ほむら「思い出せない…私は何者だ?」【その2】
- カテゴリ:魔法少女まどか☆マギカ
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前スレ:
ほむら「思い出せない…私は何者だ?」
【その1】
- 333: 2012/03/10(土) 17:54:30.01 ID:jZT1V+wAO
- ガチャガチャ。
レバーを操作。体が手慣れてはいる。
全く経験がないわけではないようだ。センスはある。
ゲーム自体は得意だ。
ほむら「しかしなんだ、この敵は…さっきから左右に行ったり来たり…」
ゲームも終盤、この調子でいけるかと思っていたら思わぬ強敵にぶつかった。
まさか即死攻撃をしてくるとは。
先ほどから何度も負けている。
ほむら「ここまで来て諦められるものか……」
コインを入れる。
勝つまでは諦めない。
繰り返す。何度でも。
- 334: 2012/03/10(土) 18:01:11.65 ID:ctnXPdyT0
- 「懐かしいもんやってるねぇ」
ほむら「……」
「さっきからずっとそこで頑張ってるけどさあ、いつからやってんのさ」
後ろの外野がしつこく話しかけてくる。
私と同じくらいの子供の声だ。
ほむら「夕時からかな」
私はジャンプとしゃがみで忙しかったが、答える。
回避は順調だ。
ほむら「ここは人の巡回も少ないし、夜でも長居ができそうだ」
「ずっとやるつもりかい?そいつの後もラスボスいるし、めんどいよ」
ほむら「硬貨ならある、クリアまでは張り込むさ」
「ふーん」
ほむら「!」
敵が隙を見せた。
今ならいける。勝てる!
ほむら「ブラボォー!」ダカダカ
(…見滝原の制服……変な奴) - 335: 2012/03/10(土) 18:12:30.62 ID:ctnXPdyT0
- 結局、ゲームクリアまでこぎつけても店員に補導されることはなかった。
場所は遠いものの、ゲームをやる分にはなかなか良い場所だ。次からはここでやろう。
ほむら(しかし、暗くなってしまったな)
もう夜中近い。
ゲームに熱中している間は記憶というか、体を通じて昔の感覚が呼び醒まされるような気分だった。
やったことのあるゲームかは知らないが、ゲーム自体に腕に覚えがあるのだ。
ここから記憶を取り戻す足掛かりを作っていければ良いのだが。
ほむら(だが、暁美ほむら…私が記憶を取り戻したとして)
果たして、今の私の人格はどこへ行ってしまうのだろう。
昔の暁美ほむらと一体となるのか。
それとも、昔の暁美ほむらの行動原理のままに、今の私の精神は無為となるのか。
ほむら(……)
無にはなりたくない。私は、他ならぬ私自身のために奔走しているというのに。
昔の私に今の私を否定される筋合いはない。
今の私だって私だ。
だが私に、昔の私の全てを否定する勇気もない。 - 336: 2012/03/10(土) 19:31:17.40 ID:ctnXPdyT0
-
嵐。また嵐が吹いている。
不吉な灰色の空。
渦巻く雷雲。
ゴミ屑のように吹き飛ばされる車。紙のように宙を空回りするコンクリの壁面。
瓦礫の山。
――何度戦っても――……
視界がぼやける。
額の流血に視界が覆われる。
赤と灰色の不吉な世界。
私はここで何をしている。 - 337: 2012/03/10(土) 19:45:11.88 ID:ctnXPdyT0
- ほむら「……」
目を開ける。無言で布団から抜け出す。
昨日は一日中趣味の時間だった。今日は多少なれ、魔女を狩らなくてはならないだろうか。
…ソウルジェムに余裕はある。
今日もまだ、マミに二人の見学会をさせておこうか。
ほむら「……ん」
時計を見ると、まだ4時過ぎ。
学校への準備をするには早すぎる時間帯だった。
ほむら「…そうだ、丁度良いしあれを探そうか」
朝にしかできないこともある。
私はワトソンへの缶詰を開けるのに手こずりながらも、無事に朝食を済ませて外へ出た。
自分の朝食は後で食べる。 - 338: 2012/03/10(土) 20:08:45.94 ID:ctnXPdyT0
- 「あんむ」シャリ
「んむっ」シャリ
「あー……ん?」
ほむら「……」
(昨日のゲーセンの奴じゃん、こんな時間の、こんな場所に何の用だ?)
(……ここはもう…)
ほむら「…よし…そのまま…いける、よし…動くなよ…」
ほむら「っはあ!」
(うお、何かに飛びかかった)
――バサバサバサバサ
(………鳩?)
ほむら「…く、力を使わずに捕まえるのは無謀か…」
(…アホらし、あれで学校行ってんのかなアイツ) - 341: 2012/03/10(土) 20:18:54.13 ID:ctnXPdyT0
- 隣町の教会にまで足を運んだというのに、結局鳩は一匹も捕まらなかった。
能力を使えば捕まえるのは容易いが、生き物を相手に使うのは気も引ける。
いつかは私自身の力で、あの鳩を捕まえてやる。
ほむら「ごちそうさま」
チリトマトのほのかな辛さで頭も覚醒した。
今日の一日も頑張ってやっていこう。無意味には過ごさない。
ほむら「ワトソン、今日は私についてくるか」
「にぁ」
否定している。
盾の中は窮屈なのだと。
ほむら「私も一度でいいから盾の中に入ってみたいものだ」
昔のSFのように、目が回るような幾何学模様をしているわけではなかろうが、一度覗いてみるだけならば良いのかもしれない。
ほむら「いってきます」
「にぁ」
ほむら「壁紙は丁重にね」
「にゃぁ」
学校へ向かう。 - 343: 2012/03/10(土) 20:37:09.57 ID:ctnXPdyT0
-
授業内容は全て簡単なもので、流し聞きしていてもほとんど問題はない。
突然指名されても即座に答えを導き出せる程度には、私の頭は冴えている。
逆にこの学校の習熟度が低いのかもしれない。
ほむら「……」
白いプリントを正方形に切り取り、折り紙の原型を大量生産している。
鳩が見つからないのでこれで紙飛行機を作らなくてはならないのだ。
教師「おーい、暁美…」
ほむら「はい」
さやか(やっぱり指されてるー)
まどか(大丈夫なのかな…)
教師「…ここ、わかるか?」
ほむら「石灰水が濁る」
教師「……よろしい」
さやか(相変わらずすげー…)
紙飛行機は頭を潰せばよく飛ぶのだが、やはりそのままの方が飛んでいる姿は格好いいものだ。
- 352: 2012/03/10(土) 23:10:05.48 ID:ctnXPdyT0
- ほむら「ふーん」
昼になる頃には、20機の綺麗な飛行機が完成していた。
これが再び、大勢の観客の前で飛ぶことを思うと胸が高鳴る。
まどか「随分作ったね」
ほむら「おお、まどか…多いに越したことはないからね」
まどか「あ、昨日ほむらちゃんがマジックやってる所、見かけたんだぁ」
ほむら「なに?見られていたか」
私は一切気付かなかった。
まどか「うん、マミさんやさやかちゃんも遠目にだけどね、人、沢山いたね」
ほむら「大勢の人が立ち止まってくれて良かったよ」
ゆくゆくは大きな会場を借りてやってみたいものだ。
私を囲む大勢の観客。
繰り出す奇術に息を飲むホール。
ほむら「…ふふ」
ああ、鳩が欲しい。
- 353: 2012/03/10(土) 23:16:43.12 ID:ctnXPdyT0
- 屋上に上がるとマミが居た。
マミ「暁美さん」
ほむら「やあマミ、いつもいるね」
マミ「いつも、というわけではないわ、最近よ」
いつものようにベンチに腰掛ける。
空は青い。
こんな日はウィダーinゼリーで昼食を取るに限る。
マミ「……」
隣で弁当を広げている最中のマミが複雑そうな目でこちらを見ている。
何か言いたげだが、彼女が言いたいことはわかっている。
私は懐からもう一本のウィダーinゼリーを取りだした。
ほむら「問題ない、さすがに1つで済まそうとは考えてはいないさ」
マミ「……うん」
10秒で食べられる食品ではなかったが、マミがひとつのおかずを食べ終わる頃には完食した。 - 355: 2012/03/10(土) 23:26:39.94 ID:ctnXPdyT0
- ほむら「二人の具合はどうかな、負担なくやれているかい、マミ」
マミ「うーん、そうね…美樹さんは魔法少女になる意欲を強めている感じだけれど…私自身の負担はないわね」
ほむら「さやか、そうか…」
彼女にも躊躇はあるが、目的を目の前にしての踏ん切りに近いものだろう。
あと一歩が踏み出せずにキュゥべェと契約できない、そういった具合だ。
だが何かきっかけを見つけてしまえば、彼女はすぐ魔法少女になってしまうのかもしれない。
あまり好まれた事ではない。
マミ「美樹さんもそうかもしれないけど、鹿目さんは願い事という時点でかなり悩んでいるわね」
ほむら「それが正しい形だな」
マミ「ええ、願い事はちゃんと考えてほしいものだし」
ほむら「悪魔に魂を売り渡すようなものだからな」
QB「悪魔とは心外だなぁ」
白い猫が沸いた。
キュゥべェ。彼がどこから出現するのかは謎だ。
ほむら「…なあ、キュゥべェ」
QB「なんだい?」
ほむら「…いや、なんでもない」
QB「?」
客に見えないタネを仕込んでも仕方がないな。
マミ達にはバレているし。 - 356: 2012/03/10(土) 23:36:32.31 ID:ctnXPdyT0
- 今日も学校が終わった。
マミの話によれば、魔女退治は夕方過ぎ、ほぼ夜になってから始めるらしい。
さすがに放課後からすぐに、というのは負担の多い話だ。当然だろう。
「暁美さん、今日の帰りは…」
ほむら「ああ、良いよ、約束だからね……付き合おう」
「キャッ!ありがとう!」
「いいなぁ、暁美さんと一緒に下校」
「ねえねえ、私も良いですか?」
ほむら「構わないけど…私にもやることはあるから、帰るだけだぞ?」
「それって、路上でのマジックですよね!」
ほむら「え」
何故それを知っている。
「昨日見てたんですよぉ!かっこよすぎてもう、ほん惚れちゃいました!」
ほむら「なんと」
「ねー、暁美さんって、実はすごいマジシャンだったんだねー、うちもお父さんが見てたよ」
「ナイフとか使ったりねー」
ほむら「……」
目立ちすぎたか。いや、嫌いな事ではないんだが。 - 357: 2012/03/10(土) 23:44:58.50 ID:ctnXPdyT0
- 「ねえねえ暁美さんって、いつからマジックやってるの?」
ほむら「あー、結構…いや最近」
知らない。
「前の学校って普通のって言ってたけど、すごい頭良い所だったり?」
ほむら「んー、まあ」
知らない。
「お父さんとかお母さんって――……」
知らない。
やめてくれないか。
頭にかかる靄が鬱陶しい。 - 358: 2012/03/10(土) 23:59:35.70 ID:ctnXPdyT0
- クラスメイト達を送っている間に、随分と時間が経ってしまった。
ほむら「…」
深くは知らない道を歩く。
見知った場所に着くころには、空に赤みが差しているだろう。
暗い場所ではあまりマジックは見せたくない。
この後私はどうしたものか。
ほむら「……せっかくだ、このまま隣町まで行ってしまおう」
向こうでマジックを披露して私の存在を周知させるのも一興だ。
隣町ならば、まだ明るいうちに奇術をお披露目できるだろう。
同じネタも使えるし一石二鳥だ。
ほむら「よし!」
気落ちしていたが一転、明るいやる気を湛えて歩きだす。
いざ、名も知らぬ町へ。
- 361: 2012/03/11(日) 11:56:23.56 ID:SVOq308H0
- 隣町でも人の反応はそう変わらない。
私がハットに花を咲かせるたびに静かなどよめきが起こるし、スカーフをステッキに変えれば目が見開かれる。
ほむら「はい、盾の中からステッキ~」
「「「おおー」」」
何の捻りもない芸を前にしても皆喜んでくれる。
私の存在が周知されれば、魔法少女の姿で町中を歩いていても大丈夫なのかもしれない。
ほむら「はい、盾の中からカットラス~」
「「「おおー」」」
私は盾マジックに味をしめ、次回からも使い回す事にした。
- 362: 2012/03/11(日) 12:33:17.04 ID:SVOq308H0
- マジックを終えた後はゲームセンターの時間だ。
ゲームは面白い。だが記憶を取り戻さなければ、という焦りが先行しがちで、楽しみきれていない気持ちがある。
こちらも余裕があるわけではない。
いつまでもクラスメイトからの質問に適当な答えを返すわけにはいかないのだ。
今の私と昔の私に相違はあるが、全てがそのままでいいはずもない。
ほむら「……」
レバーを使った微調整。
ほんの少しの操作ミスが死に直結する。
魔法少女の動体視力をもってすれば、たとえ実弾であろうが避けられない弾などない。
ほむら「くっ!」
そんなことはなかった。
「あーあ、また死んだじゃん」
ほむら「ラスボスとはいえ……弾が大きすぎる、避けようがない」
前にも会った事のある外野だ。
この子もいつもゲームセンターにいるらしい。 - 363: 2012/03/11(日) 12:48:38.50 ID:SVOq308H0
- 「あの弾をオーバーに避けてるみたいだけど、周りの白っぽい所に辺り判定はないよ」
ほむら「何?本当か、ありがたい、良い事を聞いた」
再挑戦だ。勝つまでやる。
「あんた最近ずっとここ入り浸ってるよね」
顔は見ていないが、後ろの外野は飴を舐めながら喋っている。曇った声だ。
「夜遅くまで色々なゲームやってるみたいだけど、家出でもしてんの?」
ほむら「時間がないだけさ、夜は暇でね」
「その制服、見滝原中だろ?自分の所にも大きなゲーセンがあるじゃないか」
ほむら「取り締まりが厳しくてね」
「ははっ、そういうことね」
なるほど、確かに弾の白い部分は当たっていない。
これなら避けるのも楽だ。 - 373: 2012/03/12(月) 06:12:11.51 ID:zj7Is8oAO
- ほむら「キミこそいつもいるだろう、ちゃんと学校に行ってるのか?」
「行ってないよ、行くわけないじゃん」
外野はさも当然であるかのように答える。
「私の家、随分前から両親いないからね」
ほむら「孤児か」
ボムは使わない。ショットだけで勝つ。
「……そーゆーこと、止める奴もいなきゃ促す奴もいない、楽な立場さ」
ほむら「孤独なだけだ」
「……あん?」
紅い弾を避け続ける。
ほむら「楽なのはいつだって最初だけ、寂寥は後からいくらでもやって来る」 - 374: 2012/03/12(月) 07:09:58.46 ID:zj7Is8oAO
- 強くなる度に、全てを守れない無力さに失望する。
強くあろうと願う度に、私と“あなた”の距離は離れて…。
ほむら「…だから……私は……」
被弾。
自機の魔女が死んだ。
手が動かない。
「おい……?」
ほむら「……何故私はそんな事を」
体が震える。
記憶が戻ってきたわけではない。
ただ突然に、どうしようもなく寂しくなった。
寂しくて寂しくて、どうしようもない。
「…ラスボスで死んでまで、私に何説教しようってのさ?」
ほむら「…人は一人じゃ生きていけないってことかな?」
後ろの外野に向き返る。
八重歯の可愛いつり目のその子は、呆れ顔だった。 - 375: 2012/03/12(月) 09:19:37.82 ID:zj7Is8oAO
- 「一人で生きるのが寂しいのはまぁ、わかるけどさ」
彼女が操る魔女は機敏で、すいすいと魚のように弾を避けてゆく。
「大切なもん失って、もっと寂しくなってちゃあ世話ないっしょ」
ほむら「心にも良くない?」
「そ、何も持たない奴が、一番長生きするもんだよ」
ボムが相手の弾を一掃する。
光線が画面を飲み込む。
ほむら「物足りなさを感じることはないのか」
「さあね」
再びボムが炸裂する。
ボムは無くなった。
「あんたは、何も持ってない人?」
ほむら「いいや」
私には友達がいる。
「矛盾するようだけど、あるうちには大切にしなよ」
「持たない方が良い、って思うのは、それからさ」
敵を撃破した。 - 377: 2012/03/12(月) 12:18:04.95 ID:zj7Is8oAO
- 暗い帰路。
アルコール屋の眩しい明かりを目印に、家を目指す。
スーツの有象無象の流れの中で、ゲームセンターで出会った少女の言葉を反芻する。
大切なものを失うくらいなら、持たない方が良い。
なるほど一理ある。魔法少女としてはその失望こそが最大の危険といえる。
願った希望に裏切られた時、絶望は生まれる。
それは魔法少女の願いだけに限らず、様々な場所に存在している。
家族、友人、なんだって絶望にはなり得る。
美味いチリトマトのスープだって、時として制服の左袖に牙を剥く事もあるのだ。人生は何が起こるかわからない。
ならばいっそ孤独に、孤高に、という考え方もわからなくはない。
詢子「うぇいぃ~…そッたれがよぉンのヤロ…」
ほむら「……」
若い女性が看板を抱いてうずくまっている。
私は一人ではない。さやかやまどか、マミも友達だ。
依存しているわけでもないが、彼女らは私の守るべき存在。
私の手の届く内にある限り、私はその全てを守ってみせる。
ほむら「家はどこに?指差すだけでも」
詢子「ん~…良いシャンプー使ってんなぁ~…」
OLを守れなかった贖罪を兼ねて、私は女性を担いで歩きだした。 - 378: 2012/03/12(月) 12:37:44.04 ID:zj7Is8oAO
- ほむら(やれやれ、手間取ったな…)
酒癖の悪い女性だった。
私に上司の愚痴を垂らされても困る。
彼女の誘導のままに家に送り届けたが、果たしてあの家で合っていたか。
マミ「……あら」
ほむら「ん」
人気のない公園に彼女はいた。
魔法少女の姿のままなので、魔女と戦っている最中だったか。
マミ「こんばんは、暁美さん」
ほむら「やあ、遅くまで大変だな」
マミ「ええ……暁美さんは魔女退治ではないの?」
ほむら「ただの夜遊びさ、おかげでソウルジェムも調子が万全じゃない」
マミ「そう…じゃあこれ、使っていいわよ」
グリーフシードが投げられる。
黒っぽい色が夜に溶けて焦ったが、平静を装って受け取る。
ほむら「悪いね、濁りは放っておくわけにはいかないからな…いつか借りを返さなくては」
マミ「…良いのよ、同じ魔法少女なんだから」
ほむら「そういうものか」
マミ「私は、そうありたいと思っているわ」 - 381: 2012/03/12(月) 18:33:06.93 ID:P7WpNlAY0
- 夜のベンチ。変身を解いたマミに、缶コーヒーの片割れ(税込120円)を差し出す。
ほむら「マミとはよく隣り合う仲だな」
マミ「ふふ、そうね」
缶コーヒーを両手で包みこみ、マミは微笑んだ。
やはり一つ上だ。笑顔もどこか大人の雰囲気がある。
マミ「……」
ほむら「やれやれ、まだまだ夜は冷えるな」
缶コーヒーの芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。だがしばらくは手の中でカイロになってもらおう。
マミ「ねえ暁美さん、魔法少女の願いって、どんな願い事にすればいいのかしら」
ほむら「ん?どうしたんだいきなり」
マミ「ちょっとね……」
ほむら「ふむ」
缶コーヒーを頬に当てて考えてみる。答えはすぐに出た。
ほむら「何でも良いんじゃないか」
マミ「そんなことはないとおもうけど……」
ほむら「自身が魔法少女であることに納得がいく願い事、というのがそもそも不安定なんだ」
マミ「うーん」
ほむら「魔法少女である自分を前提として、ついでに願い事を据えるのが一番だと思う」
マミ「……そうね…そうよね、後悔が無いという意味では、それが一番よね…」
- 382: 2012/03/12(月) 18:44:29.11 ID:P7WpNlAY0
- コーヒーを一口飲む。苦い。
魔法少女としてのあるべき姿。
まずは願い事を、可能な限り納得できる形で使う事だ。
できれば他人のためではなく自身のために使うことが望ましい。
だがそれはほんの序の口、そんなことは大前提と言えることで、それ以上に願い事に固執しない生き方をすることが良いだろう。
何でも叶う願い事とはいえ、それを替えのきかない大黒柱として一生をソウルジェムに捧げることができるか、といえば、実に怪しいのだ。
途中でものの考え方が変われば、たちまちに後悔となってソウルジェムを濁らせるだろう。最善ではない。
極めて魔法少女としての長寿を望むのであれば、大切なものを持たず、その日暮らしで享楽的に過ごすことが一番だ。
魔法の力を振るい、さながら魔王のように冷徹に、世間に君臨し生きる。
壊れて困るものを身の周りに置かず、孤高に、孤独に、しかし楽しく過ごす。
ゲームセンターの彼女が言うその生き方こそが、極端ではあるが最も健全な魔法少女としての姿と言えるだろう。
わたしはそれほどまでになりたいとは、さすがに思わないが…。
マミ「ねえ、暁美さんは……どんな願い事で魔法少女になったの?」
ほむら「……」
ああ、また聞かれたか。
- 384: 2012/03/12(月) 19:40:40.37 ID:P7WpNlAY0
- ほむら「…私の願いは、さあ、なんだろうな」
変身する。
時を止め、ハットとステッキを傍らに。
マミ「…その盾は、暁美さん自身を守るためのもの……そう言っていたわね、他の人を守るようにはできていないって」
ほむら「ステッキはまやかし、ハットもおかざりさ」
マミ「暁美さん、弱くはないはずだけれど」
ほむら「弱いさ、私には元々、魔法の素質が大してなかったのだろう」
時が止められるのは私の能力だから良いとして、結界を張れないというのは魔法少女らしからぬ事だ。
ほむら「願いも、大したことではないのだろうさ」
思い出せないが。
願い事以上に、私が過去にしてみせた数々の思わせぶりな景色に興味がある。
ほむら「マミの願い事は何だったんだ?」
マミ「私は…事故で死にそうになった所をキュゥべェに助けてもらったの」
ほむら「ああ…」
マミ「命は大事だものね」
ほむら「ああ、命は大事だ」
コーヒーが冷めてきた。 - 386: 2012/03/12(月) 20:07:27.68 ID:P7WpNlAY0
- マミ「ねえ、暁美さん」
ほむら「ん?」
缶コーヒーを飲み干そうとした時、マミはたずねた。
マミ「因果で魔法少女の素質が決まるって本当?」
ほむら「ああ、そうだが」
マミ「因果って何?」
ほむら「決まってるだろう、それは……」
因果って何だ?
ほむら「さあ、なんだろう」
マミ「…え?」
ほむら「運命、ということなのではないかな、私は魔法少女のシステムの根幹まで知り尽くしているわけじゃないから」
マミ「そう…暁美さんも、深くは知らないのね…」
ほむら「何故因果なんて気にするんだ」
マミ「…えっと、暁美さんが気付いているかはわからないんだけどね」
手の中で缶を転がしながら、マミは語った。 - 387: 2012/03/12(月) 20:21:26.22 ID:P7WpNlAY0
- ほむら「まどかに、魔法少女としての素質が…か」
あのおっとりぼんやりな子が魔法少女というだけでも想像もつかないのに、とてつもない素質ときたか。
マミ「ええ、キュゥべェも言っていたし、私も感じるわ」
ほむら「まどかに強い因果が関わっていると?」
マミ「因果っていうのが関係しているとするならだけどね…」
あの平凡な子にどんな因果が詰まっているのか、まったくわからない。
確かに演歌を聞いていたり、挙動不審な所はあるかもしれないが、一般人と言ってなんら差し支えもないはずだ。
ほむら「……む、むむ、まずい、な」
マミ「え?」
ほむら「それはマズイ、非常にマズイな」
マミ「どういうこと?暁美さん」
ほむら「まどかが一体全体、どの程度強い魔法少女になるのか知らないが…それに合わせて、まどかが魔女になった時のリスクが高くなる」
マミ「え?」
ほむら「あの子は流されやすそうだから…願い事、それに対する絶望や失望には脆い印象を受ける」
マミ「……」
ほむら「ひとたびソウルジェムが濁れば、まどかは最悪の魔女に変わり果ててしまう…それは、なんともまずい話だ」
マミ「あの、あの……暁美さん」
ほむら「ん?」
マミ「魔女って…?その、あのね。鹿目さんが魔女に…?」 - 393: 2012/03/12(月) 20:26:52.14 ID:P7WpNlAY0
- ほむら「今すぐ魔女になるわけでは――」
マミ「ごめんなさい、そうじゃなくて、えっと…」
ほむら「どういうことだ?」
マミ「ごめんね、こっちが聞きたいのよ…」
ほむら「だから何を?」
マミ「待ってよ、どういうことなのよ」
声が震えている。マミは静かに立ち上がった。
マミ「意味がわからないわよ…どうして鹿目さんが魔女になるのよ…」
ほむら「……ああ、そういうこと」
なんとなく察した。彼女は知らなかったらしい。
魔法少女が魔女になることを。
ほむら「私達、魔法少女が持っているソウルジェム…これが濁りきった時、私達は魔女に生まれ変わる」
マミ「……」
ほむら「知りたかったことはこれだろう」
マミ「……知りたくなかった…」
涙交じりに掠れ出た声。
マミ「そんなこと……知りたくなかった…」
ほむら「……」 - 394: 2012/03/12(月) 20:34:06.29 ID:P7WpNlAY0
- マミ「私のやってきたことって……何だったの?」
ほむら「……?」
マミ「私が倒してきた魔女は……魔法少女だったのよね……」
ほむら「ものによっては使い魔だ」
マミ「私がこの手で…?」
ほむら「おい、マミ大丈夫か」
彼女の後ろ姿が危うく見える。
両手を見比べ、わなわなと震えている。
ほむら「落ちつくんだ、魔女は魔女であって、魔法少女ではない」
マミ「……」
ほむら「魔法少女が魔女になった時、それはもはや、戦う事をやめた“死”の時だ」
マミ「……」
ほむら「魔法少女のソウルジェムが限界まで濁り、魔女になる…確かにそれは世界にとって痛手となるだろうが、その新たなる魔女を抑制することも魔法少女としての務めだ」
マミ「……」
ほむら「マミ…」
彼女から黄色い閃光が瞬く。
私は咄嗟に盾を構えた。 - 395: 2012/03/12(月) 20:41:07.44 ID:P7WpNlAY0
- 金属が強く弾かれる音と共に、私は数歩ほど後ろに後退した。
自分の意思で下がったのではない。
マミの弾丸のエネルギーで押しやられたのだ。
ほむら「冷静になれ、マミ」
マミ「うっ…うううっ…!」
左手の盾からエネルギーの余波が煙として棚引いている。
煙の向こうには、マスケットの銃口をこちらに向けるマミの姿があった。
両目から涙を溢れさせ、嗚咽を堪えて、しかし私を見ている。
ほむら「マミ、」
マミ「魔法少女は魔女なのね…!あなたも、私も…いつかは、魔女になるしか…!」
何を言ってもどうしようもない目をしている。
私がしばらく留まっていた病院の隣の部屋の患者がこんな目だった。
ほむら「言うよりも頭を冷やさせる方が早いか、マミ」
マミ「うわあぁあぁああああッ!」
引き金が引かれる。
させるものか。
時を止める方こそまさにノータイムだ。
カチッ
- 398: 2012/03/12(月) 20:58:36.14 ID:P7WpNlAY0
- カチッ
マミ「っ…!」
ほむら「1.ミスディレクション」
マスケット銃が公園の闇を撃つ。
私はマミのすぐ隣に移動していた。
ほむら「“こいつの力は一体?”君はそう考えているだろう」
マミ「わぁああああッ!」
伸びるリボン。わざわざ捕まってあげる義理もない。
カチッ
マミは錯乱状態にある。なんとかして、手荒な真似をしてでも目を醒まさせる必要がある。
カチッ
マミ「捕まえッ…!?」
ほむら「2.ジャック・ザ・ルドビレ」
マミ「くっ…!?鎧!?」
私の居た場所には中世の鎧騎士。
私は電灯の真上に移動している。
マミとは一度戦った。攻撃パターンがわかっている以上、対策は簡単だ。
ほむら「“瞬間移動?物質移動?両方?”冷静に物事を考えられるようになったか?」
マミ「降りてきなさい!私のソウルジェムが濁りきる前にあなたを殺さないと……ッ!」
ほむら「だめか」
雁字搦めに縛られた中世の騎士がこちらに飛んでくる。やれやれ。
カチッ
- 399: 2012/03/12(月) 21:07:43.40 ID:P7WpNlAY0
- 空中で面白おかしいポーズを取っている鎧騎士をワンクッションに、地上へ降り立つ。
元のベンチに腰をかけ、ステッキを持ち、ハットを被る。
カチッ
ほむら「落ちつけマミ、魔法少女が今すぐ魔女になるわけではないだろう」
マミ「嘘よ!みんな最後には魔女になる!なら今すぐ…今すぐみんな!」
ほむら「冷静になれば君の言っていることがめちゃくちゃだと…おっと」
カチッ
危ない危ない。マミめ、銃の狙いだけは正確に私の左手のソウルジェムに合わせている。
狂っているようで、戦闘面では狂っていないな。
長年のしみついた戦闘経験からか。厄介な人だ。
ほむら「言って聞かせてわからないんじゃ、次は痛めつけてみるしかないか」
子供はそうして強くなる。
私はゆっくりベンチから立ち上がると、右に数歩歩いて、
カチッ
- 400: 2012/03/12(月) 21:14:22.35 ID:P7WpNlAY0
- ベンチに突き刺さる弾丸。
ほむら「3.殺人ドール」
マミの腕に突き刺さるナイフ。
マミ「っ…ぁああっ…!?」
ほむら「静まれマミ、近所に迷惑だ」
マミ「うぐっ、ううっ、あ、暁美さん…ううう…!」
マミはその場にうずくまった。
手を抑え、うめき声を漏らしている。
ほむら「血を流して落ちついたか?」
マミ「…うう……」
ほむら「よく考えてもみるんだ、私達魔法少女がいなくなれば……」
マミ「――魔女はいなくなる」
ほむら「……くそったれ、やりやがったな」
私の後方。
風穴の空いたベンチの、その風穴から、一条の黄色いリボンが、私の左足首を捕えていた。 - 402: 2012/03/12(月) 21:21:24.14 ID:P7WpNlAY0
- ほむら「……」
ぐっ、ぐっ。
足を引いてみる。うんともすんとも、言うことは言うが、リボンは私を離してはくれない。
マミ「暁美さんって本当にすごいわ、瞬間移動かしら?物でも自分でも自在に、いろんな場所に動かしてしまうんだもの」
ほむら「拘束を解くんだ、マミ」
マミ「でも前はこうして縛っちゃえば動けなくなったわよね?ふふ、なら今回もそうしてみようって、そう思ったの」
左手マスケット銃が構えられる。
撃って来るつもりなら……。
マミ「前と同じって言ったでしょ?盾は使わせないわ」
ほむら「!」
マミの右手から伸びるリボン。抵抗する間もなく、私の左腕は縛られた。
マミ「ついでにその怪しいステッキもね」
――がいんっ
二代目の紫ステッキが銃によって吹き飛ばされた。
私のステッキに何か恨みでもあるのか。
マミ「…マジックショーごっこはおしまいよ」 - 409: 2012/03/12(月) 21:33:07.65 ID:P7WpNlAY0
- ほむら「グリーフシードを安定的に集めることができれば、魔法少女が魔女になることはない」
マミ「いつかは絶対になるわ、そういつまでも続けられることじゃない」
ほむら「なる時が来たらなら自分でソウルジェムを砕けばいい、そのマスケット銃を使ってもいい」
マミ「全ての魔法少女がそうするわけないじゃない」
ほむら「私はそうする」
マミ「信じないわ」
ほむら「絶対にそうする」
マミ「暁美さんのこと、私は、ぜんぜんわからない、何も信用できないわ」
ほむら「私を信じろ」
マミ「良いの、もう良いのよ、貴女を殺して、私も死ぬわ、それで魔女の大元を二匹も仕留められるなら……」
マミの周囲に、いくつもの銃はが浮かぶ。
いつぞやのまずい場面の再現か。
ほむら「マミ、魔法少女は希望を振りまく存在なんだろう?」
マミ「希望なんてない!みんな死ぬしかないじゃないっ!」
ほむら「希望はある!私を信じろ!マミ!」
マミ「黙ってよ!!そんなの信じないッ!!」
ほむら「4.ザ・ワールド!!」
マミ「ぁああああぁああああぁッ!!」
一斉射撃。無数の光弾。
ほむら「時よ止まれ!!」
カチッ - 414: 2012/03/12(月) 21:41:03.85 ID:P7WpNlAY0
- マミ「嘘……」
時間の止まった世界。
ほむら「魔法少女が条理を覆し、希望を振りまく存在なのだとしたら」
ほむら「条理を見て絶望するなんて、バカバカしい事だと思わないか」
私の目の前で止まる黄色いエネルギーの弾丸。
約20発。
マミ「なにこれ…え!?どういう…!?なんで弾が止まって……!?」
ほむら「決まってる、魔法少女が起こす奇跡、魔法少女という存在」
ほむら「それこそ私の魔法だ」
盾を開き、反った幅広の刃を突き出す。
盾自体から伸びた鋭利な刃物によって、マミと私を繋ぐリボンは断たれた。
マミ『……』
そして、私から離れたマミの時も止まる。
ほむら「まさか、引っかかって取り出せなくなったこいつが役にたつとは」
アパートの天井に下げていた振り子ギロチン時計のギロチン部分である。
頑張って入れたはいいものの、出す事ができなくなり、中途半端に顔を出すナイフのようになってしまった。
まぁ結果オーライだ。
奇跡は起きた。 - 416: 2012/03/12(月) 21:53:07.39 ID:P7WpNlAY0
- カチッ
マミ「……!」
正面から吹き抜けてゆく紙飛行機。
上に乗せたパンジーの花弁が、ひらりひらりと宙を舞う。
正面に私の姿などあるわけがない。私は足を拘束するリボンを断ち斬り、マミの背後にいる。
ほむら「マミ、魔法少女に絶望することはない」
マミ「……」
マミはこちらに振り向かない。
ほむら「グリーフシードを集めるのは辛いし面倒だが、マミ、君のやっていることは間違いなく人助けだ」
マミ「……」
ほむら「魔法少女が魔女になるからどうした、人を襲う魔女を野放しにしていいのか?正義の味方が」
マミ「私は……」
ほむら「限界まで魔女と戦って、限界を感じたらソウルジェムを砕く、私はそうする」
マミ「私はっ……!」
むにゅ。
振り返ると思ったので、私はあらかじめマミの頬に人差し指を置いていた。
やわらかな頬に指が食い込む。
マミ「……」
ほむら「君もそうしろ、それだけでいいだろ」
変な顔だ。
マミ「うっ…うううっ…うううう~っ…」
本当に変な顔だ。
私達が死ぬまで、私達は希望を振りまく存在であり続けよう。
少なくともマミにとってはそれが一番の生き方だ。
結局この夜、マミは私の缶コーヒーを飲まなかった。苦いものは苦手だったのだろうか。
次からは花伝にしよう。 - 425: 2012/03/13(火) 18:26:47.11 ID:YUeJNYji0
-
そこは夜。
ぼんやりとかすむ視界。それでもわかる、月の大きな夜。
襲い来る眠気。
途切れそうになる集中力を気合いで持たせる。
震える手を噛み、血を流す。痛みが感覚を呼び戻す。
そして再び、針の穴に糸を通し続けるような、繊細でいて単調でいて、失敗できない膨大な作業を繰り返す。
そそり立つ湾曲した壁面。
私は血の滲んだ手で、その壁に配線と設置を施してゆく。
うわごとのように何かを呟きながら、何かを作ってゆく。
たった一人で。何分も。何時間も。
夜が明けるまで。
- 426: 2012/03/13(火) 19:13:11.47 ID:YUeJNYji0
- ほむら「朝じゃん」
朝だ。
夜ではない。起きよう。
ほむら「急がなくては…うぐっ」
首に激痛が走る。寝癖だ。
机の上で手品の小道具の仕込みをしたまま寝ているとこうなる。
ほむら「……」
仕方ないので首を傾げたまま早めの朝食を取る。
取ろうと思ったが、首が傾いたままでは啜るという動作が難しい。
私は朝食を諦め、さっさと家を出ることにした。
今日も朝早くから急ぎである。
首を傾げたままでも、何の疑いもなく目的地へと向かう。 - 428: 2012/03/13(火) 19:36:52.21 ID:YUeJNYji0
- 首を傾げながら考える。
昨晩のマミの暴走。あれを引き起こした私の思慮の浅さといったら酷いものだな、と、すぐに反省した。
魔法少女が魔女になる。なるほど、真実を知らない魔法少女がいきなりその事実を突きつけられても、困惑するに決まっている。
もっと気をつけて喋るようにしなくてはならないだろう。
他にも口から滑らせてはいけないものがありそうだ。
しかしマミは今頃大丈夫だろうか。
昨日はあの後、泣きじゃくるマミに成功率40%弱のカードマジックを披露するなど、彼女をあやし続けたのだが、効果があったのかは不明だ。
今頃、自宅でソウルジェムを真っ黒にさせていたらどうしよう。
私は首を傾げているが、これは疑問というより懸念である。
ほむら「おっ」
ハト「くるっぽー」
おんぼろな教会前で、白い鳩を見つけた。
さっそく捕まえよう。
- 432: 2012/03/13(火) 20:15:07.69 ID:YUeJNYji0
- 時間停止は使わない。
変身もしない。
ただ強化した身体だけで、鳩を追う。
ほむら「待てー!!」
待つわけもない。
鳩は私を小馬鹿にするように、颯爽と町中を低空飛行してゆく。
隣町近くまで出向いたつもりが、いつの間にか見滝原にまで戻ってしまったようだ。
朝の通勤スーツが似たような浮かない面持ちで歩いている。
彼らは全力で鳩を追う私をちらりと見て、「おかしなやつだ」と顔をしかめてみせたり、「気楽でいいな」とため息をついたりしている。
私にとってはどうでもいいことだ。
私にとって今一番重要なのは、鳩だ。
ほむら「…あっ」
必死に逃げていた鳩が、大きな建物の窓に侵入した。
何階だろうか。ともかくまずい。
ほむら「……だが袋のネズミとも取れるな」
私はその建物の中へ入ることにした。
この時の私は、時間というものをやや忘れていたらしい。 - 437: 2012/03/13(火) 20:37:43.73 ID:YUeJNYji0
- まどか「ほむらちゃん、どうしたんだろうね」
さやか「何の連絡もしないで休むなんて…ほむら、何かあったのかな」
まどか「…大丈夫かな」
さやか「うーん……まだ一限間目が終わったばかりだし、なんとも……」
ガラララ
マミ「……」
さやか「あ、マミさん!おはようございます」
マミ「お、おはよう、美樹さん…暁美さんは?」
さやか「ほむらは今朝からいないんです…欠席とか遅刻とか、何も言ってないみたいで」
まどか「マミさん、何か知りませんか?」
マミ「え…私は、知らないけど…心配ね、どうしたのかしら」
マミ(暁美さん…?まさか、そんな…昨日の事で怒っているのかな…私、やっぱり危ないからって…見捨てられちゃったのかな)
マミ(でもそんなの当然よね……私、昨日暁美さんのこと…あんなひどいこと…)
ほむら「おはよう、マミ」
マミ「ひいっ!?」
さやか「うお」 - 439: 2012/03/13(火) 20:49:12.85 ID:YUeJNYji0
- さやか「おはようほむら、心配してたんだぞー?」
まどか「何かあったの?ほむらちゃん」
ほむら「ジョギングしてたら遠回りしてしまったようでね」
さやか「すげえ健康的…ってアンタ病弱じゃなかったんかいっ」
ほむら「走れば大抵の病気は治るもんだ」
ほむら「ところでマミ、そこどいてくれないと私が教室に入れないんだが」
マミ「あ、暁美さん……」
ほむら「ん?」
マミ『昨日の…怒ってない?』
ほむら『別に』
マミ『…ごめんなさい私、どうかしてたわ…ううん、ショックが大きすぎた、……いえ、私が脆すぎたんだわ』
ほむら『え?コーヒーの話じゃないの?』
マミ『え?』
- 442: 2012/03/13(火) 21:06:28.86 ID:YUeJNYji0
- マミの精神状態は、平常とはいえないだろうが、
先生「では暁美、この都とはなんて名前だったか答えなさい」
ほむら「平城京」
先生「平安京だ、ちゃんと聞いておくように」
ほむら「はい」
平安とはいえないだろうが、ソウルジェムを急激に濁らせるほどのショックは受けていないようだった。
私と話している時にはやや心を乱しているようだったが、些細なものだろう。
しかしそうさせたのは間違いなく私だ。
魔法少女が魔女になるというシステム。魔法少女は全員がこのシステムを知っているのではなかったのか?
うろ覚えだ。はて。
昼辺りにキュゥべェに聞いてみよう。
いや、マミが既に聞いているか?
とにかく昼休みの時間だ。昼になったら色々と確認しよう。
先生「暁美、小テストの欄外に落書きするのやめなさい、なんだそれは」
ほむら「すみません、鳩です」
- 446: 2012/03/13(火) 21:13:08.02 ID:YUeJNYji0
- これからはうかつに魔法少女のルールを講釈することはできない。
マミ以外の他の魔法少女とも友好関係を持ち、過去の私を探るつもりでいたが、私はものの流れでいらぬ事まで言ってしまうようだ。
昨晩のスリルアクションを再び起こさないためにも、私はなるべく口を噤むことを意識して魔法少女業をやっていかなければならないだろう。
だが何故、私の持っている魔法少女の知識は、マミと異なっているのだろう?
私はキュゥべェのことをうっすらとだが覚えているのに、キュゥべェは私を知らないと言っていた。
記憶を失う前の私は一体…。
屋上の扉を開く。
青空と涼しげな風が迎え入れてくれた。 - 448: 2012/03/13(火) 21:26:53.58 ID:YUeJNYji0
- マミ「暁美さん」
ほむら「やあ」
いつものようにベンチに腰掛ける。
鞄のポケットからカロリーメイトを取り出して封を切ろうとしたが、
マミ「待って、暁美さん」
ほむら「うん?」
マミ「いつもそんな食事ばっかりじゃ身体壊しちゃうよ?」
ほむら「すこぶる元気だ」
朝に野鳥とおいかけっこするくらいには。
マミ「だめよ、いつも見てて心配になってきちゃうわ……ほら、暁美さんの分のお弁当、作ってきたから」
ほむら「なんと」
マミの手元には包みが2つもあった。
二人分も作るのは少しだったろうに。料理わからないけど。
ほむら「良いのかマミ、箸持ってないぞ」
マミ「ふふ、気にしないわ、食べて食べて」
マミが優しい。どうしたのだろう。
カロリーメイトの濃厚な味を期待していた胃腸を裏切ってしまったが、マミの手作り弁当だ。きっとカロリーメイトにも勝らずとも劣らない美味しさに違いない。 - 454: 2012/03/14(水) 12:37:04.20 ID:p1LXwLXAO
- ほむら「ごちそうさま、美味しかったよ」
完食。丁寧に作られた、美味しい弁当だった。
マミ「ふふ、明日もまた持ってくるね」
ほむら「やけに上機嫌だな」
不自然なくらい親切にされて困惑している。
何があったというのか。
マミ「……魔法少女が魔女になるといっても、今じゃない」
ぽつりと呟いた。
ほむら「ああ、いつかは今じゃない」
マミ「ふふ…それに、ソウルジェムが真っ黒だなんて…今ではあまりないもの」
そんな状況じゃ、普通に死んでもおかしくないものね。
マミはそういって笑ってみせた。 - 455: 2012/03/14(水) 17:36:49.98 ID:p1LXwLXAO
- 「やれやれ、暁美ほむら、君は一体どこでその知識を得たんだい?」
マミ「!」
扉から白猫が現れた。
改めてキュゥべェを見て思う。
こいつは駄目だ。
目が子供にウケない。
マミ「キュゥべェ…」
ほむら「君こそ酷い奴だな、魔法少女が魔女になることを、マミには教えていなかったんだろう」
マミ「長い付き合いだから、友達だと思っていたのに」
QB「聞かれなかったからね、昨日も弁解はしたじゃないか」
マミ「隠していたんでしょ?」
QB「ソウルジェムの濁りが限界まで達した時、死に至る。それは紛れもない事実だよ」
ほむら「なるほど確かに」
マミ「っ……暁美さんまで…」
ほむら「なあキュゥべェ、君に聞きたい事があるんだが」
QB「ほう、君から聞くのかい?興味深いね」
- 461: 2012/03/14(水) 20:37:27.65 ID:tnN7Mmgs0
- ほむら「因果の量で、魔法少女としての強さは決まるんだな」
QB「概ねその通りだよ」
ほむら「因果とはなんだ?」
QB「それを知ってどうするつもりだい?」
ほむら「どうもしないが、まどかの因果が膨大なものだと聞いてね、心配になったんだ」
QB「鹿目まどかか、彼女はとても興味深いよ、彼女に関わっている因果の量についでは僕にもわからない」
マミ「本当なの?」
QB「疑問が多いのはこちらも同じことだよ、暁美ほむら」
ほむら「ふむ……」
まどかの因果。キュゥべェも知らないとは、謎は深まるばかりか。
ほむら「…キュゥべェ、私とマミとでは、魔法少女に関する知識の量に差があるようだが?」
QB「何故それを僕に聞くんだい?普通は逆だと思うな」
ほむら「役に立たない白猫め」
QB「わけがわからないよ」
キュゥべェは何かを隠している。こいつには確か、何らかの目的があったはずだ。
こいつは魔法少女を増やし、グリーフシードを集め、そして…。そこからは思い出せないのだが。何かあったはずだ。
マミ「…いきましょう、暁美さん」
ほむら「ああ」
マミは、もうキュゥべェを信用することはないだろう。
- 466: 2012/03/14(水) 23:27:59.56 ID:p1LXwLXAO
- 仁美「はあ、最近はまどかさん達が構ってくれなくて寂しいわ」
ほむら「浮かない顔だな」
放課後。
皆が各々の荷物を持ち、いざ帰ろうという時だ。
仁美「暁美さん…暁美さんも、今日は予定が…」
ほむら「ああ、今日もね…たまには仁美ともゆっくりしたいけど」
仁美は聡い子だ。きっと、話すと面白い相手に違いない。
しかし今日の私は魔女を狩らなくてはならない。
グリーフシードのストックがあるとはいえ、いつまでも魔法少女を休業はできない。
マジックの披露やゲーセン通いも大切な私の時間だが、魔女狩りだって同じだ。
- 467: 2012/03/15(木) 12:03:59.41 ID:qTtKLsEAO
- さやか「ねえほむら、今日一緒に遊ばない?」
ほむら「悪いね、今日は忙しいから」
さやか「そっか…」
まどか「じゃあ、行こっか」
さやか「うん、またねほむら」
二人は仲良く並んで下校した。
性格は似ていないのに、よくあそこまでの距離感でいられるものだ。
マミ『暁美さん、昼に話した通り、今日は……』
いきなりテレパシーがくるとビクッってなる。
ほむら「ああ、わかってる」
仁美「はい?」
ほむら『ああ、わかってる』 - 468: 2012/03/15(木) 12:20:33.59 ID:qTtKLsEAO
- ソウルジェムを指の間に挟んでコインロールする。
落としたら即死するかもしれないので、スリルはある暇つぶしだ。
マミ「危ないわよ、暁美さん」
ほむら「手持ち無沙汰でね」
放課後に久々の魔女探し。
ソウルジェムには反応してるような、そうでもないような明滅が瞬いている。
学校前、大通り、商店街、公園。
街が無駄に広いせいで、探すのは非常に骨が折れる。
探さなければ骨が折れるどころではないので、骨が折れても探すのだが。
ほむら「暇だな」
マミ「そういうものだもの」
転校前に狩りすぎたか? - 469: 2012/03/15(木) 12:32:06.53 ID:qTtKLsEAO
- ほむら「しかしこんな形でなくとも、仲直りなんて私は気にしないのに」
マミ「二人で協力すれば、魔女退治の負担もかなり減らせるわ」
ほむら「ん~」
やろうと思えば負担無く狩れるんだけど。
マミ「何より、その、私が暁美さんと一緒に魔女退治をやっていたい、っていうか…」
ほむら「まぁ見せる相手がいるのは良い事だね」
マミ「見せ……え?」
ほむら「どうせなら、かっこよく魔女退治をしたいじゃないか」
倒すだけでは味気ない。
戦いに美しさや面白さを求めることも重要だ。
マミ「ふふ、確かに暁美さんの戦い方って格好いいわ」
ほむら「燃え上がれ~って感じだろ」
マミ「あはは、何それ」
なんだっけ。 - 472: 2012/03/15(木) 14:06:37.54 ID:qTtKLsEAO
- さやか「はぁ~…なんなんだろ…」
まどか「あれ?さやかちゃん」
さやか「おっす、待たせて悪いねー、行こっか」
まどか「随分早かったけど、上条君に会えなかったの?」
さやか「ん~なんか、都合が悪いみたいでさ」
まどか「ふーん…あ、さっき看護士さんがね、朝に病室に鳩が入ってきて大変だったって話をしてたから、それかもね」
さやか「そんなことあったんだ」
まどか「ドタバタしちゃったらしいよ」
さやか「衛生管理が厳しい所は大変だよねぇ」 - 476: 2012/03/15(木) 18:55:56.16 ID:KqLud5wd0
- まどか「それでね、ママってば中学生の人に連れられて帰ってきたって言ってさー」
さやか「あはは、なにそれー」
まどか「可笑しいよねー」
さやか「いやぁでもそういう一面もあった方が……あれ?」
まどか「ん?どうしたの?」
さやか「…あそこ…壁に何か見えない?黒っぽいの…」
まどか「えっ…あ!」
QB「グリーフシードだ!」
さやか「嘘ぉ!」
まどか「キュゥべえ!あ、あれ放っといていいの!?」
QB「孵化しかかってる…このままだと、病院の一部を巻き込んで魔女になるよ!」
さやか「なッ……それって、超まずいじゃん!」
まどか「なんとかしないと…キュゥべえ、あれ取っちゃえないのかな!」
QB「取るのは無理だ、もう魔女になってから倒すしかないよ」
さやか「そんな…そうだ、マミさんやほむらを呼ばないと…!」
- 477: 2012/03/15(木) 19:38:54.59 ID:KqLud5wd0
- ほむら「3.ジェンガシュート」
マミ「ティロ・ボレー!」
光弾とレンガが魔女を襲う。
倒れた巨大クローゼットは、塵となって消滅してゆく。
マミ「さすがね、暁美さん」
ほむら「マミの技の威力と比べたら悲しくなるよ」
マミ「そんなことない、使い勝手の良い能力だと思うわ、その…えっと…なんなのかしら?」
ほむら「マジックだよ」
マミ「もう、教えてほしいなぁ」
グリーフシードがアスファルトに落ちる。
どういう原理か、グリーフシードはそのままにしておくと縦に起き上がる。
回せば独楽になりそうだ。
ヴーヴーヴー
マミ「…あら」
変身を解いたマミの制服が曇った声で呻く。
ほむら「どうぞ」
マミ「失礼するわね」
私も携帯くらいは持ちたいな。買おうかな。 - 481: 2012/03/15(木) 21:55:23.77 ID:KqLud5wd0
- マミ「……えっ!?わかったわ、わかるから、うん」
ほむら「?」
マミ「すぐに向かうわ!」
携帯を閉じると、マミは踵を返して走り始めた。
ほむら「おいおい、失礼するってそういうことか」
マミ「病院で魔女が出たって!鹿目さんが!」
ほむら「なに?」
魔女が現れたか。連戦になるが丁度いい。
もう一個くらいはグリーフシードが欲しかったところだ。
ほむら「マミ、病院まで競争しないか?」
マミ「競争って…」
ほむら「魔女を倒すまでが競争でもいいけど」
マミ「一応、お遊びではないのよ」
ほむら「早いに越したことはないさ」
マミ「…わかったわ、やりましょっか?ふふ、先輩の本気、見せてあげるわ」
ほむら「その言葉を待っていた」パチン
指パッチン。
カチッ
マミ「何……って、ええ!?もう居ない!?いきなり過ぎない!?」 - 482: 2012/03/15(木) 22:03:34.66 ID:KqLud5wd0
- マミには卑怯な真似をしておいて悪いが、さやか達の二人が危ないというのであれば話は別だ。
今日の昼の屋上では弁当をつつきながら、マミと魔女退治見学については否定的な話し合いをしたものだ。
これからはなるべく、二人を魔女と関わらせない方向で、平穏に付き合っていきたい。
自然に魔法少女のことを忘れるように、ゆっくりとあやふやにしていきたいと。
そう話しあった矢先にこれである。
ほむら(病院の皆を助けたいからと、そんな理由で魔法少女になられては困る)
だから私は今、走っている。
時間停止を駆使して、なるべく早く目的地に着くために。
幸い、病院の場所は把握している。もうすぐ到着だ。
まどか「……さやかちゃん…無事でいて…!」
結界の前で祈っている子が居た。
さやかの姿は見えない。さやかはどうした?
- 486: 2012/03/15(木) 22:13:11.81 ID:KqLud5wd0
-
ほむら「お待たせ、まどか」
まどか「ひゃい!?」
背後からハットを被せてあげると、まどかは数センチ飛びあがった。面白い。
まどか「ほ、ほむらちゃん来てくれたんだ!大変なの!」
ほむら「マミから聞いたよ、彼女もじきに来るだろう」
まどか「さやかちゃん、グリーフシードを見張るって結界の中に入ったの…助けてあげて!」
ほむら「グリーフシードを見張る?なかなか奇抜な発想をするな」
まぁ、探知能力があまり高くない私にとってはありがたい手助けかもしれないけれど。
中で使い魔に殺されていなければいいのだが、さやか。
ほむら「…じゃあ、私は中に入って彼女を助け、魔女を倒す」
まどか「うん、うん!」
ほむら「まどかは…そうだな、まだ見学するつもりでいるなら、マミと一緒に入るといい、それが一番安全だから」
まどか「わかったよ、ほむらちゃん!」
良い返事だ。
ほむら「…あ、ハット返してね」
まどか「え?」
ほむら「じゃあ、いってくる」
まどかに被せた帽子を取りあげ、結界の中へ入る。
さやかを見つけよう。 - 487: 2012/03/15(木) 22:23:38.45 ID:KqLud5wd0
- QB「願い事さえ決めてくれれば、今この場で君を魔法少女にしてあげることも出来るんだけど……」
さやか「……もう、どうしようもないってなった時にはするかも…」
さやか「けど、…なかなか決心はつかないよ」
QB「そうかい?戦いやすくていいと思うんだけどなぁ」
さやか「…石ころになる決断なんて、そう簡単にできるわけない」
さやか「それに願い事だって……ほむらやマミさんが言っていた通り、自分のための願い事じゃないとダメな気がして」
さやか「で、自分のためにどんな願い事をしようかなって考えた時に……どうしても答えが出ないんだ」
カチッ
ほむら「そう、出ないものだよ」
さやか「うわっ!?」
さやかの隣に瞬間移動、風味の演出。
ほむら「なんだ、キュゥべえも居たのか」
QB「さやかを一人にはできないからね」
ほむら「ああ、契約するには君が必要だものな」
QB「そういうことだよ、けどもう出番はなさそうかな?」
ほむら「だろうな」
- 488: 2012/03/16(金) 18:27:25.93 ID:wBfrJmlv0
- お菓子の山を迂回しながら進む。
結界は障害物が多くともだいたいが一本道なので、魔女までたどり着くのは容易だ。
私程度の探知能力でも、魔女の方向などはわかる。
さやか「…魔女は大丈夫かな」
ほむら「そこまで早くは孵化しなかったはずだよ、安心していい」
さやか「そ、そう」
ほむら「孵化してすぐに人間を食おうって存在でもないしね」
さやか「そうなの?」
ほむら「ものによるけど、気ままなものだよ、魔女も」
私と同じでね。
ほむら「……ところでさやか、君は魔法少女になりたいと、今でも思っているか」
さやか「! …わからない、はっきりしないっていうか」
ほむら「どうしても叶えたい願いがあるんだな」
さやか「……うん」
さやか「私の幼馴染が、怪我で入院してる」
ほむら「入院してればいいじゃないか」
さやか「違うの、入院してるんだけど…その、以前やっていたバイオリンがもう弾けないかもしれないって…」
ほむら「治る見込みがないと?」
さやか「そこまでは言われてないけど……」
ほむら「治せるものなら治したいと」
さやか「うん」 - 489: 2012/03/16(金) 18:36:55.37 ID:wBfrJmlv0
- 他人の為に願う。それ自体は悪い事じゃない。
ただ魔法少女として生きるには、綺麗事を抱え続けるというのは難しい。
ほむら「もしも仮にその子の怪我を治したとする」
さやか「?」
ほむら「その子がバイオリンを再開して、しかし退院して二日後に弓で手首をスッパリ落として失血死してしまったら、君はどうする?」
さやか「いやいやいや!ぶっ飛びすぎっていうか何それ、あり得ないってレベルじゃないよ」
ほむら「例えさ」
さやか「スケールが意味わからなくて何を例えようとしているのかわからないよ、ほむら…」
ほむら「幼馴染の子が、怪我を治してすぐに死んでしまったり」
ほむら「再びバイオリンを弾けなくなってしまったり」
ほむら「さやかの事を裏切ったり」
ほむら「バイオリンの子にそうされても平気な覚悟、さやかにはあるのかい」
さやか「……私は、…恭介のバイオリンが聞きたいだけで」
ほむら「キョウスケ?なんだ、バイオリンの子って男か」
さやか「なっ、そういう言い方はちょっと汚い!」
ほむら「その男をものにしたいのか?」
さやか「べ、べつにそんな変な気持ちがあるわけじゃ」
ほむら「本当にただ再びバイオリンを聞きたいだけ?」
さやか「…!いや…その…」
ほむら「あ、魔女の部屋だ」
さやか「え!?ちょっ…」
重い入り口を蹴破り、広い空間に出る。 - 491: 2012/03/16(金) 18:51:55.53 ID:wBfrJmlv0
- ほむら「どこもかしこも甘ったるい菓子ばかりだ、塩気が足りない」
さやか「……」
広い空間をしばらく進むと、高い位置に大きなシリアルの箱が佇んでいた。
ほむら「あそこか」
ソウルジェムの反応を見るに、箱の中に魔女がいるらしい。
お菓子の中から生まれてくる魔女。つまり、お菓子の魔女か。
さやか「…あれ、どうするの?」
ほむら「出てくるまでは待つ、それまではこちらも迂闊に手を出せないからね」
見上げると、脚のものすごく長いテーブルと椅子が見えた。
椅子はいくつかあるが、人間を想定した来客用のものではなさそうだ。
ほむら「…魔女が孵るまでしばらく、魔法少女について話そうか」
さやか「うん、私も話したい…話して、おきたい」
ほむら「そうだな……ん、さやか、そこにあるドーナツに腰掛けてくれない?」
さやか「え?こ、こう」
ほむら「背筋を伸ばして…あ、目も瞑って」
さやか「な、なになに?こんなところでも何かマジック…?」
カチッ - 492: 2012/03/16(金) 18:57:08.06 ID:wBfrJmlv0
- カチッ
ほむら「1、2、3…はい、目を開けて?」
さやか「一体何…ってうおわあああ!?」
仰天し、思わずバランスを崩しそうになるさやか。
当然だ。私とさやかは今、テーブルを挟んで向かい合って座っているのだから。
何メートルもの、とてつもなく高い椅子に座って。
ほむら「意外と安定してるけど、暴れると落ちるよ」
さやか「むむむ、むりむり!何してくれてんのさ!」
ほむら「良いセットがあったし…」
さやか「せめて前もって言ってよ!」
申し訳ない。
でもびっくりさせたい気持ちもあったから、それは聞けない相談だ。 - 495: 2012/03/16(金) 20:05:59.82 ID:wBfrJmlv0
- ほむら「ま、家主が来るまでは好き勝手にくつろいでいよう」
指を鳴らす。
テーブルの上に純白のクロスと、一枚の皿と、二つのティーカップが現れる。
さやか「おおっ…!」
ほむら「コーヒーしかないんだけど」
さやか「あ、ありがと……ていうか飲み物も出せるんだ」
ほむら「あるものだけね」
魔法で生成したものではない。れっきとした実物だ。
とりあえず缶コーヒーを開けて、二人分のカップに注ぐ。
小さな缶を二人で分けると少ないが、小話をするには最適な量なのかもしれない。
ほむら「あ、これおやつ」
さやか「なんでカロリーメイト…」
ほむら「余っちゃったからな」
脚を組み、ハットを膝の上に乗せてさやかを見る。
ほむら「で、さやかはキョウスケの手を治して、本当にバイオリンを聞けるだけでいいのか?」
さやか「う……マミさんにも同じようなこと言われたけど……」
ほむら「ほう」
さやか「……自分でも、よくわからない」
さやか「あいつのバイオリンが聞きたい…それは本当だよ、けど…恭介の事、私、その、好きだし…」
もじもじと蠢いているさやかは新鮮なものがあった。
こちらが素のさやかだろうか。 - 499: 2012/03/16(金) 23:38:24.72 ID:CCgQbqlAO
- ほむら「魔法少女でも、人生でもそうかもしれないが」
コーヒーを一口。
ほむら「施しをする者は、相手に感謝の言葉すら求めてはいけないのだと思うね」
さやか「……」
ほむら「善意を向けられたら、善意や好意で返すのが当たり前…それはこの国のモラルでの話で、」
ほむら「実際には“ありがた迷惑”がられたり、“空回り”したりもするだろう」
ほむら「仮に好感触だとしても、それが長く続く保証なんてどこにもないしな」
ほむら「さやかが、あらゆる理不尽を覚悟しても、なお魔法少女になりたいと言うのであれば私は止めはしない、そんな権利はないしね」
QB「全てはさやか自身の意思だよ」
さやか「あらゆる理不尽か…」
ほむら「たとえ自分の信念が根っこから折られても、絶望しない」
ほむら「そんな覚悟を決めたら、その時はまた私に相談してほしい」
さやか「……」
ほむら「一人で、衝動的に契約をしてはいけないよ」
さやかもコーヒーに口を付けない。 - 500: 2012/03/16(金) 23:50:04.44 ID:CCgQbqlAO
-
まどか「私、頭も悪いし、運動オンチだし……」
まどか「さやかちゃんみたいに元気いっぱいで明るくもないし」
まどか「ほむらちゃんのように格好良くもないし…マジックとか、そんな特技で人を楽しませたりとかもできないし」
まどか「…だから私達、とにかく人の役に立ちたくて…」
まどか「マミさんのように、町の人たちを魔女から守りたい」
まどか「私、魔法少女になったら、それだけで願いが叶っちゃうんです」
マミ「……辛いよ?」
まどか「…」
マミ「思うように遊びには行けないし、素敵な彼氏さんだって作れないだろうし……とにかく大変なのよ?」
まどか「はい」
マミ「怪我もするし……命を落とす事もあるわ」
まどか「…はい」
マミ「…それだけじゃない…もっと、もっと酷い事だって、待ち構えてるかもしれないわ」
マミ(……鹿目さん…ごめんなさい)
マミ(貴女を魔女にするわけにはいかない…契約は、させたくないのよ…)
マミ(たとえ貴女の祈りを、否定することになっても…)
- 514: 2012/03/17(土) 07:23:58.63 ID:P6VLpz5AO
- さやか「……そう、だね…うん」
さやか「私、今日まで魔法少女について悩んでいたけど…ただ、自分の魂をかけるための、背中を押すようなきっかけを探していただけなんだと思う」
伏し目の独白は穏やかな調子で続けられる。
さやか「魂を差し出して腕を治したって、私が後から後悔なんかしたら、恭介だって良い迷惑だよね」
さやか「私、内心では少し……恭介からの見返りを期待してたのかも」
ほむら「うん」
さやか「…しばらく!魔法少女については保留かな!」
いつものさやかだ。
さやか「うん、ほむらありがとう、私、中途半端な気持ちで恭介を助けそうになってたよ」
ほむら「ふふ」
さやかはバカっぽいけど、素直な良い子だ。
魔法少女になった彼女はきっと、愚直な槍使いになるだろう。
──ゴゴゴ
ほむら「、っと…」
さやか「!」
お菓子の箱が揺れる。
- 515: 2012/03/17(土) 07:36:54.38 ID:P6VLpz5AO
- さやか「ほむら!魔女が!」
ほむら「安心しろ、私がいる」
ハットを直し、左手のステッキを軽く掲げる。
盾の準備は万全だ。
ぼーん、とコミカルな音と共に箱から影が出てきた。
小さな影はゆらゆらと揺れながら、こちらへ近付いてくる。
見た目にはファンシーだが、魔女で間違いない。
さやか「こっちくる…!え!?私平気!?」
ほむら「私がいるよ、大丈夫」
- 521: 2012/03/17(土) 12:18:41.91 ID:P6VLpz5AO
- 身構えない。
目を凝らして魔女の動きを監視。
精神を盾に集中させ、いつでも時間を止められるようにする。
──ぼと
魔女「……」
ほむら「可愛い」
さやか「ひぃい…可愛いけど…」
縫いぐるみのような外観の魔女が、私達の間のテーブルに着地した。
可愛い。が、魔女は見た目ではない。
クリオネが多段変形合体してカツオノエボシになるように、何の害もなさそうな魔女でも、突如として道理に背き、トランスフォームすることもある。
油断はできない。
魔女「……」ヒョイ
ほむら「……」
ぶかぶかの袖がカロリーメイトを摘まみあげた。
魔女「……」アムッ
ほむら「………」
カロリーメイトを食われた。
さやか「……可愛いな」
油断してはならない。 - 523: 2012/03/17(土) 12:31:02.95 ID:P6VLpz5AO
- ぼっ と空気が弾ける音が横切り、魔女が空間の端まで吹っ飛ばされた。
一瞬の出来事だったので、何が起こったのかわからない。
マミ「…つい撃っちゃったけど、今のは撃ってよかったのよね…?」
ほむら「マミ」
さやか「マミさん!」
空間の入口にはマミと、その後ろにまどかが居た。
マミの銃が魔女を撃ち抜いたらしい。
マミ「ティータイムなら後でうちでやりましょ?今は魔女を…ね?」
ほむら「ああ、そうだな」
壁際のぬいぐるみを睨む。
どちらが先に魔女を倒せるか。競争をしていたからな。
魔女「……」フシュゥウ
ほむら「あれ?」
魔女の結界が消えてゆく。
マミ「え!?一発で!?」
ほむら「なッ…んだと…っ」
魔女はカロリーメイトを食って撃たれて死んだ。 - 531: 2012/03/17(土) 14:19:44.27 ID:P6VLpz5AO
- 病院前。
まどか「……あ、戻った」
さやか「……だね」
マミ「……」
ほむら「……」
かつん、と力なく落下するグリーフシード。
私はそれを拾い上げ、握りしめる。
マミ「私の勝ちね」
ほむら「……うさぎになった気分だ」
マミ「ふふ」
ほむら「負けたよ、君への賞品だ」
グリーフシードをマミに投げ渡すと、しっかりとキャッチした。
マミ「そういう事なら、ありがたく貰うわね」
ほむら「…さやか、まどか」
さやか「あ、な、なに?」
まどか「え?」
ほむら「今のような魔女なんて、なかなかいないからな」
この釘は大事だと思った。 - 541: 2012/03/17(土) 18:49:02.30 ID:WY/L9EpR0
- ゲームセンター。
ほむら「……」
ゲームをやっていたら、何かカードが出てきた。
「お、トリシューラじゃん、おめでとう、一足遅かったな」
ほむら「つまらないゲームだな、意味がわからない」
「はぁ?わかんないでやってたの?アンタ」
キラキラ輝いているが、どうもカードゲームというものは苦手だ。
やる意欲というものをあまりそそられない。むしろ良く分からない。
ほむら「他のものをやるか…」
「……物好きというか、なんというか」
以前から何度も会っているロンゲ不良少女とは、軽い挨拶を交わす程度にまで親睦が深まった。
彼女はここのヌシらしく、どんなゲームでも大体わかっているようだ。
私くらいの歳で、どうやってそこまで詳しくなれたのかは、つまり不良少女ということだ。
ほむら「なあ君、私と対戦でもしないか」
「お?いいぜ、得意なので来いよ」
ほむら「よし、じゃあそうだな……これでやろう」
「おお、前にやってたな、気に入ったの?それ」
ほむら「まぁね、キャラクターがかっこいいし」
「そうかあ?マッチョすぎるだろ」 - 552: 2012/03/19(月) 07:55:22.44 ID:0jjq4SeAO
- 《エメラルド…》
《無駄ァ!》
3戦目。
私も善戦はしているつもりだが、相手は慣れている。
さすがは不良少女、玄人向けっぽいキャラクターでなんだかよくわからない戦い方をしてくる。
「へへ、どうしたウスノロ~、まだ全然削れてないぜ~」
ほむら「む、む、む」
おかしい。ラスボスは強いはずなのに。
何故ストーリーのようにいかないのだ。
ほむら(こうなったら…!)
一か八かで賭けるしかない。
《ザ・ワ》
「させないよっ」
ほむら「ぐふっ」
何度やってもあいつに勝てない。 - 555: 2012/03/19(月) 12:20:55.16 ID:0jjq4SeAO
- 「しっかしあんたも自由気ままだね」
ほむら「確かに、私を縛るものはあまり無いな」
よくわからない破廉恥な麻雀ゲームの椅子を占拠し、プレイするでもなく割高なコーヒーを飲む。
隣の古めかしいサッカーゲームには、不良少女の彼女が座っている。
彼女はコーラとお菓子を広げ、何しに来たのかと言われんばかりに栄養補給をしている。
「なあ」
ほむら「ん?」
「あんたの名前、聞いても良いか?」
ほむら「私か、私はな、」
(! 弱っちいが、魔女反応…!)
突然に不良少女が立ち上がる。
「悪い、急用だわ、また今度な」
ほむら「そうか」
族の集会でも始まるのだろうか。
彼女はボタンの上のコインクッキーをかっさらい、その割には急いでいる様子で出ていった。
コーラが置きっぱなしだった。
- 556: 2012/03/19(月) 12:42:28.53 ID:0jjq4SeAO
- 路地裏。
奴を追い詰めた。
接触は許さない。
見つけ次第殺す。
撃つ。
飛び散る肉片。
──いや、まだ居る。
奴はまだ生きている。
また追わなくては。
無駄とわかっていながらも、殺し続けなければ。
- 561: 2012/03/19(月) 20:48:24.81 ID:4VXniTWV0
- 目覚めは悪くない。
問題は、ここ最近から見始めた不可解な夢だ。
ほむら「……」
しばらくぼんやりと天井を眺める。
病院と同じ白い天井。
想起されない思考停止のキャンバス。
暁美ほむらの深層心理は、いつだって闇だ。
ほむら「起きよう」
言葉を起爆剤に起き上る。
もたもたしていられない。今日だってやることはある。
幸いなことにグリーフシードは昨日で集まった。
またしばらくは自由行動に専念できる。
「にゃぁ」
ほむら「ワトソン…そうだ、まぐろ缶がある、食うか?」
「にゃにゃにゃ」
ほむら「うん、良い子」
夢の事を考えるのはやめよう。
そう簡単に、そう早く記憶が戻るはずもないのだ。
ゆっくり取り戻す事にしよう。焦る事など何もない。
- 562: 2012/03/19(月) 20:55:36.41 ID:4VXniTWV0
- バター醤油。
流動食のはずが、あまり喉を通らない。
食欲がない。
「にゃ」
ほむら「……」
まぐろ缶を間食したワトソンに分け与えようとも考えたがやめておこう。
コレステロール値が上がる。
結局、大半を残したそれはラップをかけて冷蔵庫の中に保存することにした。
ほむら「……」
冷蔵庫の中には飲みかけのコーラが入っていた。
昨日の族少女の忘れ物である。今日の夜に会えるなら、彼女に渡しておこう。
彼女の名前を聞きそびれてしまったし。
ほむら「……今日は、ショーがあるかもしれない、覚悟しておくように」
「にゃ」
任せろだと。私は良い助手を持った。
ほむら「いってきます」 - 564: 2012/03/19(月) 21:04:18.07 ID:4VXniTWV0
- ほむら「おや」
仁美「あら、暁美さん」
ほむら「おはよう仁美、ほむらで良いよ」
仁美「ふふ、ほむらさん、おはようございます」
委員長と出くわした。
あまり二人きりで話したことのない相手だったので、丁度いい機会といえる。
さやか「お、ほむらおはよー」
まどか「おはよう、ほむらちゃん」
そうでもなかった。
まぁ、この三人は常にセットだ。三人の輪の中で、仁美とも仲良くやっていこう。
魔法少女の素質がないからといって、親睦を深めない理由にはならない。
ほむら「仁美」
仁美「はい?」
ほむら「稽古事で手品を習って、私と一緒にペアを組まないか」
仁美「え、えっ?」
さやか「仁美が過労で死んじゃうって」
- 565: 2012/03/19(月) 21:46:52.32 ID:4VXniTWV0
- ほむら「……」
授業中。
教師の全ての言葉が、するすると耳から耳の向こうへ、課税なしで通ってゆく。
習うまでもなく、黒板にある全ての内容が私の中には網羅されている。
意表を突かれても正答する自身は7割以上ある。
和子「えー確かに、産適齢期というのは、医学的根拠に基づくものですが」
和子「そこからの逆算で婚期を見積もることは大きな間違いなんですね」
和子「つまり、三十歳を超えた女性にも、恋愛結婚のチャンスがあるのは当然のことですから」
和子「したがって、ここは過去完了形ではなく、現在進行形を使うのが正解…」
コンタクトにすればモテるさ。もしくはソウルジェムで目を治せ。
ほむら「……」
罫線の無い自由帳にマジックの案を書き連ねる。
口元を押さえ、じっと考える。
現在使っている小道具をあらかたここに書き出し、これから使いたい小道具も書いてみた。
しかし何かが足りない。
私のマジックには確定的に何かが不足している。
ナイフでもロープでも花束でもない、何かもっと別の…。
和子「それでここの意訳は……」
ほむら「わかった、炎だ」
和子「違います」
違うものか。 - 581: 2012/03/20(火) 19:46:25.17 ID:Hs6oiRG20
- ほむら「……」
昼休みは返上で、図書室から借りてきた科学書を読む。
あらゆる物質の化学反応を調べ上げ、マジックに最適なものを選択していこうということだ。
私の中にも爆発物や可燃物に対する知識はあったが、それだけでは足りない。
もっと様々な可燃物について学ばなくては。
まどか「む、難しい本読んでるね…」
ほむら「まあね」
危険物取り扱いの書。
これはなかなか面白い。
しかし危ないものに限って、なかなかに入手は難しい。
どこぞの基地に忍びこめばいくらでも手に入るのだろうが、それでは国の規模で迷惑がかかる。
つまり、手軽に入手できるのはガソリンか灯油、といったところだ。
火薬を調合もできるといえばできるが、あまりにも面倒臭い。花火は出来合いのもので足りるし。
ほむら「……そうだ、まどか」
まどか「ん?」
ほむら「ここに三枚のカードがある…スペードの3、ハートのクイーン、クラブのキングだ」
まどか「あ、マジックだね?うん、3枚ともそうだね」
ほむら「予言しよう、君はこのうちの何も引かない……全く別のカードを引くだろう」
カードを差し出す。
まどか「今見たばっかりだよ?引いてもいいの?」
ほむら「引いてごらん」
まどか「えー……じゃあ、……これ!」
ほむら「当たり、トリシューラ」
まどか「うわあ!なんか変なカードになってる!」 - 583: 2012/03/20(火) 19:54:19.85 ID:Hs6oiRG20
- 「え、トリシューラじゃん」
「誰だよ持ってきたのー」
まどか「えっ、いやぁこれはその、あのね、違うんだよ」
『暁美さん、いるかしら?』
テレパシーが上からやってきた。マミだ。
ほむら『やあ、おはようマミ』
『今日はお昼は食べないの?お弁当、作ってきたんだけど……』
ほむら『今日もか、ありがたい話だが、少々食欲がなくてね…昼は抜こうかと』
『いけないわ!ちゃんと食べないと!』
テレパシーで大きな声を出さないでほしい。ぴりぴりする。
「鹿目、まさかお前……やってるのか」
まどか「違うよ、誤解だよ私こういうの全然……こんなの使えないし」
「! …わかってるじゃないか…やはりか」
まどか「えー……」
『まだ屋上にいるから、食べに来てね?』
ほむら『むむ、まあ、そこまで言うなら、善意を無駄にはできないな』
私は今日も屋上に上がることにした。 - 584: 2012/03/20(火) 20:08:30.53 ID:Hs6oiRG20
- マミ「美味しいかな?」
ほむら「んー、そうだね、良い油っぽさだな」
マミ「から揚げが好きなの?」
ほむら「上質なカロリーだ」
マミ「もう、ちゃんと野菜も残さないでほしいわ」
すっかり馴れた青空の下のベンチでの昼食。
彼女の手の込んだ料理は美味しいが、私には色々な要素が多すぎて咀嚼しきれない。
一品だけあれば十分なのだが。
マミ「今日も魔女退治に出ない?」
ほむら「んー、今日は遠慮するよ、買いものに出かけるからね」
マミ「お買いもの?なんなら、私も付き合うわ」
ほむら「大丈夫だよ、遠くまで足を延ばさなくてはならないから、迷惑はかけられない」
マミ「……そう、わかったわ」
ガソリンの調達。セルフサービスのガソリンスタンドでも探さなくてはならない。
もしかしたら多少なれ強引な方法を使うかもしれないので、そんな場面はマミに見られたくない。
彼女は怒りそうだ。 - 585: 2012/03/20(火) 20:17:10.27 ID:Hs6oiRG20
- 放課後。
あらゆる誘いを振り切って、私は見知らぬ町までやってきた。
ほむら「行くぞワトソン、油田を探しに」
「にゃぁ」
一旦帰宅し、わざわざワトソンも連れてきた。
魔女退治以外の日は、毎日窮屈な家で留守番しているワトソンに癒しを提供してやろうと思っている。
もちろんマジックショーの手伝いもやってもらうが、基本的にのびのびと外を歩かせることを目的としている。
ほむら「ついてきてよ、ワトソン」
「にゃ」
良い子だ。私によくなついてくれる。
いつか鳩が手に入っても、私はワトソンを大切に、レギュラーとして優遇し続けるつもりだ。
あ、ワトソン、鳩を食ったりしないだろうな。
今から心配だ。 - 586: 2012/03/20(火) 20:25:31.66 ID:Hs6oiRG20
- ほむら「すみません」
「はい?何かな」
ほむら「ガソリン売って下さい」
「え?」
ほむら「火炎瓶を作るわけではないので、このペットボトルに……」
「いやいや、そんなことはできないよ」
ほむら「何故!?」
「何故と言われてもね…車もバイクも無しで、ていうか君中学生くらいでしょ」
ほむら「わかりました、望み通り車かバイクを持ってきて……」
「免許ないでしょ?」
ほむら「……」
「危ないものにあこがれるのはわかるけど、やめときなさい、そういう事して大変な事件に発展すると、後で絶対に後悔するからね」
ほむら「もういい、この話は無かったことにしてもらう」
「……」
聞きわけの悪い大人だ。
やはり無人のガソリンスタンドにでも行こう。
いざとなれば、あの灯油を吸い上げるスポイトのようなものを使ってでも入手してやる。
- 588: 2012/03/20(火) 20:38:39.83 ID:Hs6oiRG20
-
恭介「動かないんだ…もう、痛みさえ感じない……こんな手なんて…」
さやか「恭介……大丈夫だよ、きっと…リハビリだって頑張ってるし、恭介ならきっと…」
恭介「……諦めろって言われたのさ」
さやか「……!」
恭介「もう演奏は諦めろってさ……先生から直々に言われたよ」
さやか(恭介……!)
恭介「今の医学じゃ無理だってさ……もう、ダメなんだ」
恭介「僕の手はもう二度と動かない……奇跡か、魔法でもない限り、絶対に…」
さやか(……私は)
さやか(ああ、恭介……私)
QB「……」
さやか(キュゥべえ……)
QB「君の願いは、彼の手を治すことかい?」
さやか(私は……私はっ…!)
恭介「……ごめん」
さやか「……え?」
恭介「……もう、帰ってくれないか……さやか」
さやか「……」
恭介「……一人にさせてくれよ」 - 592: 2012/03/20(火) 20:54:36.95 ID:Hs6oiRG20
- QB「本当にいいのかい?さやか」
さやか「……うん」
QB「まあ、全て君が決める事だからね」
さやか「……しょうがないよ」
さやか「だってあたし…恭介の事、“かわいそう”って…そんな気持ちで見ちゃってる…哀れんでいるだけ」
さやか「あたしが恭介を治して魔法少女になっても…そんなの、なんか変だもん、恭介と対等じゃないんだもん」
さやか「…ごめんね、恭介…あたし、嫌な子だよ…!」
QB「僕も君達の判断を尊重するから、無理強いはしないけどね」
さやか「なんだかごめんねキュゥべえ、こっちから呼び出したのに…」
QB「いいさ、気が変わったら、いつでも呼んでくれ」
QB「僕は君の力を必要としているからね」
さやか「…あたしなんて、なんにもできないよ」
さやか「恭介の手を治すことができるのに…できるのにやらない…怖いんだよ、治したその後が」
さやか「ゾンビになって…魔女を倒してさ…けどその見返りは恭介じゃないと釣り合わないんだ」
さやか「…私は恭介のバイオリンを聞きたいってだけじゃなくて……恭介自身も、願いで求めていたんだ…」
QB「! さやか…」
さやか「こんな私だから恭介は嫌いになったんだ…こんな私だから…」
QB(まずい…魔女の口づけだ、早く知らせないと…!)
- 593: 2012/03/20(火) 21:00:47.65 ID:Hs6oiRG20
- まどか(はあ、今日もほむらちゃんは凄かったなぁ…色々と)
まどか(あれから男子たちの妙な熱気から逃げるのに大変だったよ…疲れたなあ)
まどか(……ほむらちゃん、マミさん)
まどか(ほむらちゃんは変わってるけど……すごく格好良い)
まどか(マミさんは大人で、頼れる先輩で……やっぱり格好良い)
まどか(私も魔法少女になれば、二人みたいに格好良くなれるのかな)
まどか(こんな私でも誰かの役に立てるのかな……)
まどか(あれ?)
仁美「……」
さやか「……」
まどか「仁美ちゃーん!今日お稽古ごとは?」
仁美「はい?あらー鹿目さーん」
まどか「さやかちゃんも…あ」
さやか「……ん、どうしたの、まどか…」
まどか(二人の首元に、あの時と同じ…!) - 594: 2012/03/20(火) 21:07:46.11 ID:Hs6oiRG20
- まどか「ね、ねえ二人ともどうしたの?もう遅いよ、お家帰らないとだめじゃないかな…」
仁美「あらあら、ふふ、心配症ですわ鹿目さん」
さやか「そうだよ、帰る所なんてないよ…そんな資格ないんだよ…」
まどか「だ、だめだよ帰ろうよ、ねえ、さやかちゃんしっかりしてよ…!」
さやか「行こう、仁美」
仁美「はいー」
まどか「だ、ダメだってば…!」
まどか(あああ、大変なことになっちゃった…!早くほむらちゃん…ああ、携帯番号わかんないよう!)
まどか(そうだマミさん!マミさんならきっと大丈夫…!マミさん…!)
trrrrr...
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『鹿目さん!?ごめんなさい、今急いでいるから…!』
まどか「マミさん!大変なんです、さやかちゃんが…!い、いや、もっと大勢の人が…!」
『キュゥべえから聞いたわ!ちょっと遠いけど…!全力でそっちに向かってるから…!』
まどか「お願いします!来てください…!」 - 595: 2012/03/20(火) 21:14:01.97 ID:Hs6oiRG20
- まどか(ああ、どんどん人気のない所に入っていくよぉ…)
まどか(ここどこ?工場…?人気がないし…使われてない所なのかな…)
まどか(沢山の人が集まってきてる…この人たちがみんな、魔女のせいで…!?)
シュコッ・・・シュコッ・・・
まどか「ひっ…!」
シュコッ・・・シュコッ・・・
まどか(何、何の音…?あっちの物影から聞こえてくる…)
まどか「だ、誰か…そこにいるの?」
「……!」
まどか(声かけちゃったけど…ま、魔女とか使い魔だったらどうしよう…)
「その声は……」
まどか「……あれ?」
ヒョコ
ほむら「……」
まどか「……ほむらちゃん?」
ほむら「ああ」
まどか「あ、ありがとう!!来てくれたんだね…!」
ほむら(……あ、魔女反応出てる) - 598: 2012/03/20(火) 21:26:27.82 ID:Hs6oiRG20
- 人目を忍んで閑静な工場地区まできたというのに、次々と人が集まるからこそこそと燃料採集をしていたのだが。
どうやらこの人々は、魔女の口づけを受けた人間らしい。
仁美「ふふふ……」
さやか「……」
ほむら「……!」
親しい二人の姿が、群れの中にはあった。
うつろな目で、おぼつかない足取りで、廃工場の中へと入ってゆく。
まどか「お願いほむらちゃん、早くさやかちゃんたちを助けてあげて…!」
ほむら「わかってる、必ず助ける」
さやかも仁美も私の大切な友達だ。
絶対に魔女に殺させたりはしない。
「そうだよ、俺は、駄目なんだ……こんな小さな工場一つ、満足に切り盛りできなかった」
「今みたいな時代にさ、俺の居場所なんてあるわけねぇんだよな……」
幸薄そうなおじさんだ。この人の車から燃料を取ってしまったのか、私は。
まあ良い。助けてやるんだ。それでチャラにしてくれないか。
ほむら「ふん、何をしてる、渡せ」
「あっ……」
うつろな女性から洗剤を奪い取り、丁寧に中央に置かれたバケツを掴む。
そして二つを窓の外へ向かって、全力で。
ほむら「っはぁあッ!」
まどか「きゃっ……!」
投げる。
喧しい破壊音と共に、二つの化学的脅威は窓の外へと去っていった。
「なんてことを……」
「よくも儀式を……」
何故助けてやったというのに、こうも憎まれ口を叩かれなければならないのか。
不快なのでさっさと魔女を片づけよう。 - 604: 2012/03/20(火) 21:33:07.53 ID:Hs6oiRG20
- どんどんどん、どんどんどんどんどん、どんどん。
ほむら「何人がかりで押してこようが、鉄製の作業台を5台もバリケードに使ったんだ、開きやしないさ」
まどか「…す、すごいね…」
ほむら「後で直しておかないと、工場長が普通に自殺してしまうかもしれないな」
まどか「う…ほむらちゃん、できれば後で…」
ほむら「もちろん元通りにするよ」
窓ガラスは既に割ってしまったのだがね。
ほむら「……さあ、魔女の空間に入るぞ」
まどか「…私も、ついて行っていい?」
ほむら「死んでも構わないというのであれば」
まどか「…!」
ほむら「ふ、冗談だよ」
ほむら「私が必ず守るさ」
まどか「ほむらちゃん……」
――そう、貴女を守る私になる
ほむら「ッ……つ…!?」
まどか「ほむらちゃん!?」
ほむら「…大丈夫…ただの片頭痛だ」
今の頭の靄は一体何だ。
ほむら「……魔女を倒そう」
検証は後だ。
今はただ結界へと、足を踏み入れる。 - 606: 2012/03/20(火) 21:43:33.22 ID:Hs6oiRG20
- 狭い。
ふわふわと浮かび上がってしまいそうな、そんな空間。
使い魔「ヒャハハハ」
使い魔「ウフフフフ」
まどか「ひゃあ……!」
ほむら「心配はいらない」
カチッ
小さな結界で助かった。探す手間が省けるというものだ。
カチッ
ほむら「1.パントマイムの見えない壁」
接近してきた二匹の使い魔が突如として結界の端まで吹き飛ばされ、消滅する。
まどか「……すごい」
ほむら「さてさて、使い魔も弱いとなれば、魔女も大した事のない相手だ、さっさと片づけようか」
魔女「…!」
翼の生えたブラウン管が舞い降りてきた。
あちらも使い魔を殺されて怒っているようだ。
魔女「ザザッ…ザザザザッ・・・!」
モニターは砂嵐を映している。
まどか「怖い…」
ほむら「さあ、ショータイムと参りましょうか」
ハットを持ち、深々と挨拶。やれやれ、今日は魔女と戦わないと決めていたのだが。
- 607: 2012/03/20(火) 21:52:51.68 ID:Hs6oiRG20
- カチッ
ほむら「いきなり平手とは御挨拶だな」
ブラウン管の身体を回転させ、翼をこちらに打ちつけようとしている。
そんな無礼者にはこうだ。
カチッ
ほむら「2.輪切りトロピカルコースター」
魔女「ザザッ!?」
翼に巻きつくピアノ線は、長めのソードで地面に固定されている。
魔女の翼のひとつは、三つに分けて切断された。
魔女「ザザザ・・・!」
お次はモニターの中から先程の使い魔を召喚しようとしているらしい。
気持ち悪い顔の量産天使が、5匹飛んでくる。
カチッ
ほむら「本当に弱い魔女だな」
下手をすれば、時間を止めない私でも倒せるかもしれない。
カチッ
ほむら「3.レスターのナイフ」
全ての魔女はカットラスで串刺しにされた。
魔女「ピギィイィイィイイイ!?」
よわっちい魔女の、もう片方の翼も切断された。
最近の魔女からは戦う気力というものが感じられない。腑抜けめ。盛りあがりに欠ける。 - 608: 2012/03/20(火) 21:58:29.31 ID:Hs6oiRG20
- ほむら「全く、これではショーじゃなくてスナッフムービーだ」
横倒しのブラウン管を蹴る。
魔女は2、3回宙を舞って、こちらに画面を向けて止まった。
ここまでくればもはや、粗大ごみ相手に戦うようなものだ。
まどか「終わったの…?」
ほむら「これから消えてもらうさ」
魔女に近づく。まどかもついてくる。
問題ない、もはやこいつに害はない。
魔女「ザザザ・・・ザザ・・・」
ほむら「……ん?」
砂嵐の画面に何かが映っている。
まどか「…?なにこれ…?」
それはいつか夢で見た、気分を害する私の過去。
- 609: 2012/03/20(火) 22:00:49.34 ID:Hs6oiRG20
- 瓦礫の大地。
私の袖。
黒い銃。
誰かの手。
ソウルジェム。
嗚咽。
発砲。
火花。 - 610: 2012/03/20(火) 22:06:51.96 ID:Hs6oiRG20
- ほむら「…っ…ぁぁあああぁああッ!そんなものを見せるなッ!」
魔力を込めたステッキがモニターをたたき割る。
ほむら「それは私ではない!私は私だ!」
何度も何度も、割れたガラスの奥まで叩く。
ほむら「そんな暁美ほむらなんて、私ではない!そいつはもう居ない!私は…!」
まどか「ほむらちゃん……?」
ほむら「…!」
振り向く。
なんだまどか。どうした。
その表情はなんだ。
まどか「今の腕って…ほむらちゃんの、だよね…?」
ほむら「あれは…!」
あれは私だ。私が一番よくわかっていないが、わかっていなくてはならない、いつかの私だ。
まどか「あの、画面に映っていたのは……」
ほむら「違う!あれは魔女の…!」
まどか「ソウルジェムって、魔法少女の魂なんだよね…!?」
結界が崩壊してゆく。
崩れ去る。
マミ「……暁美さん?今の見てたけど…え?どういうこと…?」
ほむら「マミ…!」
ショータイムが終わる。
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