さやか「全てを守れるほど強くなりたい」【2】
- カテゴリ:魔法少女まどか☆マギカ
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前スレ:
さやか「全てを守れるほど強くなりたい」
その【1】
- 236: 2012/09/21(金) 19:48:23.49 ID:2V+SMA5W0
-
QB「さあ、受け取るといい、それが君の運命だ」
私の内から大切なものが輝きを放っている。
それは私の願い。私自身。私の魂。
変身の方法は全て頭の中へ入ってくる。
感覚として直接入り込んできた知識に一瞬びっくりしたが、それらの有用性を認めた私はすんなりと受け入れることができた。
私は魔法少女となった。
そして、今の私は人間の私よりも、より多くの事ができるはずだ。
青い宝石がそれを教えてくれた。
形として見えることができたるの信念。これからはもう、見間違える事も、疑うこともないだろう。
ソウルジェム。
これを見やれば、私は私であることを忘れることなどないだろう。
さやか「私の手にあるこれが運命なわけじゃない、運命はこれから作ってくものだよ」
パシ、と右手で受け取る。
ふわりと浮くような衝撃を受けた体を両脚で支え、持ちこたえる。
さやか「――よし」
QB「おめでとう、美樹さやか、これで君も魔法少女……」
さやか「待ってなさいよほむら!」
キュゥべえが何か言っていたが、それどころじゃない。
私には怒るべき相手がいる。倒すべき魔女がいる。まずはそれからだ。
- 237: 2012/09/21(金) 21:12:43.44 ID:2V+SMA5W0
- 変身はいつでもできる。
けど、変身せずとも体が軽やかだ。これもきっと効果のひとつなのだろう。
そういえば、マミさんが制服姿のまま街灯から飛び降りていたっけ。
やっぱりある程度は問題ないのだろう。
けど今は自分の力を試してみたい。
私の願いがどれほど使えるのか。
魔法少女の私がどこまで戦えるのか。
まどかを後から来るように言っておいて正解だった。
彼女が一緒にいたら、きっと私の決断に流されてしまうから。
私は私の意志で魔法少女となったのに、まどかをそれを巻き込むわけにはいかない。
さやか「変ッ、身!」
宣言しなくても変身はするだろうけれど、それでも叫んだ。
記念すべき第一回目の変身なのだ。盛り上がっていこう。
- 238: 2012/09/21(金) 21:28:02.48 ID:2V+SMA5W0
- 青い輝きの球体に包まれる。
全身に、私の意志が鎧となって纏わりつく。
体が軽い!こんな気持ち初めて!
さやか「それに、これッ」
何もない脇から一本の刀身が伸びる。
右手で勢いよく抜き放ち、光の球を一閃。
私は卵の殻を破る様に、繭を裂くように、変身空間から脱出した。
右手に握るは、真・ミキブレード。
ハンドガードがついている。日本刀ではなくサーベルだろう。
さやか「へっへ、こういう武器になってくれたかぁ、私の願いっ」
ついつい顔がにやけてしまう。
だって自分の可能性が広がったんだもの。
魔女を倒してソウルジェムを保つ。
日常的に、息をするように人を守ることができるのだ。
胸が高鳴って、何が悪い!?
- 242: 2012/09/23(日) 17:29:40.80 ID:SpWRYVju0
-
クッキーの滑り台から使い魔が降りてきた。
一ツ目の小動物ナース。四足歩行目玉親父。
さやか「へえ、何事も最初は基本から、ってことね」
一匹。二匹。
十匹。二十匹。
まだまだ現れる。さっきまでは静かな結界だったのに、急速に慌しくなり始めた。
さやか「……!そうか魔女が……」
魔女が生まれそうなんだ。だから使い魔も一気に増え始めた。
ほむらが奥で暴れているかもしれない。それが使い魔たちを刺激した可能性もある。
けど今、私がやらなくてはならないことは一つ。
さやか「私はほむらより先に、魔女を倒すんだから」
最初だからまずは使い魔から、なんて温いことは言わない。
私の願いは“強さ”だ。
使い魔で試し切りをしなければ不安になる程度の力など願ってはいない。
さやか「道を開けろ!」
地面に叩きつける右足。
轟音に揺れる一帯。飛び散る衝撃波。
使い魔「……!」
床を基点に発生した青白い魔力の爆発が、正面の使い魔を消し飛ばす。
- 243: 2012/09/23(日) 17:59:12.35 ID:SpWRYVju0
-
魔女「―――」
◆お菓子の魔女・シャルロッテ◆
人形は着席した。
足長椅子に着席した彼女は、悠然とこちらを見下ろしている。
使い魔を倒し荒らされ、既に目の前に居座る侵入者への怒りを顕にしているのだ。
ほむら「間に合った」
侵入者は指であごの汗を弾く。
ほむら「あなたには、何としても消えてもらわなくてはならない理由がある」
弾いた指にはハンドガンが握られていた。
そのままスムーズな動きで、照星を魔女へと向ける。
何も言わない。ただ銃をわずかに揺らし引き金を引いたままにする、それだけ。だが結果は異なる。
ほむら「さっさと本性を見せなさい」
空中で綺麗に配列された弾丸。13発の弾が円形に並ぶその空洞から魔女を睨む。
ほむら「巴マミが来ないうちにね」
そして時は動き出す。 - 244: 2012/09/23(日) 18:15:34.18 ID:SpWRYVju0
- オートマチックの13発は寸分のズレもなく同時に発射された。
小さな円形に密集するようにして打ち出された弾丸は、斜線上に座っていた魔女を容赦なく貫いた。
魔女「……!」
弾は貫通した。が、衝撃は魔女の体を浮かせた。
O字に切り裂かれた、小さな魔女の体を。
魔女「……!!!」
だがこの魔女はそれだけで終わることはない。突然の敗北などはありえない。彼女には執着がある。
彼女の執念が根負けするまでは、彼女が消滅することなど、万に一つもない。不意打ちでは絶対に“納得しない”。
つまり。
魔女「がぁああああぁあ」
ほむら「出たわね」
全力を出した状態の魔女を倒さなくてはならないのだ。
骸から脱皮するように生まれた、巨大な蛇のような魔女を。
ほむら「けど、あなたがどんなに早かろうとも、どんなに硬かろうとも関係ない」
魔女は体をうねらせながら、悪魔のような大きな口を開いてほむらに襲い掛かる。
そして口は閉じた。
魔女「……!」
ほむら「どうせあなたは負ける」
口を閉じた魔女の頭の上で、アサルトライフルを構えたほむらが躊躇無く引き金を引いた。
- 245: 2012/09/23(日) 18:27:37.54 ID:SpWRYVju0
- 魔女「がぉおおおおおぉおお!」
穴だらけの頭を、怒りに任せて振るう。
蛇の体、しかし先端の顔は、明らかな“不機嫌”な表情を見せている。
ほむら「弾丸ごときでは効果は薄いわね」
暴れのた打ち回る魔女を尻目に、ほむらはゆっくりと床を歩いていた。
しばらくはその場で暴れていた魔女だったが、ほむらが全く違う場所に居ることに気付くと、さらに表情をゆがめた。
ほむらの位置は、魔女がいるところと全くの別。
結界の端と端で、片や見当はずれに暴れ、片や冷静に観察していたのである。
魔女「……!」
ほむら「あら、馬鹿にしていることがわかるのね」
魔女「がぁぁあぁぁああ!」
魔女は胴を伸ばして、空間の端にいるほむらにと一気に襲いかかる。
牙を剥き、体をバネに飛び掛る魔女のエネルギーは計り知れない。
ほむら「愚直ね」
ほむらの狙いはそれだった。
爆弾を口の中へと投げ込み、炸裂させる。
だが爆発が最も効果を出すためには、口だけではいけない。
魔女の全身をくまなく同時に爆破しなくては、一撃必殺の決着とはならない。
とぐろを巻く相手では、上手く爆弾を投げ込めない。
だからあえて遠くまで一旦距離を置いて、相手に攻めさせた。
体を一直線に伸ばす、その瞬間のために。
- 246: 2012/09/23(日) 18:36:14.16 ID:SpWRYVju0
- 巨大な衝撃だった。
爆発ではない。激突だった。
ほむらは左手の盾を使用することができなかったのだ。
ほむら「なぜ……」
右手に爆弾、左手に盾。そのまま動きを止めてしまっていた。
さやか「何故、だって……!?」
魔女「……!」
巨大な牙に対して、華奢すぎる一本のサーベルが競り合っている。
ギリギリと音を立て、どちらも折れることも砕けることもなく均衡して、その場で動きを止めているのだ。
さやか「決まってんでしょほむら、そんなの当然……!」
刃が青くきらめく。
魔女「!」
鋭い牙に亀裂が走る。
さやか「あんたじゃない、私の出る幕だからだ!」
力の均衡を破って振り下ろされた上段よりの輝く一撃は、魔女の顔面を2つに叩き割った。
- 252: 2012/09/24(月) 19:24:54.95 ID:q/nZCmpR0
- ほむら「さやかッ!」
焦りから出た叫びを聞く前に、私は異常を察知していた。
斬りつけて真っ二つにしたはずの顔面。だがその切れ目から、新たな“顔”が見えていたのだ。
魔女「ぎゃぉおおぉんっ」
脱皮するようにして、新たな魔女の顔が襲い掛かる。
均一に並んだ鋭い牙。
さやか「―――」
サーベルの峰を牙に押し付け、勢いを逸らす。
峰は白い牙の表面だけを削って、魔女の突撃を真後ろにやり過ごした。
魔女「……?」
目を瞑って襲い掛かってきた相手からは、いつのまにか自分が通り過ぎたようにしか思うまい。
さやか「どうした、私はこっちよ」
魔女「……!」
わかったことが3つある。
私の武器は丈夫だということ。
私の体は強力だということ。
そして……。
さやか「格下が相手の打ち合いじゃ、一日中やってても負ける気がしないわ」
魔女「がぁああああぁあ!」
- 253: 2012/09/24(月) 19:36:37.41 ID:q/nZCmpR0
- 白いマントで体を包む。
サーベルは、裾から剣先だけが伸びている。
魔女「ぉおおおおおおぉおっ!」
蛇のような魔女。
動きは速いが、単純で直線的。エネルギーに任せた暴力的な攻撃が癖のようだ。
癖というよりも性質だろうか?知能は高くなさそうだし、このパターンを変えることはないだろう。
さやか「さすがにそんな攻撃、不注意でもしなけりゃ当たらないって」
マントを翻し、斜め前方に跳ぶ。
蛇の頭部は床を抉った。
……ここまでわかりやすいと、ただの人間だった私でも、瞬発力に任せて避けられるかもしれない。
さやか「ちょっとちょっと、初陣なんだ、せめて“魔法少女で来て良かった~”って思わせてちょうだいよ?」
魔女「~!!」
あ。馬鹿にしていることはわかるんだ。
- 254: 2012/09/24(月) 20:32:49.68 ID:q/nZCmpR0
- ほむら(美樹さやかが契約した、それはわかる……けど)
ほむらは、魔法少女になりたてのさやかと、お菓子の魔女との戦いの行く末を見ていた。
単調な質量攻撃を繰り返す魔女の動きを目で追う事は簡単だった。
だが、それを軽々とかわしてゆく魔法少女の姿だけは追いきれなかった。
ほむら(なんて速さなの……!)
地に足を付けたまま、フットワークでもするかのように魔女の攻撃を回避する。
一見簡単かもしれないが、彼女は常に地上で避けている。
魔女の体は蛇であり、多角度からの噛み付きは当然、時として尻尾を振るい、なぎ払うこともある。
だがさやかはそれらを全て、“地上”で回避してしまう。
ほむら(そうか、いくら尻尾をなぎ払おうとも、重心付近の動きは緩慢……さやかは常に、魔女の重心に陣取って回避し続けている!)
その動きに派手さはない。
が、かつて見た“美樹さやか”の動きとは一線を画している。
魔女「ぎゃおんっ!」
ほむら「!」
いつの間にか、魔女の体表には無数の傷が刻まれていた。
我を忘れて怒り、無理にのたうち回り、飛び掛る度に、傷口はどんどん開いてゆく。
標的に執着する魔女といえど、全身に受けた傷に動きを鈍らせていた。
裾の奥で、サーベルの切っ先が光る。
さやか「うん、体の動き、悪くない……これからどんなに脱皮されようとも、叩き潰す自信はあるね」
マントの中からゆらりと、青白いサーベルが突き出される。
魔女「……」
もはや魔女の目には、喰う事への執着など無かった。
自分が“喰う側”ではないと、思い知らされてしまったから。 - 265: 2012/09/25(火) 21:19:37.00 ID:btvJDrJW0
- サーベルを両手に2本ずつ握り、重さのままにゆらりと構える。
魔女には抵抗する気配が見られない。
既に戦いを諦めているらしい。
子供っぽく執拗に襲うところも、それができないことを悟って拗ねるように戦いを放棄するところも、どこか子供っぽい。
しかし子供っぽいからといって、私の剣を掲げる手が躊躇することはない。
さやか「覚悟」
頭の上で二本の剣をまとめ持つ。
サーベルは光と共に熔けて交じり合い、長く幅の広い、大きな両刃の剣へ変化を遂げる。
魔法の両手剣。
刀身から噴出す淡い光のオーラ。
体感でわかる、二倍の力とは一線を画したパワー。
直立の体に直立の剣。
振り下ろせばその時点でこの戦いは終わると、私の本能は気の早い福音を鳴らしている。
だからこそ、私は自信たっぷりに技名叫ぶのだ。
さやか「“フェルマータ”!!」
大きな弧を描き、両手剣は軌道上の全てを切り裂いた。
- 268: 2012/09/25(火) 23:04:04.82 ID:btvJDrJW0
-
振り下ろした剣の余波が正面へ疾走する。
エネルギーの奔流は辺りの空気を巻き込み、しばらくの間、私の髪をなびかせる追い風となった。
目の前に残るのは、巨大な傷跡。
向こうの壁にまで続く大きな地割れは深く、底は暗かった。
魔女の姿は跡形もない。大きなダメージによって消滅してしまったのだろう。
結界も、私の剣の跡を起点として崩壊を始めたようだ。
両手剣を肩に担ぎ、ふん、と息を鳴らす。
きらきらとダイヤモンドダストのような明滅と共に消えてゆく結界を眺めて、私は自分の心の靄が消え去ったことを認識する。
さやか(きっと、これこそが私の渇望していたものなんだ)
守る力。
それが本当に、絶対的に力であることは皮肉にも思う。
けれど守るためには時として、力が必要なのだ。
勧善懲悪とかそういう問題ではない。
もっとシンプル、大きな負を生み出すエネルギーを退ける為に。
景色はもう、病院の外へと変化している。
お菓子の毒々しい世界から一変しての、淡白な白と灰色の世界だ。
ほむら「……さやか」
私の後ろで、ほむらが小さく呟いた。
- 269: 2012/09/25(火) 23:34:08.16 ID:btvJDrJW0
- さやか「言われた通り、私の好きにさせてもらったよ」
振り向きもせずに答える。
ゆっくりと一歩ずつ近づいてきていたほむらの足音が止まる。
さやか「別にほむらがどうこう言ったから、ってわけじゃない」
さやか「私自身が望んで契約したの」
両手剣が消滅し、おぼろげな魔力の光の粒となって私の身体へと還る。
ほむら「……そうね」
さやか「そうよ」
向き直り、ほむらの顔を見る。
彼女はやっぱり、諦めたような顔をしている。
私は正反対に、彼女に対して怒りを抱くでもなく、微笑みかける。
さやか「これでもまだ、私に隠し事しちゃう?」
ほむら「……なおさら言いにくくなったわ」
さやか「へえ」
そういうものなのか。
ほむら「……覚えておいてほしい事がある」
さやか「?」
二人が駆ける慌ただしい足音が、かすかに聞こえてきた。
ほむら「……私は決して敵ではないわ、さやか」
マミさんの姿が視界の向こうで角を曲がった瞬間、ほむらの姿はその場から消えていた。
私の姿を見て驚いたまどかとマミさんが止まり、再び、今度は更に急いだ調子でこちらへ走って来る。
いなくなったほむらの姿を茜空に見て、私はこぼす。
さやか「敵じゃないなんて、最初からわかってるてーの」
- 274: 2012/09/26(水) 22:23:14.42 ID:ETtxPvYo0
- 駆け寄ってきた二人は、私の姿を見るや否や、怒った。
表情だけのものだ。しかしそれですらもすぐに引っ込めて、哀しげな顔になる。
マミ「……もっと早く来ていれば」
まどか「ご、ごめんなさい……さやかちゃん……」
二人はほむらが来ていたことを知らない。
間に合わず、私が契約して魔女を倒したと勘違いしているらしかった。
私にとっては都合の良い解釈だが、本心は打ち明けておく。
さやか「どうせ契約するつもりだったんだよ…どうしても叶えたい願いがあったんだ」
まどか「願いって……」
マミ「……」
まどか「あ、ごめんね」
人の願い事を簡単に聞くもんじゃない、というマミさんの視線はまどかに刺さった。
私は喋っても構わないのだが、まあ、まどかのためならそれもいいかなと思う。
私は全て納得した上で契約した。ほむらの事もあるけれど、そんな衝動的に契約に漕ぎつけたわけではない。
私自身の考えがあってのことだ。
- 275: 2012/09/26(水) 22:38:08.06 ID:ETtxPvYo0
- とはいえ、釘を刺されたり、注意事項を伝えられたり、まどかにやきもきされたり、色々なことをされた夕方だった。
QB「グリーフシードの使い方の確認をしようか?」
さやか「覚えてるからいいよ」
キュゥべえも追い払って、私は一人、自室のベッドで仰向けになる。
さやか「……」
ソウルジェムを噛み、天井を見上げる。
何を考えるでもなかった。
わたしはすとん、と、当然のように眠りに落ちた。
ベッドに入るまでに何かを考えていたわけでもなければ、ソウルジェムを口に入れてどうこうしていたわけでもない。
ただ考える事もなかったので寝た。それだけだった。
それが当然であるかのように。
- 279: 2012/09/27(木) 21:19:43.12 ID:xNllZymd0
- † 8月10日
“なんでこんな面倒な動きを”と内心馬鹿にしていた私だったけれど、実際に動きがスムーズに運ぶようになって、改めて煤子さんの凄さを知った。
煤子「飲み込みが早いわね、その調子よ」
さやか「はい!」
元々運動センスの良かった私は、煤子さんも驚くほどの速さで動きを習得していったらしい。
この時にやっていた練習といえば、歩きながら続けざまに面打ち、胴打ちをしてくる煤子さんに対して、右半身を向けながら攻撃を受け止めつつ後退するというものだった。
この練習が何を成すのかはわからない。
煤子さんに訊ねれば「役に立たないものはないわ」と言って、「何に役立つのかを考えてみなさい」と、逆に私に考えさせるのだ。
だから私はこの動きの練習中に、これが何に役立つのかを考えていた。
この横向き後退だけではない。素早い後ろ歩きやしゃがみ歩き、竹刀さえも使った咄嗟の動きなど、沢山の動きを教えてもらった。
それら全てを、私の日常の役立ちに結びつけることは難しかった。
けれど、運動は好きだったし、動きの合理性は理解できた。
だから続けられたのだ。
何より……。
煤子「そう、良いわよ、無駄がなくなってきたわ」
さやか「へへっ…」
煤子さんに褒められるのが、うれしかった。
- 280: 2012/09/27(木) 21:39:34.73 ID:xNllZymd0
- 煤子「これ、好きなのね?」
さやか「んっ……んくっ……」
煤子「ふふっ……どう?」
さやか「……美味しい!」
煤子「こら、口元、こぼしてるわよ」
運動の後のスポーツドリンクは美味しい。
煤子さんと二人きり、誰も居ない閑散とした道。
去年までは友達と遊んでいたこの夏休みも、すっかり煤子さんとの時間に取って変わっていた。
そして、夏休みといえば……。
煤子「さて、運動で汗をかいたところで……宿題を見せてくれるかしらね」
さやか「う」
煤子さんは運動だけでなく、勉強も教えてくれた。
運動は楽しい。けれど、勉強だけはどうも苦手だった。
- 282: 2012/09/27(木) 21:58:55.17 ID:xNllZymd0
- 煤子「目算で40点、相変わらずね、さやか」
さやか「ひいい……」
算数のドリルに目を通した煤子さんの、5秒後の感想がそれだった。
このときは瞬時に採点できる煤子さんを「やっぱりお姉さんは違うなあ」くらいにしか思っていなかったが、今にして思えば怪物的な計算速度だと思う。
煤子「……私もつきっきりで勉強を教えるなんて事はできないし、いつか一人で勉強ができるようになってもらわないとね」
さやか「一人でって……私にできるかなぁ」
煤子「できるように、なるの」
採点だけでドリルは閉じられてしまった。
煤子「……そうね、私が勉強が得意になるまでの話でもしてあげましょうか」
さやか「?」
煤子「私も昔、勉強は苦手だったのよ」
さやか「え?うそお」
煤子「本当よ、今のさやかくらい頭が悪かったかも」
さやか「煤子さんも馬鹿だったんですね!」
さすがにげんこつは飛んできた。
† それは8月10日の出来事だった。
- 287: 2012/09/28(金) 21:41:38.48 ID:bbEUxixu0
- マミ「……」
QB「マミ、元気が無いね?大丈夫?」
マミ「……元気が無いわけじゃあ、ないんだけどね」
QB「さやかのことかい?」
マミ「……ええ、そう、なのかしら」
QB「契約は彼女の意思次第だからね、本人に素質がある以上は、僕は断れないよ」
マミ「……そういうものなのね、あまりそのことには、気にしてないんだけどね」
QB「そうなの」
マミ「うん」
マミ「……不安、なのかな、これ」
QB「珍しく、僕にもわからない悩みを抱えているみたいだね」 - 288: 2012/09/28(金) 23:09:09.53 ID:bbEUxixu0
- マミ「美樹さんは、力を願ったと言っていた……」
QB「そうだね、さやか自身が言ったことだ」
マミ「……全てを守れるほどの力、それって、他人のためよね」
QB「使おうと思えば自分のためだけど、そうだろうね」
マミ「……不安だわ」
“甘っちょろいんだよ、あんたは”
“あんた、いつか絶対に「折れ」ちまう”
“「ここ」はくれてやる だが「こっち」には来るなよ”
マミ「……美樹さん、信念が折れなければいいのだけれど」
QB「それは彼女の心次第だね……」
- 289: 2012/09/28(金) 23:22:06.92 ID:bbEUxixu0
- 目覚めが快適すぎる。
さやか「……」
ぱっちり覚醒。眠気も何もない、完璧な覚醒だった。
それはとても、前日なかなか寝付けなかった私からは想像もできないほどの快調具合で。
起き抜けの頭で“魔法少女”を再認識するには、十分すぎる異変だった。
さやか「うわー、こんな所でも強くなってんのかな、私」
ベッドから起き上がって、跳ねた髪を指で解かす。
強くなるってことは、朝にも強くってことなのかな。
それとも魔法少女だからなのかな。
マミさんはどうなんだろう、詳しく聞いてみたいものだ。
さやか「魔法少女なら誰にでもできることなのか、私にしかできないことなのか……わからないしね」
契約したとき、私の頭の中にソウルジェムというものの扱い方全てがインプットされた。
それは漠然と、自分の手足を動かすような感覚で扱う術であって、当然の事のように操ることができる。
それゆえに、他の魔法少女とどう違うのかがわからなかった。
さやか「私には、マミさんが使ってたような銃は出せないし……リボンも出せないからなぁー」
装備でいえばサーベル、そしてマントだけだ。
ファッションではちょいと味気ないような気もするけど、ほかにも色々な事できるみたいだし、よしとしておこう。
- 293: 2012/09/30(日) 00:12:38.36 ID:k7H9mQW00
- さやか「んでユウカが泣きそうな顔して“もうやめてよー”ってさぁー」
まどか「あはは、相変わらずだね」
仁美「ユウカさんって面白い方ですよねー」
一見変わらない日常だった。
いつものように登校し、いつものように校門前まで駄弁る。
けれどここで、私だけは違う存在だ。
今この場に3頭の熊がそれぞれ私たちに襲いかかってきても、私だけは確実に生き残るだろう。
突然の洪水がこの坂の上から流れてきても、私だけが助かるだろう。
けど私の願いは、私だけが助かるためのものじゃあない。
たとえこの瞬間に何かが飛んでこようとも、私は二人ともを守ってみせるよ!
まどか「てぃひひひ」
仁美「うふふふっ」
まぁ、なんもこないんですけどね!
- 295: 2012/10/01(月) 21:57:45.14 ID:paqY8j4T0
-
ほむら「……」
まどか「あ……」
仁美「あら」
前言撤回。なんか来てました。
多分、場合によっちゃ落石や濁流や熊よりも怖いものが、坂の上で待ち構えていた。
眉をの端を少し吊り上げて。
仁王立ちで。
ほむら『さやか、話があるわ』
その立ち振る舞いを見ただけでわかっておりますとも、はい。
さやか『……何の話よ。仁美が対処に困って慌ててるから、私たちがすれ違う前に終わらせてくれない?』
ほむら『難しいわね』
長い話ってことですか。
なんて言ってる間にも、私たちはほむらのすぐ近くまで歩いて来てしまった。
もはや無視して踵を返すことは敵わない距離だ。
仁美「えっと……」
ほむら「一緒に行きましょう」
まどか「えっ」
なるほど、そう来ますか。
まぁ、クラスメイトだしね。
さやか「おう、これからは毎日、一緒に通学だね!」
ほむら「!」
大胆に出たほむらだったけど、私のこの返し方は予想してなかったみたい。
- 296: 2012/10/01(月) 22:18:26.10 ID:paqY8j4T0
- 仁美は無愛想な転校生の積極的な一面に気を良くし、何度もほむらに話しかけていた。
そのたびにすんでのところで話を華麗に逸らすほむらを横目に、まどかは淡々と、いつもより少し早めに歩いている。
ギクシャクはしていない。
けれど、まどかはまだ、ほむらに対して懐疑的な様子を見せている。
私もそうなんだけどね。
それでもほむらからは、悪っぽいオーラを感じないというか……。
同年代に使う言葉じゃないけど、保護欲を掻きたてるというか。
時々見せる隙に、私も油断しちゃったり、なんかして。
さやか(まぁでも、これからほむらが話す内容を聞いて、全てが変わっちゃうのかもしれないけどさ)
ほむらは病院での別れの際に、「敵ではない」と宣言した。
けれどますます言えないことが出てきてしまったとも。
私の頭でも、なかなかその答えは出ない。
今日、ほむらが打ち明けてくれるといいんだけど……。
あまり期待はしないでおきますか。
- 305: 2012/10/02(火) 23:22:15.30 ID:k/tWTwTW0
- ほむら『素直にそのまま言うわ、私に協力してほしい』
一時間目の授業の準備をしている忙しさに紛れ込ますように、ほむらのテレパシーは落ち着いたトーンで届いた。
ペンを親指の根元で4回転。
さやか『何を?聞くだけは聞くけど、見返りは必要よ?』
ほむら『…これから数週間の間だけでもいい、魔女退治で協力関係を築いて欲しいの』
さやか『そういう協力ね』
思い構えていたより、随分と普通な要求だった。
ほむら『手に入ったグリーフシードの分け前は、三分の二はあなたにあげる』
さやか『多いね』
ほむら『それが見返りよ』
私の魔法少女としての強さを見込んでの頼みだろうか?
ほかに何か、裏でもあるのだろうか?
契約にこぎつけるまでに何度も釘は刺されていたから、魔法少女初心者を狙って、という詐欺紛いなことはないだろうけど。
- 306: 2012/10/02(火) 23:37:10.46 ID:k/tWTwTW0
- さやか『……わかった、いいよ』
ほむら『成立ね』
さやか『まぁ、ほむらと話せる機会って欲しかったからね』
ほむら『……?』
さやか『まどかも!』
まどか『へ、へっ?』
さやか『まどかもさ、ちょっとほむらと距離を置いてるみたいだし』
まどか『……』
ほむら『私は……彼女を一緒に連れて行くことには、反対だけれど』
互いに、自分のやりたいことを譲ることはない。
やらせないことを強要することもできない。
そうしていくうちに二人がどうにか打ち解けたらいいなと、私は思う。
さやか『でも、マミさんとも一緒になることもあるってのは忘れないでよ?』
ほむら『……彼女が、私を受け入れるとは考えにくいわ』
さやか『そうなの』
ほむら『魔法少女の姿で会うことも難しいかもしれない……』
マミさんも随分……まぁ、キュゥべえにあんなことがあったんじゃ、仕方ないかもしれないけど。
これは、マミさんの方もちょっとなんとかしないと、話がややこしくなりそうだ。
昼休み辺りになんとかしようか。
さやか『わかった、マミさんに相談してみる』
ほむら『……何故そこまで?秘密裏の協定でも構わないのよ』
さやか『堂々とできないことなんてしたくないもん、とにかく話してみる』
ほむら『……そう、わかったわ』
- 309: 2012/10/03(水) 22:31:53.46 ID:YtFYUpvQ0
- まどか「さやかちゃん……」
さやか「ん?」
テレパシーを介さず、わざわざ私の服の袖を摘んで話しかけてきた。
教室の目立たない位置にそれとなく移動する。
さやか「どうしたの?」
まどか「…」
視線はうろちょろ。ほむらを探しているのは、簡単にわかった。
まどか「……ほむらちゃんと、仲良くね……?」
さやか「ぷっ」
やめてほしい、くらいの事を言われるかと思っていたけど、これはちょっと予想外。思わず少し噴き出してしまった。
まどか「え、え、なんで?」
さやか「い、いやぁ、だってちょっと、なんかそれ人のお母さんみたいじゃん」
まどか「えー、そうかなぁ…なんだかその言い方はやだよ……」
さやか「あっはっは、まぁ、大丈夫だから安心してなって」
まどか「喧嘩はしないでね?」
さやか「わかってるって」
小さなまどかの頭をぽんと叩いて、私は教室を後にした。
- 310: 2012/10/03(水) 23:34:14.17 ID:YtFYUpvQ0
- 問題はほむらにもある。
秘密があるのはわかった。それを教えてくれないのもわかった。
けどなんとなく、害意がないこともわかった。
最大の問題は、そんなほむらに疑いの眼差しでメンチをきってかかるマミさんの方にあったりするわけで。
なんとかやんわり許すくらいにまで、みんなの仲を取り持ちたいところだ。
せっかく魔法少女が集まっているんだから、魔女退治も協力しないと……とは、私の素人考えではないと思いたい。
マミ「あら?」
さやか「どうも、マミさんこんにちはっす」
ガラス張りの向こう側にマミさんを確認すると、ほぼ同時に、マミさんもこちらに気付いた。
見覚えのない生徒が教室の近くに居ると、どうしても目線は行ってしまうものなのだ。
マミ「どうしたの?話は……直接じゃなくても良いのに」
さやか「あはは、まだ挨拶してないですから、直接のが良いじゃないですか」
マミ「ふふ、そうね、そういうの、忘れちゃいけないね」
やっぱり温厚で、感じの良い人だ。
包容力でいえば、この学校一かもしれない。胸とかそういうのも含めて。
- 313: 2012/10/04(木) 22:06:09.47 ID:58/SMwvy0
- さやか「まぁ、ものは相談なんですけど」
マミ「うん」
さやか「同じ魔法少女同士、協力はするべきだと思うんです」
マミ「そうね、もちろん最初から……」
さやか「それはほむらも一緒に、っていうことなんですけど」
マミ「それだと話は変わってくるわね」
温厚な顔つきのまま、話がまかり通るはずもなかった。
言うときは言う。マミさんの堅いブロックだ。
マミ「というよりも美樹さん、あまり暁美さんに近づくべきではないわよ」
さやか「? 何でですか?」
マミ「あの人、まだ鹿目さんには魔法少女にならないようにって、強要しているんですもの」
さやか「うーん……でも、願い事がない限りはむしろ良いんじゃないですか?」
マミ「鹿目さんは自分を変えようと……」
さやか「あはは、まどかは流されやすいんですよねぇ……周りとか環境が変わると、自分もなんとかしなきゃって、焦っちゃうんですよ」
顔を傾げて“そうなの?”という顔をしてみせる。
上級生とは思えない可愛らしさだ。あと一押し。
さやか「まどかには、まぁ、ほむらが何を思っているのであれ、慎重にさせるのが一番だと思いますよ」
マミ「……そうかしら」
さやか「あ、そうだ、それに魔法少女が増えすぎると、グリーフシードの確保も大変なんじゃないですか?」
マミ「…………言われてみれば」
よし、いける。なんとかいける気がする!
私今がんばってるよ!
マミ「……そうね、鹿目さんに勧めるのは時期尚早ね……わかったわ、その点ではね」
よし!
- 314: 2012/10/04(木) 22:50:30.55 ID:58/SMwvy0
- マミ「けれど、暁美さんと組むには、彼女の行動は怪しすぎる」
さやか「んー……」
マミ「キュゥべえを襲ったのは不可解よ、いつ、私たちに何をするかもわからない人を……」
そこを聞かれると私も困る。私だってわからないのだ。
なので、適当にでっちあげることにする。
さやか「キュゥべえを襲ったのはまどかに契約させたくなかったからじゃないですか?」
マミ「……そこまでするの」
さやか「ん、ん、まどかが大切な人なんじゃないですかね」
マミ「……」
まどかに対して少々過保護なところがある……その予感は間違いないかもしれない。
さやか「転校の初日にも、まどかに対して明らかに敵意ってわけでもないような視線を向けていたし……」
――どうして!?さやからしくない!
――どうして貴女は、私が知ってる美樹さやかじゃないの!
――何が貴女をそうさせたの!?
――私のことは、“煤子(すすこ)”と呼んで、美樹さやか
さやか「……まどかの事、昔から知ってたのかも」
- 324: 2012/10/09(火) 22:29:16.35 ID:AtRTMfbu0
- マミ「昔から知っていた、かぁ……」
ほむらの行動を思い出しているのか、しばらく宙の埃を目で追う。
そこに何かを見つけたように表情は思考を取り戻し、自信ありげな笑みを私に向けた。
マミ「共闘、いいかもね」
さやか「え!」
思わず驚きの声をあげても仕方ない。
さやか「良いんですか、って聞くと“ダメ”って言われた時が怖いから、ありがとうございます!って言わせてもらいます!」
マミ「ふふ、大丈夫、ちゃんと考えがあってのことだから」
さやか「考え……」
マミ「少なくとも美樹さんと私は仲間同士だし、暁美さんが変な動きをするようならすぐに対処できるわ」
さやか「確かに……」
最悪な想像、あらゆる不意打ちにも対処できるほど隙を見せなければだけど…。
ほむらがどんな魔法少女かもわからないし……。
まぁでも、マミさんにほむらをいつでもなんとかできる自信があるのなら良かった。
私は、ほむらは何をしないと信じている。
マミさんの自信に甘えちゃおう。
かくして、私とマミさんとほむらの3人で、見滝原魔法少女連合が結成されたのです。
あ、連合じゃ暴走族っぽいかな。見滝原魔法少女チーム……かな?
- 325: 2012/10/09(火) 22:46:06.26 ID:AtRTMfbu0
- 表の世界はつつながく回り、裏の世界はべったり張り付いている。
表裏一体、どちらも同じだ。
どちらかがなければ、なんてことはありえない。
自分にとって、今まで馴染みがなくても、表裏があるこの世界こそ真実なのだ。
私は真実を受け入れて愛する。誰だってそうやって進んでいくものじゃない。
さやか「だからまどか、魔女がいなければー、って考えるのは良くないことなわけですよ」
まどか「うーん、そうなのかなぁ……」
さやか「あるものを無いと言うのは、ナンセンス!受け止めがたいことでも、ちゃんと受けとめる胸がないとねー」
まどか「そ、そんな酷い言い方ないよ、あんまりだよ!」
さやか「あっはっは!」
私とまどかは屋上で弁当を食べていた。
魔法少女の話をするためには仕方が無い。二人だけの秘密だ。
QB「きゅぷ、きゅぷっ」
さやか「はいはい、プチトマトをあげような~」
QB「トマト……」
さやか「遠慮するでなぁい」
QB「ちょそんな強引にぎゅぶぶ」
……失礼。
私とまどか、そしてキュゥべえ3人だけの秘密の場所だ。
と落ち着こうとしたところで、屋上の扉は開く。
ほむら「……」
まどか「あ……ほむらちゃん」
さやか「おっす、ほむら!こっちちょっと狭いけど来なよ!」
3人と1匹だけの特別な場所。
ほむらの目つきは未だに疑るような凄みがあるけど、これを解していくのが私の役割だ。
マミさんとほむらのゆるやかな和解。
それにはまず、自称中継役である私自身が、ほむらとの友好を図らなくてはならない!
- 329: 2012/10/10(水) 22:30:19.84 ID:LMc3ipvZ0
- ほむら「……私はここに居ても大丈夫なの」
さやか「大丈夫なの、って?」
ほむら「巴マミのことよ」
視線はこちらのまま動かさないほむらの意識が、私とは別の方向に向いていることを私は悟った。
ここではない隣の棟を横目で見る。
マミ「……」
そこにはマミさんがいた。
柵に片手をやり、ソウルジェムを持つわけでもなく、ただこちらを見ているようだった。
その表情には自信も不安もない、無表情そのもの。
ただ冷静に、事態の行く末を見つめる人間の目だ。
さやか「大丈夫……まあ、ちょっとはほむらの事を警戒してたりするんだけど……」
ほむら「駄目じゃない」
さやか「ちゃんと話し合ったから大丈夫!いや、本当に!見られるのはそりゃあ、ちょっと気分悪いかもしれないけど、初回サービスってことでどうかひとつ!」
QB「訳がわからないよ、さやか」
- 330: 2012/10/10(水) 22:47:16.57 ID:LMc3ipvZ0
- マミさんの疑いの目は仕方が無いものの、ひとまず私たちは、魔法少女の仲間として交流することになった。
さやか「はい、あーん」
ほむら「……何よそれ」
まどか「わー、すごい……けどなにこれ?」
さやか「白身と黄身を反転させたゆで卵!今朝作ったんだ」
ほむら「……」
まどか「大きな黄身みたい……」
さやか「あ!やり方は教えらんないんだなーこれが!結構コツいるしねー」
冷めた目で私を見ることも多いけど、ほむらもここにいることを悪く思ってはいないようだ。
サバサバした物言いだけど、コミュニケーションを取ってくれている辺り、ほむらは心底私を鬱陶しく思っているわけではないらしい。
それに……。
ほむら「……まどか、口元」
まどか「え?」
ほむら「みっともないわね」
まどか「あっ」
まどかの口元についた食べかすを、ほむらが母親のように優しく取り上げる。
そう、まどかだ。ほむらはまどかに対してもドライな口調で当たっているが、私よりもどこか、絶対に柔らかいものがあるのだ。
昔にまどかと知り合いだった説。これはひょっとすればひょっとして、有力なものなのかもしれない。
さやか(……これから付き合っていく中で、ほむらの過去も気兼ねなく聞けるようになるかも)
命を賭けて願いを叶えた、魔法少女の過去。そこへは慎重に踏み込まなくてはならない。
私の癖、軽率な発言には気をつけよう……。
マミ「……」
そしてマミさん、そんな妬むような激しい視線を送るくらいなら、こっちきて一緒に食べたらどうですか。
- 349: 2012/10/11(木) 23:09:28.49 ID:YMby6OAK0
- 食事はまどかが緊張気味だったけれど、後から雰囲気もほぐれてきた……気がした。
ほむらの口数は少なかったけれど、時折見せるまどかを気にする風な仕草は母性的だった。
ベンチ下のキュゥべえが近くに来るたびに足蹴にしようと座り方をわざとらしく変えていたけれど、よほど嫌いなんだろうな。
まぁ、今日はマミさんには気付かれていないようで良かった。
けど見守る私の心臓に悪いので、次からはやめてほしい……。
QB「ありがとうさやか、これで暁美ほむらも、大人しくなってくれればいいんだけど」
さやか「いやいや、あれ以上大人しくなられても困るのよー」
まどかとも別れた私は、帰路でキュゥべえと一緒に帰っている。
返ったら荷物を置いてから、すぐに魔女退治へ乗り出すつもりだ。
マミさんとほむらとも連絡は通してあるので、遅れるわけにはいかない。
まどかはマミさんと一緒に来るそうだ。まぁ確かに、マミさんの部屋に荷物を預けてからの方が、楽ではあるかな。
けれど私までマミさんと一緒に行動してしまったら、ほむらを派閥の外に置いているような構図になってしまう。
となると、ほむらばかりではない、内輪にいる私達でさえも、3対1の“壁”を作ってしまうかもしれない。
私もソロ帰宅することは、わりと重要だったりするわけです。
さやか「はーあ、人間関係で悩むなんて、ほんと久しぶりだわ」
夕焼けになりかかった空を見上げる。
精神的にちょっと疲れる。けど、どこか楽しい。
さやか「ふふ、今日もがんばろっと」
鉄塔に重なりかかった太陽をちらりと見て、私は急ぎ足で自宅を目指した。
- 350: 2012/10/11(木) 23:35:51.95 ID:YMby6OAK0
-
鉄塔の上で魔法少女が街を見下ろす。
オレンジの太陽を背に、翳りつつある見滝原。
その街には、かつて自分と一緒にチームを組もうとしていた巴マミがいる。
二度とはここへ現れないつもりでいた彼女だが、どうしても気になることがあった。
「昨晩はずっと探していたが、やっぱり魔女でも使い魔でもねぇ……」
リンゴの芯を吹き捨てる。くるくる回る芯は、鉄塔の真下で見えなくなった。
「てなると、有り得るのは魔法少女だけだ」
首元のアンクに口づけ、犬歯を見せ付けるように笑う。
「さあ、どんなつえー奴がいるのか、お手並み拝見といこうかね」
シスターのヴェールをはためかせ、魔法少女は鉄塔を飛び降りた。
- 354: 2012/10/14(日) 01:29:52.72 ID:gw3BpXeT0
- ほむら「……」
先頭を歩くのはほむら。
マミ「……」
すぐ後ろにマミさん。
まどか「今日もまた遅くなるって連絡入れないと……」
さやか「あー、早めの方がいいよ」
まどか「だよね」
そのまた後ろには私たちがいる。
マミさん曰く何をしでかすかわからないほむらを前に置き、それをマミさんが見張りつつも、私とまどかは後方で構える。
普通は剣を持ってる私が前にいるべきなんだけどね…。
まぁでも、一応ほむらの腕にある武器は盾のようだし?最初にほむらが防いで、後ろから私たちが……っていう考え方ができなくもないか。
そんなわけかは知らないけど、マミさんが出した布陣の条件を、ほむらはあっさりと飲んだのである。
四人組とはいえ、我々はかよわい中学生の少女達だ。
夜ともなれば、無防備に映ることだろう。
男達からのナンパは面倒臭いし、警察に歩道されたくもない。
この役柄、なるべく人通りの少ない道を選ぶとはいえ、繁華街も立派なパトロール範囲だ。
長く続けていくなら、世間体も気にする必要はありそうだ。
- 355: 2012/10/14(日) 01:43:01.63 ID:gw3BpXeT0
- 私たちは歩き出してすぐに魔女の微弱な反応を察知し、標的を探すことになった。
まずは街中を歩こうとマミさんや私は提案して、この流れで街中散策とな……るかと思いきや、ほむらはきっぱり、静かに反対した。
ほむら「工場地帯へ行くわよ」
空気が読めないというか、そうきっぱり反対する意図すらも、私たちにはわからず、少しの間ぽかんと口を開いたままだった。
マミ「あのね暁美さん……」
ほむら「あたりをつけるならどこを探しても同じ、私が先頭を行くのだから、舵取りまで任せてほしいわ」
先頭を歩かされるほむらの、全く正しい主張だ。
こう言われてはマミさんも、渋々と了承するしかなかった。
さやか(仲良くして欲しいのに……まぁdも、ほむらも主導権をマミさんに握らせたくはないんだろうな……)
ほむらの仕返しだと考えていた私だったのだが。
そんな半分彼女を疑うような私の考えは、すぐに間違いであると気付くことになる。
マミ「……反応が」
ソウルジェムが目立った明滅を始めたのだ。
まどか「どんどん近くなってるの?」
さやか「みたいね」
ほむらはソウルジェムを左手に持ってはいるが、その光を見ようともしていない。
最初から魔女の居場所がわかっているかのように、彼女は工場地帯へ歩き続ける。
歩き進むごとに、人気は少なくなる。
反対に、ソウルジェムの輝きは強くなる。
- 360: 2012/10/14(日) 23:32:01.93 ID:gw3BpXeT0
- 人気のない夕時の工場群は、どこかノスタルジックにさせる情景だった。
こんな時間にこんな場所にまで来たことは無かった。
14歳にもなって初めて見る、親しみきれていなかった新鮮な見滝原の顔だった。
マミ「……近いわね」
ほむら「弱そうな魔女だわ」
マミ「そんなことまでわかるの?」
ほむら「大体ね」
マミ「……」
マミさんの背中を見ればわかる。ちょっと悔しそうな顔をしてるに違いない。
さやか「マミさん、ソウルジェムの光で使い魔か魔女かを判別できるんですか?」
こもった空気を換気しようと訊いてみる。
マミ「そうね、感覚的なことだから言葉じゃ良い難いんだけど、出会ってみれば美樹さんにもわかると思うわよ」
さやか「感覚かー」
感覚で覚えることの多い世界だ。
マミさんのような教えてくれる先輩がいなければ、この魔法少女という仕事、随分最初に辛い思いをしそうである……。
……まどかは特に危なっかしい。私も釘は刺しておこう……。
ほむら「この中よ」
マミ「!」
話している間に、寂しげな工場の前に到着した。
辺りに人はいない。
- 361: 2012/10/14(日) 23:51:30.19 ID:gw3BpXeT0
- ほむら「さて……まだ、誘い込まれた人はいないようね」
まどか「ちょ、ちょっとほむらちゃん……」
ほむらは先導らしく、堂々ずかずかと暗い工場の中へ踏み込んでゆく。
広い……整備工場だろうか。工具のような、大きな機械のようなものがある。
そこを通り過ぎ倉庫らしき部屋に踏み込むと、埃臭そうな灰色の壁の上に結界は大人しく発光していた。
結界を背に、ほむらは私たちへ向き返る。
ほむら「さあ、倒すなら今のうち、けど時間に余裕はある……ここでも私が行くべきなのかしら」
制服のポケットに両手を突っ込み、片足に体重をかけ、感情の無い目はマミさんを射止める。
ほむら「さやかの言う共闘ならば私としては本望よ……けど、私だってまだ完全にあなたを信用できないわ、特に巴マミ」
マミ「!」
ほむら「正直に告白すると、私は貴女の銃が怖い……後ろに立たれ、絶えず後頭部に視線を受けるのも不本意、張り付かれる感触は好きではないわ……」
そこで初めて、ほむらが結界を背にする理由がわかった。
さやか「……共闘する以上、疑いっこ無しで、か」
ほむら「ええ、いつまでもこんなことを続けていたくはない……それは貴方達だってそうでしょう?」
さやか「まあね」
ほむら「一つどうかしら、私は……魔女を探す能力に長けている、そこを買って、私を平等な仲間として扱って欲しいのだけれど……」
この結界の先から、より一歩踏み込んだ共闘を結ぼうということだ。
ほとんどマミさんだけに向けられたほむらの言葉、当のマミさん自身は、ちらりとキュゥべえを見て少し悩む素振りを見せた。
ほむら「駄目?」
さやか(ぶっ)
毅然とした態度、そしてキメの一言なんだけど、言い方は不覚にもちょっと可愛かった。
- 369: 2012/10/15(月) 20:00:53.91 ID:3jgvQ1Xi0
- マミ「……確かに、ここに来るまでのあなたの歩みには無駄も迷いもなかったわ……」
可愛げのある言い方も、マミさんには伝わっていないらしい。
神妙な顔つきで、差し出された条件を吟味しているようだ。
結局、ほむらの言い方にツボっていたのは私だけで、そう考えると途端に冷静になれた。
マミ「いいわ、飲んであげる……けどこれは、貴女のことを“魔女退治で使えるから”という理由で引き入れるわけじゃない……」
マミ「自分の能力のひとつの私たちに見せた、その真摯さを汲み取ってのことだから、気を悪くしないで」
大人の微笑を向けると、ほむらも口元をわずかに釣り上げた。
ほむら「気にしないわ……まだ私にも隠し事はある、その上で付き合ってもらえるなら」
マミ「少しは大目に見ましょう」
二人は握手した。
すると、マミさんの微笑みは“ぱあっ”と花のように咲いて、身にまとう緊張感すらも解けた。
マミ「ふふ、いつまでもピリピリするの、私も好きじゃないから」
さやか「へへ」
私が考えているよりも、マミさんはずっとずっと、大人だった。
私は彼女のことを心のどこかで、融通の利かない人だと思い込んでいたんだろう。まずはそれを恥じて、心の中で詫びよう。
やっぱり上級生は違うや。
さやか「さ!それじゃあ早速、結界の中に入ろう!まどかは私の後ろに……」
ほむら「私が守るわ、後ろについていなさい」
まどか「えっ?あ、はいっ」
さやか「……よーし、さやかちゃん先陣切っちゃうぞぉ~」
- 370: 2012/10/15(月) 20:12:33.32 ID:3jgvQ1Xi0
- 私たち魔法少女は、ほぼ横一列に結界へ飛び込んでいった。
結界の中は薄い青の空間で、いつも見慣れた雑多なものとは違い、ある程度整えられたものであることを伺わせる。
というよりもそれは錯覚で、整っていると感じたのは単に結界の中が広い一つの空間でしかなかったためであった。
まどか「わ、わ、」
ほむら「大丈夫よ、私に掴まっていなさい」
まどか「……うんっ」
身体はゆっくりと落下するように、結界を降りてゆく。
重力が弱い結界なのだろう。
マミ「二人とも、あまり身を任せすぎるのも得じゃないみたいよ」
が、マミさんは空間を縦横無尽に飛んでいた。
プールの中より滑らかで、空中よりも機敏に。
マミ「この結界の空中は、足に魔力を込めれば簡単に移動ができるみたい」
ふわふわとスカートの裾を踊らせると、満足したように私たちと同じ高さを維持した。
何度もパンツが見えてありがたかった。
さやか「おっ……おおーっ、ほんとだ、動けますねこれ」
私の身体も、空中の見えない壁を蹴るようにして宙を飛び回ることができるようだった。
さやか「……」
まどか「……?」
その感覚がどうも癖になり、ついついアクロバティックな動きをしてしまいたくなる。
だん、だん、だんと宙を蹴る連続三角飛びだ。
さやか「見てまどか!裏蓮華!」
まどか「ぶ、ぶつかるよ!危ないよさやかちゃん!」
しばらく遊んでいたら、マミさんのリボンで強制的にひっぱられるハメになりました。
- 379: 2012/10/16(火) 23:01:12.25 ID:WPko8kf70
- ほむら「……」
まどか「何もない……?」
結界の床に降り立つと、そこは何も無かった。
使い魔の姿もなければ、魔女の姿も無い。
ただ強い魔女反応がソウルジェムに存在するだけ。
マミ「何も無いということは有り得ないわ、魔女はどこかに姿を隠しているはず」
ほむら「巴マミの言う通り……目で見えるものだけが全てじゃない、音も匂いもソウルジェムの反応も、全てを利用して敵の居場所を探るのよ」
さやか「なるほど……」
全てを利用して居場所を探る……煤子さんも似たようなことを教えてくれた。
――“何故”と考えることは大切よ
――“何故”という問いかけが、全ての謎を解くのだから
さやか(何故……魔女も使い魔もいないのか)
普通は結界に入れば、それを察知した魔女が現れて殺しにくるはず。
何故そうしない?どうして何もせずに、ここに隠れている?
魔法少女がここに3人もいて、気付かないわけが……。
さやか「……そうか」
ほむら「?」
- 380: 2012/10/16(火) 23:11:27.91 ID:WPko8kf70
- そう、魔法少女が3人、一般人が1人。
4人もの人間が結界に侵入して、気付かない魔女なんかいるはずない。
さっきまで騒がしく浮かれていたのだ。空間は見たところ、この大部屋1つのみ。
魔女は隠れている……私達、3人の魔法少女に怯えている!
さやか「魔女は周りの景色に溶け込んで、隠れているはず!みんな辺りを警戒して!」
マミ「!」
姿が見えない魔女だとしたら厄介なことこの上ないが、だとしたら攻撃を仕掛けない理由が無い。
敵は“姿が見えて”しかも“周りに隠れている”魔女!
ほむら「居たわ、こっち!」
張り詰めた声に誘われて私は真後ろを、マミさんは真横へ振り向く。
ほむらが指で示した先には、揺れ動き続ける風景の中にひとつだけ存在する、翼の生えた奇妙なモニターが見えた。
魔女「……!」
一同の視線に気付き、流れるような動きを止めてしまったのが奴の敗因となるだろう。
◆ハコの魔女・キルステン◆
- 386: 2012/10/18(木) 20:47:54.15 ID:y/1vT4Lp0
- 魔女は翼を広げ、画面をこちらに向けてノイズを響かせた。
モニターが奇妙な映像を見せると共に、結界内の様相も掌を返すように一変した。
ほむら「まどか、気をつけて」
まどか「う、うん!」
風景のメリーゴーランドが加速する。
紛れるモニターの魔女の画面からは無数の何者かが飛び出し、それらは結界の上からゆるやかに降りてくる。
マミ「周りを遊覧しながら使い魔を撒き散らすなんてね……!」
さやか「魔女を狙いましょう!」
マミ「そうね、使い魔ばかりでは埒もあかないわ」
私は剣でマミさんは銃だ。
近づいてくる使い魔をどちらで倒し、魔女を倒すか。
ほむら「まどかは私が守る、二人は使い魔と魔女を」
さやか「!」
どうしたものか悩んでいたところに、戦力の計算に悩んでいたほむらから直々の提案。
守らなくてはならないまどかと一緒にいてくれるのであれば、心強い。
マミ「任せていいのね?」
ほむら「あなた達が使い魔を全て討ち損じて、そいつらがこっちへ押し寄せてきたとしても何ら問題ないわ」
挑戦的な言葉を真顔で言うものだから、マミさんは“やってやるわよ”という勢いで、その重要な役割をほむらに任せた。
つまり。
マミ「いくわよ!美樹さん!」
さやか「はい!」
私とマミさんでの、ペアによる戦いだ。
- 387: 2012/10/18(木) 21:26:18.78 ID:y/1vT4Lp0
- まどかの表情に明らかな不安が無いことを確認する。後はほむらに任せよう。
さやか(よし……!)
私とマミさんは地面を蹴り、一段上の空を蹴り、そしてどんどん結界を昇ってゆく。
使い魔が近づくにつれて私たちは二手に別れ、結界の側面に潜む魔女を探し始めた。
同時に、群がりやってくる使い魔を迎え撃つ。
使い魔「きひひひ」
さやか「うわ!可愛くない!」
不気味な笑顔を向ける使い魔が目の前に3匹。
横一列をなぞる様に、剣で一閃。
使い魔「きヒィ……」
特に手応えもなく使い魔は消滅する。
マミ「はあっ!」
マミさんの銃弾も狂い無く命中し、私たちから離れた位置にいる使い魔も撃墜されてゆく。
――ドォン
さやか「!」
マミ「!?」
マスケット銃ではない、もっと粗野な轟音が結界に響いた。
音は同時に、私の司会の隅に浮いていた使い魔の胴体をガラスのように砕き千切っている。
さやか「今のって……」
まどか「わ、わぁ……」
ほむら「少し耳を塞いでいた方がいいかもしれないわよ、まどか」
結界の地上では、ほむらがスナイパーライフルをこちらに向けて、銃口から白煙を垂れていた。
随分と物理的というか、現代的な武器に、私の顔はちょっとだけ引きつった。
魔法少女ってホント、なんでもありなのかい……。
- 388: 2012/10/18(木) 23:44:29.55 ID:y/1vT4Lp0
- さやか(攻撃方法に対するツッコミはともかくとして……)
下からは取りこぼしや見逃しをほむらが撃ってくれる。ということになれば、私たちは大まかに使い魔を蹴散らしながら魔女を探すのみだ。
マミ「ふふ、ずっと逃げてもいられなくしましょうか?」
さやか「何か作戦が?」
マミ「見てて?」
首もとのリボンがするりと抜ける。
リボンは宙で上向きに振られると、ごく自然に、靡くようにして天へと伸びた。
さやか(おおー……)
リボンはどこまでも伸びてゆく。
それはしゅるしゅる上がる花火の光のようでもあった。
そして次の瞬間、それは本当に花火となった。
結界高くまで昇ったリボンの柱は黄色い輝きを放って弾け、枝分かれした無数の黄色の帯が結界内を縦横無尽に駆け巡る。
使い魔「きひ」
使い魔「きひひっ?」
空間を埋めるほどのリボンに、ゆるやかな弧を描きながら飛んでいた使い魔の天使たちは動きを封じられていた。
機動力は格段に落ちたに違いない。
さやか「ナイスですマミさん!これで相手は時間稼ぎもできない!」
マミ「本体を探しましょう!」
- 395: 2012/10/20(土) 03:36:14.01 ID:RWwsZ8iU0
- 空間の壁際を走り、螺旋階段のように駆け上る。
結界の端にいる使い魔をすれ違い際に斬り捨て、じわじわと魔女を追い詰めるためだ。
魔女を倒せば結界は消える。その時に使い魔が残っていたら、使い魔はどうなるか?
ボスを倒して雑魚敵が消えるシステムだったらうれしいけれど、そんな都合の良いシステムである予感は、なんとなくしないのだ。
油断はできない。だから私は使い魔も可能な限り倒すことにした。
さやか「――」
使い魔「き」
人形の微笑がこちらに振り向く頃には、既に私のサーベルのガードは、使い魔の首もとに触れている。
ガードは滑り、剣の根元が人形の細い首に僅かに食い込む。
使い魔「ヒャ」
私は使い魔の真横を駆け抜け、次なる標的のもとへ再び駆け出す。
その勢いだけで、人形の首を“ぱら”と削ぎ落とすには十分だった。
魔女「……!」
さやか「おっ、出たなモニター」
結界の端で、ようやく本体の魔女を見つけ出した。
なるほど天使の使い魔は、奴の画面から飛び出しているらしかった。
- 396: 2012/10/20(土) 03:50:35.45 ID:RWwsZ8iU0
- 敵を構成するものは腕っぽい翼、モニターっぽい箱。
そのくらいだった。他に何かついていることはない。
が、その正面にあるモニターこそ、私には厄介に感じた。
そこからは使い魔が飛び出し、こちらに襲い掛かってくるのだ。
画面から飛び出るのは使い魔だけとは限らない。もっと恐ろしいものを出してくる可能性だってある。
さやか(モニターを最大限に警戒して、まずは両腕を斬り落とす)
私は魔女の画面を正面に見据えないように空中を左右に飛び、魔女に接近する。
幸い魔女は素早くないようで、その背後を取ることは使い魔を相手にするように容易かった。
さやか「はぁ!」
魔女「ぴぎっ!」
袈裟を真っ二つにするような大振りで腕の一本を刎ねると、到底液晶漏れとは思えないほど真っ赤な液体が噴出し、魔女はノイズをあげて呻いた。
さやか(もう一度機会をうかがうまでもない、そのままもう片方もイける!)
これは油断でも慢心でもなかった。
私にはその自信があったし、いざとなればどんな反撃からも身を守ることはできた。
だから私は、半回転してこちらに砂嵐を向ける魔女のもう一本の腕を標的に、もう一度強く柄を握ろうとしたのだ。
魔女「――…!」
そして魔女は反撃に出た。
砂嵐から一本の刃が、とんでもない速さで私を狙い、まっすぐ飛んできたのだ。
気前良く振るうはずのサーベルのガードで、私に飛び込んでくる刃の軌道を逸らす。
金色のハンドガードが魔力の火花を散らしながら、刃を受け流していく。
さやか「甘いっての!」
攻撃を受け流した私のサーベルは、そのまま魔女のモニターの半分を切り裂いた。
- 403: 2012/10/21(日) 00:10:53.28 ID:WXDyGkSP0
-
致命傷を2つも与えた。
が、それでも魔女はまだ、動きを見せる。
ずぶりと嫌な音を立てて刃はモニターへと戻り。
再び別の場所から、刃はこちらへ伸びてくるのだ。
さやか「くどい」
同じくハンドガードで逸らし、返しの刃を残った腕にくれてやる。
魔女の両翼だか両腕だかは二本共に切断された。
もはやただの旧型テレビ。叩いて直らない分、それよりも脆いのかもしれない。
が、再び飛び出した刃はモニターの中へと引っ込む。
まだ何かを仕掛けるつもりか?と私は疑ったが、その前にやっと、違和感に気付いた。
刃を突き出したモニターには、穴が開いている。
内側から破壊したような穴が、2つも。
「あらよっとぉ」
さやか「!」
モニターが上下に分裂した。いいや語弊も良いところだ。
“上下に切り裂かれた”のだ。
真っ二つに切られたモニターの中からは、先ほど突き出してきた刃を携える人影が。
「ニュー・チャレンジャーは向こう側から、ってなぁ!」
その詳細な姿を認識する前に、単純なモニター越しの攻撃など“メ”ではない連打が、私に襲い掛かる。
最初の2発の攻撃を剣で逸らして、その相手が紅い装束のシスターであることに気付いた。
「ほー、やるじゃん」
次の6発の攻撃を剣とハンドガードでなんとか受けきった時、そこでようやく、敵の使う武器が“槍”であることに気付いた。
- 404: 2012/10/21(日) 00:24:57.27 ID:WXDyGkSP0
- 槍と剣の空中戦は一方的だった。
メタメタに斬り崩されたモニターの魔女の落下と並んで、私と紅いシスターの攻防戦は繰り広げられる。
だが重力的な“上”を取るそいつのリーチは長く、こちらは短い。
単純な長さの優劣で、私は地上へと押し込まれつつあった。
さやか(一瞬たりとも気を抜けない……!)
唸るように振るわれ続ける刃つきの槍は、私に宙を蹴らせる暇など与えない。
周囲に張り巡らせたマミさんのリボンすら器用に断ち切り、周囲のものを利用させようともしない。
このまま愚直に逃げようと単調な動きを見せれば、その瞬間に餌食になることは明らかだった。
かといって、近づいて斬りつけることが叶うかといえば、それも有り得ない。
今の間合いは完全に“槍”の間合いだ。
私の剣は近づくことはおろか、完全に捌ききることすらできていなかった。
だから私は、あえて距離を取ることを選んだ。
さやか「ふッ!」
「!」
まっすぐこちらに押し込んできた槍の切っ先を利用する。
相手の動きを読んで、こちらも同時にサーベルの先を突き出すのだ。私は相手のその動きを待っていた。
反撃手段の一切無い相手への攻撃に、自身の心配をする必要は無い。だからこそ油断し、大振りの一撃を繰り出してしまう。
それ自体、危険に直結する悪手などではないだけに、敵も“しまった”と思っただろう。
私だってなかなか、相手がこんなことをしてくるなんて想像できない。
そう、鋭い刃と刃の先端を衝突させるように、カウンター仕掛けてくるなど。
「やりやがる、いいじゃねえかオイ」
刃の先端を衝突させた私の身体は、大きく敵から距離を取る。
剣と槍の最大リーチの分だけ、私は紅いシスターから逃げることに成功したのだ。
もはや槍も届かなくなった間合いを空けての自由落下は体感時間も早く、着地後は素早く後転し、剣を構えなおした。
- 405: 2012/10/21(日) 00:36:02.70 ID:WXDyGkSP0
- 槍が深々と床に突き刺さり、その柄の上に、紅いシスターは着地した。
口元から覗ける八重歯が白く輝いている。
「落下中でも、剣を投げてりゃ届いたぜ?」
さやか「武器を手放す馬鹿がどこにいるのさ」
「武器って考え方に凝り固まりすぎなんだ……よッ」
シスターは槍の柄を思いっきり蹴り飛ばし、槍は高速で回転しながら私へ襲い掛かってきた。
上から襲い掛かる回転。上段での防御をしてもよかった。
だが相手は“マトモ”じゃない。
さやか「らぁッ!」
「!」
剣での防御はしない。姿勢を低くして“下段から近づく”シスターに、私も同じようにして剣を投擲した。
二人の間で交錯する槍と剣。
2つは交わらず、お互いの持ち主の敵へと襲い掛かる。
さやか「ほっ」
「ふん」
そして二人とも、投げられた武器を叩き落とす。
掴み、利用することなどはしない。
敵の武器は、“武器”ではないと知っているからだ。
さやか(こいつ……)
(この野郎……)
私の直感が囁いている。
こいつは私に“似てる”。
- 406: 2012/10/21(日) 00:49:30.79 ID:WXDyGkSP0
- シスターはしばらく私を睨んでいたが、その後ろに面白いものでも見つけたのか、「くは」と笑った。
「……構えてから結局、一発も撃ててねえじゃねえか、なあ、マミ」
紅いシスターの視線の先には、マスケット銃を構えるマミさんがいた。
いつからそうして構えていたのか、私にはわからない。
このシスターが……おそらくは魔法少女が、マミさんとどのような関わりがあるのかということも。
マミ「……どうしてここにいるの、答えて……佐倉さん」
「どうして?そうだなぁ……“強い奴がいるらしいから”じゃダメか?」
マミ「!」
「引き金を引けないアンタは“強くない”……だから甘っちょろいんだ」
黙ったマミさんは歯噛みし、佐倉と呼ばれたシスターから視線を外す。
敵から目を離すことは、戦う意志を放棄するに等しい。
であると同時に、その様子を見て何ら興味を示さないシスターの女にも、マミさんと戦う意志はないらしかった。
つまり、今も奴がぴりぴりと向けている闘志は、ただ一人私へのものだった。
「私の名は“杏子”だ、あんたは」
さやか「“さやか”」
名前だけには名前だけを。
杏子「さやか、ね……面白い……」
シスターはヴェールの裾を左手で払い、その手に一本の槍を握った。
両手で振り回し、こちらに刃を構える。
杏子「来な、構えるまではフェアでいてやる」
さやか「構えたら?卑怯な手でも使うつもり?」
私は警戒も何もせずに、黙って手の中に新たなサーベルを出現させた。
同時にシスター魔法少女、杏子は飛び掛る。
杏子「“一方的な戦いが始まる”ってことだよ!シロートがァ!」
- 415: 2012/10/21(日) 23:01:18.08 ID:WXDyGkSP0
- さやか(やばい!)
勢いに任せたチンピラとも戦ったことが私にはある。
がしかし、目の前でさながら弱い悪党の如く飛び掛ってくる魔法少女には、それと同じガラガラの“隙”が無い!
杏子「らァ!」
さやか「くっ」
相手は槍のリーチの力をよくわかっている。そう、確実に相手の刃が先に届くのだ。
こちらは絶対に“受け”に回るしかない。
嵐のような槍の軌道に、私の剣は相手の滞空時間だけで5回弾かれた。
それだけでも私の手は痺れたが、その次に来る攻撃こそ最も恐ろしいものだった。
杏子「―――」
さやか「!」
ヴェールの奥の眼差しが途端に冷めたのを感じた。
地に着いたシスターのブーツに嫌な予感を覚える。
私は咄嗟に剣を自分の正眼へ戻し、“いつもの”体制へと切り替えた。
それは私の自然体。守りに徹するわけではないが、あらゆる状況に応じる準備があるこれを防御の構えとでも呼ぼう。
中学の頃の剣道でさえ一度も咄嗟に作ろうとはしなかったが、本能的に取ったそれは正解だった。
剣の流れは、言葉で考えるのではない。言葉にすれば負けるから。
培ってきた感覚か、数字で表すのだ。
感覚は同じタイプの相手と戦うことでパターンとして無意識に覚えることができ、無意識に対処できる。しかし違うパターンは?
私はそれを記号で覚えた。
位置、高さ、方向、振り方、全てが記号になる。全てを記号とすることで、動きへ繋ぐ言葉の指令を最短のものへと変える。
数学でも算数でも応用できないこの記号の概念は、私にしかない暗号だ。
杏子「!」
空中の時には5発だった槍の攻撃の嵐も、地面に脚をつけたときには一気に手数が倍に膨れ上がっていた。油断をすれば初撃だけでも胴体に風穴が2つは空くほどの加速だった。
けれど早くなったのは同じ。私は正面から降り注ぐ攻撃を、全て剣で受けきっていた。
敵の攻撃の変化と共に、私の動きも変化させたから。
その成果は私の願いのおかげでもあるかもしれない。けど、それだけではない。
“あの時”があったからこそ今の防御が成り立っている。深くそう思うのだ。
そして防御を成功させるたびに増してゆく過去への感謝が……“煤子さんへの感謝”が、柄を握る手へと込められてゆく。
- 417: 2012/10/21(日) 23:46:33.63 ID:WXDyGkSP0
- 1・1・2。
一対一の戦場に、一本の道を作る動きだと、煤子さんは言った。
何故一本の道を作るのか。
戦場がたとえ広い空間だとしても。
この動きを受けきるには、横道逸れる暇などないのだ。
杏子「っ!?」
しかし私は驚いた。
中学の剣道では勢いに耐えかねて迷わず横へと逃げる人が続出したこの足運びの攻撃を、正面から防ごうとしている事に。
彼女の足運びの妙に。
さやか(こいつやっぱり……!)
攻撃の最中でも私は飛びのいて、距離を取った。
相手はそこで、あえて詰めようとしなかった。
私と同じ表情をしていたのだ。
杏子「テメェ……」
忌々しげに私を睨む。そう、顔には出していないだろうが、私もそんな心持ちだった。
何故魔法少女が私たちを攻撃するのか?
何よりも何故、煤子さんと同じような、私と同じような動きをしてみせるのか!?
ほむら「そこまでよ」
どこまでも冷淡な声と、二丁拳銃の銃口が私達二人の動きを完璧に止めた。
杏子「……!」
拳銃を向けられた彼女の、恐怖とは違った感情を孕んだ顔を、私は忘れることは無いだろう。
- 428: 2012/10/22(月) 21:47:43.35 ID:TTgqoRf20
- ほむら「私はさやかと巴マミ、貴女たちと同盟を結んだ」
ほむら「だからこそ私はここで、抑止のために銃口を向ける」
銃口の一つは私に向いている。
手は震えてもいない。撃とうと思えばいつでも撃てる。
抑止として成り立つ、ハッタリではない脅威だった。
杏子「……」
だが杏子の表情はどう見ても、舌打ち一つで“ここはひとまず退散してやる”と去ってくれるようなものではなかった。
本来ならば3人の魔法少女を相手にしてはそうなろうもの、けれど彼女はそうしない。
ただ杏子は、ほむらを睨んでいた。
杏子「……おい」
ほむら「何かしら」
杏子「……名前、なんつーんだ」
ほむら「私は“ほむら”よ」
杏子「ほう、ほむら……ねぇ」
杏子は笑い、銃など知るかとでも言いたげに槍を構えた。
だが同時に、甲高い金属音が槍を弾く。
杏子「!」
ほんの一瞬も目を離していなかったはずなのに、杏子が構えた槍は、いつの間にやら発射された銃弾によって吹き飛ばされていた。
ぼんやりと手元を見る杏子に、ほむらはあくまでも冷静に言ってみせる。
ほむら「私は冷静な人の味方で、馬鹿の敵よ」
ほむら「貴女はどっちなの?佐倉杏子」
- 429: 2012/10/22(月) 22:03:19.45 ID:TTgqoRf20
- 杏子「っは!」
ほむら「!」
吐き捨てるような笑いに、冷静さの片鱗は無い。杏子へ向けた銃のトリガーに、深く指が掛かるのを見た。
杏子「ほむらだっけアンタ!?いいねえ、面白いじゃんか!」
さやか(――!)
杏子の頭の髪留めが、小さくゆらゆらと燃えている。
何かから燃え移ったとも思えない、一見すると危ないその現象に、私は目で見える範囲での常識を全て捨て去った際に残る“漠然とした嫌な予感”を拾い上げ、身体を動かした。
さやか「ほむら、駄目ェ!」
銃弾が放たれる音はした。
銃口はまっすぐ杏子に向けられてはいたが、銃弾が杏子の足を狙ったことは、撃つ前からなんとなくわかっていた。
ほむらの撃つ弾は、おかしな軌道で放たれるのだ。おかしな軌道で放たれ、必ず目的のそこへと当たるのだ。
杏子「――ハ」
だが、普通なら全く予想もできない……。
“撃つだろうな”とはわかっていても決して避けられない、正確無比で無慈悲なほど速い銃弾の攻撃を、杏子は確かに“かわした”。
床に空いた穴を見るに足の甲。膝下。腿の3箇所を狙ったであろう銃弾その全てを、有り得ないほど早い動きで杏子は、避けてみせたのだ!
それは薬室が炸裂する音と、杏子の動きにより空気が弾けるような音を同時に立てた、一瞬の出来事だった。
ほむら「――」
ほむらはその一瞬の“敗北の結果”に気付いていない。彼女は“かわされるとは思っていない”からだ。
だから私が咄嗟に動いた。
ほむらの肩を押しのけ、剣を前へ。
相手の槍がこちらを貫くよりも、先に、前へ!
- 430: 2012/10/22(月) 22:12:17.36 ID:TTgqoRf20
- 空中戦の動きの何倍も速い地上戦。
その地上戦より何倍も速い槍の一突きが、不完全な防御体制の私を容赦なく貫いた。
さやか「がぁッ!」
ほむら「きゃ……!」
槍の柄にロケットブースターでも仕込んでいるのかと疑いたくなるほど重い一撃。
すんでの所で剣を盾にした私と、その後ろのほむらを押しのけ、結界の端まで吹き飛ばした。
槍に押された。そうに違いない。それなのに、宙をふわりと飛ぶ私たちの身体はいつまでも落下することがない。
ついに“どごん”、と嫌な音を立てて、結界の壁は破壊された。
さやか「……!」
ほむら「うぐ……!」
背中に走る強烈な痛みはなるほど、抑えられてはいるのだろうけど、魔法少女にならないと味わうことがないのだろうなと、ぼんやり思った。
杏子「ははは!やっぱりな、いいねぇ今の!良い戦いだった!」
髪飾りを燃やす魔法少女がケタケタと笑いながらこちらへ近づいてくる。
杏子「まさか今の私にもまだ“炎”が見れるなんてね!思ってもいなかったよ!」
さやか「アンタ……」
杏子「怒ったか?来いよ!いくらでも相手してやる!そっちのほむらって奴もな!」
こいつは、グリーフシードだとか、縄張りだとは、そういうもののために今、戦っているわけではない。
わかった。私はこいつの存在の一端を理解した。
こいつは間違いない。私たちと戦うために、ここにいるのだ。
- 431: 2012/10/22(月) 22:27:23.11 ID:TTgqoRf20
- マミ「美樹さん!暁美さん!」
まどか「さやかちゃん!」
耳は正常らしい。目もしっかりと、こちらへ近づく杏子を映している。
背中を打ち付けて、少し呼吸が乱れているだけだ。
ほむらも……意識はある。杏子を睨む元気があるようで、こっちも元気になれそう。
さやか「……知り合い?ごほっ」
ほむら「かと思ったけど、銃弾を見てから避けるような超常生物は知らないわ……」
さやか「魔法少女の時点で……今はいいや、なんとかしよう」
大きくへこんだ壁に背をつけ、私たちは小声でぼそりぼそりと、かつ素早く話した。
ほむら「さっきは油断したけど、今度は大丈夫、私が時間を稼ぐ」
さやか「いや、私がやる、ほむらはまどかを逃がして」
ほむら「良いのね」
さやか「うん」
ほむら「無事でいて」
私は咳をひとつ吐いて、起き上がった。マントを払い、身体に纏う。
そして睨む。数分で私の中の第一印象最悪ランキング堂々たる1位へと上り詰めた目の前の危険人物、魔法戦闘狂シスター・杏子を。
杏子「さあ来な……マミじゃあちと弱いが、あんたなら楽しめそうだ」
さやか「……」 - 439: 2012/10/23(火) 22:49:29.07 ID:abgv8H8X0
- 髪留めの炎で完全に燃えきったヴェールの切れ端が、炎を灯しながら灰のようにふわりと流れ落ちてゆく。
何故髪留めが燃えるのか?そういうコスチュームなのか?
わからない。いや、考えても仕方の無いことだ。
魔女や魔法少女相手では不可解な事が多すぎる。
姿に意味を探るのは危険だ。
さやか「なんで、私たちと戦うのさ」
この言葉に意味は無い。相手は戦闘狂だ。
杏子「戦いたいから戦うのさ」
ほれみたことか。
さやか「人殺しが趣味の魔法少女がいるなんてね」
杏子「殺すかどうかは運次第だよ、本気でやるから、死なないように頑張りな」
ああ、だめだこの子は。
この子にとって、人の生き死になんてどうでもいいんだ。重要なのは本気の殺し合いかどうかなんだ。
本物の戦闘狂だ。
杏子「! ……ありゃ、まただ、目ぇ離してねえのに、消えやがる」
彼女の驚きに、私の後ろのほむらが居なくなったことを知る。
といっても、私は後ろを見ない。
別に彼女の能力を知ってるわけじゃない。私に余裕がないだけだ。
正面にふらりと構える杏子から、目を離せないのだ。
- 440: 2012/10/24(水) 00:03:30.66 ID:0AcPNW3o0
- 私の視界の隅からまどかが消え、マミさんも消え、少しずつ壊れる結界の中には私と、杏子だけが残されていた。
杏子の闘志は衰えず、むしろ邪魔者が居なくなったとばかりに、槍を手の中で回すなどして、上機嫌でもあるようだった。
いくらか手遊びに興じた後、それまでの油断丸出しな動きを裏切るかのように。
杏子「っシ!」
さやか「ぐう!」
槍は素早く突き出された。
私が相手の足捌きを読めずに、剣で軌道を逸らせずにいたならば、間違いなく腹には穴が空いてたはずだ。
十分な間合いを一気に詰めて放たれる槍のリーチには何度でも驚かされるし、これから始まる戦いでも驚かされるち違いない。
なんといっても魔法の槍だ。その有効範囲は倍以上と見積もっても損はあるまい。
さやか(なら、少しでも)
こちらもリーチを稼がなくてはならない。
同時に、相手の繰り出す槍の威力に負けないほどの武器でなくてはならない。
さやか「“アンデルセン”!」
杏子「うぉお!?」
作り方は簡単だ。
二本のサーベルを、掌で包み込むようにして持つだけ。これで一本の諸刃の大剣となる。
柄を両手で握り締めれば、内側から力が沸いてくる。
人が握れば腕が折れてしまいそうな重量感も、不思議なことに微塵も感じられない。
さやか「“フェルマータ”ァ!」
杏子「!」
剣に見惚れた相手に、容赦なく大剣を振り下ろす。モーションは最少に、何よりも素早く、である。
切っ先へと流れ溢れる衝撃波が、剣以上の太さのエネルギーとなって杏子を襲った。
杏子「うっ、ぐぁ……!」
うめき声の割には随分とにやけた口元を見て、やはり恐ろしい相手なのだなと再確認する。
そして私も覚悟を決めた。
さやか「よし……全治三ヶ月くらいにはボコボコにしてやる!」
杏子「ッハ!上等だ!」
紅い髪に再び、より大きな赤い炎が灯る。
- 444: 2012/10/24(水) 23:03:18.06 ID:0AcPNW3o0
- 杏子「あらよっと」
槍で地面を突けば、そこからすぐに動きを変える。
まるで万能な脚が一本、杏子に備わっているのではないか。そう思わせるほど鮮やかに、槍の一発で杏子は浮いた。
そして次の瞬間に、槍が6つの節に解れ、それらがまるで無造作に杏子の周囲を取り巻いた。
杏子「こいつでリーチを伸ばしてザックリ、って甘ぇ戦術は、あんたにゃ効きそうもないからな!種はさっさとバラしてやるよ!」
さやか「ありがたいね!」
内心では“ああチクショー、面倒な”と思ってるんだけど、そうも言っちゃあいられない。
杏子「ほら!」
さやか「うわ!」
鞭のように振るわれた長い槍が、私の足元を抉り取った。
その長さと遠心力による威力は、通常の槍の2倍はあろう。
さやか(!)
杏子「へっ」
しかも大振りの後にできるはずの“武器の反動”は、槍をすぐに元の形状に戻すことによってキャンセルさせている。
都合よく、鞭のように撓って伸びる槍。厄介だ。
しかし。
さやか「うおおお!」
杏子「ほお、これ見ても来るか!」
距離はある、しかし杏子のもとへと走る。
私の武器が剣であり、伸びない以上は、近づかなくては勝利は無いのだ。
小細工は相手に通用しない。ここは勇気をもって、自分の剣術を信じて切り込むしかない。
杏子「間合いに入れさせっかよ!」
再び槍が分解され、多節棍となり襲い掛かる。
腰辺りを狙った、当てることを重視する横振り。跳躍では脚をやられ、中腰では頭が避けられない、絶妙な高さ。
さやか「その位置を信じてた!」
杏子「!」
私の膝は最大限に折れ曲がり、身体はほぼ寝かせた体制で、つま先だけで床を滑る。
勢いに任せた、強引なリンボーダンス。
横に凪がれた槍は、私の鼻の3センチ先を掠めて、風だけを残していった。
と同時に私の身体は、手も着かず力任せに起き上がる。 - 445: 2012/10/24(水) 23:26:00.77 ID:0AcPNW3o0
- さやか(危なかったあああ!身体の柔軟性があと少しでも悪かったら!顔がまるっきり削げ落ちてたし!)
杏子(やべえ、いくら元の槍に戻せるっても、このままじゃギリ間に合わねえ!)
さやか(ガラ空き!さっきの攻撃を見て伸縮の時間も把握した!)
杏子(一発格闘で凌ぐか?いやあのバケモンみてえな大剣相手にか!?冗談言えよ)
さやか(決め手はわからない、相手はいくらでも対応してくる)
杏子(やるっきゃねえ、あらゆる方法で後手から返り咲いてやる!)
さやか(ここからは私が王手をかけ続ける詰め将棋!杏子を防御だけに回らせて、ゴリ押しする!)
杏子(さあ来やがれ!攻め手は急ぐあまりにボロを出す!その小さな穴を抉じ開けるのみさ!)
距離にして槍2本分の間合い。私の大剣は切っ先を地面すれすれに構えられ、杏子の槍は未だ多節棍状態だ。
杏子(へっ)
が、杏子は末端の柄をこちらに向けた。
元の槍へと伸縮する多節棍。私の背後から迫り来る、“元の形状へ戻ろうとする”槍先。
さやか(後ろでしょ、知ってる)
が、やっと持ち上げられた私の大剣の切っ先は、既に後ろに振り被られている。
翻る私の身体、風を受けて膨らむ白いマント。
持ち上げた剣の広い刀身により、迫り来る槍先は弾かれた。
杏子(そう来るんだろ?)
ところが、私の無茶な構え方による僅かなモーションの隙を予想していたか、杏子の蹴りは既に目の前に来ていた。
剣を構えない右サイドから来る蹴りは脇腹か、頭を狙っている。杏子は最初から槍を捨てるつもりだったのだ。
さやか(ま、私もなんだけどね)
杏子(!)
杏子に向けた右肩は、大剣を振りかぶったモーションのため。
私の身体は白いマントで覆い隠され、杏子からは私の腕の動きが完全には把握できないだろう。
だから私は、大剣が戻ってくる槍を弾いた直後には、既に剣から手を離していた。
――ガコ
さやか「うぐっ!」
杏子「ぎっ……!」
マントから“ぼこん”と伸びた私の拳が、杏子の繰り出した脚の脛を迎え撃つ。
私の手は軋むような音を上げ、杏子の脛からは薄い血が出た。
- 452: 2012/10/25(木) 22:23:16.84 ID:Wlo9tvYx0
- 魔法少女の力は強い。
脚と拳の衝突だけでも、身体は数メートル吹き飛んだ。
力が強くとも体は軽い。上手く魔法少女の力を発揮するには、足場が必要だ。
これからの課題になるだろう。
杏子「――てンめぇ~……」
さやか「ふーッ……」
ここから生き残れたら、の話だが。
いつの間にやら結界は消滅し、外はすっかり闇に落ちていた。
工場の外。人気はそう多くはないだろうが、少ないとも言いがたい。
ぱっと見た限りではまだ寂れきっている工場でもなかったので、人は居るのだろう。
続けて戦うには、あまりにも目立つ場所だった。
杏子「……さやか、あたしは腹が減った……見逃してやろう」
さやか「へ、そりゃどうも、都合が良い話で」
杏子「“これ”に誓ってやる!次からは不意打ちもしねえ、安心して飯を食わせてやるし、眠らせてやる」
言って、杏子は首に下げたアクセサリーを私に向けて突き出した。
それに誓うことがどれほどの重みを持つのか、私は知らない。私がイジワルならこれほど良い交渉も無い。
さやか「……良」
杏子「ただし2つ!聞かせてもらおーか」
“良いわよ”って言おうとしたのに遮られた。向こうの決定は強制だったようです。
杏子「オマエ、煤子さんを知ってるな!」
さやか「……」
- 453: 2012/10/25(木) 22:42:11.62 ID:Wlo9tvYx0
- 剣は新たに出さない。
ただマントだけは身体を覆わせて、いつでも中で反撃の準備を整えられるように隠した。
さやか「……あんたが聞きたい事はまず1つがそれ……だけどそれはいくつもの意味を持っている……“何故煤子さんを知っている”とかね」
杏子「疑問は尽きないけどな……しかしあの足捌き、煤子さん以外にやられたことはないけど、やられてすぐに思い出した……教わったな?」
さやか「こっちのセリフ……何故煤子さんがあんたなんかを?」
杏子「私“なんか”を?くくく、バカ言うなよなぁ、あたしだからこそ……」
「おーい、うるさいぞ……誰かいるのか……」
さやか「!」
男性の声が響いてきた。
付近の住民か、それとも工場の人か。どちらかが私たちの騒ぎを聞きつけてきたのだ。
杏子「チッ……ひとまずはお預けだ、あんた、新米だろ?次やる時はもっと力をつけてきなよ、そっちの方が都合が良い」
さやか「は?自分勝手な、大体あんなのただの殺し合い……」
杏子「殺し合いくらいでなきゃ“燃えない”のさ」
ふわりと跳躍し、杏子の身体が工場の壁へ張り付く。
杏子「じゃあな!煤子さんの弟子ってんなら問題ねえ、次会う時を楽しみにしてやる……で、もう一つは今度、聞かせてもらうが……」
杏子「……あのロンゲ、ほむら……あいつ、煤子さんの妹か?」
呟くそうに言い残すと、お騒がせシスターは壁を蹴りながら去っていった。
金属ダクトがひしゃげて壊れ、破片が音を立ててコンクリに落ちる。
最後までうるさい、騒がしい奴だった。
さやか(煤子さんを知っている……一体……)
考える前に、私もさっさと工場から逃げ出した。
雷オヤジだったら怖いからね。
- 460: 2012/10/29(月) 00:45:53.02 ID:taMRPz5Z0
- 制服姿のマミさんの後ろ姿を見つけると、私は大きく手を振りながら彼女達に近づいた。
マミさんの肩を借りたほむらと、心配そうに同じく身体を支えていたまどか。
ほむらが負ったダメージは思いのほか大きいらしく、魔力での治療も渋っているのか、片足を引きずり気味に歩いていた。
ほむらは淡白だったけれど、二人は工場に残った私を心配してくれたようで、再開の頭に事の顛末について根掘り葉掘り聞かれたものだ。
私は杏子との激しいバトル模様についてはかなり省き、とりあえず、彼女自身がもう不意打ちはしないという宣言を出した旨を伝えた。
煤子さんについては……長くなるので、あえて省いた。
これから、ちょこちょこと話していく他ないんだろうけど……。
マミ「……佐倉さんとはね」
色々あった今日の魔女退治。
ほむらを支えながら歩く静かな帰路の途中、夜道に落ちて溶けそうな声でマミさんが切り出した。
マミ「私は、以前に……魔法少女の仲間として、協力してたことがあったのよ」
さやか「あいつと……」
一体どんな経緯になればマミさんと杏子が手を組むのか、私には全く想像ができない。
- 461: 2012/10/29(月) 01:35:23.21 ID:taMRPz5Z0
- 佐倉さんと出会ったのは、1年前……。
私も魔法少女として、やっと力を付け始めた頃だったわ。
その時にはもう、滅多なことでは魔女に苦戦しなくなった……今思えばその気の緩みもあったのかもしれないわ。
見滝原には大きな教会がったの。とても大きくて、廃れてしまったのが不思議なくらいの、立派な教会。
私はその日、魔女退治のためのパトロールをしていて、偶然教会の近くを通ったの。
この教会はどうして寂れたんだろうなーって、軽い気持ちで眺めていたら、丁度その教会から使い魔の魔力を感じたの。
もちろん私は教会へ向かって行ったわ……廃教会ってことは知っていたから、躊躇無くステンドグラスの窓を蹴破ってね。
けど中にいたのは、使い魔ではなく魔女。
隙だらけの格好で突入した私は、うねるような魔女の身体に捕まって、何もできないまま身動きが取れなくなったの。
今の私からしてみたら、笑っちゃうようなミスだったわ。いえ、笑えないわね。
とにかくあの頃の私は、手に入れた力に自身を持って、舞い上がっていたのよ。
魔女に捕まった私は、徐々に身体が締め付けられて、頭に血もめぐらなくなって……もうだめかと諦めた……そんな時だった。
佐倉さんが正面の扉を開け放って、現れたのよ。
そして髪留めに赤い炎を灯した彼女は……私に一切の傷をつけることもなく、二十秒もかからず魔女の身体を八つ裂きにして、倒してしまった。
私は本当に嬉しかった。自分と同じ魔法少女がいて、私を助けてくれた。
今までずっと一人で戦ってきた私は、そのときになって初めて……孤独を癒してくれる相手を見つけたの。
私は一人じゃない。誰かが私を助けてくれる。
一緒に戦ってくれる、って。
そう考えただけで私は救われた。魔女から助けてもらうよりも、それ以上に救われたと思っている。
私が協力関係を求めると、佐倉さんは「おう、いいぜ」って、それだけ言って笑っていた。
それ以来、私と佐倉さん、力を合わせて魔女を倒す……関係が始まると、思っていたんだけど……。
- 468: 2012/10/29(月) 23:24:11.48 ID:taMRPz5Z0
- 確かに佐倉さんは協力してくれたわ。
魔女との戦いでは我先にと飛び込んでいくし、私に拘束魔法の有効的な使い方をアドバイスしてくれたりね。
一瞬でリボンの網を展開して、離れた場所にもマスケット銃を生み出す。
この領域に至るまで、いろいろな特訓をしたり、魔女との実戦を重ねてきたわ。
佐倉さんのおかげで、自分の魔法に磨きがかかった。自信がついたの。
ものすごく頼りになる子だなって、ずっと思ってたわ。
けれど私は気付いてしまった。
佐倉さんは、私と一緒に戦いたいわけじゃない。強い相手と戦いたいだけなの。
それに気付いたのは、私がリボンの魔法をほぼ自由自在に操れるようになった頃……。
ある日の魔女退治の帰りに、道の先を歩く佐倉さんがぽつりと呟いたのよ。
“なあマミ、ちょっと全力を出して、私と戦ってみないか”って。
それまでもそういう組み手が好きな子だったから、私はほんの少し気を引き締めるくらいでそれに臨んだの。
佐倉さんと戦うのかあ、緊張するなあ、って。
……けれど。
いえ、宣言通りだった。
佐倉さんは一切の手加減をせず、本当の本当、魔女と戦うように……いいえ、魔女と戦う以上の本気で、私を“倒しに”きたの。
夕時の河川敷は他に人も物もなかった。けれど私は恐ろしかった。
久しぶりの恐怖だった。いつもなら一般人を死なせたくない、周りを巻き込みたくないって戦っていた私が、自分自身の身を案じて、逃げ回るなんてね。
リボンも銃も、何も効かなかった。今まで培ってきたはずの技術は全て佐倉さんの槍に切り裂かれて、消え去ってしまう。
体中にいくつもの深い傷を負ったし、戦っている最中に吐いたり、泣いたり……情けなかった。
そんな私の姿を見て、佐倉さんの興は冷めてしまったのね。
今まで私と一緒にやってきたことなんて全て忘れたように、私からは一切の興味をなくして、見滝原を出て行ってしまったのよ。
それが、私と佐倉さんとの関係……。
- 471: 2012/10/29(月) 23:59:30.27 ID:taMRPz5Z0
- さやか「……」
まどか「マミさんにそんなことが……」
ほむら「……」
マミ「私、思えば佐倉さんのことを何も知らなかった」
マミ「彼女が普段どうしているのか、何を考えているのか……聞くタイミングを作れなかったといえばそれまでだけど」
マミ「……ごめんなさい、私は佐倉さんとは知り合いだけど……何も知らないんだ」
儚げな顔をこちらに向けて、マミさんは寂しそうに笑った。
ほむら「杏子が異常なだけよ……それを理解できるのは、同じ異常者だけ」
マミ「……」
憮然と歩くほむらが零した言葉は、きっとマミさんへのフォローなのだろう。
さやか「……じゃ、私こっちだから、またね」
まどか「うん、気をつけてね、さやかちゃん」
さやか「へへ、また明日ね、マミさんも、ほむらも」
マミ「そうね、明日学校でね」
ほむら「ええ……」
それぞれが別々の場所に靴先を向けた。
ほむらだけはまどかと一緒で、彼女を家まで送り届けるらしい。
さやか『……あのさ』
ほむら「!」
さやか『ちょっと、やっぱ今日のことで聞きたいことがあるから……ほむらだけ、後でここに来てくれないかな』
ほむら『……ええ、わかったわ』
黒髪を闇の中にはためかせながら、ほむらはまどかと去っていった。
彼女はまどかを送り届けて、その後戻ってくる。
さやか(……ほむらとは、良く話しておかないと、ダメなのかも)
- 476: 2012/10/31(水) 00:24:18.22 ID:NSJtf5+c0
- 街灯の明かりだけが灯る、見滝原の中では小さめな公園のベンチで座っていた。
腿を擦り、スカートの丈を伸ばす。夜になると、やっぱり寒気がする季節だ。魔法少女になってもそれは変わらないらしい。
そう考えてみると、この時期でもほむらの黒ストは正しい選択のようにも思えた。
……とも思ったけど、やっぱりさすがに暑過ぎるなぁ、あれは。
ほむら「今日のことで話って、一体何?」
さやか「お」
後ろからの声に振り向けば、そこにはほむらがいた。
その姿を認めると同時に、何かが私の顔に向かって投げ込まれる。
さやか「うおわっ!?って熱っ!?」
咄嗟に掴んだそれは、缶のあったか~いミルクティーだった。
さやか「……おおー」
ほむら「何も飲んでないし食べてないでしょう、買ってきてあげたわ」
さやか「……えへへ、ありがとう」
意外なこともするもんだ。
本質的にドライで冷たいタチの方が勝ってる子だと思ってたけど、感情が読めないだけで、結構気も利くらしい。
缶紅茶を腿に挟み、暖かさを堪能する。
さやか「――……」
ほむら「ん?」
私の隣に座ろうとするほむらの姿を見上げ、私は思わず絶句してしまった。
こんなシチュエーション、こんな優しさ、こんな……ほむらの姿が、
あの日々とまるでそっくりだったから。
- 477: 2012/10/31(水) 00:32:51.82 ID:NSJtf5+c0
- ほむら「それで、今日の話って?」
さやか「あ、う、うん」
ベンチをずれて、ほむらの分のスペースを空ける。
並んで座ると、本当に昔を思い出すようだ。けど今はそれを振り払って、話すべきことを喉の奥でまとめる。
さやか「……前にさ、私、ほむらに変なことを訊いたことがあったよね」
ほむら「ああ……ススコっていう人の話かしら」
さやか「よく覚えてるね」
ほむら「初めてのことだったから」
そりゃあなかなか、誰かの妹ですか?とか訊かれることなんてないだろうけどさ。
さやか「……本当にほむらは、煤子さんのことを知らないの?」
ほむら「知らないわ。……今日の事と関係があるのかしら、その、ススコという人は」
さやか「うん、かなりね……ある、と思う」
少なくとも私の拳に受けた痛みは、間違いなく煤子さんとのつながりがあるのだ。
さやか「私は昔……もう4、5年近く前になるんだ……煤子さんと出会ってからね」
ほむら「……」
さやか「煤子さんは私に色々なことを教えてくれた、先生のようなお姉さんだったんだ」
- 481: 2012/10/31(水) 23:37:26.64 ID:NSJtf5+c0
- さやか「煤子さんは私にお願いをしたんだ……あの時、煤子さんは私の事を知っていたけど、私は知らないのに」
さやか「まるで私のことを、自分の子供のように……自分の分身であるかのように、“こう生きて欲しい”って……」
さやか「それは多分、病気を患っていた煤子さんが私に託した、煤子さんが受け継いで欲しかった生き方なんだと思う」
色々なことを教えてくれた煤子さん。
生きる上での大切なことを、その大事な大事な輝く部分だけを丁寧に選んで、それらを綺麗に並べた宝石箱を、私にプレゼントしてくれたのだ。
ほむら「……煤子さん、か……さやかの過去に、そんな人がいたとは思わなかったわ」
ほむらは自分の分のピルクル(!)を飲みながら、どこか合点がいったのか、話の折に触れてはしきりに頷いていた。
さやか「うん、でね?その煤子さんとほむらがさぁ、すごいそっくりなんだよ」
ほむら「……そんなに?」
さやか「うん……多分……」
じっとほむらの靴から顔までを見る。
……んー、こんな感じだったっけ。こんな感じだったような。
もうちょっと煤子さんのが格好良くて、大人っぽかったような……。
手元のピルクルとストローの存在が、私のイマジネーションに巨大な砂嵐を発生させている……。
ほむら「私はもちろん煤子さんではないし、妹もいなければ姉だっていないわよ」
さやか「うん……ていうか、居たとしても東京だしねぇ」
ほむら「両親がここに来てたっていう話も聞いていないわね」
さやか「他人の空似か……」
ほむら「……」
神妙な沈黙が続く。
- 482: 2012/11/01(木) 00:06:05.81 ID:QQjC++VO0
- ほむら「……全く根拠もないし、仮定の話でもないけど……他人の空似では、ないかもしれないわ」
さやか「え」
心当たりが?と聞きそうになったが、心当たりはなさそうだ。
では何故か。
ほむら「さやか、貴女はとても……信頼できる、まだ短い間だけど、それがわかったわ」
さやか「な、何をー?急に……」
真剣な眼差しに思わずたじろぐ。
ほむら「煤子さんとは何者か……それに心当たりがあるといえば、ある……」
さやか「!」
ほむら「早まらないで、それを話すためには……私が持っているいくつかの秘密を話す必要があるの」
さやか「秘密って……」
それは普段からほむらが私に隠し続けていることと関係があることなのだろう。
頭の中で推理しようと考えをめぐらせていたところに……。
QB「秘密か、それは僕にとっても気になるね」
ほむら「!」
さやか「キュゥべえ」
公園の闇の中からキュゥべえが歩いてきた。
不自然なほどに真っ白な身体は、野良ネコと見間違うこともない。
- 483: 2012/11/01(木) 00:19:02.82 ID:QQjC++VO0
- ほむら「……何をしに来たのかしら」
さやか(げー)
QB「僕が魔法少女のもとを訪れちゃあ悪いのかい?いいじゃないか、今の今まで、君を気遣って離れていたんだから」
ほむらの殺気が目に見えるようだ。が、キュゥべえはそんな怒りも知らん振りで、悠然とこちらのベンチの上に座った。
QB「いやぁ、それにしても久しぶりに聞いたね、その煤子という名前」
ほむら「!」
さやか「え!?」
QB「前に杏子がよくその名前を出していたよ、まさかさやかまで会っていたとは思わなかったけどね」
ほむら「……杏子は何故あんなに好戦的なのか、あなたは知っているんじゃないの」
QB「君たちくらいの女の子の感情っていうのは難しいからね、僕では想像の域を離れないよ」
ほむら「……」
私達女子中学生のみんなの杏子のような性格だと思わないで欲しい、と言いたかったが、あえて言いません。
QB「僕としては煤子という人物について、あまり気にはならないんだけど……ほむらの秘密というのには、少し興味があるね」
ほむら「……」
- 498: 2012/11/01(木) 23:20:29.22 ID:QQjC++VO0
- ほむら「さやかにもまだ言えない事を、あなたに教えるわけがないでしょう」
憮然と白猫を見下ろし、ほむらはベンチから立ち上がった。
QB「残念だ、ほむらのことはあまりよく知らないから、勉強しようと思ったんだけどな」
ほむら「私との関係を築きたいのであれば、まずは杏子が暴走しないように押さえつけておくことね」
QB「それができたらどれだけ風見野は平穏になるだろうね」
なるほど、キュゥべえも杏子を止めようと努力したことはあるらしい……。
さやか「なんか、ごめんね、よくわからない話で呼び戻しちゃって」
ほむら「構わないわ、私こそ……話せないことが多くて、ごめんなさい」
さやか「ううん、ぜーんぜん気にしてない!まぁ、今日は色々とあったけどさ、明日からも頑張ってこう!」
ほむら「ええ……」
何か言いたげに視線を落とし、口を何音か開閉した。
ほむら「……私があなたに秘密を打ち明けるには、もうちょっと時間が必要だと思ったの」
さやか「時間?」
ほむら「ええ……時間を頂戴、なるべく早く、答えを出すから」
さやか「話すべきか、べきではないか」
彼女は無言で頭を垂れる。
ほむら「じゃあね、さやか」
さやか「うん、じゃあ、また!」
ほむら「……ふふっ」
さやか「!」
ほむら「なんでもない、また」
彼女が最後に残したのは、いつかのように可憐な微笑みだった。
- 505: 2012/11/04(日) 02:21:56.28 ID:iq90nbLh0
- † 8月13日
雨が降らない日は続く。
蒼天の下で、煤子さんの後姿を見つけると、私は走り出した。
さやか「煤子さーん!」
煤子「きゃっ」
後ろから抱きつくと、煤子さんはふらりとよろめいた。
煤子「危ないじゃないの」
さやか「へへへ」
煤子「こんなに汗かいて、赤くなるわよ」
さやか「えー?そうなの?」
煤子「後ろ向きなさい、拭いてあげるから」
さやか「はーい」
近くの水飲み場で濡らした白いタオルで、よく身体を拭いてもらったものだ。
煤子「……」
ひんやりしたタオルが気持ちよかった私は、そのときの煤子さんの、少し曇った表情に気付けなかった。
いや、気付いてはいたけれど、もともとミステリアスな部分を多くもった煤子さんだ。大して気にも留めていなかったんだ。
- 506: 2012/11/04(日) 02:48:01.31 ID:iq90nbLh0
- 背中に当たるタオルが冷たい。
煤子「ねえ、さやか」
さやか「うーん?」
煤子「一度だけその手が届くなら」
さやか「え?」
煤子「一度だけその手が届くなら、って思うことは、多いわよね」
さやか「えー……っと……?」
煤子さんの喋ることは時々、よくわからない。
遠まわしで、抽象的な事が多いのだ。
煤子「短距離走で、あとほんの0.1秒速ければ……とか」
さやか「ああ、うん!あるよ!この前7秒切れるかなって思ったのに……」
煤子「そう、その気持ちよ……もちろん、今のさやかなら大抵のことは練習でなんとかなると思う」
さやか「うん!そんな気がするんだ」
煤子さんに出会ってから、頑張る楽しみを覚えた。そう自覚したのは、随分早かったのだ。
勉強もやるようになったし……。
煤子「けど、あと一歩届きたいと思う気持ちもある……それも、いつだっていくらでもあるわ」
さやか「うん?……うん、そうだね」
煤子「――全ての力をこの時のために注ぎたい」
さやか「っつ!?」
背中にジャリっとする痛みが走った。
煤子「忘れないで」
さやか「いたたた……な、なんですか今の!」
煤子「ふふ、ごめんなさい、強く擦っちゃったかしら」
† それは8月13日の出来事だった - 511: 2012/11/04(日) 23:54:35.94 ID:iq90nbLh0
-
ほむら「おはよう、巴さん」
マミ「おはよう、暁美さん」
苗字で呼び合うことを“よそよそしい”と勝手に決め付けないでいただきたい!
これでも進展したんです!私は頑張ったのです!
まどか「マミさん、おはようございます」
さやか「おはようございます!」
マミ「うん、おはよう、二人とも」
通学路で偶然出会った巴さんとの挨拶である。といっても、校門はすぐ目の前。
すぐにお別れとなるだろう。周りの目や耳もあるので、込み入った話はできない。
まぁ、メールで昨日について振り返ってもみたので、急いで話すこともないんだけど。
それでもこうして朝、みんなが同じ場所にいるということに安心感を得ることはできた。
杏子に闇討ちされてたらどうしよう、と昨日の寝る前に思わなかったこともない。1分経たずに熟睡したけどね。
まどか「さやかちゃん、ほむらちゃん、改めて、昨日は本当にありがとう!マミさんもありがとうございました!」
ほむら「私としてはまどかを一切に巻き込みたくは無いけど……まどかを正しく納得させるためには、こうして魔女退治につき合わせるのも、ひとつの手なのかもしれないわ」
マミ「あら、暁美さんはまだ反対なのね?」
ほむら「これだけは、譲れないから……」
柄にも無くみんなを最後尾から見つめて、約束の時間にやってこなかった仁美のことを想う。
今日はどうしたんだろう。
- 512: 2012/11/05(月) 00:03:12.89 ID:SQlL/RFa0
- さやか「んー」
教室にも仁美の姿はない。
先生が来るまであと2分。普段なら絶対に有り得ないことなのに、どうしたんだろう。
まどか「あ、仁美ちゃん教室にもいない……」
さやか「休みなのかな?メールくらいくれてもいいのに」
マメな性格の仁美だ。抜けてるような見た目に反して全く隙は無い。携帯を忘れた、充電が切れているなんてことは有り得ない。
風邪を引いたか、季節を大いに外れたインフルエンザにでもかかったか……。
さやか「……」
まさか魔女なんてことはあるまい。
ほむら「あ」
さやか「え?」
前の席に座るほむらが、焦りを前面に出した顔で仁美の席を振り向いた。
さやか「え!?」
なにその反応。
顔がなんか“あ、仁美……!”って言ってそうだったけど、今のは何なのよ、ちょっと。
ほむら『……しまった』
テレパシーで深刻そうな切り出し方をされ、私の身体が硬直する。
まどか『え……どうしたの?』
さやか『仁美がどうかしたの!?』
ほむら『いえ……仁美は大丈夫だと思うけど……なんでもないわ、気にしないで』
さやか『ちょッ……いや無理でしょ今のその反応は!さすがに!仁美に何か心当たりでもあるの!?』
とテレパシーでまくし立てたところで、ガラス戸が開き先生はやってきた。
- 513: 2012/11/05(月) 00:21:03.84 ID:SQlL/RFa0
- 和子「えー、志筑さんは体調不良により、午前中はお休みだそうです」
さやか「ふはぁ、なんだー、良かった……」
先生から告げられたなんとも無いような報告を受けて、思わずため息が漏れる。
ほむら「はぁ……」
まどか「良かった……」
それはまどかやほむらも同じようだった。
さやか『……ちょっとほむら!何なのさ!さっきの思わせぶりなリアクションは!』
ほむら『杞憂だったからいいじゃない』
まどか『わ、私も……昨日よりドキドキしたかも……』
さやか『もー……』
でもまぁ、仁美が無事で何よりだ。
杏子のこともまだ気を許さないってのに、仁美が大変なことになっただなんて話が飛び込んできたらもう、その瞬間に胃に穴が開いちゃうよ。
さやか(魔女退治の前に、恭介と……仁美のお見舞い、帰りにしてこよう)
- 520: 2012/11/06(火) 00:21:46.51 ID:vBhDDnnb0
-
お昼には4人でお弁当を食べた。
偏り気味なほむらの弁当の中にアスパラガスやブロッコリーを突っ込んでやったり。
マミさんの卵焼きを分けてもらったり。
ちょっと前のピリピリしすぎた空気が嘘のようだ。
まどか「それでその時、ユウカちゃんたら“返してよー”って」
マミ「あらあら、ふふ」
さやか「仁美なんて“パース”ってノリノリだったんですよぉー」
ほむら「……ふふ」
魔法少女3人とその候補が1人。
けど女子中学生が集まって、普通の話をしないなんて、そんなことは有り得ない。
むしろ魔法少女関連の話が一切出てこないくらい、このお昼は和やかなものだった。
QB「きゅ……」
ほむら「お父さんの手料理をこんな奴になんて……そんな必要はないわ」
まどか「ひ、一口だけだから……」
まぁ、極々一部では、軋轢もあるようだけど。
- 522: 2012/11/06(火) 00:36:09.12 ID:vBhDDnnb0
- ささいな事など気にせず、のほほんと気持ちを落ち着けてから、放課後を迎えたわけです。
今まで遅刻欠席なんて一度もしなかった仁美が、私たちに連絡もなしに休んだ。
先生はなんでもないような風に言ってはいたけど、何かあるに違いない。何かあるなら、見舞いにいかねば。
そして恭介だ。病院での恭介は、もう信じられないくらいに落ち込んでいた。
私が行ってどうにかなるものではないだろうけど、慰めてやりたい。
この私が顔を出せば、生きる希望が溢れるように沸いてくるに違いない。そう信じよう。
さあ、いざ二人のもとへ。
「美樹さん」
さやか「お?」
「清掃係でしょ!今日のゴミ捨て忘れないでね!」
さやか「おおおッ」
そうだった、すっかり忘れていた、今日はゴミ出しの日だ。
うっかりすっぽかして帰るところだったぜ。
「あと保健係の人は話があるからって、保健室に集まるようにって、さっき言ってたよ」
さやか「なんだって、うわー、忙しいなぁ」
「ふふ、帰ろうと思ってたのに、キツいよねー」
さやか「……ま!好きでやってるから全然いいんだけどねー!」
ほむら(……上条 恭介か)
- 527: 2012/11/06(火) 23:23:26.89 ID:vBhDDnnb0
- お菓子の魔女が出現した病院の中。
彼女は再び、ここへとやってきた。
ほむら「魔女との戦い以降、ここに寄るなんてね」
清潔な広い廊下を歩く。
見慣れない制服姿にも、この階によく訪れる女子中学生の姿を思い出してか、看護師は何も聞かずに挨拶した。
毅然とした会釈で返し、目的の名前の前で立ち止まる。
ほむら「上条……」
それは“ここでは”まだ一度も顔を合わせていないクラスメイト。
そして、もはや奇跡も魔法も望めないであろう、悲劇のままの天才バイオリニスト。
さやかは何故、彼の腕を治さなかったのか?
彼女の願いが、治療から強さに変わった理由とは?
上条恭介、彼の存在に、さやかの希望と絶望が垣間見えるかもしれない。
ほむらは扉を軽くノックした。
「どうぞ」
- 533: 2012/11/07(水) 21:52:09.40 ID:AFExRYG20
- 開くと、意外だったか、ベッドの上の上条恭介は閉口した。
ほむらは静かに戸を閉めると、ベッドから1つ分離れた椅子に腰を落として足を組んだ。
恭介「君は、えっと」
ほむら「はじめまして、上条君」
恭介「ああ、やっぱり会ったことはないよね、でも同じ学年かな」
ほむら「ええ、つい先週に転校してきた……」
恭介「暁美ほむらさん?」
ほむら「え、ええ」
言い当てられたことには、多少なれ動揺した。
恭介「やっぱりそうか、さやかから話には聞いていたんだ、はじめまして」
ほむら「そう、やっぱり聞いてたのね」
恭介「もちろん、美人で、煤子さんに似た人が転校してきたって……あ、ごめんね、煤子さんっていうのは忘れて」
ほむら「!」
図らずも聞き出せた重要な情報、食いつかないわけにはいかない。
が、今はまだタイミングが悪いだろうと踏んで、じっと堪える。
- 534: 2012/11/07(水) 22:09:34.27 ID:AFExRYG20
- ほむら「具合は、」
月並みな言葉を弾みで出してから後悔した。
具合など解りきっているというのに。
恭介「……」
ほむら「ごめんなさい、辛いはずなのに」
恭介「ううん、良いんだ、入院生活ももう、慣れたからね」
わかりきった嘘だった。
ほむらは知っているのだ。彼がどれほど、自分の動かない左腕を呪ってきたのか。
そして入院中の寂しさもよくわかる。
魔法少女と出会う前の入院中のあの日々は、遥か昔のような記憶となって埋もれてしまっているが、孤独は辛い。
恭介「さやかから、場所を聞いたのかい?」
ほむら「ええ……勝手に来てしまったのだけど」
恭介「気にしてないよ、いつも暇だからね……来てくれてうれしいよ、ありがとう」
微笑む彼の顔を見て、少し胸が高鳴った気がした。
美男子。さやかも仁美も惚れるわけだ。とはいえ、恋愛に横道逸れる予定は彼女にはない。
後ろ髪を一本も引かれず、ついに切り出すことにした。
ほむら「……ところでさっき、“煤子さん”と言ってたけど……」
恭介「ああ、煤子さんね、僕もよくわからないんだ」
ほむら「どういうこと?」
恭介「僕は会ったことがないからね、さやかが昔出合った、先生のような上級生の話なんだけど……」
それから彼の口から出る言葉は、昨日さやかが話した事とほぼ同じだった。
- 540: 2012/11/10(土) 03:08:58.87 ID:W/yi8QML0
- ほむら「……なるほど、今のさやかは、煤子さんの影響があってのものなのね」
それは、今までの煤子と出会っていないさやかを見てきた彼女だからこそわかる真実。
恭介「さやかは変わったよ……良い意味でね、まぁ、小学生のあの時期だし、変わるものだろうけどさ」
ほむら「……さやかは、昔はどんな子だったの?」
恭介「うん、昔か……やんちゃだったなぁ、すごく」
と右頬を掻きながら思い出す素振りを見せていたが、その動きは止まった。
恭介「はは、ごめん、今もやんちゃだね」
ほむら「ふふ」
恭介「……昔は男子にも負けないガキ大将って感じだったけど、煤子さんと出会ってからはガラリと変わったっていうか」
ほむら「……」
恭介「そうだね……賢い、っていうか」
ほむら「ふふ、賢い、ね」
恭介「うん、さやかは賢いよ」
普通に返された言葉にほむらは相槌を打つ。が、心の中では驚いていた。
そう、この世界でのさやかは、賢いのだ。抜けていて、ちょっとバカな美樹さやかではない。
賢く、どこか抜け目無い美樹さやか。それが当たり前なのだと。
- 541: 2012/11/10(土) 03:29:32.79 ID:W/yi8QML0
- 恭介「僕は煤子さんという人に会ったことはない……何度か“会ってみたいな”と言ったんだけどね」
ほむら「そうなの?」
恭介「うん、何せ、夏休みが終わってそれ以降、さやかから学ぶことが多くなったからね……興味も沸くじゃない」
彼は左腕の憂鬱など忘れたかのように語り始める。
恭介「けれどさやかはもう会えない、と拒むばかりでね、本当らしいから仕方ないんだけどさ……ちょっと残念だった」
ほむら「……何故煤子さんとは、もう会えなくなったのかしら」
ほむらも、さやか自身の口から煤子の話は聞いていたが、別れの話についてはかなりぼかされていた。
ただ「居なくなった」としか聞いていなかったのだ。
恭介「さあ……“居なくなった”、それしか聞いていないよ」
ほむら「……居なくなった」
恭介「高学年になって、中学生になって……どんどん聞き難くなるよ、彼女、その話をすると暗い顔をするからね」
ほむら「……」
消えた煤子。さやかは、どうして居なくなったのかを知っている?
その別れとは、普通の別れではなかったのだろうか。
ほむらはその後、不自然さを繕うように上条恭介と会話などしながら、彼の気を損ねないように退室した。
彼は腕について落ち込んではいたものの、さやかの話には気を良くして応えてくれた。
ほむらはそこが不思議でならなかったが、特に気にすることはなかった。
- 543: 2012/11/11(日) 21:46:24.00 ID:Yc/pE/7Q0
-
さやか「幻覚……」
仁美「ええ、気がついたら知らない所で倒れていて……」
もたついた放課後、すぐに仁美の家に向かった私は大目玉をくらった。
風邪でもインフルでもなく、夢遊病のような幻覚。
気がつけば知らない路上で倒れていたのだという。
その時に手を軽く捻った以外は怪我もなく、体調も問題はないらしいのだが……。
さやか(魔女に操られていたのかな)
魔女の口づけが頭に浮かぶ。
奴らは人を操り、自殺なり結界に引き込むなりさせる。
仁美は昨日倒した魔女に操られていたのかもしれない。
さやか「でも、何ともなくて良かったよ~」
仁美「御心配を……学校の方にそのまま“幻覚にかかった”なんて伝えてしまうと、ややこしくなりそうだったので」
さやか「あっはっは、確かにねー」
- 544: 2012/11/11(日) 22:03:09.80 ID:Yc/pE/7Q0
- 今日の授業のノートを仁美に渡して、今日のポイントや明日までの課題を口頭で伝える。
まぁそんなことしなくても仁美は多分大丈夫だろうけど、中にはいじわるな課題を出す先生もいるので、一通りは話した。
仁美「ありがとうございます、さやかさん」
さやか「良いって良いって!」
仁美「次のテストも頑張りましょうね」
さやか「うん、……まぁ人と比べるわけじゃないけど、次からはほむら参戦だからね……テスト、どうなることやら……」
仁美「ああ、ほむらさん……もう、クラスのレベルがどんどん高くなってしまいますわ」
さやか「望むところだけどね!」
不毛な点取り合戦はさておき。
さやか「じゃあとりあえず、そろそろ私は帰るよ」
仁美「ええ、ありがとうございました」
さやか「大丈夫だとは思うけど、まぁ気をつけて、ゆっくり寝てなよー?」
仁美「ふふ、わかりました……また」
さやか「うん、また!」
こうして私は仁美の家を出た。
さやか(……)
そして恭介の事を考えてしまう。
仕方がない。どうしようもない事なんだけど。
仁美の影のある表情が辛かった。
- 546: 2012/11/12(月) 23:05:22.93 ID:rUtVEKgW0
- さやか(恭介を励ます言葉は、もうないんだよね)
嫌な意味で言ってるわけではない。
単純に、彼に言うべき言葉は全て出し尽くしてしまったのだ。
あまり同じ事を言い過ぎるのもくどいし、恭介のプライドを傷つけてしまうかもしれない。
今のあいつは脆い。普段は横暴なほど率直に物を言う私としても、触れ難いタイミングなのだ。
しかし顔を出して安心させてやらなきゃならない。
幼馴染として、親友としてのつとめだ。
杏子「よう」
さやか「ゲッ!」
ぼーっと歩いていると、修道服の裾という現実離れした要素が目に入ったので、びっくりして正面を向いたらもっとびっくりした。
杏子「不意打ちはナシとは言ったけど、エンカウントしちまったらレディ・ファイトってやつでしょ?」
進行方向で仁王立ちしていたのは、なんと見たくも会いたくもないバトルシスター きょうこ ……で、あった。
さやか「ちょ、ちょっとちょっと、出来の悪い格ゲーじゃあないんだからさ、もうちょっと個人の都合も考えて……」
杏子「なんだよ、今じゃあ都合悪いのか?」
あ、都合聞いてくれるんだ。ぬるいな。
- 547: 2012/11/12(月) 23:18:47.11 ID:rUtVEKgW0
-
私はこれから上条恭介という幼馴染の病院へお見舞いに行く旨を話した。
杏子「くだらねー都合だ!断る!」
全然温くなかった。普通に断られた。
杏子「そんなにダチの見舞いをしたきゃあ、アタシがその市立病院送りにしてやるよ。案外そっちの方が近道かもしんないよ?」
さやか「なってたまるか!」
今、私は人気のない路地裏にやってきている。
そう、杏子に無理やり連れて来られたのだ。
無理やりといっても、片腕を引っ張ってとかそういう原始的な無理やりではない。
杏子が「ここで決闘だ!いくぜ!」とか白昼堂々と人ごみのなかで変身しようとしたので、私がそれを止めるために仕方なく来るほかなかったのだ。
なるほど、不意打ちはなくても準備を整えさせてはくれないということだ。
さやか『おーい、ほむらー……マミさーん……』
二人に助けを請うも、運悪くテレパシーの圏外らしい。
今の私は絶体絶命だった。
杏子「おいおい、何ぼさっとしてるのさ、観念して闘いな!」
さやか「あー……もう……」
変身してしまった戦闘狂シスター杏子。そうなっては私も自己防衛のために変身しなくてはならない。
で、魔法少女になってしまえばそれは既に準備完了の合図だ。
杏子「で?そのお友達の病状はどんなもんなのよ」
さやか「はぁ?……片腕と脚が動かなくなるくらいの重症だけど……」
杏子「ひゃはっ!じゃあ同じフロアに搬送されるように、頑張ってみるかぁ!」
さやか「!」
とんでもない不謹慎かつ舐めたセリフを吐きながら、杏子は地面を蹴って襲い掛かってきた。
恭介を軽く見られ、バカにされて、それでもまだ感情が揺らがないほど、私はクールではない。
- 552: 2012/11/13(火) 23:10:26.54 ID:tT6S3cEI0
- さやか「ッしぃ!」
杏子「!」
お手本のような二段突き。
しかし杏子は身を横に翻して、易々とかわしてみせる。
杏子「やっと乗り気になったか!?いいねぇその感じ!もっと本気を出しなよ!」
頭に被った紅のヴェールが髪留めの小さな炎に燃やされ、灰になって消えてゆく。
さやか(なんだ、あの炎は)
私は一歩退き、剣を二刀流に構えた。
二つを重ねるようにして両手で包み込めば、大剣アンデルセンに変化する。
ただ、今この状況でそれは躊躇われた。
杏子「お?あのでっかいのは出さないの?」
さやか「これでいいの」
アンデルセンを振り下ろして発動する“フェルマータ”は、いわばマミさんが使う一撃必殺の技、“ティロフィナーレ”と同じような攻撃だ。
一撃は大きいが、重く機敏とは言いがたい。素早く動き回れるであろう杏子に通用するかといえば疑問だ。
それに、この場所は路地裏。
大して狭いわけではないにせよ、建造物にブチ当たる可能性は高い。
となれば威力も弱まるし、隙も出来るだろう。
二刀流から手数でこちらの勝負に持ち込むことが先決だ。
杏子「ま、そっちがそう来るってんなら構わないけど……ね!」
槍を多節棍に切り替え、切っ先が私に襲い掛かる。
- 553: 2012/11/13(火) 23:24:33.19 ID:tT6S3cEI0
- さやか(いける!)
二刀流は得意ではない。
剣道をやっていた事とは関係はない。単に私が一刀流に向いていたのだ。
しかし今の状況下――多節棍の節や槍先が周囲から迫る攻撃――においては、圧倒的に二刀流での立ち振る舞いが有利だった。
邪魔な棒を弾く、いなす、槍は二本で受け止め流す、それらの防御の間に足をとめることはない。
先日は猛攻とも感じられた杏子の多節槍も、今はかなり楽だ。
杏子「くっ……!?」
さやか「狭い環境で、思いっきり武器を回せないっていうのも響いたかもね!」
左手のサーベルを杏子の腹に突きたてるが、咄嗟に防御として差し出された持ち手の節に防がれてしまった。
とはいえ、収穫はあった。
杏子「……にゃろう」
槍の柄はぱらりと砕けて、そこから連鎖するように槍全体が崩れ消え去った。
どうやら、槍の部位によって強度も違うらしい。
そして、その強度の差を突けば……一撃で槍を破壊することも可能だ。
さやか「へん、どうしたの杏子、昨日みたいな手ごわさを見せてみなよ」
杏子「ぁあ!?」
恭介をバカにされたこともある。この場で容赦なく襲い掛かり後頭部へ一撃を加えることも可能だったが、あえて私は挑発する。
負けられない。けどそれ以上に、あっさりとは勝ってやれない。
嫉妬から私の道着を埃まみれにした剣道部の先輩のように、私がじっくり稽古をつけてやらなくてはなるまい。
私が剣道部を退部せざるを得なくなった理由、サディスティックさやかちゃん稽古のハードさを思い知らせてやる!
- 561: 2012/11/14(水) 22:19:21.21 ID:82XwCJrh0
- 怒りに呼応するように、髪留めの火力が一段と強くなった。
杏子「超……ウゼェ!」
新たな槍を出現させた杏子が突進してくる。その素早さは、先ほどまでのものとは一味も二味も違うように感じた。
気迫は凄まじいが、私は慌てずに二本のサーベルを構える。
さやか(わかったぞ……杏子の髪留めの炎、あれは無意味な飾りじゃない)
今やシスターのヴェールを全て燃やし尽くしてしまい、ただの魔法少女の姿となっている。
ヴェールは普通の物質で、だからこそ髪留めの炎で容易く燃えた。あれには宗教的な意味しかないだろう。
では髪留めが発する炎は?あれも飾りか?といえば違う。
あの炎はコスチュームの一部とするには浮いているし、一定の大きさで燃えているわけでもない。
そしてあの炎が燃え盛るとき、それはおそらく……。
杏子「はぁッ!」
さやか「おっと!?」
私の二刀流のリーチに踏み込む直前に横へ飛び、壁を蹴って上から襲い掛かってきた。
とはいえ私の剣は二本。サイドから垂らされる槍の一撃でも、容易く受け止めることはできる。
反応もできるし受けも取れるのだが……。
さやか「ぐっ!?」
杏子「ハハン!片手で相手とは良い度胸だなオイ!」
空中からの槍の奇襲攻撃。
相手の体勢も無茶で、接地してる私ならば受けきれるはずなのに、一撃が重い。体が大きくよろめく。
- 562: 2012/11/14(水) 22:58:22.12 ID:82XwCJrh0
- 杏子「昨日の勢いだあ!?おう、見せてやるとも!昨日のアタシよりも強くなってやるけどな!」
空中の槍、片手の防御。
私の体は浮いた。
さやか(嘘ぉん……!?)
怒りに身を任せて放った一撃。
火事場のなんたらでは説明できない法外な威力に、私の体は向かい側の壁に勢い良く叩きつけられた。
さやか「……ったたた…」
杏子「休ませも小細工もさせないよ!」
さやか「ちっ!」
ダウンした私が起き上がるのを待たずに、杏子の槍は追撃をしかけてくる。
半分砕けた壁に背を預けていた私は咄嗟に地を蹴り、人生で一度もやったことのない壁バックステップで回避する。
杏子の槍はそのまま壁をぶち壊し、刃全てをその中に埋め込んだ。
槍が動かない今こそ、私は空中ではあるが、チャンスだ。
さやか「隙有り!」
杏子「ねーよ!」
杏子の真上から二刀流で襲い掛かる。
だが杏子は、壁に埋まった槍をあっけなく引き抜き、そのまま防御に使ってしまう。
奇襲のつもりが、まんまと不利な体勢での戦いにもつれこんでしまったのだ。
さやか「くっ!」
杏子「ハハハ!串刺しになるまで浮かせてやるよ!」
私は上から、杏子は下から突きや斬りを繰り出す。
地面に降りて懐に潜りたいところだが、杏子の素早い槍はそれを許さない。
長いリーチの的確な攻撃から身を守るために、空中で動けない私は“槍を支えに”戦っているようなものだった。
できれば地面から攻撃したい。けれどその前に、杏子の攻撃は防がなければならない。防ぐためにはそれなりの防御を取らなくてはならない……。
人間として生きていれば普通は有り得ない現象だが、今の私は剣と槍のぶつかり合いだけで空中に留まっていた。
- 569: 2012/11/18(日) 21:48:47.92 ID:PprRaynY0
- さやか(なんとか、なんとか降りるんだ……!)
煤子さんの特訓を受けたであろう杏子に上から攻撃を仕掛けたのは大失敗だった。
何度も言われていたのに私はほんとバカか!
跳ぶということは、真っ直ぐ動きますと言うこと。
跳んでいる間は動きませんと言うこと。
あんなに「派手な動きはダメ」といわれていたのに私は……!
さやか(魔法少女の能力として、一応空中を蹴る能力はあるみたいだけど)
それではあまりにも遅いし、隙も大きい。
展開している間に、それこそ串刺しにされてしまうだろう。
さやか(なら、杏子の槍を側面から叩いて、真下でなくても離れた位置に落下するようにすれば!)
私は剣の一本を大きく構えた。
杏子「おおっと!?ダメダメ!許さないよ!」
さやか「ぐ!?」
しかし私の動きを読んだ杏子は、すかさず離れた位置に鋭い突きを繰り出す。
私はその防御のために、大振りを断念し、防御に回った。
私の体は、またしても浮く。
- 570: 2012/11/18(日) 22:39:12.69 ID:PprRaynY0
- 杏子「オイさやかァ!昨日聞きそびれたことを今聞かせてもらうよ!」
さやか「はぁ!?」
今はそれどころじゃないってーの!
杏子「ほむらって名乗った女!あのほむらって奴は、煤子さんの妹なのかい!?」
さやか「違うッ……!」
話しかけている隙を突き、昨日と同様に切っ先の衝突による間合い取りを試みる。
が、今度は相手も油断なんぞしてくれないらしく、あっさりかわされ、断念せざるを得なくなった。
さやか「……と思うッ!」
杏子「なんだそりゃ!」
さやか「本人はッ、煤子さんのこと、ちっとも知らないッ、風だったけど!私には、わからない!」
あと少し……少しでも高く浮くことができれば…!
ほんの少しでも攻防に合間を作れれば……!
杏子「にしたって似すぎってやつだろうが!アタシはあの人の姿を覚えてるぞ!」
さやか「へえ!あんたも、慕ってるんだ!?」
杏子「当ったり前だ!煤子さんはたった一人……!」
さやか(今だッ!)
杏子の槍の動きに力が込められた。
それはほんの少しの加減の揺らぎ。
動きは正確でも、力が大きければ結果もかなり変わってくる。
私の剣は、そんな杏子の“違う一発”にあわせ、それ相応に強い剣戟を加える。
私の体は通常の攻防のときよりも高く宙に浮かんだ。
さやか「“アンデルセン”ッ!」
杏子「しまっ――」
二本の剣を重ね、巨大な一本の大剣を成す。
空中で稼いだ僅かな隙は、剣を生み出す時間となった。
さやか「はぁっ!」
杏子「うぐおっ……!」
槍と同等のリーチに変化した武器を振るい、その力任せを受けようとした杏子は路地に沿って吹き飛ばされていった。
がこん、と鉄管がへこみ、朱色のタイルがぱらりと落ちる。
- 571: 2012/11/20(火) 00:05:55.61 ID:dqBmLcrn0
-
地面に降りてから、ようやく自分の体の無茶に気付いた。
さやか「ぐぅ……!」
空中での全身を使った気の抜けない攻防は、魔法少女とはいえ私の全身に多大な疲労を溜め込んでいたようだ。
追撃に出ようと踏み出す体が鉛のように重い。
このままでは杏子の下へたどり着く前に事切れてしまいそうだ。
杏子「て~……めぇ~……!」
そうこうしている間に、髪飾りをより強く燃やした杏子が起き上がってしまった。
槍の柄を支えにもせず、腕一本で立ち上がるそのスタミナには敬意を表したいところだ。
……私の体力を回復させるために、時間を稼がなくてはならない。
- 572: 2012/11/20(火) 00:25:40.01 ID:dqBmLcrn0
- さやか「杏子……あんたの魔法の能力、見破ったよ」
杏子「!」
しばらく口車に乗ってくれれば、私のふくらはぎは大いに助かるのだが……。
杏子「ほぉ……で?」
さやか「あんたの魔法は……願いとかは知らない……ただ能力だけはわかる」
震えを隠し、素早く無駄のない動きで右腕を上げ、杏子を指差す。
さやか「その燃える髪留め……それが効果を発揮するのか、効果がそこに現れているのかは知らない、けどそれを見て答えは出た!」
杏子「……だから?」
さやか「魔法少女のあんたは、状況に合わせて髪留めの炎が強まって、動きの速さ、力が強化さ……」
杏子「だぁぁああからァ!それが理解ったからって何なんだってぇーーーーの!」
さやか「!」
私のまるっとお見通し推理を最後まで聞かずに、全快した杏子が襲い掛かってきた。
髪留めの炎は迸り、火の粉を振りまいてこちらへ接近する。
さやか「ああ、もうッ……!」
体は万全ではないけど、大剣アンデルセンのリーチを信じるしかない。
- 574: 2012/11/20(火) 22:44:59.43 ID:dqBmLcrn0
- 相手に勢いがあるからといって、すぐに防御に徹するわけがない。
こちらも負けじとアンデルセンを突き出し、突撃する。
杏子「おらおらァ!アタシが強いのがわかりましたーってハイだからどーしたってぇ!?」
さやか「うわっ!」
力任せの一直線な槍の一突きかと思いきや、私の剣に当たる前にグンと後ろへ引き戻され、再び素早く、別の位置から突いてきた。
剣の先端から中心までを鮮やかにかわした槍の先が向くのは、きっと私の心臓だ。
さやか「うおおぉおッ!」
こちらも大剣を引いて、根本でなんとか槍を受け止める。
が、槍は簡単に受け流すことはできなかった。
その逆、平たい大剣の面に深く刺さり、尚もこちらに向かって突き進んでくるのだ。
杏子「おらおらおらおら!貫いてやるよっ!」
さやか(無茶な……!)
槍の先端が大剣を貫き、私の腹に狙いを定めている。
そして恐ろしいことに、杏子は槍を引き抜こうとはせず、地面をがりがりと削るように走り、槍を押し込んでくる。
さやか(ほ、本気だ……この子は本気で、大剣ごと私を貫こうとしてる……!)
杏子の尋常でないパワーに圧され、踏ん張る靴もむなしく地面を擦り、後退してゆく。
さやか(まずい!壁際まで追い詰められたら本当に……“貫かれる”…!)
杏子「らぁああああぁあッ!」
絶望的な予想の恐怖から、杏子の髪留めの猛火が暴走列車の機関部にも見えてきた。
さやか(抜け出さないと!)
不要なイメージを振り払い、頭を冷やす。
- 575: 2012/11/20(火) 23:00:49.30 ID:dqBmLcrn0
- アンデルセンでは戦えない。
リーチも威力もある、いざという時には“フェルマータ”も放てる必殺武器だが……今の燃える杏子を相手にしては、単純にスピードやパワーで劣ってしまう。
さやか(リーチと打ち合いの力強さを犠牲にしても……速さに賭けるしかない!)
突撃を続ける杏子の片足が浮いたタイミングを見計らって、大剣アンデルセンを分解する。
杏子「!」
さやか(もっかい、二刀流だ!)
アンデルセンは槍を中心に二つに分かれ、元の二本のサーベルへと変化した。
素早く二本の柄を握りこみ、今だ突進体勢のままの杏子に肉薄する。
杏子「おっとテメ…」
さやか「っらァ!」
杏子「ぐほぉ!?」
相手は私のサーベルでの切り返しが間に合わないであろうことを笑おうとしたのだろうが、それは大きな読み間違いだ。
確かに、アンデルセンを解除してサーベルに戻しても、相手の意表をついているとはいえ、髪留めの炎で能力を強化した杏子に切りかかる隙があるかといえば……ない。
サーベルを構えてからでは、斬るにも突くにも僅かなロスが生じるからだ。
だから……ハンドガードで、殴る!
さやか「もう一発!」
杏子「ぐぁ!」
一発は顔面、二発目は怯んだ隙を狙ったが、逸れて肩を強打できた。相当痛いに違いない。
魔法少女の強烈はパンチは、杏子を大きく吹っ飛ばした。
- 595: 2012/12/10(月) 23:11:11.56 ID:WmxTp/Tq0
- さやか「ハンドガード……使える」
遠距離はアンデルセン。
近距離はサーベル二刀流。
最接近はハンドガード。
この三種類を上手く扱うことが出来れば、杏子相手でも互角に戦えそうだ。
杏子「なかなか強いじゃんか……今のは効いたぜぇ、さやか」
壁にめり込みかけた杏子がタイルを零しながら復帰する。
さやか「ダウンしてる振りして不意打ち打とうなんて考える前に、もっかい正面から来なよ」
杏子「!」
手を煽って挑発する。
いわゆる指の“チョイチョイ”だ。
……剣道じゃこんな真似できないから、一度やってみたかった。
杏子「……いいぜさやか!乗ってやるよ……私の次の攻撃を凌ぎ切れたら、アンタの勝ちにしてやる!」
さやか「おっ、気前がいいじゃん!そっちにも同じ勝利条件をあげようか!?」
杏子「いらねーよ、んなもん」
さやか「……!」
杏子は槍を右手に預けると、
もう左手にも、同じ槍を出現させた。
嫌な予感がした。
- 596: 2012/12/10(月) 23:21:10.05 ID:WmxTp/Tq0
- 杏子「“これ”を使って生きてた魔女はいねーんだ……悪いがさやか、“良くて病院送り”だからな」
燃え盛る髪留め。
両手の中で自在に取り回される二本の槍。
さやか「槍の、二刀流……!?」
杏子「んな器用なマネはしねえ、小細工なしのパワーゲームさ」
鮮やかに舞っていた二本の槍が、杏子の手の中で重なり合う。
すると槍は赤いオーラを零しながら溶け、輝く靄は一本の得物に変化した。
それは、武器だ。けど一般的ではない。
私はその武器をあらわす正式な名前を知らなかった。
たとえるならばそれは、カヌーなどで使われるような、カヤックパドルに近い。
2つのオールを組み合わせたような、そんな槍。
両剣。両槍。
アンデルセンを2つ繋げたような無骨で巨大なその武器を、杏子は頭の上で3回転させ、力強くガシリと構えた。
向けられる赤黒い不吉な刃に、不覚ながら、私の脚は一歩退いた。
杏子「さあ!ガツンと行くよ!」
見たことも聞いたこともない、つまり対処法なんてこれっぽっちもわからない武器を振りかぶって、杏子が突進してくる。
- 597: 2012/12/10(月) 23:33:26.99 ID:WmxTp/Tq0
- さやか(来る!いや、落ち着け!)
相手にしたことの無い、全く未知な形状の武器だ。
何も知らない武器を持った相手と戦うことが恐ろしいと言っているわけではない。事はそう単純ではない。
扱う相手が杏子だから不味いのだ。
素人相手ならいざ知らず、同じ煤子さんの特訓を受けた彼女が扱う武器ならば、それを扱う技術は達人級であることは疑いようがない。
だから私は、その対応が、同じ達人級でなくてはならない。でないと防ぎきれないのだ。
達人相手に素人では太刀打ちできない。
だから私はすぐに、この武器を扱う杏子と対等に渡り合う技術を習得しなければならない……!
さやか(リーチは槍よりも短い!柄は両端の刃に挟まれている!)
さやか(両手武器!巨大で重く片手では扱えないが威力は高い!)
さやか(そして手数はおそらく私の二刀流以上!)
まず、あの武器の範囲内に近づかないこと。リーチに入ればおしまいだ。
そして不用意に打ち合わないこと。私のサーベルが破壊されても可笑しくないような……そんな力強さを感じるのだ。
杏子「おらおらっ!」
さやか「うわっ!」
予想通り二本の刃はパドルのように振るわれ、コンクリの地面を水面のように削り斬った。
杏子「逃げるなよ、そっちだって二刀流だろ?」
さやか「……」
杏子「おいおいしらけるだろーが!どんどんいくぞ!?」
武器は重いらしく両手でしか扱えないようだが、それとは関係無しに攻め難い。
たとえ一本の刃を防いだとしても、隙を突くための反対側に、もう一つの刃があるのだ。
杏子「ほら脚なくなんぞ!」
さやか「うわっ!」
相手が攻勢のときはもっとタチが悪い。
二本の刃で水面を漕ぐように、しかし不規則に暴れまわって私を追い詰めようとする。
左右から二刀流のように飛び出してくる刃を相手に、情けないが私は、どうしようもなかった。
- 598: 2012/12/10(月) 23:44:38.63 ID:WmxTp/Tq0
- かつん、と呆気ない音に、私のサーベルの一本は遥か彼方へ飛ばされていった。
杏子が大振りしたカヤックパドルが、ほんの少しだけサーベルの刃を掠めたのだ。
それだけでサーベルは弾かれ、見えないところまで吹き飛んでしまった。
そして私の手が痺れている。
杏子の扱う武器の威力を悟ると共に、“良くて病院送り”が嫌な真実味を帯びてきた。
さやか「くぅうう……!」
杏子「へい、リーチだぞ!」
一本になったサーベルを両手で握り締め、私は路地を駆けた。
さやか(なんてやつ……!あれじゃ隙なんて無いよ!)
隙はあるかもしれないが、未だにそれを見出せていない。
まさか遠く離れてからフェルマータで狙い撃ちなんて、そんな生ぬるい方法が通じる相手とも思えないし。
だから今は逃げるしかなかった。逃げて、逃げて、対処法を考えるしかないのだ。
と、思っていたけれど。
さやか「……!」
目の前に立ちはだかる“KEEP OUT”の落書き。
高い壁、三方向全部壁、つまり行き止まり。
杏子「おっ?おおっ?お~良いねぇ神様、祈ってる甲斐があるってもんだよ」
さやか「嘘っ……」
杏子「上手く都合良く戦えるような場所まで出ようと思っていたみたいだが……へへ、こいつは、どうも……」
そして唯一引き返すことができる路地の先には、両剣を構える杏子の姿が。
杏子「悪いね、大当たりだ」
さやか「……へへ、ほんとだよ……」
覚悟を決め、サーベルを構える。
- 605: 2012/12/12(水) 02:12:13.46 ID:C/aKMeX40
- さやか「ホント、大当たり」
杏子「!」
相手がこちらへ踏み出したのを見て、背中に手を伸ばす。
マントの裏側に隠したもう一本のサーベルを掴み、二本を合わせて頭上へ掲げる。
杏子(こいつ、最初から――!)
路地裏の行き止まりへ走り出した杏子、その勢いは簡単に止まるものではない。
そりゃあもちろん左右にだったら軌道修正も容易かもしれないけど、その左右が封じられているとなれば、あと退避できるのは真後ろだけ。
でも勢いをつけた前傾姿勢から切り替えるのは至難の業だ。
さやか「“アンデルセン”――」
つまりどういうことかって?
簡単だ。
十分な距離と、左右に逃げない相手がいれば、この技はきっと最強だということなのだ。
それだけだ。
さやか「“フェル・”――」
杏子「“ロッソ・”――」
マミ「そこまで!」
二人の間をリボンの結界が遮った。
- 606: 2012/12/12(水) 02:23:13.34 ID:C/aKMeX40
- さやか「……」
私の大剣アンデルセンは、振り下ろす前にその柄を固定され、
杏子「おい離せ!マミ!」
マミ「離さない」
杏子の両剣も、蜘蛛の巣に絡め取られた蛾のように、空中に縛り付けられていた。
マミ「二人とも何をしているのよ……特に佐倉さん、あなたはどうしていつもいつも、そうやって戦おうとするの!」
杏子「はっ、強くなることが私の願いだ、強くなるために戦って何が悪い」
マミ「わ、私たちはもっと手を取り合って、魔女と戦うべきなのよっ」
杏子「魔女なんかお手て繋いでやりあう程のもんでもねーだろうが」
マミ「それは、あなたにとっては――」
まどか「さやかちゃん!」
慣れ親しんだ声が路地の向こうから響いてきた。
さやか「まどか!ってことは、えっと、マミさんと一緒に魔女退治見学を……」
まどか「さやかちゃん、無事!?」
さやか「う、うん、まぁね、なんとか」
本当はフェルマータを叩き込もうとした寸前だったのだけれど、マミさんやまどかから見たら、私が追い詰められているように見えたらしい。
杏子「……チッ、弱いくせに割り込みやがって、つまんねーの」
固く拘束された両剣を引き抜くことはできず、杏子は魔法少女状態を解除し、元のシスターの姿へと戻った。
不機嫌そうな杏子の目つきに戦闘終了を悟った私も変身を解く。
- 612: 2012/12/13(木) 00:01:49.63 ID:ZBSu5y1T0
- 杏子「勝負はお預けだ、また今度、邪魔の無い時に仕切り直しだ」
どこからか取り出したスペアのヴェールを頭に被り、その姿に似合わない荒っぽい語気で私に宣言する。
さやか「命と周りが無事で済むなら、やぶさかじゃないんだけどね」
杏子「温室育ちが、試合ごっこでやってるわけじゃねーんだよ、こっちはな」
まどか「だ、だめだよ……」
杏子「ぁあ?」
まどか「ひっ」
シスターにあるまじきドスの聞いた脅し声に、耐性ゼロのまどかは一瞬で小動物のように縮こまった。
完全に怯えきっているぞ、この戦闘狂め。
杏子「……そうだな……アタシも醒めた、また次に会う時に、色々と聞かせてもらうぞ」
さやか「……」
色々と。それは一体、何を聞かれるのか。
杏子「お互い相手をダウンさせる毎に情報がもらえる、ま、質問ごっこの予定があるよっつー話だ」
さやか「質問ごっこ、ね」
洋画じゃないんだから。
杏子「アタシに呼ばれたら予定を空けておけよ、じゃあな」
シスター少女はそのままの格好で手を振り、私達の一団から抜け出していった。
さやか(……佐倉、杏子。私以外で煤子さんを知ってる、唯一の子)
私も杏子も同じ魔法少女だ。それは果たして、偶然なのだろうか。
煤子さんに良く似た暁美ほむらという美少女転校生にしたってそうだ。どうにも最近、煤子さんと魔法少女、この二つがやけに絡み合う。
偶然なのだろうか。私はそうは思えない。
- 613: 2012/12/13(木) 00:20:50.72 ID:ZBSu5y1T0
- まどか「ふわぁーん!」
マミ「怖かったー!」
さやか「ええ!?」
路地裏から杏子が去ってゆくのを見届けると、途端に二人はへたり込んでしまった。
まどかはともかく、普段は気丈に冷静に振舞っているマミさんまで。
まどか「杏子ちゃん怖いよぉ……なんであんなことするのぉ……」
マミ「もう佐倉さんを正面から見るのは嫌……絶対に嫌……うん、絶対にしない……もう二度と……」
さやか「……」
どうやら私への助太刀は、かなり無理を押してのものだったようだ。
あのマミさんですらこの調子だ……。
マミ「うう、ごめんなさいね、美樹さん……私、どうしても佐倉さんだけは苦手なのよ……」
さやか「いやー得意な奴はいませんよ、あれは……普通って人がいても私、そいつの正気を疑いますもん」
マミさんとまどかに手を貸して、二人を起こす。
……ともかく、病院送りにされなくて良かった。今日の戦いを振り返り、深くそう思うのだった。
- 614: 2012/12/13(木) 00:30:16.28 ID:ZBSu5y1T0
- まどか「本当に怪我ない?大丈夫?」
さやか「いや、まぁなんとかね……怪我しそうになったけど」
マミ「次からは絶対に相手にしちゃだめよ、本当に危ないんだから」
時間はすっかり夕時だ。
まどかとマミさんと一緒に並び、帰路を歩いている。
二人は魔女退治に興じていたらしいのだが、途中で使い魔の反応を追っている最中で私を見つけたのだという。
使い魔を追いかけていたら、魔女よりも危険な魔法少女にバッタリ出くわした、というわけだ。
まどか「魔法少女って、大変なんだね……」
マミ「うん、魔法少女同士の付き合っていうのも、すごく大変なの……まぁ、佐倉さんの場合はかなり特殊な気もするんだけどね」
さやか「やっぱり、領地争いとか?」
マミ「ええ、私も何度か経験したことがあるわ……穏便に済ませたいとは思っているんだけどね」
相手がそうしてくれない、か。
まどか「ほむらちゃんが契約するなって言ってくれる理由、ちょっとだけわかった……かも」
さやか「確かに、ね」
もちろんそれもあるだろう。
けどそれ以上に、彼女が魔法少女にさせたくないという言葉に包み隠した部分には、より大きな負の理由が隠されていそうだ。
ほむらの口から早めに聞けると、こっちも情報が多くて助かるんだけど……。
- 620: 2012/12/14(金) 23:58:57.39 ID:Lo7+u6Zb0
- † 8月12日
煤子「……」
宛ても無く歩いていた最中、目に留まったものは教会だった。
大きな、しかし寂れた教会。
人の姿はなく、建物の前に車らしきものもない。
煤子「……」
彼女は歩みを曲げて、教会の扉を開いた。
聖堂の造りは立派。高い位置のステンドグラスから零れてくる宵の月明かりが幻想的だ。
しかし、その空間に配置されている像や、象徴などは、既知のそれらとは違うように見えた。
十字架でもない、棗でもない。
見知らぬ聖者に見知らぬ聖母。
少しでも聞きかじった程度の予備知識があれば、この施設が新興宗教のものであるとわかるだろう。
煤子「……」
彼女は聖堂の中央に跪き、かつて見た儚き聖女のように手を結び、祈った。
煤子「……」
何に祈るのか。
いいや、祈りではない。
それはとても言葉にできない懺悔だった。
- 621: 2012/12/15(土) 00:08:26.94 ID:Xq5Zxcor0
- 木のきしむ音がして、脇の扉から小さな少女が入ってくる。
「誰……?」
煤子「……」
幼いながらも、目元にははっきりとした面影を見ることが出来る少女。
それは教会の娘、佐倉杏子だった。
小学校の高学年であるはずなのに、背は低い。
日ごろの栄養不足のせいだろう。
顔色も良くは見えない。
まともな食事にありつけていないのだ。
杏子「……どうか、なされたんですか?」
煤子「……こうして、いたくて」
結んだ手は解かず、じゅうたんの上でそのまま拝み続ける。
杏子「! あ、あの、告白ですか?」
煤子「告白……」
杏子「は、はい、悩み事があれば何でも!」
爛々とした目でこちらに迫る杏子に、煤子は貧しい教会の事情を思い浮かべ、複雑な気持ちになった。
そしてもう一つ思うことは、彼女に深く関わるべきか、否か。
杏子「お力に、なりますよ!」
煤子「……」
意は決した。 - 622: 2012/12/15(土) 00:27:25.15 ID:Xq5Zxcor0
- 狭い小部屋の中で、黒いヴェールを隔てて二人が座る。
煤子の面持ちは変わらず、杏子の方は緊張で強張っている。
一見どちらの告解か解り難いが、ここでは煤子の告白が行われる。
杏子「さあ、どうぞ、あなたの罪の告白を……」
煤子「……罪」
杏子「はい、あなたが心の靄を払うことを望むなら、あなた自身が自覚する靄を告白しなければならないのです」
煤子「……」
靄。それを負い目と解釈した彼女は俯き、考える。
そして答えは出た。
杏子「神はあなたが自覚し、告白した罪の全てを赦すでしょう……」
煤子「……ごめんなさい、私、告白することができないわ」
杏子「えっ……」
懺悔室の分厚い扉を開け、外に出る。
するとほぼ同時に、向こう側の扉から杏子も出てきた。
杏子「あ、あの、思いつめているなら、ぜひ……」
煤子「……私は罪を自覚し続け、それを上塗りすることで余生を生きると決めたの……そんな私を、何者も私を赦せないわ」
杏子「……そんな」
今にも泣き出しそうな杏子の頬を撫ぜる。
煤子「……ごめんなさい、でも、そんな私を赦せるとしたら……神ではなく」
杏子「……?」
煤子「貴女という、一人の人間なのかも、しれないわ……」
† それは8月12日の出来事だった
- 627: 2012/12/16(日) 23:33:42.09 ID:Qr/LR5580
- ゲームセンターの中を一周している間に絡んできた男達を適当にあしらい、クレーンのコーナーへ戻ってきた。
汚い店内の空気から逃れるように自動ドアを素早く潜り、自販機の前でため息をついた。
ほむら(……いない)
ほむら(わかっていた、彼女の性格も、行動も全て違っていたから……性格だけでも違えば、行動が変化し些細な未来でも変わってしまう)
自販機の明かりを使ってプルトップを開ける。
仄かな香りを一呼吸分だけ味わって、すぐに口を付ける。
ほむら(けど、今の彼女なら、きっと乗ってくれるはず……)
休日前の夜。帰路を歩く人々の疲れきった顔を注視しながら、ほむらは魔女の気配を探っていた。
- 628: 2012/12/16(日) 23:41:46.16 ID:Qr/LR5580
- ほむら「!」
肌を舐める強い魔力の波動に目線をずらす。
そこには一人のシスターが立っていた。
ほむら(……変わらないこともあるのね、何故かしら)
にやけそうな口元に缶を押し付け、ほむらは足を止めたシスターに向かい合う。
杏子「甘い飲み物は好きか?」
ほむら「ええ」
杏子「そうか」
シスターがブーツの底を鳴らしながら、ほむらに歩み寄ってくる。
杏子「私はそれなりだな」
ほむらの目の前までやってくると、ポケットの中の小銭を自販機に突っ込んだ。
ボタンを強めに叩き、落ちてきたペットボトルを掲げて見せる。
スポーツドリンクだった。
杏子「甘いもん食うなら、こんくらいの甘さが丁度良いんだ」
ほむら「……ふふ、そう」
- 629: 2012/12/16(日) 23:50:23.36 ID:Qr/LR5580
- 杏子「食うかい」
ほむら「ありがとう、いただくわ」
プレッツェルを一本齧り、ココアを飲む。
ほむら(……襲い掛かってくるものと思っていたけれど、随分と友好的ね)
ほむら(好都合だわ)
ほむら「ねえ、杏子」
杏子「ほむらって言ったな」
ほむら「……ええ」
杏子「煤子さんって知ってるか」
ほむら「……」
ココアの缶を持つ手に力が篭ったが、スチール缶がへこむ前に頭は醒めた。
ほむら「さやかからも同じ事を聞かれたわ、知っているか、って」
杏子「……じゃあ」
ほむら「姉がいるか、と聞かれもしたわね」
杏子「……いねーのか」
さやかといい杏子といい、柄ではないはずなのに。
同じ“いない”、“知らない”と返せば、落胆の表情を隠そうともしない。
杏子「まぁいいや、気にするな」
ほむら「……そうするわ」
- 630: 2012/12/17(月) 00:05:03.53 ID:+C9vi9B60
- 杏子「で、こんな時間に一人でゲーセン入って、何してたのさ?」
ほむら「……」
はぐらかそうとすれば、追い詰められるに違いない。
さやかの妙な勘の鋭さもある。彼女に対しても嘘はつけないだろう。
ほむら「貴女を探していたの」
杏子「ほー、アタシをねえ……行きつけを知ってる事については聞かないでおくけど、何の用だ」
ほむら「……」
ほむら「二週間後に、ワルプルギスの夜がやってくる」
杏子「知ってる」
ほむら「……」
杏子「……」
ほむら「……そう」
杏子「あの白いアホ面から聞いてるんでな」
ほむら「そうだったの」
とりあえずココアを飲み干して仕切り直しだ。
- 632: 2012/12/17(月) 22:37:12.56 ID:+C9vi9B60
- ほむら「知っているなら、話は早いわ」
杏子「ほー」
ほむら「ワルプルギス討伐のために、私と協力して欲しい」
杏子「逆だろ?」
ほむら「え?」
口の中のプレッツェルをドリンクで流し込み、ヴェールの裾を払ってほむらを睨む。
杏子「共闘したいなら、アンタが私に頼むのが筋ってもんだろう?」
ほむら「……」
いつにも増して傲慢さが増している気がしないでもないが、発言の意図の一つは理解できた。
杏子自身が自分の意志で戦おうとしているという事だ。
ほむら「杏子は、ワルプルギスの夜と戦うつもりなのね」
杏子「当然!最強の魔女なんだろ?戦わないでどうすんのさ」
袋に残ったプレッツェルの破片を口の中に流し込み、音を立てて咀嚼する。
ちらりと見える八重歯がいつにも増して恐ろしい。
- 633: 2012/12/17(月) 22:55:26.11 ID:+C9vi9B60
- ほむら「……協力――」
杏子「やだね」
わざわざ遠回しにされた上に即答の拒否。
これには可能な限りの譲歩を見せようと考えていたほむらも、眉間に皺を寄せた。
杏子「何故かって?邪魔だからさ。せっかく最強の魔女と戦おうってのに、雑魚にウロチョロされちゃあ興が削がれるだろ?」
ほむら「……」
手の中のスチール缶が「ぺこ」と音を立てた。
杏子「巴マミも、ちったぁ腕は立つようだが、さやかも同じさ……せっかくの晴れ舞台なんだ、下手な黒子は他所に引っ込んでいてほしいってこと」
ほむら「……あなたは、何故」
杏子「?」
ほむら「そんなに、強い相手を求めるの?」
いくつもの時間を遡り、いくつもの彼女に出会ったほむらの大きな疑問だった。
ただ、この杏子は口元をゆがませて、それが当然であるかのように答える。
杏子「私は、何にも負けないほど強くなりたいのさ」
- 634: 2012/12/17(月) 23:15:53.31 ID:+C9vi9B60
- ほむら「何にも負けない程……?」
杏子「ああ、アタシと同じ魔法少女にも、最強の魔女にも!どんな奴にも負けないほど強くなりたいんだ」
修道服の井出達で、杏子は胸の前で力強い握りこぶしを作って見せる。
杏子「アタシは強い奴と戦えば戦うほど強くなれる……ワルプルギスの夜と全力で戦うことになれば、アタシはワルプルギスの夜を越えられる!」
ほむら「……!」
打倒ワルプルギスの夜ではなく、ワルプルギスの夜以上の力を求めている。
彼女は倒すことが目的なのではなく、倒す力を手に入れることが目的なのだ。
ほむら「す、酔狂ね……気を悪くしたならごめんなさい」
杏子「へっ、そんな些細なことは今更気にもしないさ……一般常識で見りゃあちょっとばかし力に溺れてるのは、アタシだってわかる」
ほむら「自覚があるのね」
杏子「それでもアタシは力が欲しいんだ……っと」
向かい側のコンビニのゴミ箱にペットボトルを投げ込むと、それは荒っぽい音を立てながらも、綺麗に入っていった。
杏子「ふー、ゲームでもしようかと思ったけど、やめだ、150円も使っちまったしな」
ほむら「……そう、話につき合わせて悪かったわ」
杏子「なに、アタシも一度話したかったから、いいさ」
シスターは手を振りながら去ってゆく。
杏子「あ」
去り際に一度だけ立ち止まり、淡白な無表情を半分振り向かせた。
杏子「……つーわけだから、風見野はアタシのテリトリーだ、近づくなよ」
それだけ言って、杏子は再び闇に向かって歩いてゆく。
後姿を見送るほむらは首を傾げた。
ほむら「……風見野」
- 635: 2012/12/18(火) 22:22:01.43 ID:HyAb0RoY0
- † 8月14日
「やーいオカルトー!」
そこは公園だった。
夏休みともなれば、毎日必ず誰かしらが遊んでいる、どこにでもある普通の公園。
小学生であれば誰でもそこへ足を運んでも不思議ではないし、それは間違ったことではない。
「神様なんていねーよ!バカじゃねーの!」
「サギだ!サギ!」
だが歳相応の遊びを求めた彼女が訪れると、彼女を見知った同学年の男子数人は、彼女を排斥するよう囃し立てるのだ。
それは子供の頭が生み出す、ありきたりな文句だった。
彼女が敬虔な信者でなければ、互いに思い出にも残らないような口喧嘩で終わるはずだった。
杏子「……詐欺なんかじゃないもん」
彼女は涙を二つ、三つと落とす。
“神なんていない”。そんな言葉はありきたりで、月並みなクレームだ。
しかし杏子は、それに対する上手い返し方を、まだ知らなかった。
だから自分の信仰を否定し続ける彼らに対して何も言えず、ただ縮こまるばかりだった。
彼女は今日、ただブランコを漕ぎにきただけである。
「こんなのっ!」
杏子「あっ」
縋るように両手で握り続けていたアンクを、体格の良い男子小学生が奪った。
男子生徒はにやにやと笑いながら、手元の拙いつくりのアンクを眺めている。
- 636: 2012/12/18(火) 22:29:37.48 ID:HyAb0RoY0
- 男子生徒はひとしきりそれを眺めた後、といっても、それがハンドメイドの手作りであることも気付かぬうちに、両手で強く握り締めた。
「こんなもんっ!」
杏子「あっ!?やめて!返してよ!」
力を込めた体勢に顔を青くするも、取り巻きの二人の男子小学生が行く手を阻む。
「へへ」
「無理ー、進入禁止ー」
杏子「やめて……!」
「いぇへへ、バチなんて怖くねーぞ!」
手にほんのちょっとだけ力を込めただけで、アンクは真っ二つにへし折れた。
杏子「ああっ……」
「あれ?なんだこれ」
「中身、ただの木じゃん」
「木だ!安物だ!色塗ってあるだけじゃん!」
「サギだサギだー!」
杏子「……う、うう……」
けたけたと笑うクラスメイトの男子。
見せびらかすように目の前に突きつけられる二つに折れたアンク。
杏子は成す術もなく、ただ顔を赤く染めて、涙を砂の上に落とすばかりだった。
煤子「……」
夕陽の陰りに表情を潜めた一人の少女が、そこへ歩み寄る。
- 637: 2012/12/18(火) 22:45:21.41 ID:HyAb0RoY0
- 杏子「あ……」
杏子の背後から、背の低い女子中学生が姿を現す。
黒く長い髪を後ろで結った、大人びた風格の女子だった。
杏子は彼女を知っていた。
彼女は夕時になると教会を訪れ、何かを打ち明けるわけでもなく、ただ祈り続けている。
彼女の名前を聞いたことがある。名前だけは教えてくれたのだ。“煤子”と。
煤子「……寄越しなさい」
「あ、なにすん……」
同じ背ほどもある男子小学生から、二つに折れたアンクを強引に奪い取る。
それを手の中に握り締めて、目を逸らさずに言う。
煤子「あなた達に、他人の祈りを踏みにじる権利があるとでも?」
「……!」
煤子「だとしたら随分と傲慢なことね」
男子小学生にとって、中学生は雲の上の存在だ。
けれど彼らは感じた。目の前にいる彼女は、ただの中学生ではない。
自分の父親や祖父が本気で自分を叱る時のような、反発も反抗もできない凄みを湛えていたのだ。
「……!いこうぜ!」
「あ、ああ」
男子たちは煤子に気圧されて、足早に公園を去っていった。
- 638: 2012/12/18(火) 22:54:22.84 ID:HyAb0RoY0
- 杏子「あ……あの……ごめんなさい……」
男子達が去っていっても、杏子は顔を上げようとしない。
泣き通した顔を見られたくなかったというのもあるし、自分の信仰を守ることができなかったという負い目もあったのだ。
煤子「……謝ることなんて何もないわ、あなたは正しいと思ったことを貫いているのでしょう」
杏子「でも、私……何もできなくて……」
煤子「それを自ら折る必要なんて、ないわ」
杏子「……でも、私、弱いし……」
煤子「いいえ、あなたは強いわ」
白いハンカチを取り出し、杏子の頬を拭う。
上質な綿の優しい肌触りが心地よかった。
煤子「……あなたは強く、なれるわ」
杏子「なれないよ……」
それでも目は伏せたまま、眩しい煤子の顔を見上げることができない。
煤子「強くなりたいのでしょう?」
杏子「強く……なりたいよ……」
煤子「……信じれば、必ず叶うわ」
顔を伏せた杏子の目の前に左手をもっていく。
掌を開くと、そこには先ほど折られたアンクがあった。
杏子「……え?」
アンクは形を取り戻していた。
そればかりか、材質もまるで別の、赤い金属のような光沢を放つ、どこか高級感ある物へと変質していた。
煤子「自分の意志を貫くためには、とにかく、強くなくてはならないわ」
杏子「……」
もう目が離せない。
アンクから、煤子の瞳から逃げられなかった。
煤子「何が起こっても、何が否定しても……たった一人、最後の一人が自分だけになっても、信じていれば……願いはきっと、叶うのよ」
† それは8月14日の出来事だった
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