【Fate/stay night】桜「ライダーの馬、変わった名前ね」【後編】

前スレ:

【Fate/stay night】桜「ライダーの馬、変わった名前ね」【前編】



258: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:06:30.28 ID:hkw2fN9Zo
マスター「起きんかぁぁぁぁぁぁぁぁ! 士郎ぉぉぉぉ!!」


東方不敗は士郎の部屋に勢い良く乗り込むと、一喝と共に布団を外へ放り出す。

マスター「桜はもう起きておるのだ! いい加減にせんかぁぁぁぁ!!」

畳に放り出された士郎はもぞもぞと上体を起こし、

その顔は朝から良くない物でも見たかのように顔面蒼白となっている。

目が覚めた瞬間にあの顔があったとなれば、

男の生理現象など一瞬で静まる破壊力となろう。

桜「ら、ライダー……。 先輩は疲れているんだから」

桜「もう少し寝かせてあげてもいいんじゃない?」

襖の向こうで桜が心配そうに声を掛ける。

マスター「今朝はワシが腕によりをかけて食事を作ったのだ!」

マスター「さあ食え、今すぐ食えぇぇ!」

マスター「桜を任せたからには、一刻たりとも休んでいる暇は無いのだぁっ!」

有無を言わさず士郎の襟首を掴み、

東方不敗はずるずると居間まで引きずって行く。


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259: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:07:17.81 ID:hkw2fN9Zo
三人が居間に入ると、テーブルには数々の四川料理が並べられていた。

『回鍋肉(ホイコーロー)』

『棒棒鶏(バンバンジー)』

『青椒肉絲(チンジャオロース)』

桜や士郎にも馴染みの料理が多いのは、東方不敗なりの配慮であろう。

しかしそのやり過ぎとも言える目の前の光景に、二人は揃って意義を唱えた。

桜「ライダー、朝からちょっと多過ぎない?」

士郎「それにやたらと肉が多いような……」

二人の言う事は尤もである。

しかし東方不敗も考え無しに作りまくった訳ではない。

マスター「桜、お前は術後で体力が低下しているであろう?」

マスター「それに士郎、お前には沢山食って精力を付けて貰わんとな」

精力。

その言葉に桜と士郎は顔を合わせ、二人して赤面して下を向いてしまう。

全く初々しい朝である。
260: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:07:55.90 ID:hkw2fN9Zo
食事を開始しても、士郎の箸は思うように進まなかった。

何しろ隣で東方不敗が睨みを利かせているのである。

こんな状態では落ち着いて食事など出来るはずがない。

しかし少しでも箸の動きが鈍れば途端にその眼光が鋭くなる。

下手をすれば無理にでも口にねじ込まれかねない恐怖に耐えながら、

士郎はようやく全ての料理を平らげたのであった。

士郎「ごちそうさまでした……」

マスター「まだだぁ! まだ終わらんぞぉぉぉ!」

『麻婆豆腐』ゴトッ

士郎「」
261: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:09:01.44 ID:hkw2fN9Zo
今度こそ食事が終わり、今後の予定を話し合う。

士郎「他のマスターと協力しよう」

マスター「成程、悪い話ではないな」

しかし声を掛ける相手が問題である。

現在残っているマスターは『桜』『凛』『臓硯』。

そして昨夜東方不敗の前に現れた『イリヤ』の四人となる。

臓硯は論外。そして凛も桜の処遇について一悶着あった。

マスター「バーサーカーのマスターに声を掛けるつもりか?」

士郎「ああ。俺、マスターのイリヤって娘とは知り合いなんだ」

確かに昨夜、イリヤは士郎に会うためサーヴァントも連れずにやってきた。

士郎の説得なら味方に引き込める可能性は高い。

桜「けど先輩、そのイリヤって人の居場所は分かるんですか?」

士郎「実は前に見せられたんだ。深い森だけど、半日もあれば辿り着けると思う」

士郎はすぐにでも出発するつもりらしい。

そんな士郎を心配してか、桜が護衛を申し出る。

桜「それならせめて、ライダーを連れて行って下さい」

桜「何かあっても必ずライダーが守ってくれますから」

しかし士郎も桜を心配しているのは同じ事。

士郎「いや、ライダーは桜を守ってやってくれ。もし臓硯が来たら桜を連れて逃げる事」

マスター「うむ」

東方不敗も士郎と同じ考えであった。

今の不安定な桜を一人にはしておけない。
262: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:09:40.35 ID:hkw2fN9Zo
士郎「じゃあ行ってくる」

士郎は竹刀袋とザックを背負い、手を振って玄関から走り出した。

桜は士郎の姿が消えるまで玄関先で見送っていたが、

やがて諦めたかのように家の中へと入って行った。

マスター「……どうした桜。顔色が優れんが?」

桜「うん、先輩にはもう戦って欲しくないから……」

桜「でもね、先輩が私の為に何かしてくれるのは嬉しいの」

桜の顔は苦渋に満ちている。

嬉しいと語る口と辛そうな顔は、桜の複雑な心境を表していた。

桜「……嘘。拮抗なんてしないくせに」

マスター「桜、何か言ったか?」

その小さな呟きは東方不敗には聞こえなかった。

そしてその時、桜の胸の中で蟲がうずいたのも東方不敗には知る由も無かった。
263: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:10:22.53 ID:hkw2fN9Zo
士郎が屋敷を出てからどれくらい経っただろうか。

時計を見るとまだ数時間程しか経っていなかったが、

桜にとっては既に一週間もの長い時間に感じられた。

強まってゆく不安についに耐えきれなくなり、桜は再び士郎の護衛を申し出る。

桜「お願いライダー。どうか先輩に付いて行ってあげて」

マスター「……やはり士郎が心配か?」

無意味な質問と知りつつも、東方不敗は二つ返事で答える訳にはいかなかった。

桜「……うん。それにね、どうせ私長くないもの」

桜「今はちゃんとしてるけど、気を抜くとね、自分が何をしてるか分からなくなるの」

桜「手足の感覚も無くなって、時間の感覚もバラバラになって……」

桜は既に死を覚悟している。

そんな状態で尚、自身より士郎を守って欲しいと願っている。

その想いに打たれ、ついに東方不敗は頷いた。

マスター「良かろう。風雲再起、桜を頼むぞ」

その呼びかけに姿の見えない愛馬は声だけで返事をする。
264: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:11:06.01 ID:hkw2fN9Zo
桜「ありがとう。ごめんね、ライダー」

桜「私がダメになったら、すぐに新しい人と契約して」

桜「先輩……はちょっとヤだけど、ライダーならいいかな」


『聖杯戦争 国際条約 第三条』

『マスターかサーヴァントが健在であれば』

『他のマスターやサーヴァントと再度契約し、何度でも聖杯戦争に復帰できる!』


確かにその言う事は尤もではあるが、最後まで桜を見捨てるつもりは無い。

元より、桜がダメにならない状態を作り出す事がサーヴァントとしての役目である。

無理に笑顔をつくる桜の頭に手を乗せ、東方不敗も笑顔を返した。

マスター「心配するな桜。契約が切れてもワシは後十年は戦える」

それだけ言うと、東方不敗はすぐさま衛宮の屋敷を飛び出した。
265: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:12:02.19 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗が森の入口に到着すると、遠くで爆発音が鳴り響いた。

マスター「戦闘か!」

どうやら事態は急を要する。

東方不敗は木の上をまるで獣の如く、その方角目指して一直線に疾走する。

現場に近づくにつれて次第に爆発音が大きくなってゆく。

どうやらその正体は地鳴りのようだ。

地に向かって衝撃が打ちつけられ、それが激しく大地を揺るがしているらしい。

続いて大きくなる風の音。

現場に集まる空気は追い風となり、東方不敗の足を嫌でも速めている。

現場まで数百メートルという位置に差し掛かった頃、

東方不敗の視界には木々の間から舞い上がる無数の木の葉がハッキリと見えてきた。

だが次の瞬間、突如発生した暴風に東方不敗は木から地面に叩きつけられる。

余波に巻き込まれた程度で直撃はしなかったものの、

今のは誰かを狙った攻撃なのは間違いない。

マスター「何だ!?」

すぐにそれが魔力の塊であった事に気が付いた。

二発目を受けないよう、東方不敗は木々の隙間を慎重に進んで行く。
266: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:12:41.09 ID:hkw2fN9Zo
開けた場所へ出た。

結局二度目の攻撃は無く、東方不敗は無駄に時間を費やしてしまった事になる。

マスター「これは……」

広場には生々しい戦闘の跡が残っていた。

地面はクレーターのような穴が無数に開き、

周囲の木々は一方に向かって軒並み薙ぎ倒されている。

恐らく東方不敗の受けた攻撃はこれであろう。

そして一番目を引いたのは、ある一角の草木が黒く変色している事であった。

ただ弱って『枯れた』のではない。

命を根こそぎ奪われ、『死んだ』と言う方が正しいのかもしれない。

東方不敗が黒く変色した草を手に取ると、

それは砂のようにボロボロと跡形も無く崩れ落ちてしまった。
267: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:13:26.20 ID:hkw2fN9Zo
マスター「さて、士郎は何処へ……」

何時までもここに居る訳にはいかない。

東方不敗が周囲を見渡すと、広場の端に光る物が突き刺さっている。

マスター「これは……アサシンの短剣か!」

アサシンは柳洞寺で奥義に呑まれたはず。

しかしどうやら生きていたらしい。

あの時は士郎の保護を優先した為、止めを刺せなかったのは止むを得ない。

短剣が刺さっていた方角には森の入口へと戻る獣道が通っている。

東方不敗は急いでその方向へ引き返した。

獣道を進む途中、短剣が何本も四散しているのが目に付いた。

進む方向は間違っていないようだ。
268: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:14:16.36 ID:hkw2fN9Zo
パァン。

耳をつんざく弾けた音に、東方不敗は思わず足を止めた。

風に乗り、前方から黒い空気が流れてくる。

生温かく、コールタールのようにねっとりと体に纏わりつくような。

それでいて、風を受けた体は急激に体温を奪われていくような不快な空気。

マスター(士郎の身に何かが……!?)

嫌な想像が脳裏をかすめる。

それを振り払うように現場へ急行すると、

そこには気を失った凛と死に体のアーチャー、

さらにイリヤとそれに覆い被さるように倒れる士郎の姿があった。

マスター「士郎!」

東方不敗は倒れた士郎へ駆け寄ると、すぐさまその体の異常に気が付いた。

左腕が無い。

士郎の腕は肩口からスッパリと綺麗に切断されていたのだ。
269: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:14:56.23 ID:hkw2fN9Zo
マスター「何と……」

愕然として目元が引きつる。

既に取り返しのつかない所まで来てしまったという事だ。

そんな東方不敗の後から、弱々しいアーチャーの声が聞こえてきた。

アーチャー「……ライダー、その男は助かる」

マスター「本当か!?」

東方不敗は振り返り、アーチャーの元へと駆け寄った。

アーチャー「私の左腕をアレに移植しろ」

アーチャー「何もしなければ二人とも消えるが、そうすれば確実に一人助かる」

マスター「そんな事ができるのか?」

アーチャー「通常ならば無理だ。だが私とその男は特例だ」

アーチャー「凛が目を覚ませば、うまく処置をしてくれるだろう」
270: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:15:41.89 ID:hkw2fN9Zo
ならば迷っている暇は無い。

東方不敗は宝具を呼び出し、全員をコックピットに乗せて教会へと飛び立った。

天馬ほどの速度は出ないものの、抱えて走るよりは遥かに速い。

凛は途中で目を覚まし、

東方不敗はアーチャーから聞いた言葉を全て伝えておいた。

凛「……分かったわ。コイツの言う事だもの、何か根拠があるのよね」

凛は目を閉じて横たわるアーチャーの手を握る。

アーチャーの左腕を切断する事は、死にゆく体に止めを刺す事と同義である。

凛は覚悟を決めたようだった。
271: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:16:27.43 ID:hkw2fN9Zo
-- interlude --


「━━━━!」


桜は無くなった士郎の腕を見て現実に引き戻された。

様子が分かるようにと、魔術で東方不敗の視界を借りていたのである。

吐き気が込み上げ桜は洗面所に駆け込んだ。

食欲が無く昼を抜いた桜の胃は既に空っぽになっており、

そこから流れ出るのは喉を傷める程の胃液だけであった。

桜「…………う、そ」

桜は先程の光景を思い出す。

スッパリと切断された士郎の肩。あれは夢ではない。

桜「……私、何て事を」

言ってしまったのか。


『あ……何だ。外に出さなければいいんだ』

『うん。歩けなくなるぐらいの怪我をしちゃえば』

『もう危ない目に遭う事は無いですよね、先輩……』


桜は自分が嫌になった。

どうして士郎の不幸を願ってしまったのか。


「でもこれで……もう先輩は戦えない」

洗面所の鏡には口元を歪めて笑う桜の顔が映っていた。



-- interlude out --
272: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:17:10.43 ID:hkw2fN9Zo
太陽は殆ど沈みかけていた。

教会の前にマスターガンダムを着地させ、

東方不敗は四人をコックピットから地面に降ろす。

イリヤも途中で目を覚ましたため、

凛と二人で士郎、アーチャーを運ぶように指示を送った。

以前と同じく、東方不敗はどうしてもこの教会に入る気がしなかったのだ。
273: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:19:13.17 ID:hkw2fN9Zo
数時間後、手術は無事に成功したらしい。

東方不敗は教会の壁に背を付け、中で話す言峰の言葉に耳を傾ける。


●士郎の腕は数日で動かせる位には回復するという事

●ただしアーチャーの力を使えば、士郎の肉体は崩壊を始めるという事

●士郎の腕には、アーチャーの力を抑えるための聖骸布が巻かれているという事


話はそれで終わり。

士郎は凛とイリヤを連れて教会を後にした。

どうやら三人は衛宮の屋敷に行くようだ。

桜が気になるため、東方不敗は一足先に戻る事にした。
274: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:20:31.69 ID:hkw2fN9Zo
桜「お帰りなさい、せn……

東方不敗が玄関を開けると、そこには帰りを待つ桜の姿があった。

マスター「何だ桜、ずっとここで待っていたのか?」

桜「……え、えっと」

その態度を察し、

マスター「桜、士郎ならもう少しで帰って来よう」

マスター「だがお前も身体をいとわんといかんぞ?」

東方不敗はそう伝え、玄関を抜けて居間へと入って行った。
275: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:21:26.34 ID:hkw2fN9Zo
士郎「ただいまー」

程なくして士郎が帰って来る。

凛とイリヤは別行動のようだ。

桜「……あ、お帰りなさい、先輩」

東方不敗は居間で茶をすすりながら、二人のやりとりに耳を傾ける。

士郎はなるべく左腕の事に触れないようにしていたのだが、

桜の無言の圧力に屈したか、とうとう話を切り出した。

それでも大丈夫だと言い張る士郎に対し、ついに桜の堪忍袋の緒が切れる。

桜「いくら私だって、そんな見え透いた嘘に騙されません!」

桜「それとも先輩は、私に話しても無駄だって思ってるんですかっ!?」

その反発に士郎はすんなりと非を認めた。

士郎「……すまない。桜に格好悪いところを見せたく無くて強がってた」

士郎「桜が怒るのも当たり前だ」

そんな士郎の態度に、今度は桜があたふたし始めた。

桜「い、いえ。先輩は格好悪くなんか無いですっ!」

桜「立派でした! わ、私は見てませんけど!」
276: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:23:14.94 ID:hkw2fN9Zo
ちぐはぐな会話はそれ以上続かず、二人は暫く押し黙ってしまう。

そんな中、桜の方から話が切り出された。

既に先程の剣幕は無く、士郎の無事を喜ぶ優しい声で。

桜「先輩はちゃんと帰ってきてくれました。すごく嬉しいです」

桜「私、惚れ直しちゃいました」

桜のストレートな物言いに、士郎は言葉を詰まらせた。

返す言葉が見つからず、とっさに第三者に助けを求める。

士郎「あ……う。えっと、こういう時はどう返せばいいんだろう、遠坂?」

凛「さあ? 私としては、あんまり玄関先でイチャつかないで欲しいんだけど」


マスター「ええいっ! この甲斐性無しめぇぇぇ!!」


桜「」ビクッ
凛「」ビクッ
士郎「」ビクッ
277: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:24:03.00 ID:hkw2fN9Zo
その後、桜は凛の口から思っても無い事を聞かされる。

凛とイリヤは今日からこの屋敷に寝泊まりするらしい。

臓硯を倒す準備を整えるとの事だ。

当然桜は反対したが、士郎に説き伏せられて渋々それを認めたのだった。

東方不敗は折角なのでと、凛とイリヤから森で起こった事を聞いておく。

なんでも臓硯と一緒に『影』が現れたらしい。

その影はバーサーカーを飲み込み、アーチャーを瀕死に追いやった。

また士郎が負傷したのもその影が原因らしい。

そして東方不敗が一番驚いたのは、

その影からセイバーが現れたという事だった。

マスター「そのサーヴァント、確かにセイバーなのだな?」

凛「ええ」

影にセイバーが使役されているという事は、

柳洞寺でセイバーを破ったのはその影なのは間違い無い。

これで過去の疑問が一つ解決した。

アサシンではどう足掻いてもセイバーには勝てないのだから。
278: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:24:38.92 ID:hkw2fN9Zo
凛「……だけど、私が知ってるセイバーとはちょっと違うと思う」

イリヤ「そうね。既に汚染されたアレは、もう別人だと思った方がいいわ」

マスター「汚染?」

イリヤの意味有りげな言葉に東方不敗は聞き返す。

しかしイリヤは目を閉じると、その問いをサラッと受け流してしまう。

イリヤ「あなたが気にする事ではないわ、ライダー」

イリヤ「はっきりと言える事は、あのサーヴァントは敵だという事ね」

イリヤ「臓硯を倒すのなら必ず前に立ち塞がるわ」

イリヤ「あなたはアレに対抗する手段でも考えておきなさい」
279: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:25:18.60 ID:hkw2fN9Zo
翌朝、台所には桜と士郎が立っていた。

東方不敗は今日も朝食を作る気でいたのだが、

『女の子が沢山いる時にお肉ばかりはダメ』とか

『そもそも量が多過ぎる』とか、桜に色々と釘を刺されてしまったのだ。

朝食が出来るまでの間、イリヤは行儀良く居間でお茶をすすり、

凛はこの世の終わりかという顔でフラフラとしている。

アレはどう見ても『朝に弱い』というレベルではない。
280: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:26:01.66 ID:hkw2fN9Zo
準備が整い、朝食は静かに進んでゆく。

東方不敗もちゃっかりと席に陣取り、卵焼きをいくつか突っついている。

そんな中、テレビのニュースから気になる話題が飛び込んできた。


『本日未明、新都の中央公園で四人の遺体が発見されました』

『四人はバラバラの状態で発見されましたが、多くの体は行方不明となっており』

『現在も警察による捜索が続いています』

『専門家の分析では、犯人は猟奇的な殺人者であるという見解が強まっており』

『警察では付近の住民に注意を促すと共に、情報の提供を呼び掛けています』
281: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:26:51.98 ID:hkw2fN9Zo
凛「これ、あの影がやったと見て間違いないわね」

凛「ほら、画面の端っこを見て。雑草が黒く変色してるでしょ?」

凛がテレビを指差す。

東方不敗はそれを見て、アインツベルンの森で見た草木を思い出した。

生命力を根こそぎ奪われ、黒く変色した無残な姿であった。

だが、士郎には納得できない点が一つ。

士郎「なあ遠坂。あの影、今までは街の人から魔力を吸うだけだったろ?」

士郎「だけど何でこんな事を……」

凛「理由があるとしたら、もう敵が居なくなったからじゃないかしら?」

凛「きっと臓硯にとって桜は敵じゃないんでしょうね」

凛「でもこの事件は臓硯にも予期せぬ事故なんだと思う」

凛「いくら何でも、死体を残すなんてミスをするヤツじゃないわ」

つまり臓硯は、影をきちんと制御していないという事になる。

ならば、臓硯と影を分断すれば勝機があるのではなかろうか。
282: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:27:32.07 ID:hkw2fN9Zo
朝食後、士郎と凛は『臓硯対策』と言って道場に入って行った。

何故かは知らないが、桜とイリヤもぞろぞろと付いて行く。

東方不敗は魔術に疎いため顔を出さなかったが、後から聞いた話では

アーチャーの腕を抑える為に士郎の体に刻印を入れたという事だった。
283: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:28:25.07 ID:hkw2fN9Zo
道場での作業が一段落し、今度は昼食を作る事になった。

台所には朝と違い、桜と凛が立っている。

凛を意識してか、桜は普段しないようなミスを連発。

対して凛は、そんな桜にきつい態度で当たってしまう。

凛「ちょっと桜! よりによって塩と砂糖を間違える? 普通」

桜「ご、ごめんなさい……。塩はこっちの瓶です、遠坂先輩……」

凛「桜、そのまま放っておいたら焦げちゃうでしょ!」

桜「すいません遠坂先輩! すぐに止めますからっ!」

そんな二人を見かね、士郎は桜を縁側へと呼び出した。
284: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:29:31.36 ID:hkw2fN9Zo
士郎「桜、遠坂の事『姉さん』って呼んだらどうだ?」

士郎「いつまでも『遠坂先輩』なんて呼び方じゃあ、二人の距離は縮まらないよ」

桜「で、でも……」

士郎「本当はそう呼びたいクセに無理してるだろ?」

士郎「それに遠坂も桜を終始気にかけてるんだ」

士郎「あんな態度なのは、それを桜に知られたくないからだと思う」

士郎「取っ掛かりさえ掴めれば絶対上手くいく。俺が保障するよ」

桜「……そう、でしょうか?」


マスター「ならばその気持ち、後は拳でぶつけるのみ!」

桜「えっ!?」
士郎「はぁ!?」


突然湧いて出た東方不敗に二人はポカンと呆気に取られる。

マスター「武闘家とは」

マスター「己の気持ちを拳を交える事でしか伝えられない不器用な生き物」

マスター「言葉に出来ないのなら、その想いを拳に乗せて放つのだ!」

士郎「何でそんな喧嘩腰なんだよ!」

士郎「そんなんじゃ余計にこじれちゃうだろ!?」

マスター「たわけぇ! やってみんと分からんわぁ!」

士郎「分かるわ!」
285: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:30:15.51 ID:hkw2fN9Zo
凛「ちょっと、何時まで話してるのよ?」

凛「いい加減に戻ってもらわないと困るんだけど」

縁側から響く大声を不審に思い、凛がひょっこり顔を出した。

手には菜箸を握ったままであり、次の料理の段取りを付けていたようだ。

マスター「これぞ飛んで火に入る夏の虫!」

東方不敗は流れる足捌きで凛の後ろに回り込むと、

両腕を脇の下に通してガッチリと羽交い絞める。

凛「えっ!? ちょっと、何すんのよ!」

マスター「問答無用! さあやれぃ! ワシ諸共で構わん! やるのだぁぁぁ!!」

凛は何が起きているのか分からずバタバタするばかり。

士郎は何をやるんだとオロオロするばかり。

どうしてこうなった。

誰かが動けば死闘の合図。

一触即発の空気が流れる中、ついに桜が声を上げた。
286: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:31:00.10 ID:hkw2fN9Zo
桜「止めてライダー! 姉さんを放してっ!!」

凛「!」

桜の口から出た意外な言葉に、凛は抵抗していた力が抜ける。

桜「ライダー、いい加減にしないと私、怒ります!」

桜「姉さんに何かあったら許さないんだからっ!」

桜の剣幕に、流石の東方不敗も腕の力を緩めた。

解放された凛はヨタヨタと一歩前に出ると、

桜はその手を取るように静かに傍へと歩み寄る。

桜「大丈夫ですか? 姉さん」

凛「大丈夫。でも桜、私あなたにそう呼んで貰えるとは思わなかった」

照れ顔で見つめる凛に、桜もようやく自分の言葉に気が付いたようだ。

桜「えっ……ああっ!」

そして桜も赤くなる。

本当にたった一言。

士郎の予想通り、その一言で二人の距離はぐっと縮まったと言えるだろう。
287: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:31:57.17 ID:hkw2fN9Zo
マスター「うむ。作戦は成功のようだな」

士郎「……本当に作戦だったのか?」

マスター「疑うのか士郎? ワシの目を見よ」

だが、どう見ても眼力で封殺する気満々である。

士郎「い、いや分かった。信じるよ……」

マスター「なら良し!」

そうこうしている間に桜と凛は台所へ戻ったようだ。

縁側へ来る前とは打って変わって、

どこかギクシャクしつつも弾んだ会話が居間の奥から聞こえている。

士郎も居間に戻り、東方不敗もそれに続こうと敷居をまたぐ。

だが、それは桜によって制止された。

桜「ライダーはそこで反省してて」

桜「サーヴァントには本来食事は要らないんだから、問題無いはずよね?」

ニッコリと微笑むその笑顔が怖い。

マスター「黒いぞ……桜」
288: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:32:55.77 ID:hkw2fN9Zo
昼食が終わると、凛とイリヤは自分の部屋に戻っていった。

恐らくは例の『臓硯対策』であろう。

桜は少し体調を崩したようだ。凛に言われて大人しく部屋で休む事になった。

士郎は午前中に入れた刻印が馴染むまで、特にやる事が無いらしい。

そこで東方不敗は声を掛けた。

マスター「士郎、少し付き合わんか?」

士郎「いいけど、その荷物は?」

士郎は東方不敗の持つ大きめの手提げ袋に目を移した。

見れば中には苗木がいくも入っている。

マスター「森へ行こうと思ってな」

士郎「森って、アインツベルンの?」

マスター「左様。学校や寺ならすぐに直るが」

マスター「自然が治るにはそれこそ百年単位の時間が必要になる」

マスター「既に破壊されてしまったものは戻らんが」

マスター「少しでも早く森を回復させてやりたいのだ」

士郎「分かった。付き合うよ」

それを聞いて士郎は快く答えを返した。

何より暇を持て余しているのだし、じっとしているのも性に合わない。
289: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:33:30.10 ID:hkw2fN9Zo
かくして二人はアインツベルンの森へ直行した。

男手が居なくなる心配はあるのだが、屋敷には魔術師が二人居る。

結界も有れば臓硯もうかうかと攻めては来ないだろう。

東方不敗は風雲再起を呼び出すと、鋼鉄の天馬に乗って目的地へと移動する。

上空から森を見降ろすと、戦いがあった場所だけがポッカリと穴を開けて

茶色い地面を覗かせていた。
290: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:34:08.52 ID:hkw2fN9Zo
マスター「改めて見れば酷い有様よ……」

地面に降り立ち、東方不敗は辺りを見回した。

地面に開く無数の穴。

黒く変色した草木に薙ぎ倒された大木の数々。

痛々しい破壊の跡は、何もかもがあの時のまま変わっていない。

士郎「……ああ、すごいな」

折れた木から漂うむせ返る匂いに、士郎は思わず鼻を覆った。

士郎「それでライダー、俺は何をすればいい?」

士郎「って言っても、今は右手しか使えないし出来る事は……」

地面に下ろされた苗木に目を移し、

士郎は今更ながらスコップを持って来なかった事に気が付いた。

まさか素手で土を掘る訳にもいかず、少々途方にくれてしまう。
291: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:35:04.27 ID:hkw2fN9Zo
マスター「実はな、お前に一つ技を授けようと思っておる」

士郎「技ぁ?」

予想外の回答に士郎はポカンと立ちつくす。

木を植える事と技を教える事に一体何の繋がりがあると言うのか。

東方不敗は士郎の呆けた顔など気にせず言葉を続けた。

マスター「聞けばその左腕、使えば寿命を縮めるらしいな?」

士郎「縮めるなんて生易しいモノじゃないさ」

士郎「言峰の話じゃ、時限爆弾のスイッチが入るようなモノだって……」

士郎は今朝方、眠っている時に襲われた嵐のような感覚を思い出す。

アーチャーの腕から士郎の体へ、膨大な力や経験が押し寄せてきたのである。

士郎は苦しさから無意識に聖骸布に手を掛け、危うくそれを剥ぎ取ろうとした程だ。

幸いにもイリヤが止めてくれたのだが、

それが無かったら今頃士郎の体は崩壊していたに違いない。
292: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:36:00.94 ID:hkw2fN9Zo
マスター「そこで、だ。士郎には『魔力に依存しない手段』を覚えて貰う」

士郎「魔力に……依存しない?」

マスター「日本人なら『気』の存在は知っておろう?」

その問いに士郎は黙って首を縦に振る。

マスター「流派東方不敗は天然自然の力を取りこみ、それを『気』として練り上げる」

ここで士郎は森に連れて来られた意味を理解した。

道場で教えるよりも、自然豊かな森で教えた方が捗るというものだ。

マスター「これはワシの勘だが、気と魔力は性質が似ておる」

マスター「本来気を練るにも長い修行を必要とするのだが」

マスター「魔術師である士郎なら少しコツを掴めばいけるかもしれん」

マスター「それにお前は魔術師としては半人前」

マスター「染み付いた魔術の『癖』に足を引っ張られる事も無いであろう」
293: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:36:36.11 ID:hkw2fN9Zo
マスター「ますはワシが手本を見せる」

東方不敗は士郎に真っ直ぐ対峙すると、

大きく息を吐きながらゆっくりと目を閉じた。

両足を肩幅に開き、両脇を締めて静かに気を集中させる。

その様子を見るうちに、士郎は東方不敗の体から

何か温かな波動が出るのを感じていた。

今は昼なのでよく見えないが、

もしかすると夜なら太陽のように光り輝いているのかもしれない。
294: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:37:30.61 ID:hkw2fN9Zo
マスター「……こんなものか」

暫く気を練った後、東方不敗はふっと静かに目を開けた。

マスター「士郎、何か感じた事はあったか?」

士郎「ああ、ライダーの体から暖っかいモノが出てた」

士郎は素直な感想を述べる。

マスター「ふむ、あまり強い気ではなかったのだがな」

マスター「それが感じられるなら上出来よ」

士郎の答えに東方不敗間満足そうだ。

そして次の段階へ。

マスター「今から押さえる所が力を取りこむ為の『門』となる。覚えておくがいい」

説明しながら東方不敗は

士郎の『頭頂』『喉』『胸』『へそ』『下丹田』に順番に手を触れてゆく。

マスター「最初は下丹田を意識してみよ」

マスター「慣れれば徐々に門を増やしていけば良い」
295: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:38:24.20 ID:hkw2fN9Zo
マスター「では始め」

その言葉に士郎は目を閉じた。

両足を肩幅に開き、両脇を締めて静かに意識を集中させる。

目を閉じて真っ暗な士郎の中に、東方不敗の言葉が響いてきた。


『目を閉じても意識は外に向けよ』

『自然を感じるのだ。自然と一体になるのだ』

『全身から呼吸し、丹田に空気を溜める感覚を持て』


しかし良く分からない。

グッと下腹に力を入れながらモヤモヤした感覚を拾い集めようとするが、

士郎の体は依然として何も変化が起こっていない。
296: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:39:27.98 ID:hkw2fN9Zo
四苦八苦する士郎に対し、東方不敗は魔術師寄りの助言を送ってみる。


『魔術の回路が体の外に伸びている感覚を持て』

『それが腹に繋がっているのだ』

『ただし、魔術を行使してはいかん』


するとどうだろう。

真っ暗だった士郎の視界は、今や明るく緑豊かな森に包まれていた。

風が見える。

それは踊る様に、軽い足取りで木々の隙間を駆け抜けていた。

声が聞こえる。

草花のせせらぐ小さな声は、歌にも似た心地良いリズムを奏でていた。

熱を感じる。

太陽と大地から伝わる熱は力強く、今にも血液が沸騰しそうだ。

士郎「あ……」

その錯覚に思わず目を開く。

士郎の前には、目を閉じていた時と全く同じ光景が広がっていた。

マスター「ほう、掴んだか。お前は見込みがある」

マスター「ならば暫く一人で続けておれ。ワシはワシでやる事があるのでな」

東方不敗は士郎に背を向け、地面に置いた苗を手に取った。

士郎はその言いつけ通り、再び目を閉じ気を練り直す。
297: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:40:17.20 ID:hkw2fN9Zo
目を閉じた士郎の前には、相変わらずアインツベルンの森が広がっている。

気を練り続ける士郎であったが、そのうち森が少しずつ変化しているのに気が付いた。

黒く変色した草木は切り取られ、穴の空いた大地には苗木が植えられた。

変色した部分が少ない場合は、部位を切り取り接ぎ木の処置が行われている。

しかしその間、作業をしているはずの東方不敗の姿は

一度たりとも士郎の目には映らなかった。

そもそも目を閉じてるのだから映るはずは無いのだが、

不思議に思った士郎はそっと目を開け、辺りの様子を確認した。
298: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:41:23.02 ID:hkw2fN9Zo
士郎「…………?」

やはり姿は見えない。

しかし森には確かに手が入れられており、東方不敗がここに居る事を示している。

と、そこに何かが落ちる音が。木の枝が枯れ草の上に落ちたような軽い音である。

音がした方へ良く良く目を凝らすと、薄っすらと東方不敗の姿が見て取れた。

丁度折れた大木に手を掛け、切断面を整えようとしている所だ。

しかし何故だろうか。その存在は何処かおぼろげであり、

ふっと風が吹けばたちまち消えてしまいそうな。

それを眺めていると、作業を続けたままの東方不敗から鋭い叱責が飛んできた。

マスター「士郎、サボるでない! ワシには全て見えておるぞ!」

士郎「す、すまない! ……けどライダー、俺ちょっと気になる事があるんだ」

マスター「ん?」

そこで東方不敗は作業を止めると、士郎の方へ向き直った。

士郎「さっきから目を閉じると森が見えるんだけど」

士郎「ライダーの姿だけは映らないんだ。何でだろう?」

その問いに東方不敗はああと呟く。

マスター「お前の邪魔にならんよう、気配を断っておったのだ」

マスター「それが却って気になったのなら、すまんかったな」
299: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:42:13.26 ID:hkw2fN9Zo
ストーカー『説明しましょう!』

ストーカー『東方不敗が使っていたのは「透過」スキルです』

ストーカー『明鏡止水の心得であり、精神面への干渉を無効化する精神防御となります』

ストーカー『そして二次的な特性として』

ストーカー『武芸者の無想の域としての「気配遮断」能力と成り得るのです』


ストーカー『因みにこのスキルは、キャスターの召喚したアサシンも取得していました』

ストーカー『彼は暗殺者ではないので「気配遮断」スキルを使えませんが』

ストーカー『その代用としてこの「透過」スキルを使っていたのです』

ストーカー『蛇足ですが、かのゲルマン忍者もこのスキルを取得しています』



士郎「まあ、理由が分かれば気にならないよ。そのまま続けてくれ」

マスター「では、そうさせて貰おう」

東方不敗は再び作業に戻った。

士郎も目を閉じ、気を練る修行を続行する。



ストーカー『いやはや、士郎のスルースキルも大したものです』

士郎(関わっちゃダメだ……。アレは関わっちゃダメな人だ……)
300: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:43:05.74 ID:hkw2fN9Zo
マスター「士郎、調子はどうだ?」

作業が終わり、東方不敗が声を掛ける。

その声に士郎はゆっくりと目を開き、大きく息を吐き出した。

士郎「……ああ、最初より大分スムーズになった」

士郎「でもライダーほどの量は練れないし、魔力に比べると心許ないかな」

マスター「ならば、気と魔力を混ぜてみてはどうだ?」

マスター「前にも言ったが、その二つは特性が似ておるのでな」

その提案に士郎は頷き、体内の魔術回路を開きながら下丹田に力を込める。

次の瞬間、士郎の腹が熱く燃え上がった。

士郎「うわっ!?」

突然の出来事に思わず声を上げる。
301: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:43:57.21 ID:hkw2fN9Zo
マスター「どうした!?」

士郎「いや、突然体が熱くなったんだ」

その答えに東方不敗は暫く考え込んだ後、一つの仮定を打ち出した。

マスター「……もしかすると、ガソリンと空気の空燃比のようなものかもしれんな」

マスター「士郎、気と魔力が一番反応する比率を探してみよ」

『空燃比』。その言葉は士郎にも聞き覚えがあった。

自動車がエンジンを動かすにはガソリンを燃やす必要がある。

しかし物が燃えるには酸素が必要。

そこで空気を混ぜる訳だが、それには最適な比率があるらしい。

ただしこれは機械の修理を頼まれるうちに聞きかじったものであり、

正確な事は士郎にも良く分かっていない。

士郎「ライダー、そんな事良く知ってるな」

マスター「なに、ワシの生きた時代は今とさほど変わらんのだ」

マスター「違いがあるとすればそれは……」

東方不敗は何かを思い出すように天を仰ぐと、

やがて溜息のように言葉を吐き出した。

マスター「これ程自然豊かな場所は殆ど無くなってしまった……という事か」
302: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:44:46.85 ID:hkw2fN9Zo
マスター「海は汚れ、空気は淀み、枯れた大地は荒野と化した」

マスター「瓦礫の山は住みかさえも覆い尽くし」

マスター「人はそれに耐えきれず宇宙へと移って行ったのだ」

士郎「宇宙ぅ!?」

あまりのスケールの大きさに、士郎は素っ頓狂な声を上げた。

士郎の知り得る限りでは、宇宙にはせいぜい人工衛星を飛ばしたり

近くの星にロケットを飛ばす程度の事しか出来ないはずである。

それを宇宙に移民とあっては、壮大過ぎてイメージが掴めなかった。

士郎「ソレ、今と全然違うぞ!? ライダーって遠い未来の英霊なんじゃ!?」

マスター「いや、案外すぐにそういう時代が来るかもしれん」

マスター「例えば『十八メートルの巨人が動く』というのはどうだ?」

士郎「……やけに具体的だな。ソレが宇宙で動く? 無理だろそんなの」

マスター「諦めるのは早いぞ士郎。未来とは未知の可能性なのだ」
303: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:45:30.78 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗の話しの途中、赤い太陽が森を照らしはじめた。

そろそろ日が落ちようとしている。

マスター「……さて、無駄話が過ぎたな。もう少ししたら切り上げるとしよう」

その後一時間ほど、士郎は気と魔力の練り合わせに注力する。

その間、東方不敗は見守るように士郎の傍に立っていた。
304: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:46:27.96 ID:hkw2fN9Zo
帰りも鋼鉄の天馬に乗り込むと、その中で東方不敗は士郎に終始助言を送った。

マスター「乱暴な事を言うとだな」

マスター「単に気や魔力の塊をぶつけるだけでも相当な威力を持つであろう」

マスター「それを技として昇華させれば威力はさらに上がる」

マスター「寺で見せたが、流派東方不敗には『石破天驚拳』と呼ばれる奥義がある」

マスター「お前にそれを伝授する暇が無いのが無念でならんわ」

東方不敗は心底残念そうに肩を落とす。

自身には無い特性、すなわち気と魔力の両方を併せ持つ士郎には、

東方不敗以上の高みに登れる未知の可能性がある。

それを見たいと言う願いが叶わないのは、

聖杯戦争の期間を考えると仕方が無いのかもしれない。
305: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:47:20.77 ID:hkw2fN9Zo
時刻は夜十時。

士郎と凛は巡回のため玄関へと集合した。

士郎が街へ出ると聞き、桜は慌てて二人の元へと駆け付けた。

桜「先輩……その体でまだ戦うって言うんですか」

桜「そんな目にあったのに。これ以上は先輩の手に余るっていうのに」

桜「どうしてそんな馬鹿な事を言うんですか」

桜は震える声で訴える。

体も震えているのか、それ静めるように胸に強く手を押し当てている。

しかし、士郎の決心は変わらない。

士郎「俺は桜を勝たせる為に戦う」

士郎「臓硯やあの影を放っておけないってのもあるけど」

士郎「それ以上に俺は聖杯が欲しいんだ」

士郎「聖杯の力なら、桜の刻印虫を取り除けるかもしれない」

桜「……それは私のため、なんですか?」

士郎「ああ、そして約束する。必ず帰ってくる。だから安心してくれ、桜」
306: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:48:12.01 ID:hkw2fN9Zo
凛「はいはい、そこまで。今更どうこう言っても仕方が無いでしょ?」

ここで凛が割って入る。

凛「桜とイリヤは留守番。私と士郎は街を巡回」

凛「臓硯を見つけても安易には仕掛けないで、確実な時だけ戦うの」

凛「……それにね、桜は臓硯以外の最後のマスターなんだから」

凛「遅かれ早かれ向こうから仕掛けてくるに決まってるわ」

凛「戦わないなんて選択肢は無いんだから、貴方も覚悟を決めなさい」

姉の一喝を受け、桜も了承せざるを得なかった。
307: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:49:32.37 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗は玄関に残された桜を部屋に送ると、屋根に登って辺りを見回す。

深山町はいつものように静まり返っているが、

今夜は新都の空まで暗く不気味に静まり返っていた。

近代的な発展を続ける新都には、およそ似つかわしく無い光景である。

今夜もあそこに影が出たのだろうか。

士郎と凛は午前零時過ぎに戻って来た。

その後二人は早々に自室に戻ってしまったようだ。

そして午前一時頃、桜は目を覚ますと士郎の部屋に向かって行った。

今夜も士郎に魔力を分けて貰うのだろう。

ならば東方不敗の取るべき道は一つ。




翌朝。


マスター「起きんかぁぁぁぁぁぁぁぁ! 士郎ぉぉぉぉ!!」


東方不敗は士郎の部屋に勢い良く乗り込むと、一喝と共に布団を外へ放り出す。

(以下同文)
308: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:50:30.25 ID:hkw2fN9Zo
士郎「……ごちそうさま」

士郎はパンパンの腹を擦りながら、麻婆のレンゲを皿に置いた。

凛とイリヤも半ば呆れながら、どうにか料理を平らげる。

桜は食欲があまり無いようだったが、

「少しは食べないと体力が落ちる」と士郎に促され、ある程度の料理は口にした。

ただ少し気になったのは、桜は一口食べると首をかしげ、

また一口食べると首をかしげていた事だった。

まるで料理の味に納得がゆかないといったように。

マスター「どうした桜、塩が足らんのか?」

桜「えっ!? えっと……」

凛「味より量よ。作り過ぎにも程があるわ。……まあ、美味しいのは認めてあげる」

イリヤ「アナタは加減というモノを知らないの?」

士郎「不味くは無いぞ。むしろ美味い。だから安心してくれ、ライダー」

桜「そ、そうですねっ! 美味しいですよね、先輩」
309: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:51:50.71 ID:hkw2fN9Zo
食事が終わり落ち着いた頃、

テレビのニュースから更なる昏睡事件が報じられた。


『昨夜未明、新都の住宅街一帯で住人が意識不明となる事件が発生しました』

『重体者八十六名、軽度の目眩、吐き気を訴える者は二十八名に上り』

『また行方不明者十四名の捜索は、現在も警察の手によって行われています』

『被害者の住宅は直径五十メートル程の範囲に密集しており、専門家によると』

『最近多発する一連の中毒事件との関連性があるとの見方が強まっています』


凛「今までと段違いの被害者が出たわね」

凛「この分でいけば、数日後には一区画丸ごと呑み込まれないわ」

凛は険しい顔で士郎に現実を突き付ける。

凛「臓硯かあの影かは判らないけど」

凛「私達に手が無いと思ってやりたい放題始めたみたい」

凛「なら、私達が何をするべきか……判ってるでしょ?」

凛は席を立つと道場へと移動した。

士郎とイリヤも黙って後に付いてゆく。

桜は、士郎と凛に言われて部屋で休む事になった。
310: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:52:35.74 ID:hkw2fN9Zo
桜を部屋まで送った後、東方不敗は道場へと訪れた。

昨日の修行で知った気と魔力の相性の良さから、

少しばかり魔術に興味を持ったようだ。

凛の説明では、『宝石剣』とやらを投影するために

アーチャーの腕から知識や経験を引き出すとの事。

イリヤに士郎の精神を保護して貰い、聖骸布をほんの少しだけ緩める。

そうする事で士郎の投影技術を上げようという計画だ。

士郎は「アーチャーの腕を使うと時限爆弾のスイッチが入る」と言っていたが、

布を少し緩めるだけならそこまでの影響は無いらしい。

ただ、その度に浮かぶ苦悶の表情は、決して楽観視できるものではない。

少なからず士郎の体に影響が出ると思われるのだが、

魔術師でない東方不敗には口を挟む事ができなかった。
311: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:53:33.45 ID:hkw2fN9Zo
知識の引き出しは昼過ぎに一旦打ち切られた。

居間に戻ると、部屋で休んでいるはずの桜が皆の帰りを待っている。

士郎「桜、休んで無くて平気なのか!?」

桜はその問いには答えず、代わりに自分の用件を切り出した。

桜「先輩、実は冷蔵庫に食材が殆ど無いんです」

士郎はハッとして凛とイリヤに目を向けた。

凛「……何よ。私が食べ過ぎだっていうの?」

凛「元はと言えばライダーが悪いんでしょ!」

二人分の食い扶持が増えた事で食材の減りは早くなっていた。

決して今朝の食事だけが原因ではない。

士郎「分かった、すぐに買って来るよ」

イリヤ「あーっ、じゃあ私も行くー!」

士郎「ありがとうイリヤ」

士郎「買い溜めしようと思ってたから、人が増えるのは素直に助かる」

そうして二人は財布を持って、商店街へと繰り出した。
312: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:54:20.87 ID:hkw2fN9Zo
凛「ちょっと桜。私は休んでろって言ったわよね?」

居間で士郎とイリヤの帰りを待つばかりの二人であったが、

その沈黙は長くは続かなかった。

桜「……大丈夫、とは言えないけど、お昼ご飯くらいは作れます」

凛「はぁ!? 起きただけじゃなくて料理までする気!?」

凛「呆れた。アンタ自分の体がどうなってるのか分かってるの!?」

凛の剣幕を見かねた東方不敗は、桜に助け船を出す事にした。

マスター「ならば凛。お前が桜の料理を手伝ってやれば良かろう」

マスター「桜は料理ができ、凛も桜を監視できる。適度な着地点だと思うが?」
313: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:55:16.30 ID:hkw2fN9Zo
しかしその提案は、あろう事か桜の方から否定された。

桜「いえ、姉さんの手は借りません」

そのハッキリとした物言いに、凛が逆に驚いている。

凛「え……ちょっと、桜?」

バツが悪いと思ったのか、桜は言葉の後に付け加えた。

桜「だ、だって姉さんは先輩を鍛えてくれてるでしょ?」

桜「私だって役立たずじゃいられません」

桜「……それに。これは今まで私が受け持ってきた役割だから」

桜「これだけはずっと私が受け持っていたいんです」

今まで当たり前に出来ていた事が出来なくなるのは、不安以外の何物でもないだろう。

無理にでも料理を作りたがる理由は分かる。

しかし東方不敗には、凛の手を借りないという桜の拒絶は

それだけの理由からくるものだとは思えなかった。

やはり二人の溝は完全には埋まっていないのだろうか。

東方不敗は顎に手を当て首をかしげた。
314: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:56:11.52 ID:hkw2fN9Zo
士郎「ただいま。早速準備するよ」

士郎とイリヤが帰ってきた。

士郎の手には、木になる果実のように沢山の買い物袋が下がっている。

対してイリヤは一つだけ。

不公平な気もするが、それが士郎らしいと言えば士郎らしい。

桜「先輩、昼食は私が作ります」

士郎「ええ!? 桜、熱あるんだろ? 顔ちょっと赤いぞ?」

桜「大丈夫です、平気ですからっ!」

士郎「ダメだ! ……遠坂も何とか言ってくれ!」

凛「……言ったわよ。でもこの子、全然譲る気無いみたい」

暫くの押し問答の末、

士郎は「熱が下がれば料理を任せる」という条件で桜をどうにか納得させた。

朝の食事が多過ぎた事と夜は桜に期待するという事で、

昼はささやかな軽食で済まされた。

食事が終わると、桜は誰に言われるでもなく部屋に戻る。

この分では夕食は絶対にやる気らしい。
315: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:56:57.57 ID:hkw2fN9Zo
士郎たちは午後も午前と同じ事を続けている。

夕食時に差し掛かり居間に戻ると、台所には既に準備を始める桜の姿があった。

しかしその姿は、いつもに増して様子がおかしい。

皿を落とす事七回。箸を落とす事五回。

流石に包丁だけは落とさなかったようだが、

士郎は桜が包丁を握る度にハラハラと様子を注視していた。

そして挙句の果てにはコンロに鍋を置いたまま、

火をつけ忘れて放置していたという始末。

結局、一通りの料理が完成するまでに普段の倍は時間を要した。
316: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:58:26.91 ID:hkw2fN9Zo
桜「はい、長らくお待たせしましたー!」

桜の明るい声が食卓に響く。

凛「おおー!」
士郎「おおー!」
イリヤ「おおー!」

テーブルには色取り取りの料理が並べられ、

さらにはイリヤ用にとハンバーグまで作られた。

正に桜の会心作だと言っていいだろう。

凛「いただきます」
士郎「いただきまーす」
イリヤ「いっただっきまーっす!」

三人は盛りつけられた料理に箸を伸ばす。

士郎はエビの包み蒸し。イリヤはハンバーグ。凛はアサリの炊き込みご飯。

一斉に口に放り込んだ途端、同時に三人の動きが止まってしまった。

東方不敗は食事に参加していないが、三人の顔から察するに

見た目と味が一致していないのは容易に推測が出来る。

よほど作りなれた料理なら別だが、普通は味見をしながら作るものである。

果たして桜は何も思わなかったのだろうか?

ともあれ、完成品が目の前にあるのだから

それを食せば嫌でも結果が分かるはず。

東方不敗は桜の方に目をやると、

なんと未だに一口も料理に手が付けられていない。
317: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 18:59:31.61 ID:hkw2fN9Zo
いや、食べる食べない以前の問題である。

桜は箸を落としては拾い上げ、また落としては拾い上げを繰り返している。

一度おかずを口に運ぶ事が出来ても、

もう一度口に運ぶ時には同じ失敗を繰り返す。

まるで箸の持ち方を忘れてしまったかのように。

桜は箸を使うのに必死で周りが見えてない。

かく言う周りの三人も、固い表情のまま気が付かないフリをしている。

東方不敗もあまりの痛々しさに掛ける言葉を失ってしまった。
318: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:00:23.29 ID:hkw2fN9Zo
夕食を済ませ、桜は自室に戻って行った。

後片付けもやろうとしたのだが、流石の士郎も認める訳にはいかなかった。

食い下がる桜に対し、ついに士郎は夕食の事を打ち明けた。

それが決め手となったようだ。
319: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:01:30.01 ID:hkw2fN9Zo
夜十時。またも巡回の時間がやってきた。

士郎と凛はいつものように夜の街へ。

イリヤは居間で二人の帰りを待つつもりらしい。

丁度良い機会なので、東方不敗はイリヤに話を聞く事にした。

マスター「イリヤ、桜の容態なのだが……。単なる魔力不足とは違うのか?」

マスター「さっきの食事は見ておれんかった」

その問いにイリヤは横目で東方不敗を眺めていたが、

やがて目を閉じ淡々と語り出す。

イリヤ「いいわ。貴方は桜のサーヴァントなんだから話してあげる」

イリヤ「桜はね、聖杯戦争が進むほど壊れていくように作られているの」

マスター「……どういう事だ?」

イリヤ「分からなければいいわ。でも一つだけ言えるのは」

イリヤ「このまま聖杯戦争が進めばサクラは死ぬ。絶対に、助からない」

その宣告に、東方不敗はそれ以上追求する気も失われた。
320: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:02:15.42 ID:hkw2fN9Zo
士郎と凛はいつもより早めに帰ってきた。

その表情は暗く沈み、自分たちの無力さを噛みしめているように見受けられた。

恐らくは今夜も例の事件が起こったのだ。

そしてその表情から察するに、

もはや手の着けようがない程被害が拡大しているという事だ。
321: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:03:02.05 ID:hkw2fN9Zo
今夜、桜は再び士郎の部屋へ。

しかし魔力は安定しているはず。東方不敗は不思議に思った。

その後桜は自分の部屋に戻って来なかったため、

恐らく今頃は二人一緒に眠っているのだろう。

野暮な詮索は止めにして、今夜は東方不敗も身体を休める事にした。
322: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:06:55.90 ID:hkw2fN9Zo
凛「士郎! 桜が外で倒れているから運んで来て! 私は手当の準備をするから!」

早朝、切羽詰まった凛の声が響き渡る。

士郎はその声に跳ね起きると、隣に居るはずの桜が居ない事に気が付いた。

東方不敗も、てっきり桜は士郎の部屋に居るものと思っていた。

何故一人で外に出歩いたのか?

考えるのは後にして、二人は急いで現場へ駆け付けた。

士郎「桜!」

士郎は桜を抱き起こし、首筋に指を当てて脈を取る。

トクトクと波打つ感覚に、士郎はホウと息を吐いた。

桜が死んでは流石にサーヴァントにも分かると言うもの。

東方不敗は落ち付いている。

しかしその目は、桜に体に起こった重大な異変を見逃さなかった。

殆ど目立たないが、全身にあるのは間違い無く刺し傷。

しかもこの数では普通助からない。

これは士郎に知らせるべきや否や。
323: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:07:59.89 ID:hkw2fN9Zo
士郎は桜を抱えて部屋に運んだのだが、

凛は着替えさせると言って男二人を閉め出した。

これ以上は出来る事も無く、

士郎は自室へ、東方不敗は手持ち無沙汰に庭に佇んでいた。

と、何処からとなく愛馬の小さな声する。

その方向に歩み寄ると、霊体となっていた風雲再起が姿を現した。

だがそこに現れたのは普段の白く雄々しい姿ではなく、

血で赤く汚れ、ひどく弱りきった痛々しい姿であった。

東方不敗は変わり果てたその様子に目を見張った。

注目すべきは、風雲再起の体にも桜と同じ刺し傷が点在している事である。

護衛を命じていた事もあり、風雲再起も桜が傷ついた現場に居たという事だ。
324: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:09:18.00 ID:hkw2fN9Zo
マスター「何があった、風雲再起?」

その問いに、風雲再起は自らの操る鋼鉄の天馬を召喚する。

だがその天馬の姿も風雲再起と同じく酷い有様となっていた。

装甲には無数の穴が開き、

剥き出しになった電子部品から配線がブラブラと垂れ下がっている。

後ろ脚に至っては両方が吹き飛び、

付け根のフレームも大きくひしゃげてしまっている。

巨大な宝具をここまで破壊できる相手とは一体何者か。

風雲再起はそこに全てが映っていると言いたいのだ。

マスター「分かった。後はワシに任せておけ」

マスター「お前は霊体に戻って回復に努めるのだ」

東方不敗の命令に、風雲再起は煙のように姿を消した。

消滅まではしていないものの、当分の間は実体に戻る事は不可能であろう。
325: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:10:00.87 ID:hkw2fN9Zo
鋼鉄の天馬はコックピットの中もボロボロであった。

幸いにもモニタは映っており、動かす事は出来ないまでも

完全に死んでいるという訳では無いらしい。

東方不敗は鋼鉄の天馬に記録された映像を高速で送っていった。

暫く進めると、新都をフラフラと歩く桜の後ろ姿が映り始めた。

何故、という理由は置いておき、そこから通常の再生速度に戻す事にする。
326: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:11:13.18 ID:hkw2fN9Zo
男『暇そうだね、彼女。どう、一緒に遊ぶ?』

いかにも「夜遊びしてます」という風の男が桜に声を掛けている。

しかし桜は何も言わない。いや、反応すらしていないというの正しいか。

男『気分が悪いのかいお嬢さん? それなら……そうだ。そこで少し休んで行こうか』

相変わらず桜に反応は無い。

その態度に業を煮やし、男の口調が荒んでゆく。

男『何だよ、何黙ってんだよアンタ!』

男は桜の肩に手を掛け、ぐいと自分の方へ寄せようとした。

だが次の瞬間ソレは起こった。

桜の足元から「黒い何か」が飛び出したのだ。

「黒い何か」は男に覆い被さるように広がると、

グチャリという音と共にその全てを呑み込んでしまった。

そして最後はゆっくりと桜の足元へ戻ってゆく。
327: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:11:58.49 ID:hkw2fN9Zo
マスター「何が起こった!?」

思わず動画を停止させ、東方不敗もまた暫く固まったまま動けなかった。

少し巻き戻して良く目を凝らすと、「黒い何か」は人影のような形をしている。

もしやあの影は士郎や凛が言っていた影と同じものではないだろうか?

いや、結論を出すのはまだ早い。

再び録画を再生させ、画面の隅々に注意を向ける。

そこへ金色の男が現れた。

黄金の鎧に身を包み、得物を見定める赤い目がじっと桜に向けられている。

金色の男『今夜も精が出るな』

サーヴァントか。

しかし現界しているサーヴァントは東方不敗とアサシンの二人のはず。

マスター(あれは誰だ?)
328: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:12:33.16 ID:hkw2fN9Zo
桜は逃げた。

怯えた様子で。一心不乱に。

しかしとうとう路地裏に追い詰められてしまう。

金色の男『聖杯の出来そこないを期待していたが、まさかアレに届く程完成するとはな』

金色の男『惜しいと言えば惜しいのだが』

男は路地の曲がり角からゆっくりと桜に近づいて来る。

男が手を振り上げると、その背後から無数の武器が姿を現した。

そして手を振り降ろす。

まるで大砲を連射したような轟音と共に、桜目掛けて大量の武器が放たれた。
329: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:13:40.80 ID:hkw2fN9Zo
だが次の瞬間、桜の体は鋼鉄の天馬に包まれた。

天馬は空高く舞い上がり、金色の男はぐんぐんと小さくなってゆく。

風雲再起が桜を連れて逃げたのだ。

目標を失った無数の武器は、桜の背後にあった建物を次々と破壊してゆく。

金色の男『王から逃れられると思ったか?』

男は再び手を振り降ろす。

空目掛けて放たれた武器は、先程の倍はあろうかという数で鋼鉄の天馬に迫っていた。

爆音と共に天馬の後ろ脚は破壊され、バランスを失い地面に落下する。

そこに追い討ちをかけるように無数の武器が放たれたかと思うと、

録画の映像はここで途切れてしまった。

砂嵐の画面に男の声だけが響き渡る。

金色の男『選別は我の手で行う』

金色の男『死にゆく前に、適合し過ぎた己が身を呪うがいい』
330: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:14:19.19 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗は長い間、砂嵐の画面を眺め続けていた。

考える事が多過ぎる。

━━ 桜の足元から出た影は何だ?

━━ あの金色のサーヴァントは誰だ?

━━ 桜を『聖杯の出来そこない』と呼んでいたのは何故だ?

いくら考えたところで、東方不敗の知識からでは答えを導き出す事は不可能であった。
331: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:15:15.88 ID:hkw2fN9Zo
-- interlude --


東方不敗が鋼鉄の天馬に乗り込んだ頃、

衛宮の屋敷に不可視の侵入者が現れた。

侵入者は屋敷の結界をすり抜け、士郎の自室へと潜り込む。


「━━ エミヤシロウ、だな」


その声に横になっていた士郎は跳ね起きた。

しかし辺りを見回せど、声の出所は全く分からない。

背筋に悪寒が走る。

こんな芸当ができるのは『気配遮断』能力を持つアサシン以外に有り得ないはずだ。

アサシン「警戒は無用だ。オマエを殺しに来たワケではない」

士郎「……殺しに来たんじゃない? なら世間話でもあるって言うのか?」

士郎は話しに乗るフリをしながら外までの距離を測る。

三秒もあれば中庭まで出られそうだが、

それだけの時間があればアサシンは士郎を四回は殺せる。

やはりこのまま話に乗るしか助かる方法は無いらしい。
332: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:16:04.67 ID:hkw2fN9Zo
アサシン「私ではない。オマエと会合を望んでいるのは魔術師殿だ」

士郎「魔術師……。臓硯の事か?」

アサシン「そうだ。間桐の屋敷でオマエを待っている」

アサシン「一人で赴くならば魔術師殿も歓迎するだろう」

その会合は罠に決まっている。

しかし士郎には臓硯と話をするチャンスはもう二度と無いだろう。

士郎「……分かった」

それだけ答えると、アサシンは一切の気配を立てずに消え去った。
333: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:17:21.25 ID:hkw2fN9Zo
士郎は衛宮の屋敷をこっそり抜け出し、臓硯の待つ間桐の屋敷へ足を速めた。

そこで士郎は桜の秘密を知る事となる。


●桜には聖杯の欠片が埋め込まれ、今は聖杯として機能している事

●アインツベルンの聖杯もまた人間である事

●あの影は聖杯の中身であり、桜自信でもあるという事

●よって臓硯を倒しても影は消えない事

●影を消滅させる方法は二通り

 ○聖杯戦争の期限切れを待つ。ただしその間多くの人間が犠牲になる

 ○桜を消す。多くの犠牲者を出さない為にはこの方法しかない


士郎はフラフラと間桐の屋敷を後にした。

脚はガクガクと震えを上げ、今にも崩れ落ちそうだ。

臓硯は言った。「万人の為に悪を討て」と。

━━ 十年前の再来を見過ごすのか?

━━ 今まで自分を支えてきた信念を否定するのか?

決断を下したところを想像し、胃の中のモノが喉元までせり上がる。

━━ それとも


-- interlude out --
334: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:18:21.07 ID:hkw2fN9Zo
イリヤ「あれ? シロウ、今玄関側の廊下から来なかった?」

士郎が屋敷に戻ると、居間にはお茶を飲んで一休みするイリヤの姿があった。

士郎「ああ、ちょっと外に出てた。留守の間、何かあったのか?」

イリヤ「何も…………。シロウ、外で何かあったの!?」

イリヤは士郎の変わり様に息を呑んだ。

顔の筋肉は蝋人形のように強張り、その瞳からは生気が全く感じられない。

足元はフラフラとおぼつかず、その姿はまるで病人のようであった。

士郎「……いや。別に、何も」

イリヤ「何も無くないわ! 何をしてきたか知らないけど」

イリヤ「そんな虚ろな目で私と話なんかしないで!」

その叱責に士郎は自分を取り戻す。

士郎「すまん。悩んでも仕方が無いってのに、つい考え込んじまった」

そう言ってぶるぶると頭を振り、沈んだ心に渇を入れ直した。
335: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:19:06.10 ID:hkw2fN9Zo
イリヤ「うん、合格。少しは元気出たみたいね」

イリヤ「さて、それじゃ聞きたい事は何? 私でいいなら力になってあげるよ、シロウ」

士郎「ああ。じゃあ訊いていいかな、イリヤ」

イリヤ「いいよ、何でも教えてあげる。シロウが教えて欲しいのはどんな事?」

士郎「……聖杯。アインツベルンの聖杯について教えてくれ」

その問いに一瞬、イリヤは士郎から目を逸らした。

イリヤ「……そっか、知られちゃったか」

イリヤ「うん。私は聖杯だよ」

イリヤ「初めから人間じゃない、そういう風に作られたホムンクルス」


マスター「その話、ワシも聞かせて貰おうか」


襖を開けて東方不敗が現れる。

つい先ほど、昨夜起こった事に目を通し終えたばかりだった。
336: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:20:09.55 ID:hkw2fN9Zo
聖杯について、イリヤの話は臓硯の話とそう大きくは違わなかった。

桜の容態については、英霊の魂を回収する度に人の機能を切り捨てた結果だという。

聖杯の話が終わった後、東方不敗は次なる疑問を口にした。

マスター「桜が聖杯だという事は分かった」

マスター「しかしイリヤ、聖杯は人々の願いを叶える『願望機』であろう?」

マスター「あの影は夜な夜な人を殺しておるが、それが人々の願望な訳があるまい」

マスター「ワシが想像する聖杯とは違う気がするのだが?」

影の話が始まった瞬間、士郎は顔を強張らせた。

それを二人に悟らせないよう顔を伏せたものの、

東方不敗はその僅かな変化を見逃さなかった。

しかしそれには構わず、イリヤが口を開くのをじっと静かに待ち続ける。

イリヤ「あれは……」

イリヤ「そう、アインツベルンがもたらした『呼んではいけない反英雄』……」

イリヤは遠くを見つめ、記憶を辿るようにポツリポツリと語り出す。

その口調は、イリヤでない誰かがイリヤの体を使って話しているような。

そしてまるで、それを実際に見てきたような。

不思議な現実味と威厳を兼ね備えたイリヤの声は、

東方不敗と士郎を話しの中へと引き込んで行く。
337: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:21:00.98 ID:hkw2fN9Zo
話の大筋はこうだ。

『呼んではいけない反英雄』とは、『この世全ての悪(アンリマユ)』であった。

時は三回目の聖杯戦争。

過去二度に渡って失敗したアインツベルンは、

勝利に固執するあまり例外的なクラスを召喚した。

勿論ルール違反である。

そして召喚されたクラスは『アヴェンジャー』と言った。

しかしアヴェンジャーは戦いには全く役に立たず、

すぐさまアインツベルンは敗退となった。

そしてアヴェンジャーは聖杯に取り込まれたのだが、ここで予期せぬ異変が起こる。

本来『無色』であった聖杯が、

この世全ての悪によって『黒』く汚染されてしまったのだという。
338: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:21:57.81 ID:hkw2fN9Zo
マスター「……話は分かった」

マスター「つまりそのアヴェンジャーと桜は契約状態にあるようなもの」

マスター「アヴェンジャーを倒してしまえば、桜との繋がりは消えるであろうな」

だが東方不敗は知らなかった、あの影は桜自身でもあるという事に。

士郎「待ってくれライダー! それは……少しでいい、待ってくれないか!」

士郎「あの影は……。俺が……」

士郎は自分が何を言っているのか分からなかった。

東方不敗を止めなければという気持ちだけがが、二転三転、空回りしている。

その様子を東方不敗は「準備が整うまで待て」と解釈したようだ。

マスター「ああ、お前達は切り札を準備しているのであったな」

マスター「ワシはまだあの影と対峙しておらぬ故、一人で勝てるか判断はできん」

マスター「それにあの影がいつ何処に出るかも分からんのでは戦い様が無い」

マスター「方針は士郎や凛に任せよう」

その答えに士郎はホウと息をつく。

しかし、いよいよもって時間が無い。

今夜あの影が現れるまでに決断をしなければならないのだから。
339: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:23:00.36 ID:hkw2fN9Zo
-- interlude --


時刻は夜十時。

凛とイリヤは宝石剣の準備に明け暮れて、今はぐっすりと眠っている。

影が出るとすれば巡回の時間あたりのはずだ。

士郎はナイフを握り締めると、足音を殺して桜の部屋へと向かって行った。

鍵は掛かっていない。

桜は眠っているようだ。

士郎はベッドまで歩み寄ると、手にしたナイフを顔の高さまで持ち上げた。
340: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:23:46.97 ID:hkw2fN9Zo
目眩がする。足元がふらつく。

そのまま倒れて桜の胸にナイフを突き立てれば全てが終わる。

だと言うのに、士郎の足は懸命に踏みとどまり

今の自分を必死に否定している。


━━ どうすればいい。


百を助ける為に一を切り捨てる。

いや、出来る事なら全員助ける。

かつて目指した正義の味方になるか。

それとも一を助ける為に百を切り捨てる。

一の為ならその全てを肯定する。

桜一人の為の正義の味方となるか。
341: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:24:32.80 ID:hkw2fN9Zo
士郎「そんなの……。あの時、決めたじゃないか……」


振り上げたナイフを静かに降ろす。

士郎「決めたんだ、桜だけの正義の味方になるって」

あの雨の日、桜を抱き締めながら自らに誓った言葉を思い出す。

腕の中で震える少女を守りたい。

ずっと一緒だと誓った。


深く息を吐き、眠る桜に背を向ける。

迷うのはこれで終わり。

桜が目を覚まさないうちに部屋を出ようとしたのだが━━。



桜「先輩。どうして、殺さないんですか」
342: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:25:33.41 ID:hkw2fN9Zo
桜は起きていた。

桜「いいんですよ、思う通りにして」

桜「私、自分じゃ怖くてできないから。先輩なら、いいです」

その言葉とは裏腹に桜の体は小さく震えていた。

目線は士郎の手に握られたナイフに釘付けとなっている。

その瞳はただ辛そうに曇り、

士郎にそんな決断をさせてしまった事を謝罪するような、涙する寸前の顔となっていた。

士郎「…………桜、俺は」

桜「分かってます。先輩は正しいです。だって悪いのは私ですから」

桜「……最後だから言っちゃいますけど」

桜「私、もういつまで自分でいられるか分からないんです」
343: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:26:16.56 ID:hkw2fN9Zo
桜「それに、おかしな夢を見るんです」

桜「いつも血塗れで、その夢の中だと私は悪者なんです」

桜「でもそれが楽しいって思える自分がいて……」

桜「私、本当はそんな夢を望んでいたのかもしれません」

桜「みんな嫌いで、恨む事しか出来なくて」

桜「でも、あんな夢を見る私自身が初めから居ちゃいけなかった」

桜「先輩。私、少しずつおかしくなっているんです」

桜「このままいけばあんな夢しか見なくなって」

桜「夢の中だけじゃなくて、本当にみんなを殺して回る悪者になるんです」


桜「だから……ここで、お願いできますか」

桜「わ、私が悪い自分になる前に、先輩に終わらせてもらえるなら、それで……」
344: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:27:15.74 ID:hkw2fN9Zo
桜「あ━━━━」

言葉の続きは抱擁で遮った。

士郎の腕はこれまでに無い程強く、ありったけの力で桜の体を受け止める。

桜「……駄目、です。きっと、後悔します」

涙する桜を抱きしめたまま、士郎は桜に声を掛ける。

士郎「そんなのもうしてる」

士郎「これからの事じゃない。桜を守れなかった今までの事を、ずっと後悔する」

士郎「俺が守る。桜を、ちゃんと俺が守る」


どれ程そうしていただろうか。

桜の震えが治まったのを確認した士郎は、腕を放して寝付くまで傍に付き添った。

桜の息が規則正しく整ったのを見届けると、

士郎は名残惜しそうに桜の髪をすっと撫でた。

そして静かに部屋を後にする。


-- interlude out --
345: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:28:01.19 ID:hkw2fN9Zo
桜「━━━━ なさい、先輩 ━━」

桜は眠っていなかった。

桜「っ ━━━━ うっ」

誰も居なくなった部屋。嗚咽だけが空間を満たしている。

かつて自分が憧れていた少年。

弱虫な自分とは違う、真っ直ぐで綺麗な少年の心。

すっとそのままでいて欲しいと願ったもの。

桜「━━ なのに、私が」

━━ 壊してしまった。

かつて正義の味方を目指していた少年が

自身を裏切る結果になったのは自分のせいだ。

桜はその罪悪感に押し潰されそうになりながら、ずっと涙を流し続けた。
346: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:28:45.99 ID:hkw2fN9Zo
壁一枚挟んだ隣の部屋。

東方不敗は先程のやりとりを一部始終監視していた。

いざとなれば士郎をその手に掛ける事になったであろうが、

その心配は無くなり激しい脱力に見舞われる。

先程から隣の部屋で啜り泣く桜には掛ける言葉が見つからず、

ただ立ちつくして桜が落ち着くのを待ち続けた。
347: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:29:37.57 ID:hkw2fN9Zo
桜「いるんでしょう、ライダー」


東方不敗を呼ぶ桜の声。

扉を開け、静かにベッドの傍らまで歩み寄る。

桜「……やっぱり、私の護衛をしていたんですね」

マスター「うむ。昼間、士郎の様子がおかしかったのでな」

マスター「しかし士郎をあれ程追い詰めるとは、一体何があったと言うのだ……」

桜「恐らくお爺様が……。私の事を話したんだと思うの」

マスター「それならワシも知っておる」

マスター「桜が聖杯であり、その中から溢れた影が街の人を襲っている事も、な」

マスター「しかしそれでも、桜がワシのマスターであるのは同じ事よ」

その言葉の意図を確かめるように、桜は東方不敗に問いかける。

桜「ねぇライダー。ライダーは私の味方よね?」

マスター「無論だ。サーヴァントとして、マスターの命は最優先」

マスター「いざとなれば顔見知りとて、心を鬼にして対処しよう」

桜「それは私が私でなくなっても?」

マスター「言うまでもあるまい」
348: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:30:40.78 ID:hkw2fN9Zo
しかしここで、東方不敗と桜の気持ちはすれ違っていた。

『桜が桜でなくなる』。

この意味を東方不敗は『人間としての機能を切り捨てた桜』として捉えたのだが、

桜はその先の事、『体を影にとって代わられた桜』として捉えていた。

桜「そう……」

桜でなくなった桜にとって、士郎はただの外敵となる。

もしそうなれば、影の命令に東方不敗は従ってしまうだろう。

桜はその仮定が現実になる事を恐れていた。

マスター「む!? 何をするのだ桜。まさか令呪を!」

桜は左手を宙に掲げて魔力を込める。

一瞬の発光の後、最後の令呪が桜の左手から消滅した。

桜「お願いライダー。この先何があっても、先輩を、最後まで守ってあげて」
349: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:32:20.33 ID:hkw2fN9Zo
-- interlude --


翌朝、士郎はいつも通りの時間に起きると

朝食の準備を済ませてニュースを眺める。

ニュースが終わったら持って行こうと、

桜の寝巻と水差しはテーブルの脇に置いておいた。

凛「おはよ」

暫くすると凛も居間へ入ってきた。

昨夜はたっぷりと睡眠を取ったのだろうか、

朝に弱いはずの凛なのだが、いつもより少しだけ元気そうに見える。

二人してニュースを眺めるも、特に目立った事件は無い。

昨夜はあの影が出て来なかったという事だ。
350: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:33:30.73 ID:hkw2fN9Zo
凛「じゃあ、これ以上の犠牲者が出る前に終わらせましょうか」

凛「何とか今日中に骨組を完成させるから、今夜投影を実行するわ」

凛「士郎はそれまで休んでおいて」

その計画に反論は無い。

しかし士郎は、ふと思った事を口にしてみる。

士郎「遠坂。切り札を投影して、臓硯を倒したとして」

士郎「それで聖杯戦争が終われば、あの影は消えると思うか?」

凛「消えるわ。あいつの正体が何であれ、アレが聖杯目的で現れているのは間違いない」

凛「聖杯が消えれば……」

凛「つまり聖杯戦争の期限切れか、マスターが最後の一人になるか」

凛は少し目を伏せたが、すぐにいつもの調子で話を続ける。

凛「それとも、聖杯の器になるモノが死んでしまえば……ね」

とっくにあの影の正体に気が付いたいたのだ。
351: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:34:35.80 ID:hkw2fN9Zo
凛「今のはただの推測よ」

凛「臓硯を倒しても、あの影は消えないかもしれない」

凛「聖杯戦争が終わっても、あの影は消えないかもしれない」

凛「だから今は一番確実な方法を取る」

凛「私達は私達だけの力で、臓硯とあの影を倒さないといけない」

そう言って凛は席を立った。

手には士郎が用意した寝巻と水差しを持っている。

士郎「遠坂、桜の看病は俺がするよ」

しかし凛はその申し出を一蹴する。

凛「馬鹿言わないで。貴方、昨日一睡もしてないでしょ?」

凛「そんな体でいられちゃ、私達が困るって分からない?」

凛「それに顔面蒼白で目にクマ作ってたら、看病される桜だって気を使うわ」

士郎「な……。それ、本当か?」

どうやら士郎は自分の気が付かないところで相当参っていたらしい。

それもそのはず。何しろ昨夜は、桜を手に掛けようとしていたのだから。
352: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:35:29.03 ID:hkw2fN9Zo
凛「嘘言ってどうするのよ。いいから士郎は休みなさい。夕方には呼びに行くから」

桜の傍にいたいのは山々だったが、そんな酷い顔をしているなら桜に会えない。

きっと桜は自分を責める。士郎はこれ以上、桜に余計な心配をかけたくはなかった。

士郎「じゃあ、遠坂の好意に甘えるよ」

士郎「食事くらいはやらせてもらうけど、それ以外は部屋に引っ込んでる」

凛「ええ、桜の看病は任せておいて」


-- interlude out --
353: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:36:20.34 ID:hkw2fN9Zo
凛「桜、入るわよ」

ノックをしてドアノブに手を掛ける。

返事は無い。気配からして眠っているのだろうか。

部屋に入ると桜のベッドが不自然に盛り上がっていた。

凛「まさか……」

明らかに毛布でも丸めて突っ込んである雑さ。

これでは鈍い士郎であっても一発で分かると言うものだ。

寝巻を投げ捨てて部屋を出ようとすると、ドアの陰から東方不敗が顔を出した。

マスター「やはり遠目でも分かってしまうか」
354: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:37:30.05 ID:hkw2fN9Zo
凛「ライダー、桜はどうしたの?」

マスター「桜は出て行った。臓硯と決着をつけに、な」

予想通りの返答に、凛は声を荒立て東方不敗を睨みつける。

凛「ちょっとアンタ! 桜のサーヴァントなら止めるのが務めでしょうが!」

マスター「止めたいのは山々だったのだがな。令呪を使われてはどうしようもあるまい」


『先輩を、最後まで守ってあげて』


士郎を守るなら、桜を追ってこの屋敷から出る訳にはいかない。

しかし東方不敗は恒久的に続く曖昧な命令なら十分に抵抗ができる。

ただ、桜の瞳に映る決意の灯の前に、その行動を止める事ができなかったのだ。
355: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:38:12.65 ID:hkw2fN9Zo
マスター「あと、お前は追わせないように言われておる」

凛「ふん。どうせ間桐の問題だとか何とかいって、一人で抱え込んでるんでしょ」

マスター「良く分かったな。流石は姉妹といったところか」

東方不敗はそう言いながら、

まるで呼吸をするかのような自然さで凛の額に指を当てる。

その仕草に凛は自分の視界を覆うものが何であるか最後まで分からず、

その光る指をあるがままに受け入れた。

堕ちてゆく快感に抗えず、

凛は何処か宙を見つめた虚ろな目のまま、闇の中へと誘われていった。
356: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:39:01.53 ID:hkw2fN9Zo
-- interlude --


満足に動かない体を懸命に引きずり、

桜は数日ぶりに間桐の屋敷へ帰ってきた。

しかし、何処を探しても臓硯の姿は見当たらない。

桜「うそ……。どうして……」

体は限界を迎えている。

ここで臓硯に会えなければ、もはや次は無いのである。

目眩に襲われ桜は自室で崩れ落ちた。

荒い呼吸をどうにか整え、壁に手を当て体を懸命に支え起こす。

そこへ良く知る声が聞こえてきた。

顔を上げると、変わり果てた形相の兄の姿があった。
357: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:39:51.19 ID:hkw2fN9Zo
慎二「ずいぶん遅いお帰りじゃないか、ええ!?」

慎二「この裏切り者! 間桐の面汚しが!」

慎二は重圧感を伴った足取りで、一歩、また一歩と桜に近づく。

もはやそこに『妹想いの兄』は無く、

はげ落ちた仮面の下には、憎悪と殺意が滲み出ていた。

桜「や……だっ……」

桜は後ずさる。

壁から離れた途端に倒れてしまい、

後ろ向きに、這うように、慎二から少しずつ距離を取る。

桜「だめ……。止めて、近寄らないで、兄さん……!」

かつてはどんなに虐げられても、どんなに暴力を振るわれても、

決して反抗しない従順な妹であった。

しかし、今の桜は兄を全力で拒絶した。
358: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:40:28.64 ID:hkw2fN9Zo
慎二「……は?」

慎二の動きが止まる。

まるで奇怪なモノでも見たように、

桜の頭からつま先まで、ジロジロと何度も眺め回した。

慎二「何て言った? 今、お前何って言った?」

桜「ち、近寄らないで。と、言ったんです」

桜「私はこれ以上、兄さんの言いなりにはならない」

桜「先輩は……こんな私でも受け入れてくれた。私を守るって言ってくれた」

桜「私は兄さんの玩具じゃない!」
359: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:41:30.55 ID:hkw2fN9Zo
慎二「……ふざけんな」

慎二「ふざけるな。ふざけるな! ふざけるなこの━━━━━━!」

ついに激情が爆発する。

感情を抑えきれなくなった慎二は、

何度も、

何度も、

何度も、

何度も、

その拳で桜を殴り続けた。

慎二「衛宮だと!? 僕の言いなりにはならない!?」

慎二「何様のつもりだお前! 決めるのはいつでも僕だ!」

慎二「お前は今まで通り、ただ黙って従えばいいんだよ!!」
360: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:42:25.43 ID:hkw2fN9Zo
慎二「はっはっはっはっは……!」

笑いながら慎二は殴る。

慎二「はははははははは━━!!」

無抵抗の桜を笑いながら殴る。

殴られる痛みの中で桜は考えた。

どうしていつもこうなるんだろう。

どうしてこの人はいつも私を台無しにするんだろう。

どうしてこの世界は私を嫌っているんだろう━━━━。

そして間桐の家に引き取られてから十一年間、

一度も思わなかった事を口にしてしまった。



桜「━━━━ こんな人、いなければいいのに」
361: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:43:02.08 ID:hkw2fN9Zo
パキン、と。桜の中で何かが壊れた。

気が付いた時には、慎二は頭から血を流して倒れていた。

その傷跡は、まるでピアノ線でも勢い良く押し付けたように

頭蓋を貫通して脳にまで達している。

桜「…………あ」

慎二を殺したのは自分だ。

それはすぐに理解できた。

桜の影から、別の細い影がゆらゆらと宙に浮かんでいる。

しかし何も感じない。

ただ簡単だったという事だけ。

桜「…………あ、は」

何も感じない。

そう、何も感じない。

よく分からない。

そう、よく分からない。

でもこんな事ならもっと早くやればよかった。

何も感じないなら、もっと早くやればよかったのだ。
362: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:43:36.96 ID:hkw2fN9Zo
桜「━━ ふ ━━━━ ふふふ」

楽しくなってきた。

桜「ふふっ ━━ ふふふふふふふふふっ」

だんだん楽しくなってきた。

桜「あはっ。あはははははははははは!」

そうだ、殺した。

笑いながら一杯殺した。

冬木の街で、言い寄る男を一杯殺した。

桜「あはは! はははは! あーっははははははっ!」

桜「ははっ! あははっあーはははははーはははは!」



桜「……なんだ。少しずつおかしくなってたんじゃないんだ」

桜「……先輩、私、最初から壊れてたんです」

桜の意識はそこで代わった。
363: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:44:25.39 ID:hkw2fN9Zo
いつから見ていたのか、ずっと見ていたのか。

少女の背後で語りかける気配がある。

臓硯「多くの人間を殺したな、桜」

臓硯「お前はもはや、人として生きられぬ」

臓硯「アインツベルンの娘を奪い、聖杯を手に入れよ」

臓硯「もはや、お前にそれ以外の生きる術は無い」

桜「はい。仰せのままに、お爺様」


-- interlude out --
364: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:45:48.68 ID:hkw2fN9Zo
士郎「桜、飯にしよう」

鮭のお粥を盆に乗せ、士郎はドアをノックした。

返事が無いのは眠っているのか。

それなら起きた時に食べられるよう、ラップを掛けて置いておけば良い。

士郎「桜、入るぞ」

士郎は一声掛けると、静かに部屋へと踏み入った。

一歩入ったその瞬間、足に伝わる冷たい感触に思わず小さく跳び上がる。

士郎「うわっ! カーペットが濡れてるぞ!? 水差しでも落っことしたか?」

部屋の入口には、出来たばかりの大きな染みが一つ。

拭き取った跡はあるものの、未だ乾かないカーペットの感触は

二月ともあり中々心臓に悪いものだ。

士郎「遠坂もドジ、やるんだな」

士郎は脇のテーブルに盆を置くと、ベッドで眠る桜の寝顔を覗きこむ。
365: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:46:45.84 ID:hkw2fN9Zo
が、そこに居たのは桜ではない。

桜の代わりに、凛が静かに寝息を立てている。

士郎「遠坂! ……どうして」

マスター「士郎、飯の時間には少し早いぞ?」

後ろからの呼びかけに振り向くと、

開けたままの扉の向こうに東方不敗が立っていた。

士郎「ライダー! 桜はどうしたんだ! 何で遠坂がここに寝ているんだ!」

隣で叫ぶ士郎に反応してか、凛が少し寝がえりを打った。

士郎はすかさず凛を抱き起こすと、肩を揺すって耳元で呼びかけ続ける。

士郎「遠坂、起きろ! ここで何があったんだ!? 桜はどうしたんだ! 遠坂!」

凛「んっ……」

凛は薄っすらと目を開けるも、未だ定まらぬ焦点は宙をフラフラと漂っている。

何か言おうとしているものの、心ここに有らずという様子で

その言葉はハッキリと聞き取れない。
366: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:47:40.08 ID:hkw2fN9Zo
マスター「士郎、桜は臓硯と決着をつけに行った」

マスター「凛には邪魔をされんよう、少し眠って貰ったがな」

士郎「何だって!?」

すぐさま部屋を飛び出そうとする士郎であったが、

東方不敗は一歩部屋に入るとその進路に立ち塞がった。

士郎「退け、ライダー! 桜を連れ戻しに行くんだ!」

マスター「まあ待て。桜が一人で出て行った意味を考えてみよ」

マスター「お前が桜を守りたいと思っているように」

マスター「桜もまた、お前を守りたいと思っておる」

士郎「え……」

マスター「桜は昨夜泣いておった。『自分が士郎を壊してしまった』、とな」

士郎「そんな……」

士郎は言葉を失った。

自分が傷つくのはいい。例え傷ついても、桜が守れればそれでいい。

そう思って今までひたすら前へ進んできた。

しかし、自分が傷つく事でそれが桜の心を傷める結果となっている。

昨夜の事だってそうだ。

桜を手に掛けようとするほど士郎を追い詰めたのは自分のせいだ、と。
367: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:48:33.63 ID:hkw2fN9Zo
マスター「分かったか士郎? それならここで大人しく……」

士郎「嫌だ! 俺は桜を守る! 桜を守ると誓ったんだ!」

士郎は吠えた。

例え自分が無事でも、桜が居ない自分など考えられない。

影を倒し、二人一緒に聖杯戦争を終えるのだ。

士郎「退けっ! ライダー!!」

立ち塞がる東方不敗を渾身の体当たりで吹き飛ばすと、

俊足の勢いで玄関へと駆け抜ける。

マスター「……仕方が無いのぅ」

諦めにも似た呟きを吐くと、

東方不敗は後を追うため桜の部屋を後にする。

とその時、丁度目が覚めたのか

東方不敗の後ろで凛がもぞもぞとベッドから這い出した。
368: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:49:26.28 ID:hkw2fN9Zo
マスター「起きたか凛。先程はすまんかったな」

凛「うぅ……。どうせアンタには勝てないんだから、抵抗なんかしないってのに……」

凛は暫く頭を擦りながら唸っていたが、

やがて思い出したかのように部屋の時計に目をやった。

凛「……あれから三時間。じゃあ、もう手遅れね」

凛「ライダー、覚悟なさい」

凛「次に桜に会う時は、桜はもう私達の知っている桜じゃないわ」
369: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:50:23.87 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗は走った。

不吉な予言を振り払うように。

士郎は疲れた顔をしていた為すぐに追い付くと踏んでいたのだが、

走れど走れど、一向にその姿を捉える事はできなかった。

衛宮と間桐の丁度中間に差し掛かった頃、東方不敗は何とも言えぬ悪寒に囚われた。

足を止めて辺りを見回す。

何か良くないものとすれ違っているような。

このまま士郎を追う事よりも、己の直感は『戻れ』と警告を発していた。

すぐさま踵を返し、衛宮の屋敷へ疾走する。
370: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:51:05.75 ID:hkw2fN9Zo
衛宮の屋敷からは異様な空気が流れ出ていた。

暗く、重い、不吉な空気。

もはや悠長に玄関から入る余裕など無く、

東方不敗は塀を乗り越えて中庭へと着地した。

そこで目にしたのは、黒い泥のようなものが覆う地面とそれに呑まれる凛の姿。

そして泥の中心には、あろう事か桜の姿があったのだ。

体中に黒い入れ墨のような模様が浮かび上がり、

禍々しく発せられる魔力は桜のモノとは思えない。

背後には人影が陽炎のように揺れており、

触手のような平たい影が、桜を守るように何本も展開されている。
371: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:52:00.88 ID:hkw2fN9Zo
マスター「桜はアヴェンジャーと契約しているという話だったが」

マスター「これではまるで……」

━━ 桜がアヴェンジャーではないか。

後頭部にハンマーを打ち付けられたような衝撃に見舞われ、

東方不敗はグラグラと目眩に襲われる。

二、三歩後ずさったところで塀に当たってしまい、

その音で桜に気が付かれてしまった。

桜「あら、お帰りなさいライダー。私はもう平気だから安心して」

その呼び掛けに東方不敗は答えない。

いつでも踏み出せるよう静かに腰を落とし、

足に力を入れたまま桜の目をじっと睨み続ける。

桜「……そんな怖い顔をしないで、ライダー」

桜「今日はイリヤちゃんを迎えに来たんだけど」

桜「ライダーも一緒に来てくれるわよね?」
372: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:52:57.73 ID:hkw2fN9Zo
マスター「断る。お前は桜ではない!」

キッパリと言い捨てると、東方不敗は泥に沈む凛に向かって走り出した。

地面から生える平らな触手を腰布で打ち払うと、

凛を覆う泥に向かって光る指を突き立てる。

マスター「シャイニング・フィンガー!」

弾力性のあるゴムのような塊に、東方不敗の指がズブズブと沈み込んで行く。

手首まで泥に沈んだ所で、さらにその手に力を込めた。

マスター「爆発!」

その掛け声と共に凛を覆う泥は一瞬にして四散した。

既に魔力を根こそぎ吸われてしまったのか、

凛は蒼白い顔のまま力無くその場に横たわっている。

桜「あらライダー。その泥に素手で触れて平気なんて、一体どういう理屈かしらね?」

桜は口に手を当て笑いをこぼす。

泥が破壊されたところで慌てる様子は全く無い。
373: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:53:56.38 ID:hkw2fN9Zo
ストーカー『説明しましょう!』

ストーカー『少々長くなりますがご容赦ください』


ストーカー『「小説版」機動武闘伝Gガンダムには、「気炮暗黒通」という』

ストーカー『怒りや憎悪といった「負のエネルギー」を糧とする拳法があるのです』

ストーカー『アニメ版で言うなら……』

ストーカー『そうですね、「怒りのスーパーモード」といったところでしょうか』


ストーカー『そしてその気炮暗黒通には、相手の撃ち出したエネルギーを吸収し』

ストーカー『カウンターとして返す技が存在します』

ストーカー『戦いの中、ある男が石破天驚拳のエネルギーを取り込もうとするのですが』

ストーカー『そのエネルギーは気炮暗黒通と融合する事無く反発を起こしてしまいます』

ストーカー『結果その男は自滅し、東方不敗に敗れてしまいました』


ストーカー『流派東方不敗は天然自然から力を取り込む「正法」の拳法』

ストーカー『即ち気炮暗黒通とは真逆の存在であり』

ストーカー『それを取り込むなど不可能だったのです』

ストーカー『自滅は必然と言えるでしょう』


ストーカー『お分かりでしょうか』

ストーカー『桜の操る「影」もまた、正法の拳法とは真逆の存在』

ストーカー『流派東方不敗はサーヴァントの身でありながら』

ストーカー『あの影にダメージを与えられる有効打と成り得るのです』


ストーカー『……しかしそれまで』

ストーカー『ダメージを与えられるからと言って』

ストーカー『その絶対的な量とサーヴァントとしての相性問題を覆す事はできません』

ストーカー『東方不敗の運命は一体どうなってしまうのでしょうか』
374: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:54:44.96 ID:hkw2fN9Zo
桜「でも……。私に逆らうなら、ちょっとお仕置きしないとね」

桜「予定外のモノを摂ったから、本当は要らないのだけど……」

桜「貴方は特別にセイバーと同じにしてあげる」

その言葉を合図に、桜の足元にある泥が膨れ上がる。

蛇のように首をもたげ、東方不敗を呑み込もうとジリジリとその距離を詰めだした。


士郎「桜ぁ━━━━っ!!!」


息を切らせ、激しく肩を上下させながら、士郎が屋敷へ戻ってきた。

その声を聞きつけ、桜の意識は東方不敗から士郎へと切り替えられる。
375: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:55:33.68 ID:hkw2fN9Zo
目の前の光景に士郎は絶句した。

黒い泥の中に佇む桜と、それに対峙する東方不敗。

そして東方不敗の足元には、顔面蒼白とした凛が死んだように横たわっている。

士郎「遠坂!」

桜の様子も只事ではないが、今は凛の様子が気になった。

衰弱し切った凛の体は、早く手当てをしないと助からない。

凛に駆け寄る士郎に対し、

桜は目を細めて冷たいナイフのような言葉を投げかける。

桜「━━ 先輩。なんで、姉さんを庇うんですか」
376: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:56:25.30 ID:hkw2fN9Zo
士郎はその言葉に背中を刺されたような悪寒を覚えると、

みるみる内に全身の血液が凍り付くのを感じた。

桜は士郎に本気で殺意を向けていたのだ。

桜「そう、いつもそうでした。私を守ってくれるって言ったのに」

桜「先輩は私だけを見てくれなかった」

桜「……でもいいんです。そういう人だから、私、先輩が欲しかった」
377: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:57:18.41 ID:hkw2fN9Zo
桜「先輩、私といると苦しいでしょう?」

桜「だから私、先輩の前から消えないといけなかった」

桜「けど出来ないんです。私にとって、嬉しい事は先輩だけだから」

桜「それに先輩だって、私から離れられない」

桜「先輩はこれ以上、自分を裏切る事ができないから」

影が躍る。

東方不敗に向けられていた泥はその大きさを更に増し、

全員を呑み込まんと空高くから覆い被さった。

桜「だから、殺してあげます。そうすればずっと傍にいてくれるし」

桜「なにより……、先輩はもう、苦しまなくていいでしょう?」
378: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:58:05.82 ID:hkw2fN9Zo
マスター「飛べぇぃ!」

東方不敗は凛を抱きかかえると、士郎の背中を強く蹴り飛ばした。

辛くも泥から逃れたものの、その横目で波に呑まれる士郎が視界に映る。

その体は固く硬直し、まるで最初から避ける気が無かったかのようだった。

マスター「ええい! シャイニング・フィンガー!!」

光る指で泥を弾き飛ばす。

一瞬でも泥に呑まれた士郎は、両膝を付いて嗚咽を吐いている。

桜「ライダー!」

桜が睨む。

その瞳には『これ以上邪魔をすれば消す』という意志が込められていた。
379: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 19:59:00.94 ID:hkw2fN9Zo
マスター「令呪を使い、士郎を守れと言ったのを忘れたか?」

東方不敗は指を光らせたまま桜の方へ向き直る。

次に泥が来れば、二人を抱きかかえて逃げる事は不可能である。

ならば真正面から泥を破壊するより道は無い。

再び集まる泥を凝視しながら、東方不敗は奥義の構えで迎え撃つ。

だがそこに飛び込んできたのは泥では無く、戦いを止める少女の声であった。


イリヤ「そこまでよ。余計な事はしない方がいいわ、サクラ」

イリヤ「貴方、これ以上取り込むと戻れなくなるから」
380: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:00:05.72 ID:hkw2fN9Zo
その言葉に頭上を覆う泥の動きが停止する。

桜「……それはどういう意味ですか、イリヤスフィール」

イリヤ「言葉通りの意味よ。それより桜は私が目的なんでしょ?」

イリヤ「なら大人しく一緒に行ってあげるから、あんなの放っておきなさい」

静かに話しかけながら、イリヤは桜の元へと歩み寄る。

桜「正気ですか? 私が欲しいのは貴方の心臓だけ」

桜「私と来るという事は、殺されても構わないという事です」

イリヤ「そんなの分かってるわ。それに、元々それが私の役目だもの」

イリヤ「けど、正装はここには無いの。私の城まで取りに行かないと」

桜「……いいでしょう。自分で探す手間が省けますから」

桜「どんな思惑かは知らないけど、貴方の口車に乗ってあげます」

桜は自分の足元へ影を引かせると、

それまで庭を覆っていた泥も何も無かったかのように消えてしまった。
381: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:00:51.62 ID:hkw2fN9Zo
桜はイリヤを連れて衛宮の屋敷を去ってゆく。

士郎は膝を付いた姿勢のまま、その背中に向かって呼び止める。

士郎「…………桜……!」

桜はその声に足を止めると、

前髪で顔を隠すように俯いて最後の忠告を士郎に告げた。

桜「……もう、私の前に来ないでください」

桜「先輩を前にしたら、私……。先輩を、殺すしかない」

桜は再び足を進める。

士郎はそれ以上呼び止める事もできず、

泥によって衰弱した体はそこでプツリと機能を落とした。
382: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:02:05.40 ID:hkw2fN9Zo
『━━ったりまえだ!』

『勝敗が決したがどうした! そんなんで後に引けるか━━━━っ!!』


教会の中から士郎の声が響いてくる。

恐らくは戦いの夢でも見ていたのだろう。

東方不敗は倒れた士郎と凛を連れ、教会前に寝かせておいた。

程なくして言峰に発見された二人は教会内で治療を受ける。

凛は軽い手当ての後、遠坂の屋敷へと運ばれていった。

士郎はそのまま中で眠っていたが、たった今目を覚ましたという訳だ。

治療をしたのが午後三時。今は十二時間後の午前三時。

丸々半日眠っていたという事になる。
383: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:02:49.72 ID:hkw2fN9Zo
士郎は重い教会の扉を勢い良く開けると、外の空気を胸一杯に吸い込んだ。

先程まで眠っていた頭は冷たい夜風に刺激され、

今こそハッキリと自分のやるべき事を思い出せる。

桜を連れ戻す。好きな相手を守り切る

半日の休息で持ち直したか、

瞳はしっかりと前を見据え、確かな足取りでその一歩を踏み出した。

が、そんな士郎の後ろを意外な人物が付いて来る。

言峰である。

教会の影に身を隠し、東方不敗は二人のやり取りを注視する。
384: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:03:47.28 ID:hkw2fN9Zo
綺礼「何処に向かうつもりだ。私には事情が掴めないのだが」

士郎「何処に向かうも無い。イリヤは俺達を庇って桜に同行したんだ」

士郎「正装が城に有るとか言っていたから……。行先はあの森だ」

その答えに、言峰は僅かに眉をつり上げた。

綺礼「正装……だと? いや、それ以前に間桐桜は敵に回ったのか」

綺礼「ではこの度の聖杯戦争、既に勝敗は決したと言う事か」

言峰の言う事は正しい。今のままでは手も足も出ない事は明白である。

士郎はそんな現実を振り払うように、言峰に向かって言葉をぶつけた。

士郎「って、そんな事より! 何でお前が付いて来るんだよ!」

綺礼「お前一人では荷が重かろう」

綺礼「イリヤスフィールをさらわれたというなら、私も静観してはおれん」

士郎「な……」
385: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:04:25.75 ID:hkw2fN9Zo
綺礼「加えて、私のサーヴァントは全てヤツに敗れた」

綺礼「単純な利害の一致だよ。理由としてはそれで十分ではないか?」

確かに言峰の申し出は有り難い。

魔術教会の監督役と言うからには、言峰自身もまた魔術師なのだろう。

凛が居ない戦力の穴埋め。いや、もしかすると凛以上の魔術師なのかもしれない。

ただ東方不敗の胸には、言峰の言ったある単語が引っ掛かっていた。

マスター(『全て』? ヤツは今『全て』と言ったか……?」
386: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:05:11.91 ID:hkw2fN9Zo
ここで東方不敗は、

今一度サーヴァントとマスターの関係を整理する事にした。

以前、士郎から聞いた話も思い出す。


●セイバー:衛宮士郎

●アーチャー:遠坂凛

●ランサー:言峰綺礼

●ライダー:間桐桜

●キャスター:?????(死亡)

●バーサーカー:イリヤ

●アサシン:間桐臓硯


以上だ。

言峰のサーヴァントはランサーだった。

それはいい。

しかし、『全て』という言葉は

単一のモノを指す時には使われないはずである。
387: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:06:01.77 ID:hkw2fN9Zo
では他にサーヴァントが居たという事になる。

マスター(アヴェンジャーは置いておくとして、心当たりが有ると言えば……)

マスター(……金色の男か!)

そう。

無数の武器を持ち、桜と風雲再起を襲ったあの男である。

マスター(ヤツめ、何を企んでおる……)

サーヴァントを隠し持ち、あまつさえ桜を襲ったマスターがここに居る。

よって言峰の申し出には何か裏が有ると見て間違いない。

東方不敗は言峰を純粋な戦力としてはアテにしつつも、

その行動には注意するよう固く心に留めたのだった。
388: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:07:01.00 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗が思案にふけている間に、士郎と言峰は車に乗り込んだ。

運転手付きの黒塗りの外車をこんな時間に手配するとは、

魔術教会の監督役というのは相当な権力を持っているらしい。

見失わないように後を追う。もちろん十傑集走りである。
392: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:36:02.23 ID:hkw2fN9Zo
アインツベルンの森に着く頃には、東の空が明るみ始めていた。

士郎を先導役とし、言峰はその後をついてゆく。

東方不敗は気配を消して更にその後を追跡する。

道中、言峰が士郎に忠告した。

綺礼「今の我々ではあの黒い影に勝てん。今回は諦めろ」

綺礼「ただし、イリヤスフィールを保護すれば少しは猶予ができる」

綺礼「間桐桜と話がしたいのなら、彼女に対抗できる力を用意してからだ」

その言葉に、士郎は黙って首を縦に振るしかなかった。

影に対抗できる力。

宝石剣さえ出来ればチャンスはある。
393: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:36:55.47 ID:hkw2fN9Zo
とうとう城に辿り着いた。

すぐにでも突入したい所ではあるが、

素直に正面から入るのは自殺行為である。

士郎と言峰は進入ルートを模索していたが、

やがて言峰は城の脇の窓に目をやると、ニヤリと口元を緩ませる。

高さは四階程である。

綺礼「時に一つ尋ねるが、登山の経験はあるかね、衛宮士郎?」

どうやら壁を登って侵入する気のようだ。

言峰は凹凸の荒い壁を見つくろうと、

ゆっくりと、だがしっかりと、確かな安定感で城の壁を登ってゆく。

士郎も覚悟を決めると、見よう見まねで後に続いた。
394: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:37:35.75 ID:hkw2fN9Zo
二人は窓を蹴破り、城の中へと入ってゆく。

後を追おうと窓辺へ近付く東方不敗であったが、

肌に感じた負の波動に思わず体が硬直した。

それは城の入口から漏れている。

桜が居るのだ。

東方不敗は気配を消すと、慎重に入口へと忍び寄った。
395: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:38:28.42 ID:hkw2fN9Zo
そこで東方不敗が見たものは、無残に破壊されている広間であった。

中央階段は三分の一が吹き飛び、

その上にあったはずのシャンデリアは見るも無残に地で砕けている。

壁という壁には至る所に大穴があき、

そこから崩れた瓦礫は広間の半分は埋め尽くしている。

要所に置かれた胸像や絵画の類は、

既に原形を留めない無価値なガラクタと化していた。

そしてその中央には、大波の様に荒れ狂う影と桜の姿が。

桜は喉を掻き毟り、酸素を求めるように口を開けて宙を仰いでいる。

東方不敗は桜を止めてやりたい衝動をぐっと堪えると、

音を立てずにそっとその場を後にした。
396: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:39:18.12 ID:hkw2fN9Zo
先程の窓辺に目を向けると、二人は既に脱出していた。

イリヤも連れている。

だがその瞬間、東方不敗の背後から異様な轟音が放たれた。

バーサーカーだ。

その音を聞きつけるや、言峰はイリヤを抱いて走り出す。

士郎も続く。

マスター(……速い!)

東方不敗はそのスピードに目を見張った。

森には木々が生い茂り、真っ直ぐ進むは無理の一言。

それにくぼみや木の根で足場が悪い。

そんな中、二人は百メートルを七秒という

驚異的な速度で森を突っ切る。
397: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:39:55.70 ID:hkw2fN9Zo
言峰の場合は、

何かしらの魔術行使をしているという事でカタが付く。

仮にしていなくとも、あのガタイならそれも可能であろう。

しかし士郎は別だ。

考えられるとすればアーチャーの腕だ。

アーチャーの腕は魔術だけでなく、

士郎の身体能力さえも向上させているという事だ。

これならば、どうにかバーサーカーに追いつかれずに済むかもしれない。
398: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:40:55.88 ID:hkw2fN9Zo
しかし、東方不敗の安堵は白い髑髏の面に打ち消された。

マスター(追って来たか、アサシン!)

髑髏の面は、木々の隙間を縫って士郎と言峰に併走する。

刹那、アサシンの手から投擲剣が放たれた。

言峰はイリヤを片手で抱えたまま、もう一方の手で投擲剣を弾き返す。

その手にはいつの間に取り出されたのか、細い長剣が握られていた。

綺礼「……目障りなヤツだ。手が空いている時は現れぬクセに」

綺礼「忙しい時は呼ばずともやって来る」

言峰は速度を緩めてイリヤを降ろした。

綺礼「イリヤは任せた。代わりにアレを任されよう」

綺礼「なに、これでも神職だ。悪霊払いは慣れている」

躊躇する士郎であったが、

足を止めている間に暴風のような気配が近づいて来る。

士郎はイリヤを抱きかかえると、言峰に背を向け全力で走りだした。
399: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:41:43.02 ID:hkw2fN9Zo
言峰とアサシンが対峙する。

士郎の背中は、その間に小指程の大きさにまで小さくなっていた。

イリヤを抱えても、今の士郎なら十分バーサーカーから逃げられるだろう。

東方不敗は消していた気配を現すと、今こそ胸に秘めていた誓いを行動に移す。

マスター「言峰、アサシンはワシに譲ってくれんか」

マスター「代わりにお前には臓硯を頼みたい」

その計画とは、アサシンと臓硯の同時抹殺である。

片方仕損じれば、もう片方が桜に手を掛ける可能性があった。

ランサーの無念を晴らそうと誓ったその時、

すぐに行動を起こせなかったのはそれが原因である。

アサシンの投擲剣を弾き返す程の技量を持ったこの男であれば、

臓硯相手でも十分な勝機があるはずだ。
400: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:42:45.89 ID:hkw2fN9Zo
アサシン「……貴様!」

綺礼「……ライダーか」

綺礼「だがアサシンはつい先ほど、私の方から『任される』と言ってしまったのだがな」

マスター「それは承知で言っておる」

マスター「そもそもアサシンの相手は、お前にはちと荷が重いのではないか?」

マスター「それにな、ヤツとは因縁があるのだ」

綺礼「因縁……」

その言葉に言峰は目を細めた。

勿論、その意味は理解している。

ランサーの目を借り、東方不敗との戦いを見ていたのだから。

そしてランサーがアサシンに敗れた事も。

━━ 再戦を誓った相手が目の前のサーヴァントに倒された。

その無念はどれ程か。

それを脳裏に浮かべると、言峰は心の中で笑みをこぼした。
401: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:43:43.61 ID:hkw2fN9Zo
綺礼「……いいだろう。アサシンは任せる」

もしランサーの仇を討つ事で東方不敗の気が晴れるのなら、

それは立派な『救い』と言える。

神職に就く身としては、救いを求める者を無下に扱う事など出来はしない。

元より、サーヴァント相手の戦闘が重荷であることは十分承知の上だった。

綺礼「だが、臓硯がこの場に居るとは限らんぞ?」

その問いに東方不敗はキッパリと断言した。

マスター「いや、おる。必ずおる!」

マスター「アサシン現れるところ臓硯あり」

マスター「それにイリヤが逃げた事は臓硯にとって想定外のはず」

マスター「ぬくぬくと城で胡坐をかいている程、危機感の無い男ではあるまい」

納得がいったのか、言峰は城の方へと歩いてゆく。

イリヤと別行動になったのが幸いしたか、

バーサーカーは木々を薙ぎ倒しながら

この場とは別のコースを取っているようだ。

綺礼「では、臓硯は任されよう」

その答えに東方不敗は首だけで頷くと、腰布を手にアサシン目掛けて跳躍した。
402: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:44:30.74 ID:hkw2fN9Zo
マスター「てあああぁぁぁぁあ!」

東方不敗の腰布が髑髏の面へと躍りかかる。

アサシンはその攻撃を後ろに飛んで躱すと、

頂点に達したと同時に十の投擲剣を投げつけた。

マスター「ふん、ふん。たぁぁっ!l

三、三、四で投げられたその投擲剣は、

それと全く同じ呼吸で東方不敗に弾かれた。

着地と同時に一発、東方不敗の左に回りながらさらに数発。

その攻撃を東方不敗は真上に飛んでやり過ごす。
403: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:45:08.88 ID:hkw2fN9Zo
だが、それはアサシンの誘いであった。

宙へ飛んだ東方不敗の影に潜り込むと、

アサシンはその真下から七発の投擲剣を投げつけた。

空中、そして真下という死角。

不利な条件の揃うこの状況でも、東方不敗は冷静に腰布を操り続ける。

近場の木の枝に腰布を伸ばすと、

一気にベクトルを変えて木の枝に体を引き寄せる。

その姿はさながらワイヤーアクションでも見ているかのような、

豪快で精密な曲芸であった。
404: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:45:44.20 ID:hkw2fN9Zo
すぐさま地面に着地したものの、

アサシンは既に次の行動に移っていた。

以前対峙した本堂とは違い、

ここには隠れ場所が無数に存在し、そして広い。

アサシンは木の隙間を猿のように飛び交うと、

得物を取り囲むようにじわじわとその円の半径を縮めてゆく。

東方不敗は目を閉じた。

腰布を手に、膝を軽く曲げて腰を落とす。

まるで居合抜きでもするかのように、

力を抜いた全身は、ただ静かに爆発の瞬間を待ち続ける。
405: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:46:33.43 ID:hkw2fN9Zo
十重二十重。

投擲剣が放たれた。

四方八方を囲まれた東方不敗に逃げ場は無い。

しかしその風切り音と同時に開眼一閃。

腰布は東方不敗を取り囲む竜巻のように姿を変え、

迫り来る投擲剣を一本残らず叩き落とした。

アサシン「キ━━━━!」
406: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:47:43.16 ID:hkw2fN9Zo
アサシンの猛攻はさらに続く。

東方不敗はその攻撃を

枝の揺れ、

舞い散る葉、

投擲剣の風切り音、

木々の隙間から覗く黒い影。

ありとあらゆる情報を総動員し、

縦横無尽に飛び交うアサシンの投擲剣を、幾度も、幾度も、凌ぎ続ける。

ある時は布で弾き、

ある時は跳んで躱し、

ある時は拳で掴み取る。

やはり暗殺者の習性か、背後や頭上といった視覚外からの攻撃が比較的多い。

東方不敗の武闘家としての勘もまた、アサシンの攻撃を凌ぐ大きな手助けとなっていた。
407: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:48:37.86 ID:hkw2fN9Zo
地面には既に無数の投擲剣が散らばっている。

傍から見れば、黒い針の山が顔を出しているようにも感じられるだろう。

しかしその中心だけは、一本たりとも投擲剣は落ちていない。

ついに投擲剣が底を尽きたか、

アサシンは動きを止めて東方不敗と対峙した。

アサシン「……驚いたな。ランサーのように流れ矢の加護を持つ訳でもあるまい?」

アサシン「よもや己の肉体だけで、これだけの投擲剣を捌き続けたのか」

アサシンの言葉には半ば感心にも似た響きが込められていた。

マスター「成程、ランサーもこの程度は朝飯前という事か」

マスター「それを聞いて安心したわ」

アサシンがその名を発する事に不快感を覚えつつも、

東方不敗はかつての宿敵が持つ確かな技量に思いをはせる。
408: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:49:18.25 ID:hkw2fN9Zo
マスター「……さて、お前の攻撃はそれで終わりか?」

その問いに髑髏の面はカラカラと音を立てる。

アサシン「いやいや、切り札は最後まで取っておくもの」

そう言ってアサシンの影は木々の隙間へと消えていった。

マスター(気配を消したか……。恐らくは宝具を使うはず)



マスター「ならば!」
409: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:49:59.69 ID:hkw2fN9Zo
森が吠えた。

大地が震えた。

風が叫んだ。

今やアインツベルンの森全体が

ごうごうとその命の炎を燃やし始めた。


━━━━ 明鏡止水。


心静かに。

わだかまりや、やましさの無い澄んだ心。

曇りの無い鏡の如く、静かに湛えた水の如き心。

その境地が頂点に達した今、

森全体が東方不敗に呼応し、命の息吹となってその体に流れ込む。

命の炎はやがて光となり、森全体を黄金の秋へと染め上げた。
410: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:50:41.23 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗が拳を掲げる。

その心は明鏡止水。

されどその掌(てのひら)は太陽の如く熱く燃え上がる。

それを見るやアサシンは逃げた。

一刻も早くこの場を離れたかった。

あれは柳洞寺で見た光の比では無い。

触れれば死ぬ。

あの影と比較的近いこの体は

あの拳に触れれば間違い無く死ぬ。
411: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:51:22.05 ID:hkw2fN9Zo
逃げるアサシンの背後でガサガサと茂みが音を立てた。

アサシンの頭上でパチリと木の枝が音を立てた。

背後を見る。

頭上を見る。

しかし相手の姿はそこには無い。

まるで森全体が東方不敗の味方をしているように、

ここだここだとアサシンをはやし立てている。


『どうしたアサシン。ワシは此処だ。此処におる』


何処からと無く東方不敗の声が響く。

その呼び掛けにアサシンはギクリと足を止めた。
412: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:52:00.78 ID:hkw2fN9Zo
逃げ場は無い。

そう悟ったアサシンは、

右腕の包帯を解き放つと宝具での迎撃態勢を整える。

東方不敗の姿は見えないが、アサシンとて『気配遮断』スキルは持っている。

勿論、そのスキルの弱点も十分に心得ていた。

即ち『気配遮断』は攻撃の瞬間には効果が薄れるという事である。

アサシンはその瞬間を逃すまいと、

右を、

左を、

上を、

背後を。

針のように五感を澄ませ、その攻撃を待ち受ける。
413: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:52:55.99 ID:hkw2fN9Zo
「シャイニング・フィンガ━━━━ッ!!」


突如、正面に巨大な光が現れた。

いや、大きさは掌ほどである。

しかしアサシンの目の前に迫ったその光は、

既に視界を覆う程までにその距離を詰めていたのだ。

アサシン「ギ━━」

咄嗟に左腕で顔を防ぐ。

だがその光は軌跡を変えると、

アサシンの胸へ深々とめり込んだ。

マスター「聖杯戦争 国際条約 第二条」

胸の中の掌が握り締められる。

マスター「相手のコクピットを…………潰す!」

グチャリという音を立て、それで勝負は幕を閉じた。

東方不敗に胸を貫かれたまま、

アサシンの両膝は力無く地面に崩れ落ちた。
414: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:53:48.81 ID:hkw2fN9Zo
だが、そのまま消えるアサシンではなかった。

死なば諸共と、東方不敗の背中に長い右腕を回り込ませる。

だがそこに出てきたのは偽りの赤い心臓では無く、細くて白い布切れであった。

白い布切れはまるで蛇のようにアサシンの腕に絡みつき、

ギリギリとがんじがらめに締め上げてゆく。

アサシン「ウデ、が……っ」

アサシンからは東方不敗の背中は見えない。

右腕の締め上げられる感触に、ただ戦慄を覚えるばかりであった。

その布の正体は、かつてセイバーに負った傷を手当てしてくれた

桜が巻いたあの包帯である。

宝具の発動が不発に終わり、アサシンは今度こそ力尽きた。

アサシンの黒い体は風となってアインツベルンの森に消えてゆく。
415: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:54:25.88 ID:hkw2fN9Zo
マスター「ランサー。これでお前も解放されよう……」

まだ少しだけ影の残る、目の前の小さな黒い染み。

墓標の無い墓に言葉を添えると、

東方不敗は言峰の元へと走り出した。
416: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:55:15.93 ID:hkw2fN9Zo
-- interlude --


ストーカー『いきなりですが説明しましょう!』

ストーカー『いえ、決して筆者が書くのが面倒になったとかそういう事なのですが』

ストーカー『どうぞ最後までお付き合い下さい』


綺礼が臓硯を倒す

桜登場

綺礼の心臓が潰される

同時刻、士郎がアーチャーの腕を使ってバーサーカーを倒す

バーサーカーが桜(聖杯)に還ってくる

桜が苦しむ隙に綺礼は何処かへ


ストーカー『以上です』
417: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:56:00.54 ID:hkw2fN9Zo
ストーカー『少しだけ補足しておきますと』

ストーカー『言峰の心臓は前回の聖杯戦争から機能していないのです』

ストーカー『その代わり、聖杯の泥を被ったギルガメッシュからその力が流れ込み』

ストーカー『それが言峰の心臓の代わりを務めていました』

ストーカー『しかし今回、黒聖杯となった桜にとって』

ストーカー『言峰の心臓は自分の力で機能させているようなもの』

ストーカー『つまりその命は既に桜の手の上だったのです』


ストーカー『その詳しい経緯につきましては【Fate/stay night】をプレイするか』

ストーカー『過去の物語である【Fate/zero】をご覧ください』




綺礼「……」ナンダアイツハ

マスター「うむ。説明キャラというのは便利なものよ」

綺礼「しかし、あまりやりすぎると読者に怒られるのではないか?」

綺礼「上記の地の文はいい加減にも程がある。文体にもやる気が全く感じられん」

マスター「仕方が無かろう。筆者が持たん時が来ているのだ!」

綺礼「エゴだな、それは」

マスター「ならばアクシズの代わりに原稿が落ちるぞ?」

綺麗「……」


-- interlude out --
418: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:56:47.99 ID:hkw2fN9Zo
結局、東方不敗は言峰を見つける事ができなかった。

見つけたとモノ言えば、森の中に佇む廃屋の壁に

人を押し付けて磨り下ろしたような異様な跡があった事。

そして周囲を赤く染めるおびただしい血痕と、

粉々になった肉塊が散らばっていた事くらいであった。

この肉片が臓硯のものである事は明白である。

何故なら、そこから立ち込める腐臭は普通の人間では有り得ない。

飛び散った肉片も、掻き集めれば丁度

小柄な老人くらいの大きさにはなるかもしれない。
419: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:57:28.94 ID:hkw2fN9Zo
さて、衛宮の屋敷に戻ったのは士郎とイリヤが最初である。

危機を乗り越え森から出た二人は、道路に飛び出して無理矢理車を捕まえた。

そしてイリヤが催眠術をかけて乗せて貰うという、

犯罪者紛いのヒッチハイクをやってのけたのだった。

次に屋敷に戻ったのは凛である。

自分の肌に合った土地で眠っていたのが幸いしたか、

夕方には持ち直して衛宮の屋敷へ訪れる。

最後に戻ったのは東方不敗。

言峰を探していた時間が長かったため、

戻った頃にはすっかり日が暮れてしまった。
420: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:58:09.44 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗が戻ったのと、

三人が土蔵で宝石剣の投影を済ませたのは殆ど同時であった。

凛とイリヤは試し打ちをすると言って出て行き、

士郎は一人、土蔵の中に取り残されていた。

マスター「士郎、よく逃げ切った。切り札も無事に作成できたようだな」

東方不敗は蒼白い顔の士郎に労いの言葉をかける。

その疲れ切った様子から、

宝石剣の投影がかなりの負担であった事は容易に推測できる。

そして何よりアーチャーの腕を使った事は明白である。

腕を使えば『時限爆弾のスイッチが入る』という話だったが、

東方不敗はその意味をすぐに理解する事になる。
421: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:59:05.84 ID:hkw2fN9Zo
士郎「あ……。えっと、そう。ライダーか」

マスター「うむ、今戻ったところよ」

士郎「こんな所で何やってるんだ?」

マスター「切り札を投影すると言っていたお前の様子を見に来たのだ」

士郎「切り札……?」

士郎はまるでその言葉に心当たりが無いかのように、

東方不敗を見つめてポカンとしていた。

マスター「凛とイリヤと三人で、宝石剣とやらを作るという話だったではないか」

士郎「宝石剣……?」

またもや士郎はポカンとしている。

マスター「大丈夫か士郎。疲れておるなら肩を貸すぞ?」

そう言って士郎の手を取ろうとしたその時、

そこからポタポタと血が滴り落ちている事に気が付いた。

手の平には赤い宝石でできた三角形のペンダントが納まっており、

その角が肉に食い込むほどの力で、強く握り締められていたのだった。
422: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 20:59:45.87 ID:hkw2fN9Zo
マスター「何をしておる! さっさと手当てをするのだ。居間へ行くぞ」

しかし、その呼び掛けに士郎は反応しなかった。

手の中にあるペンダントを見つめたまま、

何か思い出そうと必死に思案を巡らせている。

マスター「……そのペンダントがどうかしたのか?」

士郎「……これは大切なモノ。……そう、大切なモノなんだ」

まるで自分に言い聞かせるような物言いに、

だんだんと東方不敗は不安になってくる。

先程からの士郎は、単に疲れているだけでは説明のできない程の

『記憶の欠如』が見られている。

一先ず士郎を居間へ連れて行くと、

手の傷に包帯を巻きながら今日一日の出来事を一つずつ確認してゆく。
423: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:00:30.99 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗は頭を抱えた。

士郎は今日一日の事を殆ど忘れていたのである。

いや、今日だけの事ではない。

遡ればボロボロと記憶の穴が見え隠れしている。

時限爆弾による肉体の崩壊はこれ程のものなのか。

英霊の力を使った代償はこれ程のものなのか。

何とか出来ないものかと、東方不敗はイリヤに相談を持ちかける。
424: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:01:15.86 ID:hkw2fN9Zo
イリヤ「無理ね……」

イリヤの答えは非情なものであった。

視線を逸らしながらも、変え様の無い事実を東方不敗に一つ一つ打ち明ける。

何でも投影は宝石剣の作成だけでなく、

既に森でバーサーカー相手に使っていたと言うではないか。

マスター「士郎の体は後どれくらいの猶予があるのだ?」

イリヤ「シロウの体の事はシロウが一番良く知っていると思うけど」

イリヤ「……そうね。この調子だと、投影は出来て後二回」

イリヤ「三回も使えば、士郎の体が耐えられない」

イリヤ「どちらにしたって、一度でも使えばいづれ来る運命は変えられないの……」
425: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:01:50.81 ID:hkw2fN9Zo
再び東方不敗は士郎の元へ。

マスター「士郎。アーチャーの力について教えてくれんか」

士郎「何だよいきなり?」

アーチャーの力がどんなモノか分かれば、

それと上手く付き合って行く方法があると思ったのだ。

例え桜を助け出しても士郎が死んでしまっては意味が無い。

東方不敗は最後までその運命に抗うつもりだ。
426: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:02:30.75 ID:hkw2fN9Zo
アーチャーは『錬鉄の英雄』らしい。

剣であれば見たモノを複製でき、

またアーチャーがこれまでに記録した武器も引き出す事が可能。

固有結界『無限の剣製(アンリミテッドブレードワークス)』は使用不可。

腕から武器を引き出す場合は、使用目的に最も適したモノを

無限の剣製から検索して複製する仕組みである。
427: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:03:26.04 ID:hkw2fN9Zo
イリヤ「シロウ、リンが呼んでるわ」

イリヤ「外で待ってるから、準備が出来たら来なさいって」

話を聞き終えた頃、イリヤが士郎を呼びに来た。

日付が変わると同時に桜の居る柳洞寺に乗り込む算段だったらしい。

そしてイリヤは留守番である。

臓硯がイリヤを狙っているという事もあるが、

士郎の希望でここに残る事になったのだとか。

士郎「分かった、それじゃあ行ってくる。イリヤも気を付けてな」

士郎「ライダーは先に外で待っててくれ」

士郎は腰を上げると、短剣が包まれた布を脇に抱えた。

宝石剣の投影で不要になった儀式用の短剣だが、

今の士郎にとっては武器は多いに越した事は無い。
428: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:04:03.84 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗は真っ直ぐ玄関には向かわず、

庭の片隅の、何も無い空間に向かって声を掛けた。

マスター「風雲再起、今宵は最後の戦いになろう」

マスター「辛いとは思うが、霊体のままついて来てはくれんか?」

マスター「万一の場合はお前の力を借りる事になるやもしれん」

その呼び掛けに愛馬は声を返すと、

気配だけが東方不敗にピッタリと寄り添った。
429: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:04:40.52 ID:hkw2fN9Zo
凛「ライダー、士郎は?」

東方不敗が外に出ると、玄関の脇から凛の声が聞こえてきた。

表札の付いた壁に寄りかかり、片腕を腰に回してこっちを見ている。

士郎は自分が死ぬ事を悟っている。

恐らく今頃は、二度と戻らぬ我が家に別れを告げている事であろう。

それを急かすは無粋というもの。

何とか時間を稼がねば。
430: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:05:33.63 ID:hkw2fN9Zo
マスター「凛、お前は確か宝石に魔力を込めているのだったな」

凛「そうよ。この戦いで全部使っちゃったけどね」

マスター「今まで何個くらいの宝石を買ったのだ?」

凛「十七年で十個よ。毎日欠かさず魔力を込めたわ」

マスター「なるほど。お前が今持っているのは宝石剣だな」

凛「宝石剣ね」

マスター「もしお前がそのお金を使わなければ」

ストーカー『ちくわ大明神』

マスター「今頃それ位の宝石が買えたのではないか?」

凛「誰だ今の」



士郎「待たせた遠坂」

マスター「さて行くか」

凛「ちょっと! アイツは結局何者なのよ!」

マスター「知らん」

士郎「?」
431: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:06:30.95 ID:hkw2fN9Zo
-- Interlude --


柳洞寺の地下空洞。

祭壇の上には巨大な黒い炎が燃え盛り、

その炎に熱せられた空気は、濁った風となって洞窟内を駆け巡る。

濁った風に当てられた水は、毒々しい色となってさらに地下へと染みわたる。

ここは死地と化していた。

そんな地獄の祭壇に、影が一つだけ立ちつくしている。

桜だ。

桜は力無く腕を垂らし、心無い表情で虚空を見つめ続けていた。

桜『……ふむ、頃合いか』

しかし、その口から出たのは桜の声では無い。

桜『もう暫く保つかとは思うたが、幕引きはあっけなかったのう』

臓硯である。
432: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:07:15.79 ID:hkw2fN9Zo
森で言峰に倒されたアレは、

臓硯にとっては只の触角に等しい存在であった。

本体は一番安全な場所。

即ち桜の心臓に取り付く、小さな一匹の虫であった。

桜『いやはや、実に残念だぞ桜』

桜『ここまでアレを育てたお主じゃ』

桜『せめて聖杯を手に入れる栄光は譲りたかったのだが、仕方あるまい』

桜『消えたお前の理性に代わって儂が引き継いでやろう』

そして虫は動き出す。

今まで居た心臓から、脳を食わんと這いずり出した。

桜の体を乗っ取るつもりである。
433: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:08:13.12 ID:hkw2fN9Zo
桜「その必要はありません。お爺様、私は大丈夫です」


突然、桜の指は自身の鎖骨あたりへと埋め込まれた。

心霊手術のごとく奥深くへと埋め込まれた指は、

先程まで心臓にいた小さな虫を掴み上げる。

ずるりという音と共に、奇怪な寄生虫が取り出された。

臓硯「な……何を、何をする桜!」

桜「なんだ、やってみたら簡単なんですね」

桜「私、お爺様はもっと大きいかと思っていました」

血に濡れた自身の指と、ピチピチと動く奇怪な虫を見ながら

桜は祖父と名乗るモノをまじまじと観察している。

桜「あの神父さんには感謝しないといけませんね」

桜「あの方がお爺様を消してくださらなかったら」

桜「本当に私が食べられていた所だった」

臓硯「待て。待て待て待つのだ……!」

臓硯「違う、違うぞ桜……! お前に取り憑くというのは最後の手段だ」

臓硯「お前の意識があるのなら、門は全てお前に与える」

桜「もうお爺様の手は要りません。後は私だけでも門を開ける事はできますから」



桜「さようなら、お爺様」



-- Interlude out --
434: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:09:15.60 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗ら三人は、

柳洞寺の地下へ続く洞穴を下へ下へと降りて行った。

闇の中を百メートルは降りただろうか。

長い長い縦の洞穴を抜けた先は、一転して薄明るい光に包まれた。

ヒカリゴケの一種か、ぼんやりとした緑色は

壁から天井までびっしりと洞穴を覆っている。

さらに進むと天井は高くなり、生温かい風がこちら側へと流れてくる。

大空洞は近い。

マスター「待て」

東方不敗のその声に、士郎と凛は足を止める

視線の先にはあの黒い騎士が待ち受けていた。

あちらもこちらに気が付いたのか、

セイバーから発せられる殺気が肌を突く程に強まってゆく。
435: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:10:05.82 ID:hkw2fN9Zo
東方不敗は息を飲んだ。

凛とイリヤから『別人』とは聞いていたものの、

目の前にいる騎士はただ属性や性格が反転しただけの存在ではない。

金色に輝いていた髪は色素が抜けたように白みがかり、

瞳の色も翠から金へと変色している。

神々しい光を発していた白銀の鎧は、

今や漆黒へと染め上げられて洞窟の闇に溶けている。

だが、外見の違いなど些細な問題。

一番の違いは、その体から溢れ出る力が桁違いに上がっているという事だった。

抑えていても溢れ出る魔力は全身を覆い、

既に隠す必要も無いのか、セイバーの持つ剣からは

剥き出しの黒い刀身と剥き出しの鋭い殺気が三人目掛けて突き付けられる。
436: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:11:01.20 ID:hkw2fN9Zo
凛「……ふん。話し合いで通してくれる、って雰囲気じゃなさそうね」

凛は腰の後ろに隠してあった宝石剣に手を伸ばした。

だが、セイバーは静かな声で凛をいさめる。

セイバー「リン、私には貴方と争う理由は無い」

セイバー「くれぐれも間違いで私に剣を向けないように」

セイバー「貴方をここで殺してしまっては、桜の命令に背いてしまう」

つまり、桜は凛と一対一でで決着を付けたがっているという事だ。

凛「……そう。本気なんだ、桜」

凛は大きく息を吸った後、セイバーへ向かって歩き出す。

堂々とその横を通り過ぎ、赤い服は闇の中へと消えていった。
437: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:11:55.35 ID:hkw2fN9Zo
マスター「さて、ワシらもとっとと通して貰おうかの」

凛の気配が薄れた後、東方不敗は上を見上げた。

天井には十分な高さがある。

今のセイバー相手では生身で戦う余裕は無い。

最初から全力。

宝具の名が洞窟内に響き渡った。


マスター「マスターガンダァァァァム!!」


赤い翼が風を斬り、巨人が騎士へと襲いかかる。

大小二つの漆黒の影は、暗い洞窟で火花を散らした。
438: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:13:01.05 ID:hkw2fN9Zo
マスター「でぁぁぁぁっ!」

巨大な手刀が放たれる。

巨人にとっては只の突きでも、騎士にとっては致命となる。

だがその質量の塊を、騎士は真っ向から剣で迎え撃つ。

セイバー「ふっ!」

セイバーの一振りの前に巨人の腕が大きく弾けた。

膨大な魔力放出にモノを言わせ、巨人の腕を触れる事無く押し返したのだ。

マスター「ならばぁ!!」

続いて光の布が放たれる。

『マスタークロス』と呼ばれるビームの布は、

東方不敗の腰布と連動して動く、マスターガンダム唯一の武器らしい武器である。

マスタークロスはセイバーの周りを取り囲むと、

握り潰すように一気にその円を締め上げる。

だが瞬時に巻き起こる空気の爆発に、

ビームの粒子は跡形も無く四散してしまう。

やはりこれも魔力放出。

セイバーは桜から流れる無限とも言える魔力を武器に、

マスターガンダムの攻撃を力任せに迎撃するのであった。
439: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:14:00.04 ID:hkw2fN9Zo
セイバー「はああっ!」

爆散させた魔力を推進力に、騎士は巨人の懐へと潜り込む。

小さな剣から放たれた斬撃は、巨人の装甲に大きく深い傷を付けた。

マスター「ぬうぅぅっ!」

脇腹に一閃を受け、巨人の体が大きく後ずさる。

騎士はすぐさま返す刀で追撃を入れるが、

巨人は光る掌でその攻撃を受け止めた。

マスター「ダークネス・フィンガー!」

シャイニングフィンガーに酷似したその技の衝撃に、

騎士の体は数十メートルは吹き飛ばされた。

受け身を取って着地するも、漆黒の鎧は所々に亀裂が走っている。

強大な力を得たとは言え、黒化した騎士は影と同等。

流派東方不敗の技の前に鎧が悲鳴を上げたのだ。
440: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:14:54.94 ID:hkw2fN9Zo
騎士は剣を構え直すと、目を閉じ大きく息を吸った。

その一呼吸で鎧に魔力が行き渡り、無数の傷はあっと言う間に塞がってゆく。

騎士はその守りに加え、治癒の力も一級品である。

しかし巨人も負けてはいない。

その体に植えつけられたDG細胞は、自己再生を用いて脇腹の傷を塞ぎ始める。

セイバー「……大した生命力だ。その宝具は自身の傷を治すのか」

セイバー「いくら斬っても意味が無さそうだな」

セイバー「それなら……一撃で決める!」

黒い刀身に禍々しい魔力が集まり始める。

━━ 来る。

騎士の最強の一撃を前に、巨人も最大の奥義で迎え撃つ。


マスター「流派・東方不敗が最終奥義!」

セイバー「約束された(エクス)━━━━」

マスター「石破天驚けぇぇぇぇぇぇぇん!!」

セイバー「勝利の剣(カリバー)━━━━!!」
441: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:15:34.01 ID:hkw2fN9Zo
二つの力がぶつかり合う。

漆黒の光を砕かんと走る黄金の拳。

黄金の拳を呑まんと広がる漆黒の光。

相反する力の衝突は、さながら時空の歪みでも引き起こしているようである。

暴風が吹き荒れ、稲妻が激しく飛び交い、大地が勢い良く唸りを上げる。

例え天変地異が起こっても、これより激しくなろうものか。

マスター「ぬおおおおおおおおおおおおおっ!」

セイバー「はあああああああああああああっ!

さらに込められた力の前に、ついに空間が弾け飛んだ。
442: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:16:21.00 ID:hkw2fN9Zo
しん、と静まり返った空間で、士郎は倒れた体を起こした。

この静けさは嵐が過ぎ去ったからなのか、

それとも轟音で耳がやられたからかは分からない。

先程まで光り輝いていた空間は、前に比べて深い闇に包まれていた。

ふと足元に目を降ろすと、

ヒカリゴケの光が今にも消え入りそうなくらい弱々しくなっている。

ふと、視界の隅で何かが動いた。

士郎「……セイバー!」

騎士は剣で体を支えながら、崩れ落ちた岩の上を一歩一歩進んでいる。

その視線の先には、落盤に埋もれて動かない巨人の姿が見据えられていた。
443: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:17:10.58 ID:hkw2fN9Zo
セイバー「最期だ……」

騎士は鎧の修復など後回しに、黒い剣に魔力を込める。

士郎「まずい!」

そう思った途端、士郎は左腕の拘束に手を掛け、巨人目掛けて駆け出していた。

聖骸布を解き放つ。

アーチャーの経験を目一杯引き出し、この状況を打開できる力を絞り出す。

騎士が剣を振り上げた瞬間、巨人の瞳に光が灯った。

東方不敗は生きている。

しかし騎士の一撃は、巨人に止めを刺さんと振り下ろされた。

セイバー「約束された(エクス)━━━━」

刹那、巨体が宙へと跳ね上がる。

体を激しく回転させ、巨人を埋める落盤を玩具のように撥ね飛ばす。

マスター「超級覇王━━」

セイバー「勝利の剣(カリバー)━━━━!!」

マスター「電影だぁぁん!!」
444: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:18:05.48 ID:hkw2fN9Zo
士郎「駄目だ!」

士郎は瞬時に理解した。

あの奥義ではセイバーの宝具に対抗できない。

何より、絶対的な気力が足りない。

流派東方不敗は天然自然から力を借りて戦うが、

既に石破天驚拳の使用で周りの生命力を使い果たしてしまったのだ。


士郎「━━ I am the bone of my sword」


一度も使った事の無い起動呪文が、舌を滑るように口から飛び出す。

使うべきものは決まっている。アーチャーの知る中で最大の守り。

その一つ一つが城壁に匹敵すると言われる結界宝具。


士郎「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)━━━━!」


繰り出されるは四つの守り。

花弁を模した四つの盾が、巨人の前に展開された。

守りは巨人の回転と共に黄金の闘気を纏うと、

一丸となって漆黒の光へ飛び込んで行く。
445: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:19:00.47 ID:hkw2fN9Zo
士郎「ギ━━━━ア━━!」

前に突き出した腕が暴れる。

外からは漆黒の光の衝撃が。

内からは抑え切れない魔力の流れが。

士郎「━━━━━━━━━━━━!!」

声にならない声で吼える。

腕の痛み。自身の消失。

全てをかき消さんと叫び続ける。

士郎「━━、━━━━ア━━━━━━━━━━━━!!!」

二枚の花弁が同時に壊れた。

反動で腕が逆に曲がりそうだ。

右手で左腕を握り締め、荒れ狂う力を体全体で押さえつける。

士郎「アアア━━アアアアア━━アアアアアアアアア━━━━ッ!!!!」

残り二枚を撒き散らしながら、洞窟は黄金の光に包まれた。
446: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:19:35.97 ID:hkw2fN9Zo
巨大な闘気が騎士を砕く。

跳ね上げられた騎士の体は一直線に地面に落下。

受け身も取れず、背中から無残に叩きつけられる。

巨人は勢いのまま地面を滑る。

左半身を摩り下ろし、煙を上げて停止した。
447: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:20:28.80 ID:hkw2fN9Zo
士郎は走った。騎士の元へ。

儀式用の短剣を握り締め、倒れた体に圧しかかる。

セイバー「ぁ……シ、ロウ…………?」

頭を強く打ったのか、

騎士は細く目を開けると、かつての主の名を呼んだ。

士郎「━━━━ッ」

騎士の胸に短剣を振り下ろす。

誰かの味方をするという事。

この道を選んだ自分に、失ったものに見合う幸せがあるのだろうか。

それでも、見っともなく、滑稽で、無価値なまま、

奪い続けた責任を果たしてみせる。

ツケの終わりが見えなくても、決して諦める事だけはしないと心に誓う。

たった一人の愛する者の為、最期まで自分を守った騎士を殺めた。
448: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:21:25.72 ID:hkw2fN9Zo
騎士の体が消えると同時に、刺さった短剣も音を立てて弾け飛んだ。

サーヴァント程の力を消した代償だろう。

士郎は左腕の拘束を締め直すと、倒れる巨人に向かってゆっくりと歩き出した。

足の関節は鉄でも入っているかのように固く、

半ば引きずる形でどうにかそこまで辿り着いた。

巨人を見上げると、損傷は左半身が特に激しい。

左腕は胸にかけて跡形も無く消し飛び、

大きな角も片方が根元から折れている。

左足は太ももから足首にかけて骨格が露出し、

背中の羽根は無数の深い亀裂が入っている。

中に居るライダーは無事だろうか。

辺りはしんと静まり返り、

電子回路のスパークだけが不規則な音を繰り返していた。
449: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:22:10.58 ID:hkw2fN9Zo
士郎「ライダー、無事か」

その言葉に反応してか、大穴の空いたコックピットから

東方不敗が這い出してきた。

巨人の胸からずるりと落ちると、地面に仰向けになったまま事の結果を確かめる。

マスター「セイバーは……やったのだな?」

その問いに士郎は黙って首を縦に振る。

マスター「そうか……」

士郎もそうだが、東方不敗も満身創痍である。

胸の大穴から黒い光が入り込んだに違いない。

士郎「先に行ってる。動けるようになったら来てくれ」

倒れたままの東方不敗に呟いて、士郎は奥へと足を進めた。
450: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:23:14.02 ID:hkw2fN9Zo
━━━━ どれ位目を閉じていたのだろう。

一分か、十分か。果ては一時間なのか。

背中から伝わる地鳴りに東方不敗は重い上体をゆっくりと起こす。

全身は鉛でも入っているかのように感覚が鈍く、

関節は油の切れたブリキ人形のようにギシギシと軋みを立てている。

マスター「……ふん、病が無くともコレとはな」

だが行かねばならない。奥で何かが起こっている。

東方不敗は見えない愛馬に声をかけた。

マスター「……風雲再起、そこに居るか?」

その呼び掛けに愛馬は姿を現した。

未だ癒えない純白の体には、至る所に真紅の傷跡が残っている。

例え満身創痍の体でも、宝具の激しい衝突の前にも、

愛馬は臆することなく、じっと近くで主の命令を待っていたのだ。

マスター「お前も疲れておる所をすまんが、ワシを士郎の元へと運んでくれんか」

風雲再起は脚を折ると、傍らでそっと姿勢を低くする。

東方不敗は這うように背中によじ登ると、

しっかりと手綱を握り締めながら風雲再起の腹を叩いた。

その合図に愛馬は立ち上がると、静かに奥へと歩みを進める。
451: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:24:02.22 ID:hkw2fN9Zo
黒い炎が燃える祭壇へ辿り着く。

既に聖杯の九割は成り、黒く巨大な杯は大空洞の天蓋に届くほど成長していた。

最初は聖杯に奇妙な模様があると思っていたが、

見慣れてくる内に、それが何かの生き物である事が分かってきた。

目があり、手があり、足がある。

丁度聖杯が胎盤の役割を果たすように、

巨大な生物が体を畳み、その中に小さく納まっている。

動く気配は見せないものの、今にも鼓動が聞こえる位に

赤い模様が規則正しく波打っていた。

マスター「あれが━━━━」

受肉しかかっている『この世全ての悪』である。

桜が用いている力など、

アレから漏れたほんの僅かな力に過ぎなかったという事だ。
452: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:25:25.79 ID:hkw2fN9Zo
焦る気持ちを押さえながら、東方不敗は士郎を探した。

見ると、聖杯から百メートルは離れた場所に、三つの影が集まっている。

その内二つは地面に倒れ伏し、残る一つは聖杯に向かって歩き出していた。

マスター「士郎━━!」

風雲再起を駆りながら、歩く影を大声で呼び止める。

それに気付いた士郎は足を止め、近付く白馬を眺めている。

士郎「えっと……。ら、ラ…………。アンタ、良い所に」

士郎「桜と遠坂を連れて今すぐ外へ出てくれないか」

マスター「士郎、まさか……!」

既に士郎は東方不敗を覚えていなかった。

ただ何となく味方である事は分かっていて、

倒れた二人を託そうと言うのだろう。

東方不敗が二人に目をやると、

桜は傷一つ無く、憑きものが落ちたように静かに眠っているようだった。

その脇には歪な短剣が落ちているが、恐らく士郎が投影したものであろう。

対して凛は、腹から血を流して倒れている。

出血は既に止まっているようだが、一刻を争う事には変わりが無い。
453: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:26:25.60 ID:hkw2fN9Zo
マスター「……で、二人を預けてお前はどうする?」

士郎の向かっていた先を考えると、

聖杯を破壊しようとしているのは明らかだ。

士郎「アレを閉じてから行く」

士郎「すぐ終わるだろうけど、遠坂の傷は一刻を争う」

士郎「桜だってここにいたらアイツの影の影響を受けるかもしれない」

案の定の答えが返ってきた。

しかし士郎の体は限界。

後一度の投影にその体は耐えられないだろう。

と、ここで東方不敗は士郎の体を覆う光る物体に気が付いた。

暗い洞窟に居た時は分からなかったのだが、

士郎の体は全体から尖った金属が飛び出していた。

まるで無数の剣が体の内から生えているようだ。

マスター「これは……!」

━━ DG細胞の感染症状と同じではないか。

DG細胞に感染した時も、今の士郎と同じように体表面を金属が覆い始めるのだ。
454: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:27:26.05 ID:hkw2fN9Zo
マスター「士郎、賭けに乗らんか?」

唐突に東方不敗は話を持ち出す。

士郎「賭け……? そんなのに付き合っている暇は無い。早く聖杯を壊さないと」

マスター「いや、これはお前の体を治す為でもあるのだ」

そう言って、東方不敗は小さな黒い塊を取り出した。

士郎「これは?」

マスター「ワシの宝具の装甲よ。これには特殊な金属が使われておる」

マスター「お前がそれを取り込めば、その体を治す事が出来るやもしれん」

DG細胞を取り込む事は、普通の人間なら自殺行為である。

何故なら取り込んだが最後、DG細胞に体を乗っ取られてしまうからである。

しかし東方不敗には勝算があった。

アーチャーは『錬鉄の英雄』である。『金属』との相性は抜群のはず。

そして何より、士郎の真っ直ぐで強靭な精神は、DG細胞に打ち勝つと信じている。
455: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:28:16.89 ID:hkw2fN9Zo
マスター「この金属を取り込めば、DG細胞はまずお前の体を自己修復し始めるだろう」

マスター「それが済めば体を乗っ取りにかかる」

マスター「それまでの間にDG細胞を制御して見せよ」

真っ直ぐに目を見据え、東方不敗は士郎の胸に金属片を突き付ける。

士郎「分かった。アンタを信じるよ」

士郎も真っ直ぐ東方不敗の目を見つめ、手にした金属を受け取った。
456: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:29:31.76 ID:hkw2fN9Zo
マスター「よし。医学的な方法は取れぬ故、荒良治よ」

マスター「まずは何処でも良い。その金属を体に埋め込むのだ」

マスター「後はワシが気でDG細胞を活性化してやろう」

言われた通り、士郎は腹の傷に黒い金属片を押し当てる。

本来なら傷口をえぐる痛みに悲鳴を上げるのであろうが、

今の士郎は感覚すら無くなっているのが幸いだった。

マスター「行くぞぉ! 集中せい!」

士郎「━━━━ 同調、開始(トレース・オン)」

東方不敗が士郎の腹に手をやると、

腹から全身へ、その体に熱い力が流れ込む。


━━━━ 基本骨子、解明。

━━━━ 構成材質、解明。

━━━━ 基本骨子、変更。

━━━━ 構成材質、変更。


物質の解析、変更なら、士郎にとっても馴染みの作業。

「自己増殖」「自己再生」「自己進化」を持つDG細胞を

純粋な「自己再生」だけを持つ細胞へと作り変えてゆく。

士郎「━━━━ 全工程、完了(トレース・オフ)」

全てが終わった時、士郎の体を突き破っていた無数の剣は

すっと体内へと消えていった。
457: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:30:41.79 ID:hkw2fN9Zo
マスター「うまくいったか……。だが、ボヤボヤしている暇は無いぞ、士郎」

士郎「ああ、聖杯を破壊する」

マスター「先に聖杯の元へ行っておれ。だが、決して左腕は使うでないぞ」

マスター「ワシは二人の処置をしてから向かうでな」

士郎は駆け出した。

まだ少し体は重いものの、先程と比べればまるで羽根のような軽さであった。

東方不敗は凛の元へと駆け寄ると、その腹に手を当て意識を集中させる。

僅かに残った気力を全て絞り出すと、凛の体に一滴残らず注ぎ込む。

気とは即ち、天然自然が産み出す大いなる生命力。

東方不敗は凛の寝顔が和らぐのを確認すると、

大きく息を吐き出すと額にたまった汗を拭った。

本格的な治療とはいかないが、応急処置にはなるだろう。

腰布で傷を塞ぐと、風雲再起に預けて桜の元へと駆け寄った。
458: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:31:30.98 ID:hkw2fN9Zo
マスター「桜、しっかりせい!」

体を揺すると、桜は小さなうめき声と共に薄っすらと目を開けた。

桜「……ラ、イダー?」

マスター「うむ、ワシだ。ワシが分かるな? 桜」

桜はゆっくりと体を起こすと、

何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。

その目はやがて、風雲再起の上で眠る凛の姿に向けられる。

桜「姉さん!」

その傍らまで駆け寄ると、桜は凛の首筋に手を当てた。

凛が生きている事に安心したか、

桜の瞳からは、その反動でボロボロと大粒の涙が流れ出した。
459: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:32:15.77 ID:hkw2fN9Zo
桜「姉さん、ごめんなさい……」

桜「私……姉さんの気持ちに気付けなかった」

桜「悪いのは周りじゃなくて……」

桜「臆病で、自分に閉じ籠ってた私の方で……」

桜は凛の顔に手を添えながら、

ごめんなさい、ごめんなさいと、何度も、何度も涙を流した。

具体的に何があったかは知る由も無いが、

桜は最後に凛の気持ちに気が付いたのだ。

いささか行き過ぎた姉妹喧嘩はここに幕を閉じたのだった。
460: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:32:57.22 ID:hkw2fN9Zo
桜「そうだ、先輩……。先輩は何処!?」

暫くした後、桜は落ち着きを取り戻した。

先程から見えない士郎の姿を、ここでようやく思い出したのだ。

マスター「ああ、士郎ならあそこに……」

と、東方不敗が指差した先に居たのは士郎ではない。

マスター「言峰……!」

何故ヤツがここに居るのかは分からない。

しかしヤツが敵である事は、その足元で倒れる士郎が全てを物語っていた。
461: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:34:01.25 ID:hkw2fN9Zo
マスター「貴様、何のつもりだ!」

言峰と対峙し、東方不敗は構えをとる。

しかし言峰はその問いに反応せず、ただ拳をもってそれに答えた。

長身を折り畳むように屈むと、横腹目掛けて拳が放たれる。

半歩下がって受け止めた東方不敗であったが、

次の瞬間、顔面目掛けて蹴りが飛び込んできた。

さらに半歩下がってその攻撃をやりすごしたのだが、

言峰の体は蹴りの勢いで一回転し、

火を噴くような回し蹴りが東方不敗の胸に突き刺さる。

マスター「━━━━!」

体が飛んだ。

二メートル弱はある東方不敗の体は、実に数メートルは吹き飛ばされた。

マスター(これは……!)

言峰から繰り出されたのは中国拳法に間違い無い。

突きからの括面脚(かつめんきゃく)から、流れるように擺脚(はいきゃく)へと繋ぐ。

括面脚とは内側へ回す蹴りの事で、擺脚とは外側に回す蹴りの事である。
462: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:34:43.56 ID:hkw2fN9Zo
まさか魔術師が肉弾戦を挑んでくるとは。

いや、思い返せば凛も八極拳を使っていた。

普段の東方不敗なら不意を突かれても対処は可能であったが、

満身創痍の今となっては思うように体が動かなかった。

だが、それに怯む東方不敗ではない。

すぐに立ち上がると、言峰の懐目掛けて一直線に突き進む。
463: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:35:39.21 ID:hkw2fN9Zo
二匹の獣が牙をむく。

両者は手負い。

東方不敗はセイバーとの戦いで全身を。

言峰は桜との戦いで心臓を。

いずれ倒れるは必然ならば、

この勝負はどちらが最後まで立っているかという、

気力の勝負にもつれ込む。

拳法の体をなしたのは最初だけ。

度重なるダメージは両者の脚の自由を奪い、

今では大地に根を張って、引いたら最期と拳を交える。

拳、

肘、

掌底、

手刀。

血に染まった四つの拳は、

二人の間を何度も、何度も、何度も、何度も、互い違いに往復する。

行った拳は更なる血を吸い、

戻った拳はその血を周囲に撒き散らす。

二メートル弱の大男が二人。

ただ無言で殴り合う様は、誰の目にも恐怖しか映らないであろう。
464: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:36:20.92 ID:hkw2fN9Zo
言峰は初め、拳から伝わる確かな手応えに疑問を抱いていた。

サーヴァントには魔力や神秘の通った攻撃しか効かないはず。

しかし目の前の男は、魔力も通わぬ自身の拳で血を流し、骨を軋ませ、

確実に死へと追い込まれてゆく。

だがそんな疑問も途中から吹き飛んだ。

男の繰り出す拳もまた、自身の命を一撃一撃と削り取ってゆく。

今の言峰は、ただ無心で拳を前に突き出し続けた。
465: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:37:20.68 ID:hkw2fN9Zo
一方、東方不敗はだんだんと語られる拳の声にしっかりと耳を傾けていた。

━━ 何故ここで立ち塞がるか。

━━ 何故『この世全ての悪』を誕生させようとするのか。

それは望みを持たない故の苦悩。

多くの人間が感じる幸福を、自身は幸福と受け取れぬ歪んだ感情。

自身が出せない答えを、アレが代わりに出してくれると願うもの。

拳に乗せられた言葉は一片の曇りも無い純粋な魂の叫びであった。

しかしその声を全て理解しようとは思わない。

元よりお互い相容れぬ。

ただ、突き出された剥き出しの感情は、しっかりと心の中に刻み込む。
466: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:38:22.54 ID:hkw2fN9Zo
マスター「━━ッ!」

綺礼「……っ!」

両者の拳が交錯する。

東方不敗の拳は言峰の顎へ。

言峰の拳は東方不敗のこめかみへ。

二つの拳は両者の脳を揺るがした。

そしてこめかみに突き刺さった方の拳は

二度と腕に引き戻される事は無かった。

先に命の炎が燃え尽きたのは言峰であった。

東方不敗は拳を突き出したまま絶命する言峰を見据えると、

すぐさま倒れた士郎の元へ駆け寄った。

言うべき事は何もない。

それは全て拳によって語られたのだから。
467: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:39:10.49 ID:hkw2fN9Zo
既に士郎は目を覚ましていた。

桜に抱き起こされ、ぐるぐる回る世界を頭を振って立て直す。

桜「大丈夫ですか、先輩?」

士郎「ああ、大丈夫だ桜」

どんなに記憶が壊れても、桜の事だけは忘れていない。

ならばと東方不敗は聖杯の破壊を士郎に促す。

マスター「士郎よ、森での修行は覚えておるか?」

士郎「森…………?」

やはり士郎は覚えていない。

しかしもう一度教え直す時間も無い。
468: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:40:00.90 ID:hkw2fN9Zo
マスター「こう言うモノは脳では無く、体が覚えているモノぞ!」

士郎を立たせ、腰を叩く。

マスター「足を踏ん張り、腰を入れんか!」

マスター「目を閉じ、下腹に意識を集中せい!」

言われるがまま、士郎は目を閉じて両足を肩幅に開く。


『目を閉じても意識は外に向けよ!』

『自然を感じるのだ。自然と一体になるのだ!』

『全身から呼吸し、丹田に空気を溜める感覚を持て!』


何処かで聞いた言葉が士郎の頭に響き渡る。

だんだんと、士郎は腹のあたりが熱くなるのを感じていた。
469: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:41:01.38 ID:hkw2fN9Zo
マスター「よぉし! ならば桜、お前には士郎の補助を頼みたい」

桜「補助……ですか?」

マスター「士郎の体に魔力を流すのだ」

マスター「ありったけの魔力を流し、士郎の体から撃ち出すのだ!」

桜「そんな……。私、出来ない……」

間桐の魔術は『吸収』である。

他人から奪う事に特化したその特性は、

士郎に魔力を与えるという役割からは真逆の存在だと言える。

そんな中、うろたえ戸惑う桜の後ろから彼の少女の声が聞こえてきた。


『━━ 私が閉じるわ』
470: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:41:52.25 ID:hkw2fN9Zo
そこに現れたのは冬の聖女。

純白のドレスに純白の王冠。そして純白とも言える銀の髪。

瞳だけが赤く灯った、アインツベルンの少女であった。

だが、

マスター「待てぇぇぇぇい!!」

東方不敗はイリヤの首根っこをヒョイと掴むと、

風雲再起の背中にポイと投げ捨てる。

イリヤ「ちょっと! 何でいつも私の役割を取っちゃうのよーっ!」

マスター「たわけぇ! お前が桜ルートで出しゃばるでないわぁ!」
471: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:42:51.96 ID:hkw2fN9Zo
そして東方不敗は桜に向き直ると、

言い聞かせるよう、一つ、一つ、丁寧に言葉をかけてゆく。

マスター「良いか桜。お前は凛の妹ではないか」

マスター「遠坂の魔術は『流動』と『転移』」

マスター「お前はその素質を十分に受け継いでおる」

マスター「出来ないはずは無いのだ」

マスター「それともまだやってみぬ内から諦めるつもりか?」

マスター「お前は先程悔いたであろう」

マスター「臆病だった自分を凛に謝ったばかりではないか」

桜「姉さん……」

風雲再起の背中では、凛はその首に体を預けて小さく呼吸を乱している。

出血による体力の低下は元より、聖杯から発せられる黒い魔力は

殆ど眠っている状態の無防備な凛を刻々と蝕み続けていた。

時間は無い。

桜は胸に手を当て大きく息を吸うと、心を決めて士郎の傍へと歩み寄る。

士郎「桜……」

桜「先輩、やりましょう」

真っ直ぐに士郎を見つめ、桜は士郎の手を取って聖杯の方へと向き直る。

先程までの不安や戸惑いは微塵に消え去り、

決意の灯だけがその瞳にゆらゆらと光を放っていた。
472: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:43:33.97 ID:hkw2fN9Zo
桜「先輩、どこに魔力を通しましょう?」

士郎「それなら腹に頼む」

その答えに桜は士郎と正面から向き合うと、

胸を突き合わせる位にピッタリと自分の体を寄り添わせた。

背中から腰に手を回し、士郎の横腹に手の平をそっと寄り添わせる。

士郎もそれに答え、桜の腰に手を回した。

桜「先輩、いきます」

桜は目を閉じ、自分の手の平に意識を集中させる。

自分の魔力を相手に送る。

即ち、普段やっている事と逆をやれば良いのだ。

後は頭で分かっている事が、果たしてぶっつけ本番で出来るかどうか。
473: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:44:18.47 ID:hkw2fN9Zo
桜「……」

士郎「……」

桜「…………」

士郎「…………」

桜「………………ダメっ」

やはり上手くはいかなかった。

血流に乗って指先に集まった魔力はそこから出ずに、

毛細血管を通り過ぎて体の方へと戻ってしまう。

この場に遠坂の魔術と相性の良い宝石でもあれば話は違ったのかもしれない。

しかし無い物はいくらねだっても無い物は無い。
474: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:45:21.73 ID:hkw2fN9Zo
マスター「いかんのか? ……ならば逆の手は無いものか」

つまり『桜から士郎に魔力を送ってもらう』のではなく、

『士郎に桜から魔力を吸収してもらう』という事だ。

と、ここで東方不敗は凛から聞いた魔力の吸収方法を思い出す。

マスター「そうよ! 士郎が桜の血を吸えば良いではないか!」

『魔力は人間の体液に良く溶ける』。

夜な夜な桜と士郎が行っていた事なら、何ら難しい事は無いはずである。

しかし東方不敗の言葉に異を唱えたのは士郎であった。

士郎「駄目だ。それは桜を傷つけるって事だろ? そんな事は出来ない」

マスター「背に腹は代えられんのだぞ。指先を切る程度なら……」

士郎「駄目だ」

こうなってしまっては士郎は簡単には折れないだろう。

問答をやっている暇は無いのだが、聖杯の完成は刻一刻と近づいている。

例え強引に桜の指から血を流させたとしても、それでは士郎が吸収を拒むだろう。

最早この手しか残されていないのだが、士郎があれでは万事休すか。
475: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:46:29.13 ID:hkw2fN9Zo
桜「……先輩、私に考えがあるんです」

そう言って、桜は士郎の目を真っ直ぐに見つめた。

何か手を思いついたらしい。

士郎「本当か、桜」

桜「ええ。でも先輩、ほんの少しの間でいいんです。目を瞑ってもらえますか?」

士郎「いいけど……?」

士郎は素直に桜の言葉に従った。

それを見届けると、桜は士郎の腰に回していた手を解いた。

代わりに首へと腕を回す。

士郎「━━ !」

唇の柔らかな感触に士郎は思わず目を見開いた。

ねっとりとした唾液が士郎の口に送り込まれてゆく。

桜「━━━━━━ ぁ」

舌を伝い、士郎の喉へと唾液が溜まる。

ごくりと音を鳴らすと同時に、その魔力は体の隅々にまで浸透していった。

士郎「桜……」

桜「先輩、恥ずかしいです。その……目を瞑っていて貰えますか?」

桜は回した腕を少しだけ緩めると、士郎の目を見つめたまま小さな声で訴えた。

赤く染まった頬と艶めかしい瞳に士郎は思わずドギマキしてしまう。

再び士郎が目を瞑ると、桜はその両腕に一層強く力を込めた。




マスター(……ふむ、その手があったか)

イリヤ「」ガーン
476: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:47:50.94 ID:hkw2fN9Zo
士郎「……桜、もう十分だ」

桜「あ……」

士郎は桜の肩を取り、そっと顔だけを引き離す。

唇の間に垂れる一本の糸だけは、名残惜しそうに二人を繋いだままであった。

士郎「さあ、一緒に撃とう」

桜「はい、先輩」

二人は片腕で抱き合ったまま、

重ね合わせたもう片方の手を聖杯に向けて真っ直ぐに突き出した。

既に士郎の体の中には、

混ざり合った気と魔力が爆発の瞬間を今か今かと待ちわびていた。

出口を求めて暴れ回る力が、徐々に掌に向けて集まり出す。

そして今、二人の闘志が激しく燃え上がる。

聖杯という忌まわしき宿命を越えるために。



士郎「俺のこの手が真っ赤に燃える!」

桜「幸せ掴めと轟き叫ぶ!」

士郎「石破っ!」

桜「ら~ぶらぶっ!」

士郎・桜「「 天! 驚! けぇぇぇぇぇぇぇぇん !!! 」」



黄金の闘気が唸りを上げる。

巨大な拳は東方不敗が宝具を使った時のソレと変わらない。

一直線に突き進み、中に受胎しているモノ諸共、黒き聖杯を黄金の光で染め上げた。
477: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:48:33.07 ID:hkw2fN9Zo
崩壊は速やかに始まった。

大穴の空いた聖杯は、そこから黒い泥を撒き散らしながら

轟音と共にガラガラと崩れ落ちてゆく。

中に居たモノは胎盤の崩壊と同時にみるみると生命力を失っていった。

士郎「……終わったな」

桜「……はい」

桜と士郎は掌を重ね合わせたまま、その奥で崩れる聖杯をただ静かに見つめ続けた。

桜は聖杯から解放され、黒い影はこの世から居なくなった。

これで第五次聖杯戦争は終結したのだ。
478: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:49:21.04 ID:hkw2fN9Zo
マスター「何を呆けておる! 洞窟が崩れるぞ!」

東方不敗の一喝に、聖杯を見つめていた二人は我に帰った。

マスター「さあ、早く着いて来い!」

風雲再起と共に駆け出すと、そこへ一際大きな地震が洞窟全体を揺るがした。

士郎「ああっ!」

桜「入口が……」

その衝撃で入って来た時の横穴がすっかり落盤で埋まってしまった。

しかしこの横穴以外に出口は無いのだ。

士郎「こうなったらもう一度石破天驚拳で……。桜、魔力を」

マスター「馬鹿者! そんな事を悠長にやっている暇は無いわ!」

イリヤ「無いの!」

士郎「……何でイリヤが怒るのさ」
479: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:50:06.13 ID:hkw2fN9Zo
マスター「ぬぅ……」

マスター「こんな時に令呪の一つでもあれば、ワシの力を後押し出来るものを……」

セイバー、そして言峰との連戦により満身創痍の東方不敗には、

もはや奥義を出す力は一滴たりとも残されてはいない。

この状況を打開するには、令呪の持つ奇跡にすがるより他は無い。

マスター「……ん?」

東方不敗はふと気が付き、風雲再起に目を向ける。

マスター「有るではないか! 未使用の令呪がここに有る!」

そう言って指差したのは風雲再起の腹の下。

桜が覗きこむと、自分が持っていた令呪の一画が

クッキリとそこに浮かびあがっているではないか。

学校で風雲再起が偽臣の書を食べてしまったのだが、

それは結局未使用のまま、その体に取り込まれていたのだった。
480: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:51:26.09 ID:hkw2fN9Zo
マスター「ならば! マスターガンダームッ!」

東方不敗の叫びと共に、漆黒の巨人が呼び出される。

その姿はセイバーとの戦いから変わっておらず、

左半身が大きく損傷したままであった。

だがそんな状態に目もくれず、東方不敗は桜に指示を送る。

マスター「桜!」

桜「はいっ!」

桜が風雲再起の腹に手を当てると、一瞬の光と共に令呪が効果を発揮した。

令呪の魔力が東方不敗に流れ込む。

その瞬間、東方不敗の体は熱く激しく燃え上がった。

士郎の体に起こった事が東方不敗の体にも起こっているのである。

マスター「フハハハハハ! これが気と魔力の融合か!」

マスター「ならば皆の者、刮目せい! 流派・東方不敗が最終奥義ぃ!」



マスター「 石 破ぁ !  天 驚 けぇぇぇぇぇぇぇぇぇん !!! 」



巨人が拳を突き上げると、天に向かって巨大な正拳が放たれた。

その正拳は百メートルものぶ厚い岩盤を瞬く間に突き破り、

威力衰える事無く天高くへと舞い上がった。
481: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:52:30.66 ID:hkw2fN9Zo
マスター「良し、脱出するぞ。マスターガンダムの手に乗るのだ」

巨人が手の平を地面に下ろすと、桜と士郎はその上に登って腰を下ろした。

そして落ちないよう、巨人の指先に両腕でしっかりとしがみ付く。

風雲再起は巨人の体を軽い足取りで駆け上がると、

コックピットに空いた大穴に颯爽とその体を滑り込ませた。

全員の準備が整った事を確認すると、

巨人は赤い翼をはためかせ、天井の大穴目掛けて一直線に飛翔した。
482: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:53:27.15 ID:hkw2fN9Zo
長い長い縦のトンネル。

それを上るにつれ、真っ暗だった視界にだんだんと弱い光が映ってきた。

最初は指先ほどしか無かった光も、今では手を広げた位に大きくなっている。

トンネルを抜けると、視界に映ったのは白ずんだ空であった。

風が桜の頬を撫でる。桜はその風を胸一杯に吸い込んだ。

ずっと地下に閉じ籠っていた自分が、

地上の空気に洗われて生まれ変わったような。

そんな清々しい気持ちに桜は頬を緩ませた。
483: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:54:33.54 ID:hkw2fN9Zo
マスター「見よ。太陽がお前達を祝福しておるわ」

東方不敗が指差す方に目を向けると、

水平線の向こうから赤く燃える太陽がゆっくり顔を出し始めていた。

その眩しさに桜は思わず目を細める。

朝焼けが冬木の街を紅く包み込んでゆく。

桜「綺麗……」

桜は思わず言葉を漏らした。

士郎「ああ、本当に綺麗だ」

士郎も桜と同じ言葉を呟いた。

士郎にとって『紅』とは、十年前に冬木の街を襲った大火災の色であった。

しかし今目の前にある『紅』からは、あの時のような死や恐怖は微塵も感じない。

むしろ生命力に満ち溢れた力強い『紅』である。

この世界にこんなにも美しい『紅』があったとは、

士郎はこの瞬間まで夢にも思っていなかった。
484: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:55:30.76 ID:hkw2fN9Zo
桜「先……輩?」

士郎の頬には一筋の涙が伝っていた。

それに気が付いた桜は、不安そうに士郎に声を掛けた。

士郎「ああ、何でも無いんだ。そう、朝日が綺麗だなって……」

涙を拭いながら士郎はさらにこう続ける。

士郎「変わらなきゃ。俺も、そして桜も」

その言葉に桜は笑顔で頷いた。

桜「はい、先輩」

二人は肩を寄せ合い、紅く染まった冬木の街を暫くじっと見つめていた。
485: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 21:56:32.05 ID:hkw2fN9Zo
イリヤ「ちょっと! いい加減にしなさーい!」

さっきからイリヤは頬を膨らませ、二人のやり取りをじっと眺めていた。

しかしとうとう我慢の限界が来たらしい。

桜と士郎を引き離そうと、コックピットの拡声器に向かってわーわーと喚き立てる。

イリヤ「シロウはわたs
風雲再起「ヒヒーン」パクッ

そんなイリヤの頭に風雲再起がかぶりつく。

イリヤ「キャー! 何なのこの馬っ! 離しなさーいっ!!」

マスター「イリヤ。人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて地獄へ落ちるのだぞ?」

イリヤ「そんな事言っていないで助けなさ……キャー!」
風雲再起「ヒヒーン」モッシャモッシャ

マスター「はっはっは! では帰るか!」

巨人は背中の巨大な羽を翻すと、

衛宮の屋敷に向かって一直線に降下し始めた。

そんな中、紅く染まった冬木の街に東方不敗の叫びがこだまする。



流派
東方不敗は
王者の風よ
全新系裂
天破侠乱
見よ!
東方は赤く燃えている



━━ 完 ━━
486: 以下、新鯖からお送りいたします 2013/09/08(日) 22:00:59.42 ID:OF7JHktpo
面白かった
乙です
488: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 23:05:50.77 ID:hkw2fN9Zo
マスター「まだだ、まだ終わらんぞぉ!」
489: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 23:06:39.40 ID:hkw2fN9Zo
━━ epilogue ━━


大河「しーろおーっ。ご飯食べに来たよーっ!」

時刻は既に夕飯時。

腹を減らした元気な虎が、衛宮の屋敷にやって来た。

テーブルには既に四川料理が並べられ、

香辛料の良い香りが嫌でも食欲を掻き立てる。

だがその中に、一つだけ中華に似つかわしくない料理がある。

大河「……あれ? お赤飯?」

大河「東方先生、何か良い事でもあったんですか?」

大河は台所に向かって不思議そうに声を掛ける。

そこには、料理が足らんわと一心不乱に中華鍋を操る東方不敗の姿があった。

マスター「ああ藤村先生、いらっしゃいましたか」

鍋を操る手はそのままに、東方不敗は首だけ傾けて会釈する。

マスター「その赤飯は士郎の快気祝いにでも、と思いまして」

大河「あー……。士郎、本当に良く回復しましたからねぇ」

大河は遠い目をして天井を見つめると、半年前の出来事に想いを馳せる。
490: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 23:07:52.54 ID:hkw2fN9Zo
一言で言ってしまうと、士郎は大河の事を忘れていたのだ。

『えーっと…………。どちら様ですか?』

その一言で、大河の中でガラガラと何かが崩れ落ちた。

大河は泣きながら士郎を引きずると、

冬木の街の医者という医者をその日の内に駆けずり回ったのだ。

結局、診断結果はショックによる一時的な記憶の欠如として片づけられた。

聖杯戦争を知る者の中では、

その原因は『鍛錬中に誤って後頭部を打ち付けた』という事で口裏を合わせている。

最終的に士郎が元通りの記憶を取り戻すまでには半年を要したのであった。

DG細胞の優れた自己再生能力でも、記憶まではすぐに回復とはいかなかったらしい。
491: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 23:08:41.97 ID:hkw2fN9Zo
「ただいま帰りました」
「たっだいまーっ」
「お邪魔します」

玄関から明るい声が聞こえてくる。

襖を開けて居間に入って来たのは、桜、イリヤ、凛の三人であった。

桜「あ、藤村先生。いらしてたんですね」

イリヤ「シロウは居ないの?」

凛「うわ……。黒須さん、随分気合い入れて作ったわね」

桜とイリヤは半年前からこの屋敷に住んでいる。

桜は兄と祖父が他界してしまった為、見かねた大河が提案してくれたのだ。

元々家族同然の付き合いであった為、桜もすんなり受け入れる事が出来た。

そしてイリヤだが、これは桜がアインツベルンの城を破壊したのが原因である。

ただしこちらは士郎が提案したものだ。

桜としては反対だったのだが、自分が壊した手前、強く出る事は出来ずに今に至る。

凛は桜から快気祝いを聞きつけ、この屋敷にやって来たと言う訳だ。
492: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 23:09:38.74 ID:hkw2fN9Zo
大河「あれ、遠坂さんまでどうしたの?」

凛「衛宮君の快気祝いを聞いて来たんです。藤村先生もそうでは無いんですか?」

大河「え? そんなの全然聞いてないよ?」

桜「ああ、姉さんそれはですね。藤村先生はどうせ毎日来るんですから」

桜「黙っていればビックリするかな、って思ったんです」

イリヤ「シュウジー。あんまり辛いのはヤだからねーっ」グイグイ

マスター「分かっておる」

イリヤ「ニンジンいらないよー」グイグイ

マスター「分かったから袖を引っ張るでない!」

大河「あーあ、士郎何処行っちゃってるんだろ……。料理冷めちゃうよ?」

桜「先輩、まだ戻らないんですか? 食材の買い出しって言ってましたけど……」

大河が痺れを切らした正にその時、

襖を足で開けながら士郎が居間に入って来た。

両手には二つずつ、パンパンの買い物袋を下げている。
493: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 23:10:31.09 ID:hkw2fN9Zo
士郎「ただいま」

マスター「待ちわびたぞ士郎!」

マスター「早速ですまんがエビの殻を剥いてくれんか」

マスター「乾焼蝦仁(カンサオシャーレン)を作ってくれよう」

乾焼蝦仁(カンサオシャーレン)とはエビチリの事である。

エビチリはスープや卵黄で辛味が押さえられる為、

正にイリヤに打ってつけという訳だ。

勿論ニンジンは入っていない。

桜「ダメですっ! 先輩は今日の主役なんですから、それは私に任せて下さい」

士郎「大丈夫だよ桜。エビの殻剥きくらいすぐに済ませるって」

凛「なら間を取って私がやるわ。中華なら自信があるの」

士郎「『間を取って』って何さ……。全然間じゃないぞ、ソレ」

桜「ね、姉さんはお客様なんですから、それこそダメですっ!」

大河「じゃあ私がやろっかな~」


桜「えっ!?」
凛「えっ!?」
士郎「えっ!?」
イリヤ「えっ!?」


大河「えっ!?」
494: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 23:11:15.21 ID:hkw2fN9Zo
そんなこんなで士郎の快気祝いは盛大に行われた。

やはり話題の中心となったのは士郎の過去話であり、

酒に酔った大河が有る事無い事触れ回ったのは言うまでも無い。

例え無い事を言ったとしても、

『そこは士郎が覚えてないのよ』

で片づけられるのは性質が悪い事この上ない。

結局宴は日付が変わるまで行われ、

凛と大河は各自帰宅、桜とイリヤは床に就いた。

そんな中、士郎は東方不敗に道場まで呼び出されていた。
495: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 23:12:03.18 ID:hkw2fN9Zo
士郎「何か渡したい物が有るって言ってたけど?」

マスター「うむ。それはコレよ」

東方不敗は少し周りに注意を払いつつ、懐から一枚のディスクを取り出した。

ラベルは何も貼られておらず真っ白である。

士郎「これは?」

マスター「半年前の記録よ」

マスター「例え忘れてしまっても、こうして記録に残っておれば何時でも見られよう」

士郎「ふ~ん……。でも、聖杯戦争の時の記憶はあらかた思い出してるぞ?」

士郎「一体何が映ってるんだ?」

マスター「お前が桜に告白した時の映像が映っておる」



士郎「え━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━っ!!!」



士郎の声が屋敷中に響き渡る。
496: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 23:13:03.27 ID:hkw2fN9Zo
マスター「馬鹿者! 声がでかいわっ!」

士郎「で、でも何でそんなモノ有るんだよ!?」

マスター「聖杯戦争中、桜に監視を付けていた時の副産物よ」

マスター「後は特典映像として、お前達が口づ…………」

と、そこまで言いかかった所で東方不敗は道場の入口に目を向ける。

そこにはジットリとこちらを見つめる桜の姿があった。

目が据わっているのは眠いからではない。アレは━━━━。

桜「ねぇ黒須さん。その記録したモノって、もっと色々映ってるんじゃないかしら?」

桜は口元こそ笑みを浮かべているものの、目は氷のように冷たい視線を放っている。

その様子は、いつかの黒く染まった桜を連想させた。

マスター「……さて士郎、逃げる準備は出来ておるか?」

士郎「……ああ、いつでもいい」



その後、彼らの結末を知る者は誰もいなかった。

ストーカー『』彡サッ



━━ fin ? ━━
497: ◆VUVWczQ0wI 2013/09/08(日) 23:14:54.74 ID:hkw2fN9Zo
最後までご覧いただき、ありがとうございました。

一日中リアルで見て下さった方も居るようですが、正に感謝の一言です。

桜と士郎に石破ラブラブ天驚拳を撃たせたい為『だけ』に書き始めたSSですが、

正直、それまでの前置きが長すぎました。

聖杯戦争に東方不敗なんて何番煎じなネタですが、

楽しんでいただけたなら幸いです。
499: 以下、新鯖からお送りいたします 2013/09/09(月) 00:36:57.13 ID:IjR1M4g6O
ラブラブ天鷲までは拳完全に予想できてたけど

503: 以下、新鯖からお送りいたします 2013/09/09(月) 10:08:58.51 ID:2/Wdke1To
桜ルートのクロスオーバーは珍しいけど、未来があるエンディングというものはいいものだ

この書き手のSS:

【Fate/stay night】 凛「アーチャーのアーサーを引き当てた」


 

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