!」

「えっ!?」

一世一代の決心をした俺の言葉にかぶせるように止めに入る夜空。

「こっ、小鷹も急な事で戸惑っているだろうなにせお前はとんでもなく鈍感でどうしようもなく鈍感でそげぶの人並みに鈍感な恋愛初心者だもんないや別に私は初心者じゃないと言っている訳ではないぞむしろ小鷹よりも初心者だからななんてったってお前が初恋の人で今もその恋は絶賛継続中なんだから経験豊かなスれたビッチとか誤解なんてしないでほしいというかなんというか、ともかく!」

一気にまくし立てる夜空。

「へ、返事は明日でいいぞ。べ、別に私の気持ちは伝えられたんだから嫌ならもちろん断っても構わないぞ。いや構うけどまぁ私は小鷹がなんて言うかなんてお見通しだからな! とにかく、よく考えてくれ!」

自信満々な笑顔で言いつつも、怯えているような、悲しんでいるような表情をしてそんなことを言う。

「じゃあな!」

夜空は言い捨てると、俺があっけにとられている間に走りだした。

「夜空!?」

公園の入り口まで行くと、そこで振り返る。

「明日。明日の放課後、答えを聞かせて」

そう言って今度こそ振り返らずに走り去った。

俺は、その背中を見えなくなるまで見つめていた。





つづく
408 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:17:31.05
最終話「あたし達はまだ友達が少ない」



誰もいない部室のソファで、俺は昨日の事を考えていた。

思い出の公園で、夜空から聞いた本当の気持ち。本物の想い。あの時、夜空が発した言葉、取った仕草、その全部が胸に突き刺さる。

そして何より、夜空にあんな表情をさせてしまったという事が胸をしめつけていた。

自信満々なようで怯えているような、笑っているようで悲しんでいるような表情。

夜空にあんな表情をして欲しくない、させたくない事なんて前からわかっていたはずなのに。

そう思う理由なんて、一つしかないのに。

やっぱ、夜空の事が好きなんだな。きっと、誰よりも。

「はぁ……、馬鹿だ、俺は」

こんなに簡単で、こんなに大切な事を、ずっと待っていてくれた人に直ぐに伝えられないなんて。

こんなに簡単で、こんなに大切な事を、大好きな人に伝えていないなんて……。

「おなやみごとですか、あにき」

「うわっ!」

すぐ後ろに幸村が立っていた。相変わらず気配を感じない奴だ……。
409 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:19:11.16
「幸村か……一体いつの間に部室に入ってきたんだ?」

「はじめからおりましたが……」

傷ついたふうな表情で言う。

「そ、そっか、悪かったな、気付かなくて。ちょっと考え事しててな」

「いえ、それはよいのです。……あにき……その……」

珍しく幸村が何かためらっていると、部室にあるロッカーがいきなり音を立て始め、やがて静かになりゆっくりと扉が開いた。

「理科もいますよ、小鷹先輩。ひどいですよ先輩、気付かないなんて」

「それは俺に非はないだろ……。というか、一体何でそんなところに入ってたんだ?」

「え? 先輩の観察に決まってるじゃないですか。もう、わかってるくせにー」

あれ? なんか理科もテンション低い? ……気のせいかな。とりあえずいつもの調子でツッコミをいれておこう。

えーと、

「そんなもんわかるか! というか観察なんてしなくていい!」

こんな感じか。

「だって先輩ったら死んだヤンキーのような目をして入ってきたと思ったら、理科や幸村くんには目もくれずソファにまっしぐらだったんですよ?
これは何かあったんだな、って理科でもわかりますよ。……今だってなんか無理してますし」

「だからってロッカーに隠れる事はないだろ……。ってか何かあったと言えば、理科も何かあったのか? なんか様子がおかしいけど」

俺が聞くと、理科は俯いて呟く。

「……やっぱりこういうトコだけは気付いてくれちゃうんですねこの人は」

「理科?」

呼びかけても答えない。表情は俯いていてよくわからないが、よく見ると肩が少し震えている。……もしかして、泣いてる?

どうしようかとあたふたしていたら、黙っていた幸村が意を決したように口を開いた。

「あにき、おなやみごととはよぞらのあねごのことでしょうか」
410 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:19:58.17
「っ!」

なんでそれを!? もしかしてまた、

「口に出してましたよ、先輩」

「……全部?」

「全部ではないと思いますけど、大体何があったかはわかるくらいには」

「マジか……」

部室が沈黙に包まれる。
411 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:21:34.55
この沈黙を破ったのは、幸村だった。

「あにき、……わたくしはあにきをおしたいしております。たとえあにきがよぞらのあねごの想いにこたえようとも、
わたくしの想いはかわりませぬ」

いつもより声のトーンが低く、幸村らしくない喋り方で言葉を続ける。

「なぜなら、いぜんお伝えしたとおり、わたくしはあにきのちゅうじつなしゃていであり、よきりんじんなのですから」

理科がはっとした表情になる。

「幸村くん! それで、本当にそれでいいの!?」

幸村は微笑んだ後、今度ははっきりとした口調で言う。

「おきづかいいたみいります、りかどの。ですが、あにきの幸せはわたくしの幸せでもあるのです。これが、わたくしのこたえなのです」

喋り終わると、一度深呼吸して荷物を持った。

「それではあにき、りかどの、しばしのあいだ、わたくしはせきをはずします」

執事服の少女は、優雅に一礼して部室を去っていった。
412 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:22:19.19
しばらくして、理科が口を開く。

「……先輩、何か飲みますか?」

「……頼む」

「じゃそこに座ってて下さい。持ってきますから」

「……サンキュ」

後ろでカチャカチャと食器が鳴る。

「先輩は、どうするんですか?」

「……なにがだ?」

「夜空先輩のことに決まってるじゃないですか。告白されたんですよね?」

「あぁ、された。というか、させてしまった」

俺は昨日あった事をぽつぽつと話す。

答えは決まり切っているが、話す事でもう一度整理したかったのかも知れない。

話している間、理科はずっと黙っていた。
413 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:22:56.52
「……そうですか、あの夜空先輩が……。それで、答えはもう決めたんですよね?」

「あぁ、俺は

「待って! ……待って下さい」

理科の気配が俺のすぐ後ろにまで近づいてくる。

「先輩、答えを聞く前に一つお願いがあります」

「なんだ?」

振り向くと息が掛かるほどすぐ近くに理科の顔があった。

「理科と、キスして下さい」

そして、キスをされた。
414 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:24:10.15
「!?」

慌てて振りほどこうとするも、首だけで振り向いたのでガッチリホールドされてしまっては動く事もままならない。

俺の抵抗を間にあるソファをうまく使って阻止してくる。

「……ぷはぁっ」

理科の唇がやっと離れる。

「理科! お前何してっ

「先輩には言葉で言っても伝わらなそうなので、まず行動に移してみました」

「だからってこんなっ

口で口を塞がれる。

「うるさいです。先輩は馬鹿です。最低です」

顔を押さえている手から震えが伝わってくる。

「理科だって……! 理科だって先輩の事が好きなんですよ!? それなのに夜空が夜空がってどんだけデリカシーないんですか!
……先輩の鈍さは酷過ぎます! 理科は初めから言ってたじゃないですかっ! 先輩の事が好きだって! ほ乳類に興味を持ったのは初めてだって!
夜空先輩よりもずっと前から言ってたのに! それなのに……それなのにこんな……こんなのって!」

至近距離で想いをぶつけられる。……だけど、俺はそれに応える事は出来ない。

「理科……すまん、悪かった。だけど俺は」

言い終わる前にグイッとさっきよりも乱暴に締め上げられ、また唇が重ねられる。そして理科は舌をねじこんでくる。

俺は必死に抵抗するが理科も執拗に攻めてくる。ぬちゃぬちゃと動き回る舌。

動きがいっそう烈しくなり、脳の奥がじんじんしてきたとき、ガチャリとドアが開く音がした。

「こ、こだ……か?」

そには夜空が立っていた。
415 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:24:57.91
理科が驚いて手を離した隙を突いて、ばっと離れる。

「夜空! これはちがっ!」

肩にかけていた鞄が落ち、夜空の目から涙が零れる。

「小鷹……これが、小鷹の答えなのか?」

そういって、夜空は微笑んだ。泣きながら、微笑んだ。

「夜空!」

「先輩、違うんです!理科はこんなつもりじゃ

「ききたくない!」

夜空は目と耳を塞ぎ叫ぶ。目からは滂沱と涙が流れている。そして、乱暴にドアを閉め駆けだそうとした。

「夜空、待ってくれ!」

反射的ドアを開け追いかけるが、待ち構えていた夜空の蹴りがみぞおちに直撃する。

あまりの激痛にうずくまり、痛みを堪えて顔を上げたときには夜空の姿はもうどこにもなかった。
416 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:27:21.52
夜空を泣かせてしまった。また、泣かせてしまった。

強烈な自己嫌悪がこみ上げてくる。

追いかけろ! まだ間に合う! …………けど、追いついてどうするんだ? あんな所見られたんだぞ? 嫌われたに決まっている。

「違う……誤解なんだ……」

どこにもいない夜空に呟く。

部室には理科の嗚咽だけが響いていた。
417 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:27:55.24
呆然としていると、星奈と幸村が駆け込んできた。

「一体何があったの!? 夜空が泣きながら走ってったけど!?」

「星奈先輩……理科が、理科のせいなんです」

理科が事の顛末を説明する。

俺はそれをただ聞いていた。

何も考えられない。何も考えたくない。

夜空……。
418 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:29:26.29
「なるほどね……。それであそこのヘタレは魂飛ばしてんのね」

「あにき……」

「理科が悪いんです。先輩に責任はありません!」

「確かに理科、あんたが悪いわ。いくらなんでもやり過ぎ。……気持ちは痛いぐらいわかるけどね」

言いながら星奈が俺に近づいてくる。

「でも、一番悪いのはこのヘタレよ!」

叫びながら蹴りを入れてくる。

「うごっ!」

「あんた、そこで何してんの? なんで追いかけないの?」

「……追いかけてどうすんだよ。あんな誤解されて」

「誤解なら解けばいいじゃない! 会って、説明して! さっきは逃げちゃったけど、夜空はあんたのこと待ってるわ!」

「俺だって……俺だって追いかけてえよ。……だけど! また傷つけたらどうすんだよ! きっともう俺の顔なんて見たくもねえよ!」

「この……バカ小鷹!」

思い切り頬をはたかれる。

「小鷹、夜空はなんで逃げ出したかわかってんの?」

「……」

「追いかけてきて欲しいからに決まってんでしょ! もしあんたのこと諦めたんなら、逃げないでその場で終わらせてたわ。夜空はそういう奴よ。
でも、あいつは逃げた! 目の前の光景を受け入れようとしなかった! それだけあんたの事が好きって事じゃない!」

涙目で怒鳴る星奈。

「なんでそんなこと

「なんでわかるのかって? はん、ほんっとバカね! そんなの、私も夜空と同じ気持ちだからに決まってんじゃない! 私も、あんたの事が好きなの!」

「せ、星奈!?」
419 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:31:10.87
「……やっぱ気付いてなかったのねこのヘタレプリンは。……前に、あんたの昔の話聞かせて貰ったよね。あんたが人の好意に鈍くなった理由。あんたのトラウマ。夜空にはそのこと話したの?」

急な話の変化についていけないながらも、何とか答える。

「い、いや、話してないけど……」

「……さすが夜空ね。小鷹のトラウマを飛び越えて想いを伝えちゃうんだから……」

星奈が悲しげに呟く。

「あたしはその話を聞いてからずっと、どんなふうに言えば、どんな事をすれば伝わるか、気持ちを受け止めてくれるか考えてたわ。
もしそれが受け入れられなくても、まず受け止めて、心の底から信じてもらわなきゃだからね。でも、どうすればいいかわからなかった……。考えても考えても、わからなかったのよ」

「星奈先輩……」

「あねご……」

「だけど、夜空はあんたに想いを伝えた。伝えきった。そしてあんたはそれを受け止め、受け入れ、応えようとしてる。夜空の本気さが、必死さがそうさせた。
……きっと夜空の事があんたのトラウマを壊してなかったら、さっきあたしが言っことも信じてもらえなかったんでしょうね」

呆れたような、諦めたような表情に万感の想いがこもっている。
420 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:33:06.52
「……すまん、星奈。そんなに辛い思いをさせてたなんて……」

「うっさい。そんな言葉は聞きたくないわ」

すげなく言い放つ星奈。

「小鷹。もう一度言うわよ。私はあんたの事が好き。誰よりも好き。どうしようもなく鈍くてアホなあんたが好き。きっと夜空にも負けないくらい……ううん、夜空よりもずっとずっと小鷹のことが好き。
だから、……だから、夜空なんかやめてあたしと付き合って! あたしを……あたしを小鷹の彼女にして!」

きっ、と俺を睨むように見据えて思いのたけをぶつけてくる。

「星奈……星奈の気持ちはすっげぇ嬉しい。こんなに自分の事を好きになってくれる人がいるなんて、幸せだと思う。
けど、だけど、やっぱ夜空じゃなきゃ駄目なんだ。……夜空が好きなんだ。……ごめん」

「……ふんっ、わかってるわよそんなこと。……理科はどうすんの?」

星奈の言葉を受けて、理科が一歩前に出る。

「小鷹先輩、理科の気持ちはさっき言いました。なので、答えだけ下さい。……もう遮ったりしませんから、一言でお願いします」

「理科も……ごめん」

「わかりました。……先程はすみませんでした。謝ってもどうにもならないかもですけど、すみませんでした」

「……いいんだ、鈍い俺が悪いんだから。でも、もうやめてくれ」

「はい……ごめんなさい」

「幸村は?」

星奈が促す。

幸村は微笑みながら何も言わずに首を横に振った。

「そっか……。わかったわ」
421 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:35:46.51
重くなった空気を払拭するように、星奈が明るい声を出す。

「はいはい! これでやんなきゃいけない事はあと一つね! 夜空を探すわよ!」

「星奈!?」

「ふふん、あんた達はヘタレだから、神であるこのあたしが手伝ってあげるって言ってんのよ! 感謝しなさい!」

「もちろん、わたくしも」

「理科もお手伝いさせていただきます。先輩方にご迷惑をお掛けしてしまったので」

「星奈……幸村、理科、ありがとう」

「そんじゃ、あたしの指示に従いなさい。夜空の鞄はここにあるわ。つまり、鍵っ子である夜空は家に帰れない。だから、まだあいつは校内のどこかにいる。
まず、幸村は校門を抑えつつ、目撃情報を集めて。もし情報が得られたらあたしと小鷹に連絡すること。
理科は小鷹じゃ入れないところを探して。トイレとか、更衣室とか。あたしは夜空の鞄を確保しつつ、礼拝堂を中心に探していくわ」

「たしかに、うけたまわりました」

「わかりました!」

駆け出す二人の背中に声をかける。

「頼む、二人とも」

「はい、あにき!」

「任せて下さい!」

幸村と理科は勢いよく飛び出していった。
422 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:36:32.68
「小鷹、あんたは校内全部探しなさい。そして絶対に会って話す事。それがあんたの責任」

「わかってる」

ドアの方を向き走り出そうとする。

と、後ろから星奈に抱きしめられる。

「小鷹、夜空は絶対見つかる。あたしが保証するわ。だから、諦めないで頑張んなさい」

「……あぁ」

しばらくして、ためらいがちに星奈が離れる。

「ありがとう、星奈」

俺は振り向かずに走り出す。

「行け! 小鷹!」

星奈の声の後押しが、とても心強かった。
423 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:43:06.16
小鷹が振り向きもせずに走っていく。

「小鷹…………うぅっ」

っだめだめ! まだ泣いちゃダメ。

応援するって、決めたんだから。

「……まだやらなきゃいけない事もあるしね」

夜空の鞄をドアから出来るだけ遠い場所に置き、部屋の電気を消して隠れる。

あいつは必ずここに戻ってくる来る。あたしはそう確信していた。
424 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:44:12.39
しばらくして、ドアがゆっくりと開き夜空が入ってきた。

ぐるりと部室を見渡し、誰もいない事を確かめている。

鞄に注意を引かれている隙を突いて、後ろに回り込み、ドアの鍵を閉め電気をぱっと付けた。

「っ!?」

驚いた夜空が振り向く。

「うわっ! あんた鼻水くらい拭きなさいよ!?」

夜空の顔は涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃだった。

「に……にく」

「あぁもう、ほら、とりあえずこれで拭きなさい」

ハンカチを渡してやる。

「……あぁ」

夜空はためらいがちに受け取る。

チーン

遠慮無く鼻をかみやがった……。
425 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:46:06.13
「夜空、あんたとは一度ちゃんと話をしとかなきゃって思ってたのよね」

「なにをだ」

「小鷹の事に決まってんでしょ」

「……私は話す事など何もない。……もう、なくなってしまったんだ」

そういって夜空はまた泣き出してしまった。

落ち着くのを待って、夜空に問いかける。

「……あんたまさか、小鷹があんたのこと好きじゃないとか思ってんの?」

「だって、こだかはりかと……」

「はぁ、あんたら二人とも本当にバカね。……バカ同士、お似合いだわ。夜空、あんた小鷹の気持ち聞いたの? ちゃんと答えを聞いたの?」

「……きいてない。でも

「でもじゃない! なんで決めつけてるのよ!? あんたホントに小鷹のこと好きなの!? そんな中途半端な気持ちだったの!? だったらあたしが貰ってもいいわよね!?」

夜空の顔がさっと怒りに染まる。
426 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:48:54.10
「っ中途半端なんかじゃない! 私は小鷹のことが本当に好きだ! 死ぬほど好きだ! 貴様にも、他の誰にも渡すものか! 誰にも渡さないし諦めるつもりもない!
……だけど、……だけど怖いんだ。あんな光景を見てしまって、もし小鷹が理科の事が好きだったらと思うと……怖くて堪らないんだ……」

「……はぁ、小鷹だけじゃなくてあんたも相当鈍いのね。いい? 夜空。あんたが小鷹の事好きだってのはもちろん前々からわかってたわ。あのヘタレ以外は全員ね。
そして、小鷹があんたのこと好きだってのも、みんなわかってるわ。あんた以外はね」

「っ!?」

「正直、冬休みくらいまではあたしが勝ってると思ってたわよ。……でもね、気付いちゃったのよ。小鷹はあんたの事を一番見てるって。
あんたがいないときの小鷹はなんとなく元気ないし、本人に自覚は無いんでしょうけど部室でもわざわざあんたの近くを選んで座ってるし」

「そうだったのか……?」

「それになにより、あんたの不機嫌一色の表情からもちゃんと本心を見抜いてたわ。そんなことできるのはあたしだけだと思ってたのに」

「肉……」

「あたしは小鷹の気持ちを知ってた。でもね、それでも諦めずに小鷹に気持ちを伝えて、好きって言って、ちゃんと答えを貰ったわ。もちろん振られたけどね。
だからね、自信を持ちなさい、夜空。なんてったって、このあたしを振ってまであんたを選んだんだから」

「…………わかった」

「よし。じゃあ、今度はあんたが小鷹を追いかける番よ」

「あぁ。…………なんでこんな事してくれるんだ? 私は憎い恋敵だろうに」

「確かに恋敵だけど……憎いと言うより、そんな質問された事自体が一番ムカつくわね。……まぁついでだし、小鷹と一緒でどうしようもなく鈍くてアホなあんたにも教えてあげるわ」

……こんな事、わざわざ言わせないでよ。

「そんなの、友達だからに決まってんじゃない。あんたはあたしの最初の友達。友達の恋は応援したいじゃない」

「なっ!? 私なんかが、本当に友達でいいのか!? …………嬉しい」

もじもじしながら耳まで真っ赤にして照れる夜空。

「あぁもう、ホントに中身は乙女なんだから……ペロペロしたいわ……」

じゅるり。

「……って、こんな事してる場合じゃなかったわね。ほら、行きなさい! 見つけたら連絡しなさいよ!」

「わ、わかった……ありがとう」

勢いよく走り出す夜空。

「行け! 夜空!」

小鷹と同じように送り出し、夜空が見えなくなるまで見送りつづけた。
427 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:50:56.37
「ふふっ、あんなに必死に走っちゃって。そんなに急がなくてもあんたは大丈夫だっての」

小鷹が必死で探してくれているからね。

「さてと、あとはあいつらに連絡して終わりね」

そう、連絡したらあたしの出番は終わり。

もう、舞台には上がれない。

鞄から携帯を取り出す。

小鷹に買ってもらったお守りのストラップが付いた携帯。

恋愛成就のお守りが付いた携帯。

「……御利益、なかったね……小鷹」
428 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:51:53.00
これは、もう外さなきゃいけない物。

そう思って紐をほどこうとする。

落とさないようにって、小鷹がきつく結んでくれた紐。

すごく固くて、全然ほどけない。

「だめ……ほどけない……ほどけないよ……こだか…………うぅ…………あたしを……選んでよ……」

もう、泣いてもいいよね?

「うぅっ……こだか……こだかぁ、こだかああああああああああああああああっ」
429 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:58:41.29
「夜空!」

叫びながら教室の扉を開け、隠れられそうな場所を調べる。…………いない。次!

同じ事を隣の教室でも繰り返す。もう既に鍵の開いている部屋は一通り探した。

ずっと走り回っていたのでかなり疲れているが、少し休もうとしても、逸る気持ちを抑えられずに直ぐに駆け出してしまう。

この階で五つ目の教室を調べ終わったところで、携帯を確認する。

星奈から『夜空はそっちの校舎にいるみたい。しっかり捕まえて逃がすんじゃないわよ』というメールが来ていた。

……よし、次に行こう!
430 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 12:59:40.85
教室を飛び出そうとすると、

「小鷹!」

「!?」

突然、夜空の声がした。声がした方を向くと、教室の反対側の出入り口のところに夜空が立っていた。

「夜空!」

思わず駆け寄って抱きしめる。

「こ、小鷹!?」

身じろぎして離れようとする夜空。

離してたまるか!

腕に力を込めると、やがて大人しくなった。
431 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 13:01:28.01
「夜空! 聞いてくれ! さっきのは

「いい、わかってる」

俺の言葉を遮り、背中に腕を回しそっと抱きしめてくる。

「それはいいから、答えを聞かせてくれ」

「……わかった」

抱きしめ合ったまま、俺は夜空に言う。

「俺は、夜空が好きだ。昨日夜空に言われた通りよく考えた。でも、よく考えたら考えるまでもなく夜空の事が好きだったんだ。
強がりで、無愛想で、口が悪くて、でも本当は、とても臆病で寂しがり屋で優しい女の子な夜空の事が好きだったんだ。守りたいって思ったんだ。
転校してきて初めて話した日に見たあの笑顔を俺に、俺だけに向けて欲しいって思ったんだ。
いつでも、いつまでも傍にいたい、隣にて欲しい。夜空がこの気持ちに気付かせてくれた。だから、付き合って欲しい。……俺の恋人になってくれ」

「……本当に私なんかでいいのか?」

上目遣いで窺うように聞いてくる。

「夜空がいい。夜空じゃなきゃだめだ」

俺がそう言うと夜空は俺の胸に額を押し付け、いっそう強く抱きしめてくる。

「……嬉しい。私も小鷹がいい。小鷹じゃなきゃだめだ」

「夜空……」

どちらからともなく腕を解き、少し離れる。俺は夜空の肩を掴み、正面から見つめ合う。

そして……、

鳩尾に膝蹴りが飛んできた。
432 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 13:02:26.36
「なっ、よ、よぞっ」

床をのたうち回る俺。

「ふんっ、他の奴とキスなんかするからだ、バカめ」

口を尖らせてそっぽを向く夜空に、死力を尽くして抗議の言葉をひねり出す。

「さっ……き、そ……れは、いいって」

「後でいい、と言う意味だ。許した訳じゃない」

なんてことだ……俺はとんでもない奴を彼女にしてしまったのかも知れない。もちろんそれでも好きだけど。

「許してほしいか?」

俺にのしかかり、尊大に見下ろしながら聞いてくる。い、息が……。

「っ……」

「答えないか」

答えられないんです。

「なら、こうしてやる」

直後、寄り添うように体勢を変え、唇を合わせてくる。

「んぅ、……はぁっ」

息継ぎをしながら、唇を重ね、舌を絡める。

何度も、何度も。
433 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 13:03:35.06
どれくらいそうしていたか、いつのまにか鳩尾の痛みはすっかり引いていた。

俺が上体を起こすと、夜空がもたれるように肩をよせてくる。

「夜空……ごめんな」

頭を撫でながら言う。

「ん」

どうやら許してくれたようだ。

っと、星奈と理科に連絡しなきゃな。

携帯を取り出すと、また星奈からメールが来ていた。内容は『無事見つけたみたいだからあたしたちは帰る』というものだった。

「……実は、肉に協力して貰ったのだ」

覗き込むようにして見ていた夜空が言い、事のあらましを説明する。俺に声をかける前に、星奈にメールを送っていたらしい。

「そうか……星奈が……」

それきり夜空は黙ってしまい、しばらく無言でお互いの温もりを感じ合っていた。
434 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 13:05:31.27
「くしゅん」

と、夜空がくしゃみをする。

今気付いたが、夜空は上に来ているのはワイシャツだけだった。夜空も全力で走ってきていたらしく、そのときの汗が冷えてきたようだ。

途中で走るのに邪魔になって、ブレザーとカーディガンは脱ぎ捨ててきたらしい。

よく考えれば今は真冬で、寒いのは当たり前だ。さっきまではピッタリと身を寄せ合っていたので気付かなかった。

風邪を引くといけないので俺のブレザーを着せてやる。

「汗くさい」

「返せ」

口ではそんなこと言いつつもしっかりと着込んでいる夜空を見て可愛いと思ってしまう俺はもうどうしようもない。
435 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 13:07:11.86

「まぁいいか。そろそろ行くぞ。鞄は?」

「部室」

「んじゃそっち寄ってこう。服も回収しなきゃいけないしな」

と言って立ち上がる俺の袖を夜空が掴む。

「待って……」

「どうした?」

「腰が……抜けた」

頬を赤らめ、俯いたままの夜空。……うん、これは俺でも分かる。

あまりにも不器用なお願いに思わず微笑んでしまう。

「じゃ、こうするか」

夜空を抱えるようにして持つ。俗に言う、お姫様だっこというものだ。

「……やればできるじゃないか」

心底意外そうに呟く夜空。

「夜空の事だからな」

「なっ、バカ!」

照れて暴れ出す夜空。

「ちょっ、暴れるな! 大人しくしろ!」

なんてじゃれ合いながら部室に向かう俺たちだった。

後日、その光景を誰かに見られていたのか『羽瀬川小鷹が抵抗する三日月夜空を無理矢理どこかに連れ去っていた』という噂が学年中どころか職員室にまで吹き荒んだ。

しかし教師陣も怖がって誰も確認しにすら来なかった。

いや、そこは頑張れよ。
436 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 13:08:30.93

次の日の放課後。

あたしが部室に着くと小鷹と夜空は隣人部のみんなに付き合い始めた事を報告した。

「えええええぇぇえぇぇえぇ!? お兄ちゃんうんこ夜空と付き合い始めたのか!? って付き合うって何にだ!? トイレか!?
連れション仲間になったのか!? スゴイのだ!! ワタシも連れション仲間になりたいのだ!!」

と、マリアは間違った方向に驚き、

小鳩ちゃんは

「あんちゃん、夜空ねぇちゃん、おめでとう。うちも嬉しい」

と素直に喜んでいた。
437 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 13:10:18.04
「って夜空ねぇちゃん!? なんでそんな呼び方!? ずりゅいいぃぃぃぃぃぃ! あたしの事もおねぇちゃんって呼んでぇぇぇぇぇぇぇ!」

「や! こっちくんな! 肉!」

「あふぅぅぅんっ! 小鳩ちゃんがあだ名で呼んでくれたわ! あたしの事をあだ名で呼んでくれたよぅ!」

おもわず感極まってむせび泣く。

「あんちゃぁぁぁぁぁん!」

「二人とも落ち着け」

という小鷹の声が聞こえた気がした。落ち着いていられるか! アホ!

と、そこで、こしょこしょこしょこしょこしょこしょこしょこしょこしょこしょこしょこしょこしょこしょこしょこしょ、と夜空が猫じゃらしで鼻をくすぐってきた。

「ふ、ふぇっくしゅん!」

くしゃみが豪快にでる。

「ふぇ? あれ? 夜空、いつものハエ叩きは? 最近やっと気持ちよ……慣れてきたのに」

「ふん、あれにはいささか飽きてきてな、趣向を変えてみた」

兎に角、場は収まったみたい。
438 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 13:13:06.63
小鷹が話を再開する。

小鷹は幸村、理科、あたしの三人に前日のゴタゴタについて謝罪してきた。

幸村は無言で微笑み、理科も罪悪感からか最初は気まずそうにしていたけど、夜空が昨日の事は気にしてないと言うと、涙目になりながらも笑顔で祝福していた。

あたしはというと、

「やっぱりあんたらはそうして並んで立ってるのが一番だわ。おさまるところにおさまったって感じじゃない。
……でもね、そこにはあたしたちも並んでいるって事も忘れないでね。夜空の隣にも、小鷹の横にも、初めての友達として」

なんて言ってみたり。

「星奈……」

「肉……」

これは紛れもなく本心。……だけど、本当じゃない。
439 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 13:14:10.33
ホントはまだ全然割り切れてない。あたしは小鷹の事が好き。

けど、それと同じくらい夜空の事も好き。もしかしたら小鷹よりも好きなのかも知れない。

だって、あんなに嬉しそうにしている夜空を見たらあたしまで嬉しくなっちゃったんだもん。

こんな気持ちに気付いちゃったんだもん。

やっぱり、二人が一緒にいるのを見るのはちょっと辛いけど、二人と離れるのはもっと辛い。

……あたしがこんなふうに思ってるって知ったら二人はどんなふうに思うかしら。

きっと小鷹は驚くわね。でも夜空にはとっくにバレバレかな。

ごめんね。夜空、小鷹。あと少しだけ時間を頂戴。

気持ちに踏ん切り付けたら、あたしたちは友達になれるから。

きっと、本当の友達になれるから。
440 : ◆OFPPQdZV86 :2011/09/18(日) 13:15:06.66
…………まぁ、あたしの気持ちはいっか。

今は、この場には、そんなのは必要ない。

「…………あたしたちは友達ができたわ。ついに、念願の友達がね」

必要なのは、祝福の気持ちと祝福の言葉。

「でもっ! これからも変わらず活動は続けていくわよ!」

だから、あたしはこう言うの。

「なんてったって、『あたしたちはまだ友達が少ない』んだから!」










おわり
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2011/09/18(日) 13:15:44.49
乙!!
星奈ルートは無しかい?
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) :2011/09/18(日) 13:19:20.70
これ、最終巻じゃね? おいおい書籍化する前にネットに流すのはダメだろう。
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2011/09/18(日) 14:15:31.19
平坂はラブコメ展開下手だからこれは違うと分かった

書籍化はいつですか?乙
453 :   :2011/09/18(日) 18:18:14.69
素晴らしかった
超乙
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/09/18(日) 20:44:33.31
乙すぎる
綺麗な終わり方だけど星奈たち失恋がつらい

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とあるSSの訪問者

これは超大作だな
作品化出来るぞ


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時折修正していきますので、今後ともよろしくお願いします

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