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1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 16:47:43.31 ID:CxPl+XYro
 魔法なんてどこにもなくて、変態がいて、働いて、時には笑い、時には泣く。そんなどこにでもある日常。
 コンビニアルバイター、美樹さやかは幼馴染の上条恭介と同棲生活をしながら、そんな日常の中で貧しく暮らす一人。
 ある日、彼女の隣の部屋に一人の女が引っ越してくる。
 最低の出会いだと、彼女は思うのだが…。
 それは、彼女の運命を変える出会い―
 それは、新たな労働者物語の始まり―

※これは架空の物語である。
 過去、あるいは現在において、たまたま実在する店舗、アニメキャラ、出来事と類似していても、それは偶然に過ぎない。

 さやかちゃんが上条と結ばれたら―そんなさやかちゃんイージーモードなSSです。
 出てくる男はすべてクズなのでクズオトコ耐性のない人やお子様は読まないほうが賢明だと思います。
 このSSからは労働に対する嫌悪のようなものがにじみ出ていると思います。働くのが好きな人は読まないほうが賢明だと思います。
2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 16:49:18.51 ID:CxPl+XYro
 衝撃と耳鳴り、次いで痛みだった。 平手打ちを食らったのだ。
 美樹さやかは痛む頬を押さえて、同棲相手である上条恭介を見上げた。

「これっぽっちじゃ足りないじゃないか」

 左手には、一万円札が握られている。
 彼女から手渡された金だ。

「ごめんね、今月はもうそれだけなんだ…」

 さやかは頬を押さえて、俯いたまま、

「バイト先で、給料の前借りを頼んでみるから」

 と言った後、頬を張られて尻餅をついた体勢から立ち上がって、
 アルバイト先のコンビニに行く準備を始めた。

 恭介にはその動作が酷くのろいものに感じられて、彼はまたこの従順な幼馴染を引っぱたきたくなった。
 最近、とにかくイライラする。相手が男だろうが女だろうが、人を殴りたくなるときは、いつも大抵、そういうどうでもいいような理由からだった。
3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 16:50:17.60 ID:CxPl+XYro
 どうでもいい理由。その言葉を反芻して、恭介は我に帰ったように自分の態度を取り繕った。

「さやか、酷いことしてごめんね。ちょっと気が立っていて…やっぱり僕はあのクスリが無いとダメなんだ…」

「分かってる。 恭介は、立派な音楽家になるんだもんね。 そのためなら、あたしも頑張っちゃうんだから!」

 さやかは、もう出勤する準備をすっかり終えていた。玄関まで進むと、恭介の方を振り返り、

「今日の晩ご飯は何がいい?」
 
 と聞いた。恭介にとっては、毎日繰り返される退屈な質問でしか無い。 
 いいからとっととバイトに行けよ、と心に呟きながら

「さやかの作るものなら、何でもいいよ」

 そう返した。本当は何でもいいわけではなく、
 彼女の作ることが出来る貧しいレパートリーの中から自分の食べたいものを考えることが面倒だっただけだ。
4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 16:51:05.14 ID:CxPl+XYro
 何でもいい、そういったときにさやかが作る夕食のパターンを脳内に羅列してみて、
 オムライスなんか作りやがったらまた殴ってやろう、恭介はそう思った。

 このアパートは古くて狭い。玄関と部屋の隅に居る二人が、何の苦も無くコミュニケーションを取れるくらいの広さだ。
 さやかはこの狭い空間に恭介と居る時間が好きだったが、恭介はさやかが居ると煩わしいと感じることが多い。

「恭介、愛してるからね! それじゃあいってきまーす!」
 
 元気の良いさやかの声を完全に無視し、恭介は玄関のドアが閉まるのを確認してから携帯電話を取り出し、電話帳を検索しだした。

 ヴァイオリニストとして将来を嘱望された恭介ではあったが、今や堕落して完全にクズのヒモニートだった。
5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 16:51:38.02 ID:CxPl+XYro
 アパートの階段を降りる。足音は金属音。
 錆びて老朽化した足元に、さやかは時々不安を感じる。足元を見て、崩れはしないか、と思いながら下っていく。

 漸く下りきった、と思ったとき、さやかの体が柔らかい何かにぶつかった。

足元から視線を正面に持ってくると、髪の赤い女が尻餅を付いた格好で、「イテテ…」と言っており、その周りには2,3個のりんごが散らばっていた。

「あ…ご…ごめん…」

 さやかは散らばったりんごを拾い集めながら、早く出勤しなければならないのにこんな事に時間を取られなければいけない自分を呪った。

「あ、いいからいいから。あんた急いでいるんだろ?」

 そう固辞する相手を無視して、さやかはりんごを拾い集め、その女に渡した。機械的な動作だった。
 女はそれを受け取ってから、落ちていないりんごを紙袋から取り出し、

「食うかい?」

と言って差し出したが、さやかはその時既に女に背を向けて、勤務先に向かって走りだしていた。

「このアパートの人…だよな。」

 その女、佐倉杏子は受け取ってもらえなかったりんごをかじりながら、そう呟いた。
6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 16:52:37.77 ID:CxPl+XYro
「あたしがしっかりしないと、恭介が夢を追うことが出来なくなるんだ…」

 そう自分に言い聞かせ、さやかは走った。

 恭介は、不幸な男だった。
 事故に遭って怪我をし、大好きなヴァイオリンが弾けなくなった。
 それでもヴァイオリンを諦めきれなかった恭介は、多額の費用がかかる治療とリハビリを続けていた。

 しかしその後、父親が病気になり裕福だった彼の実家は見る間に傾いてしまった。
 恭介は治療を続けられなくなって、代わりに働くように言われた。
 演奏のような細かい動きはできないけど、人並みには動く位に、恭介の手は回復していたのである。

 だけど恭介はヴァイオリンに固執した。そしてかなり激しい争いの末に家を追い出され、さやかと同棲することになったのである。
 そしてしばらくは、貧しいけれど二人で音楽について語り合う幸せな日々が続いた。

「うわっ! しまった! 遅かった!」

 出勤途中にある、開かずの踏切に捕まった。遅刻確定だ。
 さやかは足踏みをするたびに苛立ちが溜まってくる自分を持て余しながら、踏切が上がるのを待ち続けた。
7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 16:54:01.94 ID:CxPl+XYro
 ―ある日、バイトから帰ってくると、恭介の様子がおかしくなっていた。彼は天井を見て、よだれを垂らしながらなにやら呟いていた。

『大きな星が、点いたり消えたりしている…アハハハ…大きい!
彗星かな?いや違う、違うな…彗星はもっと、バァーって、動くもんな!』

『恭介、ねえ恭介、どうしたの!?』

 さやかが肩を抱き、揺さぶると恭介は気怠そうにさやかの方に向き直り、ああ、さやかか、おかえり。そう言った後、まるで別人のようにしゃべり始めた。

『さやか、僕は気付いたよ。音楽はね、生まれるんだ。図太いのが生まれる。生まれるんだよ、さやか。
 そしてそこからね、削り出すんだ。だけど難しいことじゃない。僕くらいになるとね、分かるんだ。ねえ聞いてる?分かるんだよ。
 どこをどうやって削り出せばちゃんとした音楽になるのか、僕なら分かる。僕は作曲家になるぞ!演奏は無理でも、僕なら素晴らしい音楽を削り出せる。
 いいかい?彫刻みたいにね。すべての芸術は、同じようにして生み出されるんだ。僕はやるぞ!この芸術家になるクスリを使って、僕はやるぞ!』

 さやかが唖然としてその様子を見ていると、恭介はポケットから赤や黄色の錠剤が入った瓶を取り出して蓋を開け、
 そこから三錠ほど取り出して、ラムネ菓子でも食うように噛み下した。

『キクゥ―――――っ!!』

 奇声を発して恭介が倒れた後、さやかは恐ろしくなってそのクスリをゴミ箱に捨てた。
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 16:55:46.64 ID:CxPl+XYro
 恭介は体を痙攣させながら三日間眠り続け、起きた後クスリを捨てたさやかを責めた後殴りつけた。
 恭介に殴られたのはこの時が初めてだった。そして翌日恭介はまた同じクスリを買ってきた。

 今度は少しずつ飲むように言われたらしく、恭介は一日6錠までだよ、そう言って笑い、クスリが効いている分には平和な生活が戻ってきた。
  
 だけど今は、クスリが切れている状態だ。早くお金を持って帰らないと、また酷い事になる。

 そう思ったとき、踏切のすぐそばの駅からゆっくりと電車が発進し、通り過ぎた後にまたゆっくりと踏切が上がった。

 さやかはそれを恨めしそうに見やって、願い事が一つ叶うなら、そう思った。

 願い事が一つ叶うなら、恭介の腕を治してあげるのに。

 そうしたら、こんな風にイライラすることも無くなって、
 恭介も、あんな嫌なクスリを飲むのを止めて、
 あたしはこの煩わしい社会全体を、愛することだってできるようになるだろう。

 踏切に堰き止められていた人や車が一斉に動き出し、こちら側と向こう側が混じり合って交差し、遠ざかった。
 さやかのバイト先、マミリーマート見滝原店は、もうすぐそこだった。
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:40:42.56 ID:CxPl+XYro
「美樹さん、遅かったじゃない」

 バイト先の頼れる先輩、巴マミに叱責されて、さやかはすみません、マミさん。と、力なく項垂れて謝罪した。

 最悪のスタートだ。普段は遅刻しても、マミはあまり部下を叱りつける方ではない。

「アルバイトの教育は君の責任だよ、マミ」
 
 色白の、冷たい目をした青年がレジに立っているマミの後ろから顔を出した。
 本社から時々様子を見に来る社員で、名前は久兵衛と言った。さやかはこの男が嫌いだった。

 こいつがいるから、マミさんもあたしのことをきつく叱ったんだ。さやかはそう思った。
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:41:26.11 ID:CxPl+XYro
「すみません。私のせいで…」

「美樹さやかの勤務態度は、いつもこんな風なのかい?」

 マミが、いいえ…と言いかけたとき、さやかは割りこむように、

「すみませんでした。もう遅刻はしません」

 と、久兵衛に大きな声で謝罪した。話題を終結させるだけの、力のこもった謝罪だった。

久兵衛は、ふうん、と言ってレジを離れ、店の陳列棚を見回り始めた。

「今日一杯、久兵衛さんがこの店を点検なさるみたいだから、頑張ってお仕事しましょうね、美樹さん」

「はい!」

 優しくなったマミの声に元気づけられた一方、久兵衛が一日中この店に居ることを知って、さやかは暗澹とした気持ちになった。
 この男には、他に仕事が無いのだろうか?

 不意に、客が来たことを知らせるメロディーが鳴って、さやかは気持ちを切り替えて、

「いらっしゃいませ!」

 と、挨拶をした。
 その声は同じ言葉を発したマミのそれとハモって、二人は思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:42:18.27 ID:CxPl+XYro
「この街に来るのは、これで二度目か…三度目は無いと思わなきゃな」

 杏子は、越してきたばかりのアパートの一室に座り込んで見滝原の地図を広げ、ポテトチップスを食いながらそれに見入っていた。

「立地条件としては、第一にここ、そしてここ…後はここだな。後は現地偵察するしかねえか」

 安アパートである。隣の部屋からは、少し前から女の喘ぎ声が生々しく杏子の耳をくすぐっている。

「昼間っから、一体何やってんだか」

 杏子はそう言って地図をたたみ、ポテトチップスの袋と一緒にそれを持って立ち上がった。一刻も早くこの部屋から出たかったのである。

 玄関でブーツを履き、安っぽい扉を開けると、太陽の光が長方形の空間から溢れ、杏子は目を細めた。
 そしてそれに負けないように、思い切って杏子は光のなかに歩みだした。

 外に出ると、杏子は生まれ変わったような気分になった。鍵を閉め、鉄の階段に向かおうとしたとき、
 昼間からセックスなんぞをしている、隣の奴の名前でも見てやるか、と思い、杏子はちらりとインターホンの上に貼り付けられた表札を盗み見た。

「上条恭介、美樹さやか…ねえ…こりゃ救済が必要だな」

 吐き捨てるようにそう言って、杏子はポテトチップスを噛み砕いた。
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:44:30.01 ID:CxPl+XYro
 アパートを出ると、地図を頼りに、予め決めておいた三つのポイントを偵察しようと思って、杏子は歩き出した。

 杏子の父は宗教団体の宗祖をやっている。
 教会から分派した頃はかなり苦労したが、そんな中でも、父は人助け(救済)をやめなかった。

 そしてある時救済した男の一人が事業で成功し、宗教団体に多額の寄付が入ってからは生活も幾分か楽になった。そして団体も膨れ上がった。
 
 そんな父の宗教団体が中心となった事業の一環として、杏子はコンビニエンスストア、サークル杏を立ち上げたのである。

 サークル杏は着々とその規模を広げ、一年前に見滝原に店舗を構えた。が、しかし、
 従業員を人とも思わない残虐極まりない経営をする悪のコンビニ、マミリーマートに惨敗し、サークル杏見滝原店は失敗に終わった。

 だが杏子は諦めなかった。
 サークル杏は仏教の一派の力を借り、組織力と資金力を拡充したサークル杏クウカイとして不死鳥のごとく蘇り、
 再びこの街に帰ってくるのだ。

 杏子がこの街に越してきたのは、その先行偵察のためであった。
14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:45:57.51 ID:CxPl+XYro
「おや、君は…」

 まずは敵情視察と、マミリーマート見滝原店に到着した杏子は、駐車場で背広を着た色白の、感情のない男に出くわした。

 久兵衛である。

「君のところはまた性懲りも無くこの街に進出する気かい?」

「うるせえ、今度こそ成功させるんだ。サークル杏クウカイをなめんなよ」

 それだけ言葉を交わし、突っ立っている久兵衛を通り抜けて、杏子は店舗の入口に向かった。

 後ろから久兵衛のせせら笑う声が聞こえた気がしたが、杏子は無視して店舗に入っていった。
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:46:33.03 ID:CxPl+XYro
「いらっしゃいませ」

 入店のメロディーと共に、杏子を迎えてくれた声の主を見て、杏子は驚きを隠せなかった。

 そして何故か胸が高鳴ってくるのを感じる。

「あ…あんた朝の…!」

 朝、入居する際にアパートでぶつかった女だった。

 杏子の顔が火照ってきた。

「あ…あの時はごめんね。怪我、無かった?」

 そう言った女の胸に付けられたネームプレートを見て、杏子はまた更に固まってしまった。

「美樹…さやか…!?」

「はあ?」
 
 さやかは、ネームプレートを見て自分を呼び捨てにしたこの女を、この時はっきりと嫌いになった。
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:47:39.58 ID:CxPl+XYro
「あっ…えっと…ゴメンな…何でも無いんだよ…ハハ…」

 杏子は考えていた。隣の部屋には、美樹さやかと、上条恭介ってのが住んでいて、あの部屋からは男女が交わる声がはっきりと聞こえていた。
 だけど美樹さやかは、あの時あたしとぶつかった後ここに向かったわけで、それからずっとここで働いていたんだろう。
 じゃあ、あの部屋にいたセックス女は一体…?

 ―浮気だ…!

 杏子はそう確信した。だけど目の前のこの女は、美樹さやかは、きっとそれを知らない…

「あの…お客様?」

 自分に吐きかけられたその言葉に目を向けると、眉を吊り上げて明らかに怒った表情のさやかが視界に入って、
 杏子は更に慌てふためいてしまった。

「あ…ああ…悪い悪い…えっと、これください!」

 杏子の手には、うんまい棒コーンポタージュ味が握られていた。

 10円の商品である。

 さやかはそれを見て、こいつは最悪の客だと思った。

「レジはあちらです」

 さやかの声の調子に責められて、杏子は力なく項垂れてレジまで歩き、会計を済ませて外に出た。
18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:52:36.68 ID:CxPl+XYro
「志筑さん、よかったよ」

 恭介は、ベッドの中で肌を合わせている女に、優しく語りかけた。
 だが、女はいたずらっぽくそっぽを向いてそれに答えようとしない。

「どうしたの、志筑さん?」

「仁美って呼んでくれないと、いやですわ」

 仁美は、そっぽを向いたままそう答えた。

「ごめんごめん、仁美、よかったよ」

「光栄ですわ」

 仁美は恭介に向き直ってからそう言って、ベッドから抜け出し、下着をつけ始めた。

「もう帰るの? さやかが帰ってくるまではまだ時間があるんだけど…」

「酷すぎます」

 恭介はこの、自分のさやかに対する後ろめたい状況を言われた気がして、え? と言ったきり言葉を切った。
19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:53:29.35 ID:CxPl+XYro
「ふふ…」

 仁美は振り返って恭介に自分の顔を半分だけ向け、怪しげな笑みを作って言った。

「酷いのは、さやかさんの方ですわ」

「ああ…そうだね。さやかは酷いよ」

 それを聞いた恭介の安心は口元の歪みとなって表面化した。
 恭介は、今、仁美と僕は同じ顔をしているのだろう、と思った。

 そして仁美と自分に共通のいやらしさがある事に気がついて、そこに仁美との絆を見出した。それはさやかには無いものだった。

「私、あなたと正式にお付き合いしてもよろしいかしら?」

 恭介はさらなる笑みが浮かぶのを必死で抑えこみ、生真面目な顔を作って、

「さやかは、面倒臭い性格だからなあ…」

と言った。
20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:54:14.59 ID:CxPl+XYro
「だからと言って、あなたがこんな酷いところで生活するのは、それこそ酷い事ですわ。
 あなたは芸術家の資質を持っているんですもの。
 あなたは、ここよりもずっといい所で、いい暮らしをするべきですの。 そうでなければ、質の高い芸術は生まれませんわ」

「そう思う。本当に、そう思うよ。 いやあ、仁美は本当に話がよくわかる。 やっぱり家柄は重要だよね」

 恭介は調子に乗って喋りすぎたのではないか、と思って仁美の顔を見たが、仁美はその表情をまるで変えていない。

 恭介はそれを見て深い安堵を感じた。

「でもね、さやかと別れるのは本当に骨が折れそうなんだ。 分かるだろ?真面目すぎるって言うかさ、重いんだよね。
 僕も後悔しているんだけど…」

 恭介はそう言って、仁美の唇が動くのを待った。
21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:55:07.10 ID:CxPl+XYro
「私に、秘策がありますわ。 さやかさんの件は、任せていただけます?」

 狙いすましていたその言葉が出て、恭介は思わず笑みが漏れそうになった。
 自分にとって面倒なことはこれで何も無い。

 仁美が動いてくれるなら、もし上手く行かなくてもすべてを仁美のせいにして、今まで通りの生活に戻ることができるし、
 何より上手く事が運んだら、こんな生活とはオサラバできるのである。 この話は、恭介にとってウマ味しか無いように思われた。

「任せるよ。 僕はもうさやかにはうんざりなんだ」

 仁美はここに来たときに身につけていた衣類を、もうすっかりとその身に纏ってしまっている。

「あなたも、トンだ貧乏くじを引いたものですわね」

「若気の至りだよ。 騙されたんだな。 さやかにじゃないよ、言葉にだ。 幼馴染って言う、魔性の言葉にさ。
 男の若い時って、そういうところがあるんだよな。 バカだったんだよ」

 そう言いながら恭介はベッドから上半身を起き上がらせ、「仁美」静かだが、芯のある語気でそう語りかけた。

 仁美はそれを聞いて振り返った。

「なんですの?」

「僕のことをさ、あなたって呼ぶのは、やめてほしいんだけど」

「うふふ…恭介」

 二人は、そろって同じ顔になった。
23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:58:28.81 ID:CxPl+XYro
 今日は本当に最悪だ。

 さやかはそう思いながら黙々と仕事を続けていた。
 まず恭介に叩かれ、あの赤い髪をした変な女にぶつかって遅刻をし、マミに叱られ、久兵衛がいて、
 気分が悪いと思っていたらまたあの赤毛の女が来て、人のネームプレートを勝手に見て、呼び捨てにされた。

 こんな最悪な日が他にあっただろうか?

 そんな風に考えながらモップをかけていると、久兵衛に、君はスマイルがたりないね。と言われて更に嫌な気分になった。

「すみません。久兵衛さん」

 謝ったさやかが、再び床に目を落とすと、客入りを示すメロディーが鳴り響くのが聞こえた。さやかは床を見ながら、

「いらっしゃいませ」

 と、挨拶をした。明るく発音できたかどうか不安だったが、言ってしまった後では悔やんでもしようがない。
24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 17:59:17.55 ID:CxPl+XYro
「さやかちゃん!」

 その声に、一気に店内が明るくなった。
 さやかはハッとして、声のする方に向き直る。
 見なくても分かる。その声の主は―

「まどか!」

 さやかの親友のまどかだった。まどかは毎日、こうしてさやかの様子を見に来てくれる。それは店中にとって癒しの時間だった。

「さやかちゃん。 今日もかっこいいね。制服、よく似合っているよ」

「エヘヘ…ありがとう。 まどか」

 さやかの、今までの鬱憤がすべて飛んでいったかのようだった。

「鹿目さん、今日も来てくれたの?」

 レジからマミも顔を出した。マミもまどかを気に入っているようだと、さやかは思っている。
25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:00:03.71 ID:CxPl+XYro
「マミさん、こんにちは。 これ、休憩時間にみんなで飲んでください。」

 まどかは従業員の数だけ、缶コーヒーを買ってくれた。

 マミはそれを受け取って、ありがとう、頂くわ。そう言ってまどかの頭を撫でた。

「みんなの役に立てて嬉しいな」

 満面の笑みを浮かべて嬉しそうなまどかに、久兵衛が信じられないくらいの笑顔で近づいて、懐から紙を出し、

「鹿目まどか。 やっぱり君は本当にいいね。 君なら最高のアルバイト店員になれるよ」

 と、勧誘を始めた。最近こいつがこの店によく来るようになったのは、これが狙いだったのか、さやかはそれを見てそう思った。
26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:00:57.70 ID:CxPl+XYro
「え…でも私…自慢できることなんて何も無いし…きっとみんなの役に立てないし…」

 久兵衛はそんなまどかにウンウンと相槌を打ちながら契約の書類を広げている。

「来ただけで店内の雰囲気を良くしてしまう君の噂はマミから聞いていたよ。 実際出会って本当に素晴らしいという事も分かった。
 僕と契約して、アルバイト店員になってよ。君もマミやさやかみたいに、かっこ良くなりたいとは思わないのかい?」

「それは…思うけど…」

「じゃあ決まりだね。ここに住所と名前、電話番号を書いて、拇印を押すだけで契約終了だ!」

 まどかは相変わらず書類を前にもじもじとしている。

「別に気負う必要はないんだよ。 週に何回かだけ出てくれればいいし、ちょっとしたお手伝い感覚みたいなものだよ。
 分からない事があったらマミやさやかに聞けばいいし、そうしているうちにすぐに慣れる。 そういうものさ。 君にもできるよ。」
27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:01:57.44 ID:CxPl+XYro
まどかはそれを聞いて、久兵衛からペンをもらい、慎重に住所から書き始めた。

「うん…そういう事なら私…いいよ。 こんな私でも…みんなの役に立てるなら…それはとっても嬉しいなって…」

 まどかは住所と電話番号を書き終わり、名前の欄に手を付け始めた。 

 いつの間にか久兵衛を始め、マミも、さやかも、他の従業員もまどかの書類作成を、固唾を飲んで見守っていた。

「私…契約を―」
28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:02:49.61 ID:CxPl+XYro
「それには及ばないわ」

 まどかの手元から書類が抜き取られ、破かれて一瞬で粉々になった。

 そんな事をする人間は、ただ一人―

「ほむらちゃん!」

 暁美ほむら―
 まどかの同棲相手であり、ガチレズの変態である。

 ほむらは、まどかを睨みつけ、

「あなたは働くべきではないと…私があなたを養うからともう散々言って聞かせたわよね!!
 いったい何度忠告させるの?どこまであなたは愚かなの?」

 と、ドスのきいた声で彼女を叱りつけたのである。

 彼女はヤンデレでもあったらしい。

「ごめんなさい…ほむらちゃん…」

 まどかは縮んだようになって、店舗内の雰囲気もそれに倣ったようだった。
29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:04:14.20 ID:CxPl+XYro
「ちょっとアンタ! まどかにバイトくらいさせてやってもいいじゃないのよ!」

 さやかは思わずほむらに食ってかかった。

 まどかはなんでこんな変態と一緒に暮らしているんだろう、とさやかはいつも思う。

「人の家の事に口出ししないで!」

 さやかは自分を睨みつけるほむらの冷たい視線に、なにも言えなくなってしまった。

 こいつは狂っている。下手にまどかを取り上げようとすると、何をするか分からない!

「私はこれから仕事に戻らないといけない。 あなたは家に真っ直ぐ帰ること。いいわね、まどか」

 そう命令するほむらに、まどかは黙って頷き、二人は連れ立って店舗を出てしまった。

 まどかは帰り際にうんまい棒コーンポタージュ味を買っていった。
 10円の商品ではあったが、さやかはまどかを最高の客だと思った。

 だけどほむらは最低だと思った。
30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:05:53.63 ID:CxPl+XYro
「あのね、ほむらちゃん…」

 別れ際、まどかはほむらに何か語りかけようとしたが、ほむらはそれに応じなかった。それがまどかを更に絶望させた。

 ほむらを怒らせたら、待っているものといえば―

「まどか、帰ったらお仕置きよ。いいわね。」

 まどかは恐怖に震えながら帰宅した。
31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:07:17.02 ID:CxPl+XYro
 さやかは漸く仕事から解放され、疲れた足を引きずって帰宅途中だった。

「よう、また会ったね」

 その声に振り返ったさやかはまたこいつか、と思って振り向いた事を後悔した。

 そこにいたのは杏子だった。
 
「食うかい?」

 たい焼きを差し出されたが、さやかはそれを完全に無視して正面を向き直り、歩き出した。

 杏子はなおも付いて来る。さやかは餌をほしがっている野良犬みたいだと不快に思い、足を早めた。勿論振り払うためだ。
32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:08:20.85 ID:CxPl+XYro
「ちょっとあんた! 何急いでんのさ!?」

「付いて来ないで」

 そう言われ、カッときた杏子は、思わずさやかの手を掴んでしまった。

 この娘は放っておいたらきっと不幸になってしまう。
 あたしがそれを止めないと…

 杏子の、聖職者としての血が騒いだ。

 いや、そう錯覚しただけで、本当は別の感情がたぎっていたのだが、杏子はそれにまだ気がついてはいない。

「離してよ!」

「ちょっと位待ってくれてもいいだろう? 何をそんなに急いでんのさ?」

「彼氏が待ってんのよ! 離して!」
33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:09:23.03 ID:CxPl+XYro
 それを聞いて、杏子はいたたまれなくなった。

 彼氏というのは、昼間から別の女とセックスをしている男だろう。

 そんな男を信じきっているさやかが更に放って置けなくなり、杏子は彼女をつなぎ止めている手に力を入れた。

「あのさ…あたし、佐倉杏子ってんだ」

「それが何だって言うのよ! 意味分かんない! 離してよ!」

「今日、あんたん家の隣に越してきたんだ。仲良くしようよ」

「嫌!!」

 さやかは、杏子の手を振りほどいて走り去った。

 杏子は、その時初めてさやかに嫌われているのかも知れないと思った。

 そしてその正確な現状把握は、杏子にとって予想以上に重たいものに感じられた。
34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:10:50.79 ID:CxPl+XYro
 マミは今、独り寂しく帰宅途中である。

 いつものことだ。

 仕事の後は帰って独りぼっちで紅茶を飲むのが彼女の毎日であった。
 だから、彼女はいつも仕事が終わるのが憂鬱である。

 その事実が、彼女を仕事人間に仕立て上げていた。

 しかし今日は、専門店で紅茶を買い、店を出たところで見知った人物の後ろ姿が映った。

 マミは、ほとんど反射的に駆け寄り、

「久兵衛さん?」

 そしてほとんど反射的に話しかけてしまった。

 ぼっちは知り合いに敏感なのだ。
35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:12:04.07 ID:CxPl+XYro
「マミじゃないか。今帰りかい?」

「ええ、久兵衛さんは?」

「僕も今帰りなんだ。本社の事務所に寄ろうと思ったんだけど明日でもいいかなと思ってね」

「いつもお疲れ様です」

 久兵衛は、マミが持っている紙袋を指さした。

「それは何だい?」

「紅茶です。いつもそこで買うんですよ」

 マミは、後ろを振り返って紅茶専門店に目をやった。

 おしゃれな店で、見ているだけでも楽しめる。そこは独りぼっちのマミの心を癒す秘密のスポットだった。
36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:12:43.85 ID:CxPl+XYro
「自分で淹れるのかい? 僕も一時期やってみようと思ったけど、なかなかうまく行かなくてね…」

 それを聞いて、マミの表情が明るくなる。

 久兵衛は、それを見逃さなかった。

「お湯の温度とか、色々あるんですよ! やり方さえ分かれば、久兵衛さんも美味しい紅茶が淹れられますよ。」

「そうかな? でも僕は自分で淹れるよりも…」

「?」

「マミの淹れる紅茶が、飲んでみたいな」

 久兵衛はそう言ってマミの表情を見た後、浮かんでくる笑いを噛み殺した。
37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:15:49.97 ID:CxPl+XYro
 さやかに嫌われたことが分かり、一時間以上もその場で放心していた杏子が漸く動けるようになって帰宅し、
 独りアパートのボロ階段を登っていると、なにやら言い争うような声が聞こえてきた。

「さやかは僕をいじめているのかい? なんでいつも僕の嫌いなオムライスばかりをつくるんだい?
嫌がらせのつもりなのか?」

「恭介! 止めて!!」

 ドキッとした。

 さやかだ!

 杏子が階段を駆け上がると、男がオムライスの盛りつけられた皿を手に振りあげており、その男にさやかがすがりついていた。

 こいつが恭介か、と、杏子は思った。

そして一瞬後、恭介の手が振り下ろされ、オムライスは皿から離れてアパートの庭に吸い込まれるように落下し、
下からベチャッ、と音が聞こえた。

杏子が庭を見ると、3匹のたぬきがどこからとも無く現れ、くちゃくちゃとオムライスを食べ始めた。
38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:18:26.93 ID:CxPl+XYro
「オムライスはたぬきどもの餌にくれてやったよ! 僕は一人でお寿司を食べに行くから、お金をだしてくれよ、さやか」

 男が吐き捨てるように言った。さやかは泣きながら財布を取り出している。

 そして一部始終を見ていた杏子の怒りは頂点に達した。

「てめえ!! 食いもんを粗末にするんじゃねえ!!」

 杏子は恭介に跳びかかり、その頬に強烈な平手打ちをお見舞いした。
 吹っ飛ばされた恭介は、頬を押さえてその場に尻餅を付いた。
 状況がつかめていないのか、やたらオドオドしている。

「そのオムライスのもとになった米や、卵や、その他もろもろを作るのに、農家の人達がどれだけ苦労したと思ってんだ!
 料理したてめえの彼女が、どれだけ頑張ったと思ってんだ!
 それをてめえは、口も付けずに捨てやがった!
 たぬきの餌だと? ふざけんじゃねえ!
 さやかに謝れ! 農家のみなさんに、謝れ! さもないと、あたしがてめえをたぬきの餌にしてやんぞ!!」
39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:19:27.05 ID:CxPl+XYro
「ひぃぃぃぃぃっ!!」

「恭介!!」

 なおも攻撃を続けようとした杏子の前に、恭介をかばうようにさやかが立ちはだかった。

「あんた、あたしの恭介に何すんのよ!!」 

 杏子は、さやかのその顔を見て凍りついた。

 アザだらけだったのだ。

 恭介はDV野郎でもあったのである。

 恭介は、さやかの顔を見ている杏子の隙をついて、さやかの財布をかすめ取り、走って階段を降りて行った。

「あの野郎!! マジで寿司食いにいくつもりか!?」
40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:20:36.80 ID:CxPl+XYro
 拳を固く握り締め、恭介を追おうとした杏子を、さやかは引き止めてその頬に平手打ちをお見舞いした。

「イテェ! なにすんだよ! さやか!!」

「あんたは何も分かっていないでしょ! あんたにあたしたちの何が分かるのよ? あたしは恭介を愛しているのよ! 
 あたしは恭介の役に立ちたいの! 偉そうなこと言って邪魔しないでよ! この疫病神! 帰ってよ! 邪魔だから帰ってよ!!」

さやかの強烈な思い込みから来るヒステリーが杏子に襲いかかる。

だが杏子は引かなかった。

ここで引いたら、負けだ。

これは、悪魔祓いの儀式なのだと、杏子は思った。

「さやかだって分かってねーじゃんか!! あの男はなあ…!」

 浮気してやがるんだぞ、という言葉が出なくて、杏子はそのまま言葉に詰まってしまった。

 それを言ってしまえば、恐ろしい結果になってしまう気がしたのである。

 そしてその予想は、決して的外れのものではなかった。
41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:21:24.59 ID:CxPl+XYro
「…恭介がなんなのよ?」

「…えっと……その…」

「言ってみなさいよ!! 恭介がなんなのよ!? 恭介の事何も知らないくせに適当な事言おうとしてんじゃ無いわよ!!」

 そう言ってさやかは杏子の頬を打ち、なおも思い込みを語り続けた。

「恭介はね、頑張っているんだよ! 音楽家になりたくて、あたしが仕事に行っている間、ずっと音楽の勉強を頑張っているんだよ!!  
 あんたはそれを知らないでしょ? 知っているはずないわよねえ!! じゃあ勝手な事言わないでよ!! 恭介を傷つけないでよ!!」

 杏子の視界が、痛みと共にまた横に飛び、ドアの閉まる音が聞こえた。
 もうそこにさやかの気配はない。

 杏子の視界の先では、三匹のたぬきが残り少なくなったオムライスを取り合って喧嘩をしていた。
43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:23:34.49 ID:CxPl+XYro
「凄く美味しいよ。 こんな美味しい紅茶は初めてだ。」

 それを聞いて、マミの顔がほころんだ。
 紅茶はマミの、独りぼっちの趣味だった。だから他人が喜んでくれるほどのものなのか、判断が付かなかったのである。

「よかった。 久兵衛さんに喜んでもらえて、私も嬉しいです。」

「いやあ、喜んでって、そんなレベルの話じゃないよ。 凄いよ。
 僕は今まで、午後ティーより美味しい紅茶があるなんて、思っても見なかったんだから。
 僕が淹れると、いっつも苦いだけの紅茶になるんだ。」

「紅茶は、温度管理と…」

「いや、言わなくていいよ。 聞きたくないんだ。」

 久兵衛は、それを聞いたマミの表情が陰るのを見やってから、

「僕はね、もう自分で淹れようなんて思わない。 だってこんなに素晴しい紅茶を淹れることが出来る人が身近に居るんだからね。
 だから自分で淹れる必要性がないじゃないか。」

と、繋いだ。
44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:24:38.48 ID:CxPl+XYro
 これは、半分嘘である。
 紅茶を美味いと思ったのは本当だが、マミの言葉を途中で遮ったのは、単に興味のない薀蓄を聞きたくなかったからである。

 それを知るよしもないマミの顔が晴れてくる。久兵衛は、自分の言葉にいちいち反応する表情に満足した。

 あまりプッシュしてもウザがられるだろうし、今日はここまでにしておくか。

「ごちそうさま。 美味しかったよ。 マミ。」

 と言って、立ち上がりながら一瞥するマミの顔に、寂しさが溢れてくるのを久兵衛は見逃さなかった。

「…って言って帰っちゃうのは失礼だよね。 夕食でもどうかな? 美味しい紅茶のお礼にね。 
君の好きなものを何でもご馳走しよう」

「え…でも…私そんなつもりじゃ…」

 マミは俯いて笑顔になりそうなのを必死でこらえているように見える。

 既に久兵衛の掌の上で踊っているのだ。
45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:25:23.43 ID:CxPl+XYro
「ご馳走させてくれ。 君の紅茶は、それだけの価値のある物だったよ。」

「でも…」

 マミは嬉しそうな顔を、相変わらずもじもじと俯かせている。
 俯くことで表情を隠すことができると思っているのだろう。
 久兵衛は、更に揺さぶりをかけてみようと思った。

「僕の誘い方がマズかったようだね。 言い方を変えるよ。 君と夕食がとりたいんだ。 
 素敵な女性と食事がしたいと思うのは、男にとって自然なことだからね」

 更に俯くマミに、久兵衛は近寄って、その肩に手を乗せた。

「一緒に来てくれるね? マミ」

 マミに選択肢は無かった。

 久兵衛は、自分の股間が充血し始めるのを心地良く感じていた。
46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:26:14.29 ID:CxPl+XYro
 私服警察官、暁美ほむらは定時に仕事を済ませ、真っ直ぐに帰宅した。

「ただいま」

 玄関に入ると、駆け寄る軽やかな足音が耳に響いてきた。
 ほむらは、この音を聞くといつも嬉しくてたまらなくなる。
 
「ほむらちゃん! おかえりなさい!」

「ただいま、まどか」

抱きついてくるまどかに、ほむらは満面の笑みを作ってしまいそうになったが、それもなんとか堪えた。

ほむらの顔は、冷たい無表情のままだ。

 まどかはそのほむらの無表情の意味を知っている。
 そしてそれを取り繕おうと、更に明るく振舞った。

「今日はほむらちゃんの大好きな、オムライスだよ!」

 ほむらは表情を少しも動かさずに、

「そう、じゃあ頂くわ」

 そう言って、食卓についた。
47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:27:15.55 ID:CxPl+XYro
「―ほむらちゃん、美味しい?」

 ほむらは無表情でオムライスを口に運び続けている。

「ええ、美味しいわ」

 ―沈黙。

 まどかはこの沈黙が痛かった。
 いつもなら、もっと楽しい食卓になるはずなのだ。

「…わたしね、ほむらちゃんがお仕事頑張ってくれるから、だからわたしも、一生懸命ご飯作ったんだよ…
 ねえ…ほむらちゃん…」

「ご馳走様」

 ほむらは、米の一粒も残しては居ない。彼女がまどかの作る食事を、残したことはなかった。

 だが、ほむらの沈黙は、徐々にまどかを絞めつけていく…

「…ほむらちゃん…ごめんなさい…勝手にアルバイト契約しようとしてごめんなさい…」

 まどかは、とうとう泣き出してしまった。

 ほむらは胸が苦しくなったが、ここで甘やかしてはいけない。
 そう思ってグッと堪えた。

「いいから食べなさい。 その話は後よ」

 まどかは、べそをかきながらオムライスを完食した。
48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:27:55.34 ID:CxPl+XYro
 食事が終わると、まどかは泣きながらのろのろと食器を洗いだした。

 食器を洗った後は、ほむらのお仕置きが待っている。

 まどかはそれが怖くて、なんとか先延ばしにしようとバレバレの牛歩戦術を行っていたのだ。

 それは皮肉にも、ほむらを更に逆上させる結果となった。

「まどか、私も手伝うわ」

 目が据わっている。怖いよ、ほむらちゃん。

「え…いいよいいよ…ほむらちゃんは休んでて」

 まどかがそう言っている間にも、ほむらは超スピードで食器を洗い続けている。
 
 あっという間に、ふたり分の食器は洗い終わってしまった。
49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/17(日) 18:28:28.20 ID:CxPl+XYro
 ほむらはまどかの手を引き、寝室に向けて歩き出した。

「ほむらちゃん! 怖いよ! もう契約しようなんて思わないから! だから許してよ!」

 ほむらは聞く耳を持たない。

 彼女はまどかを寝室に引っ張り込むと、ろうそくの照明を着け、あくまで冷徹な口調で命令した。

「まどか、四つん這いになりなさい」
60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:00:00.30 ID:eLVAAdWbo
 杏子は、部屋に独りでうずくまって考え込んでいた。

 今日のあたしは、ちょっと変だ。
 なんで変なんだろう?
 ―あの、美樹さやかに出会ってから、変なんだ。

 杏子の脳内に、さやかの姿が鮮明に映し出される。
 すると、杏子の体の奥が、むずむずと疼いてくるのが分かった。

 このまま考え続けるのはヤバいと直感した杏子は、頭を振って仕事の資料を広げ、それに見入った。

 ―だが、一分半で挫折した。頭の中はさやかで一杯だった。
 資料を投げ出した杏子は、徐々に壁に近づいていく。その向こう側に、さやかの気配が感じ取れる。

 さやかの生活音が近づいてくる。
61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:00:44.39 ID:eLVAAdWbo
 ―水音。

 壁にぶつかった。
 二人を隔てるそれに耳を付けると音はかなり鮮明になり、想像力を掻き立てる。
 洗い物をしているのだろう。
 その後ろ姿を想像し、抱きしめたいと思っている自分に杏子は戸惑った。

 胸がドキドキする。
 その鼓動を確かめようと胸に手を当てたとき、乳房に予想以上の衝撃が走り、杏子は「ひっ」と言って痙攣した。

 おかしい。 体がおかしい。

 一番おかしい部分を確かめようとして、ホットパンツのジッパーに手を掛けると、杏子はまた小刻みに数度、痙攣した。

 ジッパーが降りていく。 その振動に、体も震える。

 息があがっていく。
 痙攣に、上手く体が動かない。

 ―やっとのことでホットパンツを脱ぎ終わった。

 杏子の下着は、やはりぐっしょりと濡れていた。
62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:01:47.62 ID:eLVAAdWbo
 壁の向こうでは、さやかが相変わらず水音を出している。
 杏子は濡れた股間に手を触れた。
 小さな水音と同時に、うっ、と声が漏れた。

 脱いだホットパンツで口をふさぐ。
 そしてまた湿って一番熱くなっている部分から水音を出してみる。

 壁の向こう、さやかが水音を出している。
 洗い物の、激しい水音。
 その音に近づけようと、杏子は更に自分の水回りをかき回した。

「ふうっ…ううっ…ひっ…」

 さやかが立てる水音に、自分の立てるそれをシンクロさせる。
 さやかが、あたしを攻めてる…。

 さやかっ! もっと…もっと!

 平手打ちの感触がフラッシュバックし、さやかの気の強そうな表情が杏子を責めた。
 水音が強くなる。
 壁の向こうの水音と、杏子の水音が同じになった気がした。

「ふううううっ!!」

 杏子は大きく痙攣し、動かなくなった。

 朦朧とした意識の中、壁の向こうで水道の蛇口を閉じる音が聞こえた。
63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:02:39.06 ID:eLVAAdWbo
 久兵衛は、色々と美味しいお酒を教えてくれた。
 ほんのちょっとずつ、それを味わっていた筈だった。
 だけど気がつくと耳が遠くなって、体は火照り、体の芯が溶けたようになってぐったりと久兵衛にもたれかかっていた。

 …大丈夫かい、マミ?

 その声は、遠い。 それが不安になって、マミは更に久兵衛にすがりついた。

「久兵衛、躰がおかしいの。 遠くに行かないで。 独りぼっちは、もう嫌なの。 おねがい、久兵衛」

 …もう帰ろう 飲みすぎたみたいだね マミ

「帰りたくないわ。 また独りぼっちになるもの…」

 …じゃあ、今夜は僕が一緒にいてあげるよ。

 久兵衛は口を歪めて笑ったが、マミにはそれが見えていない。

「今夜だけじゃイヤ。 ずっと一緒にいて」

「…」

 それはどうかな? 僕は君よりまどかのほうが好みだからね。
 久兵衛は、心のなかにそう呟いて、また口を歪めた。

 マミはその顔を見ていない。
64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:03:17.08 ID:eLVAAdWbo
 久兵衛にもたれかかりながら歩いている。

 もう店を出たのだろう。

 走る車のロードノイズと、それに連動するかのようなライトの明かりを感じる。
 足音はアスファルトだろうか? よく分からない。

「久兵衛、居るの?」

 感じる温もりさえも不安で、マミは何度も何度もそう呟いた。

「ここにいるじゃないか」

 久兵衛が13回目にそう言ったとき、そこはマミの部屋の前だった。
65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:04:13.12 ID:eLVAAdWbo
 杏子は泣いていた。
 自分のしたことがわからなくて、恐ろしくて、怖くなって気がついたら泣いていた。

 ―あたしは、あのさやかって娘の事が、好きなのか?
 でも、おかしいじゃないか。 相手は女の子だし、
 あたしも女の子だ。

 隣の部屋の音を聞いたりなんかして…もう止めよう、こんな事!

 そう思ってはみるものの、体は壁から離れようとはしなかった。

 さやかは鼻歌を歌っている。
 クラシックだろうか?

 杏子は妄想をした。

 さやかは今、自分の帰りを待っている…

 突然後ろから抱きしめると、どんな感触がするだろうか…?

 びっくりしたさやかはなんて言うだろうか…?

 だが隣の部屋の玄関の扉が開く音に、杏子の妄想は中断された。

 それはさやかが、本当に帰りを待っていた人間が帰宅した事を意味していた。
66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:05:02.46 ID:eLVAAdWbo
 恭介、おかえり。 お寿司美味しかった?

 …ねえ、恭介?

 …うるさいなあ、さやかは。疲れているんだからほっといてくれよ。
 
 …あはは、そうだよね、疲れているんだよね。 ごめんね、恭介。

 杏子の中に、どす黒い怒りが渦巻いてくるのが分かった。
 どうしてあんなに可愛いさやかがここまで邪険に扱われなければならないのかわからなかった。
 自分なら、絶対そんな事はしないのに、そう思う。

 杏子は何人もの人間を見てきている。
 そのなかでも頑張る人には、共通の何かがあった。
 それがなにかと言われれば、杏子は返答に詰まってしまうかも知れない。
 だけど、杏子は一生懸命な人間を、そうでない人間から、すぐに見分けることが出来た。それは事実だった。

 さやかは、そういう人間たちの中でも、とびっきりだった。

 それが、彼女のことを気になりだした理由かもしれない。
67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:05:34.62 ID:eLVAAdWbo
 痛い! ゴメン恭介! 痛い、痛い!

 どうしてお金を貰ってきてくれないんだい? やっぱりさやかは僕をいじめているじゃないか!

 明日はちゃんと貰ってくるから! ゴメン! 痛いよ!!

「…あの野郎、またさやかを傷めつけてやがる…」

 杏子が歯を食いしばり、震えていると、壁がゴン、と大きな音を立てて振動した。
 さやかが叩きつけられたのだと杏子は直感した。

「畜生! 許せねえ!!」

 次の瞬間杏子は、立ち上がって玄関を目指していた。
68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:07:34.46 ID:eLVAAdWbo
 まどかは、ろうそくの光が怪しく照らし出した寝室で、震えながら四つん這いになった。
 その耳元に、ほむらのドスの利いた声が響く。

「目を固く閉じて、歯を食いしばりなさい。 
 もし私がいいと言う前に目を開けたら、更に酷いお仕置きが待っているのは、分かっているわね?」

 まどかはその通りにした。彼女はお仕置き中もそうでない時も、ほむらの言うことに決して逆らったりはしない。
 
 ほむらは乱暴な手つきでまどかのスカートを剥ぎとり、パンツを脱がした。
 まどかはパンツを脱がされるとき、身を捩って脱げ易くした。

 そうしないと、ほむらのお仕置きはまた更に酷いものになるのだ。

 ほむらは、まどかが目をとじているのを確認してから、彼女のパンツをその頭に被った。
70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:09:09.65 ID:eLVAAdWbo
「ハアアアッ」

 ほむらは、おもむろにその平手に熱い吐息を吐きかけた。

 まどかはその気配を感じて、体が硬くなり、震えが更に酷くなる。

 ほむらは手を高く振りあげ―

 力強く―

 ―まどかの、むき出しの白い尻に叩きつけた!
 
 乾いた、それでいてしっとりとした弾力を感じさせる、澄んだ音。
 「ひぃっ!!」というまどかの悲鳴。

 それはほむらにとって、至高の音色。
 そして生命の源。
 明日への活力。

 ほむらは既に精神的な絶頂を感じている。
 そしてまどかを許してもいる。

 だがまだだ、まだ終わらんよ!

 見なさい! まどかの尻を!!

 白い肌に、私の手形だけが中途半端に付いている。
 これでは、まるでまどかを私が汚したみたいじゃない!
 私のいやらしい手形で、まどかを穢すわけには行かない!

 このまどかの、桃のようなお尻!!
 そう、桃!!
71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:09:53.29 ID:eLVAAdWbo
 風船が破裂するような、音。
 「痛い!!」というまどかの悲鳴。

 ほむらの手には、ヒリヒリとまどかの感じている痛みが跳ね返ってきている。

 ―もう一発!
「ごめんなさい! ほむらちゃん、ごめんなさい!」
 
 まどかの尻は、その半分がピンクに染まっている。
 さあ、もう半分よ、まどか!

 ―もう一発!
「もうしないから、許してよ、ほむらちゃん!!」

 ほむらの手のひらも、既に感覚がなくなってきている。
 
 だがここで止めるわけには行かない。

 この芸術を、完成させるまでは…!
72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:10:29.54 ID:eLVAAdWbo
「まどか、今日はどんな悪い事をしてしまったのか言いなさい!」

「久兵衛さんと、アルバイトの契約してしまいそうになりました!! ごめんなさい、ほむらちゃん!!」

「許せないわ!! そんな悪い娘には、あれをやるしかないわね!!」

「ひぃぃぃぃぃっ!! もう許してよ!!」

「ダメよ!! さあ…いくわよ!! まどか!!」

 まどかの尻を叩くほむらの手が、加速する!

「悪い娘!! 悪い娘!! 悪い娘!! 悪い娘!!」

 何度も、何度も打ち付けられるその音はまるで、夏の夜空を彩る花火大会の音だ!

「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

 そして泣き叫ぶまどかの声がそれに混じりあい、その複合した音色は人魚の唄声のようにほむらの精神を溶かしていく究極の音楽―

 ―これがお仕置きの最終奥義、連続尻叩き(ラストスパート)だ!!
73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:11:17.38 ID:eLVAAdWbo
 まどかは壊れたラジオのように、むせび泣きながら謝罪を続けている。

 それを聞く度に、罪悪感に炙られて踊り出すほむらの精神的快楽は留まるところを知らない!

「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ほむらちゃん!! ごめんなさい!!」

 そして―

「悪い娘っ!!」

 ひと際大きな音と共に―

「ごめんなさああい!!」

 ―終結する。

 尻叩き、終了だ。
74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:12:21.70 ID:eLVAAdWbo
 まどかは、尻を高く突き出したまま、震えながら泣いている。
 
 その尻は、熟した桃のようにピンクに染まっている。

 完成だ! まどかの尻を、果実として完熟せしめたのだ!

 ほむらはそれを見ると、いつも神に出会ったかのような深い感銘と、喜びを感じる。
 そして、その裏に潜む罪悪感はほむらのすべてを内から溶かさんと燃え盛る炎のようだ。

 まどかへのお仕置きは、私へのご褒美…そんな薄汚い自分をほむらは嫌悪せずには居られない。

 しかし人は、進化の過程で意図せずに拡大してしまった「感性」を満足させるための行為を―

 ―ただ生きるためならば余剰とも言えるその行為を―

 ―すなわち「芸術」を止めることは出来ないのだ。

 美を追い求める罪―
 ほむらはそれに酔っていた。
75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:13:21.44 ID:eLVAAdWbo
 ほむらは、見事に熟した桃尻を見やりながら、ワインをクーラーから取り出して、グラスに注いだ。

 乾杯! 最高の時!

 ―でも、桃は観賞用の果物なのかしら?

 ―いいえ、食べるためのものよね…。

 ほむらは桃に顔を近づけ、まだ痛みが留まっているであろうその果皮に舌を這わせた。

「ひぃっ! ほむらちゃん!!」

 まだヒリヒリと痛み続けている尻は、ほむらの舌の感触を敏感に拾って、それを新たな痛みとしてまどかに伝え続けている。

「許して! もう許して!」

 桃に歯を立てると、痛々しい悲鳴。

 だが美味。 最高に、美味。

 が、まどかは痛みと屈辱にすすり泣く声を強めるばかりだ。

 そしてとうとう、火柱となって暴れ狂うほむらの中の罪悪感が、その震える泣き声に傷ついた恍惚の壁を溶かしてはじけ出した。
76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:14:18.83 ID:eLVAAdWbo
「まどか、ごめんね…痛かったでしょ?」

「…うん…でも私も…いけないことをしたから…」

 ほむらはまどかを四つん這いの屈辱から開放し、抱きしめてその頬にキスをし、
 舌を這わせてその涙の線と汗の粒とを交互に味わった。

「もう目を開けていいのよ。 お仕置きは終わったから。」

 目を開けたまどかは、ほむらを見つめたまま、固まってしまった。

「ほむら…ちゃん…?」

「何?」

「どうして、私のパンツを被っているの…?」

「ほむ…っ!?」

 ほむらは、シマッタ、と思った。

 興奮しすぎて、取るのを忘れていたのだ!

 もし、何か一つ願い事が叶うとしたなら、迷わず時間を巻き戻したいと願うだろう。 ほむらはそう思った。
77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:15:56.21 ID:eLVAAdWbo
「久兵衛! どこに居るの? 側に来て!」

 酔ったマミが、独り取り残された寝室で寂しさに泣いている。

 全く面倒な女だと、久兵衛は思った。

 一度食事をしただけで、自分の事を呼び捨てにして、まるで恋人気取りだ。
 こういう輩には、きっちりと自分の立ち位置というのを分からせてやらなくてはならないと、久兵衛は思う。

「一人にしてごめんよ。 水を持ってきてあげたんだ。 君はだいぶ酔っているみたいだからね。 さあ飲んで」

 マミは、差し出されたその水を一気に飲み干した。

「もうどこにも行かないで! 私を独りにしないで!!」

 久兵衛は、縋りつくマミを優しく抱きとめながら耳元で、

「君はすごい寂しがり屋なんだねえ…辛いだろ? その寂しさを、何とかしたくはないかい?」

 そう、呟いた。
78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:16:31.44 ID:eLVAAdWbo
「そうなの。寂しくなると自分が制御できないの。 一体どうすればいいの?」

 久兵衛は無言で、マミのブラウスのボタンを3つ外した。慣れた手つきだった。

「きゃっ! 嫌!」

 反射的に固く身を縮めて抵抗したマミの耳元に、すかさず久兵衛が囁いた。

「また、独りぼっちに戻りたいのかい?」

 脅すような、質量のある口調だった。

 それはマミの心に重くのしかかり、心がくじけた彼女は呆気無く抵抗をやめた。

「いい娘だね…僕を拒絶すると、また寂しい思いをすることになるって、すぐに分かったね。 偉いよ、マミ」
79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:17:10.42 ID:eLVAAdWbo
 久兵衛がそう言っている間に、ブラウスのボタンはすべて外されて、レースの下着に覆われた、マミの豊かなバストが顕になった。

 胸がはだけた時、ちらりと久兵衛を見やるマミの表情に、微かな期待が混じっていることを久兵衛は見逃さなかった。
 
 マミは、このバストにプライドを持っているに違いない。
 男は自分の胸を必ず揉みたがるものだと思っているに違いない。
 
 ブラジャーのホックを外すと、張りのある豊かな乳房がこぼれ出た。
 久兵衛はそれを無視して、スカートを脱がしにかかる。

 だが、マミの手がそれを遮った。
 また脅してやろうかと、久兵衛が思ったとき、

「私…初めてなの…だから…」
 
 マミの消え入りそうな声が耳に響いた。

 これは予想外の収穫だ…久兵衛は股間が更にいきり立つのを感じた。

 最高の夜になりそうだ。 
80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:17:43.89 ID:eLVAAdWbo
 優しくするよ、と、久兵衛が微笑むと、マミはスカートに当てた手を離してされるがままになった。

 スカートを脱がす。

 ストッキングもなかなかのアイテムではあるが、今回は処女を頂くことが先決だ。これも脱がしてやる。

 マミはすぐに股をきつく閉じたが、久兵衛はストッキングを脱がしている最中に、
 パンティにいやらしい染みが出来ているのを見逃してはいない。

 パンティの染みを隠すように股をぴっちりと閉じ、体を捩るマミの前で久兵衛は服を脱ぎ、マミと同じくパンツ一丁になった。
81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:18:38.81 ID:eLVAAdWbo
 マミの体に覆いかぶさり、十本の指をいやらしく這わせ、その体を撫で回す。

「ひっ!」

 肩から脇の下に手が伸びたとき、マミは体を硬直させ、期待に満ちた目で久兵衛を見やった。

 だが久兵衛の指は、マミの乳房を素通りして腰のくびれをなぞっている。

 乳房を無視されたマミの表情が曇る。

 だが久兵衛はあくまで無視し、太腿の内側や足の裏に指を這わせた。

 そうやって、敏感な場所にほど近い位置を撫で回していると、徐々にマミの呼吸が興奮に荒くなり、吐息の中に微かな喘ぎ声が混じり始めた。
82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:19:24.66 ID:eLVAAdWbo
「久兵衛、もっと上…」

 久兵衛は、無言で指をマミの上半身に這い上がらせた。
 だが責めるのは主に脇の下や首筋。 乳房はガン無視だ。

「胸を…胸を…っ!」

 乳房を無視される屈辱に耐えかねたマミは、ついにおねだりをしてしまった。

 いつも男の視線が集中し、無意識の優越感を与えてくれたマミのバスト…
 それが完全に敗北した瞬間である。

「ここだね」

 だが、それでもなお、この男の指は乳房の外周をなぞるに留まり、
 その魅力的なはずの柔らかな丘に登ることを頑なに拒んでいるようだった。

 敗北を通り越し、屈辱へと追い詰められたマミは、自らの両手に乳房を愛撫させようとしたが、
 それを見越していた久兵衛の両手にその動きを封じられてしまう。

「ひどいわ! ひどいわ!」

 マミは、発狂寸前である。
83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:20:23.45 ID:eLVAAdWbo
「君はもしかしておっぱいをいじって欲しいのかい?」

 耳元で囁く久兵衛にマミは泣きながら力強く、何度も何度も頷いた。

「じゃあお願いするんだ! このいやらしいおっぱいを、いじって下さいってね」

「私のいやらしいおっぱいをいじって下さい! お願いします!」

 溺れる者の息継ぎのような、危機感さえ感じ取れる即答であった。

 久兵衛は両手の指先で乳房を数度、ねっとりとした手つきで揉んだ後、乳首を指で軽く弾いた。

「きゅうん!!」

 マミの体が弓のように仰け反り、小刻みに震えた後、大きな溜息と共に脱力し、動かなくなった。

「おっぱいだけでイクなんて、君はとんだ淫乱処女だね」

 放心状態のマミは、ぼんやりと天井を見つめており、それが聞こえているかどうかも分からない。

「しっかりするんだ! ぼうっとしている暇はないんだよ!!」

 久兵衛の平手打ちがマミの頬に容赦なく襲いかかり、マミは絶頂の余韻から引きずり降ろされた。
84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:21:12.19 ID:eLVAAdWbo
 マミの意識が戻ったことを確認し、久兵衛は素早く彼女のパンティを下ろしにかかる。

「嫌っ! 見ないで!」
 
 平手打ちの衝撃に混乱していたマミは、久兵衛の素早い動きについていくことが出来ず、
 両方の掌で自分の目を塞ぐ事だけで精一杯だった。

「何だいこれは?」

 マミは目をふさいだ姿勢で固まって震え、掌で隠しきれないその顔はあまりの恥辱に耳まで紅潮している。

「びしょ濡れじゃないか? ええ? マミ、何とか言ったらどうなんだい? これはとても恥ずかしいことだよ!」

 下ろしたパンティは、興奮しきった女性器からの粘液で染まり、そこから糸を引いていた。

「僕は今、君が処女だということを完全に疑って掛かっているよ。 当然だよね。 
 セックスを始める前からこんなに濡らしている処女を、僕は見たことがないからね。 
 今なら嘘でしたって言っても許してあげるけど、どうかな?」
85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:22:03.12 ID:eLVAAdWbo
 マミは久兵衛の言葉攻めに耐え切れず、とうとうすすり泣きを始めてしまった。
 女の泣き声は、久兵衛にとって最高のご馳走である。

 この女を更に追い詰めようと、久兵衛はブリーフを脱いで天を仰いでいる性器をマミの眼前に晒した。

「よく見るんだ! これが今から君の膣内に入るんだよ!」

 目を覆っていた掌を離し、それを見た瞬間、マミは完全に酔いが覚め、その顔は恐怖に引きつった。

 こんなのが入るはずがない。
 
 その表情を見た久兵衛の性器は更に膨張し、それがまたマミを絶望にも似た恐怖に陥れた。

「痛っ!!」

 突如、マミの股間に鋭い痛みが走った。

「指一本でこれとは、流石に処女だって言うのは本当だったみたいだね。」

 指一本―
 それだけでこの痛み―

 マミは恐怖という感情の底が抜けたような気分になった。
86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:22:58.52 ID:eLVAAdWbo
「じゃ、そろそろ挿れるよ」

 久兵衛はマミの両腕を力強くベッドに押さえつけ、のしかかった。
 久兵衛の手に締め付けられる手首は痛みを訴えている。

 マミは、そこに優しさを欠片も感じることが出来なかった。

「いっ…嫌っ! 怖い!! やっぱり怖いわ!! やめて…お願い!! 今日は許して!!」

「ははっ…今更何を言っているんだか…」

 久兵衛は腰を動かして男性器の位置と方向とを調整している。
 マミは足をジタバタと動かしてそれを邪魔した。
 最後の抵抗。 無駄な足掻き。

「怖い! 怖い!」

「そんなに暴れてもねえ…」
 
 久兵衛は乱暴に腰を押し付けてマミの性器を突いた。
 挿入は出来なくても、乱暴な刺突の衝撃に敏感な女性器が痛む。

「ヒイィィッ! 痛い!!」

「暴れてもこうして痛い思いをするだけだよ。 もう観念するんだ、 マミ」

 諦念の浮かんだマミの顔は涙でぐしょぐしょになっている。

「お願い…優しくして…痛くしないで…お願い…お願い…」

 マミの涙の懇願を無視して、久兵衛は無言で腰を動かし、男性器の先で膣口を探り当てた
 マミは恐怖に体を強ばらせ、絶叫する。

「お願い! 痛くしないで―」
87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:24:19.47 ID:eLVAAdWbo
「うりゃっ!」  

「あああああっ!! 痛い!! 痛い!! 抜いて…抜いてっ!!」

 処女喪失の絶叫は久兵衛の残虐性をさらに呼び覚ました。
 こういった種類の声は、やはりこの男の大好物なのである。

「はっ はっ はっ はっ はっ さっ 最高だよ! ああー気持ちいい!」

 久兵衛は痛がるマミを更に痛めつけようと、最初から全力での高速ピストンを開始した。
 鬼畜。 あまりにも鬼畜。
 この男にとって優しさとは、目的を達成するための一つの手段でしか無かったのだ。

「あああああっ! やめて! やめてえええええっ! いたああああああああいっ! ああああっ! いやああああああああっ!」

 マミは狂ったように泣き叫んでいる。
 久兵衛はその声に更に、また更に興奮を募らせ、ピストンを早めていく。

「はあっ はあっ はふっ はふっ ああー気持ちいい! もう少しだからね~♪」

 久兵衛の腰使いはまるで、バランサーのない単気筒エンジンのレヴリミットように乱暴で、
 恍惚に歪むその表情は、マミのそれとは正反対だ。
88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:25:00.49 ID:eLVAAdWbo
「いやあああああ! 痛い! 痛い! 痛ああああああい! 早く終わってええええっ! 壊れるうううううっ!!」

 苦痛に泣き叫ぶマミを、快楽という別次元から見下ろす久兵衛。
 その優越に膨らんでいく欲望と快感。

 暴走する残虐性がマミの乳房をもぎ取らんばかりに鷲掴みしたとき、久兵衛の男性器も、電撃のような感覚に震えた。

「あー…イクッ! イクよマミ…膣内に出すよ…っ!」

「膣内はだめええええええっ!!」

 マミの上に覆いかぶさり、その深くまで入り込んだ久兵衛が動きを止め、

「ウッ…!! クッ…!!」

 間をおいた数度の痙攣を経た後、ふう、と溜息をついて男性器を引きぬいた。

 性器からの痛みが体中に染み渡っているマミにそれは感じ取ることが出来なかったが、
 久兵衛の様子から膣内射精をされてしまったことは容易に想像がついた。
89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/18(月) 19:26:30.87 ID:eLVAAdWbo
 久兵衛は邪魔な布団を剥ぎとり、マミの女性器から漏れ出す血の混じった精液と、
 シーツを汚す破瓜の血とを交互に見やって満足した表情で立ち上がった。

 その時久兵衛はふと、自分を責める微かな視線を感じたような気がした。

 視線をたどると、そこには写真立てがあった。

 幼いマミと、彼女を挟むように立っている両親と思われる男女…。
 久兵衛は両親の前で愛娘を犯した気分になって、この上ない充実感に体を震わせた。

 君たちの娘を、散々に犯してあげたよ。 気分はどうだい?

 心のなかにそう呟いて視線を返すが、その先には相変わらず幸せそうに笑っているマミの両親が映っている。

 マミが幼い頃、事故死した両親だ。

 その視界に入る位置に、騙されて処女を乱暴に奪われた可哀相な娘が、仰向けになって放心状態で天井を見つめている。

 それでも笑顔を絶やすことのない写真。

 全く死人って言うのはおめでたいね。 君たちはそこで娘の痴態を見ながら永遠に笑っているがいいさ…久兵衛はそう思った。

 久兵衛は、うーん、と伸びをして、それら全ての存在を忘れたかのように部屋から出て行った。
100: 2011/04/19(火) 18:57:55.85 ID:HkLqSV2Ao
投下します。

「おい! このDV野郎!! 出てきやがれ!!」

 杏子は隣の部屋の玄関をノックしていた。

 この恭介って奴だけは許せない。
 こいつを何とかしてさやかから引き離さなくてはならない。

 そう思って、杏子はドアを乱暴にノックし続けた。

「うるさい!!」

 だがしかし、杏子の前に現れたのはクズのDV野郎である恭介ではなく、更に顔のアザを増やしたさやかだった。

「あんた何いいがかりつけてんのよ? 誰がDV野郎なのよ! いい加減にしてよ!!」

「さ…さやか…その顔…」

 杏子は痛々しいそのアザに手を差し伸べようとした。
 だがはじけるような音が鈍い痛みを植えつけて、杏子のその手はベクトルをねじ曲げられた。

「さわんないでよ! あんた気安いのよ! 人のこと勝手に呼び捨てにするし、サイテー!! もうあたしの前に姿を表さないでよ!!」

 ヒステリックに叫ぶさやかの後ろでは、恭介がニヤニヤといやらしく笑っているのが見て取れる。

 杏子は自分にかつての父の面影が重なるのを感じていた。
 教会から分派したばかりの父。
 こんな風に誰も話を聞いてくれなかった。
 あの時の父も、今の私と同じ気持だったのだろう…

 もし…願い事が一つ叶うなら、自分の話をさやかにきちんと聞いて貰いたい…そう願うだろうと、杏子は思った。
101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 18:58:35.29 ID:HkLqSV2Ao
「…気持ち悪っ。」

 耳を疑ったが、それはたしかにさやかの声だった。

 杏子の胸に、深く突き刺さる刺のある声。
 
「人の家に勝手に怒鳴りこんできてさ…何勝手に泣いてんのよ! 気持ち悪い!」

 それを聞いて自分の視界が霞んでいることに気がついた杏子は慌てて目を拭った。
 
 乱暴な音。
 
 涙を拭い終わって元通りになった視界の先には、
 さやかの代わりに固く閉じられた扉が杏子を拒絶するように立っているだけだった。
102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 18:59:16.59 ID:HkLqSV2Ao
 ひと通りレズセックスを済ませ、まどかを寝かしつけたベッドを名残り惜しむように離れたほむらの背中に、

「ほむらちゃん、またお仕事行っちゃうの?」

 と、か細い声が触れた。

「起こしてしまったのね。 ごめんなさい。 今夜もパトロールに行かないといけないの。」

「ほむらちゃん…」

「2時間ほどでもどるから、良い子にして待っていなさい。」

 そう言ってほむらは細長い弾倉を明かりにかざして9ミリ弾の弾数を確認し、
 それをオートマチックの拳銃に装着し、スライドを引いた。

 シャクン、と言う装填の音は拳銃に注された油の匂いと共に、いつもまどかの心に恐怖を植え付ける。

「もう遅いから、寝なさいね」

「うん…行ってらっしゃい」

 明かりが消され、優しくドアが閉められる。

 暗闇の中に取り残されたまどかは、ほむらが帰ってくるまで起きていよう、そう思った。
103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:00:09.71 ID:HkLqSV2Ao
 痺れのような知覚が抜けていき、破壊された自分が徐々に再構成されるような感覚で意識を取り戻しつつあったマミの耳に、
 久兵衛が浴びているシャワーの音が響いてきた。

 ごろん、と寝返りを打つと性器に痛みが蘇り、マミは顔を歪めて微かに呻いた。

 その痛みに、下腹部を覆っていた痺れも晴れてきて、マミはそこに喪失感が形を表すのを感じた。
 
 自分に穿たれた穴である。他人の形を記憶した、暗い穴だ。
104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:01:08.65 ID:HkLqSV2Ao
 久兵衛がバスタオルで体を拭きながら近づいてき、マミの寝ているベッドに腰掛け、タバコに火をつけた。

 マミにはその背中が向けられている。

 不意に、体に開けられた穴が、喪失感の象徴が悲しいまでに冷たく感じ、マミは温もりを求めて久兵衛の背中に触れた。

 久兵衛がそれに気がついて振り返った瞬間、マミの手は弾けるように引っ込み、一瞬後に鋭い痛みが襲ってきた。

「あつっ…!」

 マミの手の甲には5ミリほどの丸い火傷が出来ていた。
 タバコの火を押し付けられたのだと、マミはその時気がついた。

「僕は今、賢者タイムなんだ。 鬱陶しいからさわらないでくれるかな」

 マミの視界は涙で霞んでいった。
 
 下腹部の喪失感はさらに冷たく、マミは体が震えてくるのを感じ、
 下腹を体全体で覆うように縮こまった。

 それでも体は芯から冷えてくる。
 マミは放り出されていた羽毛布団を被ったが、体は温まらなかった。

 マミは寂しさを埋める温もりを見失い、眼を閉じて涙をまぶたから頬に追いやった。

 そしてかつて温もりをくれていた彼らの写真が、惨めな自分を見下ろしている事に気がついた。

「お父さん…お母さん…」

 マミの目に、また涙が溢れてその視界を濁した。
105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:02:06.29 ID:HkLqSV2Ao
 久兵衛は、そんなマミの言葉など耳にも入らなかった。
 彼はひたすら、別の女のことを考えていた。

 まどかである。
 
 まどかを犯せば、どんな声で泣くのだろうか…
 
 いつかきっとあの暁美ほむらを出しぬいて、まどかと契約しよう…そしてあわよくば…

 そこまで考えて、久兵衛はタバコが短くなっている事に気が付き、
 持ってきたティーカップのソーサーにそれを押し付けて火を消し、立ち上がった。

「悪いけど、明日は早いんだ。 やることはやったし僕はもうおいとまするよ」

 マミに一瞥もくれず、久兵衛は服を着て部屋を出た。

 今夜はずっと一緒にいてあげる―
 そうマミに約束したことなど、この男はすっかり忘れていた。

 灰皿がわりに使われたソーサーの上に転がっている吸殻のフィルタに印刷された銘柄とマークが、
 鮮やかなピンク色なのを見やったマミには、それが別の女の口紅のように見えた。
106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:03:33.09 ID:HkLqSV2Ao
「手を上げなさい」

 公園のブランコに座り、俯いてさやかのことを考えていた杏子の頭上に、冷たい言葉が浴びせ掛けられた。

「あん?」

 気怠そうに顔を上げた杏子の瞳に写ったのは、冷たい目をした女と、その手に構えられた拳銃だった。

「何だテメーは?」

「警察よ。 あなたは大丈夫みたいね」

 女は拳銃を仕舞い、警察手帳を開いてIDカードを見せつけた。
「暁美ほむら」と書いてあるが、杏子はどうでもいいと思った。

 頭の中をさやかが埋め尽くし、脳みそがパンクしそうでそれどころではないのだ。
107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:04:09.34 ID:HkLqSV2Ao
「お巡りかよ…あたしの事はほっといてくんねーかな…」
 
「そういう訳には行かないの この街では凶悪事件が頻発しているのを、あなたは知らないの?」

「越してきたばっかりでね…」

「とにかく、あなたを家まで送ってあげる。 立ちなさい」

 ほむらは杏子の襟首を掴んで立ち上がらせた。
 もの凄い力だ。

「離せよ! 自分で立てるって!」

 杏子はほむらの腕を振り払った。

「こんちくしょう! 税金泥棒め!!」

 さやかのことが上手く行かなくてやけくそになっている杏子は、ほむらに悪態をついてから歩き出した。
 
 ほむらは、結局杏子の家まで付いてきた。

 杏子はほむらの事を、餌を欲しがっている野良犬のようだと感じ、不快感を持ったが、
 同じことをさやかが自分に対して感じているだろう事などツユ程も考えては居なかった。
108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:05:00.70 ID:HkLqSV2Ao
 朝の光にさやかが身を晒したとき、一番に視界に入ったのは杏子だったので、彼女は最低の朝だと思った。

 杏子は一階の隅に住んでいるおばあさんににこやかに話しかけ、なにやら長方形のパンフレットのようなものを渡していた。
 
 朝っぱらから哀れな独居老人を相手にするなんて余程暇なのだろう。

 この老人は老い先短いだろうとこのアパートの誰からも思われている。

 住人は皆、この老人が死んだ際に死体の第一発見者になるのを恐れて、彼女には近づかないようにしているのだ。

「さやかもどうだい?」

 鉄の階段を降りる音で気づかれた。
 杏子はさやかに駆け寄って来て、先程ババアに渡していたパンフレットと同じものを渡してきた。

 そこには、「すべての悩める人達へ」とか、「みんなで手をとりあって苦しみを乗り越えよう」
 とか言う胡散臭い言葉が散りばめられており、さやかは吐き気がしてパンフレットを持っている杏子の手を払いのけた。

 こいつは怪しい新興宗教の勧誘員だったのか、とさやかは思い、この女には二度と関わりたくないとの誓いを新たに彼女は出勤した。
109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:06:29.98 ID:HkLqSV2Ao
 バイト先に到着したさやかは、マミの様子がおかしいことに気がついた。
 落ち込んでいるようで、表情が暗い。

 どうしたんですか?と語りかけると取り繕ったように明るくなるが、その様子はどこか痛々しかった。

「さあ、今日もがんばりましょう!」

 そう言って動き出すが、その動作には張りがなく、鈍い。

 つまらないミスも頻発し、さやかはその尻拭いに追われた。

 そんな中、さやかを助けたのは同僚のナカノさんの存在だった。

 彼はコミュ症の使えないジジイだったが、この日ばかりは狂ったように働いてくれた。

 マミに聞いたところによると、昨日の夜勤からぶっ続けで働いてくれているらしい。

 一体彼に何が起こったのだろうか…?
110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:07:15.85 ID:HkLqSV2Ao
 さやかが陳列棚を整理していると、久兵衛がやってきた。

「鹿目まどかは、いつも何時くらいにやってくるのかな?」

「時間が決まっているわけじゃないので分かりません」

 どうせまた契約しようとしても、あの変態の同棲相手が飛んできて阻止するに違いないのに…とさやかは思う。

 ほむらはまどかにGPS機能付きのキッズケータイを持たせ、
 まどかが家を出ると仕事を抜けだして尾行を始めるのだそうだ。

 まどかの日常そのものが、ほむらにとっては変態プレイの一環なのである。

 ふとマミの方を見やると、更に決まりの悪そうな顔になっている。

 さやかはこの男とマミが何かあったのではないかと直感したが、追求しようとは思わなかった。
111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:08:09.14 ID:HkLqSV2Ao
「さやかちゃん! こんにちは!」

 まどかが来てくれた。 癒しの時間だ。
 久兵衛が発情したような顔でまどかに近づこうとしたが、その前にマミが立ちふさがった。
 
「鹿目さん。 悪いんだけど今日は忙しいから帰ってもらえるかしら」
 
 さやかにとっては信じられない言葉だった。

 マミはまどかに嫉妬に満ちた冷たい視線を向けている。

「ご…ごめんなさい…」

 結局まどかは怯えながら帰っていった。

「あーあ、帰しちゃったなあ…」

 久兵衛はマミにあてつけるように独り言をしゃべったが、マミはそれを完全に無視している。

 最低の雰囲気だとさやかは思った。

 そんな雰囲気をまるでものともせずにナカノさんが狂ったように働いている。

 さやかが帰る時間になっても、彼は帰る気配も見せずに働き続けていた。
112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:09:17.53 ID:HkLqSV2Ao
 帰り道にある公園に、杏子がいた。
 なにやら子供たちに語りかけ、お菓子をあげている。

 新興宗教の勧誘活動だと思ったさやかは、邪魔をしてやろうと思い、杏子の背後から近づいた。

「みんな、食べ物は粗末にしちゃだめだぞー。 弱い者いじめもだめだぞー」

 杏子はそんな風な事を子供らに演説している。

「君たち! こんなところで何やっているの! お父さんお母さんが心配するでしょ! 
 こんな胡散臭いお姉さんの話を聞いちゃダメ!!」

 さやかは得意満面のドヤ顔で子供らにそう伝えたが、彼らは一様にさやかに侮蔑の表情を向け、

「ヒステリーオバサンだ!」

 とさやかに指を指し、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

「なにーっ! オバサンだと!」

 さやかは拳を振り上げたが、追う気力はどこにもなかった。

 子供らが居なくなったその一角に、杏子だけが少し俯いた姿勢でさやかの前に立っている。
 頬が赤くなっているようにも見える。
 何が恥ずかしいのだろうか、この女は。
113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:10:27.52 ID:HkLqSV2Ao
「ねえ…一緒に帰るかい?」

 その杏子の言葉を、さやかは無視して歩き出した。

 杏子は相変わらずさやかの後について歩いている。

 そして時々、「バイトはどうだい?」とか、「あたし、引っ越してきたばかりだから友達とかいなくってさ…」
 とか話しかけてきたけれど、さやかはその全てを完璧なまでに無視していた。

 しばらくすると、さやかの肩を杏子がつんつんとつついてきた。
 鬱陶しい、そう思ってさやかが振り返ると、差し出されたりんごが視界に入った。

「食うかい?」
 
 りんごを手で払ってやろうかと思ったが、昨日の夜の、別人のような杏子の言葉が脳裏に響いて、さやかは俯いた。

『食いもんを粗末にするんじゃねえ!』

 しかし思うところがあったさやかは杏子に向き直った。その瞳は正義感に燃えている。
114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:11:07.87 ID:HkLqSV2Ao
「あのさ…そのリンゴ、どうやって手に入れたの? お店で払ったお金はどうしたの?」

 答えようとした杏子を無視して、さやかは尚も話し続ける。

「あんたが朝配っていたパンフ、新興宗教だったよね。 
 あんたあのおばあさんみたいなのから、お金を巻きあげて生きてるんでしょ? そんな汚いお金で、そのリンゴ買ったんだよね。
 おばあさんに近づいたのは、年金が目当て? それとも生命保険掛けるのかな?」

「ちが…っ あたしらはそんな事…」

「あんたってさ、いつもぶらぶらしてるよね。 働いていないんでしょ? 
 あたしが毎日一生懸命働いているのに、その影であんたみたいのが遊んでいると思うと、正直腹が立つんだよね」

「あ…あたしは…」

「仕事してるって言うの? じゃあ教えてよ。 
 昼間っから夕方までふらふらしているのが、どんな大層な仕事なのか、教えてよ。 今すぐあんたが教えてよ」
115: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:12:03.50 ID:HkLqSV2Ao
「あ…あたしはさ…もうすぐ忙しくなるって言うか…今はまだ準備段階なんだよねえ…そんなカンジでさあ…」
 
 杏子は昨日今日とこの街を歩き回り、店舗の立地に条件のよい場所を探しまわっていたのである。さやかはその事を知らない。

 杏子は、自分がコンビニチェーン、サークル杏クウカイの代表であることを、話したくなかった。
 それを誰かに話して、よかったことは一度もなかったからだ。

 それにさやかは、ライバル企業であるマミリーマートに勤めているのである。尚更話しにくかった。

 だけど口ごもる杏子の台詞は、さやかにはニートが「明日から本気出す」と言っている風にしか聞こえない。

「ああ、もういいよ。 分かった。 分かったからもうまとわりつかないでくれる? 
 あたし忙しいからさあ、アコギな宗教で儲けてニートしてるような奴にかまっている暇が無いんだよね」

 それだけ言うとさやかは杏子に背を向けて早足で歩き出した。

 さやかのその言葉には、ニートに対するフリーターの優越感が浮き出していた。
116: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:13:33.17 ID:HkLqSV2Ao
 マミの帰り道に、久兵衛が待ち伏せていた。
 久兵衛は、マミの方に微笑みかけ、小さく手を振っている。

 マミはそれを無視して通りすぎようとした。

「無視するなんて、酷いじゃないか」

 マミはこの男が憎かった。
 昨日、あんな酷い仕打ちをしたくせに、何事もなかったかのように自分に接してくるこの男が。

 それに今日のことでマミは完全に気がついてしまっていた。

「あなたは、本当は鹿目さんの事が好きなのね」

 マミが自分を無視し続けず、なおかつ始めに口にしたのがその言葉だったので、久兵衛は安心した。

 マミはまどかに嫉妬しているだけで、それを誤解ということにし、
 その誤解を解く格好をつけてやればまだ情婦として使える可能性があるということだからだ。

「どうしてそう思うんだい?」

「お店に来たとき、あなたは真っ先に私のところに来てくれなかったわ。 
 美樹さんのところに行って、鹿目さんの事を聞いたりして…」

 やはり拗ねているだけだな、と久兵衛は思った。

 安心した股間が膨れ上がってくる。今日も頼むよ。マイサン。
117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:14:18.19 ID:HkLqSV2Ao
「まどかは店舗にも、会社にも莫大な利益をもたらす。それ以上でも以下でもないよ。
 それに仕事中に、君とイチャイチャするわけにも行かないだろ」

「どうでしょうね?」

 そう言ってマミは久兵衛を振り切ろうと足を早めた。

「待ってくれよ!」

 久兵衛はマミに追いすがりながら、
 今この女は自分を必要として追いかけてくれる男の存在を嬉しく思っているに違いないと考えていた。

「待ってくれったら!」

 久兵衛はマミに追い付き、その手を掴んだ。

「離してよ―――ッ!」

 そして振りほどこうとするマミを引き寄せ、抱きしめてキスをした。
118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:15:16.02 ID:HkLqSV2Ao
 絡みあう舌がマミの怒りを溶かし、鎮めていく。

 そして密着した体から伝わる温もりが寂しさを包みこんで、マミの心を潤した。

 マミの感じていたもろもろの負の感情は涙となって排出され、マミの瞳を濡らしている。

 久兵衛が唇を離すと、もう拗ねたマミは彼の眼前にはいなかった。

「君の紅茶が飲みたいんだ。 部屋におじゃましても、いいかな?」

 目をうるませたマミの返答を見て取った久兵衛の股間が熱く膨らみ始めた。

 久兵衛はマミにそれと気付かれないように素早くチンポジを直し、営業用のスマイルで取り繕った。
119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:16:23.42 ID:HkLqSV2Ao
 今日も定時に帰ることができる。
 それはありがたい事だと、ほむらは思う。 まどかとの時間が長く取れるからである。

 しかしそれは、彼女が窓際族であることを示してもいる。

 数ヶ月前から、この町で変態による事件が急増し始めた。
 優秀な警官だったほむらは、その事件の捜査チームに加わった。

 捜査が進むにつれ、それがグリーフシードと呼ばれる違法薬物による症状であること、
 そしてこの事件にマミリーマートを含む大きな企業グループが絡んでいる事が判明してきたのである。

 企業と癒着が進み、腐敗したこの時代の警察組織はそれが分かった途端に捜査の手をゆるめ、捜査員の数も削減されていった。

 今ではこの忌まわしい事件に関わっているのはほむらと、定年退職間際のやる気の無いジジイ数名だけであった。
120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:17:12.52 ID:HkLqSV2Ao
「お疲れさまでした。 お先に失礼します」

 ほむらの挨拶に答える人間はいない。
 気にせずほむらは職場である見滝原警察署を出た。いつものことである。

 まどかに電話をすると、カレーライスを作って待っているという。

 ほむらの足取りは軽くなった。

 窓際族であるからと言って、給料は変わらない。

 定時に帰れる分、まどかとの生活は寧ろ豊かになるのだ。

 これでいい。ほむらは今の生活に満足しきっていた。
121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:18:05.25 ID:HkLqSV2Ao
 夕暮れが始まった商店街を歩く人はまばらだ。

 ほむらは花屋の軒先で鼻をくすぐる香りに立ち止まった。

「これ、下さい。 花束にして」

 真っ白な百合の花。
 まどかはきっと喜んでくれるだろう。

 暮らし向きは良くもないが、悪くもない。寧ろ不景気なこの時代では、裕福な部類に入るのかも知れない。

 貯金をして、休暇中にまどかとふたりで旅行にいく計画も立てている。

 百合の花束の澄んだ香りが流れてくる。

 早くまどかと一緒にこの花を愛でたい、そう思う。

 私の生活にはこうして花をまどかに買っていく余裕もある。
 美樹さやかみたいなワーキングプアとは違う。

 私は、今の暮らしに満足している。

 ほむらは、花屋でロスしたまどかとの時間を取り戻すために駆け出した。

 家は、もうすぐそこだ。
122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/19(火) 19:19:04.71 ID:HkLqSV2Ao
 久兵衛はマミの家に上がり込み、紅茶を飲み、彼女の作った夕食を食い、
 それから昨日のような言葉攻めと乱暴なセックスをして泣かせた。

 勿論容赦なく膣内射精で締めくくった事は言うまでもない。

 自分の本性をごまかす優しさを交えてやれば、この女はどんなにひどいことをしても許してくれる。

 寂しさにやられたこの手の女は、こういう扱いやすい特性を持っているものだと、久兵衛は思った。

 久兵衛は飴と鞭とを使い分けてマミに接し、
 マミは久兵衛の偽りの優しさに温もりと愛とを勝手に見出し、
 心がそれぞれ逆を向いた二人の関係は沼のように深く淀んでいった。
129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:47:54.97 ID:GAW0Ik/Vo
 それからしばらく経って、さやかは久しぶりにバイトが休みだった。
 最近、杏子の姿を見ることがまれになってきて、さやかは気分がイイと思っている。

「ごめん、待った?」

「いいえ、いま来たところですわ」

「いやー、仁美が連絡をくれるなんてなんだか珍しいねえ」

「とりあえず何かいただきましょう」

 ここは駅前の喫茶店。
 高級オフィス街に隣接するここはそれなりのランクの店である。
 さやかはメニューを見て、一瞬桁が違うのではないかと思い、目をしばたかせていた。

「どうしましたの? さやかさん」

「え…いやあー何でもないや…あはは」

 仁美はお高いケーキと紅茶を注文したが、さやかは一番安い珈琲だけを頼んでちびちびとやり出した。
130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:48:50.99 ID:GAW0Ik/Vo
「それで…話しって何?」

「上条恭介くんのことですわ」

 それを聞いてさやかが固まる。こいつは恭介とどんな関係があるというのだろうか?

 そんなさやかを尻目に、仁美は芯のこもった調子で語りだした。

「上条くんは才能がありながら、現在何の音楽的活動も出来ていませんわ。 それは貴重な才能の浪費だと思いません?」

 そのアクセントは、重い。 まるで強烈な腹パンだ。

「そ…そうだよね…恭介はいつかきっと音楽家として羽ばたく日がやって来るよね…仁美はやっぱ分かってるなあ…」

 仁美は、笑いながらそう言ってのけたさやかを睨みつけた。

「いつか、ではありませんのよ。 今すぐ手を治して音楽の世界に羽ばたく必要があります」

 さやかは、絶句した。
 この女は、一体何をしゃべろうとしているのか?

 笑顔を消し、仁美の言葉に集中する。
131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:49:47.52 ID:GAW0Ik/Vo
「あなたが同棲を始めてから、恭介くんを上質な音楽に触れさせる機会はありましたか?」

「そりゃあもう…レアなCDを見つけたりさあ…恭介も結構喜んでくれるんだよねえ…あたしも嬉しくなっちゃったりしてさあ…」

「CD…?」

 仁美の語気がさらに強くなり、その眉が釣り上がった。

 それを見て、またさやかは絶句した。

 背中に冷たいものが触れたような気がした。
 時間が凍りつく感じ。 さやかには、嫌な予感しかしなかった。

 凍った時間は、流れるのではなく、ただ滑っていく感じがする。

「私は、著名な音楽家のコンサートに連れて行って差し上げたり、それ相応の教育を受けていただいたり…そういう話をしていますのよ。
 それがCDですか…? あなたは音楽活動を何だと思っていらっしゃるの?」
132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:50:29.12 ID:GAW0Ik/Vo
 さやかが反論できないことを確認し、仁美は尚も語り続ける。

「上条くんはパリへの留学を希望なさっています。 そして私は、それを支援して差し上げるつもりですわ」

「あはは…そうかあ…恭介もとうとう芸術の都パリに旅立つのかあ…私もフランス語勉強しなきゃなあ…」
 
 さやかは何とか引きつった笑顔を作って、たどたどしくそう言った。

 仁美は、音を立てずに紅茶をすすって、一息ついてから再び厳しい視線をさやかに向けた。

 そしてその視線を受けたさやかはまた動けなくなった。

「上条くんの事は全面的に支援するといいましたが、あなたまでパリに行く必要はありませんわ」

「え…?」
133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:51:13.64 ID:GAW0Ik/Vo
「あなたには、音楽に対する予備知識も何もありませんわよね?」

「ちょっと待ってよ! あたしだってクラシックについては結構勉強していて…出だしだけ聞いて曲名とかも当てることができるんだよ。 
 恭介のために、一生懸命勉強したんだから…」

「そういう上っ面の知識を晒す人のことを、業界では『にわか』といいますのよ」

「に…にわか!?」

 呆然とするさやかを見た仁美は、更に攻勢を強めようとしている。

「そう、あなたは所詮曲名を当てられるくらいの知識しかないのでしょう? 
 その曲が作られたとき、世間ではどういう芸術が流行していたとか、作曲者はどういう精神的状況で曲を作ったとか、
 そういう事までは分からないでしょう? さやかさんは」

 仁美の言葉は優越感に踊りだしそうな調子になってきた。
 それを聞いてさやかもその腹に怒りがこみ上げて来るのを感じていた。
134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:52:29.56 ID:GAW0Ik/Vo
「バカにしないでよ…あたしだって…もっと勉強をすれば…」

 興奮したさやかの調子に、仁美はそんな事言うのは既に分かっている、というふうに落ち着き払っている。

「そうですわね…知識は勉強で補えるものですわ…だけど、それよりも大切なモノがありますわ」

「何よ…言ってみなさいよ!」

「お金に決まっているでしょう」

 さやかは、足元が全部無くなって、自分が底のない穴に落ち込んでいくような感覚に襲われた。

 仁美はさやかの表情をちらりと見やってからケーキをフォークで上品に切り取り、
 ムダのない動きでそれを口に運び、少ししてまた紅茶をすすった。

 それを見て、さやかは自分の絶望が、この女にとっては非常に甘いのだろうと思った。

「留学費用は数千万単位にもなりますわ。 
 それに怪我をして動かない手も治してもらう必要がありますわね」 

「でも手は治らないって…」

「ご心配なく。 
 彼の手は、かの有名なB.J氏に手術をしていただく事に決まりましたの。2千万で元通りになるそうですわ。
 ですがあなたの今のお給金で、それらの費用がまかなえますかしら?」
135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:53:33.95 ID:GAW0Ik/Vo
 さやかは、口を開くことが出来ない。
 独り、落下を続けているのだ。 絶望の底へ。

「さやかさん、どうですか? あなたは今の自分の年収と、向き合えますか?」

 さやかは、叫びだしそうになっている自分を感じている。
 これは、悪い夢なのではないかと思ってもいる。

 嫌な汗が額に浮かび、衣服をべっとりと肌に貼り付ける。

 喉が乾いたが、目の前の珈琲に手をやるだけの気力もなかった。

「上条くんは、私と一緒にパリへ行きますわ。 その意味は分かりますわよね?
 あなたの上条くんへの想いはわからなくもありませんが、これ以上あなたが彼を縛り付けると、その才能を腐らせるだけですの。
 だからもう、にわかで貧乏なさやかさんは、上条くんの側から退場していただきます。
 あなたが本当に上条くんのことを想うなら、分かってくれると信じていますわ」
136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:54:35.32 ID:GAW0Ik/Vo
 気がついたら仁美は帰っていて、さやかは冷め切った珈琲と共にテーブルにもたれて放心していた。

 仁美が残したケーキと紅茶が下げられる。  

 さやかは、食べ物を粗末にすんなよ、と思ったが、それが杏子のセリフだったことに気がついて、更に気分が沈んだ。

 冷めた珈琲を飲むとすぐに、さやかはマミに電話をした。

「マミさん、これから夜勤にだしてもらえますか?」

 さやかは、働くしかない。とにかく沢山働いて、あたしが恭介の留学費用でも何でも稼ぐしかない。そう思った。

 しかしさやかは、自分の時給から稼ぐことができる限度額を計算できないほどのバカでもなかった。

 悲しいまでの、自分を虐めるだけの徒労。

 さやかが出来ることはそんな徒労と、自分の無力をとことん呪うことだけであった。
137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:55:21.94 ID:GAW0Ik/Vo
 喫茶店から帰ると、まどかはさやかの家に夕食を作って持ってきてくれていた。

 恭介は居ない。最近は一晩中帰らないことも多くなっていたが、
 もしかしたら仁美のところにいたのかも知れないと、今になって思う。

「さやかちゃん、折角の休みだからゆっくりして欲しいと思って…
 ほむらちゃんには怒られちゃうけど、夕食つくりすぎちゃった。
 一緒に食べよ」

 そのまどかの優しさに、さやかの目から涙がこぼれた。

「何であんたはそんなに優しいかな…あたしにはそんな価値無いのに…」

「そんなことないよ…さやかちゃんは頑張り屋さんだもん」

 慰めるまどかに、さやかは今日の喫茶店での出来事を語りだした。

「…あたしね、あの時、仁美が死ねばいいと、仁美を殺したいと思っちゃった…最低だよね…社会人失格だよ…」
139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:56:53.39 ID:GAW0Ik/Vo
 まどかは、そう言って泣き出したさやかを優しく抱きとめた。

 さやかの悲しみが感じる温もりを通して沁みてくるような気がし、まどかの目に涙が浮かんだ。

「仁美に恭介を取られちゃうよ…でもあたし何も出来ない…だってあたし…ただのフリーターだもん…貧乏なんだもん! 
 こんな収入で手の手術を受けさせてあげるなんて言えない…
 一緒にパリに行こうなんて言えないよおおお!」

 さやかはまどかをきつく抱きしめて、ありったけの声を上げて泣き、
 まどかは、さやかになにもしてやれない自分を呪って、ただただ涙を流していた。

 ひと通り泣いたさやかは、まどかと夕食を摂った後、夜勤のシフトをこなすために出勤して行った。

 そしてまどかだが、やはり帰った後、ほむらと一緒に夕食を取らなかったことを責められ、また尻を叩かれたのであった。
140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:57:43.38 ID:GAW0Ik/Vo
 バイト先に着くと、にこやかに笑った久兵衛がさやかを迎えてくれた。

 契約内容を全面的に見直そうというのである。

「そうか、君も『ぶっ続け』をやろうという気になったんだね。 嬉しいよ」

 「ぶっ続け」というのは、極秘の、一番ハードな契約である。

 労働基準法?何それ的なその内容は、一日20時間労働という凄まじい物だった。

 前にナカノさんがやっていたあれである。
 ナカノさんは「ぶっ続け」を2週間ちょっと続けてから、突然行方不明になってしまっていた。

「『ぶっ続け』はちょっときついからね、このクスリを服用しながらやることをおすすめしているよ」

 そう言って久兵衛は懐から真っ黒の錠剤を取り出してさやかの前に置いた。
141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:58:30.45 ID:GAW0Ik/Vo
「このクスリは…?」

「元気の出るクスリさ。 一日一錠。 それで20時間労働は何とかできるようになるはずだよ。
 量を増やせば疲れを完全に消し去ることも可能だけど、それは体にかかる負担を考えるとあまりおすすめしないね」

 さやかはそのクスリを受け取ったが、恭介が変なクスリに依存しているのを見てきてもいるので、
 こういうモノにはあまり頼りたくない、そう思っていた。
142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 18:59:14.00 ID:GAW0Ik/Vo
 最近は本社でデスクワークをしたり、実家の教会の仕事を手伝ったりしていたので帰る暇もなく、
 今日、やっとの事で杏子はひさかたぶりに見滝原のアパートに帰って来れた。

 堅苦しいスーツを脱ぎ、いつものラフな格好に着替えて、杏子は笑顔で部屋を出た。

 向かう先はマミリーマート。

 そう、大好きなさやかの様子を見に行くのだ。

 鉄の階段を降りると、杏子はポッキーをくわえて走りだした。

 杏子は途中でサークル杏クウカイ見滝原店の予定地を見に行った。
 
 もう建物と駐車場は完成している。

 開店はもうすぐだ。
143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 19:00:28.76 ID:GAW0Ik/Vo
 マミリーマートに到着すると、どうも店内の様子がおかしかった。

 何か殺伐としていて、店内にいるまどかが震えながらオロオロしている。

 杏子がレジを見ると、そこでは肩で息をし、フラフラになったさやかが必死でレジを打っていた。

「ぜえ…ぜえ… ぬあああっ!! 380円になります!!」

「おい、あいつふらふらじゃねえか? 一体どうしちまったんだ?」

 杏子はまどかにそう尋ねた。

「さやかちゃん…昨日の夜からずうっと働いているんだって…」

 まどかはそう言って震えている。

「何だと!? 労働基準法違反じゃねえか!!」

 杏子が唖然としてさやかを見ていると、レジを打ち終わったさやかが白目を向いてタバコの棚にもたれかかるところだった。

 だが次の客が待っている。

 杏子は私服のまま慌ててとなりのレジに入り込み、

「お待ちのお客様、こちらへどうぞ」
 
そう言って客をなんとかさばいた。
144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 19:01:20.85 ID:GAW0Ik/Vo
「おい、さやか!! しっかりしろ!! うわっ…すげえクマじゃねえか!! 顔色もひでえ!!」

 客が途切れたのを見計らってさやかを抱き起こした杏子は、その憔悴しきった顔に驚愕した。

「あたしは…働くんだ…」

「働きすぎだっつうの。 いいからすっこんでなよ。 あたしが代わりに働いてやるから」

 そう言って店の奥に行き、予備の制服を羽織った杏子が戻って来る前に、さやかは久兵衛から渡された黒いクスリを飲んだ。

 嫌いな杏子に手助けをして欲しくなかったのである。

「邪魔しないで…一人でやれるわ」

「お…おい…」

 さやかはいきなり背筋をピンと伸ばして、深呼吸をした。
 目は大きく見開かれ、爛々と輝いている。

 杏子は一週間前、これと同じ症状を見たことがあった。

「あんた…まさか…」

 呆然とする杏子を尻目に、さやかはもの凄い速さでレジを打ち、ゲラゲラ笑いながら客をさばき始めた。

 お客さんもドン引きである。
145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 19:02:11.20 ID:GAW0Ik/Vo
「あはっ…あははは…本当だあ…430円です! 温めはどうされますか?」

「…このクスリを飲めば…はい、29番のたばこですね、410円になります!! あははははっ…」

「あっはははははっ! 疲労なんて、完全に消しちゃえるんだあ!!!」


「やめて…もう…やめて…」

さやかの痛々しい働き方に耐え切れなくなったまどかの泣き声が、店内に悲しく響いた。
151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/20(水) 23:58:23.65 ID:GAW0Ik/Vo
 一週間前の夜。隣でさやかが恭介にまた虐待され始めたので、
 杏子は泣きながら部屋から逃げ出し、近くの公園で時間を潰していた。

 前にほむらに銃を突きつけられたあの公園である。

 ブランコに腰掛けようとした杏子の視界に、ベンチに据わっている老人の姿が目に入った。
 マミリーマートの制服…さやかのいる見滝原店で何度か見たことのある従業員だった。

 あの「ぶっ続け」のナカノさんであるが、杏子はその名前までは知らなかった。

 ナカノさんがうずくまってブルブル震えているものだから、杏子は心配になって涙を拭いて彼に近づいたのだった。

「おい、あんた大丈夫か? アルフォート食うかい?」

 そう言って杏子がアルフォートを差し出そうとしたとき、ナカノさんはいきなりベンチの上に直立不動の姿勢をとった。

 その眼は見開かれ、爛々と輝きを放っている。

 そして早口でまくし立てたのである。
 悪魔の呪文を…
152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:00:00.93 ID:idX9ZfJ+o
「はあ…あんこちゃんとタンデムツーリングに行きたい…

 僕とあんこちゃんは、バイクでお出かけすることになったの
 僕のバイクはスズキ製で、みんなからよく鈴菌感染って言われるんだけど、あんこちゃんは『すげえ! カッチョいい!』って興奮しているの。 可愛い///
 僕はあんこちゃんの為にタンデムステップを出してあげて、バイクに跨ると、あんこちゃんは『ちょっと恥ずかしいな』と言いながらタンデムシートに跨って、僕のベルトにつかまるの。
 あんこちゃんの控えめなお胸が背中に当たって柔らかいの///
 でも僕は、なんでもないふりをしてチョークを引いて、エンジンを始動するの。 キュボン! ボボボボボ…
 それを聞いてあんこちゃんは、『すげえ! エンジンがかかったぞ!!』と、大興奮! やっぱり可愛い///
 そしてあんこちゃんの温もりが僕の背中に伝わってくるまで暖気をしてから、僕はギアを一速に入れて、ゆっくりとクラッチを繋いで走りだすの
 あんこちゃんは『動いたぞ! すげえパワーだ!!』と、更にテンションを上げていて、僕のテンションもスピードと共に上がってくるの。

 しばらくして、僕達は海を見に行くために、峠道に差し掛かるの。
 峠道はカーブが連続していて、バイクが傾くたびにあんこちゃんは、『ウヒャー、斜めってるぜ!』と楽しそう。ああもう可愛いなあ///
 そして、『もっと行け、もっと!!』と、あんこちゃんに急かされて、僕は立ち上がりの直線でアクセルをガツンと開けてしまうの。
 見る見るうちにタコとスピードのメーター針が上がっていって、エンジン音と共に、あんこちゃんの興奮した悲鳴が聞こえるの。
 そして、更にスピードをあげるバイクは…
 とうとう百キロを超えてしまうの!!
 この国に百キロを超えたスピードを出せる公道はどこにもないのに、スピード計は百キロを更に超えて、いま百二十キロなの!!
 あんこちゃんとの、一瞬一瞬が犯罪なの!!

 そして海に到着。あんこちゃんは、海を見ながら『まだバイクはちょっと寒いな』と凍えているの。
 それを聞いた僕はすかさずあんこちゃんを暖めるように後ろから抱きしめて囁くの『なあ、あんこちゃん…スケベしようや…』と。

 そして僕たちは、海辺のホテルで前と後ろを取り替えて、ベッドで激しくタンデムライドするの!!」
153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:00:43.61 ID:idX9ZfJ+o
「な…なんだコイツ…?」

 異常を感じ取って後ずさる杏子に、性欲の化身と化したナカノさんが襲いかかる!

 一撃目をなんとかかわし、走りだした杏子であったが、ナカノさんの異常な脚力に見る見るうちに追いつかれてしまった。

 腕を掴まれ、丸く輝く目が杏子を捉える。
 大きく開いた口からはヨダレが垂れており、まさに狂気。

「さ…さやか…助けて…」

 レイプされてしまうかも知れない…杏子がそう思ったとき、ナカノさんのコメカミから肉片のようなものが飛び散って、
 そのまま彼は崩れるように地面に倒れ込んだ。

「あなた、また性懲りも無く夜遊びをしているのね」

 ほむらだった。手にしている拳銃の、サイレンサーの先からは煙がかすかにたなびいているのが見える。そして鼻を突く火薬の臭い。

「て…てめえ! 殺しちまう事ねえだろうが!」

 ほむらにそう怒鳴った杏子はナカノさんに駆け寄り、本当に死んでいる事を確認して呆然とした。
154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:01:10.06 ID:idX9ZfJ+o
「もし…私よ。 ええ、一個体始末したわ。 回収をよろしく。 ポイントは…」

 そんな杏子を尻目に、ほむらは携帯でなにやら報告をしている。

「おい、てめえ警察のくせになに人殺ししてんだ!」

「あれは既に人では無かったわ」

 そう言いながら、ほむらは長い髪を掻き上げた。

「人じゃないって…どういう事だ?」

「話す必要がないわ」

 死体回収車と思しき警察車両が公園に横付けされるのを確認し、ほむらは杏子に背を向けて歩き出した。

「ちょっと待て! 納得行かねえ!」

「あなたが納得する必要がないわ。 さっきの事は忘れて」
155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:01:41.97 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらは杏子を鬱陶しいと思い始めていた。

 これから家へ帰ってまどかの寝顔を鑑賞し、匂いを嗅いでから幸せな気持ちで入眠する仕事が待っているのだ。

 たまにまどかは健気にもほむらの帰りを待って夜更かししていることがあるので、
 軽いお仕置き、つまりほむらにして見ればご褒美に当たるのだが、それが必要かもしれない。

つまり杏子にかまっている暇はないのだ。

「あたしは納得するまでてめえを離さねえぞ!」

 杏子はそう言ってほむらにしがみついて来た。

 ほむらはキレる寸前である。

「公務執行妨害でタイーホするわよ」

「やれるもんならやってみやがれ!」

「ぐぬぬ…」
156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:02:29.02 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらはこいつを逮捕してブタ箱にぶち込みたいと思ったのだが、
 そうなると面倒な手続きをしなければならないし、署に寄る必要もあった。そうなると真っ直ぐ家に帰れない。

 ヘタをしたら朝まで面倒な手続きが続いてまどかの作る朝食を食べることが出来ないかも知れない! そうなれば地獄だ!

 ほむらは頭でそれを計算し、逮捕は止めて最適な方法を考え出した。

「分かったわ。 ここじゃあなんだから私の家に来て」

 つまりこうだ。

 とりあえずこのうるさそうな女を自宅に連れていってやるが、すぐに客間にぶち込む。

 そして寝室にダッシュし、まどかの匂いを嗅いで禁断症状をおさえてから客間に戻る。

 そして差し支えないくらいにこの女に今日のことを教えてやる。

 ムラムラしてきたらトイレに行くと嘘をついてまどかの匂いを嗅ぎに行く。

 注意点としては、まどかを絶対にこの女に見せない。

 なぜなら目の前のこの女からは強烈なレズ臭がするからである。

 まどかを見せたらあまりの可愛さに恋におちて手を出してしまうかも知れない。危険だ。

…と、まあとりあえずそんな作戦でいこうとほむらは思った。
157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:02:54.76 ID:idX9ZfJ+o
「おかえりなさい、ほむらちゃん! あれ、お客さん?」

 杏子を連れて帰宅したほむらはいきなり作戦が失敗したことを知り、怒りがこみ上げてきた。

「どうして寝ていないの、まどか」

「ごめんなさい…帰りが遅かったから心配になってきて…」

「とにかく客間でお仕事の話をするから、寝てなさい!」
158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:03:22.81 ID:idX9ZfJ+o
 客間のテーブルに向い合って座るとすぐに、杏子は気になっていたことを聞いた。

「あの娘、あんたの何なんだい?」

「あの娘に手を出したら[ピーーー]わよ」

 本気の眼だった。杏子は焦って、

「手なんか出さないよ…あたしには別に好きな人がいるんだから…」

 と、取り繕った。

 それを見たほむらは安心したのかふう、と溜息をついてから。

「私の大事なお嫁さんよ言わせないで恥ずかしい」

 そう言って頬を赤らめた。
159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:03:58.66 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらにはレズの恋人がいる!
 杏子はうらやましすぎて泣きそうになった。

「あたしも好きな人がいるんだけどさ、その娘も女の子なんだ!
 でもその娘はレズの気がないらしくてさ…おまけにあたしの事も嫌いみたいだし…どうしていいかわかんないんだ…
 あんた、どうやってあの娘とカップルになったんだい?」

 早口でそうまくし立て、杏子は急かすようにテーブルに乗り出してほむらの言葉を待った。
 ほむらは髪を掻き上げてから、

「家族を皆殺しにして、さらって来たのよ」 さらっとそう言った。

 杏子は、開いた口が塞がらなかった。

「冗談よ」
 
 ほむらはそう言って少し笑ったが、杏子にはそれが冗談には聞こえなかった。
160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:04:36.23 ID:idX9ZfJ+o
「…で、あなたはここに恋の相談をしに来たのかしら?」

 ほむらの目が据わっている。

 きっとあのまどかって娘と早くイチャイチャしたいんだろう。あたしの事が邪魔なんだ。
 杏子はそう思って頭を下げた。

「そうだった。 ゴメンな。 老人殺しの件だったな。」

「あれはもう人ではなかったの」

「じゃあ、なんなのさ?」

「変態紳士よ」

「変態紳士?」

 ほむらは、溜息をついてから語りだした。

「グリーフシードと呼ばれている違法薬物による中毒症状が限界に達して、理性を無くした人間の成れの果てよ。
 ああなると欲望のままに行動するようになるから、殺処分による駆除が必要なの。 治療方法も無いわ」
161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:05:28.83 ID:idX9ZfJ+o
「なんだそれ、どんな薬だ?」

「労働意欲を限界まで引き出す覚せい剤よ。 マミリーマートというコンビニエンスストアは知っているわね?」

 マミリーマートと聞いて、杏子は胸の内側を掴まれたような気がした。
 さやかがバイトをしているコンビニだったからだ。

 ほむらは尚も続ける。

「あそこでは『ぶっ続け』と呼ばれる違法就労が行われているわ。 
 労働基準法を完全無視したそれによってあの会社は莫大な利益を得ているの」

杏子はその話を知っていたが、うんうん、と頷いて話を聞き続けた。

「その『ぶっ続け』をやっている人間にグリーフシードを投与し、その異常なまでの労働時間に耐えられるようにしているのよ。
 だけどグリーフシードを飲んだ人間は長くて2ヶ月、短くて一週間ほどで、一生分の労働意欲を消費し、
 その間に抑えこまれていたもろもろの欲求、そのほとんどが性欲だけど、が爆発して手に負えない状態になる…それが変態紳士ってわけよ」

 ほむらはそう言い終わると、話は終わった、という姿勢を見せたので、杏子は慌てて、

「何でその大元のマミリーマート本社を捜査して下手人をとっつかまえちまわないんだい?」 と質問をした。
162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:06:07.33 ID:idX9ZfJ+o
「癒着よ」

「はあ?」

「警察はマミリーマートと癒着しているのよ。 
 私たちが変態紳士の早期発見と殺処分のために深夜巡回するのだって、
 彼らが事件を起こして世論が騒ぎ出さないようにしているに過ぎないの。
 要は臭い物に蓋をしているだけ」

「何だって!?」

 杏子が身を乗り出してほむらの襟首をつかんだ。

「てめえ、それでも警官か? 正義なんかどこにもないって言っているようなもんじゃねーか!」

 ほむらはその手を払いのけ、

「正義なんて言うのはね、形のないものなの。例えるならろうそくのともし火のようなもの。
 ちょっと風が立つとすぐに揺れる、脆くて、そして目障りならすぐに消せるご都合主義的なものよ。
 たまにうかつな虫がそれに憧れて近づいて、身を焼かれる様が美しいからそれが美談として語られる事もあるにはあるわね」

と言ってまた髪を掻き上げた。
163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:06:40.42 ID:idX9ZfJ+o
「…っ! そんな事考えてるのはテメーだけだろ!」

「甘いわね。 警察なんて所詮は公務員よ。 危険に身を晒したからって給料が上がるわけじゃないの。
 それだったら出来ることならそういう無駄なことはしないで、定年まで安泰にやっていきたいと考えている人間がほとんどだわ。
 たまに正義感が強い人もいるけど、そういう人は真っ先に責任を押し付けられて潰れていくわね。 
 私もそういう人なら何人も見てきたわ」

「…畜生! 税金泥棒め!」

 杏子がそう言って、ほむらを睨みつけたとき、客間の扉がノックされ、少し開いてそこからまどかが顔を出した。

「ほむらちゃん…お客さんとケンカしているの…?」
164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:07:14.89 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらは振り向いてまどかを睨みつけ、それを見たまどかは、

「ひっ!」 

 と言って更に怯えたような表情を作ったので、杏子は、

「心配しなくても、ケンカなんてしてないよ。 ちょっと熱く語りすぎただけさ」 

 と、優しく言ってやった。

「本当? 怒ってない?」

「怒ってないよ」

 それを聞いて安心したまどかは、

「お客さんに、お茶をと思って…」

 と、客間に入ってきて、杏子とほむらの前にミルクティーを置いてくれた。

「ありがとう。 あたし、佐倉杏子。 あんたは?」

「鹿目まどかです」

 杏子は懐からアルフォートを取り出して、

「食うかい?」

 満面の笑みでそう言った。
165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:07:42.64 ID:idX9ZfJ+o
 まどかが去った後、怒気で熱くなっていた部屋の空気はすっかり冷めていた。

「いい娘だな、あの娘」

 ほむらはそれを聞いて顔が緩みそうになったのを必死で堪えて無表情を保ち、

「さっきの話で気分を害したなら謝るわ」 

 そう杏子に謝った後、

「私の中に揺るがないものがあるとしたらあの娘なの。
 あの娘との生活を守るために、私は組織には逆らえない。
 それは分かって欲しいの。」

 と、続けた。
 杏子はそれを聞いて、

「だからさ、怒ってないって言ったろ?」

 そう、笑い掛けてやった。
166: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:08:08.22 ID:idX9ZfJ+o
「クスリさえやれば働けるもんだね…これなら仁美の年収に負ける気がしないわ…」

 杏子は異常な労働をしているさやかを目の当たりにして、一週間前のその出来事を反芻していた。

 ―さやかが、あのじいさんみたいに変態紳士になってしまうかも知れない!

 杏子はそれを考えると気が気ではなかった。

「―ほら、あげるよ」

 杏子に差し出されるさやかの手。
 それには千円札が握られていた。

「バイト代。 そいつが目当てだったんでしょ? ニート。」

「お…おい…」

「あんたに借りは作らないから…それでチャラ。 いいわね。」

 まどかに歩み寄りながらそう言い放ったさやかは、もう杏子をその視界に入れようとはしていない。
167: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:08:34.71 ID:idX9ZfJ+o
「さ、帰ろう。 まどか」

「さ、さやかちゃん…もう帰れるんだよね…休めるんだよね…」

「また四時間後に出勤だよ…」

 そう言いかけ、ふらついてまどかにもたれかかるさやか。
 クスリを使うのが遅すぎたため、彼女の体は限界だった。

「さやかちゃん!」

「…あ…ごめん…ちょっと疲れちゃった…」

「無理しないで、つかまって。」
 
 まどかに肩を貸してもらい、ふらふらと店を出る。

 これから家に帰って、恭介が食べるか食べないかも分からない夕食を作ってシャワーを浴び、2時間ほど寝てまた出勤。
 そして再び20時間労働…

 さやかはこの生活で自分がどうなってしまうのかは考えないようにした。

「…あの、バカっ」

 杏子は、さやかに渡された千円札を大事に指先でつまんで、彼女らとは反対方向に走りだした。
168: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:09:02.55 ID:idX9ZfJ+o
「さやかちゃん…あんな働き方…無いよ」

 さやかを家に送って行く途中、まどかは意を決してそう切り出した。
 さやかは聞いているのかいないのか無言だ。

「疲れが消えるなんて嘘だよ…見てるだけで辛かったもん。 
 クスリ飲めば働き続けてもいいなんて、そんなのダメだよ…」

 震える声でそう続けるまどかに、さやかは気怠そうな声で、

「ああでもしなきゃ稼げないんだよ…あたしフリーターだからさあ…」

 消え入るようにそう言った。

「あんなやり方で働き続けてたら、お金持ちになれたとしてもさやかちゃんの為にならないよ…」

「あたしの為にって何よ」
169: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:09:29.62 ID:idX9ZfJ+o
 自分の言葉を制するさやかの冷たく強い言葉に、まどかは、えっ?と言って絶句した。
 さやかは尚も続ける。

「仁美に馬鹿にされて、恭介取られそうになっている私に、誰が何をしてくれるって言うのよ。 考えるだけ無意味じゃん…」

「でも私は…どうすればさやかちゃんが幸せになれるかって…」

 何とか震える声を絞り出したまどかに、さやかは

「だったらあんたが働いてよ」

 と冷たい言葉を浴びせ掛け、まどかを再び絶句させた。

「久兵衛から聞いたわよ。 あんた誰よりも集客力あるんでしょ?
 あたしみたいな苦労しなくても、簡単に稼げるんでしょ?」

「私は…そんな…」

「あたしの為になにかしようってんなら、まずはあたしと同じフリーターになって見なさいよ。 
 無理でしょ? 当然だよね?
 ただの同情で、おいしい専業主婦辞められるわけ無いもんね!」
170: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:09:55.64 ID:idX9ZfJ+o
「…同情なんて…そんな…」

「なんでも出来るくせに、ニートである専業主婦に甘んじているあんたの代わりに、あたしがワーキングプアやってるの!
 それを棚にあげて、知ったような事言わないで!」

 そう言って、さやかは足を早めた。

 まどかは、「さやかちゃん…」と、それに追いすがるが、

「付いて来ないで」

 というさやかのきつい言葉にその動きを封じられ、彼女を黙って見送る事しか出来なかった。

「ばかだよあたし…なんて事言ってんのよ…もう救いようが無いよ…」

 激情にかられてまどかに八つ当たりをしてしまったさやかの悲痛な後悔が夕暮れの街に響いた。
171: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:10:21.76 ID:idX9ZfJ+o
「さやかの手が触れた千円札…クンカクンカ…」

 警察署の面会室で、杏子はさやかにもらった千円札の匂いを嗅いでいた。

 ドアノブをひねる音。

 杏子は慌てて千円札を隠そうとしたが、微かに残ったさやかの匂いを探り当てるのに夢中で間に合わなかった。

「あなたも相当な変態みたいね」

 ほむらを確認すると、杏子はきまり悪そうに千円札をジップロックに詰め、彼女のもとに駆け寄った。

「助けてくれ、あんたの力が必要なんだ」

「何かしら?」

「あたしの大事な人が、『ぶっ続け』やってグリーフシード飲んじまった!」

 ほむらは少し考え込んだ後、

「その人の名前を教えてくれるかしら?」

 そう言った。
172: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:10:47.61 ID:idX9ZfJ+o
「美樹…さやかってんだ…」

「ああ、美樹さやかね…」

「知っているのかい?」

「ええ、まどかの悪友よ。 
 本当はあんなのとは付き合ってほしくないんだけど、あの娘優しいから友達でいてあげているのね」

「てめえ、さやかはいい娘なんだぞ!!」

 杏子はさやかのことを悪く言われて突発的な怒りに叫んだ。

「そうね、いい娘ね、分かったわ。 情報提供に感謝します」

 ほむらはそう言って帰ろうとしたので、杏子は肩を掴んで引き止めた。

「さやかを、助けてくれるんだろうな!?」

 ほむらはそれに答えず、杏子の手を振りほどこうとしたので、杏子は更にほむらにまとわりついた。

「何で答えねえんだよ!? あたしは納得するまで帰らねえぞ!!」
173: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:11:25.86 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらはその杏子の様子に、はあ、と溜息を付いて、

「グリーフシードを一錠でも飲んだら、変態紳士化は避けられない。
 だから美樹さやかは変態紳士化する前に始末する。
 あなたのお陰で夜間パトロールの手間が省けたわ。 ありがとう」

 と言ってのけたので、杏子は更にほむらにしがみついた。

「どうして一錠だけで変態紳士化するんだよ!? なにか手立ては無いのかよ!?」

 杏子の目は涙に濡れていた。
 その様子に根負けし、面倒だと思ったが、ほむらは説明を始めた。

「あのクスリは完全には代謝されないの。 
 体内で分解される過程で労働意欲を掻き立てる物質を作るのだけど、それはヒトの体内では分解できない物質となって体内に蓄積する。
 それが変態紳士化を助長すると考えられているわ。
 しかもそれは、ウイルスのように体内で増え続けるのよ。どういう仕組みかは知らないけどね」
174: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 00:12:08.57 ID:idX9ZfJ+o
「そこまで分かってるくせに、何とか出来ねえのかよ!?」

「言ったでしょ? この件の捜査は意図的に停滞させられているの。 私たちが得られる情報はその程度よ」

「畜生!」

「まあ、私たちにはわからないけど…」

「何だ!? 分かる奴が居るのか!?」

「久兵衛という男がいるわ。 
 マミリーマート本社のフランチャイズ監視員が表の仕事だけど、この男がグリーフシード関係を一手に担っていると考えられている。
 その男と交渉してみるのが一番かもね。 あなたなら出来るハズよ。 サークル杏クウカイ代表、佐倉杏子」

「あたしの事、知ってたのか?」

「調べさせて貰ったわ」

「とりあえず分かった…あたしが必ず久兵衛と交渉してさやかを助ける方策を得る。
 だからそれまで、さやかに手出しはするんじゃねえぞ」

「分かったわ」

 さやか、あたしが助けてやるからな。
 
 杏子ははっきりと心のなかに呟いて、警察署を飛び出した。
180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:28:00.16 ID:idX9ZfJ+o
「紅茶を飲ませてくれないか?」

 久兵衛がマミの部屋を尋ねるときの言葉は、いつも決まってこれだった。

 そして自動ドアをくぐってマンションに入り、エレベーターを使い、彼女の部屋に入る頃には、部屋の中は紅茶の香りで充満しているのだ。

「レモンティーを頼むよ」

 鞄とスーツをソファに投げ出してネクタイを外す。
 ネクタイをスーツの上に置くと、マミがティーセットを持ってやってきた。

「どうぞ、召し上がれ」

 レモンが紅茶に溶け合った、酸味の効いた香りが膨らんで、しばしそれに心を奪われていると、
 スーツとネクタイがハンガーに掛けられ、鞄も邪魔にならない位置に片付けられた。

 この部屋では、久兵衛はほとんど何もする必要がない。

 それに満足した後、久兵衛は漸く紅茶を口中にすすり込み、その豊かな味わいを楽しんだ。
182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:28:49.49 ID:idX9ZfJ+o
「どう? おいしい?」

「他の紅茶はもう飲まないから、比較のしようがないね。
 まあどんなに素晴らしい味でも、飲み続けていればそれが普通になるものさ。 悲しい事だけどね」

「でも美味しそうに飲んでくれる。 嬉しいわ」

 久兵衛の隣に腰掛け、そう言いながら上目遣いに彼を見やるマミの眼は期待に満ち、潤んで輝いており、
 ぴったりと閉じられた太腿は時折もじもじと擦り合わされる。
 
 いやらしい女だ、と久兵衛は思った。
 
「まずくは無いね」

 久兵衛は男性器を勃起させ、テントを張った股間をさらけ出すようにソファにのけぞって紅茶をすすった。

 マミはそれをちらちらと横目で盗み見て恥ずかしそうな表情をし、
 股間を抑えこむように握った手を添えたり、前屈みになったり、その下半身は忙しそうだ。
183: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:29:40.10 ID:idX9ZfJ+o
 発情しているマミを尻目に、久兵衛はだらだらと紅茶をすすり続けている。

 久兵衛が股間に力を入れると、ピクピクとズボンのテントが動き出した。

 マミは我を忘れて、紅潮した顔に輝く潤んだ瞳はその部分に釘付けになっている。

 そして久兵衛が最後の一口を飲み終えたとき、マミの表情に性欲をまとった期待が輝いた。

「君はさっきから一体どこを見ているのかな?」

 慌てて目をそらすマミに、久兵衛の残酷な言葉が刺さる。

「マミ、おかわりだ。 今度はストレートティーをお願いするよ」

 マミは久兵衛にとってこの時、与えられることのないご褒美を待ち続けて、しっぽを振っている雌犬だった。
184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:30:27.05 ID:idX9ZfJ+o
「どうしたの? まどか」

 別にお仕置きが待っているわけじゃないのに、この日の食卓でまどかの表情は暗かった。

「えっと…なんでもないよ、ほむらちゃん…」

「嘘言わないの! 何があったの?」

 ほむらの剣幕に、まどかは恐る恐る語り出す。

「あのねほむらちゃん…私やっぱり…働いたほうがいいんじゃないのかな…専業主婦はニートなんでしょ…?
 そんなのってよくないよね…ちゃんと社会に出て…働いて…今の時代はお嫁さんでもそれが普通なんだよね…?」

「誰が言ったの?」

 その言葉にほむらを見上げたまどかの視界に映ったのは、その内に鬼を飼っているような彼女の無表情だった。

 まどかはそれを見て、ひっ、と言ったきり言葉を失った。

「専業主婦はニートだなんて、誰が言ったの?」

「お…お昼の…ニュース番組で…」
185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:31:13.19 ID:idX9ZfJ+o
「美樹さやかね」

 ほむらの断定に図星を指され、まどかの表情は強張った。

「ち…違うよほむらちゃん…さやかちゃんがそんな事言う筈無いよ…」

 さやかを必死でかばうが、それはほむらにはバレバレである。
 ほむらはこのように、どうあがいても自分に嘘をつけない純粋なまどかを愛していた。

「もういいわ。 でもあなたは自分を責め過ぎている。 
 あなたを非難できる者なんて、だれもいない。 居たら、私が許さない」

「ほむらちゃん…」

「社会に出るとね、嫌なことや嫌な人がたくさんいるの。
 そう言うのに触れるたびに、魂が濁っていくのよ。
 私はあなたに、そういうふうになって欲しくないし、実際に私の濁った魂が、あなたの綺麗なままの心で何度も救われているのよ。
 それが分かったらもう二度と働きたいなんて言わないで」
186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:32:00.86 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらは食卓を立ち、少し早いけどパトロールしてくるわ。
 そう言って拳銃に弾を装填した。

 まどかはそれを見て、嫌な予感に襲われた。

「ねえ、さやかちゃんが無理して働いているの…さやかちゃんあのままじゃ死んじゃうよ…
 助けてあげたいんだけど…どうすればいいのかな…」

 ほむらは自分が今からやろうとしていることをまどかに見透かされた気がした。
 そしてまどかにそれを納得してもらおうと思い、

「美樹さやかの事は諦めて。 
 彼女はワーキングプアをこじらせてワーカホリックになっているわ。 もう手おくれなの」

 と言い、まどかが次の言葉を用意する前に家を出て、
 拳銃のスライドを少し引き、薬室内に自らの殺意が装填され、鈍く光っている事を確認して歩き出した。
187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:32:41.19 ID:idX9ZfJ+o
「こりゃあ酷いよ。 君は相当重症みたいだね」

 服を脱がせ、マミのパンティを見た久兵衛が絶望の声を上げた。

 愛液で染まり、そこからいやらしい匂いが立ち上っている。

「…見ないで…」

「僕もこんなはしたない光景は見たくないよ。 今日のセックスはおあずけだね。 もう帰るよ」

 そう言って立ち上がろうとする久兵衛を、マミが必死に引き止める。

「お願い! そんな事言わないで!」

「じゃあしっかりと見るんだ!」

 久兵衛はマミの股間を指さして、強い調子で言い放った。

「いいかい、君はね、病気なんだよ。 
 わかるかい? 人間の女の子は、いじられる前からここをこんな風にしないものなんだ!
 これじゃあまるで発情期のイヌじゃないか? ええ?
 君はいつ人間を辞めたんだい?」

 久兵衛は、彼とするまで男性経験が無かったマミの、乏しい性的知識をいいことに真っ赤な嘘で装飾が施された言葉攻めを始めた。
188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:34:13.70 ID:idX9ZfJ+o
「一体何を考えていれば、ここがこんな風になるんだい? 教えてくれよ。
 君の頭の中を覗いてみたいんだ。 だってそうだろう? 学術的に興味があるからね。 
 理性という素晴らしい物を備え持った人間という動物がだ、何もしていないのにここまで発情できるなんておかしいじゃないか。
 もしかして君は、セックスの事しか考えることが出来ないのかい? それはもう完全に心の病気だからね。」

 それを聞いているマミが耐え切れずに、掌で眼を隠そうとすると、それをはねのけて続ける。

「コラ! ちゃんとここを見て君の病状を確かめなきゃだめじゃないか!
 人が本来愛しあうときはね、最初のうちはここが乾いた状態なんだよ。
 それをヌルヌルにするために、男が優しくマッサージしてからするのが愛のあるセックスなんだ。
 つまり前戯の無いセックスは、愛のないただの淫行なんだよ!
 君は愛という尊い感情を放棄している魔女だ!!
 ここが中世ヨーロッパなら、君は魔女裁判に掛けられて火あぶりの刑に処されるところなんだよ!!」

 マミの眼に涙が溢れる。

 久兵衛はそれを見て更に生殖器を硬くした。

 やはり女の絶望は最高の味がする。
189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:35:03.96 ID:idX9ZfJ+o
「君のいやらしいところを、ご両親にも見てもらわないとね」

 久兵衛はセックスの時、マミがいつも伏せておく両親と幼いマミが映っている写真立てを起こし、
 そのなかで笑っている両親にマミの痴態を見せつけた。

「嫌っ! やめて!! その写真はやめて!!」

 マミは固く目を閉じ、イヤイヤと首を振り、泣き叫んでいる。

 久兵衛は写真を水戸黄門の印籠のように、マミの眼前に晒した。

「ご両親に謝るんだ! 
 マミは人間を辞めてしまいました! こんなにいやらしい女に育ってしまいました! 
 お父さん、お母さんごめんなさいってね! ちゃんと謝るんだ!」

「…ごめん…なさい…」

 マミは泣きじゃくり、すすり上げながら謝罪している。
190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:36:01.09 ID:idX9ZfJ+o
「聞こえないよ、もっと大きな声で!!」

「ごめん…なさい!…マミは…人間を…辞めてしまいました…っ!
 お…おとうさん…おかあ…さん…ごめん…なさい…っ!」

 マミは嗚咽に苦しみながら、大きな声で写真立ての中の両親に謝罪をした後、頭を抱えて狂ったように泣き叫んだ。

 久兵衛は、それを見て感動に震えた。

 過去に犯した女たちの中に、これほどまでにいい声で泣く女が居ただろうか?

 久兵衛は泣いている女にしか発情しない、生粋のクズだった。

「マミ、君は病気なんだ。 だから僕と一緒に治そう。 今からセックスを始めるからね。 僕のを入れるからね。
 快楽が君を飲み込もうとするだろうけど、決してそれに飲まれてはいけないよ。
 歯を食いしばって耐えるんだ。 出来るね?」

 久兵衛が優しく囁きかけると、マミはしゃくりあげながら何度も頷いた。

 久兵衛はマミをベッドに寝かせ、のしかかる。
191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:36:47.91 ID:idX9ZfJ+o
「我を忘れてしまったら、君は人間じゃ無くなってしまうよ。
 そんなの嫌だろう? 絶対に快楽に飲まれてはいけないよ。
 大丈夫、君なら出来るさ」

 マミが力強く頷くのを確認してから、久兵衛はマミの中に入っていった。

「ふあああああん!! あっ あっ…ダメ…!」

「頑張れ、人間を捨てるな!」

 マミは歯を食いしばって、涙を流しながら快感に抗っている。
 その顔がまた久兵衛のリビドーを加速させた。

「ううーっ…ううーっ…」

 マミはシーツを噛んで、頭を左右に振りながら必死に自分を失わないように耐え続けている。

 久兵衛はそれを見て残酷に笑った。

「それじゃあ…動かすよ!」

「ふあっ…っ! ダメっ!!」

 久兵衛の腰が3往復した辺りで、マミは人間ではなくなった。
192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:37:24.91 ID:idX9ZfJ+o
 さやかが2時間の睡眠を終え、出勤しようと玄関を開けたとき、その先にほむらが立っていた。

「…どいてよ。 邪魔だから」

「あなた…まどかになんて言ったの?」

「どいてったら!」

 そう叫び、ほむらを押しのけようとしたさやかの額に、サイレンサーの冷たい感触が触れ、さやかは凍りついたように動けなくなった。

「私のお嫁さんに、ニートって言ったのはあなたでしょう!」

 さやかは、生命の危機で脳内が痺れ、震える以外何も出来なくなっていた。

「どうせ野放しにしていても過労死するような生活をしていることだし、心無い言葉でまどかを傷つけるあなたを生かしてはおけない。
 もう終わりにしてあげるわ。 美樹さやか」

 ほむらはカチリと拳銃の撃鉄を起こした。

 さやかは自らの最期を覚悟してその場に力なくヘタリ込んだが、銃口は彼女の額に合わせた照準を正確にトレースしている。
193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:38:06.86 ID:idX9ZfJ+o
「さやかっ!!」

 その声と共に、銃口がさやかの額から外れた。
 さやかが見上げると、杏子がほむらの背後から掴みかかり、その手首を掴んで銃口を外していた。

「何やってる! さっさと逃げろ!」

 さやかは、二人が揉み合っている隙によろよろとバイト先に向かった。
194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:39:18.63 ID:idX9ZfJ+o
「正気かてめえは!? あいつには手出ししないって約束したじゃねーか!」

「そうだったかしら?」

 杏子は、約束を破ったことを少しも後悔していない素振りのほむらに、強い警戒感を持った。

「…で、久兵衛には会えたのかしら?」

「やっぱり覚えてんじゃねーか、次に約束破ったら、ただじゃおかねーぞ! いいな!」

 ほむらは質問に答えない杏子に苛立った。

「会えたの? 会えなかったの?」

「会えなかったよ。 本社にも、店舗にも、自宅にもいねえ。 あんた心当たり無いかい?」

「無いわ。 早く見つけないと、美樹さやかが変態紳士化してしまうわよ。 急ぐことね」
195: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:39:51.93 ID:idX9ZfJ+o
「わかってるよ。 もうさやかに手え出すなよ? いいな!」

「あの女はまどかに酷い事を言ったわ。 同じようなことを繰り返すようなら、どうなるか分からないわね。
 いい? 人を殺してもね、血中からグリーフシードの代謝物が検出されれば、
 変態紳士を駆除したと見なされて私は殺人罪に問われないわ。 
 それだけは覚えておいて。」

 杏子はそれを聞いて血の気が引いていくのを感じていた。

「謝るよ…さやかが酷い事言ったら、代わりにあたしが謝るから、だから殺さないでくれよ…頼むよ…」

 弱り切った杏子の手を振りほどき、ほむらは、

「代わりに謝るだなんて、もうすっかり恋人気取りね」

 と吐き捨ててアパートを去っていった。
196: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:40:37.92 ID:idX9ZfJ+o
 抱きつかれるのが不快なので、久兵衛はマミの両手をベッドに押さえつけながらこれでもかと言うくらい乱暴に彼女を犯していた。

「あああああッ!! イクゥうううううっ!!」

 男性器が締め付けられ、吸い取られるような感覚に、久兵衛はまたか、もうこの女にはウンザリだ、そう思っていた。

 始めは、よかった。

 乱暴なセックスをすると、マミが痛がって泣き叫んだからだ。
 久兵衛は安心して、快楽という天国から苦痛という地獄に苦しむマミを観察するという優越を得ることが出来たのだ。

 ところが女というのは浅ましい生き物で、どんなに乱暴な行為に及んでも、それに慣れてそこから快楽のタネを見つけ出し、
 それを大きく花開かせる事ができるのだった。

 その能力は、久兵衛にとっては驚異だった。

 マミはよだれをたらして、うわ言のように言葉にならない呻き声に、甲高い犬の鳴き声のような悲鳴を交えて快感に溺れている。

 久兵衛はいくら感じたところで、そんな領域には至らない。

 つまり、天国から地獄を見下ろしていた筈が、いつの間にかマミだけ地獄から、久兵衛が居るよりも更に上級の天国に連れて行かれ、
 そこから自分が見下ろされているという構図になっていたのである。

 必死に腰を動かしてマミより乏しい快感に甘んじている久兵衛は自分のことがバカみたいに思えてきて、目の前の女から逃げたくなった。

 快楽の下剋上。 女の反乱。 
 それは久兵衛にとって許されざる裏切りであると共に、恐怖の対象だった。
197: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:41:33.22 ID:idX9ZfJ+o
「またイクッ…うわあああああッ!! イックゥぅぅううううっ!!」

 マミが、また絶頂を迎えた。

 男性器を容赦なく絞り取らんとするその収縮に、久兵衛の体が震えた。

 考え事の最中だった。 不意打ちもいいところである。

「クゥッ…しまった!!」

 久兵衛は、マミの性器に搾り取られるように射精を誘われ、それに耐え切れなかった。

 完 全 敗 北。

 屈辱の混じり合った射精の快楽が、久兵衛の自尊心を汚した。
198: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:42:46.59 ID:idX9ZfJ+o
「ねえ、結婚しない?」

 久兵衛がタバコを吸っていると、後ろからマミがぽつりとそう言った。

 結婚―その言葉は恐怖の響きを含んでいる。

 久兵衛はその恐怖を振りほどくように、マミに平手打ちをかました。

「きゃっ!!」

「紅茶を持ってくるんだ!! さっさとやってくれ!!」

 マミはよろよろと起き上がり、下着をつけようとしたところでまた久兵衛に平手打ちをかまされた。

「ひっ!!」

「下着なんか付けなくていいから、早く紅茶を淹れるんだ!!」
199: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:43:34.13 ID:idX9ZfJ+o
 まだ体が絶頂の余韻で上手く動かせないマミは、ふらふらとした足取りで台所に向かったが、
 その鈍い動作にムカついた久兵衛がマミを追いかけて思い切り尻を数発叩いた。

 そこでマミはとうとう泣き出してしまった。

「紅茶を淹れるんだよ!! 早く!! 君は本当にグズだね!!」

 マミが泣きながら全裸で湯を沸かし始めたのを見て、久兵衛はベッドに戻り、新しいタバコに火をつけてその煙を味わった。

 久兵衛は最悪の気分だった。

 いつも自分のペースでしたい時に射精をしていたはずだった。

 それが、いつの間にかマミの絶頂の収縮に耐えねばならなくなり、
 そして今日、とうとうそれに抗いきれず、射精させられてしまった。 つまり主動から受動に失墜したのである。

 それは久兵衛にとり、屈辱以外の何物でもない。
200: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:44:24.08 ID:idX9ZfJ+o
 それにマミのあの乱れ方。

 あれは自分が感じるはずの快楽を、吸収しているのではあるまいか?

 浅ましい女という動物は、そんなまさかすら、やってのけるに違いない。

 そうやってどんどん僕は快楽から遠ざけられて、いつの間にか苦痛を感じるようになりはしないかという恐怖。 恐怖。 恐怖―。

 ―その象徴が結婚という言葉だった。

 人という字を見てみろ。誰かが誰かにもたれかかっている。

 あれが結婚だ。

 妻が夫を搾り尽くさんとするのが、結婚だ。

 結婚したら、僕はいつの間にか苦痛しか感じることが出来なくなるだろう。

 生活の全般において。

 そしてあの女は、僕よりさらなる高みにいて、快楽を見にまとい、常に僕を見下ろすのだ。

 そんな想像をしていると、いつの間にか久兵衛の体は氷のような恐怖に震えていた。
201: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:45:25.07 ID:idX9ZfJ+o
「…どうぞ」

 涙の線を拭いながら、マミはミルクティーを持ってきた。

 久兵衛はタバコを消し、紅茶の柔らかな香りを吸い込んだ。

 それで体の震えは止まった。
 
 そしてそれをすすると、滑らかな舌触りに、甘みが後を引き、それが香りと重なって体に染みとおり、満たしていく。

 わざと不味いと言って更にマミを泣かせてやろうと思ったが、非の打ち所のないその味と香りに、久兵衛は絶句するしか無かった。

 久兵衛の表情にその本音を感じ取ったマミは、彼の隣に腰掛け、もたれかかってきた。

 人という字そのものだな、久兵衛は紅茶をすすりながらそう思ったが、泣かせた直後なので優しくしてやろうと思った。

 飴と鞭の、飴の部分なのだと、自分に言い聞かせる。
202: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:46:11.97 ID:idX9ZfJ+o
「好きよ、久兵衛」

「へえ、そうかい」

 マミは久兵衛に預けた体を、更に密着させてきた。
 
 きめ細かな肌の感触が吸いついて、そこから彼女の体温が沁みてくる。

 体温―

 久兵衛はそれが不快だった。 マミにそんなモノがなければ、彼女をずっと側に置いてもいいのに、と思う。
 
 体温のないマミ…それは自分の性欲を満たし、極上の紅茶を提供してくれる人形だ。

 愛欲人形、お茶汲み人形。 最高のパートナーだ。

 だが、こうしてひっつくと、体温が伝わってくる。

 それは生命の証であり、すなわち主体性の象徴であり、彼女が意思を持つことを意味している。

 自分と同じ人間であることを意味している。

 久兵衛はそれを恐れた。

 自分と同じ大きさの意志―

 そんなモノが、突然結婚などというふざけたセリフを吐かせるのだ。 そして増長し、更に様々な要求するようになるのだ。
203: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:46:48.65 ID:idX9ZfJ+o
「―君はさ、一体僕のどこが好きなんだい?」

 久兵衛は、マミの方を見ずにそう聞いた。

 マミは久兵衛の方を見、笑いかけながら、

「たまに怖いけど…本当は優しい…そういうところよ」

 そう言った。 久兵衛はマミの笑顔を見ていない。

 たまに怖いんじゃなくて、優しいほうがたまにじゃないか、それに本当の僕は君をいじめている方だよ。 
 全く君は本当にバカだね。

 久兵衛はそう言いたかったが、喉が詰まったようになって言葉が出なかった。

「ふうん」

 密着した皮膚からマミの体温が流れこみ続けている。

 温かい。

 同じ位の体温のはずなのに、何故か自分の皮膚より暖かく感じる。

 久兵衛は、マミの意志のほうが僕のそれよりも力強いのではないかと思い、その胸の内にまた、恐怖の萌芽を見た気がした。
204: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:47:19.31 ID:idX9ZfJ+o
「…大好きよ、久兵衛」

「あっそう」

 マミが更に体を押し付けてくる。

 久兵衛も、負けじと腕に力を込めて彼女を抱き寄せた。

 どっちの意志が強いのか、比べてやろう。 そう思った。

「温かいわ」

 マミがそう呟いた。 久兵衛も、彼女の体温に対して同じ感想を持っている。

 じゃあ、どっちが強いのか分からないじゃないか…

 そう考えていると、無意識にマミを抱き寄せる手に力が入っていた。
205: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:48:03.32 ID:idX9ZfJ+o
「うふふ…」

「なんだい?」

「ちょっと苦しいわ」

 久兵衛はマミの顔を見やって、その顔が苦しそうに見えなかったので、更に苦しめてやろうと腕に力を込めた。

「ンッ……ねえ…」

 久兵衛の腕に締め付けられたマミが、息苦しそうな声で語りかけてきたので、久兵衛は震えるくらいに腕に力を加えながら、

「何だよ?」

 ぶっきらぼうにそう聞いた。

「…愛してる…」

 久兵衛は、マミを苦しめようとして、更に嬉しそうな顔をされたので混乱して逃げるように彼女から眼を逸らした。

 ―他人は何を考えているのか、さっぱりわからない。

 久兵衛は、もどかしい意思を持つ他者を愛することが、どうやっても出来なかった。

 だから、マミが人形ならいいのに…こういう時、いつもそう思っているのだ。
206: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:48:39.11 ID:idX9ZfJ+o
 久兵衛という男について調査せよ。接触を図れるなら、すぐにでもそうしたい。だが、あくまで非公式に。

 杏子は本社に帰るなり、情報部の職員にそう伝えた。

 この街に来たとき、久兵衛に嫌味を言われたが、それ以来杏子は久兵衛を見ていなかった。

「やあ、久しぶりだね。 なにか用かい?」

 久兵衛はいとも簡単に捕まった。
 こういう時、組織力というのはやはり重要だと杏子は思う。

「あんたんとこで使っているグリーフシードってクスリの事を聞きたいんだがね」

「なんだいそれは? 僕は知らないね」

 杏子はほむらから秘密裏に入手したグリーフシードのサンプルと資料を出して、

「これさ、あんたんとこで作っているって、調べはついてんだ」

 と言ってやった。
207: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:49:15.22 ID:idX9ZfJ+o
「君のところでも使いたいのかい? 使用料は高く付くよ」

「違う! んなもん使うか!!」

「じゃあ、グリーフシードに何の用があるんだい?」

「解毒剤の有無が知りたい。 あるなら分けて欲しい」

「理由を教えてよ」

「話す必要があるのかい?」

 杏子はあくまで強気だったが、その調子に久兵衛が立ち上がり、

「僕は帰ってもいいんだよ」

 そう言われてしまうと、手の内を見せないわけには行かなかった。

「あんたんとこで働いている従業員を助けたいんだ…」

「美樹さやかかい?」

 杏子は答えなかった。
208: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:50:04.45 ID:idX9ZfJ+o
「今グリーフシードを服用しているのは見滝原市にある12店舗で彼女だけだからね、それでなぜさやかを助けたいのかおしえてよ」

 杏子は俯いた。好きだから、なんて言える筈がない。

「話す気が無いなら僕は帰るけど、いいのかい?」

 杏子は立ち上がって久兵衛を引き止めた。

 これは既に交渉ではなくなっている。 杏子はそう思った。

「だ…誰かを助けるのに、理由がいるのかよ!?」

「当たり前じゃないか。 君のところにはそれ相応のものを支払ってもらうし、こちらも色々リスクがあるしね。」

 杏子は、理由を答えることができないでいた。
 
「ははーん、君はレズだね。 さやかのことが好きなんだろう?」

「うるせえ!!」
209: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:50:53.86 ID:idX9ZfJ+o
 久兵衛は鎌をかける為にそう言ったのだが、顔を赤らめた杏子のあからさまな反応に逆に驚いた。

「へえ、まさか…君がねえ…君の交渉術はなかなかのモノと聞いていたからこっちも気を引き締めて来たのだけど、拍子抜けだね。
 やっぱり人間は恋をすると駄目になるね」
 
 そう言いながら、久兵衛はマミのことを考えていた。

 あの女も、きっと僕の事をダシにされるとこんな風に駄目になるのだろう。

 僕は、そんな風にはならない。 だってバカバカしいじゃないか。
 他人のために、こんなにも弱くなるなんて。

 黙りこんでしまった杏子に、久兵衛は要求を突きつける。

「本当は君のところの見滝原市進出を防ぎたいんだけど、それは話が大きくなりすぎるね。
 この取引は会社を通さず、僕が個人的に行いたいからね。
 会社はグリーフシードの事を表に出したくないから、君のとこが吸収合併でも受け入れない限り交渉には応じないだろうし」
210: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:51:39.12 ID:idX9ZfJ+o
「ああ…分かった」

「まずはお小遣いに一千万程もらおうか」

「ばっ…馬鹿野郎! ふっかけてんじゃねえぞ!!」

「はぁ…美樹さやかへの愛は君にとってその程度だったのか…失望したよ」

 久兵衛の心から残念そうなその声に、杏子は抗うことが出来なかった。

「…小切手でいいかい?」

「話が早くて助かるよ」

 杏子が小切手を用意し、金一千万円、と書いて手渡したのを確認し、久兵衛は続けた。

「美樹さやかの知り合いなら、鹿目まどかのことは知っているね?」

 杏子はまどかの優しい目を思い出しながら、「ああ」と言った。
211: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:52:08.56 ID:idX9ZfJ+o
「彼女にウチで働いてもらいたいんだけどね。 美樹さやかの代わりに。 君からそれを頼んでくれるかな?」

 杏子は、それだけなら何とかなるだろうと思った。

 ほむらは危険だったが、彼女の監視網を掻い潜ってまどかと何とかふたりきりで話し合う事ができれば、
 あの優しいまどかなら親友のためにアルバイトくらいはしてくれるだろう。

「あの娘に『ぶっ続け』はさせんなよ」

「それは約束するよ」
212: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:53:05.68 ID:idX9ZfJ+o
「さやかはクビにすんのか?」

「まあね。 彼女は勤めている限り『ぶっ続け』をやりたがるだろうしね。 
 そうするとまたグリーフシードを飲むことになるだろう?
 僕なりの君に対する誠意だよ。
 まあさやかが『ぶっ続け』から開放されるのはまどかが入ってからかな…せいぜい急いでくれ。 手遅れにならないようにね」

 そう言って、久兵衛は立ち上がった。

「もう要求はねえのか?」

「君とは長い付き合いになりそうだからね。 今回はこれくらいにしておくよ。 解毒剤はまどかと交換だ。 
 彼女に契約書類を書かせるか、連れ出すことができたら連絡をくれ。」

 にやけヅラで、久兵衛は部屋を出た。

 杏子は、交渉とも言えない交渉が終わると、すぐに仕事に取り掛かった。

 午後からは、見滝原店に赴いて幹部や店長たちと現地で調整をしなければならない。

 見滝原店はサークル杏クウカイにとってこの街に進出する橋頭堡だった。
 力の入れ様は半端なものではないのだ。
213: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:53:54.88 ID:idX9ZfJ+o
 さやかの勤務時間終了間際に久兵衛が来て、マミに話しかけている。
 さやかはグリーフシードの影響で聴覚が異常に発達し、その会話が仕事をしながらでも充分に聞こえてきた。

「サークル杏クウカイがこの街に来るのは知っているね。 
 今まで以上に競争は激しくなるから、まどかが来たら迷わず契約させるんだ。 いいね。」

「サークル杏クウカイが進出してくるって、本当ですか?」

 さやかである。彼女は思わず口を挟んでしまったのだ。

「はあ…君はそんな事も知らなかったのか。 
 『ぶっ続け』をしてくれても、本当にやる気があるのか分かったもんじゃないね」

 久兵衛は嫌味のこもった口調で吐き捨てた。

 この男は、いつもさやかには厳しい。 
 さやかの事が嫌いなのだ。
214: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:54:56.25 ID:idX9ZfJ+o
 さやかは自分のことを嫌っている男を見て、自分が嫌っている女のことを連想した。

 杏子である。

 昨日、ほむらに殺されそうになったとき、杏子が助けてくれた。
 あの時、ありがとうと言わなかったことをさやかは気に病んでいたのである。

 あの女に、借りは作りたくなかった。

「やる気はあります! サークル杏クウカイなんかに負けるもんか!」

 そんな思いをぶつけるように、さやかはそう宣言した。

「あっそう」

 久兵衛は興味がなさそうにさやかに背を向けた。

 それが応えたさやかは、何とかやる気のあるところを見せようと、
 サークル杏クウカイ見滝原店の予定地に、帰りに寄って偵察をしようと考えたのである。

 程なくして、さやかの勤務終了時間というか、4時間の休憩時間というか、
 そんな中途半端な時間が訪れたので、さやかはサークル杏クウカイ見滝原店に向かって走りだした。
215: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:55:37.09 ID:idX9ZfJ+o
 サークル杏クウカイ見滝原店では商品の搬入が行われており、幹部社員と思しき背広の群れがそれを視察していた。

 さやかがそれを観察していると、大きな黒塗りの車が駐車場に侵入し、その場にいた社員全員が車にお辞儀をするのが見えた。

 車の後部座席のドアが開いて、中からサングラスを掛けた女が出てくる。

 社員たちは、一斉にその女にお辞儀をしている。

 さやかは、清潔感のあるスーツに身を包んだその女に見覚えがあるような気がした。

女がサングラスを外した―

 ―その女は、杏子だった。 
 間違いなく、自分がニートと断じて馬鹿にし、見下していた佐倉杏子その人だった。

 さやかは、敗北感にどこまでも沈んでいった。

 それは、仁美に馬鹿にされた時とは比べものにならない深さの絶望だった。
216: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:56:19.58 ID:idX9ZfJ+o
 さやかは周りの人間を観察し、杏子よりも偉い人間がいるはずだ、そう思ってその人を探した。
 杏子が誰かに頭を下げる所を見ないと、自分が駄目になるような気がし、さやかは探した。 必死になって、背広の群れを探した。

 だけど、その場に杏子より偉い人間を、さやかはどうしても見つけることが出来なかった。

 杏子は背広達を引き連れて店舗に入っていき、なにやら指示を出しながら店舗内を一周し、再び駐車場に出てきた。

 そこでさやかと眼が合った。

 杏子は、決まりが悪そうな顔でさやかを見つめている。

 オロオロとさやかを見ている杏子を不審に思ったのか、背広の男の一人が杏子に心配そうに話しかけているのが見えた。

 しゃちょう、 どうかされましたか

 その口元は、そう言っているようにさやかには見えた。

 ―社長。

 さやかは立ち上がり、その言葉から逃げた。力いっぱい走って逃げた。
 涙が溢れて、視界が濁っても走った。

 不意に何かに頭を打ちつけて、さやかはその場にひっくり返った。

 涙を拭うと、目の前に電柱が立っていた。 さやかは電柱の前にうずくまって、声を上げて泣いた。 子供のように大声を出して、狂ったように泣いた。 
217: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:57:34.97 ID:idX9ZfJ+o
「さやか!!」

 杏子の声がして、さやかの肩に掌の温もりが触れ、それに抱き起こされた。

「頭を打ったのか? おでこから血が出ているじゃんか!! 手当てしないと!!」

「さわんないでよ!!」

 杏子を突き飛ばして、さやかは立ち上がった。

 そして涙でぐちゃぐちゃの瞳で、恨みを込めて杏子を睨みつけた。

「あんた、あたしを騙して馬鹿にしてたんでしょ?」

「な、なにいってんだよ、さやか…」

「あんな黒塗りの車に乗れる身分のくせに、あんなたくさんの人からお辞儀される身分のくせに、
 あたしが住んでるボロアパートなんかに引っ越してきてさ、
 それであんたあたしみたいな貧乏人見て楽しんでたんでしょ? そうなんでしょ?」
218: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/21(木) 19:58:24.66 ID:idX9ZfJ+o
「違うんだ、あたしは…」

「あたし…ほんと馬鹿みたいだったよね。
 いい身分の人間をさ、ニートだと思い込んで馬鹿にしてさ…
 あんたそう言うの見ておもしろがっていたんでしょ?
 フリーターのくせにって、馬鹿にしてたんでしょ?」

「違うんだ! さやか、聞いてくれよ!」

「うるさい!! あんたんとこ…ぶっ潰してやるから! 
 あたしが死ぬまで働いて、必ずぶっ潰してやるからね!
 二度とこの街に進出できないようにしてやるわよ!!」

「さやか!! 聞いてくれ!!」

「気やすくさわんないでよ!!」

「さやかっ!! ひいっ!!」

 さやかを引き止めようとした杏子だったが、さやかの渾身の平手打ちに吹っ飛ばされてしまった。
 怒りに支配されたさやかは、そのままふらふらと歩き去っていく。

「社長! 大丈夫ですか?」

 追ってきた背広に抱き起こされ、杏子はさやかの去っていった方向を呆然と眺めることしか出来なかった。
226: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:34:19.98 ID:5sR2lsr+o
 ―その日、マミは仕事を休んだ。

 マンションを出て、向かう先は産婦人科である。

 途中、サークル杏クウカイ見滝原店の前を通る。客の入りはいい。
 何でも社長自らがこの街に出てきて、偵察をして立地条件等を考察し、直々に店舗位置を決定したらしい。絶妙な立地である。

 ただ、今日は仕事のことは考えたくなかった。

 産婦人科に入る。

 何度もこの建物の前を通ったが、いざ自分が入るとなると何か違和感を覚える。

 玄関に隣接した受付に保険証を提出し、待合室の長椅子に腰掛ける。

 空気は冷たい。
227: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:35:24.68 ID:5sR2lsr+o
 正面の壁には、「こんにちは赤ちゃん」と書かれた大きな空色の色紙が貼られていて、
 そこにはチューリップを型どった色紙が規則正しく並べて貼られている。

 そのチューリップの一つ一つには、赤ちゃんの顔写真が貼られていて、
 その下には名前と、生年月日、生まれたときの体重が記されている。

「巴さん、巴マミさん」

 赤ちゃん達の顔写真を見ているうちに呼び出され、診察室で検査をし、

「4週間ですね。 おめでとうございます」

 と、初老の産婦人科医に言われ、マミは自分の未来が輝いているような温かい気持ちになった。
228: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:36:17.30 ID:5sR2lsr+o
 帰るとき、再び待合室の赤ちゃんの顔写真をみて、マミはここに自分と久兵衛の子供の写真が並ぶ日が待ち遠しくなった。

 お腹の子をかばうように慎重に歩いてアパートに帰ったマミは、
 真っ直ぐに両親の映っている写真の前に駆け寄った。

「家族が増えるよ」

 やったね、マミちゃん。

 写真の中の母が、そう言ってくれたような気がした。

「…もう、何も怖くない」

 自分の下腹部。 
 鼓動のような直接に感じ取れる物は何もなかったが、確かにそこに存在する命に宣言するように、マミは力強くそう呟いた。
229: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:36:53.56 ID:5sR2lsr+o
 マミが新しい命を宿したことに歓喜し、マンションで久兵衛が来るのを待っていたとき、さやかは絶望の淵にいた。

 恭介が、さやかに何も言わずに家を出たのである。

 ぶっ続けの、四時間の中休みで帰ったとき、さやかはアパートの部屋の中に違和感を覚えた。

 狭い部屋である。
 恭介の持ち物がごっそりとなくなっていたのは、すぐに分かった。

 慌てて部屋に入ったさやかの前に、ぽつりと小さな箱だけが置かれており、
 そのフタを開けると、さやかが恭介にプレゼントしたクラシックのCDが詰め込まれていた。

 恭介には、さやかの与えるすべてが不要なものだったのだと、さやかはその時になって気がついた。

 さやかはその前に膝を付き、拳を握りしめてCDに何度も叩きつけ、それらを粉々に割ったあと、搾り出すように泣いた。

 泣いている最中、またあのおせっかいの杏子が自分を慰めに来るのではないかと期待してしまい、
 さやかはそんな自分を嫌悪した。
230: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:38:34.21 ID:5sR2lsr+o
久兵衛は、部屋に入った瞬間に様子がおかしいことに気がついた。
紅茶の準備がされていなかったのである。

「紅茶の準備をしておくように言ったはずだけどね」

「その前に話があるの」

 久兵衛は、マミの毅然とした態度に恐怖を感じた。

 最早この女は自分が制御できないところまで増長してしまったのだろうか…

 それは久兵衛が最も恐れていた事態だった。

 きっと今、この女の体は太陽のように熱いに違いない。

「話って、何かな?」

 マミは昨日までのマミではない。

 怯えること無く、久兵衛に真っ直ぐな、芯のある視線を向け続けている。

 久兵衛はそんなマミから視線をそらしてしまい、自分がこの女に気圧されているのだと知って真っ黒な絶望に思考が暗転しそうになった。

 ―殴ってやろうか?

 とりあえず、この女を今すぐ泣かせないと、自分が保てなくなる―
231: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:39:28.70 ID:5sR2lsr+o
「―子供が、できたの」

 久兵衛の思考を遮って、マミの放った言葉。

「なんだ、そんな事か」

「大事なことよ」

「僕も男だからね、責任は取るよ」

 久兵衛のその言葉に、マミの顔にすがるような弱さが戻った。

 そうだ、この女は弱いんだ。

 今は子どもが出来たことで調子づき、虚勢を張っているに過ぎない。

 久兵衛の胸の中が、どす黒く渦巻いた。

「十万円位だよね」

 ―復讐、開始だ。

 それを聞いたマミの弱さに、不安が混じった。

 いいぞ、その顔だ。

 久兵衛はその中に、自分の優位性の輝き出すのを見た。
232: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:40:05.80 ID:5sR2lsr+o
「え…何が?」

 驚かせないでほしいな。やっぱり君はいつもの弱っちいマミじゃないか。

 変な顔したりしてさ、怖かったよ。怖かったんだよ。

 不必要に僕を怖がらせたりして、いけない娘だな、君は。

 何がって、決まっているじゃないか―

「中絶費用さ」

 マミは、えっ? と言ったきり。動かなくなった。

 そのまま眼には涙が溜まっていき、溢れて頬を伝う線になった。

 久兵衛が見ると、マミの唇は微かに震えているようだった。

「どうしたんだい?」

「いやよ」

「は?」

「中絶なんて、嫌!」
233: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:41:12.53 ID:5sR2lsr+o
 マミはテーブルを叩いて立ち上がった。

 震えながら、涙を流して久兵衛を睨みつけている。

 この泣き方だ、と、久兵衛は思った。

 マミは、泣き方が美しいのだ。

「今、責任をとってくれるって、言ったじゃない!!」

 先ほどとは一転して、ヒステリックになっているマミに対し、
 久兵衛は落ち着き払って口元に笑みすら浮かべている。

「中絶費用を僕が出してあげるって意味で言ったんだけどな」

 希望から絶望への相転移。

 久兵衛が最も好むシチュエーションである。

 彼は、完全に己の優位性を取り戻してこの時ハイエストテンションになっていた。

「酷いわ!! そんなのって無いでしょ!! ちゃんと責任とってよ!! 嘘つきっ!!」

「君たち女性はこういう状況になると決まって同じ反応をするね。
 わけがわからないよ」

 躍り上がる優越感に、目を細め、口元を歪めて、久兵衛は冷たくそう言い放った。
234: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:42:40.49 ID:5sR2lsr+o
 マミは力なくソファに座り込んで、さめざめと泣いている。

 諦念に脱力し、叫ぶこともなく、純粋に泣くという行為だけを行っている。

 久兵衛は最高の泣き方だと思った。

 マミの泣き方は、誰よりも美しい。

 家族が増えるという可能性を葬り去ったそのマミの泣き様に、
 久兵衛はなぜ彼女がこんなにも美しく泣くのかという理由を見た気がした。

 マミは、家族を失った時から泣き続けていたのだ。
 寂しさに、毎日泣いていたのだろう。

 家族を失った寂しさによって、マミは泣き方の達人になったのだ。

 久兵衛は思った。

 この泣き顔を見続けることが出来るなら、何度でもマミを妊娠させて、中絶させてやろう。

 そのたびに、マミは最高の泣き顔を見せてくれるだろう。

 それが出来るなら、この女と結婚したっていい。 そう思った。
235: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:43:55.06 ID:5sR2lsr+o
 さやかは恭介を失った後もぶっ続けをやっていた。

 もうきっと体は限界なのだろう。

 帰って寝ようとしても、目が冴えて眠れなくなった。

 クスリで疲れは感じないが、寝ていないという事実そのものが不安を呼び起こす。

 手が震えてきた。

 独りきりで部屋にいる。 

 死んでも誰も気づかないかもしれない。

 さやかは、自分の状況のすべてが不安な事項である事に気がついて、叫びだしたい気持ちに襲われた。
 しかし、それをしなかった。 したところで、誰が何をしてくれるわけでも無かったからだ。

 誰も何もしてくれない。

 さやかは、自分が最も恐ろしいと感じているのはそれだという事に気がついた。

 さやかは、気がついたら隣の部屋に神経を集中していた。

 杏子とは、あれから一度も会っていない。
236: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:45:55.02 ID:5sR2lsr+o
 マミは、自分に妊娠を告げた産婦人科で中絶をした。

 それ自体はすぐに終わった。入院の必要もなく日帰りだった。

 終わった後、腹部には真っ黒な空洞が嵌めこまれたようだった。

 ―喪失感。 
 それは久兵衛に初めて犯された時に感じた以上のものだった。

 病院は、何一つ変わっていなかった。

 診察室の様子も、医者の顔色も、看護婦の様子も、
 待合室の長椅子も、正面に貼られた赤ん坊の写真も、玄関に差し込む陽の光も、
 それに照らされた受付も、何も変わってはいなかった。

 変わったのは、マミ独りだった。

 だけどマミには、世の中すべてが自分を裏切ったように感じられた。
237: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:46:46.57 ID:5sR2lsr+o
 杏子は意を決してまどかに契約書類を書かせようとしていた。

 サークル杏クウカイの代表である自分が、マミリーマートの契約書類を持っていることに、違和感を覚える。
 
 この一週間ほど、ほむらの観察を続けていた。

 さやかの話をする振りをして警察署に赴き、彼女のスケジュールを巧みな話術で引き出し、
 ほむらがまどかを監視できない時間帯を割り出した。

 そして、今がその時だった。

「あ、杏子ちゃん!」

 ほむホームのインターホンを押すと、まどかが元気よく出迎えてくれた。

「美樹さやか、クスリでヤバいのは知っているかい?」

 杏子が真剣な顔でそう聞くと、まどかは表情を曇らせて頷いた。

「入るよ」

 まどかは無言で杏子を招き入れた。
239: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:47:21.94 ID:5sR2lsr+o
「…私、もうさやかちゃんのお店に行ってないの…さやかちゃんどんどん酷くなっちゃうし…もう見てられなくて…」

 まどかは涙ぐみながら杏子にそう訴えた。

「あんたがアルバイトの契約をしてくれたら、さやかは助かるんだ」

「…そうなの?」

「あんたにはお客を呼び寄せるオーラみたいなもんがあるからな、多分それが目当てだと思う」

「…よくわかんないや…」

「とにかくあんたが契約してくれればあのクスリの解毒剤を貰えるように久兵衛に約束させた。 やってくれるかい?」

「…うん。 さやかちゃんの為ならいいよ。 私、アルバイト―」

「そこで何をしているのかしら?」

 冷たい声に振り返って二人が玄関を見ると、そこには逆光に映し出されたほむらのシルエットが立っていた。

 彼女のほうが一枚上手だったのである。

 ドアが閉まる。

 ほむらは、当然のように拳銃を杏子に向けていた。
240: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:48:06.85 ID:5sR2lsr+o
「ほむらちゃん、駄目!!」

 まどかは、杏子をかばうようにほむらの前に立ちはだかった。

「どきなさい、まどか」

「杏子ちゃんは、さやかちゃんを助けるために来てくれたんだよ。
 何にも悪いことしてないんだよ。
 だから撃たないで! 杏子ちゃんを許してあげて!!」

 まどかの剣幕に、ほむらは諦めて銃をおろした。

「…行きなさい」

 杏子は、逃げるようにほむホームを出た。

「もう二度と、あなたには協力しないわ」

 すれ違いざまにほむらが吐き捨てた言葉が、杏子の脳内に重く響いていた。
241: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:49:03.06 ID:5sR2lsr+o
 久兵衛は、男性器を勃起させながらマミのマンションに辿り着いた。

 中絶して悲しみにくれているマミを犯す自分を想像すると、堪らなくなった。 まるで童貞の頃に戻ったような気分だった。

 急かすようにインターホンを連打したが、返答はない。

 拗ねているだけだろう、そう思って久兵衛はマミから貰った合鍵でマンションの自動ドアを開け、ズカズカと上がりこんでいった。

 エレベーターの中で、久兵衛は自分の股間に手をやってみた。

 熱く、大きく膨らんで、脈打っている。
 ズボンの上から少しこすっただけで射精しそうだった。

 エレベーターが止まる。
 体にだるく重みがかかって、チン、と音がし、久兵衛は股間をいじるのを止めた。

 エレベーターの外に出て、久兵衛は紅茶を用意させていないことに気がついた。

 今日はまず初めに、それをネタにマミを傷めつけて泣かせよう。

 久兵衛はそう思って合鍵で玄関を開け、部屋に入った。

 そして、自らの眼を疑った。
242: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:49:51.93 ID:5sR2lsr+o
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243: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:50:35.76 ID:5sR2lsr+o
 ―ポケットの中の携帯電話が着信を知らせて鳴り響いたが、久兵衛にはそれが全く耳に入らなかった。
244: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:51:15.24 ID:5sR2lsr+o
 巴マミの自殺で、現場に呼び出されたのは暇でなおかつ近くにいたほむらだった。

 通報者が久兵衛だったのを見たほむらは、チャンスだと思った。

 事件性がある、とでっち上げ、
 この男を追い詰めればグリーフシード事件についても何か進展があるのではないかと期待したのである。

 あの事件のおかげで散々な目に会ってきたほむらにとって、これは復讐のようなものだった。

「この後詳しい話を聞くから、署まで同行して頂戴」

 久兵衛はほむらに目も合わせず、縮こまって頷いた。

 この男は、グリーフシード事件の捜査の時、強気だった。

 ―僕は知らないね。
 ―君たちにはこの事件は解決できないよ。
 ―やあ、暇してるかい?

 そんな嫌味のこもった言葉がほむらの脳内に繰り返されているが、それが目の前の小さくなった男の言葉だったとは、
 ほむらにはどうやっても結びつかない事実のように感じられた。
245: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:53:14.52 ID:5sR2lsr+o
 久兵衛は事情聴取後、一旦放免された。

 自分が犯人だと、決め付けられているような事情聴取というよりかは取り調べだった。

 外に出ると、次の日の朝になっていた。

 会社には行かず、ふらふらと歩いて目についた喫茶店に入った。

 そこで紅茶を注文した。
 とにかく紅茶が飲みたかったのだ。

 そして待っている間に、携帯に杏子から着信が入っていることを知り、気怠いのに耐えて彼女にかけ直した。

「すまねえ、鹿目まどかの件は失敗だった」

 久兵衛は始め何の事か分からなかった。
 そしてしばらく考えて、それが今の自分にとってどうでもいい事だったと気がついた。

「もういいよ。 もういい」

 久兵衛はぼんやりと、窓から差し込む明かりに舞っている埃を見ながらそう答えた。

 そして答えた後で、何がよかったんだろうか? と自問し、
 その答えが得られなくて思考が輪になって回った。

 そしてすぐに自分が何を考えているのか忘れた。
246: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:53:53.28 ID:5sR2lsr+o
「あと一千万払うから、解毒剤を分けてくれ」

 久兵衛は電話をしていることすら忘れており、

「おい、聞いてんのか!?」
 
 と、杏子が電話口で怒鳴った声で漸く我に帰った。

「え…なんだっけ?」

「解毒剤をくれ!! いくらでも払うから!!」

「ああ…いいよ…あげるよ」

「幾らだ?」

 久兵衛は少し考えてから、もう何も要らない事に気がついた。

「あげるよ。 タダだ。 正午に、喫茶ワルプルギスに来てくれ」

 久兵衛は、それだけ言って電話を切った。
247: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:54:33.01 ID:5sR2lsr+o
「ストレートティーになります」

 目の前に運ばれてきたのは紛れもなく紅茶だったが、久兵衛は何かが違うと思った。

 そしてティーカップを持ち上げてその香りを確かめたとき、その違和感が急速に形を作るのを感じた。

「すみません。 これ、紅茶じゃないと思うんですが」

 喫茶店のマスターらしい男が久兵衛のテーブルまで来て、

「ストレートティーでございますが」

 そう言って首を傾げたので、久兵衛は自分の意見に自信を無くして紅茶を少しすすってみた。

「やっぱり紅茶じゃないじゃないか」

 久兵衛は立ち上がり、千円札を置いてその喫茶店を出た。
248: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:55:41.18 ID:5sR2lsr+o
 久兵衛は自宅に戻り、解毒剤の自動注射器を懐に入れてまた外に出た。

 変態紳士になる前なら、一本で完全にグリーフシード代謝物質を無効化出来る。

 ふらふらと歩きながら、久兵衛は目に付く喫茶店に寄っては紅茶を注文した。

 しかしどの喫茶店でも、マミが淹れるような紅茶は出てこなかった。

 取り返しの付かないことをしてしまった…

 久兵衛は背中に貼りつく恐怖と不安とに震え始めた。

 紅茶の味と香りに、マミの温もりが連なって、記憶の底でそれらが瞬いた。

 目頭が熱くなる。

 本当は、紅茶が飲みたいわけではなかった事に、久兵衛は気がついた。

 彼は、マミを愛していた事にこの時初めて気が付いたのだった。

 マミを探そう、久兵衛はそう考え、すれ違う人の中にマミを見出そうとした。

 何人もの人間とすれ違う。こんなに沢山いるのなら、その中にもう一人くらいマミがいたっておかしくは無いはずだと思った。

 しかし、マミの顔を思い出そうとしてまた壁にぶつかった。

 泣き顔しか思い出せなかったのである。

 久兵衛は頭を抱えてその場にうずくまり、脳裏に浮かぶマミの泣き顔に謝り続けた。
249: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:56:38.52 ID:5sR2lsr+o
 バイト先にさやかがいなかった時、杏子は手遅れになってしまったのだと絶望しそうになった。

 だが、諦めたくない。
 駄目だと分かるまで希望を捨てたくない。

 さやかは、あたしの事が完全に嫌いなのだろう。きっともう仲良くなんてなれやしないのだろう。

 だけどそうだからって、自分がやろうとした事を、さやかを助けるという行為を、やめていいはずはない。

 そう思って杏子は走った。

「さやか!! いるのか、さやか!!」

 ノックした。 返事はなかった。

 ドアノブをひねってみた。
 
 開いた。

 乱暴にブーツを脱ぎ捨て、部屋に上がり込んだところで隅のほうにうずくまっているさやかを見つけた。
250: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:57:15.09 ID:5sR2lsr+o
「さやか!! おい!! 大丈夫か!? あたしがわかるか!?」

 さやかは、杏子に眼だけを向け、微かに頷いた。

「…とうとう、バイトさぼっちゃった…」
 
 ―大丈夫だ。 杏子はホッと息を付いた。

 さやかに近づき、その肩を抱いて優しく語りかける。

「もうバイトなんて行かなくていいって。 苦しいのか?」

「自分が自分じゃなくなってしまう気がする…じっとしてると、まるで働いている時みたいに疲れるの…
 動いたほうが楽になるんだろうけど…だけどもう働く意味もないし…どうすればいいかわかんないや…」

「もう大丈夫だ! あたしが治してやるからな!
 あのへんなクスリの解毒剤を貰ってきてやるから、ここで待っているんだぞ! 必ず治るから、いいな!」

 さやかは、また力なく頷いた。
 
 杏子は素早く立ち上がって、玄関でブーツを履き、飛び出した。

 向かう先は、久兵衛との待ち合わせ場所、喫茶ワルプルギスだ。
251: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:58:25.14 ID:5sR2lsr+o
 久兵衛は、記憶の中に泣き顔以外のマミを見出すことが出来ず、今度はその声を頼りにマミを探していた。
 耳を澄ましながら、歩き出す。
 
 そうすると、車の音や、鳥の声、風の音、人の声、すべての音が混ざり合って邪魔をし、
 久兵衛は音を出すそれら全てを破壊したい衝動に襲われた。

 しかしそれが出来ないもどかしさに絶望した久兵衛は、唸りながら頭を掻き毟り、次いで身につけているスーツを引き裂こうとした。

 そして、内ポケットに入っている固いものに気が付いてそれを取り出してみた。

 グリーフシード代謝物質の分解酵素が入った自動注射器―

 そこで、久兵衛は自分が外に出ている理由を思い出した。

 そして名案がひらめいた。

 ―杏子にマミを探させよう! あいつは金持ちだから、すぐに見つけてくれるはずだ!

 久兵衛は自分が天才になった気がし、狂喜して走りだした。
 人ごみをかき分け、全力で走った。

 途中、何かにつまずいて転んだ。

 後ろを振り返ると、倒れた子供が口の中と鼻から血を出して大きな声で泣いていて、
 その隣りにいるババアが、待ちなさい! と叫んで自分を指さしているのが目に入ったが無視して走った。
252: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 20:59:54.85 ID:5sR2lsr+o
 走り続けていると、沢山の人が立ち止まって道を堰き止めていた。それをみて、久兵衛はその集団が馬鹿だと思った。

 道があるのに、止まっている奴は馬鹿だ。
 僕が急いでいるのに、邪魔をする奴はみんな馬鹿だ。

 久兵衛はその集団を押しのけて走った。
 おい、何だ? とか、危ないぞ! という声が聞こえたが無視した。 それらはマミの声では無かったからだ。

 待ち合わせ場所が見えてくる。待ち合わせ場所しか見えていない。
 
 不意に、自分を突き抜けるような音がしたが、久兵衛は気にしなかった。

 体の横側に衝撃が走った。頭がクシャッ、という音を立て、久兵衛のすべての感覚が記憶にない状況に投げ込まれた。

 アスファルトと空が交互に何度も見え、久兵衛はさっき頭がクシャッと鳴った時の感触を反芻していた。

 卵だった。卵を割ったときの感触だった。

 久兵衛はマミの作る卵料理がもうすぐ食べられるのだと思った。

 ズン、と体の芯に響く音がして、真っ暗になった。
253: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 21:00:40.18 ID:5sR2lsr+o
 体の正面に接地感があるのに、体はまだ廻っているような気がする。

 大丈夫か? という男の声がした。

 久兵衛は、大丈夫だよ、そう言って立ち上がった。

 立ち上がったと思ったが、体はまだ廻っている。
 
 ゴツン、と頭にアスファルトの感触が響いて、接地感が背中になった。

 明るくなった。眼を開けると視界が真っ赤だった。

 久兵衛は、こうなる直前に聞こえたあの自分を突き抜ける音は車のクラクションだったのではないかと思ったが、
 そんな事はどうでも良かった。

 先ほど大丈夫か? と言った男がなにか言ったようだったが、聞こえなかった。  
 そんなに遠くで喋って聞こえるわけが無いじゃないか、久兵衛はそう思った。

 胸が苦しくなりコホコホ、と、変な咳が出て口の中に血の味が広がった。

 真っ赤になった、と久兵衛は思った。

 いま、僕の体は真っ赤になったのだろう。
254: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 21:01:37.96 ID:5sR2lsr+o
 体の表面がじわじわと温まってくる。

 真っ赤な視界の中、ひと際明るい太陽に向けて、久兵衛は手を伸ばした。

 感覚は無かったが、赤一色の中でぼやけた手の形の影が揺らめいていたのでそれが動いているのだとわかった。

 そしてその影が太陽と重なったとき、久兵衛はマミの笑顔を思い出すことが出来た。

 きつく抱き寄せたとき、愛してると自分に言ったマミの顔。

 体が温まってくる。 久兵衛にはそれがマミの体温によるものに思えた。

 自分と同じ温度だけれども、なぜか暖かく感じる、マミの体温。

 生きていることの証。

 それは久兵衛にとって、最早不快なものではなかった。

「ようやく会えたね、マミ」

 久兵衛は安心して、太陽をつかんだ手の力を抜いた。
255: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 21:02:36.11 ID:5sR2lsr+o
「…嘘だろ…オイ…」

 スクランブル交差点だった。

 杏子が信号待ちをしていたとき、対角の位置にある人ごみの中から久兵衛が走りだすのが見えた。

 あっ、と思ったら走ってきたトラックにはねられ、くるくる回りながら5メートルほど吹っ飛んで道路に叩きつけられた。

 トラックから運転手が降りてきて、「大丈夫ですか?」と叫んだ。

 それに反応したのか、起き上がろうとしたようだったが、立ち上がろうとしてその勢いで仰向けにひっくり返った。

 その顔は血で真っ赤だった。

 そこまで見て、杏子は久兵衛に駆け寄った。 交通は止まっていた。
256: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/22(金) 21:03:17.37 ID:5sR2lsr+o
「オイ、久兵衛! しっかりしろ!!」

 久兵衛の体はビクビクと痙攣していて、アスファルトの血溜まりがみるみる広がっていくのが見える。

 杏子は久兵衛の左手に握り締められた自動注射器を見たが、
 それはビニール包装の中でめちゃくちゃに壊れていて、とても使えそうになかった。

 杏子は祈るようにそれを見つめていた。

 見つめていると、それが直るような気がした。

 直ってくれないと、困る。そう思ってそれを見続けているうちに救急車が来て、久兵衛は運ばれて行った。

 杏子はその時初めて、自分が解毒剤を入手しそこねたのだと気がついた。
266: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:09:57.40 ID:rwDqWCbpo
 杏子は目撃者の一人として、見滝原警察署で事情聴取をされていた。

 なにか聞かれ、それに答えてはいるが心は別にあった。

 ―さやか。 大丈夫だろうか?

 解毒剤を入手しそこねた、どうすればいい?

 きっとマミリーマート本社と交渉してもグリーフシードについては知らぬ存ぜぬの一点張りだろう。 
 久兵衛も、だから個人的に交渉に応じたのだ。

 …まさかこんな事になるなんて…

「久兵衛が死んだって、本当?」

 杏子に事情聴取をしている警官に、聞き覚えのある声がそう質問した。
 警官は、そうだ、と答えた。

 杏子は、ハッとなってその顔を見上げた。

「容疑者、死亡ね。 彼が亡くなった時の状況は?」

 そこに居たのはほむらだった。

「どうも錯乱状態で信号無視して横断歩道を渡ろうとし、トラックにはねられたみたいだな」

 杏子に相対している警官がそう言うと、ほむらはそう、と言って部屋を出た。

 杏子は、ほむらに完全に無視されていた。
267: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:10:50.37 ID:rwDqWCbpo
「君も、もういいよ。 ご苦労様」

 警官が杏子にそう言ったのを聞いて、杏子は事情聴取が終わっていた事に気がついた。

 杏子はすぐに走りだした。ほむらの後ろ姿を捉える。

「おい! あんた!! 待ってくれ!!」

 ほむらは一瞬、杏子を視界の端に捉えたが、すぐに向き直って歩き出した。

 杏子は構わず駆け寄って、助けを求めるように言った。

「久兵衛が死んじまって、解毒剤が手に入らねえ!!」

 ほむらは逃げるように早足になり、警察署の入り口を出た。

 杏子のことは相変わらず無視している。

「頼むよ!! あんただけが頼りだ!! 助けてくれよ!!」

 杏子の眼からは涙のすじが頬を撫で始めていたが、ほむらは無視して駐車場に向かい、
 停めてあるボロ臭い覆面パトカーのドアを開けてから漸く口を開いた。

「もうあなたには協力しないと言ったハズよ。 まどかにさえ手出しをしなければ、あなたは解毒剤を入手出来たかもしれないのにね」
268: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:11:48.10 ID:rwDqWCbpo
 杏子がほむらの顔を見上げると、その表情には蔑むような笑みが浮かんでいた。

「これから、久兵衛宅を家宅捜索に行くのよ」

「何だと…じゃあ…」

 杏子はほむらが閉めようとした車のドアを押さえつけ、縋りつくようにドライバーシートのほむらの前に膝を付いた。

「あるんじゃないのか!? あいつの家には、まだ解毒剤が!!」

 ほむらは必死の形相の杏子を見て、無表情に口元だけを歪めて、

「あったとしても、あなたの手には入らないものよ」

 そう言って杏子を突き飛ばし、ドアを閉めた。
 杏子がドアにへばりつくと、エンジンが掛けられ、ウィンドウが降りてきた。

「発進の邪魔をしないでくれるかしら? 今度こそ公務執行妨害で逮捕になるわよ」

 だが、杏子は怯まなかった。
 ドアに張り付いたまま車内のほむらに語りかけようとしたとき、

「あなた、留置所の中から美樹さやかを助け出せるの? 本当に彼女を助けたいなら、良く考えて行動することね」

 と、冷たくほむらが放った言葉に、杏子は感電したように車から離れた。

「せいぜいそうやってもがいていることね。 私のまどかを労働というゴミ溜めに放り出そうとした罰だわ」

 そう言い残して、ほむらの車は発進した。

 あとには排気ガスの匂いにまとわりつかれ、絶望に放心した杏子が取り残されていた。
269: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:13:20.17 ID:rwDqWCbpo
 さやかは、徐々に暗くなっていく部屋に独り、震えていた。

 電気を付けなければ、暗闇に自分が飲まれてしまう―

 それは恐怖を伴ったが、さやかは体を動かす事ができないでいた。

 先程から自分が自分でないものに取って変わられるような感覚と戦っている。

 自分が少しでも動いたら、そのはずみで自分を乗っ取ろうとしている得体のしれない何かに負けてしまいそうな気がし、
 さやかはその場に固くうずくまって震えている事しか出来なかったのである。

 だけど、とさやかは考えた。

 だけど、闇に包まれてしまえば、同じことが起こるのではないか―?

 自分の体の中の真っ黒な奴が、体の中から手を伸ばし、この迫り来る暗闇と手を繋いだ時、
 奴らに包まれているあたしは、きっとあたしでなくなるのではないか―?
 
 だがさやかは動くことが出来ない。

 闇は、刻一刻と近づいてくる。

 さやかは、動くことが出来ない。
270: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:14:04.87 ID:rwDqWCbpo
 まどかは、手塩にかけて作り上げた食卓を目の前に、独り寂しく俯いていた。

 いつもならほむらが帰ってくる時間をとっくに過ぎている。

 食卓の中央に盛りつけられたサラダが放つ光沢をじっと見ながら、まどかは暗い想像に負けそうになっている自分を叱咤し続けていた。

 そんな重い空気を引き裂くように、目の前に置いてあった携帯電話が光を放ち、
 振動でテーブルクロスの上を少し、また少しと這いずった。

「もしもし? ほむらちゃん?」

 電話に出た瞬間、まどかは自分の眼に涙が溜まってくるのを感じた。

「今日は仕事で遅くなるから、夕食は一人で先に摂っておいてくれるかしら?」

 まどかは寂しさを電話口にぶちまけたい思いにかられていたが、そのほむらの言語に、唾を飲み込んでそれを堪えた。

「そっか…お仕事なら仕方ないね…ほむらちゃん…何時に戻るの…? 私、待ってるから…」

「私の分は寄せておいてくれればいいわ! あなたは先に食べていなさい!」

 ほむらはそれだけ言って電話を切った。

 まどかは震えながら箸を掴んだが、それは何も捉えられずにテーブルクロスの上に戻され、
 次の瞬間、まどかの涙の粒がその上に落ちてポツン、とはじけた。
271: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:15:06.58 ID:rwDqWCbpo
 久兵衛宅はほむらにとって宝の山だった。

 彼女は、巴マミの死体があまり時間の経っていないものだったのをいい事に、死んだ久兵衛を犯人にでっちあげ、彼の家を捜索していた。

 狙いはここでは余罪扱いになるグリーフシード事件の証拠である。

 それらがあまりに豊富だったので、ほむらは言いようのない高翌揚感で我を失っていた。
 
 組織の都合に抑圧されていた、自分の能力―
 窓際族として過ごしていた時間―
 そして自分のプライド―

 それらを取り戻さんとするように、ほむらは証拠となる資料をかき集め続けた。

 先ほど、まどかに電話をし、先に夕食をとっているように指示をしたが、
 その際、まどかの声が悲しみを含んで重くなっていることなど、その時のほむらには感じ取れるはずもなかった。

 ほむらはようやっと取り戻したのだ。

 有能な、警察官としての自分を。
272: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:16:09.16 ID:rwDqWCbpo
 暗闇がぎりぎりと体を締め付け、心をすり減らす。

 さやかがその感触に負けそうだと観念したとき、部屋に明かりが点って、彼女は助かった、そう思った。

「大丈夫か!? 真っ暗だったから心配しちゃったじゃんか!!」

 杏子だった。

 彼女に抱きしめられてその温もりに触れたとき、さやかはまた助かった、と思った。

「…ゴメン。 解毒剤だけど…今日は手違いで手に入らなかった」

 さやかは、そんな事はどうでもいいと思った。

「…でも必ず、手に入れてみせるからな!」
 
 もういい、もういいったら…
 そんな事より…

「あんたさ、どうしてあたしのためにここまでしてくれるわけ?」
273: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:16:56.71 ID:rwDqWCbpo
 杏子は一瞬、言葉に詰まったあと、文章を音読するように、

「さやかはすごく頑張るじゃん…だから、ほっとけないのさ…」

 と、そこまで言って視界を泳がせ、

「…あたしってさ…こんな仕事だから…色々な人を見てきてるんだけどさ…あんたみたいな、頑張る人には…弱いって言うか…」

 そうやって、薄く伸ばすような言葉を吐き続け、杏子は胸が鋭く痛み出すのを感じていた。

 嘘とは行かないまでも、自分の本音を避けて通らなければならない建前の苦痛…

 本心というレールを、脱線する他なくて身動きがとれない自分への憎しみ…

「だからさ…ううん…まあ、いいや!」

 痛くて、痛くて、涙が出そうで…そんな自分を振り切るように、杏子は声を張り上げた。

「そうだ、さやか晩ご飯まだだろ?」

 杏子は持ってきた紙袋に手を入れ、

「こんなモンしか無いけど、食うかい?」

 そう言って、さやかにハンバーガーを差し出した。
274: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:17:28.65 ID:rwDqWCbpo
 さやかは差し出されたハンバーガーを断ることが出来なかった。

 断るだけの気力が無かったのだが、空腹だったことも確かだった。

 さやかがハンバーガーをかじると、杏子の顔は陽の光が差し込んだように明るくなった。

 自分の行動に一々大袈裟な反応を示す杏子が見ていられなくなり、さやかは彼女からその顔を背けた。

 顔を背けても、杏子の視線が自分に絡みついているのがわかる。

 たださやかにとってそれは、最早鬱陶しいという感覚を伴うものでは無かった。

「うっ…!」

 二口目のハンバーガーを飲み下したとき、さやかの中に巣食う何かが、それを拒絶した。

 激しい吐き気がこみ上げてきて、さやかの胃袋はそれに答えるように痙攣し始めた。

 さやかは口を押さえ、必死にそれに抗った。

 激しく蠢く胃袋は、体の内側からさやかを前後に揺すっている。
275: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:18:10.43 ID:rwDqWCbpo
「大丈夫か!? さやか!!」

 杏子が背中をさすっている。
 
 食べ物を粗末にしない、食べ物を粗末にしない、食べ物を粗末にしない…

 さやかは胸の内にそう唱え続け、自分の意志とは関係なく動く胃袋と戦い続けていた。

「気持ち悪いのか!? 吐いてもいいんだぞ!」

 そう言いながら背中をさすり続ける杏子に自分のそんな姿を見せたくなくて、さやかは尚も吐き気をこらえ続けていた。

 吐瀉物が出ない代わりに、眼球全体が熱くなって大粒の涙がこぼれ始めている。

 そうしているうちに、吐き気は徐々に治まってきた。

 さやかは大きく深呼吸をし、杏子に振り返ったその表情は悔しさで飽和しているようだった。

「本当にゴメン…もう食べられないや…」

 さやかはすすり泣きながら、食べかけのハンバーガーを杏子に返した。
276: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:18:45.88 ID:rwDqWCbpo
「仕方ないさ…さやかは病気なんだ…こんなモン食わせようとしたあたしがバカだったんだ」

 杏子はさやかを抱き起こし、ベッドまで連れて行って彼女を寝かしつけた。

「疲れているみたいだから、今日はもう寝ような」

 部屋の中は極端に物が少なくなっていて、杏子は恭介がもうここには帰って来ないことを知っていたが、
 その事実をさやかの前でどう扱っていいのか分からなかった。

 ただ一つ、分かるのは、ここにさやかを独りで置いてはおけないということだけだった。

「ごめんね…ごめんね…」

 さやかはハンバーガーを食べられなかった事を気に病んでいるのか、
 ベッドの上で杏子に背を向けたまま、泣きながらそう繰り返していた。
277: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:19:26.07 ID:rwDqWCbpo
「気にすんなって…あたしが全部食べるからさあ…」

 そう言ってさやかから渡されたハンバーガーを見、杏子は自分が喋った言葉の意味を再考した。

 そして胸の鼓動が急速に力強く、激しくなるのを感じた。

「食べて、いいんだよな…?」

 そう言ってさやかに視線を預ける。

 さやかは杏子に背を向けた姿勢でベッドに横になったまま、微かに「ん…」と返事をしたようだった。

 杏子はもう一度ハンバーガーに視線を移した。

 さやかの唇が触れ、その歯にちぎり取られた食み痕…

 胸の鼓動が更に加速し、それに連動するようにこめかみがしんしんと頭に何かを送るたび、思考が真っ白に霞んでいく。

 杏子はもう一度、さやかを視界の正面に捉え直した。

 背中を向いている。
278: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:20:07.07 ID:rwDqWCbpo
 杏子はさやかを見張りながらハンバーガーを素早く口元に運んで、その食み痕に唇を押し付け、ちゅっ、とかすかな音を立てた。

 さやかは向こうを向いたままだ。

 それから舌を出してなぞるように彼女の口の跡を舐め回す。

 さやかが今、こっちを振り返ったらと思うと、腹の底がヒリヒリと焦りだした。

 そして、さやかを挑発するようにちゅっ、ちゅっと音を立てて食み痕にキスをして、
 彼女が振り返らなかった事を確認し、少し躊躇してから漸くハンバーガーをかじった。

 そしてその時、杏子はさやかが振り返らなかったことを残念に思った。

 咀嚼すると、口中に広がったのは罪の味だった。

 鼓動が胸に響くたびに、その内側に黒く冷たい後ろめたさが溜まっていき、それは心音の度にその濃度を濃くしながら杏子を責め続けた。

 さやかは、そんな杏子に尚も背を向けたままだった。
279: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:21:29.82 ID:rwDqWCbpo
「ほむらちゃん。 おかえりなさい」

「ただいま」

 短くそう言ったほむらの姿を見て、まどかは彼女が別人なのではないかと錯覚した。

 いつもなら自分に正面を向いて、笑顔と共にそう言ってくれるはずが、
 今日は忙しく靴を脱ぎながら、目も合わせずにそう言ったのだ。

 怖くなった。

 その恐怖を振り払うように、まどかは靴を脱いで上がりこんだほむらの行く手を塞ぐように立ち、眼を閉じた。

 ただいまのキスである。

 しかしまどかの心を満たすはずのその儀式も、彼女の不安を煽り立てただけだった。

 いつもなら彼女を抱きしめ、深く、長くされるはずのそれだったが、今日に限っては両肩に手をおいた形で、軽く唇が触れ合っただけだった。

 まどかの胸に、冷たく黒いものが生じて、それが背筋をなぞるように冷やした。
280: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:22:17.80 ID:rwDqWCbpo
 ほむらは早足で食卓に向かう。

 まどかはそれを必死に追いかけた。

「今日はビーフシチューとサラダを作ったんだよ」

 まどかは、胸に生じた不安を払拭するため、空元気を振り絞って笑顔を作り、そう言ったが、それに対するほむらの返事は、

「そう」

 と、素っ気なかった。

 ほむらは食卓に着くとすぐに、

「まどか、あなた食べていないの?」

 と、怒ったような口調でそう言ったので、まどかはしどろもどろになりながら、

「ほむらちゃんと一緒に食べたくて、待っていたの」

 と、言い訳し、ほむらの機嫌をうかがった。

「まだ仕事が残っているから、私急ぐわよ」

 ほむらはまどかに目もくれずにそう言って、もの凄いスピードで食事を取り出した。

 まどかは唖然としてそれを見ている。
282: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:23:29.51 ID:rwDqWCbpo
「ご馳走様」

 結局、一言も会話を交わさずにほむらは食事を終えた。
 
 休みなく口に物を運ぶほむらの様子は、完全にまどかを拒んでいるようで、話しかける機会は完全に絶たれていた。

 あとには、半分ほどしか食事を終えていないまどかが独り、残されている。

「お仕事なら…仕方ないよね…」

 まどかは、誰にともなくぽつりとそう言った。

 目の前にあるサラダの光沢は、少し鈍くなっていた。
283: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:24:27.17 ID:rwDqWCbpo
 ほむらは資料を自室のパソコンに整理していた。

 警察署の官品パソコンにもデータは入っているが、上にとっては進めたくない捜査のデータである。

 握りつぶされる可能性があったので、こうして違法ではあるが捜査資料を保険として自宅に持ち帰るのがほむらのやり方だった。

 携帯電話がバイブと光で着信を教える。

 杏子からの着信だった。

 ほむらは携帯を開いて、しばらく着信画面を眺め、
 それから物的証拠が入ったバッグの中からビニール包装に包まれた自動注射器を取り出し、それでボタンを小突いて着信保留にした。

「あなたには協力しないって、言ったはずよ」

 注射器を仕舞って、パソコンに向き直る。

 今日手に入れたデータはかなりの量だ。

 これをもとに捜査のための様々な書類を作成し、文句が付けられない状態でそれらを上に叩きつければ、
 彼らも捜査を進めざるを得なくなるだろう。

 心の中に、火が灯った。

 絶対に揺らめくものか。 ご都合主義で消させはしない。

 ほむらはそう思った。
284: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:25:20.98 ID:rwDqWCbpo
「畜生! 無視しやがって!!」

 杏子は、繋がらない電話の向こうに居るはずのほむらに悪態をついて携帯を投げ出した。

 訴えるようにさやかに目をやると、彼女は目を見開いたまま、じっと天井を見つめていた。

「…帰らないの?」

 ぽつりと浮かび上がったのは、さやかの弱り切った声だった。

「…居ちゃだめかい?」

 さやかは寝返りを打ってまた杏子に背を向け、聞き取れるか取れないか位のか細い声で、

「別に、どうでもいいんだけどさ」

 と言った。

「じゃあ、いてもいいだろ? 一緒にいるよ―」

 さやかは、背中でそれを聞いている。 表情は見えない。

「―独りぼっちは、寂しいもんな」
285: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:26:12.99 ID:rwDqWCbpo
 その言葉に一瞬、さやかの体が震えて、それからゆっくりと杏子に向き直った。

 その眼は表情こそ纏ってはいないが、確実に冷たい何かで杏子を貫いていた。

「あ…ご…ゴメン…そんなつもりじゃ…」

 杏子は軽薄に「独りぼっち」と言ったことを激しく後悔した。

 それはさやかの心の支えであった恭介が消えたという事実を、彼女の心に深くえぐり込む結果になったことだろう。

「そうだね、あたしは独りぼっちだよね」

 杏子は、あたしが居るよ、というセリフを胸中に用意したが、
 その言葉がさやかにとって何の意味も持たないであろう事を恐れて、口には出せなかった。

「気にしなくていいんだよ、それが事実だし」

 無表情のさやかの瞳は、諦めの色を帯びて瞬いた。

「あんただって、あたしに深く関わりたくないんでしょ?」

 それを聞いた杏子は、あたしが居るよ、それを言わなかったことを後悔した。

 だが放たれるべき最適の機会を失したその言葉を再び口にすることは、杏子には出来なかった。

「そんな事ないって…」

 杏子は震える唇を動かして何とかそう言ったが、その言葉は放った本人にも、言い訳にしか聞こえないものだった。
286: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:26:48.36 ID:rwDqWCbpo
 ほむらの部屋のドアをノックするが、返事はない。

「ほむらちゃん、入るよ」

 ドアを開けると、ほむらは背中を向けたまま、「何?」と言った。

「あのね、ほむらちゃんお仕事頑張っているから、お茶淹れたの。 少し休んだほうがいいんじゃない?」

「そこに置いておいて」

 ほむらは尚もパソコンを操作しながら、まどかに背を向けたままだ。

 まどかの眼に見る間に涙が溜まっていくが、それをほむらに見られたくない彼女は、黙って紅茶をその場に置いた。

「遅いから、先に寝ていなさい」

 ほむらの後ろ姿にそう言われ、まどかは嗚咽を押し殺しながら扉を閉めた。
287: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:27:39.35 ID:rwDqWCbpo
 電気をつけたまま、次の日の朝を迎えた。

 部屋が暗くなるのを、さやかが極端に恐れたからだった。

 変態紳士化までもう時間がない、杏子は焦りを感じていた。

「おかゆができたぞ」

 杏子は元気を振り絞ってそう言い、さやかのベッドに湯気の溢れる小さな土鍋を持っていった。

「フーフーしてやろうか?」

「…いい。 一人で食べられるし」

 さやかはかすれた声でそう言い、ベッドの脇に置かれた土鍋から茶碗におかゆをよそって、小さくありがとう、と言った。

 それを聞いただけで、杏子は幸福が胸中に飽和したように感じた。

 さやかは無表情のまま、おかゆをれんげで掬い、口に運んだ。

「ゆっくりだぞ。 ゆっくりでいいからな」

 杏子は体中に力を入れて、さやかの摂食を応援していた。
288: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:28:29.45 ID:rwDqWCbpo
「ぷっ!」

 さやかが力なく、笑った。

 杏子は何がおかしいのか分からないが、さやかが笑ったというその事実だけが嬉しかった。

「あんたも食べたら? ああ、あんたは元気だからおかゆじゃ物足りないのか…」

 杏子は茶碗におかゆをよそい、

「いや、あたしもさやかと同じのを食う!」

 そう言って満面の笑みをさやかに投げかけた。

「そう」

 さやかは短く相槌を打ち、またおかゆを口に運んだ。

「おいしい」

「あたしが作ったんだから、当たり前だろ!」

 愛情込めて、作ったんだからな、声に出せなかったその言葉を視線に乗せて、杏子はさやかを見つめた。

 さやかが、また一口、おかゆを口にいれた。

 杏子は、もしかしたら助かるかもしれない。 さやかは大丈夫かもしれない。

 そう思った。
289: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:29:38.01 ID:rwDqWCbpo
 飛び起きたまどかがダイニングルームに駆け込んだ時、ほむらは一人で焼いたトーストを齧っていた。

「ごめんなさい…寝坊しちゃって…」

「別にいいわ」

 ほむらは無表情のままそう答えた。

 昨日と同じ顔だ。

 まどかはほむらの体が、他の誰かに乗っ取られたのではないかという不安に駆られた。

「ベーコンエッグつくるね」

「いいわ」

 冷たい言葉。

 まどかは耳を疑って「え?」と聞き返した。

「もう仕事に行くから」

 ほむらは立ち上がりながらそう言った。

 既にトーストを食べ終え、手と口をナプキンで拭っている。

「…あのね、ほむらちゃん」

「何?」

 ほむらを呼び止めたまどかだったが、それに反応したほむらの言葉が怒気を含んでいることに戸惑い、彼女はそのまま言葉を失った。
290: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:30:16.44 ID:rwDqWCbpo
「何よ、まどか! 言いたいことがあるなら言ってみなさい!」

 強くなるほむらの声に追い詰められたまどかは、彼女に何か言いたいことがあるわけではなかった事に気がついた。

 ただ、何かに急き立てられるようなほむらの様子が不安で、少しだけ自分のほうを見つめて欲しかっただけなのだった。

「…ごめんなさい…」

 まどかは押しつぶされそうな胸を何とか働かせ、そうつぶやいて俯いた。

「…いい、まどか。 私は忙しいの。 お仕事なのよ。 つまらないことで時間をとらせないで頂戴」

 まどかは苦しい胸を押さえてなにか言おうとしたが、

「今日も遅くなるから、夕飯は先にとっていなさい」

 というほむらの言葉がそれに覆いかぶさった。

「…ごめんなさい…」

 涙を含んだ謝罪に答えたのは、ダイニングルームの扉が閉まる荒い音だった。
291: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:31:14.47 ID:rwDqWCbpo
「ちょっと電話をしてくるな」

 食器を洗ってくれた後、杏子がそう言って部屋の外に出た。

 扉の開閉に乗って流れた空気がさやかの顔をなで、前髪を少し跳ね上げたとき、
 その余韻に寂しさが混じって、さやかはそんな自分に戸惑った。

 目を閉じると、クスリのせいか体全体が耳になったように、微かな物音も皮膚で聞こえるようになる。

 台所の、食器棚の後ろをゴキブリが張っているのも分かるくらいだ。

 杏子の話し声が聞こえてくる。

 ―ああ、本当に済まない。
 ―一週間くらいだと思う。 うん、よろしく。
 ―もし一週間たっても私が出社しなかったら―
 ―あんたに会社をやるよ。 うん。 それじゃ。
292: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:31:50.78 ID:rwDqWCbpo
 ドアが開いて、杏子が何事も無かったかのように入ってきた。

「あたし、あんたの看病することにしたから。 しばらくここにいるからな」

「…会社に行かなくていいの?」

 一瞬、杏子の顔が強張ったのを、さやかは見逃さなかった。

「おう、休暇貰った」

 杏子は笑顔を取り戻してそう言った。

「…休みたい時に休める…いい身分だね」

 さやかはそう吐き捨てて、杏子に背を向けた。

 そしてその背中に、じわりと後悔が広がっていくのを感じた。

 だがその一方で、心無い言葉で杏子を試そうとしている自分が居ることにも気がついた。
293: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:32:38.58 ID:rwDqWCbpo
「…もういいからさ、会社に行きなよ」

 ―まだ居る。 出て行かない。

「忙しいんでしょ、行きなって」

 ―行かないで。

「あたしなんかに、構っている暇無いでしょ?」

 無言の杏子に、そうやって冷たい言葉を浴びせかけるたびに、それが深い後悔となってさやかにも降りかかってくる。

 そしてその冷たさを感じた後、まだそこに居続ける杏子の気配を背中で必死に探り、それを確認して安堵する。

 緊張と弛緩を繰り返す度にひび割れそうになる心で、さやかは自分をすり減らし続けた。

 しかしそれをいくら繰り返しても、恭介に裏切られ、仁美に馬鹿にされ、傷つき続けた彼女の心は、
 杏子という新たに接近した他者を、受け入れることが、信じることができないでいた。
294: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:33:15.24 ID:rwDqWCbpo
 さやかの、杏子に対する罵倒は、次第に涙と嗚咽が混じって聞き取れなくなっていった。

 杏子は、こんな光景を何度となく見たことがあった。

 知人や親戚に連れられて父の教会を訪れる、悩みを抱えた人々―

 最初は、みんな否定的だったのが、父がずっと話しを聞いていると、
 そして時々、ごく当たり前の返答を返していると、次第にこうして悩みや悲しみを吐き出して、心を開いてくれるのだ。

 杏子はそれを見ながら、いつも魔法みたいだと思っていた。

 ―自分は今、漸くその魔法を使えるようになったのだ、杏子はさやかの様子を見ながら、そう思っていた。
295: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:33:47.60 ID:rwDqWCbpo
「心配しなくてもさ、あたしはさやかが治るまで、どこにも行かないよ」

 そう言った後で、杏子は自分がここに身動きがとれない状態になってしまったことに気がついた。

 解毒剤が手に入らなければ、さやかはそのうち変態紳士になってしまうのだ。 そしてほむらに殺されるのだろう。

 それを手に入れるために、主動的に自分が動きまわる事が出来なくなった―

 だが、杏子は思った。

 だが、今さやかはあたしを必要としてくれている。

 そんな時に、彼女を置いて解毒剤を探しに行くなんて、出来ないはずだ。
 
 杏子は自分の体が一つしかないことを、この時猛烈に不便に思った。
296: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:34:36.43 ID:rwDqWCbpo
 一つしか無い体の中で、二つの気持ちがせめぎ合う―

 このままさやかの側に居続けたい。

 でもそうすれば、さやかは確実に変態紳士になって暴れだし、ほむらに殺されてしまう。

 行かなければならない。 

 解毒剤を求めて、ほむらのところか、それが駄目ならマミリーマート本社か、とりあえずどこか可能性のあるところへ。

 だけど、どこに行っても可能性は無いのではないか。

 ほむらはまどかを取引に使い、アルバイトをさせようとしたことで怒り、絶対協力しないといった。

 マミリーマート本社は、あのクスリの存在そのものを認めないはずだ。

 だからもう、さやかの側にいることしか自分には出来ないし、自分もそれを求めているはずじゃないのか?

 二つの気持ちは八の字を描き、回り続けた。

 杏子は引きあう二つの気持ちの間で身動きが取れず、沈黙を続けていた。
297: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:35:11.11 ID:rwDqWCbpo
 杏子の悩みは、玄関の扉を叩く小さな音に乱れ、壊れて掻き消えた。

「あたしが出るよ」

 ベッドのさやかにそう言って、杏子は立ち上がった。

 玄関に向けて歩き出す。

 悩みが吹っ飛んだのは有り難いが、もし玄関に立っているのが恭介だったらぶん殴ってやろう、杏子はそう考えながら扉を開けた。

「あっ 杏子ちゃん」

 そこには、元気がなさそうに俯いたまどかが立っていた。

「さやかちゃんの様子を見に来たの。 お店で聞いたら辞めたって言うし…」

 杏子は、まどかを招き入れるのを一瞬躊躇した。

 しかし一瞬であった。

「入んなよ。 さやかも喜ぶぜ」

 まどかが部屋に入ったとき、杏子は微かな後悔を覚えた。
298: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:35:47.48 ID:rwDqWCbpo
「まどか、来てくれたんだ!」

 今まで杏子を前に、殆ど変化を見せなかったさやかの表情が弾けるように明るくなった。

 杏子はそれを、自分が見たかったはずのさやかの笑顔を見て、
 まどかを招き入れたとき感じた後悔が大きく膨らんだ、暗く冷たい気持ちに襲われるのを感じていた。

「まどか…この間はさ…酷い事言ってごめんね」

「ううん…気にしてないよ。 さやかちゃんこそ、体は大丈夫なの?」

 二人の笑顔を見、弾むような会話を聞いているうちに、その暗い気持ちが腹の中で結晶化し、大きく、重くなっていく。

「まどかの姿を見たら、具合がわるいのも吹っ飛んじゃったよ!」

 杏子は、自分が完全に蚊帳の外に居る事を、痛む心で感じ取った。
299: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:36:13.77 ID:rwDqWCbpo
「杏子ちゃん、どこいくの?」

 まどかにそう言われて初めて、自分が玄関の扉に手をかけようとしていたことに、杏子は気が付いた。

「か、買い物だよ。 何かほしい物とか、あるかい?」

 さやかが、「別に無いかな…」と言ったのを確認し、杏子は逃げるようにアパートの部屋を出た。

 扉越しに聞こえてくる二人の楽しそうな会話…

 それを振り切るように、杏子は当てもなく歩き出した。
300: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:36:44.76 ID:rwDqWCbpo
 ほむらは焦っていた。

 昨夜、整理した資料を精査してみれば見るほど、捜査の進展は絶望的であることが分かってきた。

 事件の核心に久兵衛がいた事は確かだったが、そこから上には、
 意図的に捜査の手が及ばないように組織が組み立てられているようだった。

「駄目だった。 製薬工場も稼動してない。 ただの空き工場になっていたぞ」

「流通に関わっていたチンピラを数名逮捕したが、こいつらも何も知ってそうにないな…」

「久兵衛が生きていたら、少しは望みがあったんだがな…」

 家宅捜索後、興奮に沸き立っていた捜査チームだったが、もう既に昨日の今日であきらめムードが広がり始めている。

「もう一度、基本から捜査しなおしてみましょう。 どこかに手掛かりがあるはずよ」
 
 そんな彼女に、捜査チームのメンバーたちはため息混じりの視線を投げかけてから、のろのろと動き出した。

 チームは、やる気のない平常運転に戻りつつあった。

 ほむらは、焦っていた。
301: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:37:45.19 ID:rwDqWCbpo
 マミリーマート本社を訪れた杏子は、運良く昼休みに社長と会談を設けることに成功したが、
 グリーフシードについて尋ねるとやはり久兵衛という社員が会社の組織網を使って勝手に流通させていたもので、
 会社はそんなモノの存在は知らないし、一切関与していないということだった。

 予想通りの反応である。

 昨日の夜からさやかの面倒を見、ろくに寝ていない杏子は疲れきっていた。
 
 マミリーマート本社を出るとすぐ、タクシーを止め、乗り込んだ。

「どちらまで?」

 見滝原のアパートへ向かうように指示しようとしたが、
 さやかとまどかの笑顔と楽しそうな会話がフラッシュバックし、
 それに背を向けるように杏子は別の地名を口走っていた。

 流れる景色はビルの谷間を抜け、大きな道路を滑り、橋を渡って河を超えた。

 視界を横切る色の中に、緑の比率が一気に増え、次第に道も狭くなって、舗装もなくなった。

 そのあたりに差し掛かると、運転手もお手上げで、杏子が道を指示するようになっていた。
302: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:38:32.81 ID:rwDqWCbpo
「ここでいい」

 タクシーを止め、料金を支払った。

 料金は一万円をゆうに超えていた。

 狭い未舗装路で、タクシーがえっちらおっちらとUターンし、
 戻って行くのを見送ってから、杏子は車が通れないあぜ道を登っていった。

 5分ほど登っただろうか、視界が急に開けた。

 ヒトの背丈を少し越すくらいの低木が規則正しく植えられ、その上に広がる空の青が眩しいくらいだった。

 低木には薄い桃色の、桜を大きくしたような花が散りばめられており、
 そこに蜜蜂よりも一回り小さな蜂がせっせと群がっている。

 先程から聞こえ続けているのは、草刈機の2ストロークエンジンが出す直線的な金属音だけだ。

 ここは、杏子のリンゴ農園だった。
303: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:39:32.25 ID:rwDqWCbpo
「お姉ちゃん!」

 草刈機のエンジン音がストールし、代わりに良く通る声が杏子の耳に届いた。

 駆け寄ってきたのは、杏子の妹だった。

 彼女は去年まで杏子の秘書を務めていたが、激務で体調を崩してからはこの農園の管理をやっていた。

「お前一人か?」

「ううん、今日はお父さんも来ているけど、お父さん草刈機使うの下手くそだから取り上げちゃったの。 
 土を切って、すぐ刃を駄目にしちゃうんだから…
 摘果の時期になったらアルバイトを雇うつもりだけど、今は―」

 そう言って、妹はりんごの花に群がる蜂に手を差し延べ、

「この蜂さん達が、一番働いてくれているよ」

 そう言って、笑った。 杏子の秘書を務めていた時には、見せなかった表情だ。

 彼女には、秘書なんかよりもこういう仕事の方が向いていたんだと、今になって杏子は思う。
304: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:39:58.18 ID:rwDqWCbpo
「そっか、親父が来ているのか…そりゃ好都合だな」

「お父さんに用事があるの?」

「ちょっと、話が、な…」

 そう言って、曇った杏子の表情を心配そうに見やった妹が、

「お父さんなら、小屋でリンゴを食べてるよ」

 と、教えてくれた。

「そうか…」

 と、杏子が休憩小屋に向けて歩き出そうとしたその背中に、

「お姉ちゃんもリンゴ、食べるよね。 小屋に持って行くから」

 という妹の声が届いた。
305: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:40:25.16 ID:rwDqWCbpo
 杏子が休憩小屋に到着すると、リンゴを齧っていた父が申し訳なさそうに、

「いやあ、スマン。 草刈機はどうも苦手でな…ほら、あの固いものに刃が当たった時の…チュン、って弾かれるやつ…
 あれビックリするよなあ…いやあ…参ったよ…石にぶつかると火花がでるしなあ…とうさん怖くなっちゃったよ」

 と、言い訳をしながらペコペコと頭を下げ始めたので、杏子は溜息をついて、

「親父、あたしだよ」
 
 と、教えてやった。

「杏子、来てたのか。 仕事はどうしたんだ?」

「専務に任せて、休みとった」

「何でだ? 連休はまだだろう?」

「人助け、してるんだよ」
306: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:41:25.48 ID:rwDqWCbpo
 父は、疑うような視線を杏子に絡みつかせながら、

「困っている人が居るなら、私のところに連れてくればいいんじゃないのか?」

 そう言った。 正論だと杏子は思ったが、正論だけでは人生をやっていくことは出来ない。

 それはこういう時のための言葉であり概念なのだと、杏子は思った。

「あたしが、あたし自身で助けたい人なんだ」

 その芯のある語気に、更に視線に織り込まれる疑いの色を濃くしながら、父は杏子の次の言葉を待っているようだった。

「あたし…好きなんだ。 その人の事…」

 迷いを振り切るように、杏子はそう言った。

 言った後で、杏子はこんなところで時間を潰している自分の行動を後悔した。 早くアパートに帰らなければならないと思った。
307: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/23(土) 18:42:16.71 ID:rwDqWCbpo
「どんな…男なんだ…?」

 絶望を含んで放たれた父の言葉は、杏子にとって最も重いものだった。

 …「男」…普通なら、そう考えるよな…

 だけど、あたしは…

 まどかと楽しそうに話すさやかの姿が脳裏に浮かんだ。
 
 杏子はそれでも、と思った。 

 それでも、自分の気持ちは―

「女の子なんだ…その人…」

 小屋の中が、凍りついた。

 ボトボトっ、と何かが落ちる音がし、そっちを見やると、妹が開け放たれた小屋の入り口に立ち、呆然と杏子を見つめていた。

 杏子の足に何かが触れた。 転がってきたリンゴの感触だと思った。

 部屋の中に、妹が落としたリンゴの香りが甘く広がった。

 耳に届くのは、外でせっせと受粉の手伝いをしている小さな蜂の翅音だけだった。
315: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:02:16.23 ID:3AS1Px5+o
 ほむらは、午後になって完全にもとのやる気のない雰囲気に戻った捜査チームに絶望していた。
 
 他の捜査員は、茶をすすりながらテレビを見たり、柔道場や剣道場に最早趣味となった武道の稽古をやりに行ったりしている。

 そして一人では何も出来ないことを知って、急速にその雰囲気になびき溶け込もうとしている自分をほむらは激しく嫌悪した。

 トイレに行き、手洗い場で冷水を顔に浴びせかけ、自らを叱咤した。

 そしてふと、鏡に写る自分の顔を見たとき、ほむらは動けなくなった。

 玉になった水道水が濡れた前髪や顎から滴りつづけている、自分の顔―

 ひどい顔だと思った。 疲労と苛立ちが深く刻み込まれたような肌に、ある種の石のように冷たくそこにある二つの眼―

 ほむらの心は急速にまどかを欲した。
 
 まどかの優しい瞳と温もり、愛情のこもった料理で、濁りきった自分の魂を浄化しないと、恐ろしいことになると思った。

 鏡の中の自分は、あの優しいまどかとはまるで別の生き物のようだと、ほむらは思った。
316: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:03:50.84 ID:3AS1Px5+o
「愛してる…」

 無意識にそう呟いていたほむらは、自分の顔とその言葉に何の感情も入り交じってはいない事に、また絶望した。

「愛してる」

 もう一度、すがるように放った言葉も、何の質感も無く冷たい洗面所に浮かんで消えた。

「まどか、愛してる」

 鏡に両手を付け、もたれるように張り付いて、ほむらは震えながらまた、そう呟いた。

 その眼からは、涙が溢れて頬を伝っている。

 ほむらは、昨日からずっと仕事に夢中になり、まどかを放り出していたことに、この時漸く気がついた。
317: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:04:24.40 ID:3AS1Px5+o
 自分に寄り添ってこようとするまどかを、突き放して仕事を続けていたのだ。

 窓際族だったほむらは、人生の充足をまどかによって得、まどかはそれをほむらによって得ていた。

 仕事にかまけ、そこから充足を得たほむらは独りまどかを置き去りにしたことに、気が付かなかった。

 昨夜の、そして今朝の、まどかの悲しそうな、消え入りそうな声がほむらの脳裏によみがえる。

「ごめんなさい…まどか…ごめんなさい…」

 崩れるように項垂れて、鏡から顔を離したほむらに、人としての表情が戻った。

 捜査の決着は決してつかないものの、彼女がかき集めた資料によって、やらなければならない仕事は山積みだ。

 今日も定時には帰れそうにない。

 だけど、ほむらは思った。

 だけど、今日帰ったら、うんとまどかに優しくしてやろう。

 抱きしめて、キスをして、彼女の作った料理を褒めてやろう。

 それが待っていると思うだけで、たった独りでも仕事を頑張れるような気に、ほむらはなった。
318: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:05:13.40 ID:3AS1Px5+o
 杏子は、妹の運転する、農場との行き来に使われる古いジムニーの助手席で、縮こまって俯いていた。

 板バネのスプリングが悪路のギャップに軋んで、杏子の体が小刻みに、上下に揺さぶられる。

 硬いシートは揺れるたびに杏子の体をはねのけるようだ。

 そのたびに、カツン、カツンとシートベルトが杏子の肩に食い込んで、彼女を嫌うシートにその体を押し付けた。

 ガラガラとうるさい砂利道が終わり、滑らかな舗装路に出たところで、妹が、

「お姉ちゃん」

 と、静かに口を開いた。

 杏子は答えることが出来なかった。

 妹が、続ける。

「お父さんはああ言ってたけど、私、お姉ちゃんの事を応援するよ」

 それを聞いた杏子は、泣き出しそうになるのを堪えるのが精一杯で、また何も言葉を発することが出来なかった。
319: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:06:08.03 ID:3AS1Px5+o
「お前は、魔女だ! 二度と顔も見たくない! 出て行け!」

 自分の娘がレズだと知って、父が杏子に放った激情の言葉であった。

 キリスト教から派生した彼の教えにおいて、同性愛ははっきりと罪であった。

 さっきからその言葉が、何度も、何度も脳内で繰り返されている。

 杏子は、怒り狂ってそう叫んだ父に勘当された。 

 そしてすべてを失った。

 自分に残されたのは、幾らかの貯えと、受け入れられそうにないさやかへの想いだけだった。

 妹がアクセルを踏むたびに、3気筒の小さなエンジンがうなり声を上げ、
 その非力を補うターボチャージャーが空気を圧縮して送り込むタービン音が隙間風のように杏子の心を冷やして行く。

 それはギアチェンジの度に、途切れてはまた盛り上がるように鳴った。

 それらはまるで、杏子を何度も何度も攻め立てる父の言葉のように、彼女には聞こえた。
320: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:06:58.61 ID:3AS1Px5+o
「独りで悩まないで、辛いことがあったら相談してね。 お父さんの説得も、続けてみるから」

 見滝原のアパートまで杏子を送ってくれた妹が、そう言い残してジムニーを発進させた。

 杏子は見えなくなるまでそれを見送ってから、アパートの階段を登っていった。

 さやかの部屋の前に立ち、杏子は自分に気合を入れて、笑顔を作り、よし、と言って扉をノックした。

「あ、杏子ちゃん、おかえりなさい」

 出迎えてくれたのがまどかだったので、杏子は気持ちが折れそうになった。

 何とか笑顔を崩さないように耐え、杏子が部屋に入ると、狭い風呂場から、湿気を含んだ石鹸の香りが微かに部屋に漏れている。

 ベッドのさやかからも、シャンプーの香りがする。

 まどかからも、そういえば同じ匂いがしたような気がした。
321: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:08:08.30 ID:3AS1Px5+o
「さやかちゃんと一緒に、お風呂に入ったんだよ」

「うへへ…隅々まで見ちゃったからねー。 まどかは私の嫁になるのだー!」

 二人でお風呂…その言葉が、絶望で頭を真っ白にしびれさせ、杏子はふらついてその場に座り込んだ。

「杏子ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」

 杏子はそう言って駆け寄ってくるまどかをはねのけたい衝動に駆られた。

 まどかは何も知らない、無垢な瞳でヘタリ込んだ杏子を心配そうに見ている。

 杏子はそんなまどかに、殺意に近い嫉妬を冷たく燃やしていた。

 杏子は胸を焦がすその衝動にグッと耐え、ぎこちない笑顔を作って持ってきた紙袋を軽く持ち上げ、

「リンゴもらってきたんだ。 食うかい?」

 そう言って機械的に立ち上がり、台所に向かってリンゴを切り始めた。
322: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:08:49.27 ID:3AS1Px5+o
 白くぼやけた頭を抱えて、ストン、ストンとリンゴを切りながら、自分は何をしているのだろうと考えている。

 まるで、ロボットのように、全く違う自分を遂行しているような気分になる。

 二人の笑い声が聞こえる。

 一緒に風呂場でシャワーを浴びる二人の姿が脳裏に浮かんだ。

 狭い浴室で、肌をこすりあわせながら互いの体を…

 トン。 

 リンゴを切る右手に思わぬ力が入っていて、杏子はまな板を叩いた果物ナイフの音に、ハッと我に帰った。

 先が鋭く尖ったステンレスの刃が、暗い台所の精一杯の明かりを受けて、水族館の水槽を泳ぐ魚のように鈍く輝いていた。
323: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:09:20.03 ID:3AS1Px5+o
「おう、お待たせ」

 切ったリンゴを持って、杏子がさやかのベッドの横にしゃがみこんだ。

「うん、美味しそうじゃん」

 さやかにそう言ってもらい、杏子の中に温かいものが少し戻ってきたようだった。

「うちの農場で取れたんだ。 不味いはずがないさ」

「皮はむかなくていいの?」

 まどかであった。

「てめー、皮は一番いいんだぞ! ポリフェノールとかいうのが豊富なんだ!! 
 それに皮を剥くなんで邪道だろ!! リンゴは皮も食べられるんだから、粗末にしたらいけないんだぞ!!」

 まどかの何気ない言葉に、抑えこまれていた杏子の感情が突沸した。
324: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:09:52.75 ID:3AS1Px5+o
「…ごめんなさい…」

 まどかは杏子の強い声に、小さくなってしまった。

「ちょっとあんた、言い過ぎなんじゃない?」

 まどかに同情するさやかの言葉が、杏子の胸に突き刺さる。

「さ…さやか…」

 感情をぶちまいた後の空虚の中に、自分を責めるさやかの言葉が入り込み、杏子の体も縮こまってしまった。

 部屋に、暗く気不味い沈黙が降りてきた。 もう日が沈んでいる。

 外の暗がりを見て、部屋の電気が一日中つけっぱなしだったことに杏子はその時気がついた。
325: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:10:40.58 ID:3AS1Px5+o
「私、もう帰るね」

 沈黙を振り払うように、まどかがそう言って立ち上がった。

「も…もう帰るのかい…?」

 杏子はそのまどかの言葉に、深い安堵を感じた。 流石にもう帰る時間だろう、そう思って本心はそれに賛成していた。

 これでふたりきりに戻れる。 

そう思って踊り上がりそうになる嫌な自分を感じてもいた。

それを恥じる部分の心が、杏子を立ち上がらせ、まどかを引き止める振りをさせたのだった。

「もうそろそろ晩ご飯を作らなきゃいけないし…」

「…そっか、そうだよな…」

 杏子は呆気無くまどかを引き止める行為をやめた。

 そして次の瞬間には彼女を見送る体勢をとり、一緒に玄関に歩み出していた。
326: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:11:06.92 ID:3AS1Px5+o
「杏子ちゃん、ごめんね」

 外に出たまどかの言葉に、杏子はぎくりとした。

「二人きりのとこ、邪魔をしちゃって…」

 そんなまどかにつられて、杏子もブーツを履いて外に出た。

「あ…あたしこそ、変なことで怒っちゃって…」

 鉄の階段を降りきった辺りで、まどかはその表情を強ばらせて、

「さやかちゃん、おかしかったの…」

 と、言った。 話題が変わったことは杏子にも明白で、彼女もまどかと同じ表情になり、

「何かあったのか?」

 と、聞き返した。
327: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:11:41.93 ID:3AS1Px5+o
「一緒にお風呂に入った時ね…さやかちゃん、海に行きたいって、言ったの」

「海?」

「その時の眼が、とっても怖くて、さやかちゃんが別人になっちゃったみたいで…とても怖くて…」

 杏子は、血の気が引いていく自分を、俯瞰しているような気分に襲われた。
 
「体を洗ってあげてる時も、ずっと動かなくて、私は人魚姫だ、とか、そんな事をブツブツ言ってたの…」

 さやかは、変態紳士になる寸前だったのだ。
 
 治ると思っていた。 

 看病していれば、さやかは治ると思っていたのだ。

 その自分の考えが、甘いモノだったのだと、杏子は思い知らされたような気分だった。
328: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:12:31.70 ID:3AS1Px5+o
「怖いの…さやかちゃんが別の何かになっちゃいそうで…とても怖かったの…だから杏子ちゃんが帰って来たとき、とても嬉しくて…
 ねえ、さやかちゃんの病気、治らないのかな? 私どうすればいいのかな…?」

 杏子は溜息をついた後、まどかの肩をしっかりと抱き、

「あいつはあのままだと、あんたの言った通り別の何かに乗っ取られちまう。 
 それを治すクスリをもらってこようと思ったんだが、そいつを持っていた久兵衛が死んじまって、手に入らなかった」

「え…? 久兵衛さん死んじゃったの…?」

「ああ、あいつはさやかをおかしくしたクスリを取り扱う役目を担っていた。 でももうあいつはいねえ。
 だからあいつから手に入れようと思っていた解毒剤もパーなんだ。
 それでな、頼みがあるんだ」

「頼みって…?」

「あのクスリに絡んだ事件を捜査していた警察官が、あんたと一緒に暮らしている、暁美ほむらさ。 
 だからあいつに頼めば、押収した資料の中から、解毒剤を分けてもらえるかもしれなかった」

「どうして…ほむらちゃんは解毒剤をくれないの…?」

「久兵衛と取引してたとき、あんたにバイトをさせようとしただろ? 
 それであいつキレちまってさ…もうあたしには協力しないって、そう言うんだ」

「酷いよ…そんなのって無いよ…」
329: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:13:25.48 ID:3AS1Px5+o
「だから頼む、あんたから頼んで、解毒剤をもらってきてくれ! 
 だけど、無断で捜査資料を他人に譲渡するなんて、当然犯罪だ。 
 それでもし不都合を被ったら、あたしが何とかする。 だから頼む、美樹さやかを助けるためなんだ!!」

 まどかは、力強く頷いた。

「すぐに持ってくる。 ほむらちゃん、お仕事の資料を自宅に保管しているの。 その中を探して、すぐに持ってくるから」

 杏子は、指で注射器の大きさに空をなぞり、

「長さはこれくらい、太さはこれくらいの、緑色の油性ペンみたいな形の自動注射器だ。 
 皮膚に押しつけると針が飛び出すタイプだから、一見すると注射器には見えないかもしれない。 
 それがビニールの、透明な包装に入っている」

 死んだ久兵衛の手の中で握りつぶされていた注射器を想像しながら、そう、まどかに説明した。

「分かった。 探して、必ず持ってくる」

 そう言って走りだしたまどかを、杏子は祈るような気持ちで、見えなくなるまで見送っていた。
330: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:13:55.76 ID:3AS1Px5+o
 杏子がさやかの部屋に帰ると、さやかはテレビをつけてじっとそれに見入っていた。

 ブラウン管の、どこからか拾ってきたような小さく貧しいテレビだった。 それが、ぼやけた映像と音声を垂れ流し続けている。

「ニュース見ているのかい?」

 さやかは先程までとは打って変わったように暗く沈んでいる。

 力なくベッドに横たわり、

「何か見たり聞いたりしていないと、おかしくなりそうなの」

 そう呟いた。

「そうなんだ」

 胸に生じた不安を掻き消そうと、空元気でそう言った杏子に、さやかが、

「ごめんね、疲れちゃってさ…」

 そう、かすれた声で謝罪した。
331: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:14:36.26 ID:3AS1Px5+o
「…何がゴメンなんだい?」

「あんたが辛そうだからさあ…まどかが居なくなった途端、あたしが元気なくなったの見て、気分悪くさせちゃったかな、と思って」

 杏子はさやかに気を使わせた自分が恥ずかしくなり、ありったけの笑顔を作って、

「あたしの事は気にすんなよ」

 と、言ってやった。

「あの娘は、まどかは心配性だからさ…ああやって元気なフリしてあげないと、他人の苦しみまで背負い込もうとするしさ…
 だからあたしあの娘にだけは心配掛けたくないんだ…」

「なんかそう言うの分かるよ…さやかはホントに優しいんだな」

 杏子はそう言いながら、さやかが横たわっているベッドの上に手を置いた。
 それに、さやかが手を重ねてくる。

 柔らかな感触が、温もりを絡めて二つの体を繋いだ。

「あんたの事、話してよ。 聞いておきたいんだ。 もうこれで、最期な気がするから…」

 弱々しいさやかの言葉に、杏子はその手を強く握り締め、

「そんな事言うなよ! きっと治るから、弱音だけは吐いちゃ駄目だ!」

 そう言うと、さやかは微かに笑って、そうだね、と頷いた。
332: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:15:22.32 ID:3AS1Px5+o
 それを見て、杏子は静かな調子で語りだした。

「うちは最初小さな教会でね、最初はよかったんだけど、親父はなんだかモヤモヤ悩み続けててさあ、ある日言ったんだ。
『新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だ』ってね。
 それで教義にないことまで説教始めて、本部から破門されちまったのさ。 
 親父は分派したんだ、って偉そうに言ってたけど、一家は食うにも事欠く有様になっちまった」

 さやかの方を見ると、真面目な表情で聞いてくれていた。
 彼女の意識を独り占めしているように思えて、杏子は少し擽ったいような感覚に、肩をすくめた。

「まあ、ある日親父が助けた男が事業で成功して、大量の寄付をしてくれてからは楽になったんだけどそれまでは酷い有様だったな。
 ここみたいな安アパートに部屋を借りたのもさ、その頃の気持ちを忘れたくなかったからさ」

「ゴメンね、あたしあんたの事、誤解してた」

 杏子は、いいって、と、さやかに微笑みかけて、話を続けた。
333: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:16:05.85 ID:3AS1Px5+o
「貧乏な頃はさ、お金持ちになれたら、すごく幸せになれるんだろうな、なんて考えていたんだけど、金持ちになったらなったで、色々辛くってさ。
 教団の資金でコンビニチェーン作って、若いのに社長やってさ、友達なんていないし、人付き合い全部が仕事なんだよ…
 気が抜けない、心が開けない付き合いばっかで、へとへとになって、妹が秘書やってくれてたんだけど、去年体調崩しちゃってさ。
 それからはずっと、独りぼっちさ。 そんな時、あんたに会ったんだ。 なんだかほっとけなくて、色々迷惑かけちったな。
 ホントに寂しかったのは、あたしの方だったのにな」
334: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:16:41.13 ID:3AS1Px5+o
 辛い事を話す声の調子で、湿ったように重くなった空気から逃れようと、助けを求めるようにテレビのほうを見ると、
「弘法大師の農業再生!」とか言う番組が始まったので、杏子は雰囲気を入れ替えるように、

「これ見ようぜ! あたし小さい農園持ってるんだ! だから農業については、ちょっとうるさいんだぜ」

 そう言って、さやかに微笑みかけ、テレビの方に向き直った。

「…あんたの農園、見に行きたいな」

 頬を撫でるようなそのさやかの呟きに、杏子の脳裏に父親に勘当された時の衝撃がぶり返したが、
 杏子はさやかを心配させまいと、

「元気になったら、一緒に行こうな」

 表情を見られるのが不安なので、さやかの方に向き直らずにそう言った。
335: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:17:58.86 ID:3AS1Px5+o
 ほむらは帰宅した際、強烈な違和感に襲われた。

 まどかの靴があるのに、彼女が出迎えにこなかったからである。

 彼女の愛情を、失ってしまったのではないか…?

 焦りが胸を締め付ける圧迫感を振り払うように、ほむらはダイニングルームに向かった。

 まどかはいなかった。 隣接する台所にもいない。

 夕飯も、用意されてはいなかった。

 嫌な予感がして、ほむらは真っ直ぐに自室に向かった。

 扉が開く―

 ―そこには、目を疑う光景が広がっていた。
336: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:18:31.71 ID:3AS1Px5+o
「あなたは一体、何をやっているの!? まどか!!」

 扉を開く音に固まってほむらのほうを振り返ったまどかは、散らかった部屋の中に四つん這いになり、
 机の引き出しを床に出し、引っ掻き回して何かを探していた。
 
 部屋に散らばっているのは、ほむらの集めたグリーフシード事件の捜査資料である。

 ほむらには、何を探しているのか見当が付いていた。

 美樹さやかを助けるための解毒剤だろう。

 だが、問題の本質はそんな事ではなかった。

「ほ…ほむらちゃん…これは…その…」

「あなたはいつ、私の部屋を勝手に引っ掻き回すようなはしたない女の子になったの!?」

 抱きしめたいと思っていたのに―

 愛したいと思っていたのに―

 ―そんな事が脳裏をよぎったが、自分を突き動かす衝動に負け、結局ほむらは、まどかの頬を強くひっぱたいた。
337: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:19:05.43 ID:3AS1Px5+o
 短い悲鳴を上げ、まどかはひっくり返った。

 叩かれた頬を抑えながらほむらを見上げるまどかに、彼女はスーツの内ポケットから細長い物を取り出して言った。

「これを探していたんでしょう? そうなんでしょう?」

 透明な包装。

 その中に収まっている油性マーカーくらいの大きさのプラスチックの管。

 まどかは弾けるように立ち上がり、ほむらの持っているそれに手を伸ばした。

 これで、さやかが助かる。そう思ったとき、まどかはほむらに突き飛ばされて仰向けに転がっていた。
338: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:19:51.31 ID:3AS1Px5+o
「お願い、ほむらちゃん! それを頂戴!!」

「ダメよ!!」

「どうして!?」

「これはお仕事の道具なの! 勝手に使ってはいけないのよ!!」

 愛するまどかが、自分の部屋から泥棒のように物を持ち出そうとした―
 
 ほむらは、その事実を受け止めきれずに、涙を流すほどの怒りにブルブルと震えていた。

 一体、誰が悪いのか―

「それでも、それで助かる命があるんだよ! さやかちゃんが、苦しんでいるんだよ!!
 なのに助けてあげないなんて、そんなの絶対おかしいよ!!」

 ―美樹さやかが悪いのか―

「杏子ちゃんだって、さやかちゃんを助けたくて、一生懸命頑張っていたんだよ! 
 私にアルバイトしてくれるように頼んだのだって、さやかちゃんを助けたい一心で、悪気なんてなかったんだよ!!」

―佐倉杏子か―
339: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:21:09.12 ID:3AS1Px5+o
「私、寂しかったの! だからさやかちゃん達と働けたらなあって、ずっとそう思っていたんだよ!
 でもほむらちゃんが駄目だっていうし…それでもほむらちゃんが帰ってきたらその分愛してくれるから…我慢できていたんだけど…
 でも…昨日みたいにほむらちゃんが忙しくなったら…もう急にもの凄く寂しくなって…」

 ―私?

「だから私…泥棒さんになってもいいやって…親友のさやかちゃんがいなくなったら…もう一緒に働くことも出来なくなって…
 遊ぶことも出来なくなって…ほむらちゃんはお仕事で忙しいし…私はずっと独りで…寂しいままで…
 …一体どうすればいいの!?」

 ―一番悪いのは…私…。

 ほむらがそれを悟った瞬間、まどかは床に突っ伏し、声を上げて泣き出した。
340: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:22:00.22 ID:3AS1Px5+o
 結論から言うと、「弘法大師の農業再生!」は杏子にとっては糞つまらない番組だった。
 
 杏子の言う農業とは、お百姓さんが汗水流して土を耕し、
 その労働の結晶として作物が実る、という勤労と対価の美しい巡り合わせの事だった。

 しかし目の前でやっているのは、顕微鏡だの、折れ線グラフだのが次々に画面上に踊り出す、所謂バイテク関係の番組だったのである。

 今、害虫に寄生する生物を培養し、
 それを圃場に放って害虫の数をコントロールするとか言う、邪道とも言える方法が画面上で検討されている。

 杏子はチャンネルを変えたくなったが、さやかがそれに食い入るように見入っていたので、それができないでいた。

「こんな感じ」

 さやかが不意にそう呟いたので、杏子は何が? と言って画面とさやかの顔を交互に見つめていた。
341: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:23:23.79 ID:3AS1Px5+o
 テレビの画面では、タマゴヤドリバチとか言う微細な蜂が、蝶の卵の中に自らのそれを産み付け、
 それが孵化し、蝶の卵を食べながら成長していく過程が、世界初の映像ですとか何とか言われて紹介されている所だった。

「あたしね、魂とか、心とかって、卵の形をしていると思うんだ…」

 さやかがあまりにも真面目に画面を見ながら話をしているので、杏子はゴクリと唾を飲んで話に集中した。

「あの黒いクスリを飲んだ時ね…きっと私の魂に、こんなふうに別の卵が産み付けられたんじゃないかな、って思うの。
 それがだんだん、私の魂を食いながら成長してきて、いつか、きっとそう遠くない未来にね…」

 さやかはテレビ画面に指をさした。 その手は震えている。

 杏子も、その手につられるように画面に目をやった。

 画面では、蝶の丸い卵を食い破って、ずんぐりと黒光りした小さな蜂が出てくるところだった。

「…こんなふうに、空っぽになった魂を食い破って、別の何かが生まれるんじゃないかって、思うの」

 杏子は、背筋がゾクリと冷えるのを感じた。

 画面の中、蜂はカラだけになった卵を残して、飛び去って行った。
342: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:23:56.59 ID:3AS1Px5+o
 まどかは、悲しみの化身になったように泣き叫び続けていた。

 嗚咽の合間に、「さやかちゃんを助けて」と、「お願い」そして「さやかちゃんが死んじゃうよ」 この3種類の言葉を順不同で繰り返していた。

「お願い」と、何度目かにまどかが叫んだ時、目の前でうずくまっているこの姿勢は土下座なのだとほむらは気が付いた。

 ほむらがいたたまれなくなってまどかを起こそうとすると、信じられないくらいの力で振りほどき、
 元の姿勢に戻ってまた「お願い」と叫んだ。

 私が悪いのか…

 私がまどかを、こんなふうにしたのか…

 私が一番大事な人を…私の中の揺るがないものを―

 ―私自身が揺るがせたのだ。
 
343: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:25:17.39 ID:3AS1Px5+o
 ほむらは力いっぱいまどかを抱き起こした。

 まどかは土下座の姿勢に戻ろうとしたが、ほむらはそれをさせなかった。

「美樹さやかを助けたいなら、立ちなさい、まどか!」

 まどかは動きを止め、涙でぐちゃぐちゃになった顔で、ほむらを見上げた。

 まだ涙は止まらず、痙攣のように何度もすすり上げている。

「行くわよ、まどか」

 ほむらはしっかりと頷いたまどかの手を握り締め、立ち上がった。

 美樹さやかの命は、まどかの親友の命は、今じゃないと救えない―

 ―だけど事件は、いつか解決すればいい。

 それが、命を救うことが、私の出来ること、そして今、すべきことだ。

 大切な、まどかのために。

 ほむらは自分のすべきこと、その優先順位を違わぬことが正義であることに今、気が付いたのだった。
344: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:25:49.10 ID:3AS1Px5+o
「…あたし、もう、駄目だ…」

 すべてを投げ出したようなさやかの声に、杏子は恐ろしくなって彼女を抱き寄せた。

「そんな事言うなよ! 頑張れ! さやか!!」

「もう無理だよ…あたし…ずっと頑張ってきた…だけど…もう限界…」

 さやかは、ベッドから起き上がり、杏子をまっすぐに見つめ、語り始めた。

「自分が自分でなくなる感覚にね…抗うにはどうしたら良いかって…あたし気付いたんだ…そしてそれをずっとやってきたの…」

「…何だよ…どうやるんだよ…あたしも手伝うからさ…一緒に頑張ろうよ…」

 諦念が創り出したようなさやかの表情が辛くて、今まで気丈に振舞ってきた杏子の眼にも、涙が浮かんできた。

「憎むの」

「憎む?」

「色んなことを…憎み続けるの…そうすれば、自分を保てたの…」
345: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:26:34.63 ID:3AS1Px5+o
 杏子はさやかの肩を強く抱き寄せ、自分の泣き顔を表情の薄れ行くさやかの顔に近づけて、

「あたしを憎んだらいいじゃないか! あんたの嫌いな金持ちだろ!! 
 あんたにずっと付き纏って、貧乏人だと見下してたこのあたしを憎めよ!!」

 そう叫んだ。

 さやかはそれを聞いて、少し笑ったようだった。

「それは無理…」

「え…?」

「だってあたし…あんたの事、もう嫌いじゃないし…」

 さやかの眼には、見る見るうちに涙が溢れていった。

 杏子はそれを見て、宝石のようだと、永遠の輝きが生まれるときのようだと思った。
346: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:27:18.72 ID:3AS1Px5+o
「さやか! 頑張ってくれよ!! もうすぐまどかが解毒剤をもってきてくれるから…!!
 だからもう少しだけ、頑張ろうよ!! なあ、さやか!!」
 
 ポロリと、杏子の眼から涙がこぼれ落ちた。
 それを合図にして、堰を切ったように次々に涙が溢れ、視界を濁す。

 杏子は、さやかの顔を見ていたくて、何度も、何度もそれを拭った。

「あたし、あんたの事が好きなんだ!! だから側に居続けてくれよ!! 居なくならないでくれよ!! さやか…さやかぁ!!」

 杏子が涙を拭うと、さやかの眼に溜まったそれも、今にもこぼれ落ちそうになっていた。

「あたしのために、こんなに一生懸命になってくれる人が居たのに…あたしはそれに気が付かなかった…
 そればかりか…あんたの事、ずっと避けてた…大嫌いって…そう思っていた…」

「さやか…さやかぁ…」

「ねえ…本当はこんな事言うのもおこがましいんだけど…」

「そんな事あるかよ! 何でも言ってくれよ!! あたしはあんたのためなら何でもするからさあ!!」

「ねえ杏子…怖いよ…助けて…助けてよ…自分がなくなるの…怖いよ…ねえ杏子…」
347: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:27:52.26 ID:3AS1Px5+o
「助けてやるよ!! だからあたしを見るんだ!! もうすぐクスリが来るから、それまで一緒に頑張ろうよ!! お願いだから、あたしを見てよ!! 憎んでくれよ!!」

「もう見えなくなってきた…真っ暗になっていくの…ねえ…これって罰が当たったのかな…
 あんたの気持ちに気が付かずに、あんたを嫌い続けたあたしへの、罰なのかな…ホントに…救いようが無いよね…」

「見えなかったら、あたしの声を聞くんだ!! ずっとしゃべり続けるから、聞くんだよ!! さやか!! さやかあ!!」

「ごめんね…遠いの…あんたが何いってるのかも…分からなくなってきた…
 ごめんね…あんたに迷惑ばかりかけてさ…あんたの気持ちに気付いてあげられなくてさ…最低だよ…あたしって―」

「さやかあああっ!!」

「―あたしって、ほんとバカ…」

 さやかの頬を涙の粒が滑り落ちた。

 そしてさやかは、その涙の粒を追うようにがっくりと項垂れて、座り込んだまま震えだした。

「さやか!! しっかしりしろ!! さやか!! さやか!!」
348: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:28:57.47 ID:3AS1Px5+o
 さやかのその様子は、変態紳士になって杏子に襲いかかる前のナカノさんの姿そのままだった。

 羽化する直前の蛹のようなその姿に、杏子はもうダメかもしれない、そう思った。

 果物ナイフの鈍い輝きが脳裏をよぎった。

 さやかがいなくなったら、もうあたしには何も残らない…
 あれで変態紳士を刺して…あたしも…さやかと一緒に…

 ―台所へ行こうとしたその次の瞬間
 玄関の扉が開く音がし、足音と共に杏子の前に割り込んだ人影―

「さやかちゃん!! お薬だよ!!」

 まどかだった。 杏子がそれに気づいたとき、さやかの腕には既にまどかによって解毒剤の自動注射器が突き立てられていた。

「まどか!! 離れなさい!! もし間に合わずに変態紳士化したら危険だわ!!」

 杏子の後ろには、拳銃を構えたほむらが控えていた。

 その声に、まどかがさやかから離れた。

 注射器は、さやかの腕に突き立ったままだった。
349: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:29:42.01 ID:3AS1Px5+o
 杏子がじっと見ていると、さやかがぶるっと、身震いをして、ベッドに倒れ込んだ。
 
 見開き輝いている変態紳士の眼に、また宝石のような涙が浮かび、それが頬をなぞる線を描いた。

「海が…見えた…人魚の…海…」

 自分の涙を海と見間違えたのだろうと、杏子は思った。

 さやかの体は、そのまま動かなくなった。
350: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:30:11.15 ID:3AS1Px5+o
・・・
351: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:31:15.47 ID:3AS1Px5+o
 ―結局あたしは、あの後すんなりと会社に戻ることが出来た。

 休んでから日にちも経っていなかったし、何事もなかったようにあたしは今社長室の机にすわっている。

 親父も、妹に説得されたのか、あたしを受け入れてくれた。

 目の前では、新人の秘書があたしのスケジュールをたどたどしく読み上げている。

 この秘書に対して感じるのは、不満だ。 あの見滝原での出来事以来、あたしの中で何かが不満となって日常のすべてを犯している。

 すべてのものが、何かしらの不満を含んでいるようになったのだ。

 見滝原店の成功を見届けて、あのアパートを引き払ったとき、あそこに、永遠に忘れ物をしてきたような感じがする。

 不満は、そこから来ているみたいだ。

 でも、今あそこに戻ったところで、その忘れ物は取り返せやしないのだろう。

 なら、忘れたままでいい。 そう思う。
352: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:32:06.72 ID:3AS1Px5+o
 まどかとほむらは、休暇中に海の見える街に旅行にいく計画を立てている。 それにあたしも誘われている。

 まどかが、海に行きたいと言ったのだそうだ。
 
 だけど海はまだ冷たいから泳げないってことで、海を見ながらプールで泳げるホテルを、ほむらが探したらしい。

 まあ、あの二人と休暇を過ごすのもいいと思う。

 見滝原で見つけた、あたしの大切な友達だ。 

 神経をすり減らすこと無く付き合える、貴重な二人。
353: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:32:38.40 ID:3AS1Px5+o
 グリーフシードの流通やぶっ続けは、久兵衛の死によって一旦収まったものの、また再開され始めたらしい。

 あたしは、たった独りで戦うほむらを援助してやろうと、
 うちの会社の情報部の中に極秘にチームを作らせ、捜査のサポートをさせることにした。

 それによって、本当にこの事件が終結するのかは分からない。

 世の中には、追いつめられて無茶な働き方をせざるを得ない人間も沢山いるのだから。

 正しいことだけでは回らない世の中…そんなもどかしさも、私の不満の一端だ。
354: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) 2011/04/24(日) 18:33:21.95 ID:3AS1Px5+o
「―社長、本日のスケジュールは以上です。 よろしいですか?」

 また不満の声がする。 

「あのなあ、よろしいですかじゃねえっての!!」

 あたしの一番の不満―

 秘書は、怒鳴ったあたしを見て首をかしげている。
 
 あたしが何を不満に思っているか分からそうなこの態度
 
 本当に、不満そのものだ。

「ふたりきりの時は、杏子って呼んでくれって、言ったじゃねえかよ、さやか!!」

 秘書はいたずらっぽい笑みを浮かべて、

「すみませんでした、社長」

 と言いやがった。

 あたしの不満は、まだずうっと、続きそうだ。


                            さやか「さやかちゃんイージーモード」 完

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