- 1: 2011/01/27(木) 09:13:58.17 ID:VAMVrkxU0
- 俺「妹、どうしてこうなったんだろう」
妹「母さんのご飯がまずいから」
俺「だからって餓死すること無かったのに」
妹「兄はよく食べられるな。あんなまずいもの」
俺「食わなきゃ死ぬだろ」
妹「だから死んだ」
俺「俺は死にたくない。だから食う」
妹「私はあんなもの食べ続けたらそれこそもっと早く死んだ」
俺「何事も慣れだよ。大人になれば自分でご飯作れるし」
妹「でももう遅い」
俺「・・・」
ガチャ
母「ご飯できたよ」
俺「要らない」
母「どうして?」
俺「食欲ない」
母「そんなこと言って、どうせよそで食べて来たんでしょう」
俺「違うよ」
母「本当のこと言いなさい」
俺「妹が死んだから」
母「あんたも食べなきゃ死ぬわよ」
俺「母さんが妹を殺したんだ」
母「好き嫌いは駄目だって言うのに聞かないからよ」
俺「・・・」
母「妹ちゃんは? 食べないの?」
妹「食べない」
母「そう。じゃあお父さんと二人で食べるから、あんた達勝手にしなさい」
バタン
- 2: 2011/01/27(木) 09:15:28.10 ID:VAMVrkxU0
- 俺「・・・」
妹「・・・」
俺「狂ってる」
妹「うん」
俺「自分の子供が目の前で死んでるのに」
妹「あ、蝿が」
俺「本当だ」
妹の死体に止まった蝿をゴキジェットに着火して焼き落とす。
俺「髪が焦げた。ごめん」
妹「別にいいよ。もう死んでるし」
俺「そっか」
妹「ご飯、食べないの?」
俺「そんな気分じゃない」
妹「ふーん。じゃあどっか行こう?」
俺「いいよ。歩ける? ・・・訳ないか」
妹の死体を担ぎ上げる。
俺「よい・・・しょ軽いな」
妹「15キロもないだろうしね」
俺「量ってみる?」
妹「いや、いいよ」 - 5: 2011/01/27(木) 09:17:10.50 ID:VAMVrkxU0
- ―――――――――――
夜8時過ぎ。
俺「まだ蝉が鳴いてる」
妹「本当だ」
俺「・・・あ」
妹「何?」
俺「知り合いだ」
知A「あ? よう」
知B「うは、キモい奴に遭っちまったなー」
俺「やあ」
知A「どこ行くの? っていうか何担いでんの?」
俺「妹」
知B「はぁ?」
知A「ダッチワイフ? にも見えないけど」
俺「だから妹」
知B「何だそれ・・・うわ、気色悪! 何これ!」
俺「失礼なこと言うなよ」
知A「っていうか・・・」
知B「これ、本物・・・?」
俺「うん」
知B「嘘だろ?」
俺「いや本当。家で何も食えなくて死んだ」
知A「いやいやいやいや! 簡単に言うなよお前、え、マジで!?」
知B「え、え、警察とか行った方がいいのこれ?」
俺「大丈夫」
知A「ちょっと待ってどういうこと!?」
俺「もういいから・・・気にしないで。じゃあね」
知A「う、うん・・・」
知B「なんか、頑張ってな・・・」 - 7: 2011/01/27(木) 09:19:42.05 ID:VAMVrkxU0
- ――――――――――――――
俺「ふぅ」
妹「ガラ悪かったね」
俺「クラスメイトだよ。見た目ほど悪い奴らじゃない。友達でもないけど」
妹「ふーん」
俺「ちょっと休んでいい?」
妹「いいよ」
俺「そこの公園で座ろう」
妹「やっぱ兄は体力ないな」
俺「死んでる妹ほどじゃないよ」
妹「まぁね」
小汚いベンチに腰掛ける。
俺「よいしょ」
妹「ここって何もないよね」
俺「ベンチと水道だけだね」
妹「・・・」
俺「なんかいい方法ないかなぁ」
妹「何が?」
俺「ご飯」
妹「ああ」
俺「妹もさすがに死ぬ前には食べると思ってたのに」
妹「ごめん」
俺「悪いのは母さんだよ」
妹「そうだね」
俺「妹、顔変わったな・・・」
妹「いつと比べてるんだよ」
俺「わかんないけど」 - 8: 2011/01/27(木) 09:20:43.17 ID:VAMVrkxU0
- 妹「兄もちょっと痩せたんじゃない?」
俺「悩みがあるとやつれるもんなんだよ」
妹「あっそ。・・・彼女とか?」
俺「はは、彼女か。出来るかなあ」
妹「頑張ろうよ」
俺「これ以上問題を増やしてどうするんだ」
妹「それもそっか」
俺「どうしようかね、これから」
妹「もう自分で働いちゃえば?」
俺「うーん」
妹「バイトとかさ」
俺「でも何しよう」
妹「コンビニの店員とかじゃ駄目なの?」
俺「わかんない。やったことないから」
妹「これからも母さんのご飯食べていくの?」
俺「本当はそれがいいんだけどね」
妹「いつか死ぬよ。私みたいに」
俺「いつかは死ぬだろ、そりゃ誰だって」
妹「母さんに似ちゃうかもよ?」
俺「あ、それはまずい」
妹「なら美味しい物食べようよ」
俺「うん。それがいい。これからは何でも自分で何とかするんだ」
妹「ついでに私の分も」
俺「しょうがないな」 - 9: 2011/01/27(木) 09:22:08.76 ID:VAMVrkxU0
- ――――――――――――――――――
次の夜。
俺「母さん、俺、出て行く」
母「何よ急に。出て行くってどういうこと?」
俺「そのまんまだよ。この家から出る」
母「馬鹿言ってないで、ご飯冷めないうちに食べちゃいなさい」
俺「だから・・・」
母「あ、そうそう。シチューの中に母さんの指入っちゃったから、出てきたら返してちょうだいね」
手から血が噴き出している。
俺「もう嫌なんだよ!」
母「どうしたのよ・・・」
俺「沢山だよ! 俺は母さんから生まれたと思うと反吐が出そうなんだ!」
母「・・・親に何てこと言うの! ちょっといらっしゃい」
俺「嫌だ!」
母「いくら親子でも言っていいことと悪いことがあるでしょう!」
ガチャ
父「こら! 何やってんだ!」
母「この子ったら家出するって言って聞かないのよ」
俺「もうこんな家にいたくないんだよ!」
父「座りなさい」
俺「嫌だ!」
父「いいから座れ!」
髪を掴まれて無理矢理座らされる。
俺「母さんはどうかしてる! そう思わないのなら父さんも馬鹿だ!」
父「一回落ち着いて何が気に食わないのか言ってみなさい。家族なんだから」
俺「・・・妹が死んだ」 - 11: 2011/01/27(木) 09:24:45.81 ID:VAMVrkxU0
- 父「お前が殺したんじゃないのか」
俺「へ!?」
父「お前が母さんの料理を食べないように脅して縛り付けてたんだろう!」
俺「そんな訳ないじゃん! 間違えて自分の指切った上そのままシチューに入れてコトコト煮るような人の料理なんか食べられないに決まってるじゃん!」
父「またそうやって人の失敗をいちいちほじくり返してしつこく責めるのか」
俺「そういう事じゃなくて!」
父「誰にだって間違いはあるだろう。人間なんだから。それをケアし合って生きていくのが――」
俺「こいつら、異常だ・・・」
父「・・・今何て言った?」
俺「・・・」
耐え切れず、逃げ出す。
父「待ちなさい!」
妹の部屋に入って、扉を必死で押さえる。
父「開けろ、こら!」
ドン、ドン
妹「・・・」
泣いていた。
俺「こんな家出てってやる! 父さんも母さんも人でなしだ!」
父「・・・おい。母さん泣いてるぞ。悪いと思わないのか」
俺「っざけんな! 妹をもっと沢山泣かせたくせに!」
父「全く・・・しばらく出てこなくていい。落ち着いたら謝りに来い。そしたらまた話し合おう」
俺「・・・」
母「シチュー取っとくからね・・・?」
俺「だから要らないって!」 - 12: 2011/01/27(木) 09:26:14.45 ID:VAMVrkxU0
- 俺「だから要らないって!」
母「・・・」
妹「・・・」
俺「家出しようか」
妹「私も?」
俺「そうだよ。昨日言ったじゃん」
妹「でもさ、ちょっと考えたんだけど、死体担いでたら昨日みたいに怪しまれない?」
俺「それでもここにいるよりはマシだろ」
妹「まぁね」
俺「よし! じゃあ行こうか」
妹「あ、蝿」
俺「うわうわ・・・」
ボオー
―――――――――――――
3日後、雨上がり。
俺「止んでくれたのはいいけど・・・」
妹「濡れちゃったね」
俺「蚊が出てきた・・・あぁ、また食われてる」
妹「私は刺されないから関係ないけどね」
俺「そこら中痒いしびしょ濡れだし両手塞がってて掻けないし頭おかしくなりそうだ」
妹「掻いたら余計痒くなるよ」
俺「そうだけど・・・ああ、もう暗くなって来たな。そろそろ寝るとこ探さないと」
妹「たまにはちゃんとした部屋がいいだろうね」
俺「うん。公園のベンチじゃよく眠れなくて」
妹「あとそろそろ死臭で通報されてもおかしくない気がする」
俺「そうだなぁ・・・って言っても部屋なんて当分無理だよな」
妹「あ、兄」 - 13: 2011/01/27(木) 09:27:56.81 ID:VAMVrkxU0
- 俺「ん?」
妹「こっち見てる人がいる」
俺「バレた?」
妹「多分」
俺「どんな人?」
妹「お婆さん」
俺「道変えようか」
妹「うん。あ、もう遅いかも。こっち来る」
俺「どうしよ。とりあえず目逸らしとく」
老婆「ねぇ、ちょっと」
俺「・・・」
老婆「そんなに汚れて。あの雨の中傘も差さずに歩ってたのかい?」
俺「は、はい、まぁ」
老婆「彼女具合悪そうじゃないか。かわいそうに」
俺「え? あ、はい」
老婆「家は遠いのかい?」
俺「はい・・・」
老婆「そう。よかったらうちへ寄って行っておくれよ、孫のお下がりだけど着替えもあるから」
俺「どうする?」
妹「・・・」
俺「ありがたいんですけど、結構です」
老婆「そんな、遠慮しないで。こんな婆さんで疑るなって方が変だけど」
俺「そういうんじゃないです。すいません」
老婆「そう・・・」
俺「では」
老婆「お兄さんや」
俺「・・・?」
老婆「1つ聞くけどねぇ。その子、生きてるのかい?」
俺「!」 - 14: 2011/01/27(木) 09:28:42.99 ID:VAMVrkxU0
- 老婆「目は悪くなっちゃったけどね。わかる時もあるんだよ。何かある人っていうのは」
俺「い、いや何も・・・」
老婆「その子の事は誰にも言わないよ。詮索もしないし」
俺「えっと・・・」
老婆「本当はただ話し相手が欲しくてしょうがないんだよ。毎日暇で暇で」
俺「そうなんですか」
老婆「着替えを貸すだけだから。ね? 何も考えずいらっしゃいな」
俺「ありがとうございます」 - 21: 2011/01/27(木) 10:40:56.93 ID:VAMVrkxU0
- ―――――――――――
老婆の家。着替えは済んだ。
老婆「座ってちょうだい。自分の家だと思って」
俺「・・・」
老婆「どうしたの?」
俺「俺の家は・・・」
老婆「あはは、じゃあ、汚い旅館だと思って」
俺「はい」
老婆「彼女はいいのかい?」
俺「え、でも死んでますし・・・」
老婆「うーん、濡れたまましょってたらアレでしょう?」
俺「着替える?」
妹「・・・」
俺「妹は、知らない人がいると喋れないみたいです」
老婆「そう。じゃあ洋服出しとくから、いい時に着替えな」
俺「ありがとうございます」
老婆「私はその間にお菓子でも用意するからね」
俺「すいません・・・」
俺「妹?」
妹「ん?」
俺「着替えたい?」
妹「うーん、面倒臭いかな。兄が濡れたまま担ぐの嫌じゃなければこのままでいいよ」
俺「わかった。まぁここを出る頃には少しは乾いてるよ」
妹「どれぐらいここに居るの?」
俺「わかんない。1時間なのか1日なのか」
妹「変な人だね」
俺「そうだね。死体を見ても何も言わないなんて」
妹「そういえばさ」
俺「うん」 - 22: 2011/01/27(木) 10:42:47.22 ID:VAMVrkxU0
- 妹「生きてるのと死んでるのって何が違うの?」
俺「全然違うよ」
妹「例えば?」
俺「うーん。死んでると息とか出来ないし」
妹「じゃあもし息しなくても生きていられるようになったら?」
俺「うーん。歩いたり出来ないし」
妹「じゃあ兄が怪我とかで歩けなくなったら?」
俺「ああ・・・うーん。そうだ、死んだらご飯が食べられない」
妹「生きてても食べられなかったら?」
俺「そっか。あとは何だろう・・・変な目で見られる・・・?」
妹「兄は変な目で見られたこと無い?」
俺「あー・・・うん。じゃあ何が違うんだろうね」
妹「あ、戻ってきた」
俺「本当だ」
老婆「モナカでいいかしら?」
俺「え?」
老婆「モナカ。私が好きなんだけれど」
俺「これは何だろう」
老婆「食べたこと無い? 甘くて美味しいんだよ」
俺「へぇ・・・」
老婆「よかったら召し上がってちょうだい」
俺「あ、ありがとうございます」 - 23: 2011/01/27(木) 10:43:58.67 ID:VAMVrkxU0
- 一口。
俺「え・・・」
老婆「あはは、若い子の口には合わないのかねぇ」
俺「ううん、美味しいです」
老婆「そうかい?」
俺「その、びっくりしちゃって・・・あれ? 涙が」
老婆「あらあら、涙が出るほど美味しい?」
俺「はい」
老婆「そりゃよかったねぇ。私も出してよかったと思うわ」
俺「お婆さんが作ったんですか?」
老婆「とんでもない、スーパーで買ってきたんだよ」
俺「高いんだろうなぁ」
老婆「そんなこと無いよ。お小遣いを貰ってる子なら誰でも食べられるだろうね」
俺「そうなんだ。でも貰ったこと無いや」
老婆「孫は最近和菓子を食べなくなってね。専らポテトチップスだとか、ポッキーだとか」
俺「ポッキーって?」
老婆「チョコレートだよ。細長い」
俺「ポキって折れるからポッキーっていうのかな」
老婆「あはは、そうかも知れないね」
俺「はは」
老婆「彼女、妹さんなんだ?」
俺「あぁ、はい」
老婆「私の孫がね、ちょうどお兄さん達と同じぐらいの歳なんだよ」
俺「そうなんですか」
老婆「うん。ちょっと私の子達が・・・孫の母親達が喧嘩したもんで、私が育ててたんだけどね」
俺「はい・・・」
老婆「ついこの間、母親がうちへやってきて、返して! なんて言って無理矢理連れて行っちゃってねぇ」
俺「それは・・・」
老婆「親が子を思い遣るのは当たり前。だけど、親の都合でいいように振り回されちゃ、あの子達が気の毒ってもんで」 - 24: 2011/01/27(木) 10:45:12.44 ID:VAMVrkxU0
- 俺「・・・」
老婆「かわいそうにねぇ・・・うまくやってるといいんだけど」
俺「お婆さんはどう思ったんですか?」
老婆「私は正直寂しかったよ。夫の遺産で細々とやってたけども、可愛くてしょうがなかった」
俺「いいなぁ」
老婆「あはは、お兄さんも孫が欲しいかい?」
俺「いや、そんな風に言ってくれる人がいたってことが」
老婆「そうかい・・・ここに来るまで大変だったでしょう」
俺「別に・・・実を言うと、家出したのはほんの3日前ぐらいで」
老婆「ううん、家出なんて夕方には帰るのが普通の子だったよ、昔は。お腹減ったーなんて言ってねぇ」
俺「ご飯かー」
老婆「・・・」
不意に泣き出す。
俺「どうしたんですか?」
老婆「ううん・・・ごめんなさいね、急に泣いたりして、みっともない」
俺「いいんですけど、なんで?」
老婆「ご飯もろくに食べさせて貰えないで、兄妹2人っきりであてもなく歩ってたんでしょう」
俺「そんなことは・・・ただ母さんの料理が不味いから」
老婆「・・・?」
俺「妹はそれが嫌で、家で何も食わなくなっちゃって、それで死んだんです」
老婆「なんてこと・・・」 - 25: 2011/01/27(木) 10:46:05.58 ID:VAMVrkxU0
- 俺「どうしよう、妹」
妹「すごい泣いてる」
俺「大人が泣いてる所ってなんか怖いね」
妹「母さんがアレだからじゃん?」
俺「ああ。でも母さんが泣くのは、なんか、違う」
妹「なんか、ね」
俺「わかった」
妹「何?」
俺「母さんは自分の為に泣いてたから」
妹「なるほど」
俺「だから変に子供じみて見えたんだろう」
妹「兄、頭いいな」
老婆「お兄さんや」
俺「はい」
老婆「今、喋ってたのかい? 妹さんと」
俺「そうです」 - 26: 2011/01/27(木) 10:47:06.28 ID:VAMVrkxU0
- 老婆「そっかそっか。心ってのは通じるものなんだねぇ」
俺「?」
老婆「いいねぇ、家族が死んで自分が駄目になるようでなくて」
俺「はぁ・・・。あ、でも。さっき妹と話したんですけど、生きてるのと死んでるのの違いって何ですか?」
老婆「そうだねぇ。心の拠り所じゃないけれど、身の置き場がどこにあるか、じゃないかしら」
俺「身の置き場?」
老婆「あはは、ちょっとややこしいかねぇ。私達の身の置き場はこの座布団の上でしょう?」
俺「はい・・・」
老婆「私の夫はね、心の中にいるんだよ。妹さんも、お兄さんの心の中にいるでしょう」
俺「心の中かー。わからないなぁ。妹はやっぱり、こうやってここにいるし」
老婆「そうかい? それにしても、よっぽど仲がよかったんだろうねぇ。初恋の相手がお兄ちゃんだって子もいるぐらいだし」
俺「はは、それは無いですよ」
老婆「わからないようにしてるだけかも知れないよ? 何気ない時に、ふと彼女がいるかどうか気にしたりするんだよ」
俺「おお」
老婆「あったでしょう、そういうこと」
俺「確かに」
老婆「兄妹なんてそんなもんだよ。ほら、もう1個召し上がって」
俺「いただきます」
老婆「妹さんの分。よっく味わってあげなさい」 - 33: 2011/01/27(木) 11:56:34.84 ID:VAMVrkxU0
- ―――――――――――――――――――――
その夜は結局公園で過ごす事に。
妹「いいの?」
俺「泊めてもらったら死臭が染み付いちゃうし」
妹「そっか」
俺「生きてると死んでるの違いは、臭いだね」
妹「ごめん」
俺「別にいいよ」
妹「あーあ、私臭いかー」
俺「そういうの気にするんだ」
妹「兄は1年ぐらいお風呂入らないで学校行ける?」
俺「あはは、誰でも気にするか」
妹「そうだよ」
俺「ところでさ」
妹「ん?」
俺「さっきお婆さんが言ってたこと、あってる?」
妹「あれか」
俺「あれ。妹は心の中にいるの?」
妹「私はここにいるよ、見ての通り」
俺「やっぱりそうだよな」
妹「でも」
俺「?」 - 34: 2011/01/27(木) 11:57:18.91 ID:VAMVrkxU0
- 妹「心の拠り所って言ってたじゃん」
俺「ああ、なんか言ってた気がする」
妹「それが兄」
俺「なるほど。俺の心」
妹「そう。兄の考え方とか、そこら辺」
俺「面白いお婆さんだったなぁ。何でも知ってるし何でもわかっちゃう」
妹「すごいよね」
俺「あ、じゃあさ」
妹「うん」
俺「初恋の相手も?」
妹「ねーよ」
俺「よかった」
- 35: 2011/01/27(木) 11:58:41.35 ID:VAMVrkxU0
- ―――――――――――――――――
俺「アルバイト募集中」
妹「行くか?」
俺「でもなぁ」
妹「家出する勇気はあっても働く勇気は無い」
俺「だって世界が違う気がするんだもん」
妹「何事も慣れじゃないの?」
俺「言われちゃったなぁ」
死体を物陰に隠して。
店員「いらっしゃいませー」
俺「あの」
店員「はい?」
俺「アルバイトしたいんですけど」
店員「あ、はい。少々、はい、お待ちください」
俺「はい・・・」
- 36: 2011/01/27(木) 11:59:43.35 ID:VAMVrkxU0
- 店長が出てくる。
店長「あ、どうも。アルバイトのご応募ということで?」
俺「そうです」
店長「そうですね、じゃあ面接・・・あ、今からということで、よろしかったですか?」
俺「まぁ、そうです」
店長「はい結構です。履歴書は?」
俺「はい?」
店長「えと、履歴書のほうはお持ちで?」
俺「何ですか?」
店長「あ、面接に来ていただくには履歴書をご持参いただくことになっておりまして」
俺「えっと・・・それって、何ですか?」
店長「あー・・・職歴とか通勤時間とか、そういったものを書く書類なんですよ。一応こちらでも扱ってますので、ご購入いただいても結構です」
俺「あぁ・・・いくらですか?」
店長「はい、枚数にもよるんですがとりあえず一番安いのだと210円からになっております」
俺「そうですか・・・すいません。ありがとうございました」
店長「左様でございますか。ではまた今度お越しください、ありがとうございました」
意気消沈。
俺「妹」
妹「受かった?」
俺「駄目だった」
妹「まぁしょうがないよ」
俺「履歴書が要るんだって」
妹「何それ?」
俺「なんか難しい書類。しかも金が無いと手に入らない」
妹「ふーん。なんか大人って感じだね」
俺「生きてくって大変なんだなぁ」 - 40: 2011/01/27(木) 12:41:37.34 ID:VAMVrkxU0
- ――――――――――――――――
夜、街灯の下で。
俺「あの人何やってるんだろう」
妹「酔っ払いじゃない?」
俺「めっちゃ吐いてる」
妹「食うなよ?」
俺「食わねーよ」
妹「避けて通れば?」
俺「うーん、でも吐いてるから避けたって思われたらやだしなぁ」
妹「そういう所は気にするよね」
俺「もし怒られたらどうしたらいいかわかんないもん」
妹「確かに」
俺「暗いから普通にしてれば気付かれないかな」
妹「そうだね。あ、私が酔っ払ってるように見せかければ?」
俺「なるほど!」
苦しそうなサラリーマンの横を通り抜ける。
俺「もう、飲みすぎだよ」
リーマン「え・・・?」
俺「やば」
リーマン「何だよ、ガキのくせに」
俺「いや、今のは妹に言ったんであって・・・」
リーマン「嘘は、よくないぞー嘘は」
俺「ほ、本当・・・」
リーマン「あぁ? 何だよそれ、妹だってぇ? 気持ち悪いなぁ」
俺「・・・」
リーマン「だいたいなぁ、お前ぐらいの歳で、飲酒は禁止されてるんだから」
俺「あ、そっか・・・」 - 41: 2011/01/27(木) 12:42:20.61 ID:VAMVrkxU0
- リーマン「何が飲みすぎだよ、ちくしょう。うぅ・・・」
俺「大丈夫ですか?」
リーマン「うるせー。大丈夫大丈夫って、大丈夫じゃねーよ、馬鹿野郎!」
俺「どうしよう、怒った・・・」
妹「・・・」
リーマン「ちくしょー・・・帰れねーよ。終電はどこだー!」
俺「酔っ払いって怖いなぁ」
リーマン「あ? どこだよ、もう」
向かい合ったまま突然嘔吐。
ビチャビチャ。
俺「うわ!」
リーマン「うぅ・・・」
俺「本当に大丈夫ですか?」
リーマン「馬鹿野郎! だいたい、何だよ、そのミイラみたいなのは」
俺「あ・・・」
リーマン「ああ? ・・・うん!?」
俺「妹、です」
リーマン「妹だぁ? 妹だぁ!?」
俺「はい・・・」
リーマン「死んでねぇかぁこれ!?」
俺「もう駄目だ、逃げないと・・・」
妹「逃げたら通報されるよ」
俺「でもどうする!?」
妹「ぶっ飛ばせ」
俺「でも」 - 42: 2011/01/27(木) 12:44:14.54 ID:VAMVrkxU0
- リーマン「うぅ・・・」
俺「苦しそうだ・・・」
リーマン「うちまで送ってくんねぇかなぁ・・・」
俺「俺がですか?」
リーマン「俺がだよ馬鹿野郎! ・・・うぅ、早く帰りてぇよ」
俺「その、家、どこですか?」
リーマン「家だよちくしょう・・・ちくしょー」
俺「ああ・・・と、とりあえず公園まで連れて行きます」
リーマン「おう・・・いいよいいよ」
立ってるのがやっとのサラリーマンに肩を貸して。
俺「重い・・・」
妹「兄よりでかいしね」
俺「妹担いだままだし」
妹「一回下ろせば?」
俺「隠す場所が無いだろ。はぁ、やっと着いた。よいしょ」
ベンチに寝かす。
リーマン「ふぃー・・・水くれぇ」
俺「水はあげられませんよ。コップとか無いから」
リーマン「コップじゃなくて水・・・」
俺「何だかなぁ」
妹「寝ちゃいそうだし、ほっといてもいいんじゃない?」
俺「このまま死なないよね」
妹「どうだろう。人間意外とあっけなく死ぬから」
俺「この人も妹みたいになるのかな」
妹「この人は火葬とかされるでしょ」
俺「あぁ、そっか。普通そうだもんな」
妹「行こう?」
俺「そうしよう」 - 44: 2011/01/27(木) 12:45:24.20 ID:VAMVrkxU0
- トイレから不良が3人出てくる。
不良A「お前やれよ」
不良B「また俺かよ、やなんだよ俺だといつも起きるから」
不良C「平気だって」
俺「何だろう」
不良A「起きたら起きただよ」
不良C「待って、誰かいる」
妹「兄、こっち見てるよ」
俺「逃げよう」
不良C「おい、こら。テメェ何バックレてんのかな」
妹「兄に言ってる。こっち来てるよ」
俺「嘘・・・」
不良B「おいおいやめとけって」
不良C「俺らが何かするって決め付けてそうやって目逸らしてんだろ? 違うか?」
俺「別に・・・」
不良C「別に。別に? はは、ウザ! ねぇ喧嘩売ってんの君?」
俺「違う、何でもないんです」
不良C「何でも無いんだったら目見て言えよ、なぁ、なぁ、なぁ。おい。こっちだよ。死ぬか?」
不良B「やめとけやめとけ」
不良C「女連れてさ、こんな所来てさ、何? 野外プレイ? で、俺らがいるからやめたと」
俺「・・・」
恐る恐る振り返る。
不良C「・・・!」 - 45: 2011/01/27(木) 12:47:28.05 ID:VAMVrkxU0
- 不良B「ほっといてやれよお前だってやってんだろ実は」
不良C「・・・待ち」
俺「・・・」
不良A「っつーか何してんの? ボコり? シャーシャーのカポーボコっちゃうの?」
不良C「待って、待って、マジで」
俺「・・・すいませんでした」
不良C「ヤバい事やってんの・・・?」
俺「・・・散歩してただけです」
不良B「あ・・・」
不良A「どうしたー?」
不良C「逃げようぜ」
不良B「うん、そうしよう。俺ら何も見てないよな? な?」
不良C「見てない見てない。殺人現場とか死体遺棄とか、え? 何それ? 行こうぜ」
不良B「気をつけて帰れよ諸君!」
俺「は、はい・・・帰りませんけど」
不良A「は? おめーら待てし。スクリューパイルドライバーすんよ?」
走り出す不良達。
不良C「ちょ、マッポいたわ!」
パトカーのサイレンが、目の届かない所で、鳴り始めた。
妹「助かったね」
俺「すげぇ怖かった・・・」
妹「ヤンキーって死体怖いんだ」
俺「どうだろう。やっぱり人殺したりとかはしないのかな」
妹「それに近いことならやろうとしてたような気がするけど」
俺「やれやれ。はぁ、本当死ぬかと思った」
妹「私は本当に死んだよ」
俺「とりあえずここにいたら警察来そうだから、どっか行こう」
妹「うん」 - 58: 2011/01/27(木) 17:33:32.59 ID:VAMVrkxU0
- ―――――――――――――――――――――
俺「妹。あ・・・」
妹「ん?」
俺「目が・・・」
妹「あぁ、蛆か」
俺「うん・・・蛆湧いちゃったね」
妹「目食われてる」
俺「どうしたらいい?」
妹「もう止められないでしょ。腐ってきた証拠」
俺「だなぁ。妹もそのうち骨だけになるのか」
妹「そうなんじゃん? まだわかんないけど」
俺「死体ってどうやって骨になるんだろう」
妹「うーん。肉とかが腐って剥がれ落ちるんじゃない?」
俺「内臓から腐るっていうよね。どういう風になるんだろ」
妹「兄はどう思うの?」
俺「どうなんだろう。干からびて小さくなるとか?」
妹「いや、そういう話じゃなくてさ」
俺「うん」
妹「なんていうか、私が腐っていくのをどう思うのかなーって」
俺「うーん。怖いかな」
妹「怖い、か」
俺「ゾンビとか苦手なほうだしさ」
妹「おいおい、仮にも妹。ゾンビはねーよ」
俺「悪い悪い」
妹「でもしょうがないか。死体なんて綺麗な訳無いし」 - 59: 2011/01/27(木) 17:34:17.35 ID:VAMVrkxU0
- 俺「参ったなぁ。そうなると肉片が道に散らばっちゃう」
妹「足跡みたいにね」
俺「そろそろ何か袋とかに入れたほうがいいのかなぁ」
妹「そうしたら?」
俺「でもこんなでかい袋落ちてるかなぁ」
妹「落ちてるとかじゃなくて、働いて買ったら?」
俺「本当はそれがいいんだけどね」
妹「ああ、履歴書ってやつが要るんだっけ」
俺「そう。でもそれ自体は200円ぐらいらしいから、金拾ったら買えるかも」
妹「なんか惨めだね」
俺「ごめん」
妹「私はいいよ。死んでるほうが気楽」
俺「そうなのか。・・・そうなのか」
妹「死ぬなよ」
俺「そんなこと考えてないよ」
妹「ふーん。ならいいけど」
俺「でもさー、妹が死んで気楽なら、俺も死んだら全部解決するような気がするんだよね」
妹「考えてんじゃん」
俺「実行する気は無いよ。ただ思っただけ」
妹「そっか」
俺「あ、あれ公園かな」
妹「学校の裏庭とかじゃない?」
俺「ああ、そうかも。ん? テント張ってあるよ」
妹「キャンプ場?」
俺「だとしたら入場料とかあるんだろうなぁ」
妹「行ってみれば?」
俺「そうだね」 - 60: 2011/01/27(木) 17:38:40.97 ID:VAMVrkxU0
- テントの乱立する鬱蒼とした敷地。
俺「人がいる」
妹「テントって人が住むものでしょ」
俺「それもそうか。何なんだろう。超いっぱいある」
妹「って、ホームレスじゃん」
俺「ああ」
妹「ホームレスってダンボールなイメージあった」
俺「俺も。こんな風にまとまって生活したりするんだ」
妹「入れてもらえば?」
俺「いいのかなぁ。実質ホームレスだけど」
焚き火の上の小さな鍋を、3人のホームレスが囲んで座っている。
A「こらぁ! 何か用かぁ!」
俺「!」
妹「駄目だね」
B「何だこらぁ! 見せもんだと思って入って来んなぁ!」
俺「すいませんでした」
妹「見せもんだと思ってないでしょ兄は。事情説明してみたら?」
俺「でもなんかそういう空気じゃないような・・・」
A「あぁ? お前が担いでんの死体か」
俺「はい」
B「何?」
C「死体?」
A「どういうこったい。ここは墓場じゃあねーぞ!」
俺「実はちょっと前に妹が死んで、家出したんです。けど、どうしていいかわからなくて・・・」 - 62: 2011/01/27(木) 17:39:23.57 ID:VAMVrkxU0
- A「うちはなぁ、家族がどうなったとか言ってる余裕の無い連中の集まりなんだよ」
B「そうだよ! 妹が死んだからって、家出なんて抜かしてる間はまだまだゆとりがあんだよ! テメェん家帰れ!」
俺「死体を見ても驚かないなんて・・・」
C「はっはっは。うちのお袋も親父もとっくに死体になっちまったよ。あんたみたいにしょって歩いたりはしなかったけどな」
A「・・・」
B「死体しょって家出して。ホームレスんとこ来て。煙草あるか?」
C「はいよ」
潰れた箱を取り出すホームレス。
B「ふー・・・」
C「まぁ座んなよ」
俺「ありがとうございます」
C「カクちゃんもそんな噛み付きなさんなって。坊主も見た所こっち側の人間じゃねぇか」
A「はぁー、こっちゃあ親兄弟が今どこで何してんのかもわかんねぇのによ」
C「まあまあ。それにしたって、死んだ妹を連れてここまで歩いて来たってんだ。面白いじゃねぇかい。話ぐらい聞いたって罰当たんねぇよなぁ?」
B「・・・んま、煙草屋が言うんだからしょうがねぇやな。ふー・・・」
俺「・・・」
C「それで、坊主。ここに何の用だい」
俺「しばらく泊めて欲しくて」
C「はっはっは、そうかい。で? 何の仕事してるんだ」
俺「仕事?」
C「人間、仕事が全てさ。俺らだってちゃんと働いてるんだよ」
俺「そうなんですか?」
A「あったりめーだろが!」
C「落ち着いて落ち着いて。無理もねぇよ。俺だって昔はホームレスは乞食だと思ってたもんさ」
A「・・・」 - 63: 2011/01/27(木) 17:40:03.52 ID:VAMVrkxU0
- 俺「仕事、探したんですが、履歴書がなかなか手に入らなくて・・・」
C「はっは、履歴書なんか要らない要らない。公園掃除したり雨の日に傘売ったり、こういう奴らの為にあるような仕事だっていくらもあるんだから」
B「おかげさんでこうして食い繋いでいける。煙草も呑めるしな。はは」
A「こんなのが生きてるって言えるのかねぇ」
C「ありがたいこっちゃねぇか。何もキャバクラ通ってパチンコやって美味いもん食って、ってだけが人生じゃねぇんだから」
俺「そっか・・・」
C「あぁそうだそうだ、それで? 妹が死んで家出した。その妹ってのがそのお嬢さんだろう?」
俺「そうです」
C「何があったんだい」
俺「母さんの作る料理があまりにも不味くて」
A「出た。あー嫌だ嫌だ! これだから今の若ぇ奴らは。っとに!」
C「最後まで聞くんだよ。人が死んでるってんだよ?」
俺「妹はそれが食べられなくて餓死したんです。俺は我慢してましたけど、妹が死んだのに両親が何とも思ってないのが嫌になって・・・」
C「ほう」
俺「そんなことより俺がご飯食べないのを嫌がらせだって言って怒るんです。だから我慢出来なくて家出しました」
C「うんうん・・・」
B「それはそれは」
A「へっ・・・」
俺「だからって訳じゃないですけど、泊めてもらってもいいですか?」
C「悪いとは言わねぇ。けど、死体はどうにかならねぇかい」
俺「どうにかって?」
C「ここはこんな汚い所って思うだろうけどな、死体なんかあったらみんな捕まっちまうんだよ」
俺「ああ・・・」
C「家に返すとか何とかしてさ」
俺「でも、俺が運んでやらないとどこにも行けないし」
C「・・・」 - 64: 2011/01/27(木) 17:42:20.35 ID:VAMVrkxU0
- 俺「すいません。迷惑かける訳にもいかないので、やっぱり諦めます」
C「不思議な坊主だな」
俺「ありがとうございました」
A「おい」
俺「はい?」
A「仕事する気はあるのかよ」
俺「まぁ」
A「まぁ、じゃねぇんだぞ。お前みたいな訳ありも出来るかも知れねぇ仕事があるんだよ」
俺「それは何ですか?」
C「カクちゃん」
A「世田谷に知り合いのヤクザがいんだよ。俺はまっぴらだけどな」
俺「え・・・」
A「本当にやる気あって他にどうしようもねぇってんならそいつんとこ行ってみろ」
俺「・・・」
A「ただしこれは世の中の悪い部分の片棒担ぐような仕事ってこと忘れんじゃあねぇぞ」
死体から黒い液体が漏れた。
ポタ、ポタ。
C「ありゃ・・・」
俺「何か、大きめの袋とかあります・・・?」 - 69: 2011/01/27(木) 18:35:09.95 ID:VAMVrkxU0
- ――――――――――――――――
深夜。
俺「えっと、80円のサイダーとメロンソーダと・・・これだこれだ」
自販機の下にパッケージを貼り付ける。
俺「よし・・・」
原付で走り出す。
妹「兄」
座席の下から。
俺「ん?」
妹「微妙に死体の扱い雑になったよね」
俺「こうでもしないとまた液漏れで騒ぎになるからさー」
妹「まぁいいけど。今日の仕事は終わり?」
俺「うん。給料は来週」
妹「免許取らないとね」
俺「それなんだよなぁ。でも大丈夫かなぁ、身分証とか無いし」
妹「なんかややこしいね。人間。っていうか社会?」
俺「うん。何でも手続きだとか証明だとか。息苦しいったらありゃしない」
朽ちたプレハブ小屋。
俺「着いたよ」
妹「お疲れ」
俺「よいっしょ・・・」
死体の入ったゴミ袋。
俺「そろそろ取り替えようか」
妹「そうだね」
俺「腐敗のスピード速くなったなぁ」
妹「変わらないよ。表面に出始めてるだけじゃん?」
俺「そっか。あぁ、もう皮膚無いじゃん」
妹「だね」 - 70: 2011/01/27(木) 18:35:50.95 ID:VAMVrkxU0
- 俺「虫湧くのだけ何とかならないかなぁ」
妹「防虫剤とか?」
俺「うーん。妹はどう思う?」
妹「私は別に。もはや何とも」
俺「じゃあいいや。金もったいないし」
小屋の裏で死体を別の袋に詰める。体液が止まらない。
俺「また軽くなったなぁ」
妹「もう10キロ切ったんじゃないかな」
俺「そんなもんじゃないよ。見た目だいぶ小さくなったし」
妹「面影ないね」
俺「うん。小さい頃はどんな顔してたっけ」
妹「さあね。昔の写真とかあんまり見たこと無いし」
俺「俺、妹が生まれる前の記憶ちょっとあるんだよな」
妹「本当?」
俺「うん。ほんのちょっとだけど」
妹「どんな?」
俺「うーん。母さんが横になってて、大きくなったお腹見てた」
妹「それで?」
俺「なんかそこだけ覚えてる。どんな子が生まれてくるんだろうって思ってた」
妹「ふーん。その後のことは?」
俺「生まれてすぐのことならちょっと。まだ名前決まってなくて、妹のことみんな赤ちゃんって呼んでたんだよ」
妹「へー」
俺「結構長い期間だった気がする。どんどん大きくなっていくんだよ。すぐ立てるようになったし」
妹「全然覚えてないや」 - 71: 2011/01/27(木) 18:37:34.15 ID:VAMVrkxU0
- 俺「俺も自分のことは覚えてないよ。近所の人とか、みんな妹のこと可愛がってた」
妹「ああ、それはある。どこ行っても必ず言われるんだよね。なんてリアクションしていいかわかんなくて困った」
俺「はは、子供なりにそういうこと思うんだな」
妹「そうそう、言葉には出来かったけどとりあえずウザい感情はあったよ」
俺「まさか死ぬなんてなぁ」
妹「まぁ、今思うと正直自分でも意外」
俺「母さん達は誰かに聞かれたらどう答えるつもりなんだろう」
妹「はん、家出したとしか言わないんじゃない?」
俺「なんか想像つく。ムカつくな」
妹「そういえば兄、ご飯は?」
俺「ああ、そうだった。なんか慣れないんだよなぁ、こういうの」
妹「まぁしばらく食べてなかったからね」
俺「それもだけど、自分で作るっていうのが、元々無かったから」
妹「そうだね。でも意外と簡単じゃない?」
俺「うん・・・」
今日の夕飯はカップラーメン。
俺「美味いなぁ・・・」
妹「私も食べたかったな」
俺「・・・」
妹「泣いてる?」
俺「食えなかったんだよな」
妹「何が?」
俺「妹はこんな美味いもの食えないまま死んだんだよな」
妹「やめてよ」
俺「なんで今まで自分で作らなかったんだろう。こんなに簡単なのに」
妹「お湯入れるだけだしね」
俺「うん・・・」 - 72: 2011/01/27(木) 18:38:48.17 ID:VAMVrkxU0
- 妹「冷めるよ?」
俺「泣いてると味しないんだもん・・・」
妹「しょうがないんだよ。死んじゃったんだから。もう何を食べても戻らないんだよ」
俺「わかってるよ。だから悔しいし、情けない。俺が働くのを怖がってたせいだ」
妹「兄のせいじゃねーよ・・・」
俺「こうやってちょっと頑張れば妹にご飯作ってあげられたのに」
妹「・・・」
泣いている。
俺「死ななくてよかったのに・・・」
妹「ごめん」
俺「なんで?」
妹「私が我慢すればよかったんだよ。私が食べるのをやめたから兄が無理する羽目になったんじゃん」
俺「・・・でも、妹が死ななきゃ、俺、働かなかった」
妹「まぁね」
俺「妹」
妹「うん」
俺「俺が死んだらどうなってたかな」
妹「またそれか。うーん、兄が先でも、私はこうなってたと思うよ」
俺「そっか。働ける歳じゃないしな」
妹「それに、あの家のことだから死体ほったらかしでしょ。ただでさえ不味いのに余計食欲無くすよ」
俺「だな。結局は、生きてるうちになんとかするしか無いんだ」
妹「あー」
俺「どうした?」
妹「今更だけど、こういうことなのかね。生きてる人と死んでる人の違い」
俺「やり直せるかどうか?」
妹「そう。怪我で歩けなくなっても、人に変な目で見られても、生きてればさ、兄みたいに自分を変えられるじゃん」
俺「確かにそうか。妹は腐ってく一方だもんね」
妹「うん」 - 77: 2011/01/27(木) 19:30:05.50 ID:VAMVrkxU0
- ――――――――――――――
昼間の繁華街。大きなリュックを背負って。
俺「あーあ、バイク汚したからってすげー引かれちゃったよ」
妹「給料?」
俺「うん。一応借り物だけどさー、まだ返す訳でもないのに」
妹「厳しい世の中だね」
俺「本当生きてくのって大変だ」
妹「はは。でもいいじゃん、家も食べ物もあって」
俺「そうだね。働いた分だけ美味いものが食える。いいことだ」
妹「今日は何食べるの?」
俺「うーん。パンかな」
妹「いいねぇ」
俺「それより今日は大きな買い物をしようと思うんだ」
妹「何?」
俺「テレビ」
妹「それはまた思い切ったね。なんで急に?」
俺「休みの日は暇だけど、昼間に出かけるのは袋変えたり色々大変じゃん」
妹「ああ、だから夜になるまでのんびりテレビ見て過ごすのか」
俺「そんな感じ。いいだろ」
妹「いいね。段々贅沢になってきたなぁ」
俺「働くのも楽しくなるよ」
妹「でもなぁ」
俺「んー?」
妹「兄がやってるのってぶっちゃけ多分麻薬運びじゃん」
俺「ああ・・・」
妹「どうかとは思うよね」
俺「確かに。証拠は無いけど多分そうだ」 - 78: 2011/01/27(木) 19:30:54.84 ID:VAMVrkxU0
- 妹「バレたりしないのかな。取りに来る人とかも」
俺「いつの間にかこれが当たり前になっちゃってるんだよな」
妹「うんうん。なんかね、危ない橋渡ってるって感じがしなくなったんだよね」
俺「でも、まぁ、今なら履歴書が買えるし」
妹「そっか。書き方とかわかるの?」
俺「うん、裏に書き方とか色々書いてあったから」
妹「そうなんだ」
夫婦で経営している小さな中古家電店。
旦那「いらっしゃい」
俺「テレビって、一番安いのでいくらですか?」
旦那「そうだね、映り悪くてDVD見れないのなら3200円だけど」
俺「ちょっと高いかな」
妹「買っちゃえ買っちゃえ」
俺「よし。じゃあそれください」
旦那「どうもありがとう。配送にするかい?」
俺「え?」
旦那「住所書いてくれたら2時間ぐらいで車で届けるよ。代金かからない」
俺「住所かぁ・・・いや、大丈夫です。自分で持って行きます」
旦那「あっそう? 結構重いよ」
俺「平気です」
旦那「じゃあ紐つけてあげるから、ちょっと待ってて。・・・ん、なんか臭うな」
俺「あ・・・」 - 79: 2011/01/27(木) 19:31:39.11 ID:VAMVrkxU0
- 旦那「ガス漏れかな・・・おーい、なんか臭いぞ。ガス見て来い」
奥さん「あら大変」
俺「えっと、紐、いいです」
旦那「ええ? 持ちにくいよ?」
俺「早く帰りたいので」
旦那「あっそうかい。じゃあ3200円」
俺「はい」
奥さん「ちょっと、ねぇ何の臭い? ガスは出てないみたいだけど」
旦那「何だ? 参ったな、お客さん臭くて困ってるよ」
奥さん「すいませんねぇ、本当に何の臭いやら」
俺「い、いえ・・・」
旦那「はい、お釣り1800円。どっこいしょ、落とさないようにね」
俺「はーい・・・」
背を向け、足早に遠ざかる。
旦那「あのお客さんだなぁ」
奥さん「そうねぇ」
俺「やばかったな・・・そんなに臭うのか」
妹「鼻が悪くなったのかもね」
俺「かも知れない。全然気付かなかった・・・昼間の外出は気をつけよう」 - 80: 2011/01/27(木) 19:32:44.61 ID:VAMVrkxU0
- プレハブ小屋。
俺「これでいいのかな・・・えっと、地上波ってやつだよな。・・・っと、よし」
妹「これで映るの?」
俺「線これしか無いし多分大丈夫」
妹「壊れてたらやだなぁ」
俺「スイッチ入れて・・・ん? チャンネルかな・・・ああ、映るじゃん」
妹「よかった」
俺「やったな」
ニュースが流れている。
テレビ「・・・市で兄妹の行方がわからなくなっている件で――」
俺「あ、これもしかして」
妹「え?」
俺「前の家の近くが映ってるよ」
妹「本当だ。すごいなぁ」
テレビ「・・・によく似た少年が、遺体のような物を担いでいたという目撃証言があり、警察は、兄妹が何らかの――」
俺「え・・・」
妹「あら・・・」
テレビ「・・・警察署では、この2人に関する情報を引き続き募集しているということです。心当たりが――」
俺「俺達のことがニュースになってる・・・」
妹「私は生きてることになってるんだね」
俺「母さんか父さんが通報したのかな。俺達のことなんか何とも思ってないくせに」
妹「学校が気付いたんじゃない?」
俺「ああ、そうかも」
妹「どっち道バレたら駄目だったけど、なんかますます動きづらくなりそうで怖い」
俺「うん。それに妹が家で死んだこと誰も知らないから、見つかったら俺が殺したことにされそう」
妹「あぁ・・・そうだね。兄は私を連れ出してくれただけなのにね」
俺「ちょっと不安になってきた。俺達どこまで行けるんだろう」
妹「・・・」 - 85: 2011/01/27(木) 20:44:18.41 ID:VAMVrkxU0
- ―――――――――――――――――
深夜の住宅街、原付に乗って。あちこちの家がクリスマス色の化粧をしている。
俺「なんか歩きで外出ることすっかりなくなったよなー」
妹「バイク乗ってないのにフルフェイス被ってたらただの変質者だもんね」
俺「今度はサングラスと帽子とマスク買わないとなぁ・・・」
妹「まぁ、いいんじゃん?」
俺「それ自体はな。でももう普通の仕事は出来ない。あーあ、ニュースで写真出すから」
妹「それがちょっとね」
俺「あれ?」
妹「どうした?」
俺「Kだ。なんであんな所で止まってるんだろう」
妹「Kってどの地区の人だっけ? 聞いてもわかんないけど」
Kの横でバイクを停める。
俺「どうしたの? パケ取りに行かないの?」
K「クサオか。顔見るまでもない」
俺「俺臭くないってば」
K「お前ブツに手出してんだろ。ジャンキーは臭いでわかる」
俺「そんなことしてないって」
K「シー。見てみ」
俺「何・・・?」
K「あそこ。赤い光だ」
俺「本当だ・・・警察が来てるのかな」
K「多分な。こういう時は俺らが取りに行かなくても異常が無ければチンピラがここに届けに来る」
俺「知らなかった・・・Kがいなかったら近付いてた」
K「だけどさっきから待ってるんだが一向に来ない。待機所で何かあったのかも」
俺「調べて来る?」
K「よせ、馬鹿。お前は臭いだけで即刻捕まるよ」
俺「そんなに臭いかなぁ」 - 86: 2011/01/27(木) 20:45:01.56 ID:VAMVrkxU0
- K「中毒患者は死臭を放つ。お前のはマジで異常だけど」
俺「そっか・・・もう俺自身にも臭いが染み付いてるんだ」
K「やばい、動いてる。来るぞ」
俺「どうする?」
K「とりあえず逃げろ。今日はもう来ないほうがいい」
急発進するK。
妹「何だろうね」
俺「なんか、嫌な予感する」
元来た道を走る。
プレハブ小屋。午前2時。
ドン、ドン、ドン。
俺「!?」
妹「何!?」
ドン、ドン、ドン。
俺「風じゃないぞ・・・誰かがドア叩いてる」
妹「怖い・・・」
俺「どうしよう・・・警察かな」
妹「兄・・・」
ドン、ドン。
俺「やばい。えっと・・・とりあえず冷蔵庫の中入っとけ」
妹「え、でも兄が逮捕されたら私ずっとこの中だよ? やだよ?」
俺「俺もやだよ。でも死体が見つかったら捕まる確率100パーだろ」
妹「連れてってよ!」
袋ごと冷蔵庫に入れる。
妹「兄!」
ドン。 - 87: 2011/01/27(木) 20:46:19.91 ID:VAMVrkxU0
- 俺「・・・音が止んだ。帰ったかな」
妹「兄ー・・・」
・・・
俺「何だったんだろう」
ガンガンガンガン。
窓ガラスから。
俺「!!」
K「クサオ! クサオだろ! 入れてくれ!」
俺「K!」
K「無茶苦茶寒い! 大事な話があるんだ、ドア開けてくれ!」
急いでドアを開ける。
K「よかった、ここなら足がついてないと思ったんだ」
俺「どうしたの?」
K「聞いてくれ、うわっ、とんでもねぇ臭い・・・」
俺「ごめん。それでどうしたの?」
K「クライアントが捕まった。罪状はわからん。そっから芋づる式にどんどん罠にかかって・・・」
俺「ええ・・・!」
K「行かなくて正解だったよ、危うく俺らもパクられるとこだった」
俺「どこで知ったの?」
K「あの後まっすぐ帰ろうとしたんだけど、うちの近くに覆面がうろついてた。多分ミシャ辺りが吐いちまったんだと思う」
俺「それで?」
K「公衆から事務所に電話入れて聞いたんだ。俺らの待機所に登録してる奴らが次々に捕まってるって」
俺「どうしてここがわかったの?」
K「元は俺がここに住んでたんだ。今は違う奴が住んでるかもしれないって思って来てみたんだけど、外に止まってる原付でお前だってわかった」 - 88: 2011/01/27(木) 20:47:33.18 ID:VAMVrkxU0
- 俺「これからどうすればいい?」
K「ここは地図にも載ってない。空き地扱いになってる。だから他の奴の家にいるより数倍安全なんだ。すまないがしばらく泊めてくれ。もう家にも帰れん」
俺「それはいいけど・・・」
K「問題は金だな・・・」
俺「うん」
K「・・・ふぅ。まぁとりあえず生きてるうちはなんとかなる。捕まらなきゃな」
俺「・・・そうだね」
K「ところで、お前本当に薬やってんの? 顔見た感じだとずいぶん健康そうだけど」
俺「だからやってないって」
K「おかしいな。じゃあなんでこんなに臭いんだよ」
俺「自分ではわからないけど・・・多分、死体の臭いだと思う」
K「死体・・・?」
俺「これだよ」
冷蔵庫を開け、ゴミ袋を掴み出す。中身はほとんど液状。
K「・・・これは・・・?」
俺「妹」
K「小さいな」
俺「溶けちゃったからね」
K「・・・お前が殺したのか?」
俺「違うよ・・・」
K「そうか・・・ならいい。でもなんで死体なんか隠してるんだ?」
俺「母さんの料理が不味くてさ、食べなくなっちゃったんだ。それで餓死して。俺は家出。あんな家に置いとくのはかわいそうだから、連れ出したんだ」
K「お前・・・」
俺「ん?」
K「変だな」 - 110: 2011/01/28(金) 00:24:11.66 ID:SDt9HwHE0
- ――――――――――――――――
数日後の夜。眠っている時に。
妹「兄・・・兄」
俺「ん・・・? 何だよ、こんな時間に」
妹「Kがいない」
俺「Kが?」
電気をつけて見回す。
俺「本当だ。どこ行ったんだろう」
妹「仕事なら無くなっちゃったはずなのに」
俺「でも時間が時間だからなぁ。何かコネで見つけたのかも」
妹「教えてくれてもいいのにね」
俺「あー、バイクも無いや。黙って出て行くなんて」
妹「どうする?」
俺「どうするったってなぁ。うーん、起きて待ってみるか」
妹「わかった」
テレビをつける。古い映画。
俺「そうだ、またニュースで何か身近なことやってるか見てみよう」
妹「この前のニュース見てなかったら今も素顔で出歩いてたろうしね」
俺「・・・」
妹「・・・」
俺「何にも無い。よかった」
妹「そうだね。あぁ、それにしても自分のことがニュースになるなんて思ってもみなかったなー」
俺「あれから俺達少し敏感になったよな。どこに暮らしのヒントがあるかわからない」
妹「うんうん。あーあ、また仕事無くなっちゃったんだなぁ」
俺「困ったな・・・民間人には顔見せられないし、ヤクザはいなくなっちゃったし」
妹「本当。八方塞がりって感じ」
ガチャ。扉が開く。 - 111: 2011/01/28(金) 00:25:51.50 ID:SDt9HwHE0
- 俺「ん? あ、K」
K「ただいま・・・起きてたのか」
俺「どこ行ってたんだよ。びっくりしたぞ」
K「悪い。バイク売りに行ってたんだ。あれ、私物だから」
俺「そうだったんだ。でもこんな時間に行くってことは・・・」
K「気にすんな。まともな店じゃ審査とかうるせーからよ」
俺「・・・俺達ってまともじゃないんだよな」
K「ははは、一番異常なのはお前だろ。そんな平然と死体運んでよ、この臭気にも無反応」
俺「だって妹だもん、見捨てられないよ」
K「けどよ・・・もうドロドロだし、原型無いのに、それでもよく妹だって普通に言えるよな」
俺「うーん、バイクは壊れたらもうバイクじゃないけど、妹は死んでも妹だし」
K「埋葬してやろうとかは思わないのか?」
俺「まさか。この前だって冷蔵庫に入れた時すごい怖がってたんだよ」
K「はは、そのリアルな物言いマジこえぇ。想像で語ってるとは思えんな」
俺「なんで想像の話になるんだよ、ははは」
K「はは・・・」
俺「・・・?」
K「マジで笑ってるのか?」
俺「気に障った?」
K「いや。別に」
俺「えー、なんかごめん」
K「そうじゃねぇよ。なんつーの・・・もしかしてさ、お前、霊感とかあるタイプ?」
俺「無いよ」
K「じゃあ妹が怖がってたって話はどういう意味だ?」
俺「何言ってんの・・・?」
K「だからよ、俺が聞きたいのは・・・。例えとか空想とかじゃなく、現実問題、妹が喋ったりするってのか?」
俺「K、ちょっと怖いよ。意味がわからないな・・・じゃあそのまま答えるけど、そりゃ喋りますよ妹は」
K「・・・死んでるんだぞ?」
俺「死んでるよ」
K「・・・」 - 112: 2011/01/28(金) 00:28:00.38 ID:SDt9HwHE0
- 俺「悪いかよ」
K「あのな。俺をからかってるんじゃないとして真面目に言うけどよ」
俺「うん」
K「死んだ人間は喋らないって知ってるか?」
俺「なんで?」
K「人間は死んだら喋れないんだよ。なぁ、冗談だったなら今のうちそう言えよ」
俺「またまた、そんな都市伝説みたいなの信じてるのKは」
K「おい」
俺「ん・・・その顔怖いって・・・」
K「怖いのはお前だよ・・・」
俺「・・・」
K「わかった。じゃあ喋ってみろよ、妹と」
俺「妹は知らない人がいると喋れないんだよ」
K「はっ、んな都合いい話があるか。だいたい俺と会って結構経つじゃんか」
俺「まぁ確かに。聞いてみる」
K「うお・・・」
俺「妹?」
妹「・・・ん?」
俺「Kが妹と喋ってるところ見たいって言うんだけど」
妹「うーん・・・まぁ、いいんじゃん?」
俺「だってさ」
K「・・・」
俺「Kなら大丈夫だって」
K「・・・俺には聞こえなかったな。もうちょっと大きい声で」
俺「何なんだよまったく・・・妹ー」
妹「でも何て言ったらいいんだよ」
俺「とりあえず挨拶とか」
妹「んー・・・じゃあ、こんにちは・・・」
俺「聞こえた?」
K「クサオ・・・」 - 113: 2011/01/28(金) 00:29:47.99 ID:SDt9HwHE0
- 俺「何?」
K「・・・」
俺「何だよ・・・」
K「・・・聞こえたよ」
俺「K・・・?」
K「ああ、聞こえた。こんにちは、だろ? 本当だった。俺が間違ってたわ」
俺「あはは、意外と天然なんだなぁKって」
K「っはは、悪かったな、馬鹿で」
俺「ごめんごめん」
妹「はは」
俺「妹、Kっていい奴だろ。見た目不良だけどさ」
妹「まぁね。そういえば死んでから家族以外と口利くの初めてだなぁ」
俺「あぁ、確かに」
K「っへへ、そうかな、そんなこと無いと思うけどなー俺は」
俺「いやいや、Kは知らないだろ」
K「あ、ああ・・・そうだったかもな」
俺「ふぅ。なんか笑ったなぁ。眠くなってきた」
K「だな」
俺「Kは明日何するの?」
K「俺? 俺は・・・新しい仕事を探す。出来ればお前にも向いてるやつを」
俺「ありがとう」
妹「こんな兄でごめんな」
K「出来れば、だぜ」
俺「うん」
K「俺も寝るわ。電気消してくれ」
俺「はいよ。おやすみ」
K「おやす」
妹「おやすみ」
・・・・・・
・・・・・・ - 114: 2011/01/28(金) 00:32:10.91 ID:SDt9HwHE0
- 今日は寝るよ。明日仕事から帰ってきてまだスレ残ってたら続き書く。
おやすみー - 115: 2011/01/28(金) 00:32:52.23 ID:SDt9HwHE0
- K「クサオ、起きてるか」
俺(もう眠いから寝てるふりしよう)
K「ふぅ・・・なぁ、聞こえてるのか?」
妹「私?」
K「一応信じるけどよ」
妹「うん」
K「やっぱ、俺には聞こえねぇよ。兄ちゃんに嘘ついてごめんな」
妹「・・・そう」
俺(!?) - 158: 2011/01/28(金) 18:24:57.58 ID:SDt9HwHE0
- ――――――――――――――――――――――――
翌朝。
俺「んん・・・」
妹「おはよう」
俺「うん・・・あ、K・・・K!?」
妹「いるよ」
俺「あぁ、本当だ・・・毛布で見えなかった」
妹「昨日寝てなかったからぐっすり寝てる」
俺「だな。はぁ、バイク売っちゃったのかー」
妹「いくらぐらいになったんだろう」
俺「うん。なんか聞きづらいや。そんなに大事にしてなかったならいいけど」
妹「・・・」
俺「妹?」
妹「何?」
俺「・・・いや」
妹「・・・」
俺(家族以外と会話出来ないって知ってショックなんだ・・・)
K「う、うぅ・・・」
妹「起きたよ」
俺「あ、あぁ」
K「・・・んー・・・うぅ」
俺「・・・やっぱ起きてない。なんか苦しそうだけど変な夢でも見てるのかな」
妹「なんか兄より気苦労多そうだしね」
俺「否定出来ないな」
K「あぁー・・・っく」
俺「K?」
K「・・・」
俺「起きた?」
K「・・・ああ」 - 159: 2011/01/28(金) 18:26:40.47 ID:SDt9HwHE0
- 妹「・・・」
俺「うなされてたよ」
K「・・・そうだな」
俺「何の夢見てたの?」
K「・・・いや。夢じゃない」
俺「じゃあ何だよ」
K「違うんだ。頭が痛くてよ」
俺「頭痛いの? 大丈夫?」
K「・・・ッチ。残念ながら。どうも風邪とかじゃない気がする」
俺「・・・」
K「ああ、機嫌悪いように見えるか? すまんな、マジで痛ぇんだ」
俺「外、出てくる」
K「ははっ、そんな顔すんな。大方寝不足か仕事無くしたストレスだ」
妹「・・・」
バタン。
朝の外気は凍るように冷たかった。
俺「・・・はぁ。Kとも妹とも気まずくなっちゃったなー・・・。Kはなんで妹に本当のこと言ったんだろう。はぁ・・・ひどい話だ」
ガチャ。
俺「K?」
K「俺が出てきちゃ迷惑か? はは、外の空気ぐらい好きに吸わせろ」
俺「こう見えても独りで考え事したい時だってあるんだよ」
K「お前って本当馬鹿だもんな。いいんじゃね? その習慣」
俺「うるさいな」
K「うーん。ちっと楽になったな。中の空気が悪かったのかも知れん」
俺「あぁ、死体・・・」
K「・・・まぁ、妹優先しろよ。俺は余所者だ」
俺「ごめん」
K「・・・いい、いい。だいたいお前が何とも無いってのなら、俺もそのうち慣れるだろ。ごほっ」
俺「やっぱり風邪じゃない?」 - 161: 2011/01/28(金) 18:28:08.61 ID:SDt9HwHE0
- K「煙草が効いてんのかな。臭いを紛らわす為につい吸いすぎちまう」
俺「煙草か・・・俺も吸おうかな」
K「ああ、そういや吸ってないんだったな。どうも薬中のイメージがあって。本当のお前って割と丈夫だよな」
俺「どうだろう。比べる相手が少ないからわからないや」
K、煙草に火を着ける。遠くを見ながら。
俺「・・・1本貰っていい?」
K「・・・ぷっ。いいよ、吸えよ」
俺「ありがとう」
K「ほらよ、くわえて吸い込まないと火着かないぞ」
俺「うん」
K「・・・」
俺「ふぅ・・・」
K「あら、むせなかったな」
俺「見様見真似」
K「へー」
俺「煙草の臭いにも慣れないと」
K「・・・」
俺「・・・」
K「次から自分で買えよな?」
俺「あは」 - 168: 2011/01/28(金) 19:42:18.48 ID:SDt9HwHE0
- ―――――――――――――――――
妹「兄」
俺「ん?」
妹「いつからヒゲ生えるようになった?」
俺「あぁ・・・結構濃くなったんだなぁ。ちょっと前まで産毛だったんだけど」
妹「無精髭伸びてるとだいぶおっさん臭くなるね」
俺「やだな」
妹「なんか違う人見てるみたい」
俺「今度は髭剃りか・・・でも髭ってどうやって剃るんだろ。ちょっと痛そうだな」
妹「髭剃りって切れ味よさそうだしね。あ、でもさ、でもさ」
俺「うん?」
妹「逆に髭生やしてるほうが人からバレにくいんじゃない?」
俺「え、そんなに違う?」
妹「うーん、全くってほどじゃないけど、歳がかなり上に見える」
俺「よくわからないな」
妹「ニュースでやられた写真はなんか結構子供って感じだったじゃん。だから印象違うと思う」
俺「そうかー。まぁ、利用出来るならするに越したこと無いな」
妹「うんうん」
ガチャ。
K「ただいま・・・」
俺「おかえり」
K「今日は結構稼いだぜ・・・」
俺「ご飯食う?」
K「の前に水を大量にくれ・・・」
俺「はい」
ペットボトルの水を冷蔵庫から出して手渡す。
妹「・・・」 - 169: 2011/01/28(金) 19:44:52.84 ID:SDt9HwHE0
- K「ふぅ、サンキュー」
俺「走って来たの?」
K「いや。口の中がどうもな」
俺「ふーん。出張ホストってどういう仕事するの?」
K「あー・・・うん。お前馬鹿?」
俺「知らないもんは知らないよ」
K「妹の前で言っていいの?」
俺「言っちゃいけないようなことなのか」
K「そういうことだ。特に2丁目絡みのは」
俺「そんなに危ない仕事なんだ・・・」
K「・・・まぁ、別の意味でな・・・それより金だ。ほら」
俺「8千円!」
K「疲れたぜ」
俺「なぁ、K・・・」
K「あ?」
俺「Kはなんで俺達にこんなによくしてくれるの?」
K「ガキにはわからんか。・・・俺もガキだが。受けた恩恵の分は働く。それだけだ」
俺「でも俺は・・・俺は・・・働いてないし」
K「・・・運ってやつだろ。俺が追い込まれた時、ここに住んでたのがたまたまお前だった。お前が主人だった」
俺「だけど、いいの?」
K「いい訳ねぇだろ。働けよ」
俺「・・・」
K「そうすりゃ俺とお前でもっと贅沢出来る。あぁ、妹も入れて3人でだ」
俺「そうだね」
K「すまんな。一応探してはみたんだけどよ、お前にも出来る仕事。だがコネは使い尽くしちまった」 - 170: 2011/01/28(金) 19:46:07.68 ID:SDt9HwHE0
- 俺「・・・何馬鹿なことやってるんだろう」
K「は?」
俺「自分の問題は自分で解決するって決めて家出したのに」
K「・・・ふっ、ふふ。ああそう」
俺「千円、貰うね」
K「どこ行くんだ」
俺「履歴書買って来る。それと写真撮る」
K「お、おい。指名手配されてんだろ?」
俺「違うよ。ただの捜索願い」
K「どっちにしろ情報流されたらアウトだろうが。俺も関与したとかでタダじゃ済まなくなる」
俺「大丈夫だって。半年近くもこんな生活してるんだから、それなりにわきまえてる。行くぞ、妹」
妹「ほい」
K「へっ・・・マジ頼りねぇ」
その直後、夜11時。
妹「兄」
俺「おう、兄だ」
妹「気付いてるよね」
俺「何が?」
妹「私がKと喋れないの」
俺「あ・・・」
妹「なんでだと思う?」
俺「なんでって・・・」
妹「人見知り、じゃないよ。先に言っとくけど」
俺「・・・うん」
妹「あは、やっぱり気付いてた」 - 172: 2011/01/28(金) 19:47:33.58 ID:SDt9HwHE0
- 俺「実はさ、あの時起きてたんだ。Kが妹に打ち明けた時」
妹「そうなんだ。それは知らなかった」
俺「俺の目を盗んで言うんだから、多分本当なんだろう」
妹「そうだろうね」
俺「生きてると死んでるの本当の違いってこれなんじゃないかな・・・」
妹「喋れるかどうか?」
俺「うん・・・Kの言い方から察するに、俺と妹がこうして喋ってるのも、異常なことなんだと思う」
妹「そっか・・・」
俺「なぁ妹」
妹「はい」
俺「妹は本当にいるよね?」
妹「まぁ」
俺「あれから時々思うんだ。これ全部俺の夢なんじゃないかって」
妹「ほっぺたつねってみれば?」
俺「そうじゃなくて、俺1人がただ、妹が死んだのを受け入れられてないだけで、これ全部幻で・・・」
妹「・・・」
俺「本当は妹は喋ってなんかなくて、俺が勝手に1人芝居してるだけなんじゃないかって・・・」
妹「・・・」
俺「妹?」
妹「かもね」
俺「・・・だとしたら、異常なのは母さん達だけじゃないよ」
妹「私はちゃんと私が喋ってるって言えるよ。兄は納得いかない?」
俺「信じたいよ」 - 173: 2011/01/28(金) 19:50:16.86 ID:SDt9HwHE0
- 妹「じゃあ、私だけが知ってることを教えたら納得いく? 幻だったら兄の知らないことまでは聞こえないでしょ」
俺「あー・・・」
妹「ちょっと立ち止まって」
俺「うん」
妹「えっとね。ちょっと待って」
俺「うん・・・」
妹「後ろから歩いて来てる人は、ベージュのコートを着てて、黒い手袋をしてる。で、シャネルのバッグを肩にかけてる」
俺「シャネル?」
女が追い抜いていく。
妹「あれがシャネル」
俺「おお」
妹「おお?」
俺「納得」
妹「よかったね」
俺「よかった。俺おかしくなかった」
妹「リュックに腐乱死体入れて歩いてるのはおかしいけどね」
俺「こいつ。冷蔵庫入れるぞ」
妹「ごめんごめん」 - 194: 2011/01/28(金) 22:55:37.38 ID:SDt9HwHE0
- ――――――――――――
ある日の夕方。帰り道。
妹「やっと決まったね」
俺「うん・・・なんか色々不安だけど」
妹「あはは、仕事が無いままずっと行くほうが不安だよ」
俺「そう考えるしか無いか」
妹「崖っぷちなのは最初からだしね」
俺「そうだな。結局住所とか名前適当に書いちゃったけど、ちゃんと覚えたほうがいいのかな」
妹「出来ればそのほうがいいんじゃん? せめて名前はね」
俺「不意に本名言っちゃったらここまでの苦労がパーだもんな」
妹「うん。あーあ、なんか本当に指名手配されてるみたいな気分」
俺「とは言え、俺実質犯罪者だし・・・」
妹「あれは麻薬とは知らないでやってたようなもんじゃん」
俺「いや。死体遺棄のほう」
妹「そっか」
俺「Kは今日仕事なのかな。早く知らせたい」
妹「うんうん。きっと喜ぶよね」
俺「あ・・・」
妹「ん?」
俺「見て。うちの前に止まってる車」
妹「あ・・・」
俺「ヤクザのだ」
妹「どうする?」
俺「なんか、やばそうな気がする」
妹「え・・・?」
俺「あ、原付無くなってる」
妹「どういうこと・・・」
俺「・・・Kが心配だ」
妹「気をつけてよ」 - 196: 2011/01/28(金) 22:57:45.39 ID:SDt9HwHE0
- プレハブ小屋に慎重に近づく。
ホームレスに紹介された男が車の窓を開けた。
ヤクザ「よ」
俺「・・・」
ヤクザ「挨拶」
俺「お疲れ様です」
ヤクザ「なんで来たかわかるよな」
俺「・・・」
ヤクザ「お前仕事サボって何してた」
俺「サボってたっていうか・・・」
ヤクザ「黙ってりゃいいと思ったのか」
俺「そういう訳じゃ・・・」
ヤクザ「お前んとこの奴捕まったよな。リーダー」
俺「はい」
ヤクザ「それからお前どうしてた?」
俺「その・・・」
ヤクザ「タダで住んでたよな」
俺「・・・」
ヤクザ「大人の世界ではそういうの通らねーの」
俺「すいません」
ヤクザ「まぁいいけどよ。俺も鬼じゃねーから」
俺「ありがとうございます」
ヤクザ「鍵」
窓から手を出しながら。
俺「え・・・」
ヤクザ「小屋の鍵」
俺「・・・」 - 197: 2011/01/28(金) 22:58:57.58 ID:SDt9HwHE0
- よくわからないまま鍵を取り出す。
ヤクザが素早く奪い取る。
ヤクザ「何だその不服そうな顔」
俺「えっと・・・入れないんですけど」
ヤクザ「アホか? もうここはお前ん家じゃねーだろ」
俺「あ・・・」
ヤクザ「ったく、クソみてぇに汚しやがってよ。人が善意で貸してやったのに」
俺「・・・」
ヤクザ「まぁそういうことだから。とりあえずお前にやれる仕事は今は無い」
俺「はい・・・」
ヤクザ「今までご苦労さん。カクの奴によろしく言っとけ」
俺「あの」
ヤクザ「何だ」
俺「テレビ・・・買ったんですけど・・・」
ヤクザ「ああ、返せって?」
俺「・・・」
ヤクザ、おもむろに車を降りる。
ヤクザ「お前が汚した部屋誰が掃除すんだ?」
俺「・・・」
ヤクザ「あのテレビ売ったらクリーニング代になるか?」
俺「・・・」
ヤクザ「お前K匿ってたよな」
俺「あ・・・」
ヤクザ「どうなんだ?」
俺「か、帰ったら逮捕されるから・・・」
ヤクザ「それで?」 - 198: 2011/01/28(金) 23:00:15.33 ID:SDt9HwHE0
- 俺「しばらく泊めてって言われて・・・」
ヤクザ「だよな。まぁいい。一応聞いただけだ。念の為な」
俺「Kは・・・?」
ヤクザ「あいつが仲間売ったんじゃねーかって言ってる奴がいてな。今尋問中だ」
俺「・・・」
ヤクザ「そのリュック貸せ」
俺「なんでですか?」
ヤクザ「貸せ」
俺「何するんですか・・・?」
ヤクザ「貸せ」
俺「・・・妹・・・」
妹「・・・」
ヤクザ、死体の入ったリュックを取り上げ、地面に落とす。
俺「待って!」
思い切り踏みつけた。ベキッ。
骨の折れる音。
どす黒い液体が噴き出る。染み出る。
俺「ああ・・・!」
ヤクザ「妹さん、気の毒にな。お前が筋を通さなかったばっかりに」
俺「あ・・・あぁ・・・」
涙。膝の力が抜ける。
ヤクザ「それだけ。あとはまぁ頑張れよ」
俺「うっ・・・」
車ごと去っていくヤクザ。
リュックを中心に液溜まりが広がっていく。
俺「うう・・・」
抱え上げ、抱き締めた。
俺「妹・・・」
妹「・・・」 - 208: 2011/01/28(金) 23:54:22.44 ID:SDt9HwHE0
- ――――――――――――――――
5年後。深夜4時。鉄工場にて。
工場長「メル。終わり」
俺「・・・」
工場長「終わりだ」
俺「・・・ああ」
機械の電源を切り、持ち場を片付ける。
A「あああー、つ、か、れ、た。な?」
B「死ねる」
工場長「みんな明日寝坊すんなよ」
A「明日っつーか、3時間後なんすけどね」
B「それ言わないで・・・」
社員の何人かは鉄パイプの山の上で眠っている。
工場長「ここで寝てもいいけど風邪ひくなよお前ら」
俺「お疲れ」
工場長「おう。お疲れ。・・・大丈夫か?」
俺「何が」
工場長「顔が死んでる」
俺「誰だって死ぬよ。1日で20時間以上も拘束されりゃ」
工場長「まぁこんだけ忙しいのは今週だけだ。たまたま仕事がぶつかっただけでさ」
俺「ああ」
工場長「あのさぁー・・・そういうのやめろよ」
俺「何」
工場長「大変なのはみんな同じなんだよ。俺も死にそうなんだよ。でもそういう態度の奴がいるとみんな気分悪くなるんだよ」
俺「・・・」 - 210: 2011/01/28(金) 23:55:42.23 ID:SDt9HwHE0
- 工場長「・・・な。今週だけだから。来週には落ち着くからもうちょっと頑張ろうぜ」
俺「心配要らない。疲れてはいるけど暗い気分ではないから」
工場長「はぁ・・・ちょっとお前来いよ」
俺「寝る」
工場長「だからそういうのがムカつくんだって。あ、みんなもう帰っていいよ。おやすみー。おい、メル!」
俺「何だ」
工場長「いい加減にしろよ。俺だって本当はやってらんねぇんだよ。でも立場的にお前みたいにやる訳いかねぇんだよ」
俺「だろうな」
工場長「ぶっ飛ばすぞ?」
俺「・・・」
工場長「・・・」
俺「ごめん・・・。そうだな。みんなで焼肉行く日のことでも考えて元気出すよ」
工場長「そうだよ。この時期終わったら焼肉だよ。カンパーイ! って」
俺「っはは。ああ。まぁ焼肉の前に明日があるから、もう寝るよ」
工場長「おう。早く寝ろよ。また明日な」
俺「おやすみ」
社員寮、4畳の1人部屋。布団の脇に細切れの骨と黒い液体の満ちたペットボトル。
俺「・・・」
横向きに倒れ込み、ペットボトルに両手を伸ばす。見つめて。
俺「俺、まだ生きてるぞ・・・」
妹「・・・」
俺「今日、外部の運転手が言ってたんだ。過労死ってのは予兆が無い。疲れ果てて眠りにつくと、そのまま目を覚まさないんだって」
妹「・・・」
俺「寝るのが怖いよ。命って何だ?」
妹「・・・」
俺「死って何だ? お前はいつか気楽だって言ってたけど、この苦しみの先に死があるのなら、俺は到底耐えられない」 - 211: 2011/01/28(金) 23:56:30.84 ID:SDt9HwHE0
- 妹「・・・」
俺「苦しかったろう・・・怖かったろう・・・」
妹「・・・」
俺「・・・くそ・・・ちくしょう・・・! だから母さんが許せないんだ」
妹「・・・」
俺「まだ13歳だったお前に、こんな苦しみを味わわせたあの女が」
妹「・・・兄」
俺「何だ?」
妹「明日も仕事?」
俺「・・・ああ」
妹「大変だね。でも頑張って。私はここにいることしか出来ないけど、待ってるから」
俺「・・・ありがとう」
妹「こちらこそ」
俺「じゃあな」
妹「うん。おやすみ」 - 243: 2011/01/29(土) 07:55:48.08 ID:1cyQfomb0
- ―――――――――――――――
2ヵ月後、焼肉屋で。
工場長「ビール10本追加で!」
店員「はいかしこまりました」
A「俺もう食えねーっす!」
B「ここ超美味いよな」
俺「・・・」
工場長「メル、ビールは?」
俺「大丈夫。もう帰るよ」
工場長「まだ全然飲んでないじゃん。早速給料で風俗でも行くのか?」
俺「はは」
工場長「そういやメルって普段何してんの?」
A「ああ、そうっすよ。そういえばメルさんの私生活って俺ん中でかなり謎なんすよ」
B「あーわかる。ゲーセンとか行かないし」
俺「妹と話してるか、テレビ見てる」
工場長「あら! ついに携帯買ったのか!」
俺「いや・・・」
工場長「買えよ!」
俺「まぁ、そのうちな」
工場長「正月は実家帰るのか?」
俺「いや。帰らない」
工場長「ははは、たまには親に顔見せてやれよ。喜ぶぞ」
俺「かもな」
工場長「ほら、荷物・・・重いな。何入ってるんだ?」
俺「・・・色々。サンクス」 - 244: 2011/01/29(土) 07:57:16.43 ID:1cyQfomb0
- 工場長「気をつけて帰れよ」
A「お疲れっす」
B「お疲れ様でーす」
俺「お疲れ」
B「あ、そうだ、ちょっと待ってください」
俺「?」
B「お土産です!」
カバンから小分けのモナカを1つ。
俺「ああ、サンキュー」
B「いやー俺もモナカ好きなんすよ! 今日コンビニで煙草買おうとしたら目についたんで、あげようと思って」
俺「・・・」
B「じゃあ、お疲れ様です!」
俺「・・・うん。お疲れ」
店員「ありがとうございました」
チリン。
妹「兄?」
俺「何だ」
妹「何考えてるの?」
俺「いや、好きな奴いるんだなーって」
妹「あぁ。そんなに美味しくないんだっけ?」
俺「美味いけど、みんながみんな好きってほど美味くはないって言ったんだ」
妹「あー」
俺「俺は多分、初めて食った時腹減ってたからだと思う」
妹「そっか・・・」
俺「何考えてるんだ?」
妹「初めてって、家出したばっかりの時だよね?」 - 245: 2011/01/29(土) 07:58:34.90 ID:1cyQfomb0
- 俺「覚えてるのか」
妹「うん。知らないお婆さんがくれたんだ」
俺「・・・」
妹「違うっけ?」
俺「あってるよ。余裕出来てきたからな・・・ちょっと会いに行ってみようかなって、ふと思った」
妹「えー? 場所わかるの?」
俺「実家からそう遠くないイメージがある。でも何せ知らない所だったし」
妹「うん・・・」
俺「・・・連休、暇だしな」
妹「行っちゃう?」
俺「探してみるか」
妹「うん」 - 262: 2011/01/29(土) 13:15:11.05 ID:1cyQfomb0
- ――――――――――――――――
俺「・・・」
妹「・・・」
電車で1時間、探索に30分。ここは見覚えのある一軒家。
俺「記憶力は子供のほうがあるっていうしな」
妹「まだ13歳だったしね。さすが私」
俺「そういえば、死んだら歳取らないよな?」
妹「多分」
俺「ってことは、妹は今も13歳レベルの記憶力なのかな」
妹「さあ。でも兄もまだ21じゃん」
俺「今はな。これから10年20年って経ったらどうなるんだろう」
妹「どうだろうね」
俺「・・・」
妹「とりあえずピンポン押してみれば?」
俺「でも・・・いいのかな。俺達のことなんか覚えてるかな」
妹「駄目なら駄目でいいじゃん。ごめんなさいって言えば」
俺「そうか」
思い切ってインターホンを押す。
ピン、ポン。
俺「・・・」
女「はい」
声は若い。
俺「あ・・・」
女「どちら様ですか?」
俺「・・・ここに住んでたお婆さんを訪ねて来た者なんですが」
女「あ、ちょっとお待ちください」 - 263: 2011/01/29(土) 13:16:42.88 ID:1cyQfomb0
- 妹「もう違う人が住んでるのかな・・・」
俺「わからん」
ガチャ。
中年の女がドアを開け、その脇から杖をついた老婆が出てくる。
俺「・・・!」
老婆「あなたは・・・」
俺「お、俺です! わかりますか? 5年前の」
老婆「あの子達なの?」
俺「貸してくれた服、返しに来ました。何だかんだで借りっぱなしだったので・・・」
老婆「まあ」
震えながら近づいてくる老婆。
敷地に入ることを躊躇していると、中年の女が老婆を抜いてこちらへ。
女「どうも、わざわざ」
カバンから服を出し、手渡す。妹の姿がちらついた。
俺「すいません。あちらのお婆さんにすっかりお世話になってしまって」
女「いいえ」
俺「あの・・・少し話をして行ってもいいでしょうか」
女「ん・・・」
俺「・・・?」
女「その・・・ね。ちょっと聞きたいんですけど・・・あ、でも違ったらごめんなさいね?」
俺「はい」
女「母が、ニュースやなんかでやってる行方不明の子供を見て『知ってる』って言うことがあるんですけど」
俺「・・・」 - 264: 2011/01/29(土) 13:17:57.25 ID:1cyQfomb0
- 女「あはは、違いますよね。ごめんなさいね、あはは」
老婆「今日も上がって行くかい?」
俺「よろしければ」
老婆「ぜひそうしておくれよ」
俺「ありがとうございます」
女「あ! ちょ、ちょっと待ってて、玄関片付けないと」
老婆「ああ、手伝うよ」
女「いいって、母さんは」
俺「・・・」
女、足早に入っていく。
老婆「ごめんね、立たせちゃって」
俺「いえ、全然」
老婆「私は足が悪くなっちゃった。あなたすっかり大人になったねぇ」
俺「5年も経ちますしね。顔、覚えてくれてたんですか?」
老婆「はっは、忘れちゃったよ」
俺「なんだ、ははは」
老婆「でもね、やっぱりわかるものなんだよねぇ。雰囲気っていうのかしら」
俺「お婆さんは何でもわかる。神様みたいに」
老婆「ううん。それより、妹さんはあれからどうだい?」
俺「元気にしてます」
老婆「そうかい。それはよかった。一緒に来てるのかい?」
俺「ええ」
カバンをトントンと叩く。
老婆「あなたとは逆に、妹さんはずいぶんと小さくなって」 - 265: 2011/01/29(土) 13:19:05.21 ID:1cyQfomb0
- 俺「はは・・・体中溶けちゃって、しまいには骨もバラバラで。おかげで携帯に便利ですけどね」
老婆「相変わらず不思議な子だよ。天使のようだ」
俺「ど、どこが!」
老婆「あはは」
突然、背後から声。
少女「お兄ちゃん?」
振り返る。
少女「あっ・・・ごめんなさい」
老婆「おかえりなさい。有名人が来たよ」
少女「有名人?」
老婆「うん。お兄さん、私の孫を紹介するよ」
俺「・・・あぁ!」
少女「誰なの?」
老婆「私が助けた兄妹だよ。はは、助けたなんて言ったら大袈裟か」
俺「いえいえ、助かりましたよ」
少女「あ! ニュースの?」
老婆「そう」
少女「えええ」
俺「・・・」
少女「ええ、すごい!」
俺「・・・」
少女「あ、あの、時々ニュースでやってる方ですか!?」
俺「さ、さあ」 - 277: 2011/01/29(土) 16:13:08.68 ID:1cyQfomb0
- ――――――――――――――――――――
和室にて。老婆と少女と。
少女「お婆ちゃんはテレビで写真を見る度に必ず同じ話するんですよ」
俺「そうなんだ」
老婆「あれから娘が離婚してねぇ。私の所で暮らすことになったんだ」
少女「お兄ちゃんはお父さんと一緒に残りました。あ、でも連絡は取ってるので」
老婆「兄妹が離れ離れになる道理なんか何一つありゃしないのに。大人ってのは勝手なもんだよ。私も含めて」
少女「私は昔からお婆ちゃんっ子だから、正直ほっとしてます。実家は近いとは言えないし」
老婆「今では何でもこの子にやらせてしまって。これ以上厄介をかけたくないんだけどねぇ」
少女「ううん、そんなこと無いよ。お婆ちゃんはお母さんよりずっと優しくて、何でもわかってくれて」
俺「あはは、やっぱりそうなんだ。俺も初めて会った時何もかも見透かされてて驚いた」
少女「あ、そうそう! お婆ちゃんが妹さんに貸した服、私のなんですよ!」
俺「・・・」
少女「歳も近いみたいだし、会ってみたいなぁ」
老婆「こら! よしなさいよ」
少女「あ・・・ごめんなさい」
俺「・・・」
老婆「ごめんなさいねぇ、こんな不躾なことを申し上げて」
俺「いえ、それは別に」
少女「あの。妹さんって、どんな子なんですか?」
俺「・・・」
妹「こんな子だけどね」
少女「え?」
老婆「・・・」
俺「妹は、亡くなりました」
少女「あっ・・・ごめんなさい・・・」 - 278: 2011/01/29(土) 16:14:38.77 ID:1cyQfomb0
- 老婆「そうだ! 私チョコレートが食べたいわ。あったかしら」
少女「あ、うん。待ってて」
少女、席を離れる。
老婆「ごめんね、あの子には説明してなかったんだよ」
俺「無理も無いです。それより、俺、見つかるとまずいんですけど・・・大丈夫なんでしょうか」
老婆「心配無いよ。娘は私がぼけちゃったと思ってるし、孫はあなたをヒーローみたいに扱ってる」
俺「はは・・・おかしな話だ。ヒーローはお婆ちゃんのほうであって、俺はただの・・・」
老婆「ただの?」
俺「無力な・・・まるでゴミなのに」
老婆「どうしてそう思うんだい?」
俺「自分の力では生きられないし、表の人間とは関わっていけないし、普通の場では仕事も出来ない」
老婆「はっは、私だってあの子達がいなきゃ何にも出来やしないし、働かないで年金貰ってるんだ」
俺「でもお婆さんは愛されてる。それに、色んな責務を全うしたから、こうして幸せになれたんでしょう」
老婆「それは、あなたにも言えること」
俺「どうしてですか?」
老婆「わかってるはず。あなたを愛してる人がとっても身近にいるってこと」
俺「・・・」 - 279: 2011/01/29(土) 16:15:43.75 ID:1cyQfomb0
- 老婆「あなたはあなたなりに、亡くなった妹さんを色んな所に連れて行ってあげてるじゃないか。仕事だって立派にこなしてる」
俺「でも・・・それはただ、そうするしか無かったというか・・・。そもそも」
老婆「ん?」
俺「俺は、妹を救えたはずなんだ。あの時俺がダラダラ問題を先延ばしにしてなければ、妹は死なずに済んだ・・・」
老婆「・・・」
俺「俺のせいなんです。・・・だから・・・当然なんです。これくらい」
少女が戻ってくる。
少女「あったよー。・・・チョコレート好きですか?」
俺「え? うん、まぁ」
少女「よかったら、どうぞ」
老婆「遠慮しないで」
俺「どうも」 - 280: 2011/01/29(土) 16:17:06.65 ID:1cyQfomb0
- ―――――――――――――
日暮れ前。
少女「へぇー、すごいなぁ」
俺「うーん、大学行くほうがよっぽどすごいと思うけどなぁ」
少女「いやー、はい。お婆ちゃんの話の中にしかいないと思ってた人とこうして会えたのがすごいんですよ」
俺「あぁ、そっか」
少女「ヤクザさんかー・・・本当にいるんだなぁ」
俺「関わらないほうがいいよ。よくはしてもらったけど、中身は血も涙も無い」
少女「うん・・・」
少女の母が現れる。
女「お夕飯、どうします?」
俺「あ、もうそんな時間か。結構です。そろそろ行きます」
女「そう」
少女「帰っちゃうんですか?」
俺「長居するもの悪いし」
少女「そんな、気にしないでください」
老婆「こらこら。お兄さんの都合もあるんだよ」
少女「うー・・・」
立ち上がって。
俺「ありがとうございました」
少女「そうだ、駅まで送ります」
俺「えぇ? まぁ、構わないけど」
少女「じゃあ、行って来るね」
老婆「はいよ。あったかくして行きなさい」
少女「はーい」
俺「お邪魔しました」 - 282: 2011/01/29(土) 16:18:30.24 ID:1cyQfomb0
- ガチャ。
俺「・・・ふぅ」
少女「・・・」
無言のまま。
俺(話し足りないのか?)
少女「・・・」
妹「兄」
俺「・・・」
少女「は、はい」
俺「いや、何も言ってないよ」
少女「あっ・・・そうですよね。ごめんなさい」
俺「ううん、怒ってない怒ってない」
少女「あはは」
俺「・・・」
少女「あの・・・」
俺「?」
少女「1つだけ、どうしても聞きたかったんですけど、いいですか?」
俺「まぁ」
少女「結構失礼なこと聞いちゃいますよ?」
俺「何だろう」
少女「ニュースで言ってること・・・本当なんですか?」
俺「ん・・・ニュースか。何年も見てないんだよ。どんなこと言ってる?」
少女「いえ、最近はやってないんですけど、だいぶ前の話なんですけど」
俺「いいよ。言ってみて」
少女「死体を運んでたとか・・・」
俺「!」 - 283: 2011/01/29(土) 16:19:57.62 ID:1cyQfomb0
- 少女「聞いてみただけです!」
俺「・・・」
少女「・・・ごめんなさい。別にニュースを信じてる訳じゃないんですよ。嘘ですよね。あはは」
俺「妹に会いたいって言ってたよね」
少女「!!」
俺「あぁ、違う違う。俺殺人鬼じゃないよ。あの世で会わせてやるなんて言わないよ」
少女「・・・」
俺「そのニュース、本当なんだ」
少女「・・・」
俺「妹は母親のせいで餓死しちゃって。テレビではそんなこと言ってなかったと思うけど」
少女「は、はあ・・・」
俺「俺はさ、妹の死体を担いで家出したんだ」
少女「そんな・・・」
俺「見てみる?」
少女「うっ・・・」
俺「このカバンの中に入ってる」
少女「・・・」
俺「・・・怖い?」
少女は黙って頷いた。
俺「・・・ごめんね。そんな訳で、警察に見つかったら死体遺棄罪に問われちゃうんだ」
少女「ほう・・・」
俺「お婆さんが言ってたよ。俺をヒーロー扱いしてるんだって?」
少女「そういう訳じゃ・・・」
俺「幻滅したと思う。ここまで来てくれたのに申し訳ないけど」
少女「いいえ。こっちこそ謝らないと」 - 285: 2011/01/29(土) 16:21:19.81 ID:1cyQfomb0
- 俺「別にいいよ」
少女「そうとは知らず、なんか、はしゃいじゃったり色々聞いちゃったりして・・・最低ですよね」
俺「ううん。楽しかったよ」
少女「あ・・・」
俺「ん?」
少女「それじゃあ、昔お婆ちゃんと会った時・・・その、妹さんは・・・」
俺「・・・死んでたよ」
少女「・・・どうして」
俺「お婆さんは全部理解してくれてた。俺から何も言わなくても。妹のことも生きてるのと同じように扱ってくれた」
少女「・・・」
俺「だから感謝してるんだよ。その時に振舞ってくれたモナカは今も大好きだし」
少女「そっか」
俺「もう、大丈夫だよ。道、わかるから」
少女「・・・」
俺「どうかした・・・?」
少女「・・・何も言わない」
俺「何だって?」
少女「迷惑になるから・・・」
俺「何だよ急に・・・」
少女「わかったんです。私とは住んでる世界が違う人だって。やっぱりお話の中の人なんだって」
俺「ええ・・・?」
少女「質問したりとかチョコあげたりとか、何ていうか全部興味本位だったけど、本当は少しでも力になれたらなぁって」
俺「ありがとう」
少女「でも私じゃ何の役にも立たないし、理解すること自体、きっと半分も出来ないんだろうなぁって」
俺「・・・」
少女「・・・思いました。以上」
俺「・・・」 - 287: 2011/01/29(土) 16:23:01.21 ID:1cyQfomb0
- 妹「うぜー」
少女「?」
俺「はは」
少女「・・・」
妹「この諦め方の感じ、私みたい」
俺「はは・・・。それじゃ、またいつかね」
少女が黙って服を掴んでくる。
俺「おい・・・」
少女「最後に・・・お願いが」
俺「・・・?」
少女「妹さん、見てみたい・・・」
俺「でもさっきは怖いって――」
少女「怖いんです」
俺「うん・・・? あー、怖いもの見たさってやつ?」
少女「違うくて・・・さっきから・・・」
俺「何?」
少女「声がする・・・!」
俺「え・・・」
少女「女の子の声がするの!」
俺「聞こえるのか!?」
少女「聞こえる! まるでそこにいるみたいにはっきり聞こえる! だから怖いの!!」
今にも悲鳴を上げて泣き出しそうな少女。
俺「シー、ちょっと! 落ち着いて!」
少女「お願い! 何なの!?」
俺「大丈夫、大丈夫だから! 怖くないから!」 - 288: 2011/01/29(土) 16:26:25.74 ID:1cyQfomb0
- 少女「怖い・・・!」
俺「怖くないよ」
少女「嫌・・・」
俺「大丈夫。・・・何も言わないで」
少女「・・・」
俺「こっちへ」
人目につかない死角へ。
俺「いい? 開けるよ・・・?」
恐る恐る頷く少女。
俺「かなり・・・酷いぞ」
ゆっくりとカバンを開ける。中には地味な財布と、工場から持ち出した鉄パイプと――。
少女「これが・・・」
一目ではただの墨の入ったペットボトル。それは腐り切って液体となった、妹の死体。
俺「・・・妹だ」
口を押さえ、うずくまる少女。次いで、嘔吐。
俺「あぁ、マジか・・・ごめん」
少女「・・・」
俺「これで完全にわかったろ。俺はヒーローなんかじゃない。ただの異常者なんだよ」
少女「・・・」
俺「もう・・・行ったほうがいいかな」
少女「待って・・・」
俺「待つよ」
少女「妹さん・・・」
俺「うん?」 - 289: 2011/01/29(土) 16:27:46.41 ID:1cyQfomb0
- 少女「話がしたい・・・」
俺「・・・そうか」
妹「・・・」
少女、立ち上がって。
少女「・・・聞こえる?」
妹「・・・」
少女「もう、大丈夫・・・吐いたりしてごめんなさい」
妹「いいよ」
少女「!」
妹「・・・通訳、要るんじゃない?」
俺「ああ」
少女「ねぇ、喋ってるよね」
俺「妹?」
少女「うん。聞こえるんですよね? 妹さん、喋ってるよね?」
妹「まぁ」
俺「ああ」
少女「すごい・・・信じられない」
妹「聞こえてるの?」
少女「聞こえる・・・嘘みたい、まるで生きてる人と話してるみたいに、ちゃんと聞こえる」
妹「本当に?」
少女「本当! 何これ!」
少女の顔が次第に明るくなる。
妹「家族にしか聞こえないんじゃなかったんだ・・・」
少女「わあ・・・。あぁ・・・、ああ、そうだったんだ・・・そうだったんだ!」
俺「?」
少女「なるほど・・・ああ、納得」 - 297: 2011/01/29(土) 17:45:24.07 ID:1cyQfomb0
- 俺「どうした?」
少女「妹さんと、こうして話しながら、ずっと持ち歩いてたんですね」
俺「・・・そうだ」
少女「わぁ、すごい・・・すごい!」
俺「・・・」
少女「へぇー・・・。びっくりした・・・」
俺「俺も驚いた」
少女「でも、それなら。異常者だなんてとんでもない」
俺「死体をカバンに入れて出歩くのは異常なことだろ」
少女「関係無いです。だって、生きてるのと変わらないじゃないですか。兄妹が一緒に街を歩くのは、おかしくもなんともないでしょう」
俺「・・・ま、一理ある。ってとこかね」
少女「すごーい・・・うわ、うわうわ、まだ信じられない。え、ちょっともう1回喋って」
妹「はい喋った」
少女「すごーい!!」
俺「変・・・ってこういう感覚だったのか。Kの気持ちがわかっちゃったな」
妹「だね」 - 304: 2011/01/29(土) 19:27:03.53 ID:1cyQfomb0
- ―――――――――――――
それから3年。レストランビルの28階。
ミズ「もう、びっくりしたよ。ちゃんとした服装で来い、なんてさ」
俺「店長が顔覚えてくれてるからな。あんまりラフだとこっちが恥ずかしい」
ミズ「あはは。でもここ来た瞬間、ドラマとかでよくある高級レストランかと思って」
俺「見えなくもないな」
ミズ「『え! なんかここ赤いドレスとか着てキラッキラのイヤリングして来なくちゃ駄目だった!?』とか思っちゃった」
俺「まぁそこまではな。逆に場違いだ」
ミズ「あはは。・・・はーあ。正直ちょっと期待してたんだけどな」
俺「悪いな。うちの会社あくまでブラックだし、金持ちみたいにはいかない」
ミズ「そうじゃなくて・・・」
俺「・・・?」
ミズ「そういうんじゃなくて・・・」
俺「・・・あれか」
ミズ「あれって?」
俺「いや、俺の口からは」
ミズ「言ってよ」
俺「はは、でも違ったら馬鹿みたいだし」
ミズ「笑わないから」
俺「・・・」
ミズ「・・・」
俺「プロポーズ」
ミズ「・・・」
俺「・・・」 - 305: 2011/01/29(土) 19:28:56.04 ID:1cyQfomb0
- ミズ「・・・ふ!」
俺「やっぱ笑った!」
ミズ「あはは! ・・・そうだよー」
俺「え・・・」
ミズ「・・・なーんてね。本当はどうやって答えようか悩んでた」
俺「ああ・・・」
ミズ「だって私にはまだ早いし。一応就職決まったとは言え、まだ学生だし」
俺「・・・」
ミズ「お婆ちゃん死んじゃってから、母親と2人っきりじゃん? 置いていくのもちょっとね」
俺「実は――俺も考えてたんだ」
ミズ「?」
俺「俺の素性なんて薄っぺらで継ぎはぎだらけで、公の場に事実が知れたら何もかも終わる」
ミズ「そんなの――」
俺「小さな問題か?」
ミズ「・・・」
俺「お前の家のことも、今の俺じゃ面倒見きれないし。どうにかしなきゃなって」
ミズ「ふーん」
俺「無一文で表社会と縁切ったあの時から、自分の無力さを痛感してる。このままじゃ存在しない人間として、一生地下世界の住人だ」
ミズ「そっか」
俺「ただ、1つだけ解決出来る方法がある」
ミズ「?」
俺「妹を・・・捨てる」
ミズ「・・・」
俺「確かに俺の経歴はいつの間にか泥と血にまみれて、不本意ながら立派な犯罪者だけど・・・手元の死体さえ無くなれば」 - 308: 2011/01/29(土) 19:30:37.78 ID:1cyQfomb0
- ミズ「いいの? それで」
俺「お前はどう思う? それが聞きたいんだ」
ミズ「はぁー」
俺「ため息つくなよ」
ミズ「自分の問題は自分で解決する、がモットーじゃなかったの?」
俺「これは2人の問題だ」
ミズ「3人の問題だよ」
俺「妹のことなら、何とか話をつける」
ミズ「・・・」
俺「・・・それで、ちゃんと墓に入れて、本名も明かして、経歴を綺麗にする。時間はかかるけど」
ミズ「・・・出来るの?」
俺「やるよ。今までだって極限の状況を何とか乗り越えて来たんだ」
ミズ「そう・・・」
俺「ああ」
ミズ「・・・嬉しいけど。・・・素直に喜べない」
俺「やっぱり気になるのか」
ミズ「当たり前でしょう? 自分が死んだ家から連れ出して、9年半も一緒にいてくれた兄にいきなり捨てられるなんて・・・普通だったら耐えられない」
俺「・・・そうだな」
ミズ「・・・お墓に入ったら、妹さんどうなるんだろう」
俺「それも考えた。墓の下ってのはどんな所なのか」
ミズ「結論は?」
俺「出ない」
ミズ「だろうね」
俺「ミズのお婆ちゃん以来、2人の死を体験してる。誰も妹みたいには喋ってくれない」
ミズ「・・・」
俺「死ぬってどういう感じなんだろうな。熟睡して夢も見てない時みたいな、何も無い感じなんだろうか」
ミズ「私もそんな風に考えてた。妹さんと話すまでは」 - 309: 2011/01/29(土) 19:31:47.24 ID:1cyQfomb0
- 俺「あいつは時々無口になる。その時何を感じてるのか・・・何を見てるのか」
ミズ「・・・」
俺「最初はヤクザに潰された時だった。しばらく何も答えてくれなくて・・・もう二度と口が利けないんじゃないかって怖くなった」
ミズ「うん・・・」
俺「俺が妹を抱き抱えて泣いてると、急に俺を呼んで。『死んでるから痛くも痒くもない』って言った」
ミズ「・・・出来たらでいいからさ」
俺「何だ?」
ミズ「その話・・・もうしないでくれるかな」
俺「あぁ、ごめん。思い出すとつい」
ミズ「わかってるよ。でも、・・・辛いんだ」
俺「二度としない。約束する」
ミズ「・・・トイレ行って来るね」
俺「・・・うん」
うつむいたまま席を立つミズ。
俺「・・・」
ミズの使ったフォークの先を見つめながら、深いため息をついた。 - 316: 2011/01/29(土) 20:22:21.89 ID:1cyQfomb0
- ――――――――――――――――――
デートを終えて。時刻は深夜1時。社員寮。入り口に汚い字の貼り紙。
俺「年末に大掃除しました。不在だった方、掃除代を給料から引きます。部屋の不要物、溜まったゴミは工場の人で・・・」
背筋が凍るほどの予感。
俺「捨てました・・・!?」
土足のまま部屋へ駆け込む。
俺「妹!」
DVD専用のテレビと布団を残して空っぽになった部屋。
俺「おいおいおいふざけんじゃねーぞ・・・!」
工場人員の部屋に乗り込む。
俺「俺の部屋をやった奴は誰だ!」
後輩「お、お、俺じゃないっす! なんか社長が急に来て――」
俺「誰がやった!!」
胸倉を両手で掴み、強引に引き立たせる。
後輩「ひ! ボ、ボスです! た、確か!」
俺「間違い無いか!?」
後輩「あ、は、は、はい! すぐ終わったけど何か異様なもんがあったって!」
妹――!
俺「クソが!」
後輩の頭を柱に叩きつけ、そのまま工場の事務室へ。
会社の電話に登録された工場長の番号にかける。
俺「・・・くそ、くそ、出ろ。出ろよ!」
緊急用と書かれた携帯の番号にかけ直す。
俺「出ろよな、頼むぞ・・・!」 - 320: 2011/01/29(土) 20:24:25.16 ID:1cyQfomb0
- 工場長「はい、お疲れ様です」
俺「俺の部屋掃除したか!」
工場長「ッチ、あぁ? 誰だよテメェは」
俺「・・・メルだよ。俺の部屋片付けたのお前か!?」
工場長「はっ? 何キレてんのお前。しかも何時だと思ってんの?」
俺「聞いてんだろブッコロスぞ!」
工場長「意味わかんねーな。あ、そういやさ、お前ペットボトルに何入れてたの? マジキモかったんだけど」
俺「・・・!」
工場長「あれ手で持つのためらったぞ」
俺「妹だよ!」
工場長「は?」
俺「どこに捨てた!」
工場長「何言ってんだかわかんねーよお前!」
俺「そのペットボトルをどうしたって聞いてんだよ!!」
工場長「捨てたっつの!」
俺「どこだ!」
工場長「あれが何なんだよ! んなに大事なもんかよ!」
俺「どこに捨てたんだ!!」
工場長「あーもう面倒臭ぇなお前! 工場の裏に投げたよ」
俺「蓋開けてねぇだろうな・・・!」
工場長「開けねーよ。っつーかあれマジで何だったの?」
ガチャ。
事務所の懐中電灯を持ち出し、裏の茂みへ。
雑草が膝上まで伸びている。
俺「妹! いるか!」 - 322: 2011/01/29(土) 20:25:07.72 ID:1cyQfomb0
- 返事は無い。
俺「妹! 妹!!」
横から懐中電灯の光がもう一筋。
俺「!?」
後輩「何してんすか、メルさん・・・」
さきほどの後輩。額から血を流し、右手には鉄パイプ。
俺「探してんだよ!」
後輩「なんか俺に恨みあったんすか・・・?」
俺「お前も探せ!」
後輩「ぶっ飛ばしますよ・・・?」
構わず死体を探し続ける。
ガン。
俺「!」
鉄パイプで後頭部を殴られ、茂みの中に倒れる。
後輩「先輩でもやっていいことと悪いことありますよ」
頭を上げ、這いつくばる。尚も妹を探す。
俺「どこだ・・・出てきてくれ」
後輩「・・・」
血が滴り、目に入る。袖で涙のように拭った。 - 324: 2011/01/29(土) 20:27:34.21 ID:1cyQfomb0
- 俺「お願いだ、応えてくれ・・・」
後輩「メルさん」
俺「妹・・・」
後輩「メルさーん」
俺「・・・」
後輩「先輩何探してんすか?」
俺「うるせー!」
後輩「手伝いますってば!」
俺「!?」
後輩「無くしたらやばいもんなんでしょう?」
俺「・・・そうだ」
後輩「一緒に探します」
俺「・・・ありがとう」
後輩「どんなものを?」
俺「・・・黒い液体が入ったペットボトル。2リットルの」
後輩「そりゃまた一体・・・」
俺「・・・」 - 338: 2011/01/29(土) 21:09:22.50 ID:1cyQfomb0
- ――――――――――――――――
翌朝。工場の外壁にもたれて座り込む2人。お互い顔面の血が黒く固まっている。
煙草をくわえ、遠くを見つめながら。
俺「・・・」
後輩「朝っすね」
俺「・・・そうだな」
後輩「あのー、今更なんすけど。昨日はマジすいませんでした・・・」
俺「大丈夫」
後輩「いや、絶対俺のほうが軽傷だし・・・本当」
俺「いいって。見つけてくれたから」
角のへこんだペットボトルを抱えて。
後輩「いや、殴って即行やばいって思ったんすよ・・・やりすぎちまったって」
俺「・・・」
後輩「だからまぁ・・・これ、手伝うっきゃねーなぁなんて」
俺「・・・英断」
後輩「あは。・・・正直、メルさんって俺ん中で本当謎だったんすよね。何か裏があるっていうか」
俺「・・・」
後輩「わかるもんなんすね。やっぱ」
俺「異常者だからな」
後輩「なこと言ってないじゃないっすか。っつーか、本当に異常な奴だったら俺もうこの世にいないし・・・」
俺「どうだかな。普通ってのは1個だけだけど、その枠の無い『異常』ってのは様々だから」
後輩「・・・よくわかんねーっすわ」
俺「お前口軽そうだな」
後輩「え? いや、大丈夫っすよ・・・やだな! 誰にも言いませんって!」 - 339: 2011/01/29(土) 21:10:42.03 ID:1cyQfomb0
- 俺「・・・」
後輩「だってそれ、本物の死体っすよね・・・それにあんな真剣なとこ見ちゃったし・・・」
俺「信じよう」
後輩「あざす・・・」
風が吹いた。
後輩「うぅ・・・っつか、寒いっすね。コーヒーでも買って来ます」
後輩、立ち上がる。
俺「いや。もう帰ろう。眠いだろ」
後輩「マジすか・・・。先輩、この話、なんかすげー、為になりました」
俺「はは、単なる事実だ。良くも悪くも、これが俺ってだけだ。暗い過去だとか、壮絶な人生だとか、そういう話だと思わなくていい」
後輩「いやー、メルさんって大人なんすね・・・あ、そういや。なんで『メル』って呼ばれてるんすか?」
俺「メル・ギブソンが好きだから」
後輩「あは、それマジすか?」
頷く。
後輩「へぇー! 今度、メルさんの好きな映画とか一緒に観に行きたいっす」
俺「はは、いいよ。じゃあ今度な」
後輩「はい! お疲れーっす!」
後輩、去って行く。
俺「・・・」
妹「・・・」 - 340: 2011/01/29(土) 21:11:25.36 ID:1cyQfomb0
-
ミズとの約束が思い出された。
『妹を捨てる』――。
妹「兄」
俺「・・・何だ」
妹「探しに来てくれてありがとう」
俺「・・・」
不意に涙。嗚咽も押し寄せる。
妹「・・・」
妹の死体を強く抱き抱えながら、しばらくすすり泣いた。 - 367: 2011/01/30(日) 00:02:22.59 ID:y8k+Djtp0
- ――――――――――――――
夏の夜。郊外のバーで。
マスター「ほう。それで現在に至ると」
俺「まぁ、聞いてもつまらない所は省いたけどな」
マスター「はは、一応工夫はしてるんだね。最近お前さんがうちに来るのが楽しみで。はい、XYZ」
俺「『カクテルの最終形態』ね・・・」
マスター「うん。そっから派生して出来たカクテルも実際にはあるんだがね」
俺「マスター。人間の最終形態ってのはどんなもんだと思う?」
マスター「最終形態かぁ。どんな動物も、1つの生物から進化してこういう形になったって言うけどねぇ、これからの人間は退化していく一方だろうし」
俺「それはどうして?」
マスター「機械が便利になりすぎたんだよ。人間、やることやらなきゃ衰える。それを何代にも渡って繰り返すんだから、退化するに決まってるさ」
俺「『やらなきゃ衰える』か・・・。ん、じゃあ、特定の人間が、言葉を話さなくなったら?」
マスター「山の上やなんかで一人暮らししてる年寄りが、誰も訪ねて来ないもんだから言葉を忘れていくってのは聞いたことがあるね」
俺「本当にそんなことがあるんだな」
マスター「ははは、人の間で生きるから『人間』なんだ。人間、そうなっちまったら死んだも同然さ」
俺「なら、喋れるうちは生きてるも同然か?」
マスター「そういうこと。例え相手がお前さん1人でもね」
俺「・・・」
マスター「お前さんは本当に面白い。おとぎ話も信じてみたくなるよ」
俺「そんな風に言った奴はマスターが初めてだ。今までみんなすんなり信じてくれた」
マスター「嘘なのかい?」
俺「マスターはどう思ってる?」
マスター「半信半疑さ、正直。嘘でも構わんがね。面白けりゃあ」
俺「他人との話のネタになんか使うなよ」
マスター「へいへい、耳にタコだよ。うちは客との信頼関係が第一だ」
俺「はは、これも営業の手段か。この10年で信用していい奴とそうでない奴の区別はつくようになったつもりだったんだけど」
マスター「だからお前さんはうちを選んだ」 - 368: 2011/01/30(日) 00:03:51.83 ID:y8k+Djtp0
- 俺「認めよう」
カランカラン。
マスター「いらっしゃい」
顔に大きな傷跡のある若い男。
俺「あ・・・」
K「お前は・・・」
俺「Kか!」
K「クサオ!?」
マスター「お前さん達、知り合いか」
俺「知り合いも何も、運びやってた頃の仲間だ」
K「お、おい余計なこと言うなよ・・・」
俺「あ、すまん」
マスター「はっはっは、こんな巡り合わせもあるもんだな」
K「驚いたな・・・こんな所で会えるなんて」
俺「うん・・・思い出すな、あの頃のこと。色々」
K「かなりな・・・。今、何してるんだ? あ、マスター。いつもの」
マスター「はいはい」
俺「はぐれる直前に就職が決まったんだ。もっとも、ブラックだけど。Kに報告しようと帰ってみたら、野沢が・・・」
K「ああ・・・」
俺「Kは? 死ぬほど心配してたんだぞ」
K「俺は・・・運良くお前んとこに転がり込んだせいで、クライアントの情報リークした疑いがかけられちまって・・・」
K、おもむろに左手を差し出す。小指と薬指が揃えるように切断されている。
俺「うわっ・・・!」
K「無茶苦茶痛かったわ・・・思い出したくもねぇ。これが一番だが他にも散々拷問されて、最後は警察に突き出された」
俺「捕まったのか?」 - 370: 2011/01/30(日) 00:05:33.17 ID:y8k+Djtp0
- K「ああ。懲役2年半。ま、終わっちまえばあっという間だった」
俺「・・・」
K「目逸らしてどうした?」
俺「いや・・・お前がそんな目に遭ってたと思うとな。それに引き換え俺は幸せなもんだ」
K「野沢に何かされなかったか?」
俺「・・・」
K「・・・手ひどくやられたって顔だな。お前がグルじゃないってことは最後まで貫いたんだが・・・」
俺「いいや。辛かったのは『俺にとって』ってだけだ。Kならこれで済めば万々歳だったろうよ」
K「あ・・・まさかお前」
俺「わかったか?」
K「だってお前、臭くねーもん・・・妹、取り上げられたんだな・・・」
俺「いや。目の前で踏みつけられただけだ。何箇所か砕けたけど、妹は平気だって言ってる。今はこの中だ」
カバンの中のペットボトルをちらつかせる。
K「・・・そうか。・・・ははは」
俺「笑っちまうよな。はは」
K「ははは! あー。はは、なんだかな。笑えるって訳じゃないんだが、笑いたくなるな・・・」
俺「・・・すまなかった」
K「ははは。・・・こんなことになるなら、おとなしく捕まったほうが利口だったぜ」
俺「・・・」
K「まぁでも、これでまた1つ学んだ。もう何回も死んだほうがマシって思ったけどよ、長い目で見りゃ、まだ生きてるし」
俺「・・・」
K「生きてりゃ何度だってやり直せるってわかった。『捕まらない限り』って部分は俺の人生のバイブルから消す」
俺「そういえばまだ聞いてなかったな」
K「あ?」
俺「今何の仕事してるのか」
K「ああ、言ってなかったな。聞きたいか?」
俺「聞きたいね」 - 371: 2011/01/30(日) 00:06:26.32 ID:y8k+Djtp0
- K「デリヘルの運転手」
俺「・・・」
K「・・・」
俺「またそっちかよ!」
K「またそっち系だよ!」
俺「ははは!」
K「あはは!」
妹「兄・・・」
俺「ん、どうした?」
K「!」
妹「ううん・・・何でもない」
俺「・・・?」
K「・・・」
俺「あ。・・・ああ、今の聞いたか? はは、笑えるな」
K「・・・ふぅ。どこが?」
俺「え、・・・あ、なんだ、聞こえなかったのか」
K「『何でもない』」
俺「!?」
K「・・・そのどこが笑えるんだかな。俺にはさっぱりだ」
俺「本当に聞こえてたのか!」
K「恐ろしいことにな」
妹「!」 - 372: 2011/01/30(日) 00:07:35.67 ID:y8k+Djtp0
- 俺「K・・・それならどうして聞こえないふりなんかしてたんだ」
K「・・・本音が聞きたかったんだよ。妹さんを通して」
妹「私?」
K「クサオ自身がそうだったにしても、追われてる身の奴が増えたら普通迷惑だろ。お前達が少しでも無理してるんなら、俺は黙って出て行くつもりだった」
俺「K・・・」
K「ちょっと気まずいムードにはなったけどよ、それでも歓迎してくれてるみたいで安心したよ。おかげで居心地よかった」
俺「・・・」
K「だから信頼出来たし、頑張れた」
俺「まったく・・・大した役者だな、お前って奴は」
K「悪い悪い。後悔してるよ、騙しちまって」
妹「私を利用したな?」
K「謝るって」
妹「ふふん」
K「・・・最初はよ、クサオのこと危ない奴だと思ってたんだ」
俺「らしいな」
K「ジャンキーだからってのじゃなくてよ、冷蔵庫から死体出した時。マジ、来るんじゃなかったって思ったよ」
俺「あぁ。まぁそうだろうな」
K「だけどお前達は本当にいい兄妹だ。また会いたいって思える奴はそういない」
俺「・・・」
K「何も無いうちに連絡先交換しようぜ」
俺「携帯は持たない主義」
K「・・・へぇ。まぁクサオだしな」
俺「どういう意味だ?」
K「馬鹿だもん」
俺「この野郎」
K「はは」
俺「はは」 - 409: 2011/01/30(日) 03:51:43.36 ID:y8k+Djtp0
- ―――――――――――――――――――
9月。リーマンショックの直後。
社長「それに今の量だったら新人だけでこなせちゃうんだよ」
俺「・・・」
社長「まぁそういうことだから」
俺「・・・だからって何もいきなりクビにしなくても」
社長「うん、うん。わからないねぇあんたも」
俺「・・・」
社長「どうせ給料減らされて辛うじて居座った所で、そのうち物足りなくなって俺んとこに文句言いに来るんだよ。俺だって馬鹿じゃないんだから見え見え」
俺「文句なんか言ったこと無いじゃないですか」
社長「辞めるのはあんただけじゃないんだよ。ここまで給料上がっただけでもよかったじゃない」
俺「・・・」
社長「仕事あるうちに蓄えておくのが賢い人間のやり方だと思わない? そう思わない?」
俺「・・・」
社長「こうやって景気悪くなるぞーって話になった時に仕事くれーったってもう遅いんだよ。違う? 言ってることおかしい?」
俺「・・・」
社長「ねぇ。俺の言ってること間違ってる? はは、俺の言ってることが正しいだろ。忙しい時は休みたいだなんだって――」
俺「もういいです」
自室にて。
俺「妹」
妹「兄?」
俺「出かけよう」
妹「今日はどこ行くの?」
俺「・・・旅だ」 - 410: 2011/01/30(日) 03:52:53.08 ID:y8k+Djtp0
- 妹「遠出?」
俺「わからない」
妹「・・・?」
俺「・・・仕事、探そう」
妹「辞めるの?」
俺「クビになった」
妹「嘘・・・」
俺「行こう」
妹をカバンに入れ、財布以外何も持たずに旅立つ。
妹「兄・・・」
俺「・・・」
妹「10年前と一緒だね」
俺「え?」
妹「セミが鳴いてる」
俺「・・・本当だ」
妹「お母さんの家から出たのもこの時期だったんだよね」
俺「そうだな」
妹「また新しい生活が始まるね」
俺「・・・うん」
妹「・・・」
俺「どうした?」
妹「兄、変わったね」
俺「・・・はは、いつと比べてるんだ?」
妹「家出した時」
俺「・・・」
妹「大人になるって悲しいことなのかな。なんか兄が段々離れていってる気がする」 - 411: 2011/01/30(日) 03:54:20.02 ID:y8k+Djtp0
- 俺「そんなことないよ」
妹「兄」
俺「何だ?」
妹「一緒に遊びたい」
俺「・・・」
妹「無口になったよね」
俺「俺が?」
妹「うん。昔は色々言ってくれた」
俺「・・・かもな」
妹「私から提案」
俺「言ってみろ」
妹「2人で昔を思い出してみる遊び」
俺「はは」
妹「初めはお金も水も何も持たないで、代わりに私の死体を堂々と担いでた」
俺「あぁ、そういえばそうだ。今思えば無謀だったな」
妹「よく無事でいられたよね。次は兄の番」
俺「交代交代で言うのか。そうだな・・・酔っ払いを助けた」
妹「あったあった。水をくれーって言うんだけど兄はコップが無いーって」
俺「そんなこと言ったか?」
妹「言った言った。私覚えてるもん」
俺「はは、そうか。妹の番だ」
妹「うーん。初めてテレビを買った時」
俺「あ、あのボロいやつか」
妹「うんうん。冒険始まって以来一番ワクワクしたんだよ」
俺「そういえば嬉しそうだったな」
妹「中古で3200円で。ちゃんと映るかなーって言いながら繋いでさ」
俺「暮らしが贅沢になってきた、なんて言ってたよな」
妹「うん、言った。あぁ、懐かしいなー」
俺「そうだな。懐かしい」 - 412: 2011/01/30(日) 03:55:51.72 ID:y8k+Djtp0
- 妹「もう10年だもんね。思えば兄は若かった・・・」
俺「・・・あの頃が一番楽しかったかもな」
妹「ね」
俺「妹も、変わったよ」
妹「そう?」
俺「うん。少し大人になった」
妹「それっていいことなのかな」
俺「さぁね。良くも悪くもそれがお前だ」
妹「死んでても成長するのかなぁ」
俺「生物としてはそれまでだけど、人間としては成長するんだろう。誰かと関わってる限り」
妹「生きてるって何だろう・・・」
俺「生も死も体験してるお前にわからなきゃ、きっと誰にもわからない」
妹「・・・そっか」
俺「・・・」
妹「どこに向かってるの?」
俺「・・・わからない。10年前の今頃と一緒だ」
妹「ミズとかKの家に行ってみたら?」
俺「ミズ・・・」
妹「ん?」
俺「なぁ、妹」
妹「はい、妹です」
俺「これは、全く見えないずっと先の話だと思うんだけど」
妹「うん」
俺「・・・結婚したいと考えてる」
妹「・・・」 - 414: 2011/01/30(日) 03:59:35.28 ID:y8k+Djtp0
- 俺「問題は山積みだけど・・・それが今の目標なんだ」
妹「・・・兄もそんな歳かー」
俺「それでな・・・妹」
妹「うん」
俺「すっかり慣れちまって実感無いとは思うけどな、・・・俺達は行方不明の兄妹で、お前は死体で・・・」
妹「・・・」
俺「結婚するに当たって、全部なんとかしなくちゃいけない」
妹「結婚かー・・・」
俺「・・・」
妹「兄・・・」
泣き出す妹。
俺「・・・」
妹「私、邪魔だよね?」
俺「・・・」
妹「本当はどっかに置いて行きたいんだよね?」
俺「・・・違う」
妹「でもそうじゃん。私が全部足引っ張ってる。何もかも。初めから」
俺「逆だ。お前が俺を支えてきた」
妹「私もそう思って、無意識に安心してたんだ。実家で餓死した時も、プレハブ小屋で冷蔵庫に隠された時も、冬に茂みの中に捨てられた時も――」
俺「やめてくれ・・・」
妹「兄は必ず戻ってきたから。何回ももう駄目だと思ったけど、最後には私を連れて行ってくれたから・・・」
犠牲にするには、大切すぎた。
妹「だから、これからも一緒に歩いてくれるってどっかで思い込んでたんだよ・・・」
俺「・・・!」
妹「お願い。放さないで・・・」
プツン。――心の中で、何かが切れた。 - 463: 2011/01/30(日) 15:43:27.88 ID:y8k+Djtp0
- ―――――――――――――――――
妹。仕事。K。ミズ。過去。
これから――。
妹「兄・・・兄?」
俺「・・・」
経験した全てに苛まれる。光を見出せない。
膝が抜ける。脳が揺れる。目がかすむ。胃が縮む。体が震える。
妹「大丈夫・・・?」
俺「もう・・・何も・・・」
声が出ない。
妹「兄? 何て言ったの?」
俺「何も考えたくない・・・」
妹「兄・・・?」
俺「何も言わないで・・・」
妹「どうしたの? 聞こえないよ?」
耳も次第に聞こえなくなる。
妹「兄・・・?」
目が――見えない。
次いで嘔吐。息が出来ない。
妹「・・・!」
俺「・・・た・・・」
カバンが重い。
耐え切れず、崩れ落ちる。
妹「!?」
息が――。 - 464: 2011/01/30(日) 15:44:34.79 ID:y8k+Djtp0
- 俺「うぅ・・・!」
妹「兄ー!」
片膝をついて民家の柵を精一杯掴み、肺に3度、空気を溜めた。
俺「助けてくれ!!」
絶叫。
手足が痙攣し、仰のけに転がる。体が動かない。
俺「あああああああああ!!」
喉の奥から血の匂いがした。
首が冷たい。
吐瀉物でむせ返る。
俺「誰か・・・」
知らない人の声が聞こえた。言葉はわからなかった。 - 478: 2011/01/30(日) 16:57:56.36 ID:y8k+Djtp0
- ――――――――――――――――――
男「聞こえますか?」
俺「・・・」
男「名前は言えますか?」
俺「・・・」
オレンジ色の服、白いヘルメット。それは救急隊員だった。
男「聞こえますか?」
俺「・・・」
狭い。サイレンが聞こえる。ここは救急車の中。
男「見えますか?」
目にライトの光を差された。
俺「う・・・」
男「聞こえますか? 聞こえたら『あー』でも『うー』でもいいので返事してください」
――妹はどこだ?
全身の血を抜かれたような感覚。重い体を引き起こして周りを見る。
男「動かないで! 動かないでください」
足元のスペースにカバンを見つけ、引ったくり、目一杯抱え込む。
俺「・・・」
男「大丈夫ですよ。荷物持ったままでいいのでゆっくり横になってください」
別の男が電話で話している。
男2「20代男性。外傷は未確認。意識混濁。嘔吐あり。呼吸は正常。やや錯乱してます」
男「お名前言えますか?」
俺「・・・」
男2「呼びかけに無反応」
カバンに集中しても、妹の声は聞こえない――。 - 479: 2011/01/30(日) 16:59:29.51 ID:y8k+Djtp0
- ――――――――――――――――
救急病院。診察室のベッドの上。カバンを抱いたまま。
医師「それで・・・少しは落ち着いたかな?」
俺「・・・」
医師「倒れた時のこと覚えてる?」
俺「・・・」
医師「うーん。絶対ただ答えたくないだけなんだよなぁ」
看護士「ええ」
医師「いいかな、君より重症の人も来てるから、出来ればちゃんとしてほしいんだけど」
俺「・・・」
医師「じゃあしょうがない。後回し。後で脳とか詳しく検査するから。退屈だけど待っててね」
俺「・・・」
妹「・・・」
俺「妹・・・」
妹「・・・」
1時間後、採血やCTスキャンなどによる検査が強引に行われた。
更に、身元が不明であること、カバンに固執し、取り上げようとすると暴れたことなどにより、その2時間後に警察がやって来た。
警官「これ・・・何?」
ペットボトルが警察の手に渡った。
俺「・・・妹だ」
道端で気を失ってから初めて発した言葉だった。
倒れた原因は過度の心的ストレスと言われた。 - 481: 2011/01/30(日) 17:02:07.82 ID:y8k+Djtp0
- ――それから3日の入院を経、警察に身柄を引き渡された。
法律から妹を守るには、一個人の想いなどあまりにも無力だった。
詳細な取調べを受け、全てを打ち明けた。生い立ちも本名も。
状況証拠から殺人の嫌疑がかけられたが、これを否定はしなかった。
ただ1つ、「妹と話していた」という供述だけが長い期間宙に浮き、精神鑑定が繰り返された。
何度試みても「正常」という「異常」な結果が出た為、裁判は長引く。
最終的に、殺人を含む複数の罪が適用されたが、それにも関わらず当時の年齢や心神耗弱を根拠に大幅に減刑される。
判決は懲役4年6ヵ月だった。
10年間に及ぶ隠遁生活はこうして呆気なく幕を閉じた。
共に旅した妹とも、ついに離れ離れになった――。 - 488: 2011/01/30(日) 17:51:20.29 ID:y8k+Djtp0
- ――――――――――――――――――
あれから約5年。快晴の昼。
俺「・・・」
ミズ「・・・」
俺「1人か?」
ミズ「うん・・・」
俺「驚いた。二度と会わないと思ってたのに」
ミズ「今日、出所だって聞いたから」
俺「ふーん」
ミズ「ちゃんと、会って謝りたくて」
俺「・・・別に妬んだりしないよ。むしろほっとしたんだ。ミズが俺を選ばなかったこと」
ミズ「ごめん」
俺「嫌味で言ってるんじゃない。俺1人頑張ったとしても、遅かれ早かれこうなってただろ」
ミズ「・・・変わったね」
俺「誰だって変わりたくもなるわ。逮捕される前のことが全部前世の記憶みたいに思える」
ミズ「・・・聞いていいかな」
俺「・・・」
無視して歩き出す。
ミズ「妹さんのことも忘れた?」
ミズ、顔色を変えずついて来る。
俺「・・・」
ミズ「そっか・・・それなら、いいんだ。吹っ切れたのなら」
俺「・・・そうも行かない」
ミズ「・・・」
俺「こうなる前に、あいつにどうしても聞きたいことがあったんだ。聞いた所で、返答によっては俺の自己満足に終わるけど」
ミズ「何?」 - 489: 2011/01/30(日) 17:53:48.32 ID:y8k+Djtp0
- 俺「お前は覚えてるかな・・・いや、俺のことなんかどうでもいいか」
ミズ「そんなこと言わないで」
俺「はぁー。・・・妹が時々無口になるって話」
ミズ「覚えてるよ? 何回も聞かされて辛かったから」
俺「・・・。ああしてる間、何を考えてるのか。何を見てるのか。それがどうしても気になった」
ミズ「そう。気になったんだ」
俺「単なる興味本位だと思うか? 自分ならそうだから」
ミズ「! ・・・もういいよ、言いたいこと言って、好きなだけ。それくらいのことしちゃったし」
俺「・・・悪い」
ミズ「大丈夫」
俺「そうじゃないんだ、そんなことじゃ。想像してみろ、意識がはっきりしたまま墓に生き埋めにされて、永遠に誰にも関知されない状況を」
ミズ「あ・・・」
俺「・・・俺のせいなんだぞ。きっかけはあんな些細なことだったのに・・・俺が他人に助けなんか求めたから」
ミズ「で、でもしょうがないよ」
俺「しょうがないで済むもんか! 嫌だ・・・こうしてる今も、あいつは1人、孤独と戦ってるんだぞ。5年も前から!」
ミズ「・・・」
俺「死って何だ? 妹は何物だ?」
歩調を速める。
ミズ「ちょ、ちょっと・・・何する気?」
俺「決まってるだろ。確かめに行く。あいつは俺が不在の間、どう過ごしてたのか。それから今、どうなってるのか!」
ミズ「きっと夢だったんだよ! ねぇ!」
俺「ふざけんな! お前も聞いただろうが、妹の声!」
ミズ「これ以上壊れないで! 何かがおかしいの! きっと現実じゃなかっ――」
俺「ミズ!」
振り向き、顔を目一杯近づける。
ミズ「!?」
俺「俺は殺人の罪で裁かれた。そしてそれは無実じゃない」 - 490: 2011/01/30(日) 17:54:29.49 ID:y8k+Djtp0
- ミズ「・・・殺したの・・・?」
俺「違う。こいつは先払いだ」
ミズ「え・・・?」
俺「来るな。人が死ぬのを見たいか」
ミズ「どうしちゃったの!?」
俺「今日で全部決着をつけるんだ。俺はその為にここまで来た」
ミズ「決着って何!」
俺「墓の所在を聞き出す。それから俺は未だに『赦してない』。妹を殺した奴を」
ミズ「嘘でしょ・・・」
立ち止まるミズ。
俺「お別れだ」
ミズ「狂ってる・・・」 - 528: 2011/01/30(日) 18:46:47.06 ID:y8k+Djtp0
- ――――――――――――――
道中、鉄工場に立ち寄り、かつての仲間達に挨拶を済ます。
その後、鉄パイプを1本持ち去る。
ここは発端の家、外からは様子がわからない。
ガシャン。
窓を叩き割り、生まれ育った家に乗り込む。
母「!?」
何かの本を読んでいた母。逮捕時に会ってはいるが、かなり歳を取って見えた。
俺「お前を覚えてるぞ。人殺し」
母「帰って来たの?」
俺「尋問だ。供述の内容によっては即刻処刑する」
母「びっくりした・・・ご飯、食べてく?」
ガン。
窓枠が「く」の字に折れ曲がる。
俺「はぐらかす度にその9本の指を切り落とし、お前に食わせる」
母「どうしてなのよ」
俺「質問1。なぜ妹を殺した」
母「・・・あれから私反省したのよ? 死がこんなに重いものだとは思わなかったの」
母の手首を掴んで床に押し付け、鉄パイプを振り上げる。
母「や! ・・・やめて・・・!」
俺「質問2。裁判で故意に俺を見殺しにしたのはなぜか」
母「ごめんなさい。でも私が自首しても信じてもらえないと思ったし」 - 529: 2011/01/30(日) 18:48:22.27 ID:y8k+Djtp0
- バン。
鉄パイプの先が斜めに床に刺さる。指には当たらなかった。
母「!! ・・・」
俺「最後の質問だ。極めて慎重に、且つ正確に答えろ。ここでの偽証は即ち死刑に当たる」
母「手を、放しなさい・・・」
俺「・・・妹の墓はどこだ」
母「い、一緒にお墓参り行きましょう?」
母を肘で突き飛ばし、立ち上がる。
俺「墓には俺が行く! 場所を言え!!」
母「うぅ・・・」
俺「何が不服なんだ。自力で探したほうが早いとでも言いたいのか?」
母、ゆっくりと起き上がる。
鉄パイプを母に向け、睨みつけた。
母「お願い・・・怒りを静めて」
俺「調子のいいことを言うな。お前のせいで妹はこんなことになった。俺の人生も・・・もう滅茶苦茶だ」
母「聞いて・・・妹の変わり果てた姿を見るまで、私は死の意味を理解してなかったの・・・」
目を見開き、ふらふらと近づいてくる母。
俺「妹の無念が想像出来るか、狂人・・・悪魔!」
母「そう、私は愚かで狂ってる悪魔。だけど信じて欲しいの・・・」
両手を延べ始める。左手の人差し指が無い。
まもなく手の届く範囲に。 - 530: 2011/01/30(日) 18:49:05.90 ID:y8k+Djtp0
- 俺「妹を返せ!!」
母「聞いて!!」
ガン――。
それは完全な殺意の一撃。母親のこめかみに容赦なく叩き込んだ。
強烈な手応えが伝わる。 - 545: 2011/01/30(日) 19:31:15.28 ID:y8k+Djtp0
- それでも、母は怯まず――倒れるように、抱きついてきた。
俺「!?」
母「子供達を、愛してるということ・・・」
言いながら、ずるずると膝をついた。
ポタ、ポタ。
頭から血を流したまま、顔をうずめるようにもたれている母を見下ろす。
俺「・・・」
母「ごめんね・・・ごめんね・・・」
俺「・・・あり得ない」
母がぎこちなく上を向いた。耳からも出血。次いで、鼻から。
母「お母さん馬鹿でごめんね・・・?」
俺「・・・」
しばらく呆然と見詰め合っていると、左目からも血が流れた。右からは涙。
母「家出したきり戻って来なくて、心配したの・・・」
俺「こんなこと・・・」
母「お母さん確かに狂ってるけど、そのしわ寄せを子供達に向けちゃったことをすごく後悔した・・・」
俺「・・・」
母「早くこうやって抱き締めたかったよ・・・」
カラン。
鉄パイプが床に転がる。
やがて、服にしがみついていた母の両手が垂れた。 - 546: 2011/01/30(日) 19:32:34.12 ID:y8k+Djtp0
- 言葉は何も無い。
ただ、起きている現実を受け入れる作業に時間を費やした。
狂っていて、妹を殺した上、まるで他人事のように生活していても、それでも、母親であるという現実。
何時間もかかった。そして、釈然としないまま、日が暮れた。
ガチャ。
父「・・・」
父が帰って来た。部屋はひどく荒れて、血まみれの母は今も膝をついたまま体にもたれている。
何をする気力も無かった。父に殺されるにしても、恐らくうめき声すら上がらない。
父「おかえり」
俺「・・・」
父「母さん、殴ったのか」
頷く。
父「落ち着くまで、部屋で休んでなさい」
俺「・・・?」
父、足早に救急箱を出し、なりふり構わず母の手当てを始めた。 - 548: 2011/01/30(日) 19:33:33.40 ID:y8k+Djtp0
- 俺「・・・」
父「頭蓋骨が割れてる・・・」
俺「やっぱり父さんも狂ってる」
父「どうして?」
俺「冷静でいられるなんて」
父「冷静なんかじゃないよ」
俺「なら俺を殺せば?」
父「そんなことしないよ」
俺「・・・自分の子供だから?」
父「いや、何の解決にもならないからだ」
俺「・・・」
父「・・・解決するべき問題なら、もっと昔にあったのにな」
俺「・・・妹の墓、どこ?」 - 595: 2011/01/30(日) 20:51:10.28 ID:y8k+Djtp0
- ―――――――――――――――――――
郊外の安アパートの一室。深夜。
壁に寄りかかって座っている。プレハブ小屋でKから貰った銘柄の煙草を吸いながら。
俺「お前も懲りないな」
ミズ「へへ」
俺「はは」
ミズ「あ、ちょっと待って。充電しないと」
俺「切る?」
ミズ「いや、大丈夫。・・・はい、オッケー」
俺「それで、その店のマスターいわく、『人間は退化する一方の生き物』だって」
ミズ「早く結婚出来るといいね」
俺「いや。それはもういいや」
ミズ「どうして?」
俺「俺の両親見てたら、わかったんだよ。俺にも妹にもああいう血が流れてるんだって」
ミズ「あ、うん・・・」
俺「いや妹は死んでるけど。それでさ、もし俺が結婚して子供作ったら、俺に似ちゃうんじゃないかって思うんだ」
ミズ「いいじゃん。私が一番好きになった人だよ?」
俺「よく言うぜ。出所した矢先『狂ってる』なんて言いやがって」
ミズ「ごーめーん」
俺「ははは、今となっちゃいい思い出だ。でもあれは、ミズが正しいよ」
ミズ「なんで?」
俺「あれは自分でも狂ってると思う。きっと親から受け継いでるんだ」
ミズ「違うよ。それだけ妹さんを大事にしてたってことじゃん」
俺「長い付き合いだからな」 - 596: 2011/01/30(日) 20:52:22.39 ID:y8k+Djtp0
- ミズ「妹さん、元気?」
俺「まぁ、な。最近は行っても起きないことが多くて」
ミズ「あら」
俺「・・・ふっ、ははは。馬鹿みたいだよな。あんなに心配したのに、聞いてみれば『兄がいない時は眠ってるんだ』なんてな」
ミズ「あー、『永遠の眠り』って本当だったんだね」
俺「はは、なるほど。そういう意味なのか。『寝心地いい』って言ってたからな」
ミズ「今度、妹さんに会いに行っていい?」
俺「ああ、いいよ。起きるかわからないけど」
ミズ「やった」
俺「はは」
ミズ「ねぇ、私達が結婚してたらどうなってたと思う?」
俺「またそういう話か」
ミズ「夢があっていいじゃん」
俺「夢ね。・・・駄目だ、悪夢しか浮かばない」
ミズ「駄目じゃん」
俺「そういえば、お前まだ子供いないよな。もう結構いい頃だと思うのに」
ミズ「言ってなかったっけ」
俺「うん?」 - 597: 2011/01/30(日) 20:54:34.35 ID:y8k+Djtp0
- ミズ「不妊症らしいの」
俺「・・・」
ミズ「・・・うん」
俺「ごめん」
ミズ「ね」
俺「・・・」
ミズ「だから、夢の話しよう?」
俺「・・・そうだな」
ミズ「じゃあ、私達の間に子供が出来たとしたら」
俺「うん。まず、男がいい? 女がいい?」
ミズ「うーん、私はやっぱり女の子かな」
俺「はは、俺もどちらかと言えば。性格はミズに似るといいな」
ミズ「えー、私こんな頑固な女の子やだなぁ」
俺「おいおい、結局お前も自分に似たら嫌なのか」
ミズ「えへ」 - 598: 2011/01/30(日) 20:55:46.82 ID:y8k+Djtp0
- ――――――――――――――――
行きつけのバーで。
マスター「これにて一件落着だ。ま、親子なんざ一筋縄には行かないもんさ」
俺「そうかもな」
マスター「ほれ、こいつは俺からのおごりだ」
俺「何だ?」
マスター「お前さんの為に作った唯一のカクテル」
俺「ほう」
マスター「その名も『殺人鬼』」
俺「おっと・・・これは笑えないジョークだ。全然笑えない」
マスター「お前さんが逮捕された時はさすがの俺も驚いたよ。その時に思いついた」
俺「殺人は冤罪だぞ?」
マスター「信じたことにしてやるよ」
俺「相変わらずだな、まったく」
マスター「そういやあ、Kはどうしてるんだ?」
俺「来てないのか」
マスター「うん、ここ2年近く見てないな」
俺「あぁ、あいつはキャバクラの店長やってるからな。自分の店でタダ酒飲んでるのかもしれん」
マスター「はっは、今に痛い目に遭うぞ」
俺「そろそろ風俗業界から足洗えばいいのに。服役中はよく面会に来てくれたんだ」
マスター「奴も前科者だからな。お前さんの気持ちがわかったんだろう」
俺「刑期は俺のほうが長くなっちまったけどな。まぁ、20年ぐらいでもおかしくないと思ってはいたんだけど」
マスター「指を失くすのに比べりゃあ、お前さんはラッキーだよ」
俺「ははは、Kに悪いな」 - 600: 2011/01/30(日) 20:57:01.78 ID:y8k+Djtp0
- ―――――――――――――――
紅葉の続く散歩道。車椅子を押しながら。
俺「だいぶ涼しくなったなぁ」
母「そうね」
風が吹く。母が手を膝に乗せたまま、舞い落ちる葉を一枚掴んだ。
母「結構大きいのね」
俺「本当だ」
母「持って帰ろうかしら」
俺「すぐ枯れちゃうよ」
母「あはは、そうね」
俺「・・・どっか、行きたいとこある?」
母「ううん、どこでもいいのよ。息子とこうしてあてもなくデート出来て幸せ」
俺「おいおい・・・」
母「あはは。んっ・・・」
不意に左のこめかみを押さえる。
俺「あ・・・」
母「・・・うふ。大丈夫」
傷の完治した今も、頭がわずかにへこんでいる。
俺「母さん」
母「なあに?」
俺「母さんって痛み感じるんだ」
母「あははは! ひどーい!」 - 601: 2011/01/30(日) 20:57:54.15 ID:y8k+Djtp0
- 俺「ははは」
母「はぁー。幸せ・・・」
俺「・・・」
母「ありがとうね」
俺「いいって」
母「殴ってくれて」
俺「そっち・・・」
母「こんな体になっちゃったけど、今人生で一番幸せなの」
俺「さっきからそればっかり・・・」
母「本当だもの」
俺「・・・」
母「ねぇ?」
俺「何さ」
不意に泣き出す母。
母「あのね・・・」
俺「・・・」
母「償い切れたかな・・・」
俺「・・・!」 - 606: 2011/01/30(日) 21:00:39.35 ID:y8k+Djtp0
- 母「・・・駄目だよね、こんなこと」
俺「・・・」
母「私最低だもん・・・」
俺「母さんは――」
母「なあに?」
俺「妹に似てるよ」
母「・・・やだ、あの子かわいそうよ」
俺「母さんが妹の立場なら?」
母「・・・そうね」
俺「俺もそうすることにしたから」
母「・・・」
俺「帰ろうか」
母「うん」
俺「オムライス作ってやる」
母「ありがとう」 - 615: 2011/01/30(日) 21:23:34.41 ID:y8k+Djtp0
- ―――――――――――――――
時は遡って、決着の夜。
俺「はぁ、はぁ」
広大な墓地で妹の墓を目指す。
俺「はぁ・・・あったか・・・?」
懐中電灯で目印を照らす。
俺「おい、妹・・・妹! 聞こえるか!」
妹「・・・」
俺「お前に謝らないといけない」
妹「・・・」
俺「俺は最後までお前を犠牲にしちまった」
妹「・・・」
俺「最後の最後で、お前を孤独にした・・・お前を裏切った」
妹「・・・」
俺「妹!」
妹「・・・」
俺「お前は今、この下で何を考えてる? 何を見てる? 俺はそれが知りたくて仕方がなかった」
妹「・・・」
俺「お前を理解してやりたかった」
妹「・・・」
俺「死とは何だ? お前はどこだ?」
妹「・・・」 - 617: 2011/01/30(日) 21:24:47.13 ID:y8k+Djtp0
- 俺「妹・・・聞こえてるか。俺は懲役を終えた。お前を迎えに来た」
俺「母さんをぶちのめしたんだ・・・ミズは他の奴と結婚した。俺なんかと違って、いい奴だ」
俺「俺、俺、生きてるぞ・・・それに、無事に帰って来たんだ。表の世界に!」
俺「今度こそ上手くやってみせる。こんな歳になっちまったけど、もう何も隠さなくていいんだ」
俺「まっすぐに生きられるんだ!」
俺「それから・・・」
俺「俺の残した問題はお前だけなんだ」
俺「お前と旅した10年を、俺は一生忘れない」
俺「いや・・・もし死後の世界があるのなら、俺はその先で出会う全ての人に自慢するよ! お前のことを!」
俺「お前がKやミズと出会ったみたいにさ!」
俺「妹ー!」
俺「妹・・・」
喉が詰まる。涙が滲む。 - 618: 2011/01/30(日) 21:25:39.75 ID:y8k+Djtp0
- 俺「・・・母さんは言った。お前を愛してると」
俺「信じられるか? 俺にも言った・・・鉄パイプで頭砕いたのに、それでも構わず俺を抱き締めた・・・」
俺「妹・・・こんなことになると知ってたなら、俺はもっと早くに決断を下した」
俺「色々とすまなかった・・・それと、本当にありがとう」
俺「大好きだよ・・・」
うなだれ、背を向けた。
妹「兄・・・」
俺「!?」 - 620: 2011/01/30(日) 21:26:33.69 ID:y8k+Djtp0
- 妹「兄?」
俺「・・・!」
妹「おお、兄」
俺「お前、大丈夫なのか!」
妹「おかえり」
俺「・・・」
妹「『もう何も言うな』って言ったの、覚えてる?」
俺「・・・倒れる直前だ」
妹「撤回してよね」
俺「・・・うん・・・」
妹「うん! 仲直り」
俺「・・・うん・・・!」
妹「・・・やっとすっきりした」
俺「ごめんな・・・ごめんな・・・」
妹「最高の10年だったよ、兄」
俺「・・・」
妹「私も、大好きだよ」
長い間、嗚咽で言葉が出なかった。
FIN
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- とあるSSの訪問者 2020年06月04日
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サイトのデザインを大幅に変更しました。まだまだ、改良していこうと思います。
俺こういうの読むだけで辛いからすげー嫌いなんだけど
引き込まれたな