さやか「全てを守れるほど強くなりたい」【3】
- カテゴリ:魔法少女まどか☆マギカ
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- 645: 2012/12/19(水) 21:32:01.05 ID:xFS/WPNK0
- さやか「……」
朝起きて、枕の横に置いたはずの携帯を枕の下から発見すると、メールが2通届いていた。
一通目、マミさんから。受信は昨日の夜中。
:明日は夕方から魔女退治に出かけようと思うんだけど、どうかな?
二通目、ほむらから。受信はついさっきの十分前。
:今日の夕方、巴マミと一緒に魔女退治(パンチ絵文字)必ず来て(猫絵文字)
さやか「……」
私はほむらから受信したメール画面を見ながら洗面台へ向かった。
顔を洗った後もメール画面を見つめ続け、朝食の席でお母さんに叱られるまで、ずっとそれだけを眺めていた。
さやか(二人が言ってるし、魔女退治、行くっきゃないよね)
恭介への見舞いは夜にしようかなとも思っていたけど、そういう事情なら仕方ない。
予定を変更して、昼間に病院へ行こう。
もちろん魔女退治が嫌なわけがない。私の本望だ。
もっと沢山、魔女との闘いを経験したいと思っている。
- 647: 2012/12/19(水) 22:00:53.62 ID:xFS/WPNK0
-
昨日の杏子との闘いは、個人として言いたい文句や不満も色々あるけれど、それ以上に沢山の収穫があったことが悔しくてならない。
収穫ってのは何かって、そりゃあもちろん、戦闘経験です。
お菓子だらけの結界の中に迷い込んだときに戦った魔女も、モニターみたいな変な魔女も、それぞれ一般常識の通用しない空間での戦いだったので、そういう場面に慣れる意味では大切な闘いではあったけど。
実際に面と向いて戦う場面になった場合、異世界だろうが実世界だろうが、基本となる肉体の動きが重要だ。
魔法少女という力の上乗せがあってもそれは変わらない。
杏子との戦いではそれを思い知った。
キュゥべえが以前に言っていた、私の素質がマミさんの三分の一という話は本当なのだろうけど、それでも勝負の命運を分けるのは、別のものなんじゃないかなって思う。
剣道だって、背の高い低い、筋肉量の多い少ないは、あまり関係ないのだし。
さやか(……いけない、なんでまた杏子と戦いたいとか考えちゃってるんだ、私)
さっさと恭介の病院に向かおう。
今度は同じ道を通らないように、遠回りをして。
- 650: 2012/12/19(水) 23:16:34.63 ID:xFS/WPNK0
- 恭介「さやか」
さやか「おいすー」
だだっ広い病室には、いつも通り恭介がいた。
表情に憂鬱さは消えていないが、多少は和らいだか、気が紛れたか。
机の上の検診表と端が重なるようにして置かれている本がそうさせたのかもしれない。
さやか「どした恭介ー、最近さやかちゃん分が足りなくて参ってるのかー」
恭介「さやか分は昔に摂り過ぎてるからいらないよ」
さやか「なにぃ?毎日基準値まで取りなさいよ」
恭介「昨日は暁美さん分を補給したから、いらないよ」
さやか「え?」
あけみさん、と言ったか。今。
さやか「ほむらが来たの?」
恭介「うん、一人でね。さやかなら別に不思議なことでもないんだけど、転校して間もないのに、随分と早く仲良くなれたね」
さやか「ははは、ま、彼女もまたさやかちゃんの友達思いな所に惹かれたのでしょう」
ほむらに恭介の話はしていない。
入院している私の友達がいるとも話していない。
ほむらが自発的に、クラスメイトの欠員の見舞いに行ったとは考え難い。
さやか「で、本当に美人だったでしょ」
恭介「ああ、美人だね、歳相応ではないというか……あ、恥ずかしいから本人には言わないでくれよ?」
さやか「むふふー」
恭介「おい、そういうの友達なくすぞ」
さやか「どうしよっかなー」
- 651: 2012/12/19(水) 23:30:03.77 ID:xFS/WPNK0
- 冗談めかしつつ話す中で、恭介とほむらが何を話していたのかも、自然と浮き上がってきた。
恭介「ごめんね、当人がいないところで、あんまり込み入ったことを話すものじゃなかったよ」
さやか「ううん、やましいことないし、全然へーきよ」
煤子さんについての話が上がるのも当然の事だろう。
ほかならぬ私が、恭介に「ほむらは煤子さんに似てる!めっちゃ似てる!」って言ったわけだし。
さやか「あ、恭介にこれをプレゼント」
恭介「え?……おー、新しいCD?」
さやか「管楽器中心のね、恭介にもそこまで馴染みあるってジャンルではないと思うよ」
恭介「……うん、そうだね、これはあまり、未開拓ってやつかな」
さやか「入門っぽいやつを買ってきたから、それでしっかり耳を鍛えるがいい」
恭介「ふふ、ありがとう」
さやか「良いって良いって」
そんなこんな、恭介と駄弁ったのであった。
- 659: 2012/12/20(木) 22:27:42.94 ID:wqsTHOsv0
- まどか「あ、さやかちゃん!」
さやか「おーっす、まどかぁー」
待ち合わせの高架下には、まどかの姿があった。
約束の時間の二十分前、まだほむらやマミさんの姿は見えない。
さやか「一緒に誘われてるだろうなぁとは思ってたけど、早いねえ」
まどか「えへへ……遅れちゃいけないかなあって」
魔法少女に対してはまだ悩むこともあるんだろう。
杏子の一件もあって乗り気は随分と殺がれている様子ではあるが、まだまだ選択肢から外れてはいないようだ。
さやか「あ、まどか」
まどか「うん?」
さやか「メール、誰から来た?」
まどか「え、っと、マミさんとほむらちゃ……あっ」
さやか「あ、やっぱり思った!?」
まどか「う、うんうん!すごい意外だなって!」
さやか「だよねー!」
その後、約束の時間になるまでの話には事欠かなかった。
- 660: 2012/12/20(木) 22:44:27.05 ID:wqsTHOsv0
- マミ「あら」
QB「おや」
ほむら「!」
二人は約束の場所へと続く道で偶然出会った。
マミ「一緒に行きましょうか」
ほむら「……ええ」
ぎこちなくなりそうだと内心地雷を踏んだつもりでいたほむらだったが、マミの意外な積極性に追従することにした。
肩に乗った白い宇宙人が目障りだが、それ以上に今は、先を歩く巴マミの姿を懐かしく思う。
そして思い出すのは、彼女は先輩であり、先輩であろうとする人物だということだった。
マミ「暁美さんも銃を使うのね?」
ほむら「え?ええ、まあ」
QB「そういえば使ってたね」
ほむら(あなたにね)
マミ「でも見た感じでは、暁美さんの使っているものは実銃なのかしら?」
ほむら「ええ……」
あまり根掘り葉掘り聞かれると、肩の上の邪魔者にいらぬ情報を渡すことになってしまう。
曖昧に受け答えしたいものだ。
マミ「変な意味じゃないけど、実銃の弾と私の魔法で出した銃の弾って、どっちの方が強力なのかしら」
ほむら「……どっちかしら、弾の性質が違うから、精度や貫通力、色々なところで得手不得手はありそうね」
変な方向へと飛んでいったが、自分の魔法の話からは路線が逸れたようなので一安心である。
これから目的地へ到着するまでの数分間、しばらく魔法と実銃についての高度な談話が繰り広げられるのであった。
- 664: 2012/12/22(土) 01:07:18.60 ID:3b4kUBFy0
- マミさんとほむらは一緒にやってきた。
先頭をマミさんが歩いていたところを見るに、二人きりでもほむらに背中を見せる余裕はあるらしい。
もう二人に距離について気にすることはないかもしれない。
マミ「早速これから、魔女退治に行こうと思うんだけど……」
まどか「何かあるんですか?」
ほむら「ええ」
魔女退治の他にやる事?
マミ「これからちょっと、魔法の弾と実際の弾を比較する実験をやろうかと思うのよ」
さやか「はあ、実験ですか」
ほむら「来る途中で、魔法の弾の実弾の違いについて話していたの、その流れよ」
さやか「ふーん、でもなんか、面白そう」
まどか「ほむらちゃんが使っているのは、本物の鉄砲なんだね?」
ほむら「……ええ」
モニターの魔女の結界の中でほむらが使っていたものは、魔法による生成物ではないのか。
ふむ、なるほど。
ほむら「けど、変わったところに興味を持つのね」
マミ「これからの魔女との戦いで役に立つかもしれないでしょ?」
ほむら「……確かにそうね」
誰も渋らなかったし、何より面白いなと思ったので、実験はすぐ始まることになった。
- 665: 2012/12/22(土) 01:24:04.18 ID:3b4kUBFy0
- さやか「おー」
マミ「これが私の使っているマスケット銃」
まどか「綺麗……」
魔法少女に変身したマミさんが四十センチ程度のリボンを出現させると、それはすぐにマスケット銃に変化した。
白い本体には金色のレリーフが施され、あとはえっと、魔法だからよくわからない。
撃鉄部分はエメラルドのような宝石がついていて、それらが叩き合わされることによって、一発が発射される仕組みらしい。
マミ「一発しか出ないけれど、威力はあるわ……狙いも付けやすいし、使い魔なら一撃よ」
QB「銃をモチーフにした魔法で戦う魔法少女は結構いるんだけど、その中でもマミは特に高い技術を持っているよ」
マミ「ふふ、下調べとかしたからね」
さやか「下調べとかして、魔法を作るんですか」
マミ「イメージが大事だからね。私は専門家じゃないから銃に詳しくはないけど、銃を使ってみたかったから、ちょっとだけ調べてみたの」
さやか「へぇー……」
私もイメージすれば、新しい武器とか手に入れられるんだろうか。
まどか「えっと、ほむらちゃんの鉄砲は……」
ほむら「これよ」
魔法少女に変身したほむらは何の音沙汰もなく、一メートル以上の大きなライフルを抱えていた。
QB「どうやって出したんだい?」
ほむら「魔法よ」
QB「それは解るのだが……」
まともに受け答えするはずがないの、無駄だってわかってるくせに。
- 666: 2012/12/22(土) 01:36:02.13 ID:3b4kUBFy0
- まどか「音とか、大丈夫なんですか」
マミ「ある程度の音は結界の応用で抑えてあるから、気兼ねなくできるよ」
丁度良くあったドラム缶を横倒しにして、その上に二つの銃が固定される。
リボンでしっかり固定された銃の引き金にもリボンがかけられ、銃口の先にはおしるこ缶と、ココア缶が据えられている。
更にその後ろにはコンクリートブロックが何枚か立てられ、威力も測ることができるようになっている。
じゃあ缶いらないじゃんって思うかもしれないけど、それは雰囲気作りだ。特に誰も反対はしなかったから問題なし。
ちなみに缶は二つともほむらが用意したものです。
さやか「なんだかわくわくしますね、どうなるんだろ」
QB「僕としてもマミの銃と現代の銃の違いを観るのは興味深いよ」
さやか「速さとか威力とかに違いが出るのかな」
QB「観てのお楽しみだね」
キュゥべえを頭の上に乗せつつ、開始を待つ。
マミ「それじゃあ同時にトリガーを引くわよ」
ほむら「ええ」
まどか「わー……」
固唾を呑む静寂の中、くい、とリボンが引っ張られた。
- 668: 2012/12/22(土) 23:09:58.03 ID:3b4kUBFy0
- マスケットの抜けるように静かな音と、ライフルの弾けるような爆音が同時に響き、橋にぶつかって木霊した。
コンクリートブロックが灰色の煙を引き、結果が表れる。
マミ「……缶は、二つとも木っ端微塵ね」
実弾は缶に大穴を開けて本体を潰し、魔弾はどういう原理か、缶を粉々にしてみせた。
QB「なるほど、どちらも威力はあるね」
ほむら「性質はやはり、違うわね」
マミさんのマスケット銃は缶の後ろのコンクリートブロックに円形の破壊痕を残した。
ほむらの実弾はそれよりももうちょっと荒っぽく、コンクリートの上半分を根こそぎ砕いていった感じだ。
さやか「マミさんの弾は綺麗にコンクリートを壊しましたね」
マミ「そうね、普通ならこうはならないんでしょうけど……」
QB「実弾とは、衝突の際のエネルギーの加わり方に違いがあるみたいだ」
まどか「でも、どっちもちゃんと後ろのブロックを壊したんだね」
コンクリートに近づき、両方を間近で観察してみる。
さやか「お?」
すると、マミさんの弾による痕跡は面白いものだった
さやか「ブロック、丸く抉れてる所がちゃんと螺旋状になってる」
まどか「あ、本当だ」
マミ「ちゃんと魔力の弾が回転してる証ね」
- 669: 2012/12/22(土) 23:22:17.70 ID:3b4kUBFy0
- さやか「……」
螺旋を描く痕跡を指でなぞる。熱くはない。
この傷跡を見るに、回転しながら射出された魔法の弾が、コンクリートに直撃してもまだ、その回転を維持していることがわかる。
コンクリートに衝突して魔弾が潰れ、マッシュルームのように先端を押しつぶされ、径が広がり、ブロックを両断するほど大きな穴になった。
が、弾が潰れて薄く広がっても、威力は減衰しなかった。
魔弾は回転力を衰えさせることなく、破壊のエネルギーを収束させたままにコンクリートを捻り、抉り抜いた。
破壊のエネルギーは拡散しなかった。コンクリートに無駄な破壊の帯を残すことなく、美しい傷跡だけを残したのだ。
これは実弾では再現しようのない、神秘の力だろう。
さやか(魔法の力は、周りの環境には左右され難いってことなのかな)
それだけ強いエネルギーであるとも言い換えられる。
だから私のサーベルの切れ味も、ただの刃物と思ってはいけないんだろう。
現存する史上最高の名刀なんかよりも、遥かに切れ味があるに違いない……。
マミ「なるほど、やっぱり実際の銃とは違うんだ……うん……」
口元に手を当てながら、マミさんは何事かを考えているようだ。
結果から何か、得るものでもあったのかもしれない。
ほむら「何か気になることでもあったの?」
ほむらはマミさんの様子を見て、素直に訊ねた。
マミ「え?あ、ああ、そうね……ええ」
マミさんは上の空で考えていたようだが、訊ねられたほむらの言葉の残響に反応した。
マミ「私の魔丸って、回転の力が想像していたよりも強いみたい……ちょっと参考になったわ」
ほむら「? そう」
- 674: 2012/12/24(月) 00:58:35.70 ID:Ra4NH0h40
- 待たせちゃってごめんなさい、早速行きましょう、という事で、私達の足はようやく魔女の結界を目指す運びとなった。
先頭をマミさんとほむら、後ろには私とまどかがついている。
ほむらがソウルジェムの光を見ながら先導し、他が追従する形だ。
マミさん以上に魔女の捜索が得意なのだから当然なんだけど、マミさんは前を歩いている割に手持ち無沙汰であることに落ち着きがない様子である。
魔女の気配を探しながら歩く横のほむらに何度も話しかけるわけにもいかなくなったか、マミさんは私達に話を振るようになった。
マミ「魔女の手下が使い魔なんだけど、使い魔が完全に魔女の支配下にあるわけではないのよ」
さやか「へえ、そうなんですか!」
まどか「今まで見てきたのはみんな、かなり、えっと……その……チームワークが良かったように、見えたんですけど」
しかしその話が結構役に立りそうだ。
マミ「そう、チームワークは抜群にいいの……けど、それぞれがオートマチックに動く人形かといえば、そういうわけじゃないの」
ほむら「使い魔もそれぞれ、意思を持っているわ」
前を向いたままのほむらが引き継いだ。
ほむら「状況に応じて攻撃したり、防御したりもするから……完全に魔女の手足の一部、とは思わないほうが良い」
マミ「ええ、逆にそれを利用して、使い魔と魔女で同士討ち、なんてこともできるわよ」
さやか「マジっすか」
やっぱり魔法少女の先輩達は良く知っている。
QB「そう、だからこそ使い魔は、大元の魔女無しにでも行動し、人を襲うんだ」
まどか「……使い魔も、魔女になるんだっけ」
QB「うん、なるよ。元と同じ魔女か、別のものになる場合もあるけどね」
さやか「……」
食物連鎖だ。人を食って、使い魔は魔女になる。魔女が落とすグリーフシードを魔法少女が食う。
じゃあ魔法少女は何者が食うのだろうか?
まさか一巡してバクテリアじゃあるまい。
- 676: 2012/12/24(月) 23:40:24.91 ID:Ra4NH0h40
- 魔法少女が平均してどのくらいの時間をかけて魔女を探すのかは知らないけど、それでも早く見つかったほうだと思う。
ほむらはちょっと遠回りはしたけれど、かなりスムーズに目的地にたどり着いた。
寂れて半分以上のシャッターが下りた商店街の路地裏、その最奥部のゴミ溜めである。
まどか「こんなところにもあるんだ……」
不法投棄された旧式の冷蔵庫のうちの一つに浮かんだ結界の文様から、まどかは一歩引いた。
マミ「暁美さん、魔女を見つけるのが上手いわね」
ほむら「慣れてるから」
QB「どのくらい魔法少女として活動しているんだい?」
ほむら「早く行きましょう、周囲の人々を巻き込まないうちに」
キュゥべえの言葉を遮るようにして、ほむらは先に結界へと飛び込んでいった。
マミ「それもそうね、早く片付けてしまいましょうか?」
さやか「はい。……まどか、入るよ?」
まどか「うん」
さやか「ちゃんと捕まってないと落ちちゃうぞー」
まどか「ほ、本当に怖いんだよ?さやかちゃん」
さやか「へへ、ごめんごめん」
私は彼女の柔らかな手を握って、一緒に結界へと飛び込んでいった。
- 678: 2012/12/25(火) 00:28:55.81 ID:Rax9HkHk0
-
家電売り場のように煌々と明るい場所へ出た。
さやか「下がってて」
まどか「う、うん」
まどかを私のマントよりも後ろへ隠し、サーベルを握って周囲を見る。
あるもの。冷蔵庫、テレビ、扇風機、エアコン、プリンター、照明器具。
魔女や使い魔らしき姿は見えない。
目の前にほむらがいるだけ。
ほむら「警戒しなくても、近くにはいないわ」
さやか「自分で確認したかったからさ」
まどかにオーケーサインを出すと、可愛らしく胸を撫で下ろした。
マミ「待たせてごめんなさい、行きましょ」
ほむら「ええ、私が先を歩くから、ついてきて」
マミ「あら、私も一緒に並んでも良いかしら?」
ほむら「……良いけど、前衛は危険じゃないかしら」
さやか「そうですよー、私が前出ますよ?」
マミ「んー、いつもより奥まった戦い方だけど、確かにそうね、後ろにいるわ」
- 679: 2012/12/26(水) 20:43:11.85 ID:rzkOt5nA0
- 『ぶぅううぅううん』
マミ「!」
コミカルな羽音が進行方向から聞こえてきた。
直後に姿も顕となり、私達の間に緊張が走る。
さやか「使い魔だね」
羽根はトンボ、本体はやけにモッサモサした蛾のような異形の生物。総評、気持ち悪い。
マミ「気をつけて、後ろからも沢山来るわよ」
さやか「ええ、わかっています」
カトンボならぬガトンボは群れで登場し、狭い通路いっぱいに広がって突撃を行ってくる。
このままではあと数秒のうちに私達に衝突して、鱗粉まみれにされてしまうだろう。それだけは避けなくてはならない。
片手に持ったサーベルと、更にもう一本を生み出して、二本を両手の中でまとめ上げる。
少々重いけど威力は抜群、大剣アンデルセンの完成だ。
さやか「結構控えめの……“フェルマータ”!」
- 680: 2012/12/26(水) 21:03:00.18 ID:rzkOt5nA0
- 通路に溢れる青い流れが使い魔を洗いざらい葬っていくのを見て、私は思う。
やっぱり昨日の杏子との戦い、そのまま続けていれば私が勝ってた!
マミさんが来てくれたから、ちょっと向こう寄りな判定のドローな感じになってたけど……狭い通路を満たして流れるフェルマータを、避けられるはずがないのだ。
向こうもそれには気付いていたはずだ。
さやか(でも、私が最後にフェルマータを撃とうとしたあの時……杏子も、何か……)
マミ「暁美さん?行くわよ?」
まどか「さやかちゃん?」
さやか「んあ?」
いつの間にか、剣を振り下ろした私の前を三人が歩いていた。
ほむらは残念なものを見るような眼で私を流し目で見て、さっさと先を歩いてしまう。
ちょっと考え事をしている間に、通路の使い魔の掃除が終わっていたようだ。
さやか「ちょ、ちょっと待ってよー」
……また杏子との戦いを考えてしまった。
別の事を考えよう、別の事を。
私はこれから、見滝原を……さらにはもうちょっと広い範囲を守っていくんだから。
- 683: 2012/12/26(水) 21:26:22.17 ID:rzkOt5nA0
- 結界を進んでいくに連れて広間が目立つようになり、遣い魔たちの動きも三次元的になってきた。
フェルマータや適当な射撃では対処できない……かと思いきや、マミさんとほむらの二人は当然のように使い魔達を打ち落としてゆく。
私はといえば、素早く接近して斬るのみ。力を入れてやってるつもりだけど、飛び道具には敵わない。私が3匹倒す間に、二人は5匹を退治してしまう。
射線に出ると迷惑もかかりそうなので激しくは動けないし、前衛ってのは想像以上に、なかなか怖い役柄だ。
さやか(それにしても凄いなぁ……)
自分の周りに使い魔がいなくなったのを見計らって、ちらりとマミさんの戦況を伺う。
マミ「“レガーレ”……」
『ぶぅううん!?』
『ブゥウン!ぶぅぅうぅうん!』
黄色いリボンが使い魔の死角から伸び、一気に4匹のガトンボを拘束してしまった。
良心の呵責さえなければ、動けない的ほど当てやすいものもないだろう。
マミ「“……”……えい!」
マスケット中が光弾を撃ち放つ。一発だけでも威力は高いし、容易く4体の使い魔をまとめて始末するだろう。
さやか(ん?)
けれど、そこから先に起こった現象は、マミさんの戦い方を何度か見ている私には目新しいものだった。
弾を撃ったマスケット銃が、突如にリボンの姿へと戻り、ひゅるりろマミさんの手の中から零れ落ちたのだ。
さやか(何でだろう、いつもは撃ったら撃ちっぱなしだったのに)
そうこうしている間に、この広間も制圧完了。
過保護にまどかの周りをガードするほむらが最後に周囲を確認し、私達は再び歩を進めた。
- 688: 2012/12/28(金) 00:39:31.20 ID:SfFCDnRy0
- 使い魔との戦いにも一区切りがついたところで、まどかはおずおずと話しかけた。
まどか「ほむらちゃんって、鉄砲を使ってるけど……それって魔法で作ったものじゃないんでしょ?」
ほむら「そうよ」
まどか「じゃあほむらちゃんの魔法って、何なのかなって…」
まどか「……あ、ごめんね、変な事聞いちゃった」
気になる気持ちはよくわかる。私だって気になるもの。
ただ、まだ誰にも……私にもマミさんにも教えていない辺り、とても重要な事に違いない。
私への隠し事の本質というべきか……。
マミ「あ、」
使えるようになる魔法は自分の願い事に関係するものだから……。
マミ「この先で、」
ほむらがうやむやにして隠す自身の魔法も当然、願い事に関わっている。
マミ「魔女の気配がするわ」
キュゥべえはほむらを知らない、私もほむらを知らない、まどかもほむらを知らない、恭介もほむらを知らない、杏子もほむらを知らない、マミさんもほむらを知らない。
ほむらは私を知っていた、恭介を知っていた、まどかを知っていた、キュゥべえを知っていた、杏子を知っている風だった。
ほむらは……知っている。
けれど。ほむらは。
煤子さんだけは知らない。
マミ「美樹さん、大丈夫?」
さやか「え?あ、はい」
魔女が近いらしい。気を引き締めていかないと。
- 695: 2012/12/30(日) 22:37:50.36 ID:qJyAPv7/0
- 人がギリギリ這っても通り抜けられないくらいの間隔で組まれた鉄格子に囲まれている。
広い空間は入り口以外は全てが鉄格子で封鎖されていて……。
――ガシャンッ
まどか「わ!」
……全て封鎖されている。
まるで牢獄のような部屋だけど、人間にとっては広すぎて、監禁というよりは軟禁に近いかもしれない。
マミ「……あまりこういうことって考えないんだけど、気持ち悪い魔女だわ」
まどか「私もダメ……」
ほむら「……」
さやか「ほむらは?」
ほむら「あなたはどうなのよ」
さやか「結構平気、よく集めてたし」
ほむら「……この中で一番苦手な自信はあるわ」
私以外の三人が全て顔を顰めるその先には、巨大なヤゴらしき生き物がいた。
大きすぎて虫というよりもドラゴンみたいだ。
といっても、三人にはただの気持ち悪い虫にしか見えないのだろう。
魔女「ビィイイイイィイイ!」
魔女が鼓膜によく響く声で鳴き、未発達な翼を広げた。
◆羽化の魔女・ジョゼフィーヌ◆
- 696: 2012/12/30(日) 23:57:53.66 ID:qJyAPv7/0
-
マミ「鹿目さん、ここから動かないでね」
まどか「みんな、気をつけて!」
さやか「任せなさーい!」
マミさんの展開する虹色バリアーがまどかを覆ったのを見届けて、ひとまずは安心。
そして以前にマミさんに見せてもらった、蝶の翅をもった魔女との戦いを思い出す。
魔女は当然のように飛ぶ。
どう考えてもそれじゃあ飛べないだろ!っていう翼やなんかでも、簡単にふわりと浮いてみせる。
だからこの魔女も、見た目はヤゴだが飛ぶかもしれない。
ヤゴだし中からトンボが出てくるかもしれない。
飛ぶ可能性は高い。
さやか「みんな、あの魔女飛ぶかもしれないよ」
マミ「うわ……」
ほむら「私の中では四番目に最悪の魔女だわ」
さやか「いや……なんていうかそういうリアクションじゃないなぁ、私が求めてたのって」
やはり戦い以上にビジュアル面が気になる様子だ。
ほむら「飛んで近づいてくる前に、さっさと全部撃ち落してしまいましょう」
マミ「賛成ね、飛び道具で良かったわ」
さやか「……じゃあ前いってきまーす……張り切りすぎて私を撃たないでほしいな」
マミ「ふふ、頑張るわ」
いつも以上の高火力射撃の予感を背中に受け、私は巨大ヤゴへ走り出した。
戦いの始まりだ。
- 702: 2013/01/01(火) 00:11:29.36 ID:MSU2/kTj0
- 魔女「ビィイイィッ!」
さやか「!」
接近を試みようとした前のめりになったとき、ヤゴの小さな翼が広がった。
その裏側から無数の黒い影が舞い上がり、こちらに向かってくる。
人目でわかる。道中で何匹も潰した、ガトンボの小さい奴だ。
使い魔「ビィイッ!」
さやか「ふんっ」
真っ先に正面から飛び掛ってきた蛾をハンドガードで押し退け、魔女への突撃を敢行する。
立ち止まったら負けだ。使い魔の群れに怯んだら劣勢になる。
大量に出現させられて、量で押される前に、なんとか一撃を当てるんだ。
そう、出来れば翼に当てなくちゃいけない。
マミ「美樹さん、行って!」
ほむら「正面に集中して」
背後から私を追い抜く弾丸たちが、わき見の範囲に広がる使い魔を的確に撃ち落としてゆく。
- 704: 2013/01/01(火) 00:40:00.41 ID:MSU2/kTj0
- 切っ先を一匹目に刺し込み、捻って刃の腹で二匹目を斬り、ハンドガードで三匹目を叩き潰す。
数は多い。けれど横からを気にしないのであれば、全然いける。
二刀流のサーベルで、使い魔の濁流の中を強引に突き進む。
そしてついに、というかすぐに、魔女の目の前までたどり着いた。
さやか「おおおおおッ!」
魔女「ビィィイイッ!」
最後の突撃だ。二本のサーベルを魔女に向かって投擲する。
二枚の翅らしき背中へ向けて投げられたサーベルを、使い魔達は私以上に優先してブロックした。
翅は私を襲う以上に大事なことらしい。
ならばこっちの目的も明確になったようなものだ。
まどか「! さやかちゃん前!」
さやか「大丈夫!」
無手、そして目の前に複数の使い魔。
一瞬だけ守りに重きを置いたが、私への攻撃の手を全くやめたわけではなかった。
さやか「ほうら!」
使い魔「!」
空中で体を翻し、相手にマントを向ける。
使い魔達は白いマントへ突撃し、白いベールを容易く食い破り、貫いてしまった。
使い魔「……!」
そこに私はいない。
私は浮き上がったマントの下に、今度こそ本当に、何も隔てずに魔女の目の前にいる。
さやか「翅、もらった!」
魔女「!」
相手が反応するより早く前足を駆け上り、魔女の小さな翅のひとつに渾身の蹴りをお見舞いする。
- 705: 2013/01/03(木) 20:56:28.12 ID:UiLg88LJ0
- 足の甲に痛みが走った。
さやか(……った!)
魔女の巨体が、ほんの少しだけ浮き上がる。
逆に私の体は、反動で押し戻された。
魔女「ビッ……ビィィイイイ!」
さやか「まじっすか!」
マミ「効いてない……!美樹さん離れて!」
一撃に賭けた私のキックも、魔女の翅を折るには至らなかったようだ。
なぎ払われる刺々しい前足を避けて、マミさんとほむらの列に並ぶ。
さやか「いけると思ったのになぁ!」
ほむら「まったく、逆に安心するけれど……魔女に肉弾戦なんて、無謀もいいところよ」
アサルトライフルでガトンボの群れを蹴散らすほむらが私を戒める。
二人とも、迫り来る使い魔の掃除に手間を食っているのか、魔女に攻撃を加える暇がない。
さやか「しょうがない……近づくのがダメってんなら、私も遠くからで!魔女を狙いますか!」
- 707: 2013/01/03(木) 21:45:28.10 ID:UiLg88LJ0
- さやか「“アンデルセン”!」
遠距離かつ手数で使い魔を潰す二人のおかげで、私は心置きなく大剣を作ることができた。
そしてお見舞いする一撃は、サーベルが主力である私の最大火力。遠距離からの攻撃“フェルマータ”だ。
まどか「あれが当たれば!」
QB「さやかの願いが生み出したと言っても良いほどの威力がある、直撃すれば、あの魔女はあっという間に消滅するだろう、けど……」
まどか「え?」
QB「さやかの使う武器とは真逆をいく性質の技だ、何発も撃てるものではないし、外したときの隙は……」
さやか「“フェル”……」
生成した大剣を素早く真上に掲げ、重さのままに、ゆっくり後ろへ下げる。
その動作だけで、体中の“魔力”と呼ぶらしいシロモノが吹き上がる感覚を得た。
さやか「“マータ”!」
自身の体を基点にして半円の弧を描く大振りが、巨大な青白い力の流れを作って、目の前に放射される。
私の髪を前方へ靡かせる力の波濤が魔女へ襲い掛かる。
が。
魔女「! ビィッ!」
ほむら「!」
マミ「ああっ!?」
魔女は今更になって、飛んだ。
というよりも、跳んだ。真横へ跳んで、私の“フェルマータ”を避けた。
さやか「……!」
考え無しに放った大技への後悔と披露感が、大剣を握る両腕を更に重くする。
- 708: 2013/01/03(木) 22:14:50.79 ID:UiLg88LJ0
- マミ「美樹さん!?」
さやか(今になって気付いたけど……!)
大剣が手から離れ、床に落ちる。
さやか(“フェルマータ”を使った後の疲労感が……結構ヤバい!)
大技は大技だった。代償無しにこんな技を何発も放てるはずがないのだ。
私の力では、一日に三発程度が限界か。道中の使い魔を相手に使うものではなかったのだ。
昨日の杏子との戦いでの肉体の消耗もあるだろうが、自分の力量を見誤ってしまったのは紛れもない事実。
反省……そして、ショックだ。
自分の魔法は、こんなものかと。
ほむら「さやかっ!」
さやか「!」
頭を冷やす。
二人は未だ、使い魔の処理に追われている。
私がなんとかしなくては。
さやか「仕方ない……!もう一度近づいて、今度はアンデルセンで、そのまま……!」
床の大剣を拾おうと手をかけるが、ひどく重い。
ほむら「……!無茶はしないで」
さやか「……」
アンデルセンの重さと自分の体力を比べてみれば、すぐに解った。
これを抱え、正面の使い魔を切り伏せながら魔女を叩く?そんな芸当は無理である。
私はそんなに身軽ではない。
さやか「……」
- 709: 2013/01/03(木) 22:26:14.54 ID:UiLg88LJ0
- まどか「さやかちゃん!?」
親友の声が背中を擦る。
いつもの底抜けた“大丈夫!”が出てこない。
代わりに浮かんでくる言葉は、契約する直前にキュゥべえから言われた、素質の話。
マミさんと比べれば、私は三分の一しか力がない。
さやか(……違う、今はそんなことを考えるときじゃない)
素質どうこうを考えてどうなるというのか。
私は私にできることをするだけだ。それが私の願いだ。
私は、自分の手の届く範囲を広げるために力を願ったのではないか。
何も全世界の人々を私の願いひとつで救えるとは思っちゃいない。
この手の及ぶ限りに、守る力を欲したのだ。
だから考えるんだ、美樹さやか。
自分で作った大剣も握れない私が、あの魔女を叩き落すための手段を。
さやか(……――)
サーベル、刃とハンドガード。マント。
走る、斬る、跳ぶ、斬る。撃ち落とされる。
走る、斬る、斬る。未知数。
走る、斬る、走り抜ける。未知数。
魔女の翅のガードは堅い。私の蹴りは通用しない。
使い魔の出現は連続的で収まらない。魔女に一撃を与えるのが限界だ。
……今の私がサーベルを持ったところで、あの魔女に傷をつけることができるのか?
さやか「……私じゃ、あの魔女には……」
敵わないのではないか。
- 710: 2013/01/03(木) 22:40:19.18 ID:UiLg88LJ0
- ほむら(……やっぱり、私が時間を止めてやるしかないわね)
さやか「……」
銃声を聞くだけで、私は何もできなかった。
足が動かない。打つ手無し。声を上げることもできない。
無力感と挫折が同時に私の心を襲う。
マミ「美樹さん」
さやか「!」
優しい声で呼ばれた私の名前に、正気が戻ってきた。
マミ「駄目そう?」
さやか「……すみません、私には、あの魔女を倒す力がありません」
マミ「うん、無茶はいけないわ」
私の本音を、マミさんは微笑みで受け止めてくれた。
……マミさんは本当に、優しい人だ。
さやか「ごめんなさい、近づいてきた使い魔を倒すくらいしか、私はできません」
ほむら「気にすることはないわ、相性が悪いだけよ」
自分の無力さを吐露すると、何故か楽になった気がした。
……私は万能ではない。力を願ったからといっても、最強になったわけじゃあないんだ。
深く、胸に刻むことにした。
- 719: 2013/01/06(日) 22:11:50.34 ID:sDC6YHp00
- さやか「私は、近寄ってきた使い魔を斬る!」
できることを宣言し、私はその言葉通りに心を切り替えた。
自分にできることをやろう。
ほむらの言う通り、私との相性が悪いのは間違いない。
魔女が生み出す沢山のガトンボを相手にするのは、サーベルでは無理だ。
ほむら「私が……」
マミ「私が魔女の相手をするわ」
ほむら「……あなたの技では準備時間が長すぎる、私ならすぐに使い魔ごと魔女を倒せるわ」
なんですと。
マミ「ええ、あなたの魔法は底知れないものを感じる……使い魔ごと、すぐに魔女を倒せるかもね」
ほむら「なら」
マミ「けど、ここは私に任せて」
休みなくマスケットを打ち続けるマミさんが微笑んでみせた。
マミ「」
ほむら「?」
さやか「?」
マミ「試してみたい技があるの。成功するかわからないから、今まで使わなかったけど」
ほむら「……」
マミ「お願い」
ほむら「……わかったわ」
マミ「ありがとう」
- 720: 2013/01/06(日) 23:09:04.52 ID:sDC6YHp00
- マミさんが手を休めた。
大砲でもなんでもない、普通のマスケット銃を一挺だけ魔女へ構えている。
彼女の手が休まったことで何が起こるのかといえば、当然魔女の撃ち漏らしだ。
無尽蔵に襲い掛かる使い魔は、ほむら一人だけでなんとかなるものではない。
ほむら「さやか!時間稼ぎを!」
さやか「おっけー!任せて!」
一本のサーベルを両手で握り、間合いに入った使い魔を斬る。
幸いにして脚はよく動く。腕は披露しているが、これなら広い範囲にも隙なく対応ができる。
マミ「時間はかけさせないわ……少し集中するだけ」
さやか「はい!」
マスケット銃で何をするのか、それは私にも興味がある。
そのために、私はマミさんを守らなくては。
マミ(……私の魔法には力が備わっている、必要なのはそれに技術を乗せること)
マミ(私にはちゃんと力がある、技術もある……佐倉さんだけじゃない、美樹さんだけじゃない)
マミ(力を込めて撃つだけが、私の魔法の終着点ではないはず)
マミ(……私と佐倉さんの今の距離感が、私の限界ではないわ)
さやか(!)
私は激しく立ち回る中、マミさんの眼が鋭くなったのを見た。
そこにはいつもの柔らかな余裕はない。
凶暴な熊に照準を合わせた、一発に集中する狩人のような眼だ。
- 721: 2013/01/06(日) 23:35:57.56 ID:sDC6YHp00
- マミ(……自分が放つ弾をイメージする)
マミ(私の生み出す魔力の、最も乱暴な形、弾けて回るエネルギーの魔力)
マミ(私の銃をイメージする)
マミ(弾を包んで押さえ込み、フリントの衝突で開放する、システムの具現)
マミ(けれど忘れてはいけない、私が生み出す銃も、弾も私の魔法……暁美さんの使う実物ではない)
マミ(ただのマスケット銃ではないし、鉛の弾丸でもない)
マミ(私の魔力から生まれた同じもの……それなら!)
マミ(撃った後に役目をなくす銃自体を、魔力の弾の回転に乗せる事も――可能!)
マミ「“ティロ・スピラーレ”!」
- 722: 2013/01/06(日) 23:52:48.95 ID:sDC6YHp00
- さやか「――」
間合いに入った使い魔をひとまずは片付けたとき、丁度マミさんが発砲する瞬間を見ることができた。
光る銃口、あふれ出す光弾。
マミ(解けて!)
さやか「!」
光の弾が放たれると共に、それを包んでいたマスケット銃自体が元のリボンへと戻る。
それだけじゃない。リボンに還元されたマスケット銃は、その端を光の弾丸に繋げており、弾の進行と同時にくるくると螺旋状にほどけていく。
弾に引っ張られるリボンの銃はまるで、解けてゆく毛糸のようだ。
銃を構成していたリボンを全てを解いた弾丸は、真っ直ぐ魔女へと飛び込んでゆき――
マミ(広がれ!)
魔女「!?」
ほむら「!」
魔女に当たる直前に、弾丸は無数のリボンを放射した。
使い魔を貫きながら、動きを止めながら伸びるリボン。それはまるで、蛾を捕らえる蜘蛛の巣のようだった。
- 726: 2013/01/08(火) 00:18:09.22 ID:kKXV9xGu0
- 魔女「ビィッ……!」
マミ「あら、ちょっと痛かったかしら?」
リボンの炸裂弾。咄嗟に浮かんだ言葉はそれだった。
モニターの魔女の結界で見た、“リボンの花火”とは違う。
光の弾から展開される無数のリボンは、弾に収束した魔力と回転力を開放し、銃を構成していたリボンを分割して撃ち出したものだ。
マミ(やっぱり、普通に操るリボンよりも威力が段違い……!)
放射状に伸びるリボンに貫かれた使い魔は消滅し、魔女の堅い外殻にヒビを入れていた。
そして魔女に触れるリボンは巻きつき、そのまま巨体を拘束する枷となっている。
ほむら「なにこれ……!」
QB「なんてことだ……すごいよマミ!まだまだ強くなれるなんて!」
マミ「ふふ、上手くいったわ」
大味な大砲で魔女を消し去るわけでもなく、一発で魔女の弱点をスナイプするものでもなかったが、目に見えてボリュームを失った群れる使い魔の塊に、紛れもない“必殺技”であると、誰もが思ったはずだ。
マミ「でもまだよ、この技のいいところは、コツさえ掴めば何発でも撃てるってことなんだから」
スカートを広げ、中からマスケット銃が四挺落ちた。
さやか「……まさか」
マミ「ふふ、まさかよ」
銃口は無慈悲にも、拘束され動けない魔女に向けられる。
南無。
- 734: 2013/01/08(火) 22:02:46.66 ID:kKXV9xGu0
- マミ「一発一発に、ただ集中さえすれば、」
マスケット銃の弾丸が新たに打ち出され、動きの鈍った魔女へと突き進む。
が、翅の裏側から生み出された使い魔は弾丸を防ぐためにその身を投げ出した。
マミ「発動を失敗することもなさそうね」
使い魔の壁に命中する寸前で、弾丸は再び炸裂した。
弾から無数のリボンが魔女の方向へ伸び、帯は使い魔を貫き、引き裂いてゆく。
使い魔の献身的な防御をもってしても防ぎきれなかったリボンは魔女の外殻に突き刺さり、更にダメージを与えた。
と、そこまで私が観察していると、目を休める暇もなく、三発目の弾が魔女へ向かっていた。
バン、と輝き弾け、幾条もの帯を突き出す弾丸。
放射状に展開したリボンは結界の壁や床に突き刺さり、ひとつの堅い檻としても機能していた。
それは一発打ち込まれるごとに、窮屈さを増してゆく。
四発目のティロ・スピラーレが炸裂する頃には、使い魔が盾を買って出る飛行スペースはなく、リボンの放射線は全て魔女に突き刺さった。
ほむら「こんな技を使えるなんて……」
マミ「ふふ、美樹さんや佐倉さんにのまれちゃった所があったけど、どう?私のことも戦力として見直してくれた?」
ほむら「……いいえ、やっぱりさすがよ、巴さんは……」
さやか「こ、これでも普通の一発と同じ魔力っていうのが信じられないっすねぇ……」
- 737: 2013/01/08(火) 23:58:23.99 ID:kKXV9xGu0
- QB「弾の回転エネルギーを利用したリボンの展開。マミが得意とするリボンの操作ではなく、勢いを乗せた爆発と言ったほうが良いね」
まどか「リボンの爆発……」
QB「イメージではクラッカーに近いかもしれないね」
まどか「……なんか、おしゃれだね」
QB「いやいや、危ない技だと思うよ……威力は火薬なんてメじゃないだろうね」
魔女「ビィ……ビィィ……」
黄色い蜘蛛の巣に囚われた魔女は、全身を貫かれて相当弱っている。
翅にもリボンが貫通し、飛ぶことも使い魔を出すこともままならない様子だ。
マミ「それじゃ、終わりにしましょうか?」
ほむら「ええ」
さやか「……へへ、やっちゃってください!」
余裕ありげにニコリと笑って、マミさんは大きな大砲を出現させた。
相手が動かないためか、機嫌がいいためか、いつになく優雅で、美麗なポージングだった。
そして最後の一発が轟くだろう。
マミ「“ティロ・フィナーレ”!」
- 738: 2013/01/10(木) 00:11:25.78 ID:/y1Hjaf50
- マミ「はい、おわり」
ティーカップ片手に、マミさんはこちらに微笑んだ。
背中で崩れてゆく結界の演出が、相変わらず格好良くて惚れ惚れする。
さやか「うー、経験不足だあ……」
それと比べて私といったら、もう。
今回はダメダメだ。魔女との戦いではほとんどほむらとマミさんだけのものだった。
まどか「さやかちゃん、上達と進歩を焦っちゃだめだよ?」
さやか「……うん、うん、そうだよなあ、うん」
まどか「ね?」
さやか「はは、参った参った」
まどか「てぃひひ」
いつかまどかに言った言葉をそのままに返されてしまうとは。
魔法少女になってから舞い上がりすぎているのかもしれない。
こりゃあまた、竹刀で素振りをする毎日に戻ってみる必要もありそうだ。
ほむら「お疲れ様」
マミ「ええ、暁美さんもお疲れ様……はい、グリーフシードよ」
ほむら「私の取り分はいいわ、まだしばらくは……」
マミ「堅いこと言わないで、ほら、受け取って?」
ほむら「……私はもともと、取り分を少なくして協力している立場だから……」
マミ「もう、今更そんなことは関係ないわよ、私は暁美さんを信用してるもの」
ほむらの手にグリーフシードが、半ば強引に握らされた。
厚意を手渡されたほむらはマミさんとキュゥべえを忙しく見比べながらあたふたしている。
そんな表情も、なんか、良かった。
- 740: 2013/01/10(木) 23:07:51.09 ID:KM50Vgvg0
- 魔女を倒し終えたその後は、マミさんの家でちょっとしたおやつタイムだ。
色々な形の手作りクッキーと、やっぱりいつ飲んでも美味しい紅茶が振舞われた。
まどか「んー!」
マミ「ふふ、美味しい?」
まどか「カリッとサクサクで美味しいです~……」
マミ「ありがとう、私、クッキーだけは沢山作ってるから、得意なのよ」
さやか「ほへぇー」
と、関心しつつ色の違う3枚を同時食い。
プチシリーズも真っ青なさやかちゃんの食欲を前にしては、クッキーなんぞ晩飯前よ。
さやか「ほい、キュゥべえにも」
QB「わーい」
ほむら「……ちょっと」
マミ「ダメよ美樹さん」
さやか「え?」
マミ「キュゥべえは沢山食べるから、一日に3枚までって決まってるの、太っちゃうでしょ?」
キュゥべえの食事、マミさんが管理してるんだ……。
QB「ひどいよマミ、僕はいくら食べても太りはしないのに」
マミ「だーめ」
ほむら「巴さんの言う通りにしなさい、往生際が悪いわよ」
QB「君はここぞとばかりに辛辣だね」
- 741: 2013/01/10(木) 23:35:43.69 ID:KM50Vgvg0
- さやか「どれどれ」
QB「きゅ」
キュゥべえの体をひょい、と持ち上げてみる。
膝の上に乗せ、耳から伸びているよくわからない腕のようなものを触る。
QB「あまり引っ張らないでくれよ」
さやか「うん、耳も気になるけどね、私はどっちかと言えばこっちの方が」
QB「痛っ」
キュゥべえの背中に描かれた赤い模様に爪を立ててみる。
さやか「あれ?開かない」
QB「あ、開かないって!」
マミ「ちょっと美樹さん!いじめないの!」
まどか「あはは……」
さやか「いっつもグリーフシード食べてるから、中はどうなってるのかなーって!ちょっと見せてよ!」
QB「千切れる千切れる!割れる!」
さやか「え、割れるとどうなるの!?」
マミ「誰か彼女を止めて!?」
まどか「あのさやかちゃんは私じゃ止められないです……」
もうちょっとで開くかなと思ったところで、マミさんに後頭部をチョップされて断念となった。
ほむらはずっと紅茶を飲みながら騒動を見ていたが、どことなく楽しそうな様子だった。
- 752: 2013/01/18(金) 22:59:27.44 ID:DW8tfdPX0
- † 8月15日
夕陽を背にした煤子の影が、真っ直ぐ杏子へ伸びる。
影の中の杏子は竹刀よりも遥かに長い棒を握り、煤子に立ち向かっているように見えた。
煤子の手の中に納まっているものは、ほんの三十センチ程度の枝切れ。
杏子「はぁ……はぁ……!」
煤子「火と活力の象徴……棒はどこにでもある一般的な生活の道具、けれどそれは武器にもなるわ……棒の武器って何だと思う?」
杏子「棒の、武器……?」
煤子「棒が武器になる理由よ……棒の強み、それが棒の武器」
杏子「……長い」
煤子「そう、長さよ」
右手に持った小枝を掲げる。
掲げられた小枝の影はグンと伸びて、地面の上に一本の木を作った。
煤子「長い……それだけがシンプルな一本の物体に、武器としての力を与えたの」
杏子「……けど!」
煤子「けど?」
杏子「……まだ、全然……一回も、あなたに当てることができていないです」
少女の言うとおりだった。
まだ始まって十分の“実践”の開始だったが、杏子の1mの棒は未だ、煤子の小枝に払われてばかりなのだ。 - 753: 2013/01/18(金) 23:33:00.43 ID:DW8tfdPX0
- 煤子「棒はどこにでもある道具、そして貴女はそれを持って強くなる」
煤子「もちろん何も持たずに強くあるべきとは思うけれどね」
煤子「目を凝らせばどこにでもある棒、長い物……それには刃物はついてないし、鉄製でもない」
煤子「けれど使いこなすことが出来れば、長い刃物や鉄製の警棒よりも、遥かに頼れる道具になるわ」
そう言って、煤子は手に持った小枝を足元に放り捨てて、傍らに控えさせておいた木の棒へと取り替える。
杏子が持つそれと同じ太さではあるが、2m程の長い棒だった。
煤子「まず棒というものは、長い」
杏子「っ!」
棒の端を握り、それを自然体で掲げ、振り下ろしただけだった。
が、それだけの動作で既に、煤子の棒先は、杏子が構えていた棒の先をコツンと叩いた。
煤子「相手よりも先に届く、それだけで長さは利点になるわ」
杏子「……」
煤子「そして相手より長ければ、相手の攻撃は届かない」
杏子「!」
棒をこちらに向けた煤子が、ゆっくりを歩み寄ってくる。
ぼんやりしている間にも、相手の先端は杏子の腹を優しく小突いた。
杏子の持つ短めの棒は、どう足掻いても煤子には届かず、空を切るばかりである。
しかし振り回しているうちに、偶然ではあるが煤子の棒を叩いて、地面へと叩き落した。
杏子「あ……」
煤子「これが弱点、長いから振りは遅いし横は当てられやすい、かわされやすい」
杏子「……だから私のは、何度も」
煤子「相手が避けられないような棒の使い方を教えてあげるわね」
杏子「……!はい」
† それは8月15日の出来事だった
- 755: 2013/01/20(日) 00:23:01.50 ID:XSRv3bin0
- :じゃあそろそろ出るから、いつもの所でね
:うん!また後で!
というようなメールをいくつか交わして、携帯を仕舞い込む。
昨日の魔女との戦いのこともあって、そんな私を気遣ってか、まどかは朝から体調を気遣ってくれたのだ。
「あら、鹿目ちゃん?」
さやか「うん、あ、やっぱり塩取って」
「はい」
朝ごはんの蒸かし芋に一つまみの塩をかけて、半分齧る。
朝の忙しい時間にバターを付ける動作がもどかしくなったのだ。
本当はバターの方がいいんだけどね。滑るからね。
「最近部活の道具持っていかないじゃない、どうするの?」
さやか「部活は……やらないことにしたの、どうにも合わないわ」
「確かに揉めたりしたけど、勉強の方だって大丈夫なんだからまた戻っても……」
さやか「女子中学生は忙しいのー」
最後の一口を塩味無しで詰め込んで、鞄を肩に掛ける。
さやか「ほいじゃ、いってきまーす!」
「うん、いってらっしゃーい、車に気をつけてね~」
- 756: 2013/01/20(日) 00:44:07.81 ID:XSRv3bin0
- マミさんは自分の魔法を、あそこまで応用し尽くしてみせた。
リボンを変形させて銃にして、変形解除してリボンに戻す。
砲身自体を第二の弾にしてしまう無駄のない攻撃だった。
黄色い蜘蛛の巣が弾けて広がる毎に、相手の行動範囲を奪いダメージを与えてゆく。
マミさんの魔力に対する計り知れない理解と経験が、あそこまでの圧倒的な攻撃技を生み出したんだ。
けれど私の魔法といえば、なんだ?
剣を握って、根性と見切りで掻い潜って一撃を浴びせる。
そのシンプルな戦術はどこまでも極められるだろう。けどそれは、あくまでも現実的な動きとしての技量でしかない。
魔法少女としての私の力は、まだまだ眠っているはず。
まさかアンデルセンを生み出して、そっからビームをドバーだけじゃないでしょう。
……ないでしょう?多分。きっと。
さやか(ビームだけだったらどうしよう)
あのエネルギーの放出技は、あくまでも大剣で扱える基本的なものであってほしい……。
もっと応用が利く、魔女に対抗できる技を手に入れたい。
魔女を一人で倒せないだなんて、そんなんじゃ未熟すぎる。
そんなんじゃ……杏子と戦っても負けちゃう。
さやか(……だから、杏子のこと考えてもどうしようもないって)
いつもの待ち合わせ場所が見えてきた。
- 762: 2013/01/21(月) 00:14:30.58 ID:JIlU0Nh90
- 仁美「おはようございます、さやかさん」
まどか「おはよー」
さやか「おっはよう」
手をひらひらと振って挨拶する。
もう既に三人とも、待ち合わせ場所に到着済みのようだった。
三人ってのは要するに。
ほむら「おはよう、さやか」
さやか「おいす~、おはよーほむら!」
ほむらも一緒だ。
仁美やまどかとは立ち位置に距離もあるが、数日のうちに私達の空気感にも馴染めているように見える。
まどかも仁美も話しやすい性格だ。きっと残りの僅かな距離感も埋めていけるに違いない。
さやか「んじゃあ、行きましょっか」
ほむら「そうね、急ぐほどではないけど」
仁美「ふふ、ゆっくり歩いて行きましょうね」
- 763: 2013/01/21(月) 00:25:09.11 ID:JIlU0Nh90
- まどかの袖を見るに、今朝はサラダトースト……いや、ハムサンドトーストを食べたようだ。
トマトは家庭栽培だろうか?まどかパパはホントすごいなぁ。
仁美の朝食はちょっと解らないけど、問題なく済ませたことを疑う余地はない。
右手の指を見た感じだと和食だろうけど。
ほむらは……あ。
こいつ結構不健康な朝食とってるなぁ。綺麗な髪なのに勿体無い。
さやか(と、ここまで色々思ったことはあるけど、一つでも喋ったら大変なことになるんだよね)
まどかの“なんでわかるの?”欲しさに私生活にずかずか足を突き出すのもマナー違反だろう。解っていても言うのはナシだ。
本当は詮索するように見るのもいけないことなんだけど、見えちゃってわかっちゃっちゃうものは仕方ない。
ほむら「さやか」
さやか「ん?」
前でまどかと仁美が話す姿を眺めながら、ほむらが静かにたずねる。
ほむら「魔女退治は、辛いかしら」
さやか「ん、んー、心配してくれてるの?」
ほむら「……あなた個人だけの問題じゃない、だから皆のために心配しているのよ」
さやか「あっはは、なるほどなぁ」
素直に私が心配って言ってくれたっていいじゃないのよさ。
本心なんだか、恥ずかしがってるんだか。
- 764: 2013/01/21(月) 00:34:10.25 ID:JIlU0Nh90
- さやか「魔女退治は……そうだね、壁に当たっちゃったかなとは思ってるよ」
剣という武器の弱点。近づけなければ意味が無い。
相手が魔女でも槍でも同じこと。リスキーな武器で、私は戦っている。
さやか「けどまだまだ出だしだもんね、挫折するのはまだ早いと思うよ」
ほむら「……私達は遠距離からカバーできる、一人でやろうなんて、あまり思いつめるのは」
さやか「頼らざるを得ないときにはもちろん頼んじゃうよ、迷惑はかけられないしね」
けれど、私は強くならなくてはいけない。
どんな魔女を相手にしても、一人で戦えるくらい強くなくては、街の平和を守るなんて不可能だ。
そのためには今のままじゃ不十分。
剣術だけに頼ったスタイルではない、もっと魔法の力を利用した、融合させたスタイルが必要なんだ。
マミさんだってあそこまでの制御をやってみせたんだ。
私もできないことはないはず。
さやか「……ねえ、ほむら」
ほむら「?」
さやか「もしよかったら今日の放課後、一緒に魔女退治というか……練習に付き合ってくれない?」
ほむら「練習?」
さやか「うん、マミさんも一緒に……色々なアドバイスがほしいんだ」
ほむら「……」
首をかしげ、ほむらは少し悩んだようだった。
ほむら「……やらなくてはいけないことも、あるんだけど……」
さやか「忙しい?」
ほむら「夜までなら、付き合えるわ」
さやか「ありがとう!」
ほむら「ちょ、ちょっと」
手を掴んでシェイクする。
なんだ、ほむら。やっぱり良い奴だよ。
- 765: 2013/01/21(月) 00:45:30.55 ID:JIlU0Nh90
- 授業中に考えることは、摩擦力を無視して平面を転がる球の速さではない。
私の魔法そのものについてだ。
私の魔法少女としての姿は、軽装だ。
背中に白いマントを羽織っている以外には特に装備もない。
装備として生み出せるのはサーベルだ。
これはマミさんでいうところの銃や、杏子でいうところの槍にあたる魔法武器。
……マミさんの場合は基本がリボンで、銃はそこからの二次生成になるんだろうか?まぁいいや、きっと似たようなものだ。
サーベルは何本も生み出せる。自分の周囲ならどこにでも、パッと生み出すことが出来るのが強みだ。
杏子を目の前に戦闘している最中でも、ほんの少し手に力を込めれば瞬時にサーベルを生み出し握りこむこともできる。
サーベルは2本を手の中で重ねて握りこむことによって、巨大な大剣に変化する。
この大剣がアンデルセンだ。
サーベルよりも頑丈で、リーチは長いしその分の威力もある。
ただ重いから、さすがにサーベルほどの取り回しやすさはないし、個人的に慣れた刀剣とは形も違うから、四六時中振り回していたいものではないな……。
アンデルセンの強みがあるとしたら、それはやっぱり幅の広さを生かした面での防御や……。
魔力を込めてビームとして放出する大技、“フェルマータ”だろう。
一度放てばエネルギーの波が駆け抜け、目の前の相手を一掃してくれる便利な技だ。
……けどこの技の燃費は非常に悪い。
威力も見た目に反して、杏子に直撃しても一撃必殺とはいかない中途半端さだ。
魔女へのトドメや、大勢の使い魔を掃除する際くらいにしか使えないだろう。
私の手持ちのカードは、これらだ。
……手持ちのカードでやりくりするしかない、って言葉はよく言われるけど。
私の手持ちっていうのは、本当にこれだけなんだろうか。
実際のところ、もっと他に使える魔法があるんじゃなかろうか。
そしてあるとしたら、どんな魔法なら私の戦い方に適にているのか……。
考えなくてはいけない。
- 769: 2013/01/21(月) 21:34:25.85 ID:JIlU0Nh90
- まどか「それでユウカちゃんたら、またやっちゃって」
マミ「あらあら、ふふっ」
さやか「上からバケツでなんてねー、もうあの時は大爆笑っすっよ~」
昼休みの屋上は私達のプライベートエリアとなったようだ。
魔法少女の秘密を共有する人たちが一斉に集い、お昼の弁当を食べながら日常会話を交わす。
放課後に特訓する旨をマミさんにも伝えなくてはいけないけれど、なかなか切り出すタイミングが掴めない。
私は別に、海苔弁の合間合間に魔女を挟んで食べちゃうこともできるけれど、マミさんの場合もそうとは限らない。
数少ないとわかりきっている他人の日常の一コマを切り取るには、少し躊躇があった。
悩む間に扉は開いた。ほむらが入ってきたのだ。
ほむら「こんにちは、巴さん」
マミ「こんにちは、暁美さんもこっちきて一緒に食べましょ?」
ほむら「ええ、ところで」
おや?
ほむら「放課後にさやかが、魔法の練習をしたいという話があるのだけど」
さやか「……」
ほむらは弁当の包みも開けずに、着席前の手土産とその話題を出した。
……まぁ、確かに普通は開口一番にでも言うべきことなんだけどね。
先に言われちゃったね。
マミ「あら、そうだったの?」
さやか「え、ええ……私の魔法、マミさんやほむらに見て欲しいかなーって……」 - 770: 2013/01/21(月) 22:05:34.11 ID:JIlU0Nh90
- マミ「あら、そういうことなら遠慮なく言って?いくらでも手伝うわよ」
さやか「本当ですか!?ありがとうございます!」
マミ「大切な後輩からの頼みだもの、ふふ」
さやか「あはは……」
QB「魔法の練習か、確かに必要になってくるかもしれないね」
白猫がまどかの膝から降りて、私の肩へと飛び移った。
身軽なものだ。
QB「昨日のマミの成長ぶりには驚いたけれど、さやかの場合はまだ充分に伸び代があると思うよ」
さやか「やっぱりそうなの?」
マミ「私はいっぱいいっぱいみたいな言い方ね、キュゥべえ」
QB「気を悪くしないでおくれよマミ、事実君の魔法はもう極めるところまで極めたと言えるじゃないか」
マミ「ふふっ、冗談よ、褒め言葉として受け取っているわ」
まどか「さやかちゃんは、まだまだ魔法少女として強くなれるの?キュゥべえ」
QB「そうだね、可能性は大いに……いいや、成長への道筋は確実に存在すると言ってもいいだろう」
さやか「そこまで断言しちゃうんだ」
QB「根拠はあるよ」
- 771: 2013/01/21(月) 22:30:22.24 ID:JIlU0Nh90
- QB「君達魔法少女はそれぞれ、形を成した特有の魔法を持っている」
QB「マミならリボン、さやかならサーベル、杏子ならば槍、といった具合だね」
さやか「武器ってことね」
QB「“固有武器”とでも言っておこうか、ほむらの場合“固有武器”は……」
ほむら「……」
ほむらめっちゃ睨んでる。ものすごいキュゥべえ睨んでる。
QB「……まあいいや、とにかく君達はそれぞれが、最低限魔女と戦うための武器をもっているんだ、それが固有武器」
まどか「マミさんの鉄砲は違うの?」
マミ「あれはリボンから作り出しているだから、基本的には私の魔法はリボンなのよ」
まどか「ほぇえー……」
QB「固有武器の特徴は簡単に生成可能な点にある……マミも最初は魔法の扱いが苦手だったけど、リボンだけは上手く操れたね」
マミ「ええ、そうね、リボンだけは……何もかも懐かしいわ……」
懐かしみむ遠い目というよりは、過ぎ去った日々を静かに見送るような、そんな目である。
マミさんの魔法少女としての過去の活躍については、あまり聞くべきではないのだろう……。
QB「固有武器を更に強化した形態が“強化武器”だ、これはマミのリボンが生み出すマスケット銃や、さやかがサーベルを重ねて作り出す大剣などだね」
さやか「アンデルセンかぁ」
まどか「マミさんのティロ・フィナーレも?」
QB「あれもまとめて“強化武器”になるだろうね、威力は違えど、固有武器から作り出す二次生成物には違いない」
とすると、マミさんは魔女との戦いでかなりの強化武器を使っているということか……。
QB「強化武器を生み出すのは簡単だよ、そう難しいことではないんだ……現にマミは、強化武器を主体に戦っているからね」
マミ「ふふ、何でも作れちゃうわよ」
まどか「魔法って感じがして、ステキですね」
マミ「ありがとう」
- 772: 2013/01/21(月) 22:42:41.90 ID:JIlU0Nh90
- さやか「……杏子の、あの両剣も強化武器なんだね」
マミ「……ああ、ブンタツね……」
ほむら「杏子の?あれって?」
さやか「……杏子とやりあった時に、色々とお見舞いされたのさ……」
コンクリの地面すら漕いでしまうように切り裂く双頭の槍。
私がサーベル二本から生み出すアンデルセンよりも、遥かに強い武器のように感じた。
QB「生み出される強化武器の威力や魔力の消費、強さから使いやすさはまちまちだね、これは比較のしようがないから優劣を感じる必要はないよ」
さやか「剣二本VS槍二本で悩まなくて良いってことね」
QB「うん、固有武器やそれから成る強化武器については、ひとまず置いておく形でいいと思うよ」
さやか「ひとまず置いておくって……そしたら私、マントしか無いんスけど……」
QB「重要なのは形のある魔法ではなく、もうひとつの形の無い魔法だ」
ほむら「……?形の無い魔法?」
QB「魔法少女としてのさやかが強くなるには、そこを伸ばすしかないと思っているよ」
さやか「形の無い、魔法……」
それは一体……?
大いなる謎は予鈴のチャイムと共に闇へ解け、放課後へと続いてゆくのであった……。
- 773: 2013/01/21(月) 22:49:42.64 ID:JIlU0Nh90
- 待ち遠しい放課後ほど長く果てしない時間はないけれど、自分の魔法について考えているだけでも時間は矢のように過ぎていった。
あっという間に放課後になったので、私はいつもより二割増しの付き合いの悪さで教室を出て、待ち合わせの場所へと急いだ。
とにかく、今の私は強くなりたかった。
キュゥべえの話を聞いて、マミさんからアドバイスをもらって、奥ゆかしく見守ってくれるほむらからさりげない助言なんぞもいただいたりして、とにかく自分を高めたかったのだ。
QB「放課後のチャイムと同時に飛び出すものだから、何事かと思ったよ」
風力発電の大きな羽の影がちょっとだけ恐ろしい、待ち合わせの土手へとやってきた。
首根っこを掴んで連れてきたのはキュゥべえだ。
さやか「ごめんね、魔女退治とは関係ないんだけど、今日はたっぷり勉強したい気分なんだ」
QB「勉強熱心なのはいいけど、お手柔らかに頼むよ、それだけが心配なんだ」
さやか「へへ、ごめんごめん」
- 774: 2013/01/21(月) 23:05:17.53 ID:JIlU0Nh90
- 白い毛並みを撫でながら少し待っていると、小走りの音が近づいてきた。
まどかだろうか、と思って振り向いてみると、意外にもその人物はほむらだった。
ほむら「はぁ、走って帰るなんて、よほど続きが気になっていたのね」
さやか「へへ、いやぁ、自分の可能性が広がる話ってのは、聞いてて楽しいもんね」
ほむら「……確かに、そうかもしれないけど」
ほむらはキュゥべえを挟まないように私の隣に座った。
さやか「ほむらの固有武器って、何なの?」
ほむら「……さあ、何かしらね」
さやか「む、そのくらい教えてくれても良いんじゃない」
ほむら「……」
ちょっとだけ困ったような顔をしたが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。
ほむら「左手につけている盾、あれが固有武器かしらね」
さやか「ああ、あれが……なるほど」
QB「珍しい形の武器だね、興味は尽きないよ」
さやか「……なるほど、キュゥべえがいると喋りたくないんだね」
ほむら「察してくれてありがとう」
QB「それは酷いな、僕はみんなに教えているというのに」
さやか「あはは、確かにそうかも」
剣幕なんだかそうじゃないんだか。
マミさんがやってくるまで、しばらくはそんな不思議な空気が続いたのでした。
- 780: 2013/01/22(火) 23:27:41.18 ID:pbNKH9L00
- 人目を気にしない高架下で、三人が集まった。
マミさん、ほむら、そして私だ。まどかは私用もあってか、来れないとのこと。
まどかも魔法少女関係者とはいえ、常に私達と行動を共にする必要はないのだ。
一緒にいる分だけ魔女や使い魔の流れ弾を受けるリスクが増す。
もちろんお荷物の一言で切り捨てていいはずはない。一緒に居ることは、魔法少女に憧れるまどかにとっても、私達魔法少女にとっても意味がある。
けれど、それを解っていてもなお、まどか本人には一般人としての負い目があるらしい。
こういうことで焦らなければ良いんだけど……あの子の性格上、チクチクと自分を責めてそうだ。
QB「集まったね、それじゃあ話の続きをしようか」
さやか「!」
おっと、いけない。
今はキュゥべえ先生の講義に集中しなくては。
さやか「えっと、“固有武器”や“強化武器”とは違った魔法があって、私はそれを鍛錬できるって話だよね?」
QB「鍛錬というとひどく地道な印象だけど、そうだね」
QB「その魔法を仮に“特性魔法”とでもしておこうか」
さやか「特性魔法?」
- 781: 2013/01/22(火) 23:43:52.77 ID:pbNKH9L00
- QB「特性魔法に明確な形は無い、これは言うなれば君達魔法少女それぞれが持っている、魔法の性質だ」
ほむら「初耳ね」
QB「魔法少女個人のものだからね、言ってどうなるものではないんだ。言って伝わるかも怪しいしね」
さやか「特性魔法って、例えばどんなの?」
マミ「私にもあるのかしら」
QB「マミを例にあげるとしよう、マミの特性魔法、その性質は“収束”と言えるだろう」
マミ「……収束?」
随分と漠然とした単語が出てきたなぁ。
QB「マミの魔法は全般的に、エネルギーをひとつの形に形成することを得意としている」
ほむら「……それはリボンが銃を作ることにも関わるのかしら」
QB「大いに関わってくるね、魔法による新たな物体の創造、銃としてのエネルギーの圧縮、回転の圧縮……今のマミは、収束という性質を体現した魔法少女であると言えるよ」
とおそらく褒められているであろうマミさん御当人は、照れればいいんだか話の小難しさに首を傾げればいいんだか、悩んでいる様子。
QB「様々な魔法少女を見てきた僕の経験上、特性魔法には色々パターンがある……収束、解放、修復、破壊、それぞれ得意とするものは違ってくるし、戦い方も当然変わる」
ほむら「……」
さやか「物騒な響きだけど、破壊っていう特性魔法は魔女との戦いが楽になりそうだね」
QB「うん、かなり影響してくると思うよ」
さやか「私の特性魔法って何なのかな?これっていわゆる、ゲームでよくある属性とか、タイプとか、そういうヤツだよね。キュゥべえにはわかるでしょ?」
QB「わからないよ?」
さやか「えっ」
- 782: 2013/01/22(火) 23:56:43.82 ID:pbNKH9L00
- QB「特性魔法、これは魔法少女の魔力の性質、その傾向だ」
QB「実はこの特性魔法というものは、君達が魔法少女となる契約を交わしたときの願い事が反映されたものだよ」
QB「特性魔法は、僕が選択し、振り分けるようにして君達に与えているものではなく……あくまで君達の選択によって得られた、奇跡の片鱗なんだ」
願い事が自分の魔法に反映される。ふむ。
マミ「え、っと、じゃあ私の“収束”っていう特性魔法も」
QB「マミの願い事が影響した結果、身についたものだね」
さやか「じゃあ私の特性魔法は?私の願い事、強くなることなんだけど」
私の魔力の性質と言われても、パッと頭の中には浮かんでこない。
力が強い?剣を出せる……?うーん、違う、魔力の性質とか、そういうことを考えるとそんなことではなさそうだ。
QB「それはまだ僕にもわからない……さやかの特性魔法については、まだまだ見出せてない部分が多い」
ほむら「観察不足といったところかしら」
さやか「……か、観察かぁ……まぁでも、確かに」
まだまだ私は経験の浅いヒヨっ子だ。
力の出し方、自分の得意なこと。何もかも知らない魔法少女ド素人なのだ。
己を知れば百戦危うからず。つよくなるためにはまず、自分の力を見極めなければなるまい……。
さやか「……なるほどね、まだビジョンがハッキリとはしてないけど、私にも得意な魔法があるってことか」
ちょっと希望が湧いてきたかも。
- 787: 2013/01/23(水) 23:38:42.97 ID:F/wtOTIw0
- 川のせせらぎだけが聞こえる。
橋の下は暗く、肌寒い。
閉じた目には何も映らない。
ただ脳裏には、魔法少女となった自分の姿を思い描く。
“全てを守れるほど強くなりたい”。
全てを守る、私の姿……。
マミ「つまりはイメージ修行よ」
ほむら「砂利の上で胡坐かいて実践しちゃってるけど、効果は出るのかしら」
マミ「キュゥべえの話を聞くに、必ず効果があるはずよ」
ほむら「……巴さん、根拠無しに言ってるでしょう」
マミ「こういうのは思い込みを含めて、本人のイメージが大切なのよ!」
ほむら「実際はどうなの、やらせておいて良いの」
QB「本人がやる気十分に望んだんだ、僕に止める権利はないよ」
ほむら「……不安だわ」
- 795: 2013/03/01(金) 22:46:08.60 ID:m7IQjRoG0
- この手の届く範囲の限り、全てのものを守りたい。
暴力も理不尽も、なんでも跳ね返せる力こそ、私は欲しかった。
私の身の回り、私の目の届く限りでもいい。
自分にできる限りの全力をもって、正義の味方というものになりたい。
摩天楼の上でマントをはためかせる、マーベルなヒーロー。
屈強な鎧に身を包んだ、陰から見守る謎のナイト。
小さな村のために命をかける、負け戦続きのサムライ。
私が憧れた全てのヒーロー達に、私はなりたい。
漠然としすぎているかもしれない。
だとしても、それこそ私が望んだ強い者の姿なのだ。
- 796: 2013/03/01(金) 22:56:14.07 ID:m7IQjRoG0
- QB「さやか」
さやか「はっ!?」
キュゥべえの声に目を開く。
目の前に、夕陽に照らされた川の水面が、きらきらとルビーのように輝いていた。
さやか「あれ?私……」
ほむら「瞑想してるんじゃなかったの?」
マミ「やけに長いなって思っていたら、寝てるなんてね」
目を閉じて考えている間に眠ってしまったらしい。
いやぁ、うららかな日和だから仕方ない。
ほむら「真面目にやりなさい」
さやか「ごめんなさい」
マミ「それで、どうだった?自分の魔法のイメージは掴めたかしら」
さやか「……すいません、あんまし有意義なものは思い浮かばなかったかもしれないっす」
マミ「あら……」
さやか「やっぱり、形の無いものを考えるのって難しいなぁ……」
QB「焦らずに魔女との戦いの中で探していくのが良いと思うよ」
まどかに言われた言葉と似たようなことを、キュゥべえにも言われてしまうとは。
……やはりどうも、焦って突っ走りすぎたのかもしれない。
……それをわかっていて尚、焦燥には駆られてしまう。
自分の形を捉えきれていないだなんて、そりゃあ焦るよ。
- 797: 2013/03/01(金) 23:18:46.55 ID:m7IQjRoG0
- 結局この日は、暗くなるまで魔女散策をして、その後に解散となった。
魔法について何も掴めなかったし、魔女は見つからなかったし、放課後はダレ気味だった。
キュゥべえから魔法少女についての興味深い話を聞けたのはいいけど、私の都合でマミさんやほむらを振り回しすぎた。
明日学校に行ったら、また改めて頭を下げておこう。
そしてこれからは魔女退治に同伴しながら、自分の魔法少女としての形を掴むよう、努めなくてはいけない。
キュゥべえの言うとおり、焦らず戦いの中から見出すのが吉であろう。
ガトンボヤゴの魔女の時みたいに、足手まといになるパターンがあってはいけない。
さやか「早く成長しないと……」
毛布の中でまどろむ。
力不足の歯がゆい思いに懐かしく枕を掴みながら、意識が沈んでゆく。
強くならなきゃ……。
……杏子……。
- 803: 2013/03/03(日) 21:59:01.79 ID:kyGZdId50
- †8月17日
夕陽に照らされながらの棒術訓練は、日が落ちて、体が冷える頃になるまで続けられた。
教会よりも少しだけ離れた空き地だ。人気はないため存分に動き、棒を振り回せる。
棒が打ち鳴らされ、廃屋の壁から乾いた音が跳ね返る。
その音だけを聞くたびに、杏子は世界に自身と煤子だけしか存在しないような、不思議な錯覚に包まれた。
煤子「覚えが良いわね」
杏子「ありがとうございます」
扱う棒は150cm以上もある、杏子の身の丈を越える代物だ。
最初の頃こそ閊え振り回されていたが、杏子の言葉を一つ二つと動きの中へ取り込んでいくうちに、見違えるほど上達した。
煤子「そう、槍は距離を作る武器、退避も攻めもおろそかにはしないで……」
杏子「えいっ!……槍?」
煤子「……槍のようなものよ」
杏子「そうですかぁ……」
- 805: 2013/03/04(月) 00:01:02.13 ID:ut+2zQaB0
-
杏子「煤子さん、今日は本当にありがとうございました」
煤子「ええ、良く頑張ったわ」
夜の闇が、火照った体を冷やす。
短い帰り道を二人は歩いていた。人通りの少ない道だが、そろそろこの区画へ帰宅のためにやってくる人影も見えはじめるだろう。
杏子「なんだか、体を動かすことは前からなんですけど……こういうのも、楽しいですね」
煤子「こういうの、って?」
杏子「あの、武道っていうか……棒術っていうか……私は戦うことって、野蛮だなって思っていたんですけど」
煤子「新鮮かしら」
杏子「はい!」
煤子「……ふふ、そう。意外だわ、そう思ってもらえるなんて」
話は長くは続かない。
二人はすぐに教会の前へ着いた。
“それじゃあね”と、煤子が口を開こうとした時である。
杏子「煤子さん」
煤子「ええ」
杏子「良かったら……一緒に晩御飯、食べていきませんか?」
煤子「……え?」
杏子「だめ、でしょうか……あの、あまり、大したものは出せないかもしれないですけど……」
煤子「……」
控えめな口調で誘う杏子に対して、それ以上に口ごもる。
煤子「いえ、私は……嬉しいけれど、御免なさい。すぐに、帰らなければいけないの」
杏子「そうですか、すみません」
煤子「気にしないで、杏子」
括った後ろ髪を強く翻し、煤子は教会の前を離れていった。
† それは8月17日の出来事だった - 807: 2013/03/05(火) 22:22:27.63 ID:oKRCydFE0
- ……美樹さやかがイメージトレーニングを始めて、もう三日が経つ。
……“この”さやかは何かが違う。
彼女が今以上に強くなったら、きっと、すごい魔法少女になる……そう期待していた。
……期待を秘めつつ、その三日を過ごしていたけれど。
その間、魔女との戦いでは苦戦を強いられているようだった。
戦いを経る度に強くなることも、蕾が開きかけることもなく、さやかはさやかのままだった。
迫る魔女との肉弾戦では己の未来を探る時間は無かったし、私達も見て見ぬ振りをして手出しをしないということは、できなかった。
……さやかは決して弱くはない。
けれど、元々の素質の差は、あまりにも大きすぎたのかもしれない。
私やマミと比べても、魔女との戦いにおいてはやや見劣りする姿が、この三日でのさやかの印象だった……。
……こんな時、一体どうして、彼女に声をかければいいのだろう。
……ちっともわからない。
- 809: 2013/03/05(火) 23:01:13.38 ID:oKRCydFE0
- †8月18日
煤子「……」
天の最も上にまで届きそうな、白い入道雲を見つめていると、彼女の心はひどくざわめいた。
蒼海をゆっくりと航行する雲から目を離し、膝の上の腕時計に目くれる。
針は約束の一時間前を指している。が、それは時計が寝ぼけているわけでもなければ、煤子の気が早いわけでもなかった。
煤子はその時間を退屈には思っていなかった。ただそれだけのことである。
煤子「……」
つい最近とも言って良い、慌しく走り回っていた日々を想えば、ベンチの上で呆けることのなんと間の抜けたことだろう。
複数人の動きを監視し、それらの内面すら伺い、カレンダーを見ては下準備に追われ、時計を見ては仮眠を取り、耳に悪いほど大きく設定したアラーム音に飛び起きるような、張り詰めた日々だったのだが。
そんな日々をどれくらい続けただろう。煤子自身にさえ、自分の過ごした時間は、もはや正確には覚えられてはいない。
ただ、自分を背丈より遥かに博識にさせ、それらを裏付ける経験を備えていることは、重く積もってゆく、目に見えて唯一正確な量りだった。
煤子「……」
そんな煤子自身でも驚くべきことだったのだが、今こうしてベンチの上で1時間を待つという行為などを、大きな罪だと自責することはなかった。
逆に「暢気なものね」と、うっすらと自分に微笑みたくなるような、穏やかさすらあった。
「煤子さーん!」
煤子「あ……」
予定よりも何十分か早く、坂道から元気な少女の姿が見え始めた。
手を振って、無邪気に汗を振りまきながらこちらへとやってくる。
煤子は、落ち着いた声色が届く距離にまで少女が近寄ってくるのを、麦藁帽子に微笑みを隠しつつ、暫し待った。
† それは8月18日の出来事だった - 811: 2013/03/07(木) 00:08:42.84 ID:/Fxvf7XM0
- さやか「はぁ」
ここ最近での魔女との戦いは、順調とは言えなかった。
結界の中での動きや戦いには体と頭が慣れてきたと思う。
マミさんやほむらとの連携も上手くいってる、とは思う。
だけどそれはあくまで三人でのチームプレイが順調に動き出した、っていうことで。
それだけで、私が強くなったわけではなかった。
自分の魔法だなんて、そんなよくわからないものをイメージしながら戦うってのは結構な苦痛で、思うように動けず立ち止まったり、攻撃の手が狂ったりすることは、度々あった。
特訓が実践でのリズムを狂わせているのだ。あんまり良い傾向とはいえない。
さやか「……」
:私、力になれないかもしれないけど、悩み事があったら、いつでも言ってね?
まどかから送信されたメール画面を閉じ、再び毛布の上にごろりと転がる。
メールの文面を何分か眺め続けて悩んでいたが、返事を出す気にはなれなかった。
まどかが頼りないわけじゃないけど、人に聞いても見いだせそうも無い悩みだし。
さやか「はぁ~……」
かれこれ三日。こんな風に、柄にも無くうじうじと悩み続けているのであった。
- 813: 2013/03/10(日) 18:13:26.27 ID:8/xixI4j0
- そして、悩んだ私は、再びあの坂の上にやってきた。
見滝原を一望できる、ちょっと高めの静かな場所だ。
ベンチを独占している缶コーヒーの隣に座り、鬱憤を混ぜた息を一口吐き出す。
さやか「……ふう」
涼しい風が吹いている。春の心地よい風だ。
何ヶ月かすれば、再び茹だるような暑さの季節がやってくるだろう。
そうすれば、このベンチの上から望める景色だって、あの時と同じように変わるはずだ。
そこに煤子さんは、居ないけれど……。
「なっさけねぇ面してんなぁ、オイ」
隣に置かれたスチール缶が、ブーツの厚底に潰され、メダルのように薄くなってしまった。
ベンチに仁王立ちした少女は、傲岸な表情で私を見下ろしている。
さやか「……杏子」
杏子「よう」
- 814: 2013/03/10(日) 18:43:11.41 ID:8/xixI4j0
- 杏子「今まで何人かの魔法少女を見てきて、知り合いにもなってきたけどさ」
さやか「?」
杏子「大概、あんたみたいな顔をし始めた奴は、二週間かそこらで音信不通になっちまうね」
さやか「……まじっすか」
そいつはまずいことを聞いてしまった。
両手で頬を洗うように擦り、叩く。
さやか「……っし、これでどうかな」
杏子「知らないよ、そんなこと」
さやか「はは、そりゃそうだね」
呆れたようなシスターの表情を、それよりはちょっとあざけるように真似てみた。
さやか「顔だけ直しても仕方ないしねぇ~……」
ベンチから立ち上がり、ガードレール際から街を眺望する。
さやか「……私に会いに来たってことは、戦おうってこと?」
杏子「当たり前でしょ。わざわざ探したんだから」
この広い町で、このちっぽけな、人気の無い場所を探すとは……本当に、杏子の戦いにかける執念っていうのはすごいな。
……いいや、凄いなぁとか、感心しているばかりではいけない。
今の私は、彼女のように貪欲に、強さを求めるべきなのだ。
強い相手を求める。困難や、敵や、障害や……そういった壁と成りえるものを自分から探し、ぶつかってゆく。
もっともっと、杏子のようになるべきなのかもしれない。
……そう、今まではちょっと避けていた考えだけれど。
私は心の奥のほうでは、杏子に会いたかったのかもしれない。
杏子に会って、杏子と戦いたかった。
ある意味、彼女の戦闘狂のような性格を認めることになるけれど……いいや、もう構わない。
戦闘狂でもなんでもいい。私はなんでもいいから、強くなりたい。
- 815: 2013/03/10(日) 18:56:19.97 ID:8/xixI4j0
- さやか「……杏子」
杏子「あン?」
さやか「闘おう」
杏子「……へっ、やる気、あるみたいじゃん?」
さやか「うん」
拳を握る。
前回は、どんどん速く強くなっていく杏子に、その武器に圧されてしまった。
その状況を打破できたのは、地形の有利さだ……地形が広い場所だったら、善戦もできなかっただろう。
けれど今回は違う。もっと広い、開放的な場所だ。
前よりも苦戦を強いられると思う。だけど……闘いたい。
杏子と戦えば、私の中に秘められた力がわかるかもしれない。
杏子「手加減はしねーからな!」
さやか「望むところ!」
青と赤の輝きが、互いの服を包んでゆく。
- 816: 2013/03/10(日) 20:45:04.26 ID:8/xixI4j0
- 魔法少女時特有の身の軽さで、頭の中で燻っていた悩みが凍てついてゆく。
不明瞭な悩みも、見えてこない展望も、ひとまず氷の中に閉じ込める。
全ての感情の切り替わりのように、右手に握ったサーベルが真横に閃く。
逆側から振られた杏子の槍と衝突し、魔法の火花が派手に咲いた。
杏子「最初から油断はしない、良~ィ反応だ……いや、というよりは同じで先手を打ちに来たか……」
さやか「変身したら戦闘開始だしね」
お互いに飛び退き、距離を置く。
私は坂の上に、杏子はガードレールの上に着地した。
黒いヴェールの中の悪魔の笑みが、唇をぺろりと湿らせる。
杏子「……賭けをしない?さやか」
さやか「シスターがそんなことしていいわけ?」
杏子「神は寛容だ、問題ないさ」
さやか「……賭けって?」
杏子「簡単さ、互いに問いを出して、一回ダウンするごとにそれに答える」
さやか「ああ……“質問ごっこ”ね」
サーベルを両手で握り直す。
つまり、やられればやられるほど、赤裸々な告白をしていかなきゃいけないわけだ。
別に杏子の赤裸々な秘密なんて、知りたくも無いけれど……。
- 818: 2013/03/11(月) 23:08:57.41 ID:Nc4F/5bm0
- けれど、本気でぶつかってやる。
さやか「――」
七巻きの示。
0、0、省略の1の右足がコンクリートを擦り、最上段の刃が杏子の額に閃く。
杏子「っと!」
さやか「っ」
とはいえ流石は戦闘狂だ。
私の予兆の無いとまで言われた剣を避けてみせるとは。
杏子「へへっ、いいね……そういう“ダウンだけじゃ済まさねえ”って一撃」
黒いヴェールを裾を払って直し、今度は杏子の方がこちらへと急接近。
構えは、槍の中心を持つような、一見すると長さを活かせない矛盾した形。
まさかこっちのサーベルのリーチで相手を?そんなはずはない。
杏子「だがなァッ!」
さやか「ぐっ」
小細工でも決めてくるかと思いきや、予想外、そのまま短い槍を振り払い、力任せな攻撃を仕掛けてきた。
しっかりと握られた槍の大振りは私のサーベルを押しのけ、体勢をも崩す。
杏子「まだまだそんなもんじゃ、アタシの闘志は燃えないぜ!?」
懐にまで入られ、槍のラッシュが続く。
杏子のヴェールは未だ、ほんの端っこすら燃えていない。
- 819: 2013/03/11(月) 23:22:53.18 ID:Nc4F/5bm0
- 後ろ1。四跳ねの二閃。
後ろ1、1。六甲の閂。
攻めの杏子に対して、どういうわけか、私の体は思うように動かず、圧されるがままだった。
さやか(強く……なってる……!?)
槍がバラバラになって、変幻自在に襲い掛かってくるわけでもない。
苦戦を強いられた双頭剣で猛攻をかけてくるわけでもない。
ただ一本の槍の攻撃と言うだけ、地形の何某すら関係なく私は圧倒されていた。
悔しいことに何もできない。
逆に追い詰められる壁でもあれば策でも閃くのだろうけど、あるのは広いアスファルトの地面のみ。
新たなサーベルも出せなければ、ハンドガードで殴るなんて器用な真似をする暇もなかった。
杏子「――スカッと行くよ」
さやか「――」
手元の槍が、それこそ魔法のように手の中で滑り、一気にリーチを長くする。
槍本来の凶暴な攻撃範囲を取り戻したその間合いには、無様にも至近戦に感覚が麻痺した私の胴が、バックステップに全てをゆだね、晒されていた――。
槍が私の体内を含め、扇状の軌跡を描き、振られた。
- 824: 2013/03/12(火) 21:57:33.29 ID:2ofGsDQ00
-
さやか「――ぁ」
槍が体内を通過し、血の尾を引いて去っていった。
肺から空気が漏れる。
胃と小腸を同時に全摘出する程の手術でなければ、こうも大きな切り口は刻まれないだろう。
私のへその丁度数センチ上に、真横に深い傷が走っていた。
杏子「おう、クリティカルだ、決まったな」
視界に赤色が消え失せうr。
緑と青の二重にbれる輪郭線が、迫り来る杏子の姿を映していた。
さやか「あ、……ちくしょ」
杏子「ほれダウンだ、寝とけ」
よろめく私の膝を、ブーツの裏面が狙って居tる――
……ここえd倒れる訳には行かない――
ダウンだけは――
さやか「っ……」
杏子「おっ?まだサーベルを振り回す余裕があったか」
剣をどう動かしたか。私自身にも……わkからない。
ひとまず、杏子らしい影は距離を置いてくれた。
そして一時的に血の気を失った頭が、意識を取り戻してゆく。
- 825: 2013/03/12(火) 22:40:29.51 ID:2ofGsDQ00
- さやか(危ない、危うく落ちるところだった)
おそるおそる、鈍い感覚の残る自分の腹を見る。
布を纏わない自分の胴には、半分近く切れ込みが入っていた。
血は流れていないし、痛みもない。
腹の上に金属の紐を当てたような感覚があるのみだ。
そして、槍が振り抜かれた際に飛沫いたものが、出血の全てだろう。それでも短時間、私の脳の活動を狭めたのだから、恐ろしい。
杏子「目に生気が戻ったな……まあ、胴体は相変わらずの瀕死ってとこだけど」
さやか「……」
サーベルは構えるが、身体へのダメージは大きい。
果たしてこのまま激しく動いていいのか、否か……。
……魔法には、癒しの能力もあったはずだ。
それを使えばなんとか、この傷も治せるか……?
杏子「ほら、さっさとダウンした方がいいんじゃない!?」
さやか「!」
休憩なんてさせるわけもない。
杏子は弱った私に対して容赦なく飛び掛った。
- 828: 2013/03/13(水) 21:25:05.72 ID:Xokp4P3W0
- 槍対剣の結果というものは、古来より決まりきっている。
一対一では五分だろうという意見も散見されるが、それでも達人級が相手であれば、槍使いは勝るのだ。
さやか「っがァ!?」
槍先が肩の骨をわずかに砕き、突き刺さる。
体は宙に浮き、林の中に放り出される。
さやか「……くっ……」
肩から僅かに出血している。
腹は……もう出血は無い。けど完璧に治ったわけでも無いから不安はある。
それよりも問題なのは、私の体が一度ダウンしてしまったということだ。
杏子「さーて、お楽しみの質問タイムだ」
さやか「……」
倒れてしまった以上は仕方ない。答えてやら無いわけにもいかないだろう。
隠すことも大してないけれど……ちょっと不安だ。
- 829: 2013/03/13(水) 22:52:19.89 ID:Xokp4P3W0
- 杏子「質問だ」
杏子「“お前は何を願った”」
……いきなり、人間の核心を突いてくるなぁ。
容赦が無いというか……いいや、そのくらい裏表が無いほうが、私には良い。
答えてやろう。私は胸を張って答えられるものを望んだのだから。
さやか「私は、……“全てを守れるほど強くなりたい”……そう願った」
杏子「……ほお」
肩に手を当て、よろめきながら立ち上がる。
わずかに滲ませた癒しの魔力は、肩の傷口に染み渡り、ダメージを修復してゆく。
さやか「あんたにも、同じことを聞いてやる、杏子」
杏子「ほお……そりゃ楽しみだ」
肩の傷は完全な不覚だ。けれどそれも治った。腹も問題は無い。
リベンジといこう。
- 833: 2013/03/15(金) 23:15:55.76 ID:z5gbK3qT0
- さやか「はぁ!」
杏子「っと!」
サーベルをもう一本増やし、二刀流で攻め込む。
相手はしっかりと槍を握っているため、猛攻をかけても大した押しにはならないだろう。
それでも手数だけでも勝ち、杏子優勢の流れを押し返さなくては。
……が。
杏子「どうしたどうした、随分遅いじゃーねえの!?」
さやか「きゃ」
鎖骨に槍が食い込み、上半身が強く圧迫される。
そのまま宙へと投げ出され、心地の良いような、悪いような浮遊感を一瞬味わったかと思えば、背骨から幹へと叩きつけられた。
……尻餅だけは着くまいと、思っていたのに。
杏子「“いつ、煤子さんと出会った”」
さやか「……四年前、夏休み」
杏子「……ほお」
鎖骨が切れてる。けど喉を裂かれなかったのは幸いだ。
魔力で治すことができれば、まだ……。
さやか(……!?)
無意識のうちに見た自分の体の中に違和感を覚える。
私の腹にあるソウルジェムの、既に三分の一ほどが黒く濁っていたのだ。
- 834: 2013/03/18(月) 23:23:01.79 ID:xS9S/u540
- さやか(ソウルジェムは魔法少女の要……濁り切ったらどうなるか、考えたことがある)
さやか(最も楽観的に、“魔力が切れて変身が解ける・魔法が使えなくなる”)
さやか(次点で“魔力が切れて、そういう魔法少女は死ぬ”)
さやか(最も恐ろしい可能性は……“……”)
さやか(関係ない、どうせ死ぬのと同じだ)
さやか(戦闘不能というより、再起不能になるわけだ……こりゃ、参ったね)
治癒や戦闘のために魔力を使ったのが少々響いているのかもしれない。
さやか(……杏子、強すぎる……うーん、どうしたもんかな)
体を起こし、右のサーベルを杖に、左のサーベルを杏子へと向ける。
杏子は体をゆらゆらと揺らしながら、ヴェールの中に薄笑いを浮かべて、そこに立っていた。
杏子「聞かれて無いけど答えてやるよ。アタシもあんたと同じ時期に煤子さんと出会ったんだ」
さやか「……夏か」
杏子「私はあの夕焼けの日々を、今でも鮮やかに思い出せる」
さやか「私だって……あの高い夏空の毎日を、忘れたことはない」
右のサーベルも杏子へと向ける。
さやか「……へへ、だから、なんだろうね」
杏子「?」
さやか「こういう戦いが……強くなった自分の実践が、とてつもなく楽しいんだ」
自分の命がかかった勝負だけど、それでもどこか楽しい。
打開策はどこにあるのか。どうすれば杏子に肩膝つかせてやれるのか。
今の私には、強くならなければならないという、魔法少女としての使命以上の楽しみがある。
- 835: 2013/03/18(月) 23:41:55.99 ID:xS9S/u540
- さやか「はぁあぁああッ!」
杏子「無駄だっての!」
二刀流を正面に構え、雄たけびと共に突進を仕掛ける。
愚直な特攻だと杏子はあざ笑うだろうか?だとしたら少々失望ものだ。
私は正気を失わない。いつだって頭だけは休ませていない。
杏子、あんたはどうなのさ。まだその余裕に頭を痺れさせてはいないか。
さやか「――“アンデルセン”」
杏子「――!」
突き出す二刀流が混ざり合わさり、大剣を成す。
大剣となったアンデルセンは槍よりもわずかに長い。
少なくとも、サーベルよりは長いと高を括り、柄の端を握らなかった杏子には届くのだ。
さやか「“ハープーン”!」
杏子「うげぇッ」
要するにただの突きだけど、刃は見事に杏子の肋骨に食い込んだ。
だが普通の突きでは、魔法少女の丈夫な肉体を貫通することは叶わないらしい。
深く刺さる前に、杏子の身体は吹き飛んでしまった。
それでも転がっていった紅衣のシスターの飛距離には、幾分爽快な気分を味わえたものだ。 - 839: 2013/03/20(水) 00:14:03.14 ID:uQM2bIla0
- さやか「“あんたは人を殺したことがある”?」
杏子「……くは、残念だが……まだ無いんだね、コレが」
腹から漏れる血を左手で乱暴にこそぎ取り、自身の左瞼に血化粧を飾る。
赤に縁取られた鋭い目は、今さっきの言葉が信じられないほどの殺意に満ちているように見えた。
杏子「どうも弱っちい奴相手だと、途中で興ざめしちまうんだよな……けど」
杏子「アンタと本気でやりあえるなら、なんとか殺すところまでいけそうだ!」
さやか「来い!」
杏子の握る槍が二本に分かたれる。
左右の手に一本ずつ、柄のギリギリ端を握る、リーチを意識した構えだ。
その分だけこちらは得物を弾きやすいという利点もある。気負いせずに攻めていこう。
相手の槍と同じくらいの長さの大剣を持っているのだ。力任せに槍をぶっとばしてやる。
- 840: 2013/03/20(水) 00:31:57.95 ID:uQM2bIla0
- 槍が大剣の先を小突く。
突いては火花、そして後退。回り込んでは突き。その繰り返しだ。
相手からしてみればヒットアンドアウェイの撹乱作戦だが、私からしてみれば一撃必殺のスズメバチが好機を狙いながらが周囲を旋回しているようなものだ。
杏子「――」
無言で回り込みや突撃を仕掛ける杏子の無言には威圧感ある。
それでも負けてはいられない。
さやか「ぜいやぁ!」
杏子「っ!」
敵の動きを捕捉し、踏み込んでアンデルセンを突き上げる。
さすがに片手の槍ではアンデルセンをどうこうすることはできないようだ。
杏子「……ッツツ」
私の刃は腕に掠ったらしい。杏子の回避もあと一歩のところで間に合わなかったか。
杏子「へえ、動きが良くなったな。その目だよ」
さやか「は」
杏子「その目をしている時が、さやか、アンタは一番強い」
さやか「……」
アンデルセンの滑らかな刀身をちらりと覗く。
銀の鏡面に映し出された、おぼろげな私の表情は……。
杏子「“ブン”――」
さやか「しまっ――!?」
本当に一瞬の油断だったはずだ。正面に捉えていたはずの杏子が視界から消えている。
いや……大剣の後ろ、アンデルセンが生み出す死角に回り込まれている!
杏子「“タツ”!」
アンデルセンの気高い銀が割れ、赤い飛沫と一緒にあらぬ方向へと弾け飛んだ。
- 841: 2013/03/20(水) 00:41:49.63 ID:uQM2bIla0
- 杏子「良いね、ようやくちょっと燃えてきたとこだ」
さやか「……!」
二本の槍は融合し、強化武器としての姿を見せていた。
黒い双頭のオール剣。名前は、ブンタツというのか。それは初めて知った。
杏子「来いよさやか、こいつを使ってダウンで済むかは知らねーけどな」
さて……どうしよう。
左手はどっかに飛んで行った。
アンデルセンの先30cmは斜めに綺麗に断ち切られ、刺せなくは無いが鈍い剣先になってしまった。
自慢のリーチが大幅に削られたのはかなり痛い。
……いや、左手首から先が無くなった事の方が重大か。
畜生、相手の姿が見えないからって、迂闊に手を離すんじゃなかったわ。失態だ。そこの遊びを狙われたんだ。
さやか「いいよ、やってやる……こっちも左手の借りがあるんだ、逃げ帰るわけにはいかない」
杏子「その意気だ」
- 849: 2013/03/20(水) 23:46:42.80 ID:uQM2bIla0
- ブンタツ。その動きは予測困難で、切断力については試すことすら尻込みするほど鋭い。
これで戦うのは二度目だけど、前もさっきも、容易く武器を吹っ飛ばされてしまった。
ほぼ無抵抗とはいえ、アンデルセンを斬られてしまっては、打ち合いを始める気にはなれない。
杏子「そらそらッ!」
さやか「うっ」
手も右手だけ。片手で握るアンデルセンは、ちょっと重い。
振る暇はないし、振ったとして杏子へと届くだろうか……。
さやか(なら……)
虚無さえ掴めない、拳すら握れない左手を振りかぶる。
その意図に気付きようもない杏子は、ちょっとだけ驚いたような顔を見せていた。
さやか「やっ!」
杏子「ぐぅ!?」
振った左手首から血液が迸る。
赤い飛沫が杏子の顔を叩き、瞳は耐え切れずに閉じた。
悪役のような攻撃だ。けどこれが私の持てる、今の武器だ。
さやか「っ」
杏子「!」
隙を見せた杏子の肩口へ向けて振られたアンデルセンの鈍い切っ先が、杏子のブンタツにより遮られる。
攻撃のタイミングを悟られないよう、声を出さずに振ったつもりだったけど……。
杏子「あぶね……」
さやか「くっ、防がれたか」
と心底悔しそうな声を出しながらも。
杏子「うぶッ」
私の左足は勢いよく杏子の腹を蹴り上げる。
- 850: 2013/03/21(木) 21:37:17.19 ID:O4fX7KTs0
- さやか(きた! このまま畳み掛ける!)
くの字に折れ曲がった杏子の姿に正気を見た。
あの杏子が。あの、全く隙を見せなかった杏子が、明らかな不意を見せている。
これ以上の好機は訪れないだろう。
さやか「ふんっ」
杏子「ぐ」
今だ復活の兆しを見せない杏子の手を蹴り飛ばす。
ブンタツはその手から離れて、私のアンデルセンを引っ掛けて路傍へと転がっていった。
これでお互いに武器は無し。
拳と拳の戦いか、または私からの一方的なリンチがあるのみだ。
ブンタツを手放した杏子に負けるつもりはない!
杏子「チクショウ! テメェやりやがったな!」
さやか「不意打ちされて悔しい!? ざまーみろ!」
槍無し杏子、恐るるに足らず。
勇敢にも格闘戦を挑んできた杏子の胸辺りに蹴りをお見舞いする。
杏子「ッ……!」
肺の空気を絞り出した声が漏れ、それと同時に私は更に懐へ潜り込む。
距離を置いてはいけない。ひたすらにインファイトを続けて、槍を使わせる前にボコボコにしてやるのだ。
- 851: 2013/03/21(木) 22:16:21.05 ID:O4fX7KTs0
- 一方的な拳のラッシュが、杏子の体に浴びせられている。
さすがは魔法少女の肉体、普通なら全身打撲で真っ青になっていてもおかしくないほどは殴ったのに、それでも杏子に目立った外傷は無い。
杏子「……!」
反撃しようと何度か腕を突き出したり、脚を振り回したり、杏子も頑張ってはいるが、どうも徒手格闘は苦手分野らしい。
その一発一発を私は難なく弾き飛ばし、着実に杏子の体へとダメージを与え続けていた。
杏子の体が弱り、動きが鈍った時こそが頃合だ。脚を蹴っ飛ばしてダウンさせてやろう。
後は相手のダメージを見下して、自分の有利なように運び続けるだけ。
多少痛めつけるだけで斬りかえしてくるだろうと考えていただけに、良いボーナスタイムをもらえた。
杏子「あんまし調子に乗るんじゃねえぞ……!」
さやか「おっと」
生傷だらけの杏子も、ここまできてついにその黒いヴェールを髪留めの炎に燃やし始めた。
ようやく本気を出してくるつもりになったか。
さやか(けど無駄だよ)
今の最接近した状態からなら、相手に槍を出現させる暇を与えることはない。
少しでもそんな素振りを見せれば、逆に私のつま先が杏子の腹に食い込むだけだ。
となれば簡単に、アバラの一本や二本は折れるだろう。
杏子「“ロッソ・カルーパ”!」
さやか「は、だから無――」
頭の中のイメージをなぞるため、足を杏子の腹部に叩き込む……その前に、私の視界を爆炎が覆い尽くした。
- 852: 2013/03/21(木) 22:26:48.74 ID:O4fX7KTs0
- さやか(何……)
勢いづいてどうしようもない体とは裏腹に、頭は至って冷静に働いた。
まず、私は今、炎に噛み付かれている。
比喩ではない。真っ赤な炎の、龍らしきものを象るそれに、脚ごと胴を噛みつかれた。
炎ならば体が突き抜けるかと思いきや、炎には質量らしきものがあるようで、灼熱の牙が身体の中にわずかに食い込んでいるのがわかる。
『ボォオオオッ』
さやか「や、このっ……!?」
炎の龍なんて、そんなシャレにならないものがどこから沸いて出てきたのか。
龍の尻尾を辿っていけば、答えは明瞭だった。
炎の龍は、杏子の髪飾りから伸びていたのだ。
そして喰らい付いた龍は、軽々と私の体を持ち上げて……。
さやか「っぐぁッ!」
鋭い弧を描きながらコンクリの地面へと飛び込み、私を叩きつけて爆散した。
杏子「……チッ、せっかく燃えてきた炎が消えちまったよ……だがこいつを使わせるとはね、アンタ、やっぱりすげーよ」
さやか「……」
焦げついた身体が動かない。
- 857: 2013/03/23(土) 16:13:38.84 ID:zzruva6M0
- 杏子「さて、聞かせてもらおうか……“まだやるか”?」
さやか「……」
髪留めの炎が消えている。
先ほど現れた炎の龍は、髪留めの炎が膨れ上がり、変形したものだった。
意志を持つかのように動き、私をぶっ飛ばしてみせた。
腕も脚も必要としない、魔法少女ならではの強力な技だ。
発動に必要なのは、髪留めの炎だろう。
今まで使い渋っていたところをみると、一度発動させてしまえば炎が消えてしまうというリスクがあったようだ。
となれば、今の杏子の戦闘能力はかなり下がっているはず……。
杏子「“まだやるか”って聞いてるんだよ」
さやか「ぐっ」
腹を蹴られて地面に転がる。
……杏子以上に戦う能力を削がれたのは、私の方らしい。
- 858: 2013/03/23(土) 16:26:19.26 ID:zzruva6M0
- 杏子「さやか、あんたの全力は解った……これ以上やっても無駄だってね」
さやか「……」
何だと。
杏子「これも、聞かれてないけど答えてやるよ……私の願いは“何にも負けないほど強くなりたい”だった」
さやか「……正反対か」
杏子「どうだかね、ただ、私の願いの方が上だったってのは確かだ。魔法少女としての素質とやらもね」
さやか「……私の願いが、下だと」
杏子「ああ、そうとも」
冷えて動かなかった身体に血液が巡り始める。
杏子「私は、本当に強い奴と戦いたいんだ……その勝負のボルテージを、雑魚の冷やかしで下げたくは無い」
雑魚だと。
杏子「つまり、“ワルプルギスの夜”と戦うのは私一人で十分 ――その間、雑魚のアンタらには引っ込んでてもらおうって話さ」
さやか「……」
口の中で奥歯が欠けた。もう限界だ。
- 860: 2013/03/23(土) 22:32:55.33 ID:zzruva6M0
- さやか「その“ワルプルギスの夜”ってのが何なのかは知らない」
杏子「?」
さやか「それがどんなやつで、どれだけ強いのか、弱いのかも」
杏子「なんだ、知らなかったのかよ」
さやか「だけどそれにしたって、随分と私を見下してくれるじゃないの」
右手一本で体を支え、上体を起こす。
左腕からの流血はゆっくりと続いているが、頭に上る血流を弱めることは出来ていない。
杏子「ああ、見下してるとも、勝負は決まったようなもんだ」
さやか「……」
杏子「強さを願ってもその程度じゃ、これから場数を踏んだところでたかが知れてるさ」
さやか「何……」
杏子「あんたは弱い、まだマミや、ほむらの方が強い部類に入るだろうね」
今……左拳が無いことが残念だ。
もしも左拳があれば……右と、左とで揃っていたならば。
地を這ったまま両の拳を下へ叩きつけることも、両手で頭を掻き毟ることもできただろう。膝を抱えて泣くこともできた。
だけど今は左拳がない。残念だ。もう私の手は、右しかない。
杏子「もし相手もその気なら、次はほむらと戦いたいもんだけど……?」
片腕だけじゃあ、この爆発しそうな気持ちを、全力で発散できそうにない。
さやか「ふざけるなよ、杏子」
杏子「…………なんだ……?」
左腕が焼けるように熱い。
血と魔力が交じり合い、傷口からは煙が噴き出す。
- 861: 2013/03/23(土) 23:44:22.03 ID:zzruva6M0
- 杏子「!? 炎が、また燃え始めやがった……!?」
さやか「まだ決着はついてない」
左手に火傷のような痛みが走り、そこに“手がある”という感覚が戻ってくる。
けど私の手が戻っているわけではない。手首から先は存在していない。
幻肢の感覚があるそこには、青い煙が立ち上るのみ。
けれど、幻ではない。なんとなくだけど、私にはわかる。
杏子「……何が起きてやがる、なんだ、どうしてまだ、アンクが燃えるんだ……!?」
さやか「……まだ終わりじゃない。まだ、立ち塞がった私を、潜り抜けさせはしない」
傷口の煙が手を形取り、拳を作る。
“やれる”。予知に近い確信を握り締めた。
さやか「全てを守るなら、まだまだ強くならなきゃいけない」
これこそが、私が持つ特性魔法!
さやか「こんなところで……力の限界を感じちゃ、いられないのよッ!」
杏子「!?」
銀色の左拳が杏子の右顎に食い込む。
鈍く、それでいて弾けるような音と共に、彼女の身体はぶっ飛んだ。
- 863: 2013/03/24(日) 00:09:23.01 ID:DBWFslA30
- さやか「……」
杏子を殴り飛ばした左腕を眺める。
魔法少女の格好は形容しがたいものが多いと思っていたけど、これは言葉に表しやすい方だろう。
銀で出来た篭手。そのまま、それだ。
さやか「……へへ」
まるで騎士のようだ。
騎士。人々を守る正義の騎士。
うん、それこそまさに、私にピッタリって感じだ。
杏子「……なるほどね、大した隠し玉だよ」
支柱のポールを二本もへし折るほどにひしゃげたガードレールから、杏子がゆらりと起き上がる。
彼女の髪留めは、今まで見たこともないほど大きく燃え上がっていた。
私でもまだ把握しきれていない強さ、それがあの炎というわけだ。
杏子「それが全力っていうんなら……!」
さやか「待ってよ、杏子」
杏子「ぁあ?」
さやか「“まだやるか”?」
杏子「……上ッ等!」
ガードレールを蹴り飛ばし、紅い姿が飛び掛った。
ここからが私の、本当の勝負。
全てを守るための力、その全力だ。
- 867: 2013/03/24(日) 14:34:17.39 ID:DBWFslA30
- 槍一本。ただし髪留めは燃えている。
あの状態の杏子は、槍ひとつだとしても油断ならない。
法外な力から発揮される攻撃は、時としてこちらの合理的な防御を突き崩すことがあるのだ。
けどそれはもう、杏子だけのものではない。
法外な力なら、たった今私も手に入れたのだから。
さやか「“セルバンテス”!」
杏子「!」
流星の速さで突き出された槍を、同じように突き出した銀の篭手が受け止める。
と、いう表現は正確ではない。
受け止めているのは銀の掌ではなく、その一寸ほど先にある、薄水色の半透明なバリアーだ。
槍の先端は薄氷のバリアーに受け止められ、赤っぽい火花を間欠泉のように吐き出しながらも、全く先へは進まない。
髪を燃やした杏子でさえも突き崩せない防御壁を展開する能力。
これこそが銀の篭手“セルバンテス”。
私の願いが生み出した、最も純粋な形の魔法だ。
杏子「手が痺れるなんざ久々だぜ、オイ!」
突きの勢いを完全相殺された杏子は、隙の無い動きで三歩退く。
間合いを開け終わった頃には既に、槍は両方の手に握られていた。
杏子「随分硬いみえーだが、それなら一丁、力比べをしてみるしかないね」
さやか「……ブンタツ!」
今日二度目の登場となる、双頭剣ブンタツ。
経験上全ての物質を斬り裂いてきて武器に、私は思わず息を呑んだ。
杏子「シンプル、イズ、マーベラス。そっちが最強の盾を出したってんなら、いいぜ! 最強の矛でどついてやるうじゃねえか!」
杏子の武器と私の盾、どっちが強いのか。
互いに譲ずることのない力が今、衝突するのだ。
- 870: 2013/03/24(日) 14:47:25.37 ID:DBWFslA30
- さやか「……来い!」
私の右手は、サーベルを握っている。
剣を自分の後ろに構えさせ、左の篭手を杏子へ向ける。
そして、銀白の掌が向く先から、ついに両剣を握る杏子が動き出した。
髪留めの炎は暴走する蒸気汽車のように迸り、炎のポニーテールとなっている。
両腕で握る大重量の武器が軽々と振られ、剣の一端が私を捉えた。もう回避は間に合わない。
今まで全ての物体を切り裂いてきた杏子のブンタツ。
対するは、まだ一度しか使っていない、銀の篭手セルバンテス。
でも不思議だ。未知の勝負。
それも大一番であるというのに。
これなら、負ける気がしないわ。なんて、思ってしまうのだ。
ブンタツの刃が肉薄し、同時に青白い半透明の壁が現れる。
赤黒い刃と薄水色の盾が、紫の火花を散らし始めた。
- 871: 2013/03/24(日) 15:01:30.82 ID:DBWFslA30
- 硬度の高い金属に、錆びた鈍いドリルを全力で押し込むような音が響いている。
何から生まれたのかわからない紫色の火花が杏子の方面にだけ降り注ぎ続けている。
青白いバリア越しに見える、煌々と明るい火花の濁流の中で、杏子の殺気立った目が、私を睨んでいた。
杏子「ぉおおおおッ!」
さやか「ぁああぁああッ!」
バリアは空中に固定されるべきものだ。数多のSFチックな漫画を読んできた私はそう考える。
だが私の目の前に展開されている薄氷のようなそれは、ガタガタと激しく振動しているように見えた。
その姿の心細さといったらないが、弱気になっては魔法に影響するかもしれない。
私は自分の力が絶対的な壁であることを信じて、左腕をかざし続ける。
そして信じてみればどうだ。杏子が握っている両剣だって、ガタガタと振動しているではないか。
こっちの盾が消耗しているとするなら、相手の矛だって同じことなのだ。
これは根競べだ。
さやか「越えさせてたまるかぁ~……!」
杏子「貫けぇ……!」
削れゆく足下のアスファルト。
確実に消耗し、一瞬の光として散ってゆく魔力のかけら達。
お互いの武器や、バリアは、その能力が限界であることを表しているのか、段々と亀裂が入り始めている。
そして運命の、決壊の時がやってきた。
- 872: 2013/03/24(日) 15:15:17.82 ID:DBWFslA30
- 杏子「!」
さやか「ぐっ……!?」
ブンタツが、私の展開するバリアを貫いた。
ガラスが割れるよりも随分と派手さのない音で砕けた障壁の向こうは、青の加算のない鮮やかな赤い炎を引き連れて、勢いそのままに私へと突撃する。
――バリアが砕けた。
ブンタツを構えた杏子が迫る。
さやか(――まだ、負けてないッ!)
まだだ。まだ私のバリアが壊れただけにすぎないのだ。
まだ勝負が決まったわけじゃない。
両腕がある。両脚がある。ダウンもしていない。
私は渾身の力で、右手のサーベルを突き出した。
そして、呆気なく砕ける音がした。
杏子「……」
さやか「……」
私のサーベルは、刀身の半分ほどまでがブンタツの刃によって切り裂かれ、すぐに消滅した。
そして私に迫っていた杏子の体が、“トン”と、軽い音を立てて私の体と重なり合う。
思っていたよりも随分と華奢な杏子と抱き合うような形で、私はしばらく目を開いたまま動けずにいた。
- 874: 2013/03/24(日) 15:28:00.55 ID:DBWFslA30
- 杏子「へっ、こんな終わり方をするなんてな」
さやか「……呆気ない」
杏子「ありきたりすぎるだろ、こんなのはよ」
さやか「……ホント」
杏子が私から離れる。
私の腹部に向けて突き出していた手も、握ったを重力のまま、下へ離した。
ブンタツがアスファルトに落ちる。
ブンタツの……私のサーベルとの打ち合いによって全力を使い果たしたブンタツの、柄だけが。
杏子「矛盾ってやつの答えのひとつだ。最強の矛と盾、ぶつけたらどうなるか……」
さやか「両方とも砕けて壊れる、ってこと?」
杏子「そういうことだ」
戦闘狂シスターは、それでも満足げにニカリと微笑んだ。
私のバリアーは砕け散り、杏子のブンタツも砕け散った。
引き分け。そういうことか。
さやか「ははははっ!」
杏子「あっはっはっは!」
私たちは清々しく、そこで笑いあった。
時間を忘れた風に。全てを出し切った風に。
お互いにそんな風を装っていたのだ。
エンディングを飾るに相応しい友情めいた笑い声は、たった4秒間だけのものだった。
さやか「“セルバンテス”ッ!!」
杏子「“ロッソ・カルーパ”ァ!!」
私は残っていた左の篭手で、杏子は僅かに髪留めで燻っていた炎から龍を出して、お互いにぶつけ合った。
拳は杏子の顎を綺麗にぶん殴った。
炎の龍は私の胸へと勢いよく衝突した。
拳にぶっ飛ばされる戦闘狂シスター。
爆風にぶっ飛ばされる私。
仲良くアスファルトの上で気絶していたのだろう。事の結末は、そんな感じだった。
お互いが、最後まで残っていた力を振り絞り、殴りあったのだ。
茜に染まりつつある青空を仰ぎ、先ほど笑いあうよりも遥かに清々しい気分を堪能した私は、悔いなく意識を手放した。
- 881: 2013/03/25(月) 21:35:23.38 ID:ddf9NVYA0
- † 8月19日
煤子(あれは……)
にぎやかな通りを避けて歩いていた、夕時の頃であった。
煤子の目は、表通りの家族連れへと向けられる。
マミ「今度こそ失敗しないもん! クッキー!」
「ははは、またべちゃべちゃにしないだろうなぁ」
マミ「大丈夫だもん!」
「楽しみにしてるぞ、はっは」
成長著しい時期にあるとはいえ、彼女であることはすぐにわかった。
纏う雰囲気や、癖のある髪。あどけなさはあるが、瓜二つ。間違いない。
煤子「……」
一瞬、表通りへ出ようかとも思った。
だが彼女の両隣には、父と母がいる。
幸せな、完成されたひとつの家族がそこにある。
煤子「……」
彼女は麦藁帽子を深く被り直すことにした。
そして、あと、時間もそろそろ近づいてきた。
なので、教会へ行くことにした。
- 882: 2013/03/25(月) 22:07:13.62 ID:ddf9NVYA0
- 煤子「水滸伝?」
杏子「はい、参考になるかなって……」
聖堂では、杏子がいくつかの本を広げて読んでいた。
特にその中でも煤子の目に付いたのは、何巻にも続く水滸伝の山である。
煤子「ふふ、勉強熱心は良い事ね」
どこかずれているけれど。とは言わなかった。
煤子「読書、好きなの?」
杏子「はい!昔から好きなんです」
煤子「そう」
昔から。その言葉に後を口ごもる。
杏子「煤子さん?」
煤子「ん?」
杏子「今、とても、暗いかおをしてましたよ?」
煤子「うん、そうね……知ったつもりで、いたのでしょうね」
杏子「?」
煤子「……杏子、学校の勉強もおろそかにしてはいけないわよ」
杏子「……はい……」
杏子は、煤子の優しげに微笑んだ瞳の奥に、確かな悲しみを感じ取った。
† それは8月19日の出来事だった - 883: 2013/03/25(月) 22:30:43.31 ID:ddf9NVYA0
- さやか「……」
苦しさに呻き、薄目を開けた。
見慣れない白い天井。
私の部屋でないことは確かだった。
「さやか」
さやか「……?」
声に顔を向ける。そこには、煤子さんがいた。
椅子に座り、私を心配そうに見つめている。
「丸二日も寝ていたのよ?」
さやか「……二日……?」
「杏子は一日だったけど」
さやか「!」
杏子。
そうだ、私は14歳。四年前のあの日々じゃない。
さやか「杏子!」
ほむら「杏子はもう居ないわ、さやか」
さやか「……ほむら」
彼女は煤子さんではない。ほむらだ。
- 884: 2013/03/25(月) 22:59:07.29 ID:ddf9NVYA0
- さやか「……」
見回す。白い部屋だ。
壁らしき場所には、いくつもの絵の額縁が飾られている。
さやか「ほむらの部屋?」
ほむら「ええ、二人ともひどい怪我だったから、連れてきて寝かせたの」
二人とも。私と杏子だ。
ほむら「凄まじい魔力の反応があったから、辺鄙な場所まで来てみたら……もう、柄にもなく血の気が引いたわよ」
さやか「あ、あはは、ほむらが助けてくれたんだ……」
ほむら「大変だったのよ、ソウルジェムもギリギリで……あ」
さやか「ん」
左手を握り締める。
その感覚を覚え、毛布の中をそれを取り出してみれば、銀の篭手ではない生身の腕があった。
さやか「くっついてる……これも治してくれたの?」
ほむら「……ええ、治癒するのにいくつかグリーフシードを使ってね」
さやか「はは、面目ない……世話になりっぱなしだね、私」
- 885: 2013/03/26(火) 23:23:56.92 ID:W4ut/dRc0
- 杏子との白熱した戦いが、未だに頭の中に残っている。
命を賭けた戦いの中で私の力は覚醒し、新たな魔法“セルバンテス”を手に入れることができた。
半透明のバリアーを出す白銀の篭手。
守りの願いのために生まれた、私だけが持つ特性魔法。
さやか「……良い戦いだったよ」
ほむら「……」
思わず震える左手を握り締めて振り返る。
ほむらはそんな私を冷めた目で見ていた。
さやか「杏子もここで寝てたんだよね?」
ほむら「ええ、彼女も重症だったから……あなたほどではないけど」
さやか「何か言ってた?」
ほむら「……さあ、目覚めたときは、ちょっと子供っぽかったけど」
さやか「?」
ほむら「礼も言わず、すたこらと出ていったわよ」
奥のほうからお湯を注ぐ音が聞こえる。
何か淹れてくれてるのかな。
- 886: 2013/03/26(火) 23:44:55.58 ID:W4ut/dRc0
- ほむら「MILO、飲む?」
さやか「あ、ありがとう、嬉しいな」
湯気がほわほわと立つカップを手渡された。
何年か嗅いでいなかった香りが鼻腔をくすぐる。
さやか「……ほぅ……和みますなぁ」
ほむら「……」
壁に浮かぶ額縁を見上げる。
最新のインテリア・イメージフレームとやらだろう。
さすがにうちで買うつもりはないけど、こうして見てみると、欲しくなってくる。
お小遣いで足りるだろうか、なんて。
さやか「……」
ほむら「気付いた?」
さやか「浮かんでるあの絵って」
ほむら「ええ、その通り」
ほむら「あれは魔女のイメージ画像よ」
- 891: 2013/03/28(木) 20:59:33.83 ID:0fbtmLmI0
- 歯車で出来た、スチームパンクな独楽のようにも見える。
ほむららしいイメージフレームだなぁと薄ぼんやり思って眺めていたが、歯車の反対側にぶら下がる女性の姿を見て、暢気は吹き飛んだ。
さやか「……これ、大きい?」
ほむら「良くわかるわね、全長二百メートルよ」
さやか「……二百メートルだと」
二百メートルの魔女がいる、魔女の結界。
そして見た感じではこの魔女……。
さやか「浮いてる?」
ほむら「ええ、百メートル以上は浮いてるわね」
さやか「……」
口を覆いたくなる気持ち、わかってほしい。
どんな規模の場所で戦えというのだろうか。
それこそ見滝原で戦ったほうが開放的に……。
さやか「……」
ほむら「……顔色、悪いわね」
さやか「ほむら、この魔女もういない?」
ほむら「今はまだ、いないわね」
さやか「……どこに」
ほむら「見滝原に」
さやか「……」
- 892: 2013/03/28(木) 21:17:21.40 ID:0fbtmLmI0
- ――私は、本当に強い奴と戦いたいんだ
――“ワルプルギスの夜”と戦うのは私一人で十分
さやか「ワルプルギスの夜」
ほむら「! 知ってたの」
さやか「強い奴だ、一人で戦いたい、杏子がそう言ってたんだ」
ほむら「……やっぱり、そう」
さやか「教えてほむら、こいつ、何なのさ」
ほむら「……」
自分のマグカップを飲み干したほむらは、口元のココアを拭って話を始める。
ほむら「見滝原に、この魔女がやってきて……街を壊滅させるわ」
さやか「いつ来るの?」
ほむら「丁度一週間後よ」
さやか「……」
ベッドに寝転がり、天井を仰ぐ。
真っ白な天井に、頭の中の日めくりカレンダーが7枚、横並びに配置される。
一枚一枚の上に浮かび上がる様々な予定のイメージ映像を消去。
かわりに最後の一枚に、魔女の肖像を配置。
……よし。あと一週間か。
ほむら「どうしようか考えているのね」
さやか「うん」
ほむら「……ねえ、さやか」
さやか「ん」
ほむら「一緒に考えましょう」
さやか「うん、そうだね、それがいい」
- 893: 2013/03/28(木) 21:51:23.93 ID:0fbtmLmI0
- ほむら「……これが、ワルプルギスの夜対策の全てよ」
さやか「……」
数多の図を用いて聞かされたのは、綿密な戦略だった。
予想出現位置、初撃、その後の動き、追撃。
弾道計算から爆風……何がどうなれば、中学生にこんな知識が刷りこまれるのだろう。
さやか「この、ロケットランチャーってのは……」
ほむら「もう用意してあるわ」
さやか「鉄塔の爆破……」
ほむら「根元付近のカラスの巣に設置済みよ」
さやか「トマホーク……」
ほむら「川への設置は完了したわ」
こわい。
さやか「こ、このレンズ効果爆弾群ってのは……」
ほむら「……それについてはちょっと、時間がなかったわ。今からでも、間に合いそうにはないかもしれない」
さやか「そうなんだ、良かった」
ほむら「良くはないわよ」
- 895: 2013/03/28(木) 23:03:07.83 ID:0fbtmLmI0
- さやか「杏子もそうだけど、ほむらもどうしてこの魔女のことを知ってるの?」
ほむら「……結構、有名だもの。魔法少女の間では伝説として語られているわ」
さやか「伝説の魔女ねぇ……ワルプルギスの夜、かぁ」
魔女が集まるヴァルプルギスということは、ブロッケンでの祭りのことだろう。
16世紀の魔女迫害の時代。異端審問のため、女達を誘導尋問し魔女を自白させた記録は多く残っている。
魔女が集まる妖しい集会……。
魔法少女としては、聞いただけでも恐ろしい名前だ。
ほむら「杏子はキュゥべえから聞いたと言っていたわね」
さやか「どうしてやってくる時期までわかるの?」
ほむら「……そうね」
ほむら「そろそろ話してもいいのかしら、この事」
さやか「……」
この事。重い口調から発せられたそれは、きっと“あれ”だ。
今日まで私や、マミさんに対して続けていた隠し事。
ほむら「ねえさやか、全てを話したいと思うんだけど……気をしっかり持って、聞いてくれる?」
さやか「うん、聞くよ。話してくれてありがとう」
ほむら「……ううん、いいえ、違うわ」
ほむら「聞いてくれてありがとう、さやか」
- 897: 2013/03/28(木) 23:18:38.72 ID:0fbtmLmI0
- † 8月20日
煤子「ねえ、さやか」
さやか「ん?なあに?」
青空の下で、乾いた木が打ち合わされている。
飲み込みが早いさやかの動きは、一端の剣術として十分に見ることのできるものとなっていた。
正面に対する煤子の動きも、さやかに追いつかれまいと速くなる。
時折麦藁帽子を抑える仕草には、さやかの確かな成長が見て取れるのだった。
煤子「さやかは何故、毎日ここへ来るの?」
さやか「へ? なんで?」
煤子「友達と遊ぶことだって……家族と一緒に過ごすことだって、出来るでしょうに」
さやか「えー、なにそれ」
煤子「自分の好きなこと、何でもできるのよ」
さやか「ここに来る理由なんて、そんなの決まってるよぉ」
頬の汗を吹き飛ばし、さやかは笑った。
さやか「煤子さんと一緒にいるのが、楽しいからだよっ!」
煤子の軽い木刀が、アスファルトの坂を転がっていった。
- 898: 2013/03/28(木) 23:42:40.12 ID:0fbtmLmI0
- 煤子「……なんで?」
さやかは不思議そうに見上げている。
煤子「楽しいって、私と一緒にいるのに?」
さやか「? なんで?」
何故。
再び、そう言いたげな顔で聞き返される。
煤子「……」
今までは子供だからと何気なく接してきたが、それが逆に、生来より途切れることのなかった緊張をほぐした。
自分が気兼ねせず、相手もそれを感じ取り、お互いが自然体になれている。
気遣いも気苦しさもない、打ち解けているという心境。
さやかからしてみれば、自分との関係は既にそこまで進んでいるのだ。疑問なんて持ち得ない。つまり。
――もう、友達なのだ
煤子「……ああ、そういうことなのね」
涙が頬を滑り、静かに途切れて落ちた。
さやか「煤子さん……?」
煤子「……ごめんなさい、ちょっと、ね」
煤子の涙は止まらなかった。
さやか「大丈夫……?」
煤子「ええ、ごめんなさい……ほんと、私っていつでもそうなの、鈍臭くてね」
薄ピンクのハンカチで両目を覆う。
小さなさやかは、麦藁帽子の下から心配そうに覗き込んでいた。
泣く姿を隠すように、煤子は背中を向ける。
煤子「……あなたと、仲良くできる……できたのなら」
さやか「煤子さん……」
煤子「もっと早く、気付けていたら良かったのにね?」
さやか「……」
その後、煤子は涙の訳を深くは語らなかった。
† それは8月20日の出来事だった
- 905: 2013/03/30(土) 22:36:49.83 ID:/EGsKApB0
- 私に差し伸べられた、少女の手。
優しく、力強く、私に勇気をくれた。
こんな私も大丈夫だと。
かっこ良くなれるからと、励ましてくれた。
掛け替えのない、友達の手……。
だから私は、彼女を助け出したい。
何度同じ時間を繰り返しても良い。
何を犠牲にしても構わない。
彼女を救い、また、共に歩いてゆける未来が見つかるなら。
全てはまどかのために。
私の最高の友達のために。
- 906: 2013/03/30(土) 22:52:09.22 ID:/EGsKApB0
- さやか「……」
ほむら「ワルプルギスの夜を倒す。それが私の目的」
さやか「そして、まどかに契約をさせない」
ほむら「……ええ、絶対に」
話を聞き終えた。
内容は簡単だ。
ほむらはまどかを救うために、未来からやってきた。
彼女は何度も過去へ戻り、何度もワルプルギスの夜と戦ってきた。同じ数だけ負けてきた。
そしてその中でほむらは、ソウルジェムの重大な秘密に気付いたんだ。
ソウルジェムの穢れが限界を超えたとき、私達魔法少女は、魔女になる。
ほむら「……ショックよね」
さやか「……」
ほむら「そうよね、そう……みんな受け入れられなかったもの。あの巴さんでさえ……」
さやか「よく、頑張ったね」
ほむら「え?」
よくよく見れば。
ほむらの体の細さも、顔つきも、実際のところは、彼女の性格に合っていない。
彼女は一ヶ月前までは、弱気で病弱な少女だった。
けれど、累計で何年にも及ぶ戦いを繰り返すうちに、その精神は身体を置き去りにしてしまったのだ。
鋭い目、固く結ばれた口元。
緊張を緩めない表情は、ミステリアスやクールの演出だけではない。
まどかを救うために刻まれ続けた、戦士の傷なのだ。
さやか「まどかのために……大変だったよね」
ほむら「……」
さやか「辛かったよね」
ほむら「……やめて」
私が彼女の頭を撫でていると、それは震え声によって拒まれた。
潤みかけた鋭い目が、私を睨んでいる。
ほむら「私はまだ、戦いをやめたくないの」
さやか「……」
ほむら「ここで甘えたくない……甘えたら私、ダメになる」
- 909: 2013/03/30(土) 23:16:44.17 ID:/EGsKApB0
- さやか「私も一緒に戦うよ、ほむら」
ほむら「本当」
さやか「もちろん、最初からそのつもりだったしね」
自分のソウルジェムを掌の中で転がし、遊ぶ。
一点の曇りもない群青は、深い海を思わせるように、静かに揺らめいていた。
さやか「なるほどね、ソウルジェムが限界まで濁ったら魔女になる……予想はしてたけど、やっぱその通りかぁ」
ほむら「ショックじゃないの」
さやか「ううん。最初は“死ぬのかな”くらいに思ってたけど、あんま変わらないしね」
ソウルジェム。魂。その穢れなのだから、無事で済むはずはない。
けど、ぽっくり死ぬのも、魔女になるのも、私から見ればあんまり変わらない、些細な違いだ。
杏子も気付いてるかもしれない。
マミさんは……どうだろう。下手に言わないほうが良いかもしれない。
さやか「とにかく! ワルプルギスの夜を倒す! まどかを魔女にしない!……この二つをクリアしちゃえば良いってことね?」
ほむら「言うのは簡単だけど……」
さやか「大丈夫! 今までほむらが出会ってきた私はどうだか知らないけど、このさやかちゃんには、必殺の武器があるのだ!」
そう。ほむらから聞かされた、同じ時間を繰り返す話。
かいつまむ程度の内容でしかないけれど、その中での私はいずれも、この私とは違うらしいのだ。
過去での私は迷走したり、魔女になったり、情けない死に方したりと、色々やらかしたらしい。
けど、この私自身や杏子は、それまでの私とは大きく違うという。
願い事も違うし、戦闘能力も大幅に“改善された”(原文ママ)とのことだ。
時間の流れが束になり、平行世界になっているとするならば、今回のほむらはきっと、随分な遠い並行世界へと来てしまったのだろう。
そうでないとすれば……。
私の中にある仮説。いや、きっとほむらも考えているであろう仮説。
……四年前に私と杏子の前に現れた、煤子さん。
彼女こそ、この時間の流れの大きな鍵を握っていたに違いない。
- 910: 2013/03/30(土) 23:28:28.84 ID:/EGsKApB0
- 私達は人通りの少ない、廃屋連なる路地裏へとやってきた。
解体されず終いの家が乱立する、その一角。
私とほむらは、風化寸前の室外機の隣に貼られた魔女の結界に向き合っていた。
さやか「ドンピシャだね」
ほむら「今までのも、場所は全部わかっていたから」
さやか「なるほど……未来に生きてんなぁーほむら」
ほむら「バカなこと言ってないで、行きましょう」
ほむらはさっさと結界の中へ飛び込んでしまった。
全く、つれないやつだよ。
……今回、快気祝い前に魔女の結界へと突入したのには訳がある。
まず、私が新たに習得した魔法を確認するため。
これは、対ワルプルギス作戦の中に組み込めるかどうかをほむらが判断するためのものだ。
私も銀の篭手、セルバンテスを使ったバリアーがどういう性質なのか、完全には把握していないし、私自身の勉強も兼ねる。
あと……。
……私のために使い込まれて品薄状態のグリーフシードを、集めるためでもあるのです。ええ。
- 911: 2013/03/30(土) 23:39:51.81 ID:/EGsKApB0
- 結界の中は、マーブル模様で埋め尽くされていた。
色は構造物によって様々で、床は黒や赤の暗いマーブル。
障害物となる半球状のものや柱などは、青や紫、オレンジといった、もうちょっと薄い色が多い。
色分けされているとはいえその景色は最悪で、遠くを見ようとしても遠近感は得られず、吐き気がこみ上げてくる。
さやか「でやぁ!」
使い魔「ぷぎゅ」
そして厄介なのが、この使い魔たちだ。
目も眩むマーブルの影から現れては、極彩色の身体でタックルを試みてくる。
規則もへったくれもない使い魔の襲撃に、道中の会話もできず、私はちょっぴり苛立っていた。
ほむら「邪魔よ」
と、そんな私の心を代弁するかのように、腰だめのアサルトライフルがフルオートで唸る。
惜しみなく吐き出される金属の弾は構造物ごと使い魔を蜂の巣にし、後ろにかくされた隠し通路すらこじ開けてしまった。
さやか「……ひぃ~、すごいや」
ほむら「私の盾の中には大量の武器が詰まってるわ。もちろん、対ワルプルギス用の物もね」
さやか「ちなみにどこから」
ほむら「それは聞かない約束ね」
さやか「……そうしときますかね」
出し惜しみせずに使い棄てる、同じデザインの純正品チックな武器達……。
まとまった量をどこから仕入れたのか……いや、聞くまい、言うまい……。
- 915: 2013/03/31(日) 22:12:21.70 ID:0cZoD1220
- ほむら「そろそろ魔女のいる大広間よ」
さやか「おお、ついに」
ほむら「その前にもうちょっとだけ使い魔が現れるから、それを相手に……」
さやか「新しい魔法ね?」
私はまだ新魔法セルバンテスを発動させていない。
右手のサーベル一本だけで、苦もなく結界内を進めているためだ。
ほむらの言うとおり、今のうちに披露しておかなくては、ぶっつけで魔女ということになってしまうだろう。
それはちょっと、私自身も不安なテストだ。
使い魔「ぴき」
使い魔「ぴきー」
噂をすれば、汚いマーブル模様の小人が湧いて出た。
背丈は中肉中背ちょっぴり猫背。能面だけど色は過激な二体だ。
さやか「じゃ、見ててよほむら」
ほむら「銃は構えておくわね」
さやか「もっと楽にしてていいのに」
左肩をぐるぐる回し、前へ出る。
さやか「……セルバンテス!」
- 916: 2013/03/31(日) 22:21:02.69 ID:0cZoD1220
- 左手が輝き、銀の篭手に包まれる。
一回り大きくなった腕は、まるでロボットのようだ。
ほむら「……それがさやかの特性魔法ね」
さやか「うん、私の願いが生み出したのがこれ……」
使い魔「ぴー!」
話の流れなど理解できない使い魔が、私へと走り寄ってくる。
ほんと無粋な連中だ。けど、話が早く進んでありがたいかもしれないね。
ほむら「さやか!」
さやか「へーきだって、ば!」
左手を前へ突き出す。
使い魔は次の瞬間にも、その汚らしい体での突撃に成功するであろう。
しかし身を丸めた使い魔の身体は、私の寸前で大きく弾かれた。
電線がショートしたような大きい音と共に“見えざる壁”は僅かな青で発光し、火花も散らしてみせた。
使い魔「……!?」
ほむら「これは……」
使い魔は何が起こったのかと硬直していたが、再び考えなしに走り始める。
今度は二体同時だった。
- 917: 2013/03/31(日) 22:30:45.74 ID:0cZoD1220
- バチン、バチン。
結果は同じだ。バリアーにも負担らしい負担はない。
使い魔の体は突進と同時に大きく弾かれ、むしろバリアの反動によって、使い魔へわずかなダメージも入っているようだった。
ほむら「これだけなら、普通の防御という感じはするけど……」
さやか「これ、魔力の消費が少ないし、すごく丈夫っぽいんだ」
ほむら「……なるほどね」
思案を始めたほむら。私も、ちょっと考え事をしてみよう。これは私のためのテストでもあるのだ。
さやか(……バリアは攻撃を受けると同時に、跳ねるように振動する)
さやか(その振動が反動として、相手をふっとばしているんだ)
これは杏子との戦いでも見ることの出来た効果だ。
杏子のブンタツによる突撃では、終始バリアーはガクガクと震えていたけれど、本来はこの振動によって相手方が弾かれるべきなのだろう。
さやか(このままだと、単なるバリアに過ぎないけど……)
突き出した左手。
やることもなく休んでいる、サーベルを握った右手。
さやか(……もしかして)
- 918: 2013/03/31(日) 22:36:01.08 ID:0cZoD1220
- おそるおそる、自分のシールドの裏面にサーベルの刃を近づける。
そんな都合の良い事があるのだろうか。
相手方には強いバリアー。
自分にとってはなんともない、ただの空間。
左手で守り、右手で攻撃の手は休まらないなど、そんな……。
ほむら「……まさか」
さやか「……まさかね」
サーベルの先端が、バリアに触れた。
バチン。
ほむら「……」
さやか「……あっれー」
- 919: 2013/03/31(日) 22:55:29.07 ID:0cZoD1220
- おかしいな。
普通ここは期待通りにサーベルが私のバリアをすり抜けて、攻防一体の無敵っぷりをアピールするところじゃなかったのか。
ほむら「普通の防御壁として活用するのが良いみたいね」
さやか「ぐぅぬぬぬ……いや、他にももっと、役立つはず!」
ほむら「耐久試験でもしてみる?」
さやか「ちょ、ちょっとさすがに後ろからそれ構えるのはやめて」
バリアは一向に消える気配がない。
これなら何時間でも展開していられそうだ。
さやか「……左腕で殴ってみたらどうだろう」
ほむら「やってみれば?」
さやか「そうする……っせい!」
左腕を一旦引き、拳として使い魔の顔を突く。
使い魔「ぷぎっ!?」
さやか「お!?」
そこで新発見。
どうやらこの左腕で殴る瞬間にも、殴った場所に小さなバリアが生まれるらしい。
普通のパンチとは比べ物にならないほどの勢いで使い魔は吹き飛び、結界の障害物に激突した。
さやか「……こっちだけで攻防一体になるんだね」
ほむら「へえ」
バリアの反動が力になるためか、私の拳や体への負担はない。
使い魔相手なら、この使い方のが効率は良さそうだ。
- 920: 2013/03/31(日) 23:03:23.75 ID:0cZoD1220
- さやか「せっ」
姿勢を低く、左拳のアッパーを仕掛ける。
使い魔の体は高く浮き上がり、無防備な姿を晒した。
さやか「大! 天! 空!」
使い魔「ぷぎぎぎぎ」
浮き上がった使い魔の背後へと飛び、右手のサーベルを縦横無心に走らせる。
アニメやゲームでよくあるような、八つ裂きだ。
さやか「はぁっ!」
着地する頃には使い魔は跡形もなくなっていた。
ほむら「何遊んでるの」
さやか「えへへ、やってみたかったんだー、これ」
ほむら「……気持ちはわからないでもないけど」
ほむらにも共感できるところがあるらしい。
なるほど、昔に何かをやらかしたようだ。
さやか(……篭手で下から殴れば、簡単に相手を浮かせることができる。これはなかなか良い発見かな)
バリアの反動がエネルギーになるため、これも当然私の腕力を必要とはしない。
思った方向へと敵を弾くことができるのは、なかなか便利な能力だなと思った。
- 924: 2013/04/01(月) 18:47:17.84 ID:sWi24pnA0
- ほむら「杏子との戦いで、随分と成長したみたいね」
さやか「へへ、まあね」
分厚い鉄の扉を開き、下水道のような通路を進む。
弱いオレンジ色の防爆灯が等間隔に、しかし寂しげに道を示している。
魔女の部屋までもう少しだ。
ほむら「今回戦う魔女は、以前に戦った虫の魔女と同じような相手よ」
さやか「つまり、私の苦手分野かぁ」
ほむら「今ではどうかしら」
さやか「自身はあるよ」
以前は大量の使い魔を相手に攻めきれなかったけど、今なら心強いバリアーがある。
たとえ物量で圧して来ようとも、私の守りを壊すことはできないだろう。
さやかちゃんぶっ飛びパンチもある。
ほむら「何それ」
さやか「左手(これ)で殴る」
ほむら「好きに戦うといいわ、見させてもらおうから」
もうちょっと乗ってくれてもいいのに。
さやか「じゃあ、入るよ?」
ほむら「その前に、さやか」
さやか「ん?」
ほむら「ヒントは要る?」
さやか「謎解き要素有り! こりゃ楽しみになってきたね!」
垣間見えた親切心を振り切り、錆びた扉を開け放つ。
- 925: 2013/04/01(月) 19:01:57.35 ID:sWi24pnA0
- さやか「よっ」
扉を開け、広い暗闇の空間へと飛び出す。
数メートルの湿っぽい空気の浮遊感。そして金網へと着地した。
さやか「……」
ここが魔女の結界の最深部。
その広さは、暗さも相まって計り知れない。高さもある。
とにかく、足元に広がっている金網の足場以外には、内装らしいものが一切ない。
さやか「……――」
指笛を鳴らし、音を辺りへ振りまいてみた。
音が広い室内に反響する。
天井はある。高さは数十メートルはあるだろう。
足元の金網、その下は不明だ。奈落の底かもしれない。
横の広さは不明だ。ひょっとしたら、どこまでも広がっているかもしれない。
けどとりあえず、天井があることはわかって良かった。
さやか「さあ、掛かってこい!」
魔女「……ブシュゥゥウ」
均一な結界内で唯一、はっきりと濁った音を響かせた天井へとサーベルを向ける。
注視して初めて姿を認めることができた魔女は、天井に張り付く大きなカニの姿だった。
◆奉仕の魔女・アグニェシュカ◆
- 926: 2013/04/01(月) 19:10:00.97 ID:sWi24pnA0
- 魔女「ブシュッ、ブシュッ……」
天井に鉤脚を突き立てて歩く音が聞こえてくる。
魔女が私の頭上へ移動しているのだ。
さやか「!」
空を切る音に、咄嗟に飛び退く。
私が立っていた場所から、粘っこい水がは弾ける音がした。
さやか「……なるほど、そういう攻撃か」
魔女「ブシュ、ブシュ」
びたん。びたん。
魔女は天井を移動しながら、私がいる場所へとヘドロらしきものを落としているのだ。
空間内が薄暗いために、水の正体はわからないが……直撃だけは避けなくてはならないものだろう。
ただのドロ水ではないことだけは確かだ。 - 927: 2013/04/01(月) 20:41:54.30 ID:sWi24pnA0
- 追いかけながら、遥か上から攻撃してくる魔女。
本気の跳躍でなら、この空間の天井まで跳べないこともない。
しかし跳ぶという行為はそのものが、隙を伴うリスクだ。
相手が何をしてくるかもわからないし、勢い余って、あの泥だらけの体に激突したら……。タダで済むかはわからない。
さやか「でも、今の私には盾がある!」
魔女「ブシュッ……」
真上からのヘドロ爆撃に、左腕をかざす。
ボン、と弾ける音と共に、汚泥の玉は青い障壁に阻まれ、弾けて消えた。
魔女「……?」
攻撃は直撃したはずだ。カニはそう困惑しているのだろう。
魔女「ブシュシュシュ……」
私がまだ無傷であることに気付くと、再び口の中から泥を絞り始める。
もろもろと溢れてくるヘドロが、真下の私目掛け、滝のように降り注ぐが……。
さやか「へっ」
接触する度に弾けて振動するバリアーは、粘着質の液体であろうとも構わず外へ散らしてしまう。
ヘドロは私に掠ることもなく、遠く離れた金網の下へ落とされていった。
さやか「……ん」
今も尚、開きっ放しの蛇口のように泥を落とし続けるカニの魔女。
けどおかしい。吐き出す量が、あまりに尋常じゃない。
この量の泥、まるで……自分の身体まで、全て吐ききってしまうような……。
魔女「――ブシャッ!」
さやか「!」
足元の金網が、巨大なハサミに引き裂かれる。
- 928: 2013/04/01(月) 23:32:32.66 ID:sWi24pnA0
- 足元の金網から姿を見せたのは、カニだ。
天井に居た魔女と同じ、カニの魔女。
魔女が複数いる。そんなはずはない。
さやか(自分を泥状に落として、足元の金網で再生したのか!)
ハサミの二裁ち目で足場を無くされる前に、飛びつくようにその場から離れる。
金網の上を転がりながらも、なんとか奈落への落下を防ぐことはできた。
魔女「ブシュ……」
網に空いた大穴から、ヘドロ色の巨大蟹が姿を現した。
濁った色も溶けかけた姿も汚らしいが、口元でぶくぶくと音を立てる気泡が一番不快だ。
さやか「顔を潰す」
篭手の左腕とサーベルの右腕を両方前に出し、魔女へゆっくり歩み寄る。
私には最強の盾がある。いくら相手に近付いても、その鋭利なハサミでやられることは有り得ない。
隙を見せた瞬間に、サーベルで一突き。それでゲームセットだ。
魔女「ブクブクゥ……」
さやか「――」
――なんてことは相手も解っている
――じゃあ何故こいつはその場から動かないのか
ほむら「さやか!」
ほむらの声に反応するより先に、私はバリアーを展開した。
- 929: 2013/04/01(月) 23:45:23.25 ID:sWi24pnA0
- 魔女の攻撃がコマ送りのようにスローになる。
死ぬ直前の冴える頭でないことを祈りたいが、目の前の光景はちょっと切羽詰っていた。
魔女「――ブワッ」
魔女の口に溜まっていた泡が大きく弾け、広い範囲に飛び散ろうとしているのだ。
目の前から来る泥飛沫だけならまだなんとかなるだろう。
が、飛び散り、上から降りかかってくる泥までは防ぎきれない。
後ろへ下がるだとか、上からのをマントで防ぐだとか、目の前の飛沫をバリアして急いで上からのもバリアだとか、そんなことは出来っこない。
それはコンマ秒ほどの出来事でしかないのだから。
この、ちょいと体を動かすだけしかできないような時間の中で、私が足掻けることは何か。
さやか(――あ)
あった。
考えている暇はない。出来ると信じよう。
私は右足で、正面に展開したバリアを蹴り付けた。
相手の泡爆弾が炸裂したのと、バリアに蹴りが入ったのは、全くの同時だ。
- 930: 2013/04/02(火) 00:01:24.26 ID:zqA0wi4n0
- ああ、こんな無茶苦茶な蹴り方、小学一年の男子に混じってやったサッカー以来かもしれない。
ただ力強く脚を前方に振り払うだけのキック。
つま先だか足の甲だかがバリアに衝突すると共に、私の体を強烈な衝撃が襲った。それがバリアの“反動”であることは、すぐにわかった。
さやか「っぐぁ!」
金網の上を二、三回バウンドし、ようやく止まる。
目算八メートル。私がバリアと接触することで弾かれた距離だ。
魔女「ブシュシュ……」
だけどそのおかげで、魔女の泡攻撃を避けることには成功した。
その場でバリアを広げているだけでは、魔女の泥を少なからず浴びていたことだろう。
さやか「……」
魔女の攻撃は多彩だ。
泥を垂らすことも、塊にして投げることも、弾けさせて散らすこともできる。
魔女の全身が泥なのだから、接近武器を持つ私にとっては確かに、苦手な相手と言えるだろう。
けどもう大丈夫。
今ので私は、私が思いつく限りでは最高の戦術を閃いた。
魔女「ブシュゥウウッ!」
さやか「よぉーし! そろそろ本気でいっちゃうぞっ!」
魔女が口元で泡を溜め込み始める。
同時に、私は姿勢を低く、その場でジャンプした。
銀の左手を足元へと向けて。
- 931: 2013/04/03(水) 20:41:45.21 ID:aybWAsUK0
- 自分で展開したバリアーを自分で踏みつける。
さやか(――うわっ)
高層ビルを一気に昇るエレベーターのような強い重力が全身にかかる。
さやか(うわっ!?)
そんな感覚に意識を手放していたわけではない。
ほんの少しだけ驚いて、注意がそれていただけなのだ。
それでも私の体は確かに、結界の天井近くにまで打ち上げられていた。
私は理解した。私自身が生み出した願いの形を。
全てを守れるほど強くなりたい。
守るためのこの手を、より遠くまで伸ばしたい。
そのワガママな願いは、より克明に魔法の中へ取り込まれているようだ。
さやか「――勝てる!」
虚空に左手をかざし、バリアーを蹴り付ける。
バリアーの反動が推進力を生み、体は目にも留まらぬ速さで空中を駆けてゆく。
さやか(すごい)
縦横無尽に魔女の周囲を飛び回る。
さやか(翼でも生えたみたい)
しばらくの間めまぐるしく跳び回り、ついに無防備な魔女の背後へやってきた。
カニはもう私の姿を見失っている。
さやか「……さやかちゃん――」
さやか「ぶっ飛びパンチ!」
- 932: 2013/04/03(水) 21:21:48.80 ID:aybWAsUK0
- 至近距離からのバリアパンチ。
バリアが持つ反動の衝撃は強く、泥で塗り固められた魔女の体積のほとんどを爆発させてしまった。
泥飛沫は全てバリアに阻まれ、こちら側へは跳んでこない。
魔女「――ブシュゥ……」
そして魔女の体の中心部分に、小さな紅いビー玉のような本体を発見した。
さやか「六甲の閂」
静かなサーベルの横一線がビー玉を断つ。
ヘドロの魔女はその場で崩れ、金網の下にすり抜けて見えなくなった。
ほむら「……お見事。本当に、お見事よ」
さやか「……へっへ」
入り口からの控えめな拍手に祝福されながら、結界は形を失ってゆく。
- 935: 2013/04/04(木) 20:36:54.76 ID:GVk4/rwM0
- 落ちてきたグリーフシードを掴み取り、ほむらへと投げ渡す。
突然の送球に二、三度お手玉しながらも、彼女はしっかりとキャッチした。
ほむら「……バリアー、それを利用した空中での高速移動。ワルプルギスの夜と戦うには十分な魔法ね」
さやか「相性良いってこと?」
ほむら「剣が届く、それだけで心強いわ」
確かに、上空何百メートルの相手に攻撃を当てるには、この能力はうってつけだ。
フェルマータを連続発射するわけにもいくまい。
ほむら「……できれば、杏子とも協力関係を結びたいんだけど」
さやか「んー」
ほむら「……それよりも、巴さんとも対ワルプルギスの話をしなければならないわね」
さやか「マミさんなら絶対に協力してくれると思うよ。信じてくれるとも思う」
ほむら「……さあ、そう上手くいくかしら」
さやか「大丈夫だって、私もいるしさ」
苦い表情の詳しい訳は知らないけど、マミさんならワルプルギスの夜とも共闘関係を継続してくれるはずだ。
- 936: 2013/04/04(木) 20:55:20.18 ID:GVk4/rwM0
- 無断で何日も戻らなかったことなどについて、両親からの激しいお咎めを受けました。
仕方ないです。ごめんなさい。
けどさやかちゃんは今日から一週間、悪い子になります。
対ワルプルギスの夜作戦会議、その準備、きっと色々あるだろうから。
ひょっとしたら、私の人生の中で一番忙しい一週間になるかもしれない。
力及ばずで、後悔はしたくないもんね。
さやか「……」
ベッドの上でソウルジェムを眺める。
澄んだ青の輝きに、改めて自分のあり方を夢想するのだ。
小さい頃から願い続けてきた強い自分。
全てを守ることができる自分。
大海の青の深みの中に、私の願いは込められている。
この海を、迫り来る敵にぶちまける時が近付いている。
心躍るといったら、ほむらに対しての配慮がないかもしれない。
けどやっぱり、心躍ってしまうんだ。
だって、なかなかいないと思うよ?
この世界には、大切な何かを守りたくても守れない、そんな人はいくらでもいるのだから。
守る力を手に出来た幸運に感謝をしながら、私は目を閉じた。
明日はまどかやマミさんと話ができたら、いいなぁ。
- 937: 2013/04/04(木) 21:11:45.97 ID:GVk4/rwM0
- 杏子「……」
QB「攻撃しないでくれ」
杏子「……ああ、今はそんな気分じゃない」
QB「良かった、珍しいこともあるものだね。普段ならこう言って出てきてもすぐに潰してくるのに」
杏子「何の用? こんな場所にさ」
QB「祈りに来たわけじゃないよ、杏子」
杏子「黒グリーフシードは無いよ」
QB「いいや、もうちょっとちゃんとした用があるんだ」
杏子「回りくどいな、ぶった切るぞ」
QB「それは困る」
杏子「言え」
QB「ワルプルギスの夜のより正確な出現位置が予測できたよ」
杏子「へえ」
QB「最初の予測にほとんど間違いはないと思う」
杏子「ほとんど、ってどんくらいだ」
QB「何とも言い難いところだね……」
杏子「ふん、まぁ、別にいいけどね」
杏子「もう良いよ、さっさと失せな」
QB「そうさせてもらうよ」
QB「……」
杏子「うう」
QB「これはおせっかいかもしれないが」
QB「祈るなら、教会内に何か、ひとつでもシンボルを設置するべきなんじゃないかな」
杏子「最後だ、失せろ妖怪」
QB「ああ、今度こそね」
杏子「……」
杏子「……――煤子さん」
- 947: 2013/04/05(金) 21:03:57.02 ID:JpeEVUY40
- † ――月――日
ほむら「……」
QB「暁美ほむら。君が時間遡行者であることはわかっている」
ほむら「……“無駄な足掻きはやめたらどうかな”……百回以上は聞いたわ」
QB「……やはりね」
ほむら「さっさと出て行って頂戴、インキュベーター。あなたの言葉にはもう、煩わしさしかないの」
QB「そういうわけにはいかない」
QB「僕は交渉に来たんだよ、ほむら」
ほむら「……」
QB「この交渉を成功させなければ、僕の個は本幹領域に同期できなくなってしまった」
ほむら「……どういうことかしら」
QB「聞いてくれるのかい? ありがとう」
QB「これから話すことは、君にとってデメリットを減らすものとなるだろう」
QB「よく聞いてほしい」
ほむら「……」
- 948: 2013/04/05(金) 21:17:41.19 ID:JpeEVUY40
- QB「君の願い、時間遡行の魔法が、鹿目まどかという一人の少女の因果を高めていることには、気付いている?」
ほむら「随分と前に聞いたわ」
QB「それを聞いてもなお、幾度となく遡行を続けているわけだ。まぁ、それはいいよ」
QB「率直に問題を言おう、これ以上の時間遡行はやめてもらいたい」
ほむら「断るわ」
QB「これは知性集合体(スペース)からの要請でもある、僕というインキュベーター個人よりも高度な場所からの頼みだ」
ほむら「穏やかでは、ないみたいね」
QB「経緯を説明しよう」
QB「君の宇宙結束によって、平行世界の特定値は上昇し続けていた」
QB「これは何十回程度の結束であれば問題ないレベルの偶然として片付けることができるのだが、さすがに数千を越えるのはやりすぎだね」
QB「鹿目まどかの因果量、そして魔力係数は臨界を迎えつつある」
QB「スペースはついに、鹿目まどかという個体に対して第二種の警戒令を発動した」
QB「だが僕たちが鹿目まどかの因果異常を観測し認識できるのは、16日のその日からだ」
QB「こんな辺境の星に、しかも一ヶ月以内に対応者を派遣することはできない」
QB「対処できるのは、駐在しているインキュベーターの僕だけだ。しかも、現地生物への要請という遠まわしな形限定でね」
- 949: 2013/04/05(金) 21:25:20.86 ID:JpeEVUY40
- ほむら「要請とは」
QB「これ以上の時間遡行をやめてもらいたいのと」
QB「暁美ほむら、君に宇宙結束の解除をしてもらいたい」
ほむら「……やめたくはないし、解除の仕方なんていうのも知らない」
QB「理由を説明しなくてはならないね」
QB「まず、これ以上の時間遡行はNGだ。契約上強制はできないのだが、やめてもらわなくては全宇宙の生命が死滅する」
ほむら「……」
QB「鹿目まどかの因果量・魔力量は、もう容量限界に達しつつある。臨界を迎えようとしているんだ」
QB「臨界によって、鹿目まどかはその姿を保てなくなり、宇宙ごと歪ませてその存在を消滅させるだろう」
ほむら「……嘘ね」
QB「こんな嘘を今更つくと思うかい?」
QB「暁美ほむら、君の時間遡行は無限ではないことを知っておいてほしい。これから先の遡行は、0.01%以上の確率で宇宙の死が待っていると思ってくれ」
ほむら「……」
- 950: 2013/04/05(金) 21:36:32.96 ID:JpeEVUY40
- QB「けど本題、要請の本懐はこっちにある」
QB「暁美ほむら、君による宇宙結束の解除作業をやってもらいたい」
ほむら「……それは何なの」
QB「簡単に言えば宇宙の治療行為だ」
QB「君が鹿目まどかを軸に束ねた、一ヶ月間の宇宙たちを平行状に解き、元の状態に修復してほしい」
ほむら「……そうすれば、まどかの因果が消える?」
QB「完全消滅はしない。君が初めて出会った頃のまどかに戻るはずだ。魔法少女としての才能が消えることはないよ」
ほむら「……」
QB「宇宙結束の解除が行われれば、一点に集中した因果も拡散する。宇宙は救われるわけだ」
QB「君にとってもデメリットはないはずだよ。その状態に戻せば、君は再び時間遡行を行うことができるのだからね」
ほむら「甘言ね。どうせ何か裏があるのでしょう」
QB「僕たちにとっては、宇宙が無事であることは最優先事項だ」
QB「まどかの感情エネルギーなどはあくまでも二の次、生産品に過ぎないからね」
ほむら「また時間を巻き戻し続けて、同じことになるかもしれないわよ」
QB「その間に君が事故死してくれることを願うばかりだよ、暁美ほむら」
ほむら「ふ、ついに包み隠さずに言ってくれたわね」
QB「こんな面倒事は何度も起こってほしくないからね」
- 951: 2013/04/05(金) 22:45:55.99 ID:JpeEVUY40
- QB「要請を受け入れてくれるならば、君の遡行魔法に因果の修繕能力を付与する」
ほむら「そんなこともできるのね」
QB「魔力による発動形式は君独自の言語で構成されているために直接の干渉はできないが、君が僕らの協力を受け入れるならば話は別だ」
ほむら「遡行魔法と同時に、まどかの因果が修復されるのね」
QB「そういうことになる。一ヶ月間を未来から過去へと、解していくようにね」
ほむら「その際のリスクはないのかしら」
QB「ある」
ほむら「……」
QB「力を付与するのは僕らだけど、修復するのは君の魔法だ。誤作動が起こらない保障は、残念だが全くできない」
QB「全ては君の気の持ちようというわけだ」
ほむら「途中で私が死ぬことも、ありえるということかしら」
QB「時間遡行の失敗。何が起こるかは、僕にもわからないよ」
QB「けれどそれまでの遡行距離に応じた因果の結束が解消されることは間違いない」
QB「少しでも良い。君がまどかに集中した因果を解してくれるならば、宇宙の破滅は回避できる」
QB「そして君は死ぬ。これ以上ないイレギュラーが消滅してくれることは、正直言ってありがたいよ」
ほむら「……」
QB「このままではまどかを中心にした破滅が待っている、それは間違いない」
QB「だがこの要請に応じれば、デメリットは軽減されるだろう」
QB「君の取り分が多くなるかどうかは、君が自身の魔法を御すことが出来るかどうかにかかっている」
- 952: 2013/04/05(金) 22:53:55.51 ID:JpeEVUY40
-
ほむら「……」
QB「河原。ここで良いんだね?」
ほむら「ええ、広くて人が少ない。見滝原の中では、時間の流れとは無縁な場所でもあるわ」
QB「なるほど、不測の事態に備えてのここでもあるわけだ」
ほむら「……それにここは、かつて私がまどかと一緒に研鑽を重ねた場所でもある」
ほむら「ここで魔法を使うのが、一番リラックスできる。そんな気がしたの」
QB「なるほどね」
QB「さて、暁美ほむら。これは新たな契約だ」
QB「これより君には、宇宙結束の解除を行なってもらう」
QB「それに際し、一度の時間遡行に限定した、結束宇宙を修繕する能力を付与する」
ほむら「ええ」
QB「……どういった形で君に魔法が発言するかは、僕にもわからない事だ」
QB「それでも受け入れるかい?」
ほむら「今のままでは必ずまどかが死ぬのであれば、是非もない」
QB「良いだろう」
QB「――受け取るが良い。スペースが君へ貸与する、救世の運命だ」
- 953: 2013/04/05(金) 23:03:07.63 ID:JpeEVUY40
-
……
ほむら「……」
QB「これで能力付与は完了した。どうかな、様子は」
ほむら「……新たな能力の使い方を、理解した」
QB「それは良かった。作業に入れるかい?」
ほむら「ええ、問題なくいける。これなら、この能力があれば」
QB「よし」
ほむら「……」
QB「……」
QB「これで君ともお別れになるわけだ」
ほむら「ええ、そうね、しばらくだけど」
QB「それはわからない。修復中に君が次元の狭間にでも消えてくれれば、僕にとっては一番ありがたい結果だ」
ほむら「意地でも、また邂逅してみせるわ」
QB「やれやれ。まあ、後のことは良いさ。好きにすることだね」
ほむら「……でも、言わせてもらうわ」
QB「何かな」
ほむら「さようなら、インキュベーター」
QB「ああ、さようなら、暁美ほむら」
……――……―……
QB「さて、世界の修正が始まる」
QB「どうせなら僕のこの意識も一緒に、遡行してもらいたかったな」
QB「この考え方を“寂しい”とでもいうのだろうか」
QB「まあ、どうでも良い事だ」
- 954: 2013/04/05(金) 23:09:32.27 ID:JpeEVUY40
- ほむら(……数多の世界線が、トンネルのように輪を成している)
ほむら(これがいくつもの世界。私が渡ってきた世界の因果)
ほむら(これが全て、まどかの因果になっていただなんて)
――ギュイイイイイン
ほむら(……左手の時計が、過ぎ去った景色を糸状に解して、内部へと巻き込んでいる)
ほむら(これがきっと“解す”ということ)
ほむら(時計の中に、今までまどかが溜め込んでいた因果が収束されているのがわかる……)
ほむら(これがまどかの抱えていた魔力……)
ほむら(……出口を目指そう)
ほむら(一ヶ月前のあの日へ戻る。そして、また一から、今度こそ本当に、まどかを守ってみせる)
ほむら(強大な素質を持たないまどかであれば、インキュベーターの動きも激しくはならないはず)
ほむら(これはチャンスよ。ワルプルギスの夜を倒すための、またとないチャンス)
ほむら(待っていてまどか。今、もう一度会いに行くからね)
- 955: 2013/04/05(金) 23:16:21.49 ID:JpeEVUY40
- ――ギュイイイイイン
ほむら「……」
ほむら(今、時計が集めている因果……この魔力さえあれば)
ほむら(この特殊な時間遡行の魔法さえあれば)
ほむら(より綿密に、ワルプルギスの夜と戦うための準備ができる……そんな時間にまで、戻れるんじゃ)
――ギュィイィイン
――ゴウッ
ほむら(!? 時計が!?)
ほむら(嘘、どんどん周囲の時間を飲み込んでいく!?)
ほむら「ぼ、暴走している……!」
――ギュィィィィィ
ほむら(だめよ、一ヶ月前! それ以上は戻らない!)
ほむら(止まって! お願い、私はそんなこと祈っていないの!)
ほむら(これ以上、戻ったら――)
- 956: 2013/04/05(金) 23:32:19.76 ID:JpeEVUY40
- ばきん。
時計が内側から破裂した音を聞いて、私は恐慌状態に陥った。
一ヶ月前以上の、明らかにオーバーしすぎた時間遡行に、時計に付与された因果回収能力が限界を迎えたのだ。
巻き込んでいた因果、その魔力は爆発し、私の最大の武器を破壊してしまった。
――終わった。私は直感した。
今さっきまで通っていた、散歩道のような時間の狭間が、急に恐ろしげな空間に変貌したような気持ちさえした。
時計のない私に、時間を歩く資格はない。狭間でさまよう資格すらも持ってはいない。
結果として、時計の破壊と同時に、私の体はすぐ近くにあった時空壁へと吸い寄せられてしまった。
どこかもわからない世界へと投げ出されたことを自覚すると共に、激しい眩暈を覚える。
そして理解した。失敗したと。
過去へときてしまった。
そして、時計が壊れた。
絶望的な未来が待ち構えている世界へやってきてしまったのだ。
ほむら「……ぐぁっ!」
現実感のある砂利の上に叩きつけられるが、些細なことだった。
自分の魔法を完璧に失ってしまったことに比べれば、本当に些細だ。
ほむら「ああ……やってしまった、私はなんてことを……!」
破壊した時計からこぼれた因果の砂は、砂利の上に散っている。
目に付くそれらの力を利用しても、未来へと遡行することは叶わないだろう。時空の中で失った力は、あまりにも大きかったのだ。
……インキュベーターも思惑通りに事が進んでしまったというわけだ。
因果は解消され、私はどこかもわからない、しかも過去の世界線へと飛ばされる。
魔法は使えず、あとは魔女に殺されるのみだろう。
私は。
……私は!
† それはいつの出来事でもない
† 誰も知らない出来事だった
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