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1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 01:26:03.82 ID:dd02H6D/O
少女「王子様と一緒ならどこでもいいの」

少女「だから、私の台詞はこれ以外にあり得ない」


少女「ーーこの手を、離さない」

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3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 01:29:35.53 ID:dd02H6D/O
『自称小説家の言葉』


女「自称小説家は言いました」

女「『これは僕が死んでから、大きな意味を持つのです』と」

男「面白い言い訳だね」

女「私もそう思ってた。でも、涙が止まらなかったの」

男「どうして?」

女「彼はもう、私の前にはいないような気がして」

男「……」

女「続けて、自称小説家は言いました」

女「『だからこの小説を書き終えたとき、僕はこの世にいないのです』と」

男「その小説は遺書だったの?」

女「ううん。恋愛小説だった」

女「とっても悲しくて、救いようのない」


女「ーー絵本の中の少女に、恋をする話」
4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 01:31:03.34 ID:dd02H6D/O
『ペン先の少女』


男「とある青い森の中。ぎゅっと手を繋いで、駆ける二人」

少女『王子様! 手を離さないで!』

王子『分かっています! しかし、追っ手が多過ぎる……!』

少女『走って! この森を抜ければ! ……あ』

男「扉が付いた世界は二つ」

少女『どちらかが罠かもしれない……』

男「右に行くの? 左に行くの?」

王子『……』

少女『どっちにする?』

王子『私に選べと言うのですか?』

少女『え?』
5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 01:32:00.84 ID:dd02H6D/O
王子『貴女が行きたい方に、私もついて行きます』

少女『じゃあ……左に行くわ!』ガチャッ

王子『……』パッ

男「選んだ少女と、手を離した王子様」

少女『どうして?』

王子『……』

少女『早く! 二人ならどこへでも行ける! そうでしょう!?』

王子『私は、右へ行きます』

少女『え……』

男「迫りくる追っ手。手を伸ばす少女。微笑む王子様」

王子『どうか、ご無事で』バタン……

少女『嫌だ! 王子様!』ドンドンッ

少女『王子様ああああああああ!』
6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 01:32:48.95 ID:dd02H6D/O
男「ーーなんてね」

男「シナリオのために引き裂かれちゃった二人。哀れだなあ」

男「……」ゴク

男「水、ぬる……」

少女「哀れだなんて、貴方に言われても」

男「え?」

少女「どうも。はじめまして」

男「あ……」ガシャーン

少女「グラス、落ちましたよ?」

男「な、んで……」

少女「さあ。なんででしょう?」

男「君は……」

少女「はい。そこの絵本の中の、哀れな美少女です」
7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 01:34:48.85 ID:dd02H6D/O
男「……」

少女「……」

男「いや、美少女か?」

少女「疑問視するところはそこじゃないです!」

男「夢ならとことん堕ちていこうと思って」

少女「夢じゃないですよ」

少女「ご自分を殴ってみては? 古典的ではありますが」

男「そうするまでもない。足が痛い」

少女「うわ! 血が出てますけど!?」

男「夢じゃないことは分かった。痛い」

少女「今すぐ手当てを! ……って、私は触れないんだった!」

男「なんか、俺が描いてる少女と違う」

少女「今はそんなことどうだっていいですよ! その血をなんとかしてください!」

男「……はい」
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 01:36:14.76 ID:dd02H6D/O
少女「いやー。大したことなくて良かったです」

男「元はと言えば君のせいだけどね」

少女「そうやってすぐに元を辿っていくのは良くないです。それ、終わりないですから」

男「まあ、そうだけど」

男「……って、普通に話してる自分が怖い」

男「君は一体何者?」

少女「だから、美少女です」

男「だいぶ端折ったね?」

少女「ついさっきまで、貴方のペン先を歩いていました」

男「うーん。信じがたい」

男「でも、着てる服とか髪型とか一緒なんだよなあ」

少女「正直言うと、センスないですよね」

男「今すぐ紙の中に戻れ。裸にしてやる」

少女「なんてことを言うんですか! 変態!」

男「やっぱり違う。こんなんじゃない」
9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 01:37:28.80 ID:dd02H6D/O
少女「と、とにかく! 私は文句を言いに来たんです!」

男「え?」

少女「この絵本! 悲し過ぎます!」

男「……」

少女「登場人物の身にもなってくださいよ!」

男「いや、物語ってそういうものだろう?」

男「愛し合う者の間には困難があるものだ」

少女「そんなの勝手ですよ!」

男「そうだ。俺の勝手だ」

少女「うう……」

男「そこにいる王子と少女は、俺の操り人形なんだよ」

少女「人形なら何してもいいんですか?」

男「いいよ。現実では不可能なことを、物語の中で人形に演じさせる」

男「俺はそういうものだと思ってる」
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 01:39:20.19 ID:dd02H6D/O
少女「だったら、どうしてハッピーエンドにしないんですか?」

男「え?」

少女「物語の中くらいハッピーにして、ふわふわすればいいじゃないですか!」

男「ふわふわって……。というか、なんで俺がこの話をバッドエンドにするって分かるんだ?」

少女「分かります! 私は貴方の心が読めるんです!」

男「えー。それは嫌だなー」

少女「信じてないですね!?」

男「考えてること一言一句知られちゃあ、生きてられないからなー。信じたくないって感じかな」

少女「一体何を考えてるんですか?」

男「イケナイコト」

少女「そんな風にミステリアスぶっても、全然似合ってないです」

男「言うねー」

少女「貴方は嘘つきです」

男「揺さぶってるの?」

少女「心当たり、あるでしょう?」

男「無いよ」

少女「嘘……です」

男「あ、ちょっと自信なくなった?」

少女「な、無くなってません! 私は心が読めるんですから!」

男「ふーん」
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 01:40:39.43 ID:dd02H6D/O
少女「と、とにかく! こんな悲しい展開では駄目なんです!」

男「たかが絵本の中の話だと言ってるだろう?」

少女「駄目なんです!」

男「なんで?」

少女「王子様は! 絶対に手を離しては駄目なんです!」

男「……」

少女「たとえそれが愛する人のためであろうと! 駄目なんです……!」

男「ちょっと黙って」

少女「王子様は……貴方は!」

男「ほんとお願い。一回黙ってよ」

少女「嫌です!」

男「少し落ち着いて。こんな展開、誰もついていけないよ?」

少女「貴方の人生が、物語のように上手くできているとでも?」

男「……」

少女「貴方のシナリオ通りにはさせません!」

少女「必ず、ハッピーエンドにしてみせます!」

男「ペンを握っているのは俺だけど?」


少女「そのペン先を歩くのは、私です!」
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 22:52:27.96 ID:dd02H6D/O
『消せない月』


女「どうなっちゃうんだろうね。この二人」

男「まだ未定なんだ」

女「そっか」

男「君はさ、普段どんな本を読むの?」

女「うーん。そうだなあ」

女「恋愛小説が多いかな」

男「へえ」

女「きゅうっと胸が狭くなる切なさがいいの」

女「どちらかと言えば、ハッピーエンドは好きじゃないわ」

男「どうして?」

女「片思いや失恋の話に自分を重ねて読むのがいいの」

女「ハッピーエンドだと、私だけが置いてけぼりになっちゃうから」

男「……」

男「君は、まだ……」
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 22:54:12.95 ID:dd02H6D/O
女「ごめんなさい。貴方にそんな悲しい顔をさせるつもりじゃなかった」

男「分かってるよ。むしろ本当のことを言ってくれて嬉しいと思ってる」

女「優しいね」

男「いや、俺はただ……」

男「強がったり、嘘を吐いたりして欲しくないなって思ってるだけで……」

女「……」

男「何、見てるの?」

女「日めくりカレンダー」

男「ああ。そういえば、ちゃんと今日の日付になってるね」

女「うん。ずっと、あの日で止まったままだったから」

女「一枚一枚、今日になるまで破っていったの」

男「意外と大変だっただろう?」

女「うん」

女「それでね。紙切れが沢山散らばった床を見て思った」

男「……」

女「私はこんなにも長い間、意味のない日々を過ごしていたんだって」
14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 22:59:50.42 ID:ampzLnaX0
男「俺と過ごす時間にも、意味は無いんだ?」

女「そういうわけじゃないよ」

男「いいよ。俺が好きでここにいるだけだからね」

女「ありがとう」

男「でも、あんまり待てないよ」

女「待たなくてもいいよ」

男「……」

男「嘘だって。俺は君の傍にずっといる」

男「この部屋、すっごく気に入ってるし」

男「君とこうして縁側に座ってると、落ち着く」

女「……待たなくて、いいってば」
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 23:01:57.05 ID:dd02H6D/O
男「ん?」

女「なんでもない」

女「今夜も、月が綺麗ね」

男「うん。池に写る月もなかなか」

女「……」

女「ねえ。少し、悲しそうに見えない?」

男「え? そうかなあ」

女「今ね。気がついたんだけど」

女「水面がゆらゆら揺れて、自分に写る月をかき消そうとしているように見える」

男「……」

女「それは決して消えたりしないのにね」

男「君は、いつまで……」


女「月が、そこにあり続けるかぎり」
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 23:10:53.35 ID:dd02H6D/O
『触れない手』


男「ひとりぼっち。雨の中。少女は片脚を引きずりながら、森の中を歩き続ける」

男「そしてやっと辿り着いた出口の泉」

男「そのそばで横たわる、王子様の姿」

少女『ここで、私を待っていてくれたのね……』

男「ぎゅっと抱く手。さよならはとても冷たい」

少女『泣かないわ。強くなるわ』


少女「ーーなんて、言わせないでくださいよ!」

男「もー。急に出て来ないでよ。びっくりするから」

少女「私はこんな展開、望んでいません!」

男「俺はこうしたいんだ」

少女「……」

少女「王子様が死んだのに……どうして、この子は笑っているんですか」

男「どんなに悲しくても、脚が痛くても無理して笑う」

男「そういう場面なんだよ」
17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 23:12:33.86 ID:dd02H6D/O
少女「……っ」

男「どうして、君が泣くのさ」

少女「泣きたいに……決まってます」

男「俺が泣かしちゃったみたいだね」

少女「間違っていないです」

男「ごめん」

少女「謝らないでくださいよ」

男「……」

少女「分かっているんです。貴方はこんな物語を描きたいわけじゃないって」

男「そんなことまで分かるんだ?」

少女「貴方は元々、絵本なんて描かない人なんでしょう?」

男「こらこら。あんまり心、読みすぎないでよ」

少女「心を読んだわけじゃありません」

男「じゃあなんで分かるのさ?」

少女「だって、お話も絵も下手過ぎです」
18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 23:14:56.17 ID:dd02H6D/O
男「……」

少女「……」

男「ぶっ!」

少女「ええ!?」

男「ははっ! なんだそりゃ!」

少女「なんですか! 笑わないでくださいよ!」

男「判断するとこ、そこなんだ! 嘘でもいいから心読んだことにしとけばいいのに!」

少女「嫌です! 嘘はもう二度と吐きません!」

男「ん? 二度と?」

少女「あっ……。き、気にしないでください!」

男「えー。無理」

少女「お願いしますよー!」

男「どうしよっかなー」

少女「意地悪です!」

男「今更だろう?」

少女「……」

男「ん? どうした?」

少女「貴方の心、ちょっと、温かくなった気がします」
19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 23:16:34.25 ID:dd02H6D/O
男「君のおかげかな」

少女「……なに、言ってるんですか」

男「最近はあんまり、笑うこととか無くてさ」

少女「……」

男「笑っちゃいけないような気さえしてて」

少女「……」

男「うん。そう言われれば今、すっごく温かいかも」

男「ありがとう」

少女「いえ……」

男「君はさ、本当にこの絵本の中の女の子なの?」

少女「ええ。そうです」

男「そっか。まだやっぱり信じがたいけど」

男「ごめん」

少女「え?」

男「俺は君を悲しませたかったわけじゃない」

少女「……」

男「悲しいもの好きな彼女のために、この絵本を描いているんだ」

少女「彼女?」

男「ただの三人称だよ。ここは彼女の家。今はこの部屋に下宿させてもらってるんだ」

少女「その人はこのお話、良いと言っていましたか?」

男「さあ。どうだろう」
20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 23:18:00.49 ID:dd02H6D/O
男「多分、こんな物語じゃ駄目なんじゃないかな」

少女「私もそう思います」

男「君が思ってるのとは違う駄目な理由があるんだ」

少女「なんですか?」

男「ある自称小説家が死ぬ前に遺した小説」

少女「……」

男「救いようのない、とんでもなく悲しい物語らしい」

少女「……」

男「でも彼女はさ。その小説を大切に、大切にしてて」

男「俺、嫉妬しちゃってさ」

男「だから俺も、彼女に好きになってもらえるような物語を作ろうと思った」

少女「……」

男「でもやっぱり、あの小説じゃなきゃ駄目なんだ」

男「どんなに悲しい物語でも、どんなに俺が彼女を好きでも、駄目なんだ」
21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/03(金) 23:19:02.43 ID:dd02H6D/O
少女「……」

男「君が言う通り、いっそのことハッピーエンドにした方がいいのかもしれない」

少女「……」

男「彼女のためにならないなら……」

男「君のために」

少女「……ハッピーエンドにするのは、絵本の中だけですか?」

男「え?」

少女「……」

男「……」

少女「いえ、なんでもないです」

男「そっか」

少女「嬉しいです。私のために……なんて」

男「ねえ」

少女「ごめんなさい! これは嬉し涙ですから……!」

男「ねえ。もう一度聞くけど、君は本当に絵本の中の女の子?」

少女「つ、次に会うときまでに、素敵なお話を考えておいてください……!」

男「おい!」

少女「さようなら!」

男「こら! 待てってば!」スッ
22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/04(土) 08:58:40.21 ID:st+1zzOmO
少女「……」

男「あ、意外と待ってくれるんだ」

少女「どうしてですか?」

男「いや、ちょっと話がしたかっただけ」

少女「違います!」

男「え?」

少女「なんで! 私の手を掴もうとしたんですか!」

男「なんでって……」

少女「やめてください! 私に触らないでください!」

男「まるで痴漢扱いだな」

少女「……っ」

男「……よく泣く」

少女「貴方は、知らないから……っ」

少女「自分の体をすり抜けていく手が……どんなに愛おしくて……切ないことか……!」

男「……」

少女「求められても、返すことができないんです!」

男「……」

少女「手を、握り返すことができな……!?」

男「……」

少女「……」

男「傍にいてくれるだけでいいよ」
23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/04(土) 08:59:33.90 ID:st+1zzOmO
少女「……」

男「確かに、こうやって抱き締めるような格好をしてみても……」

男「どこに手を持って行けば丁度いいのか分からない」

少女「……」

男「体温もない。色も薄い」

少女「……」

男「でも、声は聞こえる」

少女「……っ」

男「こうすれば、嗚咽を殺そうとする音さえ、ちゃんと聞こえる」

男「だから近くにいてほしい」

少女「……」

男「話をしよう」

少女「……」

男「俺たちが話すなら……そうだな」

男「心がふわふわするような、ハッピーな話で……いいだろう?」

少女「う、ん……」

男「子供みたいだなあ」

少女「15歳です」

男「そういえば、そんな設定だった」

少女「……」

男「でも、設定なんて全然守る気ないだろう?」

少女「え?」


男「俺が描いてる女の子って、こんなに可愛かったかな」
24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/04(土) 23:09:58.69 ID:st+1zzOmO
『求めるもの』


青年「いらっしゃい」

少女「お邪魔します」

青年「……っていうのもなんか変だよな。君はずっとこの机の上にいるのに」

少女「ああ……それもそうですね」

青年「お茶を淹れようか。おばさんに内緒で茶菓子も貰ってこよう」

少女「私は……」

青年「気持ちが大事なんだよ。受け取って」

少女「……」

青年「迷惑ならやめるけど」

少女「ありがとうございます」

青年「うん。じゃあ待ってて」
25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/04(土) 23:42:09.85 ID:st+1zzOmO
少女「……随分としょんぼりして帰ってきましたね」

青年「おばさんがいた。二人分のお茶淹れるとこ見られた」

少女「別に大丈夫ですよ。それくらい」

青年「茶菓子持って来れなかった」

少女「お気遣いなく」

青年「俺が食べたかったんだよ!」

少女「ええっ! 見た目通りの子供っぽさですね……」

青年「なんだと?」

少女「いえ! お若いという意味で!」

青年「当たり前だ! 俺はまだ20代だからな!」

少女「10代に見えます……」

青年「今、お前の頬っぺたすげー抓りたい」

少女「口調まで子供っぽくなってます」

青年「これが本当の俺なの」

少女「ミステリアスさの欠片もないですね?」

青年「ミステリアスさ……っていうか、大人な感じって必要なのかな」
26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/05(日) 03:47:39.32 ID:ho6ccrGx0
少女「それは人によります」

青年「まあな」

少女「落ち着いた人が好きな方がいれば、明るく元気な人が好きな方もいます」

青年「君は?」

少女「……どっちでも、いいです」

青年「ふーん」

少女「身長はどれくらいなんですか?」

青年「大人になると測る機会ないからなー。ま、180くらいかな」

少女「嘘です。170センチもないでしょう?」

青年「分かるなら聞くなよ」

少女「言えるか言えないかが問題なんです。貴方は身長にコンプレックスを感じているんですね」

青年「ぐさーっ。胸が痛いよ、もう」

少女「別にいいじゃないですか。身長なんて」

青年「良くない。これが俺を子供っぽく見せている最大の要因だからな」

少女「大人っぽくある必要はないですよ」

青年「女は大人で知性のある、落ち着いた男が好きなんだ」

少女「だから、そうとは限らないと……」

青年「女の親だってそうだ。俺みたいな男と、あいつみたいな男が並んでいたら、絶対にあいつを取る」

少女「あいつ?」

青年「自称小説家さん」

少女「……」
27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/05(日) 03:49:26.69 ID:ho6ccrGx0
青年「あいつは頭も良くて、穏やかで人当たりも良かった。おまけに背も高くて、顔もなかなか格好良かった。まあ、ひょろかったけど」

少女「へえ」

青年「世間的には、俺よりあいつの方が上なんだよ」

少女「貴方だって、綺麗な顔してますよ」

青年「知ってる」

少女「頭の良さは分かりませんけど、とても優しい方だとは分かります」

青年「……」

少女「私は、そう思います」

青年「ありがとう」

少女「いえ……」

青年「でもさ、認めて欲しい人に認めてもらえなかったら、本当の自分なんて何の意味もないんだよ」

少女「そんな悲しいこと……!」

青年「あるよ」

少女「……」

青年「好きな人に好きになってもらえなかったら、意味がない」

少女「……」

青年「好きになってもらえるように、変わらなきゃって思うんだ」

少女「……」

青年「ま、俺は失敗したけどさ」

少女「……」
28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 20:11:07.49 ID:OfBtTwXxO
青年「ごめん。全然楽しい話じゃなくなっちゃったな」

少女「貴方は、ちゃんと好きだって言ったんですか?」

青年「え?」

少女「好きな人に、好きだって言ったんですか?」

青年「……いや」

少女「じゃあ、分からないじゃないですか」

青年「分かるよ」

少女「分からない!」

青年「……」

少女「『好きだ』って言われてから気が付く気持ちだってあるんです!」

少女「『好きだ』って言われてから、その人を意識してしまうようになることだってあるんです!」

少女「『好きだ』って言われることを……待っている人だっているんです!」

青年「……」

少女「彼女はもしかしたら、貴方に好きだと言って欲しかったのかもしれないじゃないですか……!」

青年「……」

少女「……」
29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 20:14:13.93 ID:OfBtTwXxO
青年「君はいつも、怒ってばっかりだな」

少女「貴方がそうさせているんです」

青年「そっか」

少女「……偉そうなことを言ってすみませんでした」

青年「うん。なかなかいつも、胸に刺さることを言ってくれるね」

少女「ごめんなさい」

青年「そんな君だから、傍にいて欲しいと思ったんだ」

少女「え……」

青年「君みたいに素直な子なら、俺に何を求めてくれているのか……分かるのになあ」

少女「……」

青年「分かってたよ。彼女が求めていたものは、大人っぽさや知的さなんかじゃないってこと」

青年「そんな理由で、あいつに惹かれたんじゃないってこと」

青年「でも俺は、そう思いたかったんだ。俺に足りないものが、他にあると思いたくなかったから」
30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 20:16:19.17 ID:OfBtTwXxO
少女「彼女はその人のどんなところに……惹かれたんでしょうね」

青年「さあな。でも、良い奴だったことは俺でも分かるよ」

少女「……良かったです」

青年「ん?」

少女「なんでもないです。お茶、気持ちだけでもいただきますね?」

青年「よし! 俺が飲ませてやろう!」

少女「ちょっと! 零れますよ!」

青年「もしかしたら、少しは飲んだ気分になれるかもしれないだろう? おりゃ!」ジャバアッ

少女「うわああああああっ」

青年「ははっ!」

少女「全部零れただけじゃないですか! 下は畳ですよ!? どうするんですか!」

青年「おばさんに怒られるなあ。ははっ!」

少女「もう! 笑ってばっかり!」

青年「君は、怒ってばっかり?」

少女「……」

少女「そんなこと、ないです」

青年「うん」


少女「貴方といると、とっても……楽しいです」
32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 21:05:21.91 ID:T9WWzZ1cO
『変わっていく』


女「最近、続きを読ませてくれないね」

男「ごめん。ちょっと描き直したくて」

女「へえ。楽しみ」

男「本当に?」

女「うん」

男「それは良かった」

女「あのお話、わざと切なくしてくれてるんでしょ?」

女「私のために」

男「え……」

女「だって、貴方は楽しいお話が好きだから」

男「……」
33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 21:06:19.37 ID:T9WWzZ1cO
女「知ってるよ」

男「小さい頃から、一緒だもんな」

女「うん」

男「ずーっとこの庭で走り回ってた」

女「今思うと何が楽しかったんだろうね」

男「走ってみる?」

女「冗談」

男「おいで」

女「え……」

男「ほらっ!」

女「あっ! 引っ張らないで!」

男「ちょっと、歩こう」

女「……うん」
34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 21:12:33.08 ID:T9WWzZ1cO
男「このでっかい木、随分寂しく見えるなあ」

女「見てるだけで寒いね」

男「うん」

女「夏になると、この木の下でよくお昼寝してたっけ」

男「ああ。気持ち良かった」

女「木漏れ日がゆらゆら揺れて、綺麗だった」

男「いつの間にか、そんな風景は見なくなってたな」

女「なんでだろうね」

男「なんでだろう」

女「大人になったから?」

男「だとしたら、子供でいたかったな」

女「……」

男「子供だった頃は、草花と一緒に揺れる君の着物の袖を見て、いいなって……ずっと思ってた」

男「今、すっごく楽しいんだなって」

女「……」
37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 22:59:11.30 ID:T9WWzZ1cO
男「君はすばしっこくてさ、全然追いつけなかった」

男「でも、いつからだろうな」

男「君は、走らなくなった」

女「……」

男「綺麗なリボンで髪を結いて、風に靡く袖をそっと抑えて、ゆっくりゆっくり歩くようになった」

女「……」

男「ねえ。なんで?」

女「ひみつ」

男「ええ」

女「ひみつなの」

男「……」

女「子供みたいな顔」

男「お前が意地悪言うからだろ」

女「なんか、懐かしい」

男「え?」

女「一瞬、昔の貴方に戻った。生意気な口調とか」

女「ねえ。どうして?」

男「自分は言わないのに、俺には聞くのか?」

女「それもそうね。……あ!」

男「おい! 引っ張るな!」
38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 23:01:51.75 ID:T9WWzZ1cO
女「この鯉、綺麗でしょ? ほら、しゃがんで見て」

男「うん。綺麗な色してる」

女「ふふっ」

男「ん?」

女「あんただって、昔とは随分変わってるよ?」

男「おい……」

女「こうやって近くで見るとよく分かる」

男「これは成長だろ? 俺が言ってるのは、お前が何かを意識して変わっていったような気がするってことで……」

女「あんたのことが好きだったから」

男「え?」

女「たぶん、ね」

男「なんだそりゃ」

女「好きな人の前では綺麗でありたいって、突然思ったの」

男「……」

女「でも、恥ずかしくなってやめちゃった」

男「お前はずっと綺麗だったけど……」

女「あんたを好きでいることを、やめたの」

男「……」

女「……」
39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 23:08:04.05 ID:T9WWzZ1cO
男「なんで……」

女「やっぱり、友達のままが良いんだって思ったの」

男「……」

女「好きなんて邪魔なんだって思ったの」

男「……」

女「ずっと一緒だったあんたの前で変わっていく自分が、嫌だったの」

男「……」

女「あんたもさっき言ってたでしょ? 『子供のままでいたかった』って」

男「ああ」

女「私はずっと、そう思ってたの」

男「……」
40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 23:16:00.08 ID:T9WWzZ1cO
女「友達としてなら、ずっと一緒にいられるという確信があった」

女「でも、恋人になったら……って想像すると、なんだか自信無くなっちゃって」

男「……なんだよ、それ」

女「あんたはあの頃、想像できた?」

女「私達が手を繋いだり、口づけをしたり、抱き締めあったりするところ」

男「……」

女「ねえ」

男「いや……」

男「お前とは、冗談を言って笑い合ったり……走り回ったり……」

女「そうでしょう? だからあんたは、私に好きだって言わなかった」

男「それは……!」

女「友達以上、恋人未満」

女「それが一番、私達に似合ってた」
41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 23:19:37.45 ID:T9WWzZ1cO
男「……」

女「彼のことはね。あんたから気を逸らすために、好きになろうとしたの」

男「……」

女「彼が家に下宿に来た次の日の夜から毎晩。最低だなって思いながら、隣に座って話をした」

女「落ち着いてて、声が小さくて、口調が柔らかくて。あんたとは正反対」

男「悪口か?」

女「ごめんごめん」

男「……続けて」

女「彼はね、いつもどこか寂しげだった」

女「その横顔を見て、胸が苦しくなった」

女「涙が出そうになった」

女「彼はそんな私を見て、言ったの」

男「なんて?」

女「『貴女は僕のことが好きなんですか?』って」
42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/12(日) 23:47:10.10 ID:T9WWzZ1cO
男「はあ?」

女「私、笑っちゃった」

女「ぽかんとする彼の顔を見て、尚更」

男「あいつ、ぼーっとしてるもんな。絶対天然」

女「そうだね。でも、だからこそ彼は素直にそう思ったんだってすぐに分かった」

男「……」

女「そして、いつもより低めの声で言った『好き』という言葉は、私の頭の中を支配した」

女「ついさっきまで、あんたのことでいっぱいだったのに」

男「え?」

女「……でも、自分って分からないね」

女「次の日から、彼の隣に座るのがうんと恥ずかしくなった」

女「それが嫌で、何度も何度も耳にまとわりついた声をかき消そうとしたの」

男「……」

女「それから何枚の暦を破いたかは分からないけれど……」

男「……」


女「『好き』という言葉は、私の中からいなくなってはくれなかった」
43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/13(月) 16:20:41.05 ID:/YVUmdLlO
『ただ美しい花として』


少女「机の上に飾ってあるのは、なんという花なんですか?」

青年「トリカブト」

少女「へえ。意外と格好いい名前なんですね」

青年「そうだな」

少女「いつ頃咲くんでしょう」

青年「さあ?」

少女「貴方が花を育てているなんて、なんだか似合いませんね」

青年「なんだと?」

少女「貴方は花でも天ぷらにして食べてしまいそうです。ふふっ」

青年「それ、食べたら死ぬよ」

少女「不味くて?」

青年「毒なの。猛毒」

少女「ええっ!?」
44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/13(月) 17:22:10.08 ID:/YVUmdLlO
青年「だから食べられません」

少女「……」

青年「あれ? どうしてそんな物騒なものを育てているのか聞かないの?」

少女「聞きません」

少女「貴方に、嘘を吐かせたくないので」

青年「君は心を読めるから、嘘を吐いても無駄だろう?」

少女「……そうですけど」

青年「それに聞かれたら、本当のことを言うつもりだけど?」

少女「でも、いいんです」

青年「……そっか」
45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/13(月) 17:29:28.96 ID:/YVUmdLlO
少女「そうだ」

少女「この花に、水をかけてください」

青年「ん? まあ、いいけど」

少女「お願いします」

青年「それっ」バシャッ

少女「傍に、行灯を置いてください」

青年「はい」

少女「ありがとうございます」

青年「これはどういう意図?」

少女「ただこうすれば、夜でも綺麗に見えるかなって……思っただけです」

青年「……ああ、確かにね」
46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/13(月) 17:46:17.84 ID:/YVUmdLlO
少女「葉っぱに付いた雫がきらきらしていて、とても綺麗です」

青年「女の子はこういうの好きだな」

少女「はい。とっても」

青年「怖くないの? 人も殺せるの花なのに」

少女「怖くないです。花はただそこにあるだけですから」

青年「……」

少女「持ち主の心次第でしょう? これを毒にするのか、癒しにするのかは」

青年「それもそうだな」
47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/13(月) 17:48:16.27 ID:/YVUmdLlO
少女「たとえ毒を持っていたって、花は花です」

少女「きっと、綺麗な花を咲かすんでしょうね」

青年「見たい?」

少女「もちろんです」

青年「そっか」

少女「はい」

青年「本当は咲かすつもりなんてなかったけど……」

少女「……」

青年「君のために、もっと愛情を込めて育ててもいいかな」

少女「……嬉しい」

少女「とっても、楽しみです」

青年「うん」


青年「ただ美しい花として……ね」
49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/13(月) 23:27:24.41 ID:/YVUmdLlO
『嘘つき同士』


女「もう絵本を描くのやめたの?」

男「いや。最近忙しくてさ」

女「嘘。最近は真っ直ぐ学校から帰ってくるじゃない」

男「今は構成を考えてる途中なの」

女「構成? 随分と行き当たりばったりな内容だった気がするけど」

男「気が変わったんだ。ちゃんと描こうって」

女「ふーん」

男「楽しみにしてて」

女「貴方の方が、ずっと楽しそうね」
50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/13(月) 23:28:13.81 ID:/YVUmdLlO
男「……そう?」

女「可愛い女の子と知り合いにでもなったの?」

男「そうだな。自称美少女さんと」

女「へえ」

男「冗談だよ」

女「どうだか」

男「もしそうだとしたら、逆に家には帰って来ないだろう?」

女「そうね」

男「……」

女「何?」

男「いや、なんにも」
51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/13(月) 23:31:40.76 ID:/YVUmdLlO
女「……」

男「今夜は月が見えないな」

女「うん」

男「毎晩こうやって、あいつと月を見ていたんだろう?」

女「うん。でも、もっと近かったかも」

男「どんな話をしてた?」

女「楽しい話ばっかり」

男「へえ」

女「彼は意外と面白いの」

男「意外だな」

女「よく笑う……明るい人」

男「俺にはそうは見えなかったけど」

女「私の前でだけだったんじゃない?」

男「……」
52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/13(月) 23:32:49.01 ID:/YVUmdLlO
男「君は特別だったわけだ」

女「……」

男「どうしたの?」

女「なんでもない」

男「……」

女「……」

男「ささくれ弄るの、癖だよな」

男「……拗ねたときの」

女「拗ねてない……っ」

男「あーあ。無理にちぎるから血が出るんだよ。大丈夫?」

女「これくらい、なんてことない」

男「まあ、舐めときゃ治る」
53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/13(月) 23:33:22.22 ID:/YVUmdLlO
女「……」

男「やっぱり痛いのか?」

女「……うん」

男「泣くほどって……。ちょっと手貸して」

女「……」

男「もう血は固まってるし、大丈夫だと思うけど」

女「……手」

男「ん?」

女「大きくなったね」

男「ああ」

女「やっぱり、昔とは全然違う」

女「何もかも」

男「……」


女「ごめんね。こんな私になっちゃって」
55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/14(火) 10:34:07.80 ID:cbtHcM510
『嘘に隠した』


少女「すごい雨ですねー」

男「なんて?」

少女「すごい! 雨です!」

男「ああ。そうだな」

少女「雨戸を打つ雨の音が、外の世界の壮絶さを語ってくれています」

男「いい迷惑だ」

少女「縁側に座れなくて残念です」

男「それじゃあ、ここにおすわり」

少女「はいー! ……って、ええ!?」

男「いい反応」
56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 12:47:35.75 ID:XyZ4DKl90
少女「はしたないことをさせないでください! いやらしい顔をしないでください!」

男「15歳の女の子なら、膝の上に乗ることくらい普通だろう?」

少女「そ、そんなことありません!」

男「知ってる」

少女「からかうのはやめてくださいよー」

男「いや、彼女もこういうやり取りをしてたのかなーと思ってね」

少女「自称小説家さんと……二人で?」

男「そうそう」

少女「それはないと思います」

男「なんで?」

少女「な、なんとなくです!」

男「ま、俺もそう思うけどね」
57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 12:50:37.90 ID:XyZ4DKl90
男「彼女は俺に嘘を吐いてるんだ」

男「あいつとはいつも寄り添って、楽しい話をしてたって」

男「その意図は分からないけど」

少女「……」

男「まあ俺も嘘吐いたから、おあいこか」

少女「どんな嘘を?」

男「君のこと」

少女「あ……」

男「言えないだろう? こんな美少女が俺の傍にいるなんて」

少女「ごめんなさい……」

男「こらこら。素直に謝るところじゃないだろ」

少女「私のせいで、嘘を吐かせてしまって……」

男「……」
58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 13:00:02.36 ID:XyZ4DKl90
男「嘘ってさ、そんなに悪いものじゃないと思うよ」

少女「……」

男「その人のための嘘だったり。あえて本当を隠して、気付いてくれるのを待つ嘘だったり」

男「色々あるからさ」

男「俺の嘘は前者。君のためであり、自分のためだ」

少女「……彼女は多分、後者です」

男「……」

少女「彼女はきっと、貴方の肩に寄り添ったり、楽しい話をしたいんだと思います」

少女「ただ素直になれないんだと……思います」

男「そりゃ都合の良い解釈だ」

少女「きっと、そうです」

男「彼女の心、読んだ?」

少女「そんなこと……!」

男「分かってるよ。ごめん」

少女「……やっぱり、嘘は駄目です」

男「……」
59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 13:33:16.94 ID:XyZ4DKl90
少女「たとえ嘘に大切な意味を含ませても、伝わらなければ意味がありませんから」

男「そうだな。『本当を伝える』のには向いていないな。嘘ってのは」

少女「当たり前です」

男「でも、人は嘘を吐き続けるだろう」

少女「……」

男「君だって……」

少女「……」

男「……」

少女「見ないで、ください……」

男「嫌だ」

少女「じゃあ……抱き締めて、ください……」

男「うん」

男「明日から、絵本の続きを描こうか」

少女「……はい」


男「俺はちゃんと受け止めるから。君の涙も……嘘の意味も」
61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 19:19:48.03 ID:ylIidpbdO
>>60

ありがとうございます!
62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 19:37:35.72 ID:ylIidpbdO
『言わせないでよ』


男「右に行くの? 左に行くの?」

少女「言わせないでよ」

少女「王子様と一緒なら、どこでもいいの」

少女「だから私の台詞はこれ以外あり得ない」

少女「ーーこの手を、離さない」

男「……」

少女「どうしたの?」
63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 19:39:53.98 ID:ylIidpbdO
男「結局、どっちに行きたいの?」

少女「どっちでもいいわ」

少女「あ、でも、王子様や私に選ばせるのはやめてね」

男「どうして?」

少女「『選ぶ』って、想像よりずっと大変なことなの」

少女「もし私の選んだ方が罠だったら、王子様はきっと怒ってしまうから」

男「愛し合っているなら、そういうことも許し合っていくものだろう?」

少女「違う。私を責めるんじゃなくて、自分を責めてしまうと思うの」

少女「『僕が選ぶべきだった』なんて言ってね」
64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 19:42:03.94 ID:ylIidpbdO
男「……」

少女「お願い。木の棒を二人で持って倒すとかでいいから」

少女「……どちらかが、負うことのないように」

男「……そうだな」

少女「ありがとう」

男「うーん。なかなか描くの難しいな」

少女「ぎゅっと、手を繋がせてね」

男「わかった」

少女「……うん。いい絵」

男「あんまり見られると描きづらい」

少女「お願い。ここで見ていたいの」

男「……うん」

少女「……」

男「……」
65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 19:48:43.14 ID:ylIidpbdO
少女「お疲れ様です」

男「んー。疲れたー。久々に描いたから余計に」

少女「肩でも揉んであげられたらいいんですけどね。ふふっ」

男「……それ、わざとやってる?」

少女「え?」

男「なんか、俺が描いてたときとキャラが違うから」

少女「……」

男「今の君が本物で、さっきは絵本の中の少女に乗り移ってるみたいだった」

少女「……」

男「もう何度も聞いたかもしれないけど」

男「君は本当に絵本の中の女の子?」

少女「……」

男「今の君と、さっきの君」

男「どっちが本物なの?」
66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 19:50:25.92 ID:ylIidpbdO
少女「うう……」

男「昨日言ったこと、覚えてる?」

少女「はい」

男「ちゃんと、受け止めるから」

少女「……ごめんなさい!」

少女「私は貴方に! 二つも嘘を吐いていました!」

男「いやっ……! 土下座なんてしなくても!」

少女「いえ! 誠心誠意、謝りたいんです!」

少女「私が絵本の中の女の子だって言ったこと!」

少女「貴方の心の中を読んでいるって言ったこと!」

男「……」

少女「ごめんなさい……!」

男「分かったよ。お願いだから、顔を上げて?」

少女「本当に! ごめんなさい!」

男「全然怒ってないから。まあ、嘘の理由は教えてもらえると嬉しいけど」
67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 19:54:13.41 ID:ylIidpbdO
少女「それは……」

男「それは?」

少女「心を読まれていると思い込めば、嘘なんて吐かないだろうと言われたからです」

男「言われた?」

少女「はい」

男「うん、確かに。俺は君に嘘を吐いても無駄だと思った」

男「まあ、正直信じてはいなかったけど……」

男「その人、頭良いね」

少女「誰なのか、聞かないんですか?」

男「それより気になることがあるからさ」

少女「え?」

男「君の正体」

少女「あ……」

少女「えーっと」

男「これだけは、どうしても聞きたいかな」

少女「……はい」
68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 19:55:18.58 ID:ylIidpbdO
少女「私は、幽霊だったりします」

男「へえ」

少女「えっ。驚かないんですか?」

男「今さら。君が絵本の中の女の子ってことよりは、うんと受け入れやすいよ」

少女「そうでしょうか? 私は幽霊なんて見たら失神していたと思いますけど……」

男「ははっ。その光景、目に浮かぶよ」

少女「もう! 笑わないでください!」

男「で、どうして幽霊の君がここに?」

少女「そ、それは初めて会ったときに言った通りです」

少女「貴方の絵本をハッピーエンドにするために、ここに来ました」

男「そのためだけに?」

少女「……」

男「いや、なんでもない」

少女「私は……」
69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 19:57:31.13 ID:ylIidpbdO
少女「私は、以前にもこうして物語の登場人物に化けて出たことがあるんです」

少女「それはある小説家が、寝る間も惜しんで執筆していた小説に出てくる……女の子でした」

男「……」

少女「どうしようもなく悲しい物語を、少しでも救いのあるものにしたかったんです」

少女「でも、大失敗でした」

男「……」
70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 19:59:28.09 ID:ylIidpbdO
少女「どんなに『大丈夫だよ』って。『私は幸せだよ』って言っても、聞いてはくれませんでした」

少女「『これでよかったんだよ』って。『大好きだよ』って」

少女「何度も、言ったのに……」

男「君は……」

少女「その小説の最後は、主人公が絵本の中の少女を殺して終わります」

少女「主人公の愛用していた、ペンで」

男「君は、そいつに……」
71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 20:00:09.75 ID:ylIidpbdO
少女「そ、そんな悲しい物語を! 貴方には描いて欲しくなくて!」

男「うん」

少女「私はここに来た! ただ、それだけです!」

男「ありがとう」

男「ここに来てくれたこと、すごく感謝してる」

男「絵本のこととか関係なく、君に会えたことを本当に嬉しいと思ってる」

少女「……」

男「だからさ、俺、許せないんだよね」

男「君に嘘を吐かせて、泣かせてる奴がいるんだろう?」

少女「え……と……」
72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/15(水) 20:01:16.08 ID:ylIidpbdO
男「ーーなんてね」

少女「え?」

男「この話はこれでおしまい」

少女「でも……」

男「そういえば! 昨日、呉服屋で面白いおばさんにあってさー」

少女「……どうして」

男「ん?」

少女「どうしてそんなに私に優しくするんですか……」

男「……」

少女「……」

男「言わせないでよ」

男「君に嘘を吐かせたくない。君を泣かせたくない」


男「あいつと同じには、なりたくないんだ」
75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/18(土) 22:06:04.31 ID:go8iczsdO
『消えかけの蝋燭』


女「『王子様と一緒なら、どこでもいいの』……か」

男「うん」

女「じゃあこの子は、一体どこまでついていくんだろうね」

男「どこまでも……かな」

女「どこまでもって?」

男「物語が終わるまで……かな」

女「途中で王子様が死んでしまったらどうするんだろう」

男「死なないよ」

女「死んでしまいそうになったら?」

男「そんなこと、ないって」

女「死んでしまいたいと……願ったら?」

男「おい!」
76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/18(土) 22:10:36.56 ID:go8iczsdO
女「ごめんなさい」

男「いや……」

女「……」

男「……」

女「ねえ」

女「消えかけの蝋燭の火を必死に守る手に、一体何の意味があると思う?」

男「……その火が少しでも長く続くように、だろう?」

女「それでもいつか……そう遠くない日に、消えてしまうの」

男「……」

女「蝋燭の火は強い風に吹かれて、揺れて、揺れて……」

女「絵本の中の女の子は、消して欲しいと請いました。消えてしまいたいと泣きました」
77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/18(土) 22:14:32.26 ID:go8iczsdO
男「あの小説の、話……?」

女「主人公は涙を流しながら、それに息を優しく吹きかけただけなのです」

男「そんなことは……!」

女「許されない?」

男「……」

女「そうやって貴方が沈黙するように、正しいとも言い切れないし、正しくないとも言い切れない」

女「それに対してね。正しいと言い張る人もいて、正しくないと胸を張って対立する人もいるの」

女「その誰もが、本当の正解なんて知らない」

男「……」

女「結局は、当人同士の気持ち次第。第三者には分からない」
78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/18(土) 22:41:43.23 ID:go8iczsdO
男「女の子は死にたがっていた。だから主人公は殺した」

女「うん」

男「女の子を殺して、主人公はどうしたんだ?」

女「すぐに、後を追いかけた」

男「……」

女「……小説の中の話よ」

男「もっと詳しく教えて」

女「いいよ」

男「ありがとう」
79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/18(土) 22:45:30.44 ID:go8iczsdO
女「小説の中の主人公は、趣味で絵本を描いていました」

女「驚くことに、その絵本の中の女の子がある日突然、自分の前に現れたのです」

女「物静かで友達の少なかった主人公は、女の子の明るさや無邪気な声に惹かれていき……」

女「女の子もまた、主人公といるのがとっても楽しいと感じていました」

女「しかしある日、女の子は絵本の中のおじいさんに宣告されてしまうのです」

女「『幸せな時間はもうすぐ止まってしまうよ』と」

男「時間が、止まる……」
80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/18(土) 22:47:06.09 ID:go8iczsdO
女「女の子はその事を隠して、主人公といつもの時間を過ごしていました」

女「しかし絵本の中でだけは、大声で泣いていたのです」

女「主人公と楽しい時間を過ごせば過ごすほど、痛んでいく胸を抑えて……」

女「『こんなに悲しいのなら、どうせ止まってしまうなら。いっそのこと今すぐ消えてしまいたい。私のことを消して欲しい』……と」

男「……」

女「そしてその泣き声は、主人公の耳にまで届いてしまいました」
81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/18(土) 22:51:52.83 ID:go8iczsdO
女「主人公はそれを聞かなかったことにしようと思いましたが、日に日に女の子の元気が空回っていくのを見て、耐えられなくなってしまいます」

女「だから主人公は、今まで絵本を描き続けたペンで、女の子の存在を消してしまいました」

女「そして、自分の存在も……」

男「……」

女「そんな、悲しいお話」

男「悲しすぎるだろう」

女「うん」

男「……」

女「他にも大切な場面は沢山あるから……貴方も読んで」

男「いや、今はいいよ」
82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/18(土) 22:52:31.97 ID:go8iczsdO
女「そう」

男「……」

女「貴方はこんな結末にならないように、してくれるんだよね?」

女「楽しみにしてる」

男「……そろそろ寝ようか」

女「そうね。随分冷え込んできたし。風邪、引かないようにね」

男「君も」

女「ありがとう。おやすみなさい」

男「おやすみ」

男「……」


男「君は本当に……死にたかったのか?」
86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 12:53:48.78 ID:1I2lG1s9O
『馬鹿集団』


男「二人で選んだ扉の向こうは、終わりのない深い森」

少女『大丈夫?』

男「王子様の左肩には、追っ手が撃った毒矢の痕」

王子『もう離してください。重いでしょう?』

少女『そんなことないわ! 私はまだ歩けるもの!』

男「少女は右脚を引きずりながら、行く宛もないのに、必死に歩く」

王子『お願いです。降ろしてください』

少女『……』

王子『そして私を……』


少女「ーー『そして私を……殺してください』」

少女「……ですか?」
87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 12:58:20.69 ID:1I2lG1s9O
男「正解」

少女「本当に、意地悪ですね」

男「来ると思った」

少女「酷いですよ。勝手にこんな展開にしてしまうなんて」

男「初めて会ったときにも言ったよ」

男「これは俺の物語だ」

少女「……」

男「危うく君にシナリオを乗っ取られるところだった」

少女「別にそんなつもりじゃ……」

男「じゃあ、参考までに聞くけど」

男「君なら、どうする?」

少女「……え」

男「……」

少女「……」

男「続き、書くね」
88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 13:29:17.28 ID:1I2lG1s9O
王子『私を……殺してください』

男「震える唇から紡がれた王子様の言葉と同時に、足音は止んだ」

少女『何を言っているの!?』

男「少女は王子様をそっと降ろし、肩を掴み、叫ぶ」

王子『私はもう、助からない』

少女『そんなことない!』

王子『これ以上は、私が貴女を苦しめるだけです……!』

少女『……っ!』ペチッ

男「少女の右手は力無く、乾いた音は森のさざめきにかき消された」

男「それでも、王子様に痛みを与えるには十分だった」

王子『……ごめんなさい』

少女『許さないわ……!』

男「二人の涙は、重なった唇の間で交わって、落ちていく」
89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 13:33:17.50 ID:1I2lG1s9O
少女『私は貴方に愛されていると信じていたのに!』

少女『貴方の死が私のためなんて馬鹿なことを言うのなら! 私は何度だって貴方の頬を叩くわ!』

少女『綺麗事なんて嫌いよ! 自分を犠牲にして、誰かの幸せを願うなんて回りくどい愛なんて要らないの!』

少女『ただ、少しでも長く二人でいたいって言ってくれたなら……!』

少女『脚が痛くても! 涙が止まらなくても!」

少女『私はその言葉を信じて、頑張るから!』

少女『私を心から愛していてくれるなら……』
90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 13:39:26.87 ID:1I2lG1s9O
男「……『この手を、絶対に離さないで』」

少女「……」

男「今の俺なら、こうする」

男「好きな人のためなんて考えずに、ただ自分が一緒にいたいから……こうする」

少女「……」

少女「どうしてですか」

男「……」

少女「どうして貴方は! こんなに私を苦しめるんですか……!」

男「君も、あいつにこんな風に言ってほしかったんだろう?」

少女「……」

男「彼女に、あの小説の話を聞いてさ」

男「絵本の中の女の子を君、主人公をあいつにして考えてみた」

男「絵本の中の女の子は『死にたい』と泣いたらしいけど……」

少女「……」

男「君は、あいつに『頑張って生きてほしい』と言ってほしかったんだろう?」
91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 13:43:03.94 ID:1I2lG1s9O
少女「……」

男「……」

少女「……言ってほしかったですよ!」

少女「私は彼に『少しでも一緒にいたい』って言ってほしかった!」

少女「だから、私は布団の中に篭って、わざと……!」

少女「わざと! 彼に聞こえるような声で泣いたんです!」

男「……」

少女「『いっそのこと死んでしまいたい』って……!」

男「……馬鹿だな」

少女「分かってます! でも、私は……!」

少女「『そんなこと言うな』って言ってほしかった……!」

少女「『貴女のことが必要だ』って、言ってほしかった!」
92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 13:43:59.12 ID:1I2lG1s9O
男「……皆、本当に馬鹿だよなあ」

少女「……」

男「そんな自分の思惑通りになることなんて、滅多にないのに」

男「自分から言わなきゃ、伝わらなくても……自分のせいなのに」

男「人は『どうして分かってくれないの?』って、相手のことを責めるんだ」

少女「……っ」

男「俺も、君も、彼女も、あいつも……皆、馬鹿だ」

少女「……はい」

男「でも君はその馬鹿集団から、一番に今、抜け出した」

少女「え?」
93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 13:45:33.43 ID:1I2lG1s9O
男「ちゃんと、言ったから」

少女「……」

男「感情を剥き出しにして、ちゃんと自分の本当を言ったから」

少女「そのために……」

男「これが、君に嘘を吐かせないための方法」

男「泣かせないための方法はまだ、思いつかないや」

少女「もう、嘘は吐きませんよ」

男「本当に?」

少女「はい」

男「嬉しいな」

少女「だから、貴方もちゃんと言ってください」

男「……」

少女「感情を抑えずに、思ったことを」
94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 13:47:04.87 ID:1I2lG1s9O
男「そうしたら、君を泣かせてしまうかもしれない」

少女「いいです」

少女「貴方のための、涙なら……」

男「そんなこと、言っちゃうんだ」

少女「はい」

男「あんまり素直になり過ぎるのも、困ったもんだな」

少女「そうかもしれませんね」

男「じゃあ、また今度」

男「言うよ。ちゃんとね」

少女「待ってます」

男「それまでに思い出すこと、思い出しておこうかな」

少女「どんなことですか?」


男「俺と彼女とあいつの、馬鹿なところ」
95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 16:50:53.61 ID:1I2lG1s9O
『自称小説家の実験』


女「まだ眠っていなかったんですか? 」

小説家「ええ。あ、優しい香りがしますね」

女「ついさっきお風呂に入ったので」

小説家「そうでしたか。それは湯冷めしないうちにお眠りになった方が」

女「せっかく来たんですから、少しお話したいです」

小説家「嬉しいことを言ってくれますね」

女「何をお書きになっているんですか?」

小説家「恋愛小説です」

女「あら、珍しいですね」

小説家「絵本の中の少女に恋をする話です」

女「それは楽しみですね」

小説家「……」

女「どうしたんですか?」

小説家「いえ。あ、縁側の方に行きましょうか」
96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 16:53:35.25 ID:1I2lG1s9O
女「ここ、お気に入りですね」

小説家「ええ。ここに下宿して本当に良かったと思わせてくれる場所です」

女「それは良かったです。……今夜は、月が綺麗ですね」

小説家「ええ」

女「池に写る月も素敵じゃないですか?」

小説家「そうですね。僕には少し、悲しそうにも見えますが」

女「え?」

小説家「それがいいんですけどね」

女「……」

小説家「本当に、良い場所です」
97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 16:54:16.22 ID:1I2lG1s9O
女「じゃあ、ここにずっといてください」

小説家「それは申し訳ないですよ」

女「そんなことないです」ギュ

小説家「こら。異性にそう簡単に触れてはいけません」

女「簡単になんて、してませんよ」

小説家「貴女は本当に……ずるい人です」
98: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:13:53.95 ID:1I2lG1s9O
女「あの小説、いつ頃書き終わるんですか?」

小説家「もうすぐですよ」

女「一番に、私に読ませてくださいね」

小説家「ええ」

女「……」

小説家「……」

小説家「あの小説は、主人公が絵本の中の少女を殺して終わります」

女「え?」
99: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:14:54.83 ID:1I2lG1s9O
小説家「彼が愛用していた、大切なペンで」

女「どうして、そんな……」

小説家「僕としたことが。なんだか言いたくなってしまいました」

女「……」

小説家「僕はね。物語は結末が一番大切だとは思っていないんですよ」

女「……」

小説家「だから結末が分かっていたとしても、読んでくださいね」

女「……」

小説家「そしてたまに思い出してください。主人公と少女が、どんな人物だったのか」

女「……」

小説家「おやすみなさい」


女「おやすみ……なさい」
100: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:36:51.03 ID:1I2lG1s9O
男「おーい! 隣のおばさんに茶菓子もらったから持ってきたー!」

小説家「おやおや。君は今日も元気ですね」

男「あ……」

小説家「そんなあからさまに嫌な顔をしないでくださいよ」

男「……あいつは?」

小説家「夕飯の材料を奥さんと一緒に買いに出かけました。今夜はすき焼きだそうです」

男「じゃあ、中で待ってる」

小説家「どうぞ。夕飯もご一緒にいかがですか?」

男「ここはあんたの家じゃないけど」

小説家「それもそうですね」

男「……」

小説家「お茶をお出ししましょう。縁側にでも座って待っていてください」
101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:37:41.06 ID:1I2lG1s9O
男「……ありがとう」

小説家「いえいえ」

男「茶菓子は食べないでよ」

小説家「はい。お二人を待っていましょう」

男「……」

小説家「……」

男「あの、さ」

小説家「はい」

男「あんたは、あいつのこと……好きなの?」

小説家「いきなりですね」

男「二人で話すこと、あんまりないから」

小説家「勿論、好きですよ」

男「ぶっ!」

小説家「とてもお優しくて、可愛らしいですし」

男「……」

小説家「お茶、これで拭いてください」

男「……ありがとう」

小説家「でも、君が心配している『好き』ではないですよ」

男「え?」
102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:40:01.07 ID:1I2lG1s9O
小説家「あの子のことを心から愛することができたなら、どんなに良かったでしょうか」

男「……」

小説家「嘘でも、あの子を抱き返すことができたなら……」

男「そんなこと! 絶対に許さないからな!」

小説家「……」

男「本気で愛し合っているなら、俺だって……!」

男「でも、あんたが本気じゃないなら! 絶対に許さない!」

小説家「うん。是非、あの子に聞かせたいです」

男「こんなこと、言ったところで……」

小説家「気持ちは伝えないんですか?」

男「だって、あいつは……」

小説家「随分と弱気ですね?」

男「どう頑張っても、変わらないことはあるだろう?」

小説家「そうですね。君が変わらないと思っているのなら」

男「……」
103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:40:57.95 ID:1I2lG1s9O
小説家「人の気持ちなんて、分からないものですよ」

小説家「実は君のことを好きかもしれない」

男「それはないよ」

小説家「どうしてですか?」

男「あいつはそんな女じゃない。好きな奴ができたら、馬鹿みたいに一途に追いかけるような奴なんだ」

小説家「あの子がそう言ったんですか?」

男「ずっと一緒にいたから、分かるんだよ」

小説家「へえ」
104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:42:13.48 ID:1I2lG1s9O
男「あいつはあんたと結ばれる」

小説家「そんなことは分かりません」

男「分かるよ。おばさんもおじさんもあんたを気に入ってるし」

男「あんただってあいつを悪く思ってない」

男「近いうちに、あんたとあいつは結婚する」

男「それが結末」

小説家「そのシナリオにはまだ何かが起こるかもしれませんよ?」

男「何かって?」
105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:42:48.56 ID:1I2lG1s9O
小説家「例えば、僕がいなくなるとか」

男「……」

小説家「なーんて」

男「そうなっても、あいつはあんたを好きだ」

小説家「頑固ですねー。一途ってそんなにいいものなんでしょうか」

男「……」

小説家「僕はそうは思いませんけどね。一人に執着してしまったら、その人がいなくなったとき、どうするんですか?」

男「え……」

小説家「もし僕がいなくなったら、あの子はどうすると思いますか?」

男「おい……!」
106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:43:24.68 ID:1I2lG1s9O
女「ただいまー。あ、いらっしゃい」

男「あ……」

小説家「おかえりなさい」

男「……おかえり。茶菓子、持ってきた」

女「あ! 私それ大好きなの。ありがとう」

女「お茶、温かいの淹れてくるね」タタタッ

男「……知ってるよ」

男「好きなものくらい……」

小説家「……」

小説家「僕は知りませんでした」

男「え?」

小説家「僕はあの子の好きなものをあまり知りません」

男「なんで? そんなこと話す機会なんていくらでもあっただろう?」

小説家「僕達は、そういう楽しい話はあまりしないんです」

男「……」
107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:44:38.68 ID:1I2lG1s9O
小説家「さっきの質問ですけど」

男「……」

小説家「どうすると思いますか?」

男「あいつは、あんたを追いかけて……」

小説家「それが答えですか」

男「……」

小説家「もしあの子が本当にそれを望んだら、どうしますか?」

男「俺は……」

小説家「止めませんか。なるほど」

男「……」

小説家「むしろ、協力すらしてしまいそうですね」

小説家「僕はそんな君を愚かだと嘲笑いましょう」
108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:45:48.64 ID:1I2lG1s9O
家「あの子は君が思っているような女の子じゃないですよ」

小説家「あの子はずるいんです。素直じゃないんです」

男「……うるさい!」

小説家「君は昔のあの子が好きなのでしょう? でも、少しは今のあの子も見てあげたらどうですか?」

男「今のあいつは! あんたのことが好きじゃないか!」

小説家「自分のことを好きじゃない人なんて、好きになれないということでしょうか」

男「……」
109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:46:47.37 ID:1I2lG1s9O
小説家「だったら、あの子もそうかもしれません」

男「……」

小説家「誰かに好きと言われてから、その人を好きになってしまうことだってあります」

男「他に好きな奴がいてもか?」

小説家「君はそれを許しませんか? 一途ではないからと」

男「……」

小説家「人はね。自分が弱ってしまっているとき、誰かにすがりたくなるものなんですよ」

小説家「それは、悪いことではないんです」

小説家「君に、そんなときが来るかは分かりませんが」

男「……」

小説家「さ、僕のお節介は終わりです」

小説家「あの子、遅いですね。見てきましょうか」
110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 17:47:23.13 ID:1I2lG1s9O
男「……いなくなるなよ」

小説家「え?」

男「あいつが、悲しむから」

小説家「君って人は……」

小説家「何も分かっていない」

小説家「でも僕は意地悪ですから、君に全てを教えたいとは思わない。それに、これは君に気が付いてほしいことですからね」

男「……」

小説家「実験、しましょうか」

男「……なんの?」


小説家「僕がいなくなったら、どうなるのか」
111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 18:53:16.56 ID:1I2lG1s9O
女「入りますよ」

小説家「はい。どうぞ」

女「小説、書き終わったんですか?」

小説家「ええ」

女「じゃあ、約束通り読ませてくださいよ」

小説家「明日になったら読ませてあげます」

女「どうして?」

小説家「どうしても、です」

女「分かりました。まあ、明日はもうすぐですから」

小説家「冬の夜は長いですよ」

女「貴方と一緒なら、それもいいです」

小説家「……」
112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 19:00:57.37 ID:1I2lG1s9O
女「今夜は月がありませんね」

小説家「そうですね」

女「悲しくありませんか?」

小説家「え?」

女「池の水面に写る月が、悲しそうだと言ったので」

小説家「ああ……そうですね。完全にいなくなってしまえば、悲しくもなくなるでしょう」

女「私はあまり頭が良くないですから、貴方の言っている意味が分かりません」
113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 19:02:47.68 ID:1I2lG1s9O
小説家「もうすぐ分かるかもしれませんよ」

女「分かりたくありません」

小説家「……」

小説家「貴女は、僕がいなくなったらどうしますか?」

女「やめてください」

小説家「たとえば、ですから」

女「嫌です」

小説家「……耳を貸してください」

女「え……」
114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 19:04:08.60 ID:1I2lG1s9O
小説家「これは僕がーー」

女「……やめて」

小説家「ーーいないのです」

女「やめてよ……!」

女「……っ」バッ

小説家「……小説、返してください」

女「いや!」

小説家「お願いです。でないと……」

女「いや……あっ!」ドサッ

小説家「……」

女「……」

小説家「あと、何センチなんでしょう」

女「……」

小説家「このまま、貴女に触れることができたなら……」

女「……」

小説家「でも、駄目なんです」

女「……」
115: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 19:04:38.91 ID:1I2lG1s9O
小説家「大丈夫ですか?」

女「……」

小説家「息を止めたままでは、苦しいでしょう?」

女「……っ」フルフル

小説家「……」

女「……」

小説家「……」

女「……見ないで」

小説家「僕のために、泣いてくれていると思っていいんでしょうか」

女「私は……」

小説家「はい」

女「本当に、貴方のことが好きで……!」

小説家「分かっています」

小説家「僕も、貴女のことが好きです」

女「……」

小説家「でも、一番じゃない」
116: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 19:06:19.65 ID:1I2lG1s9O
小説家「貴女も、そうでしょう?」

女「……」

小説家「貴女も彼も、どうしてそんなに不器用なんでしょう」

小説家「好きだから故に、絶対に離れない方法を選んだ」

小説家「だからずっと、友達のままでいるんでしょう?」

女「……」

小説家「でも、貴女も彼もとても苦しそうだ」

小説家「それじゃあ、意味がない」

女「私は……」

小説家「だから、実験をしましょう」

女「実験?」

小説家「僕がいなくなったら、どうなるのか」

女「そんなの……!」

小説家「そして、僕に穏やかなひとときをくれた貴女に……」


小説家「ある、プレゼントをしたいと思います」
117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 19:07:38.18 ID:1I2lG1s9O
男「目、どうしたんだよ」

女「……」

男「なあ」

女「……」

男「あいつは? 出掛けるなんて滅多にないよな?」

女「……数日前に、亡くなった」

男「え……」

女「自殺したの」

男「な……」

女「ずっと愛用していた、万年筆で」

男「なん、で……」

女「私は知ってる」

女「彼はずっと苦しんでた。辛かった。私なんかより、ずっとずっと……!」

男「……」

女「全部、全部、ここに書いてあった……!」ギュ
118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/19(日) 19:08:55.67 ID:1I2lG1s9O
男「その小説は……」

女「他の原稿は、全て燃やされていたから……」

女「だから、これが唯一……彼がここに残してくれたもの」

男「なんだよ……それ」

女「……」

男「……絶対に、いなくなるなって……言ったのに」

女「……」

男「……」

女「忘れない。絶対に」ギュ

男「え?」

女「彼の言った言葉の意味が、やっと分かったの」

男「……なんて?」


女「ーー自称小説家は言いました」
119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 11:37:30.59 ID:3fs8zBYyo
お、おつ?
切なく重くなってきたな……
122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 15:08:34.75 ID:xA6u7n+JO
『熱に浮かされて』


男「つめた……」

女「それだけ貴方が熱いの。どうして、すぐに私を呼んでくれなかったの?」

男「今日はおばさんもいないし、家のことで忙しいかなーと思って」

女「そんなの、放ってでもこっちに来るわ」

男「……ありがと」

女「……貴方は、私を何だと思ってるの?」

男「へ?」

女「私は熱に浮かされている貴方を見つけて、『しまった!』って思ったの」

女「『もっと早くこの戸を開けていれば!』って、思ったの」

男「心配、してくれたんだ」

女「……当たり前でしょ」

男「ありがとう」
123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 15:11:12.37 ID:xA6u7n+JO
女「体を拭くから、じっとしてて」

男「自分でやるよ」

女「じゃあ、背中だけ私がやるから。終わったら声をかけて。後ろ、向いてる」

男「別に見ててもいいけど?」

女「そんな趣味はないの」

男「そっか」

女「……」

男「……」

女「……」

男「……じゃあ、お願いします」

女「……はい」
124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 15:15:20.02 ID:xA6u7n+JO
女「貴方って、まるで女性のように線が細いのね」

男「嫌味か?」

女「うん」

男「自分だって、随分と細いだろう」

女「褒め言葉?」

男「……違う」

女「分かってるよ。もっと健康的にならないといけないって」

男「……」

女「肌の色も、雪みたいだって」

女「私が雪の中を駆けて行ったら、きっと見失ってしまうって」
125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 15:16:20.45 ID:xA6u7n+JO
男「あいつが言ったの?」

女「……うん」

男「俺なら『お前は立派な雪だるまになれるな』って、言うと思うけど」

女「で、私が引っ叩くんだ」

男「そうそう」

女「子供みたい」

男「いや、子供だな」

女「……」

男「……子供、なのかな」

女「……ちょっと!」
126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 15:19:47.13 ID:xA6u7n+JO
男「こうやって触っても……」

女「手、熱い……」

男「お前が冷たいんだ」

女「違うよ。貴方は熱が……」

男「『あんた』でいいよ」

男「あの頃みたいに」

女「駄目」

男「なんで?」

女「これが、最後の……」

男「……」

女「貴方と私の間に作った……壁なの」
127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 15:23:30.68 ID:xA6u7n+JO
女「これを壊したら……私は……」

男「あいつを、忘れてしまう?」

女「……」

男「まあ、完全に忘れてしまうなんてのは、大袈裟だけど」

男「お前は、自分の中からあいつが薄れていくのを恐れてる」

女「……」

男「ずっと机の上に置いてあるよな。あの小説」

女「……」

男「俺、お前があいつのこと本気で好きだって、分かってたよ」

男「だから俺はずっと、お前はあいつの傍に行きたいんだろうなって思ってた」

女「……」
128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 15:25:04.20 ID:xA6u7n+JO
男「お前がそうしたいなら、俺はそれを止めようとは思わなかった」

男「むしろ、俺が……」

女「やめて! 言わないで!」

男「……」

男「……でも、あの花は」

女「……花?」

男「ただ、美しい花として咲かせることに決めたんだよ」

男「俺のしようとしていたことは、馬鹿なことだって気付いたから」

女「……」

男「俺さ、あいつに実験をしようって言われたんだ」

女「え……」
129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 15:28:27.49 ID:xA6u7n+JO
男「あいつがいなくなったら、どうなるのか」

男「結果は、お前が苦しんだ」

女「……」

男「あの小説のおかげで、尚更」

女「……彼は、悪くないよ」

男「……」

女「彼は、私と貴方のことを心から考えてくれてた」

女「今思えばそれは、とっても馬鹿な実験だったのかもしれないけど」

女「でも、私達には必要なことだった」

男「……」
130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 15:29:23.00 ID:xA6u7n+JO
女「私も言われたの。実験をしようって」

男「お前も?」

女「彼はきっと結果がどうなるのか分かっていたから、そんなことを言ったの」

女「まだ、この実験は終わってない」

男「どういうことだよ」

女「ごめん。言えない」

男「なんで」

女「本当のことを話したとき、貴方はきっと、私が一番の馬鹿だって気付くことになる」

男「……」

女「これは私の我儘なの」

女「本当はもう、自分から手に入れられるものだって分かってるけど……」

女「でも……」


女「私は、彼からのプレゼントが届くのを……待ちたいの」
134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 19:32:06.05 ID:xA6u7n+JO
『小説の意味』


少女「体の方は大丈夫ですか?」

男「ああ。良くなったよ」

少女「それは良かったです」

男「でも、なんか温もりが足りないなあ。膝枕してほしいなあ」

少女「彼女にしてもらえばいいじゃないですか!」

男「なに膨れてんの?」

少女「私は元々こういう頬っぺたです」

男「うん。抓りたくなる」

少女「……この光景、誰かが見たらどう思うんでしょうね?」

男「男が一人、暗い部屋で空気を抓んで引っ張っている様か……恐ろしいな」

少女「ある意味、幽霊よりも怖いです」

男「まだ熱があって、頭がおかしいことにしとけばいいさ」
135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 19:35:54.76 ID:xA6u7n+JO
男「……熱のせいにするのもあれだけど」

男「多分熱のせいで、言わなくてもいい事も言っちゃったんだろうなあ……」

少女「昨夜ですか?」

男「うん。彼女にね。ぼーっとした頭で、何言ってんだか」

少女「……でもそれは、きっと貴方の言いたかったことですから」

男「……うん」

少女「私も聞きますよ。貴方の本当を」

男「……泣かせるかもしれないけど」

少女「だから、貴方のためならいいんです」

男「ありがとう」

少女「聞かせてください」

男「うん」
136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 19:45:16.98 ID:xA6u7n+JO
男「……俺はやっぱり、あいつを許せない」

少女「……」

男「自分のために泣いたり、苦しんだりしてくれる人が、ずっと傍にいたのに」

男「自分が殺した女を追って、自分も死ぬなんて……!」

少女「……はい」

男「あんな小説なんか残して! 何が『これは僕が死んでから意味を持つ』だよ!」

男「残された人を縛り付けるだけで! 何の意味もないじゃないか!」

少女「……」
137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 19:46:01.88 ID:xA6u7n+JO
男「あいつは何も残すべきじゃなかった!」

男「思い出すきっかけなんて、残すべきじゃなかったのに……!」

少女「……」

男「……ごめん」

男「やっぱりまだ、熱あるみたいだな。感情的になっちゃった」

少女「……ごめんなさい」

男「なんで、君が……」

少女「あの小説を書いてほしいと言ったのは、私だから」

男「……え?」
138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 19:51:12.55 ID:xA6u7n+JO
少女「私は自分の体が動かなくなったとき、彼に言ったんです」

少女「『私達が過ごした日々を、忘れられない大切な言葉達を……貴方の万年筆で素敵な物語にしてください』って」

男「……」

少女「『それは私が死んでから、大きな意味も持つから』……って」

男「じゃあ、あの言葉は……」

少女「はい。私が彼に言った言葉です」

少女「私は自分が死ぬことより、忘れられることの方が怖かったんです」

男「……」

少女「たくさん想像しました」

少女「『彼にもいつかまた、好きな人ができるんだろうな』とか」

少女「『その人と一緒に笑ってご飯を食べたり、たまには喧嘩をしたりするんだろうな』とか」

少女「『それはきっと、楽しいんだろうな』……とか」
139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 19:52:25.25 ID:xA6u7n+JO
男「それが、普通なんだよ」

少女「うん。分かってた。……分かっている、つもりでした」

少女「でも、やっぱり苦しくて」

少女「完全に忘れられるはずがないと信じていても、どうしても怖かったんです」

男「……」

少女「だから小説を書いてって、お願いしました」

少女「そして私が死んだら、それを本棚の一番奥にしまっておいてほしいと言いました」

男「どうして……」

少女「手の届く場所では駄目なんです」

少女「彼が、私を忘れられないから」

男「矛盾してる」

少女「ふふっ。そうですね」

男「……」

少女「私は忘れられたくもなかったけど、負ってほしくもなかったんです」
140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 19:53:45.98 ID:xA6u7n+JO
少女「私が死んだ次の日から普通にご飯を食べて、誰かと笑い合ってほしかったんです」

少女「私のことで悲しみ、涙を流し続けるより、その方がずっと良いと思いました」

男「……」

少女「本棚の奥でどんどん色褪せていって……」

少女「ふとしたときに手に取って
もらって、読んで、思い出して、涙を流してもらえたらいいなって」

少女「そしてまた、私は本棚の奥で褪せていけばいいやって」

男「本当に、それでよかったのか?」

少女「はい。これは嘘偽りのない、私の我儘。本当の気持ちでした」

男「なのに、あいつは……」

少女「私が『死にたい』なんて言ったからいけなかったんです」

少女「私は思った以上に、愛されていたのかもしれませんね。ふふっ」
141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 19:54:52.91 ID:xA6u7n+JO
男「……っ」スッ

少女「ありがとうございます。抱き締めてくれて」

男「……」

少女「私のために、泣いてくれて」

男「あいつは……やっぱり馬鹿だ」

少女「許せませんか?」

男「ああ。許せない」

男「でも……」

少女「……」

男「俺は、あいつと同じことをしようとしてたから……」

少女「ええ」

男「あいつのことを愛していた彼女を、絵本が描き終えたら……」

少女「言わなくていいです。貴方にはもう、その気が無いって分かっていますから」
142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 19:57:21.94 ID:xA6u7n+JO
少女「心なんて読めなくても、分かります」

男「うん」

少女「実は、私をこちらに寄こしたのは彼なんです」

男「知ってた」

少女「自分と同じ過ちを犯そうとしている貴方を、どうしても止めたかったようです」

男「じゃあ、あいつが直接来ればよかったじゃないか」

少女「駄目ですよ」

少女「私が嘘を吐いてまでここに来た理由」

男「……」

少女「貴方に嘘を吐かせないためです」
143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 19:59:50.55 ID:xA6u7n+JO
少女「貴方はきっと、彼の前では素直になれなかったでしょう?」

男「……」

少女「彼も心が読めるわけではありませんが、貴方のことはお見通しでした」

男「うん」

少女「お二人は、本当は、仲が良かったんですね」

男「……うん」

少女「その涙で、彼も救われることでしょう」

少女「私も、嬉しいです」

男「……」
144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 20:01:27.13 ID:xA6u7n+JO
少女「あ、そうだ」

少女「この机の裏を探ってみてください」

男「ん? なんか貼ってある。……なんだ、この封筒」

少女「あの小説に使われなかった原稿。最終章の一部です」

少女「私ではなく、彼女を選んだ場合の結末です」

男「……」

少女「彼は最後の最後まで、どちらのエンドにするか迷っていたんですよ」

男「……」

少女「それが正しかったのかは、読み手が決めることです」

少女「でも、これだけは私から胸を張って言わせていただきます」

少女「あれが彼にとっての、ハッピーエンドです」
145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 20:02:46.36 ID:xA6u7n+JO
男「うん。そうだな」

少女「その原稿を彼女に見せるかどうかは貴方におまかせします」

男「これ見せたら、あいつのこともっと好きになったりしないかな」

少女「馬鹿ですね」

男「そうかな」

少女「全く、素直じゃないです」

男「……うん」

少女「彼女が欲しい言葉、本当は分かっているんでしょう?」

男「分かってるよ。本当は、ずっと前から」

少女「なのに言わないなんて、やっぱり意地悪ですね。ふふっ」

男「簡単に笑ってくれるなあ」

少女「え?」


男「その原因のちょっとは君にあるんだってこと……分かってる?」
146: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 20:14:05.69 ID:xA6u7n+JO
『届いた』


男「『決してそれは消えたりしない』」

男「『月が、そこにあり続けるかぎり』」

女「どうしたの? 急に」

男「君が言っていた言葉の意味、分かったから」

女「……」

男「君の言っていた月は、その小説のことだったんだろう?」

女「……」

男「違う?」

女「どうかな」

男「それをずっと手放せないから、君はあいつに縛り付けられたままなんだ」

男「それ、どこかにさ、大事にしまっておこうよ」

女「……」
147: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 20:19:03.62 ID:xA6u7n+JO
男「ふとした時に思い出して、読んで、またあいつを想えばいいんじゃないかな」

男「あいつも、それを望んでいると思う」

女「うん。素敵な綺麗事ね」

男「え?」

女「貴方の言葉じゃないみたい」

男「……」

女「ね?」

男「あー。やっぱり、こんなのは俺に似合わないか」

女「どこで覚えてきたの? その台詞」

男「ひみつ」

女「えー。教えてよー!」ドサッ
148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 20:20:25.75 ID:xA6u7n+JO
男「ちょっ……熱でもあるのか?」

女「単なる気まぐれ」

男「気まぐれでいい年した男女が、こんな体制になっちゃいけないと思うんだけど」

女「じゃあ、満月のせい」

男「満月さんも、とんだとばっちりだなあ」

女「……あの封筒、開けたの」

男「ああ。あれね」

女「机の上に置かずに、直接渡せば良かったのに。素っ気ないね」

男「ごめん。で、何が入ってた?」

女「ひみつ」

男「なんだそれ」

女「貴方も私に、秘密してるじゃない」
149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 20:21:18.29 ID:xA6u7n+JO
男「だって、信じないだろうし」

女「私の話だって、きっと信じないよ」

男「なんで」

女「あの小説のね。絵本の中の女の子が消えた後の……違う話が入ってた」

男「へえ」

女「まるで知っていたみたいな反応」

男「そんなことないって。で、どんな話だったの?」

女「主人公と主人公の下宿先の娘が結婚して、ハッピーエンドでした」

男「……」

女「娘に淡い恋心を抱いていた少年は、涙を堪えながら、二人を祝福していました」

女「ね? 信じたくないでしょう?」

男「あいつ……なかなか酷いな」
150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 20:23:27.55 ID:xA6u7n+JO
女「でも、実際どうなってたと思う?」

男「え?」

女「もし、彼が今もここにいたとしたら」

男「……多分、その原稿通りになったんじゃないかな」

女「私も、そう思う」

女「ずっとあんたに好きだって言わないまま、彼を一生愛していく道を選んだと思う」

男「俺も、それを大人しく見ているだけだっただろうな」

女「そんな結末にならないように……してくれたんじゃない?」

男「ということは、あいつは俺達のために死んだのか?」

女「それは違うよ」
151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 20:24:38.94 ID:xA6u7n+JO
女「でも背中を押してしまったのは、私達かもしれないね」

男「……会いたかったんだろうな」

女「うん。ずっと会いたかったんだと思うよ」

男「すっごく、いい子だしな」

女「え? 知ってるの?」

男「いや! あいつがそんなに好きになるくらいだったら、そりゃいい子なんだろうなー……って」

女「ふーん」

男「……で、いつまでこの体制なの?」

女「そうね。縁側に座ろうか」
152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 20:27:54.88 ID:xA6u7n+JO
男「やっぱ、いい場所だな。ここ」

女「じゃあ、ここにずっといてください」

男「……」

男「今度は俺が押し倒す番かな?」

女「そうだね」

男「……」

女「……」

男「好きだよ」

女「うん」

男「知ってた?」

女「……うん」

男「俺も」

女「……っ」

女「ごめん。ちょっと……泣かせて」

男「いいよ」ギュ


女「……届いたよ。貴方からの、プレゼント」
154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/20(月) 20:38:15.55 ID:sRIUYTAto
あーやっと一本に繋がった
実に乙
155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/21(火) 08:35:01.69 ID:vIURaZ2Ao
なるほど乙
157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/22(水) 22:24:16.86 ID:w30oxEs2O
『知らない』


少女「だーれだ」

男「だれですか?」

少女「ええっ」

男「冗談」

少女「もー」

男「ひやっとした?」

少女「しました」

男「大成功」

少女「意地悪」

男「……実は本音だったりして」

少女「え?」
158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/22(水) 22:25:35.85 ID:w30oxEs2O
男「そんなことより、こっちにおいで」

少女「……そんなことって」

男「正座じゃなくてさ、こう……両脚を放り出してさ」

少女「ふふっ。そんなにばたばたしなくても」

男「楽しいだろう?」

少女「こうですか?」

男「うん。いい感じ」

少女「やった」

男「ははっ」

少女「どうして笑うんです?」

男「無邪気だなーと思って」

少女「それは貴方の方ですよ」
159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/22(水) 22:26:57.85 ID:w30oxEs2O
男「俺、そんなにいい顔で笑えてるかな?」

少女「それって……」

男「うん。君の笑顔が素敵だって意味です」

少女「……」

男「ドキッとした?」

少女「やめてください……本当に」

男「君には意地悪したくなるんだ」

少女「いい迷惑です」

男「ごめんごめん」

少女「彼女に長年『好き』って言えなかった人とは思えないです」

男「なかなか酷いことを言うね」

少女「貴方が言わせているんですよ」

男「そうかなー」
160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/22(水) 22:29:28.10 ID:w30oxEs2O
少女「私と彼女は、貴方の中で全然違う」

少女「彼女には素直に言えないことでも、私には言える。それって、そういうことでしょう?」

男「あいつと俺だって、君の中では違うだろう?」

少女「違わないと困ります」

男「俺もそうだよ」

少女「……ちゃんと意味、分かってるんですか?」

男「うん」

少女「……」

男「……」

少女「いい天気ですね」

男「唐突だな。でも確かに、ひなたぼっこ日和だ」

少女「そういえば、絵本は描かなくていいんですか?」

男「ちょっと休憩」

少女「……随分と長い休憩です」
161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/22(水) 22:30:25.59 ID:w30oxEs2O
男「あー。子供達がうるさいなー」

少女「鬼ごっこでしょうか?」

男「そうだろうな」

少女「声だけで楽しそうなのが伝わってきます」

男「君は走るの得意だった?」

少女「そう見えますか?」

男「その見た目じゃあ、分からないな」

少女「あ……」

男「君は今、俺が描いた絵本の中の女の子だろう?」

少女「そうでした」

少女「すっかりこの姿に慣れてしまっていて、忘れていました」

男「君が『センスがない』って言ったの、まだ覚えてるよ」

少女「それに貴方は『裸にしてやる』なんて返してきましたよね」
163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/22(水) 22:31:55.25 ID:w30oxEs2O
男「懐かしいな」

少女「毎日は会っていないとはいえ、長い時間を一緒に過ごしましたね」

少女「まだ、花は咲かないようですけど」

少女「なんだかこの姿にも愛着が湧いてきました」

男「あいつのところへ行くときは、その姿じゃないの?」

少女「はい」

男「想像できないな」

男「君じゃない、君なんて」

少女「……」

男「いや、それでいいはずなんだけどさ」

男「知りすぎたら駄目だって、分かってるんだけどさ」

少女「……」

男「でも、もう一度『だーれだ』って言われたら……」


男「俺は君に『だれですか?』って、聞いちゃうんだろうな」
167: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:24:35.61 ID:vEEgc5RIO
『もうひとつの嘘』


少女「おはようございます」

男「うわっ!? ……あ、いつの間にか寝ちゃってたのか」

少女「もうすっかり夜になってしまいました」

男「寝顔見たね?」

少女「もうばっちりです」

男「この上着は?」

少女「とても綺麗な方が、そっと掛けていきました」

少女「髪の毛、指先で弄ばれていましたよ?」

男「あいつ……」

少女「とても温かくて、微笑ましい光景でした」

男「……」
168: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:26:00.95 ID:vEEgc5RIO
少女「貴方の髪は少し硬そうですね」

男「君のはふわふわしてそうだな」

少女「頬っぺたは柔らかそうですよ?」

男「君には負けるよ。多分」

少女「……」

男「……」

少女「たぶん……」

男「うん」

少女「そう、ですね……っ」

男「ずっと、我慢してたの?」

少女「……はい」

男「……」

少女「止めてください……この、涙」

男「……無理だよ」

少女「じゃあ、拭ってください」

男「……ごめん」

少女「……」

男「……」
169: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:27:08.03 ID:vEEgc5RIO
少女「じゃあ、教えてください」

少女「どうして私は……泣いているんでしょう」

男「それは……」

少女「貴方の寝顔を見て、寝息を……寝言を聞いて」

男「何か……言ってた?」

少女「彼女の名前を……とっても、愛おしそうに」

男「……」

少女「私、思っちゃったんです」

少女「もし、貴方に本当の名前を教えていたらって……」

少女「そうしたら私も、眠っている貴方に、名前を呼んでもらえたのかなって……」

男「……」

少女「思っちゃったんです」

少女「駄目なのに。そんなこと思っちゃ……駄目なのに」
170: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:29:40.04 ID:vEEgc5RIO
少女「今だって、こんなに近くにいるのに……っ」

男「……」

少女「私も彼女みたいに、貴方の髪に触りたいです」

少女「少しでも、いいから……!」

男「……」

少女「……」

男「『すり抜けていく手が悲しくて愛しい』って言った君に」

男「『傍にいてくれるだけでいいよ』って言ったの、覚えてる?」

少女「……はい」

男「あの時の言葉、取り消したいよ」

少女「え……」

男「ここからは、彼女には秘密の話」

少女「……」
171: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:31:10.38 ID:vEEgc5RIO
男「俺さ、あいつに言われたんだ」

男「『人は自分が弱ってしまっているとき、誰かにすがりたくなるものだ』って」

男「その気持ちを、俺は少し前まで体験してた」

少女「私で……ですか?」

男「うん」

男「彼女もあいつにこんな風に惹かれていったんだって、よく分かった」

少女「……」

男「でも、俺はそれ以上に行っちゃうそうで……」

少女「……」

男「今、すごく抑えてる」

男「その最後の壁が、君の本当の姿や名前を知らないでいることなんだ」

少女「なのに、私は……」
172: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:32:25.67 ID:vEEgc5RIO
男「こんなに人の涙が愛しいと思ったの、初めてだよ」

少女「……だから、そんなことを言われたら……」

男「ごめん。君には全部、素直に言いたくなる」

男「なんでだろうな?」

少女「お願いだから、嘘つきでいてください」

男「君は心を読めるんだろう?」

少女「お願いだから!」

男「……」

少女「意地悪は……やめてよ」

男「……ごめん」

少女「……っ」

男「……」

少女「……」
173: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:33:57.76 ID:vEEgc5RIO
男「……落ち着いた?」

少女「はい」

男「空が白くなったきたな」

少女「そうですね」

少女「……一人で過ごす夜と、二人で過ごす夜」

少女「それは同じ速度で色を変えていくはずなのに」

少女「こんなときばっかり、せっかちです」

男「うん」

少女「……朝なんて、来なければいいのに」

男「こらこら」

少女「嘘ですよ」

男「もう何が本当で、何が嘘なのか分からないな」

少女「貴方が本当だと信じたいものを、本当だと思ってください」

男「……うん。そうだな」
174: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:35:26.91 ID:vEEgc5RIO
少女「実は私、もうひとつ吐いていた嘘があるんです」

男「嘘?」

少女「はい。これは最後に、どうしても言っておきたくて」

男「……最後、か」

少女「貴方はここ。私は向こうです」

少女「たった今、そう思いました」

少女「私はこれ以上、ここにいてはいけない」

男「……」

少女「私がずっとここにいたら、誰も幸せになれない」

少女「貴方は、彼女を愛していくんでしょう?」

男「……」
175: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:36:52.50 ID:vEEgc5RIO
少女「なんなら、右に行くか左に行くか。木の棒を倒して決めてもらってもいいですけど」

男「……意地悪だなあ」

少女「貴方にも負けませんよ」

男「ははっ。……木の棒なんて、必要ないよ」

少女「貴方の中に、ちゃんと答えがあるからですね」

男「うん」

少女「彼女がいる方の扉を開けたら……」

少女「その先は、きっと素敵な物語です」

男「うん」

少女「……目を、瞑ってください」

男「え?」

少女「……」

男「……」
176: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:38:02.70 ID:vEEgc5RIO
少女「これくらいなら、許してくれるでしょうか」

男「あいつ、すっごく怒ってるかも」

少女「戻るのが怖いです」

男「あいつはどうやって怒るんだ?」

少女「背筋をぴんと伸ばして正座して、無言の圧力をかけてきます」

男「ははっ。それに耐え切れなくて、必死に土下座する君の姿が目に浮かぶよ」

少女「貴方の中の私って、何なんですか?」

男「そうだなー」

少女「……聞くのが怖いです」
177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:39:35.40 ID:vEEgc5RIO
男「可愛い女の子」

少女「へ?」

男「その間抜けな顔とか」

少女「……」

男「そう言われてすぐキリッとするとことか」

少女「ええっ」

男「で、最終的にはいつも泣きそうな顔になる」

少女「……何も言えないです」

男「ごめん。本当にごめん」

少女「別に、怒ってないですよ?」

男「いや。これを言ったら、君は嫌な気持ちになるかもしれない」

少女「……」

男「でも……」

少女「はい」
178: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:41:29.82 ID:vEEgc5RIO
男「俺は、君が幽霊で良かったって……思ってる」

少女「……」

男「意味、分かるよな?」

少女「はい」

少女「私も、そう思ってます」

少女「意味、分かりますよね?」

男「うん」

少女「……」

男「……うん」

少女「意外と泣き虫なんですね?」

男「君には、負けるよ」

少女「……絵本、頑張って描いてくださいね」

男「うーん。ずっとサボってたからなー」

男「絵本を終わりにしなければ、君がずっとここにいてくれるような気がして」

少女「……」
179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 16:43:15.73 ID:vEEgc5RIO
少女「もう。そんなことを言ったら、彼女に怒られてしまいますよ」

男「そうだな」

男「彼女には、秘密にしといて」

少女「はい」

男「あと、これから言うことも」

少女「……」

男「俺は、君のことがーー」

少女「ーーおっと! 忘れてしまうところでした」

男「え?」

少女「私が吐いていた、もうひとつの嘘のこと」

男「……」

少女「私、貴方の絵本をハッピーエンドにしたいなんて言ってましたけど」


少女「本当に、ハッピーエンドにしたかったのは……」
180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 18:58:40.83 ID:vEEgc5RIO
『物語の最後の続き』


女「二人はずっと手を繋いでいたのね」

男「うん」

女「まさか途中でドラゴンが出てくるだなんて思わなかった」

男「うん」

女「王子様の怪我もいつの間にか治ってるし」

男「うん」

女「やっぱり、ちゃんとした構成なんて考えてなかったんじゃない」

男「ごめん。途中で描くの、無理になっちゃってさ」

女「……でも、二人がとっても幸せそうだから、いいんじゃない?」

男「俺が拘った部分は、そこだけだから」

女「いいと思うよ。すっごく」

男「……ありがとう」
181: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 19:03:36.64 ID:vEEgc5RIO
女「この二人は、この後どこに行くんだろうね」

男「物語はここで終わりだけど?」

女「つまらないことを言わないでよ」

男「ええっ」

女「物語の最後の続き。……想像しないの?」

男「うーん。例えば?」

女「たとえハッピーエンドでも、その後ずっと幸せが続くとは限らない……とか」

男「おい。雰囲気ぶち壊し」
182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 19:06:49.19 ID:vEEgc5RIO
女「たとえバッドエンドでも……二人はもう一度、幸せになるかもしれないよね?」

男「……」

男「ああ。あの小説の中の二人は今、すっごく幸せだと思うよ」

女「……」

男「俺には分かる」

女「なんで?」

男「なんでだろう?」

女「いつもそうやってはぐらかすよね?」

男「そんなことよりさ!」

女「そんなことって……。なに? その手」
183: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 19:12:37.86 ID:vEEgc5RIO
男「握って?」

女「……ん」ギュ

男「……」

女「……」

男「俺の言ったこと、信じて」

女「信じてるよ」

女「私も、そうだと思う」

女「そうだったらいいなって、心から思う」

男「うん」
184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 19:17:39.57 ID:vEEgc5RIO
男「そうだ。これからさ、俺達はずっと一緒にいるわけだろう?」

女「え?」

男「ここに、さ」

女「……うん」

男「だから、絶対に守らなければならない約束を言おうと思う」

女「なに?」

男「右に行くか、左に行くか。迷ったら二人で木の棒を倒そう」

女「……絵本の中の二人みたいに?」

男「そう。その先に何があっても、どちらかが負うことのないように」
185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 19:18:45.06 ID:vEEgc5RIO
男「二人で、乗り越えられるように」

女「……うん。分かった」

男「お、意外と素直」

女「あんたって、雰囲気とか考えないの?」

男「残念ながら」

女「馬鹿」

男「……」

女「……」

男「約束はこれだけでいいかな?」

女「もうひとつ、あるでしょ?」

男「なに?」

女「分かってるくせに」

男「分からないなー」

女「言わせないでよ」

男「聞かせてよ」


女「ーーこの手を、離さない」



おわり
186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 19:25:17.67 ID:Hr8kNL8Uo
189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/23(木) 22:06:44.10 ID:nyppwCaEo
とてもよかった!
191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/05/24(金) 03:22:06.99 ID:7ajDAJkR0
軽く感動した。

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