杏子「あたしの恋はベリーハード」
- カテゴリ:魔法少女まどか☆マギカ
- コメント : 0
- 1: 2011/06/30(木) 20:26:42.16 ID:pd9i2CU5o
- 魔法なんてどこにもなくて、変態がいて、働いて、時には笑い、時には泣く。そんなどこにでもある日常。
株式会社サークル杏クウカイ社長、佐倉杏子は、
秘書見習いである美樹さやかとすれ違いばかりの切ない同棲生活をしながら、そんな日常を多忙に過ごす一人。
今回、彼女はレズ友達の暁美ほむらに誘われ、休暇を利用して、海の見えるプール付きのホテルでバカンスを楽しんでいる真っ最中。
そこで語られる、ほむらの過去とは…。
それは、彼女の想像を絶するハードな恋――
そして、新たな変態物語の始まり――
※これは架空の物語である。
過去、あるいは現在において、たまたま実在する団体、アニメキャラ、出来事と類似していても、それは偶然に過ぎない。
※この作品はクズ変態系ドス黒SS、さやか「さやかちゃんイージーモード」
と併せてお楽しみください。
18さいみまんのおきゃくさまはほごしゃのかたといっしょにおよみください。
- 2: 2011/06/30(木) 20:27:35.12 ID:pd9i2CU5o
- プロローグ プールサイド
「不満そうね。 怖い顔だわ」
隣にいる暁美ほむらから発せられたその声に、
今まで遠ざかっていたすべての音が、形を持った知覚として佐倉杏子の神経を一斉に震わせた。
水音とはしゃぎ声が絡みあい、屋内プールの中で反響している。
視線の先でその音を生み出しているのは、ほむらの恋人、鹿目まどかと、杏子の想い人、美樹さやかだ。 二人は親友同士だった。
「別に不満なんか感じてねえよ」
言い訳じみていると、自分でも思う。
杏子はそれを誤魔化すように、目の前で水をかけ合い遊んでいる二人から目を逸らし、
プールサイドのビーチチェアに寝そべったままテーブルに手を伸ばし、
冷たく汗をかいたグラスからソフトドリンクをすすり始めた。
「じゃあまどかをそんな嫉妬に満ちた眼で睨まないで頂戴」
そんな杏子のすべてを見透かしているほむらは、自分が求める事だけを言葉にし、ピシャリと杏子に浴びせかけた。
その態度には、余裕が感じられる。 - 3: 2011/06/30(木) 20:28:15.65 ID:pd9i2CU5o
- 今まで胸に鬱積してきたもろもろに、それをほむらに気取られているという事実が沁み渡り、
胸のつかえが震え出すのを感じた杏子は、それを何とか沈めようと冷えたソフトドリンクを胃袋に流し込み続けた。
「あなた、まだ美樹さやかを自分の掌握下に置くことが出来ていないのね」
図星を指された杏子が思わず視界に入れてしまった隣の顔は、恋人が他の女とはしゃぎ合っているというのに、
眼前のガラス越しに広がる澄んだ空の青か、凪いだ翡翠の海か…そのどちらで例えようかというほど穏やかである。
杏子にとっては恨めしいまでの境地に、ほむらは達していたのである。
「あんたはあの娘が他の女と楽しそうにしていても平気なのかよ?」
追い詰められて直球のような質問しか出来ない杏子を一瞥し、ほむらはグラスを手に取り、
その淵をなぞるように、液面から突き出たストローを一周させ、ドリンクの中の氷を鳴らしながら言った。
「当たり前じゃない」 - 5: 2011/06/30(木) 20:28:55.52 ID:pd9i2CU5o
- ストローを止めると、少し遅れて氷の触れ合う音も止んだ。 それを確認し、ほむらはほんの一口、ドリンクを吸った。
グラスの中の液面が僅かに下がる。
「まどかは完全に私のものだから」
余裕を孕んだ言葉を生み出した、その唇が笑みを湛える。
杏子は目を逸らし、またストローに吸い付いた。
ズズズ…と、空気の混じった音がして、杏子はその時始めてグラスに多少水分を絡みつかせた氷しか入っていない事を知った。
ほむらのグラスはまだその容積の三分の二以上、ドリンクで占められている。
杏子にはテーブルの上の二つのグラスの中身が、そのまま二人の余裕の違いを表しているように思えてくるのだった。
「前にも聞いたっけな…あの娘とどうやってカップルになったのかって――」
ほむらは、表情を動かさずにまどかを見つめている。
杏子は、その視線を追うようにじゃれ合う二人に向き直った。 - 6: 2011/06/30(木) 20:29:31.28 ID:pd9i2CU5o
- 「聞きたい?」
杏子が視線を横に向け直すと、ストローがドリンクに染まり、グラスの液面がまた少し、下がるのが見えた。
「ああ、聞きたいね」
胸に巣食うもやもやしたものが、レズの先輩であるほむらの体験談によって無くなるかもしれないという淡い期待を含んだ予感――
杏子はそれに縋りつくように、ほむらを凝視した。
「少しばかり、長くなるわよ」
そう言って、ほむらはまた喉を潤した。
杏子は唾を飲み込んでほむらに集中する。
ほむらはまたゆっくりと、ストローをグラスの中で一周させた。
氷の音が二人の間に響き渡る。
杏子にはその音が、自分たちを過去の世界に誘う合図の鐘のように聞こえた。 - 7: 2011/06/30(木) 20:31:16.84 ID:pd9i2CU5o
-
第一章 転入
「あ、あの…あ、暁美…ほ、ほむらです…その、ええと…どうか、よろしく、お願いします」
いじめてオーラ全開の自己紹介をしたのは、この日見滝原中学校に転校してきたばかりの、まだメガほむと呼ばれていた頃のほむらである。
「暁美さんは、心臓の病気でずっと入院していたの。
久しぶりの学校だから、色々と戸惑うことも多いでしょう。 みんな助けてあげてね」
担任の早乙女がクラスにそう語りかけ、和やかな雰囲気でほむらの学校生活は始まったかに思えたが、
それから数十分して、世の中はそんなに甘くないことを彼女は知ることになる。
授業に、全くついていけないのだ。
今まで闘病に生活のすべてを費やしていたほむらは、同年代の生徒たちに比して勉学に遅れを取ってい、学力が極端に低かったのである。
何を聞いても受け付けない、そしてその状況を打破するための策すら浮かぶことのない自分の脳に絶望し、不甲斐なさに萎縮する。
休み時間が来ると、休む間もなくクラスメート達がほむらを取り囲み、矢継ぎ早の質問で彼女を攻め立てた。
そしてそれらの質問にさえ上手く答えることの出来ない自分に、ほむらは更に絶望と苛立ちとを深めていくのだった。 - 8: 2011/06/30(木) 20:31:53.59 ID:pd9i2CU5o
- 「暁美さん?」
物珍しさに取り付かれた、クラスメート達の質問攻めをストップさせたその声の方に振り返ると、
優しそうな表情をたたえた女生徒がほむらに微笑みかけていた。
「保健室、行かなきゃいけないんでしょ? 場所、分かる?」
「え?…いいえ…」
「じゃあ案内してあげる。 私、保健係なんだ」
ほむらが蚊の翅音のような礼を述べようとしたその間に、その女生徒はほむらを取り囲んでいたクラスメート達に、
「みんな、ごめんね。 暁美さんって、休み時間には保健室でお薬飲まないといけないの」
と、ほむらに代わり説明を終えてくれていた。
ほむらには、苦痛を伴う質問攻めから自分を解き放ってくれたこの女生徒は女神に思えた。
しかし連れ立って歩き出すと、話題の見つからないほむらはただただ黙って彼女について歩くことしか出来ない。
ほむらは自分を気の利かない奴だと責め、きっと案内してくれているこの娘もそう思っているに違いないと思い始めていた。
永遠に届くことはないと知りつつも、心のなかで目の前の後ろ姿に謝り続ける。 - 9: 2011/06/30(木) 20:32:33.51 ID:pd9i2CU5o
- 「ごめんね。 みんな悪気は無いんだけど、転校生なんて珍しいから、ハシャイジャッテ!」
「いえ、その…ありがとうございます…」
そう言った後で、折角話しかけてくれたのに会話としてそれを発展させることが出来ない自分をほむらは更に嫌悪した。
そしてこれではいけない、と思った。 が、どうすればいいのかは分からない。
「そんな緊張しなくていいよ。 クラスメートなんだから」
しかしそんな事は気にしていないというように、女生徒は自分に笑顔を向け、話しかけ続けてくれる。
「私、鹿目まどか。 まどかって呼んで」
「え? そんな…」
いきなり名前で呼ぶのは気安すぎると思う。
自分などに呼び捨てにされて、嫌な気分になったりしないかと、不安になってしまう。
だがまどかは、やはり一向にそんな事を頓着していない様子だ。
「いいって。 だから私も、ほむらちゃんって呼んでいいかな?」 - 10: 2011/06/30(木) 20:33:13.08 ID:pd9i2CU5o
- ほむらは、まどかが自分の事を下の名前で呼ぼうとしているのだと知り、少し気持ちが陰った。
そんな自分の内面は他人の好意を無下にしているようで、更に罪悪感が積もってくる。
「私、その…あんまり名前で呼ばれたことって、無くて…すごく、変な名前だし…」
自分の名前は好きではない。
出来るなら苗字で呼んで欲しかった…だがそれをはっきりとは言えず、
ところどころ詰まった言葉を発する度に、ほむらの話は要領を得なくなってくる。
これではいけない、またそう思った。 朝から何度同じことを考えたか、分からない。
「えー? そんなことないよ。 何かさ、燃え上がれーって感じで、カッコイイと思うなあ」
まどかは、やはりそんな事は一切頓着していない。
悪気は全くないのだ。 ほむらの名前に対する感想も、嘘偽りのないまっさらなものだろう。
それが分かるだけに、ほむらは更に辛く追い詰められていくのだ。 - 11: 2011/06/30(木) 20:33:54.60 ID:pd9i2CU5o
- 「――名前負け、してます」
モヤモヤと、いくつも言いたいことが複雑に頭の中を巡っているが、結局それしか言葉に出来なかった。
「そんなのもったいないよ。 せっかく素敵な名前なんだから、ほむらちゃんもカッコよくなっちゃえばいいんだよ」
その声の調子に吸い込まれるように、ほむらはそうかも知れない、と、同意をしかけて、
出来もしないことに心を動かしている自分に驚いた。
そして自分の冷えた心をほぐしてくれたその声の主を見上げ、
視界いっぱいの優しい笑顔に、思わず顔を赤らめて、ほむらは硬直してしまった。
もし…もし私がカッコよくなったなら、この笑顔は私の側にずっといてくれるのだろうか。
ほむらはそんな事を考えている自分に、再び戸惑った。 - 12: 2011/06/30(木) 20:34:36.63 ID:pd9i2CU5o
- 保健室で薬を服用している最中から、ほむらは胸の内に冷たい不安が溜まっていくのを感じていた。
この学校の構造はよくわからないし、建物の中はどこも似たような調子で、ここが何階かも分からない。
ドジな自分は休み時間が終わるまでに教室に戻ることが出来ないかもしれない…
授業に遅れたら、教室に入った途端に、クラス中の視線が私の弱り切った心を押しつぶすだろう。
ほむらは不安に胸が締め付けられ、孤独に痺れて泣き出しそうになりながら保健室を出た。
「終わった? 教室、帰ろっか」
ところが廊下に出ると、まどかの笑顔がほむらを迎えてくれた。
不案内なほむらの事を考えて、待っていてくれたのだった。
その優しさに、ほむらの胸がキュンと詰まり、体中が熱くなったようだった。
彼女の異常な恋は、この時既に動き出していたのであった。 - 13: 2011/06/30(木) 20:35:17.15 ID:pd9i2CU5o
- 数学の授業が開始されて数十分後、ほむらはせっかく治ったばかりの心臓が停止するかと思った。
そしてその危機は今以て継続中である。
全開の鼓動に、いつこの慣らし運転中の脆弱な血流ポンプがぶっこわれるのかと不安になる。
何が起こったかというと、授業中に指名され、クラス中の視線を浴びる位置に引っ立てられたのである。
「じゃあ、この問題やってみようか」
目の前に映し出された問題は何を意味しているのか全く分からない。
ほむらはとりあえずペンを持ち上げ、書こうとする格好だけをつけてみたが、それで状況が変わるわけでもない。
「ああ、君は、休学してたんだっけな。 友達から、ノートを借りておくように」
震えながら立ち尽くすほむらに、慌てて教師はそうフォローをしたが、
転入したばかりなのに…友達って、誰よ? そう考えながらその公開処刑にも似た仕打ちに、ほむらの眼には涙が溜まっていった。
泣き出しそうな顔を俯かせて席に戻る。
まどかにノートを貸してもらえるよう、頼もうと思ったが、声が震えそうなので止めた。
こんな自分は、カッコ悪い、そう思った。 - 14: 2011/06/30(木) 20:35:58.53 ID:pd9i2CU5o
- 午後の体育でも、ほむらは晒し者になっていた。
みんなが一生懸命汗を流している気配を感じながら、独り外れて木陰に蹲り、休んでいる。
「準備体操だけで貧血って、ヤバいよねー?」
「半年もずっと寝てたんじゃ、仕方ないんじゃない?」
自分の事を嘲るように話している女生徒の会話が冷たく耳に入ってくる。
もしかしたらそんな会話に、あのまどかも加わっているんじゃないかと恐れて、ほむらは話し声のする方を見ることも出来なかった。
やはり、自分はカッコよくなんてなれないのだと、ほむらは思っていた。 - 15: 2011/06/30(木) 20:36:43.09 ID:pd9i2CU5o
- 授業が終わると、外階段掃除の当番に任ぜられ、ほむらは男女一名ずつの後ろについて校舎裏の暗がりに導かれてきた。
「ここの当番は天国ですわ」
ところが女生徒の方は清掃区域に着くやいなや、そう言って掃除用具を放り投げた。
「えっと…あの…掃除しないんですか?」
恐る恐るそう聞いたほむらに、口を歪めて女生徒は語り始めた。
「いいんですの。 ここは空気の流れがとてもよろしくてゴミがたまりにくい上に、
先生方もめったに訪れないので最高のサボりスポットなのですわ。
それに私や上条くんのような貴族階級に属するものが、掃除などという卑しい作業なんかそもそもできない相談ですの」 - 16: 2011/06/30(木) 20:37:42.37 ID:pd9i2CU5o
- 「やっぱり志筑さんはよく分かってるなあ」
上条くんと呼ばれた男子生徒はそう言い、ニヤニヤしながらほむらの後ろに回りこんできた。
ほむらが嫌な雰囲気を感じ取ったと同時に、上条は無言で彼女を羽交い締めにし、その動きを封じた。
その左腕には包帯が巻かれているが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
「ひっ…な、何をするんですか…!?」
「へへへっ…なにするんだろうね…?」
「ご安心下さいまし。 とっても楽しいことですわ」
身動きの取れないほむらの眼前に、美しい顔をガチャピンのように醜く歪めた、志筑さんと呼ばれた女生徒が迫ってくる。
何か恐ろしいことが待っているのだと思う。
そしてそれに抗うことの出来ない自分の無力に、ほむらは絶望する事しか出来なかった。
今日一日で、そして行く行くはこの惨めな人生を終えるまで、一体何度絶望をすればいいのだろうか?
ほむらは自分の身に振りかかるであろう途方も無い絶望の総和を予感して身を震わせた後、小さな嗚咽と共に涙を落とした。 - 17: 2011/06/30(木) 20:39:07.24 ID:pd9i2CU5o
- 「あはは、この娘、既に泣いちゃっているよ。 志筑さん、やっぱり許してあげようよ」
上条は冗談でも言うように、笑い混じりにそう言った。
許してやろうなどとは露程も思っていない物言いだ。
「やめて下さい…許して――」
ほむらが許しを乞うための言葉を紡いでいる最中、目の前のにやけガチャピン顔が一瞬で引き締まった。
「ひうっ!!」
腹に食い込む衝撃に息が止まり、そのまましばらくほむらの呼吸が停止した。
衝撃で下を向いた視界に、腹に当たった志筑の握りこぶしが映り、
ほむらは動転する思考で腹パンを食らったことだけは何とか了解をした。 - 18: 2011/06/30(木) 20:39:40.31 ID:pd9i2CU5o
- 「志筑さんは、本当に腹パンで他人をイジメるのが好きだよねえ…」
息が詰まって絶命の予感すら覚えているほむらの必死とは裏腹に、のんびりとした口調で上条が喋っている。
「何も知らない動物並の男の子達は、すぐにおっぱいとかお尻に眼をやりがちですが――」
志筑が演説をぶち始めた辺りで、ようやくほむらの体が呼吸の仕方を思い出した。
一度遠ざかりかけた命を引き寄せるように、ほむらはゼエゼエと一生懸命呼吸をし続けている。
「本当に気持ちの良い感触を得られる部分は――」
溢れる涙をまぶたの外に追いやったとき、視界の中の志筑の顔がまた力を溜めて引き締まり、それを見たほむらの背筋が冷えた。 - 19: 2011/06/30(木) 20:40:10.25 ID:pd9i2CU5o
- 「うぐう!!」
「お腹ですわっ!」
衝撃に狂ったほむらの体が、また呼吸を忘れた。
必死にその動作を取り戻そうとするが、口から「あ…あ…」と、砂粒のような声が漏れるのが、ほむらの精一杯であった。
そうやって苦しみに溺れていると、不意に、自分の体を支えていた拘束が解け、ほむらは地面にうつ伏せに崩れ落ちた。
「僕もパンチしたいや…志筑さん、代わってよ」
「この娘のお腹、病みつきになりますわよ」
真っ暗な視界の中に、二人が言葉を交わし、ハイタッチする音が響き渡った。 - 20: 2011/06/30(木) 20:40:43.56 ID:pd9i2CU5o
- 「いっ…痛い!」
ほむらの長い三つ編みの髪が引っ張られ、感じる痛みを何とか和らげようと、そのベクトルに従うようにほむらは顔を上げた。
「ほら、しっかり立ち上がってくださいまし」
だが志筑によって、更に髪は引っ張られ続けている。
ほむらは生まれたばかりの小鹿のように、ふらふらしながら漸く立ち上がることが出来たと思ったその矢先――
「おぶっ!!」
先程とは比較にならない衝撃がほむらの腹部を襲った。
脳天まで痺れ上がるような怖気が体中に満ち溢れ、それが腹の奥に集約し、次いで喉元までこみ上げてきた。 - 21: 2011/06/30(木) 20:41:58.86 ID:pd9i2CU5o
- 「おえええええっ」
ほむらは嘔吐し、その吐瀉物の上に腹を抱えて倒れこんだ。
「まあ、とても汚いですわ!」
「ごめんごめん、ついつい力み過ぎちゃったよ」
上条の愉快にはしゃいだ声が聴こえるが、ほむらは体の内にあるすべてを吐き出さんとする生理に抗うことも出来ず、
ただただ痙攣しながら苦しみの中に横臥していた。
「…恭介ーって、うわっ! 何これ!? どうしたの!?」
別の女子が来て、自分の惨状を見つけたようだ。
助けてくれるのか、それともこの女子も加わってもう一度ボディーブローをされるのか、五分五分だな、と、ほむらはかすれた脳内に予感した。
「さやか、大変なんだ! 掃除をしていたら暁美さんが突然お腹を押さえて吐いたんだ!
保健委員の鹿目さんを呼んできてくれるかい! 大至急だ!!」
「お願いいたしますわ!」
「分かった、まどかを呼んでくる!!」 - 22: 2011/06/30(木) 20:42:49.22 ID:pd9i2CU5o
- さっきまでとは打って変わった二人のうろたえ芝居がほむらの耳に届いてきて、彼女は漸く命の危険が去ったのだと安堵した。
そして暗転した世界の中、声だけ聞こえたさやかという女生徒にほむらは深く感謝した。
「ふう、危なかったね。 さやかはああいう性格だから、こう言う事をしているとがみがみとうるさいんだ。」
「間一髪でしたわね…しかしこの娘、入院生活が長いと聞いた時から目を付けておりましたけど、
予想通りパンチしがいのある脆弱なお腹ですわねえ…堪りませんわ」
「そうそう、腹筋が乏しいお腹は、手に取るように分かる内臓の感触がとてもいいよね。
いやあ、事故で手がこんなになってしまって、毎日がイライラの連続だったんだよ。
さやかは病院にまで押しかけてきて僕を虐めるしさあ…
腹パン遊びを教えてくれた志筑さんには、本当に感謝しているよ」
「腹パンは貴族のたしなみですわ」
走り去るさやかの足音を見送って、漸く漏れた二人の本音はどう考えても悪魔の言葉であった。
そして少しして、ほむらはゆっくりと抱き起こされた。
まどかが呼ばれて来るにはまだ早いと思ったが、とりあえず何かに縋りつきたかったし、
まどかに蹲ったままのカッコ悪い姿を見せるのも嫌だった。
「か…鹿目…さん…?」
漸く開く事の出来た視界の先には志筑のガチャピン顔が立っていて、それを見て絶望したほむらの腹に再び衝撃が突き刺さった。 - 24: 2011/06/30(木) 20:44:06.65 ID:pd9i2CU5o
- 「ほむらちゃん! 大丈夫!?」
あれから3発食らってダウンしていたほむらのもとに、切羽詰った声と共にまどかが駆けてきた。
そしてすぐに背中を撫でるまどかの掌を感じ取り、ほむらは今度こそ危機は去ったのだと感じた。
「ほむらちゃん、お腹痛いの!? 今保健室につれていくからね!!」
「ていうかこれ、救急車呼んだほうがいいんじゃない?」
さやかの放った救急車、という言葉がほむらの心に重くのしかかった。
これ以上、目立つことをして晒し者にされることは耐えられない。
ほむらは必死にまどかの制服を掴み、
「大丈夫…だから…」
何とか、そう伝えることに成功した。 - 25: 2011/06/30(木) 20:44:59.49 ID:pd9i2CU5o
- ほむらが動けるようになるまでまどかは背中をさすり続けてくれた。
そして吐瀉物で汚れたほむらの制服を自分のハンカチで拭いてくれ、地面にぶち撒かれたそれも綺麗に片付けてくれた。
ほむらはその様子をただ呆然と見ていることしか出来ず、自分は死んだほうがいいのかもしれない、そう思っていた。
「大丈夫? 立てる?」
確認をしながら、まどかはほむらに肩を貸し、ゆっくりと立ち上がった。
この時腹パンの2名は、既に居なくなっていた。
「ありがとう…鹿目さん、ありがとう…」
「すぐに保健室に着くからね。 頑張って、ほむらちゃん」
まどかにもたれかかりながら、ほむらはゆらゆらと力なく歩き出した。
制服越しに、まどかの温もりが伝わってくる。
ほむらはまたまどかにカッコ悪いところを見せてしまった自分の情け無さを噛み締めながら、
それでも高まってくる胸のときめきを、持て余していた。 - 26: 2011/06/30(木) 20:45:57.10 ID:pd9i2CU5o
- 「さやかちゃん、ここまで付き合ってくれて本当にありがとう。
私はもう少しほむらちゃんの様子を見てから帰るから、先に帰ってていいよ」
保健医が不在であった保健室で、まどかがそう伝えると、さやかはお言葉に甘えまして、と言って颯爽と保健室を出て行った。
まどかとふたりきり!
ほむらの心臓は、すぐに過負荷運転を開始した。
それは病み上がりの心臓を持つほむらにとって生命の危機でもあるのだったが、
彼女はまどかで昂った心臓が原因でなら死んでもいいと思った。
「まだ、お腹痛い?」
異常なまでの緊張状態で、言葉を発すると裏返った変な声が出そうな気がし、
ほむらはまどかの問いに対し、俯いた首を左右に振る事だけで精一杯だった。
「なんか顔が赤いみたい…熱があるのかな?」
躊躇なく、まどかはほむらにその顔を近づけてきた。
それを見て、未知の体験への期待と恐怖に頭が白っぽくなってゆくほむらは、戸惑いながらそれを見つめているのみだ。
どうすればいいか分からないが、このまままどかが近づいてくれば、非常に恐ろしいことが起こってしまいそうな気がする。 - 27: 2011/06/30(木) 20:46:33.58 ID:pd9i2CU5o
- 息遣いまで感じられる距離にその顔が近づいたとき、ほむらの中で何かが壊れた気がした。
そして決定的だったのは、おでことおでこが触れ合ったその瞬間だった。
「ひゃあああああっ!!」
額から高圧電流のような衝撃が体中を駆け巡り、体とは別にあるはずの精神までもが痙攣をしたような気がした。
そして一気に、それら全てが溶け崩れたように弛緩し、ほむらの知覚は快楽で飽和した。
ほむらは浮いている自分を感じていた。
温かい空気に包まれて、手を離した風船のようにどこまでも、どこまでも昇って行きそうな感覚。
こんな快感が、この世に存在したのかと思えるほど、それはほむらにとって未体験ゾーンであった。
ほむらは思った――
こんな感覚が味わえるのならば、たとえ絶望の中にであろうとも、もう少し生きているのも、いいかもしれない。 - 28: 2011/06/30(木) 20:47:11.18 ID:pd9i2CU5o
- 「きゃあっ!! ほむらちゃん…!!」
だがその時、まどかが張り裂けるような悲鳴を上げてほむらから離れた。
快楽の虜になっていたほむらには突然何が起こったのか知れなかったが、ワンクッション置いた後、
下半身にありえざる感覚を見出して急速にすべてが冷めていくのを感じた。
「…え…ええっ!?」
ぐしょぐしょに濡れた下半身からは人肌の熱気が立ち上っており、
腰掛けている椅子からは、ぼたぼたと雨垂れのように、下半身を濡らしているその液体が床に滴り落ちている。
暖かく臭うそれはまさしく、ほむら自身の尿であった。
――失禁。
ほむらがその言葉を脳内の辞書に求めたとき、まどかは逃げるように保健室を出て行った。
――人生、終了のお知らせ。
ほむらは自らの尿にまみれながら、すべてがどうでも良くなってしまった自分をまるで他人事のようにヘラヘラと笑っていた。 - 29: 2011/06/30(木) 20:47:59.82 ID:pd9i2CU5o
- しばらく呆けていると、不意に保健室の扉が開いた。
誰が入ってきたかは知らなかったが、ほむらは自分を殺して欲しいと頼むつもりで、扉に顔を向けた。
「ほむらちゃん! 大丈夫!?」
まどかだった。 ほむらは眼を疑ったが、まさしく、鹿目まどかだった。
「ほむらちゃん、立てる?」
ほむらは、脇にあったベッドにもたれるように、なんとか立ち上がった。
「これに着替えて! 汚れた制服は、この中に!」
まどかはそう言って、体操服とポリビニール袋とをほむらの眼前のベッドに置いて、
持っていたバケツから雑巾を取り出し、絞ってほむらの尿をせっせと拭き出した。 - 30: 2011/06/30(木) 20:48:30.04 ID:pd9i2CU5o
- ほむらが体操服に着替え終わったとき、床と椅子の尿は綺麗に拭き取られていた。
しかしそれでも部屋中に尿の臭いが立ち込めている。
まどかは換気扇をフルパワーにし、椅子と床とに消毒用のアルコールスプレーを丹念に吹きかけ、
もう一度それを拭うと大分臭いはましになった。
「これでよし…と」
まどかは額に浮き出た汗を拭うと、尿の混ざった雑巾の絞り汁を流しに捨て、雑巾を水洗いし、
自らの手もレモン石鹸を用いて丹念に洗った。
「誰も来なくてよかったね。 これで大丈夫だよ」
ほっと溜息をついた後の、大事を為し終えたまどかの笑顔を見て、ほむらの涙腺は一気に決壊した。 - 31: 2011/06/30(木) 20:48:57.62 ID:pd9i2CU5o
- 「鹿目さん…ごめんなさい…私…私…」
泣きじゃくりながら謝罪を繰り返すほむらの肩を、まどかは優しく撫でながら、
「ほむらちゃんは病み上がりだから、まだ体が弱っているんだよ。 だから仕方ないよ。
クラスのみんなには、絶対内緒にするからね」
そう言って、またとびきりの笑顔をみせてくれた。
「ほむらちゃん、一緒に帰ろ。 家まで送って行くから」
自らのそれと繋ぎ合わせるために差し出されたまどかの手から、ふわりと嗅覚に触れたレモン石鹸の香りに混じって、
しぶとく染み付いた自分の尿の残り香が、ほむらの胸中に罪悪感を呼び起こした。
そしてその罪悪感の中に、中核たる何かの予感のようなものが組み込まれているのを感じたほむらは、
その正体を見極めようと罪悪感の中を必死に探り始めた。 - 32: 2011/06/30(木) 20:49:31.12 ID:pd9i2CU5o
- まどかと手を繋いで校舎を出、再び胸の高まりを覚えたほむらの脳内で、興奮と直結したその予感が急速にその内容を再生し始める。
それはいく度か、教育番組で見たことのある内容だった。
動物は、自らの所有物を示すとき、尿で匂いづけをするのだという半ば常識とも言える雑学である。
呼び起こしてはいけない予感だったことに気が付いたが、了解してしまった今において、それはどうすることも出来ない。
手を繋いで並歩するまどかを見るたびに、匂いづけをした対象に対しての動物的な独占欲が疼くのに、ほむらは耐えねばならなくなった。 - 33: 2011/06/30(木) 20:50:12.14 ID:pd9i2CU5o
- 「じゃあ、また明日学校でね」
まどかは変わらぬ笑顔と共に別れの言葉を口にした。彼女を見送った後、ほむらは尿意を覚えて自宅のトイレに入った。
便座に腰を落ち着けると、自分の尿をせっせと拭いてくれていたまどかの姿が脳裏に浮かび、
身震いをした後にほむらは心地良く放尿した。
尿の臭いが鼻を突くと、レモン石鹸の香料では隠しきれていなかった、まどかの手に染み込んだアンモニア臭がフラッシュバックして、
ほむらの思考はまどかと自分の尿との堂々巡りの様相を呈した。
その邪な考えを断ち切る様に水を流し、
自分の尿の混じった水が渦を巻いて便器に吸い込まれていくさまを見ていたほむらの思考は、まどかの、とまたまどかを続けていた。
まどかのおしっこを、その匂いをいつか私にも付けてもらわなければいけないのではないか?
いや、そうであるべきだ! これはきっと運命なのだろう!
ほむらは、この日一日で、まどかとの出会いで、人外の領域への道へ、そして二度と引き返すことの出来ない道へ、
一歩、その足を踏み出してしまっていた。 - 40: 2011/07/01(金) 19:06:29.51 ID:PFs+Giuho
- 第二章 転換
昨夜はまどかの事を考えながらのオナニーにのめり込み過ぎ、2時間ほどしか睡眠をとることが出来なかったが、
ほむらはまどかへの欲望を精神力に転嫁し、何とか居眠りをせずに一時限目の授業を乗り切ることが出来た。
しかし、相変わらず授業に付いていけなかったのは言うまでもない。
ほむらは焦り始めていた。
「あ…あの…鹿目さん…」
保健室に薬を飲みに行く途中で、ほむらは意を決してまどかに話しかけてみた。
「どうしたの、ほむらちゃん?」
まどかは昨日と全く同じ優しい笑顔で応じてくれた。
昨日の吐瀉物と尿の記憶がフラッシュバックして申し訳ない気持ちに打ちひしがれたが、
一方で鼻を利かせ、昨日付けた尿の臭いがすっかり落ちてしまっている事を知り、
残念な気持ちになっているおぞましいもう一人の自分がいることを、ほむらは感じ取っていた。 - 41: 2011/07/01(金) 19:07:13.71 ID:PFs+Giuho
- 「すみません…休み時間を潰してしまって…」
本来ならば保健室の場所を覚えてしまえばまどかは付き添わなくてもいい筈だったが、
昨日の嘔吐事件でほむらの体調を危険視した担任の早乙女が、不慮の事態に備え、
しばらく保健委員であるまどかにほむらへの付き添いを命じたのはまさに怪我の功名というものであった。
ほむらは腹パンの苦しみと引き換えに、休み時間にまどかを独占する権利を獲得したのである。
「別にいいんだよ、これが保健委員のお仕事だし。 それにほむらちゃんの体のほうが私の休み時間より大切だよ」
やはりまどかは女神であった。
ほむらはその無垢な笑顔と善意とを目の当たりにし、
昨夜、このまどかの痴態を妄想して数時間に及ぶ変態的なオナニーをしてしまった自分の悪を呪った。
「…もう一つ、お願いがあるのですが…」
だがしかし、ほむらはまどかとのつながりを更に強固なものにするため、昨夜考えた作戦を実行に移す事としたのである。 - 42: 2011/07/01(金) 19:08:55.54 ID:PFs+Giuho
- 「なになに? 私に出来ることは少ないかも知れないけど、言ってみて!」
まどかは、人の役に立てることが嬉しくて仕方ない、といった風に応じてくれ、
それは欲望に染まったほむらの背筋を罪の意識で容赦なく冷やしまくった。
「…えっと、あの、ノートを、貸していただけたらと…」
ほむらは後ろめたい打算を打ち消すかのように、勇気を振り絞って言った。
それを聞いたまどかは眼を輝かせ、
「うん、いいよ! 私のでよければ、ドンドン使ってよ!」
そう、言ってくれたのだった。
ほむらはその胸の内に、よっしゃ、と、ガッツポーズを取った。
最早後ろ暗い気持ちを知覚する彼女の善の部分は消し飛んでしまったようだ。
まどかのノートを手に入れるということは、
まどかの筆跡、こびりついたまどかの匂い、その両者を仮にとは言え自らの手中に収めるばかりか、
「ここ、わからないから」などと言葉巧みにまどかを勧誘し、ふたりきりのお勉強会や、
それを踏み台にし、更にその先の関係にまで発展させることが可能になる事を意味するのである。
ほむらは昨日、全く働かなかった不甲斐ない脳が、まどかへの欲望というきっかけを得、
それに関する事となると異常なまでに回転を高め、素早く正確な知恵を搾り出すようになった事に自分事ながら驚愕していた。 - 43: 2011/07/01(金) 19:09:33.38 ID:PFs+Giuho
- 「ほむらちゃん、帰ろっか」
今日もまどかと一緒に帰ることができる。
しかも、まどかの家まで付いていくことが出来るのだ!
それは聖典(ノート)を借りに行く約束をしたからであった。
ほむらは、自分の計算通りに事が運んでいく様を、喩えようのない高揚感に打ち震えながら見つめていた。
だがしかし、不慮の事態は起こるものであった。
「よーし、今日はまどかと一緒に帰っちゃうもんねー! …あれ、今日も転校生と一緒なの?」
張り裂けんばかりの大声と共に、二人の間を引き裂くように割り込んできた声の主は――
「うん、今日はほむらちゃんにノートを貸してあげる約束なんだ」
「へええ、そうなんだ」
――美樹さやかであった。 ほむらは奈落の底に落ち込むような落胆を覚えた。 - 44: 2011/07/01(金) 19:10:18.23 ID:PFs+Giuho
- 「ノートを取ってくるから、ちょっと待っててね」
ここがまどかのおうち!
現代風の瀟洒な一戸建て住宅は、その場所は、ほむらの脳内に聖地として記憶をされた。
家の中は、どんな匂いがするのだろうか…?
そしてまどかの部屋にはどんな物が置いてあるのだろうか…?
妄想に妄想を重ねても、実際には決して及ばない事を悟り、ほむらは目の前の聖なる屋敷を自ら探検したい衝動に駆られた。
そして、もしかしたら中の様子を見たことがあるかも知れない人物に、自然と眼が向いていた。
「…何よ?」
ぶっきらぼうに自分に向けられた短い言葉の後の、気まずい沈黙。
美樹さやかはまどかのように、自分に優しい人間では無いらしい、と、ほむらは思った。 - 45: 2011/07/01(金) 19:10:55.23 ID:PFs+Giuho
- 「え…と…あの…み、美樹さんは…そのう…」
その沈黙を何とか破ろうと、ほむらは人見知りの口下手を抑えこんで、何とか言葉を紡ごうとした。
しかし、なかなかうまく行かない。
ほむらが必死に、要領を得ない言葉の破片を並べていると、だんだんとさやかの顔には苛立ちが募って来るようだった。
そしてそれを確認したほむらは、更に言葉に詰まっていき――
「ちょっとあんたさ、もっとはっきりモノを言いなさいよね!!」
とうとう、さやかの堪忍袋の緒がぶち切れた。
「ご…ごめんなさい…」
「ごめんなさいじゃないでしょ! ちゃんと聞きたいことをはっきりと、言ってみなさいよ! そしたら答えてあげるからさ!」
「えっと…あの…」
「だからさあ、聞こえないんだってば!」
地獄の責め苦のような会話に耐えかねて、ほむらの眼にはじわりと涙が溜まっていった。 - 46: 2011/07/01(金) 19:11:24.99 ID:PFs+Giuho
- 「お待たせ! ノート、持ってきたよ!」
大量のノートを抱え、二人のもとに戻ってきたまどかは、漂う異常な空気をすぐに察知した。
「どうしたの、ほむらちゃん?」
ほむらは眼をこすりながらしくしくと泣いており、その近くにいるさやかはまるでお手上げといったふうである。
「なんかさ、会話しようとしたら泣き出しちゃった」
まどかは、ほむらの肩を優しく抱き寄せて、
「ほむらちゃん、どうしたの? 具合、悪いの?」
そう、聞いてくれた。
美樹さやかとはエライ違いだと、ほむらは思った。
自分を押しつぶすようなプレッシャーを感じなくなると、何とか、言葉がつなげるようになった。 - 47: 2011/07/01(金) 19:12:07.61 ID:PFs+Giuho
- 「美樹さんに…その…鹿目さんの、家に、入ったこと…あるか、どうか…聞いて、みようと、思ったの…
あの…えっと…だけど、私…緊張して…上手く…その…喋れなくて…」
「うんうん、ちゃんとほむらちゃんの言ってる事、分かるよ。 さやかちゃん、私の家に入ったことあるか、だって」
まどかが通訳を済ませると、さやかは溜息をついてから、言った。
「そんなの当たり前じゃない。 あたしとまどかは親友同士なんだから――」
――親友。
その言葉を聞いて、ほむらの中を冷たいものが走った。
そしてそれは血流に乗って体中を駆け巡り、ほむらの隅々に嫉妬というものを教えてまわった。
「――って言うかさ、あんたノート借りたりする前に、日常会話から練習した方いいんじゃないの?」
胸に突き刺さる言葉。
そこから、赤い血潮の代わりにどす黒い怒りが噴き出しそうになり、ほむらは止血をするように強く胸を押さえて、それに耐えた。 - 48: 2011/07/01(金) 19:12:56.06 ID:PFs+Giuho
- 「もう、さやかちゃん、酷いよ!
…ごめんね、ほむらちゃん。 さやかちゃんね、悪気はないんだよ。
ただちょっとハッキリものを言い過ぎる性格なだけだから、気にしないでね…」
「う…うん…」
「ていうかさ、用事、終わったんだよね? まどか、早く行こ」
さやかは、まだほむらの方に向いているまどかの手を握り、自分の方に引き寄せながらそう言った。
ほむらは連れ去らせそうになっているまどかを見、慌てて、
「ど…どこかへ、おでかけ…ですか?」
と、聞いた。
「さやかちゃんの家で、映画のDVDを見るんだ。 もしよかったらほむらちゃんも一緒に…」
「まどか、駄目じゃない!」
ほむらを誘おうとしたまどかの言葉を遮り、さやかが放った言葉。
「転校生は、これからまどかが貸してあげたノートを使って遅れを取り戻すためのお勉強をするんだよ!
あたしらは邪魔しないように、ここでお暇しなきゃ!」
邪魔者を切り捨てるように、さやかは言った。 - 49: 2011/07/01(金) 19:13:37.50 ID:PFs+Giuho
- まどかは、ほむらが見ている前で美樹さやかに連れ去られた。
惨めな敗北感に打ちひしがれ、涙で滲んでいく視界でそれを見送ったほむらの中に、複雑な変化が起こっていた。
まどかの家まで付いていくことが出来、有頂天になり、熱く昂った気持ちが、美樹さやかによって一気に冷まされた。
それは怒りに炙られ、嫉妬に叩かれ、苛立ちに研磨され、鋭利な形を作っていく。
ほむらは、心のなかに冷たく鋭い刃を得た。
――美樹さやかを、いつか、まどかの側から排除しよう。
どんな手を、使っても――。
胸の中に生じたものの冷たさに、ほむらは身震いをして我に返った。
そして自分が考えていたことの恐ろしさに絶息するほどだった。
――殺意。 ほむらの、美樹さやかへの感情はまさしく、その形をしていた。
その後、ほむらがどんなに自分の中の冷たい部分を抑えこもうとしても、
腹パンから救われた時に感じた、さやかへの感謝の気持ちが、再び彼女の心によみがえることはなかったのである。 - 50: 2011/07/01(金) 19:14:05.93 ID:PFs+Giuho
- それから少しして、まどかとのぎこちない友人関係を続けていたほむらは、彼女との関係に違和感のようなものを感じ始めていた。
「ぐへへえ…まどかがどれくらい成長したか、見てあげるもんねー」
「きゃっ! さやかちゃん、やめて! くすぐったいよ!」
時を経るごとに、ほむらのさやかへの怒りは募っていく。
今も、さやかは後ろからまどかに襲いかかり、まるで変態オヤジのようにその成長途中の乳房を揉みしだいている。
「み、美樹さん、そう言うの、良くないと思います!」
自分も同じことをしてみたいのだという嫉妬の気持ちは棚に上げ、ほむらは勇気を振り絞って、さやかを叱りつけた。
「何よ、転校生。 まどかはあたしの嫁になるんだから、別にいいじゃないのさ」
セクハラに熱中しているときのさやかは、このようにふてぶてしき事この上ない。
まどかを自分の玩具か何かだと思っているのだろう、と、ほむらは思う。 そしてそれはとてもうらやまけしからん事であった。 - 52: 2011/07/01(金) 19:15:59.58 ID:PFs+Giuho
- 「鹿目さんは、女の子ですから…えっと、美樹さんの、お嫁さんには、なれないと、思います。」
自分こそが、本気でまどかを嫁に欲しいのである。
ほむらは正論を言うたびに追い詰められていくような気がしていたが、そんな自分の事はやはり棚に上げていた。
「転校生はまどかの事になるといちいちうるさいんだから……あーあ、なんか興醒めしちゃったなあ…」
さやかはそう言いながら、もう飽きたとでも言うようにまどかを開放した。
まどかがほむらに駆け寄ってくる。
その様子は、ほむらの胸に温かいものを注ぎこみ、その心がくすぐられるような高揚感を与える。
「ほむらちゃん、助けてくれてありがとう!」
まどかの謝礼に、身が震えるほど嬉しくなる。
まどかを、美樹さやかの毒牙から私が守ったのだという自負――。
それは、ほむらとまどかの間に、澱のように蓄積し続け、凝り固まった違和感を一瞬にして溶解せしめたのだった。 - 53: 2011/07/01(金) 19:16:43.95 ID:PFs+Giuho
- ほむらは気が付いた。
自分にありがとうと言った、この同級生のか弱さを――
周囲の女子よりも幼くさえ見える彼女の、魅力の正体を――
――守って、あげたくなるのだ。
庇護の対象として、まどかはこれ以上無いほどしっくりとハマっているのである。
そんなまどかに、ほむらは今まで頼っていた、守ってもらっていた。
違和感の正体は、まさしくそれだった。
それを了解したほむらは、自分を変えようと決心した。
まどかに守られる私じゃなくて、まどかを守る私になりたい!
それはほむらの人生の、最大の転換点であった。 - 54: 2011/07/01(金) 19:17:09.91 ID:PFs+Giuho
-
… - 55: 2011/07/01(金) 19:17:50.43 ID:PFs+Giuho
- 「――違和感」
杏子は種々雑多なものから、自分にとって真に必要なものを見つけたかのように、
ポツリとほむらの話から得た、そのキーワードを復唱した。
「そうさ、違和感だ」
ほむらは自らの過去語りから、何かを見出したであろう杏子に、無言で眼を向けた。
「あたしも感じているんだ…仕事をしているときは大丈夫なんだけど、家に帰ってさやかと二人きりになったとき、
そばに行って手を繋いでみたりさ、抱きついてみたりするんだけど、その後どうしたら良いかわかんなくなってさ…
体が震えてきて、動けなくなって…結局何も出来ないんだ…
そんな時、感じるんだよ、とてつもない違和感を!」
杏子は、自分とさやかの間にわだかまるものを、打破するための答えを得られるような気がして、
血走らせた眼をほむらに向け、
「それで、その後どうなったんだい?」
と、聞いた。
しかしほむらは、
「人と人との関係は、そう簡単じゃないのよ」
そう言って杏子に冷静を促し、淡々と続けるのだった。 - 56: 2011/07/01(金) 19:18:25.30 ID:PFs+Giuho
-
… - 57: 2011/07/01(金) 19:18:57.33 ID:PFs+Giuho
- まどかとの関係を変革させるため、その日からほむらは血の滲むような努力を始めた。
日課となっていた、まどかをイメージしてのオナニーを一日一時間まで短縮し、代わりに勉強時間の上乗せを一時間、
そしてストーキングを兼ねた、自分の家と鹿目家とを往復する三十分以上のジョギングを新たに日課として追加し、
学力、そして体力…すなわち学生としての資質を、充分に涵養することに集中し始めたのである。
そして、その効果はめきめきと現れていく。
「それじゃあ、この問題、出来る者…」
30名ほどの教室に、チラホラとしか手が上がらないほど難しい、数学の問題が眼前のボードに映し出されている。
だがその手を上げているチラホラの中に、彼女の姿はあった。
「じゃあ、暁美くん」
「はい」
ほむらはボードまで歩み出、難解な問題を一片の逡巡もなく解き終えた。
教師は唖然とそれを見、クラス中に嘆息が飽和した。
ほむらは自分を見る多くの視線の中から、まどかのそれを選り分けると、
私、カッコイイかも――そう思い、満足して席についた。 - 58: 2011/07/01(金) 19:19:48.15 ID:PFs+Giuho
- あれほど憂鬱だった体育の時間も、ほむらにとって惨めな時間ではなくなっていた。
今日の体育は3000メートル走である。
トラックをぐるぐる回るだけのつまらなくて、それでいてキツイ嫌な時間だったが、ほむらはその中に密かな楽しみを見出していた。
だらだらと走るクラスメートの群れから、眼鏡越しに、ふらふらと走る周回遅れのまどかを発見したほむらは、
獲物を見つけたチーターのように彼女目がけて加速した。
「鹿目さん、大丈夫?」
並走してその様子を観察すると、まどかは汗だくになって紅潮した顔で、必死のランニングフォームをとっている。
「あ…ほむらちゃん…」
あえぐような息継ぎに自分の名前を絡めたまどかの様子を見、ほむらは胸の内に性的な欲望の隆起を見た。
「もう少しだよ、一緒に走ろう」
「うん…ありがとう…」
今の私ってやっぱりカッコイイ!!
そう思った後、ほむらは今夜のベッドの中に持っていくため、まどかの汗の匂いと共に、その様子を強く、脳裏に刻み込んだ。 - 59: 2011/07/01(金) 19:20:29.10 ID:PFs+Giuho
- 「最近ホント、すごいよね、ほむらちゃん…」
一緒に帰る道すがら、まどかは力なく、そう切り出した。
え? と、ほむらがその顔を向けると、
「お勉強も、運動も、転校してきたばかりの時とは全然違うもんね…
なんか、ほむらちゃんが遠くに行っちゃったみたい…」
その言葉と、夕日に照らされたまどかの寂しそうな笑顔は、ほむらの背中に滲んで、そこから彼女の内面をじわりと冷やした。
「遠くに行ったなんて…そんな事ないわ! 私たち、友達じゃない!」
そんな力強いほむらの言葉にも、まどかはうなだれたまま、うん、と、相変わらず力なく答えた。
「うん…だけどね、私最近考えるんだ…今の私に、ほむらちゃんの力になれることって、あるのかなって…
ほむらちゃん元気になっちゃって、保健委員として力になってあげることもなくなっちゃったし、
お勉強だって…今はほむらちゃんのほうがすごいし…」
「みんな、みんな…鹿目さんの、お陰だよ…」 - 60: 2011/07/01(金) 19:21:06.26 ID:PFs+Giuho
- 「うん…私ね、ほむらちゃんの力になれて、嬉しかった…お掃除の時、吐いてたほむらちゃんを助けることが出来た事、
そしてその後、保健室での事――
そして、ノートを貸して欲しいって、言われた事も、すごく嬉しかったの…」
ほむらは、まどかの辛そうなその声に、我が身を抉られるような思いに絶句した。
「ごめんね…本当はほむらちゃんがいろいろ出来るようになって、一緒に喜ばなきゃいけないのに…それが友達なのに…
もう自分が、何もしてあげられないって思うと、なんだか寂しくなっちゃって…
ごめんね…私、ダメな娘だね…ごめんね…ほむらちゃん…」
ほむらは、自分を責めるように喋り続けるまどかの手を握り、
「人生は勉強や運動だけで出来ているんじゃ、ないと思うの。
私に出来なくて、鹿目さんに出来ること、まだたくさんあると思うわ。」
そう、伝えた。 - 61: 2011/07/01(金) 19:22:07.27 ID:PFs+Giuho
- 涙ぐんで自分を見上げるまどかを見、ほむらの中に巣食ういやらしい部分が躍り出した。
こんな時に、何を考えているんだろう…
ほむらはそう思ったが、勝手に口が動き出す。
「私、あなたと、もっと仲良くなりたい。 もっと親密になりたい。
そうすれば、もっとあなたの事が分かるようになれば、あなたに頼るべき部分も、たくさん見つかるはずだと思うの」
「ほむらちゃん…」
「あなたのおうちに、二人きりで遊びに行けるような…美樹さん以上のお友達に、なりたい」
下心を隠す真剣な眼差しを向けて語られたその言葉に、まどかはクスッと笑い、ほむらは一瞬、その調子を狂わせた。
「お友達に、以上も以下も、無いよ」
「そ…そうね(汗」
ほむらは、一本取られた、そう思った。
「でも、そういえば今まで、ほむらちゃんを家に招待してなかったね…ごめんごめん」
いつもの笑顔が、まどかに戻ってきたのを見、ほむらは安堵した。
そしてその一瞬だけ、彼女は下心を忘れることが出来た。
「その顔が、私の頼るまどかよ。 その笑顔に、何度救われたかわからないわ」
「えへへ…ほむらちゃん、やっと名前で、呼んでくれたね!」
ほむらは自分の顔がみるみる紅潮していくのを感じていたが、
頬を照らす夕日の色合いが、それを誤魔化してくれるはずだと固く信じ、臆すること無くまどかに最高の笑顔を向けた。 - 62: 2011/07/01(金) 19:22:48.01 ID:PFs+Giuho
-
… - 63: 2011/07/01(金) 19:23:22.37 ID:PFs+Giuho
- 「そうか、二人の関係に違和感があるからって、自分だけが変わっちゃあ、相手に更なる違和感を与えてしまうわけか。 難しいな…」
「そうよ」
「でもいい話だったじゃないか…晴れて仲良くなれて、そのままゴールインって、訳だろ?」
ほむらはまた一口、ドリンクを飲んでから、落ち着いた様子で、
「甘いわね」
とだけ、言った。
「…なん…だと…?」
杏子は、もう一波乱あるのかと、暗い予感を重ねて驚嘆した。
その中に、レズの恋というものの難しさを見る思いがする。
「終わりを迎えたのよ。 私の間違いが原因でね」
波乱どころでは、なかった。
杏子は、自分の事を考え、本当に大丈夫だろうかと思った。
今でさえぎこちないさやかとの関係が終わりを迎えたとき、自分だったら彼女との関係を再構築することが、果たして出来るのだろうか?
ほむらは青くなっている杏子を一瞥し、またストローをグラスの中で回転させた。 - 64: 2011/07/01(金) 19:23:52.27 ID:PFs+Giuho
-
…
- 69: 2011/07/02(土) 21:00:50.30 ID:ZhUlgdF/o
- 第三章 楽園、追放
まどかの父に挨拶をし、弟と遊ばせてもらい、
そしてぬいぐるみなど、所狭しと可愛い物が並べられたまどかの部屋に迎えられ、ほむらは天国を見ているような気分になっていた。
いや、まさしくそこは楽園そのものであったのだ。
「えへへ…なんだか恥ずかしいな…」
「そんな事無いわ! 素敵な部屋じゃない!」
まどかの部屋を記憶に留めることが出来れば、
日課であるオナニーの際、思い浮かべる事が出来るシチュエーションに、かなりの幅が広がる。
ほむらは何時間か後の、昨日までより妄想の質が向上し、程度の高くなった快感を予測してこの時かなりの興奮状態であった。
その、興奮に粗くなった自らを戒めるように深呼吸をし、気持ちを落ち着けていると、不意にまどかが立ち上がった。
「まどか?」
「ごめん、ちょっとトイレ…」 - 70: 2011/07/02(土) 21:01:44.41 ID:ZhUlgdF/o
- まどかが部屋を出て行くと同時に、ほむらの目付きが変わった。
腕時計を素早く操作し、ストップウォッチを作動させ、人外の目付きでもう一度部屋の中を眺め回す。
最初に目についたのは、もちろんベッドだ。
そして枕元の棚に置いてあるぬいぐるみ…可愛らしい机…ハンガーに掛けられた制服…ほむらはいやらしく舐め回すようにそれらを視姦した。
そして最後に目についたのは、こぢんまりとしたタンスであった…。
あの引き出しの中身は…恐らくまどかの下着!!
それが手中にあれば、私のオナニーライフはどうなってしまうのだろうか…ゴクリ!
ほむらはその小さなタンスの中に入り込み、
小鳥が水浴びをするように「下着浴」としゃれ込みたい衝動に駆られたが、時計を見て、グッとそれを堪えた。
もうすぐ、まどかがトイレから帰還するに違いない。
ほむらがそう思ってから二十秒程で、まどかが帰ってきた。
トイレに立ってから、約三分経っていた。 - 71: 2011/07/02(土) 21:02:17.05 ID:ZhUlgdF/o
- 「まどか、悪いんだけど、私にもトイレ、貸してくれる…?」
尿意はなかったが、ほむらは焦る気持ちを抑え、立ち上がった。
「案内しようか?」
「大丈夫よ、部屋に入るまでにトイレの場所は確認したから」
ほむらは滑るように部屋を出、サーキットを走るレーシングカーのように最短ラインでトイレに突っ込んだ。
深呼吸し、芳香剤の香りから選り分けて、まどかの残り香を味わう。
そう、まどかの痕跡が消える前にと、急いでトイレに駆け込んだのだ!
ああ、まどかの匂い!!
そしてほむらは、先刻までまどかのむき出しの尻が密着していたであろう便座に、下着を下ろして座り込んだ。
ああ、まどかの温もり!!
ほむらは、興奮しきった自らの股間に、その手を持っていった。 - 72: 2011/07/02(土) 21:02:51.91 ID:ZhUlgdF/o
- 「ただいま、まどか」
何食わぬ顔でまどかの部屋に戻ったほむらは、まどかには見えぬよう最大限の注意を払って、
自分の粘液が付着したその手を彼女のベッドに滑りこませ、シーツに擦りつけた。
重苦しさが腹の底に結晶し、それがじわりと背中を冷やす。
自分のした行為に寒くなる。
だけど、それがやめられない自分を、更にエスカレートさせようと脳のいやらしい部分を働かせる自分を、
ほむらは、しかたないわね、と、あっさり肯定した。
全てはこの、まどかの魅力のせいなのだと思う。
まどかさえいなければ、私が変態に目覚めることはなかったのだ。
だから私は悪くない――。
たとえ屁理屈であったとしても、一応の理由付けに、
ほむらは詰まったようなその気分が暖かく弛緩していくのを多少の後ろめたさとともに感じていた。 - 73: 2011/07/02(土) 21:03:20.82 ID:ZhUlgdF/o
- 「そうそう、せっかくお邪魔させてもらうのだからと、おみやげを持ってきたんだったわ――」
ほむらは自分のバッグの中から、多少のお菓子と、ペットボトルの緑茶を取り出した。
――なぜ、緑茶なんて渋いものを、ですって?
――ふふふ、今に分かるわ…
ほむらは持参してきた紙コップに緑茶をなみなみと注ぎ、まどかにそれを薦めた。
「ありがとう、のど乾いてたんだ…」
まどかが緑茶を飲み干すのを確認したほむらは、宴席で上司に媚を売る下っ端のように、間髪を置かずに緑茶を注いだ。
「どう、おいしい?」
「うん」
「まだたくさんあるわよ」
ほむらが執拗に眼で訴えると、まどかはまた少し、緑茶を飲んでくれた。
だが、まだ足りない。
しかし、こんなこともあろうかと、ほむらは次の手を考えていた。 - 74: 2011/07/02(土) 21:03:50.86 ID:ZhUlgdF/o
- 「そうだ、乾杯ごっこをしましょう!」
「乾杯ごっこ?」
「前までいた中学校で流行っていたの。
ビールを乾杯するようにジュースやお茶を飲むと、ちょっぴり大人になった気分が味わえるのよ」
「へえ、そうなんだ!」
そんな意味不明な遊びが、あるわけがないだろうに。
しかし疑問を差し挟む余地を与えないように、ほむらは目の前の緑茶を、ごぶ、ごぶと旨そうにのどを鳴らして飲み下した。
「ふう、おいしい。 まるで緑茶じゃないみたいだわ」
「へえ、どんな風に違うの?」
ほむらはまどかの紙コップにちらりと目をくれ、
「自分で体験してみたほうが早いわよ!」
詐欺師のようなドヤ顔でそう言うと、まどかは好奇心をたたえた眼で目の前の、
何の変哲もない緑茶をまじまじと覗き込み、コップを掴み上げた。 - 75: 2011/07/02(土) 21:04:17.04 ID:ZhUlgdF/o
- いい、のどごしで味わうのよ。
大量の緑茶を一気に食道に流しこんで、その感触と、のどに沁み込む豊かな味わいを楽しむの。 一気に、たくさん飲むのよ」
ほむらのその言葉に誘われるように、まどかは紙コップの緑茶を一気に飲み下した。
「ぜんぜん違うでしょう?」
「う…うん…」
ほむらはまどかの表情から、違いなど感じてはいないことを読み取っていた。
いや、違いなど始めからあるわけがないのだ。
こんな物、どんな飲み方をしたって、ただの緑茶である。
「そっか、まどかは乾杯ごっこは始めてだもんね。 それじゃあ一気に二杯、行ってみましょうか!
この遊びは元々中ジョッキでやるものなのよ。 慣れていないまどかには、紙コップじゃ量が少なすぎたのね」 - 76: 2011/07/02(土) 21:04:51.98 ID:ZhUlgdF/o
- ほむらはそう言って、まどかの紙コップに緑茶を満タン、注ぎ込み、血走り始めた眼で、彼女の方をじっと見つめた。
その視線に気圧されたまどかが、紙コップに口をつける。
「一気! 一気!」
ほむらは急かすように、掛け声を浴びせかけている。
その様子はまるで、一昔前の大学生の新歓行事だ!
結局、ほむらは二杯と言っておきながら、何食わぬ顔でまどかに三杯の緑茶を飲ませることに成功した。
そして数分後――。
「ほむらちゃん、ちょっと、トイレ行ってくるね…」
緑茶の利尿作用キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
計 画 通 り !!(ニヤリ
ほむらは、まどかが部屋を出ると同時に、時計を操作して二分半の計測をスタートさせた。 - 77: 2011/07/02(土) 21:05:31.72 ID:ZhUlgdF/o
- ほむらは素早く、まどかの紙コップをつかみ取り、彼女の口が付いていた部分を舐め回した。
間接キッス!!
そしてベッドの脇に滑りこみ、柔らかな布団の中に顔を突っ込み、存分に深呼吸を繰り返した。
寝床の匂い!!
次に顔を枕まで滑らせ、過呼吸気味になるまで、まるで自分を責めるように匂いを嗅ぎ続け、舐め回し、
唾液が付いた枕をバレないようにひっくり返した。
妖怪、枕返し!!
そしてまるでばね仕掛けの玩具のように立ち上がり、真っ直ぐに壁に掛かった制服に突進し、頬ずりし、匂いを嗅ぐ。
制服、最高!!
ほむらは時計を見た。 二分半まで、あと一分二十秒…
ようし、そろそろ最後のお楽しみと行きましょうかしらァ…。
ほむらはタンスの前に正座をし、まるで仏壇に向かうように手を合わせ、一息に下から三段、引き出しを引いた。
「おお…」
パンツ、ブラ、オーヴァーニーハイソックス…
眼前に広がるそれらはまさしく、天界の花畑そのものであった。 - 78: 2011/07/02(土) 21:06:16.61 ID:ZhUlgdF/o
- ほむらはブラを取り出し、それをカチューシャのように頭の上に置いた。
そしてニーソをまるでスカーフのようにクビに巻き、
次いでパンツを手に取り、鼻に押し付け、存分にその匂いを吸い込んだ。
パンツからは、洗い上がりの清潔な匂いしかしなかったが、そんな事は問題ではなかった。
それが直接、まどかの恥部に触れたことのある布である、という事実。 それだけが重要なのである。
そうやって、まどかで満ち溢れた自分――それはもう、とてつもなくほむほむなのであった。
ほむらは思った。 まどかを放置しておけば、良くないことが起こるであろう。
きっとまどかで、いつか世界大戦が起こってしまう――
――それを止めるのは、私しかいない!
私がまどかを管理しなくてはならない!
ほむらはこの時、世界を憂うる立場まで、その存在を上昇させたのであった。 - 79: 2011/07/02(土) 21:06:52.59 ID:ZhUlgdF/o
- 二分半――先程、トイレからまどかが帰ってきたのは3分後だった。
そこから安全マージンを30秒取ったその時間まであと一分――。
ほむらはまどかの下着を見にまとい、賢者タイムであった。
落ち着いて、それらを外す。
しかし、いざ手に取ると、その三種の神器を、どうすればいいのかわからなくなった。
そして、生まれ出た衝動は、彼女でさえ薄ら寒くなるようなそれだった。
ほむらは自らのバッグを引き寄せ、ジッパーを開放した。
照明の白色光を拒否するように、黒々と底の見えないバッグの口…
それはまどかを食らわんとしている自らの欲望の象徴のように、ほむらには思えた。 - 80: 2011/07/02(土) 21:07:27.27 ID:ZhUlgdF/o
- ――逡巡。
そんなことして、いいの? あなた人間じゃなくなるわよ。
あなたのやろうとしていることは、泥棒なのよ。
下着泥棒。 分かる? 最も忌むべき犯罪の一つだわ。
あなたが変態なのは分かるけど、超えてはいけない一線というものはあって然るべきなのではないの?
あなたは人間よ。 知恵の木の実という、禁断の果実を食し、楽園を追放されたという、生まれながらの罪を背負った人間よ。
この上、更に禁断の果実を、重ねて食するというの?
それでは待っているのは地獄しか無いわよ!
破滅よ!
考え直しなさい! 暁美ほむら!! - 81: 2011/07/02(土) 21:08:01.77 ID:ZhUlgdF/o
- ――逡巡。 しかし、それは一瞬のことであった。
人間ですって?
人間として生きようとしていた私が、病気になって、それゆえに遅れた惨めな学校生活をし、虐められ、死のうとまで思った。
それを救ってくれたのは何?
まどかへの欲望じゃない!
その生命の恩人たる、欲望を――
――私の存在を肯定してくれた、今や私そのものになったそれを――
――否定するくらいなら、人間なんて、ク ソ く ら え よ !
ほむらは、三種の神器を自らの鞄に突っ込んだ!
もう、後戻りはできない。
二分半まで、あと45秒。 - 82: 2011/07/02(土) 21:08:42.50 ID:ZhUlgdF/o
- 後ろめたさがつきまとう。 まるで蛇のように、絡みついて、締め付ける。
始めて犯した罪は、あまたあるそれらの中で、最も下等なものだった。
それを振り払うように、ほむらは思った。
――これは違うわ。 こうするしかなかったのよ。
これはまどかの下着類だけど、私が触れてしまった物。
私で汚された物。 これをタンスに戻すと、まどかの下着が全部、汚染されてしまうわ。
それを防ぐために、私自身が回収するしかなかったのよ。
そうやって罪を肯定してしまうと、ほむらの心に生じたのは、新たな罪を求める衝動だった。
それは盗んだパンツで、家に帰ってからでも出来ることであった。
しかしもう一度、自分に汚されていない、パンツで!
あと、40秒。 - 83: 2011/07/02(土) 21:09:55.45 ID:ZhUlgdF/o
- ほむらの頭の中に、くっきりと欲の形が浮き上がる。
それは昔読んだ、品のない漫画の絵を形作った。
――変態仮面。 パンツをその顔面に装着する事によって、比類なきパワーを得るヒーロー。
まだ時間はある。 自分も、なりたいと思った。 やってみたいと思った。
今、やめておけば、安全にこの変態行為の膜を閉じることが出来る。
だが、やりたい。
まどかパンツを、顔面に!! それは自分に罪をそそのかした蛇に、罪そのものに、更に余計な足を描く行為。 つまり蛇足。
だがあと35秒。 勝てる勝負だと、思った。 いざ――
――装着!! まどかの恥部が直に触れたその部分が、ダイレクトに、自分の鼻に、口に!
ほむらは、神の匂いをかいだ。
それは、天上の空気。 この世には、存在し得ない筈の物。
「ああ、まどか…刻が見える…」 - 84: 2011/07/02(土) 21:10:34.99 ID:ZhUlgdF/o
- 想像を絶するまでの豊かな時。 ほむらは見た。 沢山の金色に輝く光の粒が流れ、尾を引き、万物がそれに流されている。
時の流れ。 それは一定ではなく、時に曲がり、くねり、淀みながら、河のように。
しかし、それに流されているもろもろは、すべて一定の距離を保っている。
だから相対的に、時の流れは一定だと思われているのだ。
あの中で見ている限り、周りのものを観察することによる相対的な時しか、人類は観測できないだろう。
しかしほむらは、その埒外から、絶対を見た。
それは神に触れたとも言える、不思議な体験であった。
流れの中に、人類が勝手に作った目盛りが見えた。
絶対から見れば不均等極まりないそれ。
あと、30秒であった。 - 85: 2011/07/02(土) 21:11:11.75 ID:ZhUlgdF/o
- ――コンコン。
不意にドアが音を立て、ほむらは時の流れの外から、その内側に引き戻された。
えっ…なにが起こったの? 何? ノック?
時間は…あと27秒残っているのに…まどかじゃない?
まさか…
「まどかー。 お菓子持ってきたから、入っていいかな?」
その声は、まどかの父、鹿目知久のものであった。
ちょっと待って――そう、ほむらが発する前に、ドアのノブがガチャリと金属音を立てて回転した。
そう、まどかは年頃の娘とは言え、親に一切の隠し事をしていない、とってもいい娘なのだった。
そんな親子の関係において、ノックはすなわち、入っていいか? という確認ですら無く、
入るよ、という合図でしか無い。 - 86: 2011/07/02(土) 21:12:05.85 ID:ZhUlgdF/o
- ほむらは脳内に状況を打破するための策を求めた。
しかし、思考の糸が絡まり、解くことはかなわず、切羽詰った時間がその中に染みこんでくる。
――ホワイト・アウト。
ほむらの脳は、転校してきたばかりの、不甲斐ない、役に立たないそれに戻っていた。
ドアが開く。そこから時を固める冷気が侵入し、ほむらを、そして万物を凍らせ始めた。
それに抗うように、何とか彼女は顔面に装着されたパンツを外すことに成功したが、そこで限界であった。
ドアが開き、視線が交錯すると、完全に凍りついた時に挟まれた両者は一瞬、その動きを止めた。
刻の河は、流れるばかりではなく、凍りつくこともあるのね――その時、ほむらはそんな事を思った。 - 87: 2011/07/02(土) 21:12:47.46 ID:ZhUlgdF/o
- 「あのさ…君は、何をしているのかな…?」
知久の、声。
静寂を突き破るその声は、凍りついた時間を溶かすために注ぎこまれた熱湯のようであった。
ほむらはそれを浴び、周囲を取り巻く時とともに凍りついていた自らが、ひび割れる音を聞いた。
知久は眉間にシワを刻みながら無言で部屋に侵入し、テーブルの上に、持ってきたお菓子を置き、
それからほむらが手にしていたまどかのパンツを乱暴に奪い取った。
「ほ、ほむーっ! ほむーっ!」
言葉を忘れるほどの衝撃を受けたほむらの弁明は、最早人語ではなかった。
知久は、ほむらのバッグの口からはみ出たまどかのソックスまで発見し、その中から三種の神器をも奪い取っていった。
急いていて、ジッパーを閉め忘れていたのだった。
そして部屋を出掛けに彼が放った、言葉。
「君、もう家には来ないでくれるかな」
「お…お義父さん…」
ほむらは蛇に足を描く行為により、禁断の果実を奪われ、楽園を追放されたのだった。 - 88: 2011/07/02(土) 21:13:44.63 ID:ZhUlgdF/o
- 「ほむらちゃん、どうしたの?」
それから1分20秒ほど経って、まどかが帰ってきた時に放った言葉である。
部屋の外で、知久とまどかが話しこむ声が聞こえた後に、彼女は部屋に戻ってきたのだった。
ほむらは自らの罪をまどかに吹きこまれたのだと思い、冷たく縮こまっていた。
「…お義父さん、なんか言ってた?」
「洗濯物を持って行くって…おかしいなあ…帰ってきたとき、洗濯物は出しておいたはずなのにね」
「…そう」
知久は、まどかに何も言っていないらしい。
考えれば当然だ。 自分の娘に、友達が変態だったなんて、言えるはずがないのだ。
しかしまた次、ノコノコとこの家に私が踏み込んだら――
次はないだろう。 終わったのだ。
もう、まどかと私は…完全に…。
ほむらは家に帰った後、何度も、何度もその事実を反芻し、そのたび滂沱の涙を流し、慟哭した。 - 89: 2011/07/02(土) 21:14:18.15 ID:ZhUlgdF/o
-
… - 90: 2011/07/02(土) 21:15:09.72 ID:ZhUlgdF/o
- 「あんた、勝負師だな…尊敬するよ…」
杏子が深い溜息を吐いて、静かに、ほむらにそう語りかけた。
「負けたのよ」
「いや、勝ち負けは関係ない。 立派な勝負だったさ」
「浅ましい勝負だったわ」
ほむらのグラスには、もう氷しか入っていなかった。
杏子はそれを一瞥し、言った。
「勝負に貴賎はない。 あるとするなら、すべてが立派な勝負、その事実だけさ。 あんたは立派に戦ったんだ」
杏子は、ほむらを社員として欲しくなった。
これほどまでの、聞いていて肌がヒリ付くような勝負を、若干中学2年生の若さで、体験してきている――
そんな人材は、そうそういるものではない。
商戦は、その名の通り戦いである。
勝負の種類はどうあれ、そう言った修羅場をくぐり抜けてきた者ならば、商業的な知識を詰め込んでやれば、ほぼ即戦力たりうる。
それにほむらのような人材が貴重なのは、負けを知っているというその事実が大きかった。
会社において負けを知らしめるとなると、それは赤字を伴う。
予め負けを知っている人材は、貴重なのである。
負けを知ると、負け癖が付くこともあるが、現実を見るとほむらはまどかをモノにしている。
彼女は負けを覆して、見事に勝利を収めたのだろう。
話を聞く限りでは、絶望的とも言えるその状況を好転せしめたほむらは、勝負師としては、最高の逸材だった。
杏子は思った。
ほむらほどの勝負師なら、億単位でその損得がある、胃の絞られるような一瞬の勝負さえ、難なくやってのけるであろう。 - 91: 2011/07/02(土) 21:15:51.82 ID:ZhUlgdF/o
- 「ほむらちゃーん」
まどかがプールから上がり、水を滴らせながら駆け寄ってきた。
「私たちもう上がるけど、ほむらちゃんはどうする?」
「そうね、上がりましょうか」
ほむらが立ち上がったので、それにつられるように杏子も立ち上がった。
「さやかちゃんとお風呂に入って、その後卓球をするんだ!」
「そう、じゃあ私たちも一緒に、お風呂に行きましょう…いいわよね、杏子」
「あ、ああ…」
杏子は、まどか達と並んで歩き出したさやかを見た。
自分が上手くリードできないばかりに、ギクシャクした関係にはまり込んでいる、大好きな相手――。
このバカンスで、少しは関係が前進するかと思ったが、
寧ろまどかと遊んでばかりいるさやかは、自分との距離を更に広げたように見えるのだった。 - 92: 2011/07/02(土) 21:16:18.30 ID:ZhUlgdF/o
- 「あんたさ、うちの会社に来ないか? あんたほどの勝負師なら、即戦力として使えそうなもんだし、来なよ」
杏子は浴槽に浸かり、うーん、と、伸びをしながらほむらにそう、聞いた。
「嫌よ」
ほむらの即答に、杏子は顔をしかめて、
「ソッコーで振られちまったなあ、どうしてだい?」
そう聞くと、ほむらは、
「まどかとの時間が短くなりそうだから、私はヌルい公務員でいいわ」
と言って笑った。
だが実際は、グリーフシード事件に付きっきりになり、以前より帰りが遅くなっている事を、杏子は知っていた。
杏子が人材協力をし始めてから、ほむらはまるで執念の塊になったように捜査を再開したのだった。 - 93: 2011/07/02(土) 21:17:38.58 ID:ZhUlgdF/o
- あの事件は、ほむらが警官になって、始めて捜査を担当した事件なのだそうだ。 格別のこだわりがあるのだろう。
その話はまたあとで聞くとして、と思って、杏子は続けた。
「それで、その後どうしたんだい?」
「…あなたは私を勝負師といったけれど、私はあの後、勝負を投げていたのよ
今まどかと一緒なのは、たんなる運。 棚からぼた餅ね」
「そうなのか?」
「ええ、私はあの後、登校拒否になって、廃人同様の暮らしをしていたわ。
そして学年が上がったとき、まどかと離れ離れのクラスになったことを確認して、
漸く登校を再開し、彼女とは目も合わせずに過ごしたの。
もちろん、毎晩のストーキングは欠かさなかったけど」
「おいおい、ヒデーな。 その時まどかはきっと悲しかったと思うぞ」
ほむらは杏子の言葉から、その当時の自分の心境を思い出し、
「そうかも知れないわね。 でも、そうするしかなかったの」
そう言った。 - 94: 2011/07/02(土) 21:18:29.25 ID:ZhUlgdF/o
- 「…それで? その後は?」
「私は中学を卒業すると、半年の教育期間を経て警察官になり、性犯罪を担当する刑事になったの。
当時見滝原市では、異常とも言える強姦事件がポツポツと起こり始めていてね。
急増したのは去年の暮位からの半年ほどの間だけど、警察の一部ではそれらの事件に、関連性があると睨んでいた。 その事件が…」
「グリーフシード事件か…!」
「そう、それは、今から3年前、つまり私たちが中学3年生の時、第一回目の強姦殺人が起こったことから始まったの」
「私が商業高校を一年で中退して、サークル杏の社長になった年だな…」
杏子も、この事件には因縁めいたものを感じていた。
自分とさやかを結びつけた事件が、まどかとほむらの関係にも、影響を与えていたのか…
そう思って、それで?…と言いかけたとき、ほむらが会話を切った。
「のぼせてしまうから、上がってからにしましょう」
杏子は、それから十数分のお預けを食らうことになった。
そしてその後、卓球台の横で、昔話は再開されたのだった。 - 95: 2011/07/02(土) 21:18:57.54 ID:ZhUlgdF/o
-
… - 99: 2011/07/03(日) 17:32:57.74 ID:mL/S0WZao
- 第四章 マミリーマート
三年前の春、二日後に迫った役員会に備え、久兵衛は料亭で都合の付いた役員たちを接待していた。
「いやあー、久兵衛君はなかなか見どころのある男だねぇー」
「ありがとうございます、河豚田専務」
河豚田鱒雄――。
株式会社マミリーマートの専務取締役であり、商品本部長。それに、物流、品質管理本部長を兼務している。
マミリーマート社長、磯野波平の長女、佐沙江の夫であり、社長の太鼓持ちと揶揄されている、その役職がもったいないほどの小物である。
しかし、小物であり、馬鹿であるほど、久兵衛にとっては利用価値のある大切な人物たりうる。
鱒雄は、久兵衛が最も重用する役員であったが、社長に物を言われると、ころっと自らの方針を覆してしまうのが玉に瑕だった。 - 100: 2011/07/03(日) 17:33:33.57 ID:mL/S0WZao
- 「河豚田君の言うとーり。 久兵衛君には、今後ますます働いてもらわなきゃーねっ」
「これはこれは穴子専務、こちらこそよろしく。 今日こそは僕に女の世話をさせて下さいよ。
専務お好みの、いい女、用意してますから――」
穴子某――。
株式会社マミリーマートの専務取締役であり、総合企画部長である。
商社時代からの鱒雄の同僚であり、若本規夫似の渋い声が特徴である。
ほとんどの役員が久兵衛の世話した女に溺れ、その弱みにつけ込まれる形で彼に利用されていたが、
彼は極度の恐妻家であり、それゆえ久兵衛が連れてくる女には手を付ける度胸がなく、彼の意のままに、とは行かない。
しかし鱒雄と仲が良く、彼を使えば何とか動かせるし、酒を飲めば話せる男で、久兵衛と馬も合う、使いでのある役員の一人だった。 - 102: 2011/07/03(日) 17:35:30.89 ID:mL/S0WZao
- 「そんな事より、君がこうして僕らを接待するということは、何か裏があるんだろう?
まあ、僕の情報網から、大体予想は付いているんだけどね」
「さすがは伊佐坂常務。 常務が居るとお話が早くて助かります。 しかし堅苦しい話は後ほど…今は大いに楽しみましょう」
伊佐坂甚六――。
株式会社マミリーマートの常務取締役であり、システム本部長である。
高校を卒業した後、長らく浪人生活を経て、大学進学を諦め、世捨て人ニートとなった後、
その無駄な時間を利用し見識を高め、現代の孔明と言われるまでの知識人になり、
その能力を買われ、磯野波平に招へいされた異端児である。
システム構築に関しては天才的な頭脳の持ち主であったが、童貞期間が長く、
ハニートラップを用いての掌握は役員の中で最も容易だった。
しかしその知識量から他生小賢しいところがあり、しばしば久兵衛を出し抜こうとする、扱いづらい男でもあった。 - 103: 2011/07/03(日) 17:36:15.56 ID:mL/S0WZao
- 「甚六さんは頭を使い過ぎていけないや…僕みたいに楽しめる時は大いに楽しまなきゃ損じゃないか。 なあ、久兵衛」
「ごもっともです、磯野常務。 ささ、一献――。」
磯野勝雄――。
株式会社マミリーマートの常務取締役であり、波平の息子である。
そして見滝原一帯をシメる巨大不動産会社、株式会社花沢不動産の一人娘、花子の夫であり、同社の専務でもある。
甚六のように秀才肌ではないが頭の回転がとにかく早く、まだ二十歳前のくせにかなりのやり手である。
ずる賢く搾り出されるその知恵は、時に久兵衛すら舌を巻くが、
穴子ほどでは無いにしろ恐妻家で、それゆえ女を世話して弱みを握った後、最も久兵衛に従順となった。
中途採用の平社員である久兵衛だったが、
このように専務、常務クラスの役員たちの弱みを握り、彼らを手足のように使いこなし、影の社長と言われるまでになっていた。 - 104: 2011/07/03(日) 17:37:11.12 ID:mL/S0WZao
- 「久兵衛君、君の考案した『看板娘システム』は良好だよ! 男客が全体で最大5%増加し、売り上げも4%増えた!」
「ははっ…相変わらず伊佐坂常務は仕事の話ですか…熱心ですねえ…」
久兵衛は、集客力強化のため、伊佐坂に「看板娘システム」の導入を勧めていた。
「看板娘システム」とは、十代の清純そうな娘を各店舗に配置する、という、ただそれだけの、システムとも言えないシロモノだったが、
これによって商品の値段がコンビニに比して安いスーパーなどを無視してまで、
好みの娘がいるマミリーマートに通うスケベな男客が急増し、売り上げを着々と伸ばしていた。
その手柄はすべて甚六のものになっている。
久兵衛は自らが好き勝手やる代わりに、アイデアをこのように各役員に売って、彼らの信用を得ることを欠かさなかった。
「それでさ…君が見滝原店に新しく入れた娘なんだけど…」
久兵衛は、やはりそれか、と、思った。
ロリコンである甚六は、久兵衛があてがう少女たちだけでは満足できず、彼が拾ってきた看板娘を、しばしば欲しがるのであった。
「えっと…巴マミ君ですか?」
「そう、その娘! 中学校卒業したばかりなんだろう? それでいてあの巨乳…堪らないよ!
看板娘なんて辞めさせて、僕にくれよ! ああ、勃起してきた! まるでみくるちゃんだもんな!!」
久兵衛は自らがスカウトし、契約したばかりの、巴マミというアルバイトの事を考え始めた。 - 105: 2011/07/03(日) 17:37:47.07 ID:mL/S0WZao
-
… - 106: 2011/07/03(日) 17:38:16.94 ID:mL/S0WZao
- ――その日、久兵衛は看板娘に適当な少女を探すため、街をぶらつき、職業安定所に入っていき、
そして大勢の求職者たちの中から、一瞬でターゲットとなる少女を発見した。
見滝原中学校の制服姿で、慣れない様子で求人広告を見回っている。
久兵衛はすぐさまその少女に駆け寄った。
この手の少女はグズグズしていると、風俗関係の業者に強引にスカウトされてしまうからである。
それは久兵衛が過去にやったことのある仕事でもあった。
近寄りながら、男好きのする安産体型であることを確認し、久兵衛はよだれを垂らしそうになって舌なめずりをした。
「良い求人、全然ないね」
後ろからそう話しかけた久兵衛を振り返った、怯えたようなその顔を見、久兵衛はヒュウ、と、口笛を吹きそうになった。
上玉である。
看板娘としては最高の逸材だと、久兵衛は思った。 - 107: 2011/07/03(日) 17:38:46.92 ID:mL/S0WZao
- 「やあ、ごめん。 急に話しかけちゃったから、ちょっとびっくりしたかい?
安心してくれ。 怪しい者じゃないからね。 僕は――」
そう言って、久兵衛は懐から彼の名刺を取り出した。
「――こういう者さ」
少女は名刺というものを初めて見るかのように、恐る恐るそれを確認し、
「…株式会社、マミリーマート…人材スカウト担当?」
と言い、怪しむように久兵衛の顔と、その名刺とを交互に見ている。
「まあ、特に役職はないね。 僕はちょっと特別でね――」
そう言って、今度は社員証を提示した。
「これで、僕が本当にマミリーマートの人間であることが、証明できただろう?」
そう言って営業畑に居たときのスマイルを投げかけてやると、漸く少女の顔から不信が六割ほど、抜けたようだった。 - 108: 2011/07/03(日) 17:39:20.68 ID:mL/S0WZao
- 久兵衛は、長らくアンダーグラウンドな世界で生きてきた。
クスリの売人から始まり、次いで誘拐を伴う、半ば強引な水商売の斡旋、そして公に出来ない死体の処理――。
そんな中、当時、マミリーマートの広報担当の一幹部であった波野海苔助という男の、
女関係の火消しを手伝うこととなり、そのツテでマミリーマートに入社。
波野はその横着な性格が災いして失敗を繰り返し、現在は海外赴任という、体の良い本社追放の憂き目に遭っているが、
久兵衛は素早くアングラ時代の人間関係を駆使し、
前述の通り女を使って他の役員に次々と取り入り、現在の地位を獲得したのだった。 - 109: 2011/07/03(日) 17:40:00.41 ID:mL/S0WZao
- 「巴マミ君といったね。 もしよかったら、僕と契約して看板娘的なコンビニ店員になってよ」
「看板娘?…コンビニの、店員さんの勧誘ですか?」
久兵衛に連れられて喫茶店まで付いてきてくれたものの、その少女、巴マミはまだ、久兵衛に対してどこかよそよそしい。
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるね。 普通のアルバイトとの違いはお給料と、ちょっとした条件が付くことさ」
マミは、じっと久兵衛の話を聞いている。
何かおかしな点を見つけたら、即座に質問をしようという決意のようなものをたたえているが、
その表情には自らの先行きに対する不安が滲み出てもいる。
「条件は、そのままの君で居ることだ。 そうしたらアルバイトの時給に120円、上乗せされるよ。
そして仕事ぶりが評価されれば契約社員にもなれる」
「そのままの、私?」
マミは早速、自分に対して放たれた意味不明なその言葉を聞き返した。 - 110: 2011/07/03(日) 17:40:37.74 ID:mL/S0WZao
- 久兵衛は珈琲を啜りながら、
「そう、結構難しいんだな、これが」
と言って、ふう、と、溜息を吐いた。
「仰る意味が分かりません。 きちんと説明をお願いします」
マミはたどたどしく、演じるようにそう、聞き返した。
明らかに緊張した物言いであることが分かる。
中学校でかなり高等な教育まで施されるこの時代において、中卒の就職は以前より多くなったが、
それでもまだ、高校まで終了してからの就職が多数を占めていた。
大学は既に、研究機関としての側面がかなり強くなっている。
久兵衛は、中学生であるマミの就職活動という事実が、この不安をたたえた微妙な表情と密接に関連している気がした。
「ちゃんと説明をしてあげるから、そんなに緊張しなくていいよ」
久兵衛のその言葉に、胸の内を見透かされた事を知ったマミは、うっ、と、その表情と言語を詰まらせた。 - 111: 2011/07/03(日) 17:42:06.26 ID:mL/S0WZao
- 「失礼な言い方になると思うけど、勘弁してくれ。
女の子はね、好きな男の子ができたりすると、無意識のうちにその相手の好みに合わせて変わろうとするものさ。
君にそういう相手や、付き合っている彼氏が居る居ないは別としてね、そういう変化をお店では出さないで欲しいんだ。
少しでもそういう男っけがあると、看板娘としての魅力が激減して、男客がしらけて遠のいてしまうからね。
要は、君はそのままの君で居ることが、一番魅力的だということさ。 その魅力を集客力に役立てようというのが、僕の方針だ」
「…私の…魅力…?」
そう言って、考え込む格好を見せたマミに、久兵衛は、
「おっと! 深く考えちゃいけないよ!
女の子の魅力というものはね、それを意識した途端に劣化を始める不思議なものなんだ。
魅力を勘違いしてどぎつい化粧をしているビッチになんか、誰も用はないからね。
そのままの君だ。 何も考えず、そのままの君…いいね」
と、釘を刺した。 - 112: 2011/07/03(日) 17:42:47.96 ID:mL/S0WZao
- 「…よくわからないけど――」
マミは、俯いて言った。 その声は、はっきりと震えていた。
「――よくわからないけど…私…そう言うの…嫌です…」
「意外だなあ、大抵の娘は、二つ返事なんだけど」
「すみません…私、魅力で人を…とか、そう言うの、絶対嫌なんです…」
マミは、膝に置いた手にグッと力を入れ、体を縮めるようにしながら話し始めた。
それを見た久兵衛は、マミがその発達しすぎた体つきにコンプレックスを持っているのではないかと考えた。
性欲に目覚め始めた男子生徒たちに、ジロジロと見られて嫌な思いをしてきたのだろう。
年齢不相応に憂いをたたえた表情は、既に処女を喪失している証左かも知れない。
それは男に捨てられたときの女の表情に似ていた。
「…普通のアルバイトかパートで、いいんです…私に、普通の、普通の仕事を、させて下さい…」
静かに雨が降るように、マミはそう言って泣き崩れた。
そのあまりの美しさに、魂が、まるで磁石に引かれたように吸い寄せられるような不思議な感覚を、久兵衛は覚えた。 - 113: 2011/07/03(日) 17:43:31.62 ID:mL/S0WZao
- しばらくその泣き様に見入っていた久兵衛だったが、ふと、周囲の視線が自分たちに集中している事に気が付いた。
二十代後半の自分が、中学生と喫茶店で二人きりで、なおかつ相手が泣いているとなると、あらぬ疑いを掛けられる。
「――じゃあ、当初は普通のアルバイトということで契約を進めようか。
それにも一つ、条件を付けさせてもらうけど、いいかな?」
マミは、涙に濡れ、真っ赤になった眼で久兵衛を見上げた。
それを見た久兵衛は、またその心中にゾクリと欲望の高まりを覚えた。 - 114: 2011/07/03(日) 17:44:07.95 ID:mL/S0WZao
- 「…条件って…なんですか…?」
震える声質が、久兵衛の胸を鳴らした。
こう言う表情や声が似合う女は、いい。
そしてこの女が、もう少し熟れたらな…と、久兵衛は思った。
「…泣き止んで、もらえるかな?」
「…ごめんなさい」
久兵衛の言葉に顔を上げ、マミはその涙を拭った。
そして雨上がりに、虹がかかった空のような笑顔を作った。
久兵衛はそれを見て残念な気持ちになり、俯いて眼を背けた。
この女が、もう少し熟れたら――
「泣き止んでくれたね。 それじゃあ契約、成立だ」
――僕がめちゃくちゃに、壊してやろう。
マミが壊れていくその様子を想像して、久兵衛はとっておきの営業スマイルを、彼女の正面に向けた。 - 115: 2011/07/03(日) 17:45:07.08 ID:mL/S0WZao
- それから少しして、見滝原店の売り上げが4%程伸びた事を確認した久兵衛は、空いた時間にそこを訪れていた。
「巴マミ君は、ちゃんと看板娘が出来ているようだね。
彼女は普通のアルバイトということで契約したけど、給料は看板娘として、時給120円をプラスしておいてくれ。
それと、来月から契約社員になってもらおう。」
久兵衛のその言葉を聞いて、店長が首を傾げた。
「ケチな久兵衛さんにしちゃあ、おかしい話ですね。
普通のアルバイトなら、無闇に給料を上げるような人事はせず、その時給だけくれてやっていればいいとか言いそうなものなのに…
もしかしたらあの娘に、気でもあるんですかぁ?」
店長は冗談のつもりで言ったようだったが、
久兵衛はそれを聞いて、プライドを素手で撫で付けられるような不快を感じ、一瞬、眉間に皺を刻んだ。
「冗談を言うのもいい加減にしてくれないかな…巴君はまだガキじゃないか?
僕はね、彼女と契約するとき、看板娘になることを薦めたんだ。
ところが彼女は普通のアルバイトにしてくれと言った。
それが僕のカンに触っただけだよ。 僕は自分がこれと思った契約を、成立出来なかったことなんか今までなかったんだから」 - 116: 2011/07/03(日) 17:45:55.21 ID:mL/S0WZao
- 久兵衛の能面のような面の下に蠢く怒りを感じ取ったのか、店長は汗をかきながら、
「す、すみませんでした…」
そう言って縮こまった。 本社の人間を怒らせれば、雇われ店長の首など、簡単に刎ねられてしまうのだ。
コメツキムシのようにお辞儀を繰り返す店長を見、久兵衛が、分かればいいんだ、と、帰ろうとしたその時――
「ティロ・フィナーレ!! どーん!!」
久兵衛の背中がどつかれ、危うく彼は前のめりにレジカウンターに突っ込むところだった。
殺してやろうと思って振り返ると、そこには太陽のような笑顔をたたえたマミが立っていた。
「お久しぶりですね、久兵衛さん」
「何だ、巴君か…何だい、そのティロ・フィナーレとかいうのは?」
「私の必殺技です!」
マミは人差し指を拳銃のバレルに見立てて、久兵衛に向けて構えるような格好をし、
「バーン!」と言ってドヤ顔で久兵衛にウインクをした。
やっぱりガキじゃないか、と、久兵衛はそれを見て思った。 - 117: 2011/07/03(日) 17:46:38.69 ID:mL/S0WZao
- 「巴君…久兵衛さんにそんな事しちゃ駄目じゃないか…」
そのマミのあまりに無礼な振る舞いに狼狽し、勃起した陰茎の亀頭のような顔色になった店長が、
だらだらと流れる汗をハンカチで拭いながらマミに小言を言っている。
久兵衛はそれを見て、マミの教育がなっていないこいつはクビにしようと心に決めた。
「(君のクビで贖ってもらうから)別にいいよ。 それより巴君、仕事にはもう慣れたのかな?」
「ハイ、とっても楽しく、毎日仕事をさせてもらっています。
このお仕事を勧めてくれて、本当にありがとうございます、久兵衛さん」
始めて出会ったときの暗い表情なんかどこ吹く風である。
その弾けるような笑顔に心底気分を害した久兵衛は、
始めて会ったとき感じた、この娘に対する自分の評価は見立て違いだったのではないかと思った。
そして明るいのは看板娘としてはいいことだが、こんなうるさいガキの相手は真っ平御免だとも思った。 - 118: 2011/07/03(日) 17:47:19.85 ID:mL/S0WZao
- 「…久兵衛さん…ちょっといいですか?」
急に、マミが作ったように、笑顔を滲ませたような表情になって聞いてきた。
「何かな?」
「そのう…マミって、名前で…呼んでいただけますか…?
みんなそう呼ぶので、そっちの方がしっくり来るんです…」
そのもじもじとした表情を見、久兵衛は不覚にも勃起をした。
そしてこんなガキに勃起をしてしまったという事実に、彼のプライドは瞬時に色褪せた。
「わかったよ、マミ。 こう呼べば、いいんだろう?」
「…ハイ!」
やはり笑顔が似合わない女だ、と久兵衛は思った。
というよりは、沈鬱な表情のほうが似合いすぎるというところか。
そして泣き顔は、さらに良かった。 - 119: 2011/07/03(日) 17:47:47.17 ID:mL/S0WZao
- そういう顔が似合うのは、幸せになれない女の典型だと思う。
どうせ幸せになれないなら、僕がこの手で、不幸に染めてやりたい。
看板娘としてもう少し稼いでもらい、落ち着きを備えた大人の女になったら、
自分の物にし、いじめ抜いて、そのゾクゾクする不幸な表情を飽きるほど鑑賞して、発狂させて人生を終わらせてやろう。
久兵衛はチンピラ時代から、何人もの女をそんなふうにして人間として終わらせてきた。
クスリ漬けにし、犯し尽くし、中絶をさせ、精神病院に入れたりコンクリート詰めにしてダムに沈めたりしてきた。
女たちの破滅しゆく姿は千差万別で、それぞれ趣があった。
久兵衛はまるで芸術作品を作るように、楽しみながら女たちを壊していったのだった。
このガキももう少し成長したら、その芸術作品の一つになるのだ、それは確定事項だと、久兵衛は思った。
――事実この3年後に、マミは自殺を遂げることになる。 - 120: 2011/07/03(日) 17:49:09.95 ID:mL/S0WZao
- 「…また、お店に寄ってくださいね」
「まあ忙しいからね、いつになるかはわからないけどね…」
帰り際、マミの顔に、職安で出会ったときのような憂いがたたえているのを見、久兵衛はゾクリと寒くなり、彼女から眼を逸らした。
その表情は気に入っていたが、何故か見続けていると、良くないような気がしたのだった。
「本当はみんな、巴君、って、苗字で呼んでるんですよ…だけど久兵衛さんには、下の名前で呼んで欲しいんでしょうねぇ…
真面目に働いてはくれるけど、いつもは独りぼっちで寂しそうなんですよ…
それが、久兵衛さんが来た途端に、あれですもんねぇ…」
店長が、マミにそれと気付かれないように、久兵衛にそう、耳打ちをした。
顔を見ると、締まりの無い、なんとも卑猥な表情をしていた。
こいつはやはりクビにすべきだな、久兵衛はそう思った。 - 121: 2011/07/03(日) 17:49:36.48 ID:mL/S0WZao
-
… - 122: 2011/07/03(日) 17:50:09.79 ID:mL/S0WZao
- 「――巴君は、入ったばかりですからねえ…もう少し看板娘として稼いでもらって、その後、代わりの看板娘が見つかったら――」
――僕が玩具にして、散々楽しんだその後に、廃人になった彼女を――
「――伊佐坂常務に、お届けしましょう」
「嫌だ! 今欲しいよ! ロリ巨乳は僕のものだ!!」
やはり片時も待てないらしい。
育ってしまえばロリっ子としての魅力が激減するのだろう。
「いや、しかし看板娘は、ビジネスの話でもありますし…
今夜は常務お好みの、11歳処女を待たせてありますので、そちらでご勘弁の程を…」
「そうだね、ビジネスは遊びとは別に考えなくちゃね…僕とした事が、そんな基礎中の基礎を失念していたよ」
11歳処女と聞いて、甚六はカメレオンのように顔色を変えて、ぬけぬけと言った。
久兵衛はゲスな男だと思った。
餌に食いついて釣り上げられた魚が「基礎中の基礎を失念していたよ」
などと格好をつけた物言いをしているのを見ると、滑稽さを通り越して虫酸が走る。 - 123: 2011/07/03(日) 17:50:48.24 ID:mL/S0WZao
- 「甚六さんは相変わらずだね。 それより久兵衛、さっさと本題に入ろうぜ!」
本題、というのは、この接待の目的である。
久兵衛は役員たちを、用意した女と引き合わせる前に、かならず仕事上での頼み事をするのが常であった。
だから仕事の話が終わらないと生殺しもいいところで、いつもこのように一番若い、欲望の塊である勝雄が急かすのであった。
「ハハハッ、勝雄君は若いねえ、もう勃っているのかい?」
鱒雄が茶化すと、勝雄は照れ笑いと共に赤面して、坊主頭をボリボリと掻いた。
「そうですねえ、それではみなさん、そろそろ本題に入りましょうか…」
久兵衛がそう言うと、緩みきっていた役員たちの顔が一瞬で引き締まった。
それを見まわし、視線を甚六で止め、
「それでは情報網から概要を掴んでいる、という伊佐坂常務に代弁していただきましょうか」
久兵衛がそう言うと、甚六は待っていました、と言わんばかりのドヤ顔を作った。 - 124: 2011/07/03(日) 17:51:27.58 ID:mL/S0WZao
- 「久兵衛君が新しい人件費削減案を出してくれた。 その名も、『ぶっ続け労働』というものだ。
アルバイトないしパートを20時間労働4時間休憩でこき使い、死ぬまでしゃぶり尽くすというものさ。 イカスだろう?」
「なんと、20時間労働…」
「エエーッ! そんな事が出来るのかい!?」
穴子と鱒雄が、即座にその異常性に反応した。
鱒雄の歓声は裏返っている。
甚六は、それらを一瞥し、懐から黒い錠剤の入った瓶を取り出してから、続けた。
「既に緑ヶ丘店で実績があるのさ。
この錠剤を飲ませれば、働く喜びだけを感じる精神状態になって、20時間労働なんて難なくこなしてくれるようになる。
まあ被験体は一ヶ月と8日で発狂して、強姦事件を起こした後、電車に轢かれて死んだけどね」
甚六が掲げ、役員たちに示したその錠剤を見、勝雄が、
「これは、どういうものなんだい?」
と聞いた。 - 125: 2011/07/03(日) 17:51:54.25 ID:mL/S0WZao
- 「久兵衛君と愉快な仲間達が開発した、現代のヒロポン、グリーフシードさ!
これで我が社の利益は、鰻登りだ!!」
甚六が、まるで自分の手柄であるかのようにそう言った。
久兵衛は栄達とか、そういうものには興味がない。
だから、甚六のそのような言い方にも、まるで反応はしなかった。
「なーるほど…それで明後日の役員会でこれを社長に認めさせるわけだねぇ」
穴子が、腕を組んでそう言った。
「そう、だけど、そう言うのにうるさい人がいますよねえ…」
甚六がニヤケ面を他の役員たちに向ける。
「そうか、鹿目常務を黙らせて欲しいんだね!!」
やはりこういう時、一番鋭いのは勝雄であった。
「ご賢察のとおりです、磯野常務」
この時始めて、久兵衛が本題に口を挟んだ。 - 126: 2011/07/03(日) 17:52:22.06 ID:mL/S0WZao
- 鹿目詢子――まどかの母である。
株式会社マミリーマートにおける末席の常務取締役で、リスクマネジメント・コンプライアンス委員長を勤めている。
マミリーマートが磯野家を中心とした一族企業であるという事実を隠蔽するため、
そして男女を平等に役員にとりたてているというイメージ戦略用の格好をつけるため、
常務に抜擢された名ばかり役員である。
しかしその役職から、法令遵守を声高に叫び、それに呼応した若い社員達の支持を得て、
えげつない商売を進めようとしている久兵衛たちの障害となってき始めた、言わば眼の上のたんこぶである。
「ぶっ続け」を社長である波平に認めさせようとするとき、詢子が邪魔をしてくることは容易に想像できた。
久兵衛は、明後日の役員会での、「鹿目潰し」の為、彼の息のかかった役員達をこの宴席に招いていたのだった。 - 127: 2011/07/03(日) 17:53:50.65 ID:mL/S0WZao
- 「なるほどぉ…鹿目君は、最近企業倫理を掲げて青臭いガキ共を扇動し、小さな派閥を作り上げていると聞く。
ここで潰しておかないと、後が厄介だねえ」
穴子が腕を組んで目を閉じ、貫禄に満ちた声でそう言うと、
「いやあ、でも鹿目君は、結構なやり手だからねえ…有能な役員を潰すなんて、会社に対してマイナスにならないかい?」
と、鱒雄がニヤニヤしながら、明後日潰す相手をおだてている。
「これから、贅肉を落としたシャープで利益の上がる会社を作り上げるためには、法令の解釈による行動範囲の拡大、
つまり網の目をくぐるようなやり方が必要で、僕のところでもそういったやり方でシステムを作ろうとしていて、
グリーフシードによる『ぶっ続け』もそうした考えのもと、何とか法律を誤魔化せるように、頑張っているんだ。
既に厚生労働省から、そして警察庁から、それぞれ3人を天下り入社させ、コネクションもバッチリだ。
ここまでしてきて、会議で鹿目君に台無しにされたら、堪ったもんじゃないからね。」
甚六が眼鏡のレンズをキラリと光らせながら、詢子を潰す、という動かぬ決意をたたえて、鱒雄を牽制するように言い放った。
「そうだね、会社の利益のために、鹿目さんには小さくなっておいてもらわなきゃね。
鹿目さんがどんなに有能だとしても、僕達4人掛かりで責め立てられちゃあ、ぐうの音も出ないだろうしね。
明後日は、会社のために、僕ら4人が力を合わせて鹿目潰しをやり遂げ、『ぶっ続け』を父さんに認めてもらおうじゃないか!」
勝雄が、波平の息子らしく、リーダーシップを持って締めくくった。
ヤリたくてうずうずしているのだろう。 久兵衛はパンパン、と、二度、手を叩き、女たちを宴席に招き入れた。 - 128: 2011/07/03(日) 17:54:33.83 ID:mL/S0WZao
- ふすまが開け放たれ、それぞれ違った年齢の女たちが入ってくる。
見滝原高校の制服を着た、高校生は鱒雄用に、
色っぽい、胸のあいたドレスを着た、二十代半ばくらいの女は勝雄用、
一人だけ久兵衛の配下のチンピラに連れられた子供は甚六用、
そして着物姿の、厚化粧をした30過ぎの年増女は穴子用だった。
甚六用の小学生女児は既に泣いていて、手を引いているチンピラに足を止めて抵抗していたが、
チンピラが女児の顔面に寸止めパンチをすると大人しくなり、甚六に連れられて布団を用意してある奥の間に引っ張られていった。
鱒雄は奥の間には引っ込まず、
「ひゃあ! 和香女ちゃんと同じくらいじゃないか!! 興奮するねえ!!」
と言いながら、まるでタケノコの皮でも剥くように、義妹と同い年位の少女の制服を脱がし始めた。
「鱒雄義兄さんは、本当に和香女が好きなんだねえ…」
同じく奥の間には行かず、宴席で女にフェラチオをさせている勝雄が、鱒雄にそう言うと、
「そういう訳じゃないよ、彼女と同い年位って言う背徳感がたまらないのさ」
若い乳房を揉みしだきながら、鱒雄はそんな事を言っている。 - 129: 2011/07/03(日) 17:55:22.69 ID:mL/S0WZao
- 久兵衛は、どっちでもいいじゃないか、と思ったが、口には出さず、
芸妓を呼んで自分に酒を注がせ、目の前の痴態を鑑賞し始めると、
甚六が入っていった部屋から断末魔のような女児の悲鳴が聞こえた。
芸妓はそんな事は慣れっこで、酒を注いだり、料理を小鉢にとったりしながら、
景気はどうですやろか? などと穴子と久兵衛に聞いている。
久兵衛は相槌を打ちながら、まだこのような乱交宴席に慣れていないであろう若いお手伝いが、
料理を運んできたまま、唖然として二組の痴態を見ているのを気にしながら、
「穴子専務も、ヤッたらどうですか?」
と、グーに握りしめた人差し指と中指との間に親指を滑り込ませ、卑猥なハンド・サインを作って、
童貞のように汗をかきながら俯いている穴子に、その隣に擦り寄り、彼に酌をしている年増女との性交を勧めた。 - 130: 2011/07/03(日) 17:55:57.09 ID:mL/S0WZao
- 「いやあ…やはり僕はやめておこう…きれいなバラには刺があるって言うしねえ…」
そう言ってチラチラと年増女を見やる穴子の顔には、まんざらでもなさそうな雰囲気が漂っている。
久兵衛は、あと一押しだな、と思った。
「刺があるなら、品種改良をしてその刺をなくすことが出来るのも、人間ではないですか?」
そう言って久兵衛は立ち上がり、富士山のごとく盛り上がっている股間を穴子に見せ、
「僕だってしますよ。 それでいて穴子専務だけがしないなんて、ちょっとおかしな話ですよねえ」
と言うと、彼の隣に居た芸妓が、
「久兵衛はんはうちと寝はるんですよねえ」
そう言って擦り寄ってきたが、久兵衛はそれを跳ね除け、
勝雄と鱒雄の痴態をチラチラと見やりながら空いた食器を片付けているお手伝いを指差し、
「そこの君、こっちに来いよ!」
と大声を張り上げると、少女の顔はみるみる恐怖に歪み、それを確認した久兵衛は更に股間を膨張させた。 - 131: 2011/07/03(日) 17:56:28.10 ID:mL/S0WZao
- 「こ…この娘はあきまへん! まだ修行中のおぼこですよって…お客様の夜の相手なんて、とても務まりまへん!」
芸妓が久兵衛を必死に説得しようと試みているが、久兵衛は、
「やるといったらやる!」
と、聞かず、マミと同い年位の少女を冷たい視線で射抜き、手招きをした。
少女は久兵衛と、隣の芸妓とを交互に見ながら「お師匠さん…」と、芸妓に助けを求めるような格好で逡巡している。
久兵衛は芸妓の方に目を転じ、
「料亭はここ以外にもたくさんあるよね…あまり固いことを言うと、違う店を贔屓にしたくなってしまうよ?
それでもいいのかい? 僕らみたいな上客をみすみす手放すなんて、馬鹿みたいだよねえ…」
圧するようにそう言うと、芸妓はふう、と、溜息を付いて、
「お客様の相手をおし!」
と、少女に強く命じた。
師匠が弟子を裏切った瞬間である。
その時の少女の絶望の表情といったら! 久兵衛の表情の薄い顔が、ニンマリと卑猥な笑みを、顔中にたたえたほどだった。 - 132: 2011/07/03(日) 17:58:31.23 ID:mL/S0WZao
- いつまでも突っ立っている少女に業を煮やした久兵衛がチッ、と、舌打ちをすると、芸妓が彼女を久兵衛の隣まで引っ張ってきた。
少女はその途中で「お師匠さん、助けて…」と、芸妓に求めたが、彼女は冷たく無表情になり、
まるで罪人を連行するように、押し黙って少女を久兵衛の隣に座らせたのだった。
すぐに、久兵衛の両手がムカデのように少女の体を這い回り始めた。 相手に不快感を与えるだけの、最低の愛撫である。
久兵衛はその愛撫を通して、マミはこの女の一割五分増し位かな、と、卑猥な想像力を働かせていた。
少女は怯えきり、歯の根が合わぬほど震え始めた。
「さあ、穴子専務もひとかどの男なら、ウジウジしないで浮気セックスをしましょう!
奥さんが何ですか!? そんなの糞食らえですよ!!」
穴子は追い詰められて周りを見回した。
「鱒雄義兄さん! 僕のイクところ、ちゃんと見ていてね!!」
「見ているよー、勝雄君」
互いに婿養子状態で相手の実家に住まい、その立場を共感しあっている二人は仲がいいらしく、
こう言う席があると決まって二人でその行為を見せ合っているのだった。 - 133: 2011/07/03(日) 17:59:01.90 ID:mL/S0WZao
- こう言うストレスの発散の仕方もあるのだろう、と、妙に納得する反面、
そこまでの異常行動に駆り立てる要因である結婚というものに、久兵衛はいささか冷めた物の見方をしていた。
隣でワイシャツを卑猥に撫で回している女に勃起しながら、妙に義理立てして震えるほど我慢をしている穴子を見ていても、馬鹿らしいと思う。
そうまでして、結婚などをしなければならないのは不幸である。
久兵衛は子供の頃、水木しげるの、妖怪の本を読むのが好きだった。
そこに書いていた事実で、妙に彼の気を引いたのは、猫は長く生きると、猫又という妖怪になるのだという一節だった。
当時、久兵衛は猫を見るたびに、妖怪になっている個体がいないかよく観察したが、確認をすることは出来なかった。
だが今はそれに確信を持っている。 それは人間の女を見てきたからだった。
女は、時を経ると間違いなく妖怪になる。 - 134: 2011/07/03(日) 17:59:29.38 ID:mL/S0WZao
- 醜くただれ、シワを刻み、健全なる精神は健全なる身体に宿るの格言のとおり、そうなってしまった女はその精神までもが醜くなっていく。
それは、既に人ではなく、妖怪だと思う。
妖怪にとっつかまり、蜘蛛に糸を絡められた哀れな虫のように自由を奪われ、魂を吸われゆく過程が、結婚生活なのだと思う。
そんな風に、年を経ると、人は妖怪になるのだ。 なら、猫もそうかも知れないではないか。
久兵衛は、自分が女を次々と破壊していったのは、妖怪をこの世にこれ以上増えるのを抑えるためだったのではないかと考えた。
自分は、妖怪退治の陰陽師だったのかも知れない。 それなら、自分のしてきたことは必ずしも悪ではないな、と、久兵衛は思った。 - 135: 2011/07/03(日) 18:00:01.50 ID:mL/S0WZao
- 穴子は、ふう、と、落ち着き払った溜息を吐いた。
甚六が女児と共に入っていった奥の間からは、さっきから、おかあさーん、という女児の叫び声が、間断なく聞こえ続けている。
それを聞いて、久兵衛は、プッ、と吹き出し、
「聞きましたか? おかあさーん、だって。 伊佐坂常務、よくもまああんなガキと出来ますよね」
穴子にそう、話しかけた。 穴子は黙したまま、だんだんとその目付きが変わっていっているようだった。
「みんな、狂ってますよね。 でもそれは、おかしなことじゃあ無いと思うな。
人間以外の生き物なんて、せいぜい十年生きるくらいでしょ? 穴子専務はいくつです? 三十代後半といったところでしょう?
こんなに発達した頭脳を持っている生き物がそんなに長生きして、気が狂わないほうがおかしいですよ。
専務も、狂っている自分をお認めになったらどうですか?」 - 136: 2011/07/03(日) 18:00:36.39 ID:mL/S0WZao
- そして自らが拘束している少女の耳元に、息を吹きかけるように、
「僕達、狂っているんだよ」
と囁くと、少女は涙を落として、「堪忍して…堪忍して…」と、それしか喋る事が出来ない人形のように繰り返すのだった。
「るあああああっ!! ちーくしょおおおぉぉう!!」
不意に、穴子が人造人間セルのような奇声を発し、
「家内がなあんだって言うんだあああ!!」
久兵衛にあてがわれた隣の女を押し倒した。
その声に、久兵衛の拘束の中でギクリと体を硬直させた少女が、耳を抑え、絹を裂くような悲鳴を発した。
「やった!!」
久兵衛がまた一人、役員を掌握した瞬間である。
そして彼は、腕の中で震えている少女の顔を無理やり穴子と年増女の方に向け、
「よく見るんだ! 終わったら、僕達もあれと同じことをするからね」
少女の耳を抉るように、そう吹き込んだ。 - 138: 2011/07/03(日) 18:01:29.14 ID:mL/S0WZao
- 「明後日の会議の主役は、穴子専務にやっていただきましょう」
ヤリ終わって、生まれ変わったような顔つきになった穴子に、久兵衛は営業スマイルと共にそう言うと、
穴子は、任せておいてくれ、と、厚ぼったい唇を歪めた。
「いやあ、勝雄君は若いねえ…」
満足したのか、鱒雄は服を着て、久兵衛の隣に座り、そう言って一口、酒を飲んだ。
年上女は飽きたのか、勝雄は鱒雄用にあてがった高校生と絡み合い、汗だくになって腰を動かしている。
三人がその様子を見ていると、奥の間のふすまが開いて、全裸の甚六が青ざめた顔で久兵衛の後ろ隣に走ってきた。
「ハハハッ、甚六君、なんて格好だい?」
茶化す鱒雄を無視し、甚六は久兵衛の耳元で、
「ちょっとまずい事になったみたいだ」
と、焦りの濃く色づいた囁きを吹き込んだ。 - 139: 2011/07/03(日) 18:01:54.64 ID:mL/S0WZao
- 久兵衛はそれを聞いて、また面倒なことを…と思ったが、すぐにそれが甚六の新たな弱みとして利用出来ることを思いついた。
これで少しは扱いやすい男になってくれるだろう。
「まずい事って、どうなったんです?」
分かりきった質問を、落ち着いて投げかけた久兵衛に、甚六は紫色に変色した唇で、
「あの娘を気持よくしてあげようと思ってヘロインを使ったら、動かなくなって…呼吸もしてないし、脈もないんだよ…どうしよう…」
と、震えながらに訴えてきた。
少し前から、女児の泣き叫ぶ声が聞こえなくなっていたので、久兵衛はそんなところだろう、と思っていたが、
甚六に脅しを含めるためにわざと深刻な表情を作り、
「それはいけませんね、何とか僕の手のものが処理しておきますけど、最近はこういうこともやり難くなってきたんですよねえ…」
と言うと、甚六は跪いて神でも拝むような姿勢になり、
「ありがとう、恩に着るよ」
と、謝した。 - 140: 2011/07/03(日) 18:02:23.42 ID:mL/S0WZao
- 久兵衛は隣で震えている甚六にあてつけるように携帯電話を取り出し、
その罪を植えつけるように大声で、ドラム缶と生コンと死体を輸送する車を用意するように、と、配下のチンピラに指示を出した。
目の前では勝雄がよだれを垂らしながら仰け反って、小刻みに痙攣し、射精したことが久兵衛にも分かった。
そろそろお開きにするかな、と、久兵衛が考えた矢先、甚六が、なあ…、
と、久兵衛に話しかけてき、久兵衛がそちらの方に向き直ると、甚六の勃起した陰茎が目に入った。
その視線の先には、さっきまで久兵衛が犯していた芸妓の卵であるお手伝いの少女が、
股間から血と久兵衛の精液とを垂れ流しながら放心している。
「なあ…あの娘もうダメなら、この娘としても、いいかな?」
「僕のお古ですけど、それでもいいなら…」
久兵衛が言い終わる前に、甚六は少女にのしかかっていった。
全く、コイツには敵わないな、と、久兵衛は思った。 - 145: 2011/07/04(月) 19:35:06.04 ID:1ohbMxF+o
- 第五章 接触
朝に弱い鹿目詢子であったが、役員会のある今日は珍しく早く起き、まどかに先んじて朝食を取り、彼女が起きる頃に出社した。
本社ビルに入り、役員室のあるフロアまで、エレベーターを使って一気に上がる。
体に重みを感じ、エレベーターの扉が開くと、そこには見知った危険人物の姿があった。
「これはこれは鹿目常務殿。 今日はお早いですねえ」
元チンピラの中途採用者――久兵衛である。
品のない平社員が上級役員室フロアに居る。 それだけで異常な事態であった。
「あんた、なんでこんなところにいるんだ?」
詢子が睨みつけ、詰問すると、久兵衛は、
「そんな風に怖い顔をしなくてもいいのではないですかあ?
僕はあなた以外の役員の方々とは、とても仲良くしてもらっているものでねぇ…」
と、含みを持たせたいやらしい口調で言い、
「いやあ、社長の覚え目出度き鹿目常務殿に叱られては堪ったものではないので、
僕はこれで、足を棒にして各店舗を監視して回る、辛い、辛いお仕事に戻りましょうかねえ」
エレベーターに滑りこんでいった。 - 146: 2011/07/04(月) 19:35:35.82 ID:1ohbMxF+o
- 久兵衛の後ろ姿を見送って、正面に向き直ると、
いつの間にか穴子、磯野(勝雄)、伊佐坂の各役員が絨毯の敷かれた廊下に出て、ジメッとした視線を詢子に向けていた。
詢子は視線に込められた陰湿な空気に、ゾクリと背筋が冷え上がった。
「おはようございます…」
詢子がそう挨拶すると、三人は頷くようにほんの少し頭を下げて会釈をし、相変わらず冷たい視線で彼女を睨みつけていた。
その視線から逃れるように、詢子は自分の執務室に入っていった。 - 147: 2011/07/04(月) 19:36:18.78 ID:1ohbMxF+o
- 執務室に入ると、詢子は会議の資料を開き、それを確認し始めた。
緑ヶ丘店で労働基準法を違反した長時間労働が行われ、従業員が性犯罪を起こし、死亡した事件についての資料である。
その異常なまでの労働時間に、詢子は何か恐ろしいものがこの事件の後ろに横たわっているのを、はっきりと感じていた。
あの久兵衛と言う男が、何かをしているに違いない。
マミリーマートは磯野波平を中心とする一族企業ではあったが、まだ彼に影響力のあった以前は、それほど酷くはなかった。
そう、久兵衛が、あの男が来てから、会社はドンドンおかしくなっていったのだった。
それを何とかしようと、念願の常務昇進を果たし、この上級役員フロアに執務室を置く身分になってみて、始めて気が付いたのは、
このフロアは、既に久兵衛と結託した法規軽視派の魔窟になっていた、ということだった。
詢子は気骨のある若い有能な社員を集め、企業倫理を説き、新しい組織づくりのための屋台骨を作ろうとしていた。
今日の役員会で腐敗した経営に一石を投じ、何とかマミリーマートをクリーンな企業に戻さなければ…
詢子は義憤にかられ、何度も確認をしたレポートに再度、眼を通した。 - 148: 2011/07/04(月) 19:36:49.08 ID:1ohbMxF+o
- 「遅いじゃないか、鹿目くうん!」
20分前に会議室に入ったはずが、既に社長以下、役員達が勢揃いしており、詢子はいきなり穴子に叱りつけられた。
「会議は9時半からではなかったのですか?」
詢子の言葉に、穴子は醜い顔に怒気を含ませ、
「9時からに変更になったのだよ! 通達があっただろう!? 一体君は何を考えているのだねえ?」
と、周囲に詢子の失態を印象付けるように叫んだ。
彼らは意図的に、詢子に時間の変更を知らせなかったのである。
会議前から既に、「鹿目潰し」は開始されていたのだった。
「急な変更だったのだろう? いいじゃないか。 会議を始めよう」
社長の波平が、なだめるようにそう言い、会議がスタートした。 - 149: 2011/07/04(月) 19:37:49.50 ID:1ohbMxF+o
- 磯野波平――。
株式会社マミリーマート、代表取締役社長である。
材木問屋から発展した中堅商社、山川商事の課長を勤めていたが、
同社が倒産の危機に至った折に縁戚関係を利用し、鱒雄の会社、海山商事との合併を提唱し、これを成功させた。
そして新会社、海川商事の水産物部の部長を経て、取締役、次いで常務に昇進。
その間、大手家電メーカーの豆芝、菓子メーカーのカリブー、殺虫剤メーカー明日製薬、大手ファーストフードチェーンのランランルー、
インスタント食品メーカー日珍食品、そして農協などとの取引を通し、海川商事を総合商社として発展させた。
そして彼は7年前、海川グループがコンビニチェーン、マミリーマートを作る際、社長に抜擢されたのだった。
そして昨年、長男の勝雄が商業高校を卒業するやいなや、
花沢不動産の一人娘、花子と結婚させ、マミリーマート本社のある見滝原市を掌握させた。
波平はかようにして、自らが王として君臨する、一つの街を手に入れたのであった。
しかし今は商業的なカンも鈍り、自らのワンマンな決定で大赤字も出す老害に成り下がって求心力が低下し、
ガタガタになった役員達の間に、久兵衛のような魔物が入り込む余地をも作ったのだった。 - 150: 2011/07/04(月) 19:38:49.84 ID:1ohbMxF+o
- 波平の月並みな演説の後、切り出したのはシステム担当の伊佐坂甚六であった。
「近頃は愛社精神が向上し、遅くまで残業をしてくれるパート、アルバイト、社員が増加しておりまして、
人件費削減の観点からも、彼らの崇高な勤労意欲を会社のシステムに組み込み、
より無駄のない雇用、残業管理システムを構築したいと考えております。
つきましてはアルバイト、パートを20時間体勢で店内に配置し、
彼らの愛社精神に答える雇用体系を新たに加えようと思いますがいかがでしょう?」
それを聞いた波平は顔をしかめ、
「20時間も働かせるのか?」
と、疑問を呈した。 甚六はすかさず、
「緑ヶ丘店で、勤労意欲溢れる25歳のアルバイト店員が、店の休憩室で寝泊りをし、
平均して一日20時間店内に留まってくれた実績があります。
会社としてはその精神に大いに感服し、
当社開発部の開発したグリーフシードという栄養剤を進呈し、彼の溢れんばかりの愛社精神をサポートいたしました」 - 151: 2011/07/04(月) 19:39:33.86 ID:1ohbMxF+o
- ぬけぬけとそう言った甚六に、怒りが突沸するのを感じた詢子は我慢がならなくなって立ち上がり、
「20時間労働なんて、気が狂っています! 当然のことながら労働基準法違反です!
そんな事、コンプライアンス委員会としては、見過ごすわけには行きません!
それに先ほど、伊佐坂常務は緑ヶ丘店の店員の事を報告したようですが、大事なことが抜けています。
その店員は、既に過労により精神を害し、死亡しているのです!」
そう発言すると、波平の丸眼鏡の奥の目が光を放ち、
「死亡とは、それは本当かね、甚六君?」
甚六に、報告を求めた。 - 152: 2011/07/04(月) 19:40:28.10 ID:1ohbMxF+o
- 「確かに死亡しておりますが、それは当社の雇用とは何ら関係がありません。 言いがかりもいいところです」
甚六は言いながら、詢子を睨みつけた。
「鹿目常務によると、過労ということでしたがこれには根拠がありません。
20時間は純粋な労働時間ではなく、雇用期間内に店内に彼がいてくれた時間の、一日あたりの平均値であり、
実働は残業時間を含め一日平均11時間ほどで、仮眠を含め休憩はきちんと取らせております。
彼は家に帰るのが面倒だということで、店の休憩室で寝泊りをしていたのです。
だから店内にいた時間が、一日20時間という数字になったのです。
従業員達は家に帰る時間も惜しむほどの、企業戦士なのです。 本当に、社長を尊敬し、会社を愛してくれています。」
嘘を散りばめた報告ではあったが、その中で社長を尊敬、と言われると波平もその表情を崩し、それを見た甚六は得意げに続けた。
「彼の死亡について報告いたしますと、死因は轢死。
経緯につきましては、強姦事件を起こし、警察に追われ、抵抗しながらの逃亡の末、海の手線にダイブし、外回り快速にはねられました」 - 153: 2011/07/04(月) 19:41:06.24 ID:1ohbMxF+o
- 波平は詢子を見、
「鹿目君、我が社のアルバイトから性犯罪者を出した事は甚だ遺憾ではあるが、これはどう考えても過労ではないだろう?
君は何を根拠に過労と発言したのか?」
厳しく詰問した。
「それは…労働時間と、体力、それに伴う精神状態を考慮し…」
「おい、従業員が過労と断定していない状況で、憶測でそんな事を言ったというのかね?」
歯切れが悪くなった詢子に、穴子のヤジが襲いかかった。
「憶測ではなく、緑ヶ丘店の従業員にも話をよく聞いた上で…」
「医師の診断書でもあるのかねえ!?」
穴子の怒鳴り声に、詢子は黙するしかなかった。
それに調子づいた穴子は、立ち上がり、
「恐れ多くも社長の前で、未確認の事項をあたかも確定事項のように報告するとは、役員の風上にも置けん奴だねえ、君は」
と、詢子が役員であることの資質そのものを問う声を上げた。 - 154: 2011/07/04(月) 19:42:04.10 ID:1ohbMxF+o
- 詢子は冷静に考え、今は緑ヶ丘店での異常な労働時間についてのみ意見をするべきであると踏み、
「とにかく、20時間という異常な拘束時間は法令で認めることが出来ませんので、却下願います」
と、締めくくろうとしたが、
「鹿目君は、法令遵守というものを履き違えているのでは無いのかね? 我が社は営利企業だよ?
法令で自らの行動を縛り付けることのみに腐心する君みたいな役員がいるから、
業界1位のヘブンイレブン、2位のローションをいつまでも超えることが出来ず、3位に甘んじているばかりか、
つい最近中卒の若造がお飾りの社長になったばかりの、宗教団体出資のサークル杏にまで追い上げられているんだ。
当社に勤めているという自負があるなら、法律に縛られるのではなく、法律解釈を利用して、いくら儲けられるか考えるべきではないのかね?
君は当社の利益を法律で削り、経営を圧迫して楽しいのかね?
そんな風で、どの面を下げて当社から役員報酬をかっさらっているのかね?」
たたみかけ、圧殺るように穴子が言う言葉に、他の役員達からチラホラと拍手が上がり、詢子は更に追い詰められた。 - 156: 2011/07/04(月) 19:43:55.06 ID:1ohbMxF+o
- 「コラ、穴子君、言い過ぎではないか?
毎日法律屋にあれこれ言われて気をもんでいる鹿目君の気持ちも考えんか!」
波平が威厳をたたえて叱りつけるも、穴子は、
「法律屋風情にいいように扱われている鹿目君がいけないのです。
我々は、当社に忠誠を誓い、日夜無駄のない経営を、多くの利益をと、汗を流しているのに、
それを法律屋の言う事を鵜呑みにする鹿目君に、無駄にされ続けているのです。
私は社員たち、ひいてはパート、アルバイトに到るまで、全従業員を代表し、申し上げているのです」
しゃあしゃあと言った。
「いやあ、鹿目君はよくやってくれていると思うけどなあ…女性にしては、有能だしねぇ」
鱒雄が、女性にしては、というところに、ことさらにアクセントをおいてそうおだてると、勝雄が、
「今は女性がとか、そういう事は問題じゃないよ。 今は会社をどう儲けさせ、盛り上げていくかが最重要事項だ。
それを踏まえた上で、採決を取ろうじゃないか」
言外に詢子を批判し、穴子に賛成して採決を強行しようとしている。
つまりは詢子に賛成しないように、と言っているのである。
詢子は、流れるような批判と、採決までの運び方を観察し、事前に役員達が示し合わせているのかも知れないと思った。
そして今朝、久兵衛が役員室フロアにいた事を思い出して、苦虫を噛み潰したような思いがしたのであった。 - 157: 2011/07/04(月) 19:44:33.49 ID:1ohbMxF+o
- 「ぶっ続け」が採択されるのを阻止できず、役員会後も仕事に追われ、深夜、詢子はクタクタに打ちひしがれて帰宅した。
「ママ、おかえりなさい」
出迎えてくれたのは中学3年生になった、娘のまどかだった。
「ただいま、まどか。 パパは?」
「今、タツヤを寝かしつけているよ」
「そうか」
リビングに上がると、まどかがウィスキーを持ってき、グラスにロックで注いでくれた。
「ありがとう、まどか。 今日は遅いからもう寝な」
「ううん、ちょっとママとお話ししていたいな…」
詢子は、そうかい、と言って、ウィスキーを一口、胃袋に流し込み、言った。
「何か、悩み事でもあるのか?」 - 158: 2011/07/04(月) 19:45:05.50 ID:1ohbMxF+o
- まどかは俯いて、うん、と、切り出した。
「うん、進路のことなんだけど…」
「進路?」
詢子は、そういえば娘も、そういう事で悩む歳なのだな、と、しみじみ感じていた。
そしてこの時、漸く会社役員から母である自分に戻ることが出来たような気がし、その心中で彼女はまどかに深く感謝をした。
「…私ね、高校進学…どうしようかな、って、考えているの…
私…得意なことも、自慢できることも、なりたいものも、何もなくて…
だから、高校に行っても、なんとなく過ごして…終わりなのかなって…」 - 159: 2011/07/04(月) 19:45:35.62 ID:1ohbMxF+o
- 「まどかはさ、本当になりたいもの、無いのか?」
詢子がそう言ってまたグラスに口を付けると、まどかはグラスをカウンターに戻す音を確認してから、
「本当は、ママみたいにかっこ良くなりたかったんだけど…でも、どんなに頑張っても無理で…」
そう言いながら、まどかは2年の時、クラスに転校してきた暁美ほむらの事を考えていた。
最初は弱々しかった彼女は、努力を重ね、まどかを追い越し、どんどんかっこ良くなっていったのだった。
だが、ほむらはまどかの家に遊びに来た日を境に登校拒否になり、
3年生になってクラスが変わってからはまた登校するようになったのか、学校で見かけるようになったが、
まどかと仲良くなったときの明るさはどこへやら、こそこそしてまるで別人のようになっていた。
そしてまどかが話しかけようとすると、決まって逃げた。
何も知らないまどかは、自分があの日、ほむらに何か酷い事をしてしまったのではないかと、気に病んでいたのだった。 - 160: 2011/07/04(月) 19:46:30.59 ID:1ohbMxF+o
- 「…ごめんね、ママ。 私本当、ダメな娘だね。 ママの娘として、失格だよね…」
詢子は話しながら泣き出したまどかの頭を優しくなで、
「別に仕事ばかりが人生じゃないぞ」
そう言いながら、頭の中に今日の役員会の事がフラッシュバックし、
「ぶっ続け」を阻止できなかった自分は、まどかが言うようにかっこ良くなんてないのだと思った。
そして、まどかを会社組織という妖怪の巣に放り投げることはしたくない、そうも思っていた。
そして意を決し、まどかを抱き寄せ、
「じゃあ、お嫁さんになったらいいじゃないか。
中学校卒業したら、パパと一緒に花嫁修業して、誰よりも素敵なお嫁さんになれるように、頑張れ。
そうしたら、何年後かにあたしが、うんと素敵な男を連れてきてやるよ。
今は女も働く時代だから、逆にしっかりしたお嫁さんは貴重だぞ」
そう言って、心から娘の幸せを祈った。
「ママ…ママぁ…」
まどかは、母の胸に泣きつき、溢れる感情をぶちまいた。
そして疲れて眠るまで、泣き止まなかった。 - 161: 2011/07/04(月) 19:47:09.69 ID:1ohbMxF+o
- 季節がめぐり、その年の、冬の足音が聞こえてきた頃、詢子はとある料亭でサークル杏の専務取締役、野比のび助と会っていた。
「お忙しいところ、足をお運びいただき、誠に恐縮です」
「どうも」
野比は、茫洋とした表情の中にも、ライバル企業の役員と会っているという緊張感を漲らせた眼で、詢子を見据えた。
「で、今日は一体なんの用です?」
同業他社の幹部同士が密会しているなど、あらぬ疑いを掛けられる恐れがあるため、会談を手早く切り上げたいのだろう。
野比はすぐに本題をと言外に含め、詢子を急かした。
「実はおたくに、見滝原市へ進出してもらいたいのです」
要望をダイレクトに、詢子は伝えた。
それを聞いた野比の眼が、驚愕に見開かれた。
「そんな無茶な話があるかい、君らのお膝元じゃないか!?」
野比は会談を打ち切ろうという雰囲気を見せたが、詢子はそれを引き止めるように、
グリーフシード、ぶっ続け雇用などの情報を包み隠さず、知っている限り話した。
聞いている野比の表情が、変化してくるのを感じながら。 - 162: 2011/07/04(月) 19:47:51.06 ID:1ohbMxF+o
- 詢子には、サークル杏なら動いてくれるという、確信があった。
サークル杏は、見滝原市の隣、下部暮市にあるキリスト教系の教会が分派して出来た新興宗教団体、
「さくら会」が出資して誕生したコンビニチェーンである。
厳格な教えがバックボーンにある企業体系であるため、企業倫理に反することはしない上、
発足当時から会社に籍を置き、この春、商業高校を中退し、社長に就任した佐倉杏子は、
曲がったことが嫌いで、なおかつ好戦的な性格であるとの情報を詢子は得ていた。
そのため、ぶっ続けや、グリーフシードなどのおぞましい雇用実態を教えてやれば、
彼女なら見滝原市に進出し、自らの正義を示しに来るだろう踏んだのである。
しかしその際、会社の疲弊をおそれ、杏子を抑えようとするであろう人物が、慎重派であるこの野比であった。 - 163: 2011/07/04(月) 19:48:41.63 ID:1ohbMxF+o
- 「…君はそう言うけどね、我が社だって余裕があるわけじゃないんだよ。
もちろん佐倉にこのことを話せば、彼女のことだ、ぶっ潰す、とか息巻いて進出したがるだろうね。
だがね、信者数が多い宗教が母体になっているからと言って、その企業が磐石だと考えるのは間違いだよ。
確かにさくら会は見滝原市にも支部があり、あそこの信者の数も1万を数えている。 しかしね、逆に考えてみてくれたまえ。
サークル杏は、その信者たちが好意で優先的に利用してくれるからこそ、何とか持っているコンビニチェーンなんだよ。
そして本当は、ビジネスと宗教とを分離し、彼らに頼らない企業組織を作りたいと思っているんだ。 それは佐倉の意志でもある。
今はその地盤を固めている段階であって、見滝原市なんて危ないところに進出するほどの余力はまだないのだよ」
野比は一息にそう言い、立ち上がろうとした。
ここで逃げられたら、もう絶望的だ…詢子はなりふり構わず、野比の袖を掴んで引き止めた。
野比は自らを見上げる詢子に、ハッとするような艶めかしさを感じ、その足を止めてしまった。
「お願いいたします。 このままではマミリーマートはダメになってしまいます。
何とか御社が見滝原市に進出し、健全な雇用体系を地域に示し、我が社が異常なのだということを知らしめて欲しいのです。
だからもう少しだけ、私の話を聞いてください」 - 164: 2011/07/04(月) 19:49:11.63 ID:1ohbMxF+o
- 詢子のそのなみなみならぬ様子に、野比はふう、と、溜息を吐き、
「ちょっと一服しようと思ってね、別に逃げようなんて思っていないよ」
そう言って、背広の内ポケットから煙草を取り出した。
「喫煙なら、話しながらで結構です」
詢子が灰皿を差し出すと、野比はやれやれ、と言って一本取り出し、料亭のマッチで火をつけ、旨そうに煙を吐いた。
「で、もう少し聞いて欲しいのはどんな内容だい?」
詢子は、サークル杏を進出させるための、最後の切札を脳内で反芻しながら、言った。
「企業としての下地を固めている最中なら、取っておきのご提案があります」
野比は、重大な内容である事を察したのか、早々に煙草を消し、身を乗り出した。 - 165: 2011/07/04(月) 19:49:54.10 ID:1ohbMxF+o
- 「いったい、どういう案だね?」
「業務提携、もしくは合併です。 そちらがよろしければ、すぐにでも、あるチェーンと合併の話を進める用意があります」
野比は、考え込んだ。 合併と言っても、適当な相手がいなければ、出来ない話である。
彼は、いくら考えてもその相手となる企業を、見つけ出すことが出来なかった。
「一体どこと合併するというのだね?
メガストップは巨大ショッピングセンターチェーンのネオングループだからこちらが吸収されかねないし、
デイリーウロブチ以下は規模が小さすぎて下地を固めるには役不足だよ?」
「もう一社、あるではないですか?」
「もう一社って、君…」
野比は、それだけはありえない話だと、思った。
詢子は続ける。
「クウカイと合併出来れば、コンビニチェーンとしての下地は充分ではありませんか?」
野比は、詢子の口からそれを聞いても、やはりありえない話だと思っていた。 - 166: 2011/07/04(月) 19:50:45.66 ID:1ohbMxF+o
- 「クウカイって、君ねえ、あそこは仏教系で、キリスト教系であるうちとは毛色が合わなすぎるとは思わないのかね?」
詢子はそれを聞いて、しめた、と思った。
「おかしいですね。 先程宗教とビジネスとは分離したいとおっしゃっていたのに、
合併相手先が仏教系と知るやいなや、毛色が合わない、ですか?」
野比はそれを聞いて、うっ、と、言葉を一瞬、詰まらせてから、
「そんな話、あちらさんが了承するわけが無いじゃないか!」
と、語気を荒げた。 詢子は様子が変わった野比を見て、もう少しだ、あと一押しだ、と思った。
まどかの姿が脳裏に浮かぶ。 自分の事を、カッコいいと言ってくれる娘の姿が。
詢子は思った。 腐った会社に勤めている自分は、カッコよくなんてないのだと。
そして、カッコよくなるには、娘に本当に胸を張れる母親になるには、
自らがおかしくなり始めている会社の分まで、間違った行いをすることによって、組織を正しく変えねばならないのだと。
詢子は、役員という、かろうじてそれが出来る立場に居た。 - 167: 2011/07/04(月) 19:51:53.22 ID:1ohbMxF+o
- 「クウカイの方は、ビジネスパートナーとして、サークル杏を求めていますよ。
後はあなた方次第です。 あなた方が、本当にビジネスと宗教とを分離して考えることが、出来るかが」
最後通牒を付きつけられ、野比は完全に沈黙した。
クウカイは、仏教の一派が出資して誕生したコンビニチェーンであったが、
最近の無宗派墓地や、自然葬の増加など、所謂寺離れによってその屋台骨が急速にぐらついていた。
弱体化したクウカイは、ヘブンイレブンやローション、ひいてはマミリーマートから虎視眈々と吸収合併の機会を伺われていたのである。
それ故、休暇と偽って詢子が京都に赴き、クウカイ本社を訪れたとき、
とうとう吸収合併の使者が来たかと、社長の弘法3世が泣きながら応じたのだった。
彼が求めたのはただ一つ――
新会社名及び店舗名に、「クウカイ」の名を残す、対等な関係による合併。
そして規模的に考えてそれはサークル杏相手しかありえなかったのであった。 - 168: 2011/07/04(月) 19:52:29.79 ID:1ohbMxF+o
- 「君は本当にやり手だねえ…しかし、これほどまでに他社に塩を送って、大丈夫なのかね?」
帰り際、野比はたった一時間ほどの会見で疲弊しきった自分を感じながら、しみじみと詢子にそう、尋ねた。
「今、見滝原市ではマミリーマートが独占状態で君臨しております。
そしてそれ故、異常が正常としてまかり通っている現状があります。
そこに御社が入っていただき、健全な競争が促進されるのであれば、必ずしも当社にしてもマイナスでは無いと、私は考えております」
「君はそう考えているだろうけどね、君の会社の他の役員がどう考えているか分かったもんじゃないだろう?
まあ、この話は社内で検討するから、少し返答に時間を要するけど、いいかい?」
「できるだけ急いで――早くしないと、クウカイが同業他社の餌食になってしまうので…
重ねて言っておきますが私の条件としては、見滝原市進出がなければ、合併話は無しにさせていただきますよ。
その際、クウカイは恐らくマミリーマートと…これをみすみす指を咥えて見過ごす手は、ありませんよね」
野比はコクリと頷き、彼の乗ったセンチュリーは、静かに、滑るように走りだして行った。
詢子は、動き出した――そう思いながら闇に溶けていくそのテール・ランプの赤を見送っていた。 - 173: 2011/07/05(火) 19:43:59.20 ID:VBx2BBYxo
- 第六章 労働少女
年が開けて冬が終わり、ある日、野比は社長室に直々に呼び出しを食らっていた。
ノックをし、「社長、野比です。 よろしいでしょうか?」と、尋ねると、「おう」という杏子の声がし、野比はドアを開けた。
「まあこっちに来いよ」
そう言った杏子はロッキーを咥えながら椅子にふんぞり返って、一枚の紙を眺めている。
野比が近づくと、
「食うかい?」
と、一袋分のロッキーを差し出されたが、野比は、いえ…と言ってそれを固辞した。
「お姉ちゃん、人と話す時くらい食べるの止めなよ!
…すみません、野比専務。 社長とはいえ、不躾な姉で…」
傍らに立っている社長秘書――杏子の妹が、姉の非礼を謝したが、野比はあまり気にしてはいなかった。
彼女は常に動き回っている杏子に振り回され、日に日にやつれていっており、
野比は杏子の非礼よりその妹の体調のほうが心配であった。 - 174: 2011/07/05(火) 19:44:41.25 ID:VBx2BBYxo
- 「野比。 本社の意見、要望のメールにこんなのがあったんだけどさあ、これどう思う?」
妹の忠告を無視し、杏子が差し出したメールを見、野比は背筋が凍りつくような寒気に襲われた。
それは匿名のメールで、去年、野比が詢子に聞いた見滝原市でのマミリーマートの雇用体系の概要を暴露し、
クリーンなサークル杏が進出してこの悪の会社を打ち破るべきだと書かれていた。
野比はそのメールの裏に詢子が動いていることをはっきりと感じ取った。
野比はあの後、杏子以外の役員を緊急招集し、見滝原市進出と、クウカイとの合併話を相談し、
その結果、詢子の接触はマミリーマートの罠であると判断し、
この一件を社長である杏子には伏せておくようにしようとの結論を得ていたのだった。
若くて猪突猛進型の杏子は、それなら進出だと言うに決まっているからである。 それは会社を危険に晒すことになるかも知れない。
杏子は有能であったが、多少無謀なところもあり、そのあたりをカバーするために、
こうして役員達が胃に穴の空くような思いで秘密会議を開き、杏子が道を誤らないようにサポートをしていたのである。
それはさくら会宗祖である杏子の父の要望でもあり、秘密会議には彼も同席していた。 - 175: 2011/07/05(火) 19:45:34.91 ID:VBx2BBYxo
- 杏子は去年、1年通った商業高校を中退していたが、それは1年で学科全過程を習得し、卒業させろといった時、
3年への飛び級しか認められないと学校側が突っぱねたのに彼女がぶち切れたからである。
若すぎる一方で杏子が天才的とも言える商才を持っていた事は、確かであった。
クウカイとの合併については彼女がどういう反応をするかはわからなかったし、
それを教えて反応を見、社長の器を確かめたいといった者もあったが、
詢子によって合併と見滝原市進出はセットであると釘を刺されたため、それはできないことだった。
このメールの意味するところは、待てど暮らせど反応のないのに業を煮やした詢子が、
からめ手で揺さぶってきたというところだろうと、野比は思った。
不幸だったのは、杏子の気まぐれかつ多方面に及ぶ行動力であった。
こんな危険なメールは普通、担当者が握りつぶすのが常であったが、
恐らく杏子が抜き打ちでメールチェックをした際に、見つけてしまったのだろう。 - 176: 2011/07/05(火) 19:46:18.78 ID:VBx2BBYxo
- 「こんなのはきっとデマでしょう」
ポーカーフェイスを作ってそう言った野比に、杏子は、
「根拠は?」
と、詰め寄ったが、野比も負けじと、
「あまたあるデマにいちいち根拠を求め続けていたら、人生が終わってしまいますよ」
と、軽く流すように応じた。 しかし杏子は、
「あたしのカンでは、コイツはデマじゃあないね」
と言い、またロッキーの包みを開けた。
野比は、彼女の有能さの原泉であるその動物的とも言えるカンを、この時ほど呪わしいと思ったことはなかった。
「それでは百歩譲ってデマではないとしましょう! ではどうするおつもりですか?
今当社がやらなければならない事は、サークル杏をコンビニエンスストアとして各地域に定着させることでしょう!
そのための商品開発、利便性の向上、課題は山積しております!
こんな情報に踊らされ、いちいち動いていたんじゃあ、たまらんのですよ、社長!」 - 177: 2011/07/05(火) 19:47:07.05 ID:VBx2BBYxo
- 野比は怒気を含めてそう叫び、杏子の執務机を両の平手でバン、と叩いた。
それを見た杏子はニヤリと口元を歪め、
「あんたさあ、分かりやすいんだよねえ…そんな態度じゃあ、コイツがデマじゃあないですって、言っているようなもんじゃないか」
その口がそう言葉を紡いだ時、野比はシマッタ、と思った。
「得体のしれないクスリによる20時間労働…マミリーマートのやり方は、このメールを見る限り最低だ。
そんな会社は、もうあたしらがぶっ潰しちゃうしか、無いよねえ」
野比は、マミリーマートにおびき出され、サークル杏が潰されてしまう結果を想像して、冷や汗が頬を撫でるのを感じていた。
「社長! 簡単にぶっ潰すとかいいますけどねえ、向こうとこちらじゃあ規模が違うんですよ!
一位がヘブンイレブン、二位がローション、三位がマミリーマート、そしてその後に、漸く当社です、そういう強さの順番なのですよ!
食物連鎖という言葉はご存知ですか? 学校で習いましたよね?」
「うるせえなあ、何が食物連鎖だ! 安っぽい悪役みたいな事言ってるんじゃねえぞ!」
杏子は野比の言葉を、鼻にもかけていない様子である。 - 178: 2011/07/05(火) 19:48:12.62 ID:VBx2BBYxo
- しかし野比は持ち前の根気で、何とか杏子に分かってもらおうと必死である。
「もし見滝原に進出するなら、どこかと提携なりして、規模を…」
「そんな必要はないね。 悪はあたしらだけで叩く!」
せっかくの野比の提案を無視して杏子はそう言い、
「あたしはね、さくら会の支部があるところには、必ずサークル杏を建てたいんだよ。
そしていつか、さくら会より、サークル杏がある町のほうが、多くなる。
それが、あたしの野望さ。 つまり親父とは、ライバルってこった。
見滝原には約1万の信者がいるけど、サークル杏は一店舗だって有りはしないから、気になって夜も眠れなかったさ。
そんな時、このメールだろう? こりゃあ、神様があたしに行けって、言ってるんだよ、きっと」
と、腕を組み、ウンウンと自分で納得しながらそう言った。
野比は、このままでは最悪の結果しか待っていない…何とかクウカイと合併しなければ、と、思い、
社運が崖っぷちに立たされていることをいまさらながら痛感し、
詢子が接触してきたとき、すんなりと合併話を杏子にしていれば状況も違ったものになっていたかも知れない、
と、また胃が痛み出す程の後悔をも感じていた。 - 179: 2011/07/05(火) 19:48:53.31 ID:VBx2BBYxo
- それから少ししたある日、久兵衛は見滝原店に来た新しいアルバイトに、一瞬で失望していた。
「え…本社の人ですか? 美樹さやかちゃんでーす! ヨロシクっ!」
自分が契約したわけではない。
とにかく働かせてくれと、新しく代わった店長に申し込んできたようで、
看板娘としてどうかとその店長から連絡があったので、久兵衛が様子を見に来たのだったが、このザマだった。 無駄足という奴である。
中卒で既に男と同棲をしている、彼はいつかビッグになる男だから、今はあたしが頑張って、彼をサポートする!
と、久兵衛が頼んでもいないのに馬鹿丸出しの自己紹介をし、
こんなクズが看板娘として使えるわけが無いじゃないか、と、彼をして思わしめた逸材であった。
「…どうでしょうか、久兵衛さん…私としては、看板娘を代わって欲しいんですけど…」
マミはそんな事を言っているが、認めるわけには行かなかった。
「あの娘は才能がないよ。 看板娘は、今まで通り君で行く。 いいね、マミ。」
マミは俯いて、そうですか…と、残念そうだった。 - 180: 2011/07/05(火) 19:49:48.12 ID:VBx2BBYxo
- 「前から不思議だったんだけど、君は一体、どうしてそんなに看板娘を辞めたがるんだい? わけがわからないよ」
久兵衛がそう聞くと、マミは顔を赤らめて更に俯き、
「それは、ええっと…」
と、歯切れが悪くなったので、久兵衛はむかついてその話題を切りやめた。
「まあとにかく、僕はこれで本社に戻るから、しっかり働いてくれよ」
「えっ…もう帰るんですか…?」
マミは泣きそうな顔になり、久兵衛はそれを見てまた勃起をした。
そういえば、一年前より大人びてきている感じがする。 久兵衛はその裏に、男の気配があるような気がし、気分が悪くなった。
看板娘に出来る人材は、マミの代わりはそうそう居るものではない。 新しく捜すのは、面倒なことだった。
「サークル杏が進出してくる気配があるのさ。 花沢不動産からそういう情報が入ってね。
だからそれに対していろいろ作戦を立てなきゃならなくてね、忙しいんだよ」 - 181: 2011/07/05(火) 19:50:53.19 ID:VBx2BBYxo
- 久兵衛が帰るとき、マミは店の外まで見送りに来た。
「また、寄ってくださいね。 美樹さんのお友達なんかで、看板娘になれそうな娘がいたら、久兵衛さんにお知らせしますから」
やはり何故だろうか、と、久兵衛は思った。
「君はやっぱりおかしいね。 そうまでして高待遇の看板娘を辞めたがるなんて、普通じゃないよ。
差し支えなかったら、理由を教えて欲しいものだね」
また同じ質問をしてしまった、と、久兵衛は思った。
そしてそれを聞いたマミはまた、俯いた。 堂々巡りである。
「その…看板娘は…好きな人が出来て、その人の…好みに合わせて…自分を変えちゃあいけないって、聞いたから…あの…」
やはり男か…久兵衛は、契約したばかりの頃の、マミのガキ臭い笑顔と、目の前の別人の様になった彼女とを脳内に見比べ、
裏切られたような複雑な心境に、吐き気を催す程気分を害した。
「そうか、君には好きな男ができたんだね。 分かった、僕の方でも君の代わりを探しておくよ」
このクソ忙しいのに、また稀少な清純派少女を探さなければならないとは――
久兵衛はそんな苦労も知らずに勝手を言うマミを恨めしく思い、
そして代わりの看板娘が見つかったら、その好きだという男の目の前で散々に犯してやろうと思った。 - 182: 2011/07/05(火) 19:51:40.79 ID:VBx2BBYxo
- 「その…わたし…あの…別に好きな人が居るとかじゃなくて…」
久兵衛は尚もグダグダと語り続けようとするマミを、ぶん殴りたい衝動に駆られた。
もじもじとしているその態度に不快なのか、なんなのかはわからなかったが、
とにかく腹の底で黒い炎が燃え上がり、胸を焦がしているようで、久兵衛は腹を切り裂いて胸の内を掻き回したくなった。
「あのねえ、マミ、僕は忙しいって言っているだろう? 君の私生活の話なんか、聞いている暇は無いんだよ!
分かったらとっとと仕事に戻ってくれるかな?」
久兵衛は一息にそう叫んで、歩き出した。
こんなにイラついたのは何年ぶりだろうか?
きっとサークル杏が進出してくる準備に忙しいせいだ。
開店したら、数カ月で潰してやろうと、久兵衛は思った。 - 183: 2011/07/05(火) 19:52:31.61 ID:VBx2BBYxo
- 久兵衛に怒鳴られ、マミは店に戻るなりトイレに駆け込んで、その個室の中で泣いた。
久兵衛がせっかく好意で自分を優遇してくれているというのに、どうしてあんなふうに言ってしまったのだろうか…?
恩を仇で返す行為だと、マミは狂おしいほどの後悔に責められた。
マミは既に両親と死別している。
保険金と、彼らが残した財産とがあったが、
両親の葬儀を取り仕切ってくれた遠い親戚が、自分たちが管理するからと、それらを持って行ってしまった。
そして中学3年の夏、彼らがマミのマンションを訪れ、言ったのは、
もうお金はないから、中学を卒業したら働け、と、その一言だった。
マミは両親から、彼女が高校を卒業するまでの蓄えはきちんとされていると聞いていたので、そんなはずは無いと思ったが、
金銭の管理を彼らに委ねてしまったのでどうすることも出来ない。
困ったマミは、その日から職業安定所に通い始めたが、なかなか思うような求人に巡りあえず、ある日その親戚に相談をした。 - 184: 2011/07/05(火) 19:53:45.72 ID:VBx2BBYxo
- 彼らは言ったのだった。
体を売れと。 お前ならいい値で売れるからと。
遅ればせながら、その時マミは気が付いたのだった、彼らは最初から売春をさせるつもりで自分の世話を焼いていたのだと。
マミは、嫌だ、と言い、また不毛な職探しを続けることになった。
それは出口のない迷路を、ひたすら歩き続けるような苦行だった。
そんな時、久兵衛に声を掛けられた。
彼は普通の仕事を与えてくれ、今は契約社員として、看板娘として、それなりに良い給料を貰っている。
久兵衛はマミにとって、体を売らねばならぬ状況から、救ってくれた恩人であった。
だけど最近、こうも思うのだった。
自分が恩人と慕う久兵衛にとって、自分は各店舗に一人以上、つまりあまたいる看板娘のうちのたった一人――。
そういう風にしか思われていないのではないか、と。
好きな男が居るわけでもない自分が、
そういう事を理由に看板娘を辞めたいなどと、久兵衛に申し出る必要性は、一体どこにあるというのだろうか――?
それ以上考えると、抜け出せない、厄介な所にハマり込んでしまうような気がし、マミは涙を拭ってトイレを出た。 - 185: 2011/07/05(火) 19:54:22.94 ID:VBx2BBYxo
- 「マミさん? 大丈夫ですか?」
まだ涙の痕跡が残っているのか、さやかはマミの顔を見ながら、そう聞いた。
「大丈夫よ。 美樹さん、それじゃあお掃除から教えてあげるわね」
始めての、年下の後輩――。
マミは、妹が出来たような気がし、嬉しくなると同時に、猛烈な責任感を抱いた。
「それにしても、あの久兵衛って奴、感じ悪いですよねえ…マミさん、あいつに意地悪されてないですか?」
「本社の人に、そんな事言っちゃあダメよ。 親元に嫌われたら、みんな迷惑しちゃうんだから」
自分で言ってしまった、親元に嫌われたら――という言葉が、冷たい感覚となってマミの胸に入り込んで、絞めつけた。
マミはそれを振りほどくように、精一杯の笑顔を作って、さやかに向けた。
その時思い浮かべたのは、さやかが感じ悪い、と言ったその顔だった。 - 186: 2011/07/05(火) 19:55:28.01 ID:VBx2BBYxo
- それからしばらくし、ほむらは、ようやっと私服警官として、見滝原署に赴任したばかりであった。
陰ながらでもいいからまどかを守りたい、そのために警察官を志したほむらだったが、入ってみると警察学校は魑魅魍魎の巣窟だった。
男は陰茎でモノを考えている様なクズばっかりで、彼らに比して数が少ない婦警の候補生たちを、発情期の獣のように取り合っていた。
だからどんな醜い顔をした女子にも、必ず相手がいるという異常な世界であった。
私は安定した公務員であるところの警察官の結婚相手を見つけに来ました! と、誰はばかること無く公言するクズ婦警もいた。
それらを見るたびに、気持ちが折れそうになるほむらだったが、
外出の許可が降りるたびにまどかをストーキングし、何とか挫折せずに乗り切ったのだった。
まどかは、高校には行かず、家で花嫁修業をしているようだった。
それはほむらを安堵させた。 高校なんて行ってしまえば、すぐに男が出来、まどかの純潔が奪われてしまう恐れがあったからだ。
警察学校に拘束されて、ほとんど自由のなかったほむらは、それだけが心配のタネであった。
だから外出許可が降りると常に、まどかを監視に行っていたのである。 - 187: 2011/07/05(火) 19:56:11.82 ID:VBx2BBYxo
- しかし晴れて巡査の階級を得、教育を兼ねた交番勤務も終え、拘束が無くなったほむらは、
家に帰ったらまどかをストーキングし放題であった。
「ああ、見ているだけで幸せよ…まどか…」
ほむらは見滝原署の性犯罪担当の刑事として迎えられ、今、深夜パトロールの最中である。
去年、凶暴化した性犯罪者が、警官に追われている最中に海の手線電車にはねられ、死亡する事件があったが、
今年に入り、また一件凶悪な変態による事件があったばかりで、警戒強化中であった。
まあ、言われたルートを巡回した後は、まどかの家に直行し、暗がりから彼女の部屋を監視しているのであったが。
自室のカーテンの隙間から見えるまどかは、裁縫をやっているようだった。
「ピンクの布地に、パッチワークを施して、テーブルクロスを作っているのね…かわいいわ、まどか。
ああ、そのテーブルクロス、出来上がったら私にくれないかしら…
え、いいって、ありがとう、まどか! 大好きよ! そのテーブルクロスを敷いて、一緒にお食事しましょう!」
電柱の陰に隠れ、一人でまどかと会話をしている気になっているほむらであった。
彼女は楽園追放事件の後、まどかと一言も会話をすること無く過ごしてきたのである。 これくらい病んでいて、当然であった。 - 188: 2011/07/05(火) 19:56:56.25 ID:VBx2BBYxo
- その時、ほむらの内ポケットにある、携帯電話が着信を知らせた。
「…はい、暁美巡査です」
――暁美巡査か! 今どこにいる?
切羽詰った先輩刑事の声がする。 ほむらは事件だ、と、直感した。
去年の轢死事件と、今年に入っての事件、二つの事件は凶暴化した変態によるものという共通した特徴を持っており、
早くから関連性を疑う声が上がっていた。
しかし2例のみでは憶測の域を出ず、凶暴化は精神疾患の可能性も疑われ、関連性については一部の捜査員が主張しているに過ぎない。
だが彼らは、実際に凶暴化した変態を逮捕しようとした捜査員達は、その異常なまでの性欲や体力を間近に見、
凶暴化した変態を変態紳士と名づけ、殺処分しか無いと声高に主張していた。 そしてその主張は、何故かすんなりと通ったのであった。
「今は巡回ルートA-7ですが」
――見滝原水源公園に来てくれ! 今すぐだ!!
「了解しました! 現場に直行します!!」
プツ。
「――まどか、また来るわね」
ほむらは、名残り惜しむように暗がりの中に消えて行った。 - 189: 2011/07/05(火) 19:57:44.52 ID:VBx2BBYxo
- 公園に着くと、ほむらは無線機のスイッチを入れ、点検をした。
「えっと、こちらほむほむ、現着、どうぞ…だっけ」
――ほむほむ、こちらジーパン、そちらの感明よし、現在位置を知らせろ、どうぞ
「返信が来た! ええと、現在位置、水源公園、西入口、どうぞ」
――ほむほむ、こちらジーパン、目標は現在、ジャングルジムから、大噴水方向に向け、逃走中、回りこめるか?
ほむらは、入り口に掲げられていた公園の地図を見た。
「ジーパン、こちらほむほむ、可能です、大噴水に向かいます、おわり」
ほむらは、拳銃を構えて走りだした。
だがその時も、自分が銃を使うかも知れないなどとは、露程も思っていない彼女であった。 - 190: 2011/07/05(火) 19:58:18.32 ID:VBx2BBYxo
- 大噴水に到着したほむらは、ジャングルジム方向を監視できる茂みに隠れ、
「ジーパン、こちらほむほむ、大噴水に到着、どうぞ」
と、報告をすると、
――こちらジーパン、そこから、目標は確認できないか?
無線からの声とダブって、先輩刑事の肉声も闇の中から響いてきた。
「こちらほむほむ、確認出来ず」
――警戒せよ!
見失ったのだと、ほむらは思った。
恐る恐る拳銃を構え、ゆっくりと歩き出す。 音が聞こえるだけでなく、心臓の鼓動が、胸の内に感じ取れる。
のどが渇く。 何もしていないのに息が切れ始めた。
いつもなら、何気なく歩く夜道、その中に、暗くて全く見えない部分がいくつもあることを、いまさらに気がついた。
そのどこかに、目標が、一部の刑事から変態紳士と呼ばれ恐れられているものが、隠れているのかも知れない…。 - 191: 2011/07/05(火) 19:58:44.55 ID:VBx2BBYxo
- 自分が立てる足音が、もどかしい。
そしてそれ以外の音は、風の音や、公園の外をまばらに通る車の音、そして自分の立てる音にかき消され、聞こえない。
自分の居場所だけが、変態紳士に知られているような気さえする。
「暁美君」
ギクリと体中が収縮したような気がした。
振り返ると、ジーパンと呼ばれている先輩刑事だった。
「先輩…変態紳士は…?」
「見失った…だがまだそう、遠くへは行っていないはずだ。
二手に分かれてさがそう! 応援も呼んだ! 何かあったら無線で!」
「了解!」
ジーパン刑事は、足音をほとんど立てずに暗闇の中に消えていった。 - 192: 2011/07/05(火) 19:59:33.67 ID:VBx2BBYxo
- ほむらは、また暗がりの中を独りで歩き出した。
虫の声、頬を撫でる夜風、自分の足音…知覚するすべてがそのどこかに恐怖を絡めている。
息が詰まりそうになって、溜息を吐く。
溜息にすべての音がかき消され、怖くなって周りを確認した。
そして、胸を押さえてまた歩き出す。
…わたしは…
自分の足音がする――道を外れてみる…
芝生――足音がしなくなる…
すると、足音がしないことが、今度は怖くなる。
道に戻る。 足音がする。
…私は…はです…
…! なにか聞こえた…?
振り返る。 何も見えない。 ぐるりと体を回転させて見回す。
暗い。 街灯に照らされた、その部分だけしか見えない。
心臓の鼓動が溢れ出し、そのリズムに体が急かされる。 呼吸もそれにつられるように、早く、激しくなっていく。 - 193: 2011/07/05(火) 20:00:28.67 ID:VBx2BBYxo
- 息苦しい焦りを断ち切るように、もう一度、大きく深呼吸して歩み出そうとしたその瞬間――
「私はほむほむ派です」
変態紳士――ほむらの思考は、完全に暗闇に飲まれていた。 - 194: 2011/07/05(火) 20:00:55.26 ID:VBx2BBYxo
- ほむらは、もつれる足を何とか動かして、走っていた。
息が切れる、というより、体が呼吸を拒否しているかのようだった。
いつぞやの、腹パンを思い出していた。
そしてその時の、もうどうでも良い自分を。
あの時は、本当にどうでも良かった。 苦しくて、死ぬかも知れないな、位しか考えなかった、と、思う。
だが今は、怖い。 死ぬとか、そう言うのよりも、まず怖かった。
何故こんなに息を吸い込めないのだろうか?
何故体がこんなにも重たいのだろうか?
こんなに走ったんだ、もう、振り切っただろう――
――感触。 背中に何か触れた。
追いつかれている!?
もうダメだ、そう思ったとき、ほむらは足をもつれさせ、芝生の運動場にうつ伏せに倒れこんでいた。 - 195: 2011/07/05(火) 20:01:34.49 ID:VBx2BBYxo
- 「暁美君!!」
その声に振り返ると、暗闇の中に、かろうじてその輪郭を確認できる体の形が、変態紳士に体当たりをかけるのが見えた。
「先輩!!」
ほむらは、考える前にそう、声を上げていた。
目を凝らす、二つの体が、激しくぶつかり合っているのが見えたが、輪郭が闇に溶けて、何がどうなっているのか分からない。
「暁美君! コイツを撃て! 暁美くうううん!!」
「先輩!! 先輩!! 先輩!! せんぱあああああい!!」
助けなくては、と思う。 何かしようと、思う。
だけど何をしていいか分からない。 呼ぶことしか出来ない。
「あけみくん!! あけみくうううん!! あうあああ!!」
音がする。 何の音だか、分からない、考えたくない。 - 196: 2011/07/05(火) 20:02:16.78 ID:VBx2BBYxo
- 「うぎゃあああああああああああ!! なんじゃこりゃあああああああああああああ!!」
ジーパン刑事の、悲鳴。 最後の方は、うがいのような音だった。
ほむらは逃げた。 腰が抜けていたので、芋虫のように這いずりながら、逃げた。
まただ、息が切れる。 怖い。 もう嫌だ。 こんな仕事、辞める。
やめるから、許して…許して。 ごめんなさい。 ごめんなさい。
這いずりながら、ほむらは言葉の通じないだろう相手に、心のなかで謝り続けていた。
「あおっ…あお…っ」
ずいぶん向こうから、ジーパン刑事の断末魔が聞こえる。
ごめんなさい。 見捨てて、ごめんなさい。私、もう辞めます。 お給料もいらないから――だからおうちに帰してください。
先輩。 私帰ります。 怖いんです。 もういやだから――
「私はほむほむ派です」 - 197: 2011/07/05(火) 20:02:51.68 ID:VBx2BBYxo
- 「嫌あああああッ!! 怖いよおおおおおおっ!! 誰かあああああッ!!」
すぐ後ろに、気配が感じ取れる。
さっきまでは何も感じ取れなかったのに、何をやっても手遅れな今、それははっきりと感じ取れる。
恐怖が体中を覆っている。 ほむらはありったけ、喚いていた。
怖い。 なぜ怖いのか?
暗いからか、相手が見えないからか… - 198: 2011/07/05(火) 20:03:33.75 ID:VBx2BBYxo
- ほむらは、相手を、見ようと思った。 自分を殺した相手くらいは、見ておきたかった。
ほむらは訳のわからないことをわめきながら、何とか体を反転させた。
らんらんと輝く二つの眼。 体の芯を鋭く抜けていく恐怖。 そういえば腹パンの時、恐怖はなかった。
あの時は、絶望していたから。 そうだ、今は、希望があるから、怖いんだ。
「うわあああああああああん!! こわいよおおおおおおお!!」
希望があるから、怖いんだ。
「まどかあああああああああああああああっ!!」
ほむらは、自分の体の中の、すべてをぶちまけるように、希望を叫んだ。
指に、バネのきいた鉄の抵抗があった。
恐怖を押しこむようにそれを引くと、反動と共にすべての音が消え、聴覚が耳鳴りに飲みこまれた。
顔に、何かがべチャリとひっ付いた。
温かい…この人、生きていたんだな――と、ほむらは思った。 - 209: 2011/07/06(水) 19:20:32.62 ID:Z8BMx8C4o
- 第七章 降格
その夜、久兵衛は花沢不動産社長宅を訪れ、応接間で勝雄と会談していた。
花沢不動産から連絡があったときは、既に遅かった。
新興宗教団体のさくら会見滝原支部が購入した3つの土地は、そのままコンビニの店舗用地として適当な立地と面積とを持っており、
それに気が付いた勝雄が久兵衛に連絡をしてきたのだった。
「磯野常務、これは失態ですよ。
もともと花沢不動産の仕事は、他のコンビニが入って来られないように、立地条件のいいところを押さえておくことなのですから。
これでは格安で3店舗分もの土地をサークル杏にくれてやったようなものじゃあないですか」
「済まない、久兵衛。 さくら会見滝原支部は何度も取引があったお得意様だったから、ついつい気が緩んでいた。
まさかサークル杏がさくら会に土地を買わせるとは思いも寄らなかったんだ…」
久兵衛はその言い訳を聞いて、役員である勝雄に、あからさまに聞こえるように舌打ちをした。
「謝罪の言葉なんて、要りませんね。 問題は、どう落とし前を付けるかということですよ。
さくら会は、この土地にどれほどの値がついたとしても、もう決して手放さないでしょうしね」
「済まない…っ!!」
土下座をしている勝雄の後頭部を見、久兵衛は踏みつけたい衝動にかられていた。
ぺこぺこと安っぽい頭だと思う。
サークル杏の奇襲、それを止められなかった馬鹿な役員。
イラつきが止まらない。
久兵衛はその中に、今日会ったマミの、もじもじとした表情を重ねてしまい、思わず応接間のテーブルを殴りつけてしまった。 - 210: 2011/07/06(水) 19:21:12.95 ID:Z8BMx8C4o
- ほむらが目を覚ますと、そこは病院のようだった。
「気が付いたか、暁美君」
その声は、ボスと呼ばれている上司の刑事だった。
「…私は…どうして…?」
「君は、変態紳士の駆除に成功したんだ。
応援のチームが現場に駆けつけたとき、変態紳士の死体と共に、君が気を失っているのを見つけてね。
ここまで運んできたというわけさ。 いや、本当によかった」
ほむらは、食物をゆっくりと咀嚼し、飲み込むように事情を了解していった。
そして昨日の記憶が、ゆっくりと形を取り戻していくのも、感じていた。
記憶の中に、真っ先に冷たく蘇ったのは、先輩刑事の叫び声だった。 - 211: 2011/07/06(水) 19:21:41.54 ID:Z8BMx8C4o
- 「あの、先輩は…?」
ボスは、俯いて首を左右に振った。
沈黙が重い。 ほむらは自分の情け無さを反芻し、静かに涙を流した。
「私…なにも出来ませんでした…先輩が危ない時…怖くて…固まってました…私…私…」
ボスはほむらの肩に手を置き、
「誰も、君を責めたりはせん」
しっかりとした口調で、そう言った。
ほむらが黙していると、
「辞めたくなったか?」
ボスの声が、また聞こえた。
「いいえ」
考える前に、答えていた。
「続けさせてください」
言い終わって、脳裏に浮かんだのはまどかの顔だった。 - 212: 2011/07/06(水) 19:22:33.52 ID:Z8BMx8C4o
- ほむらはすぐに退院し、一日、休みを貰った。
これからもあんなふうに変態紳士と戦うのであれば、格闘中に外れてしまう危険性のあるメガネは不便であったので、
手術を予約し、それまでのつなぎにコンタクトレンズを買い、その後、街を散策することにした。
かようにしてこの世界のメガほむは、ほむほむへと変貌を遂げたのであった。
平日の街は人通りが少なく、代わりに仕事で走り回っている車が多かった。
忙しく動く街を、なにもすることがない身で眺めるのは、なにか変な気分を、そして見えない壁のような周囲との距離感を伴った。
しかし、周囲と自分との距離感は、昨夜の事を反芻するたびに強く形を持った実感としてほむらを襲った。
自分は昨夜、確かに人を殺した。
銃の反動が、生々しく体に残っている。 何度もやった射撃訓練の時のそれとは、全く別の重みを含んだ、全く同じ反動。
発砲したとき、後悔した気がする。
火薬の炎で、相手の顔が浮かび上がった気がする。
一瞬のことで、見たわけでは無いはずだが、何故かはっきりと想像ができる。
左目に当たって、何かが飛び散って、それから何発か、撃った気がする。
声も聞いた気がする。 言葉ではなく、声。 - 213: 2011/07/06(水) 19:23:47.35 ID:Z8BMx8C4o
- 自分の手を見てみた。 そこに拳銃の重みと、冷たさが蘇ってくる。
昨日は確かめる余裕がなかったが、射撃の後、銃は熱くなる。 その熱さが、人を殺せるエネルギーだと思う。
ほむらは自分の体温でも、人は殺せるのかも知れないと思った。
ふと、周りを見ると、信号待ちをしている商用バンが目に入った。
中のドライバーは、ハンドルを叩いてイライラしているようだ。
昨夜人を撃ったクセに、ほむらは今、全く静かだった。 イライラしている人間が、羨ましくさえある。
どうしてこんなにも静かなのかと思うが、そう考えることさえ静寂を破る、いけない行為のような気がして、
結局心は夜のように沈んで動かなくなる。 足だけが進んでいる。 - 214: 2011/07/06(水) 19:24:38.51 ID:Z8BMx8C4o
- ふと、自分の顔は、今どんなだろう、と考える。
ひどい顔だと言うことは見なくてもわかるが、問題はなにがどう、酷いのかということだ。
見てみたくなった。
見たらあまりの酷さに絶望するかも知れないが、
怖いと分かっているホラー映画を見たくなるときのように、絶望だって、してみたくなることがある。
ブティックのショーウインドウを見てみた。 自分の輪郭が写っている。
しかし、のっぺりと影のようで、表情が確認できる、とまでは行かなかった。
自分がのっぺらぼうだと思うと少し安心し、表情が見えなかった事で少しがっかりした。 - 215: 2011/07/06(水) 19:25:28.26 ID:Z8BMx8C4o
- 自分で見ることが出来ないのなら、今度は誰かに顔を見せたくなった。
「まあ、ひどい顔!」その声を聞いたら、安心するような気がした。
だけどすれ違う人々は、自分を気に留めなかった。
ひどい顔の自分に、昨夜、人を撃ったばかりの自分に、まるで気がつかない。
これじゃあ、未解決の事件が山ほどあるわけだと、ほむらは思った。
明日になれば、人を殺した実感も少し薄れるだろう。 顔もマシになるはずだ。
一週間も経てば、すっかり顔も元通りで、殺人者も周囲に溶けこんで、自分が人を殺したことすら忘れて、みんな元通りで。
でもそんな世の中は良くないと思う。
ほむらは自分の顔を晒すように歩き続けた。
これが殺人者の顔よ! よく見て! そんな風に。 - 216: 2011/07/06(水) 19:26:22.89 ID:Z8BMx8C4o
- 赤信号で、止まった。 横断歩道の向こう側に居る、信号待ちの歩行者を見る。
7・8名といったところか、数えるのも面倒だった。
一人ずつ、見ていくと、不意にほむらの静寂が、破れた。 ザワザワと、体中が騒ぎ出した。
血が巡りながら、血管を擦るその音までも、聞こえるような気がした。
まどかが居た。 信号待ちの、歩行者の中に。
ほむらは、俯いた。 逃げようと思った。 だけど逃げなかった。
賭けをしようと、思った。 ひどい顔の私だ、メガネも外した。きっとまどかは、私と気がつかないだろう。
だからそれに賭けて、思い切ってすれ違ってしまえ!
ほむらはわくわくと躍り出しそうな心の内を、必死で押さえ、信号が変わるのを待ち続けた。
まどかが私と気がつかなかったら、安堵するだろうか、それとも――
ほむらは、絶望してみたい自分を、感じていた。 - 217: 2011/07/06(水) 19:27:09.65 ID:Z8BMx8C4o
- 信号が、青になる。 まどかが歩き出すのが見える。
眼を合わせないように、視界の端にまどかを捉えながら、歩き出す。
うんと近くをすれ違ってやろうと思う。 まどかはきっと私に気がつかない。
気付かれずにすれ違うことが出来れば、まどかへの想いさえも吹っ切れそうな気がする。
仕事上の事とはいえ、人を殺した私は、もうまどかとは別の世界を生きているのだから、まどかを求めては、いけないのだ。
それを自分に刻み付けるために、すれ違って、気付かれずに絶望をする。
それでいい。
まどかが近づいてくる。 もう少し、あとちょっと――
「ほむら…ちゃん?」
顔を上げると、目が合った。 まどか。
「ほむらちゃんだよね…中学の時、一緒だった…」
ほむらは、動転した思考の収集をつけることを保留し、とにかく走りだしていた。 - 218: 2011/07/06(水) 19:27:43.18 ID:Z8BMx8C4o
- 「ほむらちゃん! 待ってよ! どうして逃げるの!?」
そんな事を言いながら追いかけてくる気配は、ほむらの全力疾走にみるみる引き離されて、すぐに感じられなくなった。
後ろを振り返ったとき、まどかは既にいなかった。
せっかく話しかけてくれたのに、どうして逃げてしまったのだろう?
後悔が胸を圧迫し、息苦しいほどだ。
胸のつかえを吐き出すように溜息を吐くと、同時に涙も溢れた。
『君、もう家には来ないでくれるかな』という鹿目知久の声と、昨夜の拳銃の反動が交互にほむらを襲う。
もう、まどかとは会ってはいけないのだと、思う。
だけどこうして逃げるのは、良くないとも思う。
次、まどかに会う日があれば、もう会えない理由をちゃんと説明をしよう、ほむらはそう、決心をした。
だけど一方で、その日は永遠に来ないで欲しいとも、思ってしまうのだった。 - 219: 2011/07/06(水) 19:28:39.66 ID:Z8BMx8C4o
- 「あなたは一体、何をやっているんですか!!」
野比は社長室に入るなり、両の拳を思い切り杏子の執務机に叩きつけた。
「何のことだい?」
杏子はしれっとしていたが、その傍らに立っている妹は、まるで自分が叱責されたように青ざめて縮こまっている。
野比は彼女を気にしながらも、煮えくり返っているハラワタを冷ます術を持たず、
「とぼけないで頂きたい!! さくら会見滝原支部に、店舗用地を3店舗分も買わせたのは、社長、あなたでしょう!!」
怒鳴った後、もう一度、執務机を殴りつけることに相成った。
杏子の妹は、殴られたのは自分であるかのようにギクリと体を硬直させ、震えながら充血した眼球を涙で濡らし始めている。 - 220: 2011/07/06(水) 19:29:17.33 ID:Z8BMx8C4o
- 「ああ、そうさ。 それが?」
居直り強盗のような杏子の態度に呆れ返り、野比はそんな相手と話をしている自分自身さえ阿呆らしく感じ、大きくため息を吐いた。
落ち着いたというよりは冷めてしまっていたが、役員を代表して社長室に来ているからには、きちんと要件を果たさねばならない。
野比は重い唇を動かし、何とか杏子に質問をし始めた。
「…何故、我々に何の相談もなく、用地を購入させたのです?」
杏子は答えるのも面倒だ、という態度で溜息を吐き、
「あんたらに相談しても、あれこれ議論をするだけで、ちっとも前に進みやしない。
社長であるあたしが決めたんだから、会社はそのように動くしか無いだろう? だったらそんな議論させるだけ無駄じゃないか?
それに、これはマミリーマートに対する騙し討ちの奇襲作戦だ。
敵を欺くには、まず味方からってね!」
そう答えた後、八重歯を見せて笑い、得意げにドヤ顔を作った。 - 221: 2011/07/06(水) 19:29:55.87 ID:Z8BMx8C4o
- 「もう、あなたにはついて行けない」
野比は、冷たく突き放すように言った。
杏子は腹心の部下の言葉に、心臓に冷水が掛けられたような寒気を感じたが、それを顔には出さず、
「なら、どうするって言うんだい? 辞表は受け取らないよ」
自分に決定権があるのが、当たり前だと言うように、サラリとそう言った。
「僕は、全役員を代表して、言ったのですよ?」
野比の顔には、憐れむような表情さえ浮かんでいるが、杏子は表情を変えずに、
「そんな事、今更言うまでもないだろう?」
ホワイトロリータを食いながら、しゃあしゃあとそう言ってのけた。
野比はその様子を見、物分りの悪い小学生を相手にした後のような、疲れきった溜息を吐いた。 - 222: 2011/07/06(水) 19:30:31.72 ID:Z8BMx8C4o
- 「分からないのなら、教えて差し上げましょう。 明日、そして明後日、何がありますか?」
「役員会と、株主総会だ。 会社が見滝原市進出を公にする。 総会屋への根回しはいいんだろうな?」
野比は杏子の言葉に、やれやれ、と、オーバーアクションで肩をすくめ、諭すように語り始めた。
「予言をして差し上げましょう。 あなたは明日、役員会で見滝原市進出を提唱し、猛反発を食らい、却下されるでしょう。
そしてあなたは社長を下ろされ、社長室付という肩書きの、一介の中堅社員に成り下がるのです」
その言葉の衝撃を受け、さすがの杏子もポーカーフェイスを貫き通せなくなり、立ち上がって、
「てめえ、黙って聞いていればペラペラとデタラメを喋くりやがって、あんまりなめた口聞いてると、ただじゃ置かねえぞ!!」
と、凄味を効かせたが、野比は一歩も引かず、
「ですから、ただじゃ置かないのはあなたの方なんです」
と、冷静を絵に描いたように応じた。
杏子の妹は震えながらすすり上げ、潤んだ瞳からは涙が流れだしていた。 - 223: 2011/07/06(水) 19:31:06.66 ID:Z8BMx8C4o
- 「おい! めそめそしてんじゃねえぞ!!」
怒り心頭の杏子が怒鳴りつけると、妹は緊張の糸が切れたように、ウェェン…と、声を上げて泣き出した。
「ぴいぴいうるせえぞ!! 便所にでも行ってやがれ!!」
妹が、しゃくり上げ、目をこすりながら社長室を出て行くと、杏子は流石に事の重大さが飲み込めたのか、
椅子に腰を落ち着け、追い詰められた表情になり、野比の方を見上げた。
「秘書に八つ当たりとは、感心しませんな」
話の流れとは関係の無い、余裕のようなものまで感じさせる野比のその言葉は、杏子を更に追い詰めた。
「そんな事はどうでもいいだろ。 教えてくれよ。 何が不満なんだ? あたしの方針が、間違っているはずはないだろう?」
逆転した立場を噛み締めながら、すがるように、聞いた。
野比は妹が退出した後の、急に弱々しくなった杏子の変化を見、
妹の前で叱責したのは間違いだったかも知れないという後悔に、我が身を絞めつけられた。 - 224: 2011/07/06(水) 19:31:52.21 ID:Z8BMx8C4o
- 「何度も申し上げております通り、我が社には見滝原市に進出する余裕がありません。 出すとしても現状、1店舗が限界です。」
「1店舗じゃあ、勝負にならねえじゃねえか!」
「場所を精査すれば、1店舗でも充分です。
社長がこだわっているのは、購入した用地から見て私にも分かりますが、マミリーマートとの真っ向勝負でしょう?
マミリーマート本社近くの、見滝原店、緑が丘店、見滝原2号店に、ぶつける形で用地が購入されていますからね。
しかしこれは、無謀というものです。 3店舗をむざむざ潰しに行くようなものだ!
会社の現状から、行くなら真っ向からの競争を避け、郊外の住宅地もしくはさくら会支部付近に、1店舗。
これで様子見をしてから、徐々に拡充していくしかありません。
一気に3店舗など、予算的に無理があるうえ、あの位置取りじゃあマミリーマートも全力で潰しに掛かってくるのは眼に見えています。」 - 225: 2011/07/06(水) 19:32:21.52 ID:Z8BMx8C4o
- 分かっている事であった。 しかし、と、杏子は思い、言った。
「しかしだな、これは正義の為の――」
「それが、最もよろしくない!」
杏子の言葉を遮り、野比が続ける。
「あなたがそう言い、行動に出るだろう事が分かりきっているから、
マミリーマートがそれを利用し、我々をおびき出し、弱体化させ、乗っ取ろうとしているのですよ!」
「マミリーマートが仕掛けてきた罠だって言う、根拠は!?」
杏子はどうせ根拠のない憶測だ、答えられる筈がない、と思って聞いたが、
「去年の秋、マミリーマートの幹部が私と接触し、社長が踊らされたメールと同じ内容の事を、伝えてきました。」
野比は、スラスラと答えた。 それは、あまりにも重い事実を、杏子に植えつけ、彼女を激高させた。
「どうして、それを今まであたしに伏せていたんだ!!」
「現にそれを知った今、あなたはマミリーマートに踊らされているでしょうが!!」
そう言い切った後で、野比は杏子が悔しさを表情に滲ませ、泣いている事に気がついた。
彼は立っているのも辛いほど杏子の涙に打たれたが、顔を背ける事はしなかった。 - 226: 2011/07/06(水) 19:34:32.54 ID:Z8BMx8C4o
- 「マミリーマートの役員は、僕の心を動かすようにメールと同じ内容の事を話し、
クウカイとの合併を仲介する用意があるとちらつかせ、
進出しれくれないと合併話は無しにすると脅して、再三、進出を急かしました。
僕は正直、その時進出に意見が傾きかけましたよ。
だが、社に持ち帰って、戦略担当の骨川君に相談したところ、
マミリーマートはそのバックボーンである海川グループがその気になれば、
クウカイと合併した我が社をも、見滝原市進出で上手く弱体化させることが出来れば、吸収することが可能で、
それが出来れば業界2位のローションを難なく抜くことが出来る、恐らくそれが狙いだろうと、試算してくれた。」
言葉の合間に野比が見る杏子は、泣きながら、その姿勢が徐々に崩れていくようで、見るたびに彼の胸は抉られるような痛みを訴えてくる。
「相手の裏をかき、自らの利に変える。 商戦というのは、悲しいですが、そういうものなのです。
僕らは、社長の、そういう正義感のあるところが大変好きですが、実際、正義で社員に飯を食わせることは出来ないのですよ。
だから僕は、心を鬼にして、申し上げます」
杏子は、真っ赤に潤んだ瞳を、野比に向けた。 - 227: 2011/07/06(水) 19:35:01.47 ID:Z8BMx8C4o
- 「あなたはまだ社長として、あまりにも未熟だ。
ですから進出の件は、役員会を開き、社長には伏せておくと、内々に決定していたのです。
どうしても、と、言うのなら、あなたを社長室付に降格し、1店舗だけ、新たに設置する権限を与えます。
その権限で、見滝原市進出を、ご自分の手だけで、やってごらんなさい」
杏子はスーツの袖で乱暴に涙を拭い、野比を睨みつけて、
「やってやろうじゃねえか! あんたらが土下座して、あたしに戻ってきてくれと頼みに来る日が待ち遠しいぜ!
あたしは必ず成功する! 必ずだ! 最後に愛と勇気が勝つストーリーってのは、そういうもんだからな!!」
はっきりと、宣言をした。
「あなたが進出するというのなら、接触してきたマミリーマート幹部への一応の義理立ては充分ですので、
そのマミリーマート幹部を通してクウカイとの合併話を進めますよ。 あそこの持っているサービスや自社ブランドは、魅力的ですからね。」
野比は当たり前のようにそう言って一礼し、社長室を出た。 - 228: 2011/07/06(水) 19:35:43.83 ID:Z8BMx8C4o
- 鹿目潰しの為の乱交宴会を開いた料亭で、久兵衛とその手足である役員達が、緊急の会合を開いていた。
その議題は、もちろん――
「おかしいのは、何故この時期に、ヘブンイレブンやローションまでもが逡巡する見滝原市への進出を、
あの業界4位で、我が社に売り上げで大きく水を開けられている筈のサークル杏がやろうとしているかですよ」
久兵衛が発した、この言葉に集約される。
「確かに、不自然だねえ…そしてあの無謀極まりない用地の購入の仕方…まるで我が社に喧嘩を吹っかけているようだよ」
穴子が、訝し気に腕を組みながら言うと、
「正社員から、アルバイトに到るまで、さくら会からの採用を一切していないことに対する報復措置かな?
さくら会はサークル杏の母体だから企業スパイが入り込むことを懸念して、あそこと関係のある人は入社を遠慮してもらっているんだ」
甚六が反応した。 しかし、
「それなら同業他社のすべてがやっていることだから、わざわざウチだけに喧嘩を吹っ掛ける理由にはならないよ」
勝雄がその意見を打ち消すと、各員、ウーン、と黙りこみ、しばしの間、こもったような静寂が訪れた。 - 229: 2011/07/06(水) 19:36:35.18 ID:Z8BMx8C4o
- 「…まあ、サークル杏については、今後その動き方をよく観察するとして、グリーフシードによる3例目の発狂者がでたそうだね」
久兵衛が話題を変えると、すかさず甚六が、
「見滝原2号店の、18歳のアルバイト店員だ。 天下りのパイプを使って警察にお願いをしたら、すぐに駆除してくれたよ。
我が社と警察とのお付き合いはかなり良好になってきていて、
今度我が社から、夜勤の警官に夜食を配達するシステムを考案し、それによって消費期限切れの弁当をスムーズに廃棄しながら、
警察との付き合いを更に良好なものにして行こうというつもりさ。
だから警察沙汰については、各員心配は無用だよ」
警察官が一名殉職したことなど知らせる価値もないと踏んで省略し、得意げに報告をした。
「いやあー、心強い限りだねえ。 援交もやりたい放題じゃないか!」
鱒雄が満足そうに、満面の笑みで頷きながらそう言ったが、久兵衛は何かが引っかかっているような気がしていた。
「もしかしたら、グリーフシードによるぶっ続けをサークル杏が知ってしまったのかも知れないねぇ…
あそこは企業倫理にかーなり厳しいからねぇ…そうなら、ああやって喧嘩を吹っ掛けるように進出してくるのも頷けるんだが…」 - 230: 2011/07/06(水) 19:37:40.01 ID:Z8BMx8C4o
- 憶測でしか無い穴子のその言葉の中の、
「企業倫理」という言葉が、奥歯の間に挟まったような久兵衛の引っかかりを、瞬時に氷解せしめたような気がした。
「企業倫理といえば、鹿目常務ですよねえ…」
一同が、はっとしたように顔を見合わせた。
冷たい沈黙が通り過ぎる。
「…まさかあ、いくら鹿目君でも、そんな事は…」
鱒雄が引きつった顔で笑い飛ばそうとしたが、
「いや、鹿目君ははっきりとぶっ続けを止めさせようという意思に満ち溢れているじゃないか。
現に今も、定期的に役員会で文句を付け続けている。
サークル杏を我々にけしかけ、あそこが馬鹿みたいに法令遵守しているのを見せつけ、
それを役員会でのぶっ続け批判のタネにしようと踏んでいるんじゃないのかねえ」
穴子は、もう詢子がサークル杏を利用していると決めつけているようだ。 - 231: 2011/07/06(水) 19:38:12.26 ID:Z8BMx8C4o
- 「鹿目常務は相変わらず邪魔ですが、確証が持てない今の状態ではいたずらにそう決めつけて動くわけには行きませんね。
彼女と、サークル杏については引き続き監視を継続するということでよろしいですか?
この件に関しては、僕も動いてみますので」
久兵衛がそう締めくくると、
「それじゃあ僕は、鹿目君の周囲を探ってみるよ」
と、鱒雄が、
「僕はさくら会からサークル杏について」
と、勝雄が、
「それじゃあ僕は、天下りのパイプから、警察や政界、官僚たちを通して、業界全体の動きを探ってみるよ」
と、甚六が、それぞれ引き受け、サークル杏や詢子の動きを注視することと相成った。 - 232: 2011/07/06(水) 19:39:00.46 ID:Z8BMx8C4o
- 「穴子専務はこの件、どうします?」
久兵衛が問いかけると、穴子は申し訳なさそうに、
「みんな済まないが、僕の方はちょっと退っ引きならない仕事があってねぇ…コイツに全力を傾注しなければならない。
力になれなくて、本当に、済まないねぇ…」
と、謝したのに反応し、
「それでは、その仕事の内容というのだけ、教えては貰えないでしょうか?」
久兵衛がすかさず問うた。
「社長命令でね、あのクウカイをいつまでもごねさせてないで、
とっとと吸収できる段取りをつけろということで、坊主達を脅しに京都に行かねばならないのだよ。
社長は海川グループ発足当初に、ローションの母体である財閥系商社の六ツ菱商事にずいぶん虐められたことをまだ根に持っていてね、
ローションを抜くことが我が社の至上命題だとうるさいんだよ。 そのためにはクウカイを吸収しちまうのが、一番手っ取り早いんだ」
「そうでしたか…成果の方を、期待しております」
「ああ、久兵衛君も、期待しているよ」
この日は真面目な会合であったので、乱交は抜きで解散となった。 - 233: 2011/07/06(水) 19:40:04.42 ID:Z8BMx8C4o
- この夜も、鹿目家付近の電柱の陰に、暁美ほむらの姿があった。
「あ、お義母さんが帰ってきたわ。 今日も遅くまで、お勤めお疲れ様です」
ほむらは小声でそう言って、自分に気がついていない鹿目詢子にペコリと頭を下げた。
扉を開けて詢子を出迎えたのはタツヤを抱いた知久と、エプロン姿のまどかであった。
温かい家族の風景が、ほむらには眩しかった。 彼女は既に、孤独の身であったからである。
「まどか…」
まどかが最後に扉を閉め、後はほむらを独り残して、温かい家族の団欒が家の中で始まったようだった。
今日、まどかに話しかけられた。 彼女は自分の事を認識し、同じ世界の住人として、コミュニケーションを取ろうとしたのである。
それは彼女が、同じ世界のものであることを、触れることさえ出来る存在であるということを、ほむらに再認識させた。
その事実は、今までまどかを絶ってきたほむらの忍耐を、その継続の末に構築された壁のようなものを、一挙に瓦解せしめた。
そしてそれらの事実を了解したほむらは、強烈にまどかを欲しはじめたのであった。 - 234: 2011/07/06(水) 19:40:30.24 ID:Z8BMx8C4o
- しかし、壁を構築してから経た歳月そのものが、その残骸の先に茫漠たる未開の荒野を形成しているようで、
そこに歩み出すことの叶わぬほむらは、ただただ、電柱の陰で忍び泣く意外に自らの行動の可能性を見いだせなかったのである。
昨日までは、見ているだけで幸せであったのが、この先ずっと、見ているだけしか出来ぬことの絶望と、戦わねばならなくなった。
しかしほむらは、逃げることが出来なかった。 戦い続けるしか、方策がなかった。
あの時、賭けた。
まどかに気付かれなかったら、絶望して終りにしようと。 そしてその賭けは裏目に出た。
ほむらは意に沿わず生じた希望に縛り付けられ、次の日もその次の日も、来る日も来る日も、
まどかとの間に広がった距離を噛み締めながら、涙を流す因果を背負ったのであった。 - 235: 2011/07/06(水) 19:41:12.96 ID:Z8BMx8C4o
- 次の日、新社長就任を明日に控えた野比は、再び詢子と会合を開いていた。
「我々はあなたを完全に信用するまでには至らなかった。 それ故、進出は1店舗が限度でした。
我が社の現状と重ね、どうか理解していただきたい」
「いえ、動いて頂けただけでも、ありがたい事だと思っております」
詢子はそう言ったが、当初の案とはかけ離れすぎたサークル杏のアクションに、内心忸怩たる思いであった。
購入された店舗用地は3店舗分。 しかし現実に建つのは1店舗で、杏子は社長の座から引きずり降ろされるという。
野比と彼女との間にゴタゴタがあったのは確かだろう。
そして現実、サークル杏は1店舗を切り捨てることによって、クウカイとの提携という、最大の旨味を得ることが出来る決定を行った。
その立役者たるこの野比という男は、まさしく商売人であった。
しかもその必ず潰されるであろう1店舗は、杏子が自らの責任において設置運用するという。
それはつまり、最悪の場合であるが、見滝原進出失敗の責めを杏子に負わせ、正義感のある彼女を会社組織から追放し、
宗教色の薄くなったサークル杏の企業倫理観がマミリーマートのそれに近いものになるのではないかという懸念が払拭できないのである。
詢子は、してやられたかな、と思った。 - 236: 2011/07/06(水) 19:42:06.69 ID:Z8BMx8C4o
- 「この3つのいずれかの場所に、1店舗のみということでしたが、それでは我が社におけるほぼ最良の店舗群との競争にさらされ、
失礼ですが半年も持たないかも知れませんが、その後はどう言った見滝原市での戦略を持っているのかお教え願います」
詢子は問うたが、
「我が社の戦略を、同業他社の役員であるあなたに言う義理まではないでしょう」
予想通りの返答であった。
詢子は、クウカイ社長の、サークル杏への親書を渡すことをはっきりとためらっていた。
これでは、利用されただけではないのか――
「あなたの倫理観溢れる行動に敬意を表して、一つだけお教えしましょう」
野比の言葉に、詢子はすべての知覚を集中させるように、体中のセンサーを瞬時に彼の方に向けた。
「これから先の戦略、それは僕にも分からないのです」
集中が拡散し、眩暈のように疑問がのしかかって来る。
この男は、何を言っているのか――? - 237: 2011/07/06(水) 19:42:51.31 ID:Z8BMx8C4o
- 「負けを知った後、当社の佐倉は、再進出か、それとも諦めると言うか…あなたなら、どちらだと思いますか?」
詢子の胸に、希望の温かみが流れこむようだった。
「私は――」
しかしそれを遮って、野比が放った言葉。
「彼女は、負けを一度も知らない人間だ。 手痛い敗北を喫したら、もう立ち直れないかも知れない。
商売人としての側面を成長させすぎ、正義を忘れてしまうかも知れない。
僕にも、こればかりは読めんのですよ。
だけどね、僕は、彼女が負けを知って成長した後、もう一度社長をやってもらおうと思っている。
僕は、自分が社長の器ではないという事は、よくわきまえているつもりだからね」
詢子は、杏子に会ったことがあるわけでは、無かった。 だが――
「私は、御社の佐倉氏を、信じます。 必ず再進出してくれるものと、確信しております。」
詢子は、その思いを託すように、弘法3世からの親書を野比に手渡した。
「何度も言いますが、それはどうか、わからないですよ」
野比の顔から、緊張がほぐれた。 初めて見る表情だと、詢子は思った。 - 238: 2011/07/06(水) 19:43:52.06 ID:Z8BMx8C4o
- 季節が巡り、冷たい風が吹きすさぶようになっていた。
杏子は降格して社長室付となり、数名の部下とともに新店舗設置予定の見滝原と、本社のある下部暮とを往復する日々を過ごしていた。
「社長、クウカイが合併に合意したそうです。 来年度の下半期から新会社サークル杏クウカイが立ち上がります」
杏子の下に配属された若い社員が驚喜して、長らく使われていなかった小会議室にある、彼女の平社員用のスチール製執務机の前で報告した。
「あのなあ…」
「なんでしょう、社長」
「あたし、もう社長じゃあねえんだけど…」
若い社員はうっ、と一瞬固まったが、すぐに勢いを盛り返し、
「社長は社長です! だいたい何ですか、社長室付って? 言いづらいんですよねえ…!
サークル杏の社長は、あなたを置いて他にはいませんよ!!」
さくら会宗祖の娘である杏子は、そのカリスマ性で社員たちから絶大な支持を得ており、未だに彼女を社長と呼ぶ者が後を絶たなかった。 - 239: 2011/07/06(水) 19:44:19.35 ID:Z8BMx8C4o
- 「…じゃあ社長でいいや!」
「その意気です!」
「お前、今日から社長代理な」
「え?」
杏子は立ち上がり、社長代理を命ぜられ、唖然としている平社員を一瞥し、
「あたしは見滝原へ行く! 留守はあんたに任せるからな! 秘書を呼べ!」
命じた。
「い…いや、あの…これからクウカイの役員が本社を訪れ、合併に伴う諸々の調整の為、会議が開かれるのですが…
オブザーバーとして出席したほうがよろしいのでは…?」
「おう、そうか。 社長代理、出席の方をよろしく頼むな。 帰ったら目を通すから概要を報告書にまとめておけ」
「いや…その…あの…私は平社員ですから…役員会議は…そのう…」
「あたしだって社長室付とか言う、あって無いような身分なんだ! その代わりが平社員だろうがなんだろうが関係ないだろ!
それに今のあたしの仕事は見滝原に店舗を作ることだけだ! 分かったら秘書を呼べ!」
「は…はいい!」 - 241: 2011/07/06(水) 19:45:44.25 ID:Z8BMx8C4o
- 期せずして社長代理になってしまった平社員が出ていった後、少しして杏子の妹が入ってきた。
「なあに…お姉ちゃん…?」
「見滝原に行く。 ゲルトルートホテルを、一週間予約してくれ」
妹は、少し咳き込んだ後、
「分かりました…」
弱々しく言った後、出て行こうとしたのを、杏子が呼び止め、
「そうだ、現地の社員たちに激を飛ばすための、スピーチの草稿を作ったから、チェックしておいてくれ。
そんで店舗の建設を視察した後、さくら会でも少し仕事をしよう。 りんご園も見に行きたいから、時間をやりくりしとかないとな。
現地の奴らと調整し、明日までにそれらのスケジュールを組んでおいてくれよな」
「…分かりました…」
妹がふらふらと部屋を出た後、杏子は出張の準備に取り掛かった。
杏子は降格されてからも衰えを見せるどころか、更にワンマンぶりを遺憾なく発揮するようになり、毎日がこの調子であった。 - 246: 2011/07/07(木) 19:51:55.06 ID:vOL+EVpUo
- 第八章 激動
「ばっかもーん!!」
クウカイとの合併交渉に失敗し、手ぶらの帰社をした穴子に、耳がキンキンと痛むほどの波平の叱責が襲いかかった。
「穴子君、君は一体何をしに京都まで行ったのだ? 寺でも観てきたのかね?」
穴子は脂汗に溺れそうになりながら、
「申し訳ありません…」
震える声で謝罪した。
「クウカイとの合併が白紙に戻った今、わしが社長在任中に、ローションを抜く手立てはあるのか?」
なじるような波平の質問に、穴子は内心、そんな事知るか、と思いながらも、
「…全力を尽くす所存です…」
あくまで低姿勢で応じた。 - 247: 2011/07/07(木) 19:52:22.48 ID:vOL+EVpUo
- 「だいたい、我々より格下のサークル杏に合併話を持っていかれるなど、どういう事なんだね? 京都であった事を説明したまえ!」
波平が興奮を抑えこむように腕を組み、革張りの椅子にふんぞり返りながら、言い放った。
「いや、もう、どんなに圧力をかけても、ただのらりくらりとかわし続けられ、ある日突然合併はサークル杏とすることになったと言われ…」
「ばっかもーん!!」
穴子のしょうもない報告に、また波平がぶち切れた。
その後、30分以上に及ぶ波平の小言を聞き流しながら、穴子は京都で自分が舐めた屈辱の味を反芻していた。 - 248: 2011/07/07(木) 19:52:55.20 ID:vOL+EVpUo
-
… - 249: 2011/07/07(木) 19:53:47.42 ID:vOL+EVpUo
- 穴子がクウカイ本社に到着して感じたのは、この企業を説き伏せるのはちょろいものだろうという楽観であった。
経営が行き詰まっているクセに、どこにも緊張感が感じられなかったのである。
それは問題が解決したか、ただ単に企業自体が無能の集まりであるかのどちらかであることを示している。
勿論問題が解決したなどという情報はどこにもなく、クウカイという会社の成り立ちを考えると、
日本全国にあり、壇家から無尽蔵にカネを搾り取る寺がバックに付いているという一見、安定型の体制であった。
それに甘えきり、無能の集まりになっているからこそ、
経営は火の車であり、同業他社が吸収の機会を狙っている状況にあるのだということが、恐らく飲み込めていないのであろう。
「マミリーマート、専務取締役の穴子です」
「よう来はりましたなあ、粗茶でもいかがどす?」
応じたのはクウカイの専務、智泉3世であった。 - 250: 2011/07/07(木) 19:54:24.93 ID:vOL+EVpUo
- 「お茶なんか出している余裕がおありですかな?
聞いたところによると、あなた方のチェーンの経営はかなりの行き詰まりを見せているとかで、
もうそろそろ、我々のような大会社の軍門に下ることも、念頭においておいたほうが賢明であると言うことですがねえ」
穴子の脅しとも言える忠告であった。会談ののっけからこのような重い話題を浴びせかけると、大抵弱い会社はグロッキーするのである。
しかし、
「まあまあ、そうビジネスの話ばかりではお疲れになりますやろ。
宇治茶の上質なのがありますよって、
今、たてて差し上げましょ。 しばしお待ちいただけませんですやろか?」
智泉3世は穴子を茶室に案内し、手順に従ってゆっくりと抹茶をたて、穴子が一気に飲み干すのを待ってから、
「それでは私は所要がありますので」
と言って、次回の会談の日程と場所を一方的に押し付け、居なくなったのであった。 - 251: 2011/07/07(木) 19:55:19.62 ID:vOL+EVpUo
- それからは、寺巡りであった。
珍念とか言う案内の坊主と、智泉3世とが穴子を会談と称して著名な寺に連れ出し、
珍念のガイドで、まるで観光さながらであった。
穴子がビジネスの話を持ちかけると、
「そんな話より、この大層美しい庭をみてみなはれ――」
と、そんな具合であり、一向に話は進まないのであった。
そんな時である。 サークル杏社長となっていた野比と出会ったのは。 - 252: 2011/07/07(木) 19:55:57.70 ID:vOL+EVpUo
- 「これはこれはマミリーマートの穴子専務。 サークル杏の野比です」
苔寺とか言う、ジメジメした寺を観光していたときのことであった。
穴子は同業他社の社長が直々に京都入りをしていたことに驚いたが、何とか平静を取り繕って、
「おやあ…サークル杏の野比社長、あなたもクウカイを欲しがっているのですかな?」
聞いたのだが、
「僕はただの観光ですよ」
あっさりと流されたので、毎日の寺巡りでストレスが溜まっていた穴子は、格下の会社をいじめてやろうと、
「そういえば君のところはあの杏子ちゃんとか言うガキを社長から下ろしてから、ずいぶんマトモになったみたいじゃないかねえ?
僕達もうかうかしていられないよねえ…さっさとクウカイを吸収して、無謀にも見滝原に進出するという君たちサークル杏を迎え撃つ体勢を取らなきゃあねえ…」
嫌味たっぷりに牽制をしてやった。
穴子は自分たちのところが手こずっているのだから、格下のサークル杏がクウカイをモノに出来るなどとは、露程も思っていない。
それにサークル杏の母体はキリスト教系の新興宗教団体であり、
仏教系であるクウカイとは、最も近付きづらい組織であるという考えもあった。 - 253: 2011/07/07(木) 19:56:38.14 ID:vOL+EVpUo
- 「ほう、あなた方がクウカイを吸収するのですか! それは羨ましい限りだ! 僕達じゃあ、吸収なんてとてもとても…!」
今になって考えて見れば、野比は大袈裟に驚いた格好をし、そう言ったのだが、大規模な企業の後ろ盾を得、有頂天になっていた穴子は、
「ハハハッ、サークル杏とは規模が違うよ、君ぃ!」
傲頑に笑い飛ばし、言い放ったのであった。
野比はマミリーマートさんにはかないませんなあ…とか言って恭しく一礼し、消えていった。
穴子は格下の会社を虐め、交渉が全く進まなかった今までの鬱憤が少しでも紛れたのに気を良くし、
寺を見物してから、帰路の車内で吸収を断るなら倒産しかないと坊主を脅し、ホテルに帰ったのであった。 - 254: 2011/07/07(木) 19:57:19.43 ID:vOL+EVpUo
- ホテルに付いて、シャワーを浴びていたら、携帯が鳴った。
「もしもし、穴子だが」
「穴子専務ですか? クウカイ吸収合併の話ですが、どうなっています?」
久兵衛であった。 彼らしくもなく、焦っているようであった。
「まあ、京都流の、のらりくらりと結論を伸ばすやり方にてこずってはいるが、どうしたんだい? そんなに慌てて…」
「サークル杏が、クウカイとの合併を画策しているらしいんです…」
穴子は、京都に来ていた野比のことを考えて背筋が凍るような思いをしたが、藁にもすがる思いで、
「そんな事ってあるのかね? キリスト教系の奴らが、仏教系のクウカイと合併などと、馬鹿な事が…」
ひきつる顔を何とか作り替え、形ばかり笑い飛ばしたが、
「どうもこの合併話に、鹿目常務が一枚かんでいるらしいのです。
見滝原進出の見返りに、クウカイと結びつける…ありえない話ではないと思います」
トドメのような久兵衛の言葉に、穴子の血の気が引いていくようであった。 - 255: 2011/07/07(木) 19:58:04.25 ID:vOL+EVpUo
- その後、すぐに車を飛ばしてクウカイ本社を訪れ、社長である弘法3世を問い詰めると、彼は当たり前のように、
「合併はサークル杏さんとすることにいたしましたわ。
彼らはあんたがたと違い、新しい店舗名にクウカイの名を残してくれはるし、
なにより京都、奈良など我々のお膝元の店舗は、サークル杏の名前を出さずに、
今まで通りクウカイとしてやっていけるとまで言ってくれはったんやから、ありがたい事ですわ」
穴子は、目の前が真っ白になっていく己の視界に、平衡感覚をぐらつかせ、その場にヘタリ込んだ。
「おやおや、お客さん、お茶でもいかがどす?」
ぶち切れた穴子は、場所もわきまえずに「要らん!!」と叫んで、ホテルに戻り、
「くおおおおおおっ!! 畜生!! 畜生!! ちーくしょーう!! 鹿目えええええっ!!」
合併がうまく行かなかったのは自分が完全体では無かったからだと、キャラ違いの自責にかられ、
自室で転げ回りながら、詢子への怨嗟を呻き通したのだった。 - 257: 2011/07/07(木) 19:59:30.62 ID:vOL+EVpUo
- 穴子は見滝原に帰ると、社長に会いに行く前に、すぐさま久兵衛と接触を持った。
「情報が遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
久兵衛は狼狽しきっていたが、穴子は彼を叱責する気にもならなかった。 それより気になっていたことは、
「僕はこの失敗で降格になるのかね?」
と、自らの保身であった。
「それに付いては僕や河豚田専務が根回しをしておきます。 それより鹿目常務の事は、社長には言わないようにしたほうがいいでしょう。
彼女への報復は、今夜料亭で、僕らの秘密会議で話し合うのです」
「当然僕もそのつもりだよ。 会社の決定事項は料亭での秘密会議後に、漸くあの老害に下ろすことにしているんだ。
身内が他社に塩を送ったなどと言うことを社長に話すと、大袈裟に騒ぎ出したりするかも知れない。
そんな無様なところや、役員から裏切り者が出るような社内の状況を新聞記者なんかに嗅ぎつけられたら、
我が社の株価はどうなるか分かったもんじゃないからね」
それだけ確認をすると、久兵衛は頷いて、穴子を社長室に押しやったのであった。 - 258: 2011/07/07(木) 20:00:23.15 ID:vOL+EVpUo
- 「久兵衛さんですね?」
穴子との話し合いを終え、今回の事態の火消しに走り回っているとき、
後ろから自分を呼び止める声に振り返ると、最初に視界に飛び込んできたのは警察手帳であった。
「おやおや、可愛い刑事さんが、僕に何の用だい?」
「見滝原署性犯罪担当の暁美と言います。 少しお話がしたいのですがよろしいでしょうか?」
久兵衛は穴子の保身のため必死だったが、気を取り直し、警官に声をかけられている状況に有り得ない程のリラックスモードで、
「デートのお誘いなら、喜んで」
陰茎を勃起させ、ニヤニヤしながらそう答えた。
「デートでもなんでも構いませんが、質問に答えていただけますね?」
ジョークの通じない女刑事の顔を見、久兵衛は歳に似合わぬその冷たい目から、この女は人を殺したことがあるな、と、気が付いた。
性犯罪担当の若い警官が人を殺したとなると、その相手は変態紳士しかいない。
捜査の手が回ってきたのだと、久兵衛は思ったが、だからどうなるものでもなかった。 - 259: 2011/07/07(木) 20:01:06.41 ID:vOL+EVpUo
- 「はいはい、何ですか?」
久兵衛は余裕をぶっこいてあくび混じりにそう答えた。
「マミリーマートでの常軌を逸した時間外労働と、労働者が服用しているジーエス、と呼ばれている薬剤についてお聞きしたいのですが」
「僕は知らないね」
ポーカーフェイスで即答した久兵衛だったが、
「滝ノ台中条店の店長から、あなたが20時間労働の契約をアルバイト店員と交わし、錠剤を渡していたという供述を得ておりますが」
暁美巡査も無表情で応答した。
久兵衛は滝ノ台中条店の、気の弱そうな店長の顔を思い浮かべ、
今夜にも、リンチした後おもりを付け、港に沈めてカニの餌にしてやろうと思った。 - 260: 2011/07/07(木) 20:01:52.76 ID:vOL+EVpUo
- 「全く身に覚えが無いねえ…僕みたいなスーパーバイザーは、雇われ店長どもにずいぶん忌み嫌われているからね。
連中、何かマズイ事があるとすぐ僕らの名前を出すんだ。
僕らも本社では下っ端扱いでねえ、ずいぶん苦労しているっていうのに、酷い話だと思わないかい?」
同情を誘うように言った久兵衛の言葉を無視し、暁美巡査は、
「とにかく、詳しく話を聞きたいので、署まで同行願います」
任意同行を求めたが、久兵衛は、
「僕も忙しくてねえ…署まで来て欲しいんだったら、ちゃんとした令状なり書類を揃えて来てくれよ。 それが出来るなら、だけどね」
余裕たっぷりにそう答え、悠々と歩いて行った。
ほむらはその様子を見、コイツが一枚かんでいるに違いない、と確信した。
変態紳士はほむらが殺処分した3例目からぷっつりとその出現を途絶えさせていたが、
3例を調査し、その全てがマミリーマートのアルバイトであることを突き止め、
ほむらが独自に動いた結果、滝ノ台中条店店長がゲロし、今日、久兵衛にたどり着いたという次第だった。 - 261: 2011/07/07(木) 20:02:54.85 ID:vOL+EVpUo
- 「暁美君、君、今日マミリーマートの社員に任意同行を求めたそうじゃないか」
ほむらが署に戻るなり、ボスに呼びつけられ言われたのがこの言葉だった。
ほむらは、ついさっきのことを何で知っているのかと、不気味な不自然さを感じた。
「変態紳士の事件に当該社員が関係していると思い、話を聞いてみようと…」
「熱心なのはいいが、そう言うのはねえ…謹んでもらわないと」
ボスは責めるような口調と態度を持って、ほむらを圧した。
「しかし――」
「こういう捜査はね、腰をすえてやらねばならない。
我々も裏付けを進めていたのだが、今日君が独断で動いてしまったことにより、それが相手に知られてしまったかも知れないんだよ」
反論を遮られ、叱責された内容に、ほむらは一理あると思った。
ボスに対する、申し訳ない気持ちと、自分の軽はずみな行動を後悔する気持ちが混ざり合い、
ほむらは自分が小さくなっていくような気分だった。 - 262: 2011/07/07(木) 20:03:34.44 ID:vOL+EVpUo
- 「申し訳ありませんでした。 以後、このような事が無いよう、気を付けます」
「まあ、君が熱心なのはいい事だ。 問題はそれが行きすぎてしまったという所にある。 つまり、誰も悪くないのだ。
というわけで今後は、きちんと足並みを揃えるために、捜査に関しては僕の指示意外では動かないようにして欲しい。 いいね」
なにか処分があるかと肝が冷えたが、寛大なボスの言葉に、ほむらは彼に対する尊敬の念が温かく胸の内に生じるのを感じていた。
「了解しました。 今回の件を報告書にまとめてありますので、ご一読下さい」
ほむらは報告書のデータが入った記憶媒体を、ボスの机に置いた。
「分かった。 これからも頑張ってくれ。 君には大いに期待しているからな」
ほむらはこみ上げる嬉しさに、顔が綻ぶのを必死に堪えながら一礼し、ボスのデスクを離れた。 - 263: 2011/07/07(木) 20:04:14.43 ID:vOL+EVpUo
- マミは、マンションに帰るとすぐ、紅茶を淹れ、独りぼっちで飲み始めた。
しかし、焦りのような、緊張のような、胸を締め付ける悪い予感に味も香りも相殺され、一口すすった後は、
ただただ、その琥珀色の温もりが次第に冷めていくのを眺めているだけであった。
潰れそうな胸に溜め息で抗うが、そのたびにのしかかる重苦しい沈黙と虚しさに、夕暮れ時の外の景色のように、心が暗く沈んでいく。
今日、久しぶりに本社の監視員が店の様子を見に来たが、それは久兵衛ではなかった。
その時胸に植えつけられた何かが、マンションに帰り、独りになった瞬間に芽を出し、胸を締め付けながら成長していくようであった。
久兵衛はどうしたのだろうか?
――転勤? ――配置換え? それとも――何?
誰も答えることが出来ない疑問は、心を沈める重みとなって沈殿していく。
そして自分が久兵衛のことを全く知らないのだという事実が、さらなる重みとなって、のしかかる。 - 264: 2011/07/07(木) 20:04:52.78 ID:vOL+EVpUo
- 寂しいのは、いつもだった。
家に帰れば、いつも独りだったからだ。
しかし久兵衛が居なくなってしまったかも知れないという事実がそれに加わると、
世の中そのものに捨てられたような、孤独以上の、絶望が襲ってきたのだった。
それは親戚に体を売るように言われたときの、あの絶望と等質であった。
マミは昨日、看板娘を辞める手立てを見出した。 それを今日、来るはずだった久兵衛に伝えようと思っていた。
さやかの友達で、鹿目まどかと言ったか――彼女こそ、看板娘にふさわしい逸材だった。
人事のことは店長に相談すればいい筈だったが、何故か言えなかった。 久兵衛でなければいけない気がした。 - 265: 2011/07/07(木) 20:05:32.90 ID:vOL+EVpUo
- 契約の時、久兵衛が言ったのだった。 男っけがあると、看板娘としてはあまりよくないと。
それは器用な方ではないマミにとって、看板娘で居続ける限り、異性とは付き合うことが出来ないという事に等しい条件であった。
だが、代わりが見つかった――そう伝え、異性との付き合いが可能になった自分を見て、久兵衛がどういう反応をするのか、見てみたかった。
見てどうするのかはわからなかったが、とにかくそうしたい衝動がマミの中に凄まじかった。
しかし、久兵衛がいないとなれば、それは叶わないのか――そう思うとまた、急速にすべてがヤケクソに堕するような絶望に襲われる。
――でも、と思う。
でも、明日は来てくれるかも知れない。 何事も無く、いつもの久兵衛が、ひょっこり現れるかも知れない。
今日来られなかったのもきっと、風邪を引いたとか、そんな理由だろう。
どうして今日、久兵衛の代わりに来た監視員にそれを聞かなかったのだろうと思う。
そして明日、店長に久兵衛のことを聞いてみようと思う。
それを聞いたら、安心出来るはずだ。
マミは、いつの間にか流れていた涙を拭って、冷めた紅茶を飲み下した。 - 266: 2011/07/07(木) 20:06:03.99 ID:vOL+EVpUo
- 夜、いつもの料亭で久兵衛を除く役員達が、会合を開いていた。
「久兵衛君は、何故遅れているんだい?」
「野暮用、って言っていたけど…」
社長から叱責され、その怒りが尾を引いている穴子の問いに甚六が答えたが、その後はまた、沈黙が場を支配した。
彼らもまた、久兵衛を待っているのであった。
彼が来ないと、話が進まない。 最早久兵衛の存在感は、そこまでになっていたのであった。
障子の開く、音。 一同の視線が吸い寄せられた。
「やあ、待たせたね。 始めようか」
「久兵衛君、今日の遅参は――」
噛み付くような、穴子の問いを遮り、
「今日、刑事にいろいろ聞かれてね、その後始末さ」
久兵衛の放った言葉に、一同が緊張した。
「事情聴取されたのかい?」
甚六が、ありえない、というふうに問うたが、久兵衛はまあそれはおいおい、と言って、話題を変えた。
「まあそれはおいおい…伊佐坂常務、一連の動きについて、説明をお願いしますよ」 - 267: 2011/07/07(木) 20:06:36.99 ID:vOL+EVpUo
- 甚六が、一息付いてから、報告を始めた。
「サークル杏進出について、それからあそこがクウカイと提携したことについて、
それらはすべて、鹿目常務の手引きであることが判明してしまった」
それを聞いた一同は、苦虫を食わされたような顔つきになった。
「鱒雄さんに調べてもらったところ、鹿目詢子が常務昇進を果たした一昨年からとりあえず去年まで、彼女が休暇を取った日を精査したところ、
その理由に家族旅行、とあるのが6日分あったが、
見滝原中学校に問い合わせたところ、彼女の長女はいずれの日も登校していることが判明した。」
「つまりズル休みだったということさ」
鱒雄がいつもの調子で、ニコニコと注釈を入れたが、それが場を和ませるには、雰囲気は悪すぎた。
「それでね、僕の方で鉄道会社から防犯カメラの映像を、
警察経由で借り受け、チェックしてみたところ、どんぴしゃり、鹿目常務が写っていたんだ。
彼女は一人で京都行きの新幹線に乗り、京都駅で降りているところまで確認出来た。
なんと彼女は、ズル休みを使って、泊り込みで1回、日帰りで3回、京都に行っている事が判明したんだよ!」 - 268: 2011/07/07(木) 20:07:25.79 ID:vOL+EVpUo
- 甚六が興奮気味に続けようとしたが、それを勝雄が遮り、
「僕の方でサークル杏を探ってみたところによると、見滝原進出も、合併話も、うちの役員が手引きしたという事だった。
その時応対したのは当時専務だった野比のび助ただ一人で、
彼と接触したといううちの役員については彼以外誰も知らないみたいだったけど、もうそれが誰なのかなんて考える必要も無いよね」
腹立たしさを顕に、言った。
「それは僕の方で調べた事柄とも一致し、すぐに京都出張中の穴子専務に情報を流したんだけど、
結局、既にサークル杏とクウカイは合併に関する話し合いを完了させていて、専務には無駄足をさせてしまいました。
先の会合の際、専務がカンを働かせ、鹿目常務が怪しいとおっしゃったとき、
彼女を拉致監禁し、リンチしてでも吐かせていたら状況は違ったものになっていたかも知れないのに、
僕の中にも、まさか身内がそこまでするはずがないという甘い考えがあり、こんなことになってしまった。
これは僕のミスでもあり、穴子専務には多大な迷惑をかけてしまった。 それについて、深くお詫びいたします」
久兵衛がそう言い、深々と、穴子に頭を下げた。 - 269: 2011/07/07(木) 20:08:03.12 ID:vOL+EVpUo
- 「それで、これから一体、どうするのだね?」
穴子も、自分の保身のために動いてくれた久兵衛には辛く当たることが出来ず、興奮を抑えつけるように言うと、久兵衛は面を上げ、
「その前に、少し話題が脱線しますが、よろしいでしょうか?」
問うたが、穴子はその無表情を一瞥し、取り繕うような威厳を持って黙殺した。
久兵衛はずぶとい神経でそれを肯定と受け取り、穴子に謝っていた先程とは打って変わったおぞましい表情を作り、続けた。
「実は今日、可愛らしいデカに任意同行を求められましてねえ…
何でも滝ノ台中条店の店長がぶっ続けとグリーフシードについて、その女刑事にゲロしたらしくてですねえ…
適当にあしらって、その後天下りの社員に連絡して、見滝原署の方に釘を刺してもらっておいたから何とか大丈夫でしょうが、
流石にこう言う事はちょっと困るので、伊佐坂常務、今度からは口の堅い人間に店長をやってもらうようにしないと、困りますよ」 - 270: 2011/07/07(木) 20:08:44.33 ID:vOL+EVpUo
- 久兵衛から脅しを掛けられた甚六は、緊張した面持ちになり、
「ああ、分かった。 滝ノ台中条店の店長にも、よく言っておく――」
「その必要は無いね」
話を遮られ、えっ? と、停止した甚六に、ニヤリと不気味に顔を歪めた久兵衛が続ける。
「滝ノ台中条店店長ね――彼、もう居ないから」
一同の顔が、青ざめて引きつった。
「…どういう事かな…?」
何とか口を動かし得たのは、勝雄であった。
「今頃は港の底で海の生き物達の餌になっているんじゃないのかな?」
その一言に、再び冷たい緊張が広がった。
先程久兵衛に対し、尊大に構えていた穴子すら、土のような顔色に、脂汗の玉を浮かべている。 - 271: 2011/07/07(木) 20:09:37.34 ID:vOL+EVpUo
- 久兵衛は事の重大さを、役員達が飲み込んだのを確認してから、また語りだした。
「いいかな、僕達は、はっきりとヤバいことをやっているんだ。
天下りを受け入れたから大丈夫とか、そういうデタラメは、もうやめたほうがいい。
僕の方でグリーフシード代謝物質の解毒剤を開発し、今のところ発狂する社員は居なくなったが、
解毒剤使用後の個体は体が弱っているのか働きは鈍くなるんだ。 それに非正規労働者は使い捨てが一番だから、
サークル杏の事が一段落したら、この解毒剤、使うのを止める事にするよ。
そうなった時、警察がいつ、牙を剥いてくるか分からない。 今日のデカみたいのも居るしね。
さっき天下りパイプを通じて情報を仕入れたところ、あのデカはよほど嗅覚がすごいらしくてね、だいたいのスジは掴んでるみたいなんだ。
天下りどうこうと言っても、証拠を押さえられてしまえば、パクられるしか無いからね。
何が言いたいかというと、グリーフシード関係の組織は会社から離し、僕の方で一手に引き受けるようにする、ってことさ。
僕ならカタギじゃないから、警察のあしらい方も慣れているからね。
その上で、会社はそのサポートという形で、天下りなり、何なりで警察や役所をなだめておいて欲しい」
一息付いて、久兵衛が座をぐるりと見渡すと、静寂の中に各員がゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
確認するように穴子に顔を向けると、小さく頷いて、久兵衛がグリーフシード関係を一手に引き受ける話を、肯定しているようだった。 - 272: 2011/07/07(木) 20:10:57.81 ID:vOL+EVpUo
- 会社としても、スキャンダルの種を抱えているより、久兵衛のような一個人に押し付けてしまえるならそうしたい話だった。
抑えていたはずの警察が動いたとなれば、尚更である。
「異論は無いようだね。
それでは、天下りの人脈を活用し、発狂者の駆除だけは、警察にやってもらえるよう、お願いしてもらえるかな?」
それを聞いた甚六が乾いた声で、分かった、と言った。
「それで、本題なんだけど――」
一同が、久兵衛にヒリついた視線を向ける。
「――鹿目常務の事は、我慢の限界だ――」
久兵衛はそう言って、ニッコリと微笑み、彼女に対する報復の決定を、おぞましい言葉にし、周囲にばら蒔いた。
今更ながらに実感した、自分たちの罪に圧倒されている役員の誰もが押し黙り、彼に対して異論を唱えるものは、一人として居はしなかった。 - 273: 2011/07/07(木) 20:11:47.53 ID:vOL+EVpUo
- 次の日、杏子は見滝原に到着して、すぐに雑居ビルの一室に構えている現地事務所に顔を出し、数名の社員たちに演説をぶちあげた後、
来年早々にオープンする予定の、店舗の建設を視察していた。
「すごい…もうほとんど完成しているのね」
妹が寝不足の、色の悪い顔に精一杯の喜びを浮かべ、言った。
「おう、本来は3店舗で協力し、マミリーマートの客を分散させる方針だったが、
設置可能なのが1店舗だけとなると、他店と少し離れている、緑ヶ丘店と競合するこの場所しか無かった。
ぐるりと車を巡らせてみたが、利便性はマミリーマート緑ヶ丘店より、このサークル杏見滝原店の場所のほうが断然いい。
何とかいい勝負になるとあたしは踏んでいるんだがな…」
杏子は腕を組み、自らが発案した最良の方針である3店舗同時進出は出来なかったものの、与えられた条件の中でアイデアを振り絞り、
その結果、決定したこの1店舗で、充分な勝負ができる筈だろうという不確かな自信を、何とか裏打ちし、自分に言い聞かせるように言った。 - 274: 2011/07/07(木) 20:12:31.63 ID:vOL+EVpUo
- 「いやあ、なんだろうね、この宗教っぽい色使い…この街の景観とは相容れない、おかしな建物が出来上がるみたいだねえ…」
周囲の人間に聞かせるような、大げさな声が上がった方を見ると、色白な、あくどい顔をした青年と目が合った。
彼は杏子たちを確認するなりニヤニヤしながら近寄ってき、
「君たちかわいいね。 僕と契約して、マミリーマートのアルバイト店員になってよ」
杏子の事を知ってか知らずか、ぬけぬけと言った。
「あたしら、あんたの言うこの宗教っぽい色使いのおかしな建物の関係者でね…」
杏子が妹をかばうようにし、その男を睨みつけ、押し戻すように言うと、男は大げさな身振りで驚愕を表し、
「ほーっ! それじゃあ君が、この見滝原に進出するという無謀な決断を行ってサークル杏社長を下ろされた蛮勇、佐倉杏子氏だね?
いやはや、経済誌の写真で見るよりさらにお美しかったものだから、気づかなくてねえ、申し訳ありませんでしたねえ…」
杏子の無能っぷりをその美貌と対比させ、周囲に披瀝するように大声を出した。 - 275: 2011/07/07(木) 20:13:21.63 ID:vOL+EVpUo
- 「うるせえ! 無謀かどうかは、結果を見ねえとわからねえんじゃねえのか?」
思わず大声を上げた杏子に、胸に久兵衛というネームプレートを付けたその青年はまた大げさなジェスチャーで身を縮め、
「ヒイ! 怖い怖い…社長を下ろされて、イライラしているのは分かるけど、八つ当たりされちゃあ敵わないねえ…」
そう言って、こそこそと逃げていった。
「何だ、あの胡散臭そうな野郎は…」
杏子はそう言って視察を続けたが、一介の平社員でしかなさそうな久兵衛に、
まるで重役のような存在感が感じられるのが不気味でならなかった。
「お姉ちゃん…私あの人…怖い……なんか、ヤクザみたいじゃない?」
杏子は妹のその言葉を黙殺したが、その脳裏には、昔、さくら会が小さな新興宗教団体でしか無かった頃の記憶が蘇っていた。 - 276: 2011/07/07(木) 20:14:05.28 ID:vOL+EVpUo
- 教会に逃げこんでくる人々――その多くは、金銭の悩みを抱えており、彼らの後を追うように、決まって借金取りのヤクザ者が教会を訪れた。
杏子の父は、ヤクザを決して中に入れず、借金まみれの者たちを匿い続け、
彼らに施しを与え続けていたから、みるみる教会は貧乏になり、杏子の一食がリンゴ半個の時もあったほどであった。
空腹に加え、昼夜を問わず押しかけてくるヤクザの荒々しい声に、杏子も妹も疲れ、怯えきっていたのだった。
妹も、その時のことを思い出しているに違いなかった。
いつしか杏子の感じていたそのひもじさや怯えは、怒りとなって弱い者いじめをするヤクザ者たちに向けられていったのである。
「あんなのが跳梁跋扈している状況なら、マミリーマートが悪の企業だってのも頷けるな。 ことさら許せねえぜ。 全力でぶっ潰す」
「お姉ちゃん…」 - 277: 2011/07/07(木) 20:14:55.38 ID:vOL+EVpUo
- 心配そうな視線を向ける妹に、杏子は安堵を促すように微笑みかけ、
「さくら会は、いつも弱い者たちの味方だったじゃないか。
そのさくら会が母体となったあたしらサークル杏が、悪の企業を打ち砕かなくてどうするのさ?
あたしらが見滝原を見捨て続けていたら、さくら会までもが冷たい団体だって思われちまう。
だからあたしらはここに来るしか無かったのさ。 野比達は単なる商売人だから、そこら辺が分かってねえ。
あいつらが進めているクウカイとの合併もいいけどさ、その前に、サークル杏最後の仕事として、この進出だけは、何とか成功させなきゃな」
キッパリと、自らの想いのほどを宣言した。
「うん、頑張ろうね」
妹は表情をほころばせてそう答えたが、内心では正義にこだわりすぎ、社長の座を追われ、ヤクザ者の脅しを受け、
荒れ狂う風圧にたった独りで揉まれているような姉が痛々しく、どこまでも心配であった。 - 281: 2011/07/08(金) 20:44:56.81 ID:aFtyudIGo
- お買い物してたら遅くなった…それじゃあ再開。
- 282: 2011/07/08(金) 20:45:35.80 ID:aFtyudIGo
- 第九章 報復
ほむらは、先程パトロール終了の報告をし、今日も独り、まどかの家を電柱の陰から監視中であった。
「まどか…良く見えないわ。 今日は何をしているのかしら?」
部屋の中に居るまどかは、時々動いているのがカーテン越しの影となって確認できるが、
覗きに使うカーテンの隙間は狭く、位置取りが少しでもズレると、
このようにもぞもぞ動く影だけでは何をしているのかわからないのであった。
隣の電柱に移動し、角度を変えてカーテンの隙間からまどかの行動を確認しようと、ほむらが動きだそうとしたその時、
黒塗りのセダンが鹿目家前に停止し、中から素早く、黒ずくめの男2名が飛び出してきた。
「…何かしら!? お客さんにしては変だけど…」
男が二手に分かれ、一人が裏口に向かったとき、ほむらはゾクリと冷たい感覚に震え、駆け出したい衝動に駆られたが、
『もう家には来ないでくれるかな』そう言った鹿目知久の言葉がほむらの筋肉に制動をかけ、彼女は一瞬、行動を遅らせた。 - 283: 2011/07/08(金) 20:46:15.73 ID:aFtyudIGo
- 男の一人が玄関のチャイムを鳴らした。 ほむらはそれを見て、漸く駆け出した。
男がインターホンのマイクでなにやら言っているのが見える。
すぐに扉が開き、出てきたのが知久だったのを見、ほむらの動きがまた、鈍った。
男は懐から何かを取り出し、知久は唖然とそれを眺めていた。
ほむらの中の、嫌な予感が形を作った。 冷たい、鉄の形。
間に合わないと判断し、「危ない!!」と、ほむらが叫んだ瞬間に、
プシュッ、とガスが抜けるような音に、シャコーン、と、ブローバックの機械音が重なりあう、
サイレンサー付き自動拳銃の発砲音が響き、知久は支えを無くした人形のように倒れこんだ。
ほむらはホルスターから、変態紳士駆除用に支給された、サイレンサー付き自動拳銃を取り出し、
彼女の声に驚いたように振り返ったその黒ずくめの男に、躊躇なく鉛弾を撃ち込んだ。 - 284: 2011/07/08(金) 20:46:53.47 ID:aFtyudIGo
- 「お、お巡りが居るなんて、聞いてねえぞ!!」
その声に振り返ると、黒セダンの運転手であろうチンピラが、ヒイ! と言ってそのまま車を発進させ、逃げていった。
言い争うような声がし、ほむらがしまった、と思い、急いで鹿目家に侵入したとき、ダイニングルームから、
サイレンサーに火薬音を消され、ブローバックの音だけになった発砲音がカシャン、カシャンと二発、聞こえた。
ほむらがダイニングの扉を開け放つと、仲間だと思ったのか、黒ずくめがニヤリと彼女を見上げた。
その顔がほむらを認めて引きつった瞬間、彼女の体に響く反動とともに、黒ずくめは絶命していた。
「お義母さん!! タツヤくん!!」
ダイニングでは詢子と、タツヤが血みどろで倒れている。
生存が絶望視されるとほむらが判断した時、倒れた詢子がううっ…と、転がるのが見え、ほむらは彼女の方に駆け寄った。 - 285: 2011/07/08(金) 20:47:19.55 ID:aFtyudIGo
- 「お義母さん! 大丈夫ですか!?」
詢子は薄目を開け、震えながら血に濡れた胸を抑え、ぎこちなく呼吸をしていた。
「…タツヤは…」
「タツヤくんは、大丈夫ですよ!」
とっさに衝いて出た嘘であった。 詢子はそれをはっきりと感じ取ったらしく、
「あんた…嘘が下手だねえ…」
最期の力を振り絞るように、引きつった笑顔を作った。
そして、首にかけられていたペンダントを引きちぎり、震える手で、それをほむらに差し出した。
それが何かはわからなかったが、ほむらは反射的に両手で詢子の手を包みこみ、頷いた。 - 286: 2011/07/08(金) 20:47:45.87 ID:aFtyudIGo
- 「…あんた…警察だろ…? ホントは…信用出来ないけどな…嘘が下手な奴に…悪い奴は…居ない…から…」
詢子はそう言って、大きく溜息を吐いた後、
「まどか…」
娘の名を呼び、ゴボリと血を吐いてこと切れた。
「…まどか!」
ほむらは署と救急に連絡して2階に駆け上がり、まどかの部屋の扉を叩き、
「警察です! 大丈夫ですか!? 開けてください!!」
そう叫んだが、一向に返事はない。
ほむらはまた寒気に震え、それに抗うように、思い切って扉に体当たりを掛け、開け放った。 - 287: 2011/07/08(金) 20:48:37.08 ID:aFtyudIGo
- 「…まどか…!」
まどかのベッドが膨らんで、震えている。
ほむらは駆け寄って、布団を被っているまどかを優しく撫でたが、彼女はビクっと体を硬直させ、さらにガクガクと震えだした。
「まどか…私よ…暁美ほむらよ…あなたを助けにきたの…」
ほむらが優しく語りかけると始めて、まどかは涙に濡れた顔を恐る恐る布団から覗かせ、
「ほむら…ちゃん…?」
と、反応してくれた。
「そうよ、暁美ほむらよ。 警察官になって、あなたを助けに来たのよ」
安心させるようにそう言うと、まどかは無念そうに目を閉じ、涙を頬に追いやって、うっうっ…と嗚咽し、
「ほむらちゃん…パパが…パパが…」
と、また泣き出した。 - 288: 2011/07/08(金) 20:49:11.56 ID:aFtyudIGo
- ほむらはまどかのその様子に、見てしまったのか…と、辛い気持ちに襲われた。
自分が、楽園追放事件の事にこだわって行動が遅れたせいで、知久始め、まどかの家族が死なねばならなかったのかも知れないと思うと、
ほむらは自分を責める意外に気持ちの整理のつけようを知らなかった。
「ママは…? タツヤは…?」
ほむらは、まどかの問いには答えられず、ただただ、震えるその体を抱き寄せる事しか出来ない自分を呪った。
「酷いよ…こんなのあんまりだよう…」
そしてまどかは、そんなほむらの様子にすべてを察知し、また、悲しみをぶちまけるように、ほむらの胸で泣き声を上げた。
「嫌だあ…もう嫌だよ…こんなの…うわあああああん…」
ほむらはまどかを抱きしめる、その手に力を込めることしか出来ない自分の無力を重ねて呪い、いつしか、その顔は涙に濡れていた。 - 289: 2011/07/08(金) 20:49:54.13 ID:aFtyudIGo
- まどかを保護し、署に戻ったほむらは、すぐさまボスに呼び出された。
「何故君は事件があったとき、その場にいたんだね?」
一家惨殺事件に居合わせ、殺されていたかも知れない娘を保護したというのに、そんな自分を責めるような苛立たしげなボスの言葉を聞き、
ほむらは猛烈な違和感に眉をひそめ、以前感じた尊敬の念はその違和感の中に、瞬時に掻き消えた。
警察は信用が出来ない、と言った詢子の最期の言葉が蘇ってくるようであった。
「あそこは、旧友の家でしたので、仕事帰りに寄ってみようと…」
「まあいい、君はパトロールの後でもあることだし、疲れているだろうから今日は一旦帰りたまえ。
また明日、状況について詳しく聞く事にしよう」
まるでほむらが居続け、捜査に加わると邪魔であると言わんばかりの口調であったが、
署に連れてきたまどかの事を考えると、自分ばかりが仕事を続け、彼女をほったらかしにしておく訳にも行かなかったので、
「了解しました」
と言って、引き下がることにした。 - 290: 2011/07/08(金) 20:50:20.81 ID:aFtyudIGo
- 「まどか、帰りましょうか」
ほむらの声に反応し、向けられたまどかの顔は、未だ涙に濡れ続けている。
「おうちに、帰れるの?」
ほむらは首を左右に振り、待合室の長椅子に腰掛けていたまどかに視線の位置を合わせるように屈み、
「まどかのおうちは今、捜査が行われている最中だから帰れないの。
だから不便だと思うけど、しばらくは私のおうちであなたを保護することにしたわ。 もしあなたがよければ、だけど」
そう言って、確認するようにまどかを見やると、彼女は視線を重ね、小さく頷いて了承してくれた。
「じゃあ、帰ろっか」 - 291: 2011/07/08(金) 20:51:05.05 ID:aFtyudIGo
- ほむらがまどかの手を取り、彼女を立ち上がらせようとした時、
「ねえ、罰なのかな…これって」
まどかが小さく、そう呟いた。
「きっと私が怠け者で、働かないで家でお嫁さんごっこなんかしてたから…罰があたちゃったんだ…」
自分を責めるまどかの声は、ほむらの胸にグイグイと食い込んでくるようであった。
「それは違うわ!」
ほむらは自らの無力を振り払うように、はっきりと言った。
「まどかのせいなんかじゃないわ。 悪い奴がいて、みんなそいつらのせいなの。
捜査が進めば、真相がきっと暴かれるわ。 まどかのせいなんかじゃないの…だからそんなに自分を責めたりしないで…」
まどかは泣きながら、うん…うん、とか細い声で返事をし、頷いていたが、その声の響きは、はっきりと自らを責めており、
ほむらはまどかが声を上げる度に、その胸を強く打たれた。 - 292: 2011/07/08(金) 20:52:14.60 ID:aFtyudIGo
- 久兵衛は、鹿目家皆殺しが失敗したことを知り、突沸する感情に突き動かされ、手近にあった壁を思い切り殴りつけた。
「なんでいるはずのない警察官が現場にいたのかなあ!?
しかも聞くところによると、またしてもあの暁美ほむらだと言うじゃないか!!」
普段は表情を動かさない彼であったが、サークル杏関連で失敗が続き、そのピークを迎えていた苛立ちが、ここに来て爆発したのだった。
彼に事の成り行きを報告した、黒セダンの運転手のチンピラは震えながら、
「で…でも生き残ったのは未成年の長女ただ一人って言うし…大丈夫じゃないですかね…」
そう気休めを言ったが、久兵衛は彼を鬼のような形相で睨みつけ、
「そんな事言わなくても分かっているさ! だけど僕はね、自分の思い通りに事が運ばないと、とてもイラつくタチなんだよ!」
怒鳴った。 チンピラは最早、何も喋ることが出来ず、ただただその場で震えているばかりである。
久兵衛は、サークル杏に嫌がらせをすることによって何とか苛立ちを抑えようと、脳みそをフル回転させ、その方策を考え始めた。 - 293: 2011/07/08(金) 20:53:00.12 ID:aFtyudIGo
- 「さあ、入って」
ほむらはまどかを連れ、ほむホームに帰宅していた。
まどかが涙に濡れた声でうん…と言って玄関に入り込むのを確認し、ドアの鍵を下ろしたその時、
――まどかを閉じ込めたわ!
己の悪魔の部分の囁きがはっきりと胸の内に生じるのを聞いたが、ほむらはその心に生じたボヤをすぐさまふみ消した。
ほむらは勝手がわからずおろおろしているまどかをとりあえず居間に連れていき、
「今、お布団を用意してくるから、ここで待っていなさいね」
と言ってソファに座らせると、寝室に直行し、オナニーの為にそこに置いてあるまどかの写真を片付け、布団を敷いて居間に戻った。
ほむらが戻ると、まどかは失った家族の名を呼びながらむせび泣いており、
それを見たほむらは再三、その悲しみがまるで自分の事のように心に染みこんで刺激するのを感じた。 - 294: 2011/07/08(金) 20:53:32.72 ID:aFtyudIGo
- 「…今日は疲れているから、もう寝ましょうね」
コクコクと頷いて、ほむらに抱き起こされて立ち上がり、力なく歩き出すまどかを見ても、
ほむらの中の変態的な欲望は封じられていた。
ほむらは寝室に着くなり、まどかを自分のベッドに寝かしつけた。
「…ほむらちゃんのベッドじゃないの…?」
「まどかはお客様だから、そこでいいの。 私はお布団に寝るわ」
「でも…涙でシーツが汚れちゃうかも…」
「洗えばいいことよ」
そう言ってしまった後で、どす黒い自分の内面が、「洗う気なんて無いクセに…」と、囁くのを聞いたが、
ほむらはその声をまた胸の中で圧殺した。 - 295: 2011/07/08(金) 20:54:01.79 ID:aFtyudIGo
- 「少しお仕事をしてくるわね」
まどかがベッドに入り込むのを確認し、ほむらはそう言って立ち上がり、寝室を出た。
ほむらはホッと胸をなでおろした。
今はまどかの悲しみに当てられているから大丈夫だが、少し落ち着いた後、自分の中にどんな恐ろしげな欲望が生じるのか、
それを考えただけでほむらは恐怖し、その場におれなかった。
悲しみをたたえたまどかの泣き声が、寝室から漏れ出している。
それは、ほむらを寄せ付けないバリアーのようで、彼女はいたたまれなくなり、逃げるように自室に入っていった。
「ん…?」
何気なくポケットに突っ込んだ手に、金属の感触が触れた。
取り出してみると、死に際に詢子が自分に託したペンダントであった。 - 296: 2011/07/08(金) 20:54:41.90 ID:aFtyudIGo
- 「お義母さんの形見だもの…後でまどかに返さなくちゃね…」
そう言いながらも、そのペンダントのヘッドがフタ付きの、中に物を入れるタイプのものであったことが、ほむらの興味をそそった。
気づくと彼女は、半ば反射的にそのフタをこじ開けてしまっていた。
中にあるのは家族の写真か何かだと思ったが、小さく切ったテープに貼り付けられたそれは、記憶媒体のようであった。
「これは…」
ほむらはそれを取り出し、次の瞬間、迷わずパソコンに挿入していた。
データの内容は、マミリーマートの社内秘で、グリーフシードと呼ばれるクスリによる20時間労働と、
その結果生じる発狂者について細かく記されており、警察や、厚生労働省からの天下り社員の名前と絡めて、
マミリーマートが事件のもみ消しを図っていることなどまでかなり詳細に記されており、
絢子がそんな社風を何とかしようと、サークル杏をクウカイと結びつけ、見滝原に誘致しようとしていたこと、
そしてその結果、会社を追われてしまうかも知れない、という内容の手記まであった。
彼女も殺されるとまでは思っていなかったのだろうと、ほむらは居たたまれない気持ちに襲われた。 - 297: 2011/07/08(金) 20:55:19.45 ID:aFtyudIGo
- そのデータの中で、久兵衛という平社員が、役員達を利用し、様々な悪の組織を作っているのだという事実に、ほむらは目を止めた。
全てはほむらの予測したとおりで、詢子のデータは、それよりさらに一歩、踏み込んだ内容であった。
なにより恐ろしかったのは、天下りなどの関係構築を通じて、警察もこの事件に加担しているということだった。
ボスの事件に対する曖昧な態度と、余裕たっぷりであった久兵衛の様子…
そして変態紳士の殺処分がすんなりと通り、サイレンサー付きの自動拳銃がすぐさま支給されたことは、
詢子の最期の言葉――警察が信用できない――それに集約されているのだった。
詢子は、嘘が下手であったほむらの人柄を予想し、それに賭けてこの資料を託したのだった。
しかしほむらは、真実を前にして、そしてそれを包み込む組織の強大さをまじまじと感じ、我を忘れ、肉体も精神も、しばしその身動きが取れなくなった。 - 298: 2011/07/08(金) 20:55:51.57 ID:aFtyudIGo
- 翌朝、ほむらは鼻をくすぐる朝食の匂いで目を覚ました。
目をこすり、しばし放心した後、漸く自分があの後、自室の机で寝てしまったことに気が付いた。
慌てて下に降りると、まどかがスクランブルエッグを作ってくれていた。
「ほむらちゃん、おはよう。 キッチン勝手に使っちゃった」
「お…おはよ…」
ほむらが寝ぼけた脳を持て余し、泣きはらした目のまどかを見ていると、
彼女はてきぱきと料理を皿に盛り付け、ダイニングのテーブルに運んでくれた。
「ほむらちゃん、どうぞ、召し上がれ」
「えっ…ああ…いただきます…」 - 299: 2011/07/08(金) 20:56:22.85 ID:aFtyudIGo
- 起きたらすぐに食事の用意が出来ている、という今までに無かった状況に思考を停止していたほむらは、
まどかに言われて、初めてスクランブルエッグを口に運び、
「美味しいわ!」
反射的に、感嘆の声を上げてしまっていた。
「…私、こんな事くらいしか出来ないから…」
まどかはそんな事を言っているが、あまりの美味に、瞬時に頭が冴えてしまい、
今の状況を了解してしまったほむらは、顔を赤らめて俯き、黙りこくってしまった。
――これじゃあ、まどかが私のお嫁さんになっちゃったみたいじゃない!!
その考えがスイッチとなり、暴れ始めた欲望を抑えつけるため、ほむらは脳内に生じたその言葉を、脳の片隅深くに封印した。 - 300: 2011/07/08(金) 20:57:06.10 ID:aFtyudIGo
- 警察署に着くと、すぐに昨夜のことを聞かれたが、ほむらは聞かれたことにだけ、最低限の返答をした。
まどかの一家を襲った事件は、単純に物取りの犯行と言う事で話が進められているようであり、
グリーフシードによる変態紳士の事件も、3例とも、別個の事件として、容疑者死亡でだらだらと捜査が行われている。
それらの事件の関連性を知ってしまったほむらであったが、警察は信用ができない、という詢子の最期の言葉を胸に、
素知らぬ顔で、捜査状況を見守っていた。
その行為は、家族を失って涙にくれるまどかの姿をフラッシュバックさせ、ほむらを苦悩させた。
だがしかし、迂闊に動いてしまえば自らがまどかの家族のように消されてしまいかねない状況であり、
真相を知る自分が居なくなってしまうことは、避けなければならぬ状況でもあったし、
なにより、今自分が居なくなるということは、まどかを、今度こそ本当に孤独の闇に放り込む行為なのであった。
優秀な警官であったほむらは、今、組織を観察し、どうやって捜査の方向を真実に向けていくかを考えるべきだとふみ、
まどかの泣き顔を思い出し、焦りそうになる自分に何とかブレーキを掛けながら、
雌伏の時を、歯を食いしばりながら過ごすことに決めたのであった。 - 301: 2011/07/08(金) 20:57:39.01 ID:aFtyudIGo
- まどかの家族の通夜、葬儀の準備を手伝うため、ほむらが早退の準備をしていたとき、
「やあ、暁美刑事。 暇しているかい?」
気安そうなその声の方を振り返ると、すべての黒幕であるその男が、ニコニコしながら立っていた。
「あなたは…」
その男――久兵衛は、はっきりと睨んでいるほむらの目付きなど物ともせず、
「今マミリーマートではね、『お巡りさんありがとう運動』ということで、新鮮なお弁当を届けるサービスをやっているんだけど、
何か他に、僕達優良企業にお手伝いしてほしいことがあったらなんなりと言って欲しいんだよね。
というわけでご意見、ご要望をこの紙に書いて、あちらに目安箱を設置しておくから、それに入れておいてくれるかなあ」
昨夜人を殺させたであろうことなどおくびにも出さずにしゃあしゃあと営業活動に勤しんでいる。
ほむらは腹の底から殺意が燃えたぎってくるのを感じていた。 - 302: 2011/07/08(金) 20:58:31.05 ID:aFtyudIGo
- 「あなた方に、何かしてほしいだなんて思っていないわ」
ほむらは突っぱねるように言ったが、久兵衛はそれを意にも介さず嫌らしく歪めた顔をグイ、とほむらに近づけて、
「冷たいねえ…君とはもっと仲良くしたいんだけどねえ…」
脅しのような口調で言った。
睨み返すと、冷たい視線同士が交錯し、パチッと火花が散ったようであった。
「なかなか威勢がいい感じだけどねえ…お役所仕事ってのは、そんなふうだと長続きしないよ。 まあせいぜい頑張ることだねえ」
久兵衛はそれだけ言って、帰り際にすれ違った婦警の尻を触り、おっと失礼、とか言いながら消えていった。
ほむらは、これから始まるであろう久兵衛との長い戦いを予見し、急に目の前が真っ暗になる様な気分に襲われたが、
まどかの悲しそうな顔が脳裏を走り、その顔を、笑顔に戻す為ならどんなに長期戦になろうとも、と、戦い抜く決意を新たにした。 - 303: 2011/07/08(金) 20:59:09.51 ID:aFtyudIGo
- 年が変わり、それから2ヶ月ほど経ったその日、杏子は下部暮市にあるサークル杏本社内の、
小会議室を利用した彼女のオフィスにあるスチール製執務机にて、ロッキーを咥えながら放心していた。
サークル杏見滝原店は、惨敗に終わった。
それも非常にえげつないやり方で。
それは、サークル杏見滝原店が開店したその日から、既に始まっていたのだった。 - 304: 2011/07/08(金) 21:00:01.90 ID:aFtyudIGo
-
… - 305: 2011/07/08(金) 21:01:00.61 ID:aFtyudIGo
- その日、杏子は開店したばかりの見滝原店を視察していた。
「くそう! お客が来ねえじゃねえか…」
すると、爆音と共に大量のバイクが駐車場に押しかけてきたのである。
「来た!!」
歓喜して杏子が外を見ると、様子が少し違っていた。
旭風防やロケットカウル、シボリハンドル、段付きシート…そしてそんな下品なマシンに乗っている人間はすべてがノーヘルであった。
暴走族達は、駐車場にデタラメに単車を止めるなり、バーベキューや鬼ごっこ、
ビリーズ・ブートキャンプ、そして囲碁など、思い思いの時間を過ごし始め、一般客が入って来られない様な状況を作った。
「な…なんだあいつら…おい、警察だ!!」
杏子がそう言うやいなや、暴走族が店内に入ってき、
「わしらはお客じゃけんのー。 警察とは何やあ?」
と言い、ティロルチョコやうんまい棒など、安い商品を手に取り、しかもそれをレジに持っていくでもなく店内をうろつき、
次第にエロ本コーナーに固まっていき、立ち読み防止のテープを勝手に破り、読みながらセンズリまでもを始める次第であった。
「てめえら、あたしらの店で何やってるんだ! 止めろ!!」
杏子が必死に暴走族たちにつっかかって行ったが、
「なんじゃあ、オネエちゃんが相手してくれるんかあ?」
と、暴走族達は勃起した陰茎を顕に、杏子を犯そうとするのを店員たちが必死で守り、這々の体でホテルに逃げ帰ってきたのだった。 - 306: 2011/07/08(金) 21:01:56.90 ID:aFtyudIGo
- ホテルの部屋に着くと、妹がベッドに寝転がっていた。
「おい、昼寝なんかしてる場合かよ!」
杏子は妹を叩き起こし、
「暴走族が見滝原店を乗っ取りやがった! 悪質な嫌がらせだ!
さっき警察に通報したが、どうもうちには協力したくない感じらしい! きっとマミリーマートが汚い手を使ってやがるんだ!
さくら会見滝原支部に頼んで、自警団を結成してもらおう! 手配を頼む!
あたしは本社に戻って事後の対応を協議するから、戻るまでこっちで窓口役をやってくれ」
一息にそう命じたが、妹は立ち上がろうとし、ベッドから転げ落ちた。
「おい、寝ぼけている場合じゃねえっての!」
杏子がそう言いながら妹の手を取った瞬間、
「あちっ!!」
湯を沸かしたヤカンのようなその体温に、杏子は思わず手を引っ込めてしまった。 - 307: 2011/07/08(金) 21:02:38.34 ID:aFtyudIGo
- 「おねえちゃん…」
妹はよろよろと立ち上がろうとしたが、
「ひでえ熱じゃねえか! 救急車呼ぶから寝てろ!」
杏子はそう命じながら、畳み掛けるように悪化する状況に、
体中に浮かび出る冷や汗によって自らの体温がみるみる下がっていく気がしていた。
「おねえちゃん…ごめんね…ごめんね…」
ベッドで仰向けになりながら泣き出した妹の顔は、熱があるくせにロウのように血の気がなく、
頬はそげ、まるで死にゆくもののそれであった。
そして弱々しく涙に濡れて吐き出される悲痛な謝罪は、杏子の胸に深く抉り込まれ、かき乱すようであった。
「もう喋るな!! 寝てろって!!」
思考が動転していた杏子は、とにかく耳障りなその口を塞ごうと、大声を出し、直後、冷たい後悔に打ち震え、沈黙した。 - 308: 2011/07/08(金) 21:03:17.13 ID:aFtyudIGo
- 妹を病院に送った後、杏子は自分が空っぽになったかのような虚脱感にさらされた。
しかしすぐに我に帰り、現地の社員たちを招集し、対応を協議したが、
店に暴走族が入り込んだ時のショックに重ね、妹が居なくなった事実が喉元を締め付け、
溺れたような感覚に、最早何をやってもダメなのではないかと、弱気になっている自分をひしひしと感じていた。
そしてなにより彼女に引導を渡したのは、本社に報告に戻ったとき、父親に言われた言葉であった。
『人を倒れさせるまでこき使うとは、正義などと大層な事を言いながら、お前がやっているのはマミリーマートと同じ事ではないか!』
ずしりと、重たかった。
そしてその重みに従うように、杏子は転げ落ちていく己を感じていた。
それは暴走族やヤクザ、浮浪者などが連日詰めかけ、アルバイトも逃げ、
店長もノイローゼになっていったサークル杏見滝原店の凋落と、あたかも連動しているかのようであった。
かようにして、サークル杏見滝原店は開店後2ヶ月を待たずに撤退を余儀なくされたのである。
- 309: 2011/07/08(金) 21:04:15.30 ID:aFtyudIGo
-
… - 310: 2011/07/08(金) 21:04:45.52 ID:aFtyudIGo
- 唾液を吸ってもろくなったロッキーが、杏子の口元で折れ、机に落ちた。
視界に映る天井の模様が涙で滲み、照明の明かりと混じり合う。
自分さえも溶けていく気がする。 すべてを涙にとかしてしまう投げやりな気持ちに、傾きそうになる。
杏子は立ち上がった。 これからどうしようかという方策があるわけではなかったが、とりあえず立った。
涙を拭うと、室内のすべてがはっきりと目に入った。
溶けていたのは、ぼやけていたのは自分だけだと、気が付いた。
部屋を出て、廊下に歩みだした。 力強く、歩を進めた。
向かう先は、社長室だった。 - 311: 2011/07/08(金) 21:05:11.59 ID:aFtyudIGo
- 秘書に在室を確認し、社長室に入室すると、
「待っていましたよ」
現社長である野比のび助の、静かな声に迎えられた。
「今回は無茶をして済まなかった…いや、すみませんでした…」
彼の前に歩み寄るなり、杏子はそう言って深く、頭を垂れた。
「いい顔つきになりましたね。 それで、ご用件は?」
杏子は一瞬、口詰まったが、
「…会社を、辞めさせて欲しい」
何とか、小さいが、はっきりとした言葉を紡ぐことが出来た。
「いいでしょう、その前に、今回の失敗を分析し、事後、どのように経営に生かしたらいいのか、それを報告してください」
杏子はしばし黙した後、
「その必要はないだろ。 あたしは会社から居なくなる人間だ」
そう言って、野比を見上げた。 - 312: 2011/07/08(金) 21:05:50.20 ID:aFtyudIGo
- 「あなたはこの会社からはいなくなります。 しかし来季より、新会社サークル杏クウカイがスタートしますね?
あなたにはそこの社長をやってもらいたいのですよ」
「…何だって…!?」
野比の言葉に、杏子は驚愕し、絶句した。
「あなたはさくら会でシスターをやるような器の人間ではないのですよ。
今回の負けを取り返すまで、辞めてもらうわけにも行きませんしね。」
「新会社の、初めての仕事が、見滝原進出だと言っても、あたしに社長を押し付ける気なのか?」
野比はその言葉を聞いて、予想通りだな、と思った。
物取りの犯行と見せかけてはいたが、どう考えても会社組織に消されたとしか思えない詢子に対しても、良き餞になるであろう。
「役員会で通りさえすれば、どうぞ、お好きなように」
野比は、漸く自分には違和感があり、重すぎる社長の地位から退くことが出来るという安堵に、温かい溜息を吐いた。 - 313: 2011/07/08(金) 21:06:38.85 ID:aFtyudIGo
- 杏子が決意を新たにしていた頃、マミリーマート見滝原店近くのファミレスでは、ささやかなお茶会が開かれていた。
マミは本音を言えば自分のマンションに呼び、自分で淹れた紅茶と手作りのケーキを振る舞いたかったのだが、
お茶会メンバーのさやかもまどかも、帰りが遅くなるといけないというので、内心泣く泣く近くのファミレスで妥協したのであった。
「いやあー、サークル杏もぶっ潰したし、最高にいい気分ですねえ!」
「さやかちゃん、そんな言い方って、無いよ」
紅茶を飲み、ケーキを頬張りながら、雰囲気を賑やかにしてくれているさやかとまどかの二人に、マミは優しく微笑みかけ、
「でも美樹さんも、すごく頑張って働いてくれるから、助かるわ」
語りかけると、さやかは、
「そうだぞ―! あたしが恭介のために一生懸命働いているから、あのサークル杏を愛の力で撤退に追いやることに成功したのだー!
だーかーら、何つうかな、自信? 安心感? ちょっと自分を褒めちゃいたい気分つーかねえ…。
まあ、舞い上がっちゃってますねえ、あたし。
これからのマミリーマート見滝原店の売り上げは、この労働少女さやかちゃんが、ガンガン働いて、上げてっちゃいますからね!」
調子に乗って自らも、どこまでも上がっていきそうな雰囲気であった。 - 314: 2011/07/08(金) 21:07:35.73 ID:aFtyudIGo
- そんなさやかをやんわりと無視し、マミはそれより…と、小声でまどかに話しかけ、
「それより、鹿目さんはバイトとか、しないの? もしよかったら、一緒に働かない?」
久兵衛よろしく巧みに勧誘を開始した。
「え…でも…私…人の役に立てるような事って…何も無いし…」
まどかは、口詰まりながら一緒に暮らしているほむらの事を考えていた。
理由は教えてくれないが、彼女は大のマミリーマート嫌いであったのである。
死んだ母は、マミリーマートの役員であった。
家族の死と関係しているのではないかと、一度それとなく聞いたことがあったが、
ほむらの顔がみるみる恐ろしくなり、それ以上探ることは出来なかった。
働くにしても、自分が世話になっているそんなほむらに一度相談してからでないと、恐ろしいことに繋がりそうな気もするまどかであった。 - 315: 2011/07/08(金) 21:08:29.11 ID:aFtyudIGo
- 「あっ…! もうこんな時間! 帰って恭介のご飯作らなきゃ!」
さやかが安っぽい腕時計で時間をチェックしながら立ち上がり、多少大袈裟に帰宅する旨をマミに伝えたとき、
すかさずまどかも立ち上がり、
「私もほむらちゃんが心配するから帰らなきゃ…マミさん、また今度…」
そんな事を言いながら、二人連れ立ってさっさと帰ってしまった。
二人を精一杯の笑顔で見送ったマミであったが、独りになると、裏切られたような、虚しい孤独感を覚え、
気持ちはまだ日暮れの早い外の闇ように、暗く沈んでいくのだった。
マミは店を出、独り寂しく帰宅を開始した。
靴音は、孤独に触るように響いた。 孤独を踏みしめながら、歩いているのだと思う。
ふと、マミは20メートルほど前を歩く背広の後ろ姿に目を止めた。
孤独感に押され、マミはその背中に向かって、反射的に駆け出していた。 - 316: 2011/07/08(金) 21:08:58.59 ID:aFtyudIGo
- 「久兵衛さん!!」
後ろ姿まで、あと10メートルほどのところで、マミは力いっぱい叫んでいた。
誰か自分を知っている人間と話したかった。
自分と、社会とのつながりを、確認したかった。
「久兵衛さん!!」
二度目に叫んだ時、えっ? と言って振り返ったその顔は、久兵衛のものではなかった。
マミは堕ちていくような絶望に脱力し、減速した。
「あ…ごめんなさい…人違いでした…」
そしてがっくりと項垂れ、その勢いで、力なく謝罪した。
男が視界から消えるのを確認してから、マミはふらふらと歩き出した。
久兵衛とは、気まずい別れ方をしてから、随分会っていなかった。 - 317: 2011/07/08(金) 21:09:44.59 ID:aFtyudIGo
- 不安がマミを追い立てる。
冷たく、足を急がせる。
マミは走りだしていた。 温かい照明の漏れる自分のマンションに向かって。
自動ドアが開いて、明かりの中に歩み出たとき、いけないな、と思った。
エレベーターのボタンを押し、扉が開き、その中に誰も居なかった時、自分の中に巣食う寂しさが、
つうん、と、その情動を体中にほとばしらせた。
また、いけないと思った。 自分の部屋のある階のボタンを押し、途中でだれも入ってこないように祈りながら、長い時間、待った。
減速の重みがかかり、扉が開くと同時に、マミは走りだした。
自分の部屋。 鍵穴がもどかしいのは、視界がぼやけてきたからであった。
漸く扉が開き、その中に入った瞬間、マミは声を上げて、泣いた。
締め付ける孤独に、搾り出されるように声を上げ、涙の時間が絶望を滲ませるまで、彼女は喘ぎ通した。 - 318: 2011/07/08(金) 21:10:35.25 ID:aFtyudIGo
- 久兵衛は専務である穴子と一緒に、見滝原市郊外にある、国会議員、美国久臣の邸宅を訪れていた。
「おお、よく来たねえ」
美国議員はゆったりと浴衣を着込んだ、くつろいだ姿で座椅子に腰掛け、土下座をしている二人に声をかけた。
「日頃、先生には当社に格別のお引き立てを賜り、誠にありがたく存じております」
穴子がうやうやしく挨拶をするも、美国は、
「ああ、長ったらしいのはいいから、本題だよ、本題」
と、制したので、
「それでは本題に入らせていただきます。 実はここにいる久兵衛君が、とても公に出来ない製薬工場をつくろうと言うことで、
それならば裏口から先生にお認めいただけるよう、お願いしようと、参上つかまつりました次第でございます」
と、穴子が挨拶するのを待ちわびていたように、久兵衛は「ギフト」と安っぽく印刷された長方形の紙箱を、美国の手前にすべらせた。 - 319: 2011/07/08(金) 21:11:03.82 ID:aFtyudIGo
- 「ほう、なんだろうね」
「お気に召すものかわかりかねますので、一応、お手に取ってその質感なり、何なりをお試しください」
久兵衛の言葉に、美国は箱を開け、
「タオルの詰め合わせねえ…。 君ぃ、これは一番もらって嬉しくないギフトじゃあないかねぇ…」
ブツを見て、顔をしかめる美国に対し、久兵衛は更にうやうやしく、
「何も言わず、一度お手に取って…」
と言い、怪しげな含み笑いをすると、美国もわかった、と言わんばかりにビニール包装を破り、タオルを手に取った。
やはり安物の質感であったが、美国の目はタオルではなく、それを取り出した後の、箱の底面に釘付けとなった。 - 320: 2011/07/08(金) 21:11:38.96 ID:aFtyudIGo
- 「ふうむ…まあいいだろう」
薄っぺらいタオルの下には、福沢諭吉の肖像がずらりと並んでおり、美国が持ち上げてみると、その箱はずしりと重たかった。
久兵衛は更にたたみかけるように、
「先生にこのような安タオルを長く愛用していただくのも忍びないので、工場の売り上げから毎月、新しいものを送り届ける所存であります」
その一言で、海川グループの製薬工場から移転させ、今度久兵衛が組織を別にし、
規模を拡大して作るグリーフシードと合成麻薬の工場は、誰からも咎められることのない聖域になったのである。
久兵衛と美国、そして穴子は、ニヤリと同じように歪められた顔を合わせ、秘密の約束を沈黙の中に交わしたのであった。 - 327: 2011/07/09(土) 19:06:20.52 ID:/WD2I+jPo
- 第十章 初夜
「あのね、ほむらちゃん!」
お茶会から帰り、食事時も、入浴時も悩み続けていたまどかは意を決し、ソファでくつろいでいるほむらに切り出した。
「…何かしら?」
「私…ほむらちゃんのお世話になってばかりなの、よくないかな…と思って…それで、私ね、働こうかなって…思うの…」
「その必要はないわ」
ほむらは目も合わせずに即答した。
「ねえ…ほむらちゃん…」
「何?」
「ほむらちゃんてさ…私のこと…嫌いなのかな…?」
思いがけないまどかの言葉は、冷たい感触となってほむらの背筋を走った。
まどかの方を見やると、涙をうるませ、言葉をつないでいる。
「私…ほむらちゃんのおうちに、なんか馴染めていないし…今日だって、ほむらちゃん、目も合わせてくれないし…」 - 328: 2011/07/09(土) 19:07:01.77 ID:/WD2I+jPo
- ほむらは、自らの欲望を制するため、一つ屋根の下に暮らしてはいたものの、まどかへはあまり接近しないように心がけていたのだった。
そう、ほむらは自らの変態性を抑えこみ、同棲を始めてから、今の今までまどかに指一本触れていない賢者であったのだ!
しかしその自制が、まどかをここまで追い詰めていたとは、思っても見なかったほむらでもあった。
「私…あまり役に立って無いよね…負担だよね…だからもう、独りぼっちでもおうちに帰ろうと思うの…」
「ダメよ!」
ほむらは立ち上がった。 いけないと思いつつも、まどかの方に近寄っていく。
「おうちになんて、もう二度と、帰さないわ」
言いながら、ほむらは、まどかの動きを封じるように、力強く彼女を抱きしめていた。
ほむらは、自らが欲望の化身に、瞬時に変化したように感じた。
それは、欲望がまどかを包み込んだまさにその瞬間であった。 - 329: 2011/07/09(土) 19:08:03.43 ID:/WD2I+jPo
- 「ほむら…ちゃん…?」
まどかは、自らを抱きしめる並々ならぬほむらの膂力に微かな恐怖を感じた。 しかし、もう遅い。
「嫌いなんかじゃないの、その逆よ! 私、隠れまどかファンだったんだもの!!」
ほむらのトチ狂い気味に興奮し始めた様子に混乱を覚えたまどかは、
身を捩ってその拘束から逃れようとしたが、力が違いすぎ、それが敵わない。
「ほむらちゃん、どうしたの? なんかおかしいよ!?」
「(*´Д`)ハァハァ、ずっとあなたを見守っていたの! 私ね、レズストーカーだったんだよ!
私が警察官になったのも、あなたを守りたかったからなのよ!
来る日も来る日もあなたを見におうちまで通って…
あの事件があった日も、まどかを見におうちまで行っていたから、殺し屋から助けることが出来たのよ!」 - 330: 2011/07/09(土) 19:08:38.86 ID:/WD2I+jPo
- 「ほむらちゃん…ちょっと待って…落ち着いて…」
まどかの感じている恐怖は、さらなるほむらの豹変に、みるみる具体性を持ってくる。
「ごめんね! わけ分かんないよね…気持ち悪いよね…だけど私は…私の本当の気持は――」
目の前で人間がこれほどまでに変貌するという珍事を、まどかは今までに一度も体験したことがなかった。
「まどか! 愛しているわ!」
ほむらは、まどかの精一杯の抵抗を物ともしない自分に、果てしない優越を感じ、
それが、同棲開始から封じ込められ続けていた彼女の欲望を、一挙に体表に導き出したかのようであった。
ほむらはまどかをソファに押し倒し、涙を流して何事かわめこうとしているその唇に、自らのそれを押し付け、塞いだ。 - 331: 2011/07/09(土) 19:09:10.86 ID:/WD2I+jPo
- 「んんーーっ! んっ…んう…っ…」
ほむらの舌が、まどかの口中を這い回った。
舌を絡め、歯茎まで犯し尽くす間に、まどかの抵抗が弱くなっていく。
名残り惜しむように二人の舌先が離れたとき、まどかの抵抗は完全に沈黙していた。
「キス、初めて?」
接吻によって欲望の一端を消化し、にわかに落ち着きを取り戻したほむらの言葉に、
まどかは潤んだ瞳に肯定の色を乗せ、小さく頷いた。
初めての唇を自らが奪ったのだという事実は、沸き起こる満足感に続いて、ほむらの中に更なる欲望を生じさせるに充分なものであった。
ほむらは無言でまどかの服を脱がしにかかった。 - 332: 2011/07/09(土) 19:09:42.89 ID:/WD2I+jPo
- 「ほむらちゃん! ダメ! これ以上は…!」
まどかは脱力した手で、何とかほむらの手首を掴んだが、その手はてきぱきとブラウスのボタンを外していく。
そしてブラジャーを跳ね上げ、控えめな乳房が顕になると、ほむらは眩暈のような欲望に突き動かされ、
瞬時に、膨らみの中央にある桃色に吸いついていた。
「嫌っ! ほむらちゃん! ダメ! おっぱいダメだよ! 止めようよ!」
まどかはほむらの額を掌ではねつけ、必死の抵抗を試みたが、ほむらはそれを物ともせず、右の乳首を吸い、甘噛みし、
右手は当然のように左の乳房を揉みしだき、乳首をなぶり、こね回している。
ほむらの指先や、舌、歯の与える刺激に、まどかは身を捩り、声を上げる。 左様に多彩な反応を示すのを見、
ほむらは美しい音色を示す楽器を吹奏しているような、うっとりとした気分に引きこまれていくのだった。 - 333: 2011/07/09(土) 19:10:09.97 ID:/WD2I+jPo
- 「もうダメ…もう許して…」
ほむらが乳房から顔を離すと、まどかの肌は汗ばみ、桜色に艷めいていた。
その顔に目を転じると、充血して潤んだ瞳から、涙の線が頬を這いずっており、
その痛々しさに、ほむらの中の良心が、罪の響きを教える警鐘を胸中に打ち鳴らした。
「ごめんね、まどか。 びっくりしちゃったね…怖かったね――」
ほむらはそんな罪悪を感じつつ、囁きながらまどかの顔に近づき、その頬に接吻をし、涙の道をなぞるように舌を這わせた。
そして口を耳元まで持って行き、耳たぶを優しくかじりながら、ほむらは言ったのだった。
「――でも、止められないの。 許してね」
まどかの筋肉が強ばるのを、ほむらは触れ合う肌を通して感じ取った。
- 334: 2011/07/09(土) 19:10:49.35 ID:/WD2I+jPo
- 耳元から、舐めるようにまどかの顔を見ると、これまで感じたことが無かった、卑猥な刺激に対する恐怖が蔓延しているようであった。
ほむらは、またゾクリと罪悪感にその身を縮めた。
しかし今までまどかをいやらしく愛撫していたのだという満足感と、これから自分が感じるであろう快楽との板挟みとなり、
それらで充満したほむらの脳内において、罪悪感などは所詮、それらを更に引き立たせる一匙のスパイスに過ぎないのであった。
ほむらは無言のまま、まどかの下半身を侵略にかかった。
まどかはスカートをきつく押さえ、抗っているが、ほむらはそれに構うこと無くグイグイとスカートを下ろしに掛かっている。
「嫌…! 嫌…! やめて…やめてよう!!」
まどかは自らの劣勢を悟ったのか、首をふるふると横に振り、髪の毛を振り乱しながら、か細い声を上げ、
同情を誘う形でほむらの行動を何とか抑えこもうとしているらしいが、それは更にほむらを昂らせるだけの、逆効果でしか無い。
ほむらは更にスカートを下ろすその手に、力を漲らせた。
スカートの下から手を侵入させればいいものの、それをしなかったのは当のほむらの思考も動転していたからであったが、
最早そんな事は関係の無いことであった。 - 335: 2011/07/09(土) 19:11:20.66 ID:/WD2I+jPo
- ズリッ、とスカートが力任せに腰を滑り、パンツの淡い色が視界に捉えられたとき、ほむらの興奮度は本日の最高記録を難なく更新した。
ほむらの進軍を遮るものは、最早パンツ一枚――それは何も無いものと同じ事であった。
「ハアハア…イタダキマス!!」
ほむらは瞬時に、その布に吸いついていた。
まどかの恥部を直接に覆い、その味も香りも沁み込ませた柔らかな布は、恥部そのものにも相当する逸品であった。
それはあの楽園追放事件の際、ほむらが想像の中に感じ、絶対の刻を見たときの味であり、その香りがするものなのだ。
それだけに留まらず、ほむらの耳には悲痛なまどかの悲鳴までもが染み渡ってくる。
ほむらは宇宙のスケールをも凌駕するそれら知覚の衝撃波をまともに食らい、
前後不覚になりながら、それでも本能に従うようにまどかをむさぼり味わっていた。 - 336: 2011/07/09(土) 19:12:00.18 ID:/WD2I+jPo
- 浅ましいことである。 そしてそのような行動には、決まってペナルティが控えている。
ほむらは、パンツに染み込んだ自らの唾液に、まどかの味も香りも薄められてくるのを感じた。
不快である。
自らの業が豊かな味わいを損なう。
その不条理は神の与えた大いなる罰であり、ほむほむに対する、もうそろそろやめましょうねという警告でもあるはずであった。
しかしほむらは止めなかった。 止めよう筈がないではないか!
敵城攻め入るまたとない好機に、軍を引き上げるのはただに愚将の兵法である!
好機到来の今に、臆病者の行為をあえて選択し、実行するのは臆病者以下の存在である!
なぜなら臆病者には、いつ如何なる時も臆病以外に選択肢などないからである! - 337: 2011/07/09(土) 19:13:17.35 ID:/WD2I+jPo
- だがどうだ! また邪魔をする! まだ居たのか、矮小なるわが良心よ!
私は2ヶ月以上、まどかと一つ屋根の下、耐えに耐えた! そう、忍耐の時は去ったのだ!
見るがいい、目の前のまどかを!
その比類なき美を前にして、良心の呵責だの、何だのとぶつくさ文句をたれ、何もせぬのは最早人間ではない!!
そう、美に正しく感動をし、生じる欲望は、人類だけの特権ぞ!
それを遮るおのれは、邪魔者でしか無いと知れ! 愚かなる良心よ!
しかし、ほむらの小さな良心は、ちっぽけなその体をいっぱいに広げ、彼女の欲望をなんとか薄めんと抵抗する。
だが、声がする。 体を動かす衝動が伝えてくる。
いいか! 歴史を見てみよ! 世に名を残している偉人共に、欠片でも良心などというものがあるのか?
彼らの多くは偉大なる殺戮者であろう?
何事かを成し遂げんとする者の前に、立ちはだかる良心は偉大への前進を妨げる己の凡庸である! - 338: 2011/07/09(土) 19:14:13.67 ID:/WD2I+jPo
- 良心至上主義者の凡愚共はいつもそれを大事にする。 他人に勧める。
だがな、暁美ほむら! 誰かがそれをぶち壊さねば、何も変わらぬ。 変えようという意志が無くなるからだ!
そして変えようという意志がなくなれば、現状を支える力さえも骨抜きになり、色あせ、崩れゆくのだ!
現にまどかは、ウジウジと何の行動もしなかったお前に嫌われていると思い、家に帰ろうとしていたではないか!
目の前の美を見よ! 帰していいのか? 手放していいのか?
これを手放すという事はだ、誰か他の者に譲るということであるぞ? どうだ? 譲るか?
この美が他の誰かに穢されるのを、またいつぞやのお前みたいに、電柱の影から覗きみるのか?
嫉妬と絶望との最大値が精神を犯し尽くすのを感じ、お前の人生の可能性が修羅の道一つになってしまうことが、正しい選択か?
今一度言う。 良心はときに変革の敵であり、自らを滅ぼしさえする怠け者の概念である。
良心至上主義は、世を凡庸で埋め尽くし、管理しやすくせんとする為のシステムの一部である。
お前はそれに管理され、まどかを手放すのか?
管理する方としては、それでいいのだぞ? レズなど社会のゴミでしか無い。
お前が良心に従ってくれれば、そのゴミが生まれ出るのを防いでくれる、そういう管理システムだからなあ… - 339: 2011/07/09(土) 19:15:16.43 ID:/WD2I+jPo
- ホムラチャン、ダメダヨ! ソイツノイイナリニナッチャダメ! リョウシンハ、タイセツダヨ――
ばちり!!
ほむらはその空想の中で、己に残った虫けらほどの良心を踏み潰し、トドメを刺した。
そしてほむらはまどかのパンツを引っ張り下ろし、興奮に開花し始めていたその蕾と、自らの唇との、ハイブリッドな接吻を行った!
「ダメっ!! 汚いよ、ほむらちゃん!! ああっ!!」
女性器を刺激し、味わい尽くすほむらの舌先に抵抗するまどかの手段は、自らの股間に貼りつくほむらの頭蓋を押し戻す両の手と、
否定を吐き散らすその言語とであったが、
両の手に付いては次第に力をなくし、言語に付いても次第に退行を示し、赤子の喚き声同様になっていった。
そしてそれらの力が無に帰した事を確認したほむらは漸く舌による執拗な責めを止め、
まどかの全体像をその視界に捉える位置まで己を上昇させた。 - 340: 2011/07/09(土) 19:16:03.80 ID:/WD2I+jPo
- 紅潮していた。
美しく、花開くように。 あるいは果実の甘く熟すように。
そしてこのまどかの体に、それら変化を巻き起こしたのが、紛れもなく自分であるという自負――ほむらは狂喜した。
刺激に神経がかき乱され、何が起こったのか知らず、ただただ昂った体を震えさせているまどかに、蛇のように己を絡めながら、
ほむらはまどかの耳元に再び口元を持って行き、囁いたのだった。
「まどかのあそこ、とっても美味しかったわ」
恥ずかしさのあまり、まどかはぷい、と横を向いた。
なんと哀れな抵抗か! そのようなことでほむらの毒牙から逃れられると思っているのであろうか!
ほむらは、まどかが視界から振り切ったその顔に余裕の笑みを浮かべながら、先程まで口を付けていたそこに己の指を接地させた。
「あっ!!」
ほむらの指は、まどかの神経に直接電流を流し、その体を仰け反らせたかのようであった。 - 341: 2011/07/09(土) 19:17:03.28 ID:/WD2I+jPo
- 「もっと、気持よくするわね」
ほむらの言葉に、まどかの体が、またも刺激に備えて強張った。
ほむらはその抵抗とも言えなくなった抵抗の欠片を、愛おしいと思った。
そしておもむろにまどかの女性器を激しく掻き回し、くちくちと卑猥な音を立て始めた。
「ほら、聞こえる? まどかのここ、いやらしい音を立てているわ!」
まどかの耳元に、直接に恥辱を注ぎこむように囁きかけるほむらは、自らも快楽を欲し、まどかの太腿に股間をこすりつけている。
恥辱に彩られた刺激に責められて、まどかは最早叫ぶしか出来ないようであった。
悲鳴である。 怖いのだ。
強大すぎる神経の興奮によるそれは、受け皿である体が順応しきれない今、快楽ではなく単に刺激として知覚されるしか無い。
それら刺激に、体も、脳も漂白され、乗っ取られようというときに、感じるのは恐怖しかありえない。 - 342: 2011/07/09(土) 19:17:39.25 ID:/WD2I+jPo
- しかしその一方で、その単なる刺激の先に、快楽の予感を見、
それを追い求めようとしてしまう恥ずかしい自分がいることも、まどかは感じていた。
恐怖の中に、快楽の喜びが混じり合ってくるのだ。
そしてそれをほむらに、第三者に見られているという事実。
恥辱。 僅かな、残りかすのような理性が警告するそれ。
少女であるまどかが、大人への脱皮をする際の断末魔のような、それぞれ別個の感情に引き裂かれんとするその悲鳴を浴びて、
ほむらは狂喜の中に、沸き起こる狂気を重ね、まどかの刺激が快楽へと変遷するその時まで、
その腕の筋肉を酷使し、刺激を与え続けるのであった。
「ああああああッ!! らめええええええええッ!!」
まどかは陸に打ち上げられた魚のように大きく仰け反り、その股間に当てていたほむらの手に、温かい液体がほとばしった。 - 343: 2011/07/09(土) 19:18:32.38 ID:/WD2I+jPo
- ほむらは間髪を置かず、最早抵抗の術が無くなったまどかの股を開き、自らの股間と合わせ、レズセックスの奥義、貝合わせへ移行した。
お互いの体が、快楽によって繋ぎ合わされた瞬間、全く同時に、二つの体が同じように、
まるでスイッチが入ったかの如く痙攣し、
「あっ!」
と、小さな声が漏れた。
それはその心は別として、二つの体が、初めて同じ領域を見た瞬間であった。
ほむらはその腰を動かし、快楽をまどかにこすりつけた。
「あっ…まどか…っ!!」
「うあああっ…ほむら…ちゃん!!」
粘膜同士がこすれあう音と、それに連動するかのような快感の波が、ジンジンと理性を削りつぶし、欲望のみを加速させる。 - 344: 2011/07/09(土) 19:18:58.34 ID:/WD2I+jPo
- やりたいことが、いやらしいことが、めまぐるしく、次々矢のごとく過ぎていく。
結果、取り残された体はしたい事が分からず、ただただ、肉体を凌駕した快楽に酩酊し、
その身を駆け巡りながら、体の許容を超えて溢れでた余剰の快楽をも掴み取ろうと、更に腰を使い、
うねうねと原初の感覚の海に、沈んで行くほかないのである。
「ほむらちゃん! ほむらちゃん!」
まどかも、気がつけばその理に身を委ね、快楽を貪る貪欲な自分をさらけ出していたが、
「まどか…まどかああ!!」
脳天まで痺れ上がるほど、なみなみと快楽を与えられたほむらには、こすれ合う花弁の感触さえも怪しい。 - 345: 2011/07/09(土) 19:19:31.03 ID:/WD2I+jPo
- それは、相手のことを無視して快楽に溺れている所作の結果によるものではない。
それは、快楽に結び付けられたその二つの体が、快楽によって同化しているというわけであった。
二人は今、同じ時間軸において、全く同じものを感じているという道理であるのだ!
それは交わる、という言葉の意味そのものである。
「まどかあああああああ!!」
そして二人は、交わったまま――
「ほむらちゃああああああん!!」
――絶頂を、迎えた。 同性において、愛の成立した瞬間であった。
良心を退けた欲望が、愛情へと遷移したのである。 - 346: 2011/07/09(土) 19:20:04.12 ID:/WD2I+jPo
- ほむらは、まどかの胸に崩れ落ち、何度か大きく息をついた後、
ぬくもりを与えるように彼女を抱き寄せ、その耳元で愛の言葉を唱え続けた。
愛情の、刷り込み。
それは、彼女の懺悔であった。
突沸する感情に煽られ、まどかを犯してしまった彼女の、後から追いついてきた本当の気持ち。
伝わらないかも知れない… 嫌われてしまったかも知れない…
それでも、伝えなくてはならないその気持ちを、ほむらは白く滲んだ頭の中から必死に手繰り寄せ、まどかに伝え続けた。
「…ほむらちゃん…ありがとう」
ほむらの胸で泣く、まどかの震える声が、その心を直接に触れたようであった。
「…まどか…」
「私、おうちに帰らないことにするね。 ほむらちゃんの、お嫁さんに…なるから」
ほむらは、まどかをその胸に力いっぱい押し付けるように抱き、自らも、慟哭した。 - 347: 2011/07/09(土) 19:20:30.92 ID:/WD2I+jPo
-
… - 348: 2011/07/09(土) 19:21:00.29 ID:/WD2I+jPo
- 「イイハナシダナー…」
杏子は熱っぽく語り終えた後のほむらを見、溜息を吐いた後、そう感想した。
「まあ、これが私とまどかの馴れ初めね」
「それで?」
ほむらは、聞き返してきた杏子の真剣すぎる表情に、違和感を覚えた。
「それでって?」
「グリーフシード事件さ、どうなったんだい?」
恋の話から、すぐさま仕事の話に乗り換えようとしている。
ほむらはこの無粋が、さやかを離れさせている要因ではないかと思った。
「あなたねえ…」
「うん?」
杏子は、ほむらの心配の意味が分からないらしい。 ほむらも本人同士で解決すれば良いことだと思った。
「まあ、いいわ」 - 350: 2011/07/09(土) 19:22:00.39 ID:/WD2I+jPo
-
… - 358: 2011/07/10(日) 17:35:08.57 ID:qyMGvmjuo
- 第十一章 再発
まどかとほむらが、愛にまみれた初夜を過ごしてから半年ほど経った頃、再び変態紳士が見滝原の夜を騒がせた。
駆除したのは、またしてもほむらであった。
ほむらは、憔悴しきった顔で、静かにほむホームの扉を開けた。
「ほむらちゃん!」
寝ているはずのまどかが、玄関に居た。
ほむらの心臓が縮み上がり、脳天から冷たい嫌な予感が降りてきた。
「どうして寝ていないの!? 早く寝なさい!!」
焦りすぎ、思いがけず大きな声が出てしまったことに、後ろ暗さを感じたとき、
まどかの頬を涙の粒が這い降りるのが見え、ほむらはその後暗さが後悔の文字を形作るのを見た気がした。 - 359: 2011/07/10(日) 17:35:35.38 ID:qyMGvmjuo
- 「ほむらちゃんが、危ない目にあっているような気がして…眠れなかったの…」
ほむらの心臓が、またひやりと反応をした。
「私なら大丈夫よ。 こうして元気に帰ってきたじゃない。 もう遅いから寝ましょう」
ほむらは取り繕うように言ったが、まどかは引かなかった。
まどかの中にも、その嗅覚を通して悪い予感が徐々にその形を作っていく。
「ほむらちゃんと、キスしてから寝る」
「今日は疲れているのよ」
「いつもは疲れていてもしてくれるのに、どうして今日はだめなの?」
もしかして、今してきた事を――変態紳士駆除という名の『殺し』を――まどかに感づかれたのかも知れない――。 - 360: 2011/07/10(日) 17:36:29.45 ID:qyMGvmjuo
- ほむらは、冷たく脳を走る予感と、言う事を聞かないまどかへのもどかしさが化合し、怒りが生成されていくのを阻止できなかった。
「いい加減にしないと、怒るわよ!」
だがしかし、ほむらが昂ぶるたびに、まどかはその芯の強さを後ろ盾た冷静を深めていく。
まどかは気がついていたのだった――
「ねえ、ほむらちゃん、私、怖いの」
「何が怖いのよ! 全部気のせいだわ!」
「ほむらちゃん、どうして出かけたときと、服が変わっているの?」
――ほむらから、火薬の匂いがすることを。
そして、彼女が危険な任務についていることも、薄々。 - 361: 2011/07/10(日) 17:37:01.97 ID:qyMGvmjuo
- 「…まどか…」
一番触れられたくない疑問を浴びせられ、立ち尽くすほむらに、素早くまどかが抱きついた。
真新しいスーツの奥から滲み出す、火薬とは別のその匂いに、まどかはただ、恐ろしくなった。
「今日ね、お買い物行ったとき、交番のお巡りさんの鉄砲見てみたの…ほむらちゃんの鉄砲と、全然違った…
ねえ、ほむらちゃん、一体どんなお仕事しているの?
怖いよ! もうお巡りさん辞めようよ! 私ほむらちゃんが居なくなっちゃうの、怖いよ!!」
ほむらは観念したように、静かにまどかを抱き寄せた。
まどかはそんなほむらを見上げる際、ブラウスの襟についた小さなシミを見つけ、ギクリと動けなくなった。
それは先程、ほむらに抱きついたとき鼻に触れた匂いのするものの、シミのようであった。 - 362: 2011/07/10(日) 17:37:31.44 ID:qyMGvmjuo
- 「分かったわ。 大好きなまどかがそこまで言うなら、今のお仕事、変えてもらえるようにお願いしてみるわね」
「本当? 約束だよ?」
「ええ、約束するわ。 だからもう寝ましょう」
ほむらは、嘘を付いている自分に寒くなった。
上層部はほむらを異動させたがっていたが、変態紳士駆除のベテランであり、現場が彼女を必要としているという事実と、
ほむら自身の希望だけが、それを押しとどめていた。
つまり、ほむらが異動の希望をしてしまえば、上層部の思惑通り、それは簡単に通る筈なのであった。
まどかは、なんとなくだが、確信があったわけではなかったが、ほむらの約束は嘘だと直感した。
まどかはもう一度、ほむらの襟についたシミ確かめるようにはっきりと視界に捉えてみた。
やはり、血のシミであった。 - 363: 2011/07/10(日) 17:38:00.87 ID:qyMGvmjuo
- ――返り血を浴びたスーツは、警察署で処分をして正解だった。
ほむらはまどかを寝かしつけた後、シャワーを浴びるため、脱衣所で服を脱ぎながら、そう考えていた。
だがしかし、ブラウスを脱いだ時、ふわりと血の匂いが立ち上ったのを感じ、ほむらはまた、その動きを止めた。
――まどかが、この匂いに気がついてしまっていたら――。
そう考えた瞬間、ほむらの目に、襟についた赤い斑点が飛び込んできた。
冷たく、時間が凍りついていく感じがした。
ほむらは急いで自分の部屋に戻り、タンスの中から同じブラウスを取り出し、シワを付け、血のついたそれとすり替えた。
――翌朝、まどかが何事もなかったかのようにふるまってくれているのを見、ほむらはホッと、胸をなでおろしたのであった。 - 364: 2011/07/10(日) 17:38:29.98 ID:qyMGvmjuo
- その朝、3日ぶりに恭介が起き上がったので、さやかは嬉しさのあまり目頭が熱くなってくるのを感じていた。
「恭介…よかった…」
「さやか…僕は一体…?」
長い眠りから覚めたばかりの恭介の脳は、生まれたばかりのそれに酷似した状態にあったが、
「恭介ったら、変なクスリを沢山飲んだ後、3日間も眠り続けていたんだよ」
掻い摘んで説明したさやかの声を聞くなり、
「そうだ! さやか、クスリは?」
恭介は今、一番大切なものを思い出した次第であった。 - 365: 2011/07/10(日) 17:38:57.40 ID:qyMGvmjuo
- しかし、さやかは黙りこくっている。
「さやか、早くあのクスリを出してくれよ! 僕をシャキッとさせてくれよ!」
追い詰めるような恭介の言葉に、さやかはその重い唇を動かし、
「恭介、あれね…捨てちゃったの」
何とか報告をしたのだが、
「( ゚Д゚)ハァ? 何を言っているんだい、さやか?」
恭介は、そんなさやかに激しく詰問をした。
「ねえ、恭介。 あのクスリ、やめよう? あれ、絶対よくないよ。
あたしインターネットで見たよ。 あれMDMAっていう、麻薬の一種なんだって…
ねえ恭介、やめようよ。 麻薬なんて恭介らしくないよ…」
必死のさやかの説得は、ガツンというお星様が見えるほどの衝撃によって中断された。
恭介を見上げ、その右手が握り締められているのを確認して漸く、さやかは彼に殴られたのだと了解した。 - 366: 2011/07/10(日) 17:39:27.33 ID:qyMGvmjuo
- 「き…恭介…」
自分の愛する男が、自らを殴ったなどということは、認めたい事実とはあまりに距離がある。
戸惑いながら恭介を見続けていると、
「どうしてさやかは僕をいじめるのかなあ?」
なじるような言葉を浴びせかけられた。
「い…いじめてなんか…あたし、恭介の為を思って…」
「何が僕のためなんだよ! 僕はね、あのクスリがないと音楽がわいてこないんだ!
何がMDMAだよ? あれはラムネ菓子の高級品だって言っているじゃないか! にわか知識で適当なこと言わないでくれよ!
全く、僕から音楽を取り上げるなんて、いじめじゃなきゃあ一体何なんだよ? 言ってご覧よ、さやか!!」
「ごめん、恭介…本当に、ごめんね…」
さやかは、自らの説得を聞き入れられなかった無念と、恭介の責めるような声の調子にきつく挟み込まれ、嗚咽し始めた。 - 367: 2011/07/10(日) 17:39:54.84 ID:qyMGvmjuo
- 恭介はそんなさやかを見、こうかはばつぐんだと踏んだあとはにわかに優しい表情を取り繕い、
「…分かってくれたんだね、さやか」
薄気味の悪い猫なで声を発して、さやかの方に掌を差し出し、
「じゃあ、僕の音楽の為に、おクスリ代を出してくれるかい?」
ただの一片も恥じることもなく言ってのけた。
「うん…恭介の為だもんね…あたしも頑張るから…そのお薬、いくらなの?」
さやかは貧しい財布をまさぐりながら問うた。
「2万円」
「えっ?」
「2万円だよ。 早く」
「でも…今月はもう…」 - 368: 2011/07/10(日) 17:40:25.27 ID:qyMGvmjuo
- さやかはあと2万3千円で二十日間を暮らし、その中から5千円以上は貯金したいと考えていた。
しかしそんなことも知らないし、考えない恭介は、
「クスリ、2万円! 僕の音楽的才能、プライスレス!」
と、相変わらずさやかを攻め立てる。
さやかは乏しい貯金を切り崩す事を泣く泣く決心し、恭介に2万円を渡す約束をした。
「それでこそだ! さやか、愛しているよ!」
――そして翌日、さやかが金を下ろして持ってくると、
恭介は形ばかりさやかを抱きしめ、その頬に接吻をした後、クスリを買いにボロアパートを駆け出した。
部屋に独り残されたさやかは暗澹とした気分であった。
アルバイトを始めたばかりの頃は、こっそり貰ってくる廃棄品の弁当で何とか持ちこたえることが出来たが、
今はそれがどこかに横流しされているらしく、手に入らなかった。
もしかしたら、給料の前借りしか無いかも知れない――さやかは、そんな自分の無力にただただ涙した。 - 369: 2011/07/10(日) 17:40:51.87 ID:qyMGvmjuo
- 久兵衛は、美国久臣の了承を経て小さなビルを借り切り、その中に作った製薬工場でニンマリしていた。
「やっぱりクスリは儲かるねえ。 一度やってみたかったんだ。
でもクスリは始めるのに色んな所に挨拶しなきゃいけないから、個人ではとてもいけない。 マミリーマートに入社して本当によかったよ」
製薬工場では、工場長と呼ばれている小指のない、気味の悪い男以外、3名の従業員しか居らず、
しかもその3名は何を作っているか知らされて居なかった。
勿論知ろうとする者は、容赦なく港に沈められ、カニの餌にされてしまう。
「ヒヒッ…こう不景気じゃあ、こんな事くらいでしか儲けることが出来ませんでねえ…」
工場長は、久兵衛に出来たばかりのグリーフシードを渡しながら言った。
「工場長、あのMDMAの純度の低い奴、飛ぶように売れているよ。
安くて手軽にキメることが出来るのが魅力みたいだね。」 - 370: 2011/07/10(日) 17:41:33.47 ID:qyMGvmjuo
- 工場長はヒヒヒッと、得意げに笑い、
「ヒヒヒッ…あれは最高傑作ですわ。 純度が低くて末端価格が従来の約20分の1に出来る上、
ラムネ菓子の味をつけているので、バカな連中がぼりぼりとお菓子がわりにやるんで、どんどん中毒者が増えているんですわあ」
久兵衛に大ヒットの訳を説明した。
「最高にクールじゃないか! この街の奴ら、みんなジャンキーにしちゃえよ!」
久兵衛のご機嫌は最高潮であった。
警察沙汰にかこつけて、マミリーマートからグリーフシードの製造権を掌握し、リスクを引き受ける代償にと、
合成麻薬の製造も認めさせ、その利の6割は久兵衛の財布に入るのであった。
彼はもう、会社から貰う給与明細を見るのが阿呆らしくなっていた。
賢明な読者諸君はお気づきの事と思うが、恭介がキメているのはこの久兵衛の製薬工場で作られた合成麻薬である。
さやかが愛のためにと汗水たらして労働した貧しい対価が、
巡り巡るまでもなくそのまま久兵衛の懐に入るという、血も涙もない経済が回転していたという残忍たる事実は、
なまじおかしなつくり話より悲劇であった。 - 371: 2011/07/10(日) 17:42:11.98 ID:qyMGvmjuo
- サークル杏クウカイ社長となっていた杏子は、見滝原再進出の準備を着々と進めていた。
「それでは来年度早々の開店を目指し、サークル杏クウカイ見滝原店の計画を進めるということでよろしいでしょうか?」
専務取締役に退いた野比が、社長室で杏子に確認をした。
「そうだ。 それでな、一つわがままを言わせて欲しい。」
「なんでしょう?」
「店舗位置は、あたしが直々に決定したい。 見滝原に腰を据えて、現地をくまなく偵察してな。
見滝原は発展を続けている街だから、経年劣化する地図で見るより、現地を見たほうがコンビニ需要のある地域が分かりやすいしな。
それで、マスコミに嗅ぎつけられないように、一番安い部屋を借りてくんねえかと思ってな」
「見滝原にお住まいになるとなりますと、出勤に差し支えますが?」
一番痛いところを突かれ、杏子は拝むように両手を合わせ、
「その間は頼むよ社長代理。 あたしの見滝原進出にかける熱意は、あんたが一番良く知っているはずじゃないか」
目の前の男を神に見立てるように、嘆願したのだった。
それは、杏子の運命を変える決定でもあったのだったが、この時の、当の本人にそのことが分かろう筈もなかった。 - 372: 2011/07/10(日) 17:42:39.49 ID:qyMGvmjuo
- ほむらは、まどかの携帯を機種変更させ、キッズケータイを買い与えた。
「…なんかこれ、恥ずかしいよ…」
まどかは変質者対策の防犯ブザースイッチを兼ねたストラップをいじくりながら、訴えるようにほむらに問いかけた。
「最近物騒だから、それが一番いいのよ」
変態紳士事件の再発に伴い、まどかをそれらから守るための処置であったが、
ほむらはまどかと、可愛らしいキッズケータイとの組み合わせを見、自らの性的趣味の開発がまた一歩、進むのを感じた。
――可愛い!! まどかが、私のお嫁さんだけでなく、私の娘にもなってくれるとは!!
両親を失ったまどかの悲しみに当てられて、停滞していたほむらの欲望は、それが復活したあの初夜以来、留まるところを知らなかった。 - 373: 2011/07/10(日) 17:43:08.17 ID:qyMGvmjuo
- それからというもの、ほむらは毎日、暇さえあれば携帯のアプリを起動し、
GPSでまどかを追跡し、その行動を、仕事をしながらストーキングすることに性を出すようになった。
そして、その日がやってきたのだった――
――まどかの反応が、家から一歩も出なかった日。
「まどか、今日はどこにも行かなかったの?」
「えーとね、今日はさやかちゃんのお店に寄ってから、お買い物に行って、帰ってきてお掃除をして、ご飯の準備をしたんだよ」
ほむらは、自らの監視結果と食い違う証言が、何故起こるのかという事に、始めから気がついていた。
「まどか、あなた今日、携帯を家に置き忘れたわね?」
まどかはあっ…と、口詰まり、それから小さくごめんなさい…と謝罪して、項垂れた。 - 374: 2011/07/10(日) 17:43:47.72 ID:qyMGvmjuo
- 「あの携帯は、あなたが危ない目にあったときのために、私が買ってあげた物でしょう? どうして忘れて家を出たりするの?
途中で気づいたりしなかったの?」
怒気を含めて問い詰めると、まどかは泣きそうになりながら、
「さやかちゃんのコンビニで気がついたけど、後はお買い物するだけだったし…大丈夫だと思って…」
(ノ∀`)アチャー、気づいていたことを告白してしまった!
嘘を付けばいいのに、それをしないまどかを見て、ほむらはいとおしさが胸に沸き起こるのを感じたが、
同時に気づいていながら、自分が買い与えた携帯を家に置いたままであったという事実に対し、猛烈な怒りも込み上げてくる。
ほむらはまどかを寝室に引っ張り込み、激情にかられて、新たなる性癖の入り口とも言えるその言葉を口走っていた。
「どうやらお仕置きが必要なようね、まどか!」 - 376: 2011/07/10(日) 17:45:05.98 ID:qyMGvmjuo
- 「ごめんなさい…ごめんなさい…」
ほむらはまどかの服を脱がせ、その背中を露出させ、ぺたぺたと何かを貼りつけた。
「ほむらちゃん! 怖いよ! なにするの!?」
ほむらは、まどかの目の前でライターをカチッ、シュボっと鳴らし、火をつけて怯えさせてから、
「お灸よ。 とっても熱いの」
と、ドスの効いた声で脅しかけ、
「少しでも動いたら、お灸の数がどんどん増えていくわよ」
念を押すように言った。
まどかの背中に貼りつけたお灸に火をつけ、そこから奇妙な香りのする煙が出て居るのをじっと観察していると、
「熱い! 熱いよ、ほむらちゃん、熱い!」
熱が伝わり始めたのか、まどかが泣きはじめた。
ほむらは一瞬、罪悪感に、もうお仕置きはやめようと体を動かしかけたが、甘やかすのはいけないと、何とかそれを思いとどまった。 - 377: 2011/07/10(日) 17:45:47.46 ID:qyMGvmjuo
- まどかは、ヒィーヒィー泣きながら、たまに、フーフーと、背中に届くはずもないのに、枕に向かって熱い物を冷ますような息遣いをし、
「熱いよう…もうしないから、許してよう…」
と、ほむらに訴える。
「まだよ! 火が消えるまで、続けるの! 反省しなさい!」
ほむらはそう言った後の、まどかの絶望の表情に胸を鋭く抉られたように感じた。
しかし、紅潮させていく体を動かせずに、ああ、とか、ううっ、とか、声だけで必死に悶えているまどかには、
なんともいえぬ美しさが漂っていることも事実であった。
そう言った視点に気づいてしまうと、苦しむまどかを見たときの罪悪感でさえ、手繰り寄せていけば快楽に通じている気がしてくる。
「アアーッ…フウ、フーっ…ヒィーっ、熱い、熱いよう…ほむらちゃん、もう許して…ウウッ…ウウーッ…フー、フー…アアーっ…」
ほむらは気が付くと、次のお仕置きは何にしようか、と思案し始めていた。 - 378: 2011/07/10(日) 17:46:27.83 ID:qyMGvmjuo
- それからしばらく、まどかはずっと良い子にしており、ほむらは本末転倒と知りつつも、
お仕置きをしたくてたまらない自分を持て余していた。
まどかはお灸が余程効いたのか、全くボロを出さない。
ほむらは、とうとう我慢ができず、夕食後、居間でテレビを観ているまどかに…
「ねえまどか」
「何、ほむらちゃん」
「日本一小さな淡水魚って、なーんだ?」
いきなりクイズを出すというトチ狂った暴挙に出た!
まどかは、突然のクイズに、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしている。
「時間が無くなるわよ! あと5秒! 4,3,2…」 - 379: 2011/07/10(日) 17:46:56.39 ID:qyMGvmjuo
- しかし、ほむらが非情なるカウントダウンを始めると、にわかに焦り始め、
「ええーっ、わかんないよぉ…」
考え込む振りをするが、どうにも分からないらしい。
ほむらはそのまどかの様子に、既に興奮を感じていた。
「ブブーっ! 時間切れよ。 答えはメダカ」
ほむらは、へえ、そうなんだ…とか何とか言って感心しているまどかの腕を掴み、一片の情すらも消え失せた表情で、
「クイズが分からなかったまどかには、お仕置きが必要ね」
まどかの顔が青ざめるその様を見、優越に打ち震えながら言ったのだった。 - 380: 2011/07/10(日) 17:47:29.28 ID:qyMGvmjuo
- そしてまたある時はお風呂で…
「まどか、体を洗ってあげるわ」
「えっ…いいよ…自分で出来るよ…」
ほむらは、彼女の好意を峻拒するまどかを睨みつけて、
「ひっ…こわいよ、ほむらちゃん!」
動けなくしてから、
「さあ、いい子にして体を洗わせなさい!」
ヘチマタワシでゴシゴシとその体を洗ってあげ始めたのである。
そのままで終わってくれれば、通常の恋人同士の洗いっこなのであったが…
「あっ! ほむらちゃん、そこ、だめだよ!」
ほむらは当然のように、まどかの体をひと通りゴシゴシした後、その女性器を侵略にかかったのである。 - 381: 2011/07/10(日) 17:48:21.20 ID:qyMGvmjuo
- 「ああんっ…ううっ…ほむらちゃん…ダメっ!」
刺激を受けたまどかはその体をよじりながら、当然その女性器を花開かせ、そこからは蜜が垂れてくる。
「コラ、まどか! あそこからぬるぬるを出すのを止めなさい!」
無理に決まっているじゃないか!
ほむらはそんなまどかのあそこを、クチュクチュと執拗なまでに、優しく手で刺激をし続ける。
「ダメっ! ダメっ! あんっ! ああん!!」
「あなたがぬるぬるを止めない限り、あそこは永遠に綺麗にならないわよ!」 - 382: 2011/07/10(日) 17:48:58.22 ID:qyMGvmjuo
- ほむらはこの辺りから、まどかの女性器の、ある一点を執拗なまでに攻め始めていた。
「ああーっ!! そこダメっ!! だめえええええっ!! ほむらちゃんやめてえええええっ!!」
耐えられなくなったまどかの股間から、温かい液体が噴出した。
そう、二人が始めて会ったあの日から、夢に見てきたまどかのおしっこ!
あの保健室での一件を思い出し、ほむらはあべこべになった立場に優越感を乗せ、まどかに宣言をするのだった。
「おトイレとお風呂の区別がつかないまどかには、お仕置きの必要があるわね!」
とまあこんなふうに、まどかがボロを出すのを待つのではなく、ほむらはいけないことと知りつつも、
積極的にお仕置きをするように持っていくのが常となりつつあったのである。 - 383: 2011/07/10(日) 17:49:36.10 ID:qyMGvmjuo
-
… - 384: 2011/07/10(日) 17:50:05.31 ID:qyMGvmjuo
- 「お仕置き、ねぇ…」
杏子は椅子にふんぞり返って、天井を見上げながら、ポツリと言った。
「そうよ、大好きだからって甘やかしすぎては、いけないの」
ほむらはそう言って、目の前で恋人を無視し、まどかと卓球に興じているさやかを睨みつけた。
杏子はうーん、と、考え込んだが、自分がさやかにお仕置きをするというシチュエーションを、どうやっても妄想することが出来なかった。
妄想の中で、気の強いさやかが拒絶してしまうと、すぐに自分が謝ってしまうのだ。
「とにかく、このままではいけないと思うのなら、いろいろ動いてみることね。
何もしないで事態が好転するなど、無いと思っていたほうがいいわ」
「…それより、グリーフシード事件の話だったろ」
せっかく自分が話題を恋の方に持っていったのに、逃げるように事件の話題に振り返す――。
ほむらは、ここまでヘタレなら、杏子の恋はもうだめなのかもしれないと思った。 - 385: 2011/07/10(日) 17:50:32.33 ID:qyMGvmjuo
-
… - 386: 2011/07/10(日) 17:51:11.02 ID:qyMGvmjuo
- それからまた月日が経って、その年の秋も深まって来た頃、ほむらは堕落の底の住人と化していた。
水面下でほむらが捜査の方向を誘導し続けた甲斐があって、夏の終わりにグリーフシード事件の捜査本部が置かれることになり、
勿論ほむらはその一員になった。
しかし有能な人間は圧力を掛けられ、見る見るうちに捜査本部を抜けていき、
代わりに来るのは定年まで安泰に行きたいと願う、つまり警察官生活の消化試合をしにくるジジイばかりだった。
誰もが、自らの生活を優先させ、正義に命を掛けようなどという警察官が、自分の仲間が、どこにもいないという事実――。
まどかの母の敵を討つため、そして自らの正義のため、ほむらは再三の、異動の勧めにも従わず、捜査本部に居座り続けた。
それは、組織というものに対する、抵抗の意味も含まれていたのかも知れない。 - 387: 2011/07/10(日) 17:51:48.17 ID:qyMGvmjuo
- 上層部も、ほむらを異動させるのを諦め、彼女を徹底して飼い殺す方針に転換したようだった。
いや、本当は最初から異動させる気がなく、
どこまで真実を知っているか分からない彼女を捜査本部に封じ込め、監視するのが狙いだったのかも知れない。
しかし、捜査に関する書類を作成しても、どこかに難癖を付けられ、突き返され、
毎日を無為に過ごし、とっくに気持ちが折れていたほむらにとって、そんなことは最早どうでもいいことだった。
「やあ、暁美刑事。 無駄な仕事をしているね。 そんなんで国民の税金である給料をもらって、恥ずかしくないのかい?」
久兵衛が定期的に挨拶に来るのも、ほむらの心を折った。
「君たちに、この事件は解決できないよ。
早いとこ異動させてもらわないと、せっかく有能なのに、警察官としての君の未来は一体どうなるのか、僕はそれが心配でならない」
組織で動かないと、自分一人の力だけでは何も出来ない…そして自分と一緒に動いてくれるその組織は、どこにもないのである。
ほむらは犯人が目の前にいても指一本触れることの出来ない自分の無力に苛立ちながら、
帰宅後――まどかの顔を見ることが出来るその瞬間だけを待ち望んで、ただただ時間が過ぎるのを待つだけの「仕事」を続けるのだった。 - 388: 2011/07/10(日) 17:52:13.70 ID:qyMGvmjuo
- 警察署に挨拶に行った後、久兵衛は久しぶりにマミリーマート見滝原店の様子を見に行ってみた。
「やあやあ、ご無沙汰しちゃって」
「あ、久兵衛さんじゃないですか! 久しぶりですねえ…長期出張でもされていたんですか?」
店長が、明らかに怯えたように応じると、エロ本を整頓していたさやかが反応して久兵衛を一瞥し、チッ、と舌打ちをしてそっぽを向いた。
レジにはマミが立っており、その視線がくすぐったかったが、長らく会っていないと話しかけづらく、
また特に話すこともないと思い、久兵衛は目も合わせず無視を決め込んでいた。
「まあ色々とね、この店舗の成績はとてもいいから、そんなに怯えることはないよ」
「いやあ、ありがとうございます。 これも久兵衛さんのお陰ですよ」
ありきたりなお世辞に心底うんざりした久兵衛は、じゃ、僕は近くに来て寄ってみただけだから、と、足早に店を出た。 - 389: 2011/07/10(日) 17:52:48.05 ID:qyMGvmjuo
- 「ちょっとちょっと、久兵衛さん!」
店を出、久兵衛を取り巻く雰囲気が外のそれに置き換わった時、店の一部が彼を追いかけ、呼び止めてきたので、
久兵衛は何かな? と、振り返ると、店長がいやらしい顔をして小走りで駆け寄ってきた。
「久兵衛さん、帰るのが早すぎですって…」
「まあね、僕は忙しいし、ちょっと寄っただけだからって、言ったじゃないか? 何か用かい?」
本社の人間は店に不要な緊張をもたらすので、帰るならさっさと帰ってほしい相手であるはずなのに、呼び止めるとはこれ如何に?
久兵衛は不気味に思った。
「ちょっと、巴君に話しかけてあげてくださいよ」
「マミに? なんで?」
久兵衛がマミ、と名前で呼ぶと、店長の顔が、何かを悟ったかのように更に卑猥に歪んだ。 - 390: 2011/07/10(日) 17:53:27.33 ID:qyMGvmjuo
- 「久兵衛さんてば、ここ半年以上顔見せなかったじゃないですか?
その時巴君はですね、久兵衛さんはいつ来られるんですか?久兵衛さんはどうしたんですか?
って、毎日毎日僕や様子を見に来る本社の方に聞いたりして、それはそれは痛々しかったんですからね」
久兵衛は、ゴクリとつばを飲み込んだ。
「久兵衛さん、困りますよ。 女の子泣かせたりしちゃあ。 巴君は日に日に弱ってくるし、もう大変だなこりゃって、思ってましたよ。
そんな時、久兵衛さんが来てくれたと思ったら、すぐ帰っちゃうなんて言って…それどんなプレイですか?
巴君はずっと久兵衛さんを待っていたんだから、少し位話しかけてあげてくださいよ。 彼女、ノイローゼなっちゃいますよ」
話を聞きながら、久兵衛の陰茎はムクムクと勃起を始めていた。
そういえば最近、女を抱いていないな、と、久兵衛は思い、チンポジを直しながら店に戻っていった。 - 391: 2011/07/10(日) 17:53:53.56 ID:qyMGvmjuo
- 一度出た店に再び入るのは、少し気が引ける。
店内にメロディーが響き渡り、いらっしゃいませ、とさやかの声がし、そっちに目を向けると視線が衝突し、あからさまに嫌な顔をされた。
久兵衛はその時、いつかこの美樹さやかに「ぶっ続け」をやらせ、クスリの副作用で発狂させて、ほむらに処分してもらおうと思った。
「いやあいやあ、そういえばタバコを切らしていたんだったよ」
久兵衛はマミのいるレジに滑りこむなり、わざとらしく独り言を言った。
マミは嬉しさの滲ませた顔を隠すように俯かせ、ぎこちなく、朗読するように、
「どのタバコでしょうか?」 と聞いた。
「チェリー」
久兵衛はマミの背後にある棚に置かれた、赤と白のパッケージを指差し、言った。 - 392: 2011/07/10(日) 17:54:25.20 ID:qyMGvmjuo
- 「…あ、これですね。 410円になります」
久兵衛は五百円玉をカウンターに置き、マミがお釣りを手渡してきたとき、わざとその指先に触れてみた。
マミの手は電気が通ったかのように引っ込み、彼女はお釣りを床にぶちまいてしまった。
幾つもの澄んだ金属音は、マミの神経を大いに引っ掻き回した事であろう。
「す…すみません…」
顔を真っ赤に染めたマミは、レジカウンターから飛び出してきて、久兵衛の前にしゃがみ込み、お釣りの小銭を拾い始めた。
久兵衛は、背中に店長の焦りまくった視線が刺さっているのをくすぐったく感じていた。
それに加え、目の前で小銭を拾うマミを見下ろしているとなれば、少しいたずらをしてみたくもなろう。
久兵衛の残酷な欲望が走りだした。 - 393: 2011/07/10(日) 17:55:07.19 ID:qyMGvmjuo
- 「巴君! 君は何年勤めているのかな? お釣りを落とすのが許されるのは、3週間目までだよ」
マミ、と名前で呼んでいた自分が、久しぶりに来たと思ったら、巴君、と呼び方を変えている…
とっさに久兵衛を見上げたマミの顔は絶望に染まっており、久兵衛はそれを見て射精しそうになった。
いじめがいのある泣き顔である。
コロコロと変化する表情――この女は誰が好きなのかと思っていたら、まさか自分のことだったとは――
久兵衛は、目の前の、悪くない女が自分の事を好いているという事実に、震えるほどの優越を味わった。
――この女は、脳内にどんな僕を作り上げているのだろうか?
その「僕」をぶち壊したとき、どんな顔をして絶望するのだろうか――
――見たい!
久兵衛は近いうちに、マミを犯すことを決心した。 - 394: 2011/07/10(日) 17:55:35.25 ID:qyMGvmjuo
- 「本当に、すみませんでした」
久兵衛が店を出るとき、マミは外まで見送りに来て、ペコペコと頭を下げ続けていた。
「気にしなくていいんだよ、マミ」
マミ、と呼んでやると、表情に希望が浮かび上がる。 久兵衛はこの女が自分に気があるという確信を更に深めた。
久兵衛はマミにウインクをし、
「僕のお釣りの取り方が悪かったんだ。 ワザとさ。
あの時の店長の顔、見たかい? 傑作だったよ。
時々ああいうお芝居をして、雇われ店長たちの気を引き締めてやるのも僕らの仕事なんだ。 だから君が引け目を感じる必要はないのさ」
と、優しく語りかけてやると、マミの表情はすっかり晴れ渡っているではないか。
久兵衛は泣かせてやりたくなったが、何とかこらえた。 - 395: 2011/07/10(日) 17:56:03.07 ID:qyMGvmjuo
- 「…あの、私…」
久兵衛は身構えた。 告白だと思ったのである。
女を何人も潰してきた久兵衛であったが、付き合い始める前から相手に好かれていたなどという経験は、これが始めてであった。
いや、もしかしたら誰も久兵衛を愛してなど居なかったかも知れない。 彼も、女を愛したことなど無かった。
「…何だい?」
言葉を、待った。
「見つけたんです。 私の代わり」
「君の、代わり?」
久兵衛は拍子抜けをしたが、興味のある話題でもあった。
マミは看板娘を辞めたがっていた。 その代わりの事であろう。
客引きの清純派少女は貴重な人材である。
「鹿目まどかさんって言うんです。 美樹さんの親友で」
「…鹿目…?」
久兵衛は、その苗字にぴくりと反応した。 - 396: 2011/07/10(日) 17:56:28.64 ID:qyMGvmjuo
- 「ええ、鹿目さん。 ご存知なんですか?」
「いや、知らないが…鹿目ねえ…」
久兵衛は口詰まりながら、どこかで聞き覚えのあるその苗字を脳内に検索し続けていた。
だが、
「うん、やっぱり知らないな。 知っていると思ったのは僕の気のせいだね」
久兵衛は思い出せなかった。
鹿目――それは彼が以前、ヒットマンに殺害させた、マミリーマートの常務取締役の苗字であったが、
彼にとって消した人間など最早ゴキブリ以下の存在でしかなく、 すぐに忘却してしまっていた。
「その娘、さやかの友達って言ったね? あんな風じゃつとまらないよ? 大丈夫なんだろうね?」
「ええ、美樹さんとは全然タイプが違います。 毎日美樹さんに会いに来るんですが、とってもいい子ですよ」 - 397: 2011/07/10(日) 17:56:55.54 ID:qyMGvmjuo
- 「ふうん、毎日来てくれるのか。 なら僕も、来れたらだけどなんとか時間を作って様子を見に来ることにするよ。
それでもし会えたら、契約できるか聞いてみよう。 でも、最近忙しくってね…それじゃあ!」
久兵衛はマミに手を振り、足早に駆け出した。 今日は政治家に挨拶に行く日であったのだ。
――その後久兵衛は、鹿目まどかを確認し、そのあまりの可愛らしさに驚愕したとき、看板娘を交代させることを決め、
マミを犯そうと心に決めたのだった。
しかもまどかの可愛さは反則的で、彼は契約したら急接近し、すぐにでも犯そうと考えてしまった。
だが、何故かマミと付き合った後は、まどかを犯す事は次第にどうでも良くなっていったのだった。
それがマミに対する自分の純粋な気持ちによるものだと気がついたときには、すべてが手遅れになっていたのであった。 - 398: 2011/07/10(日) 17:57:28.85 ID:qyMGvmjuo
- 定時を迎えるとすぐに、ほむらは警察署を出た。
早くまどかに会いたい、そう思って、少し駆け足気味に歩道を蹴っていく。
最近、とにかく疲れる。 何もしていないのに、クタクタだ。
でもそんな時、帰ってまどかに会えば、疲れは吹っ飛んでしまうのだ。
ほむホームに到着した。 ベルを鳴らして、カギを開ける。
扉をひらくと、まどかが駆けてくる足音が心地良い。
「おかえりなさい、ほむらちゃん!!」
抱きついてくるまどかを、しっかりと抱きとめ、両腕を力いっぱい使って、抱きしめる。
――ほら、あの人よ、例の事件に関わっている…
――ああ、あの解決しない事件かい…
自分に後ろ指を指す、警察官たちの心無い言葉が蘇ってくる。
きっと組織と戦っていた詢子も、同じような苦しみを背負っていたのだろうと、思う。
しかし、まどかを抱きしめていると、脳裏に浮かんでくるそれらが不思議と痛くないのだ。 - 399: 2011/07/10(日) 17:57:56.72 ID:qyMGvmjuo
- 唇を重ね、絡みあう舌の感覚が溶けていく。
今日一日、感じた辛い思いも溶けていく。
――あの人に関わると、上から目を付けられてろくな事がないわよ…
――とっとと異動すればいいのに、空気が読めないって、ああいう人のことをいうんだよね…
嫌な思いがすべて溶けると、明日もそれらに耐えられるだけの自信が湧いてくる。
それを得て初めて、ほむらはまどかの唇から、自分のそれを離すのだ。
「…今日はサンマが安かったから、たくさん買ってきたの」
「いい匂いだわ。 残さず食べるわね」
まどかが食卓を整えようとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「あっ、お客さんかな――」
「いいわ、私が対応するから、まどかは食卓を準備して」
ほむらは、玄関に向かって歩き出した。 - 400: 2011/07/10(日) 17:58:24.56 ID:qyMGvmjuo
- 玄関の覗き窓を覗くと、若い男が立っているようであった。
ほむらはそれを確認して、対応の仕方を決定した。
この家に男が来ること自体、いいことでは決して無い。
「…何かしら?」
ドアチェーンをかけたままで玄関をほんの10センチほど開け、来客を、変態紳士を殺傷するときの眼で睨みつける。
これで大抵のまねかれざる訪問者は逃げていくのだが、この男はそうではなかった。
ヒッ、と驚いたものの、帰ろうとせず、要件を語り始めた。
「私、マミリーマートの者なんですが、ここに故、鹿目常務のお嬢さんが保護されていると聞き、伺った次第でありまして…」
ほむらはこの男を、はっきりと追い返すべきであると決めた。
「帰って頂戴」
しかし男は帰らず、ほむらの視線に当てられて脂汗みどろになりながらも、続けるのだった。
「いやあ、その、僕は鹿目常務にずいぶん可愛がられたクチでして、
お嬢さんがもし困っているなら、当社への就職を支援させていただこうと…」 - 401: 2011/07/10(日) 17:59:16.69 ID:qyMGvmjuo
- ――お義母さんに可愛がられた? だから何だというの?
お義母さんが命を狙われているときに助けることも出来なかった連中が、
そして殺された後ものうのうと組織に従って今まで生きてきた奴が、今になってまどかを連れ去ろうとやって来る…。
ほむらは、組織を構成するエゴの最小単位を、玄関の扉越しに見た気がしていた。
そしてそれは、警察官たちの、組織に寄り添うエゴたちの、ほむらに対する不快な言葉を、再び彼女の脳内に浮かび上げた。
――誰も正義を行わない、そのくせ建前だけは重要視する。
今もコイツは、まどかを建前の道具に使おうとしているに過ぎない。 だったら、私は――
「帰れと言っているのが聞こえないのかしら? 警察を呼ぶ、と言いたいところだけど、私自身が警察官なの。
ブタ箱に宿泊したいのなら、今すぐ手続きをしてあげるわ」
男は、ドスの利いた声を聞いて、何かを新聞受けに突っ込み、今度こそ逃げるように帰っていった。
ほむらがそれを取り出してみると、「株式会社マミリーマート 就職説明会案内」と書かれていた。
ほむらはそれをくしゃくしゃに丸め、ゴミ箱に捨てた。
だがそれは、まどかに契約を迫るその白い悪魔は、その後幾度も、まるで嫌がらせのように新聞受けに入れられる事になるのであった。 - 402: 2011/07/10(日) 17:59:57.22 ID:qyMGvmjuo
- 「さっきの人、なんだったの?」
まどかは、食卓についたほむらに、心配そうに訪ねてきた。
「なんでもないわ。 ただの悪徳セールスマンよ」
サラリと流したほむらの態度に安心したのか、まどかは、
変な人が最近多いんだね、と、ほむらの買い与えたキッズケータイを見ながら言い、「いただきます」と、食事に手を合わせた。
ほむらはそんなまどかの動きを、手振りで制し、ちょっといい? と、聞くと、まどかは手を止めてほむらを見た。
「まどか、あなたに就職支援を約束して、取り入ろうとする者が現れても、決して言いなりになっては駄目」
「え…就職?」
「そう、あなたは私が養うから、働く必要はないのよ。 ずっと家で私のお嫁さんをやっていて頂戴」
組織に消された詢子――。
組織に疎まれ、飼い殺されている自分――。
そして、組織に利用され、正しい事にさえ目を向けられないその他大勢――
――まどかは絶対、そんな風にしない、まどかは絶対、働かせない。 すべての必要なお金は、私が稼ぐ。
そして今まで通りの、幸せな日々を――。
ほむらが、決心を固めた夜であった。
- 403: 2011/07/10(日) 18:00:25.06 ID:qyMGvmjuo
-
… - 404: 2011/07/10(日) 18:01:02.50 ID:qyMGvmjuo
- 杏子はそれを聞き、全てに合点がいったようであった。
「そうか、だからあんた、あたしがまどかを働かせようとしたとき、あんなに怒ったんだな」
「そうよ、あなたはしてはいけないことをしたの」
「でも、さやかが危なかったんだぞ!」
ほむらはまどかと卓球をしているさやかを睨みつけた。
そして気持ちが変わっていない事を確認し、
「別にあの時死んでくれていても、よかったと思うわ」
杏子に、言葉にしたそれを叩きつけた。
「てめえ!」
杏子が吠えたが、ほむらは余裕を持って、
「あなたはいいの?」と、問うと、杏子は、その言葉の意味を知ってか知らずか、「…何がだよ?」と、怒りを鎮めた。
「美樹さやかとの関係よ。
ギクシャクしたまま放置していると、そのうちあなたも、
あの時彼女を見殺しにしていたほうが良かったと、後悔することになると思うけど」
杏子はそれを聞くなり動けなくなり、反論も出来なくなった。 - 415: 2011/07/11(月) 19:41:02.90 ID:TRdx1Xl5o
- 第十二章 迷い
卓球が終わり、夕食までの間を自由時間とし、ほむらはまどかと部屋でくつろごうと思っていたのだったが、
さやかがのこのこと部屋にまで付いてきたので、ほむらはイライラしながらまどかとさやかの会話を聞く羽目になった。
「いやあー! ここは楽しいねえー! また来年も来ようよ、まどか!」
「うん! みんな一緒にね!」
ほむらには、さやかの言葉が、ここにいない杏子がいなくても十分楽しい、と、言外に行っているような気がし、ハラワタが沸えくった。
杏子との関係が終わってしまえば、またワープアに戻る筈であり、
そうなったらこんなグレードのホテルにはとても来れるはずがないのだが、
一体どういうプランでここに来年も来ようとしているのだろうか?
ほむらは、まどかを独占されていることに加え、何の考えもなくモノを言っていそうなさやかをくびり殺したい衝動にかられていた。
ワープアであるさやかが、杏子に見初められて、まるでシンデレラのような待遇の変化を享受しているというのに、
それを邪険に扱っているのはどういう了見なのか、ほむらは理解に苦しんでいたのである。
- 416: 2011/07/11(月) 19:41:37.82 ID:TRdx1Xl5o
- 「美樹さやか! あなたは恋人をほったからして、一体どういうつもりなの?」
ほむらはとうとう堪忍袋の緒をぶち切れさせ、さやかを謗ってしまっていた。
「はあ? 恋人? あんた何言ってんの?
あたしと杏子は公では上司部下だけど、私ではただの友達であって、恋人とかそんなんじゃないし!」
ほむらはさやかの言葉に、絶望にも似た衝撃を受けていた。
――どういう事なの、杏子!? あなたナメられているわよ!!
二人の想いがここまで食い違っているのであれば、杏子の恋の難易度はただごとではなかろうと、ほむらは思った。
ほむらは、この悪すぎる状況を何とかしなければならないという義務感のような情動に突き動かされ、
杏子の部屋に向かって走りだしていた。 - 417: 2011/07/11(月) 19:42:06.96 ID:TRdx1Xl5o
- ほむらがノックすると、すぐに勢い良く扉が開き、「さやか!」と、嬉しさに弾けるような声と共に杏子が顔を出したが、
目の前にいるのがほむらだと確認できた瞬間、はっきりと分かるほど落胆した表情になったので、ほむらは更に神経をイラ付かせた。
「杏子、美樹さやかの認識が大変なことになっているわよ!」
ほむらは叫んだ。
しかし、さやかに飢えているのだろう杏子はその言葉に相応の反応を示す事ができぬほど弱りきっており、
まあ、入れよ、と、息絶えそうな声で言って、ほむらを招き入れたのだった。
「何よ、この部屋!? あなたレズをナメているわね!!」
ほむらは、ベッドの形状を確認するやいなや、落胆の混じった高い声を上げた。
その部屋は、ツインベッドルームであった。
ほむらたちの部屋は勿論、ダブルベッドルームである。 - 418: 2011/07/11(月) 19:42:33.41 ID:TRdx1Xl5o
- 「――で、さやかの認識がどうしたって?」
ほむらを部屋に招き入れるなり、杏子はベッドの上に膝を抱えて、縮こまるように座り込んで、言った。
いつもの「空海?」がないということは、さやかに無視され続け、余程精神をやられているのであろう。
その様子は先程までとはまるで別人のように痛々しい。
ずっとこんな風にして、さやかを待ち続けていたのだろうと思うと、ほむらにしても人事とは思えず、その胸がズキズキと傷んだ。
「美樹さやかは、あなたの事をただの友達だと言ったわ。 あなた分かっているの?」
「…ああ、そうさ。 あたしたちはまだ、ただの友達だよ」
ほむらは、耳を疑った。
「何言ってるの? あなた美樹さやかが好きなんでしょう? 何故友達なんて、そんなに平然と言えるの?」
ほむらのなじるような言葉を聞きながら、杏子はそれらが傷口に触れたかのように、表情をよじっていく。 - 419: 2011/07/11(月) 19:43:01.19 ID:TRdx1Xl5o
- 「勘弁してくれよ。 あたしらにはもう少し時間が必要なんだ」
「悠長なこと言わないで頂戴! 私だって今、まどかを美樹さやかに独占されているのよ!
いい? あなたの相手は迷惑なの! 主人であるあなたが責任をもってしつけなさい!!」
杏子は泣きそうになっている。 まるで大人に叱られている子供である。
「ちょっと待ってくれよ…やっとの事でさやかと友達になれたんだからさ…それでいきなりレズっぽく襲いかかったら、
せっかくここまで来れたのに、さやかに嫌われてしまうかも知れないじゃんか…
もう少し時間をくれよ…さやかを怖がらせないように、じっくりと腰をすえてかかろうと思っているんだからさ…」
要は、これ以上接近しようとすれば、関係を壊してしまうのではないかという危惧が恐ろしくて前に進めず、
友達関係に妥協し甘んじて、ぬるま湯に浸かっているのですと、ほむらには聞こえるのだった。
なんというヘタレ! ほむらは煮え切らぬ態度の杏子に怒りを爆発させた。 - 420: 2011/07/11(月) 19:43:45.59 ID:TRdx1Xl5o
- 「…じゃああなたは美樹さやかの友達ね。
美樹さやかに好きな男ができて、その男と彼女が寝るようになっても、友達なら祝福出来るわけね?
美樹さやかはヴァイオリニスト崩れのチンピラと付き合ったことのある穴あき娘だから、
また男に走ることは容易に想像できるわ! その時、私と一緒に美樹さやかの恋を応援しましょうね! 友達なら出来るでしょ?」
杏子は泣きながらムキになり、
「祝福なんかしねーもん!! 男なんか近づけねーもん!! さやかに付く悪い虫は、あたしが全員ぶっ潰す!!」
まるで小学生である。
「…あなたそれじゃあ最低だわ。 美樹さやかの、最低の友達」
哀れむような、それでいて容赦のないほむらの断言に、とうとう反論が出来なくなった杏子は泣き崩れ、
「もうどうしたらいいかわかんねえんだもん…助けてくれよ…あたし、このままじゃダメになっちまう…」
ベッドを掻きむしりながらおいおいと嗚咽混じりに叫ぶのだった。 - 421: 2011/07/11(月) 19:44:23.31 ID:TRdx1Xl5o
- ほむらは全国展開しているコンビニチェーンの社長とは思えない、その情けない姿に胸を締め付けられ、
「…分かったわ…私もレズの先輩として力になってあげるし、きっとまどかもそうしてくれるはずよ」
打って変わって優しくそう、語りかけた。
杏子は泣き崩れた顔を上げ、
「本当か…助けてくれるのか…?」
涙にふやけた声を震わせた。
「ええ、私は真面目に頑張るガチレズの味方で、現状に甘えて前に進めないヘタレの敵。 あなたはどっちなの? 佐倉杏子」
杏子は袖でゴシゴシと涙を拭い、
「あたし、頑張るよ! 絶対さやかとラブラブになる!!」
と、決意を新たにした。
「じゃあ、今まであった事を話してみなさい! その中にきっと、美樹さやかがあなたを避ける理由があるはずよ!」
杏子は、しばしの沈黙の後、ポツポツと、今までの経緯を語り始めた。 - 422: 2011/07/11(月) 19:44:50.17 ID:TRdx1Xl5o
- 「…ねえ、さやかちゃん…」
まどかは、隣に座り、黙り込んで何かを考えているさやかの意識に、自分の声を滑りこませるように、聞いた。
「…何? まどか」
かすれた声で反応したさやかは、先程ほむらが出て行った後から、ずっと黙り通し、今やっと口を開いた次第であったのだ。
まどかは、親友の、沈黙の理由を探り確かめるように、
「杏子ちゃん、ずっと寂しそうだったよ…」
ぽつりと、言葉を浮かべた。
――沈黙。 まどかは、さやかの無言の返答に、その原因の中核に杏子が鎮座していることを、今はっきりとつかみとった。
「…もしよかったら、話してくれないかな…?」
まどかの問い掛けが重いのだろう。 さやかは更に項垂れ、苦い表情になった。
「あたし達、もう駄目なんだ…」
さやかは、苦しみに言葉を詰まらせながら、ポツポツと語り始めた。 - 423: 2011/07/11(月) 19:46:15.10 ID:TRdx1Xl5o
-
… - 424: 2011/07/11(月) 19:46:45.19 ID:TRdx1Xl5o
- 間一髪で変態紳士化は避けられたものの、グリーフシードの影響で体が弱りきっていたさやかは、
さくら会系列の病院に、3日ほど入院していた。
そしてその、退院の日――。
「…色々とありがとうね、杏子。 入院費、絶対返すから」
「…これからどうするんだい?」
心配そうな杏子の問いに、さやかは精一杯の笑顔を作り、
「まあ独りならなんとかなるっしょ。 警備員でもやるよ」
答えて、手を降った。
「じゃあね、杏子」
早く帰ってほしいと、さやかは思った。
ああは言ったが、本心はこれからの生活に対する不安で、押しつぶされそうになっていたのだった。
杏子を見ていると、その温もりに縋りつきそうになる自分の弱い部分が、その潰れそうな神経を撫ですさるのだ。 - 425: 2011/07/11(月) 19:47:55.99 ID:TRdx1Xl5o
- しかし、杏子は帰らなかった。 あろうことか、近づいてくる。
――ダメ。 あたし杏子に頼っちゃうよ…駄目なあたしをさらけ出しちゃう…
さやかの思考の中に、その悲痛な叫びが弾け、不安にも似た知覚が染み渡ったその余韻に、新たに滴下された言葉の雫――
「さやか。 あたしと一緒に来てくんないかな…?」
言葉と共に、握り締められた手の温もり――
「…もしよかったらさ、あたしの秘書になってくれよ。 あんたに、支えて欲しいんだ。 側にいて欲しいんだ」
さやかの視界は、徐々に涙で霞んでいった。
「…無理だよ…あたし、秘書なんて、なにしていいか分からないし…それに、働く気力も、やる気みたいなものも、今何も無いの…」
涙で何も見えなくなった視覚の代わりに、包みこむ温かな感触が、
さやかに、杏子がきちんと手を握りしめてくれているという事実を知らせ続けていた。
「大丈夫だよ。 あたしの側にいてくれよ。 仕事は、一年前まで秘書をやってくれた妹を付けるから、教えてもらうといい。
実務をやりながら勉強して、資格を取るんだ。 頑張り屋のさやかなら出来るよ」 - 426: 2011/07/11(月) 19:48:37.76 ID:TRdx1Xl5o
- 「…こんなあたしでもいいの? コンビニ店員しか、やったこと無いんだよ?」
「…大丈夫だって。 お手伝いみたいなもんだからさ…」
杏子は、妹が倒れてから心を入れ替え、あまり物事を人にやらせず、自分でやるようにしていた。
「でも…向こうで住むところとか…」
それを聞いて、杏子はハッとして固まった。
そして欲望の絡んだアイデアを注意深く取り出し、邪な考えを抜き取るように、言葉を繋いだ。
「あたしのマンションに、開いている部屋があるから、そこを使うといいよ。
えっと…そう、ルームシェアだよ! 欧米では一般的なんだ!」
杏子は、同棲という言葉をかみ殺して、人当たりのいい言葉に置き換え、取り繕うように言った。
「…なあ、来てくれるかい?」 - 427: 2011/07/11(月) 19:49:04.39 ID:TRdx1Xl5o
- 「…でも…なんか悪いし…」
「来て欲しいんだ!」
逡巡していたさやかではあったが、杏子の強い言葉に、頷くしか無かった。
さやかは思った。
こんなに自分を必要としてくれているなら、もう一度頑張ってみよう。
杏子のために、働いてみよう。
さやかは涙をぬぐって、はっきりした視界の正面に、杏子を捉え直して、言った。
「じゃあ、あたし頑張るよ。 だから少しだけ、杏子を頼るね」
杏子はそれを聞いて、照れたように俯き、
「頼っているのは、あたしの方さ」
と言って、笑った。 - 428: 2011/07/11(月) 19:49:36.91 ID:TRdx1Xl5o
- その日から二人の生活が、そして次の日から、さやかの秘書見習い生活が始まった。
それは、二人の関係を阻む、問題の始まりでもあった。
「おはようございます!」
「おはよう、美樹さん」
元気の良いさやかの挨拶に答えるのは、彼女の補佐をしている杏子の妹ただ一人である。
秘書課員達は、当初からさやかに冷たかった。
カリスマであり、会社のアイドルでもある杏子の秘書を務めることは、秘書課員たちの希望のようなもので、
誰もが激務を覚悟した上で自分がなりたいと思っているのに、そこに秘書検定も取っていない、中途採用の得体の知れない女が入ってき、
その栄光の役職を掠め取ったなどという人事は、絶望を与えられることにも等しいあり得なさであった。
しかもその補佐に、社を退いていた杏子の妹まで付けるというVIP待遇である。
秘書課員達の疑念と嫉妬の炎が、容赦なくさやかいじめという形を持って燃え盛り始めたのも、むべなるかなである。 - 429: 2011/07/11(月) 19:50:03.38 ID:TRdx1Xl5o
- 「美樹さん、あなた新人のくせに出社が遅いわねえ、さっさと掃除して頂戴な」
お局と呼ばれる秘書課長のババアが、さやかの遅参を詰りながら自在ぼうきをほうり投げた。
さやかはもっと早く出社したかったのであるが、杏子がなかなか彼女を手放さず、出社が遅れたのだった。
そんな言い訳は勿論出来ないので、さやかはすみません、と謝って掃除を開始した。
「アーッ! ラーメンこぼしたあ!!」
声のする方に目を向けると、カップの味噌ラーメンを食っていた秘書課員が、明らかにワザと、床にスープを注いでいた。
杏子の妹が急いで雑巾を取りに行こうとするも、
「コラ! 佐倉さん! お掃除は下っ端の美樹さんの仕事でございますよ!」
お局がこれを阻止するのであった。 - 430: 2011/07/11(月) 19:50:47.27 ID:TRdx1Xl5o
- さやかは朝っぱらから、雑巾の絞り汁と味噌ラーメンのコクのあるスープとが入り交じった香りを、
床に這いつくばった姿勢で、汗をかきながら嗅ぐことになったのである。
そして漸く床が綺麗になったと思ったその刹那――
「アッ、ゴメン!」
目の前に再度、スープが注ぎこまれ、床にたたきつけられたその飛沫が、容赦なくさやかの顔に浴びせかけられた。
さやかが涙を堪えて、床を再度拭き直していると、
「美樹さん! いつまで床を拭いているの!!」
お局の叱責が飛んでき、さやかは「スミマセーン!」とそれに大声で応じなくてはならないのだった。
――負けるもんか! 負けるもんか!
さやかは熱を入れ、雑巾がけを超速で行っている。
杏子の妹は、そんな健気なさやかと、執務机にふんぞり返っているお局とをおろおろと交互に見、
何も出来ずにただただ固まっているのだった。 - 431: 2011/07/11(月) 19:51:18.11 ID:TRdx1Xl5o
- 杏子の妹と秘書課を出、社長室に向かう頃には、さやかは既にクタクタになっていた。
「…ごめんなさいね、美樹さん…」
杏子の妹はうつむきながら、申し訳なさそうに謝ったが、彼女が悪いわけではないので、さやかは、「大丈夫! 気にしてないって!」
と、カラ元気で応じた。
「…お局さんも、他の人達も、あんな風じゃ無かったの…みんなお姉ちゃんの秘書になりたくて、頑張ってきたのに、
美樹さんにその役目を取られたから、ヤキモチを妬いているんだと思う…」
「…そっか、そうなんだ…」
杏子妹は、そう言ったさやかの顔を見て、軽率な言葉を発した事を後悔した。
「あたしが入ったことで、会社の中が乱れているんだ…なんか気が引けちゃうな…」
さやかには、何気なく発した言葉が、時間が経つにつれ、自らを締め付けていく鎖のように感じられるのだった。 - 432: 2011/07/11(月) 19:52:36.36 ID:TRdx1Xl5o
- 「あっ…でも、美樹さんが悪いわけじゃないと思うな! お姉ちゃんが悪い! 私、後でお姉ちゃんに注意しておきますね!」
取り繕うような妹の調子にも、さやかは乗ってこなかった。
自分を責めて、沈んだままだ。
「…杏子は悪くないよ…あたしの命の恩人だし…仕事も、あたしが杏子に頼ったようなもんだし…」
妹はさやかの言葉を聞いて、「ごめんなさい…」と、謝る事しか出来なかった。
しかし、これではよくないと思う。
なんとかさやかを気持よく働かせないと、それが自分の役割なのだから…妹は、話題を探した。
「…あの…お姉ちゃんとは、どうですか?」
言ってしまった後で、妹はまた後悔をした。
「…どうって?」
さやかの返答を聞いて、変なこと聞いちゃった、という後悔が具体性を帯びてくる。
妹は、すべてを放り出し、その場から逃げてしまいたくなった。 - 433: 2011/07/11(月) 19:53:34.79 ID:TRdx1Xl5o
- 「そ…その…不躾な姉なので…失礼な事とか…無いかなと思って…」
姉がレズであることを知ってしまっていた妹であったから、その同棲相手であるさやかを前にして、
モノを言うたびにそれがタブーのような気がしてきて、仕舞いには思考まで動転してくる有様であった。
「…あのう…変なこと聞いて…ごめんなさい…」
そんな妹の配慮を見て、杏子がレズであることを感づいていたさやかは、
自分と杏子、二人の関係に対する周囲の認識を見た気がし、複雑な思いに言葉を詰まらせた。
実際杏子はさやかにエッチな事は何もしていなかったし、ただただ普通にルームシェアをしていただけだったから、
それだけに想像の先行するこう言った他人の感じ取り方は、さやかを必要以上に追い詰める結果になってしまうことは致し方ない。
「あ…あの…あんな姉ですが…とにかくよろしくお願いします!」
社長室の前で、深々と頭を下げられ、そう嘆願されたが、一体どこまでお願いされているのだろうか?
さやかは考えるたびに深みにハマっていく自分を感じながら、
そんな霧のようにかすんだ自分と相手との認識の隔たりに対する歯がゆい思いを振り切るように作り笑いを浮かべ、
「うん」と返すのが精一杯であった。 - 434: 2011/07/11(月) 19:54:11.15 ID:TRdx1Xl5o
- 「さやか!!」
社長室に入ると、喜びの溢れでた杏子の表情に迎えられ、複雑に傷のついたさやかの心は、多少癒されたような気がした。
妹は部屋に入るなり、台に置かれていた花瓶を持ち、最初に花を取り替えるんです、と、さやかに伝え、部屋を出て行った。
さやかがそれを追いかけようとすると、杏子が袖を掴んで引き止め、
「さやかはあたしの側にいてくれよ」
と、甘えてきた。
「でもお花取りに行く場所とか、あたしわかんないよ? ちゃんと仕事覚えて、杏子の役に立てるようにならなきゃ…」
といったものの、杏子はさやかを離さず、
「そんなの後で場所だけ聞いときゃいいじゃねえか! とにかくさやかはそこにいてくれ。
さやかが居ないと気が気じゃなくて仕事が捗らねえんだ!」
と、こんな調子であった。 - 435: 2011/07/11(月) 19:54:37.89 ID:TRdx1Xl5o
- さやかが仕方なく、社長室の掃除を始めようとすると、花瓶の水を換えてきた妹が社長室に戻ってき、
「これからお花を取りに行くので、付いてきてください」
と、さやかに一緒に来るように行ったので、さやかが付いて行こうとすると、
「おい、花くらいでさやかを使うんじゃねえ!」
杏子が妹にキレた。
「何よ! お姉ちゃんが、美樹さんに仕事を教えてくれって私に頼んだんじゃない!!」
「うるせえ! 連れていくことねえだろって言ってんだ! 教えるならここで、口頭で教えたらいいじゃねえか!!」
姉妹喧嘩が始まり、険悪なアトモスフィアがさやかの心に沁み込んで、胸を押さえつけ始めた。 - 436: 2011/07/11(月) 19:55:30.59 ID:TRdx1Xl5o
- 「…あのさ、あたし、お花取りに付いて行くよ。 口頭じゃよくわかんないと思うし…ごめんね、杏子」
さやかがそう言って恐る恐る杏子を見たとき、彼女は突然穴に落ち込んだようなあっけに取られた表情をし、
その後、明らかに嫉妬に満ち満ちた目付きで妹を睨んでいた。
「ごめんね杏子、すぐに覚えて、出来るようになるから、だから喧嘩しないで、あたしに勉強させてよ、ね」
さやかは自分の存在が、秘書課やこの姉妹の仲など、
多くのものに亀裂を生じさせる要因になっていることに、恐怖にも似た不安を感じていた。
「別に怒ってねえけどさあ…」と、杏子が言いかけたとき、妹が、
「時間が惜しいので、早く行きましょう、美樹さん」
と言って、さやかの手を取り、社長室を足早に出た。
妹に手を掴まれたとき、チッ、という杏子の舌打ちが部屋に響いたのを、さやかは聞き逃がしてはいなかった。 - 437: 2011/07/11(月) 19:55:58.72 ID:TRdx1Xl5o
- 花をもらってきて、花瓶に生け直すと、さやかは杏子の下に走り寄り、
「ちゃんと覚えたからね。 明日からは一人でできるから」と、報告すると、
「そうか、そうか」と、杏子もデレデレとしながら応じてくれ、さやかは杏子の機嫌が治っただろうことに深く安堵した。
「次は、部屋の中を掃除します」
しかし妹のきっぱりとした声がすると、杏子の顔がムスッと豹変し、それを見て焦ったさやかが、
「ちゃんと覚えるから! そしたら明日から一人でできるから! ね!」
と、いちいちフォローしてやらねばならず、大変であった。 - 438: 2011/07/11(月) 19:56:45.05 ID:TRdx1Xl5o
- 二人が部屋の掃除を始めると、杏子はなにやら書類を広げ、確認しながらペタペタとハンコを押していたが、すぐに放り出し、
さやかの後に付いて「そうそう、上手い」とか言いながら掃除の指導を始めた。 すると、
「お姉ちゃん! 仕事しなよ!」
当然のように妹がこれにキレた。
「うるせえ! お前がさやかにベタベタするから、気が散って何も出来ねえんだよ!」
「ベタベタなんてしてないでしょ! 私は教えているだけ!」
姉妹喧嘩は一気にその火種が燃え上がり、危険な状態に遷移した。
「ちょっとちょっと、喧嘩は駄目だって!」
さやかが間に入ってなんとか止め、収まったものの、完全にそれが消えるわけはなく、
さやかは痛いまでの杏子の視線を背中に浴びながら、社長室の清掃を終えたのだった。 - 439: 2011/07/11(月) 19:57:46.63 ID:TRdx1Xl5o
- 次は、スケジュール管理を教わった。
「愚姉のスケジュールです。 時間が押しているので掻い摘んで…」
「おい、誰が愚姉だよ! ふざけんな!」
妹は吠える杏子を完全に無視してかかっていた。
しかしさやかは杏子の機嫌が気になって仕方がなかった。
「十時から役員の方が来られるんですね」
「ええ、そうです。 戦略、広報担当の骨川常務が業務報告に来られるので、ご案内しなければいけません。
それにその前に、今やっている書類の決裁を終えてもらいたいんですけどね…」
そう言って、妹が嫌味っぽく、遅々として進まぬ仕事が広がっている杏子の執務机を一瞥した。
「うるせえな、今やっているじゃねえか!」
杏子がペタリと判を押した。 しかし、未決済の書類はまだ山積しており、とても十時まで終わりそうにない。
さやかはピンチを感じ取った。 - 440: 2011/07/11(月) 19:58:31.84 ID:TRdx1Xl5o
- 「杏子、頑張って!」
さやかが応援の言葉を送ると、杏子の書類を確認するスピードがにわかにアップしたようであった。
今度は判を押さずに、机の隅に書類をすべらせる。
何かが気になり、決裁出来なかったのだろうとさやかは思った。
ただハンコを押すだけが仕事では無いのである。
「頑張れ! 頑張れ!」
「おっしゃあ! 燃えてきた!」
さやかの声援に答えるように、杏子は猛スピードで書類を片付けていく。
妹は、呆れたような表情でそれを眺めていた。
「さやか、終わったぞ!」
「やったね、杏子!!」
終了したのは、十時二分前であった。 - 441: 2011/07/11(月) 19:59:07.67 ID:TRdx1Xl5o
- それからは、役員や部長級の社員達が代わる代わる社長室を訪れ、その度に杏子は指示を出したり、
一緒になって考えたり、書類を突き返して担当者を社長室に呼び付けたりし、
その結果杏子の所要が増えると、妹がさやかを近くに呼んで、スケジュールを組み込む要領を教えた。
杏子のスケジュールは何かがあるたびに増えていき、管理が大変そうであった。
さやかはこんな事が自分に出来るのかと、不安を感じ始めていた。
そしてそんな不安の中、スケジュールと時計とを交互に見ながら昼休みがやってきたが、
時計が正午を指していることをいくら確認しても、さやかの頭は休み時間に切り替わらず、なんだか変な気分であった。 - 442: 2011/07/11(月) 19:59:34.56 ID:TRdx1Xl5o
- 杏子は邪魔な妹を社員食堂に追いやって、さやかと二人、レストランで昼食をとっていた。
「どうだい? 仕事は」
「うーん、めまぐるしすぎて、何が何だか分からないや…」
杏子はエスカルゴのなんとやらを口に放り込み、咀嚼し飲み込んでから、
「まあすぐに慣れるって」
と、楽観論を展開した。
「うん、頑張るよ」
さやかも、そう思わねばやっていけなかった。
不安をそうするようにエスカルゴを噛み下し、笑顔を作ると、杏子は顔を赤らめ、俯いて「ヘヘヘ…」と照れ笑いをした。
「どうしたの、杏子?」
「な…何でもねえよ…」
杏子は、まるでデートみたいだ、と思って、ひとり舞い上がっていた。 - 443: 2011/07/11(月) 20:00:02.64 ID:TRdx1Xl5o
- 午後は会社から出、車で銀行や商社、そして食品会社などを巡り、商談やら挨拶やらをして、社に戻ると6時を過ぎていた。
「あたしはもう一仕事するけど、さやかは疲れたろうから帰っていいぞ」
さやかは杏子の好意を受けることに迷いを感じていた。
付いていくばかりで何も出来ていなかった自分が、その上先に帰るなどと、許されることではない気がする。
「そうですね、もう秘書の仕事はないので、先に帰っていてもいいと思います。
あ、念のため、明日のお姉ちゃんのスケジュールだけは、明日の業務開始までに頭に入れておいてくださいね。」
しかし妹もそう言ってくれたので、さやかは好意に甘えて帰ることにした。
「じゃあ先に帰っているね。 杏子は何時に帰るの?」
「あと1時間もあれば帰れると思う」 - 444: 2011/07/11(月) 20:00:37.09 ID:TRdx1Xl5o
- 「そう、じゃあ晩ご飯作っておくよ。 何がいい?」
さやかの申し出に、杏子は戸惑いながらも、嬉しそうな表情を浮かべ、
「さやかの作るものなら、何でもいいよ」
と、答えた。
それはさやかが同じ問い掛けをしたとき、いつも恭介がする答えと全く同じで、
さやかはその言葉の中に不安の種を見た思いがしたが、それを振り払うように、
「じゃあ、オムライスでいいかな?」
笑顔を作って、言った。
オムライスはかつて恭介によってたぬきの餌にされた料理であった。
何でもいい→オムライスの流れは、さやかにとってトラウマであったが、彼女はそれをあえて試し、克服したい気持ちになったのだった。 - 445: 2011/07/11(月) 20:01:06.49 ID:TRdx1Xl5o
- 「さやかー! ただいま―!」
杏子が帰ってくると、さやかが出来上がった料理をテーブルに並べている最中だった。
「あ…ごめんね、お出迎え出来なくて」
「いいって、いいって、それより腹ペコだ! 早く食べよう!」
普段、小腹が空いたときはお菓子やジャンクフードでそれを満たす杏子であったが、
今日はさやかが手料理を作ってくれるということで、耐えに耐えていたのであった。
「いただきます! ひゃあ、うめえ!!」
杏子は息継ぎのように賞賛を唱えながらオムライスを瞬く間に完食し、おかわりまでする始末であった。
杏子の胃袋は幸福で満タンであった。 さやかの手料理を満腹になるまで食うことが出来たという、幸福である。
さやかはそれを見て、オムライスをたぬきの餌にされたトラウマが克服できたような気がし、素直に嬉しくなったのであった。 - 446: 2011/07/11(月) 20:01:42.49 ID:TRdx1Xl5o
- さやかは、食器を片付けたあと、自室で杏子の明日のスケジュールを確認したあと、秘書検定の勉強を始めた。
しかし、始めて十分も経たないうちに、部屋の扉がノックされ、
「さやかー、あそぼうぜー」
と言って、杏子が入ってきた。
「ええー、あたし、いま勉強中なんだけど…」
さやかがそう言って渋ったが、
「明日でもいいじゃんか。 居間でテレビ見ようぜ。 それともゲームすっか?」
と、杏子は、「少しだけだからね」と言うさやかを居間に引っ張り出し、ソファに並んで座り、テレビをつけた。
しかし杏子はどんな番組をやっているのか分からない。
体のセンサー全てがさやかに釘付けだからである。 - 447: 2011/07/11(月) 20:02:19.18 ID:TRdx1Xl5o
- 杏子は、だんだんと思考がさやかで飽和していく自分を感じていた。
そして勇気を振り絞り、体を少し、さやかの方にスライドさせ、寄り添ってみた。 さやかは黙ってテレビを観ている。
杏子はうっとりとさやかを見つめながら、自分の中にエッチな衝動が泉のように湧き出すのを感じている。
女性器が熱く興奮して、さやかを求めて花開いていくのが分かる。
杏子はそれをどうしていいか分からずに、腿をもじもじとすりあわせ、持て余しながら、
己の中に蓄積されていくさやかへの情動に、なんとか抗っていた。
「…どうしたの、杏子?」
突然声をかけられて、あまりの驚愕に杏子のすべてが制動された。
「えっと…あのさ…」
そして動転によってかき回され、もつれた毛糸のようになった思考が紡いだ言葉――
「手、繋いでいいかな?」 - 448: 2011/07/11(月) 20:02:57.72 ID:TRdx1Xl5o
- 杏子は自分が言ったことの真意を分からずに、浴びせかけられたかのような冷や汗の存在を肌に感じたが、隣のさやかは、
「べつに、いいよ」
と、あっさりと応じてくれたのだった。
杏子はジリジリと右手を動かし、さやかの左手に近づけながら、猛烈な違和感を覚えていた。
そう、違和感としか言い表せない、しかも二人の関係の、どこに違和感を覚える要因があるのか分からない、もどかしい知覚だ。
そんなことを考えながら、杏子の手が、さやかのそれに触れたその瞬間、
さやかの体が瞬時にこわばったのが、触れ合った肌を通して杏子にも感じ取れた。
――さやかを怖がらせちまったかも知れない!
杏子の腹に、冷たく重い、鉛の網のような後悔が広げられた。
しかしすぐに、繋いだ手から伝わるさやかの温もりが、近くにあるその顔が、それらさやかのすべてが入り込んで、
その鉛を溶かしながら杏子の体中を駆け巡り、鼓動を高め、加熱させていった。
次スレ:
- 関連記事
コメント
お知らせ
サイトのデザインを大幅に変更しました。まだまだ、改良していこうと思います。