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【SS】高垣楓のいる風景

1: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/28(木)01:00:27 ID:Sfy
・みじかめです
・主人公はじじいの幼虫です


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2: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/28(木)01:02:12 ID:Sfy
 おれは郊外の、うらさびれた公園に来ていた。
 夜の10時。もともと人があまり来ない場所で、また時刻が時刻ということもあり、公園にいるのはおれだけだった。

 道沿いの街灯が切れかかっているのか、チキチキと音を立てている。それ以外は自動車の走る音も、人の話し声も、虫の音も、なにも聞こえない。
 まるでおれの今、老後の孤独が、音になって現れたようだった。
 
 だが、そこまで悲観的な気持ちにはならない。おれの座っているベンチの周りには、桜が咲いている。
 今は四月の下旬だから、かなり遅咲きということになるのだろうか。それとも、そういう種類の桜なのか、おれにはわからない。だが、桜にはちがいない。
3: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/28(木)01:02:49 ID:Sfy
 遮二無二に働いた。そこそこ出世した。金はある。
 両親は他界した。就職してからは友人がいない。つるむような親戚もない。定年退職したおれをなつかしんで、会いに来てくれるようなひともない。

 おれはなるべくして孤独になった。必要以上にひとと話さず、飲み会にも付き合い程度で、休日は1人で過ごす。好きでこうなったわけではないが、もう慣れた。

 コンビニで、ワンカップとイカの明太焼きを買ってある。桜をひとりじめして、花見をするつもりで来たのだ。
 ワンカップは安っぽい(実際安いのだが)透明なフィルムに包まれていて、それを剥がすときは耳ざわりな音がした。アルコールが含まれているということ以外には、なんの価値もない酒。
4: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/28(木)01:03:18 ID:Sfy
 飲むとアルコールの嫌味が口中に広がり、喉がひりついた。クソのような酒。だが、この酒を飲まないことには花見に来た気がしない。
 20代の頃おれは、今はもう退職した会社の、新入社員だった。春の歓迎で花見をするということで、俺は集合時間を告げられた。朝の4時だった。

 いざ早朝、そこへ行ってみたところ誰もいない。4時には誰もこない。8時になって、ようやく皆がやってきた。そして、遅れてやってきた上司が持って来た酒がこのワンカップだった。

 この酒を飲むことで、おれは孤独を打ち破ろうとしない自分を正当化できている。20代のおれに乾杯。
 ざらついた舌を、明太焼きでなぐさめる。はじめはぴりりと辛く、次にほんのり甘い。そして噛むと、じわっと旨味が溢れ出してくる。
 不味いワンカップを飲み、また明太焼きを食べる。
5: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/28(木)01:04:03 ID:Sfy
 しばらくして。
 ワンカップがまだ半分も残っているのに、歳のせいか、酔いがひどい。頭がクラクラする。汗で目が濡れる。動悸が早まる。吐き気はない。
 歩いて帰れそうにない。まあいい。待つひともいないのだから、このまま公園で夜を明かしても構わない。

 点滅しながら歪む街灯を眺めて、横になろうかどうしようかと悩んでいると、公園の入り口になにかいる。目をこすっても、いる。
 それがおれのいるベンチに近づいてくる。ぼんやりとしていた輪郭が、くっきりして、それが女だとわかった。

 若草のような、艶のある髪がふわりと風にゆれている。左目の下には泣きぼくろがあって、みずみずしい唇が微笑を浮かべている。
 やはり酔いが深いのか。こんな、途方もなく美しい女がおれを見ている。翡翠と蒼の瞳が、おれを見ている。まったく現実味がない。
6: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/28(木)01:04:40 ID:Sfy
「そこ、お邪魔してもいいでしょうか?」

 痛いほど無音だった世界に、透き通るような声が響いた。

「……え?」

 おれは、わざと聞こえないふりをした。

「そのベンチに、お邪魔してもいいですか」

 やはり、この女だった。動悸がさらに早まって、喉が乾く。

「いいよ。おれの持ち物じゃない」

 その言葉を絞り出すために、おれはかなりの体力を消耗した。
 女はそっと、ベンチに腰掛けた。

 ベンチは表面がひび割れて、おれが座ったときは音を立てて軋んだ。公園に置き去りにして、誰にも顧みられることもなく、朽ち果てていくベンチのはずだった。
 だというのに、この女が腰を下ろしているだけで様になっている。
7: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/28(木)01:05:14 ID:Sfy
 心なしか、さきほどよりも落ちてくる花びらが多くなったような気がする。 
 その花びらの雨の中で、女は懐からなにかを取り出した。

 ワンカップ。おれが飲んでいたものと全く同じものだった。細く、しなやかな指がフィルムをはがす。シュー、という小さな音がおれの耳をくすぐる。

 次に女は、かなり苦心してふたを開けた。こんな、幻のように美しい女にはワンカップは似合わないはず。だが、そのワンカップを美味しそうに口元で傾ける姿は、なんとも画になる。

 本当に同じものだろうか。おれはすっかり酔いの醒めた頭と舌で、自分のワンカップの味を確かめる。だが、わからない。
 
8: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/28(木)01:05:48 ID:Sfy
 やさしい雨が降っている。おれはすこし落ち着いて、明太焼きを食べつつ、女と桜を眺めた。まだ現実味はない。だが、決して不快ではない。いや、むしろおれは、場違いな居心地のよさすら感じていた。

 ふと、女がおれのほうを見る。だが、おれを見ているわけではない。熱い視線はおれの手元、明太焼きに注がれている。
 
「食べ、るか?」

「たべるね・そーヴぃにょん、私がのんでいるのは焼酎……ふふっ……いただきます」

 いただきます、の前はちょっと何言っているのか分からない。
 女は、おれのつかっていた箸で明太焼きを3つほどつまんで、ちゅるりとすすった。
 
 お気に入りのおやつを与えられた子犬のように、彼女の?がほころんだ。
9: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/28(木)01:06:08 ID:Sfy


公園に来たばかりのときの、ささくれた心。今はその心の中に、おだやかな風が吹いていた。
10: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/28(木)01:06:16 ID:Sfy
おしまい

 

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