- 1: 2019/10/27(日) 03:38:15.76 ID:LAC9GZ1m0
- まだ朝の冷ややかさが残るとある鎮守府。
その敷地内の端に位置する建物の廊下に俺達は立っていた。
男「中々立派な部屋ですね」
扉の前で俺はそう言った。
勿論言葉通りの意味ではない。
他の部屋とは明らかに材質の違う頑丈な壁。
ちゃちなドアノブがあまりにも不釣り合いな堅牢な扉。
間違いなく中からではなく外から監視するためにある覗き穴。
これを牢獄だと言って否定する者はいないだろう。
普段から使われていないのか一切の気配を感じられないこの建物の中でさえ異質と言えた。
提督「でしょう?上から口酸っぱく言われましてね。可能な限り"いい"部屋になってますよ」
そう言って隣の男は肩を竦める。
俺と殆ど変わらない身長で、軍人とは思えないほどの細身を白い軍服で包み、いかにも知将といったふうな黒縁の眼鏡と、それとは対称的に柔和な顔立ちをしている。
どうやら俺の言葉がいくばか皮肉を含んでる事は理解しているようだ。
SSWiki :http://ss.vip2ch.com/jmp/1572115095
- 2: 2019/10/27(日) 03:41:39.86 ID:LAC9GZ1m0
- 男「最後に、もう一度その時の状況を聞かせてもらっていいですか?」
提督「もう一度?報告書に事細かにまとめたはずですが」
男「こういうのは本人に直接聞いた方がいいんですよ」
提督「ほほう。なんだがプロっぽくていいですね」
自分をプロ、と言っていいのかは分からないが理由はそんなんじゃない。
上を通して届けられる文字の羅列なんて一切信用が出来ないというだけだ。
提督「そうですね、報告書と違って長々と書く必要もないので要点だけ話しましょう」
男「お願いします」
言葉の端から伝わってくるくだらないしきたりへの反骨精神に思わず頬が緩んだ。
早朝この鎮守府に到着してからこの部屋に来るまでの僅かな時間だけだが、基本的にこの男の印象は悪くない。 - 3: 2019/10/27(日) 03:42:31.34 ID:LAC9GZ1m0
- 提督「この鎮守府もそこそこ大きくなってきましてね、戦力の拡大をと既存の建造方法で、狙いとしては駆逐艦か軽巡ですね」
自分の艦隊の成長が嬉しくて仕方ないと言うような顔で話すこの男が、少し羨ましく思えた。
提督「材料の方は割愛しますが、ともかく建造方法は特に異常はありませんでした。ですから彼女の姿を見た時は正直かなり混乱しましたよ」
「彼女」という単語を素早くインプットする。
良かった。
少なくともこの男は艦娘を人として扱っているようだ。
少しだけ肩の力が抜ける。 - 4: 2019/10/27(日) 03:44:01.73 ID:LAC9GZ1m0
- 提督「身体の大きさから見て駆逐艦なのは間違いないと思いますが、服装や装備がこれまで目にしたものとはまるで違うんですよ。ウチの艦娘達も心当たりはないと言いますし、お手上げです」
少なくとも同型艦はいない、か。
まあそういった新型の艦娘だからこそ俺が呼ばれているわけだが。
提督「本人も記憶は一切無し。とりあえずは、保護、して。上に連絡を取って今に至る。とまあこんな感じですかね」
"保護"という柔らかい表現ですら躊躇する辺よほど彼女が心配なのだろう。随分と優しい男のようだ。
男「彼女の様子は?」
提督「会話は出来ます。身体も特に問題はありません。艤装は使い方が分からないので展開出来ないようですが」
男「それを聞いて安心しましたよ」
提督「…やはりそうでない場合も?」
男「無言で撃たれたパターンはまだ2回しかありませんよ」
提督「…」
察してくれたようだ。 - 5: 2019/10/27(日) 03:44:51.85 ID:LAC9GZ1m0
- 提督「これがこの扉の鍵です。窓は格子が付いてますし、一応は唯一の出入口です」
男「確かに」
受けとった鍵に付いている兎のキーホルダーについては後で聞いてみるか。
提督「破壊による強行突破の際はこちらが責任をもってあたりますが、扉からの逃走はそちらの問題になりますのでよろしくお願いしますよ」
男「ええ。お互い責任がありますから」
提督「お昼前までに執務室まで来てください。昼食の後にここを案内しますので」
男「分かりました」
- 6: 2019/10/27(日) 03:45:26.84 ID:LAC9GZ1m0
- 提督「それでは私はこれで」
そう言うと今しがた来た廊下を戻っていく。
男「…」
なんとなくその後ろ姿をじっと見てみる。
あ、振り返った。
一瞬目が合ったかと思うと物凄い速さで向き直し早歩きで曲がり角へ消えていった。
そこまで恥ずかしがらずとも…
よほど心配なようだ。 - 7: 2019/10/27(日) 03:45:53.84 ID:LAC9GZ1m0
- 男「さてと」
解れた緊張を繋ぎ直す。
覗き穴から扉付近に彼女が居ない事を確認してドアを開ける。
音を立てないようにドアを閉め靴を脱ぐ。
さて報告通りならば…
部屋は扉を開けてすぐの部屋のみ。彼女を探すのは難しくない。
奥の方に置かれているベットに目をやる。 - 8: 2019/10/27(日) 03:46:22.74 ID:LAC9GZ1m0
- 男「…」
「ン~」
寝ている。せっかくの集中力が一気に霧散する。
男「緋色…」
彼女の姿を見て思わず呟いてしまった。
色というのも艦の大切な判断材料になるのだが、しかし緋色なんて色の艦あったか?
「ムニャムニャ…」
…むにゃむにゃなんて本当に言う奴がいるとは。
男「さてどうするかな」
寝ている以上無理に起こしてもしょうがない。
「ンッ…スー」
反応、のようなものがあった。聞こえてはいるらしい。
男「さっさと執務室に行っちまうか」 - 9: 2019/10/27(日) 03:47:09.86 ID:LAC9GZ1m0
- くるりと向きを変え扉に向かおうとしたその時だった。
「行かないで」グィッ
男「おぉ!?」
ズボンの裾を引っ張られた。
振り返ると彼女は目を擦りながら俺を見つめていた。
「ん、え~っと?貴方は?」
男「俺は、男ってんだ。よろしく」
あまりに急な事に頭がフリーズした。まるで機械のようなギクシャクした挨拶をしてしまう。
「よ、よろしく。私は、私…は……ふにゃ」パタン
1度起こした体が再び布団に倒れる。
男「…oh」
桜模様があしらわれた緋色のパジャマから臍と右の肩が顕になっている。
まるでメデューサのようになっているボサボサな紅色のロングストレートが彼女の寝相の悪さを如実に物語っていた。
報告1:自身の記憶を呼び起こそうとすると気を失う。
なるほどそのようだ。 - 15: 2019/10/29(火) 04:46:00.87 ID:rqljmlHD0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
提督「大体寝てるんですよ。原因は、まあ記憶の欠落なんでしょうね。心理学とか脳科学とかそういう分野の話なんでしょうか」
男「でしょうね。彼女が人間だったら、ですが」
場所、執務室。
結局気絶した彼女はその後目を覚ます様子がなかったため早々に切り上げる事となった。
テーブルを挟んで置かれた二つのソファにお互い向かい合うように座る。
叢雲「はいコーヒー。熱いわよ」
男「ありがとう」
俺と提督の間の机にコーヒーが2つおかれる。
叢雲「何かいるかしら?」
男「いやこのままで結構だよ」
ここの秘書艦は叢雲だという。
腰まである薄らと雲のかかった空の様な色のロングヘア。姉妹艦の中で唯一ワンピースの様になっている白の制服。鋭い目付きとそこから覗くオレンジ色の大きな瞳。
駆逐艦らしい矮躯には不釣り合いな言動に不思議と違和感を抱かせない独特の雰囲気があった。 - 16: 2019/10/29(火) 04:46:48.95 ID:rqljmlHD0
- 叢雲「あらブラック?ウチの司令官と違って大人ね」チラ
提督「一言多いよ」
チラと提督の手元を見ると既にミルクが2つ空けられていた。
叢雲「ねえアナタ歳は?」
提督「叢雲、あまり馴れ馴れしくするもんじゃ」
叢雲「いいじゃない。これから暫くはここにいるんでしょう?」
男「構いませんよ」
叢雲「で、幾つなのよ。四十手前?」
男「…三十一歩手前だ」
叢雲「あら、えーっと。深みのある顔ね!」
男「一言多いわ」
思わず素が出てしまった。
提督「君ねぇ…」
叢雲「てへっ」
チロと舌を出しておどける。
悪びれる様子はない。 - 17: 2019/10/29(火) 04:47:34.82 ID:rqljmlHD0
- 叢雲「というかアナタ達殆ど同年代じゃない。よそよそしく敬語なんて使ってないでもっと馴れ馴れしくしなさいよ」
提督「君はもう少し馴れ馴れしさを抑えた方がいい」
男「お互い立場もあるんだよ」
叢雲「はぁぁめんっどくっさいわねえ」
これだから人間は、と呟きながら隣の部屋に消えていく。
コーヒーを持ってきたし簡易的な台所があるのだろうか?
提督「悪いね。まあ彼女いつもあんな調子なんでよろしくお願いします」
男「ああ、よく分かりましたよ。よそよそしいよりはいい」
提督「そう言ってくれると助かりますよ」
お互いに少し口調が砕ける。 - 18: 2019/10/29(火) 04:48:26.07 ID:rqljmlHD0
- 男「で、彼女の事だが」
提督「ええ、見てもらったのなら大体わかったと思いますが」
男「初対面の時もあんな感じで?」
提督「とりあえず自己紹介をと名乗ったらその後にパタン、と。その後も何回も会話はしたけれど、長く話していると段々意識が薄くなっていくようで」
男「意識に絶対量でもあるのか。だとしたら確かに記憶の欠落が原因なんでしょう」
提督「というと?」
男「記憶も知識も積み重ねです。こうした会話ですら例外ではない。言葉やイメージ、相手の表情。色々な情報を無意識のうちに俺達は処理してる。
そしてその処理は生まれた時から今日までの全てに支えられているものです」
叢雲が運んできたコースターを手に取る。 - 19: 2019/10/29(火) 04:49:12.32 ID:rqljmlHD0
- 男「勉強でもよく言われる土台が大切というのは生きる上で殆どの事に当てはまる」
コースターを机に置き、その上に残り半分となったコーヒーのカップを乗せる。
提督「土台があるから乗せられる、と」
男「ええ。でもこの積み重ね以上の物は乗せられない。鎮守府の作戦書なんかを俺が読んでも、気絶とまではいかなくてもきっと知恵熱がでるでしょうよ」
提督「買い被りすぎだよ。書類は所詮書類です」
照れと苦悩が入り交じったようなその顔は、彼がここの提督である事を改めて実感させた。
男「ところが彼女はその土台がない。タチが悪いのはまるっきり無いのではない事だ。会話や最低限生活に支障がない程度にはある。その中途半端さが原因でしょう」 - 20: 2019/10/29(火) 04:50:14.72 ID:rqljmlHD0
- 叢雲「土台がまるでないなら赤子のように何でも吸収できる。なまじ変に土台が残っているせいで受け止め損ねて、中身のコーヒーをぶちまけてショートする、ってことかしら」
男「正解。かどうかは分からいけどな。少なくとも俺はそう思った」
隣の部屋から戻ってきた叢雲は自分用らしいカップを手にしていた。自分のコーヒーを作っていたのだろう。
ウサギの顔が描かれたカップだ。
提督「なるほど。その継ぎ接ぎだらけの記憶を戻していかないといけないわけか」
男「おそらくは」
提督「大変な仕事だね」
男「他人事じゃあないですよ。下手すりゃ1年ここにいる事になるかもしれないんだ」
提叢「「1年も!?」」
男「最高記録は358日。後は大体2ヶ月以内で長かったのはそれっきりですが」 - 21: 2019/10/29(火) 04:51:27.46 ID:rqljmlHD0
- 提督「そんなに大変なのかい!?"最初の一人"というのは」
男「聞いたことはないので?」
提督「そういう事がある、というのは…もちろん色々な根も葉もない噂も。でもこうして実際に目の当たりにするとは思いもよりませんでしたよ」
叢雲「…」
叢雲はコーヒーを飲みながらじっとこちらを見つめている。こちらも必要以上にこの件を知ってはいないようだ。
そして何故か提督の横に座ったりせず彼の座るソファーの背もたれの部分に後から前のめりで寄り掛かる形で落ち着いている。
男「知らないのは当然ですよ。むしろ知っていたらまずいくらいだ」
提督「迂闊に喋ると消されたり?」
男「正直笑い事じゃないですよ。トップシークレットと言っても過言じゃない」
提督「マジですか」
冗談半分だった表情が凍る。
男「マジです」 - 22: 2019/10/29(火) 04:52:10.43 ID:rqljmlHD0
- 男「艦娘は、こういう言い方はあまり好きではないが基本的にはコピー、クローンというべき存在です。少なくとも鎮守府の数だけ同じ艦娘がいるようなものだ」
叢雲「そうね。私も何度か、何人かの私と顔を合わせたことがあるわ」
男「でもコピーやクローンだとして、ならば当然元となるオリジナルがいるはずだ」
提督「かつての駆逐艦叢雲こそがそれに当たるんじゃないんですか?」
男「そういう見方もあります。それが正しいのかどうか結局のところ誰も分かっていないのが実情ですが」
叢雲「アナタはそう見てはないみたいね」
男「建造できる艦娘の種類は年々増えている。しかしそれはなぜだと思います?」
提督「そりゃあレシピというか、新しい建造方法が見つかっているからじゃないですか」
男「それは建造しやすい方法というだけです。建造可能な艦娘が増えているのは新たにオリジナルが発見されているからです」
叢雲「オリジナルねえ」 - 23: 2019/10/29(火) 04:52:46.33 ID:rqljmlHD0
- 男「本当に突然、なんの前触れもなくそれまで建造では確認されていなかった艦娘が生まれる事があるんですよ」
叢雲「今回みたいに?」
男「まさしく」
提督「肝心な部分は妖精さんまかせだからなあ。何をどうやっているのやら」
男「それがわかれば苦労しないんですが…ともかくそうやってある日急にオリジナル、最初の一人が生まれる。そうするとこれまた不思議な事にその艦娘が各鎮守府で建造可能になるんです」
叢雲「なにそれ」
提督「ゲームとかのアンロック機能みたいな感じだね」
叢雲「あー確かに」
どうやら2人とも思い当たるものがあるようだ。
男「…」
ゲームなんてやらないから全然わからんな。 - 24: 2019/10/29(火) 04:53:18.01 ID:rqljmlHD0
- 男「ただ少し条件があるんです」
提督「条件?アンロックの?」
男「そう。多分そう」
叢雲「あ、それが記憶ってわけね」
叢雲が手に持ったコップを俺の方に掲げる。
その体制だと零れたら確実にソファーが、最悪提督の肩もアウトになりそうで怖い。
男「そういうことだ。記憶が元からあるなら問題ないが今回の様に記憶に欠損がある場合それを取り戻さないと行けないんですよ」
提督「…でも記憶と言っても何を忘れているかなんて外からじゃ分からないでしょう?完全に記憶を取り戻したかどうかは何処で判断するんですか」
鋭い質問だな。流石は提督と言うべきか。 - 25: 2019/10/29(火) 04:53:52.21 ID:rqljmlHD0
- 男「言い方が少し悪かった。正確には記憶というより、名前なんですよ。恐らく」
叢雲「名前って、叢雲とか?」
男「そう。自分が誰なのか、どういった船だったのか。経験則ですがそれがトリガーになっていると思います」
提督「なるほどね。真名か。なんだかカッコイイね」
叢雲「またそうやって変な想像して」
提督「変じゃないでしょ変じゃ」
男「期間にバラツキがあるのもこれが原因でしてね。外見の特徴や他の記憶から艦名を特定できれば直ぐに記憶は戻るんですが」
叢雲「今回みたいにヒントゼロ記憶なしだとどうなるかってわけね」
男「ああ」 - 26: 2019/10/29(火) 04:54:26.95 ID:rqljmlHD0
- 男「言い方が少し悪かった。正確には記憶というより、名前なんですよ。恐らく」
叢雲「名前って、叢雲とか?」
男「そう。自分が誰なのか、どういった船だったのか。経験則ですがそれがトリガーになっていると思います」
提督「なるほどね。真名か。なんだかカッコイイね」
叢雲「またそうやって変な想像して」
提督「変じゃないでしょ変じゃ」
男「期間にバラツキがあるのもこれが原因でしてね。外見の特徴や他の記憶から艦名を特定できれば直ぐに記憶は戻るんですが」
叢雲「今回みたいにヒントゼロ記憶なしだとどうなるかってわけね」
男「ああ」 - 27: 2019/10/29(火) 04:55:17.82 ID:rqljmlHD0
- 提督「ちなみに最長記録の一年以上ってのはどういう感じで?」
男「記憶自体はそこまで欠落していなかったんですが、その艦娘ってのが海外の船でね」
叢雲「そういえば海外艦って建造可能よね。あまり気にしたことはなかったけど」
男「大変でしたよ。海外艦なんて予想外なところの資料なんてなかったから全部一からで。海外から資料取り寄せるだけで一苦労ですから」
提督「それで1年ですか」
男「殆ど事務作業みたいなものでしたがね。お役所ってのはどうもこういうのに弱い」 - 28: 2019/10/29(火) 04:55:51.47 ID:rqljmlHD0
- 提督「それで」
提督が少し姿勢を正す。これが本題といった感じだ。
提督「答えられる問じゃないとは思うけれど、今回はどう思います」
男「…初めて、ですよ」
提督「初めて?」
男「あそこまで記憶がない事が、です。実際今日見てみるまで半信半疑な所があった…」
提督「…」
叢雲がコーヒーを啜る音だけが部屋に響「熱ッ!」
……
叢雲「な、何よ…」タジッ - 29: 2019/10/29(火) 04:56:26.56 ID:rqljmlHD0
- 男「まあ暴れるような心配もないですし、気楽に気長にいきますよ。焦る必要も無い」
提督「ですね。丁度お昼ですし、昼食に行きましょう。食堂とか色々案内するんで」
男「頼みます」
提督「いやいや、長い付き合いになりそうだからね」ハハハ
男「そのようだ」ハハハ
叢雲「ちょっと!何あからさまに無かった事にしてんのよ!ホットミルクぶっかけるわよ!」
提督「君が勝手にやった事だろ!なんで切れてるんだよ!」
叢雲「五月蝿い!」
提督「だー待て落ち着いて!デザート分け、いやあげるから待って!」
男「…」
コーヒーではなくミルクだったか…
この情報は、頭に入れておくとしよう。 - 34: 2019/11/02(土) 04:41:23.83 ID:bR8MUREO0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【食堂】
提督「流石に慣れてますね」
男「慣れてる?」
叢雲「男女比率が1:100の環境に、よ」
辺りを見渡す。
食堂には俺たちの他に50人ほどの艦娘がそれぞれ昼食をとっている。
昼は出撃や遠征などでまばらなので夜はさらに増えるだろう。
男「改めて言われると確かにすごい環境だ」
叢雲「それはこの戦争にも言えることだわ」
提督「まったくだね」
昼食は私が魚定食。向かい側の叢雲が唐揚げ丼、提督がカレーだ。 - 35: 2019/11/02(土) 04:42:39.95 ID:bR8MUREO0
- この鎮守府には本来提督以外の人間はいない。
人口の多い都市部などを守る主要な鎮守府以外は基本的にそんなものだ。
今ここには俺の提督以外は全員女性という事になる。
もっとも言葉で聞くほどいい環境ではない。
仮にも軍の施設だ。確かに比較的規模は小さいがそれでも国防の要の一つである。そんな鎮守府に何故人がいないのか。
政府や上層部も馬鹿だけで構成されているわけじゃない。
当然理由がある。
こうならざるを得ないだけの理由が。
"人"と"艦娘"を隔てる理由が… - 36: 2019/11/02(土) 04:43:20.11 ID:bR8MUREO0
- 叢雲「それにしてもいきなり魚とはね」
男「ん、何がだ」
叢雲「アナタの昼餉よ」
男「不思議か?」
提督「外部の人間はたいていカレーや麺類を選ぶね」
男「なるほど」
確かにそこら辺を選んでおけばまず不味いということはあまりないだろう。
叢雲「何かこだわりでもあるの?」
男「長居する事になりそうだからな。定食の味を知っておく事が大切なんだ」
提督「へえ。やはり鎮守府毎に味が違ったり?」
男「そうだな。地元で何が捕れるか作られているかにもよる。10を超える鎮守府を回ったが、そのうちグルメ本でも出せそうだ」 - 37: 2019/11/02(土) 04:43:48.09 ID:bR8MUREO0
- 叢雲「他所の鎮守府か~。興味深いわね」
男「オススメできない所ならいくつか教えてやろうか?」
叢雲「…ご忠告どうも」
提督「我が家が一番ってことだよ」
叢雲「住めば都かもしれないわよ」
男「生まれ故郷が一番だよ。艦娘には」
提督「そういうものなのかい?」
男「経験則では」
提督「そうなのかい?」
叢雲「さあね」 - 38: 2019/11/02(土) 04:44:35.23 ID:bR8MUREO0
- 飛龍「」ツンツン
提督「ん?どうした飛龍」
何故かこっそりと提督に近づき肩をつついたのは正規空母、飛龍。
橙色の着物と緑色のミニスカートのような袴。明るい茶髪のショートヘアと柔らかい表情は見た目よりもいくばか幼さを感じさせる。
彼女が来た方を見ると複数の艦娘が何やら興味深そうにこちらを見ている。
話しかけづらい転校生に誰が声をかけるかといった結果飛龍が挙げられた、という感じか。
飛龍『この人が前に言ってた派遣のリーマン?』
提督「認識は間違ってなくもないけど、そんな言い方はしてないよ」
飛龍『あはは冗談冗談。えーっと』「私は飛龍、よろしくね」
言葉を聞いて理解した。
あぁ、なるほど。
これが彼女が挙げられた理由か。 - 39: 2019/11/02(土) 04:45:19.33 ID:bR8MUREO0
- 男「調査官の男という者だ。大本営直属、と言えば聞こえはいいが提督という身分と大して違いはない。私も君達に頼る事があるだろうし気軽にしてくれ」
飛龍「な~んだそっかそっか。てっきり提督がなんか悪い事してバレたのかと」
提督「君達もう少し提督を信用してくれてもいいんだよ?」
叢雲「アンタももう少し信頼されるような働きを見せてくれてもいいのよ?」
提督「働いてない?僕結構頑張ってない?」
飛龍『でも実際前線に出てるのは私達だしね~。もう少し労わって欲し~な~』
提督「人の酒勝手に持ち出すような奴がよくもぬけぬけと…」
飛龍『げっ!』
提督「げっじゃないよバレてるに決まってるだろう」 - 40: 2019/11/02(土) 04:46:23.83 ID:bR8MUREO0
- 飛龍『いーじゃん!どうせ提督たいしてお酒なんてわからないくせに!』
提督「この口か!この口が言うか!」
ギャーギャーワーワーと、喧しくて、騒がしくて、賑やかだ。
それが少し羨ましい。
男「それともうひとつ」
飛龍『イタタタタほっぺ伸びる伸びる!ん?』
男『私と話す時、君を通す必要は無いよ』
飛龍『…へぇ』
叢雲「…」
提督「…ん?」
飛龍『ひょーかい、みんはにふはいほふね』
叢雲「手ぇ離しなさいよ」
提督「あ、スマン」パッ
飛龍「ブヘッ」
艦娘の頬も人間とそう変わらないらしい。 - 41: 2019/11/02(土) 04:48:33.35 ID:bR8MUREO0
- 飛龍が元のグループ、どうやら空母の集まりらしき所へ戻っていく。
彼女達の楽しそうに話すのを受けてか食堂全体の空気が少し緩んだように思えた。
提督「すまないね、お見苦しいところを」
叢雲「全くよ。冷める前にさっさと食べなさいな」
男「いや。随分と仲がいいようで安心しましたよ」
提督「安心?」
男「そうでないところもあるという事で。まああまり気にしないでください」
提督「なるほど、ね」 - 42: 2019/11/02(土) 04:49:01.47 ID:bR8MUREO0
- ふいに食を並べているテーブルの下から軽快な音楽が鳴り出した。
この声は確か那珂という軽巡の歌だ。
提督「おっと、ごめんごめん」
叢雲「連絡?」
提督「やっば遠征帰ってきてるって」
叢雲「そういえば予定がずれ込んでたわね」
提督「ごめん叢雲。行ってくる」ガタ
叢雲「カレーどうすんのよ」
提督「お好きに、食べてもいいよ」
叢雲「はいはい」 - 43: 2019/11/02(土) 04:49:45.95 ID:bR8MUREO0
- 提督「急でごめん。案内の方は叢雲に任せるからゆっくり食べててください」
男「了解」
叢雲「ほらさっさと行ってあげなさい」
提督「ああ」ダッ
特に怒るでもなくヒラヒラと手を振る叢雲。
よくあることなのだろう。
男「彼は何を?」
叢雲「出撃や遠征の帰りは必ず迎えにいくようにしてるのよ。報告やらもそこでね。過保護なのよ」
男「いい人じゃないか」
叢雲「甘いのよ。皆にも、自分にも」
そう事も無げに言うとお茶を豪快に飲み干す。
男「甘い、か」
叢雲「子供扱いして」ボソッ
男「ん?」
叢雲「なんでもないわ」
当然聞こえていた。
が、彼女が初めて口にした不満にあまり触れるべきではないと思った。 - 44: 2019/11/02(土) 04:50:48.26 ID:bR8MUREO0
- 叢雲「それにしても、驚いたわよさっきは」
唐揚げ丼をペロリと平らげ提督の残したカレーに手をつけ始める叢雲。
艦娘は基本的によく食べるものだと知ってはいるが目の前でこれだけの量を当然のように食す様はやはり壮観である。
提督「さっきとは?」
叢雲「飛龍の事よ」
提督「ああ」
締めの味噌汁を啜る。
うむ、好みの濃さだ。グルメ本を書くなら星三つだろう。
提督「喋れる事、か」
叢雲「そ。確かに調査員なんだしそれくらい当たり前なのかもしれないけれど、提督でもないのに実際に喋れる人間を見たのは初めてよ」 - 45: 2019/11/02(土) 04:51:34.92 ID:bR8MUREO0
- 男「逆だよ。調査員だから喋れるんじゃない。喋れるから調査員になれたんだ。いやそもそも調査員なんてものが出来たのも俺がいたからだしな」
叢雲「へえ、何か事情があるってとこかしら」
男「そんなところだ」
叢雲「アナタも苦労してるのね」
男「君もか」
叢雲「皆苦労してるのよ」
男「世知辛い世の中だな」
叢雲「甘いのはカレーくらいなものよ」
男「カレーといえば」
叢雲「なによ?」
男「普通に食べるんだな」
叢雲「普通?どういう意味よ」
男「そのスプーン提督が使ってたものだろ?」
- 46: 2019/11/02(土) 04:52:04.50 ID:bR8MUREO0
- 叢雲「ええ、そうだけど」
何言ってんだこいつという目で見られた。あまりそういう事を気にする質じゃなかったようだ。
叢雲「そう、だけど…」
まあ間接キスなんて今どき流行らないか。まして見た目は子供とはいえ軍人として日々働く身。そんなことをいちいち
叢雲「…」
男「あれ?」
叢雲「…」プルプル
俯かれた。しかも何か震えている。
頭の、耳?は警告色になっているし。
男「む、叢雲さん?」
叢雲「…辛いのよ」
男「さっき甘いって」
叢雲「五月蝿い!」
男「はい!」
真っ赤な顔でそう喚かれた。
- 51: 2019/11/14(木) 05:09:13.33 ID:ilPFB3QM0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【鎮守府:廊下】
叢雲「ここが男子トイレよ」
男「はい」
叢雲「…なんでさっきから敬語なのよ」
男「いや、なんか、すみません」
叢雲「あーもう!さっきのは忘れなさい!私も忘れるから!いいわね!」
男「えぇ忘れろっても「い い わ ね ?」アッハイ」
おっかねえ。
叢雲「さて、アナタが使いそうな施設はこんなところね。後どこか案内してほしいところはある?」
男「そうだな。ドックとか工廠なんかは必要になったら案内してもらうかな」
叢雲「さいで。あーそうだわ、部屋を忘れてた」
男「おう」
叢雲「一応要望通りあの子の部屋の隣と司令官の部屋の隣、2つを用意したわ。どっちにする?」 - 52: 2019/11/14(木) 05:09:44.61 ID:ilPFB3QM0
- 男「前者で頼むよ」
叢雲「りょーかい。で、理由は?」
男「2つ用意させた理由か?」
叢雲「ええ。前者を選んだ理由も」
男「一概には言えないが、概ね危険度の違いだな。安全なら側に居た方が都合がいい」
叢雲「なぁんだそれだけなの」
男「一体何を期待したんだよ」
叢雲「もっと私なんかが考えもつかない特殊な理由があるもんだと思ってたわ」
男「提督もそうだが、俺の事を特別視し過ぎだよ。精々カウンセラーもどきみたいなもんだぞ」
叢雲「珍しい仕事だもの、仕方ないでしょ」
男「それはまあわかるけどな」 - 53: 2019/11/14(木) 05:10:37.50 ID:ilPFB3QM0
- 叢雲「それと、敬語。使わないのね」
男「?どういう事だ」
叢雲「敬語よ。司令官には頑なに使い続けるくせに私達には使わないじゃない。初対面なのに」
男「あー悪い。気に触ったか?」
叢雲「別にそれはいいわよ。私としてはその方が楽だし。でも部外者は皆よそよそしく敬語を使ってくるか、下心丸出しで馴れ馴れしくしてくるかだから気になったのよ」
男「何故と言われるとなぁ。まあ実際の年齢はともかく艦娘って基本的に皆見た目は年下だし、なんとなく子供扱いしてしまうところはあるかもしれん」
叢雲「…へぇ」
男「あ、いや、別に見下してるとかそういう事じゃなくてだな」
叢雲「分かってるわよ。ただ、やっぱりアナタも変わってるわねって」
男「?」
何か妙に納得したという顔をされた。
その賢しら顔がなんだか癪に障るので問いただしてやろうと思ったがどうやら目的地に着いてしまったようだ。 - 54: 2019/11/14(木) 05:11:23.60 ID:ilPFB3QM0
- 叢雲「ここね」
一階。
鎮守府の端の方にある例の部屋の隣。
まだ彼女は寝ているのだろうか。
叢雲「でこれがこの部屋の鍵」チャリ
男「たしかに」
叢雲「…」
男「?」
差し出された鍵を受け取ろうと手を出したが叢雲は中々鍵を手放さない。
叢雲「ねえ、多分アナタは十二分に分かっていると思うけれど一応言わせて頂戴」
男「なんだよ改まって」
叢雲「他の艦娘と気軽に接触しない事」
男「…」
叢雲「たまにいるのよ、外からのお客様に。まあカワイー女のコばっかりだし?軽率に声をかけたくなるのは分からなくもないけれど」
男「ここも昔何かあったりしたのか?」
叢雲「無いわよ。幸いにも今のところは」
それは、よかった。 - 55: 2019/11/14(木) 05:11:55.20 ID:ilPFB3QM0
- 叢雲「鎮守府にとって司令官以外の人間は異物よ。それに過剰に反応してしまう娘がいないわけじゃない」
男「分かってるよ。よく」
叢雲「でしょうね。だからまあ、一応よ」
そう言うとようやく鍵を渡してくれた。
男「それじゃ、ご開帳」
隣の部屋と違い1つしかない鍵を開け部屋に足を入れる。
男「おーこりゃいい」
叢雲「急拵えだから簡素なものだけど、気に入ってもらえたなら幸いね」
男「十分だよ。所詮は仕事部屋だ」 - 56: 2019/11/14(木) 05:12:40.11 ID:ilPFB3QM0
- 部屋は一人暮らしには十分すぎる大きさだ。
大きな窓から午後の日差しがこれでもかと差し込んでいる。
家具はベットと仕事机にタンスのみ。
他はがらんと空いて何も無い。
叢雲「こっちがお風呂。と言ってもシャワーだけなんだけど。トイレは悪いけど向こうの共同の使ってちょうだい」
男「風呂まであるのか」
叢雲「元々人間用に作られてるのよ、ここ。使わなかったからこうして放置されてただけ」
なるほどね。人間用…作業員等を入れる予定があったのだろうか。しかしこの部屋…
男「…」
叢雲「隣とは大違いよね」
男「顔に出てたか?」
叢雲「司令官と同じ顔だったわよ」
男「そうかい」
叢雲「こっちは壁や窓を丈夫にする必要はなかったから広々と出来たわ。キッチンやトイレなんかが欲しいなら言ってちょうだい」
男「そこまでしてもらう気は無いよ」
叢雲「あ、勿論予算はそっち持ちよ?」
男「尚更いらん」 - 57: 2019/11/14(木) 05:13:15.21 ID:ilPFB3QM0
- 男「さて、後は荷物運びか」
叢雲「そう言えば外に止まってたのってワンボックスカーよね?そんなに荷物あるの?」
男「俺自身の荷物は少ないさ。男だしな。問題は仕事関係の方だ」
叢雲「手伝いはいる?」
男「んー正直欲しい」
叢雲「なら丁度いいわ。紹介しておきたい娘もいるしね」
男「紹介?」
叢雲「えぇ」
そう言うと恐らく仕事用であろう端末を取り出して連絡を取り始めた。 - 58: 2019/11/14(木) 05:14:02.75 ID:ilPFB3QM0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
江風『いよっす!江風ってンだ、よろしくな』
飛龍『飛龍でーっす。さっきぶりだね、よろしくぅ』
透き通るような赤紅色の長髪を揺らしながら右手を大きく挙げて挨拶する駆逐江風。この制服は確か改二か。白いマフラーが髪と共に揺れる。
近頃はすっかり見なくなった気がするブイサインでまるで十年来の友人かのようにノリノリで挨拶してきた元気娘飛龍。先程の食堂の件からしてもそうだが初対面だろうと人に対して遠慮がない。
以上二名。
叢雲『ご感想は?』
男『馴れ馴れしすぎやしないか』
叢雲『礼節に関して2人にこれ以上を求めるのは無意味よ』
男『いや俺は構わないが、お偉いさんとか来たらどうするつもりなんだ』
叢雲『絶対に合わせない』
飛龍『ねぇねぇ、呼び出されたと思ったらなんか悪口言われてない私達?』ヒソヒソ
江風『もっと個性的な挨拶とかの方がウケがいいンスかねぇ』ヒソヒソ
叢雲『そうじゃないわよ』 - 59: 2019/11/14(木) 05:14:48.73 ID:ilPFB3QM0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男『というわけで2人に荷物運びを頼みたいんだ』
車へ向かいながら経緯を説明する。
江風『なるほどね。うンうン、任せとけって』
飛龍『でも私達をわざわざ呼ぶ程大層な荷物なの?』
叢雲『それは私も知りたいわね』
男『見りゃわかるよ。衣服とかは大した量じゃないからいいが、一個だけどうしても俺じゃ、いや人間じゃ厳しいものがあってな』
飛龍『なんだろー、人だと近づくのも危ういような薬とか?』
江風『核兵器とか?』
男『お前ら俺をなんだと思ってんだよ…』
叢雲『ほらさっさと行くわよ』 - 60: 2019/11/14(木) 05:16:06.69 ID:ilPFB3QM0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【廊下】
江風「」ジーッ
男「…」
駐車場はそう遠くない。廊下を渡り建物を出れば直ぐだ。しかし、
なんかすっげぇ見てくる。睨んでる訳じゃないが視線が凄い。
飛龍『えいっ』ペシッ
江風『あいてっ』
飛龍『あんまり見ない』
江風『えーだってさあ』
男『やっぱ気になるか?』
江風『そりゃもうモチのロン』
飛龍『まあ提督以外の人間ってあんまり見る機会ないしねぇ』
江風『そうそう。普段お偉いさンとかが来る時はウチらはたいてい出撃とか遠征だしさ』
男『ほお』
叢雲『たまたまよ、たまたま』
会わせない、とはそういうことか。 - 61: 2019/11/14(木) 05:17:01.78 ID:ilPFB3QM0
- 江風『でもやっぱこうして見ても提督とさほど変わらないように見えるな』
ん?どういう意味だ?
叢雲『そりゃそうでしょ』
飛龍『でもちょっーと提督のがヒョロいかなあ。でも提督の方が筋肉はあるわね』
男『見ただけで分かるのか』
飛龍『歩き方とかで』
男『マジかよ』
江風『なあなあ。アンタからはウチらはどう見える?』
男『見える?見えるって、そのまんま見えてるが』
江風『そのまんまってどんなさ』
男『そのまんまは、鏡に映る自分と同じって事だろ』
なんだ?何が言いたい?
江風『いや、だって鏡はただ反射してるだけじゃンか。そーじゃなくてアンタの瞳には何が見えてるかって話さ』
そう言って手で丸を作りメガネのように自分の目にかける。 - 62: 2019/11/14(木) 05:17:55.70 ID:ilPFB3QM0
- 男『瞳…』
言ってる意味が全然分からない。瞳だって鏡と同じ光の反射だ。
今俺の瞳に反射している姿は彼女達のそのまんまの姿。そうじゃないのか?
叢雲『無駄話はおしまい。ほら、見えてきたわよ』
飛龍『おーあれで来たの?』
男『まあな』
江風『お、じゃあ運転出来ンのか!いいなぁ私も運転してみたいんだよなあ』
叢雲『運転免許は厳しいらしいわね』
飛龍『そもそも私達外に出るのも一苦労だしね』
江風『あー地上も思いっきり走ってみてーなー』
飛龍『免許と言えば夕張とかはなんか持ってたよね』
叢雲『電気、なんとかみたなやつね。あれは私達でも簡単に取れるらしいわよ』 - 63: 2019/11/14(木) 05:19:11.71 ID:ilPFB3QM0
- 男『取ってどうするんだ?』
江風『なンかカッコ良さげじゃんか』
飛龍『あーなんかでっかいの見える』
男『ああそうだ。これが運んで欲しいブツだ』ガタン
白のワンボックスカー。その後部を開ける。
江風『うわ、なンじゃこりゃ』
飛龍『GANTZの四角バージョンみたいな』
江風『ドミネーターとかはいってそう』
叢雲『羊羹みたいね』
三者三様の反応。
江風『羊羹?』
飛龍『羊羹かぁ』
叢雲『悪かったわねばば臭くて!!』
誰もそんな事言ってない、とは勿論言わない。
- 64: 2019/11/14(木) 05:19:53.93 ID:ilPFB3QM0
- 中にあるのは車の白とは対称的に真っ黒な四角い箱。
縦横50cmほどの箱。端的に言ってデカい。
叢雲『これ重さはどれくらいなの?』
男『持ち上げてみりゃわかる』
江風『きひひ、まあ見てなって。ふんっ!ン!ん!?』
飛龍『うわービクともしない』
叢雲『重さ幾つよこれ』
提督『ギリギリ床が抜けないくらいらしい。200は確実に超えてるな』
江風『そりゃ持ち上がらないわけだ』
飛龍『それじゃ、改めて運ぶとしますかね』
江風『おう』 - 65: 2019/11/14(木) 05:20:26.54 ID:ilPFB3QM0
- 飛龍が車の中に入り反対側をもつ。
飛龍『せーの』
スッ、と先程までビクともしなかった箱が持ち上がる。
男『流石に艦娘パワーだな』
叢雲『なんなら車ごといけるわよ?』
男『それは勘弁だ。あ、一応割れ物注意だからな、落とすなよ』
飛龍『だいじょぶだぁって。ほらほら』ヒラヒラ
男『おい!手を振るな手を!』
江風『ちょ!飛龍さんバランスバランス!』ガクン
飛龍『え?わたっ、とと!』ガシッ
江飛『『セーフ…』』
男『人選ミスだろこれ』
叢雲『悪気はないのよ2人とも…』 - 66: 2019/11/14(木) 05:20:55.91 ID:ilPFB3QM0
- 江風『これ全部衣服なのか?』
男『違うよ。生活用品はこれと、これだ』
叢雲『カバン2つだけ?逆にこっちは少なすぎないかしら』
男『野郎の荷物なんて大したもんじゃないさ。必要なら適当に補充するしな』
飛龍『私としてはそっちの荷物も気になるところだな~』
男『よく分からんが期待には答えられないと思うぞ』
飛龍『え~見てみないとわかんないわよ』
男『ろくなことにならんのは分かる』 - 67: 2019/11/14(木) 05:21:24.94 ID:ilPFB3QM0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【鎮守府:廊下】
飛龍『your best ! my best !生きてるんだから』♪
江風『失敗なんて、メじゃない』♪
叢雲『少しは反省しなさいよ』
男『歌うのはいいが気を緩めるなよ』
飛龍『2人は!』
飛江『『プリキュア~』』
男『…』
飛龍『うわやっば。目がマジだこれ』
江風『私は見えないから知りませーン』
飛龍『あズルい!箱に隠れるな!』
江風『ほら、私らちっさいから』
飛龍『いっつも大きくなりたーいって言ってるくせにぃ』
江風『それはそれという事で』 - 68: 2019/11/14(木) 05:22:10.18 ID:ilPFB3QM0
- 男「… 」
わざとやってんのかってくらい騒がしい。
叢雲「いえ、違うのよ…?一応意味のある人選なのよ…」
男「人馴れしてる、だろ?」
叢雲「分かってるなら話が早いわね」
男「でも慣れすぎじゃないかこれは」
叢雲「性分なのよ。飛龍は空母の、江風は駆逐艦の。2人とも中心的な立ち位置だから見知っておくといいわ」
男「コイツらがリーダーなのか?」
叢雲「リーダーってわけじゃないわよ。ただ、そうねえ、何か動く時必ず先頭で突っ走ってく、そんな感じよ」
男「なるほどね」
江風『あれ?なに話してンだ?』
飛龍『あー内緒話してるー。逢引だ逢引、提督に言いつけてやろ』
叢雲『んなわけないでしょ。ほら前見て』 - 69: 2019/11/14(木) 05:23:19.04 ID:ilPFB3QM0
- 江風『ところでよぉ、ひとつ質問なンだけどさ』
男『なんだ?』
江風『この箱ってあの紅ちゃんの隣の部屋に運ぶンだよな?』
男『そうだが、紅ちゃん?』
飛龍『あの娘の呼び名よ。名前がわからないのは仕方ないとして、呼び名くらいないと不便でしょ?』
江風『で、臨時で紅ちゃんってわけさ。発案は誰だっけかな』
男『なるほど』
飛龍『他にも眠り姫、赤ずきん、撫子、さくらとか色んな呼び方があるわよ。あ、さくらは真宮寺さくらのさくらね』
男『統一してないのか…』
真宮寺さくらって誰だ。
叢雲『それで、質問って何よ』
江風『ン、あ~それな。この箱だけどさ、入口から入るのかなって。変形とかする?』
男『あ』 - 70: 2019/11/14(木) 05:26:06.78 ID:ilPFB3QM0
- 叢雲『え、ノープランなのそこ』
男『ま、窓から行けるか?』
飛龍『ベランダなら網戸とか外せばいけるんじゃない?』
男『じゃあそれで頼む』
飛龍『はーい、って逆方向じゃん!』
男『すまん、失念してた』
江風『こりゃ高くつくぜぇ調査官殿』
男『本当に済まない』
叢雲『ほらさっさと戻るわよ』
男『…なあ、一ついいか』
飛龍『ん?』
江風『んぁ?』
叢雲『何よ』
男『あの娘の名前、実際に呼んだりしてるのか?』
叢雲『呼ぶも何も、まともに会話だって出来てないわよ?』
男『そうか…そりゃそうだ』
ならいい。なら、いいんだ。 - 71: 2019/11/14(木) 05:27:10.16 ID:ilPFB3QM0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【部屋】
江風『ふぃーなンとか入ったな』
飛龍『大丈夫なのこれ?ほんとに床抜けない?』
叢雲『一階だしこれくらいなら、多分』
男『今んとこ抜けたことはないから大丈夫だとは思うんだがなあ』
江風『しっかしこの殺風景な部屋にこれだけドカンとあるとなンつーか威圧感が凄いよなあ』
飛龍『ますますGANTZね』
江風『いやいや、よく見ると確かに羊羹にも見えるかも』
叢雲『アンタ明日からトイレ掃除ね』
江風『あー!乱用だ!職権乱用だ!!』 - 72: 2019/11/14(木) 05:27:39.37 ID:ilPFB3QM0
- 飛龍『ねえねぇ!これ何に使うものなの?やってみてよー』
男『ダメだ。企業秘密だからな。そのためにこんな頑丈にしてあるんだから』
江風『じゃあさ、運搬のお礼にって事でちょっち見せてくれよ。先っちょ!先っちょだけでいいから!」
叢雲『なぁに言ってるのよ。あんだけふざけて運んだんだからチャラよチャラ。ほら行くわよ』
江風『ちぇー』
男『悪いな。礼はまた今度に』
飛龍『絶対だからね!』
江風『じゃねー』
バタン。
3人が部屋から出ていく。 - 73: 2019/11/14(木) 05:28:09.98 ID:ilPFB3QM0
- 男「…」
さてと、
忍び足で今しがた3人が出ていった扉までいく。
扉に耳を当てると廊下から声が聞こえる。
江風『飛龍さんはなンだと思います?』
飛龍『んー自白剤とか?」
江風『その発想はなかったっス…」
飛龍『現実的なとこだと思うんだけどなあ』
江風『そりゃあそうかもしれない、なくもないかもですけど。でも…』
飛龍の中で俺はどんなイメージなのだろうか…
だいぶ離れたのか2人の声が聞こえなくなる。
2人。
つまり叢雲は一緒ではない。 - 74: 2019/11/14(木) 05:29:13.99 ID:ilPFB3QM0
- 外から足音がする。
忍び足のようだが部屋の中と違い廊下では木製の床の軋む音を抑えることは出来ないようだ。
足音が、扉の前で止まった。
少し迷ったが、俺はドアノブに手をかけ
男「せいっ!」ガチャッ
叢雲「うきゃあ゛!」ドサッ
思い切り引いた。
どうやら扉に前のめりで寄りかかっていたらしい叢雲がこちらに倒れてきたので片腕で受け止める。
やはり駆逐艦は軽い。
叢雲「あー、えっとー」
男「新聞ならいらねえぞ」
叢雲「あははー失礼しましたー」
男「待てい」ガシッ
叢雲「グエッ」 - 75: 2019/11/14(木) 05:29:46.48 ID:ilPFB3QM0
- 叢雲「はぁ…しっかり対策済とはね」
男「信用されない立場だからな。盗み見盗み聞きには気をつけてるんだよ」
叢雲「前例があったわけね」
男「まあな。とはいえこうして俺を警戒する気持ちもわかるから強くは言えないんだがな」
叢雲「監視カメラ等がないのも知ってるってわけ?」
男「ああ。途中で設置されてもすぐ分かるぞ」
叢雲「…そのための箱、という事かしら?」
男「いい発想だ。不正解だけどな」 - 76: 2019/11/14(木) 05:30:14.11 ID:ilPFB3QM0
- 叢雲「ハイハイ私の負けよ。今日は大人しく引いておくわ」
男「少しくらいは様子を見てくれよ。俺を信用するかどうかはそれから決めてくれ」
叢雲「随分謙虚ね」
男「言ったろ、そっちの気持ちも分かるって」
叢雲「わかったわよ。それじゃ」
男「おいおい、扉くらい閉めてけよ」
叢雲「それじゃあなたが不安でしょ?なんなら執務室まで送って貰ってもいいのよ」
男「こんにゃろ」
叢雲「お返しよ」
チロと舌を出して得意げな表情で部屋を出ていく。 - 77: 2019/11/14(木) 05:31:25.48 ID:ilPFB3QM0
- 男「…こりゃ手強いな」
扉の下の隙間に滑り込ませるように置いてあったボタンのような物を拾い戸を閉める。
さっきの倒れかけた時に咄嗟に投げたか?
盗聴器かな。本当にバレるかどうかのテストといったところだろうか。
勿体ないからタオルでくるんでバックの中に入れる。
しかしこんなものを既に用意しているとは、思った以上に用心してるんだなここは。
男「それじゃ本格的に始めるとするか」
黒い箱から伸ばしたコードをコンセントに刺し電源を入れる。
聞きなれたモーター音とともに箱が変形しだす。
キーボード、モニター、パネル、アンテナ。色々なものがまるで裁縫箱のように展開される。
相も変わらず作者の趣味前回の無駄な細工だが。
起動に問題はなし。故障もなし。電波もちゃんと来てる。
キーボードを操作していつもの画面を出す。
- 78: 2019/11/14(木) 05:32:07.10 ID:ilPFB3QM0
- ポン、という間の抜けた音とともに画面が切り替わる。どうやら起きていたようだ。
男「こっちは無事セッティング終えたぞ。仕事だ仕事」
「あ゛ーーー、仕事ねぇ…仕事…まだ早いんじゃない?」
寝起きなのかいつもの特徴的な声がさらに独特なものになっている。
そういえば以前に鼻声だと言ったら怒られたな。
画面には事務所が映っているが、肝心の話し相手の姿が見えない。
男「早い方がいいに決まってんだろ」
「締切終わったばっかで寝不足なのぉ~休ませて」
画面の下で何かがもぞもぞと動いている。そこで寝てたのかこいつ…
男「お前の行動に口を出さないのは仕事をちゃんとやる場合だけだって言ったの忘れたかおい」
「ぶぇ~ケチんぼ」
男「口を出すなって言うなら金ももう出さんぞ」
「ぐっ…分かった分かった分かりましたよぉー。で何するのさ」 - 79: 2019/11/14(木) 05:32:40.92 ID:ilPFB3QM0
- 男「今回の艦娘の特徴を全部送る。それで全軍艦のデータと照らし合わせてくれ」
「ちょっ!?全部!?全部って言ったあ!?」
男「海外艦の線は今のところなしだ。事前情報通り駆逐艦というのが有力だが如何せん記憶なしだ。一応他も頼む」
「うわぁマジかぁやべーやこりゃ」
男「外見的な特徴は機械じゃ判断できないからな。人がやるしかない。お前の得意分野だろ?」
「描くのはね…」
男「なにかわかり次第追加で送る。頼んだぞ」
「ラジャりましたぁ」
男「あーでもその前に」
「まだ何か」
男「風呂入って目え覚ましてこい」
「…やんエッチぃ」
声はすっかりいつものお調子者のそれに戻っていた。 - 84: 2019/11/22(金) 04:33:21.95 ID:q5DK4WWN0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
自分の部屋を片付けて隣の部屋に行ってみると彼女はまだ寝ているようだった。
さてこうなるとやる事がないな。
という事で少し早いが夕飯にしようと食堂に来たのはいいのだが、
男「忘れてた」
まだそれほど混んではいないがそれでもこの大所帯。それなりの数の艦娘が食堂にいる。
その彼女達の視線が全て食堂に入ってきた俺に向けられる。
決して好意的ではない視線が。
直前に妙に人馴れした飛龍達に会っていたせいかすっかり忘れていたが人間への反応なんてこんなものである。 - 85: 2019/11/22(金) 04:34:52.04 ID:q5DK4WWN0
- 男「…」
さてどうするか。
ここで引き返すのはかえって印象が悪い。
とはいえこの状況でゆっくり飯が食えるほど俺の精神は強くない。
仕方ない。すぐ食べられる物を選んで速攻で出るしか
飛龍『チャオー!えーっと、男さん?男君?様にしとく?』
男『うお!ビックリした。飛龍、と蒼龍だったな』
蒼龍『は、はい。蒼龍です』
ぎこちない反応。しかしこれが普通だ。飛龍の方が異常と言える。
姉妹艦だったか。どうやら飛龍に着いてきたようだ。
止めるわけでもなくかといって離れるわけでもなく、ついつい一緒に来てしまったと言った感じか。
男『男でいいと言ったろ』
飛龍『いやぁ呼び捨てはちょっとねぇ。あだ名とか付けたげよっか?』
男『断る』
艦娘との距離を縮めるにはいい手かもしれないが、単純に俺が嫌だ。 - 86: 2019/11/22(金) 04:35:28.05 ID:q5DK4WWN0
- 飛龍『他の鎮守府ではどんな呼ばれ方してたの?』
男『他の鎮守府か』
艦娘達との関係はお世辞にもいいとは言えないものばかりだったからなぁ。
男『あ、部下からは課長と言われてるな』
飛龍『課長なの?』
男『一応な』
飛龍『へー…ねぇ蒼龍、課長ってどれぐらい偉いの?』
蒼龍『ランクで言ったらフラタとかフラヲくらい?』
飛龍『あーんーなんか微妙なとこね。でも適度にムカつく』
よく分からんが馬鹿にされてる感がある。
- 87: 2019/11/22(金) 04:37:58.68 ID:q5DK4WWN0
- 飛龍『じゃ課長で』
男『まあその方が馴染みがある』
飛龍『蒼龍もそれでいいっしょ?』
蒼龍『うん。よく考えたら提督だって提督だもんね』
飛龍『確かに。あーっとそれより早く注文しようよ。課長は何にする?私のオススメはねぇ生姜焼き定食。蒼龍はメガ盛り焼肉定食ね』
蒼龍『ちょっと!たまによ!いや好きだけど、出撃とかで疲れてる時だけだから!』
飛龍『さらに食後にこのでかい方のパフェをねえ』
蒼龍『ひーりゅーうー』パタパタ
男『あーまあ艦娘は消費カロリーが大きいからな。よく食べるのはいい事だろう』
蒼龍『違う!違わないけど!違うから!』
うん、この騒がしさは確かに姉妹だな。
けして喧しくはなく、まるで軽快なリズムで鳴り続ける太鼓のような印象を受ける。 - 88: 2019/11/22(金) 04:38:35.84 ID:q5DK4WWN0
- 結局流れで3人とも焼肉定食となった。勿論メガ盛りではない。
飛龍『課長は嫌いなものある?』
男『キムチだけは今後一生食わないと決めている』
蒼龍『なんで?』
男『トラウマがな…』
飛龍『何やったらキムチなんぞにトラウマできるのよ』
男『内緒だ。こいつだけは墓まで持っていく』
飛龍『ちなみに提督は唐揚げが嫌いよ。何故か』
男『何故か』
飛龍『うん。何故か』
蒼龍『叢雲ちゃんも知らないんだって』
食堂の端の空いていたスペースに三人で座る。
俺と対面する形で飛龍蒼龍の並び。
- 89: 2019/11/22(金) 04:39:12.38 ID:q5DK4WWN0
- 案の定艦娘である2人は食べるペースが早い。あっという間に平らげてしまった。
俺も別に遅い訳では無いのだが。
男『2人はあの娘に会ったことはあるか?』
飛龍『あーさくらちゃんの事?』
蒼龍『撫子ちゃん?』
男『やっぱ呼び名はバラバラなのな』
飛龍『私は会ってないんだぁ。写真だけ。すっごく可愛かった』
蒼龍『私は寝顔だけチラッと。こう、ギュッとしたくなる感じの娘だった』
飛龍『分かるー。一緒に寝たい。お風呂とか入りたい』
蒼龍『ね!ね!絶対抱き心地いい!』
飛龍『絶対メイド服とか似合う!』
蒼龍『私は水着とか試したい!』
飛龍『髪なんかもいじりがいかありそうで!』
蒼龍『ウェーブかけたい!』
男『待て待て落ち着け』
女子トークになった途端ヒートアップする。
- 90: 2019/11/22(金) 04:39:44.31 ID:q5DK4WWN0
- 蒼龍『課長は抱きたくならなかった?』
男『なるか。そんな事したら殆ど犯罪者だろ』
蒼龍『え~そうかな』グゥ
飛龍『あ』
男『…』
蒼龍『』カァ
真っ赤になった。蒼龍なのに。
飛龍『よし行こう!デザート食べに行こう!』
男『俺の事は気にするな』
蒼龍『もうダメ…お嫁に行けない…』
飛龍『はーい行きますよ~ほれほれ~』
- 91: 2019/11/22(金) 04:40:28.83 ID:q5DK4WWN0
- 青とオレンジの背中を見送る。
しかし飛龍はすごいな。コミュ力の塊みたいなやつだ。それに気遣いもできている。
蒼龍の方と一度話出せば飛龍と変わらない印象だが、それは彼女がいるからこそのように思える。
さっき話しかけてきたのもパッと見て俺の置かれた状況を察したからだろう。
おかげでこうしてスムーズに料理を頼めたし違和感なく食堂に紛れられている。
とはいえそれに甘えるというのもどうかと思う。二人が戻る前に茶碗をからにする。
飛龍『ただまー』
蒼龍『あ、課長もう食べ終わってる』
男『やっと食べ終わった、だろ?』
蒼龍『そろそろ怒りますよ』
男『冗談だよ。悪いが俺は先に戻るよ』
飛龍『えーパフェ食べないのー?今ならあーんしてあげるよ、蒼龍が』
蒼龍『なんで!』 - 92: 2019/11/22(金) 04:41:27.19 ID:q5DK4WWN0
- 男『俺にも仕事があるからな。それと飛龍』
飛龍『はいはい』
男『ありがとな』
飛龍『ん?何が』
男『いや、なんでもない』
飛龍『大丈夫?パフェ奢る?』
男『奢るほうかよ』
飛龍『感謝は気持ちじゃなくて態度で示してよね』
男『遠慮ねえなおい』
蒼龍『飛龍は色々と根に持つタイプだもんね』
飛龍『ふふん』ドヤァ
何故ドヤ顔。
だがまあ、この借りはしっかり覚えておこう。 - 97: 2019/12/02(月) 04:28:06.03 ID:4Jx7eI/a0
- 腹ごしらえも済んだし一旦部屋に、
男「とその前に」
自室の隣の扉を開け中を確認する。
いつ目を覚ますかわからない以上こうしてちょくちょく確認するしかない。
カメラで監視という手もあるがそれはちょっとどうかと思うしなあ。
沈みかけた太陽の光は部屋にはもはや入ってはおらず室内はぼんやりと薄暗くなっていた。
神風「」
男「あー…」
落ちていた。ベッドから。
うつ伏せで床に這い蹲る彼女はその長い髪で身体を覆われているせいかますます貞子っぽく見える。
ピンクの貞子か…逆に不気味だな。 - 98: 2019/12/02(月) 04:28:41.42 ID:4Jx7eI/a0
- 男「…運ぶか」
別にこのまま床に寝ていても問題は無いのだが、見てしまった以上放っておくのもなんだし。
しかしどうしようか。体格は小学生程度とはいえ意識のない人間を持ち上げて運ぶのはそれなりに苦労する。
まあ起こしてしまったらその時はその時だ。
うつ伏せのからだを転がし仰向けにさせる。
顔にかかった髪を退けると彼女の穏やかな寝顔が現れた。
一向に浮かび上がってこないその不安定な意識は今どこで何を見ているのだろうか。 - 99: 2019/12/02(月) 04:30:12.93 ID:4Jx7eI/a0
- 肩の辺りと膝の下に手を入れお姫様抱っこの形で持ち上げる。
決して重くはないが意識の無い身体はまるで砂袋でも持っているかのようでとても持ちにくい。
腰に来るなこれ…すっかり鈍った身体については今後対策を講じるべきかもしれない。
男「ふぅ」ドサ
おっと、もう少し丁寧にベットに寝かせるべきだったか。
布団は、別に寒くもないしいいか。
さて戻ろう。
男「ん?」グィ
何かに服の裾を引っ張られた。
何か。
いやここに何かは一人しかいない。
まったく、今朝と同じくだな。 - 100: 2019/12/02(月) 04:30:49.66 ID:4Jx7eI/a0
- 男『あー、起こしてしまったかな?』
『起こす…私、寝てたの?』
男『ああ。ぐっすりとな。気分はどうだ』
『なんだかふわふわするわ。この前もそう』
男『この前、とは?』
『えっとね、叢雲と、司令官とお話した時よ』
男『ほほう。二人はなんて?』
『"妖精達が見えるか"って言ってたの。私、妖精なんて見た事ないから分からないと答えたわ』
男『それで』
『初めて見たわ。妖精っていうのを。とても小さくて可愛かった』
男『なるほど』
過去の船の記憶がない。そしてそれらを思い出そうとすると意識を失う。
しかしこうして艦娘として生まれてからの記憶はしっかりと残っているようだし、それを思い出そうとして意識も失わない、か。
当然妖精は知らない。
基本的な知識はやはりゼロか。 - 101: 2019/12/02(月) 04:31:44.78 ID:4Jx7eI/a0
- 部屋の明かりをつけ彼女と並んでベットに座る。
『えと、男さん、よね?』
男『課長と呼んでくれ。そちらの方が馴染み深い』
『課長なの?』
男『課長だよ。課長ってのは分かるか?』
『そこそこ偉い人』
男『…大体合ってる』
『課長さんはどうしてここに?貴方も鎮守府の艦娘なの?』
男『いや、俺は…人間だよ。司令官と同じね』
『貴方も、私とは違うのね』
男『そうとも言えるな。君は鎮守府についてどれぐらい知っている?』
『えっと、司令官が一番偉くて、その補佐を叢雲がしてて、他にも艦娘っていう人達がいっぱいいるって。それくらいしか聞いてないわ』
男『なるほど、ありがとう』
どうやら最低限の情報だけで留まっているようだ。これならば多少はやりやすい。 - 102: 2019/12/02(月) 04:32:19.65 ID:4Jx7eI/a0
- 男『俺は鎮守府の人間じゃない。この鎮守府は海軍に属するものだが、俺はその軍とは、まあ少し別の組織から来た者だ』
『…派遣の人?』
なんでそんな知識はあるんだよおい、とは言わない。そんな事で意識を失われては困る。
男『そんなところだよ、多分』
『何をしに?』
男『今回は、そうだな。教師としてだな』
『先生なの?』
男『そういう事もやっているんだ。例えば歴史なんかを教えたりな』
『歴史の先生なのね』
男『主に近代史だがな。でも好きなのは戦国時代だ。君は歴史と聞いてなにか連想するものはあるかい?』
『んーそうね。平安時代とかかしら』
男『大正時代なんかはどうだ?』
『大正時代?』
そう。彼女の唯一の特徴。
現時点で唯一の手掛かり。服装はどういうわけか大正時代のものに通じるものがある。何か覚えていればいいのだが。 - 103: 2019/12/02(月) 04:33:05.37 ID:4Jx7eI/a0
- 『あまりぱっと思いつくものはないわね』
男『…それもそうか』
なるほどな。大正時代という存在は知っているわけか。
もう少し踏み入ってみるか。
男『昭和時代なんかはどうだ?』
『昭和…えっと、大正の次で、それで…』コテン
男『ダメか…』
意識を失った彼女は俺の体によりかかってきた。
やはり大戦時の記憶が欠損していて、そこを中心に関連する記憶も抜けているようだ。
第二次世界大戦を中心にそれに近い記憶程抜けていて離れる程影響は少ないといったように思えるが、ここら辺はまだ検証次第だな。 - 104: 2019/12/02(月) 04:33:39.53 ID:4Jx7eI/a0
- 再び彼女をベットに寝かせ布団をかける。
そういえばこの分だと着替えもしていないようだが大丈夫なのだろうか。
パジャマとはいえずっとこのままというわけにもいくまい。風呂も、まあ寝たきりならそんなに要らないか?
いや、俺が心配してもしょうがないか。
明かりを消し牢屋に鍵をかける。
そう、牢屋だ。そう意識すべきだろう。
彼女をここから出すには、やはり相当な時間がかかりそうだ。
普段使われていないせいか明かりも少なくすっかり暗くなった廊下を執務室に向かって歩く。 - 109: 2019/12/09(月) 02:29:37.44 ID:PrUZMYEX0
- 男「失礼します」
執務室を扉をノックし声をかける。
提督「ああ、どうぞ」
『げっ!』
男「…ん?」
入室の許可に混じって何やら不穏な声がした。
ここで考えもなく扉を開けた自分を詰りたくなる。
瑞鶴『…』ムスッ
金剛『…』
提督「あー、お疲れさま」
男『邪魔でしたかな』
提督「いや構わないですよ。少し座って待っててください」
男『ええ』 - 110: 2019/12/09(月) 02:30:37.75 ID:PrUZMYEX0
- ソファに座り提督の方を見る。
彼のいる立派な机の前にこちらに背を向け二人の艦娘が並んで立っていた。何かの報告の最中だろうか。
僅かに緑がかったツインテールと迷彩柄の巫女装束のような服という特徴的な姿をしているのは空母の瑞鶴だ。迷彩ということは改装はしているらしい。
チラと振り向き突然やってきた邪魔者に対して隠すこと無く敵意を向けてくる。高めの身長に反して幼さの残る顔はまるで膨れっ面をする子供のような印象を受ける。
もう一人はブラウンのロングヘアに白ベースに赤のラインというまさに巫女服といった容姿。世間での知名度も高い戦艦金剛だ。
しかし金剛は瑞鶴と違った。こちらを横目で一瞥したときのあの冷ややかな視線は思わず鳥肌が立つ程だった。
彼女がどういった意図を持っていたにせよ一般人でしかない俺にとってそれは殺意と何ら変わらない威圧感だった。 - 111: 2019/12/09(月) 02:31:34.33 ID:PrUZMYEX0
- 会話はどうやら船団護衛の編成についてのようだ。流石にこういった話は素人の俺には分からない。
しかしこれ長くなるだろうか…明らかに部屋の空気が重い。俺のせいで話し合いに支障が出てなければいいが…
提督「よし、じゃあ続きは明日の演習で試しながらにしよう。二人ともお疲れ様」
瑞鶴『はーい。提督さんもお疲れ~』
金剛『お疲れ様デース提督ぅ!明日もよろしくネー』
二人が部屋の入口へ向かう。
機嫌の悪さを隠そうともしない瑞鶴とは対照的に普段と変わらない金剛。二人の性格がよく現れて
金剛『"課長さん"も、お疲れ様ネ』
男『…あぁ、お疲れ様』
そういう事か。怖い怖い。抑揚のない冷めた労いの台詞で察する。
課長呼びということは飛龍からの情報は鎮守府にちゃんと広がっているようだ。
わざわざ言ってきたという事は牽制、線引きという訳だ。流石は戦艦金剛と言ったところか。
- 112: 2019/12/09(月) 02:32:47.63 ID:PrUZMYEX0
- 提督「いやぁタイミングが悪かったみたいで申し訳ない」
男「構いませんよ。遅かれ早かれ彼女達とは接触しなければならないんだ」
提督「今叢雲を呼んだのでそのまま待っててください」
男「OK」
提督「僕も失礼して」ドサッ
机から離れソファに深々と腰を預ける。
男「どうですか、そこの椅子の座り心地は?」
来客に備えてか随分と立派に作られている机を見ながら問いかける。あの椅子では長時間の作業は負担だろう。
提督「それはどっちの意味で?」
男「え?あぁ、いや、ハハッ。貴方の思う方でいい」
思いがけない反応に、しかしつい笑いが零れた。
提督「堅苦しくてしょうがない。でもどうにも居心地がいい」
間違いなく本音だろう。そう確信させる目をしていた。"どちらの意味の回答でも"、それが本心だろう。 - 113: 2019/12/09(月) 02:33:26.77 ID:PrUZMYEX0
- 男「羨ましい」
提督「本気で?」
男「それなりに」
提督「座り心地はもう少し良くなって欲しいのですけれどね」
男「それは無理でしょうね。何せ作っているのがアレだ」
提督「あれ、いいんですかねそんな事言って」
男「椅子職人の話でしょう?」
提督「おっとそうでしたそうでした」
叢雲「あら、いつの間にか随分と打ち解けてるじゃない。それでいいのよ、それで」
提督「おー叢雲」
男「いつの間に…というか早いな」
叢雲「勿論。司令官の要望には即座に答えられるようにしているわ」ドヤァ
提督「もはやストーカーレベルだよね」ハハハ
叢雲「は?」ピキ
男「…」
褒めたつもりなんだろうなーこの男は。朴念仁なのか? - 114: 2019/12/09(月) 02:34:34.19 ID:PrUZMYEX0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
叢雲「それで、どうだった?一日あの娘(こ)といて」
男「一日と言っても会話ができたのは二回だけだ」
提督「二回?午前中以外にも目を覚ましていたんですか?」
男「ついさっき。それなりに会話はできましたよ。何かを思い出させなければ会話自体はそれほど問題ない」
叢雲「問題は私達の目的がその思い出させる事って点ね」
男「とりあえず先の会話で今後の大まかな方針は決まった」
提督「ほう、それは」
男「まず彼女は鎮守府という組織を一切知らない。ここの事もここにいる3人と他に大勢の艦娘という人がいる、という認識しかない。それを逆に利用しようと思う」
叢雲「利用?」
男「俺が教師として彼女につく。艦娘とはこうやって生まれた時は何も知らないから勉強が必要なんだと言ってな」
提督「あー、あぁ!なるほど。それは良さそうだ」
叢雲「確かに…彼女の負担は少なそうね」 - 115: 2019/12/09(月) 02:35:55.00 ID:PrUZMYEX0
- 男「と言っても現時点での、あくまで大まかな方針です。様子を見つつ彼女の反応を見てその都度調整は必要になるでしょう」
提督「ならこれから暫くはこの時間にこうして集まって報告を聞き話し合うとしましょう。専門家じゃないけれど僕らも手伝いはできるはずです」
男「それはありがたい。ひとまずはそれで行こう」
叢雲「それで、細かい方針は何かあるの?」
男「方針というか、今とりあえず知りたいのは食事が必要かどうかかな」
提督「うん。何せあの調子だから今の今まで何も摂取できていないんだよね。艦娘である以上"栄養摂取"は不必要だけど"食事"は必要だ」
叢雲「とは言えいきなり食堂というわけにもいかないものね。何か簡単に持ち運べる軽い物でも用意させとく?」
提督「そうしてくれると助かる。俺としてもな」
- 116: 2019/12/09(月) 02:36:29.13 ID:PrUZMYEX0
- 叢雲「そういえば夕餉はどうしたの?完全にスルーしてたけど」
提督「あっ」
男「食堂で食べたよ」
叢雲「あら、やるわね」
提督「なんか来客感全然なかったから忘れてたね」
男「飛龍のおかげでな、助かったよ。明日からは気をつける」
叢雲「へぇ飛龍が。ふぅん」
提督「いつもは来客には別室で少し豪華なものを出したりしてるんですけどね。いやほんと申し訳ない」
男「馴染んでると言ってくれるならそれが一番ですよ」
叢雲「明日はどうするの?」
男「別室とまではしてもらわなくても、でも出来れば二人のどちらかとは一緒が望ましいな」
- 117: 2019/12/09(月) 02:37:07.08 ID:PrUZMYEX0
- 提督「ならそうしましょう。食堂に馴染めるように」
叢雲「…明日って報告書あったわよね」
提督「あ゛」
男「報告書?」
叢雲「近海の調査報告書よ。深海棲艦(ヤツら)の動向を週一くらいで報告しなきゃなのよ。どんな小さな動きも見逃さないようにね」
男「ほぉ。それは知らなかったな」
提督「」
叢雲「終わるの?」
提督「」
叢雲「…」
提督「」
男「これは?」
叢雲「日頃からコツコツやらない怠惰な男の哀れな末路よ」
提督「ホント申し訳ない」 - 118: 2019/12/09(月) 02:38:02.68 ID:PrUZMYEX0
- 叢雲「てことでアンタはそこで仕事。私が食堂行くわ」
提督「無慈悲な…」
叢雲「安心なさい。後で私がご飯持ってきてあげるから」
提督「えーじゃあ誰かに夕飯作ってもらおうかなあ」
叢雲「」ピクッ
男「作ってもらう?」
提督「秘書艦は日毎に他の艦に変わってもらったりしてるんですよ。そこでいつからかその日の秘書艦とご飯を食べるのが流れになってて、僕が作ったり向こうが作ったりと色々とね」
男「ほお」
艦隊内でのコミュニケーションのためか。中々いいアイデアだ。
しかし料理までできるのかこの男。
提督「日中はどうしても艦隊の運用に時間を取られるのでご飯を作ってくれたりすると空いた時間を他に回せましてね」 - 119: 2019/12/09(月) 02:40:01.36 ID:PrUZMYEX0
- 叢雲「な、なら一緒に食堂行けばいいじゃない」
提督「報告書書かなきゃだから行けないって話だろ?」
叢雲「」
男「…」
あ、これはあれか。察した。
提督「それに秘書艦の制度も君の負担軽減のためにやってる所もあるんだしそこまではしなくても大丈夫だよ」
叢雲「…そう」
男「よ、よろしく頼むよ」
叢雲「ッ…」キッ
うわ睨まれた。どう考えてもとばっちりだろ俺は。 - 120: 2019/12/09(月) 02:40:33.15 ID:PrUZMYEX0
- 提督「では明日からはそういう事で」
男「あ、ああ…」
いいのかなぁそういう事で。口出すことじゃないんだが。
叢雲「司令官っ!」バンッ
提督「うおっ!」
男「えっ?」
叢雲「徹夜よ」
提督「は?」
男「ん?」
叢雲「徹夜で終わらせるわよ」
提督「…へ?」
男「あー…」
目がマジだ。 - 121: 2019/12/09(月) 02:41:01.36 ID:PrUZMYEX0
- 提督「べ、別にそこまで急を要するものじゃなくないかい?」
叢雲「四の五の言わずにやるわよ。明日の仕事はいくつか私がやっておくからやるわよ」
提督「えぇ…」
男「…徹夜ってのはやったりするので?」
提督「たまに…」
叢雲「昔はしょっちゅうやってたものだけれど」
提督「若さは力だよ」
叢雲「まだ若造じゃない」
提督「二十後半辺りからくるんだよ、急に。呪いみたいなのが全身に」
叢雲「何よそれ」
男「…」
それは分かる。 - 122: 2019/12/09(月) 02:41:35.38 ID:PrUZMYEX0
- 提督「君達は寝なくても平気だけど僕らは寝ないと二三日は引きずられるんだよ…」
叢雲「いつもたっぷり寝てるんだからたまには頑張りなさいよ」
提督「えぇ…」
叢雲「ほら、やるからにはさっさとやるわよ!終われば寝れるんだから」
提督「やるとは言ってなくない?」
叢雲「 や る わ よ 」
提督「ハイ」
男「あーうん。頑張って」
叢雲「じゃまた明日」
提督「こっちの事はお気になさらず…」
男「気にはなるが、まあどうこういうものじゃない」
提督「それもそうだ。では、おやすみ」
- 126: 2019/12/31(火) 23:34:29.98 ID:2t2tJjtO0
- 男「…」
扉を乱暴に叩く音で目が覚めた。
ベットに寝たまま手探りでスマホを手繰り寄せ時刻を確認する。
朝の6:18。
一体何の用だ?そもそも誰が扉を叩いているのか。
寝起きの機嫌の悪さを自覚しながらそれでも少し急ぎめで入口まで移動し扉を開ける。
男『はいはい、何の用ですか』ガチャ
叢雲「私よ、おはよ」
妙なアンテナが喋った。いや違う。
目線を少し下げるとそこには叢雲がいた。
男「叢雲?おはよう、どうしたんだ?こんな時間に」
叢雲「マルロクマルマル。艦隊総員起こしの時間よ。だからあなたも一応、ね」
ニヤリと笑う。うーんこの顔、さては嫌がらせの類だなこれ。
男「なるほどね。そりゃご親切にどーも」 - 127: 2019/12/31(火) 23:35:11.03 ID:2t2tJjtO0
- 鎮守府の朝はどこも早い。
なんなら平日は灯りの消えない鎮守府だってある。
男「ここはいつもこの時間なのか?」
叢雲「そうね。6時に声掛けて、暫く猶予を与えた後布団にしがみついてる奴らを叩き起していくのよ」
男「ならこれからその叩き起しってわけかい」
叢雲「これからじゃないわ。今まさによ」
男「あぁなるほど。布団にしがみついてるとさっき叩かれていた扉みたくなってたわけだ」
叢雲「気をつけなさいよ。アナタは私達や扉と違ってそれほど頑丈じゃあないもの」
男「肝に免じておこう」
眠気はすっかり覚めていた。 - 128: 2019/12/31(火) 23:36:17.26 ID:2t2tJjtO0
- 男「君の今後の予定を聞いてもいいか?」
叢雲「全員の起床を確認。今日の各自の予定を改めて通達、各自目を通したか確認。早番の娘達の航路や日程を確認送り出し。夜番の娘達の帰投確認、で報告受けてとりあえずは朝餉ね。司令官は、まあ起きないでしょうけど」
サラッと簡素に答えたがこれだけでもどれほど忙しいかわかる。
今は端末等で事足りるとは言え百を超える部下をまとめあげるのは並の苦労じゃない。
早番というのは恐らく早朝からの遠征や船の護衛だろう。夜番はそれを夜通しやっている艦隊か。
男「改めて聞くとえらい忙しさだ」
叢雲「この身体じゃなきゃ三日持たないわよ。それでも司令官は睡眠を取れって言うけれどね」
男「そうなのか?」
叢雲「ええ。わざわざ秘書艦を交代制にしてまでね。いい夢を見ろって事らしいわ」
男「いい指揮官じゃないか」
叢雲「そう?押し付けがましいと思わないでもないわよ。夢なんか見なくたって、私はあの人の隣いにいる限りは人であり続けられると思うのだけれど」 - 129: 2019/12/31(火) 23:36:48.60 ID:2t2tJjtO0
- 男「あって欲しいという思いだよ。きっと」
叢雲「…ま、だから私から何か言ったりはしないのだけれどね」
提督と叢雲。二人の間にある信頼は少し変わったもののようだ。
最もその印象もお互いが人間だったら、という前提あってのものだが。
叢雲「それで、アナタの方はどうなのよ。今後の予定は」
男「あの娘の様子を見ているよ。起きるようなら一緒に朝食を摂りたいところだが」
叢雲「彼女次第ってわけね。はいコレ」
ポケットから何かを取り出す。ポケットあったのかその服。
男「これは?」
叢雲「アナタ用の連絡用端末」 - 130: 2019/12/31(火) 23:37:32.86 ID:2t2tJjtO0
- 渡されたのは昨日叢雲も使っていたスマホだった。
叢雲「基本的に連絡機能だけが入ってるわ。それも鎮守府内だけの。そこら辺はアナタなら分かってるでしょ?」
男「そりゃな」
情報漏洩には意外な事に国が徹底して対策をとっている。流石にアイツらでも艦娘という存在が如何に重要かは理解しているらしい。
その為基本的に鎮守府と外部の連絡手段はかなり限られている。当然俺の普段使っているようなスマホはここじゃ電波が入らない。
叢雲「その端末の機能レベルは一番最低限のものになってるわ。外部との連絡は私か司令官のみ。後は執務室のコンソールね。観覧用のパソコンの置いてある部屋もあるけど、履歴とか全部外に送られてるからバレるわよ」
男「観覧用ってのはつまり娯楽としてって事か?」
スマホを操作して確認する。うん。今まで使ったことのあるものと同じだ。
叢雲「調べ物のため、って名目だけど実際はアナタの言う通りよ。今時娯楽がテレビだけってのはつまらないでしょ?」 - 131: 2019/12/31(火) 23:38:36.20 ID:2t2tJjtO0
- 男「そりゃそうだろうな。よし確認した。何かあれば連絡する」
叢雲「連絡先は今のところ私と司令官だけ登録しといたわ。緊急なら電話。そうでないならメッセージでお願い」
男「…他の艦娘とも連絡先を交換したりできるのか?」
叢雲「可能よ。機能的にはね。でもその方がアナタはやりやすいかもね」
男「だから買い被りすぎだよ。分かった、ありがとう」
叢雲「それじゃ頑張ってちょうだい」
男「君もな」
右手をヒラヒラと振りながら去ってゆく小さな背中を見送る。
彼女を見て、はたしてその背中がかつて計り知れないほど沢山のものを乗せて海を渡っていたと分かる者がどれだけいるのだろうか。
少なくとも俺には分からなかった。 - 132: 2019/12/31(火) 23:39:25.60 ID:2t2tJjtO0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
さて仕事だ。切り替えよう。
顔を洗い歯を磨く。その後ギリギリ社会人らしく見えるラインのラフなシャツとズボンに着替える。
流石にまだ半袖を着る季節ではないが、長居する事を考えると先に仕入れておくべきかもしれないな。
そんな益体も無い事を考えながらお隣さん家の扉を開ける。
男「…変わらずか」
寝ていた。昨日と違い桃色貞子にはなっておらず寝かせたままの姿勢、つまり仰向けのままベットにいた。
寝相とは脳が深く寝ているから起こると聞いた事がある。それでいえば昨日はちゃんと眠れていたという事なのだろうか。
そもそも艦娘の睡眠ってどういう状態なんだ?
- 133: 2019/12/31(火) 23:40:35.31 ID:2t2tJjtO0
- 男『おはようございま~す』ヒソヒソ
なんとなく小声で呼びかけてみる。別に寝起きドッキリというわけじゃないんだが。
『ん…~』モゾモゾ
お?意外にも反応があった。つまり気を失っているのではなくあくまで睡眠状態にあるという事か。
男『ヒトナナマルマル。総員起こしから一時間たってるぞ』ユサユサ
身体を優しく揺すりながら普通に起こしてみる。
『んー…ん?』
男『よ、おはよ』
『おは、よう?』
普通に起きた。最初の頃より意識が安定してきているのだろうか?
『えっと、その、私また寝てたの?』
男『ああ、ぐっすりとな。今は朝の七時だ』
『朝…うーいつの間に寝てたのかしら』 - 134: 2019/12/31(火) 23:41:12.84 ID:2t2tJjtO0
- 男『そこら辺は気にしなくても大丈夫だよ。起きられるか?』
『えぇ。問題ないわ』
そう言って上半身を起こし大きく伸びをする。
『久々に朝に起きた気がするわね』
男『ならきっとそうなんだろうな』
『よッ痛っ!』
男『!?どうした!』
『あ!ち、違うの!ちょっと髪を引っ張っちゃって…』
男『髪?あぁそういう事か』
長座体前屈の姿勢からベットに手を付き立ち上がろうとして、その長い髪を手で押えてしまいピンと張ってしまったようだ。
『…』サラサラ
不思議そうに自分の髪を触る。記憶が無いと自身の身体すらままならないか。 - 135: 2019/12/31(火) 23:41:51.34 ID:2t2tJjtO0
- 男『身体に異常はないか?』
『異常?うーん、ないと思うけど、多分』
男『よし。なら朝食にしよう。一日三食が健康の基本だ』
『そういえば私何も食べて無いわね』
男『ちょっと待っててくれ』
スマホを取りだし叢雲にメッセージを送る。
男:彼女が起きた。とりあえず朝食を食べようと思う。
よし、これでしばらくすれば
叢雲:早いわね。了解。そっちに送るわ。
男『返信早いな…』
『ん?何何?』
男『叢雲からの返事がすげえ早くてな。よっぽど忙しいんだろうよ』
色々連絡取りまくってんだろうなあ。わざわざ朝食を持ってきてもらうなんて少し気が引けるな。 - 136: 2019/12/31(火) 23:42:24.49 ID:2t2tJjtO0
- 『そうじゃなくて!そのちっこい板よ。なんなのそれ?』
男『ん?あー、そうか。そうなるわけか』
船の記憶のみならず現代の記憶も欠けているのか。
男『スマホって言ってな。最新の通信機器だ』
『おぉー』
凄いキラキラした目で見てくる。確かに知らなければ随分と不思議なアイテムだろう。
男『ま、それはあとだ。とりあえずは朝食を食べる準備だな』
部屋を見渡す。
家具は下が二段のタンスになっているこのベットのみ。食べるとしたらこの木の床になるのか…まあ掃除はされているようだし別にいいか? - 137: 2019/12/31(火) 23:42:52.83 ID:2t2tJjtO0
- 男『ん?』
『あら?』
廊下の方から何やら音がする。
男『なんだ?』
『足音かしら?』
随分と慌てた様子の足音がこちらにすごいスピードで近づいて、そして
飛龍『どーーっも宅急便でーーす!!』バァン!!
そいつは勢いよく扉を開けて入ってきた。
男『飛龍…』
相変わらず元気120%の様だ。
というか普通に彼女を他の艦娘に会わせてしまったが大丈夫かこれ!?
『…』ドンビキ
…すっげぇ引いてる。ドン引きしてる。無理もないか。提督、叢雲、俺ときて次がコレだもんな。
飛龍『…あのー、なんか反応が欲しかったり?』
男『廊下を走るな』
飛龍『えぇーそこぉ?よりによってそこぉ?』 - 138: 2019/12/31(火) 23:44:53.81 ID:2t2tJjtO0
- 男『というか何でお前なんだ。叢雲は朝食を、を?』
"送るわ"、とそう言った。なるほどな、送るってそういう意味か。
飛龍『だからその叢雲に朝食持ってってって言われたのよ』
男『OK理解した。ありがとう』
飛龍『どいたま~』
叢雲はそう判断したわけか。確かに他の艦娘達に慣れさせるなら飛龍はかなり向いていそうだが、それにしたっていきなりすぎるだろ。
飛龍『というわけで私!航空母艦飛龍です!よろしくぅ~』イェイ
『よ、よろしくオネガイシマス』
声が小さくなっていく。完全にビビって縮こまる小動物状態なんだが。 - 139: 2019/12/31(火) 23:45:41.72 ID:2t2tJjtO0
- 飛龍『ムフッ』
男『あ?』
なんだ?凄い気持ち悪い笑みを浮かべてなんか変な声を出しやがった。
一体何g
飛龍『会いたかったにょぉぉぉおおおお!!!』ガバァッ
『キャァァァアアア!!』ビクッ
それは艦娘の身体能力を遺憾無く発揮した動きだった。
僅かに体を斜めにし重心を前に倒しつつ膝を瞬時にバネにし彼女に飛びかかった。
それは淀みないスムーズさで気づいた時には彼女は飛龍によって再びベットに寝かせられていた。
もっとも今の布団は飛龍だが。すげぇな見事にルパンダイブしたのに衝撃を自分の腕だけで殺してやがる。流石艦娘。 - 140: 2019/12/31(火) 23:46:49.40 ID:2t2tJjtO0
- 飛龍『ムフッ』
男『あ?』
なんだ?凄い気持ち悪い笑みを浮かべてなんか変な声を出しやがった。
一体何g
飛龍『会いたかったにょぉぉぉおおおお!!!』ガバァッ
『キャァァァアアア!!』ビクッ
それは艦娘の身体能力を遺憾無く発揮した動きだった。
僅かに体を斜めにし重心を前に倒しつつ膝を瞬時にバネにし彼女に飛びかかった。
それは淀みないスムーズさで気づいた時には彼女は飛龍によって再びベットに寝かせられていた。
もっとも今の布団は飛龍だが。すげぇな見事にルパンダイブしたのに衝撃を自分の腕だけで殺してやがる。流石艦娘。 - 141: 2019/12/31(火) 23:47:44.84 ID:2t2tJjtO0
- 飛龍『あ゛あ゛あ゛ちっちゃーい!ちんこいちんちくりんー!!うわほっそ腕細!髪スベスベーウリウリ~』
クリスマスプレゼントに欲しいぬいぐるみを買ってもらった子供でもここまで全力で堪能はしないだろってくらい抱きついて堪能してる…
『んーー!!んんん!!??』バタバタ
よしこれは流石に助けた方がいいなうん。
飛龍『ん?』ピタッ
男『お?』
止まった?
飛龍『…A、じゃないBか!Bはあるな!』
『んん!!??』
男『変態かお前は!』ベシッ
大した効果は見込めないが反射的に頭を叩いてしまった。 - 142: 2019/12/31(火) 23:48:39.44 ID:2t2tJjtO0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
飛龍『あはは』
男『あははじゃねえよ変質者』
『』
飛龍『あははー…ごめんつい』
彼女は俺の後ろに隠れて飛龍に対して警戒態勢全開だった。当たり前だ。
飛龍『だって仕方なくなくなくない?』
男『仕方なくねえよ』
どうせろくな理由じゃねえ。まっくこいつは頼りになるんだかならないんだか…
飛龍『いやぁでもようやくちゃんと会えたわね、さk『あ゛あ゛あ゛ストォォプ!!飛龍ストップ!!』…え?』
『?』
男『あ、いや、その…』
やっべ思わず声を荒らげてしまった。
飛龍『えと、何が?ん?』
男『あー悪い。少し急用を思い出したすぐ戻る』
『え、ええ、分かったわ』 - 143: 2019/12/31(火) 23:49:24.66 ID:2t2tJjtO0
- 飛龍『じゃあここで待ってるねー』
違ぇよお前も来るんだよ。今更不審がられることを気にしてもしょうがない気もするが、一応彼女に気づかれないように飛龍にアイコンタクトを送る。
気づけ!お前もちょっと外に来い!
飛龍『…?』
そうだこっちを見ろ!汲み取れ!
飛龍『……!』
お!
飛龍『!』パチンッ
すっごいいい笑顔でウィンクされた。
男『少し飛龍借りるぞ』グイッ
飛龍『えちょっ!』
『ええ!?』 - 144: 2019/12/31(火) 23:49:58.81 ID:2t2tJjtO0
- 飛龍と共に廊下に出て戸を閉める。
飛龍『どうしたのよ急に。ウィンク変だった?』
男『んなわけあるか…』
飛龍『じゃ何よ』
男『…名前だ』
飛龍『名前?』
男『これは、まあ俺が言ってなかったのが悪いっちゃ悪いんだがな。飛龍、さっき彼女の事"さくら"って言いかけたろ』
飛龍『あーうんうん。言いそびれたけど』
男『"彼女を名前で呼んではいけない"』
飛龍『…はい?え、なんで?』
男『あ、いやほら。本当の名前が見つかる前に渾名があるのも変だろ、な?』
飛龍『はぁ、まあそれもそうか。でも呼び名がないのは不便じゃん』
男『そこら辺は、今提督と相談中だ』
飛龍『ふーん、ならしゃーないか』
とっさの事だったから凄い雑な誤魔化し方になったが、まあ納得したようなのでいいか。 - 145: 2019/12/31(火) 23:50:42.94 ID:2t2tJjtO0
- 男『ともかく、彼女には不用意に接触するな』
飛龍『そんなに徹底するものなの?記憶がないってだけで』
男『あぁ、だってお前らは…』
飛龍『お前らは?』
男『悪いなn『何でもないってのはなしね』…』
飛龍『なら、昨日の貸し、ここで返してもらおっかな~』
男『…お前ら艦娘は危ういからだよ』
飛龍『…それって人にとってって事?』
男『存在が危ういって事だ。彼女は特にな』
沈黙が廊下を埋める。飛龍の真剣な顔はなんというか、叢雲とは別の凄みがあった。 - 146: 2019/12/31(火) 23:51:25.00 ID:2t2tJjtO0
- 飛龍『そっか。じゃ私は退散した方がいいかな。朝食は届けたし』
男『悪いな』
飛龍『悪いかどうかは、私が決めるから』
男『そりゃそうか』
飛龍『それじゃ!』
いつもの調子で変なポーズをとりつつ、部屋の前から立ち去ーらなかった。
男『飛龍?』
飛龍『ねえ、一個だけあの子に質問させてくれない?』
質問してもいいか、という問ではなかった。
質問をさせて欲しいという願いを口にした。
先程の真剣な顔に戻って。
男『…内容による』 - 147: 2019/12/31(火) 23:52:00.45 ID:2t2tJjtO0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
飛龍『たっだいまー、朝ごはん食べよー』
『は、はい!』
男『あんまり怖がらせんなよ』
飛龍『怖がらせてない!怖がらせてないから!』
男『あれ、そういや肝心の朝食は?』
飛龍『これこれ』
『それは、お弁当?』
飛龍『そうそう。ホントは遠征とか遠出する娘用に用意されてるんだけどぉ、その予備のやつを丁度いいから食べちゃおって。余ったら勿体ないしさ』
男『そりゃありがたい。見ての通り食べる場所なくてな。弁当なら食べやすい』
飛龍『あー確かになんもないわねここ』
とりあえずは机を用意した方がいいかなこれは。後で考えておこう。 - 148: 2019/12/31(火) 23:52:28.43 ID:2t2tJjtO0
- 『えっと、じゃあどこで食べようかしら』
男『弁当だからな。ベットに腰かけてか、床でピクニックか』
飛龍『床は止めといた方がいいと思うけどね。それじゃ配達員はここでばいなら!』
『ば、ばいなら~』
古い…
飛龍『あそうだ!配達代代わりに一つ質問してもいい?』
『え、私に?』
飛龍『そう!』
なるほどそう来たか。恩着せがましい気もするが質問の仕方としては悪くない。
『いいけれど、あまり答えられる自信はないわよ?』 - 149: 2019/12/31(火) 23:53:55.68 ID:2t2tJjtO0
- 飛龍『そう大したことじゃないって~』
ベットに腰かけ緊張からか体を少し強ばらせる彼女の目の前に目線を合わせる形で屈む飛龍。
じっと、真剣に、でもやさしく彼女の薄らと桜色が透ける瞳を見つめる。
飛龍『貴方、何処か行きたいところはない?』
『行きたい、所?』
飛龍『そう。自分はそこに向かいたい。辿り着かなくてもいいから目指したい。そんな場所』
『うーん、えっと…ごめんなさい。ちょっとよく分からなくて』
飛龍『…そっか!ごめんごめんなんか変に重苦しくしちゃって。性格診断テストみたいなもんだからあんま気にしないで?それじゃバイビー!』ピューッ
『行っちゃった…』
男『なんだったんだ?』
『さあ?』
男『とりあえず朝食にするか』 - 154: 2020/01/19(日) 05:24:17.59 ID:zTAKenQX0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
叢雲『どぉ?そっちは』
男『順調だ。トラブルがないって意味ならな』
叢雲『それは重畳』
端末の向こうからは叢雲の声以外に様々な艦娘の声が聞こえる。何処かで作業中のようだ。
叢雲『なら昼餉も必要って事でいいわね?』
男『ああ頼む。いや待て飛龍はもうなしだぞ』
叢雲『それについては悪かったわね』
男『とても悪気のある声とは思えないが』
叢雲『だから感謝をするわ』
男『感謝?』
叢雲『ええ。ありがと、飛龍を追い返さなくて』
男『…どの道いつかは頼っていただろうからな』 - 155: 2020/01/19(日) 05:24:57.77 ID:zTAKenQX0
- 叢雲『じゃ昼餉が出来たら持っていくから楽しみにしてなさい。そうね、小半時くらいかしら』
男『お、おう。分かった、ありがとう』
通信が切れる。
『叢雲?』
男『あぁ。昼飯を持ってくるとさ』
『もうお昼なのね。時間が過ぎるのって早いわ』
男『だな。それまで休憩しとくか?』
『ううん。キリが悪いからこのまま解いちゃうわ』
男『分かった』
しかし小半時ときたか。一時が二時間で半時が一時間だから、三十分か。
…ババむさいというのもさもありなん。
- 156: 2020/01/19(日) 05:25:59.45 ID:zTAKenQX0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男『お、来たかな』
『ん?何が?』
男『足音だよ』
『足音、あー本当だ』
叢雲『もしもーし。持ってきたわよー』
廊下から声がする。ノックもなしという事は両手が塞がってるのか。
男『はいよー。お?鍋か』ガチャ
叢雲『入れ物はね』
男『うお、カレーの匂いが』
叢雲『ご明察』
男『誰でも分かるだろ』
叢雲『ご飯はこっち』
男『もうよそってあるのか。お代わりは?』
叢雲『ない』
男『マジか』
叢雲『そんなに食べる?』
男『いや別に』
叢雲『なら聞かないで』 - 157: 2020/01/19(日) 05:26:28.55 ID:zTAKenQX0
- 叢雲『あ、しまったこの部屋食べるとこないわね』
男『それなら大丈夫だ。ほら』
叢雲『あら、この机って』
男『俺の部屋から持ってきたんだ。食べるのにはちょうどいいだろう』
部屋には高さ五十センチ程の四角い机が置いてある。小さめだが一応四人用くらいの大きさなので鍋を囲むには最適だ。
叢雲『それじゃお邪魔するわよ』
男『あ、紙どかさないと』
『はいはーい』
彼女が机の上のプリントを退かしていく。
叢雲『紙?』
男『あーその話はまた後で』
叢雲『ふん、まあいいわ。とりあえずカレーよカレー』 - 158: 2020/01/19(日) 05:41:10.75 ID:zTAKenQX0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男『いただきます』
『いただきます』
叢雲『…』ジー
男『…なんだよ』
叢雲『お味は?』
男『味?んー…ん、ん?』
普通に美味しいカレーだったが叢雲のいつも通りなツンとした態度になんとなく微妙な表情で返してみた。のだが
叢雲『え』
零れ落ちるような一声と共にもう戻ってこない飼い主を待ち続ける忠犬のような悲愴な表情で固まってしまった。
男『美味い!美味いぞ普通に!』
あまりに予想外の反応にこっちもテンパってしまう。
叢雲『 あ でしょ!!』
まるで時が止まったかのようなしばらくの間の後、身を大きく乗り出しいつもの得意げな顔に戻る。 - 159: 2020/01/19(日) 05:42:02.82 ID:zTAKenQX0
- 『ん~美味しいわ!私甘口の方が好きだもの。具も柔らかくて食べやすいし』
叢雲『そうよ~。しっかり火を通しているもの』
男『お、おう』
ビビった。軽くあしらわれるか文句あるのかみたいな事言われると思ってたがまさかあんな反応をされるとは。
このカレー、叢雲が作ったんだろうな。誰かさんのために。
ったく振る舞われる野郎は幸せだな。
男『なんでそんなに喜ぶんだ?ひょっとして叢雲が作ったのか?』
我ながら大人気ないと思いつつもついからかってしまう。
叢雲『なッ!ち、違うわよ!これはぁその、白雪が作った…のよ』
男『ほほぉう』
叢雲『何よ!』
『お代わり!』
男『え』
叢雲『あら』
『…え?』
おかわりないんだよな。 - 160: 2020/01/19(日) 05:43:07.87 ID:zTAKenQX0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男『ご馳走様』
『ご馳走様』
男『さて、片付けに行くとするか』
叢雲『あら、いいわよ私一人で』
だろうな。カレーの鍋、ご飯の入った皿3つを乗せたトレイ。これらを一人でまるで軽いお届け物持ってきたくらいの感覚で運んで来ているんだからな。
鍋に至っては素手だ素手。そりゃ戦闘時の火器などによる熱に比べりゃ可愛いものだろうが。
だがしかし、
男『態々持ってきてくれたんだ。少しはお礼もしたい』チラッ
叢雲と話せるいい機会だ。自然と彼女をここに残していけるし。
さて今回はアイコンタクトできるだろうか。
叢雲『…あー、そうね。ならお願いしようかしら』
通じた。流石秘書艦。
『えっと、私はどうしたらいいかしら』
男『食べたばかりだし休憩してていいぞ』
『ならさっきの本の続きが見たいわ!』
男『それでもいいさ。留守番頼むよ』
『はーい』 - 161: 2020/01/19(日) 05:44:30.12 ID:zTAKenQX0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
部屋を出て廊下を歩く。
叢雲が空になった鍋を、俺がトレイと重ねた皿を持つ。
叢雲『留守番とはまたうまいこと言うわね』
男『物は言いようだな』
叢雲『それで、何やっていたの?』
男『さっきのプリント。あれは問題集だ』
叢雲『問題集?』
男『大学入試の過去問やらをな。教科は数学と物理』
叢雲『そんなのやらしてどうするのよ?』
男『例えば、叢雲、この問題解けるか?』
端末を操作して保存してある問題の一部を見せる。
叢雲『んー解こうと思えばいけるわね』 - 162: 2020/01/19(日) 05:45:31.25 ID:zTAKenQX0
- 男『その"解こうと思えば"ってのは具体的にどういう意味だ?』
叢雲『どういうって、そりゃあ…あー、なるほどね。そういうこと』
男『流石に理解が早いな』
叢雲『どうも』
船とはただ舵を握っていれば動かせるものではない。
大きなものになればなるほどただ海を進むだけでも様々な計算が必要になってくる。
まして砲撃、雷撃なんかを行うにはさらに複雑な計算を要する。
そして本来それらは船に乗る何人ものエリート達によって行われるものだ。
だが、艦娘はその身一つで一隻の船であり、一隻の船にもかかわらず一人でしかない。本来大勢の人間で行われる様々なものを一人で体現している。 - 163: 2020/01/19(日) 05:46:31.11 ID:zTAKenQX0
- 男『こうして普通に過ごしている時と違って、戦闘中の艦娘の脳は凡そ人間離れした作業をしている』
叢雲『ええ。さっきの"解こうと思えば"ってのも戦闘態勢で脳をフル回転させればって意味だもの』
男『単純計算すれば艦娘の脳は優秀な軍人の脳の十や二十以上が並列化されているようなもんだ。スパコンと比べるには余りにも人間の範疇だが、普通の人間と比較すれば余りに人間離れしている』
叢雲『だからこそのテスト?』
男『計算ってのをきっかけに思い出すものがあるかなってな。結果はこの通り』
叢雲『これは?』
男『さっきのテストの点数』
叢雲『…見てもよくわからないわ』
男『偏差値は70以上。秀才だ。だが人の範囲だな』
叢雲『偏差値って何の統計よ』
男『あぁ、全国の受験生達と比べてって事だよ』
叢雲『受験…あーそういう。そっか、学生って奴か。そっか、そういう世界があるのね』
そう言って叢雲は廊下の窓から外を見る。彼女の持つ薄い空色のカーテンのせいで見えなかったが、その表情は想像に難くなかった。 - 164: 2020/01/19(日) 05:49:15.72 ID:zTAKenQX0
- 男『俺も昔受験生だったな。もう二度とゴメンだし、出来れば忘れたいくらい嫌な思い出だがな』
つい、ついくだらない事を口走ってしまう。ただ誤魔化す為に。
叢雲『アナタの事は聞いてないわ。いいから話を進めてちょうだい』
ヒラヒラと片手でこちらをあしらう叢雲の呆れた表情に安堵しつつ会話を戻す。
男『あー、それでだな。さっきのテスト。普通艦娘にガチで解かせたら軒並み満点か凡ミスが少し出る程度の結果になる』
叢雲『まあそうね。引っ掛け問題なんかは慣れていないから間違えそうだけど、ええ、他は大抵暗算でいけるわ』
端末に映る問題を凝視しながらそう答える。きっと今俺との会話と並行して問題を解いているのだろう。こういう作業は艦娘だからできる事だ。
男『頭の中で計算ってどんな感じなんだ?』
叢雲『んー殆ど感覚的なものなのよねぇ。問題だけ見てあとは他の人に頼んでる感覚。人というか他の脳みそ?何せメタグロス状態だもの』
男『めた?』
叢雲『あ、気にしなくていいわよ』
男『そうか』
メタグロス。なんだろう。専門用語か?それなら俺でも知ってそうだが。 - 165: 2020/01/19(日) 05:50:26.19 ID:zTAKenQX0
- 叢雲『それにしても記憶なくても解けるものなのね。あ、たまたま覚えてただけ?』
男『いや、どうも記憶と言うよりは知識の方らしい』
叢雲『それって違うの?』
男『例えば俺が記憶喪失になったとしよう。俺は誰、ここは何処ってなる』
叢雲『それで?』
男『そんな状態でも俺は二本の足で歩いて日本語での意思疎通ができる。記憶喪失ならそれはおかしくないか?』
叢雲『…確かに。言われてみれば記憶喪失って
なんだがんだ記憶あるわよね』
男『つまり経験の方の記憶は失われて知識の方はあるって事だ。彼女も経験の方はさっぱりだが知識は恐らくある』
叢雲『数学や物理は分かるってわけね』
男『他にもカレーに対する知識もな。甘口が好きってことは辛口の知識はあるみたいだ』
叢雲『となると記憶喪失ってそれほど厳しい状況でもないのかしら』
男『そこはなんとも言えないな。脳をタンスと仮定すれば彼女は恐らくどこに何をしまったか分からなくなってるんだ
そしてどういうわけか特定の引き出しは開けると爆発する』
叢雲『だからどれが爆弾の大元を探るために引き出しを一個ずつ開けていくしかないと』
男『そういう事だ』 - 166: 2020/01/19(日) 05:51:08.80 ID:zTAKenQX0
- 叢雲『手当り次第試すってそういう事だったのね』
男『実際計算能力から記憶が戻った例があってな。だから試してる』
叢雲『あら、実例有りなの』
男『歴史と計算。とりあえずはここら辺が実例有り。さっき彼女が読んでいたのが歴史の教科書だ』
叢雲『それで、試して見たアナタの所感は?』
男『なんとも。一万まである数字の中からランダムで当たりが出るまで引き続けるみたいな作業だ。地道にやってくさ』
叢雲『ま、精々頑張って頂戴。応援してるわ』スッ
男『…なんだその手は』
叢雲『ここまででいいわよ。お皿。ここからは艦娘も多いし』
鎮守府の外れのあの建物はともかく食堂は鎮守府の中心に近い。当然艦娘も集まる場所だ。
男『ならお言葉に甘えよう』
叢雲『あともう一つ』
男『まだ何か』
叢雲『カレーの事言ったらコロス』
あ、からかってたのバレてたのね。
想像以上に怖かった彼女の目を前にして俺は黙って首を縦に振ることしか出来なかった。 - 174: 2020/02/05(水) 03:45:00.42 ID:qK3o3GJF0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
一週間、という感覚。間隔。
この一見世間から隔離された鎮守府という空間。
しかし意外な程に世間と同じ一週間という感覚を共有して動いている。
一週間の天気は入念にチェックするし、当番や護衛艦隊の編成なんかも曜日で交代させている。
休日は人を乗せた船が多く通るし、輸送の船の種類や数は季節や時期にそって大きく変わる。
僕や彼女達にとって一週間という周期はそれなりの意味を持っている。
提督「なんというかまあ、意外と長いですよね。一週間」
叢雲「あっという間よ」
男「あっという間だな」
そう。彼が、そしてあの娘が来てから約一週間になる。 - 175: 2020/02/05(水) 03:45:55.59 ID:qK3o3GJF0
- 夕飯を済ませ鎮守府が少しづつ静かになってゆくこの時間。いつもの会議も七回目になる。
提督「半ば様式美になってきたけど一応これから始めましょうか。どうです、彼女は」
男「残念ながらさっぱりですよ」
そう言って目の前の男は首振る。
いつも通りソファに座り部屋のテーブルを囲んで叢雲のコーヒーを啜るこの会議。気付けば彼が僕の向かいのソファの右側。そして僕の左に叢雲というのが定位置になっていた。
提督「流石にそろそろ違うアプローチを始めるべきなんじゃないですかね」
素人考えだが未知の相手であるのは彼も同じだ。的外れということもないだろう。
叢雲「そうね。流石にそろそろ名前も欲しいわ。"彼女"とか"あの娘"とか言うの面倒だもの」
そう言い放って叢雲が"コーヒーを啜る"。
ふむ。どうにも御立腹のようだ。 - 176: 2020/02/05(水) 03:46:38.90 ID:qK3o3GJF0
- 男「"仮名"か。まあ、そうだな。そうする他にないでしょう」
"名前"。この話について彼はいつも言い淀む。
「本当の名前を探すのが目的なのだからその前に名前をつけるとややこしい問題が起こる」と言いあの娘を名前で呼ぶなとそう続けた。
それはきっと本当だろうし本音なんだと思うけれど、それ以外に何か、それ以上に何かを隠しているように思えて仕方がない。
提督「今あの娘の渾名って何があったっけ」
叢雲「ええっと、眠り姫、赤頭巾、座敷童子、さくら、撫子、赤子、後なんだったかしら」
提督「この中だったら何がいいですかね?専門家としては」
軽いジョークのつもりで聞いてみる。しかし
男「それはあなたの役割ですよ。俺じゃない」
酷く真剣な顔で返される。
こちらに対して何か隠し事があるのはまあ上層部に関わる人間である以上当たり前だろうと思えるけれど、それにしたってもう少し心を開いて欲しいものだ。
叢雲も叢雲で彼には警戒しろと再三言ってくるし。
再び叢雲を見る。
コーヒーがもう殆どない。 - 177: 2020/02/05(水) 03:48:08.68 ID:qK3o3GJF0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
叢雲「名前だけじゃないわ。一週間、何の成果もなかったんだもの。何か大きく方法を変えないと埒が明かないわよ」
自分の口から出た言葉に自分で驚いてしまった。
私、思ったよりイライラしてる。
まったく!これじゃ本当に子供じゃない!何をそんなに苛立ってるのよ私。
どうにか気を紛らわせようとコーヒーを…あら、もうない。
男「そうだな。他の艦娘との接触。後は海や艤装に触れさせる事だな」
叢雲「そういう事なら今すぐでもできるじゃない。仮の名だってそうよ」
つい食い気味に言ってしまった。何よ、何を焦ってるのよ。
男「いや、だからそれは、彼女に負担をかけてしまう事になるから慎重に」
この眼。なにかに怯える眼。何度見てきただろう。
あ、やばいな私。 - 178: 2020/02/05(水) 03:48:46.34 ID:qK3o3GJF0
- 叢雲「だからッ!!なんでいつもあの娘を腫れ物扱いするのよ!!一体何に怯えてそんなに縮こまってるのよ"アナタ達"は!!」バンッ
あー、やっちゃった。
机を叩いた痛みが少しずつ掌から伝わってくる。
でもそれと同じように、どうしてこんなにイライラしていたのかがようやく分かってきた。
別に今回に限った話じゃない。人間(コイツら)のこういう態度に、ずっとイライラしてたんだ。私は。
艦娘(私達)に近づいてくるくせに、艦娘(私達)に怯える人間(コイツら)に。
男「」
うわードン引きしてる。当たり前だ。まだ私睨んだままだし。
落ち着けー落ち着け私。深呼吸深呼吸。
提督「はいそこまで」ポン
叢雲「ヒャッ」ビクッ - 179: 2020/02/05(水) 03:49:17.81 ID:qK3o3GJF0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
叢雲「ちょっと!急に頭叩かないでちょうだい!!」
提督「えぇー、手を置いただけじゃん」
二人がまたいつもの痴話喧嘩を始めた。
しかしありがたい。おかげで一旦落ち着ける。
しかし、怯えるときたか。
確かにそうかもしれない。自分じゃ大丈夫だと思っていたが結局俺はまだトラウマを引きずってるようだ。
提督「ま、焦る気持ちは分かるんですけどね。僕らは一週間も彼女をあそこに閉じ込めているわけですから」
叢雲「そーね」プイッ
僕ら、か。
そうだ。彼女の事を案じているのは俺だけじゃない。立場は違えどそこは同じなんだ。
男「もう一度状況を整理しましょう」
一度冷静になるべきだ。 - 180: 2020/02/05(水) 03:49:56.82 ID:qK3o3GJF0
- 男「記憶とは言ってしまえば五感から得た刺激が形作るものの総称です。故に記憶喪失の際はその五感に働きかけるのが効果的だ」
叢雲「御託はいいから結論だけ言ってちょうだい」ムスッ
バツが悪そうにそっぽを向きながら叢雲が一蹴してくる。
後でどう言い訳をしようか…
男「この一週間試せたのは三つ。
計算。これは彼女に知識がある事は分かったが記憶には繋がらなかった。
歴史。文献や写真。やはり第二次世界大戦の部分が抜け落ちていた。これらは新しい知識として教えれば問題はなかったが覚えてないかと尋ねると意識が保てなくなる。
艦名。艦名である事を伏せて名前や関連するキーワードを見せたり聞かせたりした。帝国時代に存在した日本の艦艇。改名されたものを含めれば400以上。その全てのワードで反応がなかった」 - 181: 2020/02/05(水) 03:50:53.97 ID:qK3o3GJF0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
400以上か。ウチもそれなりに大所帯になっては来たけど、400っていうのはやはりかなりの数字だ。
提督「ここまで記憶が戻らないのはやはり異例ですか?」
男「計算に関しては前回たまたまそこから記憶の糸口が掴めただけで有効かどうかはなんとも。
ただ歴史や、特に名前。これらは彼女達の根幹とも言える部分。何も反応がない、というのは初めてです」
提督「ならやはり、彼女をあの部屋から出す、という方針でいいですかね」
提督「ええ、そうする他なさそうです」
叢雲「で!あの娘を外に出す場合どんな不都合が起こるわけ」
まだ怒ってはいるけど思考自体は冷静らしい。叢雲は感情が激しいからなあ。 - 182: 2020/02/05(水) 03:52:52.92 ID:qK3o3GJF0
- 男「一つは力の暴走。艦娘の力は凄まじい。彼女がもし艤装を使えたとしても制御できるかは分からない。最悪それを止められるように見張りが必要です」
撃たれた事があると彼は言っていた。何が起こるかは確かに分からない。
男「もう一つ、やはり他の艦娘との接触は可能な限り抑えたい。一度に合わせるのは恐らく相当な負担になる」
これも同意だ。言葉だけでも気を失ったりするんだ。他の娘との接触は良くも悪くも影響が大き過ぎるだろう。
叢雲「…他の娘との接触だけならあの部屋で一人ずつ会ってもらうって事も出来るけど」
男「それはダメだ。やはり部屋を出てこの鎮守府に触れて欲しいと思う。彼女がなんであれ、ここに所属する艦娘であるのは確かなんだ。それを彼女に認識して欲しい」
ん?まあ言わんとする事は分かるけれど、それは別にそこまでこだわる事ではないようにも思える。
ましてこれまで消極的なアプローチしか取らなかった彼が。何か意図があるのだろうか?
叢雲「…」チラッ
叢雲と目が合う。叢雲も疑問を抱いたようだ。
叢雲「そう。なら艤装や海に触れさせる方を優先しましょうか。そうね、見張りに私ともう一人の他の娘を付けるのはどう?それくらいなら負担なく会わせられるんじゃない?」
男「そうだな。よし、そうしよう」 - 183: 2020/02/05(水) 03:54:38.62 ID:qK3o3GJF0
- 提督「決まりだね。なら早速見張りと艤装運用の方法を考えよう」
叢雲「となるとまずは明石や夕張辺りに合わせることになるかしら」
男「いや、その前に一つやらなくてはいけないことがある」
叢雲「まだ何か?」
男「あぁ」
そう言って彼は端末を取り出して何か操作する。
ん?僕の端末が震えた。メール?
提督「これは」
叢雲「なになに?」ヒョコ
見覚えがある書類が添付されていた。
うわあ仕事が増えるなこれは。
男「協力者をこの鎮守府に、呼びたいんだ」
つまりその許可等の手続きをしろというわけだ。 - 187: 2020/02/18(火) 02:17:29.64 ID:I2evzXDx0
- 鎮守府の正面入口。そこにある門の前で待機する。
男「お、来た来た」
鎮守府は大抵人の大勢いる港か人の寄り付かない沿岸の二種類の場所にある。
ここは後者だ。山に囲まれ外界と通じているのは海路か山の中を走るこの一本道だけだ。
海は勿論だが陸の監視も厳しい。一本道は最初と最後にゲートがあり許可なく入れない。山の方も色々と防犯設備が張り巡らされてるとか。
そんな一本道を鎮守府に向かってやってくる大型トラックが見えてきた。
思えばこうして直接会うのは久々な気がする。
- 188: 2020/02/18(火) 02:18:30.32 ID:I2evzXDx0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
男「よ、久しいな」
門の前で停車したトラックの運転席に声を掛ける。
「こちらこそお久しぶりです。かれこれ一年半ぶりですかね」
大きな車体に似つかわしくない小さな顔がひょっこりと顔を出す。以前と変わらない丸っこい顔だ。
男「え、そんなにだったか」
「いつもはメールか電話ですからね。お互い忙しい身ですし」
男「お前に忙しいと言われる程じゃないさ」
日向「取り込み中すまない」
戦艦日向。いや航空戦艦だったか。彼女が今日の門の当番のようだ。
日向「ここにサインと、いや、説明は不要か?」
「ええ、慣れてますから」 - 189: 2020/02/18(火) 02:19:50.56 ID:I2evzXDx0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
日向「よし、照合完了だ。通ってくれ。ゆっくりとな」
日向が端末を操作し門を開ける。
「はい」
門には色々とセンサーやら何やらがついてるらしく危険物や事前の申請以外の人間がいるかを見つけられるそうだ。
技術的な部分はよくわからんが、やろうと思えば抜けれるのではないかと思わなくもない。
「あ、トラックってどこに停めます?いつものグラウンドでしょうか?」
男「あー、鎮守府の端にある別棟というか、入って右にある建物の後ろに頼む」
「別棟…あぁ分かりました、はい。思い出したので。そこで準備しちゃっていいですか?」
男「頼む。終わったら執務室に、でいいか?」
「大丈夫です」
男「じゃ」
トラックが三台。静かに動き出した。 - 190: 2020/02/18(火) 02:20:47.12 ID:I2evzXDx0
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
叢雲「なんだか不思議な感覚ね。夏に桜でも見ているようだわ」
執務室の窓からトラックを眺める。
提督「そんなに違和感があるのかい?」
叢雲「アンタはどうか知らないけど、私達にとってアレは生まれた時からある季節のイベントだもの」
提督「なるほど。言われてみればそうか。で、イベントとしてはどうだい?」
叢雲「…ま、別に悪い気はしないわね。人間相手じゃないからってのもあるけど」
男「それを聞いたら彼女達は喜ぶよ。そのために頑張っているからな」
いつの間にか課長が戻って来ていた。
提督「おかえり。問題なかったですかね」
男「ええ。後は準備して診察するだけです」
提督「こちらも朝礼であそこには近づくなと皆に伝えてあるので恐らく、大丈夫だと思います」
叢雲「大丈夫よ。その位は弁えてるわ」
一部駆逐艦辺りで少し不安なのがいるけど。
- 191: 2020/02/18(火) 02:21:47.85 ID:I2evzXDx0
- 叢雲「しかしまさか健康診断とはね」
健康診断。司令官が年に一度遠くにある軍の施設で受けるものとは違う、艦娘の為の健康診断。
ウチでは毎年秋にああやってトラックで機器が運ばれてきて艦隊全員が例外なく受診する。
男「本来書類上必要な事でもあるんだ。鎮守府の外、つまり海で艦娘を活動させるのに診断を受ける必要がある」
叢雲「ならあの娘の場合は?」
男「今言った事もそうだが、何より本当に俺達の知る艦娘なのかちゃんと調べておきたいからな」
私達の知る艦娘、ね。
逆に
提督「僕達の知らない艦娘、というのはどういった場合を指すんですか?」
男「分かりませんよ。何せ知らないんですから」
叢雲「そりゃそうね」
あの娘がそうでないという保証は、確かにないわね。 - 192: 2020/02/18(火) 02:22:32.95 ID:I2evzXDx0
- 男「ところで叢雲。健康診断の時のスタッフ。君はどう思う?」
叢雲「どうって、また随分あやふやな聞き方ね」
男「別に深い意味は無いんだ。艦娘にとってどういう印象なのかを参考までに聞きたかっただけだ」
叢雲「ふーん。ならそうね、好印象よ。驚く程ね」
男「そりゃよかった」
叢雲「…なんだか妙にこだわるわね、そこら辺。アナタも関わりがあるの?」
男「うむ、まあそうだな。あると言えばある。お」
「失礼します」コンコン
控えめなノックとともに扉の向こうから声がする。
大人しく、落ち着いた、しかしそれでいて中にいる私達にしっかり届く、女性の声だ。
提督「どうぞ」 - 193: 2020/02/18(火) 02:23:31.05 ID:I2evzXDx0
- 叢雲「…」
艦娘だ。
予感なんてものじゃない。確信がある。
私達艦娘は大抵そういうものだ。
人間が私達艦娘を見てなんとなく直感的に"人じゃない"という感覚を覚えるのと似ているけれど、私達の方はもっと確信的だ。
例え初対面でも艦娘は艦娘に会えば自分と同じだとわかる。
声や雰囲気、オーラというか、ともかく何かがそう確信させる。
扉が開きその女性が入ってくる。
茶色っぽい髪は首の後ろで結えられている。長さは肩に触れる程度か。
身長は私よりも少し高いくらい。軽巡クラスといったところかしら。
白い襟の深緑のセーラー服に生成りのパーカーを羽織っている。見たことの無い服装だけれど何型だろうか。海外、ではなさそうなのだけれど。
黒いふちのメガネに黄緑色の瞳。人懐っこそうな、猫のような印象を受ける。
ふむ、 - 194: 2020/02/18(火) 02:24:30.76 ID:I2evzXDx0
- 叢雲「…え、誰?」
提督「え?」
叢雲「いや待って、アレ?」
提督「誰って、初対面で名乗ってもないのに開口一番それはどうなんだい」
叢雲「違、違うのよ…確かにそうなんだけど、んん?」
艦娘だ。間違いなくそう感じる。なのに、それなのに。
誰だ?見た事ない。知らない。
現在世界で確認されている艦娘のデータは全部一通り見ている。でもその中に彼女はいなかった。
それに司令官が申請した書類にあった今回のスタッフの数は三人。その内艦娘は二人で私も知っている顔ぶれだった。
どういう事?だって目の前の彼女は"間違いなく人じゃない"
男「えっと、とりあえず紹介してもいいかな」
提督「あーうん、お願いします」
課長が彼女の横に立ち私達の方を向き直る。そして - 195: 2020/02/18(火) 02:25:10.48 ID:I2evzXDx0
- 男「こちら、海軍情報部三課課長の」
「しーちゃんです。どうぞよろしくお願いします」ペコリ
叢雲「…」
提督「…」
叢雲「は?」
提督「え?」
男「しーちゃんです」
叢雲「え、なに、馬鹿にしてんの?」
男「気持ちは分かるがそうではない」
提督「しかも情報部三課で、課長?」
しーちゃん「はい。課長を務めております」
叢雲「それでえっと、その、」
しーちゃん「しーちゃんです」
叢雲「」
提督「」
あ、ダメだ。処理能力が追いつかない。 - 196: 2020/02/18(火) 02:27:13.91 ID:I2evzXDx0
- 男「これがあるから面倒なんだよ…」ハァ
しーちゃん「なら過去の自分を恨んでくださいね」ニコニコ
男「お前絶対楽しんでるだろ」
しーちゃん「滅多に無い機会ですから楽しまない手はありません」フンス
男「他人事だと思って」
しーちゃん「何せ人の事ですから」
男「でぇ、えー何から説明するか」
しーちゃん「あーでももうすぐ機器の用意が終わるので手短にお願いします」
男「出来るかっ」
叢雲「一つ!」
しーちゃん「はい?」
叢雲「一つ確認するわよ。そのしーちゃんってのはあだ名よね」
しーちゃん「いいえ」
男「…」
しーちゃん「れっきとした私の名前です」
それまでの穏やかな表情を崩してハッキリと彼女は断言した。 - 197: 2020/02/18(火) 02:28:50.56 ID:I2evzXDx0
- サンリオには行けなかった…
しーちゃん可愛い。結わえているのも解いているのもいい
- 関連記事
コメント
お知らせ
サイトのデザインを大幅に変更しました。まだまだ、改良していこうと思います。