- 1: 2011/05/04(水) 14:36:09.87 ID:6eYpqhJu0
- 兄「帰宅早々、何を寝惚けたこと言ってんだ? さっさと学校の宿題でもやれよ」
妹「わ、私は真剣なんです! だから兄さんも真剣に聞いてください!」
兄「分かった。お前は真剣にキモイ。実の兄に向かってそんなこと平気で言えるお前は真剣にキモイよ。
残念で仕方ないね。今まで好きでも嫌いでもなかったけど、今ので嫌いになったわ。だから消えろよ。そして宿題やれ」
と、こんな言葉を浴びせたというのに、妹は嬉しそうに俺に尋ねた。
妹「じゃあ宿題を終わらせたら、相手してくれますか?」
どういう思考回路をしていたらこんな答えが導き出されるのか?
どうやら俺の妹はアホのようだ。
敬語を使おうがアホなものはアホなのだ。どう体面を取り繕うとアホはアホに変わりはない。
アホだから俺に対して好きだなんてアホな事が言えるのだろう。
しかし妹はまだ幼い。だからアホであろうと仕方がないともいえるだろう、
つまりアホだから兄を好きになってはいけないという社会通念が理解できていないだけなのかもしれないのだ。
ならば宿題をすべきであろう、少しは頭を使えばアホの薬にでもなるだろう。
だから俺は頷いた。
妹「じゃ、じゃあすぐに終わらせてきますからっ!」
妹は言って、自室へと駆けていった。
- 7: 2011/05/04(水) 14:39:36.27 ID:6eYpqhJu0
- 30分後。
妹が戻ってきた。俺の部屋にである。
妹「終わりました!」
いくらなんでも早すぎる。俺は訝しんで妹を見た。
兄「本当かよ? だったら答え合わせしてやるから、ドリル持ってこい」
妹「ドリルじゃありません! 私はもう中学生ですよ?」
そうだったか? 妹に興味がないから忘れていた。
そういえば──今は私服に着替えてしまってはいるが、帰宅直後は学生服を着ていたような気がする。
しかしそんなことはどうでもいいことである。
兄「とにかくやったもん持って来い」
妹「はい!」
妹は勇ましく頷いて、部屋から出て行った。 - 11: 2011/05/04(水) 14:43:06.93 ID:6eYpqhJu0
- 妹「兄さん、持ってきましたよ!」
相変わらず元気な声だ。
俺はおしとやかな、大人の女性が好きだ。妹とは正反対である。
辟易しながら答えた。
兄「分かったから、早く見せろ」
ノートと教科書を机の上に置かれる。
宿題の提出範囲を教えてもらい、答え合わせをしてみた。
意外なことに、数学で一問間違いがあっただけで、ほとんど正解だった。
どうやらアホではないようである。
兄「こいつはケアレスミスだな。お前、慌ててやったんだろ? 宿題だからって気を抜くな」
妹「はい……」
妹はしゅんと項垂れた。 - 14: 2011/05/04(水) 14:46:22.74 ID:6eYpqhJu0
- 兄「別に責めてるわけじゃない。意外に勉強できるなと褒めてやりたいくらいだ」
妹の表情がぱぁ、と華やぐ。
妹「もしかして、好きになってくれました?」
短絡的である。前言撤回──やはりアホだ。
兄「なるわけねぇだろ。そもそもなんで俺なんて好きになったんだ?」
妹は嬉しそうに眼を細め、言った。
俺は非難してやったというのに、だ。
妹「兄さんの、そういう冷たいところが好きなんです」
意味が分からない。
俺がそういう顔をしていたのかどうかは分からないが、
妹はどうやら俺の感情をを敏感に察知したらしく
嬉々として補足した。
妹「兄さんはツンデレなんですよね? 分かってますよ? 実はそういう態度を取っておいて、
心の中では私にラブラブなんですよね? ね?」 - 16: 2011/05/04(水) 14:51:04.26 ID:6eYpqhJu0
- 兄「死ねよ」
これは心からの言葉である。
いくらなんでもこの妹の思考回路は気色が悪すぎる。
しかし妹は嬉しそうに、
妹「ほら」
と言った。
勉強は出来てもアホというものは存在するらしい。
一つ勉強になった。これも妹のお陰だ。
しかし俺は腑に落ちない。
ツンデレとは、対象に好意を抱く天邪鬼のことである。
天邪鬼とは、人の心を読み、それに反する悪戯をけしかける鬼のことだ。
それ転じて、"素直でない者"、"ひねくれ者"を表す語意となったわけだが、
俺はそのどれにも該当しない。
そうなると、俺の本音を伝えたところで、俺が天邪鬼でない事は妹に理解してもらえないだろう。
ならば方法は一つだ。 - 17: 2011/05/04(水) 14:54:36.18 ID:6eYpqhJu0
- 兄「おい? ちょっと聞いてくれ」
妹「なんですか、兄さん?」
兄「俺、お前の事好きだわ。付き合おうぜ?」
妹はポカンと口をだらしなくあけて、双眸を見開いた。
信じられないといった顔である。
当然だろう、本当に天邪鬼──ツンデレならばこんなこと平然とは口にできまい。
俺は勝ち誇ったように言った。
兄「これで分かっただろ? 俺はツンデレなんてもんじゃねぇんだよ。
お前のことなんて好きだなんて思っちゃいないんだよ」
妹「やったぁあああああ!!」
妹が喜び勇んだ。
兄「な!? チョット待て! お前、違うからな? 今のは──」
そこまで口にして、俺はようやく悟った。 - 18: 2011/05/04(水) 14:58:00.28 ID:6eYpqhJu0
- 妹はアホなのだ──ということを。
妹は恐らく『ツンデレ』なんていう言葉に、そこまでの意味を見出してはいなかったのだ。
俺の言葉を好意的に受け止める為の、フィルターという役目しか果たしていなかったのだろう。
俺は、妹のアホさを、見誤ったのだ。
妹は両手を挙げてピョンピョンと飛び跳ねた。
妹「うさぎ! うさぎー!」
何がウサギなものか、ウサギの耳は肩から生えてはいない。
ウサギならば、頭の上に手を乗せるべきだ。
妹は何事かを歌うように口ずさんだ。
妹「ラビット、ラビット、ラビラブ、ラビラブ、ラビラブアイラブ、アイラブユー!」
そこまで言うと、妹は俺の肩に手を乗せて膝の上に乗っかった。
思いのほか軽い。
妹「アイ、ラブ、兄さん。ユー、ラブ、リトルシスター?」
兄「ジ、アンサー、イズ、ノー」
妹「何を言っているのか分かりません」 - 20: 2011/05/04(水) 15:02:36.29 ID:6eYpqhJu0
- それはこちらの台詞だ。そもそもlittle sisterとはなんだのだ?
妹であればyounger sisterだろう。
しかし思うだけで言いはしない。
構えば構うほど俺の立場が悪くなるだろうことは、もう経験として理解できた。
妹は俺の全ての行為を好意として受け止める。
ならば無視するしかあるまいと、俺は顔を逸らして目を閉じた。
妹「わ、わ!?」
妹は何かを焦っている。まさか効果覿面だったのだろうか?
ちらと、横目で妹を見た。
妹「んー」
妹の顔が異常に近くにあった。
そして、俺の頬に何かが触れて、ちゅっという破裂音とともに、妹の顔が離れた。
妹「うわ、うわぁ、しちった! しちゃいました!」 - 21: 2011/05/04(水) 15:06:28.66 ID:6eYpqhJu0
- 妹は噛む程に焦っている。
今のは──恐らくキスだろう。
兄「何勝手なことしてんだ? さっさと離れろ。そして自室に戻れ」
妹「わ、兄さんが、ツンデレに戻りました!? で、でも! 嫌です!
折角兄さんが本心を伝えてくれたんですから、絶対に離れません!
それに、私達はもう恋人同士なんです! 離れる理由がありません!」
兄「何言ってんだ、恋人だと? お前とそんな間柄になった覚えはない」
妹「だって、兄さん言ったじゃないですか? 『付き合おうぜ』って? そう、付き合おうぜって──えへへ」
妹は一人ニヤつき始めた。
もしかしたら病気なのかもしれない。
兄「ありゃ嘘だから」
その言葉に対し、妹は呆れたように目を細めて言った。
妹「兄さん、もしかして照れているんですか? 自分からほっぺを差し出しておいて、
まさか本当にキスされるなんて思ってなかった……というわけじゃないですよね?」 - 23: 2011/05/04(水) 15:09:40.44 ID:6eYpqhJu0
- 話が通じない。
なんて厄介な相手だ。
兄「……とにかく、俺は今から勉強するからさ、ちょっと俺の膝の上からどいて欲しいわけよ。
そしてこの部屋から居なくなって欲しいわけ。できれば永遠にな」
妹「嫌です!」
話にならない。
ここはどうするべきか──こういう場合、条件を提示して打開してもらうしかない。
兄「じゃあ、お前の言うこと一つ聞いてやるから、それで消えてくれ」
妹「え!?」
妹は動揺を隠しきれていない。
そして頬が赤く染まっていく──悪い予感がしてならない。
妹「じゃ、じゃあ……キスして欲しいです」 - 25: 2011/05/04(水) 15:12:30.36 ID:6eYpqhJu0
- 兄「却下。他のだ」
即答である。
妹は不満たらたらに言った。
妹「やぁだぁ! キス、キスして欲しいんです! ちゅって、ちゅーって! 兄さんの熱いキスが欲しいーっ!」
なんて気持ちの悪い妹であろうか。
兄のキスを欲しがるなんて、最悪だ。
こいつは本当に兄を好きになるということがどういうことか分かっているのだろうか?
兄「お前さ、キスキス言うけど、お前は自分からキス出来るのか?」
妹「できます! ──って、え? もしかして、私から──しちゃってもいいんですか?」
兄「そういう話じゃねぇよ。例えばお前、母さんの前で俺にキスできるか?」
妹「──え?」 - 26: 2011/05/04(水) 15:16:17.25 ID:6eYpqhJu0
- つまりはそういうことである。世間を前にして、兄妹で好き合うことが可能かということだ。
俺には不可能だ。
それ以前に妹のことなんて好きになんてなれそうにもない。
それを突きつけてやれば、妹も分かるだろ、そう思ってのことだ。
妹「……分かりました」
妹はショボくれて、そしてようやく俺の膝から降りた。
兄「分かってくれたのか」
あえてもう一度聞く。
妹は小さく頷いた。
先程までの元気はどこかに行ってしまったようだ。
今の方がまだ可愛らしく見えるというものだ。
兄「じゃあ、さっさと部屋から出て行けよ」
妹「うん」
妹が部屋を出て行ってから、俺は自分の宿題を始めた。 - 28: 2011/05/04(水) 15:18:48.60 ID:6eYpqhJu0
-
今日の夕飯はハンバーグだった。
ドミグラスソースの煮込みハンバーグ。母さんの得意料理であり、俺達兄妹の好物でもある。
母「どうしたの? 元気ないわね?」
母さんが、言葉どおり元気のない妹を気遣う。
妹は食欲がないようだった。あまり食が進んでいない。
そこまでショックだったのだろうか? と、俺は思う。
しかしいずれは分かることだ。遅いか早いかの違いだ。
ならば間違いが起こる前──とにかく早いに越した事はないだろう。
妹はナイフとフォークを皿の上に置き、
緩慢とした動きで椅子の上で、俺に向き直った。
兄「なんだよ?」
──まさか?
嫌な予感がする。 - 29: 2011/05/04(水) 15:22:06.18 ID:6eYpqhJu0
- 妹「はい。兄さん、して──ください」
妹は眼をそっと閉じて、唇を俺に差し出した。
兄「は? いや、お前何してるんだよ?」
母さんが不思議そうな顔で俺たちを見ている。
妹は眼を閉じたまま言った。
妹「兄さんが、こういうのを望んでいるのでしたら、私はそれに従うだけです。
恥ずかしいですけど──私は構いません」
つまり妹は俺が、『母さんの前でお前の唇を奪いたい』と言ったと勘違いしたわけだ。
──どうすればいい!? どうすれば──!?
俺は妙案を閃いた。
兄「口を開け」
妹「え?」
兄「つべこべ言うな」
妹は言われるがまま口を開いた。 - 30: 2011/05/04(水) 15:24:30.46 ID:6eYpqhJu0
- ハンバーグを一口サイズに切り、妹の口にへと運ぶ。
妹は驚いたように眼を見開き、しかし口に頬張るとそれを咀嚼して飲み込んだ。
兄「美味いか?」
妹「……うん。とっても」
どういう訳か妹は、頬を染めて俺を見上げた。
母「あらあら、見せ付けてくれるわね」
母さんは柔和に微笑んだ。
これで危機は回避でき──
妹「じゃあ、次は私の番ですね」
──ていないようだ。 - 31: 2011/05/04(水) 15:26:40.80 ID:6eYpqhJu0
- 妹「兄さんは、目を瞑ってください」
兄「嫌だ」
そんな恐ろしいことが出来るわけがない。
母「ダメよ。面白そうじゃない。目を閉じなさい」
母さんはこれから起こることが分かっていないのだ。
いや、俺も何が起こるか分からないが、良いことが起きないことに間違いはない。
妹が調子に乗らないことを祈りながら、俺は目を閉じた。
妹「ねぇ、お母さん、どれが良いと思う?」
母「そうね、ブロッコリーね」
妹「じゃあ、そうする」 - 32: 2011/05/04(水) 15:28:48.34 ID:6eYpqhJu0
- 俺はブロッコリーが嫌いだ。
俺の皿にだけはブロッコリーを乗せないでと頼んでいるくらいだ。
それなのに、母さんはわざわざブロッコリーを選んだ。
性根が悪いのだ。
妹「兄さん、口を開けてください」
様々な理由で気乗りしないが、俺は仕方なく口を開いた。
ブロッコリーの花蕾が口の中に入る。
青臭い臭い。花蕾はもぞもぞとして気味が悪く、俺は思わず舌で押し返した。
しかし妹はさらに押し付けてくる。更に舌で押し返す──が、諦めたようにブロッコリーが引っ込んだ。
一瞬の安堵。
──しかし。
唇に、酷くやわらかい物が触れた。
そしてほぼ同時に、押し出していた舌に、ぬめりと粘質の物体が絡みつく。
俺は思わず目を見開いて、身を引いた。 - 35: 2011/05/04(水) 15:31:02.48 ID:6eYpqhJu0
- 兄「お前、何して──!?」
目の前には、妹の顔があった。
とろんとした表情である。瞳が少しばかし潤んでいる。
母「うわぁ、思いっきりしちゃってたね、今? ちゃんと直ぐに食べないからだよ」
どうやら母さんは事故だと思っているようだ。
しかし、妹は違う──間違いなく意図的に行った──故意犯である。
妹はむしゃむしゃとブロッコリーを食べながら、
妹「美味しい」
と言った。
寒気が走る。
妹と唇を交わしてしまった。
しかもあろうことか舌までもが触れ合った。
ぬるりとした感触──唇と舌が覚えている。少し吐き気がした。
机に向き直り、ハンバーグを貪った。 - 45: 2011/05/04(水) 15:48:27.80 ID:6eYpqhJu0
-
それは夜のことだ。
深夜二時。
俺は夕飯の凶事を思い出して、なかなか寝付けずにいた。
カチャ、とドアノブを回す音が聞こえた。
小さな足音。
ひたひたと近寄ってくる。
妹だ。間違いないだろう。
枕元で足音は途絶え、
「兄さん」
と、小さく尋ねる声が聞こえた。
案の定、妹の声である。
「なんだ?」
俺はぶっきらぼうに返す。
「起きていらしたんですね──約束、ちゃんと守りましたよ?」 - 47: 2011/05/04(水) 15:53:52.13 ID:6eYpqhJu0
- 「約束?」
俺は妹の台詞に疑問符を付けて返した。
「母さんの目の前でキス、しました」
あれは──あんなのは──
「──事故だ。忘れろ」
「忘れられません。兄さんの唇、とても柔らかかったです」
柔らかかったのは確かだ。
──だが、俺は嫌悪感しかなかった。
妹はどうなのだ?
その答えは直ぐに聞けた。
「兄さん、私、もう一度したいです」
──したい? 何が? キス?
それしかないだろう。
「俺は嫌だ」
そう端的に返す。 - 49: 2011/05/04(水) 16:00:03.59 ID:6eYpqhJu0
- 「それは──」
──ツンデレですか?
そう返してくるのが目に見える。
だから割って入った。
「違う、裏返しでもなんでもない。俺の本音だ。お前となんてキスしたくない。
気持ち悪いだけだ。だから部屋に帰れ」
「嘘ですね」
妹はきっぱりとそう言った。
──嘘じゃあない。本当だ!
だが言葉に出来なかった。何故かは分からない。
妹は言葉を続けた。
「だって、じゃあどうして逃げなかったんですか?」
「逃げる?」
「はい。別に、母さんが目を閉じろって言ったからって、本当に従う必要はありませんでしたよね?」
「それは──」 - 54: 2011/05/04(水) 16:05:41.28 ID:6eYpqhJu0
- ──それは
考えようとしてみる。
けれど、どうしてだか分からない。
答えが分からない
しかし、本当は分かっているのだ。
チラチラと脳みその片隅で理由がもたげている。
それを考えると、気持ちが悪くなるから、考えないようにしているだけだ。
だから、その答えは間違っているのだ。
ギシリ。
ベッドが軋んだ。
妹がベッドに足を掛けたのだ。
「こっちに、来るな!」
俺はおびえたような声を出した。
ベッドから這い出して、壁を背にした。
妹が近付いてくる。
「うふふ──」
妹は笑っている。
「──ちょっとした、テストをしましょう?」 - 56: 2011/05/04(水) 16:14:25.22 ID:6eYpqhJu0
- 「テスト?」
さっきから俺はオウムのようだ。
妹の大きな二つの瞳が、窓の外から入る街灯の光を反射して、さらさらと輝いている。
その瞳はまるで、狙いを定める猫のように思えた。
ならば、妹は狩る側であり、
俺は狩られる側だ。
本当は逃げるべきなのだ。
しかし、忍び寄る魔手が俺の肩を掴んだ。
──もう、逃げられない。
「簡単なテストですよ。私が、兄さんにキスをします──と言っても、口にはしません。
近くまで私が寄りますので、兄さんがしたくなったら、してください」
妹は言って、俺の頬にキスをした。
唇以外は奪うということだろうか?
猫は俺の膝の上にちょんと乗った。 - 57: 2011/05/04(水) 16:21:00.81 ID:6eYpqhJu0
- 妹は俺の前髪を掻き分けた。
「ちゅ」
そしておでこにひとつキス。
ちゅ、ちゅ、と二度、三度と唇が触れる。
その度に、妹の短い髪が俺の顔に触れた。
くすぐったく、それでいていい匂いがする──甘い香りである。
「兄さん……」
「なんだよ?」
俺は虚勢を張って、語気を強く答える。
「あ、すみません。呼んだだけです」
熱が篭った様な、艶かしい声だった。
返事をするんじゃなかったと後悔する。
その声が妙に耳に残ったからだ。
キスは徐々に顔の下へ向かっていった。 - 58: 2011/05/04(水) 16:30:46.75 ID:6eYpqhJu0
- 眉、こめかみ、鼻背──それぞれ三回ずつキスをされた。
「兄さん?」
今度は答えない。
クスクスと、悪戯っぽく笑う妹の声が聞こえた。
「じゃあ、好きにしちゃいますね?」
首筋に妹の腕が回る。
妹は抱くように俺と体を密着させ、俺の右肩に顎を乗せた。
「ふぅ」
生暖かい吐息が耳に掛かる。
ゾクゾクと背筋に悪寒が走った。
首の横腹に指が這う。妹の指は小さく冷たかった。
「鳥肌、立ってますよ?」
俺は無視をした。 - 60: 2011/05/04(水) 16:36:38.30 ID:6eYpqhJu0
- 「何か言ってくださいよ。リアクションがないとつまらないです」
「黙れ」
「もうちょっと優しい言葉をください」
「気持ち悪い。離れろ」
妹は拗ねるように、むぅとか、うぅと小さく唸りを上げて、
「あむっ」
と、ワザとらしく声をあげながら、俺のみ耳たぶを唇で挟んだ。
酷く不慣れな刺激が耳に走る。
同時に耳に妹の鼻息の声が聞こえる。妙に荒い。
──もしかしたら妹は、興
そこまで考えて、全て言葉になる前にすぐに否定した。
「気持ち悪い」
搾り出すように答えた。
「ダメですよ?」
すかさず、妹の声──諭すように優しい口調。
何がダメなのか、考える間も無く妹は続けた。 - 62: 2011/05/04(水) 16:43:49.97 ID:6eYpqhJu0
- 「気持ちいい──と言ってください」
「誰が、そんな──」
妹が言葉を遮る。
「嘘でもいいんです。ですが、そう言ってください。今だけで構いません。
あとで、どれだけ私を罵ってくれても構いません。ですが、今だけは──そう言ってもらえませんか?」
妹がすぅと顔を横に倒した。
「ちゅ」
首の横腹に破裂音。
鳴ってすぐ、何かが首を這った。
這われた場所に、ゾクゾクと鳥肌が立つ。
「んく、しょっぱぁい」
「んっ!?」
すぐさま首に再び唇が這う。
じゅくじゅくという湿った音とともに、顎の下スグまで唇と舌が這い上がってきた。
「こんなの、キスじゃないだろ──」 - 64: 2011/05/04(水) 16:51:08.40 ID:6eYpqhJu0
- 「キスですよ。唇ですから──気持ちいいですか?」
なんと返すのだったか?
肯定すればいいはずだ。
だから俺は、うん。と、小さく答えた。
妹は首に唇をあてがったまま、んふ、と笑い、
喉仏を通過して、左側の首へと移動した。
ちゅぷ、と湿った破裂音。
妹はようやくそこで首を開放してくれた。
「暑いですね?」
妹が体を離した。
体が汗で湿っている。二人の間に空気が進入して、すぅと体が涼しくなった。
それで俺も体が熱くなっていることを悟った。
「兄さん"も"興奮しちゃいました?」
──俺"は"していない。
──否。違う。俺は、俺も、妹だって、興奮しているはずがない。
俺なんかで興奮するな。気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪いんだよ!
「気持ちよかったですか?」
「……あぁ」
これは嘘だ。嘘だ。
違う、言い訳をするな。これは嘘だから、言い訳なんて必要、ない── - 65: 2011/05/04(水) 16:56:35.89 ID:6eYpqhJu0
- 「じゃあ──」
妹は語尾を濁して、俺の頬に頬擦りした。
妹の頬は酷く、やわらかい。
「兄さんのほっぺはやわらかいですね──気持ちがいいです」
違う。違う! 気持ちよくなんてない。
俺はそういう意味で、やわらかいと思ったわけじゃない。
お前とは──違う。
妹は俺の頬に軽くキスをした。
「じゃあ、しますね? キス」
心臓が高鳴る。
──キス? しないんじゃなかったのか?
妹は俺の両の頬を愛しく両手で包み、ゆっくりと体を──顔を近づけてきた。
妹の吐息が顔にかかる。
俺の頭がぼぅっとする。 - 66: 2011/05/04(水) 17:02:33.19 ID:6eYpqhJu0
- 寸で。
いや、寸は約3センチであるから、
もっと近い。1センチにも満たない距離である。
妹の唇と、俺の唇の距離が、だ。
「しちゃっても、いいですか?」
妹が言う。
「ダメだ。約束だろ」
俺が答える。
「こんなに近くにいるのに、我慢しろって言うんですか?」
妹の声が俺の顔にかかる。
俺のその息を吸って、
「そうだ」
と答えた。
妹はその俺の息を吸い、
「分かりました」
と、切なそうに言った。 - 70: 2011/05/04(水) 17:10:29.27 ID:6eYpqhJu0
- しかし、妹はさらに顔を近づけた。
といっても、数ミリである。
「ちょっとだけでいいんです。顔を前に出してください」
声が顔に響く。
俺の頭の後ろは壁だ。後ろには引けない。
顎を少しでも前に出そうものなら、触れてしまうだろう。
夕食のことを思い出す。
妹の唇を。妹の舌を。
思い出しているのは俺の頭ではない。
唇と、舌がそれを思い出した。
少しだけ、唇が前に出た──ように思う。
つん、と一瞬だけ唇が触れた。
唇から全身に電気が走る。
「兄さん?」
「違う。今のはお前が! お前が──!」
「違います──」
妹がなだめる様な口調で、口を開いた。 - 72: 2011/05/04(水) 17:14:04.40 ID:6eYpqhJu0
- 「──どうして、逃げないんですか?」
ざわざわと全身の毛が逆立った。
──どうして、俺は逃げないんだ?
猫に射竦められているから?
──違う。
これは妹のテストだから?
──違う。
吐き気がもたげた。
吐き出したい。何を──? 言葉だ。だが、決して言えはしない。言ってはいけない。これは禁忌だ。
そもそも、こんなテスト自体、アホみたいなものだ。
却下すればいいだけだったのだ。
けれど、ここまできて理性が邪魔をする。
──俺は、俺は──
妹が口を開いた。
- 73: 2011/05/04(水) 17:16:25.66 ID:6eYpqhJu0
- 「私が、責任を持ちますから」
「──え?」
「だから、しちゃいますね?」
反論する暇はなかった。
いや、出来なかったというべきか。
違う。しなかったのだ。
──それも違う。
俺は、やはり逃げていたのだ。
──逃げない。もう逃げはしない。
妹に責任を持たせるわけにはいかない。
俺は、妹を胸に抱いて、
深く深く、唇を重ねた。 - 75: 2011/05/04(水) 17:28:44.06 ID:6eYpqhJu0
- どれだけ唇を重ねていいただろうか?
瞳を開けると、空がほんの少し明るんでいるのが見えた。
まるでアホみたいだ。実際にいや、アホなのだろう。
妹のアホがうつったのだ。
口の周りが涎でベトベトだった。
妹はぽぅとした表情で俺を見ている。
しかし俺も俺も似たような表情だろう。
優しく妹の頭を撫でた。
「兄さん、好きです」
妹は惚けた顔のままで、ポツリと言った。
しかし俺はやはりアホになってしまったのか、なんと返せばいいのか分からなかった。
返答に困っていると、妹が言った。
「宿題」
「え?」
「このテスト、明日の宿題にしてもいいですか?」
俺は答えた。
もちろん、本心からの答えである。
「あぁ」
おわり
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