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前スレ:
勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」  【パート1】

365: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/03(月) 18:38:47.16 ID:/Y9BHaZa0
――――――――

 時は遡り、中天の時刻。
 鬼神が潜んでいた洞穴、その最奥の地底湖において、老婆含む儀仗兵の一団はキャンプを張っていた。一通り調査は終わったが、いくつかの試料の反応検出待ちなのである。
 あれだけ濃度の高かった瘴気はすでに跡形もない。深呼吸をして眩暈が起きるということも、最早ない。

 鬼神が死んだからだと言う儀仗兵もいたが、老婆はそれは違うと考えていた。
 あの瘴気の正体は、老婆が思うに、恐らく陣地構築の産物なのだ。

 指定領域を快適な環境にする陣地構築は、洞穴でキャンプを張るにあたって老婆たちも使用している。洞穴、特に地底湖には、より一層強力なそれが張り巡らされてあった。中途で襲ってきた大ミミズらも影響を受けたに違いない。
 問題は誰が強力な陣地を構築したかと言うことだ。老婆は陣地構築が専門ではないため、詳細についてはそれこそ検出待ちである。ただ、同じ魔法を行使する者として、素直に感嘆を覚えるほどだ。

 外道に堕ちた魔法使い、リッチ、アルラウネ、魔族でも魔法を使える者は多い。今後も油断はできないだろう。
 それこそ、九尾やウェパルの仕業かもしれないのだ。

儀仗兵長「すいません、今よろしいですか?」

 儀仗兵長がテントの中に顔を突っ込んできた。彼女の顔には疲労の顔が濃い。恐らく自分もそんな顔をしているのだろうと老婆は思った。
 頷き、テントの外へと出る。

老婆「どうした?」

儀仗兵長「反応検出については一晩かかりそうです。痕跡削除がこれでもかってくらいにされてます。はっきり言っておかしいですよ、あれ」

 苛立ちよりも驚きの色を強め、儀仗兵長は続ける。

儀仗兵長「慎重なのか、臆病なのかはわかりませんけど……こうなることが初めからわかってたみたいで気味が悪いです」
366: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/03(月) 18:39:34.99 ID:/Y9BHaZa0
 老婆は何も言わなかった。最初からそうであろうと彼女は思っていたためである。
 恐らく、鬼神は捨て駒だったのだ。経済的にも地政的にもそれほど重要でない町を、鬼神のような上位種が、ある程度の統率で襲うなどということは信じられない。そこを簒奪しないのならばなおさらだ。
 鬼神に指示を出した黒幕がいる。そしてその黒幕は、存在こそ前面に押し出すけれど、尻尾を掴ませるつもりはないのだ。

老婆「……やはり、九尾か」

 ぼそりと呟く。九尾は鬼神に指令を与えた。陣地構築も行った。たった数日間のために。
 九尾の行為の意味と意義を、恐らく老婆は理解できないだろう。しかし、いつかは辿り着くに違いない。そのように九尾はこれまで振る舞ってきたのだ。

 老婆は頭を回す。儀仗兵長は置いてけぼりになっているようだが、知ったことではなかった。

 九尾が黒幕である可能性は限りなく高い。問題は、なぜ九尾が鬼神をけしかけたのかということだ。
 老婆はその答えに辿り着いていた。辿り着いた上で、自分で出した答えだというのに、その答えが全く信じられなかった。歯牙にもかけないほどに嘘であると思っていた。
 それでも打ち捨てないのは、それ以外に真実味を帯びた仮定が出てこないからである。どんなに荒唐無稽な結論が導き出されたとしても、それが論理的な過程で以て、唯一導き出されたものならば、それが真実である。
 しかし、と老婆はやはり素直に首を振れない。

 全ては自分たちを誘き寄せるためだったのだと、誰が信じられるだろう?
367: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/03(月) 18:41:37.94 ID:/Y9BHaZa0
 ウェパルが目当てだったのかもしれない。そうであれば話は単純だ。ウェパルに執心していた九尾が、ウェパルを自らの元に戻すために策を講じた。比較的規模の大きな事件を引き起こせば調査隊がやってくるだろうと踏んで。
 だが、老婆はもう一つの可能性を案じていた。それはつまり、九尾はウェパル以外の誰かが目当てだった場合である。

 無論、あの時、洞窟へと進軍したのは三つの部隊である。から、九尾の目当てが他の部隊にいた可能性も、一応否定できなくはない。だが他の部隊では九尾の声すら聞いてはいないという。
 もし九尾が、自らのパーティの誰かを目当てにしていた場合、それが一番厄介だった。恐らくイベントは洞穴だけでは終わらないだろう。

――老婆は知らない。この時点ですでに王城は襲撃に遭い、愛すべき孫は連れ去られていることを。
 彼女の仮定は、考え得る中で最悪な、そして迅速な形で現実化していたのだ。

 老婆はさらに思考を深めていく。

 そもそも彼女には理解できないことがあった。彼女らが兵士の一団と戦闘を行った一件である。
 遥か過去のかなたに霞んでいたそれは、やにわに確かな輪郭を伴って目の前へ浮上してくる。果たしてあの兵士たちは何をしていたのか。なぜ町を燃やしたのか。

 老婆が王城へ勤めるよう三人に求めたのはこの件を調べるためでもあった。嘗ての経歴を生かしてシンクタンクとして活動している現在、並行してさりげない聞き込みを行っていたが、あまり有益な情報は得られていないというのが実情だ。
 恐らく、軍の上層部で情報が遮断され、隠匿されているのだ。そして物事を秘匿するのは、それが重要であるからか、でなければ後ろめたいからに決まっている。
 そこに九尾の思惑はあるのだろうか――老婆は考え得る可能性を網羅しようとし始め、そこで儀仗兵長の声がかかる。

儀仗兵長「あの?」

 老婆ははっとして儀仗兵長を見た。どうやら思考に埋没してしまったらしい。
368: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/03(月) 18:43:59.42 ID:/Y9BHaZa0
儀仗兵長「大丈夫ですか? 体調が悪いなら休んでらしたほうが……」

老婆「いや、平気だ。すまん」

儀仗兵長「なら、いいんですが」

老婆「時に儀仗兵長よ。お前は今の情勢をどう思う?」

 その質問の示すところをすぐには理解できなかったのか、僅かに下を向き、そして顔をあげる儀仗兵長。

儀仗兵長「戦争は不可避だと思います。釈迦に説法だとは存じてますが、隣国との不仲の原因は、情勢不安の面が大きい」

儀仗兵長「敵を外に作ってしまいたいのです。飢饉、資源の枯渇、宗教問題……もちろん全て王家のせいではないでしょう。が、民衆はそんなことはどうだっていいのです」

老婆「かといって、こちらも国力は低下する一方。天候に恵まれないと言ってしまえばそれまでだが……」

儀仗兵長「はい。大変なのはどこも同じです。しかし、隣の芝生は青く見えるもの。民衆のガス抜きも必要です」

儀仗兵長「今は魔族という大きな危機があるため、同盟と称してそちらに戦力を割いてますが、この関係が長く続くとは思いませんね」

老婆「キナ臭いにおいもするしな」

 儀仗兵長は苦虫を噛み潰したような顔をした。

儀仗兵長「誠実であり続けることは難しいですから。糾弾されない程度に一歩先んじらなくては」
369: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/03(月) 18:44:32.91 ID:/Y9BHaZa0
大きくため息をつく老婆であった。目の前の嘗ての弟子は、今も昔も嘘をつくのが苦手だ。そういう意味では決して上層部には向かない立場の人間である。
 人を動かす人間は、人が動きやすい環境をつくってやらねばならない。換言すれば人が動きやすいような言い訳が必要なのだ。ばれないように、息をするように、耳触りのいい嘘を作れなければ。

老婆「ここから東に半日歩いたところに盆地があるじゃろ。ま、あそこじゃろうな、基地をつくるなら」

儀仗兵長「……」

老婆「前線基地の構築か。ご苦労なことじゃ」

儀仗兵長「わたしは――」

老婆「言うな。お前の気持ちはわかっているつもりじゃからの」

 ぴしゃりと老婆は言った。それ以上喋れば軍規に触れる。作戦の漏洩は、状況問わずに大罪だ。
 儀仗兵長の専門は陣地構築。空気の清浄、浄水、結界、探知、それら全てを内蔵した魔法陣の描写によって、石造りの家屋を一瞬で前線基地へと変貌させることができる。

 儀仗兵長はしばらく俯いていたが、やがて意を決したように顔をあげる。

儀仗兵長「また戦争がはじまります。老婆さん、旅になんて出ずに、このまま王城で戦い続ける覚悟はありませんか?」

 驚きもせず、ただ「やはりか」と老婆は思った。いくらコネクションがあるとはいえ、身元の明らかでない者をそう易々雇い入れるわけがないのだ。
 情報が欲しかった老婆らと、戦力が欲しかった王国。ある種の互恵関係がそこには成立していた。とはいえ、王国側の欲していた戦力は、所詮一介の兵士レベルではない。戦術的ではなく戦略的に役立つ人材を彼らは求めていた。

 だからこその老婆である。彼らは老婆の一騎当千ぶりを知っていた。
 それは彼女にとっては触れてほしくない傷跡であったが……。
370: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/03(月) 18:46:06.40 ID:/Y9BHaZa0
儀仗兵長「長引けば長引くだけ民草は苦しみます。こちらも、向こうも。早く終わらせるためにはそれだけ強大な力がなければいけません」

 気が付けば、老婆の周囲をぐるりと儀仗兵たちが取り囲んでいた。杖を彼女に向けている。返答如何ではいつでも魔法を打ち込めるぞ――そんな陣形である。
 その気になれば相討ち覚悟で呪文を唱えることは可能だった。だが、その行為にどれだけの意味があるだろうか。虎穴に入らずんば虎児を得ず。リスクを負わずにリターンを求めるのは、何よりのリスク。

老婆「さしずめ、孫たちは人質と言ったところか」

 しわがれた声で老婆が言う。

儀仗兵長「……最初からそのつもりだったわけではありません」

老婆「ま、そうじゃろうな。上に性根の拗けたやつがいるのじゃろ、大方」

老婆「魔族は滅ぼすのか」

儀仗兵長「はい」

老婆「隣国もか」

儀仗兵長「……」

 儀仗兵長は言葉に詰まる。彼女が王国の生まれでないことを老婆は聞いたことがあった。隣国なのか、それとももっと向こうの公国、宗教国、交易国、その他諸々のどこかなのか。ともかく、王国が覇道を往かぬ確証はない。
371: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/03(月) 18:46:40.55 ID:/Y9BHaZa0
 たっぷりと間を取って、儀仗兵長はうなずく。強く。

「はい」

儀仗兵長「やる前にやらなければいけません。魔族との戦争を盾に、今のうちに隣国との国境付近に、準備をしておかなければ」

 魔族との戦争など所詮は隠れ蓑にすぎないのだと行間で主張していた。
 無論、魔族との戦争は不可避だろう。もともと彼らは魔族を潰すつもりであった。が、それは行きがけの駄賃にすぎない。本懐は別のところにある。

 老婆は両手を挙げた。降参のポーズである。

老婆「仕方がない。手伝うしかないなら、手伝うしかないか」

儀仗兵長「恩に着ます」

 脅しておいて白々しい。が、儀仗兵長を責める気にはならない。組織に属するとはそういうことだし、何より老婆自身、いくつもの悪事を働いてきた。それを思えば脅迫など大したことではない。
 それよりも、大義名分があることが何よりの問題なのだと彼女は思っている。大義は罪悪感を使命感へと転化する。その二つの本質が異なっていようとも、半透明の膜で包んでしまうのだ。
 そして使命感は人を狂わせる。行きつく先は目的のためなら手段を選ばない、非人道的な効率化だ。

儀仗兵「兵長! た、大変です!」
372: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/03(月) 18:47:56.59 ID:/Y9BHaZa0
 儀仗兵の一人が通信機を片手にやってくる。顔面蒼白の顔は、まるで死人のそれだった。
 ぴりりとしたものが走る。何かあったのだ、と一瞬で全員が理解した。

 本来であればそれは小声で話すべき事態だったのだろう。が、儀仗兵にはそれほどの余裕はなかった。
 責任は彼にこそあれど、責めることはできない。

 儀仗兵は儀仗兵長に捲し立てる。

儀仗兵「魔族と隣国が手を組み、王城を強襲したとの報告が!」

 その場にいた全員が凍りついた。

老婆「どういうことじゃっ、儀仗兵長! 同盟を組んでいるんではなかったか!」

儀仗兵長「そうですよ、そのはずなんです!」

 やや遅れて儀仗兵たちがざわつきだす。いや、ざわつくというよりも、それは聊か悲鳴にも似ていた。このタイミングでの王城の強襲は誰にとっても予想外でしかない。

儀仗兵長「敵の情報攪乱じゃないの!?」

儀仗兵「専用の魔法経路を使って飛んできた通信魔法です、これが情報攪乱だったら、
俺はもうどうしようもないですよ!」

 涙目で言う儀仗兵であった。
 受けて、儀仗兵長も老婆も黙り込む。そして黙り込んだ二人を見て、儀仗兵たちもまた黙り込んだ。二人が思考を巡らせていることを察したからだ。
373: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/03(月) 18:49:29.03 ID:/Y9BHaZa0
 通信魔法に指向性を持たせる場合、魔法経路を敷くことによって可能にする。魔法経路は儀仗兵長謹製のもので、幾重にも障壁がかけられている。この魔法経路に情報攪乱がなされたなら、それだけで敵は戦争に勝てるだろう。
 ならば王城の強襲は事実であり、その報告は正しい。そこまで考え、老婆は眉を寄せる。
 ほぼ同時に儀仗兵長も同様の事実に思い当たったようで、老婆と顔を見合わせる。

老婆「お前、敵の本拠地に、転送魔法で軍隊を送り込むということは可能か?」

儀仗兵長「理屈だけなら、可能です。私はできませんが」

老婆「そうじゃ。わしにもできん。しかし、なんでこのタイミングで……?」

 二人が言っているのはこういうことである。
 まず、情報が真実であるならば、王城が強襲されるだけの戦力が投入されたことになる。城下町は巨大な都市だ。兵士も多く、迎撃用の装置や堀もきちんと整備されている。そんじょそこらの村とは勝手が違う。
 ここで一つの疑問が生まれる。それだけの戦力をどうやって移動させたのか、ということである。

 十人程度ならば見つかることなく王都までたどり着けるかもしれない。国境に関所はあれど、長い壁があるわけでもなし、比較的難しい話ではない。
 だが、それが数百ならばどうだろう。密かな移動ができない状態で王都まで移動すれば、当然目立つ。そんなものを見逃すほど王国の監視体制はざるではない。

 老婆は舌打ちをした。理屈が実践に勝るときもあるが、今はTPOが違う。
374: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/03(月) 18:49:57.00 ID:/Y9BHaZa0
老婆「誰からの報告じゃ」

儀仗兵「それが、そのっ!」

 儀仗兵は慌てて告げる。
 彼は決して老婆の迫力に負けたのではなかった。それよりももっと大きな何か、端的に言うならば、未曽有の不理解と戦っていたのだ。

儀仗兵「王からの直通です!」

儀仗兵長「っ!」

老婆「うさんくさいなどと、言っておれんな」

 老婆は杖を振った。と、地底湖全体を覆い尽くすように、巨大な魔法陣がうっすらと光を放ち始める。

老婆「全員着地の衝撃に備えろ! きちんとした座標指定をする暇など、最早なくなった!」

老婆「転移魔法――王城に戻るぞ!」

――――――――――――
378: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:04:40.10 ID:mCa2nlGM0
――――――――――――

 ざく、と砂利を踏みしめる音で、そこが王城の中庭、枯山水だと気が付いた。着地に失敗した兵士たちは腰を大きく打ち付け、顔を歪めて摩っている。
 老婆は全く彼らに気をやる余裕がなかった。周囲を見回して今一度場所を確認し、大股で王城へと続く扉をくぐる。慌てて儀仗兵長が追うけれど、それも無視だ。
 ずんずんと歩く老婆。彼女の目の前の扉はまるで彼女にひれ伏すかのように、近づくだけで音を立てて開く。

 ひときわ大きな音を立てて大広間につながる扉が開いた。精緻な細工の施された巨大な柱が二本あり、高い天井を支えている。赤い天鵞絨の絨毯の両脇には槍を持った衛兵が立っており、闖入者を阻む。

老婆「退けぃ!」

 一喝で二人が吹き飛んだ。周囲で見ていた衛兵が急いで駆け付けようとするが、体はピクリとも動かない。見えない糸で雁字搦めにされているような。

 背後で見ていた儀仗兵長にはわかる。詠唱破棄した魔法の連続使用。日常生活で用いる必要のないそれを惜しげもなく用いるだなんて、溜息が出るほど埒外だった。
 が、それは換言すれば、老婆が埒外なのではなく現状が埒外なのである。儀仗兵長もそれをわかっているからこそ、老婆を止めようとはしない。
379: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:05:31.69 ID:mCa2nlGM0
 老婆は段差の上、玉座に座っている白髪白髭の老人に対し、叫んだ。

老婆「国王、隣国が魔族と手を組んだというのは、どういうことですか!」

国王「そのままの意味だ」

 老人――国王は豊かな眉を動かさず、重厚な声で言う。

国王「本日の午前に、兵士たちが操られる一件があった。幸いにも死者はゼロ。報告を聞けば、どうやら四天王のアルプによるものらしい」

老婆「それは、本当なのですか」

国王「疑わしいのなら、ほら、聞けばよい。そこにいる」

 顎をしゃくって示した先には、勇者と狩人が立っていた。
 手錠をかけられた姿で。

勇者「……」
狩人「……」

 もちろん老婆は気が気ではなかった。二人に手錠がかけられている理由を全く理解できなかったからだ。
380: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:06:16.12 ID:mCa2nlGM0
老婆「これはどういう……」

国王「そこの二人は幻術にかからなかったらしい。そこの二人だけが幻術にかからなかったのだ。アルプと何らかのつながりがあると想定し、万一を考えている。

老婆「つまり、二人がアルプを手引きした、と?」

国王「儂は王だ。この国を統べ、民の安全を守らねばならない義務がある」

 念には念を、ということなのだろう。王の理屈も理念も老婆には痛いほどよくわかったが、心中は決して穏やかではなかった。
 努めて落ち着こうとして、息を細く吐く。

老婆「して、隣国と組んでいるという証拠は」

国王「それについては、残念ながらない」

老婆「王!」

 思わず声を荒げた。
 証拠がないにもかかわらず、隣国が魔族と手を組んでいるなどと仮定するのは、侮辱以上のなにものでもない。いや、ともするとそれ以上の可能性もありうる。
 老婆の知る国王は無鉄砲な男ではなかった。無節操な男でもなかった。思慮深く、智慧に富み、国と民のことを何よりも重視する男だった。

しかし今はどうだろう。彼の考えていることが、老婆にはわからない。
381: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:06:53.79 ID:mCa2nlGM0
国王「確かに我々は魔族と争いを起こそうとしている。小競り合いは激化し、砦の攻防も、ないわけではない」

国王「が、四天王がいきなり王城に攻撃を仕掛け、あまつさえ途中で引くなどありうると思うか? スタンドプレーを許すほどには、魔族はばらばらではないだろう」

国王「隣国が何らかの目的をもって、アルプを使ったのだ。おそらく。でなければ、それこそその二人が先導したか……」

 余裕を持った表情のまま、国王が勇者と狩人を見る。

 二人の表情は、息苦しさと苛立ちこそあれど、確かに強さがあった。権威や衛兵の数にもひるまない意志の強さが。
 いや……老婆は違和感を覚える。二人の表情が老婆に示すこと。気が付かなければならない大切なこと。

 孫が――少女がいない。

 その事実に意識を奪われそうになるが、なんとかベクトルを王との会話に振り戻す。おざなりで会話をしていい相手ではないのだ。
 何より彼は老婆を脅迫しているのだから。
382: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:07:21.97 ID:mCa2nlGM0
 老婆は王の先ほどの言葉で理解した。隣国と魔族が結託しているなど、王自身が微塵も信じていないのだと。不信の上で、国の行く末をアジテイトしているのだと。
 否。それはアジテイト、煽動ではない。王のまっさらな瞳がそれを物語っている。彼は確かに往年のままだ。往年のまま、思慮深く、智慧に富み、国と民のことを何よりも重視している。

 しかし、と老婆は唇を噛んだ。水清ければ魚棲まず。まっさらな瞳が見据える世界は、あまりにも苛烈だ。

 王は一足飛びに目的を果たそうとしている。
 魔族と隣国が手を組んでいるのだとでっち上げ、それを旗印に攻め入るつもりなのだ。開戦の口火を切るつもりなのだ。

 それが果たして許されるのだろうか。国と民のためでは、確かにある。が、方法としてそれは善き方法か。
 王は言うだろう。善悪は些末だ、と。

 そして老婆はそれを否定できない。

 なぜなら、彼女もまた、善だの悪だの語れるほど崇高な立場にはいないから。
 人を殺して生を掴んだ人間に語れることなど、何一つないから。
383: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:09:21.64 ID:mCa2nlGM0
王「……」

 王は無言を通じて老婆にこう語りかけている。「仲間を殺して儂に刃向うか、儂を見過ごして仲間を救うか」

 異を唱えれば、王は魔族との内通者として二人を処刑できる。二人がアルプの魅了から逃れられたというのは事実なのだろう。だから二人も黙って捕まっているに違いない。

 老婆は結局、無言を貫いた。

 王を見逃すことになっても、老婆は二人を救いたかった。連れてきたのは自分であるという責任感と、戦争までの猶予で何かできることに賭けたのだ。

王「儂は軍備を指揮せねばならない。そのために、老婆、お前を手元に置いておきたい。手伝ってくれるな」

老婆「……御意」

王「そこの二人の手錠を解け。解放だ」

 王が言うと、すぐに二人の手を縛っていた金具が外された。押し出されるように老婆の前にやってきた二人は、悲痛な面持ちで言う。

狩人「少女が……」

勇者「すまん、俺たちのせいだ」
384: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:10:01.95 ID:mCa2nlGM0
老婆「王、この二人の話を別室で伺ってもよろしいでしょうか」

国王「許す。必要になったら呼ぶ。それまでは自由にしていてよい。洞穴の調査もご苦労であった」

老婆「ありがたきお言葉でございます。報告は儀仗兵長、その他儀仗兵に任せてあります」

 背後で儀仗兵長が肩を竦める。管理職は大変です、と唇の端を軽く吊り上げ、溜息をついた。
 申し訳ない、と老婆は済まない気持ちでいっぱいだった。儀仗兵長とて老婆と王のやり取りの深い意味をわからないわけではない。しかし彼女はとうに骨を王城にうずめる覚悟をしていた。

 王が立ち上がり衣の裾を翻したのを見て、老婆も転移魔法を唱える。一瞬で空間が歪み、体が空中へと放り出される。

 とある部屋へと転移していた。分厚い本が山積し、広い。兵士の詰所の倍以上ある広さは、権力のある人間の部屋だと一目でわかる。

狩人「ここは?」

老婆「わしの部屋じゃ」

勇者「随分と広いな。さすがって感じだ」

老婆「それで」

 一秒の時間も惜しいと老婆は勇者に詰め寄る。すぐに勇者も真剣な顔つきになって、

勇者「あぁそうだな」
385: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:12:48.68 ID:mCa2nlGM0
勇者「実はアルプが……」

 と事の顛末を話しだす。

 兵士たちが操られていたこと。
 夢の世界に引きずり込まれたこと。
 狩人が夢の世界から助けてくれたこと。

 アルプと相対したこと。
 アルプが不思議なセリフを吐いていたこと。

 そして。

勇者「少女は、どうやら連れて行かれたらしい」

老婆「……なぜじゃ」

勇者「わからん。ミョルニルが狙われた可能性はあるけど、本人を連れて行く必要はないだろう」

 顎に手をやって幾許か老婆は考え込んでいたものの、現状はあまりに手がかりが少なく、それではどうしようもなかった。
 が、解決しなければいけない事案であることも確かだ。もし懸念が正しければ、この国はそう遠くないうちに戦火に包まれることとなる。そうなってからでは十分な対策は施せない。
386: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:15:21.05 ID:mCa2nlGM0
勇者「ばあさん、戦争が始まるまで、猶予はどれだけある?」

老婆「あまりない、というのが率直な感想だ。もともと対魔族用に準備はしていた。補給所の敷設、道路の拡張などをこれから行うとしても……ひと月もかかるまい」

老婆「恐らく、王はかねてから機会を伺っていた。秘密裡に隣国用の準備を進めていたとしてもおかしくはない」

老婆「本当に最速で、国民の周知と非難を含めても、一週間、か」

 勇者と狩人は息を呑んだ。まさかという思いと、あの人物ならやりかねないという思いがないまぜになっている

老婆「映像魔法を使えば遠隔地まで情報など簡単に行き渡る。王の発表は偉大じゃ。事実かどうかにかかわらず」

 それはつまり言ったもの勝ちということである。隣国が魔族と手を組んでいるのかなど民衆にはわからないのだから。
 すべての因果関係がわかるのは、戦争が終わったとき。そしてその時にはもう、歴史の正誤なぞは曖昧に違いない。

 なんという――なんという人間の恐ろしさか!

 勇者は頭を振った。ここまで来ては、善悪で物事を測れる範疇を凌駕している。統治行為論という単語が、彼の頭で明滅を繰り返す。

 と、老婆の腰に据え付けられていた通信機から、砂嵐交じりの声が鳴り出す。

??「あー、あー、テステス、聞こえますか聞こえますか、どーぞ」

老婆「聞こえておる。そちらは誰じゃ。名前と所属と階級を答えてくれ。どーぞ」

??「アルプ。魔族の四天王です。どーぞ」

狩人「何しに来た、クズ」
387: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:20:26.73 ID:mCa2nlGM0
 驚愕する老婆と勇者を尻目に、狩人は冷ややかな声で返した。
 ノイズ交じりの、しかしよく聞けば確かにアルプの声が、通信機から響く。

アルプ「うっわ! つれねーなー、つれーなー。同じ学校に通った中じゃにゃーの」

狩人「御託はいい。そっちからコンタクトをとるってことは、要件があるんでしょ。少女のこと?」

アルプ「あー、そっちじゃないんだけどね。でも気になる? 気になるか。教えてあげてもいいよ」

 あまりにもあっさりとしたアルプの物言いに、三人は同時に眉を顰めた。少女を攫ったのはアルプではなかったのか。それとも、誰かに頼まれてアルプが手助けしたのか。
 どのみちあの夢魔は気まぐれで、その事実を特に二人は承知していた。快楽主義者ゆえの無鉄砲さに乗っからない理由は、少なくとも現時点ではない。何しろ彼らは少女が必死の塔にいることすら知らないのだから。

 三人の戸惑いなど意に介さず、アルプは続ける。

アルプ「女の子は必死の塔にいるよ。川沿いを下った先、共和国連邦との国境付近だね」

 勇者は視線で二人に尋ねる。聞いたことがあるか? と。
 頷いたのは老婆だった。噂だけだが、と前置きして、

老婆「魑魅魍魎の類が巣食っている、との話は聞いた。名うての者どもが束になって攻略しようとしたが、ついに誰も帰ってこなかった」

老婆「ゆえに名前が『必死の塔』」

勇者「ってことは、つまり、そこにお前らの仲間がいるわけだな」

アルプ「きみたちの仲間もね」

 一瞬の間。
 狩人は気を取り直し、鋭く詰問する。

狩人「で? 何が目的なの」
388: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:23:37.26 ID:mCa2nlGM0
アルプ「あぁそうそう、そっちの王様さ、あることないこと言ってるじゃん。私たちが他国と結託してどうとか、こうとか」

 老婆は小さく「情報は筒抜けか」と呟いた。
 王城は特に限界な防衛魔法がかけられている。それを突破して千里眼を行えるのは、よほどの術者だけである。

 とはいえ、彼女はそれを半ばわかっていた。信じたくないことではあったが、洞穴の陣地構築や、アルプの侵入のことを考えれば、それもやむなしといったところだろう。魔法経路をジャックしてのこの会話だって、つまるところそういうことなのだ。
 より一層守護を強化せねばならないが、それがどれだけ役に立つか、老婆には疑問だった。

アルプ「人間同士が争うのは構わないけど、魔族を巻き込まないでほしいんだよね。そういうのは、なんてーの?」

アルプ「癪に障る」

勇者「っ!」

 ぞわりとした感覚が肌を撫でた。勇者らは思わず体を退き、壁に背中を押しつける。
 本能が発する警告は黄色。「警戒」色のそれは、アルプと対峙していなくてよかったと素直に思える程度に、心臓を高鳴らせている。

 おどけた様子で、序列こそ四天王最下位ではあるが、アルプはそれでも四天王である。

 ひんやりとした煉瓦が冷や汗を吸って黒ずむ。
389: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:25:20.39 ID:mCa2nlGM0
アルプ「そこで一つお願いがあんだけどさー」

老婆「お願いとは、随分下手に出たものじゃな」

アルプ「九尾が言ってたおばあちゃんだね、よろしく。なんだっけ? あ、そうそう、お願いお願い」

アルプ「あんまりやりすぎないで欲しいの」

老婆「やりすぎない、とは」

アルプ「そのままの意味。どっちかが滅んだりするようなことがあれば、隙を見てこっちも……なんつーの? 侵略だーってなっちゃうから」

アルプ「そっちにも都合と事情はあるっしょ? その辺は見て見ぬふりするからさぁ……せめて水源地とか、領土争い程度にしてもらいたいなって」

老婆「どういうことじゃ?」

アルプ「どういうことって?」

老婆「お前ら魔族が人間に干渉する理由がわからん」

アルプ「そっち同様に、こっちにも都合と事情があるっつーことだね。っていうか、だめだー、私はこういうの向いてないんだわー」

アルプ「だからさぁ、ね、喋るの変わってよ、九尾」

 通信機の向こうで何やらごそごそと音が聞こえてくる。ノイズではない、衣擦れにも似た音だ。
 それきりアルプの声が途絶え、通信機は沈黙を続けている。ラインがオンになっているため、通信そのものが切れたわけではない。
390: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:25:56.47 ID:mCa2nlGM0
 ややあって、もう一度大きな雑音が入り、唐突に通信がクリアになった。

九尾「もしもし、聞こえているか。九尾だ」

 幼ないながらも老成した口調が通信機から漏れる。三人は先のアルプのそれとは異なる重圧を確かに感じつつ、通信機をまっすぐに見据えた。

老婆「儂が応対する」

 二人が頷く。古来より狐は人を騙す。九尾の口八丁手八丁を警戒しているだろう。

老婆「九尾か。この間、言葉を交わしたな」

九尾「そうだな。洞穴の調査ご苦労」

 それすらもばれているのか、と老婆は舌打ちをした。どこまで見えているのか全く理解できていないようだ。

九尾「早速本題に入ろう。とはいえ、大まかにはアルプの言ったことと同じだ。あまり戦争が激化するような事態はこちらとしても好ましくない」

老婆「何か理由があるということじゃな」

九尾「そう受け取ってもらって構わない」

老婆「儂らの力だけでは戦争のコントロールなどできない。もし激化した場合にはどうする」

九尾「魔族が襲うだろうな」

老婆「優勢なほうを? 劣勢なほうを?」
391: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:26:23.32 ID:mCa2nlGM0
九尾「なぁ」

 老婆が警戒しているのはわかったが、このような会話では埒が明かない。九尾はため息交じりに言葉を紡ぐ。
九尾「九尾は別に腹の探り合いがしたいわけではない。こちらがしたいのは取引だ」

老婆「……わかった。一応国王には進言してみる。が、信じてもらえるかどうか」

九尾「その時はその時だ。いくらでも脅迫できる」

九尾「もう一度アルプをけしかけてもよいし、九尾が出て行ってもいいな」

老婆「お前から王に話をつけることはできないのか。そちらのほうが簡単だろう」

九尾「九尾が? 勘弁してくれ。それに、向こうが嫌がるだろう。魔族と関係があると疑われるだけでもマイナスイメージだ」

 そもそも、老婆が九尾をはじめとする四天王と会話をできていること自体が問題なのではあるが。

九尾「こちらには目的がある。そのために、九尾も活動している」

九尾「派手なことをされても困るんだ。色よい返事を期待しているぞ」

老婆「おい、待て――」

 一方的に告げて、今度こそ本当に通信が切断される。聞こえてくるのは砂嵐の音だけで、矯めつ眇めつしても再度連絡が入ることはない。
 老婆は無言で背後の二人を振り向いた。二人はそれを受けて、ようやく緊張が解けたのか、大きく息を吐き出す。
392: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:28:17.21 ID:mCa2nlGM0
勇者「なんていうか……大変なことになってきたな」

老婆「今更だがな。しかし、問題はあちらの目的がわからないことじゃ」

狩人「考えたってしょうがないよ」

 軽く組んだ自分の手に視線を下し、狩人はぽつりと、けれどしっかりと地面に着地した言葉を吐く。

狩人「考えたってしょうがないよ」

 繰り返し、ふっと笑った。
 勇者にはわかった。狩人の言葉は、決して思考の放棄ではないということに。言うなれば決意の表明なのだ。例え何が起ころうとも、全力で当たるしかないのだという。

 勇者と老婆もまた笑った。その通りでしかないと思ったからだ。

 どんな遠望深慮も十重二十重の謀略も構わず打ち砕く。
 権謀術数を弾き返すためには鋼だけでも柔皮だけでも不足だが、そんな強さをこのパーティなら得られると、彼らは信じていた。
 そしてその強さを得るためには、一人足りない。

 物事が全て加速していく中で、変わらないものなど存在しない。それでも彼らは確かにもう一人の存在を欲している。
 必死の塔に囚われた少女。
393: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/19(水) 14:34:46.56 ID:mCa2nlGM0
 差し迫る戦争の脅威と彼女を助け出すことは決して両立しえない。が、少女なしでどうして自分たちが戦っていけるだろうかと、勇者は思った。
 なんとかせねばならぬ、とも。

 九尾の思惑を彼らは当然知らない。正体不明に立ち向かうのは相当の勇気がいることである。が、彼らならば必ずや全てを乗り越えてたどり着けることだろう。

 老婆は膝に手をついて「どっこらせ」と立ち上がる。

勇者「年寄りくさいぞ」

老婆「実際に年寄りじゃ、気にするでない」

老婆「それとも、お前が精気をくれるか?」

 深いしわの刻まれた手が勇者の腕を取ろうとするも、寸前で狩人が抱きしめる形で腕を横取りする。

狩人「だめ」

 恥ずかしいやらうれしいやらで勇者の顔がみるみる赤くなっていく。
 狩人本人はどうやらいたって真面目なようだ。無論老婆は単なる冗談のつもりだったのであるが、真面目というより融通が効かないというべきか。
 いや、単に愛のなせる業かもしれない。

 老婆は喉の奥から笑い声を漏らす。

老婆「仲良きことは素晴らしきことかな、じゃ」

 そう言って、扉を開けた。

勇者「……王のところか」

老婆「心配せんでもよい。付き合いは長い。何とかしてみせるさぁ」

 困ったような顔をしていたが、勇者はあえて何も言わず、そのまま見送った。

―――――――――――――――――
395: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/20(木) 11:17:12.88 ID:JMA/K7S50
―――――――――――――――――

 質素な部屋、そして簡素な部屋。
 板張りで、床には絨毯こそ敷いてあるが、決して上等なものではない。黄土色に白で抜く形で稲穂の図柄が織り込まれている。
 九尾は何よりその図柄が気に入っていた。

 部屋には陣地構築の魔法がかけてあるため窓はなくとも空気は清潔だし、壁自体がうっすらと光を放って採光にも困らない。
 長期間部屋にこもりっぱなしになることもままある身として、これ以上便利な部屋はないといってよい。

 ベッドの上ではアルプが暇そうに転がっている。そう見えるだけで実際暇ではないはずなのだが、半日も居座られるとアルプの役割と役職を忘れそうにもなる。

九尾「お前は反省が足らんのか?」

 椅子を回して視線を向ければ、アルプはベッドに突っ伏した。顔を隠すように。

アルプ「ごめんってー。あいつが逆手に取ってくるなんて思わなかったんだよー」

 あいつとはかの国の王のことである。聡明で、小賢しい男。九尾は一人の人間として彼を評価してはいたが、目の上のこぶでもあった。
 とはいえ行動原理は単純で、ゆえに読みやすくもある。
396: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/20(木) 11:17:46.19 ID:JMA/K7S50
アルプ「でもでも、勇者くんたちに接触できたし、なんとかなるんじゃないの?」

九尾「そうだといいがな。二の矢、三の矢は番えておいて損はない」

アルプ「ウェパルとデュラハン?」

九尾「あいつらは九尾に協力してはくれまいよ。いや、魔族はそういう生き方しかできない、か」

 哲学的なことをぽつりと吐いて、続ける。

九尾「アルプ、お前、一度に何人くらい魅了できる?」

アルプ「んー、試したことないけど……100人とか?」

九尾「上出来だな」

 尻尾がぱたぱたと揺れる。自らの意思に反して動く九本の尾――今は七本しかないが――は、どうにも直情的である。それは九尾のキャラではないとは思っているのだけれど。

九尾「不穏な動きがあれば引っ掻き回してやれ。千里眼と読心術でサポートする」

アルプ「あいあいさー!」

アルプ「でも、本当に二人に協力を要請しなくていいの? 戦力は多いほうがよくない?」

九尾「あいつらは所詮魔族だ。衝動からは逃れられん。九尾やアルプも含めてな」
397: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/20(木) 11:18:39.99 ID:JMA/K7S50
九尾「それに、どうせ言ったって聞きやしないのさ。夢中になれるもののあるうちはね」

九尾「予定に少々狂いは生じたが、まだ十分リカバリーの範囲内。ゆっくり衝動の射程圏内に引きずり込んでやるのさ」

アルプ「へー、すっげーなー。私にゃ全然わからん」

 わからないといいつつも、至極楽しそうにアルプはベッドで転がる。彼女は「楽しそう」という感覚だけで楽しむことのできる人間――否、夢魔である。
 それが夢魔としてもともと持ち合わせている気質なのか、それともアルプ自身の性質なのかは、流石に九尾といえども知らない。夢魔族は殆ど滅亡しかかっているためだ。

 九尾はアルプにも計画の詳細を教えていない。
 その理由はいくらかあるが、まず彼女自身が計画に興味を持たないという点。
 そして目的の達成は複数の錯綜した臨機応変な手段によって成されるため、一口での説明ができないという点が大きかった。
398: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/20(木) 11:19:29.04 ID:JMA/K7S50
 目的だけならアルプも知っているし、それこそウェパルもデュラハンも、九尾が何をしようとしているのかという情報は耳に入っているはずだ。
 が、ウェパルは衝動と恋慕の情の間でにっちもさっちもいかなくなっている。デュラハンは少女を攫って決闘を申し込んだ。それどころではないらしい。

 どこまで無関係でいられるだろうか。まるで並べたドミノの最初の一枚を倒す心持ちだった。どんなに離れた場所にあるドミノであっても、連鎖からは逃げられない。

 すでに連鎖は始まっている。九尾にできることは、いまだ倒れていない部分の不具合を見つけたとき、ちょっとずらしてやる程度だ。それ以上のことは神でもなければ。
 そう、九尾は神ではない。万能とも思える魔法を行使できても、なお。そしてそれをしっかりと自覚している。

 分を弁えること。そして、背丈よりもわずかに高いところへ手を伸ばすこと。それが秘訣。

アルプ「しっかし、頑張るねぇ」

九尾「頑張るって……九尾がか?」

アルプ「ほかにいないじゃーん」

九尾「そんなつもりはないのだがな。これは九尾がやらねばならない責務だ」

アルプ「ふーん。ま、頑張ってね」
399: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/20(木) 11:20:05.62 ID:JMA/K7S50
 アルプがようやくベッドから起き上がり、扉を押し開ける。

アルプ「ちょっと見張ってくるよ。隣の国も何やらかすかわからないし」

九尾「任せたぞ」

アルプ「任されたよ。じゃ、お互いしっかりやろーね」



九尾「魔王の復活のために」
アルプ「魔王の復活のために」


400: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/20(木) 11:20:56.50 ID:JMA/K7S50
 静かに扉が閉まった。アルプの足音すらも聞こえない静寂の中、部屋の隅を見つめる。
 そこには体を拘束された人間がいた。睡眠魔法の効果でぐっすりと眠っている。

 どこにでも見られる一般的な服装だ。布の半ズボン、シャツに綿の上着を軽くひっかけた状態。恐らくどこかの村民か町民。
 年齢は二十前後だろうか。線の細い女性である。

 九尾はこの程度の人間を最も好んでいた。

 椅子から降り、つかつかと近づいて、

 合掌――胸の前で手を合わせ、

九尾「いただきます」

――――――――――――――
407: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:48:22.78 ID:KyMiL0240
――――――――――――――

 ゆっくりと扉が押し開かれる。入ってきたのは老婆で、その顔色は優れない。
 言葉を聞かずとも、芳しい結果でなかったのは明らかだった。

勇者「だめだったか」

老婆「一応考慮に入れておくとは言っていたが、本当に『一応』だろうな」

狩人「あの人なら、攻められても倒せばいいとか思ってそう」

勇者「それはありうるな」

老婆「あいつは勝ち目のない戦いをするような男ではない。それに賭けるしかないじゃろう」

 そうして老婆は椅子へと腰を下ろし、

老婆「で、孫娘の話なんじゃが」

 やおらに三人が真剣な顔つきとなる。
 それまでが真剣でないとは決して言えないが、それでも表情のほどは異なっている。

 少女が必死の塔にいるとアルプは言った。その点についてアルプが能動的に嘘をつく必要はないため、真実であろうと三人は判断している。
 問題は、なぜ必死の塔にいるのか、である。理由がわからければ優先順位もつけられない。
408: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:49:08.66 ID:KyMiL0240
 生命が危険に晒されているならば一刻も早く助け出しに行かねばならない。が、価値ありとして囚われているだけならば、決して拙速を尊ぶ必要はないだろう。
 すでに少女が姿を消してから半日以上が経過している。行動は起こさないまでも、行動の方針を固める必要があった。

勇者「どう思う?」

狩人「アルプが事件を起こしたのは、そもそも少女を攫うのが目的だったのかな?」

勇者「そんな感じはしなかったな」

狩人「うん。多分、利害が一致したんだと思う」

老婆「攫うということは、あやつに対して用があったんじゃろうな」

狩人「その用について何も思い当たることはないの?」

 老婆は顎に手を当てて暫し熟考していたが、やがて首を横に振った。

老婆「有り得るのはミョルニルじゃが……あれはあやつにしか使えない。そういう術式が組まれている」

勇者「それを何とかするために、って可能性はないのか」

老婆「ないわけではない、が……そんじょそこらの武器ではないといえ、あの強さは腕力に起因する部分が多いからのぅ」

老婆「魅力がある武器かと尋ねられると、どうだろうな」
409: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:51:04.31 ID:KyMiL0240
狩人「でも、ミョルニルが目的にしろそうでないにしろ、攫われたってことは何らかの用があった。それは確か」

 勇者と老婆は頷いた。その意見に否やはなかった。
 少女は決して恨みを買うタイプの人間ではない。もしどこかあずかり知らぬところで恨みを買っていたとしても、その場で殺してしまえばよかっただけだ。

 わざわざ手間をかけてあの膂力の持ち主を攫ったのは、それに値する目的が犯人にはあったに違いない。三人の考えは同じだった。

勇者「っていうことは、すぐに殺されたりは、しない、か……?」

老婆「死ぬよりも辛い目にあっている可能性はあるが」

狩人「拷問とか、そっち系」

勇者「……やめろよ、そういうの」

 露骨に嫌そうな顔をしたのは勇者である。が、老婆も狩人も、あくまで可能性として淡々と進める。

老婆「何度も死んだくせに、こういう話に耐性はないんじゃな」

勇者「死ぬことと痛みを伴うのは別だ」

勇者「俺だって情報を得るためにそれくらいしたことはある。けど……冷静になって言葉として聞くのは、なんというか、威力が違う」

老婆「いいか、よく聞け」

 勇者にずいと顔を近づけ、目を見開き、老婆は言う。
410: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:51:45.18 ID:KyMiL0240
老婆「目的のためなら手段を択ばないということは往々にして有り得る。そして情報は一人の苦痛を犠牲にしても手に入れる価値がある」

勇者「……わかってるよ」

老婆「いや、お前はわかっておらん」

老婆「より大きなもののためにより小さなものを犠牲にする。その生き方から目をそらすでない」

狩人「おばあさん、勇者はそれでも、みんなを守りたいんだよ」

老婆「わかっている、わかっているが!」

 老婆は思わず手を振り上げ、そしてその手の振り下ろし場所をついに見つけることができなかった。
 挙げた右拳をぶらりと降ろし、息を吐く。

老婆「一人も犠牲にせず、全員を助けられれば、それがいいに決まっている。しかし、それだけを目指すのは、視野狭窄じゃ」

狩人「……何があるかわからないし、なるべく早く助けに行くってことでいいんだよね」

老婆「……まぁな」

勇者「けど、タイミングが悪い」

 そう。国王が戦争を始めようとしている現在、そうおいそれと自由行動などとれたものではない。
 老婆ならばまだしも、勇者も狩人も、所詮一兵卒に過ぎない。そして囚われの少女もまた。彼女を助けに行くことが理由になる現状ではなかった。
411: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:52:30.01 ID:KyMiL0240
 だが少女を助けに行かないという選択肢が彼らにあるはずもない。理屈ではなしに、思考ではなしに、胸の奥から衝動がこみあげてくるのだ。

――衝動。それは生物ならば全てが持つもの。
 そして全ての生物は、それを御し、それに御され、何とか生きている。

 ある種「その生物」らしさを形作る部分であるといってもよいだろう。

 鬼神ならば破壊衝動。ウェパルならば入手衝動。デュラハンならば戦闘衝動。
 人間の場合なら、恐らくそれは、誰かの無事を願う衝動なのだろう。そしてそのために己が身すら犠牲にするという、強烈な仲間意識。

 どうしようもないほどに彼らは人間なのだ。あまりに人間らしく人間なのだ。

 衝動がもたらす理想主義に苛まれることもあろう。たとえばそれは勇者や少女のように。けれど、打ちひしがれても泥に突っ込んでも前を向くその姿は、何よりも美しいものだ。
 少なくとも、そう思えて仕方がない。

勇者「……しょうがねぇか」

 軽い口調で、重々しく、勇者が立ち上がる。

勇者「俺が行く」
412: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:53:03.25 ID:KyMiL0240
狩人「そっか」

老婆「まったく……」

 女二人は反応するが、必要以上に声を荒げることはなかった。この中で真っ先に声を上げるとしたら、それは勇者であるだろうと二人は思っていた。そしてその予想は当たった結果になる。

勇者「何があるかわからないなら、俺が行くのが安全だろ。死んでも生き返るし」

 それは一面の事実であるが、勇者の偽りない本心ではない。
 勇者はただ、もう自分の大事な仲間が危険な目に合うのは嫌なのだ。

 全てを救うことはできない。であるならば、自分の目の届く範囲、手の届く範囲をちまちまと救っていくしかない。
 逆説的にその誓いは目と手の届かない人々を見殺しにすることと同義である。いまだにその事実は彼を苛むが、彼は決めたのだ、強く在るのだと。

 少なくとも今は、なのだと。

老婆「出発は」

勇者「今晩か、明日の夜明け前にでも出ようと思う。人の少ない時間帯を見計らってな」

狩人「私も行く」

勇者「いや、やめとけ」

狩人「どうして?」

 真っ直ぐ勇者の顔を覗き込む狩人。そこに詰問の様子は見られない。
 ただ単純に彼女は勇者の力になりたかっただけなのだろう。
413: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:53:40.80 ID:KyMiL0240
勇者「あのガキが捕まってるのは必死の塔とか言ってた。お前の弓は確かに凄いけど、建物の中じゃ限界があるだろ」

狩人「まぁ……いや、でも」

勇者「大丈夫。俺は必ず戻ってくる」

 頭の上にぽんと手を乗せる。狩人は恥ずかしそうにはにかみつつも、その手を除けることは決してしなかった。

狩人「うへへ……」

勇者「キャラが変わってるぞ」

狩人「そんなことない」

老婆「あー、すまんが、二人とも」

 直視するのも恥ずかしい様子で老婆が声をかける。

老婆「勇者よ、必死の塔の場所はわかるのか?」

勇者「いや、わかんねぇな。共和国連邦のそばだろ、そっちにゃ行ったことないんだ」

勇者「転移魔法で送ってもらえたりするのか?」

老婆「すまんが、儂もそちらには行ったことがない。移動するだけなら、最寄までは転移魔法で連れて行くこともできるんじゃがな」
414: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:54:40.24 ID:KyMiL0240
 共和国連邦は、大森林を抜けた先、かつて焼打ちにされた町をさらに超えたところに国境がある。
 基本的に「隣国」と言った場合、小都市の集合であるこちらよりも、より長い国境を接している隣の王国を指す。統治機構も、共和国連邦は各領主による分割統治が行われているが、この国と隣国は王政である。

老婆「大体の場所は予想がつくが……ここからだと二日。最寄からでも一日はかかるぞ」

勇者「待てよ。ここから二日かかるところにあいつはいるのか? まだ一日も経ってねぇぞ」

老婆「つまりはそういうことなのじゃろ」

 そういうこと――高速移動か、瞬間転移か、またはそれらに準じた能力の持ち主が、少女を攫ったということ。イコールで、必死の塔にいるのは実力者に違いないということ。
 塔の名称の由来から察してはいたが、やはりというところだろう。

勇者「とにかく、出発は今日の二時にする。中庭に出るから、悪いけどばあさん、転移魔法で連れて行ってくれ」

老婆「承知した」

狩人「私も見送りに行く」

勇者「あぁ。悪いな」

狩人「別に。勇者はいつも心配ばっかりかけるから」
415: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:55:34.31 ID:KyMiL0240
勇者「悪いとは思ってるんだけどなぁ」

老婆「各自解散としよう。勇者は準備をしてくれ。狩人もそれに付き添って」

老婆「儂は、少し情報を集めてくるよ」

勇者「ありがとう」

 老婆は莞爾と笑って、

老婆「なぁに、いいってことよ。不肖の孫娘を代わりに救ってもらえるんじゃ」

老婆「深夜二時まで、それじゃあの」

―――――――――――――
416: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:56:34.32 ID:KyMiL0240
―――――――――――――

 狩人の部屋で二人は見つめあっていた。いや、見つめあっていたという表現はロマンティックに過ぎる。かつ、恣意的に過ぎる。
 正鵠を得る表現をするならば、こうだ。

 二人は顔を突き合わせていた。

勇者「さて……どうしたもんかな」

狩人「私は勇者に従う。勇者が行くところに行くよ」

 ぎゅっと勇者の手を握り締める狩人。

 本来ならば良い雰囲気であってもおかしくはないのだろう。が、二人のそれは決して恋人のものではなく、冒険者のそれであった。
 いや、二人は過去から現在に至るまで冒険者である。冒険者以外の何物でもなかった。少なくとも彼らは自分たちが王城に務めている兵士などとは思っていなかった。

 彼らの目的は魔王を倒すこと。
 そして世界を平和にすること。
 それだけなのだから。

 当面の目的は無論少女を必死の塔より救い出すことである。しかし、それですべてが終わるわけでは、当然ない。四天王はまだ健在。国の情勢も不安。戦争はすでに着火され、沈下などできそうにもない。
 少女を救ったのち、どうするのか。
 二人はそれを話し合っていた。
417: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:57:23.55 ID:KyMiL0240
 否。話し合う必要など二人にはなかった。狩人が勇者の顔を確認する動作だけですべてのコミュニケーションは終わっていたからである。

狩人「難儀な性格してる」

勇者「ついてこなくっても、」

狩人「やだ」

 勇者は苦笑した。彼が狩人をこうしたのか、狩人がこうであるからこうなっているのか、判断が付きかねた。
 彼女の幸せを願うならば彼女こそ置いていくべきなのかもしれなかったが、勇者は結局そうしなかった。エゴイズムだと罵られても彼は彼女と一緒にいたかったのだ。

勇者「お前も随分難儀だよ」

狩人「かな。かもしれない」

勇者「ま、ばあさんには迷惑かけられねぇしな」

 狩人は無言で首を振る。縦に。

 彼らの決断は、旅人の外套を脱ぎ捨てて、兵士の鎧を着ることだった。
418: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 14:58:27.35 ID:KyMiL0240
 勇者はわからなかった。どうしても、彼には理解できなかった。
 なぜ人が人を殺すのか。

 さんざん仲間を見殺しにしてきた自分が言うのは間違っていると知っている。それでも、こんなことは間違っていると思った。国同士が総力を挙げて水や、資源や、領土を奪い合おうとしているなど。
 二人を助けるために一人を殺すことを勇者は否定しない。国だって恐らくそういうものなのだろう。

 けれども、わからないものをわからないままにしておくのは、どうにも居心地が悪かった。
 癪だったのだ。――何に? と尋ねられれば、恐らく二人は逡巡し、こう答えるだろう。

 自分より遥かに巨大な何かに対して。

 それは国か、政府か、あるいは運命という名前のものかもしれない。

 とにかく、勇者は何がそうさせているのかをこの目で確かめたかったのだ。
 いままで幾度も戦いに身を投じてなお、彼にはわからない。どんな原理が争いに導いているのか。生物を殺し合いに突き動かしているのか。

 戦いではなく戦場でならばそれの正体にも判断が付くのではないか。
419: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:00:08.89 ID:KyMiL0240
 魔王を倒すためにひたすら冒険してきた。殺し、殺され、殺してきた。が、世界は一向に平和になる気配がない。そもそもが見当違いであるかのように。
 魔王を倒せばイコールで平和になるなんて状況ではない。ならばどうすれば世界は平和になるのか。
 勇者はその方法を探そうというのだった。

 なんと――途方もない、ばからしい、夢物語。
 だがしかし、それでこそ勇者である。身の程を知らない傾奇者。世界を変える権利を持つのは、やはり彼のような人物であるべきなのだ。

勇者「今晩あのガキを助けに行く。何日かかるかわからないけど、そうしたら、戦争にいこう」

勇者「一体何が人を殺すのか、見極めないと」

 人を殺すのではなく、あくまで彼は戦争を止めに――出来うる限り被害者を少なくするために戦場へ身を投じる覚悟であった。

 一介の兵士に何ができよう。勇者自身そう思っていたが、それでもやらなければならない。
 居ても立っても居られない。
420: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:00:59.46 ID:KyMiL0240
勇者「魔王退治から随分と離れちまったけどな……」

狩人「魔王退治は目的じゃなくて手段」

勇者「あぁ、そうだな。世界を平和にしないと」

 彼の脳裏に去来するかつての仲間たち。
 自分より若い者も、自分より老いた者も、皆等しく死んでいった。
 勇者は、自分が生き残ったのは不死の奇跡のためだということをよく理解している。運命という言葉で華麗に装飾しようが、偶然という言葉で地べたに放り投げようが、本質は変わらない。

狩人「……」

 そんな勇者を見て、狩人は複雑な表情を浮かべている。彼女は彼の仲間と面識がない。彼の思う大事な仲間を、彼女は知らない。
 なんだか置いてきぼりを食らっている感覚なのだった。

勇者「どうした?」

狩人「なんでもない」

勇者「ほんとに?」

狩人「ほんと、ほんと」

 勇者は黙った。これ以上言っても無駄だと悟ったからだ。
 黙った勇者を見て、狩人もまた黙る。
421: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:01:54.60 ID:KyMiL0240
勇者「……」
狩人「……」

 自然と二人の視線があった。ゆっくりと二人の唇が近づき、

 そして、

 唐突に部屋がノックされる。

二人「!」

 思わず跳ね上がる二人だった。
 消灯時間は過ぎている。勇者が狩人の部屋にいることが知られては、どちらも懲罰だ。勇者は慌ててベッドの陰に隠れる。

??「おーい、入るぞー」

 入ってきたのは隊長であった。洞穴を探検していたのがつい一昨日のことだというのに、どうにも久しぶりの感を二人は感じた。

狩人「隊長? どうしたの」

隊長「どうしたっていうか……勇者いるべ? 出てきていいぞ、わかってるから」

勇者「?」
狩人「?」
422: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:02:51.82 ID:KyMiL0240
 二人は不可思議な空気を感じ取った。部屋を抜け出した懲罰でもなければ、そもそも狩人を呼んでいるわけでもないのだ。なぜ彼は勇者がここにいることを知っているのか。

隊長「部屋に行ってもいないなら、ここにいるしかねぇだろ」

勇者「それで、どうかしたのか」

隊長「どうかっていうか……二人とも、ちょっと来てくれ」

 隊長が手招きする。二人は首をかしげながらもついていくしかない。
 部屋を出ようとしたところで隊長が振り返り、

隊長「二人とも、武器を持ってきてくれ」

 なおさら怪しい。勇者は唾をごくりと飲み込んだ。

 案内された先は儀式用の魔方陣が描かれている部屋で、すでにその中には老婆がおり、ほかに数名の兵士がいた。老婆と隊長、狩人と勇者を含めて十人。

 勇者は老婆がひどくばつの悪い顔をしていることに気が付いた。不本意極まりないという表情である。

 兵士の一人、暗い顔をした男が一歩歩み出る。

暗い顔の兵士「あなたたちが、噂の……」

暗い顔の兵士「初めまして。今回の作戦で参謀を務めることになりました。以後お見知りおきを」
423: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:03:36.29 ID:KyMiL0240
勇者「作戦?」

 勇者は思わず尋ねた。そんな話は聞いていない。しかも今は深夜ではないか。
 そこまで考え、急遽飛来した想像に、勇者は自らの思考を打ち消す。

勇者「まさか、夜襲か」

 暗い顔の兵士――参謀は表情を変えずに頷いた。

参謀「えぇ、まぁそういうことになりますかねぇ……」

参謀「いやね、あんまり僕としても望んでないんですが、統括参謀殿から言われちゃどうしようもないんですよ、すいません。あぁ……死にたい」

勇者「どういうことだ」

隊長「これから俺たちは転移魔法で前線基地に移動する。そこからさらに移動し、宣戦布告、本隊の準備完了とタイミングを合わせ、敵の前線基地を可及的速やかに制圧する、だそうだ」

参謀「僕の仕事を取らないで下さいよ……もう」

 鬱々とした様子で参謀は続ける。

参謀「死にたくなりますよ、本当に。急ピッチで軍備を整えている最中らしいんですが、その前に敵の補給の経路を断っておきたいそうで」

参謀「前線基地って言っても、まぁいわゆる食料庫ですね。兵站が詰まってます」
424: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:04:26.68 ID:KyMiL0240
勇者「……話を聞く限り、開戦の口火を切る大事な役目みたいだが」

参謀「はい。重要、かつ極秘の任務です。宣戦布告をしていない状況なので」

 遍くところにルールは存在する。戦争もまた然りで、すべからくルールが存在する。
 人殺しに規則を守る誠実さが求められるなど自家撞着も甚だしいが、それを順守しなければ戦争に勝利しても得られるものは何もない。正当な手続きを踏んだ勝利でなければ他国が許さないためである。

 正当な手続きによって得た物のみが国家ないし個人の所有物となる。それは資本主義の大原則であるが、正当な手続きであるかどうかは客観的にしか判断できない。
 ゆえに、誰もが違反を知らなければ、それは正当であり続けるのだ。

 例え宣戦布告をせずに敵国を襲っても、である。

 だからこその夜襲。だからこその少人数。

勇者「それに、なんで俺とか狩人とかが選ばれるんだ? もっといいやつがいるんじゃないか?」

 なんだかんだ言っても二人はまだ新米兵士である。こんな重要な任務に赴任される謂れが彼には想像できなかった。
425: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:04:55.73 ID:KyMiL0240
参謀「隊長殿と、あとは僕もですが、独断ですね」

参謀「先日の鬼神討伐の一件、伺いました。僕らはたぶん、きみたちが思っている以上にきみたちを戦力として考えています」

参謀「奮励してください」

 たった十人で敵の補給所を襲うこの作戦は、迅速かつ的確に行えるかが肝となる。余計な人数をかけられない分だけ一人一人の力量が求められるのだろう。

 無論十人では継戦能力などないし、ゲリラ活動に身を窶せるわけもない。本隊とうまくタイミングを合わせる必要がある。
 理想は作戦終了とほぼ同時に宣戦布告を開始、攻撃を始めること。

 僅かばかりのフライングスタートだが、それが与える影響は存外重大である。

勇者「……拒否権はないんだろ」

参謀「拒否したいんですか?」

 少女のことを言うかどうか、躊躇われた。
 鬼神討伐について触れられているということは、当然少女の存在も知っているだろう。が、ここに少女はおらず、また少女の不在についての言及もされていない。
 老婆がある程度事情を説明しているのだろうか。勇者はそこまで考え、結局言うのを辞めた。軍隊の中にあって少女の存在など歯牙にかける必要もないのだと思ったからだ。
426: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:06:03.81 ID:KyMiL0240
 勇者は結局首をふるふると横に振った。参謀は細い目をわずかに歪めたが、あえて何も言わずに魔方陣の中心へと移動する。

参謀「さ、皆さん、乗ってください。転移魔法を起動します。……厄介な作戦に引きずり込んで、申し訳ないです」

老婆「準備はできたぞ」

参謀「そうですか。では、行きましょう」

 魔方陣が起動する。空気が振動する音とともに光が部屋中に満ち、次の瞬間十人の姿が消えうせる。

――――――――――――――――
427: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:06:32.33 ID:KyMiL0240
――――――――――――――――

 夜でも部屋の中は陣地構築のおかげで明るい。九尾も生物の宿命として食事や睡眠はとらねばならないが、ある程度は魔力で補える。今は寝る間も惜しかった。

アルプ「ただいまー」

九尾「おかえり」

アルプ「やっぱりガチで戦争始めるみたい。勇者くんたちは先遣隊で、ちょっかいかける役目だってさ」

九尾「あぁ、それは見ていた」

九尾「宣戦布告の前にアドバンテージを稼いでおきたいということなのだろう。浅ましいというかなんというか」

アルプ「今勇者くんたちは国境沿いの河川をずーっと下ってるね。あと二日か三日くらいで目的地に辿り着くかな」

九尾「本隊の準備はどれくらい進んでた?」

アルプ「練度の高い部隊はもう作戦の確認に移ってる。歩兵の一個大隊と儀仗兵の一個中隊。ただ、医療班がまだ揃ってない」

アルプ「国中から急いでかき集めてるみたいだけど、そこ待ちじゃない? あんまり急いでもほかの国に悟られちゃうし」
428: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:08:21.26 ID:KyMiL0240
 かの国の戦法は極めてオーソドックスで、前衛に歩兵、後衛に儀仗兵を置き、圧倒的な物量で殲滅するというものだ。
 歩兵の種類も騎馬をあまり用いず、軽歩兵を多用する。質より量、そして小回りの利く遊撃隊が別働で戦果をあげている。

 対する隣国は重歩兵による密集戦法と、後方にいる儀仗兵からの魔法が強力とされている。また隣接している宗教国から派遣されている僧兵も侮れない。

九尾「気に食わないな。あの王、九尾の忠告を丸無視する気か」

アルプ「どうする? 数十人くらい殺してこようか?」

九尾「いや、最早戦争を止めるつもりはない。が……あんまり少女を拘束しておくのも厄介だな」

アルプ「あー、デュラハン? 厄介ってどういうこと」

九尾「戦争に出るべきか、助けるべきか、悩んでばかりいられるのも扱いづらい。方向性をはっきりさせてやらねばならん」

九尾「アルプ、やれるか?」

アルプ「うーん、できなかないと思うけどねー。どっちがいい?」

九尾「どうせ戦争と言っても些細なものだ。別段九尾は望んでいない」

アルプ「あいよ。じゃ、先にあの女の子助けに行かせるねー」
429: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:08:57.45 ID:KyMiL0240
九尾「待て」

 踵を返して部屋を出ようとしたアルプの姿に、なんだか九尾は嫌な予感がして声をかける。

九尾「どうするつもりじゃ」

アルプ「え? 兵站基地の敵兵全員わたしがぶっ殺してくるよ。それでいいでしょ」

九尾「……」

 返答に困った。確かにそれは一番手っ取り早い方法であるが……。
 とはいえ、九尾が動くことはできない。九尾にはまだやることがたんまり残っていて、だからこそこの部屋に籠っているのだから。

 自然と漏れる溜息を放置して、手をひらひらと振る。

九尾「あー、まぁそれでいい」

アルプ「うわ、適当な感じ!」

九尾「一応デュラハンにも声をかけておいてくれ。手練れがたくさんいるぞ、と」

アルプ「りょーかい」

 今度こそアルプは扉から出て行こうとして、先ほどとは逆に、反転して九尾へ声をかけてくる。

アルプ「そういえばさ」

九尾「?」
430: ◆yufVJNsZ3s 2012/09/28(金) 15:09:30.56 ID:KyMiL0240
アルプ「その血、どうにかしたほうがいいよ」

 言われて自分の服を見る。流しの着物は本来薄い青であったが、前の部分が真っ赤に染まっていた。
 部屋の隅に視線をずらす。そこには先ほどとった「食事」の残骸がまだ転がっている。陣地構築のおかげで死体が腐敗することはないにしろ、生肉を食わないアルプからしてみれば気になるのだろう。

九尾「と、言われてもな。誰かに会うわけでもなし。構わんよ」

アルプ「魔王様が生きてたらなんていうかな」

九尾「死んだやつのことなど、どうでもいい」

 強がりであった。アルプは少し表情を歪めるも、それ以上は何も言わない。

アルプ「んじゃ、まぁ行ってきますにゃー」

九尾「おう。任せたぞ」

 蝶番の軋む音すら立てず、アルプは部屋を後にする。

 静寂が部屋を満たす。壁が光るこの部屋は、蝋燭のにおいも、ランプの炎が縮れる音も、何もない。ただ血流の微かな音だけが五感を刺激する。

 もう一度九尾は部屋の隅の残骸に目をやった。人間であったもの。そのなれの果て。

 目的をしっかりと確認し直し、また机に向かう。

――――――――――――――――
433: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:44:15.89 ID:l/mMv4+i0
――――――――――――――――

 老婆は、王城の者からは賢者と呼ばれている。彼女はその呼称を否定こそしないが、いい気もしていなかった。自身にわからないことも力の及ばないことも山ほどあると知っていたから。
 しかし、今までのどんな奇問難問でさえ、これほどまでに彼女の眼を見開かせたりはしなかった。そう、故郷を魔族とならず者が結託して襲ってきた時でさえも。

 なぜ――兵站基地が壊滅しているのか。
 なぜ――アルプと、物々しい鎧を着けた漆黒の首無し騎士が、その前に立っているのか。

 転移魔法で移動し、そこから急いで一日と半分。強行軍でやってきたためか十人に疲労の色は濃い。
 しかし、向かえばすでに、簡易であるが基地は構築されているのだという。辿り着けば作戦の前に休息は得られる。それだけを杖に全員歩いていた。

 老婆は疲労の中で不安を覚えていた。それは、予想と言い換えてもよい不安であった。どうか的中して欲しくないというレベルの。

 大陸の東、海岸沿いに巨大な山脈がそのまま海に落ち込んでいる。そこから流れた河川を辿っていくと、王国を横に横切り、宗教国に行きつく。件の必死の塔や焼打ちされた町もこの河川のそばにある。
434: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:48:33.03 ID:S3Fp1WnN0
 兵站基地が隣国の中心部、王都付近ではなく外縁に存在しているのは、大きく二つの理由がある。

 一つは、兵站基地は輸送のコストを軽減するものであるから、なるべく大都市が存在しない、補給の難しい地点を見据えて設置するため。
 もう一つは、宗教国から輸入したものを一時保管しておくため。

 戦争を見越していようが見越していなかろうが、魔族討伐のための駐屯を考えたとき、どうしても兵站基地は必要になる。それは老婆の国でも同様だ。
 兵站基地の場所は周知だ。だから、あらかじめそこを攻めるための陣地を構築するのは、なんら難しいことではない。
 そう、露見することを考えなければ。

 老婆は下唇を強く噛み締めた。背筋を悪寒が走る。そんなことあるはずがないと、否定しきれない。

 陣地構築、基地の設営は、何とかして秘密裡に行われなければいけない。戦争の準備を進めているということが周辺国に、また自国民にばれてしまえば、一気に問題となって国王たちに噴出するだろう。
 国民は戦争を望んではいない。望むのは平穏な生活だけだ。
 だからこそ、彼らは平穏な生活の護持のためには、鍬や槌を剣に持ち替えることを厭わない。
435: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:49:18.31 ID:S3Fp1WnN0
 嘗て老婆たちが遭遇した、焼けた町。そして問答無用で襲ってきた兵士の一団。
 彼らは恐らく、基地の設営に携わっていたのだ。
 そして守秘のために町を焼いた。

 指示を出したのは、恐らく王だ。

老婆「……」

 この事実を――否、こんな反逆的な妄想を、勇者に垂れ流していいものだろうかと、老婆は逡巡する。が、すぐに首を振った。知らないほうがよいこともあるだろうと判断したのだ。

 だから、老婆は基地でも決して休まらなかった。それ以上に休まらないのは焼かれた町の民の魂だろうとも思った。
436: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:49:46.29 ID:S3Fp1WnN0
 そして、現在である。
 攻める対象である兵站基地は壊滅状態で、空恐ろしくなる静けさを背中に負って、怪物が二人立っている。
 なぜこんなことになっているのか、理解できるものは誰一人としていない。

隊長「お前ら、なんだ?」

 隊長が問答無用で彎刀を抜いた。自ら襲い掛かる気概ではなく、警戒の表れなのだろう。彼ほどの実力者が彼我の力量差を判断できていないとも思えない。
 それに反応したのはデュラハンである。一歩前に出て、気色の良い声を出した。

デュラハン「おっ、あなた見るからに強そうだ。どうです? 俺と一戦」

隊長「は?」

デュラハン「いや、強いんでしょ? いいじゃない、俺と戦いましょうよ」

アルプ「デュラハン」

 アルプに窘められ、デュラハンは肩を竦めて見せた。はいはいわかりましたよ、とでもいう風に。
437: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:50:47.58 ID:S3Fp1WnN0
参謀「……王様の言っていたことは正しかったということですか」

参謀「やはり、隣国は魔族と手を組んでいるようですねぇ」

 参謀らにとっては二人が兵站基地を守っているようにすら見えたのだろう。アルプは苦笑しながら手を顔の前で振って、

アルプ「あー、それは誤解だよ。私たちはただここを潰しただけ」

参謀「潰した……?」

アルプ「そう。もう誰もいないよ――生きている人間はね」

狩人「なんでまた私たちの前に? 答えなければ、撃つ」

 きりりと弓を引き絞りながら狩人は言った。

参謀「狩人さん」

狩人「あなたは黙ってて。私は、こいつと因縁がある」

アルプ「こんなことで時間を使ってる場合じゃないんだってさ」

狩人「『だってさ』……また、九尾の指示?」

アルプ「ま、そういうことだね」
438: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:51:24.79 ID:S3Fp1WnN0
狩人「こんなことをして何の利益があるの」

アルプ「それは言えないねぇ。言う理由もないし」

 二人の間にピリピリとしたものが走る。
 焦れた狩人がついに番えた矢を放とうとしたとき、絶妙なタイミングで参謀が割って入った。

参謀「ストップ、ストップ。そちらの首無し騎士……デュラハンと呼ばれてましたね。ということは、四天王の?」

デュラハン「その通りだね。俺としては肩書きなんて興味ないんだけど」

参謀「ということは、あなたがアルプ?」

アルプ「そうだよ」

参謀「あなたたちの行動の理由はわかりませんが、とりあえず兵站基地の中に入れてもらえませんか。こちらも『はいそうですか』で終わらせられる案件じゃあないので」

隊長「お前、マジで言ってるのか」

参謀「大マジです。この二人が隣国の味方である可能性は十分にあり得ます」

隊長「じゃなくて。こいつらに話を通じると思ってるのか」

老婆「Aのことを忘れたわけではないじゃろう」

 老婆が小声でぼそりという。魔族と言えども意思があり、行動原理がある。何より彼らはしっかりとした思考回路を持っている。闇雲に兵站基地を襲ったりはしない。
439: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:51:56.97 ID:S3Fp1WnN0
 隊長は僅かに逡巡して、

隊長「味方だったとしたら、すぐに襲ってきてるんじゃないのか?」

参謀「それを含めても、です。面倒くさいんですけどね、本当は。ドンパチやってるほうが楽なんですが……死にたい」

参謀「ま、四天王が先に潰してましただなんて王国に報告もできませんし。時間はまだあります。確認を惜しむ必要はないでしょう」

アルプ「へー、慎重派なんだね」

参謀「そうじゃないと死ぬだけですから」

 アルプはにやにやと下卑た笑いを口元に浮かべている。
 勇者も狩人も嫌な予感しかしていなかった。そもそも四天王が二人、こんなところに出張ってくる時点で常軌を逸しているのだ。

 無論、常軌を逸しているとはいえ、九尾にもきちんとした考えがあった。まるで絡繰り人形のように歯車が噛みあう、長い長い先を見据えた考えが。
440: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:52:24.08 ID:S3Fp1WnN0
 九尾の暗躍を知らない勇者たちではない。兵士たちとて警戒を解いているわけではないが、勇者たちはもっと大きなスパンで警戒をしていた。
 明日か、来週か、一か月後か、それはわからないにせよ、何かがあるのだと。

 アルプは依然として不気味な笑みを湛えていたが、それでも行動は起こさなかった。ちらりと隣のデュラハンに視線を向けてから一瞬で消え失せる。

アルプ「ま、好きにしたらいいよ。私の案件はこれでおしまいだからね」

アルプ「好きにできれば、の話だけど」

 虚空から聞こえてきた声を受けて動いたのはデュラハンであった。亜空間に腕を突っ込み、日本刀を引き抜く。
 西洋式の甲冑に東洋式の刀剣はちぐはぐであったが、デュラハン自身は全く気にしていない。彼にしてみれば使いやすいものを使うだけなのだろう。

デュラハン「ここで会ったも何かの縁! 俺と心行くまで戦おう!」

 気骨満面の声音が響きわたる。
441: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:52:50.68 ID:S3Fp1WnN0
 すっと一歩前に出たのは隊長であった。細く睨み付ける形で、デュラハンの一挙手一投足に注目している。
 そんな姿を見たデュラハンは小さく「ほう」と声を上げる。

デュラハン「確かに手練れだ。九尾の口車に乗った甲斐があるってもんだね」

隊長「お前、戦闘狂か?」

デュラハン「そんなつもりは決してないんだけどね。ただ……そういう存在ってだけで!」

 語る間も惜しいとデュラハンが駆けた。
 気合の踏込。それは一歩で世界を限りなく縮める速度を誇る。

デュラハン「大丈夫! 命を取るぐらいしかしないさっ!」

 頸を狙った一閃をなんとか隊長は回避した。殺しに来ているというのは語弊がある。あの攻撃なら、頸でなくともどこを切られたって致命傷だ。

 返す刀が煌めく。

勇者「死ね」

 雷撃を帯びた剣が頭上から落ちてくる。柄をしっかり握った勇者の眼は見開かれており、怒りに打ち震えている。
 まさかの位置からの攻撃に、さしものデュラハンも反応が遅れる。回避行動は間に合いきらない。肩当が大きく抉られ、弾き飛んだ。
442: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:53:36.36 ID:S3Fp1WnN0
 反撃に備えて勇者は素早く飛び退く。デュラハンも追撃を回避するために距離を取っており、勇者、隊長、デュラハンで三つ巴の形になっていた。立ち位置も三角形。

 少し離れた場所では老婆が魔方陣を展開している。簡易の転移魔法陣だ。

老婆「無茶しおって……何を怒っているんだか」

参謀「逃げることはできないんですか」

老婆「転移魔法が妨害されてる。距離が制限されすぎてて、無理だな」

 参謀は大きくため息をついた。しかし、その姿勢とは裏腹に、瞳の奥は高揚に彩られているように思えた。

参謀「隊長と勇者さん、僕とおばあさんで行きます。残りの者は兵站基地の確認を」

兵士「で、ですがっ!」

 四天王に人間四人で挑もうというのだ。そのあまりの無茶に、流石に彼の部下も驚きの声を上げざるを得ない。
 けれど参謀はあくまで落ち着いた、というよりも陰気な声を出す。

参謀「死にたくないでしょ……巻き添えなんて、ごめんでしょ」
443: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:54:15.60 ID:S3Fp1WnN0
 その言葉に兵士は息を呑みこんだ。僅かにおいて、頷く。
 兵士たちが走り出す姿を、デュラハンは泰然自若で過ごした。もとより彼には兵站基地などどうでもよい。その有り様は当然だ。

参謀「……なんであなたもいるんですか?」

狩人「私も、戦う」

 参謀は眉をわずかに動かし、頷く。

参謀「死んでも責任取りませんから」

狩人「うん」

デュラハン「もういいかな? 俺はそろそろ、待ちきれないんだけどな!」

 再度デュラハンの踏込。狙うは狩人、老婆、参謀の遠距離組。
 黒い疾風となったその姿はわずかな時間も与えてくれない。蹴り上げた土が舞い上がるよりも素早くデュラハンは参謀に切迫する。

デュラハン「っ!」

 声にこそ出さないが、驚きが伝わってくる。
 刀を握る右手の手首、肘、肩の各可動部に、鏃が突き刺さっていた。

 血液は飛び散らない。そもそも彼に暖かな血液が流れているかも定かではない。が、少なくともダメージは受けているようだ。無理やり振るった刀の速度は明らかに落ちている。
444: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:54:45.04 ID:S3Fp1WnN0
 きりり、と弓を引き絞る音。

狩人「隙間だらけの甲冑なんて」

 胸板と腹当ての隙間を縫うように矢が突き刺さる。

 さすがのデュラハンも体が揺らいだ。そしてその揺らめきを見落とすほどの素人は、この場にはいなかった。

 帯電した剣が足を、業物の彎刀が胴体を、それぞれ獣の獰猛さで襲いかかる。

デュラハン「いいね、いいね、いいよきみたちっ!」

 体勢を崩しながらデュラハンが叫ぶ。その間にも、当然危機は迫っているというのに。

デュラハン「――認めたっ!」

 デュラハンの足元に、突如として無骨な魔法陣が浮かび上がる。
 ペンタグラムを基にしたその魔方陣は最初淡く光っていたが、すぐにその輝きを強め、そして一際明るく輝いた。
 そして、
445: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:55:16.14 ID:S3Fp1WnN0
 刃。

 刃、であった。

 刃が地面から――魔方陣から、突き出しているのだ。

 いや、より正確な表現をするならば、こうである。

 刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が
 刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が
 刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が
 刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が刃が

――突き出しているのだ。

 しめて六十本の刀剣はまるで初めからそこに鎮座ましましていたかのごとく、襲撃者の体を傷つける。
 足と言わず手と言わず胴といわず、それら全てを突き刺し、切り裂いた。
446: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:56:04.87 ID:S3Fp1WnN0
隊長「ぐっ……くぅ、うっ!」

 間一髪のところで致命傷を避けられた隊長であるが、それでもなお被害は甚大だ。大小細やかな傷からは血液がとめどなく流れ出している。

 狩人「ゆ、勇者っ!」

 叫び声で、その場にいた全員が彼のほうを向く。
 突き出た剣が腹にきっちりと食い込んでいたのだ。

 突き刺さったそれ自体が栓となって、出血自体はそれほどひどくない。が、一度体を動かせば、腹からの出血はすぐさま死に直結するだろう。

 デュラハンはそんな二人の姿を見て、ない顔を顰める。

デュラハン「もしかして、きみが勇者?」

勇者「それ、が……なんだ」

 息も絶え絶えとした様子で勇者はデュラハンをにらみつける。喋るたびに口の端から逆流した血液が滲んで垂れていく。

デュラハン「あ、きみの仲間の女の子を攫って閉じ込めてるの、俺だから」

デュラハン「でも、九尾もなんできみみたいな雑魚に――」

老婆「余所見をしていていいのか?」
447: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:56:52.95 ID:S3Fp1WnN0
 大きな爆発がデュラハンのそばで起こった。指向性を持つ爆発は、焦げの臭いを振りまきながらデュラハンのみを大きく吹き飛ばす。
 が、デュラハンは重量を感じさせない体運びで苦も無く地面に着地した。

 そこを狙うは傷だらけの隊長。体を動かすたびに血が垂れていくが、そんなことはお構いなしに刀を握り締めている。

 デュラハンは刀でそれを受け止めた。刃毀れすら恐れない重たい一撃に、魔族の彼ですら思わず手が痺れそうになるが、基本スペックの違いはどうにもならない。次第に隊長は押し返されていく。

 が、それはつまり反対ががら空きであるということだ。

 拳を固く握りしめた参謀が、まるで地面を滑るようにデュラハンへととびかかる。

 しかしデュラハンもその程度が予測できていないわけではない。彼の鎧に魔方陣が浮かんだかと思えば、次の瞬間にはそこから刀剣が生えてくる。
 参謀を串刺しにしようと刀剣が逼迫したが、参謀はそれらを全て自らの拳で叩き折っていく。
448: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:57:20.36 ID:S3Fp1WnN0
デュラハン「はぁっ!?」

 まさか、という声をデュラハンは挙げた。

 参謀の拳がデュラハンを確かにとらえる。かなりの硬度を有する鎧を、参謀はまるで気にせず殴りつける。
 デュラハンは住んでのところでその拳を左手で受け止めたが、大きく上へと弾かれた。
 今度こそ大きく開いた懐に、彼は拳を握りしめて潜り込む。

 デュラハンの鎧に刻まれた魔方陣が輝く。

 刃が大きく参謀の体を貫いたが、握り締められた拳が開かれることは、ない。

 参謀が口を大きく開いて息を吸い込んだ。涎に塗れた犬歯がのぞく。

 参謀は腰を落とし、デュラハンを真っ直ぐ突いた。

 鉄で鉄を打ったかのような轟音。
 デュラハンが大きく、地面と垂直に飛んでいく。

 接地とともに大きな砂埃が舞った。濛々とあがるそれを、全員が大きく注目している。

 倒したわけではないと誰もが感じていた。特に参謀を除く者らは、嘗て戦った白沢、そして何よりウェパルを思い出し、気を引き締める。四天王はこんなものではないと。
 果たして砂煙の中よりデュラハンが現れる。鎧は大きくへこんでいるが、足取りは依然として軽い。
449: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 16:58:00.74 ID:S3Fp1WnN0
デュラハン「あんた参謀じゃないの、俺びっくりしたよ」

参謀「魔法使いが近接に弱いなんてのは幻想です」

デュラハン「うん。いい勉強になったよ」

デュラハン「じゃあ勉強代を支払おうかな。楽しませてもらったしね」

 空気を震わせる音が響いた。
 特に魔法使いには聞き覚えのある音。魔方陣が起動する際の、独特の音だ。

 しかし。

老婆「どこだ……?」

 魔方陣が起動したということは、必ず陣本体が存在するはずなのである。しかし、目の前のデュラハンに変化はない。地にも、空にも、描かれていない。

 身構える彼らをよそに、デュラハンはまたも虚空に手を突っ込んだ。右手に握っているそれとは違う刀が一本、左手に新たに握られる。

 そしてそれを投擲した。

 高速で飛来する鉄塊は、刃の有無を問わず凶器である。狩人はそれを何とか回避し、矢を番える間すら惜しいとナイフを数本引き抜いた。
450: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 17:00:10.44 ID:S3Fp1WnN0
狩人「不気味」

 そう、確かに無気味であった。デュラハンの攻撃意図がわからない。
 それでも戦うしかない。
 恐らく彼は逃がしてはくれない。

 突っ込む狩人に合わせ、囲むように残りの面子もかかっていく。魔方陣から突き出される刃のことも考え、素早く、けれど慎重に。

 応対するデュラハンの反応は素早かった。というよりも、投擲からすでに一連の流れとして動いていたといったほうが正しい。
 地を蹴り、片手で握った刀を隊長に向ける。この中で一番の手練れだと踏んだのだろう。顔のないのに心なしか嬉しそうだと感じるのが実に不思議である。

 横の一線を隊長は身を屈めて避ける。と同時に、強い踏込から必殺の居合抜き。

 甲高い金属音。甲冑ではなく、地面から生えている刃が攻撃を防いでいた。

 隊長が舌打ちをする。その間にも刀は軌道を変えて脳天めがけて振り下ろされるが、今度は隊長が守る番であった。
 素早く引き抜かれたのは小太刀。弾くのではなく受け流す形で、デュラハンの攻撃は無力化される。
451: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 17:00:40.00 ID:S3Fp1WnN0
 背後から襲う参謀と狩人。限りない前傾姿勢で突っ込んでくる参謀の背後では、死角を除すためにナイフを握った狩人が控えている。
 ダッキング気味に加速する参謀。腹の大穴はいつの間にか修復されていた。

デュラハン「遅いっ!」

 振り向きざまに今度は右手に握っていた刀すら投擲した。驚愕しながらも参謀はそれを打ち落とすが、デュラハンから視線を移動させたその瞬間、反転したデュラハンが向かってくる。

 狩人の投擲。寸分違わず関節を狙う正確さは、しかし地面から生える刃の壁で妨げられた。そのまま迂回しながら投擲用の鏃を取り出す。

 参謀とデュラハンが一瞬で肉薄した。

 震脚とともに重たい拳が構えられる。
 参謀は己の体を限界まで使役するつもりで魔力を充填、解放、体を駆け巡らせた。

 同時に刀が数本地面から生える。今度は刃ではなく、柄を上にした状態で。
 デュラハンは素早く新たに現れた柄を全て掴んだ。そのうち一本を右手、残りを左手で握り、突貫する。

 拳と刃がかち合って歪な音を奏でる。
452: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 17:01:18.19 ID:S3Fp1WnN0
 デュラハンが大きく下がると、それに追いすがる形で参謀は前進していく。拳と刃は数度ぶつかり合って、ついに刃が根元から折れた。

デュラハン「どんな体してるんだ、あんた!」

 叫ぶ彼の声は愉悦に満ちている。まるで今が世の春とでも言うように。

 参謀はあくまでも無言で、ここが好機と加速した。摩擦がないかのような動きでデュラハンの懐に潜り込み、溜めを作る。

 デュラハンの体から生えた数十もの刃が、そうはさせじと襲いかかる。
 絶妙なタイミングで参謀は後ろに跳んだ。
 途端にデュラハンの視界が白く染まる。あまりの光量に立ちくらみさえ覚えるほどの。

 参謀の背後から巨大な火球が向かっていた。

デュラハン「あ、まぁああああああいっ!」

 左手の刀を全て投擲する。
 火球にそれらは当然飲み込まれていくが、あまりの質量と速度が巻き起こす旋風に、火球が大きく揺らめいて拡散。そこにデュラハンが突っ込む。

 ほとんど無傷で抜けたデュラハンの目の前には老婆がいる。
453: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 17:06:05.90 ID:S3Fp1WnN0
 爆裂音。爆裂音。爆裂音。
 老婆の魔力が爆発という形でデュラハンを襲う。生身の人間ならひとたまりもないそれであるが、しかしデュラハンの勢いを殺すには足りない。たった数秒で切迫が完了し、

 地面から生える刀をデュラハンが手に取る。

 流れる動作で投擲。

 そして、大上段からの一撃。

 音のない衝撃が空間を揺らす。
 咄嗟に老婆が張った十枚重ねの障壁を、デュラハンは八枚まで刀で叩き割った。そこで刀の動きこそ止まったが、デュラハン自身の動きは止まらない。

 地面から生えた刃が老婆の体とローブを引き裂いていく。さらに持っていた刀を捨て、新たに生えた刀を握り、そのまま襲いかかる。
 間に隊長が割って入る。

 横への一閃。バックステップで回避してもデュラハンは止まらない。退避よりもはやい速度で迫る漆黒と刃を、隊長はがっちりと受け止める。
 人外と力比べなどするつもりはなかった。が、それはデュラハンも同様だった。刀を捨てて左手の刀を振るう。

 小太刀で防ぐが勢いを殺しきれない。力に負けて思わず後ろへ押し出される。
454: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 17:06:31.69 ID:S3Fp1WnN0
 デュラハンの投擲。回避し、体勢のさらに崩れたところへ、新たな刀を両手に握ってデュラハンが来る。

 唐突にデュラハンが反転、両手の刀をまたも投擲。背後から近づいてきた参謀がそれを打ち落とす。

 地面から近づかせまいと刃が無尽に生える。さながら金属の薄野原の上を参謀は走り、デュラハンへと蹴りを繰り出した。
 その足すらも叩ききろうと地面より刀を抜いてデュラハンが迫る。
 足と刃が邂逅する寸前で、唐突に参謀の体が後ろへと急激な移動をする。まるで見えない手か、おかしな重力に引きずられるように。

 デュラハンの刃が大きく空振る。

 と、彼は自らの頭上がいきなり翳ったことに気が付いた。
 肩の上に、デュラハンの無い首を跨ぐ形で、狩人が弓をその鎧の内部に向けている。

 弦の風を切る音。

狩人「っ!」

 放たれた矢は殆ど動かず、デュラハンによって掴まれていた。そればかりではなく狩人の足も同様に。

 力一杯に狩人は放り投げられる。地面で数度跳ね、木に激突してようやく止まった。
455: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 17:07:09.19 ID:S3Fp1WnN0
デュラハン「数的有利はあるとはいえ、俺と対等なんてね。驚きだよ」

デュラハン「見せてあげよう――この俺の刃を!」

 言い終わると同時に、地面から鋭い光が発せられる。
 光の粒子が下から上へと吹き上げられ、掻き消えていく。

老婆「く――うぅうううっ!」

 全てに合点がいった老婆は大至急、かつ大規模の障壁を展開しようと試みる。が、それよりも圧倒的にデュラハンのほうが早かった。

 魔方陣は展開されていた。ただ巨大すぎただけで。

 ヘキサグラムの中心、六角形の空白地点で、彼らは戦っていたのだ。

 俯瞰すればおおよそ1キロメートルの直径を持つ魔方陣が、デュラハンを中心にして描かれているのが見える。光を抱くその魔方陣は、規模こそ巨大であるけれど、魔法陣としては何ら珍しいものではない。
 デュラハンが見せ続けていた召喚魔法の正体。召喚対象を刀のみにすることによって、数、速度を飛躍的に増幅させる工夫がなされている。

 無差別的に刃を生やせばどうなるか――単純な答えだ。魔方陣に含まれる部分が全て刃の林となるだけである。
 が、そこで原形をとどめていられる生物が、いったいどれだけいるだろうか?

デュラハン「生き残って見せてくれよぉおおおおおっ!?」

 魔力の奔流が陣に流し込まれる。

 ずぐん、と地面が揺れた。
456: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/05(金) 17:07:39.31 ID:S3Fp1WnN0
 老婆と狩人は地面に落下した。老婆が、なんとか距離の近かった狩人とともに、可能な限り遠くへと転移したのだ。
 とはいっても魔方陣の半径から逃げ切ることはできなかった。比較的密度の薄い部分を択んだはずではあったが、それでも体中は傷だらけで、何より老婆の左足の先がなくなってしまっている。

 激痛に顔を歪めるが、命があっただけでも僥倖である。狩人は急いで止血帯をし、上部をきつく縛って応急処置を施す。

 デュラハンの姿は刃の林で見えなくなっている。隊長と参謀の姿も。

狩人「二人は……大丈夫かな」

老婆「なんとか生きてるじゃろ。参謀に酷使されてれば、そのはずじゃ」

老婆「あいつらは死んでも死なぬ。勇者と同様にな」

狩人「勇者も……生き返ると思うけど、どうかな」

老婆「あー、そのことなんじゃが」

 老婆は脂汗をぬぐい、言う。

老婆「あいつなら必死の塔に飛ばした」

――――――――――――――――
459: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:27:44.86 ID:nvk55JaF0
――――――――――――――――

参謀「……無茶苦茶しますね」

 突き立つ剣先に立つ参謀。その脇には隊長が抱えられている。

デュラハン「それは俺の台詞だよ。期待以上の強さで、俺は嬉しい」

 林の中心でデュラハンは剣を生み出し、柄に手を添える。

デュラハン「迸りが止まらないよ。強い存在と戦うために俺はこの世に生を受けた。複数とはいえ、こんな良い戦いができたのはいつぶりだろう」

隊長「四天王ってのは全員ストイックなのか」

デュラハン「魔族はどうしても本能に縛られてる。抗えない性質が、確かにあるんだ」

デュラハン「でも、人間だってそれは同じだろう? 個体が多いからバラけているように見えるだけさ」

 デュラハンは戦わずにはいられない。アルプは刹那の享楽に身を投じずにはいられない。ウェパルも、鬼神も、程度の低い魔物でさえも、本能からは逃れられない。
 理性の有無は問題ではないのだ。たとえ血の涙を流しながらでも為さねばならぬ心的脈動。睡眠、食事、性交、そしてもう一つの衝動は、確かにある。それは人間も例外ではない。
460: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:28:15.30 ID:nvk55JaF0
 人間は限りなく利己的だ。いや、生物が遺伝子の乗り物である以上、利己的でなければいけない。
 大のために小を犠牲にする残酷さが人間の本質であり、衝動である。

 参謀は一歩前に出た。ちらりと兵站所を見やって、無事であること、即ち彼の部下の生存を確認する。

参謀「十分戦ったんじゃないですか。はっきり言って、僕たちを見逃してもらいたい」

 彼らの任務は決してデュラハンを倒すことでも、ましてやデュラハンの衝動を満たしてやることでもない。その申し出は当然であった。

 デュラハンは無言で剣を投擲した。
 高速で迫る剣を、参謀は剣の林の上を走って避ける。同時に隊長は反対方向へと刀を抜きながら飛ぶ。
 彼の傷はあらかた塞がっていた。血の飛沫は飛び散らないにせよ、痛みは依然として尾を引いている。逐一歯を食いしばらなければならない程度には。

 飛び上がったデュラハンの一閃。隊長が刀で滑らせて防ぎ、その間に、背後へ参謀が音もなく滑りこんでいる。
461: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:29:17.24 ID:nvk55JaF0
 魔法陣が光った。デュラハンの体から生えた幾つもの刃が参謀の体を貫くが、参謀は止まらない。重要な器官だけを守りながら足を掬う。
 バランスを崩したデュラハンへ隊長が刃を叩きつける。大上段に振りかぶった、速度と重量のある攻撃。

 急遽生やした刃ではそれを完璧に受け止めるには至らない。三本まとめて叩き負って、漆黒の鎧の右腕部に半分ほどの切り込みを入れる。

 驚愕と舌打ちは両者ともにであった。隊長はまさか両断できなかったと、デュラハンはまさかここまで深く切り込まれたと。
 血液は出ない。デュラハンの鎧の中身がどうなっているのかはわからないが、さもありなんというところではある。

 ぞくり。
 隊長の全身を怖気が貫く。

 あるはずのないデュラハンの瞳が光って感じられた。

 思わず飛びのこうとするが、それよりも早く鎧より刃が生える。

隊長(間に合わねぇっ!?)

 内心の絶叫。
 と、途端に重力の方向が変わったような、襟首を引っ張られたような力が隊長にかかる。
462: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:29:52.68 ID:nvk55JaF0
 刃を間一髪で回避した体は不自然なまでのスムーズさで剣山の上に収まった。

隊長「ありがとよ」

参謀「僕一人じゃ勝てませんから」

 言って、二人は半身になった。

 参謀の魔法は人体操作。単純な強化から運動神経の支配まで、一通りはこなせる実力者である。だからこそ剣山の上にも立てれば痛みに怯まず殴りかかることもできる。
 先程彼は、隊長の身体を一瞬支配し、無理やりに退避の行動をとらせたのである。

デュラハン「俺は君らを見逃すつもりはない」

参謀「それでも逃げたら」

デュラハン「部下を殺すよ」

参謀「……」

デュラハン「それでも足りないなら、周囲の街を襲う。そうすれば強い兵士が派遣されてくるんだろう?」

隊長「この戦闘狂が!」

デュラハン「なんとでも言うがいいよ! 俺は、今この瞬間を生きる!」

 二刀を振ってデュラハンは地を蹴った。
463: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:30:48.75 ID:nvk55JaF0
 急激な加速。素人目には転移魔法にしか見えない速度で、隊長ににじり寄る。

 縦横無尽の剣戟が降り注ぐ。手数は多いが、見合わないほどの重さと速度を誇る攻撃を、隊長はなんとか捌くことしかできない。
 刃と刃がぶつかるたびに火花が散り、肌を傷めつけていく。

デュラハン「この世は腐ってる! 腐って腐って腐りきって、もうどこもかしこもぐずぐずじゃないか!」

デュラハン「甘ったるいあの腐敗臭が鼻を突くんだ! 政治とか、未来とか、考えることにどんな意味がある!?」

デュラハン「結局争いの中でしか存在は保てない! だからっ!」

 横から突っ込んでくる参謀に対して剣を投擲して牽制する。稼げたのは一秒程度だが、鈍化しつつある時間の中では、その一秒の価値は絶大だ。
 左右から袈裟切り。隊長を確実に殺しにくる一手。
 人間相手ならば空いた懐に刃を突き立てればいい。しかし、対峙しているのは魔族の貴族たる四天王。どうやって殺せば死ぬのかすら曖昧だ。

 隊長の判断は、それでも、攻めることだった。

デュラハン「刃物で語ろう! 存分に!」
464: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:31:20.58 ID:nvk55JaF0
 全てが色を失っていく。流れる景色。溶け出していく思考。
 見ているものと見ていないものの境界線は模糊としている。そこに頭脳の余地はない。骨と筋肉と、それらをつなぐ神経だけが、強酸で焙られた果てに残っていた。

 高揚! 高揚! 高揚!

 抜刀。
 無駄のない動きで放たれた刃は、デュラハンの胸を貫通する。

 ほぼ同時にデュラハンの刀が首を刎ねようと迫る。息を吸い込みつつ紙一重で回避するが、左の耳が吹き飛ばされた。

 デュラハンはたった今振った剣を捨てた。軽くなって素早く動く右手を、返す刃で逆方向へと持っていく。
 虚空より現れる刀。繰り出される速度は迅雷。

 大きく刀が宙を舞った。

 デュラハンの右腕を参謀が力一杯に蹴り上げ、その軌道をずらす。

 隊長は刀を捩じりながら力を籠める。
 鉄を引き裂きながら、隊長の握る刃が抜けた。隙間からは暗黒が見えるばかりで、肉も、血も、窺い知ることはできない。
465: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:32:09.67 ID:nvk55JaF0
 漆黒の騎士はひるまない。力任せに動かす左手はそれでも十分必殺の一撃。
 それは今度こそ弾かれなかった。身体操作すら間に合わない刹那で、参謀は己の左手を捨てる覚悟を決め、隊長との間に割って入る。

 痛覚に触れない鋭さの断裂。

 参謀の血飛沫が舞う中を隊長の咆哮が劈いた。

 右から左へ斬撃。突き。突き。大きな一閃。
 流れるような連撃は防御に用いた全ての武器を使い捨てにしていく。デュラハンは新たに二刀を生み出しながら攻勢に出た。

 片方で攻撃を捌きながらの唐竹割り。

 一歩下がって回避される。追撃のための踏み込みを狙って、背後から参謀が飛び込んでくる。
 踵を使った打ち下ろし。鎧が大きくぐらつくが、倒れる気配はない。しかしぐらつきさえあれば今の二人には十分だった。

 視線の交差。意思の疎通。
 殺せぬモノすら殺すべしという。
466: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:32:37.70 ID:nvk55JaF0
 不安定な剣山の上で、人間二人が大きく踏み込んだ。
 体は止まらない。止める気もない。
 彼らは感じていた。ひしひしと感じていた。デュラハンが確実に人間の敵であるという事実は、最早疑うことはなかった。

 魔族がどうとか、四天王がこうとか、そういうことではない。

 デュラハンの衝動。強者との戦いのためならば手段を問わないその性向こそが、人類の敵なのだと。

 彼ら二人は別段愛国者ではない。無論愛国心はあれど、それは一般人程度にであって、ゆえの兵士であるとか、逆に兵士ゆえのであるとかはなかった。
 最早作戦の遂行を鑑みる余裕もない。畢竟、部下である兵士たちや周辺住民よりもさらに遠いところまで来ていると言ってしまってもいいだろう。
 そんな目先の人命よりも遥か先の脅威が、眼前には立っているのだ。

 だからこそ止める。
 今、ここで、殺しきる。

 参謀の正拳突き。深く腰を下ろした体勢から放たれる、必殺の一撃。
 大きくデュラハンの体が吹き飛ばされた。地面とほとんど水平に飛んでいくその先には、隊長がいる。

 白刃が煌めく。昼の太陽を反射し、弧を描く刃。

 無言と無音が、極僅かな時間、空間を支配する。
467: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:33:24.69 ID:nvk55JaF0
 信じられないほどの驚愕がもたらすそれら。たっぷり一分ほどの一秒が経過して、隊長はようやく、自らの右腕が存在しないことに気づく。
 目の前の巨大な刃に視線を奪われていて。

 巨大な刃――そう、三十センチはあろうかという幅広の刃が地面から生えていた。
 デュラハンは吹き飛ばされながらもそれを踏み台にして攻撃を避け、上空高くから隊長の腕を切り落としたのであった。

 着地したデュラハンは「レ」の字に形を振るった。隊長は目を見開くばかりで対処できない。
 震脚とともに参謀の突進。しかし焦燥は攻撃を直線的にしすぎる。片手しかないのも大きなハンデであった。

 左手でデュラハンが拳を受け止める。腕を円運動させぐるりと回すと、たやすく参謀は体勢を崩す。
 刃と刃の隙間に落ち込んでいく参謀。鋭い刃先が体中を切り刻んでいく。

 同時に、デュラハンの刀が隊長を大きく切り裂いた。剣圧で肋骨の部分が大きく抉れ、血と肉の交じり合った赤黒いものが、べちゃべちゃと地面にまき散らされる。

隊長「――ッ!」
468: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:34:04.57 ID:nvk55JaF0
 足に力を籠めようとするが、できない。
 上半身と下半身の接合があいまいだった。足はしっかり地面を踏みしめているのに、上半身が揺らぐ。
 いや、揺らいでいるのは彼の意識か?

 口から血が伝って落ちる。何か言おうとするたびに、空気の混じった血が口角から吐き出され、言葉にならない。

 そんなはずはなかった。このままではいけなかった。
 それだのに。

隊長(こんなところで、死ぬのか?)

 しかし発奮にも限界がある。体が頭の言うことを聞かない。まだ戦えるのに。デュラハンをここ殺しておかなければ、のちの脅威になるのはわかりきっているのに。

デュラハン「きみたちは実にいい戦士だった。――無様な最期を遂げるのは本懐ではないと思う。一思いに終わらせてあげよう」

デュラハン「さらば。実に楽しいひと時だったよ」

 刀を構えたデュラハンが、無慈悲の一撃を放つ。
469: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:34:55.88 ID:nvk55JaF0
 頽れたのはデュラハンのほうだった。

 鎧の脇腹が大きく抉り取られ、ぽっかりと穴が開いている。
 そこからは、恐らく血液に類似した存在なのだろう、黒い靄が空気に流れて溶けていく。

 デュラハンの体がついにバランスを崩した。膝を折り、刀すら取り落とす。
 その一撃で決まったわけではない。が、デュラハンは身に起こったことが理解できなかった。いったい何が起こったというのか。

デュラハン(二人とも戦闘不能なはず――!?)

 視線を向けた先で、デュラハンは全ての合点がいった。
 同時に、いまだ嘗てない高揚のこみあげてくるのも感じられた。
 言うなればこれは隠しステージだ。エクストラステージだ。終わっても終わらない、醜く浅ましい、けれども神秘的な生命の生き様。

 もしくは生命に対する冒涜かもしれない。

デュラハン「と、言うことはっ!」

 背後からの剣戟をぎりぎりで弾き、横へいったん逃げた。虚空から刀を取り出して構える。

 視線の先には参謀と隊長が立っていた。
470: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:36:20.74 ID:nvk55JaF0
 二人の背後に、黒い屍と、彼らに巻きつく黒い糸が見える。
 切り落とされたはずの二人の片腕は、黒い糸で接合される形で復元されていた。抉られた隊長の腹部こそ戻っていないが、どうやら痛みは感じていないようである。

デュラハン「自動操作……人ならざる領域じゃないの、それ」

隊長「往生際の悪い男なんだよ、俺たちは」

参謀「王城に召し上げられてなければ、今頃は禁術の罪で死刑ですよ」

参謀「あぁ――死にたい」

 三人が飛び出すのはほぼ同時であった。

――――――――――――
471: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:37:13.79 ID:nvk55JaF0
――――――――――――

 森の中、刃の林が遠くに見える位置で、老婆の通信機が震えた。

 老婆は眉を顰める。早く二人に加勢しなければいけないというのに、魔法経路は王族直轄のものであったからだ。

老婆「なんじゃ! こっちは今取り込み中じゃ、要件なら早く済ませていただきたい!」

国王「作戦の途中経過を聞きたい。参謀にも隊長にも連絡がつかないのだが」

 老婆は通信機から顔を離し、舌打ちをした。

老婆「……補給基地は無事殲滅、占領に完了。現時点では外部に漏れていないと思われます。が……」

国王「が?」

老婆「……魔族の襲撃を受けました。四天王、デュラハンです」

 通信機の先から国王の驚きは伝わってこない。一秒ほどおいて老婆は続ける。

老婆「魔法妨害を受け、満足に転移魔法が使用できません。また、敵の巨大な魔法使用を確認、いったん退避しています」

老婆「隊長と参謀は現在継戦しております。私たちもここから合流し、デュラハンの討伐を」

国王「いい」
472: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:38:52.36 ID:nvk55JaF0
老婆「いい、とは」

 俄かには王の真意が辿れず、老婆は思わず聞き返す。

国王「いい、ということだ。魔族、しかも四天王の相手など、無理にする必要はない。ここで今そなたを失うつもりはない」

老婆「しかし、王。隊長と参謀は」

国王「あの二人ならば善戦してくれるだろう。死んでも戦い続けてくれる。そのためにあいつを雇っているのだ」

老婆「お言葉ですが! あの二人ではデュラハンに勝ち目がないかと存じます」

国王「問題は二人の兵士を失うことではない」

 「兵士」という言葉を強調して、王は続けた。

国王「戦争に勝つためにはお前の魔法力が必要だ。イレギュラーな事態が起こったならば仕方がない。帰還し、合流してくれ」

国王「こちらもそろそろ準備が整う。攻めるぞ」

老婆「……わたしの、魔法力、ね」

国王「いつぞやのようにな」
473: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:39:45.94 ID:nvk55JaF0
老婆「……」

国王「この国のためだ」

 視線を刃の森のほうに向ける。そこではデュラハンと二人がいまだ戦い続けているはずだった。

 二人の命よりも大局的なものが重要であるという意見に老婆も否やはなかった。
 なかったが……。

 喉元まで出かかった言葉を嚥下する。個人のほうを重視するなら、なぜ嘗てそうしなかったのか。
 何千という敵兵を国のために殺しておいて、今更国を蔑にすることは、比類なき大逆ではないのか。

老婆「……わかりました」

国王「ご苦労。なるべく早い帰還を待つ。それでは」

 音もなく通信が切れる。

 傍らでは石に腰かけた狩人が老婆を見ている。その瞳に映るのは心配の色だ。
 狩人はあくまで口数が少ないだけで、心がないわけではない。老婆はなんだか心がほっこりするような気がした。
474: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/15(月) 11:41:43.27 ID:nvk55JaF0
狩人「行くの?」

 声音に詰問は感じられない。狩人は所詮部外者で、単なる旅人だ。兵士のしがらみなどとは無縁の世界に生きてきた。
 彼女にとって老婆の住む世界は理解できなかったが、だからといって無意味だと切り捨てるほど愚かでもなかった。

老婆「あぁ」

狩人「私は、行かない」

老婆「そうか」

 そうなのではないかと思っていた。そもそも国王は老婆についてしか言及していない。その他大勢に含まれる狩人のことなど、当然覚えてもいないのだろう。
 だからこそ彼女は二人に合流しようというのだ。助けに行こうと。
 例え敵が強大だとしても。

老婆「ここで、お別れじゃな」

狩人「お別れ」

 狩人が手を出す。老婆はきょとんとした顔をするが、笑ってその手を握った。

狩人「また、今度」

老婆「また、今度」

―――――――――
479: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:22:12.00 ID:itCyvvs/0
―――――――――

 剣が舞う。
 それは字面の上では剣舞と酷似しているが、決して剣舞そのものではない。というよりも、寧ろ優雅さとは対極に位置するものだ。

 猛獣のような咆哮。

 野生の猛りが空気を震わせる。

隊長「うぉおおおおおおっ!」

 自慢の彎刀はなまくらになっている。しかし、そんなこと委細構わず、彼はひたすらにそれを振り回す。
 縦横無尽の攻撃を、デュラハンは軽傷で何とか済ませる。鎧の端ががりがりと削り取られていくが、そんなことを気にしている隙に鉄はデュラハンの体を叩き切るだろう。

デュラハン(だからと言って――!)

 背後からの気配を察し、視線すら向けずに体を逸らす。刃を展開しながら、自身も傷つきながらの無理やりな回避。
480: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:23:08.89 ID:itCyvvs/0
 間一髪で背後から突進してくる参謀とかち合わずはすんだ。そのままバックステップで距離を離し、手を一振り。

 剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が剣が!

 銀色に鈍く光る驟雨が二人に降り注ぐ。

 隊長が大きく剣を振るった。剣圧で十八本中の十五本を両断し、残りを参謀が砕く。

 二人が翳る。上空へ視線を向ければ、大きく飛び上がったデュラハンが大上段に構えた大剣を――

 振り下ろす。

 大地が揺れた。
 刃の林が軒並み吹き飛んで、数多の破片が平原へと散らばる。
 重力の力を借りているとはいえ、受け止めることを考えさせない破壊力を有していた。あまりの衝撃で二人は攻撃することすらできない。

 大量に舞い上がる土煙の中より腕が伸びた。
 漆黒のそれはそばにいた参謀の手首を掴み、そのまま関節を折りにかかる。

参謀「――っ!」

 皮膚の下から尋常ならざる音が響いた。まるで飴玉を噛み潰したようなざらりと耳に障る音だった。
 参謀の目が大きく見開かれる。

 が、しかし。

 次に驚愕を覚えたのは、あろうことかデュラハンのほうだった。
481: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:23:37.09 ID:itCyvvs/0
 参謀が、折れた腕をそのまま叩きつける。

 デュラハンの鎧が大きくひしゃげ、同時に参謀の左腕が衝撃に負けて千切れ飛んでいく。
 舞い散る鮮血。皮膚の破片と肉の欠片。
 そんなことをできるのが人間であるはずなどないほどに、目の前の存在は殺意を漲らせていた。

 試合に勝って勝負に負けたような納得のいかなさが、漆黒の騎士を支配する。
 否。彼が気づいていないだけで、すでに彼はおおよそ不利な戦いに身を投じていた。何故ならば彼が好むのは戦いであり、命の削りあいであるからだ。
 そしてそれらは決して戦略的ではない。

 すでになまくらを握った隊長が逼迫していた。
 突き出される剣先をデュラハンは手刀にて叩き折ったが、決して勢いは止まらない。腹部に食い込んだ鋼がそのまま吹き飛ばしにかかる。

 足を引いて踏みとどまった先にはすでに隊長はいない。

 ぎらりと地面すれすれで何かが光る。
 それが、デュラハンが今まで使い捨ててきた刃だと判明するのに、そう時間はかからない。しかしその一瞬で隊長はデュラハンの胴体へと鋭い斬撃を放っていた。

 間に合わない。

 デュラハンの判断は迅速で、冷静で。
 だからこそ誰にも共感されない。

 しかし、彼は言うだろう。共感に一体どんな意味があるんだい? と。
 俺たちはでたらめに走り続ける矢印なんだから、と。
482: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:25:46.07 ID:itCyvvs/0
 右腰から左肩にかけて大きく刃が躍る。
 隊長は自らの右手に確かな手ごたえを感じていた。何千何万と巻き藁を切り倒し、何百も魔物を切り伏せてきた感覚が、確かに殺したと告げている。

 ずしゃり。
 地面に漆黒の鎧、その上半分が落ちて散らばる。
 鎧の中には何もなかった。

隊長「どういう――!」

参謀「上です!」

 見上げる先に黒い何か。

 その「何か」は一見すると人の形をしていた。筋骨隆々の大男。身長は二メートルはあるだろうか。腕も、胸板も、太く厚い。
 ただし、その「何か」は決して人ではなかった。光をどこまでも吸収する漆黒。そして霧状に溶けている下半身。

デュラハン「こんな姿を見せるなんてね」

 手を振ると空気を震わせて光がまとわりついた。そうして、すぐに光は漆黒の鎧へと変化する。

 足首に手が巻き付いた。

デュラハン「――っ!?」

 垂直跳びで数メートルを飛びあがった――肉体操作で無理やり体を使役しているだけで、体をつなぐ黒い糸すらぶちぶちと音を立てている――参謀は、そのまま刃の林へと投げ飛ばす。
 金属の砕ける音と土煙。二人は瞬きすら待たずにその中へと突進していく。
483: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:26:52.04 ID:itCyvvs/0
 デュラハンを庇うように刃の壁が続々姿を現す。それすら気にせず参謀は体ごと突っ込んだ。体に刃が食い込むことなど気にもせず。
 切り裂かれ、落ち、欠けた個所は即座に黒い糸が補修する。すでに彼らに痛覚はない。鼓動すら魔法で補っている状況なのだ。人間と呼べるものではない。

 前を行く参謀の背中を蹴って隊長が飛び出した。手にはまたも拾った剣がある。

隊長「潰すっ!」

 五月雨切り。
 前後左右の見境なし、出せる限りの手数を出し切る子供の喧嘩染みた斬撃は、まるで無策のそれであった。
 デュラハンは衝撃に目を丸くしながらも、あくまで静かな思考で向かってくる二人を分析する。

 だからこそ、彼には焦燥が生まれていた。

 デュラハンの手刀が隊長の左外耳を切断し、肩を粉砕する。体は大きくぐらつくも剣の軌道だけは唯一安定している。
 剣がデュラハンの腹を裂いた。横から入った剣先は、けれど横に抜けることはなく、円の軌道を描いて臍のあたりから抜けていく。
484: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:28:03.82 ID:itCyvvs/0
 黒い靄が霧散する。

隊長「うぉああああああっ!」

 雄叫びとともに隊長は両手で剣を握った――両手で!
 折れて使い物にならないはずの肩は、確かにひしゃげた外見をしている。どうやってもそこから先など動きそうにない。
 それでも彼は、彼らは、動けるのだ。最早彼らの体は彼らのものではなく、魔法のものなのだから。

 霊視によってかろうじて見える、体内を駆け巡る黒い糸。それが筋繊維と神経系の代理をして健常に見せかけているのだ。

 返す刃の速度は神速。
 長年の鍛錬のみが可能にする、生物の反応速度を上回る必殺の一撃。

 デュラハンは長らく味わったことのない恐怖を感じた。それは焦燥をさらに煮詰めた先にあるものだ。
 なんだかわからないがやばいと、彼はそう思ったのだ。

 魔方陣が作動する。淡く光を生み出し、さらにそこから派生して、大量の刃先が隊長へと向かっていく。

隊長「知るかぁっ!」

 隊長はそのまま剣を振るった。

 デュラハンの足が両方消え去り、遠く離れた地面へと転がっていく。
485: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:43:56.32 ID:pPv+eC4q0
 肉を裂き、骨を砕く音。串刺しになりながらも、それを力技で引き抜いて、地面に倒れ伏すデュラハンへ隊長が飛びかかっていく。

 なんだかわからないがやばいと、彼はまた思った。

 よくわからないが、これはこのままではいけないと。
 死ぬことはないが、負けるのではないかと。
 背中を見せて無様に逃げるのは自分なのではないかと。

 眼前に迫る隊長と切っ先。

デュラハン「頭おかしいだろ君らっ、勝てないとわかってるのに――」

 剣を生成、黒い靄を足の形に再形成して、デュラハンは鋭く後ろへ跳んだ。

参謀「勝てます」

 背後で参謀が呟いた。
 すでに参謀はデュラハンの後ろに切迫している。

デュラハン「――っ!?」

参謀「僕らが例えここで死んだとしても――兵士が例え何千人死んでも、国民が一人でも残っていれば」

参謀「最後に残ったのが僕らの国民であるなら」

 参謀は感慨深げに、もしくは吐き捨てるように、繰り返した。

参謀「それは僕らの勝ちです」
486: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:45:53.20 ID:pPv+eC4q0
 デュラハンは今度こそ耐え切れなくなった。参謀の左ストレートを防御し、その勢いを使って距離を取る。

デュラハン「気が、狂ってる」

隊長「戦いを楽しむために何でもする、そんな存在には言われたくないな」

 二人が飛びかかってくる。あくまで真剣な表情で、魔法に操られながら。

デュラハン(駄目だ、こいつら話にならない!)

デュラハン(何度殺してもこいつらは突っ込んでくる! 肉と骨を犠牲にして、俺の一秒を稼ぎに来る!)

デュラハン(物理攻撃で俺が死ぬことはないけど、あまり魔力を浪費させられるのも、また不味い)

デュラハン(最悪自分と一緒に俺を磔にするくらいはやってのけるだろう。目の前の二人からは、そんな凄みを感じるっ!)

デュラハン(そして何より……今更気が付いたが、こいつは、そうなのか?)

デュラハン(だからあいつが向かって……)

デュラハン(もし本当にそうだとしたら、なおさら不味い!)

デュラハン(自動操作ごと切り捨てなければっ!)

 二人の攻撃を捌き、受け、時に喰らいながら、デュラハンは魔力を貯めていた。このいつ終わるかも知れない地獄から脱するために。
487: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:47:03.40 ID:pPv+eC4q0
 魔方陣が、そしてそれが刻まれている大地が大きく光を放ち始める。
 しかし二人の攻撃が休まる様子はなかった。最早彼らは防御を考える必要がないのだ。生き残ることを考える必要がないのだから。

 デュラハンは大量の剣を空中に出現させ、それを二人目がけて発射する。それで二人の足止めができるとは思っていない。が、攻撃を受けた際に起こる数秒のラグを期待してのことだ。

 二人は体を切り刻まれながらも決して止まらない。傷ついた部分はすぐさま現れた体内の黒い糸が修復していく。
 その間、僅かに全身の動きが鈍った。

 そしてその刹那を見逃すデュラハンではなかった。

デュラハン「来いっ! 天下七剣の壱、破邪の剣!」

 虚空からデュラハンが抜き出したのは、一本の細身の剣である。それまで彼が使っていた無骨な刀や剣とは違う、レイピアに近い、細剣だ。
 刀身にはルーンが刻まれ、淡く光を放っている。魔族によっては見ることすら嫌がるものもいるだろう、それほど強い破邪のルーン。

 精緻な細工の刻まれた柄をデュラハンは掴んで、それを構える。

 破邪のルーンは、どんな魔法すらも切り裂く。

 例え自動操作だろうとも、黒い糸が切れてしまえば。
488: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:48:13.39 ID:pPv+eC4q0
 デュラハンは渾身の力で剣を振るった。裂帛の気合いを叫ぶ余裕などなかった。ただ一刻も早くこの終わりない戦いから身を引きたいと願っていた。
 そんなことは初めてだった。

 いや、彼は信じていた。こんなものは戦いではないと。
 彼が相手にしているのは個人であって、決して国家ではないのだ。

 それでも、驚愕と恐怖の中に、確かに興奮があった。今まで会ったことのないタイプの敵に、どうやっても抑えきれない昂ぶりの萌芽が、漆黒の中にひっそりとあった。
 デュラハンは、存在しない自分の口角が上がるのを、確かに感じる。

 衝撃がデュラハンを襲った。

 手首に突如受けた衝撃によって、剣の軌道が大きく逸れる。
 地面を大きく切り付け、そこから眩いほどの光が立ち上った。天まで届かんばかりの光のヴェールに、デュラハンは自ら体をよろめかせる。

 手には矢が三本突き刺さっていた。

狩人「間に合った」

デュラハン「もう手遅れだ!」

 デュラハンは叫んで、彼方を向いた。
 狩人でも隊長でも参謀でもないほうを。

 狩人は彼が何を言っているのか全く理解できず、つい同じ方向を向いてしまう。
489: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:50:18.60 ID:pPv+eC4q0
 船が。

 空中に、浮いていた。

 何十という魔法で編まれた武装船団。
 その集団に囲まれた、黒い瘴気の塊。

「あははははははははははははははははははははははははは」
「けたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけた」
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ」

 吐き気のするほど凄絶な笑顔を浮かべて、ウェパルが立っていた。
 体から顔にかけて刻まれた文様が、赤紫色にどす黒く発行している。

ウェパル「デュラハン」

 一言一言が呪詛であった。
 一文字一文字が刃であった。

 狩人は、そして隊長と参謀の二人でさえも、自分がこの場にいてはならないことをすぐさま感じ取る。
 言葉のやり取りを聞くだけで蒸発するなんて、そんなことは願い下げなのだ。

 考えるよりも体が動いていた。狩人は大地を蹴って二人の元へと移動し、なんとかここから逃げ出そうと試みる。

 しかし。
490: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:51:37.73 ID:pPv+eC4q0
 激痛でもって初めて、狩人は自分の体に鏃が突き刺さったことを知った。
 緑色のオーラが弾け、鏃は空気中に霧散する。魔法で編まれたウェパルの武器だ。

 即座に洞窟で見たウェパルの力、腐敗を一瞬で進める力を思い出し、狩人は死を覚悟する。が、ウェパルは狩人に一瞥をくれただけで何も行動に起こそうとはしなかった。

ウェパル「あんまり隊長には近づかないでね」

 そう言うだけで。

 ウェパルはデュラハンに向き直る。

ウェパル「なんで隊長殺そうとしてんの? もう死んでるの? どっちでも、いいんだけどさ」

デュラハン「……」

ウェパル「なんか言ったらどう」

 デュラハンは大きくため息をついた。

デュラハン「そいつが君の言う『隊長』だとは知らなかった。さっき思い出したくらいだ」

ウェパル「そんなことはどうでもいいの。死んで、って言ってるの」

ウェパル「隊長はボクのものなの。ボクのものなんだから。海の底に沈んだものは全部ボクのものだ」

ウェパル「だからデュラハンは手を出さないで。死んで」

デュラハン「断ったら?」

ウェパル「死ね」
491: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:52:37.54 ID:pPv+eC4q0
 全砲門が弾けるような音を上げた。
 目に見えない、魔法で編まれた弾丸。質量が存在せず、それでいて物理法則を完全に無視するそれは、どんな身体能力でも逃げることはできない。

 土煙の中からデュラハンがぬっと顔を出した。鎧はぼろぼろだが、中の黒い靄には揺らめきひとつ見いだせない。

デュラハン「どうにもそいつらとの戦いは楽しくて仕方がないんだ」

 言って、デュラハンは虚空に手を突っ込む。

デュラハン「天下七剣、竜殺し‐ドラゴンキラー‐」

 大仰な名前とは裏腹に、小さなカタールであった。しかし刃に内包された弾けそうなエネルギーは、遠くから見ているだけでもすぐにわかる。

デュラハン「天下七剣、隼の剣」

 羽と猛禽をあしらった剣であった。破邪の剣と同様に細身だが、すらりと長い。
 二振りの剣を握り締め、デュラハンは懐かしむように言う。

デュラハン「いつぶりだっけ、きみと戦うのは」

ウェパル「きみが生まれた日に一回、これが二回目」

デュラハン「そうか。あのときは魔王様もいたんだよな」

ウェパル「何百年前だったか――」
492: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:54:23.56 ID:pPv+eC4q0
 と、唐突にウェパルが膝をついた。
 苦悶の表情を浮かべ、隊長をちらりと見やる。

ウェパル「ボクは……人間に……」

 なりたかった、のか。

 ウェパルはそれ以降口を噤んだ。いつの間にか文様の発光がおさまっている。

 いや、違う。
 顔を上げたウェパルの瞳は、すでに黒く濁り始めていた。

 狩人は今しかないと判断した。隊長はデュラハンを止めたそうにしていたが、膨れ上がるウェパルの圧力に、それ以上前に進むことはできない。

参謀「部下たちは……」

狩人「気になって、見てきた。出るに出られなくなってたから、事情を説明したら、本当に危なくなったら転移石を使うって」

狩人「そのせいで助けに来るのが遅くなった。ごめん」

参謀「いや、いいんです。ありがとうございます」

参謀「これ以上の作戦の続行は不可能と判断します。帰還しましょう」
493: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:55:11.26 ID:pPv+eC4q0
参謀「隊長さんも」

 ウェパルに対して苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている隊長は、参謀に声をかけられてびくりと体を震わせた。が、たっぷり一秒使って、首を縦に振る。

デュラハン「俺を忘れちゃいないかい?」

 二刀を構えた状態でデュラハンが迫ってきていた。
 三人が迎撃態勢を作る。

ウェパル「させない!」

 砲弾がデュラハンを襲う。デュラハンは剣を破邪の剣に持ち替え、素早くそれを両断した。

ウェパル「隊長を、隊長をぉおおおおおっ! こ、ころっ、こ!」

 言葉を何とか押しとどめようとするウェパル。しかし言葉はどんどん胸から湧き上がってくる。コールタールの泉が、そこにある。
 文様が妖しく光り始める。

ウェパル「うっ、うっ、うぅうううぅううっ! こ――ころ、殺すのは!」

ウェパル「ボクだっ!」

参謀「ポータル、用意できました。早く!」
494: ◆yufVJNsZ3s 2012/10/19(金) 13:55:50.63 ID:pPv+eC4q0
 空間にぽっかりと開いた穴に参謀、狩人と飛び込んでいく。

狩人「早く!」

 服を掴んだ狩人の手を、隊長はにこやかに笑って、そして、

 振りほどいた。

 穴に吸い込まれていく狩人。戻ろうと思えば当然戻れるのだろうが、あまり長くつなげていられない。参謀の残存魔力的にも、外界の脅威的にも。

隊長「俺は、だめだな。あいつの辛い顔、見たくねぇんだよなぁ」

 そう言って、駆け出していく。

参謀「何してるんですか!」

狩人「隊長が!」

 参謀は一瞬息を呑んで、そしてわずかに視線を下に向けた後、反転する。

参謀「行きましょう」

狩人「でもっ」

参謀「僕の仕事は、最後に自国民が立ってるようにお膳立てすることです」

狩人「……」

 狩人は振り返って、穴の外に出ていく。

狩人「私には、そんな生きかた、できない」

 穴が急速に縮小していく。もう時間がないのだ。
 飛び込むタイムリミットが近づいても、狩人はもう振り向かない。隊長の姿も、穴の中からは見えない。

 参謀は大きくため息をついた。

参謀「あぁ――死にたい」

――――――――――――――
498: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:39:49.36 ID:i6iad9cF0
――――――――――――――――

 勇者は目を覚ますと同時に腰の剣を抜いた。

勇者「……?」

 おかしい。自分は死んだはずだ。デュラハンと戦っている最中、剣に腹を突き刺されて。
 しかし、だとするならば、なぜ自分が大森林の中にいるのだ?
 混乱はしていたが、それもまたコンティニューの力だろうとは想像できた。復活する際に必ずしも死んだところでは復活しないのは、これまでの経験からも明らかだ。

 とりあえずは現在の位置を把握する必要がある。狩人たちにも合流しなければいけない。

勇者「四天王、デュラハンか」

 武人という言葉がしっくりとくる佇まいだった。そして四天王という立場がしっくりとくる手強さでもあった。生半可では勝てそうにもない。

 少し歩くと川があった。遡上なり下降していけば、自分たちがいたところに戻れるだろうか。
 勇者は考え、ひとまずあたりを見回す。

勇者「なんだ、あれ」

 視点が定まる。
 大森林の奥、木と木の隙間にうっすらと、明らかに場違いな建物が見えた。
 象牙色した尖塔である。決して大きい建物だとは言えない。が、仮に宗教公国のそばであるとしても、こんな森の中にまで信仰施設を立てるだろうか。
499: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:40:21.12 ID:i6iad9cF0
 とにもかくにも現在の位置がわからなければ、どこに向かうべきかもわからない。勇者は誘われるように象牙の塔へと歩いていく。

??「くきぃえええええぇいいいぃっ!」

勇者「!?」

 突如として近くの茂みが大きく揺らぎ、中から黒い巨大な影が勇者へと飛びかかる。

 咄嗟に勇者は剣を突き出した。がきん、と剣先に衝撃を感じる。
 見れば一匹の猪であった。瘴気に侵され、歪んだ口の端から止め処なく涎を零している。黒くまだらになった皮膚も瘴気の影響なのだろう。

 猪は地面を擦り付けながら勇者を押し込んでくる。口から生えた牙は鋭く、突かれれば感染症の危険性は大いにあり得た。

 勇者は目を細める。今はこんな畜生に構っている暇など、ない。

 森の中を一瞬だけ閃光が照らす。鋭く音が二、三度弾けたかと思えば、猪は全身から煙を噴き上げて倒れる。
 勇者お得意の電撃魔法である。今更野生動物に毛の生えた――野生動物には無論体毛はあるのだが、言葉の妙だ――程度の存在に後れを取るような勇者ではなかった。

??「ひっひっひ、流石に一筋縄ではいかぬか」
500: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:41:50.83 ID:i6iad9cF0
 木々の隙間からしわがれた老人が現れる。濃い緑のローブの向こうの顔は窺えないが、瘴気を確かに感じる。人間か、それを辞めた存在か。

老人「これ以上先には行かせんぞ。ここから先は必死の塔。武人以外が入れる場所ではない」

勇者「必死の塔」

 勇者は反芻した。なるほど、象牙の塔は決して信仰施設ではないのだ。

老人「親切心じゃ。デュラハン様の機嫌を損ねる前に――」

 老人に構わず勇者は駆けだした。慌てた老人が火炎魔法を放ってくるが、勇者はそれを容易く回避し、剣で老人の腹を貫く。

 声にならない声を老人が挙げた。勇者はそれを聞いて、随分と汚い声で叫ぶものだなと感じた。
 彼には使命があるのだ。囚われの少女を助けるという、重大な使命が。
 必死の塔に辿り着いたことを勇者は運がいいとも偶然だとも思っていなかった。そして、だとするならば、恐らくは老婆の意思が働いたのだろう、と思った。

 老婆は勇者に少女を助け出してほしいのだ。
 勇者はそれに否やはなかった。もとより初めからそのつもりである。老婆の気持ちがわからぬほど、そして少女を見捨ててもいいと思うほど、彼は二人と短い時間を過ごしていない。

 老人の体を蹴って刃を引き抜く。絶命した老人の体は存外重く、どさりと地面に倒れた。
501: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:42:51.95 ID:i6iad9cF0
 倒れた「ソレ」に一瞥もくれず、勇者は真っ直ぐ必死の塔へと歩いていく。腰には愛用の剣が一振り、短剣が二振り。
 また道具袋を括り付け、中には魔法の聖水が入っている。

 行く手を阻むように鎧が現れた。一瞬デュラハンかとも思ったが、鎧の色が違う、大きさも違う、何より迫力が違う。眷属か、ただの無関係な衛兵か。

さまよう鎧「ココカラ、サキ、トオサナイ」

 剣を抜いた鎧が、地面と水平に伸ばす。勇者は何かの気配を感じて視線を横へやる。

勇者「仲間か」

 スライムが数匹周囲に漂っていた。青い、透き通った体。クラゲのようなフォルムで、黄色い触手が伸びている。

 一直線に勇者は駆けた。走りながら剣を振ると、鎧はそれを剣で受ける。
 鎧の力は十分にあった。重量がある。動く気配のないのを悟ると、反撃を想定して一歩後ろに下がる。

 鎧は追ってきた。見かけどおりの鈍重な足運び。
 周囲を見回し、スライムたちの攻め気がないのを確認して、勇者は剣から片手を離す。

 呪文の詠唱。左手に雷撃が溜まっていく。
502: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:43:21.04 ID:i6iad9cF0
 打ち下ろしを剣で守るが、両手と片手ではやはり満足に防ぎきれない。弾かれ、剣先が地面に食い込むが、カウンターで電撃を鎧に叩き込む。
 鎧は衝撃でわずかによろめき、木にぶつかる。

 光が鎧を包んだ。

 すぐさま立ち上がり、勇者へと剣を突き出してくる。
 予想しない速度での復活に、勇者は完全に反応が遅れた。体をねじってかわすが、腰骨の上を刃が通っていく。

 ぬるりとした液体が地面に落ちる。痛みはある。が、死なないと思えば恐怖はない。

 勇者は鎧よりもまず周囲のスライムたちへと視線をやった。恐らく、あの光は回復魔法のそれだ。そして鎧が魔法を使ったようには見えないので、スライムたちが術者なのだろう。
 多勢に無勢の戦いなど、勇者は今まで幾度となく繰り返した。回復魔法を使う敵との戦いもまた。

 殺気を向けられたことに気付いたのか、スライムたちが一斉に触手を伸ばしていく。自在にうねる触手は一見回避が不可能そうに見えるが、なんてことない。
 勇者が剣を振るって、向かう触手を切り落としていく。

 触手はどうやら再生するようだが、その速度は遅々としている。触手を切り落としながらスライムたちへと進んでいく。
 背後からの鎧の攻撃もケアしながら、勇者はまず一匹、スライムを切り伏せた。

 断末魔は聞こえない。両断すればどろりと溶けて、地面に落ちる。
503: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:43:52.39 ID:i6iad9cF0
 死んでしまえば回復魔法など意味がないのは承知の通りだ。そのまま鎧と数度打ち合い、蹴り飛ばして距離を稼ぐ。
 触手がその隙をついて右手首に巻きついた。ギリギリと締め上げるその力は、ともすれば骨すら砕きかねない力だ。

 もしもそれが勇者でなければ十分に効力を発揮しただろうに。

 ごぎん、という音とともに勇者の右手があらぬ方向へと折れ曲がった。勇者の神経を激痛が引っ掻き回すが、しかし彼にとっては痛みなど慣れっこだ。

 一刀のもとにスライムが両断される。

勇者「お前らにかかずらわってる暇はねぇんだよなぁ」

勇者「ぶすぶす焦げとけ」

 閃光が迸った。
 勇者から放たれた魔力の波動、それは雷撃の性質を持って、スライムたちを一斉に打ち落とす。
 スライムたちは雷撃を受けたところから溶けていき、消失する。

 けたたましい音を立てて向かってきた鎧が、大きく剣を振りかぶった。しかし、デュラハンと先ほどまで戦っていた勇者には、その動きがあまりにも鈍重に思えて仕方がない。

 リーチを読み切って、半歩後ろに下がるだけで攻撃を回避する。そうして剣に雷撃をまとわせ、無造作に鎧の腰を断絶させる。

 上半身と下半身が分離した鎧は、けれどどうやら生きているようではあった。もがいているが起き上がれないようで、無力化に成功したといってもいいだろう。
504: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:48:31.20 ID:i6iad9cF0
 勇者は刃毀れがないかを確認し、道具袋から薬草を取り出して食んだ。苦いこの草は全く得意ではなかったが、それでも覿面に聞くため文句は言えない。

勇者「……」

 前方で、何か大軍の蠢くのが見えた。

 魔物の軍勢だ。
 恐らくは、必死の塔を守護する、デュラハンの配下。

 ふつふつと込みあがってくるものを勇者は確かに感じていた。そしてそれは、その存在だけなら遥か昔から感じていたものだった。

勇者「上等だ」

 勇者は口を大きく開いて、唾を吐き捨てる。

勇者「俺の前をふさぐんじゃねぇ!」

―――――――――――――――
505: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:49:22.86 ID:i6iad9cF0
―――――――――――――――

 土煙が立ち込め、戦況の確認は死角では難しい。老婆と、そして参謀は、儀仗兵たちからの報告を逐一羊皮紙と地形図上にまとめ、リアルタイムで指揮を執っていた。

 大陸の中心から東北にずれた位置にある山岳地帯。王都から隣国の王都へとつながる最短経路であると同時に、交通の要衝でもある。
 本来ここは単なる関所であるのだが、隣国の采配によって、現在要塞化されていた。その手筈の見事さに、老婆も参謀も、隣国もまた戦争の臭いを嗅ぎつけ準備をしていたのだと悟る。
 ゆえに、これからの戦いが決して楽ではないことも。

 デュラハンとの戦いから二日を経て、王国軍と隣国軍はついに衝突した。各国から忠告などがあったようだが、両軍ともそれを聞き入れることはなかった。

 老婆は羊皮紙と地図に視線を落とす。

老婆「彼我の戦力差は800対1500。戦力の内訳は、歩兵が800、儀仗兵400、救護兵150、技術兵150か」

老婆「戦力差は二倍以上だが、防衛されている拠点の攻略には三倍程度の兵力が必要だという。このままだと膠着状態だな」

老婆「ぐずぐずしていると隣国の王都から本隊が到着する。また、迂回ルートで別の地点から攻め込まれるかもしれない」
506: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:50:03.20 ID:i6iad9cF0
老婆「現在、戦況はどうだ?」

儀仗兵長「まさしく膠着状態という形です。白兵戦では優勢を保てていますが、敵は要塞に障壁を張っているため、儀仗兵の魔法は遮断されます」

儀仗兵長「逆に一方的にあちらは魔法を打ち込んでくるため、あまりアドバンテージはありません」

老婆「負傷者については」

儀仗兵長「適宜後方に送って回復を待っています。死者の数はそれほど多くはありませんね。ただ、これから増えるとは思われます」

 老婆は息を吐いた。高台にある会議所からは、戦況が一望できない。凹凸に囲まれてわかりづらいのだ。

老婆「本当にこれは必要な戦いなのだろうか」

参謀「それ以上はダメです」

 参謀はいつもより薄暗い顔をして、ぎょろついた目を老婆に向ける。

参謀「考えちゃダメです。それは、僕らの仕事じゃないです」

老婆「……」
507: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:50:31.87 ID:i6iad9cF0
 参謀は先日ぼろぼろになりながらも帰ってきて、ぽつりと一言「隊長は死にました。死ぬつもりです」とどっちつかずのことを言ったのだった。
 それ以上老婆は尋ねるつもりもなかったし、そうしてはいけないのだと思っていた。彼の全身に自動蘇生を酷使した跡が残っていたことも含めて。

参謀「けど、障壁ですか。厄介ですね」

儀仗兵長「現在後方部隊が解除を試みているようですが、まだ時間はかかりそうです」

参謀「老婆さんなら壊せませんか」

老婆「実力行使で、か? やれなくはないが……被害が出る」

 参謀はゆっくりと立ち上がった。首を回し、肩と足首も次いで、ほぐしていく。

老婆「行くのか」

参謀「はい。ま、五十人位なら殺せるでしょう」

儀仗兵長「ちょっと、勝手な行動は!」

参謀「大丈夫ですよ、僕は前線で指揮してるほうが性に合ってます。それに、隊長さんの代わりも、務めないとですし」

儀仗兵長「あなたの白兵能力は買ってるけど、戦争は一人でやるものじゃないわ」

儀仗兵長「勝手な動きをしたら、軍法会議にかけられることだってあるのよ」

参謀「そんなのわかってますよ」
508: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:52:17.81 ID:i6iad9cF0
老婆「行かせてやれ」

儀仗兵長「でもっ!」

老婆「儂らがいなくとも、王城で見ているやつらがなんとかする。そういうものじゃ」

儀仗兵長「それは、そうですが……」

参謀「では、行ってきます」

 参謀は地面に薄く粉を撒いた。そこが淡く光ったかと思うと、参謀の姿が一瞬で消える。

 老婆と儀仗兵長は遠くの土煙を見た。鬨の声と地鳴りがここまで聞こえてくる。あそこで戦いが行われているのだ。換言すれば殺し合いが。
 こうしている間にも通信は入り続けている。老婆はそれを無心で羊皮紙に書き写し、そして地図に今後のプランをくみ上げていく。

 勝敗は細い綱を渡っているようなものだ。どちらに落ちてくるか、誰にもわからない。ちょっとのそよ風で変わることすらも有り得る。

 老婆は自分が唇を噛み締めていることに気が付いた。
 勇者の志は、彼女にはとてもよくわかった。

―――――――――――――――
509: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:52:46.11 ID:i6iad9cF0
―――――――――――――――

 剣戟。剣戟。剣戟!

 最早前後不覚も極まれる。自分が東西南北どちらを向いているのか、わからない。疲労困憊ですぐにでもたたらを踏んでしまう。
 額から流れてきた汗が目に入り、刺激に思わず目を顰める。間の悪いことに視界の端で緑色の鎧――敵国の歩兵の鎧が近づいているのを捉えてしまった。

 振り上げられるロングソード。俺は死を覚悟する。せめて一思いにやってくれよ、と。

兵士「ぐあああああっ!」

 血飛沫を上げて緑の鎧が倒れこむ。その背後からは同僚のビュウが現れた。剣を振り下ろした状態で止まっている。
 兜の隙間から流れる金髪が顔に張り付いていた。端正な顔も歪んでいる。優男のくせに役に立つ男なのだというのは年上に対して言い過ぎだろうか。

 ビュウ・コルビサ。軍人で、俺と同じマズラ王国の第三歩兵大隊第五班に所属している。階級のついていない下っ端であるというのも俺と同じ。

ビュウ「大丈夫か、ポルパ」

ポルパ「名前を略すな。俺はポルパラピム・サングーストだ」

ビュウ「命の恩人になんてー口の利き方だよ」

ポルパ「それとこれとは」

 俺は地を蹴って、ビュウの背後に忍び寄っていた敵兵の刃を弾く。
 ビュウがその場で反転、体を捩じって刃を放った。敵兵は左腕を落とされて地面に伏せる。
510: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:54:07.46 ID:i6iad9cF0
ポルパ「……これでおあいこ、だろ」

ビュウ「大体ポルパラピムって言い辛いんだよな」

ポルパ「そんなことを言われても困る」

??「おう、二人とも無事か!」

 騎馬に跨って現れたのは、直属の上司であるコバ・ジーマ。幾つもの戦の経験を持つ、初老の戦士だ。そして俺たちの戦闘教官でもある。

コバ「戦場を移すぞ。東の部隊が押されている」

ビュウ「いいんですか、基地を目指さなくて」

コバ「砦には防御魔法がかけられている。迂闊に手を出せん」

ビュウ「了解しましたよ」

ポルパ「ルドッカは?」

 俺は同僚の女兵士の名前を出した。彼女もまたコバを師とする下っ端兵士だ。
 俺と、ビュウと、ルドッカ。俺たちは年齢こそ違えど同期で、入隊からこれまで、いくつもの過酷な訓練を乗り越えてきた血盟の同志である。

コバ「ルドッカには殿を務めてもらっている。じきに追いつくだろう」

コバ「俺は先に行っている。お前らも早く合流してくれ。密集地帯だとどうしても魔法は使えないからな」
511: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:54:39.30 ID:i6iad9cF0
 騎馬に鞭を入れ、コバが砂煙をあげながら駆け出していく。
 現在、攻城戦は俺たちマズラ王国軍が優勢であるようだが、あちらの基地はどうにも堅守だ。兵は拙速を尊ぶ。それは何もせっかちというわけではなく、兵站や、戦略的意味もある。……のだという。受け売りだ。

 長くとどまればとどまるだけ兵站も必要になる。時間を稼がれている間に別働隊がこちらの都市を攻めてくる可能性だって有り得る。
 攻城戦は防御側が有利なため、攻める側はどうしても多くの人数を攻城に割かなければならない。それはつまり、ほかの防御が手薄になるということだ。

 また、密集状態での乱戦ともなれば、儀仗兵たちが後方で唱える魔術もどうしたって難しくなる。俺たちは敵の剣で命を落とすことはよしとしても、仲間の火球を背中に受けて死にたくはない。

 儀仗兵は集団で呪文を唱え、ある程度広範囲に兵器としての魔法を降らせる。混戦になってしまえば味方まで薙ぎ払ってしまう。それは当然向こうも同じだが……。

 そういっている間にも、流れ火球が俺たちに向かって飛んできた。それは十メートルほど離れた地点に落ち、大きな爆発音とともに土塊を巻き上げる。

ビュウ「……早めに行くか」

ポルパ「そうだな」

 俺たちは駆けだした。

 砂煙の中を突き進み、対峙した敵兵と剣を交えながら、俺はどうしても故郷のことを思っていた。正確には、故郷においてきた幼馴染のことを。
512: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:55:29.71 ID:i6iad9cF0
 口うるさい女だ。同い年のくせに、半年ばかり早く生まれたことを理由に、俺に対して姉さん面するのだ。子供のころこそ仲は良かったが、今ではもうそれほど話すこともない。

 決して美人ではなかった。くせのある髪の毛で、本人はそれを嫌がっていた。俺もその意見には同意だった。
 肌だって農作業のせいかいつも日焼けで赤く、おしゃれでもない。

 それでも、なぜか愛嬌はあった。ただいつも元気でにこにこしていたからだろうか?

 王様が映像魔法で国内に声明を発表した日、俺は道場で剣の修業をしていた。幸か不幸か、俺は辺鄙な田舎の農村にあって、大人を圧倒できるくらいには強かった。
 兵士に志願すれば金が手に入る。それも、数年分の収入に匹敵するくらいの大金だ。農家の二男坊の命の値段にしては破格だと言える。

 兵士になると言い出したのは俺からで、両親はそれを止めはしなかった。ただ小さくうなずいて、「そうか」と言っただけだった。
 国のために戦うといったが、それは嘘だ。ただ俺はあんな娯楽も何もない村を飛び出して、都会でうまくやりたかっただけなのだ。酒と女を味わって、自分の腕を試したかっただけなのだ。

 戦争なんて起こらない。起こったとしても死ぬはずはない。さすがにそこまで楽観的ではなかった。けど、俺は全然そんなことはどうでもよかった。
 そう、どうでもよかった。

ビュウ「ポルパ!」

 ビュウの声がかかるとともに、兵士が三人、こちらに向かってくる。長剣、長剣、メイス。ビュウが長剣へと向かうので俺はメイスへと向かった。
513: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:56:05.83 ID:i6iad9cF0
 メイスが振り下ろされる。鈍重だが、重い。剣で受けてもこんなオンボロすぐにぽっきり折れてしまうだろう。そう判断して回避した。
 風を切る音が俺の耳に届く。思わず息を細く吸い込んでしまう。

 カウンターで剣を突き出す。切っ先がメイスの皮鎧を突き破って肩口に食い込む。しかしメイスの動きはちぃとも鈍らず、なかなかの速度でメイスを振り上げてきた。

 視界が赤くなる。

 それが、近くに火炎弾が着弾したのだと理解した時には、すでに俺たちは吹き飛ばされた後だった。
 魔法の火炎の独特なにおい。プラスして、これは……そうだ、反吐の出るにおいだ。皮膚が燃えるにおいだ。

 幸いにも燃えているのは俺の皮膚ではない。そして不幸にも、メイスの皮膚でもなかった。誰かわからないが、太った人間の焼死体が転がっている。
 いや、ソレはまだ熱にもがき苦しんでいた。決して死体ではない。

 が、最早戦えない存在など一顧だにする価値はなかった。そして自分のそんな考えにすら反吐が出かける。人間のクズじゃないかこれは。
 いや、今更か。したたか打ち付けられて痛む左半身を無視して俺は立ち上がった。

 剣がない!

 どこへ行った? 今の爆発で手を離してしまったのか。なんていう失態だ、命綱を自ら話しちまうなんて!

 メイスを殺さなければいけないのに……ん?
 あった。
514: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:56:37.33 ID:i6iad9cF0
 俺は素早く火達磨が握っていたのであろう剣を拾う。メイスは今まさに立ち上がろうとしている最中。
 メイスが手を出して顔面を守ろうとする。それは殆ど反射だったのだろう。斬撃を手のひらで受けられるわけがないのだから。

 両手に力を籠め、俺は大きく振り上げた。
 肉と骨を断つ、固く、重い感触が確かに伝わる。剣は確かにメイスの手を切断し、顔面に食い込んだ。
 血と歯が舞った。メイスはびくんびくんと痙攣して地面に突っ伏する。

  剣がひん曲がってしまった。別の剣を探さないと。

 最初に思ったことがそれで、また血と炎の臭いで、吐き気がヤバイ。戦争が始まって二日。昨日の時点で胃の中は空っぽになって、もう何も残ってないというのに、これ以上何を絞り出すんだ俺の体よ。

 体と頭は別だった。もしくは、俺の精神だけが浮遊していた。
 えずく。

 朝からステーキを食わされたみたいな最悪の気分だ。

 戦場は地獄。だからこそ俺たちがいる。この世に地獄があることを一般に広く知らしめないためにも。
 幼馴染の幻影が見える。頑張れ、頑張れと応援してくるが、うるさい、黙れ。
 あいつの姿をこんなところに持ち込むな。

 あいつは平和な村で平和に生きて、適当な奴と結婚して、子供を産んで、死んでしまえばいいんだ。
515: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:57:15.23 ID:i6iad9cF0
 拳を振った。あいつの姿は掻き消える。
 ざまぁみろ。

ビュウ「ポル、パ」

 足元でビュウが俺を呼ぶ声がした。

 足元?

ビュウ「くそ、いってぇ、なぁ」

 ビュウの脇腹に、剣が突き刺さっている。

 俺の剣だ。

 いやいやまさかそんなと頭を振っても現実は変わらない。偶然? 必然? そんな理由に何の意味がある?

 ビュウが全く困ったもんだぜと言った。そんなんじゃないだろうと俺は思った。なんなんだお前はと、俺は思った。

ビュウ「そんなこと言われても」

 どうやら口に出していたらしい。ビュウは眉根を寄せて俺に微笑んだ。こんな時まで優男風だ、くそ!

 俺には何もできない。救護班まで送り届けるか? どうやって? 転移石の支給なんて下っ端の俺たちにはされてないのに!
516: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:57:41.16 ID:i6iad9cF0
 剣を抜くべきじゃないのはわかった。俺はとりあえず、本当にとりあえず、わからないながらもビュウの肩の下に体を入れて、足に力を込める。
 細身のくせに重たい。筋肉がしっかりついているのだ。なんだこれ。なんでこんなに重いんだよ。
 冗談じゃない。冗談じゃねぇぞ。

 力の入っていない人間は軽いなんて、俺は信じないぞ!

 思わず足を滑らせて俺はビュウごと地面に倒れた。体に力が入らない。疲れてるのだ。仲間一人支えてやれないなんて仲間失格だ。

 ちらりと見えた俺の手のひらは真っ赤だった。ビュウの体も、また。

 え?

 俺の体も?

 なんで俺の体に。
 剣、が。

 あ――?

 ぐらりと空転する視界。ビュウから地面へ。地面から空へ。空から、緑の鎧へ。
 いつの間に出てきたんだお前は。
 卑怯者め。

 剣を抜かなきゃ。
517: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:58:25.82 ID:i6iad9cF0
 いや、そんなことができるはずはないのだ。だって俺の剣はビュウの腹に突き刺さってるから。
 何より、俺の右手はたったいま、俺の支配下から逃れたから。

 手首から鮮血が噴き出る。もぎたてのトマトみたいな色。幼馴染のあいつが、好きだった色。
 それでもあいつはきっと血は好まない。俺には分かる。

 ……夜這いでもかけとくんだったなぁ。

 急速に視野が狭まっていく中、さらに緑の鎧が頽れたのを、俺は見た。
 血にまみれた拳の、噂にしか聞いたことのない、参謀殿のご尊顔を拝見した。

 ひたひたと足音が聞こえる。

 ひたひたと。

 俺は手を伸ばした。そこに誰かがいるような気がしたから。人間ではない何かが。

 でもきっと、そんなのは俺の気のせいだと思う。いや、絶対にそうだ。

参謀「あなたたちの犠牲は無駄にしません」

 そんな言葉が聞こえる。こいつは俺の名前を知ってるんだろうか? 知っているはずがない。だって、所詮俺たちは雑兵なんだ。

 いいか、最後に教えてやろう。俺の名前はポルパラピ

――――――――――――――――――
518: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:59:03.99 ID:i6iad9cF0
――――――――――――――――――

 着弾確認の合図が届く。自軍も巻き添えにしたようだが、なに、どうということはない。ここからでは人の死はわからないし、いずれそれは数字に変換されるだけだ。

 観測手がタイミングと方角の指示を出す。次撃、南南西に二度調整、三秒後に詠唱開始、一種三級魔法火炎礫を三連。オーダー。

 詠唱開始。

 発射。

 着弾確認。

 次撃指示。調整なし、五秒後に詠唱開始、魔法種同上、単発。オーダー。

 魔力の枯渇の合図があった。後方支援大隊一種魔法隊第十四班は一度下がり、代わりに十五班が詠唱を開始する。

セクラ「先輩、戦争ってこんなもんなんですか」

 一年坊のセクラだった。回復用の聖水を呑みながら、あっけらかんとした様子で俺に言う。

セクラ「ハーバンマーン先輩が驚かすから、どんなふうかなって思ってたんですけど」
519: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 02:59:39.71 ID:i6iad9cF0
 ハーバンマーン。俺と無意味に張り合ってくる、あの出来の悪い男のことを想像するだけで顔が歪む。やめてくれ。
 俺のそんな表情を読みとったのか、セクラは慌てて頭を振って、

セクラ「ジャライバ先輩の機嫌を損ねるつもりはなかったんですよ?」

 俺はわかっているという風に頷いた。名門ムチン家の流れを汲むこのジャライバ・ムチンがあんな男に気を取られるはずもないのだ。
 そこをあえて言葉には出さず、態度で示してやるというのがいわゆる嗜みというやつである。

儀仗兵長「調子はどう」

 休憩所の扉をくぐってやってきたのは儀仗兵長だ。初老のおばさんで、物腰柔らかな淑女。魔法の力も理論も確かにずば抜けて凄いが、一つだけ言わせてもらえば、他国の出自というのが惜しい。

ジャライバ「特段異常はないです。前線のやつらの頑張り次第じゃないですか」

ジャライバ「前線はどうなんですか」

儀仗兵長「押しつ押されつ、といった感じらしいわ。均衡しているというよりは、ある個所で前進、ある個所で後退、というような」

ジャライバ「基地に手さえかかれば攻城槌で一発なんですがね。あんな障壁さえなければ、俺一人で壊滅させられますよ」
520: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:00:14.88 ID:i6iad9cF0
儀仗兵長「……そうですか。頑張ってください。尽力、期待してます」

ジャライバ「言われなくてもそうしますよ。こんな埃っぽいところにはあんまり長く居たくないですし」

儀仗兵長「前線の一部で後退が始まっています。サポートをお願いします」

ジャライバ「兵長は?」

儀仗兵長「お手伝いをしたいのはやまやまなのですが、各部隊の報告の集積があります。これで失礼します」

 儀仗兵長が外へと出ていく。忙しいのは確かなのだろう。疲労の色が濃い。
 とはいえ、そんなの俺だって同じだ。朝から魔法を唱えっぱなし。単純な火炎魔法なのが不幸中の幸いだろうか。

セクラ「先輩、いきましょうよ」

 セクラが急かす。ほかにもぞろぞろと外へと向かっていく。全く、慌ただしいやつらだ。庶民はゆとりを生活に持たないから困る。
 しかし庶民に付き合うのも集団の中では悲しいかな必要なのだ。俺は椅子から腰を下ろし、外へと続く。
521: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:00:43.64 ID:i6iad9cF0
 外にはすでに十三班、十五班の面々が立っていた。どうやら三班合同での詠唱らしい。それまで巨大な魔法を唱えるとは考えにくい。質より量だろうか。

 十三班の隊長が指揮を執り、通信機を基にして方向、強さ、魔法種を指定していく。俺たちはそれに従って詠唱を開始、魔力を練る。

 三十数人の中心で魔力の塊がうねりを上げていた。渦巻く光。それに働きかけて炎の性質を付与していく。
 詠唱も終盤に差し掛かる。すでに何度も唱えている詠唱を、俺は無難に終わらせた。

 魔力の塊が一層の光を放ち、砕け散る。
 失敗ではない。粉々となった魔力の欠片が、拳ほどの散弾となって、細かく、しかし殺傷力も十分に、敵の陣営へと降りかかるのだ。

 丘の上からでは大して戦況を見ることはできない。しかし、今の俺には目をつむっていてもわかる。降り注ぐ炎に為す術もなく逃げ惑う敵兵の姿が!

 第二射の用意。俺は杖を握り、精神を集中させる。

 と、その時、生ぬるい風が吹いた。

 俺は思わず風上を向く。なんだかとても嫌な雰囲気が流れてきている。

 衛兵が死んでいた。

 え?
522: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:01:13.60 ID:i6iad9cF0
 思わず喉から変な声が出る。詠唱も止まる。止めてはいけないと、理解はしているのだが。
 魔力が不安定になって歪み始める。俺だけのせいじゃない。その証拠にほら、ほかのやつだってそちらを見て――

 セクラが倒れた。うつぶせに倒れたその背中に、大ぶりのナイフが一本、深々と突き刺さっている。
 いやいや、まさか、そんな。

「敵襲、敵襲ッ! 敵しゅ――!」

 叫んだやつもまた死んだ。人海を割ってナイフを振り上げる、黒い装束に身を包んだ数人が、俺の視界目いっぱいに入ってくる。

 太陽光がまぶしい。刃に反射したそれで、目が痛い。

 嫌だ、嫌だ! こんなの、嫌だ!

 衛兵め、衛兵め、俺を守ることすらなく死んでいきやがっ

―――――――――――――――――
523: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:01:42.54 ID:i6iad9cF0
―――――――――――――――――

ルドッカ「遅い……」

 嫌な予感を押し込めて私は槍に突き刺さった兵士の体を捨てる。だいぶ切れ味は鈍い。殆ど棍棒に近くなっている。それでも、大事な武器には変わらない。
 ルドッカ・ガイマン、二四歳。鍛冶屋の両親に作ってもらったワンオフを片手に、私は今日もまた、人を殺す。

 合流地点では自軍が大きく後退を余儀なくされていて、私はその殿を務めていた。追っ手の前に立ちふさがって、何とか時間を稼ぐ。

 刃を柄で弾き返し、そのまま遠心力を保って脳天へと打ち付ける。
 確かな手ごたえ。目の前の兵士は昏倒し、地面に倒れこんだ。じわりじわりと地面に鮮血が広がっていく。

 同じく殿を務める者たちの、鉄をぶつけ合う音がそこらで聞こえる。それに交じって、悲鳴や怒声や怨嗟、そして鬨の声も。
524: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:02:09.33 ID:i6iad9cF0
「痛ェ、いてぇよぉっ!」

「走れ! 右だ右だ右だ、そう、早く!」

「全員突っ込めぇっ!」

「欠員多数、どうしましょうか!?」
「てめぇの胸に手ェ当てれや!」

「誰か助け――ぐぇ」

「このまま攻め込むぞ!」
「そうはさせん!」

「早く救援を!」

 その救援が私なんだけど、声の主なんてわかりっこない。そもそも敵なのか味方なのか。
 友軍なら命を懸けて守り抜かなきゃならないし、敵軍なら命を懸けて追い返さなきゃならな。それが私の仕事なのだ。
525: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:02:39.48 ID:i6iad9cF0
 通信機からは依然何の連絡もない。泥仕合だ。せめて、せめて現状の把握さえできれば、この先の見えない戦いに希望も持てるんだけど。
 通信兵は恐らく死んだのだと思う。所詮私は遊撃隊で、便利な手ごまに過ぎない。頼れるものは仲間よりも自分の技術。

 もしかしたらここは切り捨てられたのかもしれなかった。ここを餌にして、大きく別働隊が今まさに切り込んでいるのかもしれなかった。シビアな考えこそが生存戦略なのかもしれなかった。
 かもしれない、と続けたところで不毛なのはわかっている。私だって、普段ならこんな堂々巡りを考えたりはしやしないのに。くそっ!

 火球が飛んでくる。十メートルほど先で炸裂したそれは土塊を巻き上げ、火が産毛を焼いて吹き飛んでいく。
 思わず細く息を吸った。下手したら死んでいた可能性もある。

 ぐ、と槍を握りなおす。力は入る。確かに私は、生きている。

ルドッカ「ケツに喰らいつきたきゃ、私を倒してからにしなっ!」

 煙を抜けてやってきた兵士を三人、真正面に見据え、大見得を切る。こちらもぼろぼろだがあちらもぼろぼろ。鋭い動きなんてできやしないだろうに。

ルドッカ「死ね!」

 それでも体は動くのだ。動いてしまうのだ。
 まるで黒い糸に操られるように。
526: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:03:13.87 ID:i6iad9cF0
 剣で肉を削がれながらも三人を倒す。倒れ伏した三人に、念には念を入れて槍の穂先を突き刺した。

参謀「お疲れ様です」

 音もなく、陰気な男が現れた。一瞬身構えるが、見たことがある。確か……そうだ、自軍の参謀だった、はずだ。
 参謀なのに前線に出る不思議な男として有名だった。茫洋としてわからないが、どうも実力のある魔法使いらしい。近接格闘タイプの。

ルドッカ「全然、状況がっ……はぁ、わからないん、ですけど」

 喋ると思わず噎せ返りそうだ。体が奮い立ってくれないのはもどかしすぎる。

 参謀は遠くを見据えるように目を細めた。

参謀「互いに戦線が伸びきっていて、このままでは敵の本隊が間に合ってしまいます。可及的に速やかに攻略する必要がある」

ルドッカ「そんなことはわかってるんですよ!」

 思わず大きな声が出た。

ルドッカ「……指揮系統が崩壊して、乱戦になってます。体勢を立て直さないと」

参謀「そう、ですね。三十分だけ持ちこたえてください。こちらも切り札を抜きます」
527: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:04:51.53 ID:i6iad9cF0
 この戦いは、否、この戦争は電撃戦でなければいけない。相手に対策の余地がないほどに素早く攻め込み、粉砕する必要がある。そんな目的なんて私は何度も聞いた。
 長引けば長引くほど不利になるんですよと、言葉が口元まで出かかった。三十分あればどれだけの数の命が失われるのかわからないのか。切り札とやらがあるなら、抜けるなら、今だろうに。

 わかっているのだ。参謀は恐らく、適当なことは言っていない。私は敵を一人でも多く殺して、味方を一人でも多く生かすのが役目。彼はこの戦争を勝利に導くのが役目。その差は大きくそして深い。

ルドッカ「三十分、ですね。本当に三十分あれば」

 突如背後から飛び出した黒装束の男――敵軍の特別遊撃隊の首根っこを捕まえ、へし折って、そのあたりに放り投げてから、参謀はこちらに顔を向けた。

参謀「……あれば?」

ルドッカ「……!」

 言葉も出ない。
 黒装束が手練れなのは明らかだった。そしてそれを容易く撃墜した参謀の鮮やかさは、私の技量を軽く上回る。人間業でないかのように。
 私は微動だにできてないというのに!

ルドッカ「……あれば、なんとかなるんですね」

参謀「それは、もちろん。保証します。だからあなたはこれ以上敵を進行させないでください。広がられると、厄介だ」
528: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:05:20.05 ID:i6iad9cF0
 私は槍をぐっと握り締めた。私には私にしかできないことがある。今は参謀を信じるしかない。
 頷いた。参謀に対してというよりは、自分の中での決意を確かめるため。

ルドッカ「わかりました。任されました」

 参謀は軽くうなずいて、奥歯を噛み締めた。苦痛に歪んだ理由に思い当たる節はないが、指摘するよりも先に、彼は風だけを残して姿を消した。転移魔法か、ポータルを使ったのだろう。
 少し遅れて、蹄鉄が地面を打ち鳴らす音が聞こえてきた。コバ。コバ・ジーマ。歴戦の強者で、私たちの指導教官でもある。
 彼は返り血に塗れていた。きっと私だってそうなんだとは、思うけど。

コバ「生きていたか」

 ぶっきらぼうにコバはそう言った。普段からこんな人柄だけど、戦場の彼は、いつもよりもっと無機質だ。心を努めて掻き消そうとしているのが見て取れる。

ルドッカ「参謀が来ました。暗い感じの男性で」

コバ「あいつか……何かされなかったか」

 眉間にしわが寄せられる。私はコバの背後にあるものを理解できない。
529: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:05:49.89 ID:i6iad9cF0
ルドッカ「三十分でいいから持ちこたえてくれ、と。切り札があるから、と」

コバ「いや、そういうことでは……まぁいい。それで、なに? 三十分だと」

ルドッカ「はい」

コバ「……」

ルドッカ「あの、教官?」

コバ「あいわかった」

 コバは手綱を引いた。途端に馬がのけぞり、大きく嘶く。
 戦場を劈く大きな嘶きだ。
 
 風が吹いた。ずぉおおおと音を立てて耳元を過ぎていくそれは、単なる風ではない。周囲の――敵も味方も問わない兵士たちの視線が練りこまれた風だ。
 コバが手に持ったハルバートを高々振り上げ、叫んだ。

コバ「やぁやぁ! 我こそは歩兵部隊第二中隊隊長、コバ・ジーマである! この殿を努めさせてもらう!」

コバ「友軍の背中を狙う者ども! 俺を乗り越えてからゆけぇええええっ!」

 栗毛の馬が地を蹴った。軽快な音とともに砂が舞う。
 振り回されるハルバート。当然剣の先はコバと、彼の足である馬に向けられる。それらを軽快なステップで回避し、もしくは無理やり馬ごと突っ込み、コバは友軍に追いすがる敵兵を蹂躙していく。
 私は自分の体が動いていないことにようやく気が付いて、びくっと振るわせる。
530: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:06:22.81 ID:i6iad9cF0
 コバの頭に矢が命中する。矢は大きな音を立てて弾かれこそしたけれど、その衝撃は消しきれるものではない。コバは思わず前後不覚になってぐらついた。
 そこを見逃さず敵兵たちは剣を向けてくる。私はとっさに彼らに指を向け、呪文を詠唱した。

 ぽすん!

 あまりにも幼稚な爆発だった。子供だましの、花火にも劣る白煙が、コバを中心として起きた。しかし、どんなちゃちな爆発だとしても、それは敵兵の動きを一秒止めるには十分だ。
 そして、一秒動きを止めていられたなら、詰めるにも十分すぎる。

 無我夢中で突き出した穂先が敵兵の喉を貫く。ぐぇ、という声、妙に固く、かつ柔らかい感触。体中を虫が這いずり回る――不快感が全身を支配するのだ。

 人なんて殺したくないのに!

 それでも、私は、

ルドッカ「死にたくない。殺させも、」

 しない!
531: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:06:52.39 ID:i6iad9cF0
 そのまま大きく槍を振って、近くの兵士をなぎ倒す。殺すことはできないまでも距離さえ取れれば問題はない。

ルドッカ「大丈夫ですか」

コバ「お前は逃げろ!」

ルドッカ「は?」

 何を言っているのかわからなかった。コバは優しい人だ。だからといって、職務放棄を促す人物ではない。それに、自惚れだとはわかっていても、言ってしまう。

ルドッカ「私がここを離れたら、誰が殿を守るんですか!」

コバ「俺がなんとかする。三十分間。お前はだから、できるだけ遠くへ逃げろ」

ルドッカ「ほかの皆は!?」

コバ「戦場でほかの皆とか考えてるんじゃあねぇ!」

ルドッカ「おかしいですそれは矛盾です! だって、教官――」

 ――自分一人で死ぬつもりじゃないですか!
532: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:07:22.37 ID:i6iad9cF0
コバ「うるせぇ! こちとらそんなこたぁ百も承知の上だ!」

コバ「この世にはな、大局的に物事を見られるやつがいる。その中には、見すぎちまうやつも、いる」

コバ「俺たちがそんな奴らのために何かしてやる必要はねぇ」

ルドッカ「意味がわかりません!」

コバ「それは俺がまだ軍人だからだ。喋りたくても喋っちゃならねぇことは喋らねぇもんだ。だけど、ルドッカ。何をやっても勝てればいいだなんてのは思い上がりだ。それは所詮人間の考えにすぎねぇ」

コバ「俺たちは確かに人間だ。神様じゃない。できることには限界がある」

コバ「だけど、だからこそ、俺たちは人間並みでないことを目指すべきなんだ。そうだろう」

コバ「目的を達成できないのは三流だ。目的を達成できて、まだ二流」

コバ「目的のために手段を選んで一流になる。それはつまり勇気があるってことだ。お前には勇気がある。俺には分かる。あっついハートが俺には見える」

コバ「だから、行け。手段を選んで勝て」

ルドッカ「いつか手段を選ぶために、今手段を選ぶなと!?」

コバ「そういうことじゃ――」
533: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:08:49.37 ID:i6iad9cF0
 コバが勢いよく振り向いた。怒りの冷めやらぬ中、それでも私も反射的に振り向いてしまう。長年の訓練の賜物というやつで。

ルドッカ「……なに、あれ」

 明らかに異様な存在がいた。丸太のように太い腕。樽のようなシルエット。白銀の甲冑に、長い剣。
 身の丈は約1・8メートル。兵士としては普通だけれど、気当たりのせいかもっと大きく見えた。

 コバの舌打ちが聞こえた。

コバ「来ちまったか」

ルドッカ「教官!」

 あれの正体を聞くより先に、コバが飛び出していく。最後に私に声をかけて。

 逃げろ、と。

 あれから逃げればいいのですか? それとも、もっと大きなものから逃げればいいのですか?
 どのみちあなたとみんなを置いて?
534: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:09:33.56 ID:i6iad9cF0
 そんなことできるはずがなかった。できるとも思えなかった。
 私はわかってしまった。私が加勢しても、あの白銀には勝てない。あれは恐らく人間でこそあるが、もっと次元の異なる存在だ。煌めく魔法のヴェールを身に纏った至高の戦士だ。

 子供だましな爆発呪文しか使えない私とは、天地ほども差がある。

 もう一度柄をしっかりと握って、地面を踏みしめていることを確かめた。踏んばらないと倒れてしまう。
 わけがわからない。この世には私のわからないことが多すぎる。コバが言っていたことの意味も、何よりこの戦争の意義も、私は何一つわからないのだ!
 それらは大事なことのはずなのに、大切なことのはずなのに。

 私は周囲を見回した。歴々たる死体が築かれている。四肢の欠損、鼻っ柱に叩き込まれた刀剣、血の海、身体の痙攣、様々な形のグロテスクがそこには山積していた。
 敵軍も友軍もいる。彼らはわかっていたのだろうか? この戦争の意義を。なぜ自分たちが人を殺し、人に殺されなければならないのかを。

ルドッカ「っ!」

 物思いに耽っている暇などありはしないのだった。友軍は今も逃げ続けているが、まだ背中は近い。それに追いすがる敵の姿も見える。
 コバへと視線を向けた。白銀との死闘が、僅かに、見える。劣勢だ。当然だとも思う。あの白銀は、風に聞こえる豪の者に違いない。隣国にそのような魔法剣士がいると、確か聞いたことがある。

 頭がぼーっとする。
 私は何をやっているんだ?
535: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:10:48.10 ID:i6iad9cF0
 敵兵の刃が味方の背中を切り裂いた。その敵兵もまた、味方の矢に顔を穿たれて死ぬ。

 何もわからないんなら考えるだけ無駄なのかもしれない。

 ふと浮かんだその考えを振り払う理由を私は持っていなかった。

 こんなはずじゃあなかったなどと泣き言を言うつもりはない。だけど、それにしたって、私たちは所詮一つの駒に過ぎないのだという考えを受け入れるほど、人間ができているわけでもない。
 あぁ――それだのに、どうしてこんなに思考停止がしたいのだろう。

 無我夢中で走りだした。逃げるつもりは毛ほどもなくて、ただひたすらに、槍を振るって敵陣中央へ特攻していく。
 同じく殿を務めている一団と合流した。数は三十前後といったところだろう。対して敵は百近くいる。なぜこんなにと思うが、白銀の部下に違いない。確かに練度も段違いだ。

 その中には少年兵がいた。新進気鋭の兵士なのだろう。幼いながらもその面構えは戦士のもので、二回りは年上の兵士と剣を交えあっている。

 彼の頭が炸裂した。

 至近距離からの石弓による狙撃――いや、狙撃と呼べるほど精度の高い射撃はこちらにはできない。流れ弾に被弾したに過ぎないのだ。
 それでも人は死ぬ。
536: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:11:15.92 ID:i6iad9cF0
 視界が歪む。滲む。気が付けば私は泣いていた。

 私たちは、敵も味方も、どこへ向かっているのだろうか。
 約束の地は見えてこない。ただ、先頭の旗手が振る御旗を目指して、がむしゃらに走っているだけだ。

 逃げることなどできるものか。
 叶うことなら一刻も早く、一秒でも早く、

ルドッカ「誰か私を……」

 楽にしてくれ。

ルドッカ「うぉああああああっ!」

 走った勢いで兵士たちの顔面を穿っていく。最早槍は捨てた。信念も、誇りも、この手には重すぎる。

 目玉と脳漿を横目で流しながら、兵士が取り落とした剣を拾った。敵兵が眼を剥いてこちらに迫ってくる。獣のような風貌。私も、もしくはそうなのだろうか。
 しかし、だとすれば随分と楽だ。こちらも向こうも。

 獣が相手ならばそれこそ何も考えなくてもいいのだから。
537: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:11:49.21 ID:i6iad9cF0
 振り下ろされる剣。振り上げる剣。私の剣は後者で、そして前者を叩き折って、そのまま敵兵の肋骨すらも叩き折る。
 体の中央で刃が止まった。敵兵はがひゅ、がひゅ、と不規則な呼吸を発し、最後の力を振り絞って一歩前に出たが、そこで倒れる。

 私は剣から手を離す。頼れるものは何もない。
 せめて味方が私を頼ってくれさえすれば。

 激痛が走った。それだのにどこかその痛みは体から分離されていて、あくまで客観的に、私は激痛の発生地である脇腹を見る。
 腹から刃が突き出ていた。

 刃が捩じられる。ぐじゅ、という不快な音とともに肉が捻られて、思わず私は歯を食いしばる。

 反転。

 聞くに堪えない音が耳へと届くが、それの発生源が私であろうとなかろうと、そんなことはどうだっていいのだ。
 僅かでも味方を避難させられれば、それで。
538: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:12:35.65 ID:i6iad9cF0
 振り返った先には老兵がいた。驚いた様子でこちらの顔を見ている。失礼な。
 私は別に幽霊じゃないというのに。

 拳を振り上げて老兵の顔面へと叩きつける。一発目は防がれたので、もう一度。今度こそ鼻っ柱へとクリーンヒット。
 倒れた老兵の腹に馬乗りになって、ひたすらに顔面を殴打し続ける。

 殴打。
 殴打。
 殴打!

 次第に手の感覚がなくなってくる。手甲に守られた拳が痛い。いや、拳というよりは手首だろうか。

 老兵が動かなくなっているのに私が気が付いたのは、地面に血まみれの歯が散らばり始めてからだった。まるで呆然として、縁側で一息つくように「ほう」と息を吐く。
 口の端から伝うものは、血だ。

 地面には血が海のようになっていて、恐らくそれは、老兵のものだけではないのだ。

 思わず地面に倒れた。視界の中では死屍累々。そしてさらにその中で、遠くから白銀が近づいている。
 あぁ、コバは死んだのだな、と悟った。
539: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:13:08.47 ID:i6iad9cF0
 右手は動かない。左手も動かない。
 足は……左だけが、僅かに動く。

 だけれどそれにどんな意味があるのだろう。ただ座して死を待つだけの最期を汚す必要はあるまい。

 意識に段々と靄がかかっていく。これで大丈夫だ、もう楽になれる。私は十分頑張った。仲間が逃げる時間も、ある程度は稼げただろう。だから、おやすみなさい。

ルドッカ「――」

 私は、何かを言った。のだと、思う。

 あぁ、眠い。

 私はもう一度呟く。内心で。

 おやすみなさい。

――――――――――――――――――
540: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:13:42.96 ID:i6iad9cF0
――――――――――――――――――

「寝るのにはまだ早いですよ」

――――――――――――――――――
541: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:14:09.20 ID:i6iad9cF0
――――――――――――――――――

 なぜだか俺は生きていた。ポルパの剣に腹をぶち抜かれて、それで……?

 それで?

 手を見る。体を見る。確かにぼろぼろで、生きているのが不思議なくらいで、それでも確かに、生きている。

 いや、生きているのか?

 仮にも自分の体だ。そこはかとない自覚はあった。体の奥からの鼓動が感じられない。かといって現状は戦場で、夢にも見えない。夢だとしたらこれは、あれだ。

ビュウ「悪夢だな」

 ずらりと目の前に兵士の大軍。
 その数、およそ二百。
542: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:14:57.34 ID:i6iad9cF0
 対するこちらは数十名。参謀を先頭にして、コバ、ルドッカ、そして……なんだ、ポルパもいるじゃないか。ほかには、どうしてだ? 儀仗兵のやつらも前線に出て来てやがる。

 参謀が指を前に示した。

 ぐん、と俺の体が前につられて動き出す。

 え?

 なんだ、これは。

 それは俺だけじゃない。周りの人間も顔だけがひきつった様子で、それでも体は真っ直ぐに、引きずられるように、前へと突き進んでいく。

ビュウ(なんだよこれぇっ!)

 声は出ない。先ほどまでは動いていたのに!?

ビュウ(なんだこれ、なんだ、なんだこれ!)

ビュウ(なんだなんだなんなんだよぅ!)

 思考は止まらない。体も止まらない。
 こうしている間にも体は勝手に敵兵をなぎ倒していく。おおよそ今までの俺とは違う、素早い動き。力強い剣の振り。そして何より、

ビュウ(痛みがねぇ!)
543: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:15:35.56 ID:i6iad9cF0
 怖い怖い怖い怖い怖い!
 全てが糸で操られてるみたいだ!

 俺が一人を切り伏せる間に、三人が俺の体を切りつける。だけど俺は倒れない。どういうことだ? お前ら、そんな不思議そうな顔をして、困惑した顔をして、俺を切るんじゃない!
 俺だってわかんないんだから!

 嫌だ嫌だ嫌だ、だって俺はこんなの知らない!
 こんなの望んでない!

 ちらっとでも、楽になれるんだと思ったのに!

 大軍は強い。強すぎる。煌めく粒子をその身に纏った兵団は、身体能力が向上しているのか、おおよそ人間離れした動きを見せてくる。
 だけど、悲しいかな、人間離れっぷりではこっちのほうが数段上をいっている。

 これほどまで悲しいこともそうそうない。
544: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:16:02.23 ID:i6iad9cF0
 だけれど、事実として俺たち三十人が、人間離れした二百人と渡り合えているのもまた事実なのだ。

 みんなが地獄のような顔をしている。
 ルドッカも、コバも、残らず。
 きっと俺だって。

 戦場の中心で白銀と参謀が戦っているのが見えた。どちらにも疲労の色が濃い。いや、白銀に関しては、純粋な驚きと恐怖か? そりゃそうだろうな。俺だってそうだ。

 どうだっていいことを考えている間にも体は敵兵を殺していく。眼に血液が入って視界が赤く染まっても、自動的にターゲッティング、アタック。
 そして俺の顔面に剣が叩き込まれて、一瞬だけ意識が

――はぁ、この通りだ。嫌になる。
 ちなみにこうしている間にも俺は死んで? いる。

参謀「もうそろ、時間ですか。時間切れでも、ありますけど」

 参謀の声が遠巻きながら聞こえた。時間。タイムリミット。いったい何がそこにあるというのか。

 空が唐突に光を放った。
545: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:16:36.83 ID:i6iad9cF0
 戦場のど真ん中に、突如としてばあさんが――国王様のそばでよく見かける、険しい顔をしたばあさんだ――現れた。
 緑色の光を放ち、力に満ち満ちていて、

 ?

 俺は首を捻った。つもりだ。
 なぜなら、ばあさんがあまりにも、虚ろな顔をしていたから。

 ばあさんが杖を天に突きだした。

 緑の波動が、迸る。

―――――――――――
546: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:17:04.68 ID:i6iad9cF0
―――――――――――

 老婆が放った波動は、その場にいた有象無象の人間を、

 ……単純に表すならば、「殺した」。

 老婆は確かに数百の人間を殺しはしたが、それは決して殺戮ではなかった。血みどろの、惨たらしい、殺人ではなかった。
 単に彼女は「死」を与えただけだ。

 敵と味方の区別なく、老婆が放った緑の波動は、あたり一帯を森へと変えた。
 全ての人間は、老婆を除いてその養分となった。

 緑の波動は敵拠点の障壁すらも吸い取って、打ち砕く。
 老婆の血に刻まれた、長き肉体改造の果ての、膨大な魔力。それによってはじめてなしえる特大魔法。例え九尾でも真似は到底できないだろう。

老婆「……」

 彼女はあくまで無言であたりを見回した。嘗ても彼女は同様の魔法を唱え、大森林の拡大に一役買ったことがある。思うことは、数十年たった今でも変わらない。

 こんなことによって得られる平和に意味があるのか?
547: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:17:32.48 ID:i6iad9cF0
 いや、わかっているのだ。彼女には力がない。彼女にあるのは人を殺して平和を勝ち得る能力だけで、人を殺さずして、もしくは最小限の犠牲で平和を勝ち得る能力はない。
 だからこそ彼女は勇者に期待をせずには――否。願わずにはいられなかった。
 全てを救うと嘯く彼が、自分の夢をかなえてくれると。

「また、派手に、やりました、ね」

 樹木が声を発していた。参謀の声である。
 全てを気に吸い尽くされても、まだ自動操作は健在らしい。全くしぶとい人間である。

老婆「派手にやることしか、できないのでな」

「ともかく、敵の進軍は、水際で、止められまし、た。あとは、第二軍を出して、攻めれば、ひとまずは」

老婆「勝ち、か」

「はい」

老婆「お前はどうするんだ」

「僕は、もう無理ですね。死んでる体を、動かすのも、限界です」

老婆「魔力を回復してやろうか?」

「勘弁、して、くださいよ」

「魔力が切れたら、隊長も、本当に死にます」

「けど、それでいいような気も」

老婆「そうか」
548: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:18:01.02 ID:i6iad9cF0
「勝って、ください」

老婆「わかった」

「最後に、立ってさえ、いれば。それで、勝ちなん、ですから」

老婆「何千何万死んでも」

「はい」

老婆「儂もずっとそう思っていたよ。そう思い込もうとしていた」

「勇者、さん、ですか」

老婆「……」

「図星、ですか」

老婆「あいつなら、できる気がするんじゃ」

老婆「根拠など何もないんじゃがな。限りない愚か者のあいつなら、きっと、いつか、必ず」

老婆「そう思うのは、このババアの勝手じゃろうか」

老婆「……」

老婆「参謀?」

 木は喋らない。当然である。死んだ人間が動かないように。
 それが自然の摂理というものだ。
549: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/08(木) 03:19:13.79 ID:i6iad9cF0
 だが、それを曲げようとする者がいるのもまた、自然の摂理と言える。

 老婆は通信機を取り出した。

老婆「全隊へ次ぐ。ただちに敵拠点を攻撃し、制圧してくれ。兵站を断っている今が勝負じゃ」

老婆「攻められるかぎり、攻めろ」

 通信機をそう言って切って、空を仰ぐ。

老婆「くそ」

―――――――――――
555: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:25:38.29 ID:vmtqTpQG0
―――――――――――

 振動で少女は目を覚ました。

 カーテンの隙間から朝日が漏れ、差し込んできている。名前のわからない鳥の声も聞こえてきた。
 どうやら昨晩は泣き疲れてそのまま眠ってしまったようだ。顔を見ればきっとひどい顔になっているのだろうと少女は思う。

 部屋の隅には見るからに上等そうな化粧台が置いてある。少女はそもそも化粧などしたことがない。それに、泣き腫らした顔を見るのも嫌なので、見なかったことにしてベッドから立ち上がった。

 いい部屋で、いい空気である。ここが敵地ではないのならば最高だっただろうに。

少女「地震……?」

 やはり、床が揺れている。自らの呟きを、少女はすぐに撤回した。揺れが地震のそれとは違う。
 地震ならば継続した揺れのはずだ。しかしこの揺れは、短く、断続的で、しかも存外に強い。

 まさか塔が崩壊することはないだろうが、いったい外で何が起こっているのか。
 少女は思わず早足になってカーテンを開いた。
556: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:28:24.05 ID:vmtqTpQG0
 あたり一面の森が広がっている。深い深い森だ。葉の色も、緑というよりは黒に近い。
 視線を下せば河川が見えた。それを追っていくと、はるか遠くに見える山々と、その中間地点あたりに城壁が見える。

 隣国にはあのようなものを建造する文化はないし、かといって少女の国にもああやって都市を防衛するところは少ない。共和国連邦か、宗教公国か、どこかだろう。
 そこまで考えて少女は随分と遠くに連れ去られたものだと感じた。同時に、自分が諦念を覚えているということもまた。

 窓からは一体何が起きているのかを把握することはできなかった。窓の向きが違うのだ。
 部屋から出られないか――そう思ってドアノブを回すが、やはり回らない。

少女「当然か……」

 厳密な意味での人質ではないにしろ、少女が囚われの身であることに変わりはない。そう簡単に出してもらえるはずもなかった。

 そうしている間にも断続的に揺れは続いている。

 気になる。気になるが――今の彼女にできることなど何一つない。
 そしてそれが無性に彼女を刺激するのだ。

 彼女の劣等感を。

 お前にできることなど何一つないのだと言われているようで。
557: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:31:18.46 ID:vmtqTpQG0
??「どうした」

 突然の声に振り向けば、漆黒の甲冑が立っていた。首から上のないその姿は、塔の主、デュラハンである。

 少女は警戒こそすれど、彼が見境なしに襲ってくるわけではないと理解していた。一定の距離を取りながら尋ねる。

少女「何か、起こってるの?」

デュラハン「あぁ、そこで戦があるらしい」

少女「いく、さ?」

 たった三文字の言葉だのに、頭にすっと入ってこなかった。

デュラハン「二つの王国がぶつかっているようみたいだね。名前は……何と言ったかな。俺はほら、この通りだから、どうにも物覚えが悪くて」

 緊張をほぐすつもりの冗談だったのか、デュラハンはにこやかに言ったが、少女としては気が気でなかった。
 なぜなら、王国はこの大陸に二つしかないから。

 少女の故郷を含む王国と、隣国。

 それらが、戦争をしている。
558: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:31:54.32 ID:vmtqTpQG0
 理解できなかった。
 確かに危険な雰囲気はあった。どちらの国も旱魃による凶作で、食料が足りなくなっている。鉱山や水資源の小競り合いも、最近は多い。

 それに輪をかけた魔族の活動の活発化。地力を確保するためには合法、非合法問わない成長戦略がとられていたとも聞く。

 だからこそ少女たちは魔王を倒すために出たのだし、勇者たちもそうである。

 が、王城の中にいてなお、少女はそんな話を聞いたことがなかったし、予感もなかった。密かに準備を進めているという噂はあったものの、いったい何が火をつけたのか、判然としない。

 無論少女は知らない。アルプが王城にてしでかしたあの一件が、王の口実として掬われてしまったのだと。

少女「まだ、アタシと戦いたいの?」

デュラハン「もちろん!」

 ご機嫌にデュラハンは言った。
559: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:32:31.27 ID:vmtqTpQG0
デュラハン「……と、言いたいところだけど、もうくたくたでね。いや、楽しかった。だけどやっぱり、疲れるもんは疲れるもんだ」

 この異形の者が何を言っているのか少女には皆目見当がつかない。ただ、デュラハンが至極機嫌がよいのだな、ということは伝わった。

 少女はかねてから疑問に思っていたことがあった。それは、魔族と魔物の違いについてである。
 人間の中では魔族は魔物の上級としての扱いをされている。それはつまり、智慧の有無を指している。具体的には意思の疎通、ある程度の将来を見通した行動などが含まれる。また、純粋な戦闘力も。

 その差は一体どこで生まれてくるのか。少なくともデュラハンをはじめとする四天王が、瘴気に侵された野生動物と根を同じくするものだとは思えなかったのだ。

 デュラハンには喜怒哀楽がある。意思の疎通もできる。ジョークを介し、好む。自らの嗜好を理解したうえで存在している。そんな存在がいったいどこから生まれるのか。
 人間のような生殖をするとは、どうしても彼女には思えなかった。血脈の存続を目的とした機能がそもそも備わっているようには見えない。

デュラハン「どうかした?」

少女「……妙に人間臭いんだな、って」

 少女はデュラハンが所謂「悪人」だとは思っていなかった。自らの戦闘欲求を満たすために人身を誘拐するのは確実に「邪悪」な行いであるが、それでいて彼はどこまでも紳士的であったから。
560: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:33:02.34 ID:vmtqTpQG0
 少なくとも少女のその認識は、彼女にデュラハンとの会話を成立させる程度には警戒心を解かせていた。

デュラハン「人間臭い、人間臭い、か」

 デュラハンは得心が言ったような笑みを浮かべている。

デュラハン「ま、それはしょうがないだろうね。俺たちは魔族だから」

少女「魔族だから、どうなの」

デュラハン「人間がどう分類してるかわからないけど、俺たちが使う『魔族』ってのは、魔王様から直々に生み出された存在のことを指してる」

デュラハン「種族ごと生み出すこともあるし、単一の存在として生み出すこともあるね」

少女「……」

 いつの間にか少女は黙っていた。もしかすると、自分はかつてない情報を手にしたのではないか、魔族研究者が苦心しても手に入らない情報を、いともたやすく手に入れてしまったのではないかと思ったからだ。
561: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:33:33.92 ID:vmtqTpQG0
デュラハン「それにしても」

 デュラハンは器用に鎧の指を鳴らした。いつの間にそこにいたのか、子供程度の大きさの妖精が、部屋の隅でかしこまっている。

デュラハン「俺は疲れた。ひと眠りするよ。ウェパルに負けたのは悔しいけど――楽しかったなぁ」

少女「せっ、戦争って、どういうこと」

 部屋を出ようとするデュラハン相手に少女は慌てて尋ねた。ここ数日で激変してしまった世界。彼女だけがそこから取り残されている。

 それが怖いのだ。

 肥大化する自尊心。誰だって自分が特別な存在でありたいと願うし、誰かにとって――もしくは世界や社会にとってかけがえのない存在でありたいと願う。それはちいともおかしなことではない。
 人間の思春期にはありがちだという現象だ。だが、ゆえに根源的なものである。承認欲求はいつだってどこにだって付きまとう。

 「ここ」にいる理由がほしいのだ。誰かとつながっている実感がほしいのだ。こんな自分でも生きていいのだと、存在してもいいのだと、誰か太鼓判を押してくれ!
 と、思う。誰が? 別段彼女に限らない、世界中の人間が。
562: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:34:17.21 ID:vmtqTpQG0
 今まではそんなことを少女は思わなかった。彼女の世界は故郷の村で、家族と防人を務めていれば十分満足だったからだ。そこでは、彼女は確かに世界を守れていた。
 しかし世界の外には更なる大きい世界が広がっている。そこへと足を踏み出したのは彼女の意思だ。その選択を彼女は後悔したことはなかったし、これからも後悔することはないと感じていた。
 それでも現実は彼女を苛む。彼女は何も守れていない。そして、守れないことを正当化できるだけの論理も、無恥も、持っていない。

 そんなことは無視してしまえばいいのだと心無い人間は言うだろう。そして彼女は言うのだ。無視できるものならしたい、と。
 そうだ、あいつが悪いのだ、と彼女は思った。全てあいつが悪いのだ。全てあいつが悪くて、あいつのせいで、あいつがいなければこんな弱さを感じることもなかったのだ。
 弱さを認めて、見つめて生きるなんて、そんなことはできない。

 それだけが存在意義だったのだから。

 何に縋り付けばいいというのだろう。誰がこんな自分の手を取ってくれるのというのだ? 中途半端にしか人を救えない、こんな半端者の手を。

 思わず伸ばしてしまった手を思わず引っ込める。敵に対して手を伸ばすだなんてありえないことだ。考えられないことだ。
563: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:34:47.67 ID:vmtqTpQG0
 デュラハンは少女の瞳を見つめていた。それに気が付いて、少女は慌てて視線を逸らす。

デュラハン「……戦争のことは、俺にはわからないんだ。あの二人以上に強い存在がいるとも思えないし、興味はないね」

少女「だったら、早く戦って。あなたが満足するまで戦うから。だから、早くアタシを外に出して。戦争なんて放っておけない」

デュラハン「……」

 デュラハンは無言のままに踵を返す。

少女「ま、待ってよ!?」

デュラハン「今の御嬢さんには戦う価値なんてない。参ったね。鈍った心じゃ誰も切れないよ」

 そのまま音を立てて扉が閉まった。がちゃがちゃとドアノブを回すが、開かない。それはそうだ。監禁なのだから。

少女「待ってよ……」

少女「待って!」

 そのままぺたんと地面に座り込む。なんで? 頭の中はそれでいっぱいだった。戦う価値なんてないと、なんで言われてしまったのか。

 戦争に行かなければいけないのに。
 この手で誰かを救わなければいけないのに。
564: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:35:17.58 ID:vmtqTpQG0
少女「うぅううう……」

 喉の奥から嗚咽が漏れる。少女は歯を食いしばるが、体の奥底からこみあげてくるものは到底堪えきれるものではない。

 もしも、もしも自分が祖母のように強かったのなら、きっと何も悩む必要はなかったのだろう。誰かを守れないことに苦悩するなんてことは無縁の生活がおくれたのだろう。
 しかし、現実として、自分は弱い。弱すぎる。
 満足に誰かを守ることもできない、ちっぽけな人間だ。

 少女は、けれど、知らなかった。彼女の祖母、老婆の苦悩を。
 弱き者には弱き者の、そして強き者にだって、強き者なりの苦悩がある。彼女はそこにまで思い至らないが、それによって彼女が愚かだと断定するのは早計だろう。

少女「……!」

 まとも地面が揺れた。どこかで、こうしている間にも人が死んでいる。自分は何もできない。それがもどかしくてもどかしくて、少女は思わず絨毯に爪を立てる。

少女「アタシは、無力だ」

 何もできない。誰にも認めてもらえない。それはそうだ、何もできないのだから。
 何かができれば、誰かに認めてもらうことだってできるだろうに。
565: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:36:02.14 ID:vmtqTpQG0



 あいつのように。
 勇者のように。



566: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:36:40.64 ID:vmtqTpQG0
 思わず少女は自嘲が浮かんでいるのに気が付いた。嗚咽は止まらない。涙も止まらない。それでも口元は歪んで口角が上がる。
 あまりにも愚かしかった。愚かしくて、おかしかった。これではまるで道化師ではないか。出口のない網の中でもがき続けるさまを誰かがどこかで笑って見ているのだ。

少女「なに見てるのよ、アンタ」

 部屋の隅でたったまま微動だにしない妖精を見て、少女は不愉快そうに顔を歪めた。

妖精「マスターよりあなたの周りの世話を仰せつかっておりますので」

少女「アタシは客人ってわけ? さっきのアンタの主人の態度、見た?」

妖精「マスターはあなたを認めていらっしゃいます。機会を待っているのです」

少女「は! 認める? ふざけんじゃないわよ!」

 少女はミョルニルを抜いて壁へと叩きつけた。壮絶なる破壊力でも壁は傷一つついていない。

少女「おべんちゃらはいいのよ。こんなアタシに何ができるっていうの」

少女「戦うことしかできないアタシが! 戦っても意味がないんだっていうなら! アタシに意味なんてないでしょう!」

妖精「申し訳ありませんが、あなたのおっしゃっていることが、妖精であるわた」

 妖精の肩から上が吹き飛んだ。光る粉を霧散させて、妖精の姿が溶けていく。
567: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:37:28.44 ID:vmtqTpQG0
 ミョルニルを振りぬいた少女は、「は」と小さく顔を歪めた。
 答えを持たない相手と会話をしても無駄だと判断したのだった。

 手の中にずしりと重いミョルニルだけは、決して彼女を裏切らない。彼女はその重みだけを信じていた。自分すら信頼できない中、確かなものはそれだけだった。

 こんな自分に何ができるのだろう。
 人を殺すことしかできない人間に。

 絨毯の上に横になった。体を起こす気力すらもない。
 何をしても全て無駄なのだという確信があった。戦争は起こった。自分は塔に囚われている。今更できることなどない。そして、戦争にたとえ出陣したとしても、人を殺すことしかきっとできないに違いない。
 救うことすら中途半端未満にしかできない、愚か者なのだ。

 掬い上げようとした命は指の隙間から溶けて流れ出していく。手のひらに残るのは、救いきれなかった命の残滓ばかり。目に映るのも、また。

 何もできないこの手を誰か取って、お願いだから。
 それができないなら、いっそアタシを殺して。
 こんな無力さを味わうなら、死んでしまったほうが幾分かマシだ。

 こんなに辛いのもあいつのせいなのだ。
 勇者のせいなのだ。
568: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:37:54.75 ID:vmtqTpQG0
 だって、だって、だって!

 だって!

少女「なんで――!」

 少女の言葉の先を掻っ攫っていったのは、耳を劈く爆裂音。そしてその音は確かに階下から聞こえてきていた。

少女(砲弾?)

 少女がそう考えたのも仕方がない。なぜならすぐそばでは戦争の音が聞こえてきていて、明らかに森の中で必死の塔は異質だ。ここが狙われたとしてもおかしくはない。
 けれど、爆裂音はそれにしたってすぐ階下で聞こえていたのだ。少女が囚われているのが何階かはわからないが、景色から鑑みても、三階より下ということはない。塔の中に砲弾が着弾するなんてことは、恐らくあり得まい。

少女「どういうこと……?」

 これがイレギュラーであることは想像に難くない。その証拠に、扉の向こうの恐らく廊下では、魔物の唸りや人語が飛び交っているからである。
 侵入者なのだと少女が判断するのはすぐだった。

「ここが四天王、デュラハン様の住まう塔だと知ってか知らずか、どのみち命知らずなやつめ!」

「実に。首と体を切り離したうえで、デュラハン様に献上しよう」

「そうだな。どうやらお疲れのご様子でもある。邪魔をさせぬ」
569: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:38:30.30 ID:vmtqTpQG0
 扉越しにそんな会話が聞こえてきたものだから、少女はまさしくその通りだと思った。必死の塔に攻めてくるなんて、命知らずというか、そうでなければ最高に不幸なやつだ。

 爆裂音。

 どうやら順調に侵入者は突き進んでいるようである。なるほど、流石に単なる雑魚ではないようだ。でなければここまですらたどり着けなかっただろう。
 扉の向こうは次第に騒然としてくる。どうやら侵入者はたった一人で、それだのにざくざくと向かってくるのだから当然だろう。

少女「ま、アタシには関係ないことか」

 もうどうにでもなってしまえばいいのだ。世界も、この身も。

 そして、その考えがあまりに楽観的過ぎたことを、少女はすぐに身をもって知ることとなる。



 部屋の壁が大きく吹き飛んだ。
570: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:38:59.15 ID:vmtqTpQG0
 あまりの大きな破壊に、少女は思わず両腕で身を守る。土塊や木材、砂埃が部屋中を満たす。
 こんな状況でもミョルニルを握り締めているのが悲しいサガだ。

??「やーっと見つけたぞ、この野郎、迷惑掛けやがって」

 聞きなれた声。大嫌いな声。気に食わない声。

少女「なんで……」

 なんで、アンタがいるのよ。

 その言葉を少女は飲み込んだ。飲み込まざるを得なかった。
 薄れる煙の中に見えた勇者の姿は、なんで生きているのかわからないくらいの重傷だったから。

 いや、勇者は死なない。死んでも生き返るという意味で、彼は不死だ。だからそんなことを心配する必要は、本当ならばないのだ。少女だってそれはわかっている。
 それでも痛みは感じるだろう。気を失ってもおかしくないのに、勇者は立っていた。
571: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:40:02.48 ID:vmtqTpQG0
 左腕の肘から先がない。

 左肩が大きく噛み砕かれている。

 右脇腹に大きな穿孔があって、向こうの景色が見える。

 剣を握る右手も、親指と人差し指、そして薬指だけがあって、中指と小指はあらぬ方向にひん曲がっていた。

 脚こそは両方健在だが、酷く焼け爛れている。鮮やかな皮下組織の桃色が痛々しい。

 外耳も両方失われていて、そこから垂れた血液が頬を真っ赤に濡らしている。

 右目も潰れていた。縦に一本、大きな切り傷が走っている。
572: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:40:58.54 ID:vmtqTpQG0
勇者「ここに来るまでに3Lvくらいアップしたわ」

少女「そっ、そういうことじゃないでしょぉおおおおっ!?」

 彼の背後に迫る敵影。思わず体が反応した。
 少女は跳ね、魔物を数匹まとめて砕き飛ばす。

少女「アンタなんなの、バカじゃないの、なんで一人で、こんなっ、アタシ、アタシなんか、アタシなんて!」

勇者「ばあさんと狩人は、よくわからん。はぐれた」

少女「はぐれたって」

勇者「デュラハンと戦っててな。俺だけ死んで、まぁいろいろとな」

少女「ここがデュラハンの住処よ!?」

勇者「あ、やっぱりか。どいつもこいつもデュラハン様が、って言ってたからな。そうなんじゃないかとは」

少女「なんでそんな軽い反応なのよっ、アンタはっ!」

勇者「いやーなんていうかさぁ、もう笑うしかねぇって感じ?」

少女「感じ? ってアタシに聞かれても……」

勇者「ま、お前に会えたからいいや」

少女「は、はははは、はあっ!?」
573: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:41:27.80 ID:vmtqTpQG0
勇者「帰るぞ」

 勇者は剣を鞘に納めて少女に手を伸ばした。

 手。

 少女は思わず体を強張らせ、息を呑んだ。
 壁には穴が開いている。廊下が見えていて、このままもしかすると、逃げることはできるのかもしれない。

 デュラハンは出てこない。休んでいるのか、それとも、勇者にも少女にもすでに興味は尽きたのか。

少女「やだ。帰らない」

 自然と言葉が出ていた。いや、出てしまっていた、というべきだろう。
 勇者は当然のように顔を顰める。

勇者「お前、何言ってんだ?」

少女「ここから出たら戦争に参加しなきゃならなくなる。アタシはもう、人を殺したくない」

勇者「……お前が参加しなきゃ、もっと人が死ぬ」

少女「なにそれ、脅し?」

勇者「そうだな。そういうことに、なるか」

少女「そりゃアンタはいいでしょ、人を守りたいんだから。十人死んでも十一人助けられれば十二分」
574: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:42:12.01 ID:vmtqTpQG0
――なんで怒ってくれないのか。ふざけるな、馬鹿にするなと叫んでくれれば、こっちだって本望なのに。
 どうしてそんな、可哀そうな目でこちらを見てくるのだ。

勇者「お前だってそうじゃないのか?」

 はっとした。心の奥底を見透かされたようで、苛立ちが喉を突き破る。

少女「わかったような口を利くな! アンタに何ができる!」

勇者「俺を信じろ」

少女「は。誰がアンタなんて信じるのよ。うじうじうじうじ悩んでたくせにっ! アンタなんてアタシと同類じゃないっ!」

少女「――同類のはずなのに、どうしてアンタだけ強くなってんのよっ! そんな強い生き方できんのよっ!?」

 そうなのだ。全てはこいつのせいなのだ。
 こいつがあまりにも前向きだから。
 例え弱くても、強く在るから。

 例え弱くなくとも、強く在れない少女には、あまりにも勇者の姿は眩しすぎる。
575: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:42:44.83 ID:vmtqTpQG0
 見ているものは同じはずなのに。叶うはずもない夢を見ているはずなのに。
 世界のすべてを救うなんてことは、とても人の身で実現できることではない。それこそ神か、統べる側に回らなければ。

 勇者は少女よりは弱いのに、彼女より強い。それが彼女には癪に障るのだった。
 同類なのに、なぜ自分はこうなのか。
 なぜ彼はああなのか。

 ああなることができたのか。

 八つ当たりだ。八つ当たりなのだ、そんなことはわかっているのだ。
 わかっているのだ!

 だけれど、わかっていたところでどうにもならないのだ!

少女「アタシにはできない、世界を救うなんてできっこない! もうやだ、もうアンタと一緒にいたくない!」

少女「キラキラしないでよ! なんでそんな笑顔でいられるのよ! 叶わない夢を真っ直ぐ見続けて、それで平然としてられるのよ!」

少女「アタシにはできない! アタシは十人殺しても九人しか救えない!」

 地面を叩く。叩かずにはいられない。高ぶった感情を、振り上げた拳を、ぶつける先がないと壊れてしまいそうだった。
576: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:43:14.09 ID:vmtqTpQG0
勇者「うるっせぇ!」

 勇者の体から発せられた雷撃が、背後の敵を軒並みなぎ倒す。それが最後の一団だったようで廊下はしんと静まり返った。
 勇者はけれどそんなことお構いなしで、少女を真っ直ぐと見ながらまくし立てる。それこそ少女に負けないくらい。

勇者「気に食わねぇんだよ全部! 戦争も、九尾の暗躍も、お前が苦しんでるのも、全部だ!」

勇者「ずーっと前から俺ははらわたが煮えくり返ってるんだ!」

勇者「俺が気に食わねぇから、気に食うようにしてやろうってんじゃねぇか!」

少女「な、なにそれ。そんなの単なる我儘じゃん。我儘じゃんっ!」

勇者「そうだ」

 短く言って、勇者は再度手を差し伸べる。剣を握ってできたマメの目立つ、武骨な、けれど優しい手のひらだった。
577: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:43:50.06 ID:vmtqTpQG0



勇者「手を取れ! 俺が勝手にお前を幸せにしてやる!」



578: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:44:19.20 ID:vmtqTpQG0
 勇者はそう言い切った。到底信じられない、信じたくなる、大風呂敷だった。

 少女はついぞ彼のことを我儘だと言ったが、それはまさしくその通りなのである。なぜなら、彼はこれまで、彼の気に食わないものを気に食うようにするために旅をしているようなものだったからだ。
 つまるところそうなのだ。誰かのためではない、自分のために、彼は世界を平和にしたがっている。

 誰かが悲しむなんてことはあってはいけないし、無辜の民が苦しむなんてことも、彼は許容しがたかった。
 明確な堅苦しい理論なぞそこにはない。ただ彼の「気に食わなさ」だけがある。
579: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:45:17.31 ID:vmtqTpQG0
 彼は戦争が嫌いだった。
 自国民を幸せにするために他国民を不幸にするなんてことは、本来あってはならないことだと思っていた。
 魔王を倒す途中で、戦争をなくす方法が見つかりはしないかと、彼は常々思っていた。

 彼は九尾が嫌いだった。
 会ったこともない傾国の妖狐にいいように扱われるのは癪だった。ウェパルもアルプもデュラハンも、恐らく彼女の差し金のいったんなのだろうと思っていた。
 いつか一矢報いてやるのだと、彼は常々思っていた。

 彼は少女が苦しんでいるのが嫌いだった。
 無論、誰かが苦しんでいること自体、彼には耐えられないことだった。それが仲間ともなればなおさらで、彼は仲間のためにではなく、自分のために、全てを擲ってどうにかしてやると思っていた。
 そのためなら瀕死の怪我などはどうでもいいのだと彼は常々思っていた。
580: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:45:50.73 ID:vmtqTpQG0
 愚か者なのだ。少女に輪をかける形で愚か者なのだ。
 だからこそ九尾は彼に目を付けたといっても過言ではない。

 それくらいでなければ、九尾の計画には力不足だった。

少女「信じて、いいの?」

勇者「……」

 勇者は頷くだけで、あくまで無言だった。これ以上の言葉はいらないとでもいうように。

 彼を信じれば、本当になんとかなるのではないか。少女はそう思わずにはいられなかった。思いたかったということも含めて。

 いや、違う、と少女は瞬きをして、滲んだ涙を押しやる。勇者は手を引き上げてはくれない。立ち上がるのは自分の力でなければいけない。

 二人の手が重なった。

少女「信じたから」

勇者「おう」

少女「アタシのこと、幸せにしなさいよ」

 そう言って、少女は立ち上がる。

勇者「おう」

少女「いい返事ね」

 少女は勇者の手を握ったまま、左手でミョルニルを握り締める。

 左手の重さと右手の暖かさ。どちらも確かにそこにある、大事なもの。
581: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/10(土) 02:47:08.61 ID:vmtqTpQG0
少女「さ、アンタの鎧、粉々に砕いてあげるわ。――アタシ、ちょっと戦場まで用事があるから」

 いつの間にか部屋の中にいたデュラハンは、腕組みを解いて、にやりと笑った――気がした。

デュラハン「実にいい表情だ。――天下七剣、全召喚」

―――――――――――――――
586: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/12(月) 15:20:14.51 ID:CXr9lpy/0
――――――――

 全てが静まり返っていた。

 砲弾と剣がぶつかり合い、ウォーターカッターと天下七剣が切り結ぶ、空前絶後の争いにも終止符が打たれている。デュラハンの敗走という形で。
 それでも、そもそもウェパルとデュラハンでは目的が異なっていた。デュラハンはただ戦闘欲を満たせればよかっただけであるので、彼の負けとは言い難い。その点では両者の勝ちとも言えた。

 そうして対峙するウェパルと狩人。隊長は、すでに事切れている。ウェパルの腕の中で。

狩人「……死んだの?」

ウェパル「死んだっていうか、もともと死んでたよ。糸が切れただけだね。多分術者が死んだか、魔力が切れたか、じゃないかな」

狩人「そう」

ウェパル「ふふ。これで隊長は、僕のもの。永遠に、ずっと」

ウェパル「ね。だから、さ」

 ウェパルは触手の左手を狩人に向けた。禍々しいその左手からは、紫色の瘴気が立ち上っている。

ウェパル「僕の目の前に立ちふさがるの、やめてくれない?」

狩人「……」
587: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/12(月) 15:21:08.02 ID:CXr9lpy/0
狩人「別に、もうあなたを止めるつもりは、ない。けど」

ウェパル「けど?」

狩人「それで、いいの?」

ウェパル「……」

 ウェパルは大きく息を吐いた。すでにその姿は人間であった頃のそれに半分戻りつつある。

ウェパル「そんなわけないでしょ」

ウェパル「でもね、これはどうしようもないんだ。これはボクの、ウェパルの、衝動」

狩人「衝動?」

ウェパル「そ。人間にもあるけど、魔物と魔族のそれは一段と強い。抗おうと思っても抗え切れないもの。それが、衝動」
588: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/12(月) 15:22:09.45 ID:CXr9lpy/0
ウェパル「だめなんだ。頭では分かっていても、だめなんだ。手に入れたいと思ったものはどうしても手に入れたくなっちゃう。自分だけのものにしたくなる」

ウェパル「衝動が強いってことは、存在として強いってことさ。強い衝動――我を通すためには強い力が必要ってことでもある」

ウェパル「僕は一族でも特にそうでね。こんな左手を持って生まれたせいで、忌み嫌われて、困ったよ」

ウェパル「顔の呪印もそうさ。危険人物の恥晒し。ま、その一族も今はもうないんだけど」

狩人「そ、か。ないんだ」

ウェパル「うん。僕が皆殺しにしちゃったから」

狩人「……」

ウェパル「狩人、きみは気をつけなよ。人間は衝動に飲まれない強い生き物だ。だけど、たまに衝動に飲まれるやつもいる。目的のために手段を択ばないやつが」

狩人「魔族に心配されるのって、不思議な気分」

ウェパル「ここまで堕ちても、人間だった時の記憶はあるからね」

ウェパル「それに――九尾の思惑は、僕にもわからない」
589: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/12(月) 15:23:10.10 ID:CXr9lpy/0
狩人「九尾」

ウェパル「アルプと組んで何やらやらかしてるらしいけど、ね。あの快楽主義者は不気味だ。九尾のほうがまだかわいげがあると、僕は思うよ」

狩人「あのクソ夢魔には借りがある。絶対に返す」

ウェパル「うん、うん。あいつが命乞いをするところは見てみたい気もする」

狩人「九尾ってのはどんなの?」

ウェパル「わかりやすく言うなら最強の魔法使いってとこ。千里眼、読心術、空間移動、なんでもござれ」

ウェパル「定期的に人を食べたくなる衝動に駆られるらしくてさ。そこだけ魔物っぽいんだけど」

狩人「魔物っぽい?」

ウェパル「そ。僕ら魔族――魔王様から直々に生み出された存在って、別に人を喰いたくならないから」

狩人「なんでそんな情報をくれるの?」

ウェパル「敵なのに、ってこと? 別に意味はないよ。隊長を手に入れられた今、ほかの存在なんて些末だもん。どうだっていい。どうだって」

ウェパル「九尾にもアルプにもデュラハンにも与するつもりはないし、単なる気まぐれさ」
590: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/12(月) 15:24:19.53 ID:CXr9lpy/0
ウェパル「ってことで、そろそろ僕は行くよ。邪魔したら殺すから」

 ぎろりと、そこだけ途方もない圧力を発揮して、ウェパルは空間に穴を開ける。空間に指を突っ込んで力任せにこじ開ける、老婆の空間移動よりは随分と乱暴な開け方である。

 さすがに狩人にもそれを邪魔しないだけの分別はあった。一人でウェパルに挑んだところで勝ち目はない。そもそも勝ち目を語ること自体がおこがましいほどの実力差がある。
 数秒も経たずに消し炭にされるのは、狩人とて本意ではない。それに収穫はあった。

 音もなくウェパルと、腕に抱かれた隊長の姿が消える。

 狩人は耳をぴくりと動かした。遠くで戦争の音が聞こえる。
 それは最も恐れていたものだ。同時に、どうしたって避けられないものでもある。

 だからこそ何とかしなければならないのだと狩人は思っていた。たとえ避けられなくとも、状況を改善することならまだできるのではないか。
 そしてそれが勇者の望むことだと考えていたから。

 狩人は地面を蹴って、大急ぎで戦場へと向かう。彼女の健脚をもってすれば数時間あれば戦場へとたどり着けるだろう。

 全ては始まったばかりである。

――――――――――――――

591: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/12(月) 15:25:33.17 ID:CXr9lpy/0
――――――――――――――

デュラハン「うーん、この、ね」

 必死の塔の一室、破壊の限りを尽くされた、もとはかなりの豪奢な部屋の中央で、デュラハンは困ったように呟いた。
 いや、彼は事実困っていた。

 鎧を木端微塵に破壊され、本体も原形をとどめられないほど消耗している。死とは縁遠い身であるが、ここまで完膚なきまでにしてやられたのは、本当に久しぶりであった。

 自分の目は正しかったのだとデュラハンは確信する。あの少女は宝石だ。鬼神の如き強さを誰かに渡すつもりは毛頭ない。
 彼女と、そして勇者は、すでに部屋を出て行った。満足そうな顔つきで。デュラハンもまた満足している。Win-Winの関係である。

 ただ一つ問題があるとするならば……

デュラハン「動けん」

 そう、動けないのだ。
 デュラハンの鎧や運動機能はそのほとんどが魔法によって補われている。五人との戦闘、その後のウェパル、少女とのそれもあって、デュラハンの魔力は底をついていた。

 時間が全てを解決してくれるのはわかっているので、この満足感を十分味わって損はない。とはいえある程度の暇も確かにあった。
592: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/12(月) 15:27:09.72 ID:CXr9lpy/0
妖精「何やってるんですか、マスター」

 彼に仕えているうちの一匹、羽の生えた小柄な妖精が、殆ど霧になっているデュラハンを見やりながら言った。屈んだ状態で彼の鎧をつついている。

デュラハン「のんびりと昼寝さ」

妖精「マスターはどうしてそんなバカなんですか?」

デュラハン「酷い言われようだな」

妖精「自分で自分のことがわからないんですか? 魔力が枯渇してるから塔に戻ってきたのに、連戦だなんて」

デュラハン「ちょっと興奮しちゃって」

妖精「別にわかってますよ、マスターのことは。わざわざあの男性をここまで誘導したりなんかして」

デュラハン「あれ、ばれてた?」

妖精「ばればれです。もう。お掃除するのはわたしたちなのに」

妖精「そんなにあの女の子と戦いたかったんですか」
593: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/12(月) 15:30:11.78 ID:CXr9lpy/0
デュラハン「そうだね。そういうにおいがしたよ。強い人間だけが持つにおいが」

デュラハン「それに……俺は今日、人間に初めて恐怖したんだ。彼らには凄みがあった。俺を殺すために命を擲つ覚悟があった。またあれを見たいっていうのも、あったかな」

妖精「まったくもう」

デュラハン「悪いね。お前らには迷惑をかけるよ」

妖精「本当です。天下七剣も結局出せなかったじゃないですか。格好悪い」

妖精「ばたーんって倒れて。……召喚失敗するくらいなら寝てればいいんです。全力で戦えないのは不本意でしょう?」

デュラハン「あぁ。また今度、絶対にお相手してもらわないと」

妖精「そのために、今は寝てください。マスターが寝てる間に、お掃除と、ご飯の支度、済ませちゃいますから」

デュラハン「わかった。頼んだよ」

妖精「いいえ。それでは、おやすみなさい」

デュラハン「おやすみ」

 妖精に手を取られ、デュラハンは意識を解き放った。
 水中に沈む感覚。そのまま思考は白く染まっていき、眠りに没入するまでにそう時間はかからなかった。

――――――――――――――――――
599: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/19(月) 21:03:50.58 ID:TltFGcZB0
――――――――――――――――――

 戦争の開始から一か月が経過した。
 両軍ともに、初戦に戦力の大きな部分を費やしたためか、その後の争いの規模は縮小気味であった。

 こちらはルニ・ソウ参謀を筆頭にして、ゴダイ・カワシマ隊長、コバ・ジーマ隊長などを失い、あちらは五人いる聖騎士のうちの一人を失った。恐らくそれはどちらにとっても予想外の展開なのだろう。
 いや、それすらも全て国王の手のひらの上なのではないか? あの稀代の戦略家――否。あれは戦略ではなく、純粋な愛国かもしれない――の考えていることは、俺にはおおよそ考えもつかない。

 別働隊が兵站基地を予め殲滅していたこと(これは全てが終わってから小耳にはさんだことなのだが)で、当初より現在まで、こちらは比較的優位に戦争を進められている。しかし、その優位に胡坐をかくことは決してできない。
 問題は進めば進むほどに抵抗が増すということだ。そしてそれは、単に敵の士気の問題ではない。周囲国の援助が増加するということでもある。

 一強状態はどの国も望んでいない。バランスをいたずらに崩すようなまねは反感を買うばかりだ。
 となるとこちらが有利なように落としどころをつけるのかもしれないが、それは上層部の判断であって、一介の兵士にすぎない俺には全く関係のない話である。
600: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/19(月) 21:04:42.84 ID:TltFGcZB0
 ……関係ない、か。
 そんなはずはない、はずなのだ。俺だって下っ端なりに矜持はある。なんらかの形でこの国に貢献してやりたいのだとは。
 しかし、あの日に目の前で起こったことを、俺はいまだに信じられないでいた。

 襲いくる黒装束の男たち。
 為す術もなく倒れていく仲間。
 そして一瞬で屠った、ルニ参謀。

 悪運が強いにもほどがあった。第十三班、十四、十五班で生き残ったのは俺だけだった。

 ルニ参謀は俺に「ここから逃げたほうがいいです」と言って、すぐさま駐屯地をあとにしたのだ。それに従っていなければ、恐らく、俺はここにいなかったろう。
 そのあとに起きた巨大な魔法を目の当たりにしていれば、確信できる。

 治療を受けながら俺は巨大な魔法の奔流を感じたのだ。素人でもわかるほど強力で強大な余波。
 大勢が治療テントから外をのぞくと、雲の切れ間から光が幾条も差し込んでいたのが印象的だった。幻想的だなと思ったものだ。
 そうして一秒後、地面が震えた。

 遠くからでもはっきりわかった。明らかに今までは平野だった場所が、一瞬で森と化したのだ。

 全員が死んだのだと俺は思った。その光景を見ていたほかの人らも、疑いようなくそう思っていたに違いない。
601: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/19(月) 21:05:09.93 ID:TltFGcZB0
 あんな存在と肩を並べて戦えるものなのか? 疑問に思ってなお、俺は依然軍隊に、戦場にいる。今はそこへの移動の道すがらであるが。

「セクラくん、なにやってるの?」

セクラ「あ、クレイアさん」

 クレイア・ルルマタージ。俺の所属する儀仗兵団のトップだ。肩書きは確か、儀仗兵長、だったか。
 クレイアさんは俺の手元を覗き込んだ。そこには手帳とペンがある。

セクラ「あ、日記、というか、はい」

 しどろもどろになる。どうも女性相手に喋るのは苦手だった。相手は四十を過ぎたおばさんだとしても。

セクラ「この戦争のことを物語にしたら売れますかね」

クレイア「売れても、国家侮辱罪で発売中止ね。最悪手が後ろに回っちゃうかも」

セクラ「それは……ごめんです」

 まさかそこまでは、と思ったが、あの国王ならばやりかねないとも思った。粉骨砕身した残骸すべてを国家のために捧げているような存在なのだ。
 俺にはそこまでできない……と言ってしまえば、先の戦いで死んだ仲間に失礼だろうか。
602: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/19(月) 21:05:59.89 ID:TltFGcZB0
クレイア「よく歩きながら読めるわね」

セクラ「実家が山の中だったんですよ。教会もアカデミーもなかったんで、魔法は自分で覚えるしかなくて」

クレイア「山の中を歩きながら?」

セクラ「はい。行商の途中とかに」

 炭を焼くことくらいでしか生計を立てられない両親のことを思うと不幸だった。彼らを馬鹿にするつもりではないが、そんな生き方はあまりに狭量だと感じていたのだ。

セクラ「最近は平和でいいですよね。戦争のさなかだってのに、のどかで、鳥なんかも結構どこにでもいるし……」

クレイア「……」

 クレイアさんは黙った。まずいことを言ってしまっただろうか。
 だが、それを尋ねることもできない。行軍の中、気まずい間だけが流れていく。

クレイア「これは」

 ぽつりとつぶやく。俺に話しかけているのか判然としない。

クレイア「平和なんかじゃないわ。ただ、静かな……そう、ただ静かなだけ……」

セクラ「……」

 今度は俺が黙る番だった。静か。確かにクレイアさんはそう言った。そしてその言葉の意味するところを、俺は当然理解できない。
603: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/19(月) 21:06:42.96 ID:TltFGcZB0
クレイア「ルニはよくやってくれた。ゴダイも……」

クレイア「白兵戦ではあの二人に敵うのなんて……。死んだのなら、それが運命だったのだとは、思うのだけれどね」

セクラ「……」

「セクラ・アンバーキンソン!」

セクラ「は、はい!」

 突然名前が呼ばれたものだから、思わず声が上ずった。

 俺を呼んだのは先頭を歩いていた上官だ。名前は覚えていない。「ア」だか「サ」だかがついた気はするのだが。

上官「索敵を頼む。もうそろ敵の哨戒圏内だ」

セクラ「はい」

 俺は索敵魔法を唱え、周囲の生命体の反応を確認する。
 雑多な声がうるさい。人間だけでなく、小動物などの存在も拾ってしまっているためだろう。

 熟練者、それこそクレイアさんなどであれば、もっときっちり人間に対象を絞り込めるのだろうが……俺はまだ訓練中の身だ。いつかあのレベルに辿り着きたいものである。
604: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/19(月) 21:07:10.30 ID:TltFGcZB0
 索敵の限りでは、範囲内の半径百五十メートル圏内には、自軍以外の存在は確認できない。このまま無事に済んでくれればいいのだが。

 今回の俺たちの目的地は、敵国の中央やや下の農耕地。そこで待機している部隊と合流し、周辺の村を制圧していくのが任務とされる。
 最初の戦闘が敵国の西端、領土境界線付近であったためか、だんだん東へと移動していく形となっている。

 とはいっても、最初の戦争からこれまで、殆どが残党狩りのようなものだった。そしてそれも条約によって取り決めがなされているため、所定の手続きを踏む事務的な色合いが強い。
 それを暇だとは口が裂けても言えないし、大事な任務で、人が死ぬより何百倍もマシだ。

 と、その瞬間、索敵圏内に侵入する存在を察知した。電気が肌の上を走り回る感覚。確実に、味方ではない。

セクラ「上官」

上官「なんだ」

セクラ「索敵圏内に自軍以外の存在を探知しました。距離、東に一三八、南に一七です」

 二十人ほどの隊列が足を止めた。視線の集まるのがわかる。
605: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/19(月) 21:07:44.31 ID:TltFGcZB0
上官「ルルマタージ兵長」

クレイア「はい」

クレイア「セクラくん、ご苦労でした。精密な索敵は私が引き継ぎます」

 そう言ってクレイアさんは杖を振った。途端に、それまでの俺の緩い索敵結界とは違う、ぴんと張った静謐な結界が生み出される。
 なら最初からあんたがやれよとは思わない。クレイアさんは俺とは違って、個人としても戦闘力に数えられている。出来うる限り魔力を温存しておくのは策として当然だ。

クレイア「……どうやら農民のようです。街道を防ぐ様に、五人……随分と多いですね」

兵長「自警団でしょうか?」

クレイア「その可能性は高いと思います。特にこの辺りは小作農から自作農へと、地主に対する蜂起で転換した土地です。団結力は高い」

兵長「殺しましょうか?」

 兵長の言葉を受けてクレイアさんは若干眉を顰めた。血なまぐさいことが嫌いな人なのだ。
 しかし、戦場では兵長のようなセンスが一般的であって、寧ろ彼女の感性は少数派だと言ってもよいだろう。

クレイア「ひとまず様子を見ましょう。条約に抵触する可能性もあります」

兵長「ルルマタージ兵長が言うなら。しかし、こんな辺鄙な田舎街道、どうせばれないのでは?」

クレイア「それでも、です」

 変わらずにクレイアさんは言った。心なしか前を向く瞳に力強いものが感じられる。
611: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/20(火) 12:40:58.47 ID:hW/nFImB0
 条約とは多国間で決めた戦争に関する条約である。奇襲の禁止、非人道魔法の禁止、拷問の禁止、民間人への暴力の禁止、様々な禁止条項が存在する。
 武装した農民とはいえ、民間人とみなされる可能性がないわけではない。兵長の言うとおり殺したってどこかで監視されているとも思えないが、あえて言うならば、見ているのは自分自身とお天道様なのだろう。

 そもそも理由なんていくらでも作れるのだ。死人に口なし。正当防衛にするのは簡単だ。

 兵長が手を挙げた。すっとその脇を巨漢、ディエルド・マイタが一歩前に出る。

 ディエルドが兵長を見た。兵長は頷き、指示を出したようだった。

クレイア「来ます」

 ディエルドの持つ戦斧が振り上げられる。二メートルもある体格と比較しても、何ら遜色ないくらいには、その戦斧も大きい。

 街道を真っ直ぐにやってきたのは、それぞれ三叉の農具、鎚、古びた剣を手にした農民たちであった。想像を裏切らない人物たちの登場に、俺はそれでも驚きを隠せない。
 こちらは二十人。あちらは五人。練度の差だって一見してわかる。だのに彼らは何をしに来たのか。

 ディエルドが五人の前に立ちふさがった。いや、五人がディエルドの前に立ちふさがった、という表現が正しいだろうか?

 一触即発の空気がある。それでも俺はあくまで自然体で、その光景を見ている。
 どうでもいいと言ってしまえば語弊があった。けれども確かにどうでもいいのだ。戦争の趨勢も、この国の行く先も、隣国の行く末も。
 俺は知っていた。知ってしまっていた。何が、というと、それは……
606: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/19(月) 21:08:55.33 ID:TltFGcZB0
農民「あんたら、マズラ王国の兵隊さんだな?」

ディエルド「そうだ」

農民「悪いが、ここから先は俺たちの土地だ。よそ者を入れるつもりはない」

ディエルド「押しとおると言ったら?」

農民「俺たちの手にあるものが見えないのか」

ディエルド「……」

 寡黙な男の目が細められた。兵長も同じような顔をしている。こいつら命が惜しくないのかと訝る視線だ。

 ディエルドが戦斧を振りかぶる。それが彼の、そして俺たちの答えだ。

兵長「いいですか?」

クレイア「……」

 不承不承という体でクレイアさんが手を水平に伸ばす。そしてそのままそれを振り下ろした。
 殺人の指示は全て自分が出す――そんな覚悟が透けて見える。

クレイア「やってください」
農民「やれ!」

 それを合図に両者が飛びかか――らない!
607: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/19(月) 21:10:27.82 ID:TltFGcZB0
 農民たちは腰から球を抜出し、それぞれ地面に叩きつける。
 濛々と煙が割れた球から立ち込め、あたりが一瞬で白く覆われる。

兵長「密集陣形! 攻撃に備えろ!」

 合図で一斉に俺たちは集まり、外を向いた。最も外に兵士、そのうちに儀仗兵。

 しかし、一秒たっても二秒たっても、あちらの動きがみられない。時間の経過に伴って煙の晴れたその跡地には、

兵長「?」

 誰もいなかった。
 逃げたのだろうか。あそこまで啖呵を切っておきながら?

 俺たちの目的はあくまでこの先に駐留している部隊との合流であって、この村にはまあったく関係ない。

「ま、待て! あれを見ろ!」

 部隊の誰かが叫んだ。そいつが指しているのは街道の先、畑作地帯だ。

 赤い光が木々の隙間から見える。風に乗って、どこか煤けた臭いも。

クレイア「まさか……」
608: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/19(月) 21:11:24.83 ID:TltFGcZB0
 誰ともなく走り出す。嫌な予感がした。まさかそこまでやるまいと思っていたことが現実となった感覚があった。

 畑が、穀物倉庫が、民家が、燃えている。
 あらかじめ街道に積んであったのだろう、乾燥した藁屑が、何より一際大きな火柱を挙げていた。恐らくこの先にも続々と火がつけられているに違いない。

 馬が背後で落ち着かなさそうに動き回る。恐らく黒煙の臭いが鼻につくのだろう。炎も本能を刺激するのかもしれない。

クレイア「ここまでするとは……」

 それほど彼らはこの先に進んでほしくなったのだろう。誰かに自らの土地を凌辱されるなら、自ら殺すのが親の役目。そんなある種盲信的な考えを感じる。
 自分たちさえいれば、また一から作り上げられるのだと。

 ここは迂回しなければならない。俺たちは待機している部隊に連絡を入れ、来た道を引き返し始める。

――――――――――――――――――
613: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:37:29.03 ID:MLkB2vTH0
――――――――――――――――――

 大急ぎで進路転換、来た道を引き返しつつ新たなルートの構築、同時に到着までの所要時間の計算が急ピッチで行われる。俺はルート構築班に放り込まれ、速度のためいつもより揺れる馬車で地図とにらみ合っていた。

セクラ「谷間を抜けていくっていうのは?」

ディエルド「そこは山賊がいる。また、桟橋も古い。馬が通れるかはわからないな」

クレイア「王国の紋章を頂いている馬車を襲う山賊もいないと思いますが」

ディエルド「そうですね。しかし、それを抜きにしても、ここは危険かと」

 土地勘のあるディエルドが言うのであればそうなのだろう。

 地図の上では途中の分かれ道まで戻り、谷を抜けていくのが最もの近道だ。そうでなければさらに戻ってもう一つの街道をゆくしかない。
 ただし、時間はない。安全を支払って時間を買う選択が迫られているのも事実である。

 俺はクレイアさんを見た。最終的な決断をするのは彼女である。

 通信機から連絡はない。それが、果たしてよい意味なのか、それとも悪い意味なのかを類推することは、決して心によくない。俺は努めて平静を装うことにする。

クレイア「わかりました。谷間を抜けましょう」

 ディエルドの頬がぴくっと動いた、気がする。
614: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:37:55.68 ID:MLkB2vTH0
クレイア「山賊がいる? 結構。私はこの一団が山賊などものともしない武士-もののふ-であることを知っています」

クレイア「馬車が通れない? 結構。馬など捨てていきましょう。どうせ移動中の食料と飲料水しか積んでいません。一日二日程度なら、持つでしょう」

 谷間の強行軍、か。確かに馬車には大したものは積んでいない。所詮二十名ぽっちの遊撃部隊だ。多少根性を出せばできないこともないだろう。

セクラ、ディエルド「了解しました」

御者「そういうことでいいんですねぃ? ルート変更させてもらいますよ、っと!」

 御者は手綱を捌きながら、まっすぐ進んだのちに左へと曲がる。

 谷間を抜けるルートが採用されたことはすぐにほかのやつらにも伝えられた。一瞬驚きの顔があったものの、すぐに覚悟を決めた顔になる。これくらいでへこたれる面子を集めたわけもない。
 それにしても、このクレイアさん。優しそうな、ともすればなよなよしているふうに見えるけど、存外肝が据わっている。
 いや、肝が据わってなければ戦争には加担できないか。

 谷の入り口、平坦な均された道が終わりをつげ、勾配のある砂利道へと差し掛かった。俺たちはめいめい食料を背負い、武器を手にし、御者に別れを告げる。
615: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:38:28.35 ID:MLkB2vTH0
 全二十名による行軍。地図が正確で問題もなければ、一両日中にはつくだろう。

 道は狭い。それまで二列縦隊だったものが、一列になっても微かにきつい。
 右側は壁となっている。高い崖だ。左は斜面で、その先には沢が流れている。沢沿いを歩く限りにおいては水の心配はしなくてよさそうだが……。

セクラ「思ったより勾配が激しいですね」

ディエルド「そうだな。俺なんかは慣れたもんだが……」

 ディエルドは後ろを向いた。兵士はともかく、俺を除く儀仗兵はみんな息が上がっている。一時間も歩いていないというのに。これだからアカデミー育ちのお坊ちゃんは困るのだ。
 脳みそまで筋肉にしたいとは思わないが、体は資本である。例え儀仗兵であろうとも。それが戦争に参加するものならなおさらだ。

ディエルド「なんとかならないもんか?」

セクラ「回復魔法は俺使えないんですよねぇ。クレイアさんは?」

クレイア「私もです。が……まぁ、このままじゃあ進行に支障が出ますしね。仕方ありません」

 クレイアさんは懐から何かを取り出した。
 それは一見すると一枚の板だ。細かな模様が刻まれていて、恐らくそれは魔力経路であるようなのだが、俺にはその経路が何を示しているのかわからない。

 ぱきん。クレイアさんが指に力を入れ、それを追った。
616: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:39:08.80 ID:MLkB2vTH0
 空気がわずかに震える。

 不思議と体に活力の漲るのが感じられた。足元から熱量が、表皮ではなく体内を上っていく。血流に乗って。

 足元?

 視線を向けると、淡く光る魔方陣が展開されていた。橙色の仄暖かい光を放っている。
 理解した。これは陣地構築だ。

 クレイア・ルルマタージ。彼女を儀仗兵長の地位にまで高めたのは、その陣地構築の手腕に他ならない。瘴気を浄化し濁った水を透き通らせ、獰猛な獣や魔物からその身を守る、安寧の地。
 陣地構築にもさまざまな性質があるが、現在クレイアさんが構築したのは、自動回復の陣地だろう。クレイアさんを中心に展開する型の。

 なんだ、回復魔法が使えるんじゃないか。クレイアさんの中では、これは陣地構築魔法の扱いなのだろうか。

 陣地構築のおかげで大分俺も楽になった。山登り自体は問題ないが、これが続くとなるとさすがに骨だ。しかも山を越えるのが目的ではないのだから、疲労は少ないに越したことがない。
 後ろでもたもたしていた仲間の歩みも速度が上がる。なんとか時間通りに所定の位置までつくことはできそうだ。

 いくつもの勾配と桟橋を通り過ぎて、一際大きな木が植わっているそばに差し掛かったあたりで、日はとっぷりと暮れていた。本来のルートならばもうそろ着いているころだろう。
617: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:40:18.18 ID:MLkB2vTH0
 実際はあと一つ、山の麓を縫っていかなければならない。それでもあと五時間程度。眠気と疲れを押してもよいのだが、繰り返すように目的地へたどり着くだけではだめなのだ。

 俺たちは無事に目的地へとたどり着かねばならない。くたくたでは結局足手まといにしかならず、無駄死にだ。

 そういうわけもあって、現在はキャンプを張っている最中だった。魔法であっても万能ではない。飯の支度は必ず自分たちで行う。杖を振ればできたてほやほやが目の前に! という世界ではないのだ。
 無念。

 そうは言っても俺はこの時間が嫌いではなかった。もともと料理は得手のほうだったし、何より空腹を満たせる期待に胸が高まり、高鳴る。
 兵士としてはペーペーだが、戦場での楽しみが三度の食事位だというのはまったく同意だ。息もつかせぬ戦場の中において、唯一安らげるひと時がそれなのである。

 俺は笑みがこぼれるのを止められなかった。もうすぐだ。もうすぐで自由な時間が俺を待っている。解放の時が。

 今日の食事は銀シャリに携帯していた干し肉、野菜のスパイス炒め、そして偶然捕獲された猪である。干し肉と牡丹肉で肉が被っているが、なに、男だらけの部隊で困ることはない。
 猪を殺したのはディエルドである。でかい図体に似合わず手先も器用で、猪を弓でいるところから解体までを殆ど一人でこなした。人は見かけによらないものだ。

 す、と手が眼前を横切った。

セクラ「?」

 そのまま手は俺の右頬をがっしりとホールドし、力任せに手前に引いてくる。首が首が首が首が変な音を立てながら!

セクラ「なん――」

 大きくバランスを崩したの俺の眼前を、火球が通り過ぎる。
618: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:41:34.78 ID:MLkB2vTH0
 地面へ着弾したそれは食器類を粉々にしながら火の粉をまき散らした。威力は低い。しかし、その分数が多い。

 数が多いのだ。

 視界いっぱいに広がる火球と火球と火球!
 思考の暇すら与えてくれないほどの!

「敵襲、敵襲ぅううう!」
「全員剣を抜け! 円陣を組め!」
「山賊か!? にしては、くそ、魔法なんて使ってきやがって!」

クレイア「セクラくん、大丈夫ですか!?」

セクラ「ま、まぁ、なんとか。……ありがとうございます」

 どうやら俺を助けてくれたのはクレイアさんらしい。彼女はきっと闇の帳の降りつつある山中を睨みながら、陣地構築を再展開する。

クレイア「自動回復、身体能力向上、索敵結界、全部込みで陣地を構築しました。これで負けはない、はずっ!?」

 素っ頓狂な声を上げた。俺は視線で尋ねる。いったい何がどうしたんですか、と。

クレイア「聖騎士……っ」

 答えは迅速で、何より簡潔だった。
619: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:42:06.06 ID:MLkB2vTH0
 聖騎士。
 隣国随一の戦士集団を指して、そう言う。

 こちらの国ではおおよそ該当するのがクレイアさんや、先の戦争で亡くなったルニ参謀などだろう。個人の存在を作戦に組み込めるほどの逸材を、あちらでは総称して聖騎士と呼んでいる。
 白銀の鎧と武具を持った聖騎士は、確かにすばらしい武芸者なのだろうが、敵としては忌まわしい限りだ。

 それはつまり、懸念していた山賊ではないということである。クレイアさんはすぐにその情報を仲間へと伝えた。
 聖騎士という単語を聞いて、僅かに部隊の中に怯え、尻込みといった感情が伝播するのを、俺は見逃さなかった。恐らくクレイアさんも。

クレイア「なぜここに聖騎士がいるのか、そのようなことは後回しです! 総員密集陣形のまま退却! 殿は私が勤めます!」

クレイア「敵の規模も目的もわからない以上、戦闘を続けるのは得策ではありません! 早く!」

 言いながらクレイアさんは懐から一枚の板を取り出した。それを割りながら、呪文を詠唱する。
 ――呪文を、詠唱?

クレイア「東の最果て、南の滝壺、遍く生命の傍ら、飲み込むもの!」

クレイア「ザラキ!」

 ずん、と空気が――地面が、震える。
 俺の前方、進行方向から見ると後方、敵の攻撃源に向かって、巨大などす黒い魔方陣が現れている。
620: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:42:38.13 ID:MLkB2vTH0
 思わず吐きそうになった。

 なんだ、なんだあれは。
 あれもまた陣地構築だというのか? そんなの俺は認めない!

 魔方陣から溢れ出す瘴気。死臭。地面もまたぶすぶすと黒く変色していって、その上にある木々や大岩を、全てその暗闇の中に飲み込んでいく。
 聞きなれない悲鳴が合奏していた。

 僅かに遅れて、倒れる音。

セクラ「今のは……?」

クレイア「……生命を、冒涜する呪文です」

 クレイアさんはそれだけ言った。

 殿を務める俺たちの先では、仲間が層になっていた。見れば既に敵に回り込まれている。
 いや、初めからこれだけの数がいたのか?
 だとしたらご苦労なことだ。

 視界の端が明るくなる。
 反射的に体を捻って、火炎弾を光源へと叩きつけた。が、俺は大きな勘違いをしていた。光源はただそこにあるのではなく、迫ってきていたのだ。
621: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:43:05.26 ID:MLkB2vTH0
セクラ「くっ!」

 陣地構築で身体能力が向上していたのは僥倖だった。超高密度の魔力体であるそれをぎりぎりで回避し、俺は続けて火炎弾を叩き込む。
 確かに魔力の減りが遅い。いつまでも戦え続けそうだった。

 炎の燃える中から現れたのは、一人の白銀と、配下の部下。

聖騎士「クレイア・ルルマタージ……まさかこんなところで出会うとは」

クレイア「その声、イクシフォン・ドロッドですね」

 声の主――どうやらイクシフォン・ドロッドというらしい――は、しわがれた声を大きく揺らした。

イクシフォン「こうなったのも神の采配よ。戦争には、邪魔だ。死んでもらおう」

 魔力の粒子が敵の体から噴出する。それを見て、クレイアさんも俺も体を強張らせた。

クレイア「セクラくん、あなたはあっちと合流して」

 敵から視線を外さずにクレイアさんは言った。逡巡するも、確かにそちらのほうがよさそうだと判断した俺は、頷くだけして踵を返す。

クレイア「いつかの裏切りの借り、返してもらいますよ、伯父さん」

 最後にそれだけが聞こえた。

 後ろ髪を引かれる思いで走る。交戦場所に辿り着くまではすぐだ。人数はあちらのほうが多く、それでなくても登山を経てのこれである。当然のように押されていた。
622: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:44:10.13 ID:MLkB2vTH0
セクラ「退けろ!」

 杖を振る。炎が夕闇の迫る空間をぱっと照らし、敵兵へと襲いかかる。

ディエルド「遅いぞっ」

セクラ「クレイアさんが聖騎士と戦ってます。こちらを片付けて向かわないと……」

ディエルド「お前はあの人が聖騎士に負けると思ってるのか」

セクラ「いえ、そうではないですが!」

ディエルド「後のことを考えるな、今のことだけ考えろ。そうしなきゃ一秒後も危ない」

 戦斧が一閃。敵兵を鎧ごとぶった切って、嫌なにおいが鼻をつく。
 死の臭い。血の臭い。何度嗅いでもこれだけは苦手だ。

 斬撃、斬撃、斬撃!

 刃と刃がぶつかって火の粉が散る。それを鼻っ柱に受けて痛みが走る。鋭い痛みで汗が滲む。
 舞い上がる土埃。怒声。喊声。悲鳴。

 視界の端で兵長が倒れるのが見えた。慌ててそちらに駆け寄るところを、槍で阻まれる。脇腹の肉を持っていかれた、くそ!
623: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:44:37.87 ID:MLkB2vTH0
 火炎弾で敵の顔面を砕く。肉の焦げる臭いに今は気を取られている場合じゃない!

セクラ「大丈夫ですか!?」

兵長「あ、おぉ、セクラ、か」

 脈を測ろうと取った左腕が、肘の部分からぶちぶちととれる。鋭利な傷痕。考えるまでもなく、剣戟でできたものだ。
 いや、それよりも、鎧を突き破って胸に深々と折れた剣が突き刺さっている。

兵長「俺は、だめだな」

 全てを理解して兵長は言った。
 あきらめないでください、などと言えるはずもない。俺は口を結んで、「はい」と呟く。

兵長「この戦争が終わったら、結婚する、つもり、だったんだけど、なぁ」

 ひときわ大きく血を吐いて、兵長の首が横になる。安らかな顔だ。血が顔についてなければ、ともすれば眠っていると思えるほどの。
 まだ体温はある。暖かい。人のぬくもりが残っている。

 この体温は恐らく次第に失われていくのだろう。そして腐敗し、野犬に啄まれる。

 恐ろしい。
 俺は死ぬことが怖い。
 生きたい。生きていたい。
624: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:45:04.37 ID:MLkB2vTH0
 すぐそばで敵兵の足音があった。ざく、と土を踏みしめる音。俺は気づけば血まみれになっていた右手を握り締め、

――詠唱を始める。
 詠唱は危険なものだ。普段儀仗兵がそれを省略するのは何も時間の短縮のためだけではない。省略することによって、オーバーワークを回避する意味合いをも兼ねているのである。

 唱えるということは正しい手順を踏むということである。ゆえに消費する魔力も段違いとなる。
 無尽蔵に魔力を注ぎ込んでやれば、無尽蔵に呪文は育つ。術者が魔力の枯渇で干からびない限り。

 一つの蝋燭、三つの松明、五つの篝火、焦土の地平線、肌を焼く原初の風!

セクラ「ぐ、く……っ、うぅっ! くぅっ!」

 体が引っ張られる。
 魔力を己の内側からひねり出す行為は、同時に魔力に己の内側へ引っ張られることを含意している。

 筋肉が千切れる!

 唇を噛み切った!

 だけど、まだ足りない。
 これでは足りない。

 さらに、さらに、さらに。
 もっと、もっと、もっと。
625: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:45:38.76 ID:MLkB2vTH0
セクラ「放浪する点滅! 恐怖の根源! 飲み込み、圧倒し、降り注ぐ赤い潮!」

セクラ「ベギラゴン!」

 脳の奥で閃光が弾ける。

 全てを、ただ無我夢中で解き放つ。

 熱波と衝撃があたりを舐めた。立っている者、倒れている者、どちらも一定数いる。立っている者はみなふらふらであったが。

 ざん、とディエルドが敵を切り捨てる。俺など恐らく眼中にあるまい。ただ敵に猛進し、切り捨てるだけなのだ。
 俺に向けられているきれいな背中がその証。

 ナイフを引き抜いた。俺もぼーっとしているわけにはいかないのだ。
 魔力は枯渇気味だが、しかし、満身創痍の人間相手に後れを取るほどでもない。

 刃を突き刺す。手にずっしりとくる衝撃。だのに妙に柔らかくて、その不協和が俺を一層不安にさせる。俺が殺しているのは本当に人間なのかと。
 いや、現実逃避はよくない。俺は生き抜くと決めたのだ。人を殺してでも。

 視界の中でついにディエルドが倒れた。眼を見開いて、口をぱくぱくとさせ、何かを発したいようであったが、それも叶わない。巨体が音を立てて地面に倒れる。

 最早立っているのは俺だけだった。生きているのも、俺だけだった。
626: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:46:08.01 ID:MLkB2vTH0
 感傷に浸っている暇はない。そんなことは時間のある人間のすることであって、今の俺がその権利を有するとは、到底思えなかった。
 走り出す。クレイアさんのもとへ。

 そのまま体に鞭を打って、おおよそ三十秒。視界の中にクレイアさんを捉えた。木に体を預けて腰を下ろしている。

 そしてその前に、数多の死体。
 その中には聖騎士のものもあった。

セクラ「クレイアさん!」

クレイア「セクラ、くん? その声は」

 どうやら目が見えていないようだ。魔力の酷使による弊害だろう。身体の疲労もまた。
 時間経過で回復するとはいえ、この人をここまで消耗させるとは、やはり聖騎士である。驚きを禁じ得ない。
 いや、あの聖騎士相手に勝利を収めたこの人こそが驚愕の対象なのだろうか。

セクラ「あっちは俺以外全滅です……クレイアさんは大丈夫ですか」

クレイア「えぇ、なんとか、ね。一時間も休めば、きっと」

 そうか、大丈夫なのか。
627: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:46:44.61 ID:MLkB2vTH0


セクラ「それは困る」



 ナイフがクレイアさんの腹に突き立てられる。
 否。

 俺は、ナイフを彼女の腹に突き立てた。

クレイア「がっ! ……え、な、んで……ぐっ」

 刃を捻ってやるとクレイアさんは声にならない声を出して意識を失った。ディエルドと同じである。

??「よくやってくれた」

 木陰から姿を現す、白銀。
 死んだはずの聖騎士だった。

イクシフォン「お前がここまで連れてきてくれなかったら、この先で負けていただろう。礼を言う」

セクラ「本当ですよ。他の誰かに思考が読まれていてもいいように、直接的に意識はせず、遠回りで情報を考えるのは骨なんですから」

イクシフォン「まぁまぁ。その労力に見合う程度に報酬は弾んだつもりだ。ほら」

 イクシフォンが懐から大きめの袋を取り出した。揺れて、じゃらり、と音を立てる。

イクシフォン「金貨五十枚。色を付けておいた。ご苦労だった」

セクラ「俺が仲間を殺すくらいだったら、あんたらが殺せばよかったのに」」
628: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:47:19.41 ID:MLkB2vTH0
イクシフォン「なに、クレイアのやつは強敵で、俺よりもお前のほうが警戒心がないだろう。それにあの大男……」

セクラ「ディエルドですか」

イクシフォン「そうだ。俺がクレイアにかかりきりになる以上、そいつを倒せるやつはうちにはいない。お前にやってもらう必要があったのさ」

セクラ「ま、そういう事情ならしょうがないですけどね」

イクシフォン「これからどうする気だ?」

セクラ「……」

イクシフォン「いや、なに、単なる好奇心だよ」

セクラ「それは、まぁ、こうします」

 先ほどクレイアさんの命を奪った刃が、今度は目の前の白銀の喉を切り裂いた。
 金貨の入った袋を手渡しできる距離。呪文よりもナイフのほうが早いのは、考えるまでもない。
629: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/23(金) 13:47:57.98 ID:MLkB2vTH0
イクシフォン「え?」

 数秒彼は何をされたか気づいていないようだったが、それに気が付くと、こちらに攻撃をするのも忘れて頸へと手をやる。しかしそんなことで噴き出る血が止まるわけもなく。

イクシフォン「き、きききっ! き、貴様ぁっ!」

 向けてきた杖を掻い潜って、今度は顔面に中心へと刃を叩き込んだ。頭蓋骨を貫いて刃が埋没すれば、まぁ、死んだだろう。
 びくんびくんと痙攣したままイクシフォンは倒れる。

セクラ「死んだら負けなんだよ。覚えておきな」

 そう、死んだら負けなのだ。
 俺以外の全員が死んだあの日、俺は理解したのだ。死なないことが何よりも大事なのだと。たとえば誰かを守ったり、誰かの死を悼んだりするのは、確かに上等なことかもしれない。仲間殺しなんて下の下の所業だ。
 けれども死んだ奴に一体何の価値があるだろうか。俺は絶対に死なないと決めたのだ。死にたくないと思ったのだ。

セクラ「こんな戦争なんかで命を取られてたまるか」

 金はたっぷり手に入れた。放蕩しなければ数十年は楽に過ごせるだろう大金だ。これをもって他の国へ逃げよう。俺はきっと、死んだことになるだろう。
 死体は腐乱する。誰が誰だかわからないに違いない。

「ちょっと、アンタ」

 唐突に肩を掴まれる。

 え?

 俺の眼前に女の子がいてハンマーを

――――――――――――――――――
639: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:15:36.53 ID:Cav8RLV20
―――――――――――――――――

勇者「……殴るだけでよかったのか」

少女「何、殺せっての?」

勇者「そうじゃなくて。軍に引き渡したっていいんだし」

少女「勘弁してよ。こんなクズのために使う労力も時間も、アタシたちにはないわ。そうでしょ?」

勇者「まぁそうだけど」

狩人「それより、勇者。この人、まだ、息がある」

 狩人が儀仗兵長の傍らに屈んで言った。
 近づいてみると、確かに微弱ながらも息がある。
 しかし、それでも出血がひどい。内臓に傷がついているのかもしれなかった。そのあたりの医学的知識は勇者にはなかったけれど。
 問題はここが山中だということだ。病院に運び込むにも一旦降りねばならない。

勇者「ばあさん、頼めるか?」

老婆「無論じゃ。こいつまで死なせるわけにはいかん」

 老婆の従軍時代からの知り合いも、だいぶその数を減らしている。そして彼女は老婆の嘗ての弟子でもある。老婆の言葉にも力が籠る。
640: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:16:16.65 ID:Cav8RLV20
狩人「山を越えたところに駐留してる部隊があって、そこと合流するつもりだったみたい」

勇者「ってことは……来た道を戻る形か」

老婆「どのみち魔力もそれほど残っておらん。あまり長距離はいけんよ。ちょうどいい」

 老婆が杖で地面に真円を描くと、それが発光を始める。それを見た三人が円の内部に入って、光はやがて光の柱となる。勇者は儀仗兵長を背負う形で。

 光が消えたとき、五人の姿はない。

―――――――――――――――
641: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:16:54.72 ID:Cav8RLV20
―――――――――――――――

 勇者たちがやってきたのは麓の町の病院であった。ここは占領下にありながらも、大した制限を受けずに生活を営める稀有な町だ。
 周囲を見渡せば、勇者たちと同じ兵服を着た人間が何人も見つかる。しかし彼ら彼女らの様子は緊張した戦争のそれとは違っていた。
 ここはいわゆる療養所なのだ。前線で傷ついた兵士たちを癒すための。

勇者「おい、頼む」

医者「あんたらまた……って、どうしたんだ!?」

狩人「道すがら、交戦の後に全滅している部隊が、敵と味方であった。その生き残り」

勇者「治せそうか?」

 儀仗兵長を診察台に載せた勇者が尋ねると、医者は患部にひっついた衣服を鋏で切り離しながら頷く。

医者「見たところ間に合う。が、治癒魔法でどうにかなるレベルは超えているな。開腹してみて、次第によっては長く入院生活だ」

勇者「金はこっちで持つから、なんとかしてやってくれ。頼む」

医者「いや、金なんていいさ。軍のほうから給金は出てる。これも仕事のうちだ」

医者「それに……」

 言って、ちらりと勇者の顔を見やる。

医者「あんたらから金をとるなんてできんよ。最近、随分と活躍してるそうじゃないか」
642: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:17:25.45 ID:Cav8RLV20
 思わず勇者は視線を逸らし、頬を掻いた。どうにも無性に恥ずかしくなったからだ。

 勇者たちはこの一か月、たった四人で戦場を駆け回っていた。

 東では砦の攻略に手を貸し。
 西では略奪を行う自軍の不届き者を捉え。
 南では境界線を割ってきた敵を食い止め。
 北では魔物に襲われた村を救った。

 本来ならば老婆は王城にいなければいけないらしいのだが、帰還連絡を彼女は常に無視し続けてきた。現場で活躍しているためお咎めなしの状態である。
 勇者や狩人、少女も本来ならば軍属であって、現状は軍規違反も甚だしい。それでも何ら処罰がないのは、前述したことと、老婆という後ろ盾があるからだろう。

 しかし、最早彼らには軍などどうでもよかった。狩人も、少女も、老婆も、戦争の行く末を見据えてはいなかった。
 彼女らが見ているのは、勇者の向く方向。
 この戦争の中にあって、世界を平和にする方法を、何とか探り当てようとしているのだった。

 人は恐らくそれを愚かしいと思うだろう。夢に飲み込まれた狂人と後ろ指を指すだろう。もしかしたら、めくらと揶揄する者だっているかもしれない。
 それでも、目が離せないものが確かに遥か彼方で光っているのを、彼らは知っていた。
643: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:17:52.85 ID:Cav8RLV20
 だからこそ勇者たちはなるべく人を殺さないようにしていた。強く在ること。揺らがない自身を持つこと。誰かを助けるために人を殺すことに抵抗はなかったが、だからこそ殺そうとは思わなかった。
 殺すしかなくなってから殺せばいいのだ。

 いや、殺せばいいのだという表現は、命の軽視である。殺すしかなくなったときに初めて、それを実行できる。

 ひと月たった今も世界を平和にする方法は見つからない。九尾の企みもわからぬまま、四天王もめっきり現れなくなった。ただ戦争が続いているだけである。

 勇者たちが山岳地帯にいたのは、敵軍に不穏な動きがあることを突き止めたからだった。単なる駐屯所ならまだしも、そこに聖騎士が出入りしているのであれば大事である。王城から受けた依頼を、勇者たちは断らなかった。
 それは結果的に良い方向へと向かった。彼らがあのタイミングであそこにいなければ、恐らく儀仗兵長は死んでいただろうから。

 勇者たちは医者に礼を言い、病院を後にした。夜も更けている。山岳地帯に建設されかけていた魔道砲場は完膚なきまでに叩き潰したため、今夜は枕を高くして眠ることができるはずだった。

 とりあえずひと眠りして、今後の行動はまた明日考えよう。
 そう思いながらやってきたのは宿屋である。戦場で休養を取ることが多かったため、たとえ固くともベッドで眠れるのはうれしかった。

勇者「四人なんだけど、何部屋空いてる?」

店主「二部屋だね。どっちも大きさは変わらないけど、片方はベッドが一つしかないんだ。毛布なら貸し出すけど……」
644: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:18:25.65 ID:Cav8RLV20
勇者「ということは、誰かが床で寝ることになるな。俺が寝るよ」

狩人「だめ。勇者はベッドで寝て。私が」

少女「ちょっと待ってよ。ここは頑丈なアタシに任せてって」

勇者「うーん、そう言われてもな」

少女「じゃ、一緒のベッドで寝る?」

狩人「ちょっと待って」

少女「?」

狩人「なんで、一緒の部屋の前提?」

少女「べ、別にそんなつもりはないけどさっ」

狩人「私は勇者の恋人。私が一緒の部屋」

少女「狩人さんがこいつの恋人だってことは認めるよ。うん。疑いようのない事実。でもね、アタシたちは四人で旅してるわけじゃん?」

少女「つまり、一心同体。四人で一つ。みんな仲間。そこに、ほら、そーゆーのを持ち込むのって、危険じゃない?」

狩人「危険なのは、勇者のていそ……」
645: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:19:16.89 ID:Cav8RLV20
勇者「ちょーっと、ストップ! ストップ! お前ら何の話をしてるんだ」

 宿屋の主人の好奇の目に耐え切れず、勇者は叫んだ。

勇者「俺はばあさんと寝る! お前らが一緒の部屋! 以上!」

老婆「わしと寝るだなんて……勇者もなかなか積極的じゃのう」

勇者「うるせぇ。なんかしてきてみろ、ぶっ飛ばすぞ」

老婆「ひゃひゃひゃ。空間移動できるわしを捉えられるかな?」

狩人「……貞操が危険なのは、依然変わらず」

少女「ってちょっと、置いてかないでよ!」

 云々やりながら四人は渡された鍵を受けとって寝室へと向かう。
 部屋が分かれる前に立ち止まり、今後の予定を口頭で確認しあう。

勇者「今日はこれ以上は予定はない。オフだ」

少女「もともと帰ってくる予定なかったしね」

勇者「そういうことだな。魔道砲場は潰した。ま、問題はないだろう。残党は見逃すこととして」

狩人「今後は?」

老婆「近々平原と林の境界線に場所を移して、規模の大きめのドンパチを繰り広げるらしい。わしらは裏から回り込んで、対象の首を取る」

少女「殺す、の?」

老婆「さぁな。重要な情報源じゃし、殺しはしないじゃろ。確保になると思う」

少女「そっか。そっか」
646: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:19:44.83 ID:Cav8RLV20
狩人「召集があるまでは、待機? それとも、また、どこかへ行く?」

勇者「一応、待機。近くで何かが起きればそっちへ行くけど、話を聞く限り次の戦場のここは近いから、あんまり離れたくはないな」

老婆「何かあれば指示を出してくれよ。お前の言うことなら何でも聞こう」

狩人「私も」

少女「アタシだって、聞いてやらなくもないし」

 勇者は思わず自身の顔がほころぶのを感じた。

勇者「じゃ、各々ゆっくり過ごしてくれ」

狩人「勇者は?」

勇者「俺は食料と消耗品の調達に行ってくるよ」

少女「アタシも!」
狩人「行く……」

少女・狩人「「ん?」」

 二人は顔を見合わせた。少女が無理やり笑顔を作り、狩人は逆に眉を顰める。

少女・狩人「「勇者はどっちと行く?」」

 ぐるんと捻られた二人の視界に、しかし勇者は入ってこない。ついでに老婆も。

 二人は叫んだ。

「「逃げられた!」」

――――――――――――――
647: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:20:14.22 ID:Cav8RLV20
老婆「逃げてもよかったのかえ?」

勇者「いいんだよ。ここ最近のあいつらは、なんかおかしいからな」

老婆「朴念仁」

勇者「は?」

老婆「――と、言われても仕方がないのじゃよ」

勇者「わけがわからん。ついにボケたか」

老婆「抉るぞ」

勇者「抉るってなに!? こわっ!」

老婆「ふん。まぁいい。ちょうどわしもお前に話があったところじゃ。行くぞ」

 場所は路地裏。老婆が先行し、勇者はそれに続く形で歩を進めていく。
 戦争中でも賑わいはある。療養と慰安のために作り替えられた町なのだから、寧ろ賑わいのないほうがおかしい。二人のいる路地裏まで往来の声が届いていた。

勇者「で。話ってなんだよ」

老婆「なに、大したことじゃあない」

老婆「孫のことで、ちょっとな」

老婆「あの子を助けてくれてありがとう」
648: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:20:42.06 ID:Cav8RLV20
 老婆は真っ直ぐにお辞儀をした。
 思わず面喰ってしまい、勇者は一歩後ろに後ずさる。こんな殊勝な老婆を見るのは初めてだった。いや、別に彼女に常識がないというわけではないが。

勇者「大したことはしてねぇよ。それに、俺にはあいつが必要だ。だから助けた。仲間だしな」

 くさいセリフをしゃべっている自覚があった。しかし言ってしまった以上は止まらない。ええい、ままよ、と一気に言葉を紡ぐ。

勇者「俺一人だけの力じゃどうにもならないってことを、俺はわかってるつもりだ」

勇者「それにしても急にどうした。礼なんて前にも聞いたぞ」

老婆「最近のあやつの顔を見ているとな、昔と違うんじゃ。それはきっと、勇者、お前のおかげが大きいのだと、わしは思っている」

勇者「やめてくれ。俺は俺のことで精いっぱいだ」

老婆「魔王を討伐するために村を出てから、わしは孫の笑ったところを見ていなかった。今あんなに楽しそうにしているのは、わし一人じゃできんかっただろう……」

 老婆は真っ直ぐに勇者を見据えた。なんとなく視線を外しそうになるが、そこでふと気が付く。老婆が泣きそうになっていることに。
 一瞬、感極まったのかと思った。が、すぐにそれが違うことを知る。小さな、掻き消えるような声で「頼む」と呟いたからだ。

老婆「この戦争を止めてくれ」
649: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:21:24.06 ID:Cav8RLV20
勇者「……」

老婆「この戦争は、止まらん。王は各国の停戦勧告を受け入れるつもりがないらしい。敵国もじゃ。わしのあずかり知らんところで、危険な魔道具も開発されていると聞く」

老婆「『核』という大規模な殺戮兵器じゃ。わしの樹木魔法を量産化したような、ひどい……ひどい、ものじゃ」

老婆「本当なら今すぐ王城へでも乗り込んで、王の頭をひっぱたいてやるべきなのじゃろう。あぁ、そうすべきなのじゃろう」

老婆「しかし、勇者。恥ずかしい話じゃが、わしにはそれができん。国のために何百何千と、敵と味方の区別なく、人を森の養分としてきたわしには、そんなことはできん」

老婆「罵りたければ罵るがええ。こんな時になってまで、わしは過去の妄執に囚われているのじゃ!」

老婆「だから、頼む。都合のいいことを言っているのはわかっている。この老いぼれの代わりに、戦争をなんとかしてくれ」

 ともすれば土下座までしそうな勢いであった。老婆の必死な姿はこれまでに何度か勇者も目にしたことがあるが、今回のこれは度を越している。
 今言われたことがどれだけ大変で、問題で、恐ろしい出来事なのか、勇者にもわかった。戦争を止める。短いながらも壮大だ。果たして一介の人間、ただコンティニューの奇跡があるだけの人間に、できるだろうか。

 いや、しなければいけない。しようとしなければいけない。勇者はそう思った。
 そうでなければ、世界を平和になぞできるものか。
 そう思える者でなければ、世界を平和になぞしてくれるものか。
650: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:21:53.40 ID:Cav8RLV20
勇者「俺は」

老婆「!」

 老婆は自然と体が震えた。勇者の言葉を、返事を聞くのは勇気のいることだった。
 恐らく自分には勇気がないのだと老婆は感じる。彼が彼女に対して大きく秀でているその一点が、彼に期待してしまう要因なのだ。

 勇気のある者。
 ゆえに、勇者。

勇者「……約束はできない」

 空を見上げる勇者。それ以降言葉を紡ぐことはない。

 それでも老婆には分かった。省略された次の言葉。「それでも」。
 約束はできなくとも、それを目指すと。

 その言葉が聞きたかった。勇者と志が同じなのだと、確信できたから。

老婆「さ、買い物にいくぞえ。腹も減った。あいつらも腹をすかしているじゃろ。さっさと買って、帰るぞ」

勇者「はいはい」

老婆「『はい』は一回でいいのじゃ」

勇者「はーい」
651: ◆yufVJNsZ3s 2012/11/28(水) 10:22:40.32 ID:Cav8RLV20
老婆「……」

勇者「……」

 二人、肩を並べて歩く。
 どちらも無言だったが、やがて老婆がぽつりと言った。

老婆「ありがとうな」

勇者「それほどでも」

―――――――――――――――――
656: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 22:57:49.00 ID:9US10Z/s0
――――――――――――――――――

 ついに大規模な戦闘の開始を告げる法螺が吹かれた。遠くまで響き渡る低音は、当然林の中にいる勇者たちにも聞こえている。
 四人は林の中を突っ切って敵の側面から攻撃する算段であった。無論、敵も同じことを考えているに違いない。つまり敵の攻撃の手を予め潰しておくということでもある。

少女「アタシ、正直、気が進まないんだけど」

勇者「何がだ」

少女「目的のためにでかい戦いを見て見ぬふりしなきゃいけないってのが。アタシはやっぱり、敵陣中央に突っ込んでいきたい派なのよねぇ」

狩人「でも、必要なこと。早く敵を倒せば死人も減る」

少女「わかってんだけど、わかってんだけど……うー」

勇者「さっさと終わらせるぞ。行くぞ」

 不承不承少女は頷き、歩き出す。

 林の中は視界が悪い。光が差さないので昼でも薄暗く、索敵を怠るのは恐ろしすぎた。
 勇者たちの索敵手段は主に老婆による魔法と狩人の五感である。老婆は索敵が本職ではない。全員、どちらかと言えば狩人の五感を頼りにしている節があった。
 そういうこともあってか一団の戦闘は狩人である。遅れて勇者、老婆、少女と続く。
657: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 22:59:38.37 ID:9US10Z/s0
 時たま地響きを足の裏に感じることがあった。仲間が、敵が、戦っているのだ。がむしゃらに。
 戦争の必要性は勇者にだってわかる。しかし、代替可能性に一縷の望みを託さずにはいられなくもあった。

狩人「待って」
老婆「待て」

 二人の声がシンクロする。四人は視線を前方からずらさず、僅かに緊張に体を強張らせた。

狩人「なんか、変な感じがする」

老婆「狩人の言っていることは確かじゃ。前方に魔法的な侵入警報が仕掛けられている。敵の存在を教え、罠のスイッチにもなっているやつじゃ」

老婆「しっかし、お前、よく気が付くな……」

 感嘆が老婆の口から洩れた。魔法によって仕掛けられた不可視のトラップを、霊視もせずに看破するのはもはや人間業ではない。

狩人「なんか最近、凄い感覚が鋭敏になってる」

勇者「この先に、敵がいるってことか」

老婆「そうじゃな。敵か、営舎か……そこまではわからないが」

勇者「『しのびあし』で行くぞ」

狩人「任して」
658: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:02:07.43 ID:9US10Z/s0
 一歩一歩踏みしめるように狩人は先行する。魔法的な仕掛けは重層的に、線のように張り巡らされていたが、その切れ目を四人は抜けて行った。
 いったいどれほどの距離を歩いたのかわからなくなるほどの時間が経つ。それでも一向に敵の姿は見えてこない。疑問が全員の脳裏をよぎり始めたころ、不意に老婆が舌を打った。

老婆「やられたっ」

少女「どうしたの、おばあちゃん」

老婆「これは罠じゃ! わしらが歩いてきた道順それ自体が、魔法的な――呪術的な意味を持っているっ!」

 見れば四人の身体の周りに、うっすらと、黒い光がまとわりついていた。老婆の魔法によるものでないのだとすれば、それが敵の手によるものだというのは明らかだ。
 しかし、問題はその魔法が一体どのような類のものなのかということである。解呪の類は老婆が一通り覚えているとはいえ、適切な魔法を唱えなければ魔力の無駄になる。

 老婆はぎりりと奥歯を噛み締めた。

老婆「この魔法……見たことがない。かなり高度な魔法じゃ。解けるか……?」

少女「解けなかったらどうなるのっ?」

老婆「それすらもわからんっ!」
659: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:03:21.50 ID:9US10Z/s0
狩人「誰っ!?」

 反射的に狩人が弓を射る。矢は十数メートル離れた幹に突き刺さり、木を揺らした。

狩人「誰か、いる」

 僅かな空白が続いて、ぱき、という踏みしめる音とともに、一人の偉丈夫が姿を現した。
 同時に、少女顔が引きつる。鉄面皮の狩人もまた、僅かに。

 現れた偉丈夫は、下駄にふんどし、上半身裸という露出の多いいでたちの、中年男性だった。
 筋肉の盛り上がりが遠目からでもわかる。それも腕だけでなく、足、腹、胸と全身がとにかく太い。デュラハンに負けるとも劣らない恵体の持ち主である。

少女「変態だ――――っ!?」

狩人「汚い、殺すっ……!」

 咄嗟に武器を構えた二人に対して、偉丈夫は叫んだ。

偉丈夫「その言いぐさはなんだっ!」

 体を震わせる咆哮に、思わず二人の女子もたじろいでしまう。

偉丈夫「健全なる精神は健全なる肉体に宿る! 即ち、健全なる精神の持ち主が健全なる肉体であるのも、当然のことよ!」

偉丈夫「我は聖騎士! この林を進むものを待ち構える者なり!」
660: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:05:52.14 ID:9US10Z/s0
 聖騎士の単語にやおら四人が色めき立つ。聖騎士。彼らはいまだ聖騎士とは戦ったことがなかった。それは不運でもあり幸運でもある。ただ、この土壇場で出会ってしまったことに関しては、不運としか言いようもない。

少女「この裸ふんどしのおっさんが聖騎士!? 信じらんない!」

 とはいえ、恰好はともかく、目の前の偉丈夫が放つ圧力は確かに実力者のそれであった。その事実を認識してなお、四人は目の前の人物から目を離せなかった――もしくは離したかった。

狩人「とにかく、倒す」

少女「えぇそうね、そうよ。アタシ、こいつを倒したいもん、今ものすごく!」

偉丈夫「たわけがっ! 口でだけならどうとでも言えるわ!」

偉丈夫「すでに貴様らは我の呪術にかかっている! 歴代最高と謳われる呪術師の力に慄くがいい!」

勇者「武闘派じゃない、だと……」

 偉丈夫が踵を返して走り出す。
 少女はそれを追った。魔法の罠を力任せに突っ切りながら、偉丈夫を追う。

 偉丈夫は確かに健脚だったが、少女には当然敵わない。随分とあった差が一瞬にして縮んでいく。

少女「アンタ、寝てなさい!」

偉丈夫「健全なる精神を持たぬものに、健全なる肉体を持つ資格なぁああああしっ!」
661: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:10:01.00 ID:9US10Z/s0
 ミョルニルが振るわれる。すんでのところで偉丈夫はそれを回避し、手で印を結んだ。
 僅かな間をおいて、偉丈夫の姿が消えてゆく。

 少女は舌打ちをして、ミョルニルを握る右手を見た。なんだか先ほどから違和感をそこに覚えていたのだ。

少女「え」

 信じられなかった。
 少女の薬指と小指、そして手首の手前の部分が、黒く抉り取られていたからだ。

 手は動く。血は出ていない。つまりそれが物理的な仕業でない――聖騎士の直接的な攻撃によるものではなく、たとえば呪術的な――理由によるものだとは、少女も理解できた。しかしそれ以降がわからない。
 呪文の詠唱、発動、着弾。詠唱は省略されることも多いといえ、発動と着弾は必須である。それだのに聖騎士の攻撃にはどちらもなかった。それがあまりにも不可解だった。

勇者「少女!」

 勇者の声が背後から聞こえる。

勇者「大丈夫か!?」

少女「攻撃をっ、受けてる……っ!」

 苦々しく呟いて、少女は自らの右手を見せた。
 黒い抉れ。断面は黒煙のようになっていて、肉も見えない。異次元に近いのかもしれない。
662: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:12:56.46 ID:9US10Z/s0
勇者「なんなんだ、これ」

少女「わかんないよ、追って、攻撃したら急に……」

勇者「全員固まれ! 何が何だかわからないけど、これはヤバイ! そんな気がする!」

狩人「なにされてるか、わかる?」

老婆「いや、皆目見当もつかん。あの変態の攻撃なのは確かじゃろうが、正体が見えん」

少女「って、ちょっと待ってよ」

 少女が勇者と狩人を指さして、叫んだ。

少女「なんでアンタらも抉り取られてるのよぉっ!?」

 勇者の左ほほと狩人の手の甲に、イチゴ大の黒い抉れができていた。どうやら二人は指摘されるまで気が付いていなかったらしく、自らのその部位に触れ、ようやく驚きをあらわにする。

老婆「お前もじゃ!」

 少女は言われて全身を見回した。次いで顔を触って――首筋に同程度の抉れを発見する。

狩人(血が出てない、ってことは……怪我ではない、ってこと、か……)

 狩人の考えは皆思っていた。即ち、この抉れによってすぐに死に至るわけではないという、ひとまずの安心は得られたということだ。
663: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:13:24.83 ID:9US10Z/s0
 が、安心が問題解決に直接結びついているわけではない。血こそ出ないが確かにその部位は「ない」のだ。このまま進行が進めば命を失う可能性も出てくる。それこそ、抉れが心臓に達するなどしたら。

勇者「ばあさんっ! これ、本当に攻撃を受けてるわけじゃあねぇんだよなぁ!?」

狩人「勇者、また……!」

 今度は少し大きい抉れが、勇者の左ひじに現れる。

勇者「くっ……」

 だらりと下がる勇者の腕。どうやら力が入らないらしい。
 関節を抉られればそれ以降が使えなくなるのは、普通の怪我と同様。恐らく目を抉られれば目が見えなくなるのだと思われる。

 問題は、その条件。

 敵が攻撃を逐一行っていないことは明白だ。すでに呪術はかけ終っていて、何らかの行動がキーになって発動している。老婆もその考えであった。
 そのキーさえわかれば、それを回避して敵の下までたどり着ける。わからなければ、いずれ死ぬ。

老婆「とりあえず、落ち着け。冷静になろう。現状の把握じゃ」

老婆「三人とも、痛みはないんじゃな?」

 全員が頷いた。痛みはない。

老婆「感覚は?」

 全員が首を横に振った。痛みはないが、感覚もまたない。

老婆「なぜお前らが抉られ、わしだけが抉られていないのか。そこに恐らく鍵があるはずじゃ」
664: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:15:48.91 ID:9US10Z/s0
老婆(この抉れが、穴が心臓か脳に達すれば、死ぬ……)

老婆(なんじゃ? なにが発動のキーじゃ?)

 焦る内心を抑え、老婆は必死に頭を回す。が、あまりにも答えを導き出すにはヒントが少なすぎた。犯人は明白だというのに。

 そして、敵も考える暇を与えるつもりはないようだった。

 木陰から兵士たちが続々と姿を現す。素直に考えれば、先ほどの聖騎士の部下に違いない。

勇者「ちくしょう、なんだってこんな時に!」

狩人「ここを通すわけには、いかない……っ!」

 両者が激突する。

 狩人が弓を絞り、放つ。木々の僅かな隙間を縫って尚急所に命中させる手腕は感嘆しか出ないが、やはりパフォーマンスの低下は避けられない。焦燥が顔に滲んでいる。
 
 勇者は三人と切り結んでいた。コンティニューという奇跡があると思えば、死への恐怖も恐れる。それに彼は幾度も死んで、死ぬこと、そのさじ加減に関しては誰にも負けるつもりがなかった。
 鈍く光る刃が首筋を撫でていく。一瞬首筋に熱。大丈夫、それくらいで死ぬわけないと彼は知っていた。
 切り落としを剣で防ぐ。その間に片手に電撃を充填し、

少女「危ない!」
665: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:18:27.27 ID:9US10Z/s0
 遠方から飛んできた火炎弾を少女が壁となって吹き飛ばした。
 煤のついた顔を拭って、少女は「はん」と鼻を鳴らす。

少女「アンタ、なまってんじゃないのっ! ――っ!?」

 新たな抉れが少女に現れる。脇腹に、拳大のものが。

 少女は思わず膝をついた。

少女(くっ……忘れてたっ! しかもだんだん大きくなってる!?)

 そうしている間にも抉れの進行は止まらない。太ももと胸部に同程度のものが二つ、新しく現れる。

少女(どういうことよっ!)

勇者「大丈夫か!」

少女「わかんないわよ!」

 そして、抉れがまた一つ。
666: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:19:03.20 ID:9US10Z/s0
 二人の隙間を風が通り過ぎる。
 狩人の放った矢が、たった今二人に襲いかかろうとしていた兵士の顔面に突き刺さった。兵士は勢い余って二人に倒れこむ。
 さらにその後ろから十人ほどの兵士がやってくるのが見えた。どれだけ控えているのか想像もつかない。

 しかし逃げることはできなかった。友軍は聖騎士には勝てないだろう。ここで食い止めなければ不利な状態になるのは火を見るよりも明らかだ。

 しかも……。

狩人「もう一人、来る」

 二刀を携えた銀色が、森の奥からやってきた。彼が一歩歩くたびに兵士は横に避け、さながら海を割る預言者のような光景に、四人は途方もない圧を感じずにはいられない。
 聖騎士――しかも段違いな強さを持つ。

老婆「あいつ、見たことがある。聖騎士団の……団長だ」

 老婆がぼそりと呟いた。

 聖騎士団の団長。その言葉が意味するところを分からない勇者たちでは無論なかった。寧ろ、聖騎士団の団長クラスが出陣するほど、この戦場に意味があることのほうが驚愕の種でもあった。
 銀色に隙はない。一歩一歩距離を詰められるたびに、勇者は一歩一歩後ろに下がりたくなる気持ちすらしている。

狩人「やるしか、ない」

 狩人は矢を番えた。殺さずに済まそうなどと虫のよいことは言っていられなかった。
667: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:21:54.26 ID:9US10Z/s0
 放つ。

「無駄だ」

 声が狩人の背後から聞こえてくる。

狩人「――ッ!?」

 思わず反転――した先に、二刀のきらめきが眼を穿つ。

 反応できなかったのは狩人ばかりではない。少女も、勇者も、老婆も、誰もその速度に追いつくことはできていなかった。

 勇者が飛ぶ。

 刃はそのまま勇者の左腕を断ち切って、狩人の肩へと食い込む。噴き出る血液。二人は声を押し殺しつつ、体勢を立て直す。
 横からミョルニルが迫る。その勢いに僅かに驚きの反応を示した聖騎士だったが、一拍遅れて、今度は老婆の後ろに姿を現していた。

少女「速い!?」

勇者「っていう次元じゃないぞ……!」

 刃を動かそうとしたその瞬間、聖騎士が大きく弾かれ、四人との距離が開かれる。

老婆「障壁を展開した。ないよりはマシじゃ」

 それでもジリ貧には変わりない。多勢に無勢。聖騎士団長。呪術の解除すらままならない状況は、前門の虎、後門の狼だけでは窮地が足りない。
668: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:22:58.53 ID:9US10Z/s0
 白銀の姿が消えた。
 四人の頭上で空気の弾ける音が聞こえ、障壁を無理やりこじ開けて白銀が降ってくる。煌めく二刀を携えて。

 もっとも反応の速かったのは狩人だった。矢を番える暇がないことを即座に察知し、鏃を素早く引き抜いて、振り向きざまに投擲する。
 四つの鏃は二刀によって防がれた。が、狩人はそれでいいのだと思った。

 両脇から勇者と少女が迫る。

 唸りを上げるミョルニルと長剣。しかし聖騎士は二刀を巧みにさばいて、攻撃を受け流す。

勇者(これも無駄かよっ! ……けどっ)

 大きく開いた上体目がけて、老婆が火炎弾を放った。

 突如として現れた火炎弾は、さすがに聖騎士でも回避が間に合わない。着弾、炸裂し、内包されていた大量の熱が拡散する。
 空中で吹き飛ばされたため、聖騎士は受け身も取れずに木に激突した。そのままさらに後方へと転がり、茂みの中に突っ込んでいく。

 周囲の兵士が慌てて四人へと向かう。今まで聖騎士に加勢しなかったのは、単に実力差故、彼らが聖騎士の足手まといにしかならないためだった。
 それぞれが剣を抜いて四人を囲む。その数、二十強。遮蔽物の多い林の中であるため平原よりも人数差の脅威は減るが、だからといって消耗する体力にそれほど差が出るわけでもない。
669: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:23:27.38 ID:9US10Z/s0
聖騎士「なかなかやるな」

 恐ろしい声が聞こえた。それも勇者の眼前から。

勇者(いつの間に――!? ノーダメージかよ!)

 既に聖騎士の刀は振るわれていた。限りない速度と鋭さをもって、勇者の首へと迫る。

狩人「くっ!」

 思わず狩人は弓を放り投げた。勇者と聖騎士の間に割って入る形で、弓は刀の進路をふさぐ。
 しかし刃は軌道を変えることすらなく、そのまま金属製の弓を両断する。

 鮮血が散る。

 勇者の胸部が横一文字に切り裂かれた。鎧の上からでもなおその傷は深い。狩人が弓を投げた際の一瞬の反応が聖騎士になければ、刃は勇者を上下に分割していたことだろう。

 体がぐらつきながらも、勇者は両手に雷撃を貯め、聖騎士に放った。白銀の鎧は高い魔法抵抗力を持っているようで、衝撃にたたらを踏みはするものの、昏倒する気配などは微塵もない。
 舌打ちする暇すら与えてくれはしなかった。聖騎士が一歩、踏み出す。

老婆「ここは一旦、引くぞ!」

 ぶつかり合おうとしていた少女と勇者の首根っこを掴み、老婆が転移魔法を起動する。座標の指定も適当に、老婆は慌てて飛んだ。
670: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:23:53.22 ID:9US10Z/s0
 どさり、と衝撃が尻に来る。景色は依然林の中だったが、周囲に人影は見えない。どうやら距離を取ることはできたようだ。

老婆(これで終わりじゃないんじゃがな)

 そう、これは敗北であった。あの聖騎士たちの進軍をこれ以上許してはならなかったし、逆に彼女らは進軍しなければならなかった。打ち倒す策と、呪術を解除する術を考えなければ。

 が、現実は非情である。勇者は死んではいないものの、胸には大きな傷が刻まれている。脂汗を勇者はぬぐいながら平気そうに笑ってみせているけれど、それが単なる強がりであることは明白。

 狩人もまた、己が愛用していた弓が、勇者を守るためとはいえ破壊されてしまったことに大きなショックを受けているようだった。咄嗟に拾ってきた残骸の一部を握り締めながら微動だにしない。

 少女もまた、黒く抉れた部位がしっくりこないようである。先ほどから何度も手の握りを確認し、膝の屈伸を続けている。

 最早これまでか、という言葉が老婆の脳裏をよぎる。そしてそれを無理やり力技でねじ伏せる。諦めることが真の敗北を生む。死の瞬間まであきらめてはならない。

老婆(とはいってもどうする? どうすればいい?)

 老婆にも、なにもわからなかった。
671: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:24:22.57 ID:9US10Z/s0
 思わず前後不覚になって、近くにあった石に腰かける。
 なんだか腹部に違和感を覚えて、老婆は無意識にそこに手をやった。

 ぬるり、と。

 短剣が突き刺さっている。

老婆「こっ、これ、はっ!」

 真っ先に反応したのはやはり狩人である。背後に向かって狙いも定めず鏃を乱射、弾く音を頼りにして、ナイフを抜いた。
 振るうよりも先に、二刀が振るわれる。それはナイフの刃を容易く切断して、周囲の木々を数本まとめて切り倒す。

 白銀。
 聖騎士!

少女「なんで――!」

勇者(異常だ、あまりにも、異常すぎるっ! 人間を超えた速度ッ!)

狩人(弓も、ナイフも、失った。どうする? どうすればいい?)

 反撃を許さず聖騎士の姿が消えた。と思えば、次の瞬間には全くの反対方向から攻撃が降り注ぐ。
 少女がミョルニルで防いでいる間に勇者がカウンターを狙うが、剣は虚しく空を切るばかり。そして聖騎士はまたも全く違う方向から命を狩りに来る。

 速度という次元を超えている速さ。勇者は一つの予感を覚える。

勇者「少女、狩人! 多分、こいつの能力……時間操作だ!」

――――――――――――――――
672: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:24:49.63 ID:9US10Z/s0
――――――――――――――――

 九尾の部屋に四天王が集まっている。
 九尾は椅子に腰かけ、デュラハンは地べたに腰を下ろし、アルプは胡坐をかいたまま宙に浮き、ウェパルはやる気なさげに壁へ体を預けていた。

九尾「さて、そろそろ佳境だ。ついに九尾も動く」

アルプ「首尾は上々だよー。デュラハンもウェパルも協力してくれるって言ってるし」

デュラハン「ま、そりゃ、ね。もう一度彼女と戦えるっていうおいしい話に飛びつかないわけがない」

ウェパル「……」

アルプ「もー、ウェパルは陰気くさいなぁ」

ウェパル「魔王様の復活なんか、僕にはまるで興味がないんだけど」

アルプ「でも、参加するんでしょ」

九尾「あぁ、そうだ。九尾はそれに対して礼を言わねばならない」

ウェパル「やめて、やめてよ。僕じゃなきゃだめだってんなら、別にいいよ。僕だけのことでもないんだし、ましてや四天王だけのことでもね」
673: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/01(土) 23:26:32.05 ID:9US10Z/s0
デュラハン「そんなぐちぐち考えて面倒くさくないのか?」

アルプ「本当にねー」

ウェパル「きみたちは特別でしょ」

九尾「いったん話を戻してもいいか」

九尾「タイミングは九尾が教える。してもらう仕事は先ほど教えたとおりだが、やりたいようにやってくれ」

ウェパル「もし、失敗した場合は?」

九尾「そんなことはないと信じたいが、そのときは……九尾の見込み違いだったということだ」

アルプ「手加減はしちゃだめなんでしょ」

九尾「無論。全力で、殺しあってくれ」

九尾「勇者の一行と」

―――――――――――――――
677: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:16:04.18 ID:aaH0ifRe0
―――――――――――――――

聖騎士「……そのとおりだ。俺の魔法は時間停止」

 訥々と聖騎士は喋りだす。その口調にはどうも抑揚というものがなく、宙に浮いた語りであった。

勇者「自分から、ばらすのか」

聖騎士「どうせお前らに勝つのが目的じゃあないんだ」

勇者「じゃあ、何が?」

 老婆に治療を施す狩人を背後に、勇者は聖騎士に尋ねた。

聖騎士「俺の、過去のために」

 まさか答えが返ってくると思っていなかった勇者は思わず変な顔になる。しかも、それがどうやら軍隊がらみではなく、個人的な事情ならばなおさらだ。
 聖騎士の意図が読み取れなかったのは勇者だけでない。その光景を見ていた誰もが、聖騎士の言葉の意味を理解できない。

 剣を構える勇者。老婆の治療の時間を稼がなくてはならないが、あまり悠長にもしていられない。休んでいても戦争は進むし、呪術もいつ体を蝕むかわからないのだ。

聖騎士「俺には記憶がない。ある日、気が付いたら王城のベッドで横になっていた」
678: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:16:33.56 ID:aaH0ifRe0
 勇者は跳んだ。聖騎士に言葉をかけたのは大きな間違いだったと、今更ながらにひしひしと感じている。もっと焦るべきだった。聖騎士を一人の人間ではなく、単なる化け物として対峙しておけばよかったのだ。
 近づく勇者に聖騎士は全く動じない。白銀の甲冑の下の表情は窺えないが、訥々と喋る様子から察するに、さほども動揺はないのだろう。

聖騎士「病院にもいった。高名な魔術師にも罹った。それでも、誰も俺の失われた過去を救っては――掬いだしてはくれなかった」

 少女も合わせて走り出す。勇者の剣が空を切ったその瞬間に、時間操作の解除地点へミョルニルを叩き込む算段だった。

聖騎士「途方にくれて、一つの光明を得たよ。人間は死ぬ間際に走馬灯を見るっていうだろう? 生死の淵に足をかければ、もしかしたら俺は過去が垣間見えるかもしれない」

 勇者の剣が振り下ろされる。しかし、一瞬前にはそこにいた聖騎士の姿は、いつの間にか掻き消えている。
 時間操作は超を幾つ重ねても足りないほどの高騰魔術だ。努力ではたどり着けない、素養が全ての世界。老婆も、九尾でさえも、それを操ることはできない。

 聖騎士、彼には速度という概念が存在しない。本来連綿と続くはずの時間軸を唯一断絶できる彼は、認識したものからダメージを食らうなど、考えられるはずもない。

 勇者の剣が、やはり空を切る。
679: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:17:20.03 ID:aaH0ifRe0
 聖騎士は勇者の背後へと姿を現していた。

 しかし、そこまでが少女の読み通りである。
 そこに合わせてミョルニルをすでに振るっている。

少女「――っ?」

 少女の視界に銀色が入る。白銀の鎧ではない。もっと、いわゆる銀色然とした銀色が、一つ二つではなく、十数視界の中で煌めいている。

狩人「危ない!」

 四方八方からナイフが少女を狙っていた。

少女「いつの間にっ……!」

 言ってから少女はそれがまったく見当はずれであることに気が付く。時間を止めている間にナイフを投げれば、こんな芸当は他愛もない。いくら少女がまばたきすらも止めていたとしても、である。
 叩き落とすか、差し違えるか。その逡巡が、けれど命とりであった。

 聖騎士の姿が消える。
680: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:17:47.58 ID:aaH0ifRe0
少女(後ろ――っ!)

 わかっているのに体が動かない。目の前の脅威、ナイフの豪雨に備えてしまっている。
 既に初動は始まっている。ミョルニルを振り、その風圧でナイフを叩き落とすが――

聖騎士「無駄だ」

 背後から声が聞こえた。
 わかっていた。そこに聖騎士が現れるだろうことを、少女は想定していた。していたが……

少女(間に合わない!)

 それでも振り向く。腕の一本、腹の肉はくれてやる。だから、その命を。
 戦闘不能になるだけの怪我を。

少女「アタシによこせぇえええっ!」

 その刹那、少女の視界の中で火花が弾けた。それが、端からやってきた何かが聖騎士の剣に激突した衝撃であることを、少女は当然理解しているはずもない。それでも確かに体は動く。
 体を捩じりながら、一息で聖騎士の肩口へとミョルニルを叩きつける。
681: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:18:32.99 ID:aaH0ifRe0
 肉体だけの堅さではなく、鎧だけのそれでもない手応え。恐らくは物理障壁を発生させる魔法が鎧に刻まれているのだろうと少女は思った。

 ミョルニルの一撃は物理障壁を容易く打ち破り、聖騎士をそのまま森の奥へと吹き飛ばした。しかし油断はできない。先ほども彼はすぐに復活し、勇者たちに追いついて見せた。それがまぐれでも偶然でもないと、誰もが思う。
 事実、聖騎士はむくりと起き上がったのだ。

狩人「二人とも!」

少女「おばあちゃんは!?」

狩人「気を失って……血の量はそうでもないけど、あたりどころがあんまりよくない。早めに何とかしないと」

勇者「魔法救護の道具が一つだけある、けど」

 勇者は二人を見た。二人の考えも同じであった。

少女「あいつが許してくれはしない、か」
682: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:19:13.32 ID:aaH0ifRe0
 がちゃり、と聖騎士の鎧が音を立てる。今回は時を止めて近づいてこない。魔力が切れたわけではないようなので、単調な攻撃が利かない相手であると理解したのだろう。

 勇者は苦し紛れに雷撃を放った。紫電はそのまま、まっすぐに聖騎士へと直撃する。

勇者「避けなかった……?」

 白銀の鎧の魔力抵抗の高さでダメージは微々たるものらしいが、確かに命中した。勇者はてっきりまた時間操作で回避されると思っていたのだ。
 いや。彼は考える。本質的に、雷撃を回避できる人間などいやしない。もし回避できるのだとすれば、それは発動を事前に予測したうえで射線上からずれているだけであって、雷撃が放たれてからでは遅いのだ。

 恐らく聖騎士の時間操作は自動で行われない。誘発しない以上、聖騎士が自ら魔法を使っているのだ。
 であるならば、雷撃は意識よりも早く聖騎士を襲うことができる。ダメージの多寡はともかくとして。
 そう、問題はダメージなのだ。あの鎧を破壊するか、それともより強い雷撃を見舞うか……しかし勇者の雷撃は先ほど放ったもので精いっぱいである。あれ以上の威力は、先に彼の魔力が枯渇する。
 解決の糸口は見つかりそうなのだが、途中で道がなくなっている。歯がゆい思いだ。
683: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:20:26.87 ID:aaH0ifRe0
 狩人もまた歯がゆい思いをしていた。弓を失くした彼女はもはや狩人ではなく、ただの少女であった。鏃も先ほど少女を助けるのに最後の一個を使ってしまい、腰に括り付けた袋の軽さは彼女の無力を現している。
 なにをどうすればいいのかがわからない。いったい自分に何ができるのか。それを考えてはいるものの、これといった結論は探り当てられなかった。

 せめて自分にも魔法が使えれば。生身で戦える強さがあれば。悔いても詮無いことを、けれど悔やまずにはいられない。

 ずい、と狩人の視界の端で、少女が一歩前に出る。ところどころ黒く侵食されたその体は、万全の体調でないのは明らかだのに。
 それを狩人は素直に凄いと思う。囚われ、勇者に助けられてから、彼女は明らかに変わった。
 恐らく勇者が変えたのだという確信を狩人は持っている。そしてそれは事実である。

 誰もが勇者に頼りたくなる、不思議な何かを彼は持っているのだ。
 彼なら大言壮語が、本当に実現するのではないかと思えるほどの何かを。
684: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:21:29.74 ID:aaH0ifRe0
少女「つまり、こういうことでしょ」

少女「認識よりも早く――意識されるよりも早く、アイツにミョルニルを叩ッ込めば!」

 音もなく、今度は少女の顔面が――右の眼窩から耳、頬と額の一部に跨る形で、黒く抉り取られた。
 何がスイッチなのか、彼らにはわからない。

 少女はそれで己の視界が確かに半分になったことを知る。遠近感覚もうまく働かない。脳もいくばくか削り取られているはずだが、とりあえずは前後不覚になっていないし、思考もきちんとできている。

少女(わかった、わかった。オーケー。アタシにはどうせ考えることなんて似合わない)

 今度はつま先から足の甲に至るまでが消えた。地面を掴んでいる感覚がない。

 下手の考え休むに似たり。ただミョルニルを自分のために、何より勇者のためにふるえていれば、彼女は畢竟問題なかった。
 心臓さえ働いていてくれれば。
685: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:22:20.81 ID:aaH0ifRe0
 地を蹴る少女。消える聖騎士。雷撃を放つ勇者。
 聖騎士に攻撃は当たらない。しかし、聖騎士の攻撃もまた、彼らには当たらなかった。
 いや、すんでのところで勇者と少女が避けているのだ。

 これではだめだ、と狩人は思った。自分はいったい何をしているのだ、と。

狩人(私にも何か)

 できることを。

 狩人は嘗て勇者に、彼女の窮地を救いに来てと頼んだ。結果的にその言葉が勇者の窮地を救ったけれど、決して勇者を救うために言ったのではない。彼女は確かに一人の女として恋人に守ってもらいたかった。
 それを少女趣味が過ぎると言うのは女心を理解していない人間だけだ。

 が、今は違った。今は彼女「ら」の窮地であって、彼女の窮地ではない。今はむしろ、彼女が仲間を助けなければいけない場面。

狩人(もう、仲間を失うのは、いやだ!)

 誰も目の前で死なせたりなんてしない。
 そう念じた瞬間、指先に暖かさが募るのを狩人は理解した。

 ゆえに、理解が、できない。
686: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:22:49.21 ID:aaH0ifRe0
 「ソレ」の正体は、魔力。本来彼女の体内には未熟な回路しか備わっていないはずの、魔力。
 狩人自身はその正体を知らないが、ただ、何に使うためのモノであるのかはわかった。長年彼女の右手にあったもの。生きる道具。守る道具。自己同一性が形を成したもの。わからいでか。 

 虹の弓。
 光の矢。

 魔力によって具現化された武具。
 たとえば、ウェパルの武装船団の同質の。

狩人「……っ!」

 まるで誘われるように矢羽へ手を伸ばした。手に吸い付くような感触が伝わって、そのまま筈を弦にかけると、力を入れてもいないのに引き絞れる。

 射る。
687: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:23:20.99 ID:aaH0ifRe0
 光の矢は確かに光であった。ただひたすらに真っ直ぐ飛び、直線のままに聖騎士の腕へと突き刺さる。
 聖騎士は咄嗟に踏ん張りを利かせて転倒こそ避けたが、数メートル地面に足の痕跡を残すこととなった。

 三人の視線が一斉に狩人へと向く。

狩人「虹の弓と光の矢」

狩人「正確に、関節を――」

狩人「撃ち抜く!」

 光が集まって自然と矢を形作り、狩人はただ指を離すだけでよかった。
 白い奔流が聖騎士へと降り注ぎ、鈍い音を立てながら鎧を穿っていく。それでも聖騎士の鎧の魔法抵抗は十分で、大したダメージを与えられているようには見えない。

狩人(威力が足りない……でもっ)

少女「隙ができれば十分ッ!」

 光の僅かな隙間を縫って、少女は聖騎士へと逼迫する。
 数度二刀とミョルニルが打ち合って、その間に光が聖騎士の足元を掬った。

少女「アタシたちの邪魔を、すんなぁあああ――!」
688: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:25:13.50 ID:aaH0ifRe0
 ごぶり。

 ミョルニルを振り上げて、そして、そのまま少女の口から血が噴き出す。
 胸元に大きく黒い抉れ。心臓はかろうじて回避している位置であるが、胃と、肺と、横隔膜が根こそぎ奪われている。

 脚を踏み込んで押しとどめようとするが、すでに聖騎士は少女の眼前にはいない。

勇者「ちっ!」

 勇者はあたり一面へと雷撃を降らせる。追撃だけは何としてでも避けなければならなかった。
 草木を踏み倒す音の方向には聖騎士が立っている。おおよそ三人から十メートルといったところだろう。彼には一瞬で詰められる距離だ。

勇者「大丈夫か」

 少女に迂闊に駆け寄ることはできなかった。聖騎士がにらみを利かせていて、不用意になど動けない。

少女「なんとか、ね」

 それが強がりなことは一目瞭然だ。口から下は血まみれで、脂汗も酷い。足も常に震えている。
689: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:26:40.04 ID:aaH0ifRe0
狩人「二十秒、耐えて」

少女「それだけで、何ができるって、言うんですか」

狩人「できる。やって見せる」

少女「……」

少女「やってもらなくても、死ぬだけ、か」


 狩人はすっと手を勇者に差しだした。
 その動きのあまりの自然さに、勇者も少女も、聖騎士さえも、動作が終わってからようやく気が付くありさまだった。

 狩人の穏やかな顔。パーティ会場で「エスコートしてくださる?」とでも言わんばかりの、優雅な、そして何より満ち足りた表情。
 思わず勇者はその手を取った。敵の眼前であっても、手を取らねばならないような気がしたから。

 二人は互いの手を握り締める。

 体温が交換される。

狩人「勇者、行こう」

 あなたとならば、どこまででも行ける。
690: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:27:27.31 ID:aaH0ifRe0
 聖騎士の姿が消えた。同時に数十本のナイフが空中へと突如現れ、二人へと四方八方から襲いかかる。
 しかし二人は動じない。二人の眼前には少女がいて、五体不満足が極まりながらも、しっかりとミョルニルで全てのナイフを打ち落としたからだ。

少女(なによなによなによっ、見せつけてくれるじゃないっ! もう!)

少女「わかったわ! 二十秒、命を懸けて稼いであげる!」

 言いながらミョルニルを頭上に振るった。金属と金属のぶつかる音。そこには聖騎士がいて、またも姿を消す。

 ナイフの雨の出現。打ち落とす。背後から現れる聖騎士と斬撃。切り結び、弾き飛ばし――数メートルの距離などゼロだ。聖騎士の二刀を回避しながら反撃。
 二刀での連撃をミョルニルの大ぶりで迎え撃つ。数度のかち合いの後、ついに一刀が刃の中腹から砕け散る。それでも聖騎士は止まらない。人を殺すにはその命さえあればいいという気概で突っ込んでくる。無論、少女も小細工なしで迎え撃つ。

 剣戟。手数では聖騎士に分があるが、重みでは少女に分がある。聖騎士は打ち合いをなるべく避けつつ、死角を取ろうと試みる。対する少女は木を背にするなどしながら、なんとか正面に聖騎士を出現させようともがく。
 一刀の振り下ろしを少女は寸でで回避した。回り込んで攻撃。しかしそのときすでに聖騎士はおらず、変わりにナイフの雨が眼前へと迫る。
691: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:29:20.96 ID:aaH0ifRe0
 聖騎士が背後から一刀を振り上げた。
 少女は反転を試みる。しかし抉れでどうしても反応は鈍い。意識も、体も。

 この時点まで、僅か五秒。

 悠久に感じるほど濃密に圧縮された時間の中、少女の左腕が、体という制約から解き放たれる。
 血は出ない。剣戟の鋭さに、体は攻撃に気が付かない。

 少女は吠えた。無意識の行動だった。

 こんな奴に負けるわけにはいかないと、少女は先ほどからずっと思っていたのだ。
 何が「こんな奴」なのかはわからないけれど、確かに目の前の聖騎士は所詮「こんな奴」にすぎなかった。その程度の男だった。

 だから、負けるわけがない。

少女「負けるわけが! ないっ!」
 左腕を右手が掴んだ。そのまま切断面と切断面を無理やりに押し付け――また吠える。

 自分の体は自分のものだ。切り離されても、抉られても、自分のものなのだ。
 自分の思い通りにならないわけがない。

 少女はそのまま左腕で、

 左?

 左。

 左腕で!

 聖騎士を、殴り飛ばした。
692: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/09(日) 04:30:27.29 ID:aaH0ifRe0
 高速で吹き飛ぶ聖騎士に、地面を蹴って追いすがる。聖騎士は時間を止めて対処しようとするが、時間を止めても止めても止まらない少女の追撃に、焦燥を感じずにはいられない。

 圧縮された濃密な時間が解放される。

少女「二十秒! 確かに、稼いだわよ!」

 血をまき散らしながら少女はまた吠えた。勝利の咆哮であった。
 狩人と勇者が何をするかはわからないが、狩人が言ったからには勝利なのだ。そう信じられる程度には、少女は彼らを信じていた。
 他の何においても信じられる程度には。

 少女の視界の中で、手を固く結んだ二人の残った手、その間に小さな、けれど渦巻くほどの雷撃が現れていた。矢の形をした雷。いや、雷の姿を持った矢なのかもしれない。
 ひどく中間的なその魔力体から聖騎士へと視線を向けて、狩人は呟く。
 ぽつりと、一言。

狩人「インドラ」

―――――――――――――――――
698: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:39:57.42 ID:ZKwRGWwZ0
―――――――――――――――――

 聖騎士は「あぁ」と呟いた。そこには何の感慨もなく、ただ「あぁ」という呟きだけが漏れた。
 光が聖騎士を照らす。雷撃の生み出す光。触れただけで溶け落ちそうな魔力の矢は、一瞬の思考、意識、反射すら待たずに彼の首から下を持っていく。

 即死だった。僅かに時間があれば、彼は反応して時間操作を行い、逃げおおせるつもりだった。それもできないほどの威力と速度だけれど、なぜか不思議と、残る意識がある。
 渦を巻き、尾を引く思考。

 彼とともにあった、四人の仲間の姿。

 彼は確かに見たのだ、彼が求め続けていたものを。
 不完全ながらも。

 それは決して彼の願いをかなえたわけではなかった。結局、彼は最後まで、自身のルーツを知ることはなかった。なぜ記憶喪失になったのかも。
 しかし安穏の一助にはなった。自分にも確かに過去はあって、仲間がいたのだと思えたことは、彼の短い――記憶の上では――人生の中で、最大級の幸福だった。

 そうして、やがて意識も絶える。

 嘗て「魔王」と呼ばれた男は、こうして最期を遂げたのだった。

 そんなことなど露知らず、勇者たちは老婆に駆け寄る。少女もふらふらになりながら、己の祖母のところへと、向かっていく。
699: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:40:26.79 ID:ZKwRGWwZ0
勇者「ばあさん、大丈夫か!」

 勇者が老婆の肩を揺さぶると、瞳が苦痛に歪みながらも、ゆっくりと開いた。

老婆「そんなに、叫ぶな……大丈夫じゃ、生きておるよ」

 腹をさする老婆。破けたローブの隙間からは血の滲んだ包帯が見え隠れしている。

少女「本当に大丈夫なの?」

老婆「大丈夫じゃ。やられる寸前、治癒の陣地を体内に構築した……とはいえ、痛みはどうにもならんが、いつつっ!」

 確かに老婆の腹から血液の流出はない。ナイフの刺さっていた箇所は、包帯の下ですでに瘡蓋になりつつあるのだろう。
 聖騎士の攻撃が腹を一突きであったのが幸いだった。これがたとえば首を刎ねられたりしていたら、如何な老婆と言えどもどうしようもない。

 とはいえ、どうしようもないのはむしろ聖騎士だった。時間操作によって停止した対象には、文字通り刃が立たない。ゆえに聖騎士は時間操作を主として移動のみに使っていたのだし、攻撃手段もナイフの物量に頼った。
700: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:40:56.48 ID:ZKwRGWwZ0
勇者「大丈夫っていえば、お前も左腕、大丈夫なのか?」

 一度は切り離された左腕。少女は自らの腕を上げ、手を握ったり開いたりして、なんでもないことを示して見せる。
 まさか、という気分であった。あまりにそれは人間業ではない。

勇者「……お前もだんだん人間離れしてきたな」

少女「死んでも生き返るアンタに言われたかないわよ」

勇者「狩人もいつの間にあんな魔法を……狩人?」

狩人「……」

 狩人は己の手を見る。突如として現れた弓と矢。それが出てくる原因を、意味を、狩人自身が図りかねている。
 もし普段から魔法の訓練を積んでいたならば、結実とみることもできたろう。しかし狩人はいまだかつて魔法の訓練など行ったことがない。運が良かったと、ご都合主義だと思えばよかったのだろうか。

 確かに己の体内に熱を狩人は感じていた。それは灯だ。ついぞ存在しないと思われていたものだ。

 狩人は、なぜだか安らかな顔で転がっている聖騎士を見て、呟く。
701: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:41:30.37 ID:ZKwRGWwZ0
狩人「私たちは過去を乗り越えて、未来のために生きている。過去のために生きてるあなたが勝てる道理は、ない」

 後ろ向きであることを否定するつもりはないが、聖騎士の生き方は目的と過程において同一化のなされた、あまりにも後ろ向きすぎる営為であった。その営為の生み出す熱量は、所詮あの程度である。
 前を向いて泥の中をもがく者たちに比べれば、とてもとても。

老婆「しかし……だいぶ魔力を消費してしまった、な。済まんが、このまますぐに行動というわけには、いかなさそうじゃ」

 それもそのはずである。老婆はもともと陣地構築を得意としているわけではなかったし、ただでさえ本来ならば準備の要する呪文である。即座にその展開を可能にしたのは、老婆の類稀なる魔力量に他ならない。
 必要とする行程はすべて魔力ですっ飛ばした。その結果として魔力が枯渇に近づいたとしてなんらおかしくはない。

少女「しょうがないね。おばあちゃんはゆっくり休んでて。アタシたちだけで、あの変態を――」

 ぐらりと少女の体が傾いだ。勇者と狩人が手を伸ばすが、それよりも先に少女は地面に倒れる。
 いや、さらにそれより先に、少女の全身が黒い抉れに飲み込まれ、消失した。

 勇者と狩人の手は虚空を浚う。
702: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:42:56.55 ID:ZKwRGWwZ0
 脳が理解を拒んだ。
 あまりにあっけなさすぎる結末。

勇者「は……?」

 全ては油断が招いた結果だった。そのような誹りを受けても、誰も否定はできない。即効性のなさに後回しにしていたことが全ての問題だ。
 寧ろ誹りを受けるくらいで過去を修正できるならば、どんな罵倒も拷問も受けるつもりだった。

 だが現実はあまりにも苛烈で、過去はどこまで不可逆である。

 名前を呼んでも、応えはない。

勇者「なんだよこれぇっ!」

勇者「ふざけんじゃねぇぞっ……!」

 勇者はあたりを見渡した。どこかに偉丈夫がいて、この周囲からこちらの様子を窺っているのではないかと思ったのだ。
 当然そんなはずはなかったし、勇者もそんなはずはないと思っていた。体を動かさなければ重責に押しつぶされてしまいそうだったのだ。

 無論、勇者たちは知らない。偉丈夫の呪術の効力が及ぶ範囲を。その途方もなさを。
 偉丈夫の呪術は、基本的に彼が死ぬか解除しなければ、隣国に逃げようともついて回るほど強力なものだということを。
 
703: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:43:25.71 ID:ZKwRGWwZ0
狩人「勇者! とりあえず落ち着かないと!」

勇者「って言ったって!」

狩人「ここはもう敵陣で、戦場。なんのために私たちがここにいるのか思い出して!」

 世界を平和にするのだ。わかっている。そんなことわかっている。忘れこともない。
 それでも。

勇者「はいそうですか、って言えるわけねぇだろ……」

 勇者が苛立ちを隠せずに舌打ちをした、その時である。

 ずしん、と。

 否。ずぅううううううん、と。

 地を鳴り響かせる轟音が、林の奥、恐らく平原の戦場から、聞こえてきた。
 それは単なる轟音ではなかった。地震を彷彿とさせる揺れを伴って、魔力の余波が、確かに彼らにも届く。

 たっぷり三十秒ほど揺れて、ついに音も揺れも収まる。

勇者「……」
狩人「……」
老婆「……」

 顔を見合わせる三人。一体奥地で何が起こったのか、想像だにできなかった。
704: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:45:33.80 ID:ZKwRGWwZ0
狩人「あれが、核、ってやつなの?」

 呆然と狩人は尋ねた。老婆は音源から顔を逸らさず、僅かに顔を横に振る。

老婆「あれは途方もない熱波を伴う。この辺りが焦土になっていないということは、あれは核魔法では、ない」

狩人「なら……」

 あれはいったい何なのか。
 狩人はその言葉を飲み込んだ。が、二人も気持ちは同じだった。

 魔法に精通している老婆に正体がわからないということは、滅多なことではありえない。そこにある何かは、恐らくイレギュラーだ。そしてそのイレギュラーがプラスに働かないことは明白である。
 考える間もなく勇者は立ち上がる。頭に上った血はだいぶ降りてきていた。

勇者「行くぞ」

狩人「……うん」

老婆「わしを置いて行ってくれるなよ」

 老婆も何とか立ち上がって言った。
705: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:48:39.40 ID:ZKwRGWwZ0
 声が一人分足りないことはいまだに精神を苛む。しかし、勇者は知っていた。悼むことはいつでもできるのだと。そして全てが終わってから悼むことこそが、少女にとって本当の悼みになるのだと。
 三人は視線を交わらせる。そうして頷いたのち、駆けた。

 木を避け、藪を突っ切り、下草を踏みつけながら走る。

勇者(おかしい)

 先ほど狩人が言ったように、ここは戦場で敵陣だ。それだのに……

勇者(敵兵が、いない?)

 あの轟音が敵軍のものならば、敵兵は恐らくそのことを知っているはず。敵兵がいないということは、轟音のもとを対処するために持ち場を離れたのだろう。
 その事実は逆説的に、あの轟音が勇者たちの国のものであることを意味している。しかしその仮説は、老婆が轟音の正体を知らないことで否定される。彼女の知らないほどの機密だというのは考えにくい。
 曲がりなりにも彼女は兵器としての個人で、さらにかつての戦争の英雄なのだ。
706: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:49:29.32 ID:ZKwRGWwZ0
 ならば導き出せる帰結はただ一つ。あの轟音は恐らく第三者が引き起こしたものだということ。

勇者「っ!」

 剣を抜き、走りざまに切りつける。
 手ごたえがあって、トロールの脂肪のついた首から上が、地面に転がった。
 数度痙攣して緑色の体もまた崩れ落ちる。

狩人「トロールなんて、この辺にいたっけ?」

老婆「いや、いないはずじゃ。が……」

勇者「いるんだから、いるんだろうよっ!」

 三人の視界いっぱいに魔物の大群が押し寄せていた。

 トロール。コボルト。スライム。ゴブリン。キメラ。ローパー。そしてそれらの眷属たち。明らかに地上にいるはずのない、水棲の魔物まで這いずってきている。

勇者「なんだ、これ……」

 十や二十では利かない数の魔物に、思わず体の力が抜ける勇者。誰だってわかる。これが異常事態であることに。
707: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:50:29.60 ID:ZKwRGWwZ0
 ゴブリンメイジが放った火球を、狩人が光の矢で相殺させる。

狩人「ぼーっとしちゃだめ」

勇者「あ、あぁ。悪い」

老婆「轟音と関係があるんじゃろうな、きっと」

 そして、魔物たちはここにだけ押し寄せているわけではあるまいとも、老婆は思った。
 轟音の正体が敵軍でも自軍でもないのだとすれば、それは第三者以外が引き起こしたものに他ならない。そしてその第三者足りえるのは、この現状を鑑みるに、魔王軍しか考えられない。
 魔王軍の目的が何なのかはひとまず置いておくとして、意味もなくこのような事態が起こるはずはなかった。

 老婆のその考えはほぼ十割が的中している。あの轟音の正体は確かに九尾によるものであるし、この魔物の大群も、全て九尾が用意したものであった。

 その数、一億八千万。

 数を多く用意した分個々の強さは落ちたが、九尾がほしいのは質より量。軍隊の足止めができればそれでよいのである。
708: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:51:43.35 ID:ZKwRGWwZ0
勇者「くそっ! 倒しても倒してもキリがねぇ!」

狩人「勇者!」

 狩人が手を伸ばす。魔力の奔流がその手のうちに生まれている。
 勇者はそれに合わせた。手を取り、己の魔力を手のひらに顕現、狩人の魔力と練り上げる形で雷に形を付与していく。

狩人「私たちの邪魔は、させないっ――インドラ!」

 閃光が魔物たちを食い尽くしていく。あくまで貪欲な悪魔の矢は、彼らの前方に位置した魔物たちを、一体一体ではなく塊として焼失させる。生物と無生物の区別なく、焦土が広がるばかりだ。
 しかし魔物たちは止まらなかった。もとより恐怖という感情すらないほどの低能である。焦げ付いた地面に足の裏を焼かれても止まることなく、ずんずんと向かってくる。

狩人「もう一発!」

 インドラが作った禿道の上を走りながら、二人はもう一度、インドラを魔物たちに向けて放った。閃光とともに一瞬で魔物が蒸発するが、しかし、全滅には程遠い。

 インドラが弱いわけではない。ただ、雷の矢は限りなく個人を殺すためのものだ。百の強さの一人を殺すことはできても、一の強さの百人を殺すには不向きである。
 何より行く手を阻まれては、単なる固定砲台にしかならない。専守防衛ならばそれもよいが、彼らの目的はこの先に向かうことである。インドラでは役割が違うのだ。

老婆「退いておれ、二人とも」

709: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:53:46.30 ID:ZKwRGWwZ0
 僅かな魔力から特大の火球を生成し、それを大群に向けて解き放つ。速度こそ決して早くないけれど、火炎は木を飲み込み、魔物を飲み込み、止まる様子を見せない。

老婆「この後ろについて走れ! 行くぞ!」

 熱気と火の粉が肌を撫でていく。それでも確かに、僅かに、前へとは進めていた。
 時折左右から迫りくる魔物を蹴散らしながら、三人は火球の後を追って走る。

 と、突如として火球が押しとどめられる。それどころか段々と縮小し、僅かな光とともに炸裂、雲散した。
 前方に鋼のウロコを備えた、燃えるように赤い巨大なトカゲが、舌を出しながら三人を睨みつけている。

老婆「サラマンダーッ!?」

 回避行動をとるよりも先に、サラマンダーが灼熱の息を放つ。骨すらも残さない高熱の炎は、周囲の木々と、仲間であるはずの魔物すらも炎で包み、構わず根絶やしにしてゆく。

 老婆は対ブレス用の障壁を張って被害を軽減するが、サラマンダーの目つきを見る限り、どうやら逃がしてはくれないようだ。
 口から放たれる火炎弾を狩人が打ち抜き、その隙を狙って勇者は切りかかる。固いウロコに剣の利きは悪いが、電撃は普通に効果がある。サラマンダーは距離を取ってブレス攻撃を続けてきた。
710: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:55:25.98 ID:ZKwRGWwZ0
狩人「ふっ!」

 光の矢が幾本も降り注ぐ。それらは正確にサラマンダーの関節を撃ち抜くが、すぐに炎で燃え、炭になった。

勇者「埒があかない! 逃げるぞ!」

 ブレス攻撃の隙をついて三人はサラマンダーの脇を抜けて走り去る。後ろから地響きとともにサラマンダーが追ってくるも、その速度は脅威ではなかった。
 寧ろ脅威は目の前の魔物たち。肉の壁となって立ちはだかるそれらを、勇者は切り、狩人は穿ち、老婆は薙ぎ払っていくが、進むにつれてその密度もだんだん濃くなっていく。

「これはどういうことなのよっ!?」

 声とともに三人の後方からサラマンダーが吹き飛んできた。
 赤熱するその爬虫類は、体液もまた赤く燃えている。それを周囲の魔物にぶちまけながら、まとめて吹き飛んでいく。

 少女であった。

 彼女は険しい表情をしながらも、ミョルニルを構えて魔物の集団に突っ込んでいく。

勇者「おい、なんで……」

少女「アタシだってわっかんないわよ! 気が付いたら戻ってきてたの! それとも、なに、アタシなんて必要なかった!?」
711: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:56:34.23 ID:ZKwRGWwZ0
 全力でスイングしたミョルニルは、トロールの腹を撃ち抜いて、そのまま前方に吹き飛ばす。そうして空いた空間に少女はさらに躍り出る。

少女「何が何だか分かんないなら足を止めないほうがいいんじゃない!?」

 その言葉に行動でもって三人は返事とした。少女の後に追従して、あたりの魔物を薙ぎ払いながら突き進んでいく。
 やはり純粋な突破力という一点で言えば、それは少女に分があった。力任せに殴りつけて遠くまで飛ばすという、原初の攻撃は、けれども前に進むだけならば有効だ。

 そうしてどれだけ進んだろうか、ついに森の先に切れ目が見えてくる。光が差し込んで白く輝いているのだ。

 四人は光の下へと踏み入れた。

勇者「っ!」

 目を凝らすまでもなかった。地平線のように固まり、並び、蠢く魔物と、その中心に一つの塔が立っているのがわかる。
 塔は窓もない角柱で、ただただ白い。まるでオベリスクだ。
 蠢く魔物たちの動きを見ていれば、彼らがあの塔の周辺に設置された魔方陣から、次々と生み出されているのが見て取れる。
712: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 02:57:02.16 ID:ZKwRGWwZ0
 そして魔物たちをさらに囲むように、兵士たち。
 身に着けている鎧に違いはないものの、それぞれ二つの旗印を中心とした軍勢があった。赤と青を基調としたものが勇者たちの軍、白と灰色を基調としたものが敵軍のものだ。

 最初三つ巴なのかと勇者は思ったが、違った。兵士たちは魔物たちと戦っていて、決して人間同士で戦いを行おうとはしていない。その余裕がないのか、何らかの取り決めが一瞬でなされたのかは、わからないが。

 人間の抵抗虚しく、じりじりと魔物の軍勢は拡大し、塔を中心とする黒い円もその直系を広げていた。何せ魔方陣から生み出される数が途方もないのだ。所詮数千人の人間で止められるわけもない。
 勇者たちは急いで塔へと向かっていく。何が起きているのかはわからないが、どうすればいいのかは一目瞭然だった。

 途中で数人の兵士たちと出会った。勇者らは彼らを知らないが、彼らは勇者を知っているようで、うれしそうな、しかし緊迫した様子で声をかけてくる。

兵士「おう、あんたらも来てたのか! こりゃ助かる!」
713: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 03:02:01.84 ID:ZKwRGWwZ0
勇者「どうしたんだ、これ」

兵士「俺たちにもわからん! ただ、急に地面が揺れたかと思ったら、あんな塔が出てきやがった。そして魔物もだ! ちくしょう!」

狩人「敵軍は」

兵士「それもわからん! 俺たちは最初敵軍の秘密兵器かなんかだと思ったんだ、でも、魔物は敵兵も喰った。どうやらあっちのものじゃあないらしい」

兵士「だから今は停戦だ。そんなお達しがあったわけじゃねぇが、ま、暗黙の了解ってやつで、とりあえずは魔物をぶっ殺すって話だぜ」

勇者「そうか。ありがとう」

兵士「なに、いいってことよ。お前らには期待してるんだ。悪いが、一緒に食い止めてくれ」

少女「合点!」
714: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 03:32:51.02 ID:k2Vwk+xV0
「お前ら、生きていたのか」

 声のする方向を向けば、そこには上半身裸、衣類はふんどし一枚の男が、剣を振るう兵士の後ろで脂汗を流していた。
 彼らに呪いをかけた偉丈夫その人である。

少女「あ、あんた――!」

偉丈夫「待て。我はもう呪術を解除した。いや、解除せざるをえなかった」

老婆「魔物か」

偉丈夫「そうだ。今、両軍で魔物を抑えにかかっている。魔方陣の解除の仕方はわからなかった。が、恐らくこの塔の中に、犯人がいるのだとは思う」

偉丈夫「……団長を倒したのか」

 いささか驚いたふうに偉丈夫は言った。聖騎士として彼の強さを知っている者としては、なおさら信じがたかったのだろう。しかし、勇者らがここにいることが何よりの証左だった。

狩人「……うん」

偉丈夫「いや、何も言うまい」
715: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 03:35:18.99 ID:k2Vwk+xV0
 偉丈夫はそこで一度会話を打ち切り、黒い光に包まれた両の手を、胸の前で勢いよく合わせた。
 黒い波動が両手を中心に迸り、生物の体を貫通していく。

 ぐらり、と魔物たちの体が揺れた。見れば体中が抉れに侵されている。
 倒れた魔物の上を後方から来た魔物が踏みつけて進んでいく。それに合わせて銀色の甲冑を身に着けた偉丈夫の部下たちが迎え撃った。
 密集した長槍の穂が無計画に突っ込んでくるゴブリンを串刺しにするが、さらにその後ろからの圧力に、じりじりと後退を迫られている。

兵士「聖騎士様! このままでは埒があきません!」

偉丈夫「何としてでも耐えろ! 全身全霊を振り絞れ! 今本隊と交信を行っている最中である!」

 兵士たちが一斉に「はい!」と答え、唸った。
 偉丈夫はそれを険しい表情で見つめている。彼は交信など行っていなかったからだ。
 塔が姿を現したその時、すぐに彼は本隊に今後の策を尋ねた。そして本隊は答えなかった。状況の把握ができていなかったことと、それでも彼らの手に余る事態であることを、保身に長けた上層部は知っていたからだ。

 この防衛線の先には未来がない。ただ事態の先延ばしがあるだけである。それでも、偉丈夫はそれを行っている。
 理由など考えるまでもなかった。
716: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 03:36:58.96 ID:k2Vwk+xV0
兵士「右前方で一部防衛ラインが決壊、一部の魔物が漏れ出しています! あそこから崩されます!」

少女「アタシたちが――!」

偉丈夫「行くな!」

 偉丈夫が手を向けたその先に紫色の杭が撃ち込まれる。大人一人はあろうかという杭は、兵士たちをなぎ倒しながら進む魔物の進路を塞ぎ、それだけではなく鼓動も止める。
 杭から放たれる毒素の霧を吸い込んだ魔物は、ばたばたと倒れ伏していく。

偉丈夫「我はこの場を離れられん。なんとかして、食い止めなければ」

偉丈夫「ここはまだいい。人気が少ないからな。しかし、数キロ離れた地点には村がある。町がある。そこに住む人がいる。そいつらに牙を向けさせてはならないのである」

偉丈夫「そのために我ら兵士はいるのだからな」

 ここは偉丈夫たちの国土なのだ。緊迫も勇者たちの比ではないのだろう。
 彼らが決死の覚悟で防衛線を築いているのはそのためだ。
717: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 03:38:39.95 ID:k2Vwk+xV0
 とはいえ畢竟勇者たちも同じではあるのだ。だけでなく、自国の兵士もまた。このまま際限なく魔物が湧き続ければ――そんな怖気もよだつような思考はどうしても頭から離れない。
 愛する者のため、家族のため、命を賭しても成し遂げなければならないことがあるのだった。

偉丈夫「お前ら、我が道を開ける。塔へと突っ込め」

狩人「……いいの?」

勇者「そんな大役……」

偉丈夫「怖気づくか? 団長を倒したお前らなら、あるいは、な」

 勇者はちらりと三人を見た。狩人も、少女も、老婆も、その視線を受けて小さく、だがしっかりと頷く。

偉丈夫「済まない、頼むぞ!」
718: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 03:40:15.62 ID:k2Vwk+xV0
偉丈夫「裂ける地、割れる空、静謐なる澱み、ぬかるみの恍惚! 心の拒絶千里を走り、その道程に敵は無し!」

偉丈夫「マヌーサ!」

 魔物の頭上で黒い粒子が拡散していく。数秒後、周囲の魔物は一斉に、あるものは同士討ちをはじめ、またあるものはその場でぐるぐると回りだした。
 初歩的な眩惑呪文である。しかし、それを数百数千という対象のかけて見せるとは、さすが聖騎士の一員と称賛できよう。

勇者「今のうちに、ってことかい」

老婆「あとは任された」

狩人「なんとかしてくる」

少女「期待して、待っててよ!」

 誰よりも早く少女が駆けた。地を蹴り上げたその速度は、それまでの呪術に蝕まれた体が嘘であるかのように軽快で、あらぬ方向を向く魔物たちを蹴散らしながら進んでいく。
 それをサポートするのは老婆と狩人だ。頭上から降り注ぐ光の矢と火炎弾に魔物たちは為す術もない。胸を穿たれ、頭を焼かれては、たとえ生命力の強いキャタピラーであろうとも一瞬である。
 背後や側面から迫るインプは勇者が雷撃で撃ち落とす。閃光が放たれるたびに、焼け焦げた醜悪な使い魔は地面へと無残に落下してゆく。
719: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 03:41:12.66 ID:k2Vwk+xV0
 光の矢が最後のぶちスライムを粉々にしたとき、勇者たちはすでに魔方陣の上に立っていた。
 淡く光る六芒星と、それを取り囲む三重の円。円と円の間には細かなルーン文字が書かれている。あくまで一般的な召喚魔法陣ではあるが、ただそれが塔をぐるりと囲んでいるとなると、結果として途方もない召喚魔法陣と呼べるだろう。
 入り口はあったが先は暗闇で何も見えない。時刻は昼で、太陽の光は確かに差し込んでいるはずなのに、薄暗いという次元を超越している。

老婆「魔法的な処理が施されている。空間転送か、遮断か……」

少女「入れないってことは?」

老婆「それはない。そういう処理はされていない」

勇者「誰でもウェルカム状態ってことか。逆に怪しいな」

狩人「でも、行かなくちゃ」

少女「そう、その通り! 行くっきゃないっしょ、おばあちゃん!」
720: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 03:42:38.34 ID:k2Vwk+xV0
 制止をする間もなく塔の中へと歩いていく少女。それを勇者たちは慌てて追って、漆黒の中へと体を埋めてゆく。

 気が付けばそこは四角い空間であった。三十メートル四方の、正方形の空間。茶色い土壁のような印象を受けるが、その実どこもかしこも魔法的な障壁が張られている。
 部屋の隅に丸く魔方陣があって、薄く光っている。転移用のポータルとして起動しているそれ以外は、出入り口がない。たった今四人が入ってきたはずの入り口でさえもなくなっていた。

 四人はとりあえず寄り添って一塊になる。どこから何が襲ってきてもいいように。

「もし。お前ら、元気か」

 虚空から声が響いた。彼らにとって聞きたくのないであろう――そしてしばらくぶりの声だ。
 勇者の顔が歪む。老婆もまた、「やはりか」といった表情で、眉根を寄せた。

 その声は九尾のものだ。

九尾「魔方陣と魔物を生み出しているのは、九尾だ」

 四人に動じるところはない。恐らく想像はしていたのだろう。
 もしかするとちょっかいをかけすぎたかな、と九尾は思う。もしそうなのだとすれば、それは恐らくアルプの影響を受けてしまったのだとも、思った。

 しかし。九尾は考え直す。計画は絵図通りに進んでいる。ここまできての計画変更はあり得なかった。
721: ◆yufVJNsZ3s 2012/12/19(水) 03:43:13.14 ID:k2Vwk+xV0
九尾「魔方陣を止めたければ――世界を救いたければ、この塔の最上階まで登ってこい。以上だ。健闘を祈る」

老婆「待て!」

 老婆の声が響くよりも先に、彼らが感じていた九尾の気配が消失する。そしてそれと入れ替わり形で、部屋の隅に害悪的な存在感が、重みをもって現れた。
 桃色の髪の毛と光彩。燃えるように赤い唇。絶世の美貌。そして恐ろしいまでに蠱惑的な表情。恐怖が不思議と彼女にスパイスとなって降りかかり、老若男女を問わずに死地へと追いやる。

 魔王軍四天王、序列四位、夢魔・アルプ。

 彼女は壁にもたれかかるように立って、にやりと笑った。

―――――――――――――――――――

次スレ:

勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」【パート3】


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