佐天「嫁にして下さい!」 一方通行「ゴメン、ちょっと待って」【後編】
- カテゴリ:とある魔術の禁書目録
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- 400: 2010/12/24(クリスマスイブ) 06:53:33.70 ID:sGSyS7Q0
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深い微睡みは、ぬるま湯に浸る感覚に似ている。
身体も意識も、流れる時間はとても緩やかで、時間の感覚がすぐには追いつかない。
一方通行の白い睫が、微かに震える。
瞼がぴくりと動き、幕が開くように紅の瞳が姿を現す。
カーテンから差し込む日の光が青みを帯びているように感じるのは、冬の朝の冷たい空気のせいだろうか。
自分の傍らに温もりが存在することをかろうじて未だに覚醒しきらない頭が把握する。
ぼんやりとしたまま視線を向けると、シャンパンゴールドの髪が視界に収まる。
またかと、一方通行は些か慣れ始めた疲労感を覚える。
普段の険しさ、皮肉な笑みが消えた年相応の愛らしい番外個体の寝顔をのぞき込む。
彼女の両手は一方通行の服を掴んではなさない。
皺になっているだろうと、小さな溜息を吐く。
番外個体が落ち着くまで昨夜は彼女を抱きしめ続けた。
- 401: 2010/12/24(クリスマスイブ) 06:56:05.51 ID:sGSyS7Q0
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番外個体は子供の癇癪のように喚き散らした。
「触るな、汚らしい」と罵声を一方通行に浴びせ、そのくせ一方通行が離れると、泣き始める。
一方通行に出来ることは、罵声を受け止めながらも、ずっと番外個体の身体を抱きしめることだけであった。
普段のように彼女の言葉が勘に障るということはなかった。
感情的な罵声の数々は、その言葉の大半が嗚咽に溶け、痛々しさしかもたらさなかったからだ。
しゃくりをあげながらも、ようやく流れる涙が止まったのを見計らって涙でグシャグシャの顔をした
彼女にタオルを押しつけ風呂に入れさせた。
黄泉川にこちらで泊まっていくという連絡を入れ終え、適当な服をクローゼットから見繕って彼女に着せた。
そのころになると、泣きつかれたのか、番外個体は大人しく一方通行の言うことを聞いた。
そして、彼女にベッドを提供すべくソファで眠りに就いたのが昨夜の最後の記憶だった。
しかし、いつの間にか番外個体はベッドに潜り込んできていたようだ。
ちょくちょくベッドに潜り込む彼女の行動を、嫌がらせ、もしくはからかっているだけだと考えていたが
どうやら自分は思い違いをしていたらしいと一方通行は考えを改める。
面白がって打ち止めの真似をしているのではない。
彼女はきっと、家族を求めるつもりでしているのだろう。
この世に生を受けてまだ1年なのだ。
身体付きこそ妹たちの中で最も大人っぽいものの、彼女は末っ子なのだ。
- 402: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:02:10.13 ID:sGSyS7Q0
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(まだまだ親が恋しい年ってことか…)
番外個体の頭に顔を擦り寄せ、ぐっと彼女の身体を抱き寄せる。
男では持ちえない種類の温もりと、柔らかさ、そしてほんのりとした甘い香りが心を和ませる。
番外個体の手が、いつの間にか服から一方通行の背に伸びていた。
無意識の行動なのだろう。
親を求める幼子のように。普段の彼女からでは逆さに振っても出てこない無垢な行動に、
どこか救われた気持ちになる。
悪意しか知らない少女からこのような稚気を引き出せているとしたら。
少女が健やかな方へと向かっていることに、自分僅かでも貢献出来ているのだとすれば。
それは、何よりも甲斐のある話しだ。
自分のせいで望まぬ生を受けた番外個体に、悪意以外の感情が芽生えているのだとすれば。
それが浅ましい代償行為に似たものだとしても。
もう一度、番外個体の髪に、唇を落とすように顔を寄せる。
普段はヘアフレグランスを ―― 打ち止めとお揃いのものを ―― 使っている。
顔を寄せ合って、どの化粧品がいいだとか、服はどれが可愛いだとか話す様は仲の良い姉妹そのものであった。
しかし、今はそれはなく、当然ながら一方通行の使っているシャンプーの香りだけのはずだ。
にもかかわらず、一方通行には番外個体は明らかに自分とは異なる、それも甘い香りを放っていると感じる。
それはつまり女の子特有の香りだろうか。
番外個体とて立派な少女なのだから。
当たり前のことに今更ながら考えつく自分に呆れかえる。
- 403: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:04:33.93 ID:sGSyS7Q0
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昨夜見せた番外個体の激昂について一方通行は考える。
ようやく回転し始めた頭の中では泣きついた番外個体の顔が浮かぶ。
もしかしたら、彼女は焦ったのかもしれない。
一方通行が佐天といることで、番外個体を、打ち止めを、そして妹達を
見捨ててしまうのではないかという不安を抱いたのかもしれない。
だとすれば、それは見当違いの考えだ。自分は決して妹達を裏切るつもりなどない。
必ず守り抜くのだ。そう誓ったことであり、今も変わらない。
それはどこか父親のような使命感に満ちている。
しかし、その憶測が当たってるとすれば、裏返せば番外個体は自分を家族と考えているということになる。
それは、正直嬉しいことだった。
自分が家族を求めていることへの自覚はロシアの頃からある。
黄泉川、芳川が母親か姉のような存在だとすれば、打ち止めは妹、むしろ娘かもしれない。
そして、番外個体が自分を少しでも家族としてみてくれていうというのならば、
それはすなわち自分にとっても彼女が家族であるということ。
番外個体の髪を優しく撫でてやりながら、一方通行は佐天涙子を思う。
それでは、彼女は一体何なんだろうか。
結標淡希は仲間。
家族にすら隠し続ける裏を知るという点では、もっとも自分を知る仲間だ。
番外個体は家族。さしずめ手の掛かる妹だろう。
ならば、佐天は一体何なのだろうか。
太陽を浴びた空の下で花が咲き誇るような佐天の笑顔がよぎる。
- 404: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:05:56.61 ID:sGSyS7Q0
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能力もない、闇など知らぬ彼女は仲間であるはずがない。
なることも出来ない。
そして、彼女にそのような闇を知ってほしくもない。
それでは家族か。それも少し違う。
家族というには、二人の間には距離があった。
よそよそしさという意味ではない。
家族には見せない気遣いとでも言うべきだろうか。
静電気のようなぱちんとした小さな緊張が二人の間の空気に仄かに漂っている。
決して不快ではない。不快ではないが不可解ではある。
一方通行にとって、とりあえずのカテゴリーにすら迷う少女が、自分の過去を知ってしまった。
一万もの命を奪った罪を知ったのだ。
普通の感覚ではありえない話だ。
忌むべき過去という言葉では生ぬるい。
人一人の命を奪うことすら究極の禁忌とされているのだ。
その一万倍、それを14歳の少女がどのように受け止めるのか、
一方通行には想像も出来ない。
想像も出来ないとは、彼女がどのような感想を抱いたのかではない。
一体どれほど深い嫌悪感を抱いたのか。
一体どれほど大きな恐怖を抱いたのか。
一方通行の心をかき乱しているのはその度合いであった。
今、彼女はどうしているのだろうか。
今、彼女はなにを思っているのだろうか。
今、彼女はどんな顔をしているのだろうか。
今、彼女は自分をどう思っているのだろうか。
彼女に会って話しをしたいと願うのと同時に、畏怖の眼差しで見られることに恐怖を抱く。
会いたいという気持ちと会いたくないという気持ちが背中合わせとなって心の中を占める。
「くそったれがァ…」
縋るものを求めるように番外個体を抱きしめる腕に力がこもった。
- 405: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:07:32.74 ID:sGSyS7Q0
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「………」
番外個体は、とうに目を覚ましていた。
昨夜の醜態をどう誤魔化すかを番外個体はずっと考えていた。
一方通行に罵声、嘲笑、軽侮をくれてやるいつもの展開にどう持っていくべきか。
彼女は眠ったフリをしながら必死に考えていた。
しかし、彼女の思考は、一方通行の思わぬ行動によって完全に打ち消される。
自分を抱きしめ、あろうことか、頭に顔を擦り寄せた。
気持ちが悪い、そう普段通りのテンションで言ってやろうと思ったが、番外個体の意志に逆らうように、
彼女の手は掴んでいた一方通行の服から離れ、彼の背中へと移った。
普段から、一方通行のベッドに忍び込むことは多々あった。
寝首をかいてやると言っては彼を困らせ、愉悦に浸っていた。
大概は朝になったら蹴落とされる。
しかし、こんなことは初めてであった。
まるで映画で観た恋人のように。
少女マンガで読んだワンシーンのように。
自分を優しく抱き寄せた一方通行の行動に、まともに思考が働かない。
- 406: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:09:13.00 ID:sGSyS7Q0
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一方通行がかすかに微笑んだ。
気配でそれがわかる。心音が一段跳ね上がる。
不意に、一方通行の手が、番外個体の髪を撫で始めた。
(な、撫でるなーーーー!!!!)
身体の中心からボッと熱が溢れる。
顔中が真っ赤になっているのが自覚できる。
番外個体は、顔を見られぬように、一方通行の胸元に顔を押しつける。
そのときだった。
不意に、一方通行の呟きが耳に届いた。
苛立っているのがわかる。番外個体の行動にではない。
それが、彼が彼自身に苛立っている時に発する声だと知っている。
一方通行の戸惑いを己を抱きしめる腕ごしに感じる。
まっすぐな瞳の少女の顔がフラッシュバックのようによぎる。
彼女のことを考えているのだろうか。
そうだろう。きっとそうだ。
血の気が失せるほどきつく、唇を無意識に噛む。
一方通行が認めているかどうかは知らないが、彼は表の世界にあこがれている。
自分では決して踏み込むことの出来ない世界だとわかっているから彼の抱くその憧れは余計に強くなる。
上条当麻への憧れもそこにある。
裏の世界を知り、裏の人間を引き上げることが出来る表の世界の人間。
まさに悪党を更正させて仲間を増やしていく特撮のヒーローのようだ。
- 407: 2010/12/24(クリスマスイブ) 07:12:22.16 ID:sGSyS7Q0
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その表の世界の象徴のような、陰の無い笑顔を持つ少女。
花のように可憐な少女から向けられる好意に、一方通行は知らず知らず引き付けられている。
側にいてくれるだけでホッとするような、そんな空気が彼女にはある。
本質的に寂しがりやで甘えん坊な一方通行は、無意識に自分を受け止めてくれるような女を求めている。
勿論、そんな分析は一方通行自身は否定するだろうが、しかし、誰もがそれに薄々勘付いている。
自分も、打ち止めも、他の妹達も、黄泉川も、芳川も。
もしかすると、自分の知らぬ他の女も知っているのかもしれない。
(ねぇ、一方通行知ってる?太陽に近づきすぎると焼かれて落ちちゃうんだってさ。
ミサカは知ってるよ。そういうのを分不相応っていうんだって。
ねぇ、ミサカだったらアンタのこと……)
そこまで考えて、番外個体は今し方思い浮かべた言葉をかき消す。
代わりに一方通行が気づかぬ程度にそっと抱きしめ返す。
まるで、今、この瞬間だけは決して彼を手放すまいとするように。
- 417: 2010/12/25(クリスマス) 06:12:33.40 ID:UGS2RfU0
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一方通行と上条当麻。
何だかんだで仲良しの二人は偶然街中で会い、世間話に花を咲かせている。
二人のすぐ後ろで動揺に姦しくしている少女達も同様に仲良しだ。
禁書目録と打ち止め。
保護者にくっ付いてきた者同士、こちらもやはり仲良しである。
上条「そんでさ、青髪の奴ブリッジしながら『さぁ、僕のパンツの中にそのロケット花火を!!』とか言って…」
一方「ぎゃっははははは!!クリスマスだからってハジケすぎだろォが。最ッ高にイカレてやがるなアイツ。俺も行けばよかったぜ」
上条「仕事だもんなぁ。しやーねーよ。年末は大丈夫なんだろ?」
一方「おう、初詣かァ?」
上条「カラオケ行って、初日の出見ようぜ」
一方「定番だなァw」
打止「この前、あの人がよくお財布に入れてるゴム風船?みたいなのにサテンのお姉ちゃんが穴を開けてたの。どうしてなんだろう」
禁書「それは魔道書の中にも書かれてるんだけど、『キセイジジツ』っていう古来からの魔術儀式なんだよ。
偶然に依るところが大きい不確定魔術とされてるから魔術としてのランクは低いんだけど、
成功時のメリットが大きいのと消費する魔力が少なくて済む為に未婚女性に古来から使われ続けた術式なんだよ」
打止「なるほどなるほどとミサカはミサカはサテンのお姉ちゃんの覚悟に満ちた顔を思い出してみる。
アレ、そういえばムスジメも同じことをしてたような気がする」
禁書「それは一方通行が危険なんだよ。成功すると対象者は半永久的に術者と離れられなくなる束縛の効果があるんだよ」
打止「むむむむ…それを聞いたらミサカもやらざるを得ないってミサカはミサカは番外個体にこの情報が流れる前に
先手を打つことを決意してみる」
禁書「頑張るんだよ、打ち止め」
打止「インちゃんはやらないの?」
禁書「うん。とーまゴム使わないから」
打止「?ゴム風船で遊びっこしないっていうことなの?ってミサカはミサカはインちゃんの言葉の微妙なニュアンスが気になったりする」
そんな心温まる会話をしているうちに、四人は上条の通学路にある公園にたどり着く。
おなじみの自販機まである。
- 418: 2010/12/25(クリスマス) 06:16:02.78 ID:UGS2RfU0
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上条「飲みモンでも買ってベンチでだべるか?」
一方「そォだな…ファミレスなンぞに入ろうもンならガキ共が飯前に余計なモン食っちまうかもなァ」
上条「あ、でもあの自販機札吸い込むんだよなァ…」
打止「それならミサカに任せて欲しいってミサカはミサカはこの自販機に対する正しい操作をしてみる」
上条「え?ちょ、まっ ―――」
打止「ちぇいさーー!!」
自販機『あえて言わせて貰おう。寧ろご褒美であると!!』
一方「」
上条「」
打止「ハイ、ヒーローさんにはカレーサイダー。インちゃんにはタバスコオレ。
貴方にはってミサカはミサカは貴方の為のコーヒーが無い事にようやく気が付いてみたり」
一方「」
上条「あ、あの…打ち止め…ちゃん?」
打止「ん?どうしたのヒーローさん?」
上条「その技は一体誰から…?」
一方(ピクリ!)
打止「えっとね、お姉さまから~~」
一方「」
上条「」
- 419: 2010/12/25(クリスマス) 06:21:23.75 ID:UGS2RfU0
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御坂「アイツ今日は来るかな~って言ってたらあそこに…あ、一方通行までいるし。
仲いいわね…っていやだ、私なに男に妬いてるんだか…いやいや、妬いてなんかないない。
そもそもアイツは倒すべき敵なんだから。おーい、ちょろっと~~」
禁書「あ、短髪!?来ちゃ駄目なんだよ!!」
御坂「え?」
禁書「今ちょっと取り込んでるんだよ!!だから来ちゃ駄目なんだよ!!」
御坂「いや、よくわかんないんだけど…」
一方「いた!!そンなところにいやがったな!!こン馬鹿娘がァァァァーーーー!!!!」
上条「止めて!!美琴ちゃんにも悪気があって教えたわけじゃないの。だから怒らないであげてお父さん!!」
一方「母さンは黙ってなさい!!コラ、打ち止めもどいてなさい!!」
打止「うわぁ~~ん!!お姉さまを殴らないであげてお父さん!!ってミサカはミサカは
お父さんを必死に抑えてみる」
御坂「えっと……アレは何?」
禁書「子供の教育のことで家族会議が荒れてるんだよ」
打止「うわぁ~~ん!!お父さんの馬鹿ァ~~色魔ァ~~スクエアラー~~フラグ回収魔ァ~~!!」
一方「ば、馬鹿!?お父さンに向かって馬鹿!?」
上条「こら、この子ったら何てこと言うの!!お父さんに謝りなさい!!!」
打止「びぇぇぇぇーーーーん!!お母さんも嫌い~~~お母さんの駄フラグメイカー!!」
一方「母さンにまで何て口の利き方だァ!!」
打止「ぴいーーーーー!!!」
御坂「えっ?
えっ?」
- 436: 2010/12/26(日) 01:35:18.18 ID:c29MpCE0
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耳の後ろを、硬い何か金槌のようなものでゆっくりと叩かれるような規則的な痛み。
叫びを上げるほど激しいものではなく、無視できるほど優しいものでもない。
膜をひとつ、ふたつ隔てたようにぼやけた痛み。鈍痛。
その正体を探ろうと気を張る。
身体の感覚をその痛みの出処に集中させていくうちに、自分がその感覚から久しく遠ざかっていたことに気付く。
痛みにではなく、感覚を研ぎ澄ませること、集中させること、感覚が繋がっていること。
つまり感覚というものを自身が把握することから遠ざかっていたということだ。
そして、思いいたるのは自分がそれまで一体何をしていたのかという根本的な疑問。
自分は一体 ――――
と、そこまで思考を広げたとき、目の前に新しい風景が広がっていた。
暗く、冷たい部屋。電気といえば、辺りに設置された計測器や絶えず稼動しているコンピューターのランプくらいであろうか。
手を伸ばすと、自分の手がゆらりと漂うように緩慢に動く。
漂うようにではなく、漂っている。
自分が水槽のようなものの中にいると気付く。
はて、と自分の置かれている状況に今更の疑問を抱くうちに計機類がけたたましく音を立てる。
まるでご飯が炊けたと言って知らせてくる炊飯器のようだなと、間の抜けた感想を抱いていると、
目に見えて水位が下がっていく。
自分を取り巻く水が排水されているのだ。
それならば自分が出来立てのご飯ということか。
そんな暢気な思考に付き合う気はないとばかりに、排水を終えた水槽がゆっくりと開いていく。
急に与えられた重力が足に重く圧し掛かる。
立ちくらみにふらつく足に力を込めると、回りを見回す。
人の姿は無い。元々いなかったのか、いなくなったのか。おそらく後者だろう。
- 437: 2010/12/26(日) 01:37:03.55 ID:c29MpCE0
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床には散乱した書類、端末、ボールペン。
それらは人のいた名残。
更には飲みかけのペットボトルに、割れたマグカップ。
それは人の息遣いを示すもの。
そして、つんと鼻に刺すような腐敗臭を放つ死体。
それは人だったものの成れの果て。
濡れた足に塩ビシートの床が張り付く。ぺたりぺたりと音を立てながら室内をとりあえず歩き回る。
それらに対する恐怖心はなかった。とうに慣れ果ててしまった光景に過ぎない。
ゴミ捨て場で見かける破れたゴミ袋に群がる鴉達、路地裏で見かける吐寫物と大差ない。
ぺたぺたと歩きまわりながら、時に転がっている死体を跨ぎながら計器類を弄り回す。
どうにかしようとしているのでなければ、好奇心に任せて遊んでいるわけでもない。
状況を整理する為に、それらの機材の役割を分析しているに過ぎない。
幸いにして、自分の頭は比較的出来が良い。
先ほどから鈍痛は止まない。
顔を顰めるほどではないが、どうにかならないだろうかと、頭を振る。
テーブルに置かれた書類の一群に目が行った。
そこに書かれている内容にではなく、クリップボードに書類と共に挟まれた写真に目が留まった。
- 438: 2010/12/26(日) 01:37:53.28 ID:c29MpCE0
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白い髪に赤い瞳。
目つきは鋭く、端整な顔はどこか中性的な空気が漂う。
不機嫌さを隠そうともしないむっつりとした表情。
自分は彼を知っている。
知らないはずがなかった。
「はははは ―――― ッ」
思わず喉を震わせていた。
掠れた笑い声は、悲哀と歓喜に満ちている。
嬉しい。素直に思った。覚束ない状況に覚束ない思考、覚束ない自分。
しかし、ひとつだけハッキリしていることがあった。
それは目的。
自分のすべきことなど決まっている。
とうに決まっている。
たった今決まった。
自分が決めた。
「一方通行ァァァ……ッ」
笑いとも怨嗟とも取れる呟きが、薄暗い部屋に満ちていく。
- 439: 2010/12/26(日) 01:41:52.93 ID:c29MpCE0
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夢とは、どれほど現実味が無かろうとも、不思議な質感を伴うものだ。
たとえその夢の中において、これが夢だと自覚していたとしても、
その現実味に呑みこまれてしまうことは往々にしてある。
今、自分が見ているものがそうなのであろう。
ぐちゅりと、踏み込んだ瞬間に響く粘着質な音。
鼻につんとくる嗅ぎ慣れた錆び臭さ。
鼻の奥が粘り気のある匂いに満たされる。
またか、そんな感想を抱く。
これが夢であることなどとうに気付いている。何度も何度も見ているのだ。
DVDであればとうに表面が傷ついて視聴出来ないほどに繰り返している。
わかりきったことを突きつける夢。
それでも、今尚見続ける夢。
きっとこれからも続く夢。
- 440: 2010/12/26(日) 01:43:15.40 ID:c29MpCE0
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水溜りの中を歩く要領で歩を進めて行くと、足はこつんと何かにぶつかる。
足元に目を向けると、無造作に投げ出された足 ――― 足だけである。
視線を千切れた足から、更に目の前へと向けていく。
洗濯物を脱ぎ散らかすように乱雑に転がる肉の塊。
既に、そこに人としての尊厳など無い、故に肉の塊。
道端に投げ捨てられた塵屑と同じ無価値な肉の塊。
それでも人であったころの名称でもって言うならばそれは少女である。
少女。
お揃いの制服に身を包んだ年端も行かぬ少女達。
一万と31の少女の死体。
胸糞の悪くなる統一感と、徹底した無造作、無慈悲、無感想、無機質、無遠慮でもって積み上げられた死体の山。
自分を迎える花道のように、少女達の血溜まりの山が人一人通ることが出来る隙間を作る。
自分にお似合いの、血と肉と骨と蛆と汚物に囲まれた獣道。
巨大な肉袋のオブジェは一種前衛芸術の如き非現実味さえ与える。
足元に転がる少女の頭を手に取る。
見開かれた瞳。胡乱な瞳。硝子のような瞳。
恨みも怒りも、憎しみも、そして恐怖すら映ることのない瞳。 - 441: 2010/12/26(日) 01:44:07.26 ID:c29MpCE0
- そっと、少女が安らかに眠れるように瞼を閉じさせる。大した欺瞞だ。糞にも劣る偽善だ。死ねばいい、舌打ちが零れる。
まるで謝罪をするような行動に、しかし意味など無い。死んでいる少女達へ向ける言葉を自分は持たない。
自分がどうしようもない屑だということをこうして夢の中で確認することしか出来ない。
少女の頭を子猫を抱き上げるように胸の中に収める。優しく、包み込むように、もう痛みを感じることなど無いように。
しかし、この行動にもやはり意味は無い。死んだ者に出来ることなど何もない。
だから血溜まりの中を歩く。何処へ向かおうとしているのか、自分でもわからない。それでも自分にはそれだけなのだ。
進むこと以外何も出来ない。何も許されていない。自分が許しはしない。
びちゃ、びちゃ、びちゃ。
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。
ざく、ざく、ざく。
折り重なる少女達に降り積もる白。
靴が踏みしめるものが赤い水から白い雪へと変わった。
ざく、ざく、ざく。
さく、さく、さく。
じゃく、じゃく、じゃく。
弱寂若惹寂寂寂。
- 442: 2010/12/26(日) 01:46:21.71 ID:c29MpCE0
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抱きしめていた少女の頭部が、重みを変える。
血に濡れていた手が、雪に熱を奪われた氷のように冷え切っている。
感覚の無い手で抱き上げるのは少女の頭部ではなく、自分が守り抜くと決めた幼い少女。
嘗てのように荒い息を吐いて、顔面を蒼白にした姿ではなく、死んだように静かに眠る幼い少女。
夢の中とはいえ、ホッと安堵の息が漏れる。
夢の中とはいえ、苦しむ少女の顔など見たくない。
白い息を吐いて歩く。白い手に力を込めて歩く。白い風の中を裂いて歩く。白い雪の道を歩く。
白い世界をどこまでも歩く。
白い音を踏み立てて歩いていく。
じゃくじゃくじゃく、じゃくじゃくじゃくじゃく、じゃく、じゃくと、無音の白の世界に己の踏み出す音だけがする。
じゃくじゃくじゃくじゃくと。
若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂寂弱寂若惹寂寂寂若
若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂寂弱寂若惹寂寂
寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱弱寂若惹寂寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂
寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂寂若惹寂寂寂弱寂弱弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若
惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若寂弱寂
若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若惹
寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂弱寂弱寂
若惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂若惹寂寂寂弱寂
弱寂若惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂
寂弱寂弱寂若惹寂寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂若惹寂
寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若寂若惹
寂寂寂弱寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂弱寂弱寂若
惹寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂寂若惹寂若惹寂寂寂寂若
惹寂寂寂寂若惹寂寂寂寂若惹寂寂寂寂若惹寂寂
寂寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂寂寂
弱寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱寂若惹寂
寂寂弱寂若惹寂寂寂寂弱寂若惹寂
寂寂若惹寂寂寂若惹寂寂寂弱
寂弱寂若惹寂寂寂若惹寂
弱若惹寂寂寂弱寂若
惹寂寂寂弱寂若
惹寂寂寂若
惹寂寂
寂
音が止む。 - 443: 2010/12/26(日) 01:48:26.12 ID:c29MpCE0
-
目の前には倒れ伏す少女。
仰向けに倒れる少女。
白い服に、花のように赤い雫を散らせた彼女の側に近づき、跪く。
どれほどの拳を浴びたのだろうかと思う程に醜く腫れ上がった顔。心の奥がきりきりと痛む。
既に知っている光景であり、現実にあった光景である。
それでも、何百回と見ても、心が慣れることはない。
片手で幼い少女を抱えたまま、目の下に刻まれた隈をそっと撫でる。
少女の瞼がうっすらと持ち上がり、どろりとした瞳が自分を見つめる。
硝子のような瞳とは対照的な濁った瞳。
湖の底の底を掬ったように、何も映っていない瞳は何もないのではない。
色々な感情が混ざり合い過ぎて、その結果何の色でも無くなったのだ。
腫れ上がり、裂けた血まみれの唇、本来は可憐な筈の少女の唇がゆっくりと開く。
少女の口にする言葉は決まっていた。
何百と聞いた言葉。夢でも現でも、何度も耳にした。
時に嘲笑と共に、時に哀絶と共に、時に溜息と共に、時に怒りと共に、時に冗談めかして、時に優しく。
少女の口にする、決まりきった言葉を、何百回目の覚悟と共に受け止める準備をする。
情けない話しであるが、何百と聞いても、心に走る痛みに慣れることはない。
こうして、覚悟を決めてもだ。
『貴方のせいだ』
あの日憎悪と共に吐き出された言葉は、ことんと、ビー玉を転がすようなあっけなさで自分の中に染み込んでいった。
それが全てを言い表していた言葉だから。 - 444: 2010/12/26(日) 01:51:40.75 ID:c29MpCE0
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少女の唇が開く。歯を食いしばる。
「どうして騙してたんですか?」
少女の口から、別の少女の声が発せられた。
別の少女の声は、初めての言葉を発した。
白い服を纏った、よく知る少女はそこにいなかった。
青と白を基調とした制服。
花の髪留めをつけた、艶やかな長く黒い髪。
「貴方と関わらなければ良かったです」
訴えるように、腕の中の少女は吐き捨てる。
片手に抱いていた幼い少女の姿もなく、白い、悪意の洗礼を浴び続けた少女の姿も無い。
ただ、両の腕で抱えているのは黒髪の少女のみ。
少女の声は悲しく、少女の瞳は切ない。
胸の中に堪えがたい疼きが走る。
違う。
そうじゃない。
そんなつもりはない。
騙すなんて。
全てが言い訳だ。
醜く、浅ましい言い訳の言葉が口の中でドロドロと気持ちの悪い粘液のように形を崩す。
そして雪のようにとけ、苦い余韻となって残る。
- 445: 2010/12/26(日) 01:54:08.22 ID:c29MpCE0
-
「ミサカ達のことはどうでもいいの?」
「―――ッ」
つるりとした滑らかな刃物に刺されたようだった。
胸の中の隙間を通すように、冷たい冷気を伴った刃が差し込まれた気がした。
少女を抱いたまま、声のした方へと振り返る。
喉から引き攣ったように息が漏れる。
自分を責めるように見つめる幼い少女。
自分を蔑むように見つめる白い少女。
そして、二人の少女の後ろに立つ9969人の少女達。
何かを言おうとして、舌が凍りついたように動かない。
震える唇が、それでもせめてもの抵抗にと音も無く震える。
『俺はそンなつもりは ――――
声が出なかった。
- 446: 2010/12/26(日) 02:00:17.86 ID:c29MpCE0
-
「キャッ」
可愛らしい悲鳴は目の前の少女から。
赤い髪を二つに結んだ少女の顔が息も触れそうな距離にある。
髪の色に負けず、赤く染まった顔で、硬直している少女に一方通行は不審な顔をする。
「あァ?なにやってンだァテメェ…」
「な、何じゃないでしょ。貴方が寝てたから、毛布をって。寒いし…風邪引くとその、アレでしょ?」
「毛布……?」
そう言いながら一方通行は赤い髪の少女 ――― 結標淡希の手にしている毛布に気付く。
そして、彼女の顔が何故近いのかも理解する。
自分が寝ぼけて彼女の腕を掴んで引き寄せたのだ。そうなると凄みを利かせて睨むだけ此方のバツが悪い。
そしてようやく状況を把握した。此処は『グループ』のアジト。
自分はソファーに横になったまま眠りに就いてしまっていたようだ。
どうにも、最近はグループで気を抜くことが増えてしまった気がすると、一方通行は顔を顰める。
- 447: 2010/12/26(日) 02:00:49.31 ID:c29MpCE0
-
「チッ…余計なお世話だ」
バツの悪さを誤魔化すように舌打ちし、突き放すように結標の腕を放す。
結標は一瞬ムッとするものの、一方通行の素直じゃなさに慣れているのか、溜息だけで言い返さない。
そんな彼女の自分のお守りに慣れているような仕草にバツが悪くなるのは一方通行の方であった。
憎まれ口のひとつでも叩いてやろうか、そんなことを思いかけたところで視界にニヤニヤとした笑いを浮かべる金髪男の姿が留まった。
一方通行の瞳に、結標に対してのものとは違う、剣呑なものが浮かぶ。
「何見てやがンだァ?」
「いやぁ~~随分とうなされてたみたいだにゃ~。あわきんの心配っぷりといったらもう…むふふふふ」
「ちょ、土御門!!わ、私は心配なんて…」
「ンだそりゃ…」
ガシガシと髪を掻き毟ると、一方通行はちらりと結標を横目に見る。
一瞬目が合ったかと思うと、結標はぷいと逸らす。わけがわからない、一方通行は一瞬途方に暮れそうになる。
- 448: 2010/12/26(日) 02:07:13.19 ID:c29MpCE0
-
「アステカー」
イラつくくらいに爽やかな掛け声と共に海原光貴がドアを開け放つ。
「お、海原。アステカー」
「「何その挨拶…」」
さも当然のように返す土御門と、初めて知ったよそんな挨拶と言いたげに声を揃える一方通行と結標。
「おや、目が覚めたみたいですね一方通行」
「あわきんの心配オーラが通じたんだにゃー」
「優しさのベクトルまでは反射できないと」
「誰ウマw」
「wwww」
「wwww」
顔を見合わせて大受けな土御門と海…アステカ。
「ェェェェ…何こいつら。すンごくウザイんですけど…」
「というか、どうやって喋ってるの?最後の」
- 449: 2010/12/26(日) 02:08:37.74 ID:c29MpCE0
-
アステカはひとしきり笑い終えると、結標に声をかける。
「ああ、そうです結標さん。引き取りに行きたい荷物があるのですが、手伝って頂けませんか?」
「え、何で私がそんな…「あわきんは一方通行と二人きりになりたいんだにゃー」行くわよ!!行けばいいんでしょ!!」
かぶせ気味に言い放つと、結標はちらっと一方通行に気遣わしげな視線を向ける。
彼女の視線に含まれた意味に流石に気付いているのか、一方通行がそっけなく、しかしはっきりと応えるように手を上げる。
心配するなと、そう言いように。
それが嬉しかったのか、結標の顔が明るくなる。
一方通行は、そんな彼女の顔を見て、またもや不思議な感覚に捕らわれる。
上手く説明出来ないもやっとした感情。
佐天といるときにも抱く、解析不能の感情。
不快ではなく、しかし不可解な感情。
持て余すその感情に首を傾げている一方通行と、少しだけ素直に、ちょっとだけ優しくなった彼に
喜びを覚えずにはいられない結標は気付かない。
一瞬、海原と土御門が目で会話をしたことに。
- 450: 2010/12/26(日) 02:14:56.21 ID:c29MpCE0
-
「さてと」
海原と結標が去ったのを確認してから、土御門がゆっくりと一方通行に視線を向けた。
「随分うなされてたにゃー。嫌な夢でも見てたかにゃーん?」
「うるせェテメェには関係ねェだろ。殺すぞ?」
切り捨てるように言い放つ。
土御門は気を悪くした風でもなく、にやにやと笑う。
「つれないにゃー。妹達を守れなかった夢を見たからってあたらないで欲しいんだにゃ」
「…ッ。テメェ…」
どうしてそれを、と言いたげな一方通行の視線をはぐらかすように、土御門は肩をすくめる。
「お前わっかりやすすぎ。お前がうなされる要因なんてせいぜいそんなもんだろ」
「チッ」
「ああ、あとは佐天ちゃん関連かにゃー」
昨日食べた夕食のメニューを思い出したかのように何気ない土御門の言葉に、
一方通行の表情が凍りつく。
つくづくわかりやすい奴と、土御門は内心苦笑する。
- 451: 2010/12/26(日) 02:15:30.47 ID:c29MpCE0
- 「だから、わかりやすすぎんぜ。第一位」
「ハッ…まさか、テメェがそこまで人様のプライベートに首を突っ込んでくるたァな。何だ、その内教師の真似事みてェに人生相談でもする気かァ?」
「まっさかぁ。妹に夜中馬乗りにされながらだったら考えてみるがにゃ~人生相談」
けらけらと笑う土御門に、一方通行は苛立つ。
「オイ、いい加減言いてェことがあンなら言ったらどォだァ?これ以上テメェのくだらねぇ話しに付き合うきなンざねェンだよ」
ほう、と感心したように土御門が眉を吊り上げる。
土御門の口元から、からかうような笑みが消え、代わりに怜悧な空気が彼を包む。
「じゃあハッキリ言ってやる。半端な気持ちなら佐天涙子に近づくな」
「ああ゛ァァ?」
二人の間に、火花のような張り詰めた緊張が瞬時に生じる。
「ケッ…知らなかったなァ土御門クゥゥン?まさか、お前があのガキに執心だったとはなァ…」
一方通行は真横に引き裂いたような笑みを浮かべ、挑発する。
こめかみが引く付いているのは、内心の怒り、動揺を抑えていることを物語る。
土御門は、挑発に取り合わず首を振る。 - 452: 2010/12/26(日) 02:30:59.85 ID:c29MpCE0
- 「自分の立場を考えて行動しろって言ってるんだよ……レベル5」
レベル5、その言葉が冷たく響く。
土御門の口にしたその言葉は、即ち、学園都市の根深い闇に結びつく。
それを察した一方通行が悔しげに唇を噛む。
「確かにお前が誰と恋人になろうが、何人セフレを作ろうが構わねーよ。ただし、それは裏を知る人間に限ってはだ」
トンと、テーブルを指先で叩く。
「裏を知る人間っていうのはつまりは生き抜く術を知ってる奴等だ。
能力、無能力に問わずな。お前の守ろうとしてる打ち止めにしても、それは例外じゃない。
妹達を一括りにすれば彼女達は余程の事がない限り自分の身を守る力がある。
番外個体と言ったな、レベル4相当の力を持ったあの子が打ち止めの側にいる今は尚更だろう。
結標もそうだ。レベル5に最も近いアイツも自分の身は自分で守れる。
いいか?彼女達と、佐天涙子は違う。佐天涙子は完全な表の人間だ。
自分の身を守ることも出来ない普通のな
今までお前が守ってきた者、共に戦ってきた奴とあの少女は全く別のベクトル上にいるんだ」
「だったら、俺が…」
土御門が舌打ちをする。
「守りきる覚悟か切り捨てる決心はあるのかどうかって聞いてるんだよガキ」
「――――― ッ!!!」
- 453: 2010/12/26(日) 02:31:44.88 ID:c29MpCE0
-
一方通行の表情に亀裂が走るように動揺が浮かぶ。
想像さえしなかった事を指摘されたからか。否、そうではない。
真っ先に考えながら、蓋をし、目を逸らし続けた事だからだ。
「お前は打ち止めを見捨ててあの子を守ることが出来るのか?あの子を切り捨てて打ち止めを守りきるのか?
それとも、超電磁砲にあの子は守ってもらえるからいいや、なんて高をくくってるのか?」
土御門は容赦なく言葉を続ける。
「良いか。お前が何を守って何を守ろうが構わない。だが、それによって使い物にならなくなるのは困る。
だから聞いてるんだ。俺はある。その覚悟ならな」
義妹の為ならば、舞歌の為ならば何だって出来る。
彼女を守るためならば誰であっても切り捨てられる。
必要悪の魔術師達であろうとも、グループの仲間達であろうとも。
普段笑い合っている学校のクラスメート達であっても。
戦友となった上条当麻であろうとも。
例外はそこにはない。
土御門元春にとっての唯一の例外はたった一人なのだから。
故に、彼は問う。その覚悟を。
「お前はどうなんだ?一方通行」
一方通行は答えることが出来なかった。
- 464: 2010/12/26(日) 22:38:47.90 ID:5egcb7o0
-
「なァ……」
「………」
「怒らねェからよ。ひとつ聞かせて欲しいんだが……」
「………」
「……コレは流行ってるのかァ?」
「ゴメンなさい…」
一方通行は軽くチョップを目の前の黒髪の少女の脳天に振り下ろす。
「なァンなンですかァお前はァ!なァンでまたタックルかまして来るンだァ?」
「ゴメンなさい~!!」
一方通行の胸に顔を乗せるように、佐天涙子が真っ赤な顔をしながら一方通行に抱きついていた。
此処は一方通行の部屋でもなければ当然佐天の部屋でもない。
街中。往来のど真ん中である。
人々の視線が集まるなか、抱きつくというか、押し倒していた。佐天が、である。
一方通行は、数ヶ月ほど前と同様に、ノゲイラばりの佐天のタックルに押し倒されていた。
それこそ、素で『佐天さん、レスリングとかやったらどうですか?』と尋ねたくなる程に鮮やかなタックルであった。
PRIDEを懐かしむ人にとってはノゲイラを髣髴とさせる鮮やかなタックルからのテイクダウンを美少女中学生が決めて胸熱状態だ。
「オラ、どけ。それともこのまま公衆の面前で押し倒してピロトークでもかましたいンですかァ?」
「す、すいません!!」
ただでさえ赤くなっていた顔を更に真っ赤にすると、佐天は慌てて一方通行の上からどく。
- 465: 2010/12/26(日) 22:40:23.67 ID:5egcb7o0
-
「ン…」
「あ、ありがとう…ごじゃいます」(うあッ!!噛んだ)
「……」
一方通行は起き上がると、佐天にぶっきらぼうに手を差し出す。嘗ては考えられなかった気配り。
周囲の女性陣の教育の程が窺い知れる。
「………まァ…俺にも非があるンだけどなァ……」
「え?」
「何でもねェよ」
ぼそりと呟いた言葉は佐天には聞き取れなかった。
(情けなくていえるかよ…)
一方通行は彼女に会って、はっきりとさせようと思っていた。
自分の過去。番外個体が話したということの確認。
しかし、実際にはそれは余りにも唐突だった。ばったりという都合の良い言葉があるが、まさにそうだ。
偶然、彼女を見かけてしまった。それは余りにも早く突然過ぎた。
一方通行の心がはっきりと覚悟で固まる前のことなのであるから。
一方通行は、咄嗟に彼女にかけるべき言葉が思い浮かばなかった。
そして、一方通行の足は、意思とは逆に彼女から離れた。
つまりは逃げようとした。ヘタレめ。
彼女に会ったとき、露骨に避けられたら、あからさまな恐怖の目で見られたら。
そう一瞬でも考えてしまったのがいけなかった。
足は回れ右をし、逃げの体勢。この男、肝心な時に存外チキンである。
- 466: 2010/12/26(日) 22:41:41.73 ID:5egcb7o0
-
しかし、一方通行が佐天の姿を見かけたとき、佐天も一方通行の姿を見かけていた。
佐天も一方通行のようにかけるべき言葉が浮かばなかった。
しかし、『逃げ』を選んだ一方通行とは違い、彼女は『追いかける』ことを選んだ。
追いかけること ――― からのタックル。
低空タックル。なにそれ、こわい。
言葉が出ないのならば、身体で語るしかない。
そんな若干脳筋気味な思考をしたのかはともかく、自分に背を向けていく一方通行を追いかけた。
「すごいたっくるー」
「グフゥッッ!!」
そして、冒頭のシーンに至る。
彼女には一方通行とは異なるところがあった。
覚悟の決まっていない一方通行と違い、彼女は覚悟だけならば既に出来ていた。
- 467: 2010/12/26(日) 22:43:00.32 ID:5egcb7o0
-
「私の友達で、テレポーターの子がいるんですけどね」
「例の変態ツインテールってのかァ?」
「そうです。その子が初春が紅茶を零したときに、シミにならないように拭いてあげてたんですよ」
「変態だけど面倒見イイ奴なんだな」
「ハイ。凄くいい子ですよ。ちょっと変態なだけで。で、その時も初春が恐縮するのも構わずに拭いてあげてたんです。
凄くよく気のつく子なんですよ。でもね、ハンカチだと思ってたら ――― それ御坂さんのパンツだったんですよ」
「ブフッ!!」
一方通行が飲んでいたコーヒーを噴出す。
「しかも、ゲコ太のプリントの」
「~~~~ッッ」
堪えきれないのか、顔を伏せて肩を震わせ無言で笑う。
笑い顔を見せないのはせめてもの意地だろう。
「初春のスカートこの前捲ったんですよ」
「お前、その年でスカート捲りって…」
「そしたら毛糸のパンツで…」
「~~~~~~!!」
一方通行が突っ伏しながらテーブルを叩く。
- 468: 2010/12/26(日) 22:44:18.61 ID:5egcb7o0
-
「もうお互い気まずくって仕方が無くなって」
「つーかソイツいつもお前の被害に遭ってネェ?」
「コミュニケーションですよコミュニケーション。そういうお友達って一方通行さんにもいるでしょ?」
「まぁ…な。だが流石にスカート捲りはしねぇなぁ」
「………あれ?お友達って女の人ですか?」
「ンあ?まぁ野郎のダチもいれば女のもいるなァ」
「ふぅ~~ん………そうなんですか……」
「?」
一方通行は内心、拍子抜けを覚えていた。
アレだけ悩んでいたのが何だったのだろうかと言いたくなるほどに、佐天の様子は普通である。
久しぶりの会話は呆気ないほどに進み、テンポのよさは肩透かしを食らう。
目の前の少女の笑顔は、前に見たものと同じ、明るく、心が落ち着くような、そんな笑顔である。
(番外個体の奴……ありゃあブラフだったのかァ?)
- 469: 2010/12/26(日) 22:46:02.33 ID:5egcb7o0
-
そう一方通行が思っている傍ら、佐天は焦りを抱いていた。
(私の馬鹿~~~!!!学校の馬鹿話で笑わせてる場合じゃないってーーー!!
聞くんでしょ?聞くんだよね!?ちゃんとハッキリさせるんだよね、私!!)
肝心の話しに入ることが出来ないことに焦っていた。
久々に会って、ぎこちない会話になってしまうことを想定していたというのに、最初のタックルで歯車が狂ってしまった。
妙に緊張感のなくなってしまったまま、今こうしてファミレスでダベッている。
普段であればこれはこれでデートのようでオッケーなのだが、今ばかりは困る。
はっきりさせないといけないのだから。
しかし、一方で、久しぶりに顔をしっかりと合わせて話しが出来ていることに浮かれていることも確かだった。
自分の話しを楽しそうに、笑いを堪えながら聞いてくれることが嬉しい。
気まずい会話ばかりを想定していただけに、反動となって安堵を覚えると同時に気が抜けてしまった。
(でも、聞かなきゃ。中途半端なままは嫌だって、そう決めたんでしょ!!佐天涙子)
そう、親友に宣言にも似た心情を吐露した日を思い出す。
- 470: 2010/12/26(日) 22:55:35.28 ID:5egcb7o0
-
穴があったら入りたいという言葉がある。
恥ずかしい行いをしてしまった時、特にその前に固い決意表明をしていたり、ドヤ顔だったりすると威力は倍プッシュ。
やぁってやるぜなテンションだったりするともう目もあてらんない。
佐天はまさに今自分がそんな状況にあることを自覚する。
ちなみに、穴があったら入りたいとは、
『抱きしめたいほど哀れだなァ~みっともねェ三下は穴倉に閉じこもって出てくンなクソ野郎』という意味である。(意訳)
「まぁ、佐天さんが一体何をしててのぼせちゃったのかについては問いません。
ええ、ナニをしていたのかについては」
「………そうして貰えると助かるよ初春…」
額に冷却ジェルシートを貼って横になる佐天の横で、初春がじとっとした視線を向けてくる。
『呆れました私、ええ、ホント呆れました』と書いてる初春の視線が痛い。とても痛い。
のぼせて浴槽から起き上がれなくなった佐天は、熱でクラクラする頭で辛うじて連絡をつける事が
出来た初春飾利によってようやくベッドに横になることが出来た。
正直裸のところをお風呂から救出されるというだけでも恥ずかしい上に、
『先ほどまで耽っていた行為』が行為なだけにむずむずとした気恥ずかしさがあった。
いや、思春期なのだから仕方が無いじゃないのさ、女の子だって色々持て余すんだもの!!
ぶっちゃけてしまえばそれに尽きる。
しかし、そんな事は言えない。言えるはずがない。自分は変態でも無ければ変態という名の淑女でもないのだ。
性癖カミングアウトとか正直ハードル高過ぎる。
一人遊びというかそういった悶々とした行為を赤裸々に語る趣味も無い。
某ツインテールのように、昨夜何度達したかだとか、その際のシチュエーションだとかを
官能小説張りの状況描写によって説明するわけには行かない。
仮に、自分のそういったシチュエーションが初春の中のノーマルの枠から外れていようものならばもうそりゃあ大変だ。
- 471: 2010/12/26(日) 23:00:49.45 ID:5egcb7o0
- 故に、疲労とストレスでが湯に浸かったら途端に顕著になり、また、考え事をしていたらのぼせてしまい身体に力が入らなくなったというのが佐天の言い訳。
しかし、これは非常に苦しい言い訳だ。
フラフラになるならばともかく、腰まで抜けるとかどうなんだ。
ありえるのか?
そんなことを思うのは当然である。
当然の如く、初春の不審を買ったのは、佐天が腰が抜けて立てなくなったこと。
のぼせてしまえば腰が抜ける?否、んなこたぁない。
初春の瞳が痛い。気のせいか、彼女の頭部をガードする美緒蘭手(ビオランテ)さんからも不審なオーラが出ている。気がする。
そして、鋭く黒い初春飾利は何かを察した。佐天の腰が抜けてしまうような直接の引き金について。
また、初春と同じく洞察力に長けている佐天もまた、初春が『何を』察したのかを察した。
初春は『ははぁ~~ん、佐天さん、そういうことですかぁ~~』と言った感情を視線に乗せる。
佐天は『さてはて、いったいなんのことざんしょ?あはははは』と言った感情をもって見つめ返す。
結果、二人の間には大変気まずい空気が流れる。
「いや~それにしても冷えピタが冷たいままっていうのはいいよね。初春の能力って地味に便利だよ」
時折初春が佐天の額に手を乗せる。
彼女の能力によってジェルシートは一定の冷たさを維持している。
「冬とかだと最後まで冷めない紅茶が飲めるのはお得ですよ。手で触れてないと効果ありませんけど」
苦笑する初春に、佐天は唇を尖らせる。
「いいじゃんか~私なんてゼロだよゼロ。ゼロって響きだけはカッコいいんだけどさぁ。合衆国日本!!ってね」
「ツッコミませんからね?」
「初春冷た~い。でも冷えピタ気持ちいいから許す」
「それはありがとうございます」 - 472: 2010/12/26(日) 23:01:49.25 ID:5egcb7o0
-
にへらと笑う佐天に、つい釣られるように初春も笑う。
佐天の柔らかくコシのある髪を指先に絡めながら、初春は静かに佐天の額を撫でる。
秒針の音だけが響く中、ひたすら沈黙が続く。
「そういえば……」
佐天が思い出したように呟く。
「初春とこうして二人で喋るのって何か久しぶりな気がする」
「そうですよ。今頃気付いたんですか?」
「あれ?もしかして初春ちょっと怒ってる?」
「ぷんぷんです」
頬を膨らませる初春に、佐天のいじめっ子センサーがびんびんに反応する。
もし湯中りしていなければハグからのくすぐり倒しのコンボに移っていたというのにと、悔しくなる。
ちらりと佐天を見下ろしながら初春は黒い笑みを浮かべる。
「佐天さんったら一方通行さんのことで一人遊びに耽るんですもん」
「ぶふッ!!ひ、ひ、ひと、ひとり遊びって、どうして、それを…じゃなくて、私そんな頻繁にはしてない……はず」
そう、精々一週間に四回程度だ。
四回?いや五回だろうか。一日に何回しようとも一回というカウントで良いよね?
一体誰にお伺いを立てているのだろうか。
- 473: 2010/12/26(日) 23:03:33.53 ID:5egcb7o0
-
「何を焦ってるんですか?私は妄想の事を言ってるんですけど?
佐天さんたまに一人でニヤニヤしてるじゃないですか」
ニヤニヤだけではなく、部屋ではゴロゴロ転がっていたりします。
「ごふっ!!」
咽た。
佐天さんが咽た。
「それとも一方通行さんのことを思ってナニかしてたんですか?」
「むぐぐぐぐぐッ」
穴があったら入りたいに次いで、墓穴を掘ってしまった。
今日だけで一体自分はいくつの穴を掘るのであろうか。
えええい、面倒だ。シャベルを持てい!!今すぐ穴を掘りまくってやるわい!!
佐天、心の中でヤケクソ気味に吠える。
初春がにやにやと黒く、黒く、そして黒い笑みを浮かべる。
コイツは黒春だ、と佐天は心の中でツッコむ。
頬を引きつらせて初春を恨めしく見上げる佐天、その頬の赤みはのぼせたせいだけではない。
初春は三日月形ににやけた瞳から一転して、好奇心に目を輝かせる。
「佐天さん。ひとつ、教えて欲しいことがあるんです」
佐天はしばし考えてから、ひとつだけ心当たりがあることに気付く。
探るように、そっと一言口にする。
「一方通行さんのこと?」
初春はひとつ頷く。
「佐天さんはどうして一方通行さんのことが…好き、なんですか?」
- 474: 2010/12/26(日) 23:05:04.20 ID:5egcb7o0
-
言われた佐天本人とよりも、初春の方が自分の言葉に赤くなる。
好き、その言葉を口にすることでさえも彼女には恥ずかしいことであった。
それでも、耳まで赤くしながらも初春は続ける。大切なことだから、決して言葉を濁してはならないことだから。
「前に佐天さんは言ってましたよね?可愛い人だって」
佐天はこくんと頷く。それは本音だ。
学園都市最強の能力者。
自分など足元にも及ばぬ存在。
自分の知らない修羅場を潜って来ているのだろう。
そして、一万人の人間を殺した男。
それなのに自分はそう感じた。未だに変わらない。
「私この前時間があったからちょっと一人の時に写真を編集してたんです。ホラ、制服取替えっこしたりした時のやつです」
- 475: 2010/12/26(日) 23:06:25.34 ID:5egcb7o0
- 壮絶に常盤台の制服が似合っていた佐天さんの時だ。ぶっちゃ気電撃姫とツインテよりもお嬢様らしかった。
お嬢様がルーズソックスって…とか、未来の学園都市でもルーズソックスってまだ生き残っていたんだ、な常盤台だ。
まぁ、生き残ってるというか、御坂さんのセンスがぶっちゃけ……なだけなのだが、まぁそれはいいだろうこの際。
「あんた仕事中に何やってるのかね~?」
「えへへへ…まぁ、いいじゃないですか~」
呆れた。いつもそのことで白井に怒られているのは何処のお花畑だ。
佐天は起き上がりながら熱が引いてきたのか冷却ジェルシートを剥がす。
初春はぺろっと舌を出す。かわいいのであえて誤魔化されてやることにする
「御坂さんに白井さん、私に佐天さん。色々な事件に巻き込まれたり首を突っ込んだり。
ホント、去年の夏なんて目が回るくらいに色んなことがありました。
私なんて、殺されかけたこともあります。
それで学園都市で起こる事件を解決するのは風紀委員じゃなくて、
結局はレベルが高い人達なんだなぁって思ったんです」
佐天は何も言わない。それは覆ることの無い真実。
いくら強い正義感を持っていたとしても、様々な形で支援してきたといっても、
最後の決着を付けたのは御坂や白井であった。
「少し潜って調べると学園都市の裏側ではもっともっととんでもないことが起きてるんです。
それこそ毎日。それがどういったものなのかまでは詳しくわからないですし、
わかっちゃったら無事じゃ済まないんでしょうけど。
ただ、それらを解決しているのは噂だと能力者の集団みたいなんです」
- 476: 2010/12/26(日) 23:07:59.20 ID:c29MpCE0
-
佐天もそれは薄々だが感づいていることだ。
その現場を目撃してしまったわけでもない、具体的に確信があるわけでもない。
ただ、時折、一方通行が酷く殺伐とした空気を、或いは消耗しきった表情を浮かべて帰って来るときがある。
学園都市最強の能力者を一体何がこうも追い込んでいるのだろうかと疑問に思ったことがある。
今にして思えば、それは初春のいうように裏で暗躍している能力者がいて、彼がその一人であるからなのかもしれない。
少なくとも、まともにアルバイトに精を出す一方通行の姿は想像が出来ない。
「僧侶ばかりじゃボスは倒せないんです。戦士がいて、魔法使いがいて、それで勇者がいて魔王を倒せるんですよ。
きっと私や佐天さんは僧侶なんです。私達だけじゃなくて、風紀委員の殆どがそう」
初春程ではないが、弟のゲームをやらせてもらったりしていた佐天は彼女の例えが何と無く理解できる。
でも…と初春は少し憂鬱そうに顔を曇らせる。
自分の口にしようとしている言葉に嫌悪するように、不味いものを口にしたように顔を顰める。
「でも、クリアしてからたまに思うんですよ。勇者がいるから魔王がいるんじゃないかなぁって。ゲームだから仕方が無いんです。仕方が無いんですけど。
でも、勇者なんて魔王が世界制服しようとしなければ必要ないじゃないですか?」
「まぁ…普通に生きていく分には伝説のなんたら~みたいなのはいらないよね」
- 477: 2010/12/26(日) 23:09:57.09 ID:c29MpCE0
-
岩に刺さった伝説の聖剣よりも、どうせなら良く切れる包丁が欲しい。
佐天は主婦じみたことを考える。伝説の鎧よりも、汚れがすぐ落ちるエプロンが欲しい。
骨も残さず焼き尽くす炎の魔法よりもじっくり旨味を逃がさずに程よい火力のコンロが欲しい。
あっても困るものだからだ。
もっと昔であれば、そういうものへの憧れもあるが、今は自分にそんなものが扱えるとも思わない。
自分の手に余るだけだ。
「能力ももしかしたら一緒なんじゃないのかなぁって。強い能力が事件を解決してくれるんじゃなくて、
そもそも事件自体が強い能力の為にあるんじゃないのかって。
コナン君が推理してくれるから事件が起こるんじゃなくて、コナン君が推理力を発揮する為に事件が起きてるみたいな」
随分とキワドイ発言だ。
「たまに思うんです。とんでもない事件を解決してくれるのが強い能力者なら、
そもそもそのとんでもない事件を呼び込んでいるのもその強い能力者じゃないのかなって」
「そりゃ事件を起こす能力者もいるけど……御坂さんは、少なくとも御坂さんはそういう人じゃないよ?」
白井さんは性犯罪者の気が強いけどね、と半ば本気で佐天は思う。
中学生であの変態さは時折友人である自分も引く。というか正直6割の確率で引いてる。
自分が標的じゃないだけまだ他人事としてみているが、そうでなければ金属バットさんの出番かもしれない。
背筋に走る冷たい汗を感じながら佐天は苦笑する。
- 478: 2010/12/26(日) 23:10:46.10 ID:c29MpCE0
- 「違います違います!!白井さんは確かに救いようの無いド変態だけど、違います。そうじゃなくて、その……引力というか、磁力というか……
事件に関係の有る無しじゃなくて、その人の持つ力とか、その人の心が引き寄せちゃうような…」
随分とオカルトチックな話しをするなぁと佐天は初春の言葉に耳を傾ける。
初春は両手を膝の上で組み合わせて、じっと瞳を伏せる。
「………そんなこと考えちゃう時点でどうかって思うんです自分でも。ただ、もし、もしですよ?
佐天さんが……一方通行さんに関わることで、そういうものに巻き込まれちゃったらどうしようって…」
幻想御手の事を言っているのだ。アレは自分の浅慮が招いたことなのに。
それでも初春にとって、親友の抱えていたものに、その根の深さに気付くことも出来ず苦しむ姿を見てしまったことは一種のトラウマとして残っていた。
一方通行が初春にとって命の恩人であることも知っている。初春から直接聞いたことだ。
それも佐天が一方通行に好意を抱くきっかけのひとつになっているのだが、そんな恩人を疫病神のように言わなくてはならないことに、初春は自己嫌悪を抱いている。
一方通行をそんな風に見ることへの憤りなどなく、そうまでして自分の身を案じていることが嬉かった。
佐天はそんな初春を愛しいと思う。一方通行に感じるものとは異なる愛しさ。
親友であると共に、何処か妹のようないじらしさ。
こんな優しくていじらしい妹がいたらと、そう思わせるものが今の初春にはあった。
そして、佐天涙子がそんな可愛い初春飾利に対して取るべき行動はたった一つだけだった。
「ぎゅうっっ!!」
「さ、佐天さんッ!?」
俯いていた初春を、佐天は思い切り抱きしめる。
花飾りに頬釣りをしながら、小さな彼女の身体を胸に抱き寄せる。
- 479: 2010/12/26(日) 23:12:44.24 ID:c29MpCE0
-
「初春は心配性だねー愛い奴じゃ。愛い春だね~」
「苦しいです佐天さんってば!!」
初春の言葉を無視するように、佐天は初春の頭にぽすんと顎を乗せる。
「でもさ、そういう心配…してくれて本当に嬉しいよ」
「佐天さん?」
「正直ね、ちょっと色々あってへこんでたんだ……どうすればいいんだろうって」
御坂に似た少女の敵意に満ちた顔を思い出す。
悪意ではなく敵意。自分の心さえも傷つけるような悲痛な表情だった。
見てる方が痛くなるような、苦しさに顔を歪めた少女の言葉が過ぎる。
『ミサカの前でアイツのことわかったような顔してんじゃねーよ!!!アンタ何も知らないでしょ?
アイツのやってきたことなんて。何一つ。』
「どうすればって?」
「うん…まぁちょっとねぇ」
言葉を濁す佐天に、あえて初春は追求しない。
佐天は初春の頭を撫でながら、自分が思い悩み続けたことへの自分自身への反駁を口にする。
- 480: 2010/12/26(日) 23:13:28.50 ID:c29MpCE0
-
「…私って中途半端なままが嫌なんだと思う。いや、違うのかな。単に凄く馬鹿だからかな……
馬鹿だからさぁ、何でも手を出して首突っ込んで、そんでもって痛い目に遭わないと懲りないんだ」
「………」
「懲りて、それでもうホント、反省しましたー!!ってならないと学べないんだよね。
そのせいで初春にたっぷり心配かけちゃったってわかってるんだけどね。
だからさ、先に謝っておく。ゴメンね」
「佐天さん……」
初春が深い溜息を付く。
「いいですよぉっだ。佐天さんが無茶して心配かけるのなんて今更なんですから」
「初春…ホント、どうしてこう馬鹿なんだろうね私」
ぎゅうっ初春を抱きしめる。
苦しいくらいに力を込められた腕に手を置きながら、初春は何も言わなかった。
- 481: 2010/12/26(日) 23:15:11.41 ID:c29MpCE0
-
「とは言ったものの…いざとなったら勇気が出ないのが私クォリティーだよね」
「あァ?」
「いえ、何でも無いです!!」
パタパタと大げさに手を振る。
目の前の少年は怪訝な視線を送ってくるが、佐天には生憎とそこまで余裕が無い。
先ほどまでぽんぽんと繰り出されていた会話が、佐天が俯いたことで止む。
妙な沈黙が生じた。
天使が通るという言葉があったなと一方通行は温くなりつつあるコーヒーを飲む。
舌に温く、安っぽい苦味がへばりつく。
唇を真一文字に閉じる。あまりの不味さに思わず唇が強張る。
しかし、その不味さが、一方通行の思考を引き戻した。
佐天を見つめながら、思い出すのは土御門に言われた言葉。
―――― 半端な気持ちなら佐天涙子に近づくな ――――
わかっていた。そんな事言われるまでもなく。
そして、何が正しいのか、どうするのが最も確かなのかもわかっている。
その為の決断だ。
その為に覚悟をする必要がある。
タイミングは突然であったが腰抜けの臆病者の自分にはこうでもなければ覚悟は付かなかったのかもしれない。
- 482: 2010/12/26(日) 23:15:57.32 ID:c29MpCE0
-
「なァ……お前は聞いたのか?アイツから」
「………アイツ?」
誰のことだろうかと、佐天の瞳が問い掛ける。
「番外…ミサカにだよ」
奇妙な名を口にしそうになったところで、慌ててミサカといい直す。
御坂美琴の姉ということにしていたのだ。
佐天は、一瞬目を見開くと、何も答えない。
「そォか…」
彼女の沈黙が答えだった。
コイツは知っているのだ、やはり。
番外個体の言葉は事実であり、先ほどまでの目の前の少女の明るさこそがブラフだったのだ。
一方通行は、覚悟を決めるように、深い溜息を吐く。
「場所……変えるぞ。俺の部屋でいいか?」
佐天が頷くのを確認すると、一方通行はゆっくりと席を立った。
- 491: 2010/12/28(火) 00:15:45.26 ID:YzNGWyE0
-
鉛のような沈黙が降りていた。
目の前に淹れた二つのカップから立ち上っていた湯気はとうに消えていた。
どちらとも珈琲にはまったく手を付けていなかった。
珈琲が冷めるまでの時間はあっけなく感じる一方で気の遠くなるような時間であった。
俯いた佐天の表情はわからない。
膝の上で組み合わされた小さな女の子らしい手が、ぎゅっと力のこもっていることだけはわかる。
やはり言うべきではなかった、まずは後悔が胸の中に生まれる。
しかし、一方通行はどこか重圧が解けた心地を覚えていた。
後悔は確かにある、しかし、ホッとしているのだ。
暗澹とした安堵。
彼女に隠し続けることに対するうしろめたさから解き放たれたからだろうか。
そんなことを考える自分を酷く憎み、軽蔑する。
正直と誠実は違う。正直とは子供のものであり、誠実とは大人にのみ許された感情だ。
ただ自分の気が済まないからと何もかも話すことは正直であって、誠実ではない。
傷つけない為に時には自分を殺してでも優しい嘘を吐くことそれが誠実。
だとすれば、自分は土御門の言うとおりガキなのだろう。
冷めた珈琲に手を伸ばそうとして止める。
「今言った通りだ。わかったろ?俺がどンだけ救いようのねェ悪党かが」
俯いたままの佐天を、憂鬱な気持ちで眺める。
彼女の今の表情を考えることさえ心を重くする。
- 492: 2010/12/28(火) 00:16:45.48 ID:YzNGWyE0
-
「てめェがレベル5にどンなイメージを抱いてるのかはわからねェ。だがな、超電磁砲みたいな奴ばかりだと思うな。
アイツは例外だ。俺みてェなクソったれな悪党だっている。むしろそンな奴ばかりだ…」
そう、御坂美琴は希有な存在。
故に、自分は彼女を羨む。暗部に関わることなく、表で生きていける彼女に、嫉妬にも似た思いを抱く。
「だから…」
一瞬口ごもる。
この期に及んで、まだ躊躇う自分の愚かさ、臆病さ、情けなさ、脆弱さに反吐が出る。
「もう…ここには来るな。つーか気づけよ。お前騙されてたンだよ。
浮かれたメスガキの馬鹿っぷりがあンまり愉快だったからよ。
けど、そいつももう終いだ。いい加減メスガキの相手もウザったくなってきたからよ」
佐天の肩がびくりと震える。
一方通行の口から舌打ちが出る。
「目障りなんだよ…ッ」
苛立ちが声に滲む。
こういう風に突き放すことしか出来ない自分に向けた苛立ちだ。
佐天は何も言わずに俯く。
10秒、20秒、30秒。
沈黙が降りる。
一分、二分、三分。
沈黙が続く。
- 493: 2010/12/28(火) 00:17:50.27 ID:YzNGWyE0
-
十分が経過したのだろか。
一方通行は佐天からそらすように、自分の珈琲の表面を見つめる。
沈黙を破ったのは、佐天だった。
「わかりました」
ああ、と声にならないため息が喉を震わす。
自分でそうし向けたというのに、終わりを告げる言葉に、はっきりと打ちのめされている。
だったら、もう帰れ、そう口にするべく、顔を上げた一方通行は自分をまっすぐに見つめる佐天の表情に言葉を飲み下す。
佐天は柔らかく、微かに微笑んでいた。
「一方通行さん、やっぱり優しいですよ」
一方通行は息を呑む。
悪態を吐くことさえ、思い浮かばない。
思いも寄らない言葉に、思考が真っ白になる。
理解が出来ない。一方通行が思ったのはそれだけだった。
「そしてゴメンなさい。辛いこと、いっぱい言わせちゃって」
スカートを掴む手に力がこもるのがわかる。
更に一方通行は理解が出来ない。軽い混乱に陥っているのが自分でもわかる。
「お前…俺の話聞いてたのか?俺が何したのか、今話したよな、それで何でそうなる?ンなふざけた言葉がどうして出てくる」
優しいなんて言うな。
焦りと苛立ちに、唇を噛みしめる。
「お前は怖くねェのか?お前くらいのガキを殺したって言ってるンだぜ」
「それは怖いですよ。でもえ正直一万人を、っていう話がピンときてないのが本音です。ただ、一方通行さんが言ってることが本当のことなんだっていうのも
何となくわかるんです。だから怖いです。想像も出来ないっていうのが一番怖いです。ただ……それでも私信じていないんです」
「なに?今テメェが言ったことも忘れちまったのか。そいつはァ紛れもねェ事実だ。何だったら“ゴミ捨て場”から骨でも拾ってきてやろうか?」
真横に引き裂いたような笑みを浮かべる一方通行から視線を逸らさず、佐天は困ったような笑みを浮かべる。
「違います。私が信じないのは一方通行さんが悪党だっていうことを、です」
- 494: 2010/12/28(火) 00:20:39.31 ID:YzNGWyE0
-
「は ―――― 」
何を言ってるのだこいつは?何を言っている?
「ははは ――― かかかはははは、ははは ―――……」
悪党であることを信じない?俺が悪党ではないだと?
「……お前、本当に馬鹿だなァ……」
コイツは本当に馬鹿なガキだ。当たり前の常識すら知らない。
「お前、ちゃんとわかってンのか?一人だとか二人じゃねェンだ。過失でも、正当防衛でも、偶然でも、事故でも、冤罪でもねェ。
純然たる俺の意思でブチ殺してやってンだぞ?一万もの人間を。砕いて、焼いて、埋めて、轢いて、潰して、裂いて、抉って、切って…
思いつくことをやり尽して、殺してきたンだぞ?そういう奴を世間じゃ『悪党』って呼ぶンだよ」
そうだ、それが当然のことなのだ。
自棄になっているのではない。
自嘲で言ってるのではない。
それは真っ当な『事実』だ。
「そうかもしれません。でも、違うと思います」
まるで子供のダダだ。打ち止めがごねた時のような、どうにもならない苛立ちと困惑に言葉を失いかける。
冗談じゃない。こんなただの、普通の、無能力者のガキに、一体何を自分は乱されているというのだ。
「は、違う?じゃあ、何が違うンだァ?」
「だって……貴方の言ってる昔の貴方と、私の知ってる今の貴方は違うんだもん」
「………はァ?」
今の俺を見て、それで違う?何がだ?昔も今も、俺は俺だ。
コイツは話しを聞いていたのか。この話しは至ってシンプルなのだ。
学園都市最凶の怪物は『最強を目指して、更に強くなる為に一万人もの人間を殺した』それだけのことなのだ。
それに対する答えは『この人殺しの悪魔』という罵声が正しい。
それをわけのわからない屁理屈で。怒りがぐつぐつと湧き立つ。
「じゃあ、今の俺がお前的には悪党じゃないからノープロブレムってかァ?おめでてェなァ」
佐天は、もどかしげに首を振る。
「…ホント、上手く言えないんですけど……一方通行さんは確かに加害者で、罪をいっぱい背負っちゃってるって、それはわかるんです。私にだって。
でも…一方通行さんは悪党だって…私にはどうしても思えないんです」
- 495: 2010/12/28(火) 00:25:28.16 ID:YzNGWyE0
-
「………」
「私、あの御坂さんのお姉さんに言われてからずっと考えてたんです。考えて考えて、そんでお風呂でのぼせちゃうくらい考えて。
それでもやっぱりわかんなかった。一方通行さんがどんな気持ちだったのかっていうことが」
そんなもの、自分にだってわからない。
打ち止めに言い当てられた実験における自分の心情。
言い当てられたというぎくりとした焦りと同時に、疑う気持ちもあった。
そんなわけがないだろうと、都合よく解釈するんじゃないと、反発も抱いていた。
自分はそんなに繊細ではない。
自分もまた実験の被害者の一人であるような言い方は止めろ。
自分はそこまで考えて少女達に言葉を投げつけていたわけじゃない。
でなければ、自分は罪から逃れるための逃げ道に縋りついてしまいそうだ。
「だけど、私には一方通行さんの気持ちなんてわかるはずがないんです。だって、一方通行さんにだって私の気持ちなんてわからないでしょ?
んで、開き直っちゃうことにしたんです。わからないなら、そのままでいいやって。見てもいない一方通行さんのことを理解できなくてもいいやって。
ただ、私の知ってる一方通行さんのことを信じればいいやって。だから、信じません。貴方が悪党だって信じきってる貴方を、私は信じません。
私の信じるのは、私の知ってる一方通行さんだけです」
真っ直ぐに向けられる瞳と、拙いくせに迷いの無い言葉に頬を張られたように呆然とする。
学園都市最強のレベル5が、レベル0の無能力者の少女に圧倒されている。
一方通行は、その事実をハッキリと認識する。
- 496: 2010/12/28(火) 00:26:26.32 ID:YzNGWyE0
-
真っ直ぐに一方通行の目を見つめながら、佐天はけたたましく打っている自分の鼓動を感じる。
自分の言ってる言葉、言ってる相手、言ってる自分という存在。
全てに大して、何を偉そうに、という冷めた言葉が絶えず生じる。
何を言ってるのよ、私はそんな大した奴じゃない。
頭だって大して良くない。
顔も絶賛するような美人じゃない。
腕力だって並だし、当然運動神経だってそこそこだ。
趣味らしい趣味は無いし、人に誇れるような特技だってない。
そして何より自分には能力が無い。
それでも、それでも此処で引くことは出来ない。
「信じたいものだけを信じてるってことじゃねェかそりゃァよォ。テメェは結局都合のいいところだけを見てるンだろォが。
どんなイメージだか知らねェが、ソイツを俺に押し付けンのは止めろ」
赤い瞳がぎらっと光る。正直怖い。
それが本気で向けてるものとは思わない。殺気なんてものマンガじゃないんだからわかるはずがない。
それでも怖い。路地裏にいるスキルアウトなんて目じゃないくらい怖い。
端整な顔が苛立ちと嘲笑で歪むとこうまで怖いものなのだろうか。
「そんなんじゃないです。ただ信じられるから信じてるだけです」
本当に、それだけだ。何も小難しいことなど無い。
自分が接してきた一方通行に、どうしても自分は『悪』という文字を当てはめることが出来なかった。
「誰だってそうしてることだから。信じれるから信じて、信じられないから信じない。
特別なんかじゃ全然ないんです」
特別。自分には最も似つかわしくない言葉。
自嘲と共にそう思う。
一方通行は、呆気に取られたように赤い瞳を丸くしている。
ウサギみたいだ。場違いな感想が過ぎる。
- 497: 2010/12/28(火) 00:27:30.90 ID:YzNGWyE0
-
「………ウゼェンだよ」
唇を噛んだ一方通行が俯く。
苛立ちと共に、途方に暮れた声が絞り出される。
「変にメスガキに懐かれてこっちは苛立ってンだ。その上ごちゃごちゃとわけのわかンねェこと言いやがって……」
ぎしっとソファのスプリングが微かに軋む。
息を呑んだ。一方通行が身を乗り出すように、立ち上がる。
白い手が胸元に伸びると、そのまま襟首を掴まれた。
「痛ッ……」
乱暴に掴み上げられ、思わず声が出る。
一方通行が、嗜虐的な笑みを浮かべると、そのまま視界が反転する。
「あう…ッ」
ぎしっとソファが軋み、目の前に赤い瞳が映る。
視界の隅には天井。
「……ッ」
自分が押し倒されたことにようやく気付く。
目の前、鼻と鼻がぶつかりそうな距離にある白い唇から、小さく息が零れる。
頬を温い身体から零れた吐息が撫でていく。ぞくりと、背筋に奇妙な疼きが走る。
痴漢に遭った時のような嫌悪感ではない。
「血の巡りの悪ィ出来損ないの頭にわからせてやろうか?これ以上わけわかンねェこと抜かすとどうなンのか。
ぶち犯されて、グチャグチャにされて、痛い目っつー痛い目に遭わせらンなきゃあ懲りないタイプみてェだからなァ」
その通りです。そういう馬鹿なタイプなんです。心の中でそっと呟く。
一方通行の手が、胸元に伸びる。身体が一瞬、条件反射のように震える。
- 498: 2010/12/28(火) 00:28:15.49 ID:YzNGWyE0
-
「くかかかかか……ようやくらしい反応が出てきたじゃねェか?震えてるぜ?」
当然だ、そんな経験など無いのだから。
怖気づいた身体の蠢きを感じ取ったのか、一方通行の手が一瞬止まり、そしてシャツの胸元を一気に引き裂く。
「イァ……ッ」
外気に曝された肌がぶるっと震える。
年齢に似合わぬ、水色の下着に包まれた胸が一方通行の目の前に曝される。
身を捩り、隠そうとすると、両腕を片手で押さえこまれる。そして空いた手が乱暴に胸をわしづかみにする。
「……ンン……ふ…」
びりびりと痺れが胸から全身に走る。咄嗟に出そうになった声を押し殺す。
舌打ちが耳の側でする。見下ろす一方通行の瞳に、戸惑いと苛立ち。そして後悔が見えた。
一方通行に頬を掴まれる。引き寄せられると、更に彼の瞳が間近にくる。
「気に入らねェなァ……何耐えようとしてンですかァ?そうやって我慢してりゃァ俺が止めるとでも思ってるンですかァ?
目を覚まして、良い人に戻ってくれるなんて……思ってるんだとしたら、哀れ過ぎて可愛いぜェ…?」
「痛ッ!!」
遠慮なく、胸の頂点、突起を一方通行に捻り上げられる。
激痛に声が漏れる。口を押さえようとしても、両腕の自由が利かない。
- 499: 2010/12/28(火) 00:29:24.75 ID:YzNGWyE0
-
「んゥッ……ふうぅ……あン……ン……」
リビングには僅かな物音のみが広がる。
スプリングの時折軋む音。
衣がこすれる音。
二人分の息遣い。
そして、自分の喉から漏れる声。
リビングに溶けて行く音が、自分のものだとわかると身体が恥ずかしさで熱くなる。
時間はまだ大して経っていないはずだ。
一方通行の手が胸をまさぐり、彼の吐息が首筋に当たる。
何故か不思議だった。嫌悪感が一向に起こらない。
「ンうゥッ!!」
首筋にチクリとした痛みが走る。
首に元に顔を埋めているのか、視界の端に白い髪に覆われる。
熱い舌が首筋を舐める感触に、甘い声が溢れそうになる。ぐっと唇を噛み締める。
もう何も考えられない。頭の中が真っ白になる。
「……んでだァ……」
一方通行の声に、ぼぅっとしていた頭が現実に引き戻される。
目の前には困惑した彼の顔。不思議だ。
こうして押し倒されて好き勝手されつつある自分よりも、組み敷いているこの人の方がずっと追い詰められた顔をしている。
- 500: 2010/12/28(火) 00:36:58.15 ID:YzNGWyE0
-
「なンでだァ…どうして跳ね除けねェ?いい加減目ェ覚めたろ?それとも本当に犯られなきゃあわかンねェのか?
そうまでして痛い目に遭わないきゃ、クソッタレの外道だってわかンねェのか?」
「………わかりません。だってそれウソですもん」
「うそ…?」
「だって……そんなこと……一方通行さんはしませんから」
「……ッ……馬鹿か……テメェ……」
ねぇ、一方通行さん。気付いていますか?
ずっと自分の声が震えているのに。
「……どんなに悪いことをしたからって、それでこれからも悪い人でい続けなきゃ駄目なんですか?」
償うことすら出来ない。変わることすら出来ない。
そんなことあるのか。やり直すことは出来なくても、許されなくても、それでも許されてもいいはずだ。
償おうとすること、変わろうとすること、そう「しよう」とすることだけは許されなければおかしい。
「ったりめぇだろォが……「そんなの嫌です!」……オイ…」
「誰が認めちゃっても一方通行さんが認めちゃっても、私は認めてなんてやりません」
両腕の拘束が緩んだ。
圧し掛かっていた一方通行の身体が離れる。
赤い瞳が、彷徨うように揺れている。
それを追いかけるように、自由になった手は引き寄せられるように目の前に伸びる。
目の前の、途方に暮れた少年の頬に伸びる。
びくりと、今度は彼が震える番だった。
「だって……こんなに泣きそうな顔をしてる人を放っておくなんて出来ません」
ひくりと、一方通行の喉が震える。
- 501: 2010/12/28(火) 00:38:51.63 ID:YzNGWyE0
-
佐天の優しく、濡れた瞳を捉える。柔らかく開いた唇が目に着く。
両の頬に触れている手が微かに震えていることに気付く。何を今更。ついさっき、そう言って彼女を言葉で弄んだではないか。
ついさっき?果たしてそうだったのだろうか。本当はもっと前からかもしれない。だとすればいつから?
彼女の様子を思い返す。
―――― 膝の上で組み合わされた小さな女の子らしい手が、ぎゅっと力のこもっていることだけはわかる。 ――――
それが震えを誤魔化す為だったら?
『 ――― それは怖いですよ』
それは冗談ではなく本音だったら?
ぞくりと、身体を、心を、揺さ振るような感触が全身を撫でたような気がした。
彼女は怖いのだ。ずっと、今まで。その上で、自分と向き合っていたのだ。
彼女に向けた言葉を思い出す。
『俺がどんだけお前に かをなァ』
自分の偽らざる本音。思わず零れ落ちてしまったのは、彼女が珍しく気落ちしていたから。そんな彼女を見ていられなかったから。
彼女の望む言葉の本質を感じ取ってしまったから。そして、今の彼女のあり方こそが、まさに自分が彼女に対して抱いている本質だった。
眩しいと、そう、目が眩むほどに眩しいと感じる彼女の強さ。魅力。本質。
自分の中の何かを掴んで引きずり出していくような気がした。
気付けば一方通行は飛びのくように佐天から距離を置いていた。
これ以上、佐天と一緒にいてはいけない。いてしまえば、自分の決意も何も無くなってしまう。
理解の出来ない感情。結標といるときに時折感じる感情。それよりももっと強い衝動。
一体自分はどうしたというのだろうか。
佐天が胸元を手で抑えながら、見つめてくる。
耐え切れず、一方通行は声をあげた。
「……悪ィ……帰ってくれ……今の俺は、わけが…もう、ワケがわからねェ…ンだ」
縋るように、請うように、学園都市最凶の怪物などという冠がウソのような、それはただの途方に暮れた少年の言葉だった。
- 502: 2010/12/28(火) 00:40:34.29 ID:YzNGWyE0
-
押し付けられるように渡されたコートは明らかに男もののレザーコートだった。
しかし、それに対して何かを言う雰囲気ではなかった。
自己嫌悪が佐天の中にある。
正直、あのまま彼にすべてを捧げてしまっても良いとさえ思った。
軽率かもしれないが、あの瞬間、自分は確かにそう感じていた。
自分はただ素直に、正直に、感情のままに行動した。
押し倒されたときは怖かった。
自分で触るのとは全く違う感覚に戸惑った。
自分が何を言い出すのか、自分でも抑制が利かなかった。
ただ、嘘だけは吐きたくなかった。彼にだけは。自分の痛みを隠さずに語ってくれた彼に応えるために。
けれども、それが一方通行を追い詰めてしまったのだろうか。
縋るように、請うように、願うように、頼むように。
最後に彼が吐き出した言葉は、それまでの嘲りの言葉よりも胸を突いた。
自分の何が彼を追い詰めてしまったのだろうか。
一体何が足りないのだろうか。
やはり想いだけではいけないのだろうか。
- 503: 2010/12/28(火) 00:41:21.12 ID:YzNGWyE0
-
「おぉ、可愛いじゃん。どうしたんだい?そんなにしょげちゃってよ。彼氏にでもフラれたのかい?」
頬が強張る。夜遅いというほどの時間でもないのに、既にこの手のナンパが来た。
学園都市では珍しくは無いが、この時間であれば風紀委員の目を嫌う者が多い。
ちらりと声の方を振り向くと、高校生くらいの男が立っていた。背は高く、長い髪は茶色。
ジャケットに、コートを簡単に羽織っているだけなのに、様になるのはスタイルのおかげだろう。
「い、いえ、そんなのじゃないんです。じゃあ…」
それだけ言うと、足早に立ち去ろうとする。
この時間であれば、一人に固執するよりも即座にターゲットを切り替える人の方が多い。
「まぁまぁ、待っててば。つれねーじゃんか」
しつこいな、と苛立ちを押し殺す。男の姿を改めてみると、そこらにいるチンピラとは比べられないほどに整った顔の男だった。
顔立ちは一方通行と同等に恐ろしく整っている反面、一方通行とは全くその種類が異なる。
彼の人を寄せ付けない、中性的、浮世離れした顔とは異なり、良く言えばわかりやすい、悪く言えば俗っぽい美形だった。
「あれ?泣いた跡があるぜ?もしかしてさっきのフラレたっていうの図星だったりする?」
「あ、あの私急いでるんです…だから…」
「そっけないね~彼氏にフラレたっての図星だったわけ?いやぁ…それとも ――――― 」
男がくすりと笑った気配がした。
「一方通行にフラレたのかな?」
- 504: 2010/12/28(火) 00:46:41.00 ID:YzNGWyE0
-
佐天がいなくなった後の部屋。
一方通行は椅子に座ったまま、虚空を睨んでいた。
ライトは付けず、月明かりだけが薄い靄程度の明度をリビングにもたらす。
蕩けるような輪郭のみの闇の中、一方通行は己の胸の鼓動に耳を傾けていた。
一体、あの感覚は何だろうか。
佐天や結標、時に番外個体にまで抱くもの。
それに翻弄されているのはわかる。
そして、それに翻弄されたまま、佐天涙子に自分を曝すことが恐ろしかった。
自分で自分がわからなくなってしまうような。
自分の中の大きなうねりに自分自身が飲み込まれてしまうような不安。
視線が何気なくテーブルの上に留まる。
湯気を立てる珈琲の側に乱暴に投げ出された黒いエプロン。
それを手に取り、抱きしめる。
甘い、柑橘類の香り。
ヘアフレグランスだけではない、佐天自身の香りが染み付いていた。
ほんの数時間前のことが過ぎる。押し倒した彼女から香る芳香。眩暈がした。
溺れてしまいそうな、恐ろしく染み込むような甘い匂いだった。
思い出すだけで、身体の芯が熱くなる。
「クソ……ッ」
ガシガシと頭を掻き毟る。苛立ちともどかしさが混ざり合う。
まったく自分らしくないことばかりだ。
一体何なのだろうか。何か自分はしたのだろうか。
どうして自分がこんなわけのわからない感情に翻弄されなければならないのだ。
そうして、肝心の決断も下せずに、突き放すことも、抱え込むことも出来ずに、無様にこの有様だ。
- 505: 2010/12/28(火) 00:51:45.19 ID:YzNGWyE0
- 静寂を突然破ったのは、一方通行の携帯であった。
煩わしさを抱きつつも、手に取ると表示に目を見開く。
『サテン』
おそるおそる取る。一体何を話そうか、話すべきか。
頭の中が目まぐるしく回転を始める。
覚悟を決め通話ボタンを押す。
『さっさと出ろよな~ったく、相変わらずムカつく野郎だなぁ第一位』
時間が止まった。
「…おま…え」
『なんだぁ?その反応は。電話越しとはいえ、折角の再会だっていうのによ』
何故コイツが出ている?
『それとも、第一位様は格下のことなんざ瞬間的に記憶から消え去るのかね~』
何故コイツがサテンの電話に出ている?
『つれねぇ~よなぁ』
何故コイツが……
『折角地獄から戻ってきてやったっていうのによ、なぁ一方通行?』
……生きている?
『涙子ちゃんにもそんなふうにつれなくしてたんだろ~?』
「!?お前……アイツに……」
『そんなんだから簡単に攫われちまうんだよぉ~』
「アイツに何をしたァ……ッ!」
『イイ声じゃねぇかよぉぉ、なぁぁおい、一方通行ァァァァァァーーー!!!』
「垣根ェェェェェェェェーーーーーーーーーーー!!!」
- 530: 2010/12/29(水) 01:05:21.31 ID:TW5Selw0
-
アレイスターへの直接交渉権などどうでも良かった。
それよりも、自分を消滅へと追い込んだ男が重要であった。
常に自分の上に立ち、そして追いついたと錯覚した瞬間に、更なる領域を見せつけ自分を一蹴した男。
ただ、自分がただの踏み台としての価値しか持たせて貰えなかった男。
その男との決着が、飢えと、餓えになって自分を駆り立てた。
強迫観念にも似た思いで、一方通行を探し当て、そして、今夜彼と戦う場を垣根帝督は用意した。
野晒しの朽ち果てたステージにお粗末な設備。
書き殴りの推敲無しの脚本。
監督もいなければ、演出もいない。
観客もいなければ、利益にもならない。
台詞とアクションの大半は役者のアドリブ任せ。
舞台としては最低だ。
しかし、それで垣根は良かった。
重要なのは主演。
自分と一方通行。
この二人が揃えばそれで良い。
それで良いのだと、垣根は月を見上げていた。
- 531: 2010/12/29(水) 01:05:48.02 ID:TW5Selw0
-
こみ上げる怒りを排出するように、深々と白い息を吐きながら一方通行は空を見上げる。
時刻は日付を跨いだばかり、空を見上げれば月が見事な真円を描いている。
真っ黒な天井に空いた穴のようだ。佐天を送っていったある日もこんな月だった。
まるで穴のようだと思っていたら心を読んだかのように佐天が言った。
『お月様を見て穴だと思う人は不安な人なんだって私なんかで読んだんですよ』
「くっだらねェ……」
月のすぐ下には歪なビルが一棟。
他にそのビルに見合う高さの建物が無いせいか、やたらと目を引く。
どうにも目の前のビルに一方通行は違和感を禁じえない。
そもそもこの一帯でまともに形を残しているビルは限られている。
今にも月を貫こうと待ち構えているようにその一棟はやたらと目を引いた。
それを差し引いても、ちくりとした違和感があった。
GPSに目をやりながら、こんなビルがあっただろうかと、思いかけて思考を閉じる。
どうでもいいことに思考を費やしている暇など無い。余裕も無い。
結局土御門の言っていた通りになった。
巻き込んで、そして、まんまと攫われてしまった。
さっさと手放してれば良かったのだ。突っぱねて、少しくらい傷つけてでもこんな下衆から引き離してやればよかった。
きっとそうすれば今頃は温かい寝床に就いて、穏やかに眠っていたはずだ。
しかし、後悔は後でいい。
離れるのも後でいい。
今は真っ先にすべきことがある。
視線をそのままゆっくりと地上に下ろしていくと、一瞬、視界がぼやける。
うんざりとするその光景に煩わしさを吐き捨てるように舌打ちをする。
身体の感覚を麻痺させてしまうようなこちらの寒さとは無縁の熱気でむせ返ってしまいそうだ。
人の醸し出す音の重なり。寄り集まった肉の放つ熱。無数の息遣いが溶け合う空気。
「よくもまァ……こンなにカスを集めたもンだなァ……何だか見かけたツラばかりじゃあねェかァ?」
- 532: 2010/12/29(水) 01:07:00.42 ID:TW5Selw0
-
けけけけと、唇を釣り上げて笑う。
初めて発した声に、目の前の集団がもぞりと身動ぎしたのがわかる。
怯えと、反発、憎悪と怒り。
各々が抱く感情が一方通行の声ひとつに反応するように震えたのだ。
その一種の連帯感、統一感は集団というよりも群体だろうか。
ジャケットに伸ばしかけた手を首にあてる。
ざらっと確認した人数が四桁に近いと判断すると共に、行動を変える。
グダグダやっている時間は無い。
内心の焦りを、不敵な笑みに切り替え、一方通行はありったけの悪意を込めて嗤う。
チョーカーのスイッチに指を掛ける。
「オイ、一方通行よ。そんな余裕ぶってていいのか?この人数相手によ」
「ああァ?」
集団の一角から声がする。震えを隠しきれていないお粗末さに怒りよりも呆れる。
震える声に虚勢を織り交ぜた声が、無理矢理笑い声を上げる。
「知ってるんだぜ?お前能力に制限が掛かってるんだって。すっかり弱くなっちまってんだろう?」
「そんなザマで俺らを相手に出来るのかよ」
「垣根さんだってこっちにやいるんだぜ?」
嘲笑しているつもりなのだろうが、生憎と一方通行には下手糞な役者の棒読み台詞にしか聞こえない。
最低最悪、ある意味では清々しいほどのやられ役台詞に、一方通行の唇が捲れるような笑みを形作る。
「オイオイ、集めに集めたりって感じだなァ。厳選されたカスばかりじゃねェかよ。くくく…かかかかか。
クソばかり集めたクソ山のカリスマにでもなるつもりですかァァ…?クソメルヘン野郎がァァ」
- 533: 2010/12/29(水) 01:10:00.93 ID:TW5Selw0
- 邪悪な笑み、敵意と愚弄で塗り固めたせせら笑い。
少年からもたらされる空気の変化に気付いたのは集団の前面に立つ者達。
学園都市の夜を這いずり回る彼らが持ちえるスキルが後ずさらせる。能力も持たない、誇りも持たない、生き甲斐も持たない。
そんな彼らが、夜の学園都市を這いずり回る上で必須のスキル、それは強者と弱者の嗅ぎ分け。
その嗅覚が数において圧倒的に優位に立つ彼らの足を前にではなく、後ろに下がらせた。
自分達を捻り潰せる怪物の匂いにようやく気付いたのだ。
そして、恐怖は伝播する。
数百人という肉の塊とも呼べる集団に、じわじわと浸透していく感情。
後悔、恐怖、失望、諦観、自棄、反発、屈辱。
一方通行はそれらの感情の波紋が広がり、異なる波紋同士がぶつかっていくのを鋭くキャッチする。
チョーカーに掛けた指を滑らせる。
かちり。
渇いた音が、彼らの意識を一瞬、たった一人の少年に向けさせることになった。
数百もの人間が、一斉に息を呑む気配が闇空の下に声無きどよめきとなって広がる。
華奢な少年が、学園都市の闇を食い散らかす怪物に切り替わった瞬間を目にしたからだ。
「気が向いたら殺さないでおいてやるかもしれねェが……あんまり期待はすンじゃねェぞ?」
穴のような月を一度だけ見上げると、一方通行がカパリと嗤う。
歪なビルの最上階。ガラスがくり抜かれた窓枠に腰掛け、下で繰り広げられている光景に目をやる。
「お~お~、相変わらず強ェ~強ェ~。っていうか、あの野郎明らかに前より強くなってるだろうが」
いや、能力の使い方が上手くなってんのか、純粋に興味津々に呟く。
垣根帝督は楽しそうに声を上げ見下ろす。
まるでスポーツの試合を最前列で観戦しているような無邪気な声に、佐天涙子は困惑する。
佐天の困惑を感じ取ったのか、垣根がふっと視線を佐天に移す。
垣根はまるでクラスの悪ガキがからかう気安さで佐天をニヤニヤと見つめる。
「涙子ちゃんも見てみるかい?あの白モヤシ、すっげー必死な顔で雑魚ども蹴散らしてやがる。マジ受けるなぁ」
「どうしてこんなことするんですか?」
佐天は腕を動かそうとするが、手錠に繋がれた腕は鎖の音を悪戯に立てるだけ。
もどかしさと悔しさに俯きそうになる。垣根の視線は既にビルの下へと向いていた。
佐天からは見えないが、破壊音と、悲鳴、爆発音まで聞こえてくる。
まるで戦争でもしているのだろうかという程に。
「こんなことってのは涙子ちゃんを攫っちゃったことかい?
それとも、あのクソ野郎に喧嘩吹っ掛けちゃってることかい?」
おお、スゲェ吹っ飛んでらぁ、と子供のように歓声を上げている垣根に、佐天は怒りも露わに目尻を釣り上げる。
「どっちもです!!」
- 534: 2010/12/29(水) 01:11:00.09 ID:TW5Selw0
-
「怒るなって。可愛い顔が台無しじゃねぇか。だってよ、仕方が無いだろう?」
窓枠から腰を上げると、垣根は身体を伸ばす。
まるで柔軟体操をするように肩をまわしながら、ダルそうに佐天に近づく。
「俺はさ、あの野郎に借りがあるんだよ。有体に言えば敵討ちっていうの?」
その言葉が示す先に、佐天はひとつの心当たりにぶつかる。
「敵討ち……一方通行さんがしていた実験っていう……」
驚きと共に垣根を見上げた佐天であったが、佐天の予想とは裏腹に垣根は感心したようにへぇと声を漏らす。
思いも寄らぬことを言われたと言うように。
垣根の表情に、それまで大してなかった興味のようなものが生じる。
「あのガリガリ君、そんなことまでお前に話してるのか?餌程度に連れて来たけど思いの外VIPみたいだなぁ」
そう言って佐天の黒髪の一房に触れる。
さらさらとした手触りを堪能するように指先で弄ぶ。
佐天が、嫌悪を剥き出しにして首を振る。指先から零れる黒髪を、残念そうに見遣ってから垣根はますます楽しそうな笑みを深める。
「可愛いねぇ。如何にも穢れてねぇ感じがして。あのモヤシ野郎わかりやすい趣味してんなぁ。
俺はもう少しビクビクしてくる子がタイプだけどさぁ。アイツは勝気なのが好きなんかねぇ」
くすくすと笑い声が、廃墟のように人気のないビルに低く響く。
「まぁ、いいさ。こちとらアイツをぶち殺せればそれでいいわけだし?教えてやるよ。俺の言う敵討ちってのは俺のだ。
俺を殺した敵討ちをしようって思ってるんだよ。リベンジだな」
「は…?」
意味がわからないと、佐天が間の抜けた声を上げる。
イチイチ素直な反応をしてくる彼女が面白いのか、垣根が噴出す。
「はははははッ!そうそう、そうだよな、そういう反応になるよな、普通はよぉ。その反応、わかるぜ?マジで。
俺だってきっと思うだろうさ。テメェ何沸いたこと言ってやがるんだってなるよなぁ。ははははは!!」
壊れたように笑い始める垣根に、佐天は怯えるように眉を顰める。
異常な無邪気さと、テンションの高さ、何も危害を加えられてもいないというのに、佐天は目の前の男に恐れを抱く。
笑顔にこそ狂気が映し出されるという。また、笑顔には威嚇の意味もあると聞いたことがある。
それは、目の前の男を見ていると納得がいく。
ひとしきり笑ってから、片眉を吊り上げながら垣根は唇を歪める。 - 535: 2010/12/29(水) 01:13:51.57 ID:TW5Selw0
-
「けどよ、本当なんだぜ?俺はアイツにズッダズダにされてぶち殺された。いやぁ、それよかヒデェな。
脳だけにされちまってわけのわかんねぇ実験に使われてたんだからよぉ…ま、こうして生き返れたわけなんだがな」
「それでお返しっていうわけですか?第二位が第一位に勝つには人手を集めて人質まで取らなきゃ無理なんですね」
佐天の瞳が真っ直ぐに垣根を見上げる。垣根の浮かべていた薄ら笑いが消える。瞳に危険なものが浮かんでいることに気付きながら、佐天は睨むことを止めない。
「……言うじゃねぇか」
重く押し殺した声は、それだけでも失神してしまいそうな程の圧迫感を与えてくる。
背中に冷たい汗が流れるのを無視して、佐天は言葉を続ける。
「でも、あの人は負けませんから。子分集めなきゃ戦えない人なんかには、絶対」
「いいねぇ…命知らずっていうか、好きな男を信じきってる女っていうのは可愛いなぁ……けどさ」
がつんと鈍い音と共に、垣根の足が佐天の肩を無造作に蹴り飛ばす。
床に転がる佐天の背を固い革靴が容赦なく落とされる。
ぎりっと踏みつけた背を捻る様に更に踏みつける。
「ッ…はッ」
塊のような息が漏れる。
痛みと苦しさに佐天の目尻に涙が浮かぶ。それを苛立ち混じりの笑みで垣根が見下ろす。
「もうちょっと女の子は静かな方がいいぜ?やかましい女は嫌われやすいからよ。特に立場弁えてねぇ女は ―――― 」
言いかけた瞬間、今までよりも遥かに凄まじい破壊音が垣根の耳に飛び込む。
驚愕よりも、喜びの笑みが垣根の唇をきゅっと曲げる。
佐天は、痛みを堪えながら音の方へと視線をゆっくりと向ける。
涙で滲む視界には息を呑む光景。
闇にひっそりと浮かぶ華奢なライン。
月明かりを背に、銀色に輝かせた髪。
影になっている顔の中で、炎を閉じ込めたような赤い瞳が鮮やかに輝いている。
「ずゥゥいぶんわかりやすい小悪党してんじゃねェかよォォ、垣根ェェェ………」
- 536: 2010/12/29(水) 01:15:24.82 ID:TW5Selw0
-
怒りと、憎悪と、苛立ちと、敵意と、殺意と、嫌悪を存分に秘めた声が夜の気配に溶けて行く。
声は低く、決して大きくは無いというのに、その声はどこまでも通っていくように、部屋の隅々にまで届く。
垣根の頬をぴりぴりとした細かな痛みが走る。まるで小さな針で顔を撫でられているような圧迫感。
「唐突にしゃしゃってきた悪役ってのはよォォ相場が決まってンだよ。小物かかませ犬かってなァァ……テメェの場合は両方か」
「オイオイ、随分じゃねぇか。まずは『情けないカス野郎の僕が調子に乗ってぶち殺してしまってどうもすみませんでした、カッコいい垣根様』って謝るのが先だろう?
学校で習わなかったのかよ第一位。悪いことをしたらまずは謝りなさいってな。常識だぜ?」
「常識?まさかテメェの口からそンな言葉が聞けるたァな。一度死んでちょっとばかりマシになったンじゃねェのかァ?クソメルヘン」
「じゃあ、お礼に今度は俺がお前をまともにしてやるよ。生き返る保証はねぇけどな」
くくくと、垣根は歪な笑みを浮かべる。
この語らいすら楽しくてならないようだ。
一方通行は鼻で笑う。
「安心しろ、こっから先は一方通行だ。テメェは黙って元いた場所に帰ンだな。まぁ……」
ちらりと、一方通行の視線が佐天に向けられる。
垣根に踏みつけられた少女の姿に、一方通行の目尻が微かに震える。
「……どの道テメェにの行く道はひとつだがなァ」
「何だ?もしかして、お前そうとう怒ってる?コイツを……」
佐天の背中を踏みつけた足を一度引き上げる。
「こうしたのをよ!!」
そして、勢いを付けてもう一度佐天の背に足を踏み下ろす。
「ッ!?」
垣根の靴底が剥き出しのコンクリートを踏みつける。僅かに見開いた目を、ゆっくりとめぐらせる。
「なんだよ…随分様になってるじゃねぇの、王子様役が。随分と人相の悪い王子様だけどな。ええ?一方通行」
- 537: 2010/12/29(水) 01:17:52.89 ID:TW5Selw0
- 一方通行は瞬間的に足元のベクトルを操作し、佐天を引き寄せた。
佐天を胸に抱き上げ、紅の光芒が真っ直ぐに垣根を射抜く。
抱き上げられた佐天には何が起きたのか理解出来ていない。ただ、ひとつわかるのは、彼が自分の為に怒りを露わにしているということ。
不安と恐怖と、痛みから解放された反動のように、佐天は弱々しく一方通行の胸元の裾をぎゅっと握り締める。
「一方通行さん…」
自分の腕の中で、目尻に涙を浮かべ見上げてくる佐天の姿に、場違いな愛しさを覚える。
自分を純粋に頼るその姿に、いじらしさを抱く。しかし、すぐに一方通行は彼女の手が小刻みに震えていることに気付く。
当たり前だ。まだ14歳になったばかりの、何も裏のことを知らない少女が、このような目に遭わされれば平気なはずがない。
そして、その大半が自分の責任だ。自分が彼女に災いを招いたのだ。
唇を血が出そうな程に強く噛み締める。
垣根への殺意以上に、不甲斐無い自分自身への憎悪が湧き上がる。
自分はいつもそうだ。
一歩間に合わない。一歩届かない。一歩足りない。一歩遅れる。
“アイツ”のようには出来ない…
「安心しろ…お前は無事に此処から帰してやる……」
しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。
「あのクソ野郎をぶち殺してなァ…」
これが最後だとしても、この少女だけは守る。
「だから、もう少しだけ待っててくれ…」
絶対に。
「ハイ」
「ハッ…いい子だ…」
力強く頷く佐天の頭をくしゃりと撫でる。
あの夜のように。無造作に、少し乱暴で、そしてとびきり優しく。 - 538: 2010/12/29(水) 01:18:57.00 ID:TW5Selw0
- 頬を染めながら見上げた佐天は、表情を凍りつかせた。
一方通行の顔が、硬く、悲壮な色を浮かべていたのだ。
「あ ―――…」
佐天はその手を思わず取ろうとして ―――― 届かずに空を切った。
空を切った手は差し伸ばしたまま、彼女の目の前には、決然と立つ一方通行の背中。
その背中が遠いと、佐天は伸ばした手を胸に抱きながら呟いた。
「ラブシーンはもういいのか?何だったらキスシーンくらいは待ってやってもいいんだぜ?」
「ぎゃははは、無理すンなよ童貞野郎には刺激が強すぎンだろォが」
「チッ…折角お姫様との今生の別れを気遣ってやったっていうのによ。クソッタレな王子様だな。それとも勇者様か?」
「で、テメェはさしずめ唐突に復活してぶち殺される魔王サマってかァ?三文芝居だなァ垣根ェェ」
「じゃあ、一捻り加えてバッドエンドなんてどうだ?勇者様はゴミクズのように殺されて哀れなお姫様は魔王様の生贄にされました。ってなぁ
それだったら、ちったぁ観客も楽しめると思わねェか?なぁ……」
垣根の背から、仄かに発光する白い翼が出現する。
この世ならざる力を生み出す、美しくも禍々しい翼。
「真逆の結末を用意すりゃァ斬新ってかァ?ハンッ!チンケな芝居だったらせめて王道で締めるのがスジってモンだろォが。
下らねェクソ以下の魔王クンは、惨めッたらしくぶち殺されて地獄に舞い戻りました。ザマァ見やがれってなりゃァ少しは見れるだろォが、そう思うだろう…」
チョーカーのスイッチを入れ替える。
シニカルな笑みを浮かべた少年から、残虐な笑みを湛えた悪魔へと切り替わる。
「「テメェも!!!」」
- 539: 2010/12/29(水) 01:20:53.75 ID:TW5Selw0
-
まるでゲームのようだ。不謹慎なのを承知でそう思ってしまう。
羽を生やした男と、白い髪の少年がぶつかる度に建物全体がゆすぶられているような。
レベル5の力を目の当たりにしたのは初めてではない。
御坂のレールガンを見た時の衝撃は未だに色あせることがない。
しかし、この目の前の戦いは一体何なのだろうか。
御坂のように、電気というある意味わかりやすいものではない、もっと概念から異なるような。
能力の無い佐天には、言葉に説明することができない。
いや、言葉を失う世界という方が正しい。
彼女の目の前には華奢な背中。
彼女のよく知る背中。
彼女の為に珈琲を淹れてくれるあの背中である。
佐天はそれが嘘のようだと思った。
あの頼りなく、儚い背中が、抱きしめたいといつも思っていた背中が今は酷く遠い。
弾丸のように、ブーメランのように、あるいは流星のように、撃ち出される羽を一つ一つ、一方通行は読みとる。
目視するのでは間に合わない。事前にAIM拡散領域から伝わる波長をベクトル変換しているのだ。
眼前に迫る淡く発光する翼が爆ぜる。
即座に反射を働かせるが、読み切っているのか、垣根は苦もなく背に負った白い翼を振るう。
撫でるように振るうだけでえ、反射した爆発はすべて霧散する。
垣根が翼を振るう。一方通行が反射する。
反射した光はすべて垣根に向かい、それはたやすく散らされる。
一方通行のベクトル操作をすり抜ける物質を垣根の未元物質が創製する。
一方通行が即座にその物質を解析し、反射の枠内に捻り込む。
創製
反射
創製
反射
創製
反射
激しく明滅するなか、酷く単純な攻防の中に組み込まれた非常に複雑な攻撃手段の応酬。
互いに演算を駆使して、相手の先手を取るべく動く。
垣根が光の未元物質に紛れて別質の物質を織り交ぜれば、一方通行がそれを解析する。
解析とはいえ、それは即座に特定するわけではない。
垣根が作り出す未元物質をピンポイントでベクトル設定することは不可能である。
故に、一方通行はそれらを可能性の一つとして読む。それらを含んだパターンを用意し、ベクトルに織り込む。
垣根は、一方通行が取り得るだろうベクトルの軌道を、その速度を、そして対象を読み取る。 - 540: 2010/12/29(水) 01:21:56.36 ID:TW5Selw0
- 垣根は一方通行の先を読み。
一方通行は垣根の先の先を読む。
垣根は即座にその更に先を幾通りも読み。
一方通行はそこから派生する幾十通りも先を読む。
学園都市の頂点に立つ両者は、不敵な笑みのまま.
常に脳の中に幾億通りもの演算を組立て、訂正し、補強し、消去し、変更し、追加し、組合わせ、省略し、最適化していく。
しかし、拮抗する演算能力とは裏腹に、二人の立場は互角ではなかった。
垣根と一方通行の戦い、それはかつて学園都市のど真ん中で繰り広げられた時とは異なり、ビルの屋内、それも一つのフロア内という非常に限定された空間で行われていた。
「一方通行ァァァ!!能力の使い方に磨きが掛かってやがるなぁぁ!!」
「そういうテメェは鈍ったンじゃねェのかァ垣根ェェ」
上下、左右から風、光、熱、炎に混ぜ込まれた未元物質を、羽ごと弾き飛ばす。
「それにしてもマジでお前あの一方通行なのかよ?よくやるなぁ、そんなお荷物背負ってよ」
一方通行の背後の佐天に嘲りの目を向ける。
佐天の身体がびくりと震える。一方通行の脇をすり抜けるように、白銀の羽が佐天の目の前にするりと滑り込む。
「チッ…!!」
一歩踏み出すと同時に、弾丸のように佐天の前に踊り出た一方通行は乱暴に腕を振る。
目障りな蠅を追い払うように振るうと、未元物質が煌めきを放ちながら散る。
ひゅうっと垣根が嬉しそうに口笛を吹く。
佐天は、背中越しに覗く一方通行の額から一筋、汗が伝うのを見る。
そう、二人の立場は決して互角ではなかった。
佐天をかばいながら戦う一方通行。
自由に力を振るう垣根。
それだけではない、佐天をかばう為に、一方通行は垣根に割く以外にも演算を使い続けていた。
未元物質から、それがはぜる際の余波、失明しかねないほどの閃光。
電磁波、熱線、振動、音波、それらから守り、
反射した物質が佐天に向かぬように調整する。
破壊の爪痕が広がる中、切り取ったように、佐天の周囲だけが綺麗なままでいることが何よりもの証拠。
一方通行の表情に初めて焦りが浮かんだ。
佐天を守り抜いたものの、今初めて彼女へ未元物質の接近を許したのだ。
それは即ち、彼の演算が垣根の演算に追いつかなくなってきたということ。押され始めたことを意味する。
- 541: 2010/12/29(水) 01:23:53.42 ID:TW5Selw0
-
「おいおい、危ねぇんじゃねぇの?涙子ちゃんに危うく当たっちまうところだったぞ?もっと気張れよ第一位」
「ハッ……テメェがあんまりスットロイから眠りそうになってたンだよカス。生き返り立てて垣根クンは調子が出てないンじゃねェのかァ?」
右腕を奮い、破片を更に細分化。瓦礫に含まれた釘、鉄骨を圧縮。
ベクトル操作によって粉塵と共に射出する。パチンコ玉サイズの音速の弾丸は、正確な精度と殺傷性をもって垣根に向かう。
しかし、垣根は翼でもって繭のように己の身を多い容易く防いでいく。
「さっきから随分とダラダラした攻撃してくれやがって…テメェから売ってきた喧嘩だろォがよォ!」
翼の隙間から、垣根吊り上った唇が覗き、一方通行の苛立ちを加速させる。
苛立ちというよりは焦りだろうか。一方通行は焦りに歪む表情を無理矢理挑発の笑みに変える。
ちんたらするなと、つまらないぞと。お前の力はこの程度なのかと、この雑魚野郎がと。
嘗てのように、傲慢と攻撃性を剥き出しにして来い。強く思う。
そうやって来たところで至近距離からあの目障りな翼をブチ折ってやる。
血液を逆流させてやる。
心臓を抉り出して熟れきったトマトのように握りつぶしてやる。
あの子を傷つけた死に損ないを完膚なきまでに叩き潰してやる。
殺意と共に、嘲笑を垣根に向ける。
しかし、垣根は涼しい顔で薄っすらと笑みを浮かべている。
「なに焦ってるんだよ。お前はあれか?遠足が楽しみで眠れないガキだったりしたか?もっと楽しめよ。
知ってるんだぜ?アレイスターの野郎はもう居ないんだろう?お前が…お前たちがやったんだろ?」
だから楽しめと垣根は謳う。邪魔する者はいないぞと。
「つーかよぉ。お前何でそんな能力も無いガキ相手にマジになってるわけ?夢でも見ちまったのかよ?
そいつらに関わってれば自分も表の人間になれるんじゃねぇのかって。普通のガキに戻れるんじゃねぇのかって。
だったら諦めろ。一万もの人間を殺した奴は普通じゃねぇ。異常だって言うんだ。
黒い翼なんぞ出して人を粉々にしちまう奴を何て呼ぶか知ってるか?バケモノって言うんだぜ?」
「今更何わかりきったこと言ってやがるンですかァ?そンなモンで今更揺るぐとかおめでたいことでも考えてンのかァ?
だったらカス過ぎるぜお前。頭の中にまで羽生えちまってるンじゃねェのかよ」
「だったら使ったらどうだよ?お得意の黒翼ってヤツを。それで俺を瞬殺してみたらどうだよ」
垣根の翼を弾いた一方通行の頬が引きつった。
それはほんの一瞬の変化。それを、しかし、見逃す垣根ではない。
垣根は狙い通りと言いたげに忍び笑いを漏らす。
一方通行は黒翼を使えない。否、使わない。それを見越しての攻防だった。
そして、垣根のもうひとつの予想も的中する。
- 542: 2010/12/29(水) 01:25:39.49 ID:TW5Selw0
-
「一方通行さんッ!!」
悲痛な佐天の叫び。一方通行の膝から下が崩れ落ちる。
一方通行のわき腹に焼き切れた傷口が刻まれていた。
肉の焦げる匂いが鼻を突く。しかし、不快感を催すはずのその匂いが、垣根に実感をもたらす。
勝利の実感を。
佐天が己の身も省みずに一方通行に駆け寄った。
崩れ落ちる身体を支えながら、傷口に目をやり、佐天の顔が歪む。
コルクを抜いたようにすっぽりと引き抜かれた傷口が、見ているだけで苦痛をもたらす。
何で来たんだと、言おうとして、一方通行の口からは赤黒い塊が零れる。
血の塊が佐天の制服を汚していく。
互いの先の世界を読み合い続ける両者の攻防は拮抗していた。
しかし、とうとう此処にいたりそれは完全に崩れることになった。
苦悶の呻きを上げて膝を突く一方通行。
涙を浮かべながら一方通行を支える佐天。
二人を見下ろす形になった垣根は、ひとつ深く息を吐くと、その背の翼を折り畳むように消す。
垣根の心は達成感で余すところ無く満たされていたわけではない。
こんな形の決着など望んではいなかった。本音を言えば、それが垣根の正直な気持ちだ。
人質を取り、挑発を繰り返した挙句にようやく捥ぎ取った勝利。
そう、垣根は決して楽勝だったわけではない。寧ろ、それは辛勝と呼べる。
何故なら、彼もまた一方通行と同様に余裕が無かったからだ。
『生き返り立てて垣根クンは調子が出てないンじゃねェのかァ?』
奇しくも、一方通行の放った挑発は、核心を突いていた。
それゆえに、垣根は焦った。
そう、焦っていたのは垣根の方にも言えるのだ。
培養機から抜け出したのが、10日前。
三等分されていた脳の復元と、クローニングされた肉体への定着。
本来ならば調整をしながら徐々に慣らすべきであった肉体を引きずり、騙し騙し使っていたのだ。
無理な演算のせいで、耳の裏から脳髄へと突き刺さるような痛みがじくじくと苛む。
この10日悩まされ続けていた鈍痛は、能力を使う度に酷くなる。
それでも、垣根はこの戦いを止めるわけにはいかなかった。
自分の全てを賭けて、勝ちたかった。
その為に些細な美学もつまらないプライドも捨てた。
そして、一方通行の弱点を突くべく、下らない、自分の美学に反するものを用意した。
数百人のスキルアウトを用意し、人質を用意し、このビルを用意した。全ては一方通行を下すために。
チョーカーのバッテリーを消耗させ、一方通行の集中力を乱し、そして ―――― 最後の最後のこの不意討ちを成功させる為に。
- 543: 2010/12/29(水) 01:27:26.76 ID:TW5Selw0
-
「……そォか……このビル…どォにもおかしいと思ったが……」
「ようやく察してくれたかよ」
佐天に支えられながら立ち上がろうとする一方通行の腹に垣根の硬い靴のつま先が突き刺さる。
軽い身体は容易く倒れ、転がる。
「一方通行さんッ!!」
「邪魔だからちょっとどいてろ」
腹を押さえて呻く一方通行に駆け寄ろうとする佐天の髪を掴み上げ、脇へと追いやる。
短い悲鳴を上げ倒れこむ佐天を一瞥し、垣根は一方通行にゆっくりと近づく。
ゆっくりと歩くだけが精一杯だった。
頭痛は限界へと近づきつつあり、歯を食いしばることで立っていられた。
「お察しの通り。このビルは俺が作った。少しずつテメェの認識を狂わすようにっていう仕込みだ。
テメェほどのヤツのパーソナルリアリティを崩すのは心理掌握クラスでも容易じゃねぇ。けどよ、ちくちく積み重ねることは出来る。
壁紙の色、微かな塗料の匂い、僅かな震動、そして断続的な騒音。それらで人間なんてもんは簡単に壊れちまう」
「…か、は…だ ―― ら、あンな…チンケな攻撃ばかりシコシコしてたってかァ?ご苦労だったなァ…褒めてやるよシコ根クンよォ」
「ありがとうよ」
靴の裏で一方通行の顔を蹴る。白い頬に、赤い擦り傷が走る。
尚も起き上がろうとする白い頭を踏みつけ捻る。
「でもよォ。正直黒い翼を出さないかは賭けだったよ。せっかくバッテリー切れ狙っても、テメェが自棄になっちまえばお仕舞いだからな。
そういう意味じゃあ、この勝利のMVPは涙子ちゃんかな」
「え…?」
短くも、驚愕の声が佐天から零れる。
一方通行の元へ駆け寄ろうと、立ち上がりかけていた少女の動きが止まる。
垣根に踏みつけられながら、一方通行は何も答えない。それを愉快げに見下ろすと、垣根はフンと嗤う。
「何度か黒翼出そうとしてただろ?わかってるぜ。お前がその度にこの女を巻き込むことにビビッて引っ込めてたってな。
とんだ寸止め野郎だ。その挙句バッテリー切れになる前に、自滅してるんだからな」
「………」
それは紛れもない図星だった。
黒翼を制御する自信が一方通行には無かった。
正確には、狭い範囲で回りに被害を及ばないように精密操作を出来る自信が無い。
万が一にでも佐天が触れることがあろうものならばたちどころに彼女は塵芥と化す。
その万が一がとてつもなく恐ろしかった。
そして、バッテリー切れを起こせば、黒翼は完全な暴走状態になる。
それはつまり一方通行の制御下から外れるということ。
それらが縛りとなって一方通行の演算を鈍らせた。
それこそが垣根帝督の狙いであった。 - 544: 2010/12/29(水) 01:29:45.66 ID:TW5Selw0
- 「くくくくかかかか……満足か?相手の自滅狙いの待ち態勢で偶々拾っただけの勝ちに」
垣根は答えずに、再び翼を生み出すと、払いのけるように一方通行を打つ。
弾むようにとび、壁に打ち付けられ一方通行の身体がごろりと力なく転がる。
頭の痛みを噛み殺しながら、垣根はゆっくりと翼を持ち上げる。鎌を振る下ろそうとするように。
「手段は正直気に入らねぇ。だが、結果だ。俺はてめぇに勝った。てめぇは俺の前に屈した。
それが全てだ。第一位とか二位とか関係ない。俺が、俺の未元物質が一方通行に勝った」
それは確かに正論だなと、一方通行は他人事のように思う。
自分達はスポーツの試合をやっているわけでもなければ、ルールのあるゲームに興じているわけでもない。
互いの手札を持ち寄って、切れる札を切る。賭ける物は命であり、得るものは結果のみ。
垣根は自分の持つ『弱み』というカードをフルに使っただけなのだから。
鎌首をもたげた翼が振り下ろされた。
しかし、それはいつまでもやって来なかった。
伏していた身体に力を振り絞って起き上がる。一方通行は、目の前の光景に息を呑む。
「な……オイ…お前何やってンだよッ!!」
目の前に翼を寸止めにされながらも、逃げるそぶりを見せずに、その少女は立っていた。
両腕を広げて、いじめられっ子を庇う正義感の強い女の子のように。
踏みつけられた背には、くっきりと靴跡が刻まれ、掴み上げられた拍子に黒髪は乱れている。
それでも、少女は構わず立っていた。佐天涙子は、両の足に力を込めて立っていた。
レベル0の無能力者の少女が、レベル5の学園都市最強の少年を守るべく、決然と、凛然と立っていた。
「……はは、凛々しいじゃねぇか涙子ちゃん。惚れちゃいそうだ。だけどよ、そうやって立って一体どうするつもりなわけ?」
一瞬呆気に取られていた垣根が、馬鹿にした笑みを浮かべる。
猫とライオンの戦いの方がまだまともな戦いになるだろうに。
哀れみすら伺わせる笑みで、戯れに翼を振るう。そう、撫でるように。
「キャァッ!!」
しかし、その一撫でで、佐天の身体は容易く吹き飛ばされてしまう。
羽を爆発させて、彼女を塵にするのに瞬き一つの間も掛からないだろう。
それだけに、垣根は純粋な興味として、佐天に相対することにした。
或いは、生意気で愛らしい子猫の戯れに付き合う心境だろうか。
頬を煤で汚した佐天は、ふらつきながら立ち上がる。
そして、一方通行の前に立つと、先ほどと同じように垣根を真正面に見据える。
「へぇ…大した根性だ。普通女の子は萎えるよな、こんだけ蹴られたり吹っ飛ばされてりゃあ」
「修羅場だったらこれでも結構潜って来てるんですよ?」
- 545: 2010/12/29(水) 01:32:18.30 ID:TW5Selw0
- 震える声に、精一杯の虚勢を張る。
それがわかり易過ぎて垣根は噴出す。
佐天は明らかに怯えているのだから。
そう、あと翼の一撫ででも食らわしてやれば、それだけでへたり込んで泣き出すだろう。
何せ、彼女は普通の女の子に過ぎない。
しかし、それでは面白くない。
プライドも美学も投げ打って得た勝利なのだ、少しでも噛み締めていたい。
それは油断でもなければ慢心でもない。
垣根帝督が佐天涙子に負ける筈などありえないのだから。
「修羅場ねぇ。勇ましいじゃねぇの?それくらいじゃなきゃ一方通行の女は名乗れないってか。いいねぇ~一方通行には勿体ねぇよ。
けどさ……勇ましいだけじゃどうにもならないだろう?この状況ってよ。超電磁砲がいたってどうにもならねぇんだぜ。
第三位ごときじゃ俺の未元物質の前じゃ涙子ちゃんと大差ねぇんだからよ」
そう、この凛々しい、ご立派な少女は無能力者なのだ。
一体どうすれば状況が好転するというのだ。
「それにさ、正直涙子ちゃんが必死になって守る価値がソイツにあるのか?俺もびっくりの大虐殺野郎だぜソイツ。その中には俺も入ってるわけだけどさ。
涙子ちゃんのいる世界に比べればクソもクソ。ドロッドロに汚い肥溜めの中を這って生きてきたヤツなんだよ。だから、見捨てちまえよ。
俺も殺すつもりなんてないし。家に帰ってシャワー浴びて、呑気に学校に行ってダチとだべる生活に戻れよ。それで何もかもお終いになるだろうさ。
この世から、一匹害虫が消えるだけの単純な話しだろ。だから……」
白銀の翼が翻る。佐天の身体が風に煽られ宙を舞う花のように軽々と弾かれる。
息が、喉を震わせ口から漏れる。少女の華奢な身体がコンクリートに強かに打ち付けられた。
「無能力なガキはさっさと消えろよ」
軽蔑と嘲りと苛立ちを持って、垣根は倒れ伏した佐天の身体に向かって言葉を投げつける。
一方通行は、痛みと怪我と失血で動かない身体に信号を送り続ける。
今だけでもいいから動いてくれと、目の前で弄られ続ける少女を助けなければならないのだ。
自分のような屑のために、どうしてあのひまわりのような少女が傷つかなければならないのだ。
せめて、もう立たないでくれと、一方通行は悲壮な願いにも似た思いを抱く。
少し強く払い過ぎただろうかと垣根はかすかに後悔する。
折角楽しもうとしていたのに、と舌打ちをする。
いずれにせよ、もう立てはしないだろう。
形こそ違えども、一方通行と垣根が同じ結論に達したとき、二人の超能力者は瞳に動揺を浮かべる。
制服を砂と埃だらけにしながら、佐天はずるずると身体を引きずって立ち上がったのだ。
顔を上げた佐天の頬は赤く腫れあがり、鼻から唇にかけて流れた鼻血が滲んでいた。
顎を伝う血を拭い、佐天はそれでも一方通行のそばに駆け寄ろうとし、そして弾かれる。
垣根の翼が彼女を苛立ちまじりに払い除けたのだ。
- 546: 2010/12/29(水) 01:33:25.40 ID:TW5Selw0
-
「気持ち悪いんだよ……お前さぁ、無能力者なんだろう?だったら何しゃしゃってくるわけ?どうにか出来るとか、マジで思ってんのか。
そんなクソ野郎庇って、ボッコボコになって、何かがどうなるのかって。大体、何でそこまで出来るんだ?そんな悪魔にさ」
垣根の表情に浮かぶ先ほどまでの嘲りの笑みが、わずかに引き攣っていた。
痛みと恐怖に身体を震わせ、それでももぞもぞと立ち上がろうとする少女に吐き捨てるように言う。
しかし、佐天は、血で赤くなった唇を微かに苦笑まじりに緩める。
まるで、垣根の言っていることなど百も千も承知しているのだとばかりに。
その表情が更に垣根の表情に罅を入れる。
「悪魔?誰ですかそれって……」
立ち上がる力が無いのか、佐天はスカートが汚れ、傷つくのも構わずに一方通行の側まで這う。
信じられないと、どうしてじっとしていないんだ、と非難と自責に歪んだ一方通行の表情を見て、佐天が瞳を和らげる。
可愛い人だなぁ本当に。
こんなに身体が痛くて、こんなに怖くて、こんなにボロボロだというのに。
それでも、佐天は何故か嬉しいと感じた。
自分のために、自分を心配して、一方通行が泣きそうな顔になっていることが。
それが無性に嬉しいのだ。
「私は別に悪魔なんて守ってるつもり…無いです。
不器用で意地っ張りで。口下手で、口が悪くて。照れ屋で、短気で、鈍感で無神経で。
そのくせ心配性の過保護で。寂しがりやで、カフェオレを淹れてくれる優しい人。
エプロンが似合わない、とっても可愛い人……それが私の知ってるこの人…」
そっと、一方通行の血の気の失せた白い頬をなでる。
「それだけで……十分です」
「それだけで……十分?」
掠れた声で、縋るように垣根は言葉を漏らしていた。
このガキは何を言っているのだ。
無能力者がレベル5を守る?いや、問題はそこじゃない。
どうして、そんな振る舞いが出来るのかということ。
能力もない、何の力も無いガキが。
- 547: 2010/12/29(水) 01:34:11.80 ID:TW5Selw0
-
「そうなんだ……私ホント馬鹿だ…こんな時にならないとわからないんだもの…能力なんて関係ない」
佐天は自嘲気味に笑う。能力なんて関係ない。それは以前も言われた言葉。救いにならなかった言葉。
もっと他にいい所があるのだから、気にすることなどないと、そんなものは嬉しくない。
能力の無いことに苦しむ事実は変わらないのだから。
能力のある人間の優越感だと、穿った目で見てしまった言葉。
一方通行の言葉が甦る。
『俺がどンだけお前に かをなァ』 ―――― 俺がどンだけお前に憧れているのかをなァ』
きっと一方通行の目に、自分はさぞかし贅沢者に見えたのだろう。
色々なものを失くして、諦めて、奪われて、壊されて、捨ててきた彼。
そんな彼にとって自分は無いもの強請りばかりする駄々っ子に映っただろう。
それを思うと恥ずかしく思う。自分には能力以外にもあるのだ。
「私は無能力者…それはきっと変わらない。でも、そんな自分でも負けない、言い訳になんてしない。
守りたい人を守ることに、能力なんて関係なんて無いんだもん」
守りたいから守る。
その為に、無能力者の自分を受け入れて、能力者と向き合っていく。
そして、それに負けない。自分の気持ちを譲らない。
そう、対等であろうとする気持ちを自分は決して譲らない。
自分にはもっと色々の可能性がある。もっと誇れるものがある。
一方通行が、息を呑んだのに佐天は気付かなかった。
- 548: 2010/12/29(水) 01:35:08.21 ID:TW5Selw0
-
もし、仮に垣根帝督にプライドがなかったら。
もし、仮に垣根帝督がもっと無神経な男だったら。
もし、仮に垣根帝督がもっと諦めの良い男だったら。
すべてが既に片付いていただろう。羽虫を潰すように佐天を瞬きする間も与えずに殺していたはずだ。
木原数多のような、救い様のない外道、生まれながらの邪悪、自ら望んで墜ちた者ならばそうしていただろう。
しかし、垣根帝督はそうではなかった。彼は墜ちざるを得なかった者だ。
許されざることに手を染めるという自覚を持ち、その結果を受け入れ、更に深みに落ちることを理解し、行いを正すことを拒んだ。
その選択をしたのは紛れもない彼の意思であり、彼は納得した上で悪に染まった。
彼は善人でもなければ、特別優しい人間でもない。
しかし、それでも尚確かなことは垣根は自ら望んでその選択をしたのではない。
その選択肢しか知らなかったのだ。
故に、戸惑う。
だからこそ、怯む。
佐天の姿に、その後ろに、あり得たかもしれないものを視る。
一方通行と同じように、垣根帝督もまた佐天涙子に憧れを見る。
「ハ………ンだよォ……そンなことだったのかよ」
苦笑交じりの声が静かに透き通るように響いた。
それは確かめるまでもなく、一方通行の声だ。
しかし、彼の目は驚きに見開かれる。
それは佐天も同様である。
視線の交わる先、それは一方通行の背 ―――― から噴出す黒い翼。
初めて見るソレに、佐天は純粋に驚いていたが、垣根は違った。
嘗て目にした、ぞじて自分を屠った黒い翼は、怒り、憎悪、殺意を噴出剤にするような炎の如き代物であった。
しかし、今目にしてるものは違う。
ゆらゆらと冬の空の下で揺れる湖面のように穏やかなもの。
自分の知るものとは全く異なるものだった。
- 549: 2010/12/29(水) 01:35:52.86 ID:TW5Selw0
-
「コイツは欲張り過ぎんだよ。能力が無いだの何だのと言って気付きやしねぇ。能力しか無い俺達がどんだけ欲しがってるのかも知らずによ。
山程綺麗なモン抱えてるくせに不満を言ってるガキだ。無いモンばかりに目が行っていやがるのさ」
一方通行が、見えない糸に引かれるようにゆっくりと立ち上がる。
「けどな、その抱えてるモンに救われちまってンだよ、俺は」
そろっと佐天を見下ろす。その視線の柔らかさに、佐天は見惚れる。
佐天涙子は抱えたものを分け与えることを知っている。佐天涙子だけではない、自分が守ろうとしている者たちは皆それを知っている。
だからこそ、守る。だからこそ、守りたい。
そうだ、悲壮感でも使命感でもない。義務とか権利等という無粋な言葉など入り込む隙間はない。
信念だ正義だと小難しく考える必要もない、もっとシンプルなものだ。
したいからする。
それだけだったのだ。贖罪も何もかもがつまらない言い訳だ。
たったそれだけの子供の理屈。それこそが動く理由。
切り捨てる覚悟?背負う決意?
土御門の言葉に唾を吐く。そんな雑魚共の狭い正論などゴミだ。
守りたいから守る。
守るから離さない。
誰であろうと、自分がそう決めたら他の言葉など知った事か。
一万人の命に少し上乗せが出来ただけじゃないか。
一方通行の口元に笑みが浮かぶ。
- 550: 2010/12/29(水) 01:42:29.25 ID:TW5Selw0
-
自分は幻想殺しの少年によってつまらぬ幻想を砕かれた。
誰が守るか等関係ないという言葉に。
それでも、気付かぬ内に自分はまた作っていた。
彼のように生きようという幻想に囚われていた。
自分は自分。上条当麻ではないのだ。
自分は自分の課したルールに従う。それが窮屈だろうが、自分勝手だろうが構わない。
垣根は、佐天は、その時確かに聞いた。
氷が罅割れる音を。
硝子が砕ける音を。
幻想が殺される音を。
此処に来て、一方通行は自らの生み出した幻想を自らぶち殺す。
そこには幻想殺しの少年は必要ない。
「天使……」
佐天の声が静かに流れる。
光り輝く膨大な煌きを持った翼。
黄金にも白銀にも見える光の輪を頭上に掲げ、静かな眼差しで垣根を見つめる。
その場の中心、己の幻想を殺し、己の殻を破った少年。
一方通行
―― 粒子加速装置
――― 理の流れ(ベクトル)を解析し、新たなる理の流れ(ベクトル)を創り出す者 ――― アクセラレイターが立っていた。
- 551: 2010/12/29(水) 01:55:45.68 ID:TW5Selw0
-
「な、なんだよ……それは……」
垣根帝督は、静かな面差しの少年に、思わず後ずさりする。
それは少年の持つ力への恐怖ではなく、もっと根源的な何かだ。
がりっと、踏みつけたビルの欠片の音に我に返る。足元に落ちていた欠片が粒子となって消えていく。
そして、垣根帝督は此処に至って悟る。
この舞台の結末を、だ。
魔王は、お姫様を救いに来た勇者に敗れる。
そう話した目の前の少年の言葉を思い出す。
なるほど、それが当たり前の結末か…
垣根の唇が自嘲の笑みに歪む。
「けどなぁ!!」
犬歯も露わにした垣根が吠える。
紛い物の、翼がそれに呼応するように開いていく。
「俺の未元物質に、そんな常識(セオリー)は通用しねぇ!!!」
飛翔。
既に粒子の渦と化したビルの中心。
佐天を片腕に抱えているアクセラレイターに引き絞られた矢のように飛び出す。
しかし。
垣根の纏う翼も、創製した物質も。
全てが解析され、分解されていく。
「くっそ…やっぱり…俺はテメェには……」
ダイヤモンドダストのように光を放ちながら舞い散る粒子の中。
垣根が最後に見たのは、白い少年が振り下ろした左の拳だった。
- 568: 2010/12/30(木) 00:30:38.72 ID:mq2Hp0s0
-
絹旗「超上手に描けましたね~」
チビ「えへへへ~♪」カキカキ
お~い
絹旗「あ、来ましたよ」
チビ「!」
一方「おい、大人しくしてたかァ?チビ子ォ」
チビ「あーくん!!」ダキ!
一方「ンだァ?ゴキゲンじゃねェかァ」クシャクシャ
チビ「んに~~♪/////」
絹旗「すっかり超保護者ですねぇ~一方通行」ニヤニヤ
一方「ン、お前も早く帰った方がいいぞ。日が暮れるのが早いからなァ。親はまだ迎えにきてねェのかァ?」
絹旗「私は先生ですって何度言わせるんですか!!超大人気ないですよこの一位は!!」
一方「くかかかか。チビがチビの面倒見てンだからよォ…」
チビ「あーくん」ツンツン
一方「ン?」
チビ「これ、これ~」スッ
一方「……コイツは…」
絹旗「超上手でしょう?」ウフフフ
一方「……あァ…」
チビ(ホメテ!ホメテ!)
>題:『おとうさんの顔』
チビ「あーくん。きょうはあーくんのおうちでごはん?」
一方「おウ。今日もオメェのママはお勉強だァ。寂しいだろォが我慢出きるな?」
チビ「うん。さみしくないよ。あーくんとおねえちゃんたちとごはんごはん♪♪」ルンルン
一方「……強ェなァ…オメェは」ナデナデ…
チビ「??えへへへへ/////」ギュムッ
- 569: 2010/12/30(木) 00:35:47.40 ID:mq2Hp0s0
-
美琴「ただいま~」
一方「ただいまじゃねェってンだ」
美琴「いいじゃない別に。お隣さんなんだし。それよりもあの子は?」
一方「奥の部屋で寝てる。お前の分もついでに作っておいたから食え。捨てるよかマシだ」
美琴「サンキュ~研究続きで何も食べてないのよね~げ…ピーマンの肉詰めか」
一方「チビがしっかり食ったンだ。母親のテメェがピーマン残すなンざしねェよなァ?」
美琴「ううう……」
チビ「ねぇねぇ、あーくん」ギュ
一方「どうしたァ?」
チビ「ママねー。きのうないてたの~ツンツンのおにいさんのしゃしんみてたの」
一方「………そォかァ…」
チビ「ママなくの ――― のせい?」
一方「バァカ。ンなわけねェだろ」ナデナデ
チビ「うん」
一方「オイ、いつまで三下に黙ってるつもりだ?」
美琴「何よ突然…」
一方「三下から連絡があった。来月、日本に来るそォだ。だったらその時にでもチビ連れてこい」
美琴「で、アイツのイギリスでの生活をめちゃくちゃにしろっていうの?」
一方「人のことよりまずテメェだろうが」
美琴「アイツのところ今度子供が生まれるのよ?言えるわけないじゃない」
一方「それは……」
美琴「横恋慕に騙し打ち。私の我が侭の結果だもん。これ以上は出来ないわよ。それに、父親代わりの心強い味方はいるしね」
一方「ハッ……心強いかはさておき、味方なのは否定しねェよ」
……みたいな未来ネタとかもちょっと書きたいとか思ってます。レス余ったら。そして気力があったら。
ブログの更新で力尽きたのでネタに逃げました。
一方通行×美琴じゃなくて一方通行+美琴みたいなね。
一方の恋人役は番外とかがいいかな。
「ミサカってば飽きっぽいからさぁ。いい加減このミサカっていうの変えたいんだよね~スズシナとかぁ~なんてね、ぎゃははは」
「?改名してェのかァ?ちょっと待ってろ、縁起の良い字調べてやらァ」
「何マジになってんの?バッカじゃね~の?あひゃひゃひゃ~~」(プロポーズの催促だって気付けよこのクソモヤシ~~~!!!!)
みたいな?まぁいろいろと……その、おやすみ。
- 588: 2010/12/31(金) 01:26:23.58 ID:CbCB7h20
-
「まったく。事後処理をする身にもなってほしいにゃ~」
土御門元春が、苦笑混じりに辺りを見渡す。
ビル群が立ち並んでいたはずの一帯は見事な荒野と化している。これを一体どうやって情報規制すれば良いのか。
考えるだけでため息が出る。
親船統括理事長代理の力を借りなければならないだろう。
昨年までに比べれば影響力の衰えが著しい統括理事会にどれほどのことができるのか甚だ怪しいものだが。
「学園都市だから仕方がないと、案外皆それで納得するかもしれないですよ」
足下に転がったスキルアウトを足で蹴飛ばしながらにこやかに海原光貴が言う。
確かにそれも一理ある。
そもそも、今回の垣根の暴走にしても、理事会の杜撰な事後処理に問題がある。
プラスマイナスゼロどころではない。
学園都市第二位の能力暴走の危険性を防いだ点で言えば交渉材料にさえなり得る。
「それにしても……気づかないものなのですね」
「ああ、新しいビルがひとつ増えててもなぁ。毎日目にしてるビルが立て壊されてると、何があったか思い出せないことなんてざらにあるだろ」
「案外いい加減ですからね。人間の記憶力なんて」
「この辺は廃ビルも多いしにゃ~。廃墟マニアじゃない限り気にも留めないだろうぜい」
それを見事に逆手に取られた。
垣根はどうどうと隠すことなく一方通行を迎え入れる為の罠満載のダンジョンを作り出せたということだった。
「まぁ、いずれにせよメンドウなことには変わりないんだぜい」
数百、千にも届くスキルアウトを一方通行は一人で蹴散らしたわけではない。
街中の、一方通行に恨みを持つスキルアウト、未だにきなくさいことに首を突っ込んでいるほとんどの連中が一カ所に集結しようとしている。
そのような大移動を土御門が事前にキャッチできないはずがない。
- 589: 2010/12/31(金) 01:27:39.87 ID:CbCB7h20
-
「いいじゃないですか、無事に事なきを終えたのですから」
「否定はしねーけどにゃ」
「ところで、今回のは彼からの依頼だったんですか?」
「いやぁ、アイツからあったのはあわきんをこっちに寄越してくれってだけなんだぜい」
「おやおや、僕たちは用無しでしたか」
「基本自分一人でやってやる気だったみてぇだしな」
「じゃあ、今回のは仕事ではなく」
「ま、かみやんじゃねーけど、仲間だからお節介焼いてやったってことにしといてくれると嬉しいにゃー」
もっとも、利益になりそうな材料集めは怠るつもりは無い。
にっそりと笑う。
「それに、お前だって似たようなもんじゃねーのかにゃ?」
「ふふふ、そうですね」
にっこりと心根の読めぬ笑みで彼女達の方を見る。
佐天涙子が、仮に名も知らぬ、関係も無い少女であれば、さほど問題としなかっただろう。
一方通行の為に、といってもそこそこの手伝いをしていたくらいであろう。
万が一不幸な結末に終わろうとも、気の毒にという当たり障りもなく、他人事で済ませただろう。
しかし、彼女は御坂美琴の親友である。
敬愛するもの、慕う者は枚挙に暇がないが、一方で対等の付き合いをしてくれる友人が少ない少女は、きっと親友が死ねば嘆き悲しむだろう。
それではいけない。
海原光貴の行動理念は全てそこに集約されているのだから。
彼女の笑顔が守られるのであれば、裏に生き、他の男との恋を応援することもやぶさかではない。
彼女の幸せが守られるのであれば、名も知らぬ彼女の友人であろうとも命を賭けて守る。
御坂美琴の世界“も”守る上条当麻と異なり、海原光貴は御坂美琴“の”世界を守るのが彼のすべて。
「んで、主役の極悪王子様はどこにいるんだにゃ?」
「お姫様と共にあちらへ」
海原と土御門は自覚している。自分はヒーローではないと。
故に、たった一人の少女を守ることしか出来ないのだ。
そして、彼らの強さは、一人しか守れないことを嘆くのではなく、唯一の人を守りぬければ十分だと割り切っているところにある。
そして、上条当麻と同等に、我が侭に手にした者達を守ろうとするヒーローの方へと視線を向ける。
海原の指す方へ視線を向けると、土御門の口がにんまりと楽しげにゆがむ。
「おほほぉ~う。こいつは見物だぜい」
- 590: 2010/12/31(金) 01:28:50.94 ID:CbCB7h20
-
「ビルが丸ごと未元物質とかありえないわよ。座標移動が全然出来ないもの」
結標淡希が、疲労と安堵の呟きを漏らす。
本来ならばすぐさま佐天を座標移動させるつもりだったのだ。
しかし、未元物質の力場に干渉されて、使えなかった。
一方通行が未元物質をすべて粒子へと分解したことによってギリギリ気を失って落下する二人を助け出せた。
「まったく……私たちが駆けつけなかったらどうなってたか…無茶ばかりするんだから」
「コイツはそういう死にたがりのバカ野郎なんだよ。ホントムカつく」
手のひらで釘を弄びながら不機嫌な表情で番外個体が一方通行を睨む。
スキルアウトの100人や200人を蹴散らしたくらいでは気が晴れなかったようだ。
普段であれば言い返すはずの一方通行は、力を使い果たしたのか気を失っている。
番外個体の不機嫌の理由は一方通行が無理をしたことだけに対してのものではない。
「………ねぇ…」
「ん?」
どこか堅さを帯びた番外個体の声に、結標が膝に落としていた視線をあげる。
「なんでさっきからアナタが膝枕してるのさ、その人のこと」
番外個体の細められた視線は、結標に、彼女の膝の上に向けられている。
彼女が視線を向けていた先、それは一方通行の寝顔があった。
- 591: 2010/12/31(金) 01:30:25.48 ID:CbCB7h20
-
「いけなかった?」
「別にどうでもいいけど~ミサカとしては瓦礫と一緒に転がしておけっていう話しっつーか」
「じゃあいいわよね」
「うぅ…それはぁ…そうだけどさ」
「それともアナタがしてあげたかった?」
「ば、ばっかじゃねーの!!そんな気持ち悪いことするわけねーし。
つーか想像するだけで鳥肌ものなんだけど!」
「ふ~ん。そう」
慌ててそっぽを向く番外個体を、興味なさそうに見やると、
結標は一方通行の白い髪をそっと撫でる。
さらさらとして、癖もなく、引っかかることの無い絹色のような髪の感触が心地よくて
結標は何度も指を潜らせる。
一方通行はその撫でる結標の手が気持ちいいのか、猫のように体を丸めると結標の膝の上に乗せた頭を結標のお腹に擦り寄せる。
「………なにこの可愛いいきもの」
「ミサカも……ハッ!?」
いい掛けてから番外個体はハッと気づく。
結標のにやぁっとチェシャ猫のような笑みが番外個体を愉快げに眺めているのだ。
「ミサカも?その後は何かしら?」
「み、ミサカも、もう帰ろうかな~ヨミカワ達心配してるだろうし」
「そう?じゃあ気をつけてね。私はもうすこしこうしてるから」
「やっぱり残る…!!」
- 592: 2010/12/31(金) 01:32:56.17 ID:CbCB7h20
-
佐天は未だに把握しきれない状況のなかにいた。
覚えているのは、天使のごとく頭上に光の輪を頂き、あらゆるものを浄化するような光の束のような翼を背負った一方通行の姿。
落下する自分を抱きしめ、優しい、子供のような無垢な笑みで見つめてくる彼の顔である。
意識はそこでぷつりと切れ、そして今にいたる。
「結標さん?」
「佐天さん、もう落ち着いたかしら」
黒のダッフルコートに、薄紅色のマフラーを巻いた結標は、複雑そうな笑みを浮かべる。
「………結標さんがここにいるっていうことは」
「うん、そういうことになるね」
互いに騙すつもりは無かったが、いざこうして唐突に事実が発覚してみると、次の言葉がない。
互いに、隔意などなかっただけに、怒ろうにも怒れない。
驚くにしても、大げさに驚くようなタイミングを逸してしまった。
「そうですか…一方通行さんは?」
「大丈夫。気を失ってるだけ。応急手当しておいたからね」
「良かった…」
「うん。助けるのが遅くなってゴメンなさいね」
「いえ、そんな…私が勝手に巻き込まれただけだし」
「ホント、そうだよね。そんでもってモヤシやろうに助けられてちゃ世話ないっての」
番外個体が面白く無さそうに呟く。
痛いところを突かれたのか、佐天は言葉もなく俯く。
結標が責めるような視線を番外個体におくるものの、当の彼女は知らんぷりをする。
番外個体は、彼女自身認めたがらないが、純粋に怒っていた。
なぜ、この女のせいで一方通行が傷つかなければならないのだろうかと。
佐天が巻き込まれたのは、彼女が進んで一方通行に関わったからだ。いわば自業自得と言える。
それなのに、一方通行は命賭けで彼女を助けた。
妹達以外の女を。
それが番外個体には気に入らない。腹立たしい。憎たらしい。
そして悔しい。
- 593: 2010/12/31(金) 01:34:42.64 ID:CbCB7h20
-
「……えっと…」
「………」
何とか言葉を捜す佐天。
顔をそむけ膨れる番外個体。
「もう、そんな子供っぽい態度取らないの。そんなんだから一方通行に娘扱いしかされないのよ」
「んぎぃ!!うっさい!!アンタだってムカつかないの?」
「別に~だって佐天さんお友達だもの」
「大体こんなお気楽そうなぽっと出にさぁコイツを…」
「貴方語るに落ちるっていう言葉知ってる……?それって一方通行を…」
「ああ!!今の無し。今のミサカの発言は無し!!」
「ふぅ…少なくともお気楽じゃないわよ、だって ――― 」
結標の手が佐天の頬に触れる。
佐天の赤く腫れた頬に。
「女の子がこんな顔にされても頑張るんだもの。半端な気持ちじゃないわよ。ね、佐天さん」
「結標さん…」
ホッと、気が緩んだのか佐天の瞳の端にじわりと涙が浮かぶ。
それを指先で拭ってやりながら、結標は佐天の頭を優しくなでる。
一方通行がするような乱暴な撫で方ではなく、優しく、髪を梳く様に撫でる。
そう、母親が娘にしてやるような柔らかい手で。
- 594: 2010/12/31(金) 01:35:20.16 ID:CbCB7h20
-
「むすじめさん…」
「よしよし。よく頑張ったわね。佐天さん。それに……」
そっと膝の上の一方通行に目をやる。
一方通行の折れかけた心を支えた、そういうレベルではなかった。
一方通行が垣根帝督を打ち砕いた力。
その源はパーソナルリアリティの補強ではなく、再構成。
それをさせたのは佐天の存在だ。
「コイツのこと、守ってくれてありがとうね?」
「ふん…」
不機嫌な表情を崩さないものの、番外個体も否定の言葉は口にしない。
気に入らないが、憎たらしいが、それでも認めざるを得ないことを理解しているのだ。
結標は苦笑しながら、佐天の頭をなで続けた。
佐天は、涙をぽろぽろと零しながらも笑顔で応える。
「……なんだか修羅場回避っていうのはつまらないんだにゃ」
「ま、いいじゃありませんか。仲良きことは美しき哉、善哉善哉」
裏の読めぬ笑みで、海原は頷く。
「お前ホントにアステカの人?何で日本語そんなに堪能なのかにゃ…」
- 595: 2010/12/31(金) 01:36:22.91 ID:CbCB7h20
-
カーテンから差し込む光が瞼の裏側からでも伺えた。
薄く目を見開くと、見慣れつつある天井。
天井、壁紙に染み付いてしまった消毒液の臭い。
そして、清潔なシーツ。
一体今は何日の何時であるのだろうか。
覚醒した頭で時間を探るが、時計らしきものは見当たらない。
ふと、そこでおなかに圧し掛かる重みに気付いた。
クソガキかァ?
そう思いながら視線をゆっくりと下ろす。
黒い髪が目に留まる。
「……あァ…」
想定していたピョインと伸びたアホ毛が雄々しい茶色の髪ではなく、しっとりとした艶を放つ黒髪がそこにはあった。
一方通行につむじを向けるその髪は、太陽の光を浴びて輪を描いている。
掛ける声を失い、自然と手が伸びた。
思わず自分が取った行動に驚く。
緩く、優しく、慈しむように、普段の自分ではまず考えられない穏やかな手付きでそっと撫でる。
起こさぬように、驚かさぬように。
くすぐるように撫でると、小さくむずがる声を上げる。
一方通行のお腹に突っ伏すように眠っていた少女が寝返りを打つ。
少女 ―――― 佐天涙子の顔が一方通行からようやく見えるようになる。
それだけで、少し嬉しくなってしまう己のお手軽さに、やや呆れる。
俺はいつからこンな腑抜けキャラになったンだァ?
そうは言いつつも、撫でる手を止めるつもりは毛頭ない。
数日前まで、いや、意識においてはついさっきまで胸の中に巣食っていたわだかまり。
佐天を巻き込むことへの不安。
彼女と会わないようにしなければならないという強迫観念。
そして、もし自分が迷うことで打ち止め達を、そして彼女を守れなかったらという恐怖。
- 596: 2010/12/31(金) 01:37:27.50 ID:CbCB7h20
-
しかし、そんな幻想は既に無い。
自分でぶち壊したから。そして、ぶち壊せるだけの力をくれたのはこの少女だ。
『守りたいから守る』
それだけのシンプルなことだったのだ。
理屈も理由も、後付けに過ぎないのだと、ようやく知った。
何が学園都市最高の頭脳だと嗤う。
佐天の顔が微かに位置を変える。白いシップが頬に貼られてることに気付くと、奥歯が軋みを上げるのがわかる。
自分の不甲斐無さが彼女を傷つけたのだ。
垣根を退けたのは、奇跡の力でも何でもない。自分の力だ。
それも以前、幾度も行使したことのある力。それを出し惜しみした結果がこのザマである。
自業自得のクソッタレの自分の腹に穴が開く程度ならばまだいい。
この無能力の少女が傷ついてよいはずが無い。
「悪い…悪かったなァ……」
少女の頬に掛かった髪を、ゆくりと一筋一筋、丁寧にかき上げていく。
そっと、シップの貼られた頬を撫でると、首のチョーカーに手を伸ばす。
能力を使用可にすると、シップを慎重にはがしてく。
赤黒い痣に、思わず顔を顰める。それでも垣根に殴られていた時の腫れはすっかりと引いている。
おそらくあの医者の腕のなせるわざだろう。
一方通行は血流を操作していく。
じわじわと、上から鮮やかな色を重ね塗りしたように、少女の頬から見る見る間に痛々しいあざが消えていく。
完全とはいわずとも、殆ど気にならぬ程度にまで薄くなった痣をもう一度撫でる。
- 597: 2010/12/31(金) 01:38:10.84 ID:CbCB7h20
-
「たくさん傷つけちまって、巻き込んじまって」
中途半端に近づけて、中途半端に遠ざけた。
中途半端に優しくして、中途半端に傷つけた。
欲しいなら欲しい。
いらないならいらない。
いつだって自分はそうしてきた筈なのに。
そして、自分にとってこの少女がどちらにあるのかなど当にわかっているというのに。
自分は無意識に畏れていたのかもしれない。
上条当麻に出会い、打ち止めに出会ったことで変わった。
黄泉川愛穂と過ごし、芳川桔梗と過ごした時間。
番外個体に向けられる感情と抱く感情。
結標淡希に向けられる感情と抱く感情。
全ての変化がそれまで拒絶するばかりで何一つとして手に入らなかった自分にとっては眩暈がする程の目まぐるしさだった。
だから怖くなったのかもしれない、背負うことが。
打ち止め達を守るか、それ以外か。
いつしか抱いたつまらぬ幻想。
そうではない、守りたいか守りたくないか。
一万人の妹達に少し加わるだけだ。
結標淡希が、黄泉川愛穂が、芳川桔梗が。
そして、佐天涙子が。
今更それがどうしたというのだ。
一万人の背負う命が一万五人になろうと、一万十人になろうと。
自分が守りたいと思えば、それが全てなのだ。
- 598: 2010/12/31(金) 01:38:48.55 ID:CbCB7h20
-
自分を守ろうと、震える足に力を込めて立ち上がる少女の背中は瞼の裏に焼き付いている。
心が震えた。感情のうねりに喉まで焼き尽くされたように熱くなった。
彼女に頬を撫でられた時、涙が溢れそうになった。自分の根幹を揺さ振るような衝撃に身体が痺れた。
自分の中のつまらぬ幻想の砕ける音が聞こえ、新たな自分だけの大切な現実が生まれた。
嘗て無敵を目指した男が、たった一人の無能力者の少女に、心から圧倒されたのだ。
自分は嘗て彼女に言った。羨ましいと。それは、上から目線の言葉ではない。
能力に縋るしかなかった自分とは違い、能力が無いくらいで落ち込める彼女への妬みがあった。
こんなにも眩しいというのに、一体何が不満なのだろうかと。
第三位と親友で、第二位に決然と立ち向かい、そして第一位の自分をこれほど翻弄する。
能力でただ野良犬のように牙を剥いていた自分よりも余程、
「お前のほォがよっぽど無敵だぜ?わかってやがるのか」
ツンツンと頬をつつく。
「………で、一体いつまでお前は寝たふりを続けてやがるンだァ?」
むにぃーっと佐天の頬を突然引っ張り始める。
少女の頭部が即座に跳ね上がる。
- 599: 2010/12/31(金) 01:40:57.00 ID:CbCB7h20
-
「き、きき、き」
「サルの真似ですかァ?」
「き、気付いてたんですか!?」
真っ赤な顔になって慌てふためく佐天を、馬鹿にしたように笑う。
「俺を誰だと思ってる?」
「うううぅうぅ…だって、途中までは本当に寝てたんですよ?でも、一方通行さん突然髪撫で始めてさ、起きると止めるだろうって思ったら、そのままでいいかなって」
あははと、照れ笑いで誤魔化そうとする佐天を呆れたように見ると、ため息をつく。
「ま、元気みてェでよかったぜ」
そう言って一方通行は能力を切る。
佐天は、すっと笑みを消すと、申し訳なさそうに表情を暗くする。
何かを察したのか、一方通行も笑みを消して、まっすぐに佐天を見つめる。
言うべきこと、最初にまず言う言葉をとうに決めていた。まるで互いに申し合わせたように。
「巻き込まれてゴメンなさい」
「巻き込んじまってすまなかった」
そして、二人は表情を一転させる。
佐天は意を決したように口を開く。
一方通行が覚悟を決めて言う。 - 600: 2010/12/31(金) 01:41:46.96 ID:CbCB7h20
-
「でも、もう来るななんて言わないで下さいね」
「もう来るななんていわねェよ」
そう言い合うと、二人は顔を見合わせて笑った。
佐天はひまわりのように、明るく元気な笑みを浮かべる。
一方通行は、悪ガキのように無邪気に笑う。
- 601: 2010/12/31(金) 01:42:46.08 ID:CbCB7h20
-
「ねぇ、一方通行さん」
「なンだァ?」
「ホントに、私側にいてもいいんですよね?」
「当たり前だろォが…つーか放さねェから観念するンだなァ~」
「じゃあ、これからもよろしくお願いします…でいいのかな」
「言われなくても勝手に背負う。俺の我が侭でなァ」
「背負うって……もう、じゃあ、一つ約束」
「約束?」
「たまには背中からおろしてください。私だけでも」
「あァ?」
「だってそんなに細っこいのに背負い続けたらバテちゃいますから」
「だから俺の我が侭だって……」
「その代わり。膝枕で休ませてあげます」
「俺が勝手にやることをお前がそこまで気にすることかァ?」
「膝枕………いりませんか?」
「――――………いる……」
「でしょう?」
「チッ……」
「うふふふ」
「ンだァ?それじゃァ俺ばっかりいい目見てるンじゃねェのか。我が侭通して、ンでもって膝枕でお休みコースもセットかァ」
「お得でしょう?」
「あァ……逆に気後れしちまうよ」
「じゃあ、私のワガママもひとつ聞いてくれますか?それでギブ&テイクです」
「おう、何でも言えよ。なンであろうと聞いてやるよ」
- 602: 2010/12/31(金) 01:44:38.67 ID:CbCB7h20
-
佐天は、椅子から立ち上がり、一方通行の上にのしかかるようにして、顔を近づける。
赤い瞳と黒い瞳がほんの数センチの距離まで迫る。
突然の佐天の行動に呆気に取られた一方通行の表情が妙に幼い。
内心、やかましく鳴り響く鼓動を誤魔化しながら佐天は距離を更に縮める。
少しずつ。
少しずつ。
「じゃあ、私のワガママです」
「お、おゥ…」
- 603: 2010/12/31(金) 01:47:55.81 ID:CbCB7h20
-
「それじゃあ……ん―――…」
「―――― ッ」
ちゅッ
「……えへへ~~」
「お、おま…」
「嫁にしてください!」
- 625: 2011/01/03(月) 17:29:31.44 ID:PAtYjb20
- あけましておめでとうございます。
エピローグという名の蛇足編を投下します。
尚、エピローグは短編集のごとくちらほら続いていきます。 - 626: 2011/01/03(月) 17:36:20.04 ID:PAtYjb20
-
「嫁にして下さい!」
「ゴメン、ちょっと待って」
口唇に押し当てられた柔らかく温かい感触に、思考の大半を麻痺させながら辛うじて呟いたのはブレイクのコール。
コイツは新年早々チキンな発言ときたものだと、思うこと無かれ。
だって一方通行にとって、これは生涯初のヴェーゼ。ファーストチッスなのだ。
思考が麻痺してもおかしくはない。
「?」
「いや、『?』じゃねェだろォが」
至近距離で小首を傾げる佐天涙子に、イヤイヤちょっと待ちなさいよキミィとばかりにかぶりをふる一方通行。
佐天の方も佐天の方で、ファーストキスなのだ。故に、顔が真っ赤なのに、彼は気付くそぶりすら見せない。
「少し待て。自分の言った言葉をもう一回よく頭の中で反芻しろ、な?」
その言葉に、佐天はこくんと頷く。
そして、暫しの沈黙の後。
「嫁にして下さい!!」
『!』が一つ増えた。
「何故二度言った?」
「大事なことなので二度言いました。ちなみに三回言うと願いが叶うそうですよ?」
「なンで流れ星と混ぜた?寧ろ俺のSAN値が燃え尽きそうだよ」
ちなみに、今一方通行は両肩を押さえつけられて馬乗りになられている。
佐天の髪から漂う甘い香りやら、息遣いやら、柔らかそうな…というか柔らかいことは以前押し倒した時に確認済みなのであるが、
ともかく佐天涙子のあらゆるパーツが一方通行をここから先の一方通行に進ませんとしていた。一体何を書いてるだかよくわからんが、まぁそういう按配だ。
一方通行は何とか佐天を思いとどまらせようと言葉を頭の中で配置していく。
回転率を上げろ、見落としは無いか、最適ではない、最善の説得とは一体何ぞやと一方通行の頭脳が唸る。
そんな学園都市最高の頭脳が(このコピーを使うのそろそろ飽きてきた)目まぐるしい演算を行っている最中、無能力者にしてある意味最強の少女の一言が
すべての演算を止めた。
- 627: 2011/01/03(月) 17:37:01.59 ID:PAtYjb20
-
「嘘つき……」
気付けば、目尻に涙を薄っすら涙を浮かべた佐天の恨めしげな視線が真っ直ぐに一方通行を貫いていた。
息を呑む一方通行。その瞳には、佐天の手に握られた目薬なんざ入っちゃいねぇ。
「何でもお願い聞いてくれるっていったのに……」
「いや、しかしだなァ…」
「自分の人生のすべてを賭けて叶えてくれるって言ってたのに…」
「いや、それは言ってねェだろ…?」
「学園都市第一位は約束も守ってくれないんですね…」
「そ、それはだなァ…」
「やっぱり私が無能力者だからどうでもいいんですね」
「ンなわけねェだろ!!俺はそんなこと関係なく…」
「じゃあお嫁さんにしてくれるんですよね?」
「そこに戻る前にだな、まず自分の人生ってヤツを考えてだ、お前はまだ中二のガキなンだしよ」
「そのガキ相手に押し倒したくせに……キスマーク付けたくせに」
「ブフッ!?」
事実だった。
- 628: 2011/01/03(月) 17:38:51.12 ID:PAtYjb20
- 佐天の首筋に赤い痣が鮮やかに浮かんでいる。
首筋に吸い付いた時についたのであろう。
脅しのつもりだったのだから、何も痕なんかつけるんじゃなかった。
そこまで気合入れるんじゃなかった。
そんな後悔を他所に、佐天は遠い目をする。
「はじめてだったのに……胸も弄られて……キスだって奪われて…」
「いや、後者はお前から」
「女の子に責任を委ねるってヒドイです…」
などと言われてしまえば一方通行には何もいえない。
たとえ、それが少女マンガで最近読んだ台詞だとしても、知りようが無い。
故に、少女の切実な言葉として突き刺さる。マジこの第一位ちょろいな。
「決して離さないって言ったのに……」
「うぐ…」
それは地の文であって、決して言葉にしてはいなかった気がするのだが、そんなことをツッコム余裕は彼にはない。
ぐすんと、涙を零す佐天に、一方通行は自己嫌悪の深みに嵌っていく。自己嫌悪させたら多分禁書一である。
垣根との戦いの際に自分自身に誓った言葉を思い出す。
守りたいから守る。
守るからには離さない。
それなのに、今自分はその守るべき者を泣かせている。
まぁ、ウソ泣きなんだけどね。
(クソ…ッ俺は一体何やってンだァ?守るって決めた矢先にこれかァ?チッ…)
「まったく…相変わらず情けねェ……そうだよな。守るって言ったンだ、だったら責任取らないとなァ…」
- 629: 2011/01/03(月) 17:39:31.69 ID:PAtYjb20
-
一方通行の呟きを、聞き逃さない佐天は表情を一転させる。
泣きの演技はともかく、こっちは素だ。
彼女だってファーストキスを捧げた相手で、そんな相手にマウントポジションになっているのだ。
決して心中落ち着いてなどいない。いられようはずもない。
正直今だって、こんなに接近しているが、汗臭くはないだろうかとか、やっぱり一方通行さんいい匂いするなとか、てんやわんやだ。
しかし、それを表に出さずに不敵に大胆に振舞えるあたりが佐天涙子の佐天涙子性と呼ぶべきものであるのかもしれない。
要は一方通行がヘタレだという理解でおk。
「責任取るって……じゃあ…」
「ああ……お前の言うとおり、嫁に……」
「よくわからないのに女の子をお嫁にするっていうのは感心しないわね、一方通行」
「「結標(さん)!?」」
二人の間に割って入った声の主は、結標淡希。
さも何でもないように振舞ってはいるが、こめかみが若干引く付いている。
そして、その隣りには口に手を当てて、顔を真っ赤にしながら驚愕の表情を浮かべている番外個体と打ち止め。
まったく同じ仕草をしていると、姉妹にしか見えないなぁと、一方通行は場違いな感想を抱く。
人はそれを現実逃避と言う。
「な、ななな、なん、何盛ってやがるんだよ、このクソモヤシ!!キモイ!死んじゃえ!!グス…」
「ロリコンじゃないっていう貴方の言葉を信じて五ヵ年計画を立てたのに、中学生はOKだったの?
制服が着られる年ならOKだったの?ってミサカはミサカは夫の浮気現場に遭遇した妻の心境を齢1歳にして実感してみる」
「いや、何言ってンだかわかンねェし。とりあえず病院内だから静かにしろ!!」
電撃ミサカ姉妹のわかりやすい動揺に、一方通行まで動揺する。
- 630: 2011/01/03(月) 17:39:59.85 ID:PAtYjb20
- 一方の結標と佐天はといえば、互いに友情を結んでいる間柄故に、少々複雑な様子だ。
結標はムッとした視線をヘタレモヤシに向ける。
佐天に当たるわけにもいかない。彼女は結標から一方通行を奪ったわけではない。
彼女は彼女なりの覚悟を持って彼との距離を詰めたに過ぎないのだから。
そして、ならば怒りや不満がぶつかる先はといえば、このナイスボート野郎だ。
「?なンだァ?」
「……別に……側にいてくれって言ったくせに…佐天さんと平気でこういうことしちゃうヤツだったんだぁ~って思ってね」
「「「なんだって~~ッ!?」」」
MMRばりに声がハモる三人。
聞いてねぇぞこの野郎!!テメェいつの間にそういう話してたんだコラ!!
突き刺さる視線が一方通行にぶつかる。
しかし、一方通行は、一体何をそんなに怒っているのか、よくわからないとばかりにきょとんとしている。
やがて、思い当たる節があったのか、一方通行は「ああァ」と声を上げた。
「結局あの言葉はウソだったわけ?別に……私は気にしてないけどさ」
結標は俯きながら唇を尖らせる。
徐々に声が尻すぼみになっていくあたりに、一体何処がきにしていないのか聞きたいものだ。
「ハァ?なンでウソだって決め付けてやがンだァ?」
「え?」
瞳を潤ませた結標が顔を上げる。
真っ直ぐにこちらを見つめる一方通行。
- 631: 2011/01/03(月) 17:41:43.21 ID:PAtYjb20
-
「(仲間としても)側にいて欲しいって思ったのはウソじゃねぇ」
「そ、そんな……でも佐天さんだっているのに…」
真剣な一方通行の表情に、結標の頬が赤みを増す。
その様子に一方通行は怪訝な顔をする。
「意味がわかンねェンだが…?」
「じゃ、じゃあ……これからも…側にいてもいいの?」
「ああ、勿論だ」
「ちょ、一方通行さん!!」
あっさりと頷く一方通行に、佐天が慌てる。
オイ、テメェスレタイ忘れやがったのかと、言わんばかりである。
「……佐天さんみたいに…私も守ってくれる…っていうことでいいの?」
「結標さんまで!?」
指先をモジモジとさせながら結標が、おそるおそる尋ねる。
一方通行はふむと、一瞬考え込む。
「(ン?話が急にトンでねェか?いやしかし…)まァそういうことになるな」
(確かに守るって決めたモンな)
そうだ、自分自身にそう誓ったのだ。
「……その、それって私の事も大切に(恋人として)想ってくれてるって……そういうこと?」
「ああ、大切に(仲間として)思ってる。だから(守るからには)お前を離すつもりはねェよ」
そして、改めて己の誓いを確認し、力強く一方通行は頷く。
「にゃッ!?は、はにゃさない…それは一方通行の(女として)側にいろっていうこと?」
「(まぁ、照れくさい話だが、守りたてェヤツが側にいてくれた方がいいしな…)
ああ、そういうことになるな。お前も(大切なヤツとして)側にいろ」
頬をかきながら、照れたように、視線を逸らす一方通行。
非常に紛らわしい。誤解を招く。ツンデレがたまにデレたと思えばこのザマである。
(うにゃーーー!!ぷろぽーず!?え、いやだ、そんなまだ早いわよ…って『も』?)
「お前『も』って、二股!?いや、もっとたくさんの子がそうして欲しいって知ってるの!?」
「(妹達のことかァ?やれやれ、そんな心配させちまってやがるのか……情けねェぜ…)ああ、わかってるさンなこたァ」
フッと自嘲気味に笑みを浮かべると、一方通行が番外個体と打ち止めに視線を向ける。
- 632: 2011/01/03(月) 17:42:39.42 ID:PAtYjb20
-
「だがな、もう(背負っていくって)決めちまったんだよ俺はなァ」
「そんな……勝手よ!!(私的にはきっちりその辺させておきたいのに、複数だなんて……)私の気持ちはどうなるのよ」
「確かにお前の気持ちを無視しちまってるのは認める。いや、お前だけじゃねぇ、番外個体の気持ちもな。けどよ、俺は決めたんだよ。
垣根の野郎と戦ってるときにな。コイツの……佐天を守ると。こいつだけじゃねぇ、守りたい奴等を守ると。守りたいから守ると。
だからよ、これは俺のワガママだ。お前らの気持ちを無視して、勝手に俺がやってることだ。
だから、俺はどんなにお前らに疎まれようとも守る。どんな手を使ってでも守り抜く」
確かに、レベル5に近いって言われてる能力者の結標にとって、打ち止めのような少女、無能力者である佐天と一緒にされるというのは屈辱だろう。
力があるのだから、自分のようなロクデモない男に守られずとも平気なのだろう。
しかし最初からわかっていることだ。これが自分のワガママだと。だからこそ、一方通行は腹を括る。
あらゆる罵声を覚悟しながら、あらゆる軽蔑の眼差しを覚悟しながら。
それでも、あらゆるものに挑戦するように、不敵な笑みを浮かべる。
「絶対離すつもりはねェよ」
「そ、そうなのね……どんな手を使ってでも(私は貴方の女にされちゃうのね)」
(そんな……何てワガママなの?でもそういう強引なアナタに胸キュンしちゃうってミサカはミサカはいけない男に弱い自分を再確認してみる)
(べ、べつに…頼んでねぇけど~でも、コイツに苦労掛けるのは、まぁ、ミサカの生き甲斐っていうか…それが一生モンなら愉快痛快だから、ま、まま、まぁ、いいかも…)
顔を真っ赤にして、会話を聞く二人とは対照的に、一人勝ちが年明け早々覆された事実に、不服そうに拗ねる佐天。
ちなみに、絶賛マウントポジション中である。
そんな佐天に、一方通行は悪戯っ子のガキ大将のような無邪気な笑みを見せる。
犬歯を覗かせ、やんちゃな表情で佐天の頭をわしゃわしゃっと撫でていく。
「悪いなァ……けど、今更撤回しねェよ。お前も守る、離さねェ。観念するんだなァ」
その代わり守りぬくからと、柔らかく呟く。
ぷくぅっと童女のように膨れていた佐天であったが、やがて諦めたように深い溜息を吐く。
仄かにその頬は赤い。
- 633: 2011/01/03(月) 17:44:09.92 ID:PAtYjb20
-
「いいですよぅだ。これからもっと攻略して、私一人しか目に入らないようにしちゃうんですから!!」
「(?そんなに俺が他のやつらを守るのが気に食わねェのかァ?)まァ、好きにしな」
「好きにします!!結標さん、それに御坂さんの妹さんにも、絶対負けませんからね!!」
「ふふふん。受けて立つわよ佐天さん」
好敵手と認め合った笑みを浮かべる佐天と結標。
一方、番外個体は、首まで真っ赤にすると、意地の悪い笑みを無理矢理作る。
「み、ミサカは別にカンケーねーし。つーか、セロリなんかに守られたくなんて……」
「テメェの意思なンざ知った事かボケ」
「何だと糞モヤシ!!」
やれやれと溜息を吐く一方通行に突っかかる番外個体。
一方通行は、腹を括った意思の通った不敵な表情で番外個体を真っ直ぐに見る。
「テメェが嫌がろォが、俺は俺の意思で勝手にテメェを守る。苦情は聞いてやるが………
離してはやンねェよ」
「ふ、ふにゃッ!?」
真っ直ぐ見つめられると、番外個体は最早何もいえない。
真っ赤になって口から零れる言葉は、姉譲りの猫語である。
遺伝子レベルで耐性ねぇな、この姉妹。
「うう……これは五ヵ年計画のプラン389から421までを短縮する必要があるかもしれないなと、
ミサカはミサカはプランの修正の必要性に焦りを抱く…ッ」
フラグ構築率こそ上条属性の3割にも満たない代わりに、フラグ回収率がイチロー二人分以上の
『一方属性』について、真剣に議論すべき時が来ていることを打ち止めはひしいひしと感じていた。
- 652: 2011/01/03(月) 23:50:40.56 ID:qpfI9No0
-
「やぁ、皆。元気かな?皆のヒーロー、上条当麻だよ」
「あ、お姉さン。ホット二つ」
一方通行と上条当麻は例によって例の如くファミレスで駄弁っていた。
もう、こういうのが恒例と化してきているのは気のせいではない。
「いやぁそれにしても、上条さんの空気っぷりはハンパねぇなマジで」
当然このお話の中においてである。
「まァ、お前メインじゃねェしな」
ずずずぅとコーヒーを啜りながら映画情報誌のを眺める一方通行は気のない返事だ。
「普通はラストバトルで上条さんの出番でしょ?もしくは佐天さんを遠ざけたお前にそげぶするとか、そういう友情の拳的な?」
「語尾に的とか付けンな。つーか疑問系で締めるな」
「後半の出番の無さのあまり、上条さんに出来ることはインデックスの腋をくんかくんかぺろぺろすることくらいでしたよ」
「テメェのそういう言動がシリアスから遠ざけてるンだっていい加減気付こうなァ?」
ぷんすかぷんとばかりに肩を怒らせる上条。
可愛くない。実に可愛くない。
男がやってもこれっぽちも可愛くない。
「シリアスwシリアスとかww中学生に手を出しておいてシリアスッスかアクセロリータさんwww」
「……ゴメン、ちょっと九割殺しさせてくンない?」
拳をガッツリと握り締める。
「いやいやいや、ゴメンゴメンストップストップ。だけど相手は中学生なのは確かでせう?」
「………フンッ…」
相手にせずに一方通行の視線が再び雑誌に戻る。
決して図星を突かれたわけじゃないのだ。そう、痛いところを突かれたわけじゃない。
セーラー服着たままって結構燃えるという情報が学園都市最高の頭脳の中に新たに追加されたとか、それは多分関係の無い事だ。 - 653: 2011/01/03(月) 23:51:22.83 ID:qpfI9No0
- 上条はそんな手元の雑誌をじろりと恨めげに眺めながら、ブルジョワめと呟く。実に忌々しげに。
「映画デートとか……金持ちですなぁ~今時のJCの嗜好を満たすような映画の研究に余念が無いとか…」
「テメェも行けばいいだろォが……」
いい加減鬱陶しいと感じたのか、一方通行が投げやりに返す。
正直、コイツをヒーローと憧れていた時期が黒歴史化していく流れだ。
「甘いな、甘すぎるぞ一方通行!!映画のチケット二人分なんて一週間分の食費に匹敵する大金だぞ?そう易々と使える金額じゃないのですよ」
「相変わらず甲斐性ねェなァお前。バイトしたらどうだ?」
「何故か店が潰れたり、魔術師の攻撃に巻き込まれて大破したりするんで一週間まともに続いたことがございません…」
「幻想殺しハンパ無いな…」
コイツは将来公務員か揉め事処理屋になるしか無いのではないだろうか。
少なくとも共に簡単に潰れる職ではない。
「まぁ、映画館でスるか、家でスるかの違いなんだけどな…」
「TPOを考えろよヒーロー…」
「某イラストの腋出しインデックスのエロさ!!!修道服ってさぁ、下が裸だともう……モザイク必要よ?」
「テメェの頭を今すぐ修正掛けてェなァ……」
「だって、そういうのって燃えるだろう?お前だってわかってるはずだぜ!!」
「声デケェよ」
「あの天使の歌声で(聞いたシスターは漏れなくペンで鼓膜破ります)、舌足らずの口調で喘ぐんだぞ!!??」
「声デケェって言ってンだろォがァ!!」
「お前だってセーラー服とかで色々ヤッてるだろ!!緊縛プレイとか…」
「うるせェ!!あ、店長さンですか?すンませン、今すぐ、ホント、こいつ今すぐ黙らせますンで…ッ」
そんなやり取りから早一週間。
上条が居残りを終え、ふらふらのよろよろで帰ると、そこには驚愕の光景が待っていた。
- 654: 2011/01/03(月) 23:52:14.78 ID:qpfI9No0
-
「ぐしゅぐしゅ…」
「どうしたっていうんだインデックス!?どこかの魔術師にでも虐められたっていうのか!?」
帰宅するなり台所で涙を拭っているインデックス(ピンクのエプロン)の姿に、上条は慌てふためき、咄嗟に魔術師達の殺し方を三万通り検索する。
もしかしたら彼女の頭の中にある魔道書を狙った輩が現れたのか?
もしかしたら彼女の服の下にある柔肌を狙った肥溜め野郎が現れたのかもしれない。
だとすれば、殺すしかない。
上条当麻は当然人なんて殺しませんよ?殺すのはただの虫けらですから、ノーカンですとも。
まぁ、しかし、まずはインデックス(上条の趣味でニーソ)の涙を拭くことが先決である。
涙目インデックスとかご褒美だけど!!
しかし、残念なことに上条は現在拭くものを持っていなかった。
ティッシュなどという使い捨ての紙など持っての他、そしてタオルは洗面所にしかない。
そこまで取りにいってる間に更にインデックス(絶賛涙目)の涙が溢れ出もしたらエライこっただ。
Q:ならばどうする?どうするんだ上条当麻!!
A:舌で舐め取るしかないじゃねぇ?
自問自答即完了。
自問と自答の間には一瞬の感覚も無い。
それ即ち最初からわかりきっている答え。自明の理ということになる。ならば後は実行のみ。
ぺろんちょぺろんちょしてやれいとばかりに上条式房中術の一つ『ルパンダイブ』の体勢に入ったところでインデックス(白いワンピース)の手の中のタマネギに気付く。
「ゴメンね、とーま。心配かけちゃった?」
涙をエプロンの裾で拭うインデックス(ポニテとか誰得?上得)の前には確かに美味しそうな香りを漂わせるクリームシチューの鍋。
そうかそうか、なるほど得心行った、チィッ、気付くんじゃなかったとばかりに上条さんは頷く。ルパンダイブの体勢のまま。
「今日はお外が凄く冷えるんだよ。舞歌がジャガイモとタマネギお裾分けしてくれたから作ってたんだよ」
「な~るほど。ついに上条さんの手伝いなしに料理を作るようになったわけですな。インデックス……大したヤツだ」
「えへへへへ~」
- 655: 2011/01/03(月) 23:53:04.76 ID:qpfI9No0
-
駄目シスターの汚名返上に余念が無いインデックスは、上条の言葉に素直に頬を染めはにかむ。
しかし、ふと上条が未だにルパンダイブの体勢を解いていない事に気付く。
「あれ…?どーまどうしたの?どうして上条式房中術の一つルパンダイブの体勢になってるの?」
目尻に涙を浮かべたままのインデックスがこてん、と可愛らしく小首を傾げる。これで確信犯じゃないってんだから恐ろしいものである。
「インデックスさん。上条さんはてっきりインデックスさんが誰かに泣かされたんじゃないかと思ったのですよ。
それで色々考えて考えて、考えた挙句に、ルパンダイブしかないと思ったわけです」
「その理屈はおかしいんだよ」
まったくもって正論極まりないインデックスのツッコミ。
しかし、道理を無理で押し通すのが上条クォリティー。
言ってること視野狭窄なのに正しいことのように聞こえるのが上条クォリティー。
「ふぉぉぉぉぉぉーーーー!!!無理じゃ~~~!!無理なんですよ。上条は急に止まれない!!」
「きゃぁああーーー!!」
「大丈夫、シチューは時間を開けた方が美味しくなるから!!」
ルパンダイブの体勢から獣と化した上条、否、上獣が無垢な銀髪腹ペコシスターに襲い掛かる。
「――― っていうことが昨日あってさ。まったくインデックスには困ったもんだ」
「そォか。かく言う俺も今すげェ困ってるンだがなァ…」
ずるずるとジンジャーエールをストローで啜りながら一方通行は溜息一つ。友達に飯に誘われて来てみれば惚気という名の猥談をされれば溜息だって出る。
何せ上条の話は生々しい。語彙こそ脳みそ的に貧相な上条であるが、それを補う情熱、相手に伝えようとする気迫に満ちている。
結果、団鬼六先生がいらっしゃれば唸らずにはおれぬであろう猥談が繰り広げられ、周囲にいる男客は前かがみに、女客は虫けらを見る目でそれを見るという実に正しい光景が展開されている。
「それにしてもインデックスのあの食欲はどこから来るんだろうな。やっぱり性よ「言わせねェよ!!」」
空になったグラスの底で上条の額を小突く。空っぽ同士故に、実にいい音がする。
ふと、空になった皿を下げに来たウエイトレスと目が合う。
- 656: 2011/01/03(月) 23:54:55.38 ID:qpfI9No0
-
「あ、すいませン。この子ちょっとかわいそうな子なんです。いや、ホントいつもご迷惑おかけしてます」
「い、いえ、気になさらないで下さい」
引きつりながらも懸命に営業スマイルを浮かべるウェイトレスのお姉さん。
プロぱねぇ。マジでぱねぇ。光の世界の住人すげェ。
「何だよ。一方通行も話せばいいじゃねーか。彼女さんとのアレコレ。三人もいればエピソード満載だろ?」
「うっせ、いきなり振るんじゃねェ。ってか三人って何だ。三人って」
「え?」
「え?じゃねェよ。何で確定事項みたいに言ってンだよ。一人だよ、一人しかいねェだろ」
「お前プレゼント上げてたじゃねーか」
「あのなァ。流石に俺も世話になってるヤツらに何もやらねェ程不義理になっちゃいねェ。そういう義理人情を重んじてこその真の悪党ってェもンだ」
「でも指輪上げたんじゃ…」
「示し合わせたようにおンなじモンねだってきやがってよォ。一辺に済むから楽でいいンだけどよ」
『オイ、プレゼントだけどよォ…何がいい?』
『何でもいいですか?』
『流石にガキが欲しいとか言われても年齢的に推奨しねェがなァ』
『ば、バカッ!な、ななな、何言ってるんですか、エッチなんだから!!』
『かかかか、冗談だ』
『もう…えっと…じゃ、じゃあ指輪なんて欲しいなって…』
『構わねェが……大丈夫なのか?校則とかあるンじゃねェのか?』
『その辺結構緩いんで。で、できれば、そ、そそそ、その…右手の薬指にぴったりのがいいなぁって…』
『?おォ、わかった』
『結標……お前何か欲しいモンあるか?』
『何よ急に…』
『ン……まァ、普段世話になってねェこともねェからなァ……その、礼だと思ってくれ』
『そう…なんだ。じゃあ……指輪、がいいな』
『またか』
『何か言った?』
『いや、なンでもネェ。わかった。指輪だなァ』
『そ、それで、右手の薬指がいいなぁって』
『…?…別意構わねェぜ』
- 657: 2011/01/03(月) 23:58:05.03 ID:qpfI9No0
-
『指輪とかキッメェ!!マジそんなモン買いに行くモヤシとかあり得ないんだけど』
『まァいらねェならいいが……』
『いらないとか、言ってねぇし!!』
『わけわからネェ…』
『ミサカ最近指輪の収集に凝っててさ。ホントだよ?この日を当て込んだとかじゃなくてね?』
『おォ……メリケンサックみてェになってるなァ…』
『そ、それで丁度さぁ、今右手に薬指だけ指輪嵌めてなくてさ。ホント、偶然って怖いにゃ~ん、あひゃひゃひゃ』
『まぁ鼻輪にしようがテメェの勝手だからいいけどよ』
『ミサカも欲しい!!左手の薬指に!!』
『アホ、まだ早ェ!!そういうのはだなァ、ちゃンとした彼氏が出来たときにだなァ…』
『ミサカの彼氏は一人しかいないもん!!』
『な、何!?いるのか!?最近の小学生は進ンでンだなァ……よし、今度連れて来い。見定めてやらァ』
『………刺されちゃえばいいのにってミサカはミサカは一度痛い目に遭うべきだとアナタに警告してみる。
寧ろミサカが刺すかもしれないけど』
「てなことがあった」
「………ちなみに指輪の種類は?」
「あァ?確かダイヤだかプラチナだったか忘れた。つーかその程度なンでもねェンだよ。第一位の財力舐めんな」
「まぁいいさ、レベル5って確か多重婚出来るんだもんな。優秀な遺伝子を残すとかいう理由で」
「競走馬かっていう話なンだが一応そうなっちゃいるなァ。あって無い様なもンだが」
ムキになって法案取り消すほど当時レベル5はいなかった故にすり抜けて可決された法律を思い出す。
もしや、それすらもアレイスターの思惑通りだったのだろうか。
「じゃあいいじゃねぇの、いっそ三人と結婚しちゃえば?経済的に余裕だろ」
「アホか。ンなもン、女に失礼だろうが」
ジンジャーエールを飲み干す一方通行。女性関係には基本真面目である。
「まぁ、真面目って言っても中学生に手を出してるロリコン野郎なんですがね~」
「ウッセ!!てめェだって似たようなモンだろうが!!」
「違います~インデックスは中学生じゃないもん!!」
「年齢不詳って便利な設定だなコラァ!!」
「あのお客様お静かに…」
- 658: 2011/01/04(火) 00:02:21.55 ID:cgQXtCI0
-
その夜の上条宅にて。
「インデックス何やってるんだ?」
風呂から出ると、インデックスが鼻歌を歌っている。それ自体は珍しいことでもなんでもない。
上条も明日が補習も何も無いお休みだと上機嫌で鼻歌を歌ったりするし。
『三百六十五歩のマーチ』は上条さん的には神曲№1だ。
もっとテンションが上がっていればオンリーマイイマジンブレイカー(上条さんは英語変換できません)を歌ったりもしよう。
何せ、翌日休みっていうことは何処までも無茶だったり苦茶だったりなことを出来るし、
要求できるし、受けて立てるのだから。(意味深)
上条式房中術だって平日においては僅か13式しか出せないが、翌日が休みであれば30式まで挑戦できる。
ちなみに上条流房中術は父、刀夜から授けられた48式に加えて、
様々な死闘の中で(魔術関係であったり科学関係であったり、学園生活であったり、ベッドの上であったり)
上条自身が編み出した52式を加えた計100式から構成される。
「あ、とーま。お風呂掃除してくれた?」
「おう、ばっちりだ。で、何見てたんだ?」
上条が先ほどから気になったのが『それ』であった。インデックスが上機嫌で鼻歌を歌っていること自体は珍しいことではない。
上条が気になったのは彼女の手の中にあるもの。A4サイズの紙の束である。
嬉しそうな顔で上条の隣りに身を寄せると、インデックスは上条に見えるように束を見せる。
「学校の編入手続きの資料なんだよ!!小萌がね、私も学校に通えるように取り計らってくれたんだよ」
「へぇ~ってお前IDは?」
「ふっふっふ~実は内緒にしてたけど…ジャーン!!」
そう言ってインデックスが上条の眼前に突き出したのは学園都市おなじみのIDカード。
しかし、以前と異なるのはシスター姿の偽造とは異なり、私服の少女がにこやかに写ったもの。
『上条 インデックス』と記されている。
- 659: 2011/01/04(火) 00:04:25.08 ID:cgQXtCI0
-
「上条…インデックスって」
「しいなが後見人になってくれたんだよ」
お父さんの存在をするっとスルーしたことをスルーして上条はマジマジとカードを見る。
「本当に本物っぽいな……ってことはこれでインデックスも学校に?」
「うん!」
頬を朱に染めて頷くインデックス。頬を染めた理由が嬉しさ以外に
『上条インデックスって、とーまと結婚したみたいなんだよ』
とか乙女チックなことを思っているなどということにこの愚鈍、朴念仁、鈍感の名をほしいままにする男にはわからないし、言ってはいけない。
多分、それを言った瞬間に萌えた上条が上条流房中術の一つ、『三日殺し』を放ちかねない。
ちなみに三日殺しとは、インデックスの足腰が三日立たなくなることから付けられた名である。
「いやっほー!!これでインデックスと放課後教室制服プレーが出来るンバ!!!」
(コレでインデックスも普通の女の子として青春を謳歌出来るってことだな)
「いやだよーとーまってば。本音と建前が逆なんだよー」
正解:『コロンビア』のごときハイテンション且痛々しいリアクションにさえインデックスは恥ずかしそうに頬を抑える。
マジ恋って盲目だ。
しかし、直後にインデックスは申し訳無さそうにしゅんと肩を落とす。
「でもね、とーま。残念だけど放課後制服プレーは出来ないんだよ」
「ウゾダドンドコド~~~ン!!ど、どどどどどどどどど、どういうことなんでせうかインデックスさん?
あ、もしかして土御門とか青ピに見られるんじゃってそういう心配をなさっていたり?それでしたら火急的速やかに始末して…」
物騒なことを口走ろうとする上条を制するように首を振るインデックス。
「だったら制服が破れたり汚れたりすることが心配で?だったら気をつけるから。善処するから!!」
決してしないとは言わないあたり、正直な男である。
しかし、それに対してもインデックスはふるふると首を振る。
それにしてもこの上条必死過ぎである。
- 660: 2011/01/04(火) 00:05:30.41 ID:cgQXtCI0
-
「じゃ、じゃあ、何で?どうしてそんな残酷なことを!?」
「だってね…とーまとインデックスじゃ学校が違うんだよ」
「違う…まさか中学とかいうオチじゃ…」
そう言いかけて上条は初めてインデックスの後ろにあるモノの存在に気付く。
新品のテッカテカに輝く眩きアイテム。目に痛い程の眩い『赤』
「ランドセル……だと……?」
カタカタと震える上条。
そして、先ほどインデックスが見ていた資料にもう一度目を通す。
『保護者の方へ ○○○小学校 編入についてのお報せ』
何度目をごしごしと擦っても『小』の字である。
「インデックスさん…?貴方確か以前白井に『自分より年下のくせに』とかなんとか…」
「うん、日本人って以外と年齢の割に顔が老けて見えるでしょ。かおりとか…」
「アレが特殊なんです!!」
スゲェの比較対象にもってきたよこの子は、と思いつつも、最初に見たのが神裂だったりステイルだったり実年齢詐欺な連中である。
インデックスの価値観が歪んでしまうのも無理は無いのかもしれないが、最早上条にとってはそんなところはどうでも良かったりする。
問題は、それによって上条クンが一体どういう立場になってしまうのかということ。
小学生である。
上条クンが守ると誓った少女は、大切に思っていた少女は、上条流房中術の全てをぶつけていたのは、上獣を解き放っていたのは、まだ小学生の少女なのである。
- 661: 2011/01/04(火) 00:06:46.94 ID:cgQXtCI0
-
「とーま?どーしたの?」
そう言って心配そうに上条を覗き込む少女。否、幼女。
そうだ、そうなのだ。仮にインデックスが15歳前後の少女であればあのぺったんこはあり得ないはずなのである。
おそらく大きくなったらローラ・スチュアートばりのわがままバディになるインデックスが、そんな成長期の後半に差し掛かった段階でアレな筈がないのである。
そんな簡単な答えにどうして気付かなかったのだ上条当麻。お前、本当は気付きかけていたのではないか?
インデックスが打ち止めとタメ年っぽさで喋ってる場面に出くわした時とか、気付くきっかけは山ほどあっただろう。
気付いてたんじゃないのか?気づいていて気付かぬフリをしていたんじゃないのか?
どうなんだ、ええ?上条当麻。
「とーま、とーまってば…」
「インデックス…俺は…俺は…俺は!!」
「という衝撃の新事実がありまして…って何か引き気味じゃね?一方通行」
「ンなことねェよ。おめでとうございますゥ。良かったじゃネェか彼女に普通の生活させてやれてよォ、ロリ条クゥゥゥンン」
ぱちぱちぱちと心がすげぇ篭ってない拍手を打つ一方通行さん。
ロリ疑惑払拭運動に取り組んでいた努力は無駄じゃなかった。
積極的に年上やらおっぱいに恵まれた子と行動を共にしていて良かった。
まぁ、残る問題はなまじ回収してしまったフラグをどうするかという問題である。
あわきんとかさ。彼女その気になればアナタの遺伝子たっぷりのケフィアを自分の中に座標移動させちまえますぜ?
筆下ろしの流れで黄泉川の決して砕けないはずのクレイジーダイヤモンドもとい、ダイヤモンドヴァージンを砕いちゃった問題とかもあるし。
その辺の問題を一体どうするのか。
でも、一方通行なら……一方通行ならきっと何とかしてくれる。
「ロリ条とかマジで止めて!!御坂とかに知られたらビリビリってされちゃう!!アイツのことだから」
「なンだ…お前超電磁砲が(嫉妬で)怒るって知ってるのかァ?」
「おう、きっと(正義感ゆえに)怒るだろう。俺が許せないだろうことくらい」
「じゃあ、もしかして…お前アイツがお前の事を(恋愛対象として)想ってるってことも」
「勿論。アイツが俺のことを(気の置けないダチ公として)思ってるってわかってる」
「まったく……テメェもヒデェ野郎だ…」
- 662: 2011/01/04(火) 00:08:34.98 ID:cgQXtCI0
-
ズズっとチェリオを啜る一方通行。
それでも尚インデックスを選ぶというのか。
そこまで決断しているというのか。
御坂美琴を陰ながら守ることを誓っている一方通行としては嘗て上条が彼女と結ばれることを望んでいたが、肝心なのは両者の合意だ。
第三者がお似合いだからだとか、結ばれるべきだとかごちゃごちゃ言うものではない。
いざとなれば、自分が陰ながら支えていくつもりだ。
それに、多分彼女の苦境の際には、上条よりも役に立つナイトであるところのアステカの憎いアンチクショウもいる。
(それもまた……縁ってヤツなんだろうなァ)
人生ままならない。人の関係もままならない。
だからこそ尊いのだ。一方通行はしみじみと思う。
今日は久しぶりに黄泉川と芳川の顔を見に行こう。
打ち止めはすっかり親離れしてしまったのか、会う度に避けてくるだろうが。
先日も嘗てのように飛び込んで纏わり付いてくると思えば部屋に引き返されてしまった。
『ミサカはミサカは五ヵ年計画成就の為に今はあえて貴方にダイブしたい衝動を太ももにピンを突き刺すことで堪えてみる…グゥゥ!!』
『打ち止めァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーー!?』
五ヵ年計画とは一体なんなのだろうか。
今度20000号あたりに聞いてみよう。
報酬は多分使用済みのシャツあたりでいいだろう。
「で、結局どうしたんだァその後はァ?」
「その後?ああ、インデックス衝撃の小学生発覚の後な。あの後は ―――― 」
- 663: 2011/01/04(火) 00:10:24.63 ID:cgQXtCI0
-
「裏切ったな!!上条さんの心を裏切ったんだ!!」
「とーま!?ゴメン。とーまはてっきりインデックスの年齢を知っててビーストモードになるペド野郎だと思ってたんだよ」
「バッキャロー!!上条さんはなァ、上条さんはなァ……インデックスだから『裏コード・THE BEAST』を使ったんだよ!!」
「とーま…ッ」
「いつの日か、インデックスがローラ並のけしからんアグレッシブボディーになる日を楽しみにしながら、まぁ、今は今で出荷前の果実もいいんじゃね?的な感じで頑張ってきたんだ」
お前はお前だ。ロリとかペドとか関係ないんだよ。
上条が熱く檄を飛ばす。全ては愛ゆえに、愛ゆえに全てを受け入れようと。インデックスは上条の想いをしかと受け取り、そして涙を流す。
彼は自分を自分として見てくれていた。イン何とかさんwwという世間の荒波にも負けずに、自分という存在そのものを見てくれていた。
そう、彼女は不安だったのだ。ロリだったらどうしようかと。見下げ果てたペド野郎だったらどうしようと。
コラじゃなくて、本当に『中学生はババァなんだよ』だったらどうしようと。
「じゃあ、小さい子には興味無いんだね」
「いや、あるけどね」(キリッ
「でも、今更だけど犯罪なんだよとーま。ほんと今更だけど」
しかし、インデックスはわかっていなかった。
今の会話の間にも、上条の脳内で赤いランドセルを背負ったインデックスの姿が映像化されていたということを。
イメージトレーニングは完了しているということを。
天使上条『駄目だよ当麻君!!インデックスが幼女だってわかった以上ムチャなプレイを要求するとか鬼畜の所存なんだよ?』
悪魔上条『ハァ?幼女だからいいんだろうが!一方通行の野郎が中学生コマしたって聞いたとき、正直羨ましかっただろう?』
天使上条『だからって、だからって幼女には合意に基づいた正常位までだって源氏物語には……』
悪魔上条『バッカ。寧ろそういう幼女にムチャぶりすることが興奮するんだろうが!!
萌えないか?ランドセルに黄色い帽子のインデックスとか!』
天使上条『!?』
悪魔上条『俺は萌えるし燃えるね。その為に蛆虫のチンカス野郎だって罵られようとも!!』
駄天使上条『そうだね。寧ろ蛆虫のチンカス野郎って小萌先生とかに罵られたらご褒美だしね』
悪魔上条『!?………お前って天才って言われね?』
- 664: 2011/01/04(火) 00:13:15.90 ID:cgQXtCI0
-
以上の悪魔と天使の熾烈な議論を0.02秒の間に終了させることで上条は計108に渡る魔術拘束具を破壊する。
全てを解放し、『竜王の顎』が起動する。
「と、とーま…そ、その構えは…」
「いいぜ、お前がそうやって上条さんの思春期を炸裂させないっていうなら、何でもさせてくれないっていうなら……まずは…」
「上条流房中術…最終奥義…『一人アテナエクスクラメーション』!?」
「そのふざけた現実からぶち殺す!!」
その日、衛星軌道上から一つの衛星が消失した。
「お前今すぐヒーロー返上しろよコラァ!」
「何だよ!お前だって本当は羨ましいんだろ?彼女相手にランドセルプレイしてるんだろう?わかっているのですよ上条さんは」
「するか!!」
「またまた~御坂妹の話じゃ彼女に赤いランドセル背負わせて、『ホラ、しっかり咥えるんだぞ?先生の縦ぶ「言わせねぇよ!!」」
悪びれていないのが尚更悪い。
既に周囲でひそひそとした内緒話が始まっているのが不味い。
「ランドセルとかあとスモックとか…」
「してねぇー!!せいぜいナースとチャイナくらいだァ!!……ってしまったァ!」
「ああ、ベタだな」
「あの…お客様…ちょっとそういうお話はボリュームの方を…」
「すいませン!!ホントすいませン!!」
- 665: 2011/01/04(火) 00:14:36.08 ID:cgQXtCI0
-
その頃とあるカフェ。
「でさぁ…私どうやったらアイツにもっと素直になれるんだろう。わかってるのよ?ツンツンしてばっかりじゃ、可愛げのない女だって思われかねないって。でも…」
「御坂さん~そのお話コレで129回目ですよ~って佐天さん?誰とメールしてるんです?」
「ん?内緒♪初春にはまだ早~い」
From:佐天涙子
To:あーくん
Sub:制服クリーニングから返ってきましたよ~
ナース服が好評だったから、今度はメイド服用意しますね。
それとも他に何かリクエストあります?
御坂さんに常盤台の制服貰いましたけど?
- 685: 2011/01/04(火) 23:14:33.35 ID:EC4LCcw0
-
最後に見た光景は白い拳。
自分の生み出したありったけの紛い物を、まるで雪遊びする子供のように散らしていった白い少年。
事も無げに、無造作に、無邪気に、他愛なく、自分の力のすべてを、容易く突き崩していく少年。
そして改めて思い知らされた。
自分はスペアプランではなかったのだと。
スペアプランという肩書きに自尊心を傷つけられ、かの少年を憎み、立ち塞がるというのが自分の役目。
つまりは少年にとって乗り越える踏み台の一つだという事実に。
あの夢想家にして現実主義者の人非人の男にとっては、彼だけだったのだろう。
自分が勝てないこともすべて織り込み済みで。
そして、そのことに一番納得しているのが、他ならぬ自分であるということも。
最後のあの姿。
自分とは違う、あの光の翼。
けれども、自分を何よりも打ちのめしたのは、そんなものではない。
あの瞬間、少年が浮かべた表情。
「笑っていやがった」
それは憎しみと怒りを込めた憤怒の表情でもなければ、負け犬を見下す嘲笑でもなかった。
獲物を食い散らかす肉食獣の如き獰猛な笑みでもなければ、殺しを愉しむ残忍な笑みでもなかった。
まるで子供。
喧嘩に勝って得意満面の子供のような無邪気な笑み。
犬歯をむき出しにして、どうだ!と言いたげな笑み。
あの場において、既に頭に無かったのだろう、自分をどうするかなど。
ぶっ飛ばして、すっきりして、さっさと帰る。
既に、彼にとってはそれだけの話であり、腕に抱えた少女の方が遥かにウエイトは大きかったのだろう。
つまりは自分は殺すほどの相手ではない、それどころか、そこまで心を傾ける相手ですらないということ。
少年 ――― 一方通行にとって、この自分はその程度だったということ。
- 686: 2011/01/04(火) 23:15:41.79 ID:EC4LCcw0
-
「眼中にねぇってことかよ……」
舌打ちをすると、ふらつく頭を起こす。
垣根帝督は、瓦礫の山と化した周囲を見回す。
空のツンとした空気が、夜明けの近さを教えてくれる。
「おや、もうお目覚めですか」
突然かけられた声に、あわや大声を上げてしまいそうになるのを堪えた。
振り向くと、にこやかな笑顔を湛えた少年。自分と同じくらいの年頃だろうか。
瞬時に垣根の空気が張り詰める。
自分と同種の人間だと、彼の嗅覚がすかさず察知したのだ。
しかし、にこやかな笑みを浮かべた少年は小さく肩を竦めて苦笑する。
「てめぇ…何モンだ?」
「別にアナタの命を狙ってやってきた追っ手なんていうオチじゃありませんよ」
ちらりと、彼は視線をとある方向へ向ける。
「まぁ…強いて言えばアナタの被害者を助けたかった者で、アナタの加害者の友人とでも言いましょうか」
その言葉に、垣根の表情に亀裂のような笑みが浮かぶ。
「へぇ~“グループ”かお前…」
「海原と言います、以後お見知りおきを」
まるで社交界であるかのように優雅に一礼をする海原。
瓦礫の上に胡坐をかいたまま、垣根が品定めをするように少年を見る。
少年は、その視線を毛ほども気にすることなく、一枚の紙片を投げてよこす。
手にした紙片に目を通した垣根の表情に、不審げに歪む。
「何だよ、これ?」
「病院の住所ですよ。腕のとても良い医者がいるんです」
- 687: 2011/01/04(火) 23:16:21.53 ID:EC4LCcw0
-
「モヤシに一発殴られただけで医者なんかにかかる理由にはならねぇだろ」
そう、結局一方通行は垣根に止めを刺すことも、深手を負わせることも無かった。
彼がそのつもりならば、あの瞬間にも自分は血液を逆流させられて即死だったというのに。
「ですが、一方通行の運ばれた病院ですよ?色々とお話したいことがあるのではないですか?」
一瞬、さきほどの独り言を聞かれていたのかと、眉を顰める。
そんな垣根の様子を愉しむように、海原がひそりと笑う。
垣根の瞳が引き絞られたように細く尖る。
海原の含みのある笑みに、能力を反射的に行使しようとするが、鋭い痛みに演算をキャンセルさせる。
鈍痛などというレベルはとうに超えている。一方通行との戦いの際、半ば捨て置いた痛みが束になって頭を万力のように締め付けるようだ。
本来ならば頭を掻き毟り、地べたを転げまわりたい程に肥大化した痛みを歯を噛み食い縛るのはひとえに垣根の凄まじいプライドによる。
「それに、そこの病院は様々な治療にも取り組んでいましてね。例えば……クローンの調整とか、ね」
「ッ!?」
思わぬ言葉に目をむいて海原を凝視する垣根。
そして、浮かび上がるのは疑問。
「それでは用も済みましたので……」
「おい、待てよ!!」
立ち去ろうとした海原を垣根は思わず引き止める。
「どうしてわざわざそんなことをする?」
「そんなこととは?」
「俺は一方通行を殺そうとした。お前の仲間なんだろう?」
「そして再び負けたのでしょう?」
すかさず放たれる刺すような一言。
今更に悔しいのか、垣根の頬が引きつる。
- 688: 2011/01/04(火) 23:18:27.67 ID:EC4LCcw0
-
「だったらもうお終いです。一方通行の喧嘩に口を挟むつもりはありません。アナタの命を奪わなかったことも含めての彼の選択でしょう
僕からはそれ以上にとやかくいうつもりはありませんし、彼に代わって止めを刺そうなどという野暮な真似もするつもりはありません」
何も言わずに、メモを握り締める垣根に背を向け、立ち去ろうとして、海原は思い出したように立ち止まる。
「そうそう。もし、貴方が性懲りも無くリベンジなんて考えるのでしたら、素直に一方通行を狙ってください。
彼はきっと逃げも隠れもしないでしょう。ただし、佐天涙子をまた狙うようでしたら……」
「何だ?随分と人気者じゃないの、涙子ちゃんてば」
意地の悪い笑みを浮かべる垣根の言葉を一笑に付す。
海原は、ゆっくりと垣根に向き直ると、笑みは絶やさぬままするりと懐に手を伸ばす。
「別に彼女と面識などありませんし関わろうとも思いませんよ。ただね、彼女に何かあると深く傷つく人がいるんです…
とても優しく、一人で抱え込んでしまうような少し困った人でしてね…きっと佐天涙子に何かあれば彼女は涙を流す。
きっと何も出来なかった自分を許さないでしょう。ですからそんなことを貴方がしようと言うのでしたら……
…――― 僕が殺します」
慕ってくれる者、敬ってくれる者、憧れてくれる者。
そんな人間は数知れず、けれども対等に、単なる友人として見てくれる者の極端に少ない少女。
凛々しく、優しく、真っ直ぐで、けれども傷つきやすく、純粋で不器用な愛しい少女。
彼女が傷つく事を何よりも海原は憎む。
その為に彼女の前に姿を現すことがなくとも、
その為に見ず知らずの少女を守るべく命を賭けようとも、
海原光貴は躊躇など微塵もしない。
一体いつの間に抜き放ったのか、その手には黒く、複雑に輝く黒いナイフのようなモノが握られていた。
魔術を知らぬ垣根には、海原の手に握られたモノの正体がわからない。
ただ、その黒い輝きを見た瞬間、ぞわりと背筋に警鐘じみた衝動が這い上がった。
「まぁ、一方通行しか目に入っていない貴方だったらそんな心配いりませんね」
海原は、そんな垣根の動揺を把握しているかのように、手にした黒曜石を懐にしまいこむ。
垣根の背筋に走った緊張感が即座に霧散する。
- 689: 2011/01/04(火) 23:20:15.03 ID:EC4LCcw0
-
「まぁもっとも……一方通行を狙うのもあまりおススメはしませんよ?
『8人目』候補とレベル4の電撃使いと銃火器を使いこなす中学生の大軍を敵に回すことになるのですがね」
くすくすと、小さく笑う海原に、垣根は脱力するように瓦礫に寝そべる。
どちらにせよ、今の自分には能力が使えない。
頭痛のせいで会話をするのがやっとなのだ。この得体の知れない男一人の相手すら出来るかどうか。
「……おっかねぇなァ……これがグループか?」
「そうですね、いえ、寧ろ………そう、“一方勢力”でしょうか」
規模では上条勢力に及ばぬものの、容赦の無さでは上条勢力よりも上だろう。
一方通行が聞けば怒るであろうその名称が案外と的を射ている気がして、海原は愉快な気持ちになる。
垣根はやってられないとばかりに大げさな溜息を吐く。
「折角拾った命…いえ、戻ってきた命なんですから、有効活用したらどうですか?」
「光の世界に行けってか?今更この俺がか?ハハハハ、笑わせやがる…」
「諦めているようですね」
「そもそも望むのが馬鹿馬鹿しい。今更すぎんだろ…」
「ですが、一方通行は諦めていませんよ?彼はどうやら、貪欲に生きることにしたようだ。
欲張りに、手に入るものは何が何でも手に入れて放さないつもりだ。あきれるほどひたむきに」
そんなことはわかっていた。
その力に自分はやられたのだ。
一方通行だけにではない。
彼を守ろうとする、無能力者の少女に圧倒され、脅かされ、そして、吹っ切れた一方通行にぶちのめされた。
自分は彼と彼女の二人に叩きのめされたのだ。
「……気に入らねぇなぁ、あのモヤシ野郎……気に入らねぇよ……チクショウ………」
見上げた空は薄っすらと白み始めている。
夜明けが近かった。
- 690: 2011/01/04(火) 23:21:56.69 ID:EC4LCcw0
-
今日は千客万来だと一方通行は思った。
打ち止めは娘、番外個体は妹だろうか、とにかく、彼女達は自分の家族である。
また結標淡希も仲間であり、時折何故かどきりとさせられるものの数少ない友人だ。
そして、佐天涙子は正直上手い言葉が見つからない。
彼女の側にいたい、彼女の笑顔が見たい、彼女に触れていたい、彼女の声を聞いていたい。
願望は山ほどあるのだが、しっくり来る言葉がない。
強いて言えば『守るべき大切な人』であろうか。
しかし、どうにも自分の言い方は不味かったのか、ぴりぴりとした緊張感の中にピンクなお花が飛び交うというよくわからない空間が出来上がった。
打ち止めと番外個体はMNWに接続したのか、虚空に視線を合わせながら激しい議論を行い始めた。
結標は時折此方をちらりと見ては顔を赤くし、佐天と目を合わせては何か好敵手を見るように火花を散らしていた。
佐天は拗ねた顔から一転して、ベッドの端に腰かけて、自分にぴったりと寄り添っていた。
正直、彼女の甘い香りやらに、心が落ち着かないであるが、それを上手く核をぼかして彼女をどかす言葉が一方通行には思い浮かばなかった。
故に、悶々とした、やり場のない感情を持て余すことになっていた。
碌に人間関係を築き上げそれを維持してこなかった一方通行は、自分自身の感情を上手く言い表す言葉がわからなかった。
しかし、今の自分の感情だけははっきりと言える。
まいったなァ…
- 691: 2011/01/04(火) 23:22:38.63 ID:EC4LCcw0
-
佐天涙子と、番外個体、打ち止め、そして結標淡希。
この姦しい少女達が立ち去りようやく静かになったと思った矢先に現れた新たな訪問客。
目の前にいる少女を一言で言い表すならば『お花畑』。
少女の話では、どうやら佐天の友人であることはわかった。
それは着ている制服でもわかる。問題は、その初対面の少女になぜ林檎を剥いてもらっているのだろうかということだ。
「ウサギさんです」
「お、おォ…」
手渡されたウサギを何となく見つめる。
視線のもって行く先がわからなかったからだ。
それにしてもりんごのウサギはいつも何処から食べるのが正統であるのかわからない。
耳を齧るのか、頭部丸ごとなのか、それともお尻からなのであろうか。
そんな事を考えている間に、少女 ――― 初春飾利はにっこりと笑う。
「これで二回目ですね、アナタとお会いするのは」
「二回目…?」
「ハイ、第二位から助けてくれました。アホ毛ちゃんは元気ですか?」
第二位という言葉でようやく納得が行った。
「あの時のガキか……アイツといい、つくづくお前らの学校はメルヘンに呪われてるんじゃねェのか」
路地裏の不良に絡まれるというレベルではない。
よりにもよってというレベルだ。
その言葉が図星なだけに初春はただ苦笑する。
「それでもって第一位に何かとご縁があるみたいですね」
「知らねェよ」
正直この手の笑顔は苦手だ。佐天を髣髴とさせる芯の強さと純粋さを持った笑顔。
この笑顔を前にするとどうにもいつもの調子が出ない。
目を逸らす一方通行を優しい眼差しで見ると、初春は何かを胸に決したように瞳を一度伏せる。
「あの時は本当に……ありがとうございました」
初春がぺこりと頭を下げる。
- 692: 2011/01/04(火) 23:25:18.14 ID:EC4LCcw0
-
「………別にそういうつもりでやったわけじゃねェ。ただ、成り行きで助ける形になっただけだ」
これは本当のこと。
打ち止めを助けるために自分は戦った。
その側に偶々いたのが初春という少女であったに過ぎない。
故に、真っ直ぐにお礼を言われるというのはむずがゆく、見当違いであり、居心地の悪いものである。
「それでも一度、きちんと言いたかったんです」
それと、と初春は続ける。
「私の大切な…お友達を助けてくれてありがとう……ございます」
その声は震えていた。
そこには、彼女だけの謝罪も込められていた。
以前、一方通行といることで厄介なことに巻き込まれるのではないかと佐天に言ったこと。
自分自身命を救われながら、それでも彼をどこかで裏世界の危ない人間だと捉えていたこと。
そして、何よりも一方通行という人間を信じていなかったこと。
正直、彼が佐天をここまで大怪我を負ってでも守ってくれるとは思っていなかった。
だからこそ、佐天から入院の話を聞かされた時、一度会いに行こうと思った。
「……本当に、本当に……ありがとうございます」
もう一度、今度はもっとゆっくりと頭を下げる。
初春の手に雫がぽたりと落ちる。
一方通行からは、初春の花飾りしか見えないが、彼女が泣いているとわかった。
少女の涙を拭ってやるなどと言う気の利いたことは早々できる男ではない。
故に、彼に出来るのは、涙を見ないように窓へと視線を移すことだけである。
やがて、口を開いたのは一方通行だった。
「それこそ礼を言われる筋合いなンざねェよ。俺が勝手にやったことだ。アイツを守りてェから守った。
寧ろ、アイツを巻き込ンじまったンだ。お前は俺を詰る権利だってある」
わかりきった簡単な答えを言うようにつまらなそうな表情を窓に向けたままの一方通行に、暫し初春はぽかんとする。
そして、小さく噴き出す。余りにもその横顔が照れた子供の表情のようであったので。
- 693: 2011/01/04(火) 23:28:08.90 ID:EC4LCcw0
-
「詰りませんよ。そもそも巻き込まれたのは佐天さんの自業自得なんですから」
「随分と手厳しいンだなァ」
「それくらいキツい態度じゃないとあの人聞きませんから」
「クハハッ…違いネェ」
出来の悪いわが子を嘆く母親とでも言おうか。
初春の実感の篭った声に、思わず一方通行の唇が微かに緩む。
おそらく無意識であろう、一方通行の笑みに初春はドキリとする。
(優しい…笑顔…)
こんな笑顔を浮かべる人なのか、と愕然とする。
佐天の言葉を思い出す。笑顔がとても可愛いと。なるほど、確かに彼女がのぼせてしまうはずだ。
これは心臓に悪い。ひねた態度と、シニカルな表情。
それら偽悪的な仮面が不意に剥がれた瞬間に生まれる笑み。
湖面に浮かんだ泡のように、脆く儚く、柔らかい微笑みに、初春は頬を微かに赤くする。
それは、彼がようやく手に入れ始めた――― 否、“取り戻し”始めた笑みであった。
「………佐天さんの気持ちがわかりました……」
この笑みを彼女は独り占めしようとしているのか。
何て贅沢なのだろうか。
「あァ?」
呟いた言葉が聞き取れずに、一方通行が怪訝な表情を浮かべる。
慌てて初春は誤魔化すように首を振る。
「いや、何でもありません!!ホント、何でもありませんよ!!」
早打ちする鼓動に静まれと命令をしながら、初春は顔を手扇子でぱたぱたと扇ぐ。
顔の熱が速く引くようにと。一方通行に気取られぬようにと。
何はともあれ、これで佐天をからかうネタが増えた。
滅多に無い逆襲のチャンスにほくそ笑むと共に、もう少しだけこの場にて、この不器用な少年との会話を楽しんでしまおうと、
初春は妙にウキウキとした気持ちで、一方通行に剥いてやる林檎を手に取った。
- 713: 2011/01/05(水) 23:33:08.84 ID:cGEpC0s0
-
「ふむ、もう完全に塞がったようだね。特に後遺症も無いようだ」
そう一人納得するように頷くカエル顔の医者。
彼の言う通り、一方通行の白い腹には傷痕の名残すら存在しない。
もういいよ、という言葉を待たずに上着を着ると、一方通行はしげしげと自分の腹に視線を置く。
どこか呆れた視線を冥土帰しに向ける。
「傷そのものは10日目くらいには塞がっていたから、まぁ当然といえば当然だが」
「……治してもらってなンだがよ、どうやったら10日ばかしで塞がるんだよ…向こうの景色が見えてたンだぜ?」
「やれやれ、侮られたものだね僕ともあろう者が。腹に穴が空いた程度で僕が患者を旅立たせる筈もない」
手元でペンをくるくると回しながら10日でも掛かり過ぎたぐらいだよと嘯くカエル顔に、何も言うまいと一方通行はジャケットを羽織る。
この医者はある意味アレイスターよりも得体が知れない。
「そういえば例の『彼』だがね」
杖を手にして、立ち上がる一方通行の背に、何気ない口調で冥土帰しの言葉がこつんと当たる。
思い当たることがあるのか、心底嫌そうに顔を歪めながら振り返ると、当の冥土帰しは一方通行を見てはいない。
彼は既に他の患者のカルテに目を通しながら、こりこりとボールペンで白髪だらけの頭を搔いている。
「心配いらないみたいだよ」
「あァ?」
「ふむ、言葉が足らなかったようだ。このまま調整を受け続けていけばいずれ普通の生活が送れるようになる
アレイスターの資料が見つかったからね、彼女達同様にそう長く調整を続けずとも済みそうだ」
「知らねェよ。つーか興味も無ェ」
一方通行は微塵の欠片も躊躇なく切り捨てる。
その言葉に、冥土帰しはカルテに視線を向けたままふむ、とひとつ頷く。
それ以上何かを言うわけでもなく、何かを思うわけでもなく、ただそれきり口を閉じる。
用が終わったとばかりの態度に、一方通行もまたフンと鼻を鳴らすと診察室を後にする。
- 714: 2011/01/05(水) 23:33:44.87 ID:cGEpC0s0
-
伝えるべきことを冥土返しは伝え、それに対して興味ないと、一方通行は返した。
二人にとって、それだけのことであった。
かつんと、廊下に乾いた音を立て杖を突きながら歩く。
妹達の顔を見てから帰ろうかという考えが過ぎるものの、打ち止めを伴わずに妹達に会いに行くというのは中々思い切りが必要な行動である。
足を止めることなく、すぐさま一方通行は自分の中に浮かんだアイディアを消去する。
また今度だ。また今度仕切りなおしだ。打ち止めと番外個体を連れてからにしよう。
踏ん切りの着かぬまま病院の外に出たところで溜息を吐く。
「やれやれ……まだまだ俺もヘタレだなァ…」
「そうでもないですよ?」
「お前……結局来たのかよ」
「だって、気になるんですよ」
病院の正門からひょこんと顔を覗かせた黒髪の少女は、てててと一方通行の隣りに駆け寄る。
杖を突いていない方へと周り込み、一方通行をじっと見上げる。
何かを待っているような少女、佐天の視線に一方通行は肩を竦める。実につまらないことのように気怠るげに言う。
「異常ナシ。見通しの良かった腹もすっかり塞がってるみてェだしな」
「良かった~~」
その言葉に、佐天は胸を撫で下ろす。
「アホかお前。一ヶ月以上何の変化も無ェンだから今更心配することでもねェだろ。今日のは単なる確認みてェなモンだ」
「それでも嬉しいんですよ!」
心の底から安心したように、我が事のように笑みを浮かべる彼女にくすぐったさを覚える。
最近どうにも、彼女の仕草ひとつひとつに居心地の悪さを感じる。
不快ではないのだが、何となくむずむずするのだ。
- 715: 2011/01/05(水) 23:34:24.54 ID:cGEpC0s0
-
「………あァ~……」
ぽんと佐天の頭に白い手が置かれる。
きょとんとする佐天の頭をくしゃりと感触を確かめるように一方通行が撫でる。
「頼ンだワケじゃねェけどよ……その、一応心配させちまったってことだよなァ…」
口ごもりながら一方通行の視線は左右に泳ぎに泳ぐ。
別に佐天の頭をどれだけ撫でようとも気の利いた言葉が出てくるはずも無いというのに、しきりにせわしなく撫でる。
その感触の心地良さに目を細めながらも、佐天はこういう時色白だと不便だなぁと他人事のように思う。
顔が真っ赤なのが丸わかりだ。しかし、それを口にすれば一方通行が拗ねることも十分にわかっている。
故に、佐天はじっと言葉を待つ。
「だからよォ……あ、ありが ――― 「何イチャイチャしてやがるんだよ第一位」」
今はこれが精一杯とばかりに、一方通行のなけなしの努力は、無粋な声によって台無しにされた。
「あ…あの人…」
「垣根ェェェ……」
怒る気力も無いとはこのこと。
力なく声の方を向けば、一月前と変わらぬ不敵な笑みを湛えた垣根帝督が立っていた。
違うといえば、スーツ姿から花をあしらったワイシャツにファー付きのコートを着ている点であろうか。
余計にホスト臭が強くなっている。
「よォ、天下の往来で女子中学生とイチャイチャしてるたぁいいご身分じゃねぇの。流石は第一位様だな」
ずかずかと近づいてくる垣根を前に、さり気無く佐天を後ろに庇うように彼女の手を引っ張る。
佐天は、不安そうに一方通行に視線を寄せる。
垣根は、佐天を庇うように立つ一方通行に一瞥をくれるが、すぐに視線を佐天に向ける。
「今日はモヤシには用はねぇ。用があるのはそっちの涙子ちゃんだよ」
「え、私?」
怯えたように自分を見上げる佐天に、垣根は複雑な笑みを浮かべる。
- 716: 2011/01/05(水) 23:35:43.79 ID:cGEpC0s0
-
「ああ……アンタに会って、一度謝っておきたかった…」
垣根の声に、真摯なものを感じ取ったのか、佐天はそっと一方通行の腕に触れる。
庇わなくても大丈夫なのだと、瞳で訴えると、それを読み取ったのか渋々と一方通行は腕を下ろす。
一歩前に踏み出すと、佐天は震えそうな足に力を入れ、垣根を見上げた。
その年頃の少女特有ともいえる真っ直ぐで鮮やかな視線に、垣根は一瞬口ごもる。
「……この前は…すまなかった。アンタを勝手に巻き込んで、ぶん殴って…コイツとの戦いの巻き添え食わせて…本当にすまねぇ」
たどたどしく言葉をぽつりぽつりと吐き出す。
「コイツは俺のケジメだ。能力も持たない、表の人間を巻き込んで、それも女を傷つけちまった俺のな…
だから、気の済むまでぶん殴ってくれていい、アンタにはそうする権利がある」
ぎこちなく僅かに下げながら、垣根は佐天がどのような顔をしているのだろうかと考える。
軽蔑の眼差しを向けているのだろうか、それとも悍ましいものを見るような表情だろうか。
「顔を上げてください」
おそるおそる顔を上げた垣根の目には、自分に困った顔を向ける佐天が映る。
「殴るつもりなんてありません。私だってああいうことに巻き込まれることだって覚悟してましたから。
そりゃあ勿論痛かったですよ?怖かったですし……でも、恨みになんて思ってません」
自分の中にある言葉を確かめるようにゆっくりとした佐天の言葉を垣根は黙って聞く。
佐天は、ただと、続ける。
「……ただ、もう一方通行さんと戦わないでもらえませんか?難しいかもしれないけど、でも、私は一方通行さんに傷ついて欲しくないから
私の分をチャラにする代わりに、もう、この人と戦わないで欲しいです。この人が傷つけられるのも、誰かを傷つけるのも…見たくないんです」
佐天がぺこりと頭を下げる。
- 717: 2011/01/05(水) 23:37:11.58 ID:cGEpC0s0
- 垣根よりもずっと深く、心から願うように、切ない声を絞り出す。
スカートの前で重ねられた両手が震えていることに、垣根は気付く。
佐天が未だに自分に恐怖を抱いたままだということに。
当然のことだ。アレだけの事をしておいて怖がられない方がおかしい。
しかし、その恐怖を抑え込んで、それでも彼女は、彼女なりに精一杯一方通行を守ろうとしている。
能力の有無など問題とせずに、一人の人間として。
「ハハハ……やっぱスゲェわ、アンタ」
心からの言葉が自然と口を突いて出る。垣根のまごう事なき本心だ。
「わかったよ。約束する。つーか元々、二度も負けた相手に挑むつもりはねぇけどさ
もっとも、この腐れモヤシから喧嘩吹っ掛けてきたらわかんねぇけどよ」
「そのときはこの人は私が止めますから心配無用です」
「負け犬なンざ誰が相手なンかするかよ」
むんとガッツポーズを作る佐天。
犬歯を剥き出しにして、威嚇するように睨みを付けてくる一方通行。
対照的な二人に、垣根が小さく噴出す。
「いいね~やっぱ可愛いわ涙子ちゃん。一方通行には勿体ねぇっていうか……」
にぃっと笑うと、垣根は佐天にずいっと顔を近づける。
端整な顔に至近距離に迫られ、思わず顔を赤くする佐天。
一方通行の眉がぴくりと動く。
「いっそ俺の彼女にならね?」
「えぇッ!?」
言うや否や、佐天の肩に手を乗せる。
顔を更に近づけると、いよいよ佐天の頬が真っ赤に染まる。
「少なくともこんなコミュ障のセロリよりもずっと俺の方が……」
言いかけて、垣根の目と鼻の先を高速の『何か』が通過した。
垣根の前髪が数本、落ちる。
微かに髪の焦げた匂いが鼻に付いた。
「次は外さねェ……」
- 718: 2011/01/05(水) 23:38:30.50 ID:cGEpC0s0
-
サイレンサー付きの銃を構えたまま、深紅の瞳をより赤く染めた一方通行が垣根を睨みつける。
照準が垣根の眉間をしっかりと捉えているのが、彼の殺気が物語る。
冷たい汗が垣根の背筋を走る。どうやら本気のようだ。
一方通行がチョーカーのスイッチを入れるよりも白い翼を出現させた垣根帝督がその場を飛び立つ方がすばやかった。
「嫉妬深い男は嫌われるぜ、一方通行」
「うるせェ!!死ね!!つーか殺す。今すぐ引導渡す!!!」
「じゃあ、またね涙子ちゃ~ん!」
「二度と来るンじゃねェ!!」
空に羽ばたき消えていく垣根を佐天はぽかんと見上げる。
隣の一方通行は収まらぬ怒りを飲み下すのに難儀しているのか、舌打ちを連発している。
やがて完全に見えなくなったところで、佐天は一方通行に視線をちらりと向ける。
口をへの字に曲げたままの横顔に、こっそりと笑う。
「なに笑ってやがンだ?」
「別に何でもありませんよ」
すすすすっと自然に一方通行に身体を寄せると、佐天はむずがゆそうに、嬉しそうにはにかむ。
「……大体だ」
未だに垣根のせいで斜めに傾いた機嫌が直らないのか、ドスの聞いた声を上げる。
佐天はそれに臆することなく、ただ何事かと首を傾げる。
「お前は無防備過ぎるンだよ。馬垣根には攫われるは迫られるは……あの時だって、簡単に押し倒されやがって」
「………あれは一方通行さんだからですよ?」
「!?ゴホッ!!」
白い頬を染めながら、一方通行は思わず咳き込む。
佐天がその背中を慌ててさすってやる。
- 719: 2011/01/05(水) 23:39:14.99 ID:cGEpC0s0
-
「だ、大丈夫ですか?」
「お、オメェのせェだろォが…」
呼吸を正しながら、一方通行は短く息を吐く。
佐天はその左手、杖を持っていない彼の空いた手に目をやる。
無防備だというのならば、いっそ離れないように、放さないように捕まえておいてくれればいいのに。
期待を込めて自分は彼の空いている左手側に立つようにしているだから。
(無理だよね……この人鈍感だし…)
溜息と共に、一方通行の空いている左手に恨めしげな視線を送る。
しかし、佐天の誤算は一方通行が彼女の仕草をさりげなく目で追っていたということ。
垣根の挑発のせいでチリチリと嫉妬心を煽られたが故の行動と言える。
その結果、佐天の不満そうな、悩ましげな溜息と共に送られる視線にも気付いた。
その視線と言葉の意味に気付くと、一方通行は自然と佐天の空いている右手に目が向く。
そして、一方通行は自身を鼓舞する。
先ほどは邪魔が入った勇気をもう一度入れ直す。
「あ…」
佐天は不意に訪れた温もりに、言葉を失う。
寒々とした空気の中寂しげにしていた己の右手が、白い手で強引に握り締められている。
白い手の主、色白の雪のような肌を咲いて散った花のように鮮やかに染めている。
- 720: 2011/01/05(水) 23:41:00.89 ID:cGEpC0s0
-
「ガキにうろうろされんのは迷惑だからな」
「えへへへへへ…」
「何笑ってやがンだ、不気味なンだよ」
憎まれ口とは裏腹に、一方通行の手が更に強く佐天の手を握り締める。
佐天もお返しとばかりに、しっかりと握り返す。
互いに、自分の抱く気持ちの方が強いのだと、比べあうように。
互いに温度を分け合うように、しっかりと二人の手は結ばれた。
「一方通行さんの手って冷たいですよね」
「お前の手は温けェな」
「手の冷たい人って心が温かいっていう言葉知ってます?」
「初耳だが、迷信だろ」
「違いますよ。手の冷たい人は皆に温もりを分け与えてばかりで自分のことはおろそかになっちゃってるんですよ」
「くっだらねェ……じゃあ手の温けェ奴は心が冷たいのか」
「違いますよ。心の温かい人は心の温かさが手にまで溢れちゃってるんですよ」
「オイ、じゃあ皆心が温けェってことになるじゃねェか……誰がンなこと言い出したンだァ?」
「私です」
「……オイ……」
「だって、その方がいいじゃないですか」
「ホント、お前おめでてェなァ……付き合ってらンねェ……」
一方通行はやれやれとかぶりを振る。
「気付いてます?今、笑ってますよ?」
「………気のせェだ…」
薄紅色に頬を染めて、佐天は一方通行の横顔を見つめた。
照れ屋で不器用で優しいその横顔を。
しっかりと手を繋いだまま。佐天は、この時間が永遠に続けばいいのにと、密かに願っていた。
- 729: 2011/01/07(金) 07:14:24.87 ID:WUQ9jX60
-
一方通行は自分に向けられる好意に鈍く、また彼自身が抱く好意にも鈍い。
更に言えば、彼自身が抱く好意に纏わる感情についても鈍い。
本来ならば人との関わり合うなかで自然と理解する感情との付き合い方と名づけ方を知らない。
「――― ァあ…」
冷め切ってしまったことを忘れて珈琲を飲んでしまったように、一方通行は不自然に顔を歪めて俯いていた。
ベッドの上で胡坐をかき、シャツ一枚を簡単に身に着けただけの格好だ。
両手で顔を覆うように、白く柔らかな猫毛が指の隙間から無造作に飛び出ている。
隣に寝転がりながら芳川桔梗はそれを興味深そうに眺めている。
微笑ましいとも取れないことも無いが、それ以上に波線のように緩んだ唇が彼女の好奇心をより強調している。
その体には何も身につけてはいない。
芳川桔梗はシーツで胸元を隠すこともせずに身を起こす。
フロアランプのぼんやりとした灯りに照らされ、薄っすらと浮かんだ玉の汗が柔らかく光る。
「随分な落ち込みようね」
「うるせェよ…」
「あら連れない、貴方ってしてから冷たくなるタイプなのね」
「なにそれっぽいセリフ吐いてンだよ。コレはそういうもンじゃねェだろ」
「それもそうかしらね」
一方通行の無愛想な口調に気を悪くするでもなく、飄々と答える芳川に一方通行は少し安堵する。
思わず考えてしまった、彼女でよかったと。
黄泉川であったらどうなのか。上手く理由は説明出来ないが、やはり芳川でよかったと結論を下す。
瞬間、己の思考に彼自身嫌悪するのであるが。
くしゃりと芳川の手が一方通行の髪に触れた。くしゃくしゃと細い髪に指を絡ませてかき回す。
胡乱な目でそれを咎めることなく見遣る彼は、少しいつもと様子が違った。
笑いに僅かに揺れた声で芳川が言う。
- 730: 2011/01/07(金) 07:15:15.51 ID:WUQ9jX60
-
「今、私で安心したでしょう?ホッとした顔してるわよ」
「フン」
「愛穂じゃなくて良かったわね。私もそう思うもの」
「……あンまり鋭い女は疎まれるぞ」
見事に自身の心情を言い当てられ、悔し紛れに一言反撃をする。
その反撃すらもわかりきっていたことなのか、芳川は小さく笑う。
「そういうのには慣れてるの。もっとも、こういう性交渉ってあまり経験ないから数える程度だけどね」
「その割りには開けっ広げじゃねェか…」
「家族の前では誰しも無防備になるものでしょう?あ、煙草取ってくれる?」
「……お前、せめて働いた金で買えよ。ヤッた後の一服に手前の給料の一部が使われてるって知ったら黄泉川泣くぞ流石に」
「泣くよりも多分……キレるわね愛穂の場合」
それでも枕元に置いてあった彼女のハンドバッグから煙草を取ってやるあたりに、彼の面倒見の良さが表れる。
ありがとう、と短く礼を言ってから呑気に紫煙を燻らす様が小憎らしいやら呆れるやら。
一方通行は溜息を付く。何も楚々とした態度をとまでは言わない。
しかし、せめてシーツで胸を隠すくらいの恥じらいくらいは持っていてもバチは当たらないはずだ。
いい加減でぐうたらな姉を持った弟のような気疲れが彼の細い肩の上にずしりと圧し掛かる。
もっとも、弟と姉はこのような行為をしないのが一般的ではあるが。
眠たげな瞳で薄暗い部屋の中を漂う紫煙を見つめていた芳川は、横目で未だに憂鬱そうに俯く一方通行を見ると、納得したように頷く。
「今、相当憂鬱でしょう?その憂鬱さを何て呼ぶか教えてあげましょうか?」
しかし、そう言って芳川は続きを口にせずに煙草を咥える。
視線で、その答えを促す一方通行の様子を愉しむように、ゆっくりと、もったいぶるように、言葉の代わりに紫煙を燻らす。
鼠をい嬲る猫のそれを匂わせる彼女の焦らすような態度に、一方通行のこめかみが引く付きそうになるのを見計らったタイミングで、半分ほど吸った煙草を灰皿に押し付ける。
ぐりぐりと、念入りに消すのは、彼女のちょっとした仕草だ。それを片目で何となく目に留めながら一方通行は芳川の言葉を待つ。
「罪悪感よ」
- 731: 2011/01/07(金) 07:16:32.52 ID:WUQ9jX60
-
「……ああァ?なンで俺がそンなモン今更……」
「言っておくけど、家族を抱いてしまったことへの、という意味じゃないわよ?」
「じゃあ何だっていうンだよ」
それならば、最初の最初で後悔に打ちのめされているはずだ。
今日の、この場の、この行為は、既に何度目かのもの。今更になって感じる筈が無い。
ましてや、合意のものであり、誘ったのは芳川だ。
卑怯な物言いをしてしまえば、一方通行は芳川にその罪悪感を押し付けることが出来る。大人に責任を投げてしまえる。
しかし、芳川はそんなものではないとバッサリと否定する。そして事も無げに言う。
「あの娘に対してのよ」
「………それは…」
「すぐに肯定の言葉が出てこない辺り貴方らしいわね」
新しい煙草を取り出そうとして、芳川はふとその手を止める。
一拍の間のあと、取り出した煙草を一方通行に渡す。手の中に転がる煙草と芳川の顔を見ながら、意味を問う一方通行に芳川は弟を見るように笑う。
「うふふふ、少し大人になった記念かしら」
「どういう意味だ?」
「恋も知らない子供は卒業したっていう意味よ。嫌だわ、恋なんて言葉この年で口にすると凄く照れてしまうわね」
汗で湿った髪をかきながら視線を一方通行から逸らすあたり、本当に照れているのかもしれない。
あんな声を出して、あんな格好まで曝しておいて、今もこうして胸を奔放に曝け出しておいて、何でそんなところで照れるのか。
一方通行にはイマイチ彼女の精神構造が理解出来ない。
「最初はむせるかもしれないけどそんなにキツイやつじゃないから大丈夫だと思うわ」
「オイ、俺は未成年だぞ」
「あら、意外。気にするの?」
「言っただけだ馬鹿。別にこれぐれェ……」
そうは言いながらも、手の中の煙草を持て余していることがおかしい。
- 732: 2011/01/07(金) 07:17:16.19 ID:WUQ9jX60
- 小さく笑うと、芳川は胸を反らすように身体を伸ばす。
細いウエストと、女性としては大き目のバストのラインが露わになる。
先ほどまで好きにしていたというのに、一方通行は自分のだらしなさと節操の無さに呆れる。
若い身体は、そのしなやかな身体を目の当たりにして、即座に反応する。一方通行は再び自分の中、身体の芯が熱くなってくるのを覚える。
そして、その直後に例の罪悪感が湧き出てくる。以前であれば、一言声をかけて芳川の身体に手を伸ばしていたはずなのに。
せめて、これ以上やり場の無い衝動に駆られまいと視線を手の中で回す白い筒に向ける。
「ホント……愛穂じゃなくてよかったわ」
いつの間にか芳川は新しい煙草をぷらぷらと口に咥える。
「あの子は優しいから……」
「意味がわかンねェ…」
「優しい子は情が深い子が多いのよ」
一方通行は何も言わずに耳を傾ける。
「だから最後は相手も自分も深く傷つける……引き際がなかなかわからないのよ。適当に切り上げる事をしないからね」
芳川がライターを差し出す。ホテルに備え付けられた安っぽいライター。
オイルは辛うじて残ってる程度。誰もが此処に来て、こんな風に何となく吸っていくのであろうか。
あてども無いことを思いながら一方通行は咥えたまま煙草を突き出す。
二度、三度と、残り少ないライターは空回りをしてから、アーモンド形の火を灯す。
紙の焦げる音、吸いながら点けるのよという芳川の言葉に従って、火に近づける。
「だから、今度からはこういうことはあの子としなさい」
- 733: 2011/01/07(金) 07:18:08.23 ID:WUQ9jX60
-
「アイツはまだ中学生だろ」
「そんな理由ナンセンスよ。心が貧相なのに身体ばかりが大人な人よりも余程自然よ」
まぁと言って、咥えるだけだった煙草に火を点ける。
慎重に肺に煙を吸い込んでいる自分を尻目に、優雅とも言える仕草で紫煙を吐きだす。
煙草を挟む白い指が綺麗だと一方通行は思う。芳川桔梗は、彼が見てきたなかで最も煙草を綺麗に吸う女だ。
「まぁ、貴方が中学生には手を出さないって決めてるならそれでもいいと思うけれど。
我慢が出来なくなったら相手もしてあげるし」
それなりに私も楽しいから、そう言って眠たげな瞳のまま、唇だけ笑みを形作る。
「でも、毎回そんな風に落ち込むくらいなら彼女とどうにかなった方がいいんじゃないかしら?」
吸い込んだ煙に肺が熱くなり、咽返りそうになるのを堪える。
つまらない意地であるとわかっていたが、一方通行は無理矢理それを抑え込むと煙を吐き出す。
芳川の作る紫煙とは異なり、歪でぎこちない紫煙。
それが彼女のものと溶け合ってホテルの安い壁紙の方へと流れていく。
紫煙が溶けていった方を目で追いながら、ようやく自分があの少女に抱いている感情に名を付けることが出来た。
そうか、自分は佐天涙子に恋をしていたのか。
自分から最も縁遠いものとして捉えていたその言葉は、一方通行のなかで空々しく響いた。
- 753: 2011/01/08(土) 23:31:15.03 ID:dtD2Eqs0
-
ちょっと、今から最終回を書き始めようと思うんですが、意見を伺いたいです。
一方佐天(とりあえず)最終回
A:ギャグ風味
B:シリアス風味
どちらがよろしいでしょうか?
- 758: 2011/01/08(土) 23:40:29.38 ID:ejhkRU20
- Bが良いな、ギャグも捨てがたいけどここの>>1が書くシリアス大好き
- 759: 2011/01/08(土) 23:42:50.30 ID:eMYbLdso
- 両方見たい、ってのは無しかえ?
- 763: 2011/01/09(日) 00:20:48.54 ID:eAcK7RE0
- ギャグ書き終わった。
最終回っぽくないアホっぽさになった。
それでも構わないなら投下します。で、今からシリアス版も書く。どうせだし。 - 766: 2011/01/09(日) 00:38:41.91 ID:eAcK7RE0
-
恋心を自覚したのは良かった。
ようやく仮枠に保留にしていたモノを収めるべきカテゴリーがわかったことは随分を気持ちをすっきりとさせた。
しかし、それは新たな苦悩を生み出す。
苦悩などというと大層な響きだが、普通の年頃の少年少女なら当然の如く味わう悩みであるのだが。
そんなこととは無縁の人生を歩んできた一方通行という少年にとっては、この際関係の無い話である。
一方通行は深く溜息を吐く。
鼻歌を歌いながら洗い物に取り掛かる佐天涙子の背中をだらしなくソファにもたれて眺める一方通行はどう見ても駄目亭主そのものだ。
上手く言えないがとりあえず『とても大切で守るべきモノ』といういい加減なカテゴリーにあるうちはまだ良かった。
要は、女友達が更に深く発展したものだ。
最も、それを世間はガールフレンドと気取って呼び、更に深くツッコメば彼女未満となるのだが、
生憎と戦い生き抜くことと、妹達を始めとした守ることに関する事柄以外には鈍りっぱなしの学園都市第一の頭脳は、
そこまで突っ込んだ思考をすることなく満足していた。
しかし、そんなチキン・エスケープ・ロード(ヘタレ野郎の逃げ道)など最早通用しない。
抵抗なく受け入れることが出来た様々な事柄に関して付きまとい始める悩み。
そして、今まで蓋をして見ぬフリをしてきた衝動の加速化に対する懊悩。
いつもは制服姿で来るというのに、今日は休みだから佐天は私服姿だ。
ぴったりと身体にフィットするセーターが彼女の華奢なラインをはっきりと浮かび上がらせる。
膝丈までのスカートから覗く黒いストッキングに包まれた足が、逆にその存在感を印象付ける。
(中学生の癖にやたら肉感的な身体しやがって……)
その姿を、知らず知らずに凝視する姿は、良く言えば年相応の少年らしく、悪く言えば欲求不満を持て余している。
早い話が、恋心を自覚してしまってから、一方通行は佐天涙子の訪問の度に悶々とした性衝動との対決を余儀なくされているのである。
- 767: 2011/01/09(日) 00:42:13.00 ID:eAcK7RE0
-
先日は、脅しのつもりで押し倒した際に、触れた彼女の感触。
熱くてとろとろのミルクティーのように、心地良く染み込んでいくような甘い香りと、硬さの残る弾力ある肌の感触。
微かに舌を撫でた汗の味。
柔らかく、花のような香りのする芳川の身体とは根本から異なることを予感させた佐天の肌の舌触りが不意に一方通行の脳裏を過ぎる。
(おいィィィィィィーーーーー!!!なァに考えてるンですかァァァァーーーーーー!!!!)
髪をクシャクシャと掻き毟る。
相手は中二だ、中二。
中学二年生である。
中二っていうとつまりアレだ、14歳。14歳だよ。まだまだ子供の年頃だ。
化学、物理、生物ではなく、全部一まとめにして『理科』と習ってる年頃だ。
エヴァとかに乗れるけど、要は親離れが出来ていないっていうことだ。
キャベツ畑とかコウノトリとかを未だに信じている年頃だ。(※一方通行のイメージです)
男子にいたっては女子の透けブラ一つに大騒ぎという年頃だ。中二の男子などこの世で馬鹿な生き物トップ3に入る。
正直言って子供だ、ガキだ。二年前にはまだ赤いランドセルを背負っている年なのだ。
(芳川にあンだけ偉そうに言っておいてムラムラとかありえねェだろォがァァァ!!いや、ムラムラじゃねェ、そのアレだ、欲求不ま…いや、そンなンじゃねェ!!
俺の想いはもっとピュアな筈だァァァ!!!あンなガキの身体に欲情なンざする筈がねェだろォが!!)
- 768: 2011/01/09(日) 00:42:51.06 ID:eAcK7RE0
-
『いいぜ、お前が中学生には手を出さないっていうなら……まずはそのふざけ ――― 』
(引っ込んでろヒーロォォォォォォーーーーーーー!!!なンで人の思考のなかに入って来てるンですかァ~!?)
『でも中学生っていうのも考えようによっては悪くないかと思いますよ?少女から女への過渡期。儚いほんの僅かな時。一瞬の煌き。
いわば青い果実。だからこそ素晴らしい。だからそれはそれで美味しくいただけばよろしいのではないのでしょうか?』
(引っ込めアステカ!!何で普通に語りかけてくンだよ!?)
『アステカ式伝心術と申すべきでしょうか。いえ、それとも中学生に心奪われた哀れなラブウォーリアーの起こした奇跡とでも呼ぶべきでしょうか?』
(何で俺に意見を求める!?何で会話が成り立ってるンですかァ!?)
『中学生というだけなら確かにアウトだ……しかし、そこにこの大天使小悪魔メイドを……』
(着せたらワンナウトどころかゲームセットだろォォォォーーーー!!試合終了だろ!!安西先生でもフォローしきれねェよ!!!)
『安心するにゃ~アステカと陰陽術の奇跡のコラボによって催淫作用と精力増強機能が……』
(無駄な国際交流してンじゃねェよ!!何で着々とアステカと技術提携が進ンでンだよォォォォォォォォォォーーーーーーー!!!)
『やっぱりセーラー服のままでするのがありのままの中学生を堪能できると思うのですが』
『上条さん的にはここは佐天さんのスペックを生かしてエプロンでお姉さんチックかつ幼妻な感じを醸し出していくのが』
『ロリにはメイド。この一択だにゃ~これだからヌケサク共は困るんだにゃ~』
『ですが、アステカ的に…』
『だから、背伸びしてお姉さんぶるのが』
『めぞん一刻厨www』
<やいのやいの
(喧嘩してンじゃねェよ!!!!)
- 769: 2011/01/09(日) 00:45:59.93 ID:eAcK7RE0
-
一方通行は心の中で叫びながら、低い唸り声を上げソファーに寝転ぶ。
髪を掻き毟りながら、最早その時点でどうかと思うが、ソファーの上でモンモンムラムラと葛藤を繰り広げる。
まさに思春期である。
慣れない衝動を持て余し、一方通行は苦悩し、苦悶の声を上げる。
もげろとリア充に怨嗟の声を上げながら一人寂しく衝動を噛み締める大多数の思春期の少年達の耐える苦しみを一方通行は知らない。
ザマァとか言ってはいけない。彼だって辛いのだ。
好きな子がほぼ毎日食事を作りに来てるというのに、手を出さないという己に課した誓いが邪魔をする。
不貫の誓い。
不殺と書いて『殺さず』と読む。不貫と書いて『貫かず』と読む。
貫とは貫通のことである。
何を貫通するのかって?それはオメェ……
一方通行の思春期まんまな様子を、洗い物をしながら佐天は密かに盗み見ていた。
そして、溜息。
水を流す音でそっと吐いた切ない吐息は一方通行には聞こえない。
まったく、何をやっているのだろうか彼は。
髪をかきむしり、端からみれば立派な奇行にしか映らない一方通行の行動。
しかし、佐天にはちゃんとわかっている。
要はあれだ、ムラムラしてるのだろう。
モンモンしてるのだろう。
ハチャメチャが押し寄せてきているのだろう。
- 770: 2011/01/09(日) 00:49:42.01 ID:eAcK7RE0
-
佐天にはよくわかる。
何故ならそんなもの自分とて同じ。この数ヶ月一体何度自室で転がったというのだろうか。
一体何度お隣さんに壁パンチされたことだろうか。
まゆたんだったりましんたんだったり、シチュエーションは毎回違うもののヒロインは自分、相手はいつも一方通行。
彼はどうにも自分を子供扱いしているが、自分だって色々耐えられないものがある。
一方通行は何処か幻想を抱いているところが見受けられるが、女の子とて性衝動に苦しむ。
好きな男の子の事をアレコレ考えて悶えたり、興奮したりするのだ。
辛抱堪らんことなど腐るほどある。持て余すのだ。
だからこそ多少大胆にスキンシップを取ったりしているのだ。
今日の夕飯だってスッポン鍋だったのだ。そういうさり気無いアプローチしか出来ない自分の奥手さに歯噛みする。
折角今日は上下キチンとそろえてきたというのに。洗濯が溜まるとよく上下を合わせるのが面倒になるのだが、今日は万全だ。
というか、いつだって此処に来るときは覚悟完了なのだ!
いつだってカマンなのだ!!
今日もばっちり危険日なのだ!!!
「バカ…」
何をまごついているのだ。
いつになったら彼は色々な枷とかモラルとか常識とかを打ち破ってくれるのだろうか。
佐天は頬が熱を帯びていることを自覚する。
自分はもうすっかりと彼の嫁のつもりなのだから、拒んだりしないのだから。
佐天は、ひとつ熱い溜息を吐く。
待ち遠しさと、もどかしさと、期待、そして不安と好奇心が織り交じった、恋する少女特有の溜息。
複雑かつ矛盾だらけの想いの篭った熱い溜息だ。
- 771: 2011/01/09(日) 00:51:02.98 ID:eAcK7RE0
-
(思い切って私から押し倒しちゃおうかな………)
この前は彼からだったのだから、それでおあいこだろう。
おあいことかそんな問題ではないのだが、言うだけ野暮である。
恋する乙女はいつだって前進制圧。
引かぬ、媚びぬ、省みぬ。いや、媚びはある程度必要か。
もっとも、佐天の心配は杞憂に終わる。
決して食ってはならないと己を戒める狼。
そして早く食べて欲しいなと待ち焦がれている赤頭巾ちゃん。
奇妙な両者の膠着状態はしかし、意外とあっけなく膜を…もとい、幕を閉じる。
所詮は狼は狼なのである。羊のフリなど到底出来ない。出来るはずもない。 - 772: 2011/01/09(日) 00:52:06.66 ID:eAcK7RE0
-
「きゃァッ!」
「お前が悪いンだぜ?ガキの癖に年上を挑発するような真似しやがるからよォ…」
今までホルモンバランスの影響で長年そういった悶々ムラムラ張り裂けんばかりの思春期特有の衝動と無縁だった一方通行。
彼はこのもどかしさとの上手い付き合い方を知らない。
だからこそ芳川の誘いに簡単にホイホイ乗ってしまうのだが、それが彼から更に堪え性を奪っていた。
衝動が溜まると同時に処理。そんなことを繰り返していれば忍耐など付かない。
食べたいと思ったらすぐに食べられる、そんな飽食の環境に置かれた子供は、貧困に喘ぐ子供に比べて空腹に耐えられない。
大好物のご馳走を目の前に差し出されて貪り食らわぬ程、彼は人間が完成されてはいなかった。
「……やっちまった……」
「……えへへへへ……ちゃんと責任とってくれるんですよね?」
「おォ……」
「嫁にしてくれますよね?」
「待ったなしですかァ…」
- 773: 2011/01/09(日) 00:53:30.62 ID:eAcK7RE0
-
こんな最終回でいいのかよ!!これでいいのだ!!佐天さんが幸せならこれでいいのだ!!
というわけでA版投下終了。
これよりB版を書き始めます。
それではまた。
- 782: 2011/01/09(日) 04:01:57.99 ID:eAcK7RE0
- 寝落ちしてました。
シリアス編投下します。 - 783: 2011/01/09(日) 04:02:49.90 ID:eAcK7RE0
-
佐天は今、自身の置かれている状況が理解出来なかった。
まったくわけがわからないというわけではない。
どうしてこうなっているのかがわからないだけ。
状況に至るまでを頭に思い浮かべる。
いつものように夕食を作りに来た。
いつものように無愛想に出迎えた彼。
いつものようにカフェオレを作っておいてくれていた彼。
いつものようにブラックを淹れてあげた。
いつものように一緒に食事をし。
いつものようにソファに腰掛け、話しをした。
いつもと違ったのは、普段よりも口数の少ない彼。
元々饒舌な方では無いけれども、捻くれた回答や、皮肉なツッコミ、時に無邪気な笑顔で返すはずなのに、今日は違った。
時折目が合うとフイッと逸らす。偶然かと思い、じっと思わず見つめてみると、やはり逸らす。
鬱陶しいのかとも思ったが、大人しく隣に座らせてくれているからそうではない。
苛立っているのかと思ったが、少し違う。苛立つというよりは焦っている。何を焦っているのだろうか。
そう思い、注意深く見つめると彼の焦りが強くなった。
口をもごもごとさせては、結局言葉に出すことなく飲み込む。
不意に悪戯心が生まれた。
- 784: 2011/01/09(日) 04:03:29.36 ID:eAcK7RE0
-
大事なことを言い出そうとして言えない子供のような仕草が彼らしくなく、そして少し可愛らしかったから。
いつも散々からかってくれているお礼だと思った。
恥ずかしさを押し隠して、思い切り顔を寄せて、覗き込む。
いつものように子供扱いしてぐいっと引き離されるものだと思っていた。
いつもと違っていたのは引き離すのではなく、引き寄せられたということ。
佐天涙子は、今、一方通行に抱きしめられていた。
佐天を戸惑わせているのはただ抱きしめられているからというだけの理由ではない。
一方通行の抱きしめる腕の加減。
一方通行の漏らす切羽詰った熱い吐息。
一方通行の伝える駆け足気味の鼓動。
一方通行の低めの体温と柑橘系を想起させる香り。
少しずつ、少しずつだが、確実に何処か何かが異なっていた。
一方通行の腕のなかから佐天はそっと伺うようにその表情を見上げる。
そして、佐天は息を呑んだ。
自分を見下ろす赤い瞳に映る余裕の無さ。
息が詰まる程の張り詰めた感情の撓み。
内に熱さを秘めた少年だとはわかっていたが、こうまではっきりとそれを自分の前に曝け出すのを佐天は初めて目にする。
その緊張に強張った頬に手を触れてしまおうと思うが、すぐにそれを押し留める。
触れてしまえば、溢れてしまいそうな一方通行の表情に怯んでしまったから。
自分がそうさせてしまってはいけないという直感。
だから、佐天は待つことを選ぶ。
彼が一体何を自分に言おうとしているのかを、彼の腕の中で。
- 785: 2011/01/09(日) 04:04:29.65 ID:eAcK7RE0
-
抱きしめてから、一方通行は深い後悔に囚われていた。
殆ど衝動的な行動だった。
自分をからかうべく無防備に近づいた佐天に怒りすら覚えた。
無邪気な中に秘めた強さを、それを知っているからこその焦燥感に駆られて閉じ込めるように引き寄せてしまった。
恋心 ――― とは決して口にしたくない気恥ずかしいこと極まりない感情を、それでも自覚したのはつい先日。
罪悪感だと甘い女は口にした。罪悪感かと自分は納得した。
女友達がいる中で、他の女と情事に耽り、快楽を貪ることに気が咎めることは無いだろう。
しかし、恋する女がいて、それとは別の女と行為に至れば、罪悪感や後悔に襲われるに違いない。
それは、一方通行にも想像できる。まさに、彼がその通りになっていたのだから。
そうして、ようやく、宙ぶらりんとなっていた不安定な感情があるべき場所へと落ちていった。
しかし、それで突然世界が一変するわけでもない。
少なくとも一方通行はそうだった。
目にするものすべて、世界の風景が一辺にに変わるような恋に落ちる者がいる、
一方で、シロップのような甘い沼に足元から気付かぬ内に沈んでしまうような恋をする人間がいる。
本やテレビで目にするような電流が走るような鮮烈さでも炎が一気に燃え上がるような猛々しさでも無い感覚。
カップの底でゆっくりとけていく砂糖のように、甘い感情は静かに一方通行の心の底からじわりと広がっていった。
まるで毒のように、病のようにゆっくりと侵食していく感情に、名を付け納得だけはしていた感情に一方通行は次第に侵されていった。
それを促したのは佐天。日々、笑顔を振りまいて自分の元にくる少女に、一方通行は苛まされることになる。
佐天の想いは知っている。彼女の口から聞いている。何度も。そして自分の想いもはっきりと自覚している。
一方通行を苛む彼自身が、佐天にはっきりと告げていないという事。
要は、一方通行という恐ろしくわかりづらい律儀さを持つ少年は、彼女に言葉でもって想いを告げない限り、先に進めないという戒めを自分に作り出していた。
想いを言葉にして伝えていないということ。伝えようと決意するものの、彼女をいざ前にすると出来ない。
それが日々続き、一方通行自身を焦らせ、更に彼を苛むことに繋がる。
言えぬまま過ぎていた一方通行は、破裂寸前の風船のように張り詰めていた。
- 786: 2011/01/09(日) 04:05:09.00 ID:eAcK7RE0
-
そして、彼を今のような衝動的な行動に移らせたのは、佐天だった。
無防備に見上げてくる少女。その無邪気な表情を他のヤツにも見せているのか。
自分が想いを告げずにもたついている間にこの笑顔が掻っ攫われるのだろうか。
昏い感情に、胸が締め付けられた。
膨らんだ感情が反吐のように無理矢理喉を押し開いて飛び出してしまいそうだ。
少女の甘い香りを抱き込む。
鼻腔を擽る香りが、脳髄にまで染み込んでいくようだ。
家族と思っている少女と最初は重ね合わせていた。あの少女のように安心するから。
けれども、あの少女といるときに感じるひたすらな安らぎとは少し違う。
安らぐはずなのに、窒息してしまいそうな息苦しさを覚える。
嬉しくてたまらないはずなのに、不安に頭を抱えてしまいたくなる。
側にいたいというのに逃げ出したくなる。
真逆の本音同士がぶつかり、砕け、混ざり合い、新しい塊となって翻弄する。
絶え間なく暴れる感情の波に、一方通行は言葉すら失う。
そしてただ、ただ己が生み出したはずの感情のうねりの前に立ち尽くす。
腕のなかの少女を見下ろすと、自分を見上げる瞳とぶつかった。
頬を赤く染め、固唾を呑んで、瞬きもせずに見つめてくる少女。
瞬間、少女が待っているのだとわかった。
人の心に敏いこの少女は自分が何を言おうとしているのかを十分に理解しているにちがいない。
それでも、少女はただ、じっと待っていてくれている。
焦らすことも、急かすこともせず、ねだりさえせずに、ただ沈黙をもって一方通行に対峙する。
一体何を言えば良いのだろうか。
どのように言葉を尽くせばいいのだろうか。
わからずに開きかけた口を閉じることを繰り返す。情けなさに自分を殴りたくなる。
これが学園都市最強の能力者の姿だろうか。
自嘲の笑みを浮かべようとして、緊張に引き攣った頬はぴくりとも動かない。
- 787: 2011/01/09(日) 04:05:44.52 ID:eAcK7RE0
-
抱きしめられたまま、一体どれほどの時間が経ったのだろうか。
佐天は、不意にとてつもない幸福感に襲われる。叫び出したいような、そんな途方も無い量の幸福感。
一方通行が、自分に向けるための言葉を、探しあぐねている。自分の中を隅々まで探り、言葉として組み立てようと苦心している。
自分という存在に想いをぶつけるべく、心を揺さ振り、そうして、今思いつめた、怯えた、強い表情を浮かべてくれている。
それがこれ以上無い自分の特権のように思えた。
だけど、これで終わりじゃない。
これはまだ過程なのだ、完結していない。
だから、佐天は一方通行の背中へそっと手を回す。
きちんと、はっきりと、自分の感じる幸福を、完遂させて欲しい。
そして、自分に応えさせて欲しい。彼にも今すぐ味あわせたいから。
お願い、 と言って。
- 788: 2011/01/09(日) 04:06:18.14 ID:eAcK7RE0
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抱きしめたまま、一体どれほどの時間が経ったのだろうか。
一方通行は、背中に回された手に気付いた。
その温もりと感触の優しさに、こみ上げるものがある。
自分を見上げる佐天の瞳に秘められた言葉が聞こえた気がする。瞳の奥が熱い。鼻の奥がツンとした。
探っていた言葉、尽くそうと飾り立てていた言葉がガシャンと音を立てて砕ける。
同時に、自分の愚かしさに腹が立った。
拒絶を心のどこかで怯え、傷つかぬように予防線を張って、斜に構えていた自分の愚かしさに。
こんなにも簡単なのだ、こんなにも必要なのだ。
ただ一言がすべてであり、何よりも重いのだ。
それを誰であろう、この少女に伝えたい。今すぐに、背に回された後押しに報いるために。
「 お前が 好きだ 」
- 789: 2011/01/09(日) 04:06:48.00 ID:eAcK7RE0
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真っ直ぐに向けられた言葉はとてもシンプルな二文字だった。
きっと今まで何万人、何億人が、何万回、何億回も口にしてきた言葉。
気楽に今まで口にし、耳にしてきた言葉だ。
それなのに、それだというのに、その一言が完膚なきまでに胸を貫いた。
背中に回した手が、ぐしゃりと服を一度強く掴み、そして手を放す。
伸ばそうとして、手を引っ込めた彼の頬へと、今度こそはと手をそっと差し伸べる。
滲んだ視界の中、両手で、白い頬を包み込んだ。
手に、熱いものがゆるりと伝い、佐天の手を濡らした。
- 790: 2011/01/09(日) 04:07:16.02 ID:eAcK7RE0
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ようやく言ったのだと、全身の力が抜ける心地がした。
真っ赤な顔の少女は、両の瞳からとめどなく溢れる涙を流していた。
この程度で泣くなと言おうとして、少女の温かな手が頬を優しく撫でていることに気付いた。
少女の浮かべた笑みが、仕草が、涙が、すべてを物語っていた。
自分の想いを受け止めてくれたのだということを。
張り詰めていたものがその瞬間切れた。
視界が滲み、少女の顔がよくわからない。
ただ、この溺れてしまいそうな幸福感は何だろうか。
感極まるということを知りもしない一方通行は、ただ黙って感情の発露のように透明な雫を溢す。
誰かに、想いを伝えて受け止めてもらえるということが、こんなにも気が遠のくほど嬉しいのか。
- 791: 2011/01/09(日) 04:08:08.50 ID:eAcK7RE0
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「泣いてますよ」
「お前だろ…」
「嬉しいですから」
「ああ……」
「一方通行さんも…」
「ああァ……」
「嬉しい…ですか」
「あァ……ああ、嬉しいな」
佐天が、涙で濡れた頬を、そっと一方通行に寄せる。
一方通行が、涙で濡れた頬を、そっと佐天に寄せる。
互いに涙でぐしゃぐしゃだ。
そのことがおかしくて、むずがゆくて、そして嬉しかった。
「私も言っちゃおう」
「?」
「私、佐天涙子は一方通行さんのことが心から好 ――――」
残りの言葉を誰にも聞かせまいとするように、一方通行の唇が覆った。
言葉ごと、佐天の想いを独り占めするように、飲みこんだ。
佐天が朱色に染まった頬を膨らませる。
- 792: 2011/01/09(日) 04:11:39.62 ID:eAcK7RE0
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「前はお前からだったからなァ」
「…負けず嫌い……子供みたいです」
「もう一回言ったらまたすンぞ」
「………じゃあずっと言っちゃおう」
一方通行は佐天の腰に腕を回した。
それは歌うが如き甘い無理強いだった。
くすくすと二人は顔を見合わせて笑いあう。
そして、一方通行は宣言通り佐天涙子の唇を塞いだ。
このまま抱いてしまうかそれとも、啄ばむ様な口付けを続けるか。
それはゆっくりと考えることとしよう。
決めるのは自分ひとりではないのだから。
一方通行は佐天の髪を指で絡めるようにかきあげる。
今は、少しでも長、この抗い難い甘さを味わっていたかった。
最終回Bパターン シリアス編 おわり
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