ほむら「思い出せない…私は何者だ?」【その8】
- カテゴリ:魔法少女まどか☆マギカ
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- 306: 2012/05/20(日) 22:56:12.94 ID:WvtJVUJu0
- まどか「え……?」
ほむら「全て嘘っぱちだよ、まどか」
ソファーから立ち上がる。
まどかに背を向けて、大きな壁に向かってリモコンスイッチを押す。
すると、壁一面の巨大モニターに、ワルプルギスの夜が映し出された。
まどか「……!」
ほむら「これこそが最強の魔女、ワルプルギスの夜だ」
まどか「ま、待ってよほむらちゃん、前に勝てるって言ってたのに!」
ほむら「こいつにか?」
モニターに映されたワルプルギスの夜は、ゆっくりと宙を進んでいる。
攻撃を受けず、平穏なるままに動くワルプルギスの夜は、特に凶暴性を見せる事もなく、強い嵐を発生されているだけだった。
ほむら「こいつに勝つメリットなどはないよ、まどか」
まどか「そんなこと……!」
ほむら「戦っている最中に街は破壊され、砕かれ…勝ったとしてもそれは、全てを失った後だろうよ」
ほむら「ならば私は、街を捨てる」
ほむら「そして人だけを守る」
まどか「…この避難所って」
ほむら「見滝原には私が急ごしらえした避難所がいくつもある…地下の頑丈なシェルターは大多数の人命を救うだろう」
ここも例外ではない。
ワルプルギスの夜とて、地下の避難所までは襲いきれないだろう。
その前に飽きて、自ずと去ってゆく。
街に執着しなければ、ワルプルギスの夜を倒す必要などはない。
- 308: 2012/05/20(日) 23:05:47.00 ID:WvtJVUJu0
- ほむら「だが君は街を救う事ができるよ、まどか」
まどか「…わ、たし?」
ほむら「そうともまどか」
モニターに映るワルプルギスの夜を背に、まどかに向き直る。
ほむら「君だけが唯一、その権利を手にしているんだよ、まどか」
ほむら「インキュベーターと契約し、願う事によってそれはすぐ果たされるだろう」
ほむら「見滝原を元の状態に……いいや、もっと途方もないことだって出来るに違いない」
ほむら「君は祈り、願う権利がある」
戸惑う彼女に優しく微笑みかける。
そして、まどかの入ってきた扉には、いつの間にか白猫の姿があった。
QB「全てはまどかの意志に任せるということだね?暁美ほむら」
ほむら「まあ、ね」
まどか「……」
ほむら「怖いかい?まどか」
まどか「……」
何か言葉を発したい。しかし混乱する思考が発生を妨げていた。
まどかは葛藤している。
ほむら「怖くて当然だよ、ただの街など、自分の魂を賭けるに値しないものな」
彼女の肩に手をやる。
ほむら「罪を感じる事は無いよ、まどか」
まどか「うっ……ぁう……」
まどかは静かに涙を零した。
- 309: 2012/05/20(日) 23:14:48.92 ID:WvtJVUJu0
- まどか「ご、ごめんなさい……私、本当に嫌な子だよねっ……」
まどか「本当は、みんな助けて、街だって守りたいのに……」
まどか「不公平だって、釣り合わないって思っちゃってるの……!」
ほむら「……」
私は内心でほっとしていた。
まどかならば、自分の命を引き換えにしても、街だけですら守りたいと言うだろうとも思っていたから。
ほむら「私の方こそすまない、まどか……こうでも嘘をつかなければ、皆を守れなかったんだ」
さやかやマミは、それを知っていればきっと戦っていただろう。
杏子だって、無謀でも戦いを挑んでいたかもしれない。
皆で力を合わせれば勝てると、そう信じているから。
ほむら「でも君にだけは教えておかなければならないと思ったんだ、まどか」
まどか「私……?」
ほむら「後から街の壊滅を知ると、君は何をするかわからないからね……趣味の悪い話だが、間近で君の後悔を受け止めてあげたかったんだ」
まどか「……」
モニターを見る。
ワルプルギスの夜が踊りを始めた。
烈風が吹き荒れる。
ほむら「半日で、見滝原は荒野と化すだろう」
ほむら「地下にいる人々はその惨状を知る事はない」
ほむら「けど、“どうにかすることができたかもしれない”私達にとって、この破壊の様を見届けることこそ、罰であると言えるのかもしれないね」
まどか「……辛いよ」
ほむら「辛いかい?まどか」
まどか「……うん」
涙を湛える彼女は、本当に辛そうだった。
- 310: 2012/05/20(日) 23:41:55.71 ID:WvtJVUJu0
- ほむら「……よし!ならばせめて、気分良く見滝原の最期を見送ろうじゃないか!」
まどか「へっ?」
大きく手を広げ、モニターを見る。
ほむら「せっかくの百年に一度級の大災害だ!ただ黙って見ているのも価値はあるが、ここで楽しまなくては人生の損というものだろう!?」
まどか「え?え?どういうこと…?」
ほむら「執念を裏切り、願いに決別をつけるならば、せめて明るく振る舞っておかなくては!」
紫に輝くソウルジェムを手に、変身する。
ハットを被り、ステッキを右の手首にひっかけ、盾の中から黒いリモコンを取り出す。
ほむら「魔女のお祭りなど知ったことか!魔法少女だって似たようなものだ、乱入して一緒に楽しんでやろう!」
黄色いスイッチを押すと、モニターの変化が現れた。
ワルプルギスの夜を囲むようにして、巨大な打ち上げ花火が上がる。
巨大な花火たちは大きく開いた後、ワルプルギスの夜が巻き起こす嵐によってすぐに流され、消えてしまった。
ほむら「ワルプルギスの夜など関係ない!戦うつもりなどない!戦う気も無いのであれば、勝っても負けてもいないのだよ!私達は!」
まどか「ほむらちゃん……?」
赤いスイッチを押す。
ワルプルギスの夜のすぐ脇を、特注のジェットエンジンを積んだ簡素なロケットが通過し、爆発して巨大な花火を咲かせる。
無重力によって地面から引きはがされたビル群が大爆発を起こし、破片が大空を舞う。
改修された電車のレールから、魔改造を施されたウイング付きの電車が猛スピードで脱線し、ワルプルギスの夜に衝突する。
ほむら「はははは!自分の心のために自分でピエロを演ずる!医者もパリアッチも全て私だ!これほど面白い事があろうものか!」
身体を曲がったソファーに投げ出し、仰向けに蛍光灯を眺める。
ちかりちかりと瞬く蛍光灯。まぶしく、寂しい明滅だった。
ほむら「……魔法少女でも、型にはまりきった正義の味方をやることはない」
ほむら「正義の味方になれないからといって、気に病む事も戦い続ける事もしなくていいんだよ、私も、まどかも」
それでも、私は魔法少女だから。
そう言って戦いに身を乗り出していったまどかの姿が脳裏に映る。
ほむら「……ふふっ」
大丈夫。誰も責めないよ。暁美ほむら。
まどか「……そう、だね」
自信無さげではあるが、何よりも彼女がそれを認めてくれたのだから。
ここが妥協点で構わないだろ?
- 348: 2012/05/21(月) 23:13:42.88 ID:D1Aikygb0
- 全ての財が流された、といえば頭の重い結果だ。
しかしバベルが打ち砕かれて、建て直す事がゆるされたと考えれば、……そうもいかないか。
ある程度の時間があったとはいえ、避難率は100%ではないだろう。
身体の不自由すぎる孤独な人。
運悪く睡眠時間の長すぎた鈍い人。
理由あって、施設を出ることができなかった人。
私はそれらを関知していないが、少なからず居たはずだ。
犠牲はある。人を全て助けられるはずはない。
まどかには言わなかったが、そこが現実の問題だった。
ほむら「……」
地上に立った私は、ワルプルギスの夜の後ろ姿を見送る。
夢にまで見た瓦礫の山の上で、缶コーヒーを飲みながら、そのパレードが向かう先を見送る。
あの魔女はまたいつか、どこかの見知らぬ地で、大規模な絶望をまき散らすだろう。
そこまでは手に負えない。仕方がない。私にも出来ることと出来ないことがあるのだから。
まどか「……うう、まだ、風強いね」
ほむら「危ないぞ」
まどかも避難所を抜けだして地上へやってきた。
まだ避難の警告は解除されていない。地下の人々はまだ、この凄惨な光景を知らない。
私とまどかだけが、まだ悲鳴も嗚咽も無いこの惨状を目の当たりにしていた。
- 349: 2012/05/21(月) 23:21:30.57 ID:D1Aikygb0
-
ほむら『さやか、マミ、杏子、聞こえる?』
テレパシーを送る。
反応はすぐにやってきた。
『ほむら!?無事!?』
『怪我は無い!?』
『ワルプルギスの夜は!』
回線は混雑しているようだ。
ほむら『全ては終わったよ、みんな』
小高い瓦礫の山を、尚も登る。
足場の悪いコンクリの破片を踏みしめ、モルタルのタラップを掴み、鉄骨の頂上へ躍り出る。
ほむら『地上へ出てきてくれ』
瓦礫の小山から見下ろす光景は、いっそ清々しいものだった。
透き通るような青空。
透き通る景色。
ほむら『……認めたくなくとも、やらなくてはならないことがある』
これが私の望んだ未来。
暁美ほむらが頷ける、素晴らしい世界。
大きく両腕を広げ、天を仰いだ。
ワルプルギスの夜が去っても、そこはまだ昼の空だった。
- 350: 2012/05/21(月) 23:29:06.19 ID:D1Aikygb0
- さやか「……何も、残ってない」
マミ「そんな……」
杏子「嘘だろ?」
さやか「……あ、ほむら」
杏子「ほむらぁー!」
遠くの方で、魔法少女の姿が3人、確認できた。
三人とも周囲の惨状を見まわしながら、それでも私の方へ走って来る。
さやか「はぁ、はっ…ほむら!街が…!」
ほむら「街は壊滅した」
瓦礫の山の上から私は言った。
マミ「何も、残ってない」
ほむら「ワルプルギスの夜に勝つことはできなかった」
表情を変えずに私は言った。
杏子「…勝てるって言ったのに」
ほむら「……」
私は何も言えなかった。
嘘だよ。なんて、そう軽く言えるものではなかった。言えると思っていたけれど。
そうおちゃらけることはできなかった。
冗談をかますには、みんなの表情があまりにも重すぎた。
全てが無くなった見滝原を見回す三人の反応が、私は怖かったのだ。
マミ「…全然服が汚れてない所を見ると、ワルプルギスの夜とは戦ってない?」
ほむら「その通り、直接は一度も手を出していない」
さやか「…意味もなく、そんなことはしないよね、ほむらは」
ほむら「住民を避難させ、君達を戦わせないようにするだけで精いっぱいだった」
まるで尋問のようだ。息がつまりそうになる。
- 351: 2012/05/21(月) 23:39:29.09 ID:D1Aikygb0
-
ほむら「……私には、奴を倒せる“奇跡”なんて無かったんだ」
ほむら「私は皆を騙していたんだ」
ほむら「私の独善で、私が救うもの、見放すものを取捨選択したんだ」
ほむら「……私だけの意志で」
でもこの行いに後悔は無い。
私は自らの信じる最善を行った。
この素晴らしい結果を覆したいとは思わない。
ほむら「……すまない、みんな」
私は瓦礫から下りて、ハットを手に持ち、深く頭を下げた。
この結果は覆すことはできない。だから私は、ただ頭を下げるしかなかった。
承知の上で皆を裏切った。その罪がどれほどのものか、私はわかっているつもりだから。
まどか「……ほむらちゃんは、悪くないよ」
ほむら「……」
まどか「だって、街の人を沢山救ってくれたんでしょ?」
ほむら「……」
まどか「ワルプルギスの夜に勝てないのなら…仕方ないんだよ」
マミ「鹿目さん……」
まどか「……ずるいのは、やっぱり私の方」
杏子「!」
まどか「私、こんな見滝原を見てもね、まだ願い事を叶えたいって……踏ん切りがつかないんだ」
まどか「私なら叶えることができるのに、ズルいよね」
さやか「ちょ、ちょっとやめてよ二人とも!」
杏子「そうだよ!まるでアタシらが責めてるみたいじゃんか!」
- 352: 2012/05/21(月) 23:55:59.66 ID:D1Aikygb0
- さやか「ワルプルギスの夜とは戦わないって、それをずっと隠しとおされてたのはムッと来る所はあるけど……ほむらのやったこと、間違いではないとは思うよ」
ほむら「!」
さやか「だってそうじゃん、ほむらでも勝てないんでしょ?だったらまどかにしか勝てない相手ってことじゃん」
杏子「で、まどかに戦わすなんてもっての他だからな……そうくりゃ、ほむらのやった人を救うってのは一番正しいように、アタシも思う」
ほむら「…さやか…杏子」
二人に言われ、私はかなり救われた気がした。
マミ「……」
それだけに、三人の中で沈黙を守っていたマミの難しそうな顔が怖かった。
じっと口を結び、目線を動かさず、ただどこでもない瓦礫の山の尾根を見つめている。
まどか「…あ、あの…マミさん…ほむらちゃんは悪くなくて…」
マミ「わかっているわよ、鹿目さん」
口調だけ優しくマミは言った。
マミ「私たちにずっと嘘をついてたこと、少しショックだっただけ」
ほむら「……本当に、ごめん」
マミ「でもそれは暁美さんの、とても優しい嘘なんでしょ?」
マミ「…なら、それだけ。私も暁美さんのやったことは正しいって思えるわ」
ほむら「…マミ」
彼女はやっぱり大らかで、優しい人だ。
- 376: 2012/05/22(火) 22:13:58.03 ID:oM4AAQd+0
- さやか「……でも、これからどうすればいいの?」
杏子「どうって」
さやか「見滝原、もう無くなっちゃったよ……家も学校も、病院も……みんな壊されてさ」
その言葉を待っていたのかもしれない。
私はハットを被り直して言う。
ほむら「当然だろう、さやか」
さやか「え?」
大多数の人命が助かったとはいえ、被害はあまりにも大きすぎた。
その被害の大きさは、後々の命にも関わるはずだ。
いつかの自殺しそうになっていた工場長。また、実際に自殺してしまった夕時のOLのように。
ほむら「これから、現状に絶望して、魔女の口づけに対して抵抗を持たない人々が多く増える程だろう」
マミ「……そうね、増えるわね……間違いないわ」
ほむら「そうなれば必然的に魔女も増えるだろう」
ほむら「ワルプルギスの夜をやり過ごした我々に出来ることは、これからさ」
青い空を見上げる。白い鳥が高く飛ぶ。
ほむら「見滝原を建て直すために頑張る人々を裏で支え、助け……全てはこれから始まるんだ」
まどか「ほむらちゃん……」
それは暁美ほむらが辿り着けなかった未来。
- 377: 2012/05/22(火) 22:21:02.19 ID:oM4AAQd+0
-
ほむら「ワルプルギスの夜は倒せなくとも、私達に出来る事はたくさんあるはずだよ、さやか」
さやか「……そうかな」
ほむら「ああ、まだこの瓦礫の惨状の中にだって、逃げそびれてしまって……しかし、その中で生き残っている人はいるかもしれない」
さやか「!」
マミ「そ、そうね!避難できなかった人も当然、いるかもしれないのよね…」
さやか「なら、早く助けにいかないと!」
杏子「……ならアタシも行く!」
さやか「え、杏子も!?」
杏子「ったりめえだ!アタシだって回復魔法くらい出来る!」
さやかとマミは素早く変身すると、血相を変えて走り出した。
正義心に燃える彼女達は、きっと日が暮れても捜索を続けるだろう。
杏子「アタシもいかないと…!」
ほむら「杏子、行くなら二人にこれを分けてあげてほしい」
杏子「え……?」
左手を差し出す。
私の全ての指の上には、未使用のグリーフシードが器用に直立して乗せられている。
これら全て、みんなから貰ったグリーフシードだった。
- 378: 2012/05/22(火) 22:35:38.24 ID:oM4AAQd+0
- 杏子「……これって」
ほむら「君達の努力はここで発揮される……そしてどうか、頼む、私のかわりに、助けられる人々を探して欲しい」
杏子「え?…要りようかもしれないから貰ってはおくけど…ほむらは一緒に探さないのか?」
ほむら「ああ、私にはもうその力はない」
左腕の時計を愛おしく撫で擦る。
ほむら「私の奇跡は最後の一粒まで使い果たした…今の私が行った所で、燃費の悪いブルドーザーのような働きしかできないからね」
杏子「魔法が使えない……?」
まどか「え?」
ほむら「ああ、私はもう、基礎的な魔法しか使えない最弱の魔法少女となってしまった」
杏子「!」
ほむら「これからは魔法を使わずに、工夫で魔女を倒す算段を立てなくてはならない、はは」
まどか「そんな!」
それはどうしようもない事だ。
ワルプルギスの夜と一戦を交えなくとも、私の力はここで消える運命だったのだから。
揺らぎようの無い因果というものだ。
ほむら「でもね杏子、それでも私は良いのさ」
杏子「……なんでだよ?」
ほむら「全てを失っても、一からやっていくのも悪く無い」
さやか達が走っていった方向に背を向けて歩きだす。
一旦、避難所へ戻らなくてはならない。
私にしかできないことは、そこにたくさんある。
ほむら「見滝原も、私の奇跡の力も、……なぁに、また記憶を失ったようなものだと思えばさ?」
杏子とまどかに向き返って笑いかける。
ほむら「これまでの日々のように、色々と事件もあった毎日だけれど」
ほむら「それはそれで、面白い事が待っているかもしれないだろう?」
記憶を失っても、それこそ奇跡のようにみんなと出会うことができた。
そんな素敵な出来事が、見滝原の何もない荒野の上で花開くかもしれない。
この先にある希望に、私は期待するばかりだ。
- 379: 2012/05/22(火) 22:48:31.95 ID:oM4AAQd+0
- 避難所の奥まった場所にある、私専用の制御室。
ほむら「さて、見滝原復興に向けて頑張ろうか?」
パソコンに向き合う。
モニターに映し出される、極々最近に立ちあがった慈善組織の質素なホームページ。
“募金はこちらへ”の可愛らしい画像は私のお気に入りだ。
黒猫と白い鳩がじゃれている、とてもファンシーなイラスト。
「にゃ」
ほむら「お、ワトソン!無事だった~?」
足下に忍び寄ってきたワトソンの頭を片手で撫でてやる。
ワトソンとの再会を喜びたいところだが、先にやらなくてはならないことも数多くある。
ほむら「入金、っと」
ボタンひとつで投下される、世界中の宝くじと為替の流れを掌握した、私の奇跡の結晶。
“ご支援、ありがとうございました!”
ほむら「……ふふ、よし、じゃあワトソン、私はしばらく寝るから、ゆたんぽごっこして遊ぼうか?」
「にゃー!」
ほむら「よしよし」
私は布団の中にもぐりこんだ。
ほむら「……ふー」
「にゃ?」
ほむら「ん?……いーや、なんでもないよ、ワトソン」
「にゃぁ」
覚悟を決めて眠りに落ちる。
- 380: 2012/05/22(火) 23:00:03.67 ID:oM4AAQd+0
- ―――――――――――――――
そして、缶コーヒーを打ち鳴らして祝杯が上がる。
ほむら『乾杯、ほむら』
『……』
二人とも黙ってコーヒーを流し込んだ。
例によって、夢の中では何の味も無い。
だからこそ、向かいに座る彼女の無表情は、この時ばかりはしっくりきていた。
ほむら『こういう結末、きっと君にとってのベストではなかったんだろうね』
『……』
ほむら『私は知っているよ、君のやりたかった事を』
ワルプルギスを倒し。見滝原を救う。
けどそれは、最初のうちは力の差を見誤るばかりで失敗し続け。
力の差を知った後も、その目的を自分の存在意義として、縋り続けるために失敗し続けた。
きっと無理なことなのだろう。
ワルプルギスの夜を倒すということは。
『……ベストだと思ってしまうからこそ、今の私は後悔しているわ』
ほむら『ふむ』
悲しげな言葉とはやや相反するように、暁美ほむらの口元はわずかに微笑んでいた。
自嘲だけではない、そこには真の喜びも混ざっている。
『街を一切壊さず、人を一人も殺さず……あいつを相手にして、そんなこと…無理な話だったのよね』
『私は甘かったのよ、妥協ができなかった……馬鹿だったのね』
『でも貴女のおかげよ、あなたのおかげでまどかは…やっと前に進める事が出来た』
ほむら『……ふふ』
暁美ほむらは微笑んでいた。
朗らかに。きっといつかの、彼女が幸せだった頃のように。
- 381: 2012/05/22(火) 23:05:42.53 ID:oM4AAQd+0
- ほむら『前に進むのはまどかだけじゃない、君も前に進むことができるよ』
『……え?』
ほむら『当然だろう、全て終わったんだ、これからは君だって、暁美ほむらの人生を楽しまなくちゃ!』
『む、無理よそんなの』
ほむら『何故?』
戸惑う暁美ほむらの表情は、自身の無かった頃のそれにそっくりだった。
『無理よ……私、胸を張ってまどかと向き合えないもの』
ほむら『そんなことはない、君が努力したからこそ今があるんだぞ?』
『無理よ、無理だもの…』
ほむら『……ほう、ならば、胸を張った未来に導くことができれば、君の心は解放されると?』
『?』
我ながら頑固な人間だ、暁美ほむら。
けど私は、そんな弱気な君を引っ張れるくらいには強くできている。
ほむら『さあ、暁美ほむら……どっちか一枚だけ、引いてごらん』
彼女の前に2枚のトランプを差し出す。
『……?どういうつもり?私にどうしろっていうの?』
ほむら『簡単だよ、選ぶだけさ』
- 382: 2012/05/22(火) 23:18:34.22 ID:oM4AAQd+0
- ほむら『こっちのスペードの10を選ぶなら、再び砂時計をひっくり返そう』
『っ! 嫌よそんな…!』
ほむら『また全ての人間関係が元に戻り、ワルプルギスの夜は来襲するだろう』
ほむら『だが今回の時間で、私は実に面白い、様々なプランを思いついたものだよ』
『プラン……』
ほむら『何をどうすれば上手くいくのか、どうすればよかったのか……』
ほむら『きっと次に時間を巻き戻した時、見滝原への損害を限りなくゼロにまで抑え、死者だって完璧にゼロにできるかもしれない』
『!』
ほむら『妥協せず、まどかに胸を張って生きるならば、この選択肢も悪くは無い……私は君の選択に全て従うつもりだ』
ほむら『もう一枚、こっちのジョーカーを引いたなら……この世界に骨を埋める覚悟で、皆と手を取りあって生きていくんだ』
ほむら『1から建て直す喜びが、希望がそこにはある……私としてはこの結果に満足しているつもりだよ、暁美ほむら』
『……私も、不満というわけではない』
ほむら『より貪欲に完璧な未来を生きたいのであれば、10を選ぶんだ』
ほむら『どの時間よりも苦悩し、事件が起きたこの世界で、少しずつ居場所を取り戻すならジョーカーを引いてほしい』
『……私は』
ほむら『私は暁美ほむら、君も暁美ほむらだ、私はどちらの選択でも、何の文句は無い……君の決定に全てを委ねるよ』
『……私が選ぶ、世界は』
暁美ほむらがカードを引いた。
ほむら『……それが君の選ぶ人生だね?』
『ええ』
ほむら『やっていけそうかい?』
『もちろんよ、やってやるわ』
『…私も、あなたのように……格好良くなるために、頑張ってみせる!』
ほむら『その調子だ、暁美ほむら!燃え上がれー!』
『ちょ、ちょっと、馬鹿にしないでよ、それはまどかだけが……』
ほむら『はっはっは!』
―――――――――――――― - 383: 2012/05/22(火) 23:35:51.53 ID:oM4AAQd+0
- ―――――
―――――――――
――――――――――――――
はてさて、そこはいつの青空の下か。
高くそびえるビルの下、整備されたアスファルトの上。
ここは見滝原。私が生きると決めた街だ。
期待のまなざしを向ける大勢の観客達の中心で、私は深く頭を下げる。
紫のシルクハットを被り、紫のステッキを持ち。
今日もまた、市民を楽しませる公演が始まろうとしている。
まどか『頑張って!』
ほむら『ありがとう、まどか』
今日はまどかが見に来てくれているようだ。
まだまだ低い背でも何度もジャンプし、私のマジックを見ようと頑張っている。
その姿は、かつて私が奔走した日々が遠い昔以上の、おとぎ話だったんじゃないか、と思えてしまうほど、微笑ましかった。
おっと、けれど笑ってはいけない。
マジシャンの笑いは不敵に。妖しくなくてはならないからね。
ほむら「お集まりいただき、ありがとうございます」
ん?
ここは過去か?未来か?どっちなんだ、って?
さあ、どっちの世界だろう?
思い出せないな。どっちだろうか。
でも間違いないから安心していただきたい。
過去でも未来でも、私は必ず輝かしい未来を手にするのだ。
ここはあの子が守ると決めた世界。その場所。
私はそれを信じている。それは覚えているとも。
だから私は、この場所で。自分の人生を全力で楽しむつもりだ。
ほむら「では!ショータイムと参りましょう!」
さあ、ステージにもっと光を。
- 384: 2012/05/22(火) 23:36:52.88 ID:Bri7e4bu0
- 完
- 576: 2012/05/29(火) 22:36:05.17 ID:nt9xZ+aj0
- 番外編
(*-∀-)φ ワトソンのお気楽な一日
黒猫「うみみゃあ」
僕は猫である。名はワトソン。
食にあぶれていたところを、ある人間に雇われて、今は住み込みの最中だ。
ほむら「……」
黒猫「……」
机の上で突っ伏して寝ているこの人間が僕の雇い主。
名前をほむら、というらしい。
所によって呼ばれ方は違うみたいだけど、僕にとってはわりとどうでもいい話だ。
黒猫「うみゃみゃ」
ほむら「んー…」
僕の朝は、ほむらを起こすことから始まる。
- 577: 2012/05/29(火) 22:42:38.48 ID:nt9xZ+aj0
- ほむら「……んお、もうこんな時間か」
いつもの事だが、ほむらはいつも僕が起こしてやっているということに気付いていないのかもしれない。
ゆっくり起きては首を回し、それから僕の朝食を出す。
住み込みとはいえ、こちらもタダで働いているわけではないのだから、ちゃんとやるべきことはやってほしいものだ。
ほむら「いただきます」
黒猫「にゃ」
まぁ、それなりに朝食の質は良いので、多少の文句も飲みこむのだけど。
偏っているのが珠に瑕か。
ほむら「じゃあワトソン、今日もショーがあるからね、心の準備をよろしく頼むよ」
黒猫「にゃぁ」
はいはい、行ってらっしゃい。
まったく。ほむらはいつも袖を汚して食事をする。
黒猫「ペロペロ」
僕のように綺麗に食べる癖をつけるべきだ。
- 579: 2012/05/29(火) 22:47:01.47 ID:nt9xZ+aj0
- 黒猫「にゃ」
ほむらの部屋からは窓をつかって外出ができるようになっている。
外出は僕の権利だ。ほむらが帰るまでは、好き勝手に外へ出てもお咎めは無いだろう。
黒猫「にゃぁー」
ロンドンのようなシックな路地を抜けると、そこは大通りだ。
人間も車も多い喧噪だが、僕はこの通りを気に入っている。
他の猫と出会う事もあるし、人間は僕を見ただけでチップをくれる。
それはきっと、日頃のほむらの下での知名度もあるのだろう。そこは素直に、ほむらに感謝しなきゃいけない。
黒猫「……」
隣街まで散歩するのは、いつもの習慣だ。
- 580: 2012/05/29(火) 22:53:39.45 ID:nt9xZ+aj0
- 杏子「お?よう、久々だな」
黒猫「にゃあ」
彼女は僕達猫の気持ちを解ってくれる、数少ない友好的な人間の一人だ。
身体の造りは人間そのものだが、口の中に見える八重歯は立派な僕達の仲間の証だろう。
杏子「ほれ、残さず食えよ」
黒猫「にゃ!」
彼女が分け与えてくれる食事は日によって質がとんでもなく左右されるが、文句は言うまい。
まだまだ若造の僕には栄養がいるのだ。朝にマグロを食べただけでは到底足りるものではない。
白鳩「くるっぽー」
黒猫「にゃ」
そして今日も彼女の出す食事に釣られて、風来の白鳩がやってきた。
彼の名前はレストラード。僕の仕事仲間だが、僕よりもオフの時間は長い。
それに彼は住み込みだったり、そうでなかったりする。きっと僕よりも有能な助手なのだろう。
杏子「よしよし、ちっちゃな粕もな」
白鳩「ぽー」
黒猫「にゃにゃ」
横取りされるようで癪ではあるが、当然彼にも食事を取る権利はある。
文句は言うまい。僕は職場の空気を乱すのは嫌なのだ。
- 581: 2012/05/29(火) 23:00:15.42 ID:nt9xZ+aj0
- 昼間はもっぱら、公園の日向でのんびりしている。
虫も陰もない良いポジションを一人占めだ。
広いこの街では、そうそう日向を取りあうような戦いは起こらない。
カラスさえ出なければ平和なものだ。
「あー、猫ー!」
いや訂正しよう、カラスよりも恐ろしい生き物がいた。
「ねこ、ねーこ」
黒猫「にゃ」
小さな人間に首の皮を摘まれる。人がせっかくのんびりしていたのに、ぶち壊しだ。
「こらタツヤ、可哀そうだろう、やめなさい」
「はーい」
そして急に手を離すものだから、尻を打ってしまう。
人間は身勝手だ。
「あ、ちょうちょ!」
「本当だ、綺麗な蝶だねえ」
ふん、勝手にやってろ。
騒がしくなる頃には、僕は場所を変える。
そろそろ家に戻っていなければほむらの仕事に支障をきたすだろうし、余裕をもって早めに帰ろう。
- 582: 2012/05/29(火) 23:06:37.89 ID:nt9xZ+aj0
- 黒猫「にゃ?」
QB「ん?」
帰り道、たまにほむらと一緒にいる白い生き物に出会った。
身体は猫のようだが、無臭であるし生き物のような感じはしない、不気味な生き物だ。
黒猫「……」
QB「おかしいな、僕を認識できているのか」
黒猫「にゃあ」
それに人間の言葉を話すものだから、なおさら不気味だ。
QB「知類以外に強い感情エネルギーがあるわけではないのに、変な現象だね。まあ、イレギュラーな事は今に始まったことではないから、気にするほどではないのかもしれないけど」
黒猫「……」
白いそいつは何かを喋っていたが、生憎と人間の言葉を全て理解できるほど、僕は言語に長けているわけではない。
さっさと無視してほむらの家に戻らせてもらう。
- 599: 2012/05/30(水) 23:15:36.29 ID:8//8ahH90
-
黒猫「にゃ……」
部屋に戻ってきたはいいが、やれやれ、散らかしっぱなしだ。
商売道具の調整をするのは良いが、ほむらには整理整頓を心がけてほしいものだ。
昨日も何かを探して、あちこちひっかき回していたし。
ほむら「ただいまー」
おっと、噂をすればほむらだ。
ほむら「やあワトソン、早速出かけるぞ!」
黒猫「にゃあ…」
ほむら「盾の中は窮屈かもしれないが、まあ我慢だ、さあ行こう、すぐ行こう」
黒猫「にゃぁー」
やれやれ、またあのよくわからない目の回る空間の中に入れられるのか。
まぁ、少しの辛抱だから構わないけど。
ほむらも、観客にはあの景色を見せてやればいいのに。
- 600: 2012/05/30(水) 23:19:41.49 ID:8//8ahH90
- ほむら「さあ、このハットから~……」
おっと、そろそろ出番のようだ。
ぐるぐると渦巻き模様を眺めているのも辛抱ならなくなってきた頃合いだ。良かった。
かちりと時計の音が鳴る。
ほむら「うむ、すまなかったね、ワトソン」
黒猫「にゃ」
気にすることはないよ、ほむら。
これは僕の役目だからね。 - 601: 2012/05/30(水) 23:25:24.46 ID:6kFKkcoAO
- ほむら「はい」
黒猫「にゃ~!」
帽子の中から顔を出すと、そこにはいつものように、僕らを興味深く見る人たちが並んでいた。
騒がしい人間たちだけど、悪い気分じゃない。
この時ばかりは、僕も人間と一緒にいるのが楽しく思える。
ほむら「ふふ、ありがとう、ワトソン」
黒猫「にゃ」
だから、気にするなって。
僕はほむらの助手だろ?
- 602: 2012/05/30(水) 23:38:59.35 ID:6kFKkcoAO
- ショーが終われば、ほむらと一緒に帰宅だ。
たまにほむらは町で何かをしているようだけど、きっとソロで活動しているのだろう。
ほむらならその実力はあるだろうけど、少し寂しいものだ。
ほむら「ただいまー…いやあ、お疲れ」
黒猫「にぁあ」
ほむら「ワトソンも疲れたか、うん、私も疲れたよ…」
さあほむら、晩御飯を。
ほむら「ふぁあ……眠いな…ん~、いかん、眠い…」
黒猫「にゃあぁ」
ほむら~!
ほむら「……すぅ……すぅ…」
黒猫「……」
なんてことだ。給料を出し遅れるなんて。
黒猫「…にゃ」
まぁいいか。ほむらは頑張っているし。
僕はそれを尊敬している。
黒猫「……うみみゃあ」
机に突っ伏す彼女の傍で、僕も寝ることにしよう。
少しはほむらの暖になるはず。
やれやれ、ここまで気を遣わなきゃいけないなんて。
助手も大変だよ、まったく。
番外編・おわり
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コメント
- とあるSSの訪問者 2020年06月03日
-
とあるSSの訪問者
2020年12月17日
番外編の唐突なエヘ様で歓喜
お知らせ
サイトのデザインを大幅に変更しました。まだまだ、改良していこうと思います。
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ワトソンのやつまでは初めて読んだなぁ